(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024162854
(43)【公開日】2024-11-21
(54)【発明の名称】電気化学活性構造体、電気化学エネルギー変換方法、及び電気化学活性を有する膜小胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20241114BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20241114BHJP
C12M 1/42 20060101ALI20241114BHJP
C12M 1/34 20060101ALI20241114BHJP
G01N 27/327 20060101ALI20241114BHJP
C12P 1/04 20060101ALN20241114BHJP
【FI】
C12N1/20 Z
C12N1/20 C
C12N1/21
C12M1/42
C12M1/34 B
G01N27/327 355
G01N27/327 353T
C12P1/04 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023078790
(22)【出願日】2023-05-11
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業「データ取得と観察技術の構築」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】デロイトトーマツ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】徳納 吉秀
(72)【発明者】
【氏名】サヴィジ トーマス 晃洋
(72)【発明者】
【氏名】豊福 雅典
(72)【発明者】
【氏名】野村 暢彦
【テーマコード(参考)】
4B029
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA07
4B029BB02
4B029FA12
4B029FA15
4B064CA02
4B064CA19
4B064CB16
4B064DA16
4B065AA01X
4B065BC03
4B065BD15
4B065BD18
4B065BD25
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】電気化学的なエネルギー変換を担う新たな素材を提供する。
【解決方法】生物由来細胞を基原とする膜小胞であって、前記膜小胞の基原となった生物由来細胞で産生された酵素を包含してなる該膜小胞と、電子を授受するための電極とを含み、前記酵素により基質物質が物質的に変換されるに応じて前記膜小胞から前記電極に電子が放出されるか、又は、前記電極からの電子が前記膜小胞に受領されるに応じて前記酵素により基質物質が物質的に変換されるようにした、電気化学活性構造体である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生物由来細胞を基原とする膜小胞であって、前記膜小胞の基原となった生物由来細胞で産生された酵素を包含してなる該膜小胞と、電子を授受するための電極とを含み、前記酵素により基質物質が物質的に変換されるに応じて前記膜小胞から前記電極に電子が放出されるか、又は、前記電極からの電子が前記膜小胞に受領されるに応じて前記酵素により基質物質が物質的に変換されるようにした、電気化学活性構造体。
【請求項2】
前記膜小胞は微生物を基原とするものである、請求項1記載の電気化学活性構造体。
【請求項3】
前記膜小胞はグラム陰性菌を基原とするものであり、前記酵素は前記グラム陰性菌の内膜への局在性を有するものである、請求項1記載の電気化学活性構造体。
【請求項4】
生物由来細胞を基原とする膜小胞であって、前記膜小胞の基原となった生物由来細胞で産生された酵素を包含してなる該膜小胞と、電子を授受するための電極とを準備し、前記酵素により基質物質が物質的に変換されるに応じて前記膜小胞から前記電極に電子が放出されるか、又は、前記電極からの電子が前記膜小胞に受領されるに応じて前記酵素により基質物質が物質的に変換されるようにする、電気化学エネルギー変換方法。
【請求項5】
前記膜小胞は微生物を基原とするものである、請求項4記載の電気化学エネルギー変換方法。
【請求項6】
前記膜小胞はグラム陰性菌を基原とするものであり、前記酵素は前記グラム陰性菌の内膜への局在性を有するものである、請求項4記載の電気化学エネルギー変換方法。
【請求項7】
所定の原料物質から電気エネルギーを生じさせるために用いる、請求項4記載の電気化学エネルギー変換方法。
【請求項8】
電気エネルギーを利用して所定の物質を生産するために用いる、請求項4記載の電気化学エネルギー変換方法。
【請求項9】
所定の物質を検出するために用いる、請求項4記載の電気化学エネルギー変換方法。
【請求項10】
電気化学活性のための酵素を産生する微生物を培養し、前記培養を経て得られた培養調製物から前記微生物の細胞膜を含む膜小胞を調製して、前記膜小胞に前記酵素が包含されてなる該膜小胞を得る、電気化学活性を有する膜小胞の製造方法。
【請求項11】
前記微生物はグラム陰性菌であり、前記酵素は前記グラム陰性菌の内膜への局在性を有するものである、請求項10記載の製造方法。
【請求項12】
前記微生物を、前記酵素の活性を誘導しつつ、又は、前記酵素の発現を誘導しつつ、培養する、請求項10記載の製造方法。
【請求項13】
前記酵素は、前記微生物にとって外来的に導入された遺伝子から、又は、外来的に導入された遺伝子による組換え遺伝子から発現されるものである、請求項10記載の製造方法。
【請求項14】
前記微生物は、該微生物に膜小胞の形成を誘導するための遺伝子が導入されたものである、請求項10記載の製造方法。
【請求項15】
前記微生物の細胞膜を含む膜小胞の調製は、前記培養調製物中に含まれる微生物を溶菌する処理を含むものである、請求項10記載の製造方法。
【請求項16】
電気化学活性のための酵素を包含してなる膜小胞を含み、所定の原料物質から電気エネルギーを生じさせる発電装置。
【請求項17】
電気化学活性のための酵素を包含してなる膜小胞を含み、電気エネルギーを利用して所定の物質を生産する物質生産装置。
【請求項18】
電気化学活性のための酵素を包含してなる膜小胞を含み、所定の物質を検出するセンサー。
【請求項19】
電気化学活性のための酵素を包含してなる膜小胞と、電子を授受するための電極と、前記膜小胞に包含された前記酵素の基質物質を準備し、前記膜小胞を前記電極に担持するか、又は、前記電極に電気的媒介物質を介して電気的に接続し、且つ、前記膜小胞に包含された前記酵素を前記基質物質に酵素的に作用させるように構成した、電気化学エネルギー変換構造体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物由来の膜小胞を利用した電気化学活性素材に関する。
【背景技術】
【0002】
環境に優しい持続可能なエネルギー源が求められている現代では、化学エネルギーから電気エネルギーへの変換を担う触媒として生物由来の物質の利用が試みられている。そして、例えば、燃料電池、電気化学センサー、電気合成反応などへの応用が期待されている。
【0003】
これに関連した技術の開発も盛んであり、例えば、特許文献1には、酵素を触媒として酸化還元反応が進行することにより起電する燃料電池が開示されており、その燃料電池においては、固定化膜を介して電極基材に酵素を固定し、その固定化膜の厚みより高い凸部を有する集電体を備えることにより、電極からの集電性を向上させ、ひいては燃料電池の高出力化を実現することができるものとされている。
【0004】
また、例えば、特許文献2には、酵素を利用した燃料電池が開示されており、その燃料電池においては、人工脂質膜で構成されたリポソームに酵素を封入することで、使用中の環境変化などによる酵素の溶出や性質変化のおそれがないものとされている。また、燃料電池の電極に固定化する場合にも、より簡単に固定化できるものとされている。
【0005】
また、例えば、特許文献3には、電気発生性の微生物をアノード表面領域に配置してなる燃料電池が開示されており、この微生物燃料電池によれば、電気発生性の微生物が互いに間隔を開けた複数のコロニーの形態で配置され、所定の高さを有する柱構造を形成しているので、物質移動が向上されて、結果として微生物燃料電池の出力密度が向上するものとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010-92667号公報
【特許文献2】特開2009-158458号公報
【特許文献3】特開2008-288198号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、酵素そのものを利用する場合、酵素の単離精製に手間や費用がかかることや、使用中の環境変化に対する耐性に乏しいことなどが課題であった。
【0008】
また、酵素をリポソームに封入して利用する場合、酵素産生細胞の培養、酵素の単離精製、脂質膜の形成、脂質膜への酵素の封入というように、複数の作業が必要であり、調製の煩雑さの側面がなお課題であった。
【0009】
一方、微生物そのものを利用した電池や電気化学センサーも既存技術として存在しているが、生きた微生物を利用するため出力が不安定であり、また、ウエラブルセンサーなどでは生きた微生物を装着するという心理的な抵抗も否めないという側面があった。
【0010】
上記背景に鑑み、本発明の目的は、電気化学的なエネルギー変換を担う新たな素材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意検討を行い、本発明を完成するに至った。
【0012】
本発明は、その第1の観点においては、生物由来細胞を基原とする膜小胞であって、前記膜小胞の基原となった生物由来細胞で産生された酵素を包含してなる該膜小胞と、電子を授受するための電極とを含み、前記酵素により基質物質が物質的に変換されるに応じて前記膜小胞から前記電極に電子が放出されるか、又は、前記電極からの電子が前記膜小胞に受領されるに応じて前記酵素により基質物質が物質的に変換されるようにした、電気化学活性構造体を提供するものである。
【0013】
本発明により提供される電気化学活性構造体によれば、膜小胞に包含された酵素により基質物質が物質的に変換されるに応じて、膜小胞から電極に電子が放出されるか、又は、電極からの電子が膜小胞に受領されるに応じて、膜小胞に包含された酵素により基質物質が物質的に変換されるようにすることで、その酵素による酵素・基質反応を通じて電気化学的なエネルギー変換を実現することができる。よって、所望の物質から電気エネルギーへのエネルギー変換又は電気エネルギーから所望の物質へのエネルギー変換が可能となる。また、電気化学活性のための酵素が膜小胞に包含されているので、環境変化に対して耐性がある素材として好適に利用され得る。更に、生物由来細胞を基原とする膜小胞を利用したので、酵素を単離精製したり、脂質膜を細胞外で合成したりする必要がなく、その膜小胞の調製が容易である。加えて、単離精製が困難な膜蛋白質などを電気化学活性のための酵素として好適に利用しやすい。
【0014】
上記電気化学活性構造体においては、前記膜小胞は微生物を基原とするものであることが好ましい。これによれば、所定の酵素を産生する微生物を用いて、電気化学活性のための酵素が膜小胞に包含されてなる該膜小胞を調製することが容易である。
【0015】
上記電気化学活性構造体においては、前記膜小胞はグラム陰性菌を基原とするものであり、前記酵素は前記グラム陰性菌の内膜への局在性を有するものであることが好ましい。これによれば、グラム陰性菌の内膜への局在性を有する酵素を、電気化学活性のための酵素として好適に利用しやすい。
【0016】
本発明は、その第2の観点においては、生物由来細胞を基原とする膜小胞であって、前記膜小胞の基原となった生物由来細胞で産生された酵素を包含してなる該膜小胞と、電子を授受するための電極とを準備し、前記酵素により基質物質が物質的に変換されるに応じて前記膜小胞から前記電極に電子が放出されるか、又は、前記電極からの電子が前記膜小胞に受領されるに応じて前記酵素により基質物質が物質的に変換されるようにする、電気化学エネルギー変換方法を提供するものである。
【0017】
本発明により提供される電気化学エネルギー変換方法によれば、膜小胞に包含された酵素により基質物質が物質的に変換されるに応じて、膜小胞から電極に電子が放出されるか、又は、電極からの電子が膜小胞に受領されるに応じて、膜小胞に包含された酵素により基質物質が物質的に変換されるようにするので、その酵素による酵素・基質反応を通じて電気化学的なエネルギー変換を実現することができる。よって、所望の物質から電気エネルギーへのエネルギー変換又は電気エネルギーから所望の物質へのエネルギー変換が可能となる。また、電気化学活性のための酵素が膜小胞に包含されているので、環境変化に対して耐性がある方法として好適に利用され得る。更に、生物由来細胞を基原とする膜小胞を利用したので、酵素を単離精製したり、脂質膜を細胞外で合成したりする必要がなく、その膜小胞の調製が容易である。加えて、単離精製が困難な膜蛋白質などを電気化学活性のための酵素として好適に利用しやすい。
【0018】
上記電気化学エネルギー変換方法においては、前記膜小胞は微生物を基原とするものであることが好ましい。これによれば、所定の酵素を産生する微生物を用いて、電気化学活性のための酵素が膜小胞に包含されてなる該膜小胞を調製することが容易である。
【0019】
上記電気化学エネルギー変換方法においては、前記膜小胞はグラム陰性菌を基原とするものであり、前記酵素は前記グラム陰性菌の内膜への局在性を有するものであることが好ましい。これによれば、グラム陰性菌の内膜への局在性を有する酵素を、電気化学活性のための酵素として好適に利用しやすい。
【0020】
上記電気化学エネルギー変換方法においては、所定の原料物質から電気エネルギーを生じさせるために用いることが好ましい。これによれば、例えば、酵素によって触媒された化学反応を受けて基質物質が物質的に変換される際のエネルギーを電気エネルギーに変換すること等によって、所望の燃料による発電を行うことができる。
【0021】
上記電気化学エネルギー変換方法においては、電気エネルギーを利用して所定の物質を生産するために用いることが好ましい。これによれば、例えば、基質物質が与えられた電気エネルギーに応じて物質的に変換されること等によって、所望の物質の生産を行うことができる。
【0022】
上記電気化学エネルギー変換方法においては、所定の物質を検出するために用いることが好ましい。これによれば、例えば、環境中の物質の変化を電気的シグナルの変化に変換すること等によって、所望の物質の検出を行うことができる。
【0023】
本発明は、その第3の観点においては、電気化学活性のための酵素を産生する微生物を培養し、前記培養を経て得られた培養調製物から前記微生物の細胞膜を含む膜小胞を調製して、前記膜小胞に前記酵素が包含されてなる該膜小胞を得る、電気化学活性を有する膜小胞の製造方法を提供するものである。
【0024】
本発明により提供される電気化学活性を有する膜小胞の製造方法によれば、電気化学活性のための酵素を産生する微生物を培養し、その培養を経て得られた培養調製物から細胞膜を含む膜小胞を調製して、当該酵素を包含してなる膜小胞を得るので、酵素を単離精製したり、脂質膜を細胞外で合成したりする必要がなく、簡便に、電気化学活性を有する膜小胞を得ることができる。また、電気化学活性のための酵素が膜小胞に包含されているので、得られた膜小胞は、環境変化に対して耐性がある電気化学活性素材として好適に利用され得る。加えて、単離精製が困難な膜蛋白質などを電気化学活性のための酵素として好適に利用しやすい。
【0025】
上記電気化学活性を有する膜小胞の製造方法においては、前記微生物はグラム陰性菌であり、前記酵素は前記グラム陰性菌の内膜への局在性を有するものであることが好ましい。これによれば、グラム陰性菌の内膜への局在性を有する酵素を、電気化学活性のための酵素として好適に利用しやすい。
【0026】
上記電気化学活性を有する膜小胞の製造方法においては、前記微生物を、前記酵素の活性を誘導しつつ、又は、前記酵素の発現を誘導しつつ、培養することが好ましい。これによれば、電気化学活性のための酵素の活性を高めつつ、又は、当該酵素の発現量を高めつつ、微生物で生産し、当該酵素が微生物の細胞膜に相当する膜部分に局在された膜小胞を調製することが容易である。
【0027】
上記電気化学活性を有する膜小胞の製造方法においては、前記酵素は、前記微生物にとって外来的に導入された遺伝子から、又は、外来的に導入された遺伝子による組換え遺伝子から発現されるものであることが好ましい。これによれば、膜小胞の形成を誘導するための遺伝子が導入されたので、微生物由来の膜小胞を簡便に且つ効率的に調製することができる。
【0028】
上記電気化学活性を有する膜小胞の製造方法においては、前記微生物は、該微生物に膜小胞の形成を誘導するための遺伝子が導入されたものであることが好ましい。これによれば、膜小胞の形成を誘導するための遺伝子が導入されたので、微生物由来の膜小胞を簡便に且つ効率的に調製することができる。
【0029】
上記電気化学活性を有する膜小胞の製造方法においては、前記微生物の細胞膜を含む膜小胞の調製は、前記培養調製物中に含まれる微生物を溶菌する処理を含むものであることが好ましい。これによれば、膜小胞の調製の際に微生物を溶菌する処理を含むので、微生物由来の膜小胞を簡便に且つ効率的に調製することができる。
【0030】
本発明は、その第4の観点においては、電気化学活性のための酵素を包含してなる膜小胞を含み、所定の原料物質から電気エネルギーを生じさせる発電装置を提供するものである。
【0031】
本発明により提供される発電装置によれば、電気化学活性のための酵素を包含してなる膜小胞を含むので、例えば、一例においては、酵素によって触媒された化学反応を受けて基質物質が物質的に変換される際のエネルギーを電気エネルギーに変換することができる。よって、このような機能性により、所定の原料物質から電気エネルギーを生じさせる発電装置として好適に利用され得る。また、電気化学活性のための酵素が膜小胞に包含されているので、環境変化に対する耐性がある発電装置として好適に利用され得る。
【0032】
本発明は、その第5の観点においては、電気化学活性のための酵素を包含してなる膜小胞を含み、電気エネルギーを利用して所定の物質を生産する物質生産装置を提供するものである。
【0033】
本発明により提供される物質生産装置によれば、電気化学活性のための酵素を包含してなる膜小胞を含むので、例えば、一例においては、与えられた電気エネルギーに応じて基質物質を物質的に変換させることができる。よって、このような機能性により、所定の物質を生産する物質生産装置として好適に利用され得る。また、電気化学活性のための酵素が膜小胞に包含されているので、環境変化に対する耐性がある物質生産装置として好適に利用され得る。
【0034】
本発明は、その第6の観点においては、電気化学活性のための酵素を包含してなる膜小胞を含み、所定の物質を検出するセンサーを提供するものである。
【0035】
本発明により提供されるセンサーによれば、電気化学活性のための酵素を包含してなる膜小胞を含むので、例えば、一例においては、環境中の物質の変化を電気的シグナルの変化に変換することができる。よって、このような機能性により、所定の物質を検出するためのセンサーとして好適に利用し得る。また、電気化学活性のための酵素が膜小胞に包含されているので、環境変化に対する耐性があるセンサーとして好適に利用され得る。
【0036】
本発明は、その第7の観点においては、電気化学活性のための酵素を包含してなる膜小胞と、電子を授受するための電極と、前記膜小胞に包含された前記酵素の基質物質を準備し、前記膜小胞を前記電極に担持するか、又は、前記電極に電気的媒介物質を介して電気的に接続し、且つ、前記膜小胞に包含された前記酵素を前記基質物質に酵素的に作用させるように構成した、電気化学エネルギー変換構造体の製造方法を提供するものである。
【0037】
本発明により提供される電気化学エネルギー変換構造体の製造方法によれば、電気化学活性のための酵素を包含してなる膜小胞を電極に担持するか、又は、電極に電気的媒介物質を介して電気的に接続し、且つ、その膜小胞に包含された酵素を基質物質に酵素的に作用させることにより、電気化学エネルギー変換活性を備えた構造体となすことができる。得られた構造体において、例えば、一例において、膜小胞に包含された酵素により基質物質が物質的に変換されるに応じて、膜小胞から電極に電子が放出されるか、又は、電極からの電子が膜小胞に受領されるに応じて、膜小胞に包含された酵素により基質物質が物質的に変換されるようにして、その酵素による酵素・基質反応を通じて電気化学的なエネルギー変換を実現することができる。よって、所望の物質から電気エネルギーへのエネルギー変換又は電気エネルギーから所望の物質へのエネルギー変換が可能となる。
【発明の効果】
【0038】
本発明によれば、生物由来の膜小胞を利用して、電気化学活性素材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【
図1】本発明の一実施形態を表す概略構成説明図である。
【
図2】本発明に用いられる膜小胞において該膜小胞に包含される酵素のとり得る各種の配置関係を例示する概略構成説明図である。
【
図3】本発明によって実現される電気化学的なエネルギー変換を例示する概略構成説明図であり、
図3(a)は基質物質Aが酵素反応後物質Bに変換されるに応じて電子が電極に放出される例を表し、
図3(b)は電極からの電子が膜小胞に受領されるに応じて基質物質Bが酵素反応後物質Aに変換される例を表す。
【
図4】本発明によって実現される電気化学的なエネルギー変換を例示する概略構成説明図であり、
図4(a)は電気的媒介物質として電子メディエータ分子を介して電子が電極に放出される例を表し、
図4(b)は電気的媒介物質として電子メディエータ分子を介して電極からの電子が膜小胞に受領される例を表す。
【
図5】本発明によって実現される電気化学的なエネルギー変換を例示する概略構成説明図であり、
図5(a)は電気的媒介物質として電子メディエータ分子及び電子伝達体分子を介して電子が電極に放出される例を表し、
図5(b)は電気的媒介物質として電子メディエータ分子及び電子伝達体分子を介して電極からの電子が膜小胞に受領される例を表す。
【
図6】調製例1において調製した膜小胞サンプルの透過電子顕微鏡像であり、
図6(a)は粗精製サンプルの像であり、
図6(b)は精製サンプルの像である。
【
図7】試験例1においてメチルビオロゲンに対応する波長578nmにおける吸光度の経時変化を測定した結果を示す図表である。
【
図8】試験例2においてサイクリックボルタンメトリー測定を行った結果を示す図表である。
【
図9】試験例3においてポテンショスタット(電気化学測定装置)により一定電圧下の電流を測定した結果を示す図表である。
【
図10】試験例4においてポテンショスタット(電気化学測定装置)により一定電圧下の電流を測定した結果を示す図表である。
【発明を実施するための形態】
【0040】
本発明は、酵素を包含してなる膜小胞を用いて、その酵素による酵素・基質反応を通じて電気化学的なエネルギー変換を実現するための技術に関するものである。
【0041】
以下、適宜図面を参照しつつ、本発明について更に詳細に説明する。なお、各図において実質的に同じ構成をなす部分には同じ符号を付すこととする。
【0042】
〔1.電気化学活性構造体〕
本発明により提供される電気化学活性構造体においては、電気化学活性素材として生物由来の膜小胞を用いる。具体的には、生物由来細胞を基原とする膜小胞であって、その膜小胞の基原となった生物由来細胞で産生された酵素を包含してなる該膜小胞を用いる。更により具体的には、電気化学活性に寄与する酵素を包含してなる膜小胞を用いるものである。そして、その酵素に対する基質物質を適切に選択することによって、基質物質が物質的に変換されるに応じて、膜小胞から電極に電子が放出されるか、又は、電極からの電子が膜小胞に受領されるに応じて、その基質物質が物質的に変換されるようにする。これにより、その酵素による酵素・基質反応を通じて電気化学的なエネルギー変換を実現することができる。
【0043】
本明細書において、「酵素を包含してなる膜小胞」や「膜小胞に包含された酵素」や「酵素が膜小胞に包含されてなる」や「膜小胞が酵素を包含する」や「膜小胞に酵素が包含されてなる」など、「包含」とは、通常、当業者に理解される意義と同義である。すなわち、生物由来の膜小胞は生物由来細胞の膜成分を主要構成成分として調製されて、更にその基原となった生物由来細胞で産生された成分が含まれてなるものであるところ、膜小胞の基原となった生物由来細胞で産生された酵素として電気化学活性に寄与する酵素が含まれており、該酵素が膜小胞の調製後にも挙動を共にするものであることを意味するものである。
【0044】
【0045】
図1に示す実施形態において、電気化学活性構造体10は、電極1と膜小胞2とを備えている。そして、電極1には任意に備えてもよい導線1aが接続されており、外部から、あるいは外部へと電流が、電極1を通じて流れたり、外部からの電圧を、電極1を通じて印加したりすることができるようにしている。
【0046】
電極1としては、電気化学活性構造体10において生じた電気エネルギーを外部へ取り出したり、外部からの電気エネルギーを電気化学化成構造体10に供給したりすることができる部材であればよい。電極1の材質としては、例えば、銅、タングステン、白金、金、チタン等の金属、グラファイト、カーボンブラック、カーボンフェルト、グラッシーカーボン等の炭素材、銅タングステン、真ちゅう、クロム銅、銀タングステン等の合金、ポリアセチレン類、ポリチオフェン類等の導電性高分子、酸化インジウムスズ等の金属酸化物、金属ホウ化物、金属窒化物、金属ケイ化物などが挙げられる。また、これら材質を構成している材料による合材などが挙げられる。
【0047】
膜小胞2としては、電気化学活性構造体10において電気化学的なエネルギー変換の触媒として機能する必要がある。そのため、電気化学活性に寄与する酵素を包含してなる膜小胞を用いる。ここで、上述したように「包含」とは、通常、当業者に理解される意義と同義であり、酵素が膜小胞に付随して挙動を共にすることをいう。
【0048】
導線1aとしては、電極1が膜小胞2からの電気エネルギーの授受に適するよう配設されるところ、その電極1から更に外部へと電気エネルギーの伝達を担うことができるように、適宜形状に配設され得る部材であればよい。電気伝導性を有する材質で形成された、例えば、銅配線などであってよい。
【0049】
限定されないが、膜小胞2を構成している膜層は、生物由来細胞を基原とするリン脂質、リポ多糖、膜タンパク質等で構成されてなる脂質二重層構造を有するものであってもよい。また、酵素は、生物由来細胞を基原とする単一のポリペプチド鎖によって構成されていてもよく、複数のポリペプチド鎖(サブユニット)によって構成されていてもよく、リン酸化、アセチル化、アルキル化(メチル化)、アシル化、ジスルフィド化、アミド化、ビオチニル化、ホルミル化、糖鎖等による翻訳後修飾を受けたものであってもよい。更に、膜小胞2は微生物を基原とするものであり得る。
【0050】
膜小胞2の基原となる微生物としては、限定されないが、例えば、グラム陰性菌である、シュワネラ属細菌(Shewanella oneidensis等)、ジオバクター属細菌(Geobacter sulfurreducens等)、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa等)、大腸菌(Escherichia coli)、酢酸菌(Acetobacter aceti、Acetobacter pasteurianus、Acetobacter liguefaciens、Acetobacter xylinum、Acetobacter polyoxygenes、Acetobacter methanolicus、Gluconobacter oxydans、Gluconobacter cerinus、Gluconobacter hansenii、Frateuriaaurantia)などが挙げられる。一方、グラム陽性菌である、枯草菌(Bacillus subtilis)、ストレプトコッカス属細菌(Streptococcus mutans等)、コリネバクテリウム属細菌(Corynebacterium glutamicum等)、マイコバクテリウム属細菌(Mycobacteria)、クロストリジウム属細菌(Clostridia)などを基原としたものであってもよい。
【0051】
図1に示す実施形態においては、微生物Xで産生された酵素3をともなって形成された膜小胞2が例示されている。膜小胞2のうち、
図1に例示される形態の1つは、内腔を囲う膜層21が1重に形成されており、その膜層21が囲う内腔211に酵素3が封入されてなるものである(図中、符号2aで示される。)。また、膜小胞2のうち、
図1に例示される形態の他の1つは、内腔を囲う膜層が膜層22,23によって2重に形成されてなるものである(図中、符号2bで示される。)。この形態では、膜層22と膜層23との層間の領域として間隙221が形成されており、最も内腔側に膜層23によって囲われた内腔231が形成されている。酵素3は膜層23を貫通するよう配されている。ただし、同じ微生物Xから形成され得る膜小胞2を構成する膜層の部分と酵素3との配置関係としては、
図1に示される形態に限られない。ここで、膜小胞2の膜層21,22,23は、微生物由来のリン脂質等の両親媒性分子を主要構成成分とする脂質二重層構造を有していてもよい。例えば、微生物Xがグラム陽性菌であるとする場合には、膜層21は、その細胞膜を構成していた脂質二重層構造に由来するものであってよく、微生物Xがグラム陰性菌であるとする場合には、膜層21,23は、その細胞膜を構成していた脂質二重層構造に由来するものであってよく、更に膜層21がその外膜を構成していた脂質二重層構造に由来するものであってよく、膜層23がその内膜を構成していた脂質二重層構造に由来するものであってよい。また、膜小胞における膜層と酵素との配置関係が、基原となった生物由来細胞における状態が実質的に維持されているか、ないしは機能的に維持されていることが好ましい。これによれば、例えば、微生物が電気化学活性を有する場合に、その微生物の機能を模倣してなる電気化学活性素材となし易い。
【0052】
図2には、膜小胞2において酵素3のとり得る配置関係が例示されている。例えば、膜小胞2を構成している膜層21の表面の少なくとも一部領域に酵素3が付着していたり(
図2(a))、その領域から膜層21が囲う内腔211側に酵素3が部分的に埋没して配されていたり(
図2(b))、膜小胞2を構成している膜層21を酵素3が貫通していたり(
図2(c))、膜層21が囲う内腔211側に配され、その膜層21に内側から酵素3の一部が埋没していたり(
図2(d))、膜層21が囲う内腔211に封入されていたり(
図2(e))、いずれの形態であってもよい。また、膜小胞2の膜層が2層又はそれ以上の層数に亘って多重に形成されていてもよく、その場合、酵素3が外側の膜層22と、その外側の膜層22が囲う内側の次層の膜層23の層間隙221に配置されていたり(
図2(f))、外側の膜層22が囲う内側の次層の膜層23に酵素3の一部が埋没して配されていたり(
図2(g))、外側の膜層22が囲う内側の次層の膜層23に酵素3が貫通していたり(
図2(h))、最も内部の膜層(
図2では膜層23)で囲まれた内腔231に酵素3が封入されていたり(
図2(i))、いずれの形態であってもよい。あるいは、酵素が、膜層のいずれかの層とそれが囲う内側の次層との配置関係において、上記したいずれかの形態をとってもよく、1の膜小胞において、上記したうちのいずれか複数の形態をとってもよい。
【0053】
図1に示す実施形態においては、膜小胞2が電極1に電気的に接続されている。ここで「電気的に接続」とは、通常、当業者に理解される意義と同義であり、膜小胞2からの、あるいは膜小胞2に向けた電気エネルギーを電極1に授受することができるように、それら電極1及び膜小胞2が配設されていることをいう。限定されないが、例えば、以下のような態様が挙げられる。
(1)膜小胞を電極に担持する。
(2)膜小胞を電極に電気的媒介物質を介して電気的に接続する。
【0054】
上記(1)の態様によれば、電気化学活性を有する膜小胞が電極の近傍に配置されることによって電気エネルギーの授受が可能とされる。
【0055】
膜小胞を電極に担持する方法としては、限定されないが、例えば、両者間に生じる静電的相互作用を利用したり、電極の表面構造や実体構造において、膜小胞が物理的にトラップされるよう、凹凸、メッシュ、多孔等の形状を有する構造領域を設けたり、繊維、不織布等の材質のものを用いたり、透析膜やポリマーで電極付近に閉じ込めたり、架橋剤により共有結合を形成させたりすること等によって行うことができる。
【0056】
上記(2)の態様によれば、電気エネルギーの授受が可能とされるほどに膜小胞が電極の近傍に配置されない場合であっても、電気的媒介物質による媒介によって、膜小胞からの、あるいは膜小胞に向けた電気エネルギーを電極に授受することが可能とされる。より具体的には、電子を授受して電極材に伝達する機能を有する電子メディエータ分子が各種知られているので、そのような電子メディエータ分子を系に添加することによって、上記(2)の態様をなすことができる。
【0057】
電子メディエータ分子としては、限定されないが、例えば、メチルビオロゲン、ベンゾキノン、ナフトキノン、ニュートラルレッド、フラビン等が挙げられる。
【0058】
一方、所定の酵素の種類に応じて促進的に機能する補酵素や補欠分子、その補酵素や補欠分子の種類に応じて特有に機能する酸化還元酵素などによっても、酵素・基質反応が促進されるとともに、電子の伝達が促進される場合がある。よって、上記(2)の態様における電気的媒介物質による媒介は、そのような電子伝達に寄与する物質などを含む複数分子によって構成されることもあり得る。
【0059】
電子伝達に寄与する物質としては、限定されないが、例えば、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+/NADH)、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADP+/NADPH)、フラビンモノヌクレオチド(FMN/FMNH2)、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD/FADH2)、ピロロキノリンキノン(PQQ/PQQH2)、メチレンブルー等が挙げられる。これらは、自身が酸化還元を受けることで電子伝達を促進する電子伝達体分子である。
【0060】
一方、電子伝達に寄与する物質としては、限定されないが、例えば、ジアホラーゼ等の酵素も挙げられる。ジアホラーゼ等の酵素には、上記した電子伝達体分子や電子メディエータ分子の酸化及び/又は還元を促す機能がある。よって、これにより、電子伝達体分子と電子メディエータ分子との間の電子授受を触媒することができる。
【0061】
なお、上記(1)の態様と上記(2)の態様とは、それらが併用されてもよい。すなわち、例えば、膜小胞が電極に担持され、且つ、電気的媒介物質が系に添加され、電子の授受を促進するよう構成されてもよい。
【0062】
図3には、本発明によって実現される電気化学的なエネルギー変換の例を説明している。
【0063】
図3(a)に示す形態において、電気化学活性構造体10は、基質物質Aが酵素反応後物質Bに物質的に変換されるに応じて、膜小胞2から電極1に向けて電子(e-)が放出されるよう構成されている。すなわち、膜小胞2に包含された酵素3が基質物質Aに酵素的に作用して酵素反応後物質Bが生じるとともに、それに応じた電子(e-)が生じて、これが電極1に伝わり起電力となって、電気エネルギーが電極1を介して外部に取り出されるようにしている。ここで、膜小胞2に包含された酵素3に酵素的に作用させるための基質物質Aとしては、任意に選択し得る。例えば、酵素3に対して基質特異性を有しており、その酵素3により酵素反応後物質Bへと物質的に変換されるに応じて電子を放出するものなどを、適宜目的に応じて選択して用いることができる。
【0064】
図3(b)に示す形態において、電気化学活性構造体10は、
図3(a)によって説明した形態と同じく、電極1と、酵素3が包含されてなる膜小胞2とを備えてなるものである。ただし、
図3(b)に示す形態では酵素反応後物質であった物質Bを基質物質として用いている(図中、「物質B」で示される。)。電極1には外部から電圧を印加して、与えられた電子(e-)が膜小胞2に受領されるに応じて、膜小胞2に包含された酵素3が基質物質Bに酵素的に作用して、
図3(a)に示す形態では基質物質であった物質Aが酵素反応後物質として生じるようにしている(図中、「物質A」で示される。)。すなわち、
図3(a)に示す形態とは逆の反応が起こるようにしている。電極の電位が酵素反応の電位よりも高ければ酸化反応(酵素から電極への電子移動)が起こりやすく、逆に低ければ還元反応(電極から酵素への電子移動)が起こりやすくなる。よって、例えば、基質濃度や印加電位等、酵素・基質反応にともなう条件を適切に設定することで、
図3(a)に示す形態と同じ電気化学活性構造体10を使用して、このような逆反応の態様も可能である。
【0065】
図4には、本発明によって実現される電気化学的なエネルギー変換の他の例を説明している。
【0066】
図4(a)に示す形態において、電気化学活性構造体10は、上記した
図3(a)によって説明した形態と同様に、基質物質Aが酵素反応後物質Bに物質的に変換されるに応じて、膜小胞2から電子(e
-)が放出されるよう構成されている。ただし、放出された電子(e
-)は、一旦、電子メディエータ分子Mに受領され、電子(e
-)を受け取って還元型となった電子メディエータ分子Mが電極1において電子(e
-)を放出するようにしている。すなわち、膜小胞2に包含された酵素3が基質物質Aに酵素的に作用して酵素反応後物質Bが生じるとともに、それに応じた電子(e
-)が生じて、これが電子メディエータ分子Mに媒介され電極1に伝達されて、起電力となって、電気エネルギーが電極1を介して外部に取り出されるようにしている。
【0067】
図4(b)に示す形態において、電気化学活性構造体10は、上記した
図3(b)によって説明した形態と同様に、電極1には外部から電圧を印加して、与えられた電子(e
-)が膜小胞2に受領されるに応じて、基質物質Bが酵素反応後物質Aに物質的に変換されるよう構成されている。ただし、電極1から与えられる電子(e
-)は、一旦、電子メディエータ分子Mに受領され、電子(e
-)を受け取って還元型となった電子メディエータ分子Mが膜小胞2において電子(e
-)を放出するようにしている。すなわち、
図4(a)に示す形態とは逆の反応が起こるようにしている。上述したように、電極の電位が酵素反応の電位よりも高ければ酸化反応(酵素から電極への電子移動)が起こりやすく、逆に低ければ還元反応(電極から酵素への電子移動)が起こりやすくなる。よって、例えば、基質濃度や印加電位等、酵素・基質反応にともなう条件を適切に設定することで、
図4(a)に示す形態と同じ電気化学活性構造体10を使用して、このような逆反応の態様も可能である。
【0068】
なお、
図4(a)及び
図4(b)によって説明したそれぞれの形態において、電子メディエータ分子Mは、電子(e
-)を受領した還元型の形態から、その電子(e
-)を放出した酸化型の形態に戻り、繰り返し利用されて、電極1と膜小胞2との間で電子(e
-)を伝達する電気的媒介物質として機能している。
【0069】
図5には、本発明によって実現される電気化学的なエネルギー変換の更に別の例を説明している。
【0070】
図5(a)に示す形態において、電気化学活性構造体10は、上記した
図3(a)によって説明した形態と同様に、基質物質Aが酵素反応後物質Bに物質的に変換されるに応じて、膜小胞2から電子(e
-)が放出されるよう構成されている。ただし、放出された電子(e
-)は、一旦、電子伝達体分子Tに受領されるようにしている。そして、電子(e
-)を受け取って還元型となった電子伝達体分子Tは電子メディエータ分子Mとの相互作用によって電子(e
-)を受け渡して酸化型に戻り、一方、電子(e
-)を受け取って還元型となった電子メディエータ分子Mが電極1において電子(e
-)を放出するようにしている。すなわち、膜小胞2に包含された酵素3が基質物質Aに酵素的に作用して酵素反応後物質Bが生じるとともに、それに応じた電子(e
-)が生じて、これが電子伝達体分子T及び電子メディエータ分子Mに媒介され電極1に伝達されて、起電力となって、電気エネルギーが電極1を介して外部に取り出されるようにしている。
【0071】
図5(b)に示す形態において、電気化学活性構造体10は、上記した
図3(b)によって説明した形態と同様に、電極1には外部から電圧を印加して、与えられた電子(e
-)が膜小胞2に受領されるに応じて、基質物質Bが酵素反応後物質Aに物質的に変換されるよう構成されている。ただし、電極1から与えられ電子(e
-)は、一旦、電子メディエータ分子Mに受領されるようにしている。そして、電子(e
-)を受け取って還元型となった電子メディエータ分子Mは電子伝達体分子Tとの相互作用によって電子(e
-)を受け渡して酸化型に戻り、一方、電子(e
-)を受け取って還元型となった電子伝達体分子Tが電極1において電子(e
-)を放出するようにしている。すなわち、
図5(a)に示す形態とは逆の反応が起こるようにしている。上述したように、電極の電位が酵素反応の電位よりも高ければ酸化反応(酵素から電極への電子移動)が起こりやすく、逆に低ければ還元反応(電極から酵素への電子移動)が起こりやすくなる。よって、例えば、基質濃度や印加電位等、酵素・基質反応にともなう条件を適切に設定することで、
図5(a)に示す形態と同じ電気化学活性構造体10を使用して、このような逆反応の態様も可能である。
【0072】
なお、
図5(a)及び
図5(b)によって説明したそれぞれの形態において、電子メディエータ分子M及び電子伝達体分子Tは、それぞれが、電子(e
-)を受領した還元型の形態から、その電子(e
-)を放出した酸化型の形態に戻り、繰り返し利用されて、電極1と膜小胞2との間で電子(e
-)を伝達する電気的媒介物質として機能している。また、この場合、ジアホラーゼ等の酸化還元酵素(図中、符号4で示される。)によれば、電子メディエータ分子Mや電子伝達体分子Tに対して電子の授受を促進することができる場合があるので、そのように電子伝達に寄与する酵素を添加してもよい。
【0073】
〔2.電気化学エネルギー変換方法〕
本発明は、ある観点においては、電気化学エネルギー変換方法を提供するものである。すなわち、例えば、上記〔1.電気化学活性構造体〕において例示したような電極と膜小胞とを準備して、膜小胞に包含された酵素により基質物質が物質的に変換されるに応じて、膜小胞から電極に電子が放出されるか、又は、電極からの電子が膜小胞に受領されるに応じて、膜小胞に包含された酵素により基質物質が物質的に変換されるようにする。これにより、その酵素による酵素・基質反応を通じて電気化学的なエネルギー変換を実現することができる。
【0074】
この場合、本発明に用いられる、電極、膜小胞、電気化学活性のための酵素、微生物、基質物質、電気的媒介物質等、好ましい態様については、上記〔1.電気化学活性構造体〕について説明したのと同様である。
【0075】
限定されない任意の態様において、本発明による電気化学エネルギー変換方法は、所定の原料物質から電気エネルギーを生じさせることに適用され得る。
【0076】
例えば、酵素としてギ酸脱水素酵素(FDH:formate dehydrogenase)(以下、単に「FDH」と称する場合がある。)を選択し、その基質物質としてギ酸(HCOOH)を選択すると、所定の媒質中、下記式で表されるような化学反応を起こすことができる。
HCOO-→CO2+H++2e-
【0077】
すなわち、ギ酸脱水素酵素(FDH)の触媒作用によって1分子のギ酸イオン(HCOO-)から、二酸化炭素(CO2)及びプロトン(H+)がそれぞれ1分子ずつ生成し、それとともに2つの電子(e-)が生成する。この電子(e-)を電極で集電して取り出すことができる。よって、これにより、電気エネルギーを生じさせることができる。あるいは、酵素・基質反応を通じた電気化学的なエネルギー変換の促進のためには、メチルビオロゲン等の電子メディエータ分子の存在下に行うことも任意である。この場合、例えば、下記式で表される電子の伝達の流れを起こすことにより、膜小胞から電極への電気エネルギーの流れが促進される。
膜小胞:物質A(反応物)+M(酸化型)→物質B(生成物)+M(還元型)
電極:M(還元型)→M(酸化型)+e-
【0078】
限定されない任意の態様において、本発明による電気化学エネルギー変換方法は、電気エネルギーを利用して所定の物質を生産することに適用され得る。
【0079】
例えば、酵素として、上記したギ酸脱水素酵素(FDH)を選択し、その基質物質として二酸化炭素(CO2)及び水素(H2)を選択すると、所定の媒質中、下記式で表されるような化学反応を起こすことができる。
CO2+H++2e-→HCOO-
ここで、上記式の左辺の「e-」は電極から与えられる電子である。
【0080】
すなわち、FDHの触媒作用によって、1分子の二酸化炭素(CO2)と、反応媒質中に供給され、存在している1分子の水素イオン(H+)とから、ギ酸イオン(HCOO-)の1分子が生成する。よって、これにより、水素が固定化されてなるギ酸を生成させることができる。ギ酸は、常温常圧で電水素の貯蔵や放出が可能な水素キャリアとして有用である。あるいは、酵素・基質反応を通じた電気化学的なエネルギー変換の促進する目的で、上記したメチルビオロゲン等の電子メディエータ分子の存在下に行うことも任意である。この場合、例えば、下記式で表される電子の伝達の流れを起こすことにより、電極から膜小胞への電気エネルギーの流れが促進される。
電極:M(酸化型)+e-→M(還元型)
膜小胞:物質B(反応物)+M(還元型)→物質A(生成物)+M(酸化型)
【0081】
限定されない任意の態様において、本発明による電気化学エネルギー変換方法は、所定の物質を検出することに適用され得る。
【0082】
例えば、酵素としてグルコース脱水素酵素(GDH:formate dehydrogenase)(以下、単に「GDH」と称する場合がある。)を選択し、その基質物質としてグルコース(HCOOH)を選択すると、所定の媒質中、下記式で表されるような化学反応を起こすことができる。
C6H12O6→C6H10O6+2H++2e-
【0083】
すなわち、グルコース脱水素酵素(GDH)の触媒作用によって1分子のグルコース(C6H12O6)から、1分子のグルコノラクトン(C6H10O6)と2分子のプロトン(H+)のが生成し、これとともに2つの電子(e-)が生成する。この電子(e-)を適当な電極により集電して電気エネルギーとして取り出すようにすることができる。よって、これにより、グルコースの存在を電気信号によって検知することができる。試料中のグルコースの検知システムは、血糖値測定センサーとして応用可能である。あるいは、酵素による酵素・基質反応を通じた電気化学的なエネルギー変換の促進のためには、メチルビオロゲン等の適当な電子メディエータ分子の存在下に行うことも任意である。この場合、電子の伝達の流れは、例えば、下記式で表される。
膜小胞:物質A(反応物)+M(酸化型)→物質B(生成物)+M(還元型)
電極:M(還元型)→M(酸化型)+e-
【0084】
別の観点では、本発明は、以下のような応用例も挙げられる。ただし、応用例はこれらに限られるものではない。
【0085】
(エタノールの酸化)
例えば、酢酸菌は電子を放出しながらエタノール(C2H5OH)をアセトアルデヒド(CH3CHO)に変換するアルコール脱水素酵素(ADH:Alcohol dehydrogenases)、アセトアルデヒドを酢酸(CH3COOH)に変換するアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH:Aldehyde dehydrogenase)を内膜に有している。よって、これに由来する膜小胞は、所定の媒質中、下記式で表されるような化学反応を起こすことができる。
C2H5OH→CH3CHO+2H++2e-
CH3CHO+H2O→CH3COOH+2H++2e-
【0086】
上記反応により、食酢の生産や、エタノール(アルコール成分)の検出センサーなどに応用可能である。
【0087】
(硝酸の還元)
例えば、緑膿菌は内膜とペリプラズム(内膜・外膜間の空間)に硝酸還元酵素を有し、複数の反応を経由してN2が生成される。例えば、硝酸レダクターゼ(NAR)は硝酸(NO3
-)を亜硝酸(NO2
-)に変換し、亜硝酸レダクターゼ(NIR)は亜硝酸(NO2
-)を一酸化窒素(NO)に変換する。その後一酸化窒素レダクターゼ(NOR)、亜酸化窒素レダクターゼ(NOS)により最終的にN2に変換される。よって、これに由来する膜小胞は、所定の媒質中、下記式で表されるような化学反応を起こすことができる。
NO3
-+2H++2e-→NO2
-+H2O
【0088】
上記反応により、硝酸の無毒化は環境問題の解決などに利用できる可能性がある。
【0089】
(電池の構成要素)
例えば、上述したギ酸を基質物質として、アノードとカソードの反応について、下記のような態様を適用することで、例えば、ギ酸を原料物質にした電池を構成要素となすことができる。
アノード:HCOO-(ギ酸)→CO2+H++2e-
カソード:O2+4H++4e-→2H2O
【0090】
また、上述したグルコース、エタノールについても同様に、それぞれアノード反応とすることで、グルコースやエタノールを原料物質にした電池の構成要素となすることができる。一方、上述した硝酸についてはカソード反応で、その硝酸に組み合わせるアノード反応としては、例えば、上述したエタノールの反応により、同様に電池の構成要素となすことが可能である。
【0091】
〔3.電気化学活性を有する膜小胞の製造方法〕
本発明は、別の観点においては、電気化学活性を有する膜小胞の製造方法を提供するものである。すなわち、電気化学活性のための酵素を産生する微生物を培養し、その培養を経て得られた微生物から該微生物の細胞膜を含む膜小胞を調製する。そして、その酵素が包含されてなる膜小胞を得る。これにより、膜小胞に包含された酵素により電気化学的なエネルギー変換を生じさせることができる、その膜小胞を、より効果的に得ることができる。
【0092】
微生物の培養は、使用する微生物に応じて適宜適当な培養条件で行えばよく、特に制限はない。例えば、グラム陰性菌の培養では、培地中にMg2
+(例えば、MgSO4、MgCl2等のマグネシウム塩)を添加することが好ましい。これによれば、グラム陰性菌の細胞膜を安定化し、膜小胞の産生量を増加させることができる点で有利である。添加量としては、マグネシウム塩として培地中濃度が、例えば1~30mMであることが好ましく、5~20mMであることがより好ましい。
【0093】
培地のpHは、グラム陰性菌の培養では、例えばpH4~10の範囲で適宜調整することができるが、膜小胞の産生量を増やす観点では、pHがアルカリ寄りであることが好ましい。培地のpHは、例えば、pH8~10であることが好ましく、pH8~9であることがより好ましい。
【0094】
培養における振とう条件は、グラム陰性菌の培養では、培地への酸素供給量との関係で適宜調整することができるが、振とう数を高めることで膜小胞産生量が増加する点で有利である。振とう条件は、例えば、100rpm超であることが好ましく、180~250rpmであることがより好ましい。
【0095】
膜小胞を調製するには、培養を経て得られた培養調製物について、これに含まれている培地成分、菌体、菌体からの分泌因子等の膜小胞以外の夾雑物を除去すること等によって行うことができる。例えば、微生物の菌体やそれに相当する大きさ以上の夾雑物は、例えば3,000~15,000×gの遠心力を付与する遠心分離や、あるいは例えば0.2~0.5μmの孔サイズのフィルター処理などにより、膜小胞と分離して除去することができる。あるいは、ファージ粒子や細胞膜の破物などに相当する大きさ以下の夾雑物を除去したい場合には、密度勾配遠心分離などの方法により、膜小胞と分離して除去することができる。密度勾配遠心分離は、例えば、適当な容量・径を有する遠沈管に10~45%イオジキサノールなどの重層により密度勾配を形成して、その上層部にサンプルを重層し、100,000×g前後の遠心力を付与することにより、おおよそ中程度の密度層に膜小胞を含む画分が展開されるのでそれを回収することができる。また、膜小胞が含まれる溶液は、例えば100,000~200,000×gの遠心力を付与する遠心分離により、その溶液と分離して、膜小胞をペレットに回収することができる。また、膜小胞を含む精製途中や精製後のサンプルは、上記遠心分離により膜小胞をペレットに回収したうえ、適当な緩衝液に懸濁し、冷蔵や冷凍で保存してもよい。
【0096】
目的とする膜小胞が得られたかどうかは、適宜適当な手段により確認することができる。例えば、透過電子顕微鏡像により形状を確認したり、脂質成分が存在することを脂質染色後の蛍光顕微鏡や蛍光分光光度計によりに確認したりすることができる。また、膜小胞の粒径は、例えば透過電子顕微鏡像や粒子トラッキング法などから求めることができる。この場合、測定される膜小胞の粒径としては、限定されないが例えば50~400nm程度であることが一般的である。
【0097】
本発明において、ある態様においては、微生物の培養によって膜小胞を調製する際、望まれる膜小胞が得られるよう、適宜、その培養条件を膜小胞の強化のために調整することが可能である。すなわち、培養により、得られる膜小胞の電気化学活性を強化することができる。例えば、酵素に配位してその活性中心となる亜鉛、鉄、銅、マグネシウム、コバルト、モリブデン等の金属を微生物の栄養培地中に補ったり、酵素の安定化に寄与するカルシウム等を微生物の栄養培地中に補ったり、酵素・基質反応に寄与するビタミン類等を微生物の栄養培地中に補ったりすることなどにより、目的とする膜小胞に包含される酵素の活性を誘導しつつ、その微生物を培養することができる。あるいは、例えば、所望する酵素の遺伝子をマルチコピーで微生物に導入したり、誘導性の遺伝子発現プロモーター配列の制御下に組み込んで、微生物の栄養培地中に適宜誘導分子を添加して発現を誘導するようにしたりすることなどにより、目的とする膜小胞に包含される酵素の発現を誘導しつつ、その微生物を培養することができる。この場合、酵素は外来酵素、すなわち、使用する微生物にとって外来的に導入された遺伝子から発現されるようにしてもよく、あるいは、または、外来的に導入された遺伝子発現プロモーターの支配下に目的の遺伝子を導入したり、膜局在化や安定化のためのペプチド配列の遺伝子等とのキメラ分子としたりするなど、そのために構築した組換え遺伝子等から発現されるようしてもよい。
【0098】
また、ある態様においては、微生物の培養によって膜小胞を調製する際、望まれる膜小胞が得られるよう、適宜、その培養条件を膜小胞の生産の誘導のために調整することが可能である。すなわち、例えば、微生物の細胞壁を分解する酵素は、それを適時に発現させることで細胞壁が穿孔し、溶菌により膜小胞の形成が促されて、ひいては所望する膜小胞が効率よく得られる。細胞壁分解酵素としては、エンドリシン等のバクテリオファージ由来のもの、オートリシン、バクテリオシン等の細菌由来のもの、病原性因子や抗菌ポリペプチド由来のもの(例えば、リゾスタフィン、ALE-1リシン、ムタノリシン、エンテロリシン)、高等生物由来のリゾチーム等が挙げられる。好ましくはエンドリシンである。
【0099】
また、上記したような溶菌のための酵素としては、細胞壁分解酵素であってよいが、それに加えて、あるいはそれに代えて、グラム陰性細菌の内膜を穿孔する酵素を使用してもよい。より効果的に誘導することができる。すなわち、グラム陰性細菌の内膜を穿孔する酵素を細菌内膜に接触させることで細胞内膜に孔を開け、細胞壁分解酵素と細胞壁の接触を促進し、より効果的に溶菌を誘導することができる。グラム陰性細菌の内膜を穿孔する酵素としては、例えば、ファージ由来のホリンが挙げられ、細胞壁分解酵素との組合せとしては、ホリン-エンドリシンが好ましい。
【0100】
上記したような溶菌のための酵素は、誘導的に発現されるようしていることが好ましい。このためには、細胞壁分解酵素等の遺伝子を、任意であるが好ましくはLacUV5、araBAD等の誘導性プロモーター配列の支配下に組み込んで、一方で、誘導分子としてはLacUV5プロモーターではIPTG、araBADではL-アラビノース(グルコース非存在下)等を微生物の栄養培地に添加する。これにより、その酵素を必要としない微生物の生育環境には影響を与えずに、所望時に誘導的に発現して、膜小胞の形成を促すことができる。
【0101】
上記したような細胞壁分解酵素等の溶菌のための酵素の発現は、また、微生物の生来的な機能に基づいて、DNA損傷ストレス負荷により誘導することができる。DNA損傷ストレス負荷のための薬剤としては、例えば、マイトマイシン等のDNA複製阻害剤、シプロフロキサシン等のフルオロキノロン系抗生剤、活性酸素、一酸化窒素等が挙げられる。これらは、微生物の栄養培地に添加することにより、膜小胞の形成を促すことができる。添加量は、その薬剤の種類に応じて適宜調整することができるが、例えば、培地中の濃度で0.001~0.1質量%などであってよい。
【0102】
なお、本明細書において、微生物の遺伝子改変や遺伝子組み換え、特定の遺伝子を有するプラスミドやDNAフラグメントの構築、その塩基配列の決定や微生物への導入等は、通常の当業者に周知の分子生物学的手法によって行うことができる。
【0103】
本発明において、目的とされる膜小胞に包含される酵素としては、電気化学活性に寄与する酵素であればよく、制限されないが、例えば、グルコース酸化酵素、グルコース脱水素酵素、乳酸酸化酵素、乳酸脱水素酵素、セロビオース脱水素酵素、フルクトース脱水素酵素、アルコール脱水素酵素、アセトアルデヒド脱水素酵素、硝酸還元酵素、ギ酸脱水素酵素などが挙げられる。これらのうち、アルコール脱水素酵素、アセトアルデヒド脱水素酵素、硝酸還元酵素などは、酢酸菌や緑膿菌等のグラム陰性菌の内膜に局在する酵素であることが知られている。また、これらのうち、ギ酸脱水素酵素は、菌体自体が電気化学活性を有する微生物の内膜に局在する酵素であることが知られている。
【0104】
本発明により提供される、電気化学活性のための酵素を包含してなる膜小胞によれば、上述したように、発電、物質生産、センサーなどの各種の応用が可能であり、あるいはこれらに限らず、例えば、燃料の生産や二酸化炭素の固定(ギ酸やアルコールへの変換)など、電気化学活性を利用した任意の応用が可能である。
【実施例0105】
以下、試験例を挙げて本発明を、更に具体的に説明する。ただし、これらの試験例は、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【0106】
<調製例1>(膜小胞の調製 その1)
グラム陰性菌として知られるシュワネラ属細菌(Shewanella oneidensis MR-1)を準備し、LB培地アガープレート上でコロニーを形成させた。コロニー1つをつついて、試験管に入れたLB液体培地4mLに懸濁し、30℃、190rpmで一晩培養した。培養の際、LB液体培地には、タングステン酸ナトリウム(Na2WO4)を150μMの濃度となるように添加した。
【0107】
シリコ栓で蓋をした500mLサイズの三角フラスコに100mLのLB液体培地を入れ、試験管で前培養したシュワネラ属細菌(Shewanella oneidensis MR-1)を細胞密度0.1(OD600)となるよう添加し、30℃、190rpmで培養した。培養の際、LB液体培地には、タングステン酸ナトリウム(Na2WO4)を150μMの濃度となるように添加した。
【0108】
本培養の開始から4時間後、溶菌を誘導するためマイトマイシンCを100ng/mLになるよう添加し、培養を継続した。
【0109】
マイトマイシンCの添加から6時間後、培養液を50mL容量のファルコンチューブ(コーニング社)2本に分け入れ、4℃、6,000×g、15分間の条件で遠心分離を行って、その上清を回収して、更に0.22μmのフィルターに通すことで菌体を除去した。
【0110】
得られたフィルター通過液を、4℃、150,000×g、1時間の条件で超遠心し、上清を捨て、ペレットを10%のイオジキサノール(ABBOTT DIAGNOSTICS TECHNOLOGIES社)で懸濁した。これを、密度勾配遠心の工程に供する粗精製後のサンプルとした。なお、この段階でサンプルを保存する場合には、緩衝液(10mM HEPES、0.7%NaCl、pH7.2)に懸濁し、冷蔵庫(4℃)にて保存することができた。また、更に長期間保存したい場合は、冷凍庫(-20℃)にて保存することができた。
【0111】
密度勾配遠心用のチューブに、下部から順に45%、40%、35%、30%、25%、20%、15%のイオジキサノールを200μLずつ重層し、その上に、上記10%イオジキサノールで懸濁した粗精製後のサンプルを重層した。
【0112】
4℃、100,000×g、3時間の条件でチューブを超遠心して密度勾配層を形成させ、各画分を回収して粒子トラッキング法により解析して、密度に応じた微小粒子を含む層が形成されていることを確認した。また、各画分の透過電子顕微鏡像を得ることで膜小胞の含まれる分画を特定し、そのサンプルについては、4℃、150,000×g、1時間の条件で超遠心行い、上清を捨て、ペレットを緩衝液(10mM HEPES、0.7%NaCl、pH7.2)で懸濁して、以後膜小胞サンプルとして使用した。
【0113】
図6に示されるように、密度勾配遠心による膜小胞の精製を行う前の粗精製サンプルにはファージ粒子等とみられる夾雑物が混在しているのに対して、密度勾配遠心による精製後には、粒子径50~200nmの膜小胞が精製されていることがわかる。
【0114】
<調製例2>(膜小胞の調製 その2)
前培養及び本培養の際、LB液体培地にタングステン酸ナトリウム(Na2WO4)を添加しない以外は調製例1と同様にして、膜小胞サンプルを調製した。
【0115】
<調製例3>(膜小胞の調製 その3)
調製例1で調製した膜小胞サンプルについて、膜蛋白質の可溶化剤として知られるn-ドデシル-β-D-マルトシドの処理が与える影響について調べた。具体的には、調製例1で調製した膜小胞サンプルの1/10量を15mL容量のファルコンチューブ(コーニング社)にとり、緩衝液に溶解した10w/v%n-ドデシル-β-D-マルトシド含有溶液を0.1w/v%となるよう1/100量添加して、混合し、室温で1時間静置した。
【0116】
得られた膜小胞サンプルについて、粒子トラッキング法により確認したところ、粒子径50~200nmの膜小胞の粒子数が3分の1以下に減少していた。これは、可溶化剤によって膜小胞の膜層が壊され、その主要構成成分であるリン脂質等の両親媒性分子が微細ミセル化したためと考えられた。
【0117】
[試験例1](分光測定)
スクリューキャップ付きのキュベットに100mM HEPES、0.5mMメチルビオロゲン、膜小胞サンプルを入れた。サンプル量は粒子数測定やタンパク質定量により使用量を規定し、この試験例では系内の粒子数は約1×1012程度とした。
【0118】
キャップに針を刺し、不活性ガス(アルゴン)を5分間以上封入することでキュベット内の空気を置換した。
【0119】
針を抜き密閉した状態で、あらかじめ空気を不活性ガス(アルゴン)で置換しておいた10mMギ酸ナトリウム溶液を注射器により入れた。
【0120】
吸光度計でメチルビオロゲンに対応する波長578nmにおける吸光度の経時変化を測定した。
【0121】
図7に示されるように、ギ酸と膜小胞の存在を条件に、電子メディエータ分子であるメチルビオロゲンの色の変化が観察された。これは、調製した膜小胞に包含された酵素、例えば、ギ酸脱水素酵素(FDH)によってメチルビオロゲンが還元されて還元型となり、578nmにおける吸光度が上昇したためと考えられた。
【0122】
[試験例2](電気化学測定 その1)
15mLのガラス製の容器に、10mMギ酸ナトリウム、1.0mMメチルビオロゲン、調製例1で調製した膜小胞サンプルを入れ、純水で計10mLに調製した。電気化学系内のサンプル量は、試験例1と同様、粒子数にして約1×1012程度とした。
【0123】
作用極であるカーボンフェルト(1cm×1cm×0.3cm)、対極である白金線、参照極である銀塩化銀電極を溶液に浸した。
【0124】
直径1~2mm穴をあけたゴム栓で密閉し、穴にシリコンチューブを挿入して不活性ガス(アルゴン)を5分間以上封入することで容器内の空気を置換した。空気の混入を防ぐため、電気化学測定中は不活性ガスを封入し続けた。
【0125】
作用極、対極、参照極をそれぞれポテンショスタット(電気化学測定の制御装置)につなげ、作用極に-0.8V~+0.0V(vs銀塩化銀電極)の電位を印加し、サイクリックボルタンメトリー測定を行った。
【0126】
図8に示されるように、サイクリックボルタンメトリー測定によると、メチルビオロゲンが含まれた系ではメチルビオロゲンに対応するアノード、カソードのピークが-0.64V付近に観測され、それより正の電位を印加したところ、一定の制限電流が観測されたことから、メチルビオロゲンをメディエータとしてギ酸の酸化電流が電極まで伝わったことが明らかとなった。また、メチルビオロゲンの含まれていない系においても、メチルビオロゲン存在下と比べると小さいものの電流が観測され、+0.0Vではギ酸の含まれない系に比べ優位に高い電流値が観測された。したがって、メディエータの無い場合にも膜小胞からギ酸の酸化より生じる電子を伝達できることが明らかとなった。
【0127】
[試験例3](電気化学測定 その2)
15mLのガラス製の容器に、10mMギ酸ナトリウム、1.0mMメチルビオロゲン、調製例1又は調製例2で調製した膜小胞サンプルを入れ、純水で計10mLに調製した。電気化学系内のサンプル量は、試験例1と同様、粒子数にして約1×1012程度とした。
【0128】
作用極であるカーボンフェルト(1cm×1cm×0.3cm)、対極である白金線、参照極である銀塩化銀電極を溶液に浸した。
【0129】
直径1~2mm穴をあけたゴム栓で密閉し、穴にシリコンチューブを挿入して不活性ガス(アルゴン)を5分間以上封入することで容器内の空気を置換した。空気の混入を防ぐため、電気化学測定中は不活性ガスを封入し続けた。
【0130】
作用極、対極、参照極をそれぞれポテンショスタット(電気化学測定装置)につなげ、作用極に+0.0V(vs銀塩化銀電極)の一定の電位を印加し、その際の電流値を計測した。
【0131】
図9に示されるように、ギ酸と膜小胞と電子メディエータ分子であるメチルビオロゲンの存在を条件に、作用極を通じた定常的な電流値が観察された。これは、調製した膜小胞に包含された酵素、例えば、ギ酸脱水素酵素(FDH)によってメチルビオロゲンが還元されて還元型となり、その還元型分子が作用極に作用して電子を受け渡すことによって電流が生じたためと考えられた。なお、膜小胞として調製例1で調製したものを用いると、調製例2で調製したものを用いるのに比べて、電流値が高くなった。これは、グラム陰性菌であるシュワネラ属細菌(Shewanella oneidensis MR-1)をタングステンの存在下に培養すると、得られる膜小胞に包含された酵素、例えば、ギ酸脱水素酵素(FDH)の活性に必要なタングステンが十分に供給されて、その酵素活性が上昇したためと考えられた。
【0132】
[試験例4](電気化学測定 その3)
15mLのガラス製の容器に、10mMギ酸ナトリウム、0.5mMメチルビオロゲン、調製例1又は調製例3で調製した膜小胞サンプルを入れ、純水で計10mLに調製し、試験例3と同様にして電気化学測定を行った。電気化学系内のサンプル量は、試験例1と同様、粒子数にして約1×1012程度とした。
【0133】
図10に示されるように、膜小胞として調製例1で調製したものを用いると、他にギ酸と電子メディエータ分子であるメチルビオロゲンの存在を条件に、作用極を通じた定常的な電流値が観察された。一方、膜小胞として調製例3で調製したものを用いると、作用極を通じた電流値は経時的に低下し、ギ酸ナトリウムを10mM濃度となるように追加的に添加しても、電流値の回復は起こらなかった。これは、酵素による電流の発生には、膜小胞の膜層が生物由来の細胞膜の状態ができるだけ保たれていること重要であろうと考えられた。