(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024162882
(43)【公開日】2024-11-21
(54)【発明の名称】薬剤及び医薬組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 45/00 20060101AFI20241114BHJP
A61P 21/00 20060101ALI20241114BHJP
A61K 47/42 20170101ALI20241114BHJP
A61K 9/14 20060101ALI20241114BHJP
A61K 31/4152 20060101ALI20241114BHJP
【FI】
A61K45/00
A61P21/00
A61K47/42
A61K9/14
A61K31/4152
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023078846
(22)【出願日】2023-05-11
(71)【出願人】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(71)【出願人】
【識別番号】304020292
【氏名又は名称】国立大学法人徳島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】丸山 徹
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 博志
(72)【発明者】
【氏名】異島 優
(72)【発明者】
【氏名】前田 仁志
(72)【発明者】
【氏名】金澤 雅緯
(72)【発明者】
【氏名】安田 健吾
【テーマコード(参考)】
4C076
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4C076AA31
4C076AA32
4C076CC09
4C076CC19
4C076EE41
4C084AA17
4C084MA41
4C084NA05
4C084ZA941
4C084ZA942
4C086AA01
4C086AA02
4C086BC36
4C086MA02
4C086MA05
4C086MA41
4C086NA05
4C086NA14
4C086ZA94
(57)【要約】
【課題】筋組織に損傷を受けた患者の治療に用いられる薬剤及び医薬組成物を提供する。
【解決手段】筋組織に損傷を受けた患者の治療に用いられる薬剤であって、アルブミンと、活性成分と、を含むナノ粒子を有効成分として含有する薬剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
筋組織に損傷を受けた患者の治療に用いられる薬剤であって、
アルブミンと、活性成分と、を含むナノ粒子を有効成分として含有する薬剤。
【請求項2】
前記ナノ粒子は、細胞内還元環境で崩壊する粒子である、請求項1に記載の薬剤。
【請求項3】
前記ナノ粒子は、複数分子のアルブミンの分子間ジスルフィド結合体と、前記結合体に内包された又は結合した活性成分を含む、請求項1に記載の薬剤。
【請求項4】
前記筋組織は、SPARCタンパク質を発現している、請求項1に記載の薬剤。
【請求項5】
前記活性成分は抗酸化剤である、請求項1に記載の薬剤。
【請求項6】
前記アルブミンがヒト血清アルブミンである、請求項1に記載の薬剤。
【請求項7】
前記患者は、サルコペニア患者である、請求項1に記載の薬剤。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載の薬剤を含む、医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬剤及び医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
超高齢社会に突入した本邦において、骨格筋に関する疾患が増加している。例えば、サルコペニアは、骨格筋の萎縮と筋力低下を特徴とする疾患であり、近年サルコペニアの罹患者数が増加している。
【0003】
また、筋ジストロフィーは、遺伝性疾患であり、筋線維の壊死等を主な病変とする。近年では、デュシェンヌ型筋ジストロフィーを対象とした核酸医薬(モルフォリノ核酸)による治療法の開発研究が盛んに行われており、2020年には本邦で初めての治療薬が販売承認を受けている(例えば、特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、サルコペニアに対しては、抜本的な治療薬は未だ存在しておらず、画期的なサルコペニア疾患治療薬が求められている。また、デュシェンヌ型筋ジストロフィーを対象とした核酸医薬では、週1回の投薬治療が必要であり、本治療を施行中の患者における負担は大きく、QOLの向上等課題が残る。
したがって、本発明は、筋組織に損傷を受けた患者の治療に用いられる薬剤及び医薬組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は以下のとおりである。
[1]筋組織に損傷を受けた患者の治療に用いられる薬剤であって、アルブミンと、活性成分と、を含むナノ粒子を有効成分として含有する薬剤。
[2]前記ナノ粒子は、細胞内還元環境で崩壊する粒子である、[1]に記載の薬剤。
[3]前記ナノ粒子は、複数分子のアルブミンの分子間ジスルフィド結合体と、前記結合体に内包された又は結合した活性成分を含む、[1]に記載の薬剤。
[4]前記筋組織は、SPARCタンパク質を発現している、[1]に記載の薬剤。
[5]前記活性成分は抗酸化剤である、[1]に記載の薬剤。
[6]前記アルブミンがヒト血清アルブミンである、[1]に記載の薬剤。
[7]前記患者は、サルコペニア患者である、[1]に記載の薬剤。
[8][1]~[7]のいずれかに記載の薬剤を含む、医薬組成物。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、筋組織に損傷を受けた患者の治療に用いられる薬剤及び医薬組成物を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】EeNA(Edaravone-encapsulated Nanospherical Albumin)作製スキームである。
【
図2】EvansBlueを用いた血管透過性評価とSPARC発現変動評価の実験スキームである。
【
図3】EvansBlueを用いた血管透過性評価の結果である。
【
図5】蛍光標識EeNAを投与した後肢懸垂モデルマウスにおけるEeNAの分布評価の実験スキームである。Controlは、後肢懸垂を行っていない、健常マウスを示す。
【
図6】蛍光標識EeNAを投与した後肢懸垂モデルマウスにおけるEeNAの分布評価の結果である。
【
図7】EeNAを投与した後肢懸垂モデルにおけるトレッドミル試験評価及びPGC-1α発現評価の実験スキームである。Controlは、後肢懸垂を行っていない、健常マウスを示す。
【
図8】EeNAを投与した後肢懸垂モデルマウスにおける、トレッドミル試験の結果である。
【
図9】EeNAを投与した後肢懸垂モデルマウスにおける、PGC-1αの発現を評価した結果である。
【
図10】EeNAを投与した後肢懸垂モデルにおける筋量評価の実験スキームである。
【
図11】EeNAを投与した後肢懸垂モデルにおける筋量評価の結果である。
【
図12】EeNAを投与した後肢懸垂モデルにおける酸化ストレス評価及び骨格筋障害評価の実験スキームである。
【
図13】EeNAを投与した後肢懸垂モデルにおける酸化ストレス評価の結果である。
【
図14】EeNAを投与した後肢懸垂モデルにおける骨格筋障害評価の結果である。
【
図15】EeNAを投与した後肢懸垂モデルにおけるMyostatin及びAtrogin-1の発現評価の実験スキームである。
【
図16】EeNAを投与した後肢懸垂モデルにおけるMyostatinを評価した結果である。
【
図17】EeNAを投与した後肢懸垂モデルにおけるAtrogin-1を評価した結果である。
【
図18】EeNAを投与した後肢懸垂モデルにおけるSPARC及びHSAの発現評価の実験スキームである。
【
図19】EeNAを投与した後肢懸垂モデルにおけるSPARCの発現を評価した結果である。
【
図20】EeNAを投与した後肢懸垂モデルにおけるHSAの発現を評価した結果である。
【
図21】SPARCを高発現しているA549細胞と、SPARC発現に乏しいHepG2細胞を用いて、EeNAの細胞内移行性を評価する実験スキームである。
【
図22】A549細胞及びHepG2細胞において、SPARCの発現をウエスタンブロットで評価した結果である。
【
図23】A549細胞及びHepG2細胞において、EeNAの細胞内移行性評価を、フローサイトメトリーを用いて行った結果である。MFIは、平均蛍光強度を示す。
【
図24】A549細胞及びHepG2細胞において、培養上清中のSPARCについてウエスタンブロットで評価した結果である。
【
図25】A549細胞及びHepG2細胞において、培養上清の有無でのEeNAの細胞内移行性評価を、フローサイトメトリーを用いて行った結果である。MFIは、平均蛍光強度を示す。
【
図26】SPARCに対するsiRNAを添加したA549細胞を用いて、EeNAの細胞内移行性を評価する実験スキームである。
【
図27】SPARCに対するsiRNAを添加したA549細胞におけるSPARCノックダウンを示す結果である。
【
図28】SPARCに対するsiRNAを添加したA549細胞において、EeNAの細胞内移行性評価を、フローサイトメトリーを用いて行った結果である。MFIは、平均蛍光強度を示す。
【
図29】SPARCに対するsiRNAを添加したA549細胞において、ヒト血清存在下でのEeNAの細胞内移行性評価を、フローサイトメトリーを用いて行った結果である。MFIは、平均蛍光強度を示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[薬剤]
一実施形態において、本発明は筋組織に損傷を受けた患者の治療に用いられる薬剤であって、アルブミンと、活性成分と、を含むナノ粒子を有効成分として含有する薬剤を提供する。
【0010】
実施例にて後述するように、発明者は、アルブミンが損傷を受けた筋組織への指向性を有することを見出した。本実施形態の薬剤は、筋組織に損傷を受けた患者の治療に用いられる。筋組織に損傷を受けた患者としては、筋組織の血管構造が破綻している患者が好ましく、骨格筋に障害を受けた患者が好ましく、アルブミンの血管外漏出が見られる患者が好ましい。
【0011】
更に、前記筋組織は、SPARCタンパク質を発現していることが好ましい。SPARC(secreted protein acidic and rich in cysteine)タンパク質とは、酸性でシステインに富んだ分泌タンパク質であり、筋障害を伴う筋組織で高発現することが知られている。SPARCタンパク質を構成するアミノ酸配列は、例えば配列番号1で表される。SPARCタンパク質をコードするDNA配列は、例えば配列番号2で表される。
実施例にて後述するように、発明者は、SPARCタンパク質が、本実施形態の薬剤の取り込みに関与していることを明らかにした。筋組織がSPARCタンパク質を発現しているかどうかは、SPARCタンパク質の発現量を解析して確認してもよく、SPARC DNA又はSPARC mRNAの発現量を解析して確認してもよい。SPARCタンパク質は、分泌タンパク質であるため、患者の血液サンプルを用いてSPARCの発現を確認することができる。
【0012】
本実施形態の薬剤に用いられるアルブミンは、哺乳動物由来が好ましく、ヒト、サル、マウス、ラット等由来が好ましく、ヒト血清アルブミン(HSA)が好ましい。
【0013】
本実施形態の薬剤に用いられるナノ粒子は、アルブミンと、活性成分と、を含む。ナノ粒子は、細胞内還元環境で崩壊する粒子であることが好ましく、複数分子のアルブミンの分子間ジスルフィド結合体と、前記結合体に内包された又は結合した活性成分を含む粒子であることがより好ましい。
一例としてナノ粒子は、以下の工程を経て製造される。アルブミン溶液を還元型グルタチオンで還元処理し、アルブミンの分子内ジスルフィド結合を切断する。次いで、還元化アルブミン溶液に活性成分を混合した後、エタノール等を用いた脱溶媒和によって、複数分子のアルブミンの分子間ジスルフィド結合を形成させる。係る工程により、活性成分を内包した複数分子のアルブミンの分子間ジスルフィド結合体であるナノ粒子が製造される。
作製したナノ粒子は、障害を受けた筋組織に移行した後、細胞内還元環境で、分子間ジスルフィド結合が開裂し、粒子が崩壊する。崩壊時に内包していた活性成分を放出し、障害を受けた筋組織に薬効をもたらす。また、作製したナノ粒子は、グルタルアルデヒドなどの架橋剤を用いることなく、安定した粒子構造を維持し、生体適合性の高いキャリアとして臨床応用可能である。また、このナノ粒子を凍結乾燥処理しても、再懸濁前後において自身の粒子径に大きな変化を認めず、凝集体の発生もない。つまり、凍結乾燥処理したナノ粒子は長期保存可能であり、水による再懸濁で容易に再構成可能である。
【0014】
本実施形態の剤に用いられるナノ粒子の粒子径は、特に限定されず、10~500nmが好ましく、20~250nmがより好ましく、30~120nmが更に好ましく、50~100nmが特に好ましい。粒子径を調整することで、より高濃度の薬物を搭載可能であり、血中で粒子が崩壊せずより安定に存在可能であり、標的細胞内に移行後搭載した薬物を放出可能である、という条件をより兼ね備えたナノ粒子を得ることができる。
【0015】
ナノ粒子が内包する活性成分とは、筋組織に薬効をもたらす活性薬剤であれば特に限定されず、アルブミンとの親和性が高いものが好ましい。活性成分としては、低分子化合物、核酸、タンパク質、ペプチド等が挙げられる。低分子化合物としては、標的酵素や標的受容体に作用するものが挙げられる。
核酸としては、cDNA、mRNA、siRNA、shRNA、miRNA、アンチセンスRNA等が挙げられる。
タンパク質としては、酵素、抗体等が挙げられる。ペプチドとしては、リガンド、ワクチン等が挙げられる。
また、活性成分として、ゲノム編集関連因子も挙げられる。例えば、CRISPR-Cas9システムにおいて、Cas9発現ベクターと、標的遺伝子にCas9を誘導するガイドRNAをコードする発現ベクターとを活性成分として用い、この活性成分を内包するナノ粒子を遺伝子治療に用いることができる。
【0016】
活性成分の一例として、抗酸化剤が挙げられる。抗酸化剤としては、抗酸化剤は、エダラボン、アロプリノール、エブセレン、エルドステイン、N-アセチルシステイン、シリマリン、ナリンゲルニン、アスコルビン酸、システイン、亜硫酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、ピロ亜硫酸ナトリウム、アルファチオグリセリン、クエン酸、チオグリコール酸ナトリウム、エデト酸ナトリウム、メチオニン、トコフェロール、ブチルヒドロキシアニソール、ジブチルヒドロキシトルエン等があげられる。
【0017】
筋組織の損傷を有する疾患としては、筋萎縮や筋力低下に関連する疾患が挙げられる。筋萎縮とは、筋肉量の低下を意味し、具体的には骨格筋の委縮が挙げられる。筋萎縮や筋力低下に関連する症状としては、廃用性筋萎縮、神経原性筋萎縮、筋原性筋萎縮が挙げられる。廃用性筋萎縮としては、サルコペニアが挙げられる。神経原性筋萎縮としては、筋萎縮性側索硬化症、原発性側索硬化症、脊髄性筋萎縮症、球脊髄性筋萎縮症、急性灰白髄炎、ギランバレー症候群が挙げられる。筋原性筋萎縮としては、筋ジストロフィー、多発性筋炎が挙げられる。
【0018】
≪医薬組成物≫
本実施形態は、上記薬剤を含む、医薬組成物を提供する。本実施形態の医薬組成物は、例えば、錠剤、被覆錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、液剤、懸濁剤、乳剤等の形態で経口的に、又は、注射剤、坐剤、皮膚外用剤等の形態で非経口的に投与することもできる。
【0019】
本実施形態の医薬組成物は、薬学的に許容される担体を含んでいてもよい。薬学的に許容される担体としては、通常の製剤に用いられるものを特に制限なく用いることができる。より具体的には、例えば、ゼラチン、コーンスターチ、トラガントガム、アラビアゴム等の結合剤;デンプン、結晶性セルロース等の賦形剤;アルギン酸等の膨化剤;水、エタノール、グリセリン等の注射剤用溶剤;ゴム系粘着剤、シリコーン系粘着剤等の粘着剤等が挙げられる。薬学的に許容される担体は、1種を単独で又は2種以上を混合して用いることができる。
【0020】
本実施形態の医薬組成物は、更に添加剤を含んでいてもよい。添加剤としては、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム等の潤滑剤;ショ糖、乳糖、サッカリン、マルチトール等の甘味剤;ペパーミント、アカモノ油等の香味剤;ベンジルアルコール、フェノール等の安定剤;リン酸塩、酢酸ナトリウム等の緩衝剤;安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等の溶解補助剤;酸化防止剤;防腐剤等が挙げられる。
添加剤は、1種を単独で又は2種以上を混合して用いることができる。
【0021】
(投与方法)
本実施形態の医薬組成物の投与方法は特に限定されず、患者の症状、体重、年齢、性別等に応じて適宜決定すればよい。例えば、錠剤、被覆錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、液剤、懸濁剤、乳剤等は経口投与される。また、注射剤は、単独で、又はブドウ糖、アミノ酸等の通常の補液と混合して静脈内投与され、更に必要に応じて、動脈内、筋肉内、皮内、皮下又は腹腔内投与される。
【0022】
(投与量)
本実施形態の医薬組成物の投与量は、患者の症状、体重、年齢、性別等によって異なり、一概には決定できないが、経口投与の場合には、例えば1日あたり1μg~10g、例えば1日あたり0.01~2000mgの有効成分を投与すればよい。また、注射剤の場合には、例えば1日あたり0.1μg~1g、例えば1日あたり0.001~200mgの有効成分を投与すればよい。また、坐剤の場合には、例えば1日あたり1μg~10g、例えば1日あたり0.01~2000mgの有効成分を投与すればよい。
【0023】
[治療方法]
本実施形態は、上述した医薬組成物を、治療を必要とする患者に投与することを含む、筋組織に損傷を受けた患者の治療方法を提供する。
【0024】
[その他の実施形態]
本実施形態は、筋組織に損傷を受けた患者の治療薬を製造するための医薬組成物の使用を提供する。医薬組成物としては、上述したものと同様のものを使用することができる。
【0025】
≪コンパニオン診断薬≫
本実施形態は、上記医薬組成物を使用する筋組織に損傷を受けた患者の治療に用いられるコンパニオン診断薬であって、抗SPARCタンパク質抗体、或いは、SPARC遺伝子を増幅するためのプライマーセット、及び/又はSPARC遺伝子若しくはその増幅産物に結合するプローブを含む、診断薬を提供する。
【0026】
SPARCタンパク質は、分泌タンパク質であるため、患者の血液サンプルを用いてSPARCの発現を確認することができる。そのため、本実施形態の医薬組成物を使用する患者を特定するに当たり、SPARC遺伝子又はSPARCタンパク質の発現量を指標とすることが好ましい。
【0027】
更に、上記抗体、或いは、プライマーセット、及び/又はプローブに加えて、SPARCタンパク質を検出するためのELISAキット、体液、細胞、組織等から核酸(例えば、total RNA)を抽出するためのキット、標識用蛍光物質、核酸増幅用試薬等を含んでいてもよい。
検体としては、血液、尿、唾液、汗、組織浸出液等が挙げられ、血液が好ましい。患者由来の検体中のSPARCの検出方法としては、ELISA等を用いてSPARCタンパク質の発現量を解析してもよく、プライマーを用いたPCRにより、SPARC DNA断片を増幅し、その増幅産物を解析してもよく、特定のSPARC DNA又はSPARC mRNAに相補的なプローブを用いて、ハイブリダイゼーションを用いた方法により、解析してもよい。
【実施例0028】
以下、実験例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例によって限定されるものではない。
【0029】
サルコペニアは加齢や寝たきりなどを原因として、筋量の低下を示す疾患と定義づけられている。筋肉の不活動による廃用性筋委縮や栄養不足・加齢その他の疾患に伴い、サルコペニアが惹起されることが知られている。
現在のサルコペニアの治療としては、運動療法や栄養療法等の対処療法に留まっており、特に運動療法に関しては、廃用性筋委縮を起している患者にとっては困難である場合が多く、サルコペニアに対する治療薬が求められている。
【0030】
運動等によって、活性酸素種(ROS)が産生されると、ミトコンドリアの生合成に関与するPGC-1αの発現が誘導される。その後、PGC-1αは、抗酸化物質の産生を介してROSによる酸化ストレスを緩和し、ミトコンドリアの機能や筋力・筋量の維持に寄与する。
【0031】
一方、サルコペニアに代表される、不活動に伴う廃用性筋萎縮では、筋組織中に過剰に産生されるROSがミトコンドリア機能障害を惹起し、ミトコンドリア由来のROSであるmtROSが産生される。一連のROSの増加によって、抗酸化物質が不足すると、細胞内のレドックスバランスが崩壊して、更なるミトコンドリア機能障害を招き、筋力・筋量は持続的に低下する。このことから、抗酸化剤を用いて産生された過剰なROSを除去することが、病態進展抑制に重要である。
【0032】
本実施例においては、酸化ストレスに対する抗酸化剤のうち、mtROSの産生抑制作用が報告されているエダラボンに着目した。
【0033】
エダラボンは、細胞内の多様なROSの消去能に優れており、ヒト血清アルブミンとの結合率が非常に高い抗酸化剤である。しかしながら、投与後、全身に分布してしまうため、筋萎縮部位への蓄積が不十分であり、その動態制御のためには製剤的な工夫が必要となる。そこで、エダラボンがヒト血清アルブミンと高い親和性を有する点に着目し、ヒト血清アルブミン(HSA)をキャリアとして選択した。HSAは、生体適合性が高く、大部分が筋肉で分解されるという特徴を有しており、キャリアとして優れている。
【0034】
また、筋分解に伴い筋組織で高発現し、血中へと放出されるマイオカインであるSPARCも、HSAと高い親和性を有することが知られている。よって、SPARCは、キャリアとして用いるHSAの細胞内取り込みにおけるドライビングフォースになり得る。
以上、エダラボンの製剤的特性と、筋分解時の病態的な特徴を考慮し、本実施例では、エダラボンを内包したHSAナノ粒子を作製した。作製したナノ粒子は、エダラボンの体内動態を制御し、大量のエダラボンを病症部位に送達できる可能性がある。
【0035】
[ナノ粒子の作製]
HSA溶液を還元型グルタチオンで還元処理し、還元化HSA溶液にエダラボンを混合した。その後、脱溶媒和によって、分子間ジスルフィド結合を形成することで、HSA1分子当たりエダラボン約20分子を搭載したHSAナノ粒子(以下、EeNA(Edaravone-encapsulated Nanospherical Albumin)という。)を作製した(
図1参照。)。
【0036】
作製したEeNAは、障害を受けた筋組織に移行した後、細胞内還元環境で、分子間ジスルフィド結合が開裂し、粒子が崩壊する。崩壊時に内包していたエダラボンを放出し、その抗酸化作用により細胞内のレドックスバランスを正常化し、サルコペニアの病態進展を抑制する。
【0037】
[廃用性筋萎縮モデルマウスに対するEeNAの有用性評価]
マウスの後肢を吊り上げることで、後肢懸垂モデルマウスを作製し、
図2に示すタイムポイントでEvansBlueを用いた血管透過性評価(
図3参照。)とSPARC発現変動評価を行った(
図4参照。)。後肢懸垂開始後14日目には、アルブミン結合色素のEvansBlueが筋萎縮後肢に集積していたことから(
図3参照。)、アルブミンの血管透過性が上がっていることが示唆された。またSPARCも、後肢懸垂開始後徐々に発現が増加していた(
図4参照。)。以上から、HSAは損傷を受けた筋組織への指向性を有することが示唆された。
【0038】
そこで、HSAで構成したナノ粒子であるEeNAを、蛍光色素Cy5で標識し、後肢懸垂モデルマウスに投与した。投与してから6時間後に、筋萎縮の起こっていない前脚と、筋萎縮が起こっている後脚において、Ex vivo imagingでEeNAの分布を評価した(
図5参照。)。その結果、筋萎縮の起こっている後脚においてのみCy5由来の蛍光が観察され、損傷した筋組織へのEeNAの送達が可能であることが示された(
図6参照。)。
【0039】
また、
図6において、障害を受けた後脚の筋組織に、緑色の蛍光で示すSPARCが高発現しており、Cy5標識したEeNA由来の赤色の蛍光と共局在していた。よってEeNAの細胞内移行にSPARCが関与している可能性が示唆された。
【0040】
[廃用性筋萎縮モデルに対するEeNAの有用性]
続いて、EeNAの後肢懸垂モデルに対する有用性を評価した。後肢懸垂開始後11、13日目にEeNAを投与し、筋持久力の評価としてトレッドミル走行試験を行った。また、ミトコンドリアの生合成に関わるPGC-1αの発現を評価した(
図7参照。)。その結果、EeNA投与群で筋持久力の回復が見られ(
図8参照。)、同時に、PGC-1αの発現も増加していたことから(
図9参照。)、EeNAは筋力低下の抑制に寄与していることが確認された。
【0041】
続いて、筋量の評価として、筋重量の測定を行った(
図10参照。)。その結果、EeNAの投与により、前脛骨筋と腓腹筋の筋重量の減少が抑制されたことが確認された(
図11参照。)。よってEeNAは後肢懸垂に伴う、筋量の低下の抑制にも寄与することが確認された。
【0042】
さらに、ROSの指標の1つである過酸化脂質について、筋組織中のマロンジアルデヒド(MDA)量を測定した(
図12参照。)。その結果、EeNA投与群でMDA量の有意な減少を認めた(
図13参照。)。また、骨格筋障害の指標であるクレアチンキナーゼ(CPK)を測定したところ、MDAと同様、EeNA投与群で有意なCPKの減少を認めた(
図14参照。)。
【0043】
さらに、筋タンパク質分解に関わるMyostatinやAtrogin-1の発現をウエスタンブロッティングで評価したところ(
図15参照。)、EeNA投与群で、Myostatin発現の有意な減少(
図16参照。)と、Atrogin-1発現の減少傾向(
図17参照。)が確認された。
【0044】
さらに、SPARCの発現とHSAの発現をウエスタンブロッティングで評価した(
図18参照。)。SPARC発現はEeNAの投与により、減少傾向を示したが(
図19参照。)、これはEeNAの治療効果により筋障害が抑制された結果であると考えられる。また、HSAを含んだEeNAを投与した群においてのみ、HSA由来のバンドが確認された(
図20参照。)ことから、EeNAが筋組織へ送達できたことが確認された。
【0045】
[EeNAの細胞内取り込み機序解明]
筋障害に伴い筋組織で高発現することが知られているSPARCは、HSAと高い親和性を有することが知られている。上述したとおり、
図6において、蛍光免疫染色の結果からHSAで構成されたナノ粒子であるEeNAとSPARCの共局在を確認している。
【0046】
また、HSAやHSAナノ粒子の腫瘍内の取り込みにSPARCが重要であることが報告されており、HSAやHSAナノ粒子は、SPARCと高い親和性で結合し、がん細胞内へと移行する。
【0047】
よって、HSAで構成されたナノ粒子であるEeNAの筋細胞への移行についても、がん細胞への移行と同様、EeNAが筋障害に伴い発現が増加したSPARCと高い親和性で結合したのちに、取り込まれるのではないかと考えられた。
【0048】
そこで、SPARCを高発現しているA549細胞と、SPARC発現に乏しいHepG2細胞を用いて、EeNAの細胞内移行性評価を行った(
図21参照。)。Cy5で標識したEeNAを両細胞に添加し、細胞内取り込みをフローサイトメトリーで評価したところ、SPARCを高発現しているA549細胞において(
図22参照。)、SPARC発現に乏しいHepG2細胞に比べてEeNAの有意な取り込みが確認された(
図23参照。)。
【0049】
また、SPARCは分泌ホルモンであることから、培養上清中のSPARCについてウエスタンブロットで評価したところ、SPARC高発現株であるA549細胞の上清中にも高い発現が認められた(
図24参照。)。そこで、上清中に含まれるSPARCの細胞内取り込みへの関与を評価すべく、各細胞の培養上清をあらかじめ回収しておき、その上清を添加(上清(+)群)、又は上清の代わりにD-PBSを添加した後にEeNAを投与した(上清(-)群)。その結果、上清中にSPARCが含まれている上清(+)群で、EeNAの有意な取り込みを認めた(
図25参照。)。よって、細胞に発現しているSPARC、及び分泌されたSPARCの両者がEeNAの取り込みに関与していることが確認された。
【0050】
そこで、siRNAを用いてA549細胞におけるSPARCの発現を抑制し、同様の評価を行った(
図26参照。)。その結果、細胞中のSPARCをノックダウンすることにより(
図27参照。)、EeNAの取り込みは抑制された(
図28参照。)。また、競合実験として、ヒト血清を添加し、血清中のHSAがEeNAの細胞内移行に影響を与えるか評価した。その結果、SPARC以外によるEeNAの細胞内取り込み経路の存在が明らかとなった。続いて、si control群と、si SPARC群のカラムを比較すると、カラム間の差分が、ヒト血清存在下、すなわち、生理学的環境下における、SPARCを介したEeNAの取り込みを示している(
図29参照。)。以上、SPARCのサイレンシングによる一連の検討により、EeNAの細胞内移行にSPARCが関与していることが明らかとなった。
【0051】
以上、健常なマウスでは、筋組織の血管構造の破綻がないため、アルブミンの血管外漏出は見られず、また、SPARCの発現もほとんどないため、EeNAの筋組織移行性は見られないことが確認された。一方、後肢懸垂モデルのように血管構造に破綻が見られる場合、EeNAは血管を透過し、筋組織の損傷で発現が上昇したSPARCにより細胞内移行が促進されることが確認された(
図30参照。)。
【0052】
筋萎縮時の細胞内では、Myostatin、及びAtrogin-1により、タンパク質分解を伴う筋量低下が亢進しており、また、産生された過剰なROSによりミトコンドリア機能障害を呈し、筋力も低下する。細胞内に取り込まれたEeNAは、細胞内還元環境でその構造を崩壊させ、内包するエダラボンを放出する。エダラボンは細胞内のROS・mtROSを除去することで細胞内レドックスバランスを正常化し、筋萎縮の病態進展を抑制することが確認された。以上、EeNAは、サルコペニアに対する新規抗酸化治療戦略として機能することが期待される。