(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024162444
(43)【公開日】2024-11-21
(54)【発明の名称】変形量推定システム
(51)【国際特許分類】
G01M 99/00 20110101AFI20241114BHJP
G01M 7/00 20060101ALI20241114BHJP
G01V 1/01 20240101ALI20241114BHJP
G01H 1/00 20060101ALI20241114BHJP
【FI】
G01M99/00 Z
G01M7/00
G01V1/00 D
G01H1/00 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023077949
(22)【出願日】2023-05-10
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 日本地震工学会論文集2022年22巻 5号 p.5_1-5_24(2022年11月30日公開) https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jaee/22/5/_contents/-char/ja
(71)【出願人】
【識別番号】390000804
【氏名又は名称】白山工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】523181569
【氏名又は名称】林 和宏
(71)【出願人】
【識別番号】591130319
【氏名又は名称】東京パワーテクノロジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100134832
【弁理士】
【氏名又は名称】瀧野 文雄
(74)【代理人】
【識別番号】100165308
【弁理士】
【氏名又は名称】津田 俊明
(74)【代理人】
【識別番号】100115048
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 康弘
(72)【発明者】
【氏名】古宮 嘉之
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 秀治
(72)【発明者】
【氏名】中井 俊樹
(72)【発明者】
【氏名】笹田 孝幸
(72)【発明者】
【氏名】吉田 稔
(72)【発明者】
【氏名】林 和宏
(72)【発明者】
【氏名】大島 広明
【テーマコード(参考)】
2G024
2G064
2G105
【Fターム(参考)】
2G024AD34
2G024CA13
2G024FA06
2G024FA15
2G064AA05
2G064AB01
2G064AB02
2G064AB19
2G064BA02
2G064BD02
2G064CC43
2G064DD02
2G105AA03
2G105BB01
2G105EE02
2G105MM01
2G105NN02
(57)【要約】
【課題】本発明は2台の地震計間の精密な時刻同期の保証が得られない環境でも建物の変形量を低コストで簡易に推定する変形量推定システムを提供することを目的とする。
【解決手段】変形量推定システム1は第一地震計10と第二地震計20と制御部32とを備えている。第一地震計10は第一の加速度時刻歴11を取得する。第二地震計20は第二の加速度時刻歴21を取得する。制御部32は、振動数ごとの振幅比を示す振動数情報を生成する変換処理と、振動数情報のうち建物Aの変形が最大となる時点の1次固有振動数である代表1次固有振動数F
max及び減衰定数hを求めるための最適ピークが含まれる振動数の範囲である検索範囲63を規定する規定処理と、検索範囲63を参考に振動数情報から最適ピークを抽出する抽出処理と、最適ピークの情報に基づいて建物Aの変形量a及び変形角θを算出する算出処理と、を行う。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数階で構成される建物の振動による変形量を推定する変形量推定システムであって、
前記建物の所定の階層である下階層に設置される第一計測部と、
前記下階層よりも上の上階層に設置される第二計測部と、
前記第一計測部及び前記第二計測部から取得した情報に基づいて、前記建物の変形量を推定する制御部と、を備え、
前記第一計測部では、前記下階層で検知した所定時間分の振動における加速度の時刻歴を示す第一の加速度時刻歴が取得され、
前記第二計測部では、前記上階層で検知した所定時間分の振動における加速度の時刻歴を示す第二の加速度時刻歴が取得され、
前記制御部では、
前記第一の加速度時刻歴及び前記第二の加速度時刻歴をそれぞれフーリエ変換することで、振動数ごとの振幅比を示す振動数情報を生成する変換処理と、
前記振動数情報のうち前記建物の変形が最大となる時点の1次固有振動数である代表1次固有振動数及び減衰定数を求めるための最適ピークが含まれる振動数の範囲である検索範囲を規定する規定処理と、
前記検索範囲を参考に前記振動数情報から、前記最適ピークを抽出する抽出処理と、
前記最適ピークの情報に基づいて前記建物の変形量、及び、前記第一計測部と前記第二計測部との間の水平方向の変形角、を算出する算出処理と、が行われることを特徴とする変形量推定システム。
【請求項2】
前記振動は地震による振動であり、
前記制御部では、
前記変換処理の前に、前記第一の加速度時刻歴及び前記第二の加速度時刻歴のうち少なくとも一つに基づいて、前記振動を、地震初期の弾性領域の振動を示す初動部と、前記建物の最大応答が生ずる弾性領域又は塑性領域の振動を示す主動部と、地震の揺れが収まる弾性領域の振動を示す終動部と、に分類する分類処理が行われることを特徴とする請求項1に記載の変形量推定システム。
【請求項3】
前記制御部では、前記第一の加速度時刻歴及び前記第二の加速度時刻歴を所定時間ごとの区間に分割する分割処理が更に行われ、
前記変換処理には、
分割前の前記第一の加速度時刻歴及び前記第二の加速度時刻歴をまとめてフーリエ変換することで振動数ごとの振幅比を示す分割前振動数情報を生成する第一処理と、
分割された前記区間ごとにフーリエ変換を行って得られた振動数ごとの振幅比のピークを、それぞれ加算して、振動数ごとの振幅比を示す分割後振動数情報を生成する第二処理と、が含まれ
前記規定処理では、前記主動部における前記分割後振動数情報のピークである検索基点を含む振動数の範囲を、前記検索範囲として規定し、
前記抽出処理では、前記検索範囲を参考に前記分割前振動数情報から、前記最適ピークを抽出することを特徴とする請求項2に記載の変形量推定システム。
【請求項4】
前記制御部では、前記初動部における前記分割後振動数情報のピークの情報に基づいて前記初動部の1次固有振動数を算出する、初動部1次固有振動数算出処理、が更に行われることを特徴とする請求項3に記載の変形量推定システム。
【請求項5】
前記規定処理において、前記初動部の1次固有振動数を、前記検索範囲の規定の際の参考にすることを特徴とする請求項4に記載の変形量推定システム。
【請求項6】
前記制御部では、前記終動部における前記分割後振動数情報のピークの情報に基づいて前記終動部の1次固有振動数を算出する、終動部1次固有振動数算出処理と、
前記終動部の1次固有振動数を保存する保存処理と、が更に行われ、
前記終動部の1次固有振動数が、前記地震の次に起こる次回地震の際に、前記初動部の1次固有振動数を算出する場合の参考にされることを特徴とする請求項5に記載の変形量推定システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変形量推定システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、地震等によって振動の影響を受けた建物の変形量を推定し、建物の倒壊等の危険性等を目視以外の方法で判定するシステムが知られている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1に記載の耐震性能評価方法では、建物の基礎部と上階層にそれぞれ設置した加速度センサーを備える地震計によって、加速度を計測し、その計測結果を2階積分することで、建物の変形量を求めている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】山崎崇寛,天野雄一朗,大田佳奈,宮本慎宏,岡田将敏,「構造ヘルスモニタリングへの適用を目的とした無線式加速度計測システムの開発」,日本建築学会構造系論文集 第84巻 第765号,1389-1399,2019年11月
【非特許文献2】佐田貴浩,谷慎太郎,吉富信太,「構造ヘルスモニタリングにおける複数振動波形記録の事後同期補正法」,日本建築学会構造系論文集 第82巻 第742号,1873-1883,2017年12月
【非特許文献3】鹿嶋俊英,小山信,中川博人,「SMAC-M型強震計記録の再数値化」,日本地震工学会論文集 第21巻,第1号,2021
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述した耐震性能評価方法では、各地震計について精密な時刻同期を行うことが前提となっており、高精度の地震計の設置、記録装置の設置、及び有線の連結等が必要となることから、運用コストが増大してしまう。このため、超高層建物や重要施設等以外の建物では普及が難しいという問題があった。
【0006】
この点につき、時刻同期機能と無線機能とを備えた地震計を用いて建物の変形量を推定する方法が開示されている(例えば、非特許文献1参照)。非特許文献1に記載の技術によれば、建物への有線回路の設置の必要がなくなるものの、無線受信装置を加速度センサーの付近に設置する必要が生じることから、その設置及び維持に係るコストが増大してしまう。
【0007】
一方、時刻同期がなされていない複数の地震計によって計測された地震波形から、事後的に時刻同期を行う手法も知られている(例えば、非特許文献2及び非特許文献3参照)。しかしながら、非特許文献2に記載の技術は、地震時における建物の弾性挙動の状態、すなわち建物の大きな破損等を伴わない状態を対象とするに留まり、建物の大きな破損等を伴う非弾性挙動の状態に当該技術を適用できるか否かが不明である。これに対し、非特許文献3に記載の技術は、地震時における建物の非弾性挙動の状態を対象としているが、この技術では、上述した時刻同期の精度そのものについての言及が見当たらない。
【0008】
本発明は、2台の地震計間の精密な時刻同期の保証が得られない環境でも、建物の変形量を、低コストで簡易に推定する変形量推定システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決し目的を達成するために、本発明の変形量推定システムは、複数階で構成される建物の振動による変形量を推定する変形量推定システムであって、前記建物の所定の階層である下階層に設置される第一計測部と、前記下階層よりも上の上階層に設置される第二計測部と、前記第一計測部及び前記第二計測部から取得した情報に基づいて、前記建物の変形量を推定する制御部と、を備え、前記第一計測部では、前記下階層で検知した所定時間分の振動における加速度の時刻歴を示す第一の加速度時刻歴が取得され、前記第二計測部では、前記上階層で検知した所定時間分の振動における加速度の時刻歴を示す第二の加速度時刻歴が取得され、前記制御部では、前記第一の加速度時刻歴及び前記第二の加速度時刻歴をそれぞれフーリエ変換することで、振動数ごとの振幅比を示す振動数情報を生成する変換処理と、前記振動数情報のうち前記建物の変形が最大となる時点の1次固有振動数である代表1次固有振動数及び減衰定数を求めるための最適ピークが含まれる振動数の範囲である検索範囲を規定する規定処理と、前記検索範囲を参考に前記振動数情報から、前記最適ピークを抽出する抽出処理と、前記最適ピークの情報に基づいて前記建物の変形量、及び、前記第一計測部と前記第二計測部との間の水平方向の変形角、を算出する算出処理と、が行われることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
このような本発明によれば、2台の地震計間の精密な時刻同期の保証が得られない環境でも、建物の変形量を、低コストで簡易に推定する変形量推定システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の実施形態に係る変形量推定システムが設けられる建物の概略図。
【
図3】変形量推定システムの動作を示すフローチャート。
【
図5】(A)は、主動部における分割後振動数情報を示すグラフであり、(B)は、主動部における分割前振動数情報を示すグラフ。
【
図6】(A)~(C)は、各候補点に対してカーブフィット法を用いることで、最適ピークを探す際の様子を示すグラフ。
【
図7】第一地震計と第二地震計との間の変形角を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態を
図1~7に基づいて説明する。本実施形態に係る変形量推定システム1は、複数階で構成される建物Aの振動による変形量aを推定するシステムである。この変形量推定システム1は、特にRC/SRC造(ラーメン・有壁ラーメン架構、鉄筋コンクリート造/鉄骨鉄筋コンクリート造)又はS造(ラーメン・ブレース架構、鉄骨造)で構成された1~8階程度の中低層の建物Aが、地震による振動を受けた際の変形量aを推定する際に利用される。
図1、2に示すように、変形量推定システム1は、建物Aの所定の階層である下階層(例えば、1階)に設置される第一地震計10(第一計測部)と、下階層よりも上の上階層(例えば、3階)に設置される第二地震計20(第二計測部)と、サーバ装置30と、出力部50と、を備えている。
図1に概要を示すように、この変形量推定システム1では、第一地震計10に対する第二地震計20の水平方向の変形角θ及び建物Aの変形量aを算出する。
【0013】
第一地震計10は、内部に加速度センサーを備える装置であり、地震発生時に、所定の閾値以上の振動を検知していた時間分、水平方向の加速度を、時刻歴として計測する。第一地震計10によって計測された加速度の時刻歴は、第一の加速度時刻歴11として、不図示の記憶部に保存される。これにより、下階層で検知した所定時間分の振動における加速度の時刻歴が取得される。第二地震計20は、内部に加速度センサーを備える装置であり、
図1に示すように、第一地震計10と鉛直方向に並びかつ、水平方向における同じ方向を向いた状態で配置される。第二地震計20は、地震発生時に、所定の閾値以上の振動を検知していた時間分、水平方向の加速度を、時刻歴として計測する。第二地震計20によって計測された加速度の時刻歴は、第二の加速度時刻歴21として、不図示の記憶部に保存される。これにより、上階層で検知した所定時間分の振動における加速度の時刻歴が取得される。
【0014】
なお、第一地震計10及び第二地震計20のそれぞれは、不図示の通信装置を更に備えており、通信装置を用いて、例えば、SIMもしくはWi-Fi接続等によりサーバ装置30の後述する通信部31と通信可能となっている。これにより、サーバ装置30に第一の加速度時刻歴11や第二の加速度時刻歴21を送信することや、第一地震計10と第二地震計20との時刻合わせ等をすること等が可能となっている。なお、第一地震計10と第二地震計20との間では、時刻合わせ等をすることは可能であるが、互いに精密な時刻同期の保証はなくてもよい。具体的には、500ミリ秒(0.5秒)のずれが許容されている。また、第一地震計10と第二地震計20の加速度センサーの検出精度は、例えば、iPhone(登録商標)5s(2016年製)、iPad mini(登録商標) 2、iPad Air(登録商標) 2、iPod touch(登録商標) 2、iPod touch 4等のスマートフォンやタブレットに内蔵される加速度センサーと同等以上であればよい。
【0015】
サーバ装置30は、取得された第一の加速度時刻歴11と第二の加速度時刻歴21に基づいて、建物Aの変形量aを算出する処理を行う装置であり、例えば、クラウドサーバなどで構成される。
図2に示すように、サーバ装置30は、通信部31と、制御部32と、記憶部40と、を備えている。通信部31は、第一地震計10、第二地震計20、及び出力部50と通信を行う部分であり、例えば、例えば、SIMもしくはWi-Fi(登録商標)接続等により第一地震計10、第二地震計20、及び出力部50と接続される。そして、通信部31は、第一地震計10、第二地震計20からの情報を受信し、制御部32又は記憶部40からの情報を出力部50に送信する。
【0016】
制御部32は、変形量推定システム1の全体の制御を司る部分であり、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)等のマイクロコンピュータで構成されている。
図2に示すように、制御部32は、各種処理を行うことで、分割部33、分類部34、変換部35、規定部36、処理部37、算出部38、として機能する。記憶部40は、データを格納する部分であり、第一地震計10や第二地震計20から取得したデータや、制御部32が行った処理によって生成されたデータ等を記憶する。なお、この記憶部40には、以前に起きた地震による振動のデータ等も記憶させてよい。出力部50は、サーバ装置30の通信部31と通信を行い、取得した情報を出力する部分であり、例えば、通信部31から送信される情報を受信し、当該情報を表示する携帯電話、スマートフォン、パーソナルコンピューター等のネットワークに接続可能な電子機器で構成される。ここで、取得した情報とは、建物Aの変形角θや変形量aである。これらの情報は、上述した制御部32の制御により、複数の出力部50にメール等の形式で自動配信されてもよいし、出力部50側からサーバ装置30側にリクエストをし、閲覧できるようにしてもよい。
【0017】
ここで、整形な平面構成の中低層建物は、地震時の揺れが1次振動モードにより励起されやすい。このため、対象とする建物Aを中低層と仮定すると、第一地震計10と第二地震計20との間の揺れは1次モードが支配的になる。そうすると、不規則な地震動を調和振動の定常応答として捉えることで、振動数領域における地震計間の相対変形を評価することができる。そこで、本実施形態の変形量推定システム1では、以下の式(1)に示す1質点モデルの運動方程式を、調和振動の定常応答として、得られた式(2)を建物変形量の基本式として、建物Aの変形量aを求めることとした。
【0018】
【数1】
【数2】
ここで、式(1)の-my
0”は、水平方向の一方側に向かう揺れの大きさを示した地震動である。そして、my”は地震動の反対側に向かう慣性力であり、cy’は地震動の反対側に向かう減衰力であり、kyは地震動の反対側に向かう建物Aの変位を示す復元力である。そして、式(2)のy
iは、振動数領域における地震計間の相対変形を示す。添字のiは、フーリエ変換における各振動成分を示す。
【0019】
【数3】
は、第二地震計20の振動数領域における加速度記録を示す。ω
0は、1次固有角振動数(ω
0=2πF
0、F
0は1次固有振動数)を示す。hは減衰定数を示す。建物Aが地震時に損傷すると、損傷の程度によって式(2)の1次固有角振動数ω
0や減衰定数hが変化する。例えば、建物Aの被災度などを判定する上で重要となるのは、地震計間の変形量が最大となる変形である。従って、地震計間の変形量が最大となる時点の1次固有角振動数ω
0や減衰定数hを同定できれば、式(2)の振動数領域における地震計間の相対変形y
iの関係式が完成し、これをフーリエ逆変換することで、最大変形時の建物Aの変形量aを求めることができる。
【0020】
そこで、変形量推定システム1は、地震計間の変形が最大となる時点の1次固有角振動数ω
0と、減衰定数hを求めるべく、
図3に示す動作を行う。
図3は、変形量推定システム1の動作を示すフローチャートである。まず、地震が発生した際、第一地震計10と第二地震計20が所定の閾値以上の振動を検知すると、計測処理が行われる(ステップS1)。このステップS1では、第一地震計10及び第二地震計20が、所定の閾値以上の振動数を検知した時間から、所定の閾値以上の振動を検知しなくなった時間まで、加速度の変化を記録し、加速度の時刻歴を取得する。そして、第一地震計10で取得された時刻歴は、第一の加速度時刻歴11としてサーバ装置30の通信部31に送られ、記憶部40に保存される。同様に、第二地震計20で取得された時刻歴は、第二の加速度時刻歴21として、サーバ装置30の通信部31に送られ、記憶部40に保存される。
【0021】
なお、第一の加速度時刻歴11及び第二の加速度時刻歴21は、単位時間あたりのサンプリング数に±1%程度のゆらぎが生ずることがあるため、これらは、所定のタイミングで適宜修正してもよい。例えば、本実施形態では、1秒あたりのサンプリング数が100個になるよう、第一の加速度時刻歴11をリニア補正し、その補正値に置き換えた第一の加速度時刻歴12を記憶部40に保存した。また、1秒あたりのサンプリング数が100個になるよう、第二の加速度時刻歴21をリニア補正し、その補正値に置き換えた第二の加速度時刻歴22を記憶部40に保存した。なお、
図4は、第二地震計20が計測した第二の加速度時刻歴21を、上述のように補正し置き換えた第二の加速度時刻歴22を示している。
【0022】
次に、サーバ装置30において分割部33が、第一の加速度時刻歴12及び第二の加速度時刻歴22に対して、分割処理を行う(ステップS2)。このステップS2では、
図4に示すように、第一の加速度時刻歴12及び第二の加速度時刻歴22を、所定時間ごとの区間に分割して分割区間(区間)を得る。ここで、所定時間は、適宜設定してよく、分割の回数も適宜決めてよい。本実施形態では、5.12秒を1区間とし、1回目の分割である1次分割が行われ、1次分割区間が得られている。そして、1次分割とは2.56秒ずらした部分から5.12秒ごとに分割を行い、1次分割した部分とオーバーラップさせながら2回目の分割である2次分割が行われ、2次分割区間が得られている。これにより、分割処理が完了する。
【0023】
次に、分類部34が分類処理を行う(ステップS3)。このステップS3では、第一の加速度時刻歴12及び第二の加速度時刻歴22の少なくとも一方(本実施形態では、第二の加速度時刻歴22)に基づいて、振動を、地震初期の弾性領域の振動を示す初動部60と、建物Aの最大応答が生ずる弾性領域又は塑性領域の振動を示す主動部61と、地震の揺れが収まる弾性領域の振動を示す終動部62と、に分類する。具体的には、以下の式(3)で示される主動部61の定義式を用いて、上述した分割区間のうち、主動部61に分類される分割区間の最大加速度を定義し、主動部61に分類された分割区間の前の分割区間を初動部60とし、主動部61に分類された分割区間の後の分割区間を終動部62とする。この分類処理により、
図4では、分割区間1~7が初動部60として分類されている。また、分割区間8~30が主動部61として分類されている。そして分割区間31~41が終動部62に分類されている。
【0024】
【数4】
次に、変換部35が変換処理を行う(ステップS4)。このステップS4では、第一の加速度時刻歴12及び第二の加速度時刻歴22をそれぞれフーリエ変換することで、振動数ごとの振幅比を示す振動数情報を生成する。変換処理は、上述した初動部60、主動部61、及び終動部62のそれぞれについて行われる。変換処理には、分割処理前の第一の加速度時刻歴12及び前記第二の加速度時刻歴22に対して行われる第一処理と、分割処理後の第一の加速度時刻歴12及び第二の加速度時刻歴22に対して行われる第二処理と、が含まれる。第一処理では、分割処理前の第一の加速度時刻歴12及び前記第二の加速度時刻歴22が、まとめてフーリエ変換されることで、振動数ごとの振幅比を示す分割前振動数情報が生成される。第二処理では、分割区間ごとにフーリエ変換を行って得られた振動数ごとの振幅比のピークをそれぞれ加算した上で、スムージング処理を施して振動数ごとの振幅比を示す分割後振動数情報が生成される。
【0025】
変換処理を行った結果の代表例を、
図5に示す。
図5(A)は、主動部61に対して行われた第二処理の結果得られた分割後振動数情報を示しており、
図5(B)は、主動部61に対して行われた第一処理の結果得られた分割前振動数情報を示している。上述したように、地震計間の変形が最大となる時点の1次固有角振動数ω
0や減衰定数hを同定することができれば、建物Aの変形量aを求めることができるため、この
図5に示す主動部61の情報に基づいて1次固有角振動数ω
0や減衰定数hを同定する。具体的には、
図5(B)に示す分割前振動数情報を利用し、この中で、振幅比の値が大きくなる最適ピークを見つけ、当該最適ピークの情報に基づいて主動部61の1次固有振動数である代表1次固有振動数F
maxと減衰定数hを求める。この代表1次固有振動数F
maxと、減衰定数hが、上記式(2)の1次固有角振動数ω
0及び減衰定数hとなる。
【0026】
しかしながら、
図5(B)に示すように、分割前振動数情報には、最適ピークになり得る候補点が非常に多く存在することから、ノイズが多く、最適ピークの選定が容易ではない。そこで、規定部36が、
図5(A)に示す分割後振動数情報を用いて最適ピークが含まれる振動数の範囲である検索範囲63を規定する、規定処理を行う(ステップS5)。このステップS5では、規定部36が、分割後振動数情報の中から振幅比の値が最も大きくなるポイント(分割後振動数情報のピーク)を選定し、このポイントが示す振動数を主動部検索基点F
ref(検索基点)とし、主動部検索基点F
refの前後所定範囲の振動数範囲であって、ピーク振幅比の値が、少なくとも最大値の1/2以上となる範囲を、検索範囲63として規定する。
【0027】
ここで、分割後振動数情報は、分割区間ごとにフーリエ変換を行って得られた振動数ごとの振幅比のピークを加算した上で、スムージング処理を施して生成されることから、
図5(A)に示すように、分割区間ごとにフーリエ変換を行わなかった場合(
図5(B)の分割前振動数情報)と比較して、ノイズを大幅に低減することができる。このため、主動部検索基点F
refの選定は容易かつ正確に行うことができる。本実施形態では、
図5(A)に示すように、主動部検索基点F
refとして1.51Hzの振動数が選定された。そして、主動部検索基点F
refが選定されたら、主動部検索基点F
refの前後所定範囲の振動数の、「前後所定範囲」を決めることとなるが、この「前後所定範囲」は、任意に決めることができる。本実施形態では、主動部検索基点F
refの前後0.5Hzの範囲を、「前後所定範囲」とした。
【0028】
なお、主動部検索基点F
refの選定は、直接行ってもよいが、より正確に行うために、選定の範囲を予め絞ってもよい。具体的には、先に、図示しない初動部60の1次固有振動数F
iniを求め、1次固有振動数F
iniに基づいて、主動部検索基点F
refの選定の際の振動数の範囲を絞ることができる。すなわち、初動部60の1次固有振動数F
iniを、検索範囲63の規定の際の参考にすることができる。例えば、本実施形態では、
図5(A)に示すように、1次固有振動数F
iniの
【数5】
の範囲を、主動部検索基点F
refの選定のための範囲であるF
ref検索範囲64として設定した。この場合、初動部60の1次固有振動数F
iniは、以下の式(4)で求めることができる。
【0029】
【数6】
式(4)において、F
iは、分割処理によって分割された初動部60における第一の加速度時刻歴12及び第二の加速度時刻歴22について、分割区間毎に上下階の加速度フーリエ振幅比を計算した際の、ピークの振幅比が最大となる振動数(分割区間の1次固有振動数)を示している。A(i,max)はi番目の分割区間の最大加速度の絶対値を示している。すなわち、式(4)では、初動部60の分割区間毎に求めた1次固有振動数と最大加速度を、加重平均して1次固有振動数F
iniを求めている。このような処理を、初動部1次固有振動数算出処理という。
【0030】
さらに、初動部1次固有振動数算出処理をより正確に行う場合には、予め記憶部40に前回の地震時の終動部62における1次固有振動数Fend(図示なし)を保存しておき、1次固有振動数Fendを参考にしてもよい。すなわち、終動部62の1次固有振動数Fendが、次回地震の際に、初動部60の1次固有振動数Finiを算出する場合の参考にされてもよい。例えば、本実施形態では、初動部60の分割後振動数情報のうち、前回の地震時の終動部62における1次固有振動数Fendの0.8倍~1.2倍の範囲にあるピークを、上述した加重平均の対象とした。なお、終動部62の1次固有振動数Fendは、終動部62の分割後振動数情報に基づいて求めることができる。具体的には、終動部62における第一の加速度時刻歴12及び第二の加速度時刻歴22を分割処理することで終動部62の分割後振動数情報を求め、この終動部62の分割後振動数情報のピークに基づいて、終動部62の1次固有振動数Fendが算出される。このような処理を、終動部1次固有振動数算出処理という。
【0031】
なお、算出された終動部62の1次固有振動数Fendは、上述したように初動部60の1次固有振動数Finiを求める際の参考にできる上、長期間観測することで建物Aの固有周期の経年変化を判断する指標としても利用することができるので、1次固有振動数Fendを求めた場合には、この1次固有振動数Fendを記憶部40に保存する保存処理を行っておくとよい。まとめると、まず前回地震時の終動部62の1次固有振動数Fendを参考に今回地震(次回地震)の初動部60の1次固有振動数Finiを選定し、初動部60の1次固有振動数Finiを参考に主動部検索基点Frefの選定のためのFref検索範囲64を決めることができ、より一層、主動部検索基点Frefの選定を容易かつ正確に行うことができる。そして、主動部検索基点Frefの前後所定範囲を決めることで、検索範囲63を規定することができる。
【0032】
次に、規定した検索範囲63を参考に、処理部37が主動部61の最適ピークを抽出する抽出処理を行う(ステップS6)。このステップS6では、検索範囲63を参考に、分割前振動数情報から、最適ピークを抽出する。本実施形態の検索範囲63は、上述したように主動部検索基点F
refの前後0.5Hzの範囲であって、ピーク振幅比の値が、少なくとも最大値の1/2以上となる範囲である。そして、
図5(B)に示すように、本実施形態の主動部検索基点F
refは、1.51Hz、振幅比の最大値は、35.5Hzである。したがって、本実施形態では、検索範囲63は、1.01Hz~2.01Hzの範囲で、ピーク振幅比の値が、少なくとも17.75倍以上の範囲、というように規定される。そしてこの検索範囲63内には、
図5(B)に示すように、3個の候補点が見つけられた。抽出処理では、この候補点1~3のそれぞれに対して、カーブフィット法という手法を用いることで、最適ピークを抽出する。カーブフィット法とは、実験的に得られたモデルとしての伝達関数に対して、最も良くあてはまる曲線を求める手法である。本実施形態では、モデルとして、式(5)で示す等価1質点モデルの上下階加速度の伝達関数の曲線を用い、あてはめ対象を、候補点のピーク部の曲線形状とする。
【0033】
【数7】
式(5)において、
【数8】
は、1質点モデルにおける上下階の加速度伝達関数を示す。その他の変数の定義は、式(2)と同様である。ここで、各候補点のピーク部の曲線形状に対して、それぞれフィットする減衰定数を近似させ、次にフィッティング範囲を広げて地震計の記録から得られる上下階の伝達関数と1質点モデルによる上下階の伝達関数との誤差を計算する。次に、各候補点から得られた誤差を比較して、最も誤差の小さい候補点を、最適ピークとし、最適ピークが示す1次固有振動数を代表1次固有振動数F
max、すなわち本実施形態の1次固有角振動数ω
0とし、この際の減衰定数を本実施形態の減衰定数hとする。このようにして、1次固有角振動数ω
0と、減衰定数hと、が同定される。
【0034】
図6(A)~(C)は、各候補点に対してカーブフィット法を用いることで、最適ピークを探す際の様子を示すグラフを示している。
図6(A)に示す候補点1は、振幅比の値が26.8倍であり、振動数が1.55Hzのポイントである。この候補点1では、カーブフィット法を用いた結果、フィットする減衰定数hが2.6%、伝達関数との誤差は、149.3となった。
図6(B)に示す候補点2は、振幅比の値が19.9倍であり、振動数が1.57Hzのポイントである。この候補点2では、カーブフィット法を用いた結果、フィットする減衰定数hが3.2%、伝達関数との誤差は、166.8となった。
図6(C)示す候補点3は、振幅比の値が35.5倍であり、振動数が1.68Hzのポイントである。この候補点3では、カーブフィット法を用いた結果、フィットする減衰定数hが3.0%、伝達関数との誤差は、300.0となった。これらの結果より、伝達関数との誤差の最も小さい候補点1が最適ピークとして選定された。
【0035】
最後に、算出部38が、算出処理を行う(ステップS7)。このステップS7では、代表1次固有振動数Fmaxを、1次固有角振動数ω0とし、この1次固有角振動数ω0と、減衰定数hと、を上述した式(2)の建物変形量の基本式に代入し、振動数領域における地震計間の相対変形yiの関係式を得る。そして、変形量a及び変形角θを算出する。すなわち、最適ピークの情報に基づいて、建物Aの変形量a、及び、第一地震計10と第二地震計20との間の水平方向の変形角θを算出する。
【0036】
本実施形態では、1次固有角振動数ω
0として1.55Hzを代入し、減衰定数hとして2.6%を代入した。そして、この関係式をフーリエ逆変換することで、第一地震計10と第二地震計20との間の水平方向の変形角・時刻歴の関係式を得た。
図7は、第一地震計10と第二地震計20との間の水平方向の変形角・時刻歴を表している。ここで、波形の最大振幅値から、変形量a(最大変位)として53.0mmが算出された。そして、これを第一地震計10と第二地震計20の高さ方向の距離で割って、建物Aにおける第一地震計10と第二地震計20との間の水平方向の変形角θが求められた。変形角θは、1/287となった。
【0037】
以上、上述した本実施形態によれば、下階層で取得した第一の加速度時刻歴11(第一の加速度時刻歴12)と、上階層で取得した第二の加速度時刻歴21(第二の加速度時刻歴22)を、変換処理によってフーリエ変換し、分割前振動数情報を生成することができる。そして、規定処理によって規定した検索範囲63を参考に、分割前振動数情報から最適ピークを抽出し、最適ピークの情報に基づいて算出した1次固有角振動数ω0(すなわち、代表1次固有振動数Fmax)及び減衰定数hを利用し、建物Aの変形量aを推定することができる。このように、加速度の時刻歴をフーリエ変換によって分割前振動数情報に変換しているので、建物Aの変形量aの推定に際し、精密な時刻同期の必要をなくすことができる。また、最適ピークの抽出時に複数の候補点があったとしても、最適ピークの抽出範囲を規定処理によって検索範囲63に絞ることができるので、最適ピークの抽出を容易にするとともに、誤ったピークを抽出する可能性を少なくすることができる。また、第一計測部及び第二計測部としての第一地震計10と第二地震計20とは、精密な時刻同期の保証を得る必要がない。このため、変形量推定システム1の運用コストを低減することができる。したがって、2台の地震計間の精密な時刻同期の保証が得られない環境でも、建物Aの変形量aを、低コストで簡易に推定する変形量推定システム1を提供することができる。
【0038】
また、本実施形態によれば、分類部34が分類処理を行うことで、振動を、初動部60、主動部61、及び終動部62に分類できるので、地震の揺れが始まってから揺れが治まるまでの間のうち、各分類範囲の加速度の時刻歴を用いて、1次固有振動数や減衰定数を算出することができる。
【0039】
また、主動部61における第一の加速度時刻歴12及び第二の加速度時刻歴22に対してまとめてフーリエ変換した分割前振動数情報を用いて、建物Aの変形量aを推定することができる。なお、この際、生成した分割前振動数情報には、ノイズとなる複数の候補点が含まれることが多い。しかしながら、本構成では、分割後振動数情報のピークである主動部検索基点Fref(検索基点)の情報を用いて規定処理により検索範囲63を規定することができる。この場合、分割後振動数情報は、分割された上記分割区間ごとにフーリエ変換を行って得られた振動数ごとの振幅比のピークを加算した上で、スムージング処理を施して生成されることから、分割された分割区間ごとにフーリエ変換を行わなかった場合と比較して、上記ノイズを大幅に低減することができる。このため、規定処理によって、検索範囲63を容易かつ正確に規定することができる。したがって、ノイズとなる複数の候補点が含まれた分割前振動数情報の中から、1次固有角振動数ω0及び減衰定数hを算出するのに適した最適ピークを、適切な検索範囲63を参考にして、容易に抽出することができる。
【0040】
また、本実施形態によれば、初動部60の分割後振動数情報に基づき、初動部1次固有振動数算出処理によって、初動部60の1次固有振動数Finiを算出することもできる。
【0041】
また、本実施形態によれば、1次固有振動数Finiを、検索範囲63の規定の際の参考にすることができるので、規定処理における検索範囲63の規定をより一層容易かつ正確に行うことができる。
【0042】
また、本実施形態によれば、終動部62の分割後振動数情報に基づき、終動部1次固有振動数算出処理によって、終動部62の1次固有振動数Fendを算出することもできる。そして、終動部62で算出された1次固有振動数Fendを、保存処理により保存し、長期間観測する等、活用することで、例えば、建物Aの固有周期の経年変化の指標とすることができる。また、終動部62の1次固有振動数Fendは、次回地震があった際に、初動部60の1次固有振動数Finiを算出する場合の参考にすることができる。このため、初動部60の1次固有振動数Finiを、容易に算出することが可能となる。
【0043】
以上、本発明の一実施の形態について図面を参照して詳述してきたが、具体的な構造はこれらの実施の形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等があっても本発明に含まれる。例えば、本実施形態では、第一地震計10及び第二地震計20とサーバ装置30とを、無線で接続したが、これらは有線で接続されていてもよい。また、出力部50は、算出処理によって求めた変形量aのみを出力するのではなく、変形量aの大きさに基づいて、アラートを出力するように設定してもよい。例えば、変形量aが建物Aの軽微な損傷を示す値を超えていた場合には、目視点検を促す注意アラートを出力できるようにしてもよいし、変形量aが建物Aの耐力に影響するひび割れ等が生じる値を超えていた場合は、即時点検を促す危険アラートを出力できるようにしてもよい。
【符号の説明】
【0044】
A 建物
a 変形量
θ 変形角
Fmax 代表1次固有振動数
1 変形量推定システム
10 第一地震計(第一計測部)
11 第一の加速度時刻歴
20 第二地震計(第二計測部)
21 第二の加速度時刻歴
32 制御部
63 検索範囲