(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024162527
(43)【公開日】2024-11-21
(54)【発明の名称】冷却器及び冷却装置
(51)【国際特許分類】
F28D 15/02 20060101AFI20241114BHJP
【FI】
F28D15/02 101G
F28D15/02 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023078108
(22)【出願日】2023-05-10
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「NEDO先導研究プログラム/エネルギー・環境新技術先導研究プログラム/相界面制御による熱・物質移動促進プロセス技術開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(71)【出願人】
【識別番号】592129486
【氏名又は名称】株式会社長峰製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】森 昌司
(72)【発明者】
【氏名】有村 聡
(72)【発明者】
【氏名】川口 久志
(72)【発明者】
【氏名】井上 拓
(57)【要約】
【課題】濡れ性の高い作動流体を用いても、沸騰開始点の上昇を抑えて低い過熱度で沸騰を生起させることが可能な冷却器及び冷却装置を提供する。
【解決手段】発熱体を冷却するための沸騰方式による冷却器であって、作動流体を収容する容器と、容器内において、発熱体の表面に対向するように設けられ、ハニカム構造を有する多孔質体で構成された冷却部材と、を備え、多孔質体の細孔径が5~12μmであり、空隙率が10~50%である冷却器。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
発熱体を冷却するための沸騰方式による冷却器であって、
作動流体を収容する容器と、
前記容器内において、前記発熱体の表面に対向するように設けられ、ハニカム構造を有する多孔質体で構成された冷却部材と、
を備え、
前記多孔質体の細孔径が5~12μmであり、空隙率が10~50%である冷却器。
【請求項2】
前記多孔質体の表面において、0.1μm径以上のキャビティを2.8×109個/mm2以上有している請求項1に記載の冷却器。
【請求項3】
前記キャビティは、リエントラント構造を有する請求項2に記載の冷却器。
【請求項4】
前記作動流体の表面張力が20mN/m以下である請求項1に記載の冷却器。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の冷却器と、
前記冷却器の前記容器に接続され、蒸発した作動流体を液化するコンデンサと、
を備えた冷却装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷却器及び冷却装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
発熱体を外部から水等の作動流体で冷却する沸騰方式を用いた冷却器が知られている。沸騰方式には、プール沸騰方式と、強制流動沸騰方式がある。このうち、プール沸騰方式による発熱体の冷却機構について説明する。従来のプール沸騰方式による冷却器は、一般に、容器と、容器内に収容された作動流体とを備え、容器は、冷却対象である発熱体との接触部を有する。発熱体において熱が発生し、接触部を通して作動流体に熱が伝わると、接触部の近傍に存在する作動流体が沸騰する。沸騰により蒸気が生じると気液の密度差により接触部に作動流体が供給される。こうして新たに供給された作動流体がさらに蒸発し、発熱体から熱を除去する。プール沸騰方式による冷却器は、強制流動沸騰方式のような液体を循環させるための外部動力源が不要であるため、コンパクト性および省エネルギー性に有利である。
【0003】
しかしながら、接触部に大きな熱流束が加えられると、作動流体の蒸発量が増加し、接触部が蒸気に覆われ始める。接触部が完全に蒸気に覆われて乾燥状態となり、接触部へ作動流体が供給されなくなると、冷却器の冷却能力は著しく劣化する。この状態の熱流束を「限界熱流束(CHF:Critical Heat Flux)」という。
【0004】
このような問題に対し、特許文献1では、所定形状の多孔質体を発熱体と冷却容器内の水との間に設けて、多孔質体の毛細管現象により水を発熱体へ供給しつつ、それにより発生した蒸気を容器内の水中へ排出する構造とすることで、簡易な構造で従来の限界熱流束を飛躍的に向上させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、冷却器が、多孔質体を発熱体と冷却容器内の作動流体との間に設けた構成を有していても、発熱体の表面付近に沸騰の核が無いと、沸騰がスムーズに生起されず、
図1の沸騰曲線で示すように、発熱体の表面上に沸騰が生じ始める温度、すなわち沸騰開始点(ONB:Onset of Nucleate Boiling)が飛躍的に上昇してしまう。このような場合、沸騰開始の過熱度(ΔT
sat)が高くなり、発熱体の種類によっては破損や故障などの問題が生じる。なお、過熱度とは壁温と飽和温度との差を示す。
【0007】
電子素子の高集積化や小型化による電子機器の発熱密度の増加は、今後さらに進むと予測されている。プール沸騰方式による冷却器で電子素子を冷却する場合、作動流体としては、電子素子の許容温度(約80℃)の観点から低沸点で絶縁性のフロリナート:FC-72(スリーエムジャパン株式会社製、沸点55.7℃)やノベック:NOVEC7100(スリーエムジャパン株式会社製、沸点59.8℃)、およびアサヒクリン(登録商標):AE3000(AGC株式会社製、沸点56.0℃)が検討されている。しかしながら、これらの作動流体は濡れ性が高く、発熱体の表面において沸騰の核となるべき冷却部材の細孔を全て濡らしてしまうおそれがある。その結果、発熱体の表面付近に沸騰の核発泡が起こり難くなり、沸点を過ぎでも沸騰が起こらない過熱状態になってしまう問題がある。
【0008】
本発明は、このような問題を解決すべく、濡れ性の高い作動流体を用いても、沸騰開始点の上昇を抑えて低い過熱度で沸騰を生起させることが可能な冷却器及び冷却装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは研究を重ねたところ、多孔質体で構成された冷却部材を発熱体の表面に対向するように設け、多孔質体の細孔径及び空隙率を制御することにより、上記課題を解決することができることを見出した。
【0010】
上記課題は、以下のように特定される本発明によって解決される。
(1)発熱体を冷却するための沸騰方式による冷却器であって、
作動流体を収容する容器と、
前記容器内において、前記発熱体の表面に対向するように設けられ、ハニカム構造を有する多孔質体で構成された冷却部材と、
を備え、
前記多孔質体の細孔径が5~12μmであり、空隙率が10~50%である冷却器。
(2)前記多孔質体の表面において、0.1μm径以上のキャビティを2.8×109個/mm2以上有している(1)に記載の冷却器。
(3)前記キャビティは、リエントラント構造を有する(2)に記載の冷却器。
(4)前記作動流体の表面張力が20mN/m以下である(1)~(3)のいずれかに記載の冷却器。
(5)(1)~(4)のいずれかに記載の冷却器と、
前記冷却器の前記容器に接続され、蒸発した作動流体を液化するコンデンサと、
を備えた冷却装置。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、濡れ性の高い作動流体を用いても、沸騰開始点の上昇を抑えて低い過熱度で沸騰を生起させることが可能な冷却器及び冷却装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】従来の冷却器の沸騰曲線を示すグラフである。
【
図2】本発明の実施形態に係る沸騰方式による冷却器10の模式図である。
【
図3】ハニカム構造を有する多孔質体の平面図である。
【
図4】リエントラント(re-entrant)構造の一例を示す模式図である。
【
図5】リエントラント(re-entrant)構造の別の一例を示す
【
図6】本発明の実施形態に係る冷却器を備えた冷却装置の模式図である。
【
図7】試験例に係るプール沸騰実験装置の模式図である。
【
図8】試験例に係るITO膜(発熱体)のデザインを示す模式図である。
【
図9】(A)はハニカム多孔質体(2)の表面のSEM写真である。(B)はハニカム多孔質体(4)の表面のSEM写真である。(C)はハニカム多孔質体(6)の表面のSEM写真である。
【
図10】試験例に係る沸騰曲線を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
次に本発明を実施するための形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、適宜設計の変更、改良等が加えられることが理解されるべきである。
【0014】
<冷却器>
図2は、本発明の実施形態に係る沸騰方式による冷却器10の模式図である。冷却器10は、作動流体11を収容する容器12と、容器12内において、作動流体11と接するように且つ発熱体13の表面に対向するように設けられた冷却部材14とを備える。なお、本実施形態では
図2に示すように作動流体11が容器12に収容された構成、すなわち、冷却部材14が作動流体11に浸漬されたプール沸騰方式に係る構成としているが、これに限られない。例えば、発熱体13の表面に対向するように設けられた冷却部材14の、発熱体13とは反対側の表面に、作動流体11を少量ずつ垂らすように供給する構成としてもよい。このような構成は、作動流体11の量を減らすことができ、コスト削減の観点や、冷却器10をコンパクトに設計することができ、設置位置の制限が緩和される等の観点からより好ましい。
【0015】
冷却部材14は
図3に示すようなハニカム構造を有する多孔質体で構成されている。冷却部材14が多孔質体で構成されていることにより、毛細管現象により発熱体13の表面に作動流体11を供給することができる。また、多孔質体の細孔が発熱体13の表面付近における沸騰の核となり得る。
【0016】
冷却部材14の多孔質体は、
図3の平面図に示すようにハニカム構造を有しており、多孔質体の細穴の毛細管現象により作動流体11を発熱体13の表面に供給する作動流体供給部16と、発熱体13の表面で発生した蒸気を作動流体側へ排出する蒸気排出部17とを備えている。
【0017】
作動流体供給部16は、毛細管現象により発熱体13の表面に作動流体11を供給する。蒸気排出部17は、発熱体13からの熱により発生した蒸気を、発熱体13の表面から作動流体11側へ排出する。本実施形態では、多孔質体のハニカム構造が有する矩形状のセル19の周囲の格子状の多孔質層部分が細穴の毛細管現象により発熱体13の表面に作動流体11を供給する作動流体供給部16として機能し、ハニカム構造が有する矩形状のセル19が発熱体13の表面で発生した蒸気を作動流体側へ排出する蒸気排出部17として機能する。
【0018】
ここで、何らかの原因で沸騰の核が生じない場合があると、沸騰がスムーズに生起されず、沸騰開始点(ONB)が飛躍的に上昇する。例えば、近年、大幅な需要増加が見込まれるデータセンターは、消費エネルギーが極めて大きいことから、その省エネ化のインパクトは極めて大きいが、発熱密度も大幅に増加しており、このようなONBの大幅な上昇が懸念される。また、特に電子素子を沸騰方式の冷却器で冷却する場合、電気絶縁性流体を作動流体として用いることがあるが、濡れ性の高い電気絶縁性流体を用いると、沸騰の核となる多孔質体の細孔までも全て濡らしてしまう。このような場合、発熱体13の表面付近に沸騰の核が無く、沸騰がスムーズに生起されなくなり、ONBが飛躍的に上昇してしまう。電子素子の安全な動作を担保する動作上限温度としては、例えば、CPUまたはFPGAであれば85~105℃、Siパワーデバイスであれば150℃程度、SiCパワーデバイスであれば300~400℃であることが知られているが、ONBがこのように上昇してしまうと、起動直後に動作上限温度を超えてしまい、電子素子に破損や故障などの問題が生じる。
【0019】
このような問題に対し、本発明の実施形態に係る冷却器10は、冷却部材14がハニカム構造を有する多孔質体で構成されており、多孔質体の細孔が発熱体13からの熱による発泡を促進し、沸騰の核(気泡)を種付けすることができる。発熱体13の表面付近に沸騰の核があると、沸騰がスムーズに生起される。さらに、冷却部材14がハニカム構造における蒸気排出部17からの気泡の離脱を促進させることができ、その結果、低い過熱度で沸騰を生起させ、ONBの上昇を抑制することができる。
【0020】
本発明の実施形態に係る冷却器10は、冷却部材14の多孔質体の細孔径が5~12μmに制御されている。冷却部材14の多孔質体の細孔径が5~12μmであると、発熱体13の表面に生じる沸騰の核(気泡)の大きさを良好に担保することができる。冷却部材14の多孔質体の細孔径は、0.1~100μmであることが好ましく、5~12μmであることがより好ましい。多孔質体の細孔径は、走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)、X線CTなどにより測定することができる。
【0021】
本発明の実施形態に係る冷却器10は、冷却部材14の多孔質体の空隙率が10~50%に制御されている。冷却部材14の多孔質体の空隙率が10%以上であると、確率的に活性する沸騰核の数を担保することができる。冷却部材14の多孔質体の空隙率が50%以下であると、さらに沸騰の核が多く担保でき、かつ強度的に沸騰に耐えうる構造とすることができる。冷却部材14の多孔質体の空隙率は、10~40%であってもよく、10~30%であってもよく、10~28%であってもよく、10~25%であってもよい。なお、冷却部材14の多孔質体の空隙率は、ハニカム構造におけるセル19部分を除いた多孔質層における空隙率である。多孔質体の空隙率は、水銀圧入法等の公知の方法により測定することができる。
【0022】
また、本発明の実施形態に係る冷却器10は、上述のように、冷却部材14の多孔質体の細孔径が5~12μmに制御され、且つ、空隙率が10~50%に制御されている。このような冷却部材14の多孔質体の細孔径と空隙率との数値範囲の組み合わせにより、詳細は実施例で示すが、従来のプール沸騰方式による冷却器に対して、沸騰開始の過熱度(K)を低下させ、熱伝達率(W/(cm2・K))を約6倍と飛躍的に向上させることができる。これは、沸騰のキャビティとして働く、有効な細孔径の範囲が5~12μmにあり、かつ空隙率が高い方が有効な細孔径のキャビティ数が多く存在することにより沸騰開始の過熱度(ONB)を低下させることができ、ハニカム状にすることで発生した蒸気が排出しやすくなり、熱伝達率を大幅に向上させることができるためである。
【0023】
本発明の実施形態に係る冷却器10は、冷却部材14の多孔質体の表面において、0.1μm径以上のキャビティ18を2.8×109個/mm2以上有しているのが好ましい。冷却部材14の多孔質体の表面において観察される当該キャビティ18は、1μm径以上の大きさを有している。このようなキャビティ18は、多孔質体の原料の粒子間の隙間などの多孔質体が元々備えている孔であってもよく、多孔質体に形成した孔であってもよい。冷却部材14の多孔質体の表面におけるキャビティ18の形状は、多孔質体の表面を平面視したときに略円形状、略楕円形状等、種々の形状とすることが可能であるが、キャビティ18の径は、そのような種々の孔形状における外接円の直径を示す。また、0.1~100μm径以上のキャビティ18を2×109~2×1010個/mm2有しているのがより好ましく、5~12μm径以上のキャビティ18を2×109~2×1010個/mm2有しているのが更により好ましい。冷却部材14の多孔質体の表面におけるキャビティ18の径及び個数密度は、SEM、X線CTなどによって測定することができる。
【0024】
本発明の実施形態に係る冷却器10は、冷却部材14の多孔質体の表面のキャビティ18がリエントラント構造を有することが好ましい。リエントラント(re-entrant)構造は
図4に示すような深さ方向に末広がりになる構造である。多孔質体の表面のキャビティ18がリエントラント構造を有すると、周囲の温度が低下しても常に気泡核(沸騰の核)を保有することができるために、安定した沸騰が可能となる。その結果、安定して低い過熱度で沸騰を生起させ、ONBの上昇を抑制することができる。キャビティ18のリエントラント構造は、
図4に示すように内壁が球状の一部を構成する形状でなくてもよく、
図5に示すように内壁が三角錐、四角錐、または円錐の一部を構成する形状であってもよく、その他、多孔質体の表面から深さ方向に末広がりになるものであればどのような形状であってもよい。冷却部材14の多孔質体の表面のリエントラント構造を有するキャビティ18は、安定して気泡核(沸騰の核)を保有するために、1~1×10
6μm
3の体積を有していることが好ましく、125~1730μm
3の体積を有していることがより好ましい。冷却部材14の孔質体の表面のキャビティ18がリエントラント構造を有することは、孔質体の表面付近の断面をSEM、X線CT等で観察することで確認することができる。
【0025】
冷却部材14のハニカム構造を有する多孔質体の外形は、特に限定されないが、端面が円形の柱状(円柱形状)、端面がオーバル形状の柱状、端面が多角形(四角形、五角形、六角形、七角形、八角形等)の柱状等の形状とすることができる。また、当該ハニカム構造を有する多孔質体の大きさは、特に限定されないが、中心軸方向長さが1~50mmが好ましい。また、例えば、ハニカム構造を有する多孔質体の外形が円筒状の場合、その端面の半径が5~50mmであることが好ましい。
【0026】
冷却部材14のハニカム構造を有する多孔質体のセル19の形状は特に限定されないが、ハニカム構造を有する多孔質体の中心軸に直交する断面において、三角形、四角形、五角形、六角形、八角形等の多角形、円形、又は楕円形であることが好ましく、その他不定形であってもよい。
【0027】
多孔質体は、例えばコージェライト、ムライト、ジルコン、チタン酸アルミニウム、炭化珪素、珪素-炭化珪素複合材、窒化珪素、ジルコニア、スピネル、インディアライト、サフィリン、コランダム、及びチタニア等のセラミックス、焼結金属、または、電解析出金属等で形成することができる。特に酸化物等の濡れ性の良い多孔質体、または、プラズマ照射等の濡れ性が向上する加工が施された多孔質体で構成されるのが望ましい。また、多孔質体の形態は特に限定されず、例えば、多孔質体が多孔質粒子の集合体で構成されていてもよい。また、多孔質体が多孔質層で構成されていてもよい。
【0028】
また、本発明の別の態様としては、発熱体13全体を作動流体11中に浸漬する、または発熱体13の一部を作動流体11の液面から一部浸漬して冷却を行うこともできる。この場合には、発熱体13は浮遊した状態、容器12底面に載置された状態など場合により種々の形態をとるが、要は作動流体11に浸漬されている部分に多孔質体で構成された冷却部材14を取り付けることにより、前記例と同様にして冷却を行うことができる。
【0029】
作動流体11としては、例えば水、低温流体、冷媒、有機溶媒等の表面張力を有する液体を用いることができる。また、近年の電子素子等の発熱体の発熱密度の増加に対応するため、フッ化炭素(FC)、フロン(CFC)、代替フロン(HCFC又はHFCなど)、純水、超純水等の一般的な電気絶縁性流体を用いることができる。
【0030】
また、作動流体11としては、電子素子の許容温度(約80℃)の観点から低沸点で絶縁性を有するフロリナート:FC-72(スリーエムジャパン株式会社製、沸点55.7℃)やノベック:NOVEC7100(スリーエムジャパン株式会社製、沸点59.8℃)、およびアサヒクリン(登録商標):AE-3000(AGC株式会社製、沸点56.0℃)等を用いることができる。これらの作動流体は濡れ性が高く、従来、発熱体の表面において沸騰の核となるべき冷却部材14の細孔を全て濡らしてしまう。その結果、発熱体の表面付近に沸騰の核発泡が起こり難くなり、沸点を過ぎでも沸騰が起こらない過熱状態になってしまう。これに対し、本発明の実施形態に係る冷却器10では、上述のように冷却部材14の多孔質体の細孔径及び空隙率が制御されており、濡れ性の高い作動流体11、具体的には、表面張力が20mN/m以下である作動流体11を用いても、沸騰開始点の上昇を抑えて低い過熱度で沸騰を生起させることができる。作動流体11の表面張力は16mN/m以下であってもよく、14mN/m以下であってもよく、12mN/m以下であってもよく、1mN/m以下であってもよい。
【0031】
本実施形態に係る冷却部材14は以下のようにして作製することができる。
本実施形態に係る冷却部材14の製造方法は、ハニカム成形体を作製する成形工程と、ハニカム乾燥体を作製する乾燥工程と、ハニカム焼成体を作製する焼成工程と、を備える。
【0032】
(成形工程)
成形工程では、まず、セラミックス等の多孔質体の原料を含有する成形原料を準備する。成形原料は、セラミックス等の多孔質体の原料以外に、バインダ、界面活性剤、造孔材、水等を添加して作製する。
【0033】
バインダとしては、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース等が挙げられる。バインダの含有量は、セラミックス等の多孔質体の原料の合計質量を100質量部としたときに、2.0~30.0質量部であることが好ましい。
【0034】
水の含有量は、セラミックス等の多孔質体の原料の合計質量を100質量部としたときに、20~60質量部であることが好ましい。
【0035】
界面活性剤としては、エチレングリコール、デキストリン、脂肪酸石鹸、ポリアルコール等を用いることができる。界面活性剤の含有量は、セラミックス等の多孔質体の原料の合計質量を100質量部としたときに、0.1~2.0質量部であることが好ましい。
【0036】
造孔材は、平均粒子径5~20μmであって、焼成後に多孔質体の気孔となる材料を用いる。このような造孔材としては、樹脂製のビーズ等を挙げることができる。なお、上述の多孔質体の表面のリエントラント構造は、当該造孔材が多孔質体の表面から一部突出した状態で焼成されることで形成されるものである。当該ビーズの形状は特に限定されず、球状、直方体、角柱、角錐、円錐などの形状であってもよい。当該造孔材の含有量は、セラミックス等の多孔質体の原料の合計質量を100質量部としたときに、5~30質量部であることが好ましい。
【0037】
次に、得られた成形原料を混練して坏土を形成した後、坏土を押出成形してハニカム成形体を作製する。
【0038】
(乾燥工程)
次に、得られたハニカム成形体を乾燥してハニカム乾燥体を作製する。乾燥方法は特に限定されず、例えば、マイクロ波加熱乾燥、高周波誘電加熱乾燥等の電磁波加熱方式と、熱風乾燥、過熱水蒸気乾燥等の外部加熱方式とを挙げることができる。乾燥温度は、50~120℃とすることが好ましい。
【0039】
(焼成工程)
次に、ハニカム乾燥体を焼成してハニカム焼成体を作製する。焼成条件としては、造孔材を焼き飛ばすことが可能な温度である必要がある。焼成条件は、例えば、大気雰囲気において、1400~1600℃で、1~20時間加熱することが好ましい。
このようにして、本実施形態に係るハニカム構造を有する多孔質体で構成された冷却部材14が得られる。
【0040】
<冷却装置>
図6は、本発明の実施形態に係る冷却器10を備えた冷却装置20の模式図を示している。冷却装置20は、冷却器10と、容器12に接続されたコンデンサ21とを備える。コンデンサ21において、蒸発した作動流体11が液化されて、容器12に戻る。冷却装置20は、ポンプなどの外部動力源を必要とせず、装置全体としてのコンパクト性および省エネルギー性が優れている。
【0041】
<用途>
本発明の冷却器10及び冷却装置20は、種々の電子機器、その他の高発熱密度を有する熱機器全般に適用可能であり、特に濡れ性の高い作動流体を用いた電子機器に用いることが好ましい。例えば、キャピラリーポンプループの高性能化、半導体レーザ、データセンターのサーバの冷却、フロン冷却式チョッパ制御装置、パワー電子機器等が考えられる。または、大型ごみ焼却炉等の耐火壁を外部から冷却して損傷を軽減するための、耐火壁側部や耐火壁底部に設置する水冷ジャケットに適用可能である。
【実施例0042】
以下に本発明を実施例でさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0043】
<試験例1>
・実験装置
実験装置として、
図7に示す構成のプール沸騰実験装置を準備した。
図7に示すプール沸騰実験装置は、冷却器の容器としてホウケイ酸ガラス管、作動流体として電気絶縁性流体であるAE3000(AGC株式会社製、沸点56.0℃)、発熱体として矩形状のITO(Indium Tin Oxide)膜を用いた。ITO膜(発熱体)は、当該冷却器の容器の底に位置し、且つ、その表面に容器内の作動流体が接触するように設置した。
【0044】
より具体的には、まず、テフロン(登録商標)製のフランジの上にシリコンシート、ITO膜を載せ、上から押さえつけることでシールした。また、後述のITO膜(発熱体)のデザインに記載されているITO膜の電極に導線をはんだ付けすることで回路を組み、スタビトロン方式直流電源(日本スタビライザー工業株式会社製SCIZ-2B15)を用いて加熱を行った。内径87mmのホウケイ酸ガラス管を両端よりフランジによって固定しプール容器とした。作動流体は予備ヒーターによって飽和温度に保ち、温度校正をした熱電対を用いて温度を測定した。作動流体の液高さは100mmであり、プール容器上部には凝縮器を取り付け沸騰によってプール内の液量が変化しないようにした。のダイクロイックミラー(シグマ光機株式会社製DIM-D50.8×2t)を介して赤外線カメラ(FLIR製A6751sc)でITO膜の底部の温度を測定した。
【0045】
・ITO膜(発熱体)のデザイン
図8にITO膜のデザインの詳細を示す。サファイア基板(縦×横=40mm×40mm、厚さ1mm)に電極として両端にCr(30nm)とAu(200nm)が、発熱体として中央の領域:20mm×10mmにIndium-Tin Oxide:ITO膜(250nm)、TiO
2(100nm)が蒸着されている。ここでITO膜は通電加熱する際の抵抗のため、TiO
2は濡れ性を良くするためにITO膜の上部に成膜されている。ITO膜は可視光に対して透明で波長3~5μmの赤外線に対しては不透明な導電膜である。またサファイアは可視光、波長3~5μmの赤外線に対してともに透明である。よってこのITO膜が波長3~5μmの赤外線に対して不透明であり、サファイアは透明であることを利用し、ITO膜底部の温度を測定することができる。
【0046】
・ハニカム構造を有する多孔質体
冷却部材を構成するハニカム構造を有する多孔質体として、表1に記載のハニカム多孔質体(1)~(6)を準備した。
ハニカム多孔質体(1)及び(2)は、自動車の排気ガス処理に用いられる市販品のハニカム多孔質体のNAハニカム(NA-180CR)である。多孔質体の成分はカルシウムアルミネート(CaO・Al2O3):30~50質量%、溶融シリカ(FusedSiO2):40~60質量%、及び二酸化チタン(TiO2):5~20質量%で、有効熱伝導率は4W/(m・K)であった。
ハニカム多孔質(3)は以下のようにして製造した。
まず、セラミックス等の多孔質体の原料を含有する成形原料を準備した。成形原料は、Al2O3、バインダ(メチルセルロース)、界面活性剤(エチレングリコール)、平均粒子径5~10μmの造孔材(球状の樹脂ビーズ)、水を添加して作製した。バインダの含有量は、Al2O3の合計質量を100質量部としたときに、5~20質量部とした。水の含有量はAl2O3の合計質量を100質量部としたときに、20~30質量部とした。界面活性剤の含有量はAl2O3の合計質量を100質量部としたときに、0.1質量部とした。造孔材の含有量はAl2O3の合計質量を100質量部としたときに、5~10質量部とした。
次に、得られた成形原料を混練して坏土を形成した後、坏土を押出成形してハニカム成形体を作製した。
次に、得られたハニカム成形体を乾燥してハニカム乾燥体を作製した。乾燥はマイクロ波加熱乾燥で行い、乾燥温度は100℃とした。
次に、ハニカム乾燥体を大気雰囲気下、1600℃で2時間焼成してハニカム焼成体である、Al2O3:99.9質量%を含むハニカム多孔質体(3)を作製した。
【0047】
ハニカム多孔質体(4)~(6)については、造孔材の平均粒子径、造孔材の質量部、Al2O3の質量部、水の質量部、及び、バインダの質量部について、それぞれ目標とする細孔径及び空隙率(表1に記載の細孔径及び空隙率)に基づき、適宜数値を調整した以外は、上述のハニカム多孔質(3)の製造方法と同様にして製造した。
【0048】
ハニカム多孔質体(1)~(6)について、全自動細孔分布測定装置(Quanta Chrome社製、Pore Master 60-GT)を用い、水銀圧入法、SEMによる空隙率、細孔径測定を行った。
ハニカム多孔質体(1)~(6)の製造条件及び評価結果を表1に示す。
【0049】
【0050】
ハニカム多孔質体(2)、(4)及び(6)について、それぞれその表面を、SEMにより観察した。
図9(A)はハニカム多孔質体(2)の表面のSEM写真である。
図9(B)はハニカム多孔質体(4)の表面のSEM写真である。
図9(C)はハニカム多孔質体(6)の表面のSEM写真である。
図9(A)に示されるように、ハニカム多孔質体(2)の表面には5μm径以上のキャビティが観察されなかった。一方、
図9(B)、(C)に示されるように、ハニカム多孔質体(4)及び(6)の表面には5μm径以上の略円形のキャビティが多数観察された。また、ハニカム多孔質体(4)の表面のキャビティは2.8×10
9個/mm
2以上計測され、ハニカム多孔質体(6)の表面のキャビティは6.3×10
9個/mm
2以上計測された。
【0051】
図9(B)、(C)に示されるように、ハニカム多孔質体(4)及び(6)の表面のキャビティは表面から観察すると略円形に形成されている。これは製造方法において、適宜調整した平均粒子径の造孔材(球状の樹脂ビーズ)を原料に混入させており、これが焼成によって焼き飛ばされて無くなることで生じたためである。また、同様の理由から、ハニカム多孔質体(4)及び(6)の表面のキャビティは
図4に示すように内壁が球状の一部を構成する形状となっている。
【0052】
・実験
ハニカム多孔質体(1)~(6)をそれぞれ2本の直径0.3mmのステンレス製ワイヤーで上記プール沸騰実験装置の発熱体の表面に対し鉛直方向下向きに均等な力で引っ張ることにより、発熱体の表面上に固定した。
ハニカム多孔質体(1)~(6)を設けた上記プール沸騰実験装置に対し、それぞれ、作動流体を予備ヒーターで1時間沸騰させ、脱気を行った。次に、大気圧下、飽和温度(56℃)で、ITO膜を直流電源から通電加熱して発熱させた。通電加熱の際は、電圧を上げてから1分後を定常状態として再び電圧を上げることを繰り返し、0.5Vごとに測定を行った。このとき、発熱体の表面が膜沸騰状態になって破損することを防ぐために、20Vに達した時点で実験終了とした。また、別途、ハニカム多孔質体を何も設置しない場合についても、上記プール沸騰実験装置によって同様に当該実験を行った(以下、(0)裸面とも呼ぶ)。
このような実験によって、ハニカム多孔質体(1)~(6)の実験対象についてそれぞれ得られた沸騰曲線を
図10に示す。
【0053】
図10によれば、ハニカム多孔質体(1)を用いた場合、ONB時の過熱度は約16Kであり、ハニカム多孔質体(2)を設けた場合、ONB時の過熱度は約25Kであり、ハニカム多孔質体(3)を設けた場合、ONB時の過熱度は約10.5Kであり、ハニカム多孔質体(4)を用いた場合、ONB時の過熱度はそれぞれ約10Kであった。
【0054】
これに対し、ハニカム多孔質体(5)及び(6)を設けた場合は、ONB時の過熱度が約3Kであり、ハニカム多孔質体(1)~(4)と比較して、低い過熱度で沸騰を開始させることができた。これは、ハニカム多孔質体(5)及び(6)は、細孔径を5~12μmに制御し、かつ空隙率を10%から50%と増加させることで、有効なキャビティ数が増加したものと考えられる。
また、ハニカム多孔質体(5)及び(6)を設けた場合は、(0)裸面(ハニカム多孔質体を何も設置しない場合)の場合に比べて熱伝達率(W/(cm2・K))を約6倍と飛躍的に向上させることができた。
【0055】
なお、上述の試験例は、最もハニカム多孔質体の細孔を濡らしやすい作動流体(AE3000)で検討を行っているため、その他の全ての作動流体でも同様に有効と考えられる。