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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024163501
(43)【公開日】2024-11-22
(54)【発明の名称】プロゲスチン膜受容体の拮抗薬
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/19 20060101AFI20241115BHJP
   A61P 15/18 20060101ALI20241115BHJP
【FI】
A61K31/19
A61P15/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023079187
(22)【出願日】2023-05-12
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 発行日 令和4年9月6日 刊行物 Natural Product Research誌、第37巻、第11号、第1872~1876頁
(71)【出願人】
【識別番号】304023318
【氏名又は名称】国立大学法人静岡大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100124800
【弁理士】
【氏名又は名称】諏澤 勇司
(74)【代理人】
【識別番号】100140888
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 欣乃
(72)【発明者】
【氏名】徳元 俊伸
【テーマコード(参考)】
4C206
【Fターム(参考)】
4C206AA01
4C206AA02
4C206DA02
4C206MA01
4C206MA04
4C206NA14
4C206ZA86
4C206ZC11
(57)【要約】
【課題】プロゲスチン膜受容体の拮抗薬を提供すること。
【解決手段】2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物を含有する、プロゲスチン膜受容体の拮抗薬。
【選択図】図12
【特許請求の範囲】
【請求項1】
2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物を含有する、プロゲスチン膜受容体の拮抗薬。
【請求項2】
2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物を含有する、成熟卵細胞の形成の抑制薬。
【請求項3】
2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物を含有する、排卵の抑制薬。
【請求項4】
避妊のために用いられる、請求項1~3のいずれか一項に記載の薬剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロゲスチン膜受容体の拮抗薬に関する。
【背景技術】
【0002】
ステロイドホルモンの一種である17α,20β-dihydroxy-4-prognen-3-one(DHP)は、卵成熟誘起ホルモンとして知られている。DHPは、プロゲスチン膜受容体(membrane progestin receptor:mPR)のアゴニストであり、卵細胞の細胞表面に存在するmPRへの結合によって卵細胞の成熟を誘起する(非特許文献1~3)。
【0003】
mPRは、7回膜貫通型受容体であり、AdipoQ受容体と相同性を示す11遺伝子からなる新規Gタンパク質共役受容体ファミリーを形成し、progestin and adipoQ receptors(PAQR)ファミリーと命名されている。mPR分子はα、β、γ、δ、及びεの5種類を有し、それぞれPAQR7、PAQR8、PAQR5、PAQR6及びPAQR9に対応する。また、mPRは、ヒトから魚類に至るまでの幅広い脊椎動物の細胞において保存されており、脳や腎臓等の様々な組織で発現していることが知られている(非特許文献4~6)。本発明者らは、ステロイドホルモン結合活性を有するステロイド膜受容体の精製に成功し、精製mPRを用いた物質のスクリーニングを可能とした(特許文献1)。
【0004】
mPRを阻害すると、卵細胞の成熟を抑制し、妊娠の確率を下げる可能性があり、また、mPRを促進すると卵細胞の成熟を促進し、妊娠の確率を高める可能性があると考えられるが、これまでmPRに作用する天然由来の物質は発見・報告されていない(非特許文献7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2015-010064号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Y. Zhu etal., "Cloning, expression, and characterization ofa membrane progestin receptor and evidence it is an intermediary in meioticmaturation of fish oocytes", Proc Natl Acad Sci US A 100(5):2231-2236 (2003).
【非特許文献2】Mika Tokumoto et al.,"Cloning and identification of a membrane progestin receptor in goldfishovaries and evidence it is an intermediary in oocyte meiotic maturation", Gen.Comp. Endo. 145(1):101‐108 (2006).
【非特許文献3】Md Rezanujjaman et al., "Anagonist for membrane progestin receptor (mPR) induces oocyte maturation andovulation in zebrafish in vivo", Biochemical and Biophysical ResearchCommunications 529(2):347-352 (2020).
【非特許文献4】Peter Thomas et al.,"Steroid and G Protein Binding Characteristics of the Seatrout and HumanProgestin Membrane Receptor Subtypes and Their Evolutionary Origins",Endocrinology 148(2):705-718 (2007).
【非特許文献5】Jessica L. Smith et al.,"Heterologous expression of human mPRα, mPRβ and mPRγ in yeast confirmstheir ability to function as membrane progesterone receptors", Steroids 73(11):1160-1173(2008).
【非特許文献6】Yefei Pang et al., "Characterization, Neurosteroid Binding and Brain Distribution of Human MembraneProgesterone Receptors δ and ε(mPRδ and mPRε) and mPRδ Involvement in Neurosteroid Inhibition of Apoptosis",Endocrinology 154(1):283-295 (2013).
【非特許文献7】Peter Thomas, "MembraneProgesterone Receptors (mPRs, PAQRs): Review of Structural and SignalingCharacteristics", Cells 2022, 11(11):1785 (2022).
【非特許文献8】Md. Maisum Sarwar Jyoti et al.,"Establishment of a steroid binding assay for membrane progesteronereceptor alpha (PAQR7) by using graphene quantum dots (GQDs)", Biochemicaland Biophysical Research Communications 592, 1-6 (2022).
【非特許文献9】Toshinobu Tokumoto et al., "Diethylstilbestrolinduces fish oocyte maturation", Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 101(10):3686-3690 (2004).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、プロゲスチン膜受容体の拮抗薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ウミウチワ(Padina arborescens)の分泌物がmPRを阻害する作用を有し、さらに分泌物中に含まれる有効成分を分析し、mPRのアンタゴニストを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
本発明は、以下の[1]~[4]に関する。
[1]2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物を含有する、プロゲスチン膜受容体の拮抗薬。
[2]2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物を含有する、成熟卵細胞の形成の抑制薬。
[3]2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物を含有する、排卵の抑制薬。
[4]避妊のために用いられる、[1]~[3]のいずれか一つに記載の薬剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明の一実施形態に係るプロゲスチン膜受容体の拮抗薬によれば、プロゲスチン膜受容体のアゴニストがプロゲスチン膜受容体に結合することによって生じる細胞内シグナルの活性化を抑制することができる。この作用は、プロゲスチン膜受容体のアンタゴニストである2-ヒドロキシペンタン酸等がプロゲスチン膜受容体に結合することによって本来のプロゲスチン膜受容体のアゴニストの作用が抑制されたからだと推測される。
【0011】
本発明の一実施形態に係る卵細胞の成熟の抑制薬によれば、卵細胞の成熟を抑制することができる。この卵細胞の成熟抑制作用は、2-ヒドロキシペンタン酸等によるプロゲスチン膜受容体の拮抗作用に基づくものであると推測される。
【0012】
本発明の一実施形態に係る排卵の抑制薬によれば、投与された対象における排卵を抑制することができる。この排卵抑制作用は、2-ヒドロキシペンタン酸等によるプロゲスチン膜受容体の拮抗作用に基づくものであると推測される。
【0013】
本発明に一実施形態に係る、避妊のために用いられる薬剤によれば、投与された対象における排卵を抑制することができ、その結果、投与された対象において、受精・妊娠の確率を低減することができる。この避妊作用は、2-ヒドロキシペンタン酸等によるプロゲスチン膜受容体の拮抗作用に基づくものであると推測される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施例1における、TSKgel Protein A-5PW RP Glassを用いてウミウチワ分泌物を単離した際のクロマトグラムを示す図である。
図2】Aは、実施例2において、Peak1の単離品について、ゼブラフィッシュ由来の卵母細胞の成熟阻害試験を行った結果を示す図であり、Bは、実施例2において、Peak2の単離品について、ゼブラフィッシュ由来の卵母細胞の成熟阻害試験を行った結果を示す図である。
図3】実施例3において、Peak2の単離品について、ゼブラフィッシュの卵母細胞の成熟阻害試験及び排卵阻害試験を行った結果を示す図である。
図4】実施例4において、Peak2の単離品についての、H-NMRを取得した結果を示す図である。
図5】実施例4において、Peak2の単離品についての、13C-NMRを取得した結果を示す図である。
図6】実施例4において、Peak2の単離品についての、DQF-COSYを取得した結果を示す図である。
図7】実施例4において、Peak2の単離品についての、TOCSYを取得した結果を示す図である。
図8】実施例4において、Peak2の単離品についての、HMQCを取得した結果を示す図である。
図9】実施例4において、Peak2の単離品についての、HMBCを取得した結果を示す図である。
図10】実施例5において、(R)-2-HPA及び(S)-2-HPAについて、ゼブラフィッシュ由来の卵母細胞の成熟阻害試験を行った結果を示す図である。
図11】実施例6において、2-HPA及びその類縁化合物の、mPRに対する結合性を評価した結果を示す図である。
図12】実施例7において、2-HPAについて、ゼブラフィッシュの卵母細胞の成熟阻害試験及び排卵阻害試験を行った結果を示す図である。
図13】実施例8において、2-HPA及びその類縁化合物について、キンギョ由来の卵母細胞の成熟阻害試験を行った結果を示す図である。
図14】実施例9において、2-HPA及びその類縁化合物について、ゼブラフィッシュの卵母細胞の成熟阻害試験及び排卵阻害試験を行った結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に本発明の実施形態について説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0016】
ウミウチワ(Padina arborescens)は、アミジグサ目アミジグサ科ウミウチワ属の海藻である。ウミウチワは、日本をはじめとした太平洋地域及びインド洋地域等に幅広く生息している。
【0017】
本発明者らは、ウミウチワの分泌物が、実施例で示されたとおり、プロゲスチン膜受容体(mPR)を阻害する作用を有することを証明した。さらに、本発明者らは、ウミウチワの分泌物中の有効成分を分析したところ、プロゲスチン膜受容体のアンタゴニストとして、2-ヒドロキシペンタン酸等を得た。なお、受容体のリガンド結合サイトに結合する分子には、受容体に対する結合によって下流の細胞内シグナルを活性化する分子であるアゴニストと、受容体に結合したとしても細胞内シグナルを活性化しない分子であるアンタゴニストが存在する。その中でもアンタゴニストは、生体内在性アゴニストと受容体の結合を拮抗的に阻害することができるため、受容体の下流の細胞内シグナルの活性化を抑制する薬剤の有効成分として幅広く利用されている。
【0018】
<プロゲスチン膜受容体の拮抗薬>
本発明の第一側面は、有効成分として、2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物を含有する、プロゲスチン膜受容体(mPR)の拮抗薬(プロゲスチン膜受容体を拮抗阻害するための組成物ともいう)である。
【0019】
プロゲスチン膜受容体(mPR)は、2003年にテキサス大学のPeter Thomasらのグループからその存在が報告された、7回膜貫通型の細胞膜受容体である(非特許文献1)。mPRは、AdipoQ受容体と相同性を示す11遺伝子からなる新規Gタンパク質共役受容体ファミリーを形成し、progestin and adipoQ receptors(PAQR)ファミリーと命名されている。mPR分子はα、β、γ、δ、及びεの5種類を有し、それぞれPAQR7、PAQR8、PAQR5、PAQR6及びPAQR9に対応する。また、mPRは、ヒトから魚類に至るまでの幅広い脊椎動物の細胞において保存されており、脳や腎臓等の様々な組織で発現していることが知られている(非特許文献4~6)。本発明の一実施形態に係るmPRは、mPRα、mPRβ、mPRγ、mPRδ及びmPRεからなる群から選択される少なくとも一つであってよく、好ましい一実施形態においてはmPRα、mPRβ及びmPRγからなる群から選択される少なくとも一つであってもよく、より好ましい一実施形態においてはmPRαであってもよい。
【0020】
本明細書において、「プロゲスチン膜受容体の拮抗薬」とは、mPRのアンタゴニストを有効成分として含み、mPRを拮抗阻害するために使用される製剤を意味する。プロゲスチン膜受容体に対する拮抗作用は、例えば実施例に示したゼブラフィッシュの卵母細胞の成熟度評価試験(後述の本発明の第二側面を参照)にて確認することができる。
【0021】
本発明の一実施形態に係る拮抗薬によるプロゲスチン膜受容体の拮抗効果は、上記方法によって評価された、抑制薬が存在しない場合の卵母細胞の成熟度に比べて、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上又は70%以上抑制されることを意味する。
【0022】
2-ヒドロキシペンタン酸(2-hydroxypentanoic acid、2-HPA)は、2-ヒドロキシ吉草酸(2-hydroxyvaleric acid)としても知られる、下記式(I)で表される化合物である。2-HPAは、例えば富士フィルム和光純薬株式会社、シグマアルドリッチ社等から購入可能である。本発明に係る2-HPAとしては、例えば市販されているものを使用してよく、当業者が通常行う方法によって合成したものを使用してもよく、ウミウチワの分泌物から単離したものを使用してもよい。
【化1】
【0023】
2-HPAには、下記式(II)に示すような2つの鏡像異性体((R)-2-HPA、(S)-2-HPA)が存在するが、本発明に係る2-HPAは、(R)-2-HPAであってよく、(S)-2-HPAであってもよく、また両者の任意の割合の混合物(例えば、ラセミ体)であってもよい。本発明に係る2-HPAの2つの鏡像異性体の合計に占める(S)-2-HPAの存在割合は、例えば0%、1%以上、5%以上、10%以上、20%以上、30%以上、35%以上、40%以上、45%以上、50%以上、55%以上、60%以上、65%以上、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、99%以上又は100%であってよく、99%以下、95%以下、90%以下、80%以下、70%以下、65%以下、60%以下、55%以下、50%以下、45%以下、40%以下、35%以下、30%以下、20%以下、10%以下、5%以下又は1%以下であってもよい。
【化2】
【0024】
本発明の一実施形態に係る拮抗薬は、2-HPAを、フリー体又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物として含有する。ここで、2-HPAの互変異性体、同位体標識化合物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物としては、それらの塩又は溶媒和物を含む。本発明の一実施形態に係る拮抗薬は、これらの一種を含有してもよく、二種以上を含有してもよい。好ましい一実施形態において、本発明に係るプロゲスチン膜受容体の拮抗薬は、2-HPAを、フリー体又はその塩、互変異性体、同位体標識化合物若しくは溶媒和物として含有してもよい。より好ましい一実施形態において、本発明に係るプロゲスチン膜受容体の拮抗薬は、2-HPAを、フリー体又はその塩若しくは溶媒和物として含有してもよい。
【0025】
本発明の一実施形態に係る2-HPAの塩は、2-HPAの任意の塩であってよく、mPRの拮抗薬が医薬組成物である場合は、2-HPAの塩は2-HPAの薬学的に許容される塩であることが好ましい。薬学的に許容される塩としては、2-HPAカルボン酸残基と薬学的に許容される塩基(カチオン)との間で形成された塩であれば特に限定されず、例えば2-HPAのナトリウム塩、マグネシウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、アンモニウム塩、メグルミン塩又はエタノールアミン塩等であってよい。
【0026】
本発明の一実施形態に係る2-HPAの溶媒和物における溶媒としては、溶媒和物を形成できる任意の溶媒であってよく、mPRの拮抗薬が医薬組成物である場合は、2-HPAの溶媒和物は2-HPAの薬学的に許容される溶媒和物であることが好ましい。薬学的に許容される溶媒和物における溶媒としては、例えば水、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ジエチルエーテル又はテトラヒドロフラン等を挙げることができ、好ましくは水である。
【0027】
本発明に係る2-HPAのエステル及びプロドラッグとしては、例えば下記式(III)に示す化合物群を挙げることができる。
【化3】
【0028】
エステルの場合、上記式(III)中、R及びRは、例えばそれぞれ独立してアルキル基を表す。エステルの好ましい一実施形態において、R及びRは、それぞれ独立してC1~C10アルキル基を表し、より好ましくは、C1~C8、C1~C6若しくはC1~C3アルキル基を表し、アルキル基としては直鎖であっても分岐鎖であってもよい。エステルのより好ましい一実施形態において、R及びRは、それぞれ独立してメチル基、エチル基、プロピル基、及びブチル基からなる群より選択されてもよい。プロドラッグの場合、上記式(III)中、R及びRは、例えばそれぞれ独立してメドキソミル基(5-メチル-2-オキソ-1,3-ジオキソール-4-イル基)を表す。上記式(III)に表される構造の2-HPAのエステル及びプロドラッグは、投与された対象内に存在するエステラーゼによって加水分解され、その分解産物として2-HPAが対象において放出される。
【0029】
本発明の一実施形態に係る拮抗薬における2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物の含有量は、拮抗薬全体の質量を基準として、例えば1質量%以上、10質量%以上、25質量%以上、50質量%以上、60質量%以上、70質量%以上、75質量%以上、80質量%以上、85質量%以上、90質量%以上、92質量%以上、94質量%以上、96質量%以上、97質量%以上、98質量%以上、99質量%以上、99.5質量%以上又は100質量%であってよく、99.5質量%以下、99質量%以下、98質量%以下、97質量%以下、95質量%以下、93質量%以下、91質量%以下、85質量%以下、80質量%以下、75質量%以下、70質量%以下、60質量%以下、50質量%以下、30質量%以下、15質量%以下又は5質量%以下であってもよい。
【0030】
本発明の一実施形態に係る拮抗薬は、2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物に加えて、さらに賦形剤、緩衝剤、安定化剤、抗酸化剤、結合剤、崩壊剤、充填剤、乳化剤及び流動添加調節剤等の製剤技術分野において常用される添加剤を含有していてもよい。
【0031】
本発明の一実施形態に係る拮抗薬が投与される対象は、mPRを発現する真核生物であれば限定されず、好ましくはmPRを発現する脊椎動物であり、より好ましくはmPRを発現する哺乳類又は魚類の動物である。投与対象としては、例えば、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、モルモット、ウマ、ブタ、ヒツジ等の哺乳類動物、ゼブラフィッシュ、キンギョ、コイ、ニジマス、タイ、ヒラメ等の魚類の動物が挙げられ、ヒトであることが好ましい。
【0032】
本発明の一実施形態に係る拮抗薬の投与形態は特に限定されず、例えば経口投与、経膣投与、経鰓投与、静脈注射、皮下注射、筋肉内注射及び経皮投与等を挙げることができる。投与される対象が哺乳類の動物である場合、好ましい一実施形態に係る投与形態は経口投与又は経膣投与であってよい。投与される対象が魚類の動物である場合、好ましい一実施形態に係る投与形態は、経口投与又は経鰓投与であってよい。魚類の動物の経口投与の場合、拮抗薬を餌に混ぜて投与してもよい。
【0033】
本発明の一実施形態に係る拮抗薬の剤形は特に限定されず、例えばカプセル剤、液剤、シロップ剤、顆粒剤、散剤、錠剤、丸剤、経口ゼリー剤、吸入剤、スプレー剤、ゲル剤、クリーム剤、ローション剤、軟膏剤、エアゾール剤、貼付剤、テープ剤、パップ剤、注射剤、膣用坐剤及び膣錠等を挙げることができる。一実施形態に係る拮抗薬が哺乳類の動物に対して経口投与される場合、その剤形は、例えばカプセル剤、液剤、シロップ剤、顆粒剤、散剤、錠剤、丸剤、経口ゼリー剤又は吸入剤であってよい。一実施形態に係る拮抗薬が哺乳類の動物に対して経膣投与される場合、その剤形は、例えばスプレー剤、ゲル剤、クリーム剤、ローション剤、軟膏剤、エアゾール剤、貼付剤、テープ剤、パップ剤、注射剤、膣用坐剤及び膣錠であってよい。また、本発明の一実施形態に係る拮抗薬は、即放性の製剤であってよく、徐放性の製剤であってもよい。具体的な投与量の一例として、例えば、投与対象がヒト成人女性である場合、1日あたりの拮抗薬の投与量は、有効成分量換算で、0.0001μg~10000mg/日/60kg体重であってよい。投与対象が魚類の動物である場合は、1日あたりの拮抗薬の投与量は、有効成分量換算で、0.0001μg~10000mg/日/g体重であってよい。
【0034】
本発明の第一側面に係る拮抗薬は、例えばmPRの生理的機能を評価するための研究試薬として使用することができる。具体的な一例としては、本発明の第一側面に係る拮抗薬を対象に投与し、mPRが伝達する細胞内シグナルの活性化を抑制した後、投与された対象において生じる表現型の変化、あるいは遺伝子及びタンパク質発現の変化等を評価することができる。このような評価によれば、mPRが伝達する細胞内シグナルが対象に与える影響、及びその細胞内シグナルの伝達に寄与する分子群の発現変動について解明することができる。
【0035】
本発明の第一側面に係る拮抗薬は、例えば、mPRに対するアゴニストの結合によって生じる生理的現象の抑制に使用することができる。このような生理的現象としては、例えば卵細胞の成熟及び排卵を挙げることができる。
【0036】
本発明の第一側面に係る拮抗薬は、他のプロゲスチン膜受容体の拮抗物質又はプロゲスチン膜受容体の促進物質のスクリーニングに使用することができる。
【0037】
本発明の第一側面に係る拮抗薬がmPRを拮抗阻害したことは、例えば、後述する本発明の第二側面又は第三側面に係る抑制薬の評価方法と同様の方法によって評価することができる。
【0038】
<卵細胞の成熟の抑制薬>
本発明の第二側面は、有効成分として2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物を含有する、成熟卵細胞の形成の抑制薬(成熟卵細胞の形成を抑制するための組成物ともいう)である。
【0039】
本発明の第二側面に係る抑制薬並びにその投与対象、投与形態、剤形及び投与量としては、本発明の第一側面に係る拮抗薬と同様のものを用いることができる。
【0040】
本明細書において、成熟卵細胞(Ovum、卵子、卵)とは、有性生殖する脊椎動物における、雌性の配偶子である生殖細胞を意味する。
【0041】
成熟卵細胞は、雌性の脊椎動物の卵巣内に蓄えられた一次卵母細胞(primary oocyte)が減数分裂(第1減数分裂)して二次卵母細胞(secondary oocyte)が生じ、その二次卵母細胞がさらに減数分裂(第2減数分裂)ことによって形成される。本発明の第二側面に係る抑制薬は、このような成熟卵細胞の形成を抑制することができる。
【0042】
いかなる理論にも拘束されることを望むものではないが、本発明の第二側面に係る抑制薬は、mPRの拮抗阻害を介して第1減数分裂及び/又は第2減数分裂を阻害することによって、成熟卵細胞の形成を抑制する可能性がある。
【0043】
本発明の第二側面に係る抑制薬が成熟卵細胞の形成を抑制したことは、例えば対象又は対象から採取した卵母細胞に抑制剤を投与し、卵母細胞の成熟が抑制されることをもって評価することができる。例えば、ゼブラフィッシュの卵母細胞が成熟すると卵核胞崩壊によって透明化することを利用し、抑制剤の投与によって透明化を生ずる卵母細胞の割合が減少することをもって、該抑制剤は成熟卵細胞の形成を抑制すると評価することができる。
【0044】
本発明の第二側面に係る抑制薬による成熟卵細胞の抑制効果は、上記方法によって評価された、抑制薬が存在しない場合の卵母細胞の成熟度に比べて、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上又は70%以上抑制されることを意味する。
【0045】
本発明の第三側面は、2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物を含有する、排卵の抑制薬(排卵を抑制するための組成物)ともいう。
【0046】
本発明の第三側面に係る抑制薬並びにその投与対象、投与形態、剤形及び投与量としては、本発明の第一側面に係る拮抗薬と同様のものを用いることができる。
【0047】
本発明の第三側面に係る抑制薬は、例えば、排卵を抑制することによって治療可能な疾患の治療薬として使用することができる。排卵を抑制することによって治療可能な疾患としては、低用量経口避妊薬(低用量ピル)によって治療が行われている疾患を挙げることができる。このような疾患としては、例えば子宮内膜症、月経困難症及び月経前症候群(PMS)を挙げることができる。すなわち、本発明の第三側面に係る抑制薬は、一実施形態において、子宮内膜症の治療薬、月経困難症の治療薬及び/又は月経前症候群(PMS)の治療薬でありうる。
【0048】
本発明の第三側面に係る抑制薬は、例えば、排卵を抑制することによって予防可能な疾患の予防薬として使用することができる。排卵を抑制することによって予防可能な疾患としては、低用量経口避妊薬(低用量ピル)によって予防が行われている疾患を挙げることができる。このような疾患としては、例えば子宮頸がん及び卵巣がんを挙げることができる。すなわち、本発明の第三側面に係る抑制薬は、一実施形態において、子宮頸がんの予防薬及び/又は卵巣がんの予防薬でありうる。
【0049】
本発明の第三側面に係る抑制薬が排卵を抑制したことは、例えば、対照に抑制剤を投与し、排卵が抑制されたことをもって評価することができる。また、本発明の第三側面に係る抑制薬が排卵を抑制したことは、例えば、対照に抑制剤を投与した場合に、対象の卵母細胞及び成熟卵細胞の総数に占める排卵の兆候の表現型を示した成熟卵細胞が生じる割合が低下したことをもって、抑制薬が排卵を抑制したと評価することができる。例えば、排卵直前の成熟卵細胞においては、卵膜が形成されることから、投与した対象の卵母細胞及び成熟卵細胞の総数に占める卵膜を形成した成熟卵細胞の割合が低下したことをもって、抑制薬が排卵を抑制したと評価することができる。
【0050】
本発明の第四側面は、有効成分として2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物を含有する、避妊薬(避妊用組成物ともいう)である。
【0051】
本発明の第四側面は、一実施形態において、避妊のために用いられる、本発明の第一側面に係る拮抗薬、本発明の第二側面に係る抑制薬又は本発明の第三側面に係る抑制薬であってよい。有性生殖する脊椎動物においては、排卵された成熟卵細胞が、雄性の配偶子である精子と受精して受精卵を形成することによって、やがて妊娠が生じる。よって、本発明の第一側面に係る拮抗薬、本発明の第二側面に係る抑制薬又は本発明の第三側面に係る抑制薬によれば、上述したように成熟卵細胞の排卵を抑制できるため、これらは避妊薬としても使用することができる。
【0052】
本発明の第四側面に係る並びにその投与対象、投与形態、剤形及び投与量としては、本発明の第一側面に係る拮抗薬と同様のものを用いることができる。
【0053】
本発明の第四側面に係る避妊薬は、例えば、ヒト対象における避妊のために使用することができる。
【0054】
本発明の第四側面に係る避妊薬は、例えば、イヌ、ネコ及びウサギ等の愛玩動物(ペット)における繁殖防止のために使用することができる。
【0055】
本発明の第四側面に係る避妊薬は、例えば養殖漁業、畜産業及び養鶏業における減産及び成長促進のために用いることができる。養殖漁業、畜産業及び養鶏業において、動物が意図せぬ形で妊娠すると、生産量の無秩序な増加を生じてしまうことに加え、受精卵からの個体の発生に栄養が使用されてしまうことで雌性の親の成長阻害が生じてしまう。そこで、本発明の第四側面に係る避妊薬によって妊娠を妨げることによって、このような生産量の無秩序な増加及び成長阻害を抑制することができる。
【0056】
本発明の第四側面に係る避妊薬による避妊効果は、同年齢の女性(魚の場合は、同月齢又は年齢の雌)の避妊薬を用いない場合の妊娠率と比べて、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上又は95%以上低減されることを意味する。
【0057】
<方法及び使用>
【0058】
本発明の第五側面は、有効量の2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物を、それを必要とする対象に投与することを含む、プロゲスチン膜受容体の拮抗阻害方法でもありうる。また、本発明の第五側面は、2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物を、それを必要とする対象に投与することを含む、成熟卵細胞の形成の抑制方法でもありうる。さらに、本発明の第五側面は、2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物を、それを必要とする対象に投与することを含む、排卵の抑制方法でもありうる。
【0059】
本発明の第六側面は、プロゲスチン膜受容体を拮抗阻害することに使用するための、2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物でもありうる。また、本発明の第六側面は、成熟卵細胞の形成を抑制することに使用するための、2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物でもありうる。さらに、本発明の第六側面は、排卵を抑制することに使用するための、2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物でもありうる。
【0060】
本発明の第七側面は、プロゲスチン膜受容体の拮抗薬を製造するための、2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物の使用でもありうる。本発明の第七側面は、成熟卵細胞の形成の抑制薬を製造するための、2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物の使用でもありうる。さらに、本発明の第七側面は、排卵の抑制薬を製造するための、2-ヒドロキシペンタン酸又はその塩、エステル、互変異性体、同位体標識化合物、溶媒和物、共結晶、多形体、プロドラッグ若しくは代謝物の使用でもありうる。
【実施例0061】
以下に、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0062】
<実施例1:ウミウチワ分泌物に含まれる成分の単離>
ウミウチワ(Padina arborescens)を飼育している水槽中に、ポリエステル製のフィルター(JANコード 4972814531680、KOTOBUKI)を設置し、ウミウチワの分泌物をフィルターにトラップした。トラップされた分泌物を、1つのフィルターあたり1リットルのエタノールで溶出させた。得られた溶液を、超純水で10倍に希釈して得られたサンプルを、ローラーポンプを用いてODSカラム(50μm、1.8×11.4cm、7g、株式会社山善製)に供給して、ODSカラムにウミウチワ分泌物をロードした。1本のODSカラムあたり、10~20リットルのサンプルを用いた。
【0063】
ODSカラムにロードされた分泌物を、トリフルオロ酢酸が0.05%存在する酸性条件下、水-アセトニトリルの混合溶液をグラジエント(100:0-0:100)で供給することで、逆相液体クロマトグラフィーによって分泌物を分離した。得られたフラクションを、さらにODSカラム(4.6×30cm、東ソー株式会社製)にロードし、水-アセトニトリルの混合溶液をグラジエント(100:0-0:100)で供給することで、逆相液体クロマトグラフィーによって分泌物を分離した。得られたフラクションを、さらにTSKgel Protein A-5PW RP Glass(8mm×7.5cm)カラム(東ソー株式会社製)にロードし、水-アセトニトリルの混合溶液をグラジエント(100:0-0:100)で供給することで、逆相液体クロマトグラフィーによって分泌物を分離した。これらのクロマトグラフィーにおける物質の溶出は、254nmにおける吸光度でモニターされ、また温度は40℃に保たれた。
【0064】
クロマトグラフィーの結果を図1に示す。図1によれば、Peak1及びPeak2として示した2つのピークが検出された。また、この結果から本単離方法によって、ウミウチワ分泌物に含まれる成分を単離できることが示された。
【0065】
<実施例2:ウミウチワ分泌物に含まれる成分による卵母細胞の成熟阻害試験>
実施例1で単離されたPeak1及びPeak2に対応するフラクションを、凍結乾燥機(FDU-810 freezedryer、EYELA社製)を用いて乾燥することで、Peak1及びPeak2に対応するフラクションの単離品(以下単に「Peak1の単離品」、「Peak2の単離品」と呼ぶことがある)を得た。当該単離品について、卵母細胞の成熟阻害活性を試験した。
【0066】
受精しており、排卵された成熟卵細胞を有しないメスのゼブラフィッシュから単離した卵巣を、卵母細胞を2~10個含む卵巣片に手作業で分離した。得られた卵巣片を、1μMの17α、20β-ジヒドロキシプロゲステロン(DHP)、又は1μMのDHP及び1μMの被験物質(上記Peak1の単離品又はPeak2の単離品)を含有するzebrafish Ringer’s solution(116mM NaCl,2.9mM KCl,1.8mM CaClを含む5mM HEPES緩衝液,pH 7.2)中で培養した。培養は、25℃の条件において、緩やかに攪拌しながら2~4時間行った。その後、卵巣片を光学顕微鏡で撮像し、卵核胞崩壊(Germinal vesicle breakdown、GVBD)を評価することによって、卵母細胞の成熟度を評価した。GVBDの評価は、各群20個を超える卵母細胞における透明化した卵母細胞の割合を指標として行った。
【0067】
Peak1の単離品及びPeak2の単離品のそれぞれ結果を図2のA及びBに示す。図2から、DHPの存在下で誘導される卵核胞崩壊が、Peak1又はPeak2の単離品の存在下で抑制された。このことから、Peak1及びPeak2の単離品は、卵母細胞の成熟を阻害できることが示された。また、このことから本試験方法によって、ウミウチワ分泌物に含まれる成分による卵母細胞の成熟阻害を評価できることが示された。
【0068】
<実施例3:ゼブラフィッシュにおける、ウミウチワ分泌物に含まれる成分による卵母細胞の成熟及び排卵の阻害試験>
十分成長した未成熟の卵母細胞を有する、受精したメスのゼブラフィッシュを、DHPで予め処理することによって、事前に産卵させた。産卵させたメスのゼブラフィッシュを、さらに7~10日飼育して、十分成長した未成熟の卵母細胞を新たに産生させた。実験当日に、排卵していないメスを選択して、実験に用いた。
【0069】
選択したメスのゼブラフィッシュを、1匹あたり100mLの水を含む水槽に移した。そこに、終濃度100nMのDHP、又は終濃度100nMのDHP及び終濃度100nMのPeak2の単離品を添加し、28.5℃、室内灯の条件下で4時間インキュベートした。メスのゼブラフィッシュをサクリファイスした後、卵巣を単離した。単離した卵巣を、卵母細胞を1~10個含む卵巣片に手作業で分離した。得られた卵巣片を光学顕微鏡で撮像し、卵母細胞の成熟及び排卵を評価した。卵母細胞の成熟の評価は、GVBDが生じた割合として、各群20個を超える卵母細胞における透明化した卵母細胞の割合を指標として行った。排卵の評価は、明らかな卵膜を有する細胞の割合を指標として行った。
【0070】
結果を図3に示す。図中、**は、スチューデントのt検定におけるp値が0.01未満であることを意味する。図3によれば、DHPの存在下で飼育したゼブラフィッシュにおいて誘導される卵母細胞の成熟及び排卵が、Peak2の単離品の共存下では抑制され、特に卵膜を形成した細胞の割合は顕著に小さくなった。このことから、Peak2の単離品は、動物個体において、卵母細胞の成熟及び排卵を阻害できることが示された。
【0071】
<実施例4:ウミウチワ分泌物に含まれる成分の分析>
実施例で得られたPeak2の単離品を、核磁気共鳴法によって、単離品の成分を分析した。Peak2の単離品を500μLのCDClに溶解し、NMRを測定した。H、13C、DQF-COSY、TOCSY、HMQC、HMBCを含むNMRスペクトルデータは、JNM-ECZ500R分光計(日本電子、東京、日本)を使用して測定した。
【0072】
H-NMR、13C-NMR、DQF-COSY、TOCSY、HMQC及びHMBCの結果をそれぞれ図4図9に示す。図4図9の結果から、二次元NMRのDQF-COSY、TOCSY、HMQC、HMBCの相関に基づいて、Peak2の単離品は、2-ヒドロキシペンタン酸(2-HPA)であることと推定した。また、このことから、実施例1の単離方法によって、ウミウチワ分泌物に含まれる成分を分析可能な程度まで単離可能であることも示された。
【0073】
<実施例5:(R)-2-HPA及び(S)-2-HPAによる、卵母細胞の成熟阻害試験>
実施例4で見出された2-HPAには、鏡像異性体の(R)-2-HPA及び(S)-2-HPAが存在する。そこで、実施例2と同様の試験を、Peak2の単離品の代わりに(R)-2-HPA(AMATEK CHEMISTRY社製)及び(S)-2-HPA(Combi-Blocks社製)を用いて行い、卵母細胞の成熟阻害を評価した。
【0074】
結果を図10に示す。図中、*は、DHP群との間のスチューデントのt検定におけるp値が0.05未満であることを意味する。図10の結果から、(R)-2-HPA及び(S)-2-HPAの両方が、卵母細胞の成熟を阻害することが示され、(R)-2-HPA及び(S)-2-HPAの両方がmPRのアンタゴニストであることが強く示唆された。また、以上の結果を踏まえ、実施例6以降の実施例では、2-HPAとして(S)-2-HPAを用いた。
【0075】
<実施例6:2-HPA及びその類縁化合物の、mPRに対する特異的な結合性の評価>
2-HPA及びその類縁化合物について、非特許文献8に記載の方法(GQD binding assay)に従って、mPRに対する結合性を評価した。GQD binding assayは、グラフェン量子ドット(graphene quantum dots、GQD)が付加されたmPR(GQD-mPRα)と、mPRのリガンドであるプロゲステロン(P4)及び蛍光色素FITCで標識されたウシ血清アルブミン(P4-BSA-FITC)を用いて、物質のmPRに対する結合性を評価するアッセイである。GQD-mPRα、P4-BSA-FITC及び評価対象物質を共存させた場合に、評価対象物質がmPRに対して結合性を有すると、GQD-mPRαとP4-BSA-FITCの結合が拮抗的に阻害され、蛍光共鳴エネルギー移動(Fluorescence resonance energy transfer、FRET)が抑制された結果として、GQDに対応する励起光を照射した場合のFITC由来の蛍光の強度が小さくなる。すなわち、GQD-mPRα、P4-BSA-FITC及び評価対象物質を共存させた場合に、評価対象物質の濃度依存的にFITC由来の蛍光強度が小さくなった場合、該物質はmPR結合性であると評価することができる。
【0076】
mPRは、特許文献1に記載の方法に従って、mPRをコードする遺伝子が導入された遺伝子組換え細胞からアフィニティークロマトグラフィーによって精製した。96ウェルマイクロプレートの各ウェルに、終濃度が図中に示した値となるように評価対象物質を含有するエタノール2μLを添加した。そこに、非特許文献8に記載の方法に従って調製したGQD-mPRαをmPRα濃度基準で終濃度9μg/mL、及びP4-BSA-FITCをBSA濃度基準で終濃度14μg/mL含有するpH7.4のリン酸緩衝液98μLを添加し、遮光条件下、室温で2時間インキュベートした。その後、マイクロウェルプレートリーダー(Varioskan(登録商標) LUX、Thermofisher Scientific社製)を用いて、各ウェルの蛍光強度を測定した。蛍光強度測定における励起波長は370nm、蛍光波長は520nmとした。
【0077】
評価結果を図11に示す。実施例1において単離された2-HPAを主成分とするPeak2の単離品(図11中の「Padina-C」)、(S)-2-HPAの純品(Combi-Blocks社製、図11中の「(S)-2-HPA」)、2-ヒドロキシ酪酸(2-Hydroxybutyric acid、東京化成社製)、吉草酸(valeric acid、ペンタン酸、東京化成社製)、2-ヒドロキシヘキサン酸(2-Hydroxyhexanoic acid、Sigma-Aldrich社製)、1,2-ペンタンジオール(1,2-Pentanediol)、及び3-ヒドロキシ酪酸(3-Hydroxyvaleric acid、AdooQ BioScience社製)、並びに、陽性対照として、既知のmPR結合性のホルモンであるプロゲステロン(progesterone)及びmPR非結合性のホルモンであるエストラジオール(estradiol)について評価した。図11によれば、2-HPAを主成分とするPeak2の単離品及び純品(S)-2-HPAにおいては濃度依存的に蛍光強度が小さくなり、陽性対照であるプロゲステロン及びエストラジオールと同程度の活性を示した。一方、予想に反して、2-ヒドロキシ酪酸等の2-HPAの類縁化合物においては蛍光強度の減少は見られなかった。今回供試した2-HPA及びその類縁化合物の中では、2-HPAのみがmPR結合性を有することから、2-HPAのmPRへの結合が特異的であり、かつ、2-HPAの構造依存的であることが示唆された。
【化4】
【0078】
<実施例7:ゼブラフィッシュにおける、2-HPAによる卵母細胞の成熟及び排卵の阻害試験>
実施例3と同様の試験を、Peak2の単離品の代わりに(S)-2-HPAを用いて行い、卵母細胞の成熟及び排卵を評価した。
【0079】
結果を図12に示す。図中、**は、スチューデントのt検定におけるp値が0.01未満であることを意味する。図12によれば、DHPの存在下で飼育したゼブラフィッシュにおいて誘導される卵母細胞の成熟及び排卵が、(S)-2-HPAの共存下では抑制され、特に卵膜を形成した細胞の割合は顕著に小さくなった。このことから、2-HPAは、動物個体において、卵母細胞の成熟及び排卵を阻害できることが示された。また、卵母細胞の成熟及び排卵を阻害できれば、受精を抑制することも可能であると考えられるため、2-HPAは、動物個体において受精・妊娠を抑制することができる、すなわち、避妊薬として利用可能であることが強く示唆された。
【0080】
<実施例8:キンギョ由来卵母細胞を用いた、2-HPA及びその類縁化合物による成熟阻害試験>
実施例2と同様の試験を、ゼブラフィッシュ由来卵母細胞に代わって非特許文献9に記載の方法に従って用意したキンギョ由来卵母細胞を用い、かつPeak2の単離品の代わりに、(S)-2-HPAに加えて、2-ヒドロキシ酪酸(2-Hydroxybutyric acid、東京化成社製)、吉草酸(valeric acid、ペンタン酸、東京化成社製)、2-ヒドロキシヘキサン酸(2-Hydroxyhexanoic acid、Sigma-Aldrich社製)、1,2-ペンタンジオール(1,2-Pentanediol)及び3-ヒドロキシ酪酸(3-Hydroxyvaleric acid、AdooQ BioScience社製)を用いて行った。
【0081】
結果を図13に示す。図13において、**は、DHP群との間でのスチューデントのt検定におけるp値が0.01未満であることを意味する。図13によれば、今回供試した2-HPA及びその類縁化合物の中では、2-HPAのみが、卵母細胞の成熟を阻害できることが示された。
【0082】
<実施例9:ゼブラフィッシュにおける、2-HPA及びその類縁化合物による卵母細胞の成熟及び排卵の阻害試験>
実施例7と同様の試験を、(S)-2-HPAに加えて、2-ヒドロキシ酪酸(2-Hydroxybutyric acid、東京化成社製)、吉草酸(valeric acid、ペンタン酸、東京化成社製)、2-ヒドロキシヘキサン酸(2-Hydroxyhexanoic acid、Sigma-Aldrich社製)、1,2-ペンタンジオール(1,2-Pentanediol)及び3-ヒドロキシ酪酸(3-Hydroxyvaleric acid、AdooQ BioScience社製)を用いて行った。
【0083】
結果を図14に示す。図14において、**は、DHP群との間でのスチューデントのt検定におけるp値が0.01未満であることを意味する。図14によれば、今回供試した2-HPA及びその類縁化合物の中では、2-HPAのみが、動物個体において卵母細胞の成熟及び排卵を阻害できることが示された。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14