(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024163668
(43)【公開日】2024-11-22
(54)【発明の名称】材料破断判定方法、材料破断判定装置およびプログラム
(51)【国際特許分類】
G06F 30/23 20200101AFI20241115BHJP
G01N 3/20 20060101ALI20241115BHJP
G01N 3/08 20060101ALI20241115BHJP
G06F 119/14 20200101ALN20241115BHJP
【FI】
G06F30/23
G01N3/20
G01N3/08
G06F119:14
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023079482
(22)【出願日】2023-05-12
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】相藤 孝博
(72)【発明者】
【氏名】米林 亮
(72)【発明者】
【氏名】田畑 亮
【テーマコード(参考)】
2G061
5B146
【Fターム(参考)】
2G061AA17
2G061AB03
2G061BA04
2G061CA02
2G061CB01
2G061DA01
2G061DA11
2G061DA12
2G061EA01
5B146AA05
5B146DJ02
5B146DJ07
5B146DJ14
(57)【要約】 (修正有)
【課題】本発明は、衝突時の自動車車体部材に生じるような複合的な破断モード(引張破断、引張曲げ破断、および曲げ破断)を統一的に評価する部材の破断判定方法部材の破断判定装置及びプログラムを提供する。
【解決手段】破断判定装置は、解析対象部材の材料でできた試験片のn値及びVDA(ドイツ自動車工業会)曲げ試験における曲げ破断時の曲げ外側表層の最大主ひずみおよび板厚とから破断限界関数(破断限界線)を求める破断限界関数生成部と、FEM(有限要素法)による部材の変形解析で得られた各要素の最大主ひずみおよび板厚方向の最大主ひずみの勾配とを求める部材シミュレーション実行部と、求めた曲げ外側最大主ひずみと破断限界関数とを比較して、当該部材が破断するかどうかを判定する破断判定部と、を備える。
【選択図】
図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
有限要素法(FEM)を用いた変形解析による部材の破断判定方法であって、
(a)前記部材を構成する材料でできた試験片のVDA曲げ試験における曲げ破断時の、前記試験片の曲げ外側表層での最大主ひずみの値である限界曲げ最大主ひずみと、
前記試験片に引張荷重と曲げ変形を同時に負荷する試験における破断時の、前記試験片の曲げ外側表層での最大主ひずみである曲げ外側最大主ひずみと、板厚方向の最大主ひずみの勾配である板厚方向ひずみ勾配との関係と、
前記材料の加工硬化指数であるn値と、前記試験片の板厚とから、前記板厚に応じた板厚方向ひずみ勾配に対する曲げ外側最大主ひずみの関数である破断限界関数を求めるステップと、
(b)有限要素法による前記部材の変形解析により、前記部材の要素ごとに、曲げ外側最大主ひずみと前記板厚方向ひずみ勾配を求めるステップと、
(c)前記要素ごとに、前記有限要素法による変形解析で求めた前記板厚方向ひずみ勾配と前記部材の板厚に応じた前記破断限界関数から求められる前記曲げ外側最大主ひずみと、
前記有限要素法による変形解析で求めた前記曲げ外側最大主ひずみを比較して、
前記部材が破断しているかどうかを判定するステップと、
(d)前記部材が破断したかどうかの判定結果を出力するステップを、
有することを特徴とする部材の破断判定方法。
【請求項2】
前記破断限界関数を求めるステップにおいて、
前記VDA曲げ試験における破断時点での前記試験片の限界VDA曲げ角度と有限要素法から、前記VDA曲げ試験における破断時点での前記限界曲げ最大主ひずみを求め、
前記板厚方向ひずみ勾配を横軸に、曲げ外側最大主ひずみを縦軸にした平面であるひずみ勾配-最大主ひずみ平面において、
前記破断限界関数が一次関数としたときの傾きを破断限界勾配としたとき、
縦軸の切片となる前記n値の点を通り、
予め求めた前記板厚と前記破断限界勾配の関係から求められる前記試験片の板厚に応じた前記破断限界勾配を傾きとし、前記限界曲げ最大主ひずみを上限とする線分である破断限界線を取得し、
前記破断限界線を前記破断限界関数とする、請求項1に記載の部材の破断判定方法。
【請求項3】
予め求めたn値と前記破断限界勾配の関係と前記部材の前記材料の前記n値に基づき、前記破断限界勾配を補正する、請求項2に記載の部材の破断判定方法。
【請求項4】
予め求めたFEM解析における要素サイズと前記部材の前記材料の引張試験における引張破断時の最大主ひずみである引張限界ひずみとの関係に基づき、前記FEMの変形解析で用いた前記要素サイズに対応する前記引張限界ひずみを求め、求めた前記引張限界ひずみを前記破断限界関数の下限値とし、さらに、
予め求めたFEM解析における前記要素サイズと前記部材の材料の前記限界曲げ最大主ひずみとの関係に基づき、前記FEMの変形解析で用いた前記要素サイズに対応する前記限界曲げ最大主ひずみを求め、前記求めた限界曲げ最大主ひずみを前記破断限界関数の上限値とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の部材の破断判定方法。
【請求項5】
前記部材の前記材料のひずみと応力の関係に基づき、前記限界曲げ最大主ひずみ、前記破断限界関数を、引張限界応力、限界曲げ最大主応力、破断限界応力関数に変換して求め、前記部材の要素ごとに曲げ外側表層での最大主応力と板厚方向の最大主応力の勾配である板厚方向応力勾配を求め、前記部材が破断したかどうかを判定する、請求項1~3のいずれか1項に記載の部材の破断判定方法。
【請求項6】
前記部材の材料のひずみと応力の関係に基づき、前記引張限界ひずみ、前記限界曲げ最大主ひずみ、前記破断限界関数を、引張限界応力、限界曲げ最大主応力、破断限界応力関数に変換して求め、前記部材の要素ごとに曲げ外側表層での最大主応力と板厚方向の最大主応力の勾配である板厚方向応力勾配を求め、前記部材が破断したかどうかを判定する、請求項4に記載の部材の破断判定方法。
【請求項7】
前記部材が980MPa以上の引張強度を有する鋼材である、請求項1~3のいずれか1項に記載の部材の破断判定方法。
【請求項8】
有限要素法(FEM)を用いた変形解析による部材の破断判定装置であって、
(a)前記部材を構成する材料でできた試験片のVDA曲げ試験における曲げ破断時の、前記試験片の曲げ外側表層での最大主ひずみの値である限界曲げ最大主ひずみと、
前記試験片に引張荷重と曲げ変形を同時に負荷する試験における破断時の、前記試験片の曲げ外側表層での最大主ひずみである曲げ外側最大主ひずみと、板厚方向の最大主ひずみの勾配である板厚方向ひずみ勾配との関係と、
前記材料の加工硬化指数であるn値と、前記試験片の板厚とから、前記板厚に応じた板厚方向ひずみ勾配に対する曲げ外側最大主ひずみの関数である破断限界関数を生成する破断限界関数生成部と、
(b)有限要素法による前記部材の変形解析により、前記部材の要素ごとに、曲げ外側最大主ひずみと前記板厚方向ひずみ勾配を求める部材シミュレーション実行部と、
(c)前記要素ごとに、前記部材シミュレーション実行部で求めた板厚方向ひずみ勾配と前記破断限界関数生成部で求めた前記部材の板厚に応じた前記破断限界関数から求められる前記曲げ外側最大主ひずみと、
前記部材シミュレーション実行部で求めた曲げ外側最大主ひずみを比較して、
前記部材が破断しているかどうかを判定する破断判定部と、
(d)前記部材が破断したかどうかの判定結果を出力する出力部を
有することを特徴とする部材の破断判定装置。
【請求項9】
前記破断限界関数生成部において、
前記VDA曲げ試験における破断時点での前記試験片の限界VDA曲げ角度と有限要素法から、前記VDA曲げ試験における破断時点での前記限界曲げ最大主ひずみを求め、
前記板厚方向ひずみ勾配を横軸に、曲げ外側表層の最大主ひずみを縦軸にした平面であるひずみ勾配-最大主ひずみ平面において、
前記破断限界関数が一次関数としたときの傾きを破断限界勾配としたとき、
縦軸の切片となる前記n値の点を通り、
予め求めた前記板厚と前記破断限界勾配の関係から求められる前記試験片の板厚に応じた前記破断限界勾配を傾きとし、前記限界曲げ最大主ひずみを上限とする線分である破断限界線を取得し、
前記破断限界線を前記破断限界関数とする、請求項8に記載の部材の破断判定装置。
【請求項10】
前記破断限界関数生成部において、
予め求めたn値と前記破断限界勾配の関係と前記部材の前記材料の前記n値に基づき、前記破断限界勾配を補正する、請求項9に記載の部材の破断判定装置。
【請求項11】
前記破断限界関数生成部において、
予め求めたFEM解析における要素サイズと前記部材の前記材料の引張試験における引張破断時の最大主ひずみである引張限界ひずみとの関係に基づき、前記FEMの変形解析で用いた前記要素サイズに対応する前記引張限界ひずみを求め、求めた前記引張限界ひずみを前記破断限界関数の下限値とし、さらに、
予め求めたFEM解析における前記要素サイズと前記部材の材料の前記限界曲げ最大主ひずみとの関係に基づき、前記FEMの変形解析で用いた前記要素サイズに対応する前記限界曲げ最大主ひずみを求め、前記求めた限界曲げ最大主ひずみを前記破断限界関数の上限値とする、請求項8~10のいずれか1項に記載の部材の破断判定装置。
【請求項12】
前記部材の材料のひずみと応力の関係に基づき、前記限界曲げ最大主ひずみ、前記破断限界関数を、引張限界応力、限界曲げ最大主応力、破断限界応力関数に変換して求め、前記部材の要素ごとに曲げ外側表層での最大主応力と板厚方向の最大主応力の勾配である板厚方向応力勾配を求め、前記部材が破断したかどうかを判定する、請求項8~10のいずれか1項に記載の部材の破断判定装置。
【請求項13】
前記部材の材料のひずみと応力の関係に基づき、前記引張限界ひずみ、前記限界曲げ最大主ひずみ、前記破断限界関数を、引張限界応力、限界曲げ最大主応力、破断限界応力関数に変換して求め、前記部材の要素ごとに曲げ外側表層での最大主応力と板厚方向の最大主応力の勾配である板厚方向応力勾配を求め、前記部材が破断したかどうかを判定する、請求項11に記載の部材の破断判定装置。
【請求項14】
有限要素法(FEM)を用いた変形解析による部材の破断判定プログラムであって、
(a)前記部材を構成する材料でできた試験片のVDA曲げ試験における曲げ破断時の、前記試験片の曲げ外側表層での最大主ひずみの値である限界曲げ最大主ひずみと、
前記試験片に引張荷重と曲げ変形を同時に負荷する試験における破断時の、前記試験片の曲げ外側表層での最大主ひずみである曲げ外側最大主ひずみと、板厚方向の最大主ひずみの勾配である板厚方向ひずみ勾配との関係と、
前記材料の加工硬化指数であるn値と、前記試験片の板厚とから、前記板厚に応じた板厚方向ひずみ勾配に対する曲げ外側最大主ひずみの関数である破断限界関数を生成し、
(b)有限要素法による前記部材の変形解析により、前記部材の要素ごとに、曲げ外側最大主ひずみと前記板厚方向ひずみ勾配を生成し、
(c)前記要素ごとに、前記有限要素法による変形解析で求めた前記板厚方向ひずみ勾配と、前記部材の板厚に応じた前記破断限界関数から求められる前記曲げ外側最大主ひずみと、
前記有限要素法による変形解析で求めた前記曲げ外側最大主ひずみを比較して、
前記部材が破断しているかどうかを判定し、
(d)前記部材が破断したかどうかの判定結果を出力する、
処理をコンピュータに実行させることを特徴とする部材の破断判定プログラム。
【請求項15】
前記破断限界関数を生成する際に、
前記VDA曲げ試験における破断時点での前記試験片の限界VDA曲げ角度と有限要素法から、前記VDA曲げ試験における破断時点での前記限界曲げ最大主ひずみを求め、
前記板厚方向ひずみ勾配を横軸に、曲げ外側最大主ひずみを縦軸にした平面であるひずみ勾配-最大主ひずみ平面において、
前記破断限界関数が一次関数としたときの傾きを破断限界勾配としたとき、
縦軸の切片となる前記n値の点を通り、
予め求めた前記板厚と前記破断限界勾配の関係から求められる前記試験片の板厚に応じた前記破断限界勾配を傾きとし、前記限界曲げ最大主ひずみを上限とする線分である破断限界線を取得し、
前記破断限界線を前記破断限界関数とする、請求項14に記載の部材の破断判定プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、材料の破断判定方法、破断判定装置およびプログラムに関する。特に、金属材料の変形モードを考慮した破断判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車において衝突時の衝撃を低減し得る車体構造の開発は、常に重要な課題の一つである。自動車の衝突時への対処方法の一つとして、自動車の構造部材により衝突エネルギーを吸収し、人間の乗車空間を保護することが重要である。そのため自動車の車体構造の設計時において、衝突を想定した構造設計がなされ、その中で例えば、FEM(有限要素法)解析を用いた車体構造部材の衝突変形解析が行われており、破断判定も含めた解析がなされている。
【0003】
例えば特許文献1では、材料の引張曲げ破断限界強度を推定し、曲げ加工部に作用する張力との関係から、材料の曲げ破断の危険性を判定して、破断予測する方法が提案されている。また、例えば特許文献2では、剪断加工された金属板のプレス曲げ成形において、剪断加工面での板厚方向の表面ひずみ分布の勾配と、曲げ稜線方向の表面ひずみ分布の勾配から求めた指標値に基づき、剪断加工面での変形限界を評価して破断予測する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012-33039号公報
【特許文献2】国際公開第2019/017136号
【特許文献3】国際公開第2020/204059号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
衝突エネルギーを吸収するためには、衝突時に構造部材が設計時に狙ったモードで変形することが重要である。仮に変形過程で材料破断が発生した場合は、狙った変形モードとならず、十分なエネルギー吸収性能が得られない場合がある。
【0006】
さらに、鋼板の高強度化に伴って延性が低下し、自動車車体の衝突変形時の材料破断モードが多様化してきている。例えば、引張強度が980MPa以上の超ハイテン材と呼ばれる鋼板においては、衝突変形時の面内引張力による材料破断(引張破断)に加え、座屈によって生じる曲げ変形による材料破断(曲げ破断)だけでなく、それらが複合化した材料破断(引張曲げ破断)が生じる場合もある。つまり、衝突時の変形部材は部位によって変形形態が異なるだけでなく、同一部位であっても変形の進行に伴い変形形態が変化する場合があり、部材ごとの材料破断モードが複雑化しており、自動車車体構造を設計する際の破断判定を難しくしている。
【0007】
これに対して、特許文献1の方法は、曲げ内側半径ごとの張力と伸びの関係から曲げ破断強度を予測し、引張曲げの破断を判定する方法であるが、あくまで引張曲げ変形下での破断を予測する方法であって、例えば単純曲げのような張力がほとんど負荷されず曲げ変形だけで破断に至る場合には適用できない。
【0008】
特許文献2の方法は、あくまで、プレス成形時に剪断加工面で伸びフランジ変形を受ける特殊な部位に限定した技術であり、衝突変形時の部材のように複合的な破断モードに対する破断判定に適用するには限界がある。
【0009】
本発明は、上記の問題を解決するため、衝突時の自動車車体部材に生じるような複合的な破断モード(引張破断、引張曲げ破断、および曲げ破断)を統一的に評価することを課題とし、全破断モードを統一的に評価する材料破断判定方法、装置、およびプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を達成するため鋭意検討を進め、以下の知見を得た。
【0011】
[ア]
引張破断は、試験片に単純な一軸引張応力が作用し、試験片の板厚方向断面は一様に伸びて破断する。この時試験片に曲げ変形は発生していない。即ち、試験片の板厚方向のひずみ勾配(板表層の最大主ひずみと板厚中心の最大主ひずみの差を板厚の1/2で割った値)に注目すると、引張破断においては板厚方向にひずみ分布は一様(板表層と板厚中心で最大主ひずみは同じ)になるから板厚方向のひずみ勾配も0(ゼロ)である。
一方、曲げ破断は、試験片に曲げモーメントが作用し、曲げ変形を伴い破壊する。一般に、試験片に曲げ変形を負荷していくと、試験片の板厚中心に対して、曲げ外側表層の最大主ひずみ(以下、「曲げ外側最大主ひずみ」と呼ぶ。)が増加して行き、試験片の板厚方向のひずみ勾配(以下、単に「板厚方向ひずみ勾配」と呼ぶ。)が増大する。曲げ変形が大きくなり曲げ外側表層の最大主ひずみが限界値に達すると破断する。この曲げ変形を負荷した際の破断時の曲げ外側最大主ひずみは、単純引張変形(いわゆる一軸方向引張試験による変形)での引張破断時の最大主ひずみ(以下、「引張限界ひずみ」と呼ぶ。」に比べ、数倍大きな値を示す。
本発明者はこの、板厚方向のひずみ勾配の増加に伴い、曲げ外側表層の最大主ひずみ(曲げ外側最大主ひずみ)が増加することに着目し、複合的破断モード(引張破断、および曲げ破断だけでなく、引張変形と曲げ変形が複合した変形による破断(引張曲げ破断))を統一的に表現できることを想起し開発を進めた。
【0012】
[イ]
曲げ破断の挙動は、ドイツ自動車工業会(Verband Der Automobilindustrie (VDA))の板曲げ試験規格VDA238-100(以下、「VDA曲げ試験」と呼ぶ。)での材料の破断評価で得ることができる。即ち、VDA曲げ試験での結果から、曲げ変形モードでの曲げ外側表層の最大主ひずみを得ることができる。このVDA曲げ試験は引張応力が作用せず曲げ変形だけの破断となるため、破断時の曲げ外側表層の最大主ひずみ(曲げ外側最大主ひずみ)が最大となる(以下、このVDA曲げ試験での破断時の曲げ外側表層の最大主ひずみを「限界曲げ最大主ひずみ」と呼ぶ。)。
【0013】
VDA曲げ試験での破断時の限界曲げ最大主ひずみを直接測定することは難しいが、FEM(有限要素法)解析によりVDA曲げ試験で得られたVDA曲げ角度の情報から、破断箇所における上限となる曲げ外側表層の最大主ひずみ(限界曲げ最大主ひずみ)を求めることができる。
一方、引張破断では、試験片板厚方向に一様な伸びとなるから破断時の最大主ひずみ(曲げ最大主ひずみに相当)の大きさは試験片となる鋼材のn値(加工硬化指数)と一致する。
【0014】
[ウ]
次に、発明者らは引張荷重(引張張力とも言う。)と曲げ変形を同時に負荷する試験方法を用いて、パンチ先端半径を変化させて、試験片の両端に引張力を付加することにより、種々の複合破断モードを再現し実験を進めた。複合破断モードでの破断時の曲げ外側表層の最大主ひずみ(曲げ外側最大主ひずみ)の値は、曲げ変形量と引張荷重の負荷状態で決まるものである。そこで、FEM解析と合わせて調査を進めたところ、複合破断モードで破断した時の曲げ外側最大主ひずみと板厚方向の最大主ひずみの勾配(板厚方向ひずみ勾配)の関係である破断限界関数は、ほぼ線形関係(一次関数の関係)で近似できることを見出した。即ち、板厚方向ひずみ勾配を横軸(X軸)、曲げ外側最大主ひずみを横軸(Y軸)とした平面(以下、このX軸とY軸で規定する平面を「ひずみ勾配-最大主ひずみ平面」と呼ぶ。)において、破断時の曲げ外側最大主ひずみと板厚方向ひずみ勾配でプロットされる点(破断点)と縦軸切片となるn値点を結ぶ線分で表されることを見出した(以下、この線分を「破断限界線」と呼び、この破断限界線の傾きを「破断限界勾配」と呼ぶ)。なお、VDA曲げ試験で得られる限界曲げ最大主ひずみが、破断時の曲げ外側最大主ひずみの上限になるため、破断限界線が限界曲げ最大主ひずみに達した後は、便宜的に曲げ外側最大主ひずみは、この限界曲げ最大主ひずみで一定とするとよい。
【0015】
即ち、曲げ外側最大主ひずみが、破断限界関数より大きい領域では、その部材は破断することが予見されることになる。例えば、FEMなどの自動車車体構造などの衝突解析において各部材の曲げ外側表層の最大主ひずみ(曲げ外側最大主ひずみ)と板厚方向のひずみ勾配(板厚方向ひずみ勾配)が分かれば、予め求めた破断限界関数にその板厚方向ひずみ勾配を代入して求めた曲げ外側最大主ひずみ(計算値)に比べ、衝突解析で求めた曲げ最大主ひずみが大きければ、当該部材が破断したと判定することができることを見出した。
【0016】
[エ]
次に、同一鋼材で試験片板厚を変えた試験片で同様な試験を行ったところ、試験片の板厚に応じて破断限界線の傾き(破断限界勾配)が大きく変化することを見出した。このことから、鋼材の板厚が決まれば、ひずみ勾配―最大主ひずみ平面において、破断限界勾配がほぼ決定されることを見出した。(
図2に板厚と破断限界勾配の関係の概念図を示す。)。そのため、予め鋼材の板厚と破断限界勾配の関係と、鋼材のn値およびVDA曲げ試験での限界曲げ最大主ひずみを把握しておけば、その鋼材を使用する部材の板厚に応じて破断限界関数を得ることができることを見出した。
【0017】
[オ]
次に鋼材の種類を変えた場合、つまりn値を変化させた場合の影響について詳細に考察した。n値の異なる鋼材を試験片として同様な試験を行ったところ、同一板厚であっても、n値の違いに応じて破断限界勾配が若干変化することも分かった。そこで、n値により破断限界勾配を補正することで、破断判定に用いる破断限界関数の精度を高めることができることを見出した(
図3にn値と破断限界勾配の関係の概念図を示す。)。
【0018】
[カ]
さらに、上記知見をFEMによる構造解析に適用したときの、その要素の大きさによる影響を調査した。その結果、破断限界勾配自体は、要素の大きさには影響されないことが分かった。しかし、引張破断時の最大主ひずみ(引張限界ひずみ)と、VDA曲げ試験時による曲げ破断時の限界曲げ最大主ひずみが、要素の大きさにより影響されることが分かった。そのため、FEM解析における要素サイズに応じて、引張限界ひずみとVDA曲げ試験時の限界曲げ最大主ひずみを補正することで、破断判定に用いる破断限界関数の精度を高めることができることを見出した。
【0019】
本発明は上記知見に基づきなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
【0020】
[1]
有限要素法(FEM)を用いた変形解析による部材の破断判定方法であって、
(a)前記部材を構成する材料でできた試験片のVDA曲げ試験における曲げ破断時の、前記試験片の曲げ外側表層での最大主ひずみの値である限界曲げ最大主ひずみと、
前記試験片に引張荷重と曲げ変形を同時に負荷する試験における破断時の、前記試験片の曲げ外側表層での最大主ひずみである曲げ外側最大主ひずみと、板厚方向の最大主ひずみの勾配である板厚方向ひずみ勾配との関係と、
前記材料の加工硬化指数であるn値と、前記試験片の板厚とから、前記板厚に応じた板厚方向ひずみ勾配に対する曲げ外側最大主ひずみの関数である破断限界関数を求めるステップと、
(b)有限要素法による前記部材の変形解析により、前記部材の要素ごとに、曲げ外側最大主ひずみと前記板厚方向ひずみ勾配を求めるステップと、
(c)前記要素ごとに、前記有限要素法による変形解析で求めた前記板厚方向ひずみ勾配と前記部材の板厚に応じた前記破断限界関数から求められる前記曲げ外側最大主ひずみと、
前記有限要素法による変形解析で求めた前記曲げ外側最大主ひずみを比較して、
前記部材が破断しているかどうかを判定するステップと、
(d)前記部材が破断したかどうかの判定結果を出力するステップを、
有することを特徴とする部材の破断判定方法。
[2]
前記破断限界関数を求めるステップにおいて、
前記VDA曲げ試験における破断時点での前記試験片の限界VDA曲げ角度と有限要素法から、前記VDA曲げ試験における破断時点での前記限界曲げ最大主ひずみを求め、
前記板厚方向ひずみ勾配を横軸に、前記曲げ外側最大主ひずみを縦軸にした平面であるひずみ勾配-最大主ひずみ平面において、
前記破断限界関数が一次関数としたときの傾きを破断限界勾配としたとき、
縦軸の切片となる前記n値の点を通り、
予め求めた前記板厚と前記破断限界勾配の関係から求められる前記試験片の板厚に応じた破断限界勾配を傾きとし、前記限界曲げ最大主ひずみを上限とする線分である破断限界線を取得し、
前記破断限界線を前記破断限界関数とする、前記[1]に記載の部材の破断判定方法。
なお、前記板厚と前記破断限界勾配の関係は、
前記ひずみ勾配-最大主ひずみ平面において、前記試験片の板厚ごとに、
前記縦軸の切片となる前記n値の点を通り、
前記試験片に前記引張荷重と曲げ変形を同時に負荷する試験における前記曲げ外側最大主ひずみと前記板厚方向ひずみ勾配とからプロットされる点とから近似される直線を求め、その求めた直線の傾きを前記板厚の時の破断限界勾配として、求めることができる。
[3]
予め求めたn値と前記破断限界勾配の関係と前記部材の前記材料の前記n値に基づき、前記破断限界勾配を補正する、前記[2]に記載の部材の破断判定方法。
[4]
予め求めたFEM解析における要素サイズと前記部材の材料の引張試験における引張破断時の最大主ひずみである引張限界ひずみとの関係に基づき、前記FEMの変形解析で用いた前記要素サイズに対応する前記引張限界ひずみを求め、求めた前記引張限界ひずみを前記破断限界関数の下限値とし、さらに、
予め求めたFEM解析における前記要素サイズと前記部材の材料の前記限界曲げ最大主ひずみとの関係に基づき、前記FEMの変形解析で用いた前記要素サイズに対応する前記限界曲げ最大主ひずみを求め、前記求めた限界曲げ最大主ひずみを前記破断限界関数の上限値とする、前記[1]~[3]のいずれか1項に記載の部材の破断判定方法。
[5]
前記部材の前記材料のひずみと応力の関係に基づき、前記引張限界ひずみ、前記限界曲げ最大主ひずみ、前記破断限界関数を、引張限界応力、限界曲げ最大主応力、破断限界応力関数に変換して求め、前記部材の要素ごとに曲げ外側表層での最大主応力と板厚方向の最大主応力の勾配である板厚方向応力勾配を求め、前記部材が破断したかどうかを判定する、前記[1]~[4]のいずれか1項に記載の部材の破断判定方法。
[6]
前記部材が980MPa以上の引張強度を有する鋼材である、[1]~[5]のいずれか1項に記載の部材の破断判定方法。
[7]
有限要素法(FEM)を用いた変形解析による部材の破断判定装置であって、
(a)前記部材を構成する材料でできた試験片のVDA曲げ試験における曲げ破断時の、前記試験片の曲げ外側表層での最大主ひずみの値である限界曲げ最大主ひずみと、
前記試験片に引張荷重と曲げ変形を同時に負荷する試験における破断時の、前記試験片の曲げ外側表層での最大主ひずみである曲げ外側最大主ひずみと、板厚方向の最大主ひずみの勾配である板厚方向ひずみ勾配との関係と、
前記材料の加工硬化指数であるn値と、前記試験片の板厚とから、前記板厚に応じた板厚方向ひずみ勾配に対する曲げ外側最大主ひずみの関数である破断限界関数を生成する破断限界関数生成部と、
(b)有限要素法による前記部材の変形解析により、前記部材の要素ごとに、曲げ外側最大主ひずみと前記板厚方向ひずみ勾配を求める部材シミュレーション実行部と、
(c)前記要素ごとに、前記部材シミュレーション実行部で求めた板厚方向ひずみ勾配と前記破断限界関数生成部で求めた前記部材の板厚に応じた前記破断限界関数から求められる前記曲げ外側最大主ひずみと、
前記部材シミュレーション実行部で求めた曲げ外側最大主ひずみを比較して、
前記部材が破断しているかどうかを判定する破断判定部と、
(d)前記部材が破断したかどうかの判定結果を出力する判定結果出力部を
有することを特徴とする部材の破断判定装置。
[8]
前記破断限界関数生成部において、
前記VDA曲げ試験における破断時点での前記試験片の限界VDA曲げ角度と有限要素法から、前記VDA曲げ試験における破断時点での前記限界曲げ最大主ひずみを求め、
前記板厚方向ひずみ勾配を横軸に、曲げ外側最大主ひずみを縦軸にした平面であるひずみ勾配-最大主ひずみ平面において、
前記破断限界関数が一次関数としたときの傾きを破断限界勾配としたとき、
縦軸の切片となる前記n値の点を通り、
予め求めた前記板厚と前記破断限界勾配の関係から求められる前記試験片の板厚に応じた前記破断限界勾配を傾きとし、前記限界曲げ最大主ひずみを上限とする線分である破断限界線を取得し、
前記破断限界線を前記破断限界関数とする、前記[7]に記載の部材の破断判定装置。
なお、前記板厚と前記破断限界勾配の関係は、
前記ひずみ勾配-最大主ひずみ平面において、前記試験片の板厚ごとに、
前記縦軸の切片となる前記n値の点を通り、
前記試験片に前記引張荷重と曲げ変形を同時に負荷する試験における前記曲げ外側最大主ひずみと前記板厚方向ひずみ勾配とからプロットされる点とから近似される直線を求め、その求めた直線の傾きを前記板厚の時の破断限界勾配として、求めることができる。
[9]
前記破断限界関数生成部において、
予め求めたn値と前記破断限界勾配の関係と前記部材の前記材料の前記n値に基づき、前記破断限界勾配を補正する、前記[8]に記載の部材の破断判定装置。
[10]
前記破断限界関数生成部において、
予め求めたFEM解析における要素サイズと前記部材の前記材料の引張試験における引張破断時の最大主ひずみである引張限界ひずみとの関係に基づき、前記FEMの変形解析で用いた前記要素サイズに対応する前記引張限界ひずみを求め、求めた前記引張限界ひずみを前記破断限界関数の下限値とし、さらに、
予め求めたFEM解析における前記要素サイズと前記部材の材料の前記限界曲げ最大主ひずみとの関係に基づき、前記FEMの変形解析で用いた前記要素サイズに対応する前記限界曲げ最大主ひずみを求め、前記求めた限界曲げ最大主ひずみを前記破断限界関数の上限値とする、前記[7]~[9]のいずれか1項に記載の部材の破断判定装置。
[11]
前記部材の材料のひずみと応力の関係に基づき、前記引張限界ひずみ、前記限界曲げ最大主ひずみ、前記破断限界関数を、引張限界応力、限界曲げ最大主応力、破断限界応力関数に変換して求め、前記部材の要素ごとに曲げ外側表層での最大主応力と板厚方向の最大主応力の勾配である板厚方向応力勾配を求め、前記部材が破断したかどうかを判定する、前記[7]~[10]のいずれか1項に記載の部材の破断判定装置。
[12]
有限要素法(FEM)を用いた変形解析による部材の破断判定プログラムであって、
(a)前記部材を構成する材料でできた試験片のVDA曲げ試験における曲げ破断時の、前記試験片の曲げ外側表層での最大主ひずみの値である限界曲げ最大主ひずみと、
前記試験片に引張荷重と曲げ変形を同時に負荷する試験における破断時の、前記試験片の曲げ外側表層での最大主ひずみである曲げ外側最大主ひずみと、板厚方向の最大主ひずみの勾配である板厚方向ひずみ勾配との関係と、
前記材料の加工硬化指数であるn値と、前記試験片の板厚とから、前記板厚に応じた板厚方向ひずみ勾配に対する曲げ外側最大主ひずみの関数である破断限界関数を生成し、
(b)有限要素法による前記部材の変形解析により、前記部材の要素ごとに、曲げ外側最大主ひずみと前記板厚方向ひずみ勾配を生成し、
(c)前記要素ごとに、前記有限要素法による変形解析で求めた前記板厚方向ひずみ勾配と、前記部材の板厚に応じた前記破断限界関数から求められる前記曲げ外側最大主ひずみと、
前記有限要素法による変形解析で求めた前記曲げ外側最大主ひずみを比較して、
前記部材が破断しているかどうかを判定し、
(d)前記部材が破断したかどうかの判定結果を出力する、
処理をコンピュータに実行させることを特徴とする部材の破断判定プログラム。
[13]
前記破断限界関数を生成する際に、
前記VDA曲げ試験における破断時点での前記試験片の限界VDA曲げ角度と有限要素法から、前記VDA曲げ試験における破断時点での前記限界曲げ最大主ひずみを求め、
前記板厚方向ひずみ勾配を横軸に、曲げ外側最大主ひずみを縦軸にした平面であるひずみ勾配-最大主ひずみ平面において、
前記破断限界関数が一次関数としたときの傾きを破断限界勾配としたとき、
縦軸の切片となる前記n値の点を通り、
予め求めた前記板厚と前記破断限界勾配の関係から求められる前記試験片の板厚に応じた前記破断限界勾配を傾きとし、前記限界曲げ最大主ひずみを上限とする線分である破断限界線を取得し、
前記破断限界線を前記破断限界関数とする、前記[12]に記載の部材の破断判定プログラム。
なお、前記板厚と前記破断限界勾配の関係は、
前記ひずみ勾配-最大主ひずみ平面において、前記試験片の板厚ごとに、
前記縦軸の切片となる前記n値の点を通り、
前記試験片に前記引張荷重と曲げ変形を同時に負荷する試験における前記曲げ外側最大主ひずみと前記板厚方向ひずみ勾配とからプロットされる点とから近似される直線を求め、その求めた直線の傾きを前記板厚の時の破断限界勾配として、求めることができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明により、衝突時の自動車車体部材に生じるような複合的な破断モード(引張破断、引張曲げ破断、および曲げ破断)を統一的に評価することができ、部材の破断判定を精度よく行うことができる。これにより、実際の自動車部材での衝突試験の回数を大幅に削減することができ、衝突試験を省略することも可能となる。また、衝突時の破断を防ぐ部材設計をコンピュータ上で行うことができるため、大幅なコスト削減、開発期間の短縮に寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図2】
図2は、板厚と破断限界勾配の関係の例を示す概念図である。
【
図3】
図3は、n値と破断限界勾配の関係の例を示す概念図である。
【
図4】
図4は、引張荷重と曲げ変形を同時に負荷する試験を説明するための模式図である。
図4(a)は試験の概要を説明する模式図であり、
図4(b)はパンチ先端部を拡大して説明するための模式図である。
【
図5】
図5は、FEM解析での要素サイズによる破断限界線への影響について説明する概念図である。
【
図6】
図6は、板厚1.4mmの980MPa級鋼板での試験結果を示す説明図である。
【
図7】
図7は、板厚2.0mmの980MPa級鋼板での試験結果を示す説明図である。
【
図8】
図8は、板厚1.4mmの1500MPa級鋼板での試験結果を示す説明図である。
【
図9】
図9は、本発明の一実施形態に係る破断判定装置を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明について、その一実施形態である実施例に基づき自動車の車体部材の材料である引張強度980MPa以上の鋼板による自動車の車体部材の変形解析を例として説明する。まずは、部材の破断判定方法から説明する。
【0024】
[破断限界関数を求めるステップ]
本発明は、板厚方向のひずみ勾配に応じて破断が発生する限界最大主ひずみが変化することに着目し、複合的破断モード(引張破断、引張曲げ破断、および曲げ破断)が統一的に表現できることを想起し開発されたものであることは前述したとおりである。引張破断モードではひずみ勾配が0(ゼロ)であるが、曲げ破断モードでは、曲げ外側表層の最大主ひずみが限界曲げ最大主ひずみとなり破断する。従って、自動車の車体部材の破断において実際に起きている引張破断と曲げ破断が複合するような破断においては、ひずみ勾配を有しつつ、その際の曲げ外側表層の最大主ひずみ(曲げ外側最大主ひずみ)が一定の最大主ひずみを超えると破断すると考えられる。そこで、板厚方向ひずみ勾配を変数とした、破断が発生する時の曲げ外側表層の最大主ひずみ(曲げ外側最大主ひずみ)の関数を事前に求めておけば、FEM(有限要素法)による部材の変形解析(以下、単に「FEM解析」と呼ぶ場合がある。)において、破断予測対象となる部材の複合変形状態における、板厚方向の最大主ひずみの勾配(板厚方向ひずみ勾配)から破断に至る曲げ外側最大主ひずみを求めることができる。そしてその部材の曲げ外側最大主ひずみが、この関数で求められる破断に至る曲げ外側最大主ひずみより大きいときは、FEM解析において破断と判定することができるものである。この板厚方向ひずみ勾配に対する破断に至る曲げ外側最大主ひずみの関数を「破断限界関数」と呼ぶ。
【0025】
先ず、曲げ破断モードの特性値をVDA曲げ試験で求め、破断限界関数を求める方法を説明する。解析する部材と同じ鋼材により試験片を作成し、VDA曲げ試験を実施し、FEM解析を用いて、曲げ破断時点の曲げ外側表層の限界最大主ひずみ(限界曲げ最大主ひずみ)を得ることができる。板厚方向ひずみ勾配を横軸(X軸)、曲げ外側最大主ひずみを縦軸(Y軸)とした平面(ひずみ勾配-最大主ひずみ平面)における、破断限界関数(破断限界線)において、このVDA曲げ試験により得られる限界曲げ最大主ひずみは、曲げ外側最大主ひずみの上限値となる。
【0026】
複合破断モードにおける破断限界となる曲げ外側表層の最大主ひずみ(曲げ外側最大主ひずみ)の値は、曲げ変形量と引張荷重の負荷状態で決まる。そこでこれを再現するため、
図4に示すような引張荷重と曲げ変形を同時に負荷する試験装置101により引張曲げ変形の試験を行った。まず、980MPa級鋼板(引張強度980MPa以上1080MPa以下の鋼板を意味する。)による試験片102の引張曲げ試験を行った。試験片102の板厚1.4mmに、パンチ114の先端R(半径)115を2mm、4mm、または8mmとして、一対のロール117とパンチ114で試験片102を挟み、パンチ114を試験片102に押し付けた。この状態で試験片102に曲げ変形を生じさせつつ、左右方向から引張荷重116を加えることで引張荷重と曲げ変形を同時に負荷することができる。試験片の曲げ外側表層から破断もしくはくびれが発生した時を破断時と判断した。パンチ114の先端R115や試験片両端への引張荷重(
図4の左右方向の力)116を変化させることで、試験片102の板厚方向ひずみ勾配(板表層の最大主ひずみ111と板厚中心の最大主ひずみ112の差を板厚tの1/2で割った値)と曲げ外側最大主ひずみ111が変化するため、種々の引張曲げ破断モードを再現することができる。
【0027】
この引張荷重と曲げ変形を同時に負荷する試験を再現したFEM解析を用いて破断が発生したタイミングにおける曲げ外側最大主ひずみを取得すると共に、表層と板厚中心の最大主ひずみの差を板厚の1/2で割ることで、板厚方向ひずみ勾配を取得した。これらの試験結果をひずみ勾配-最大主ひずみ平面にプロットしたところ、
図1に示すように、破断時の曲げ外側最大主ひずみと板厚方向ひずみ勾配の関係は、ほぼ線形関係(一次関数の関係)になることが分かった。即ち、ひずみ勾配-最大主ひずみ平面において、これら試験結果から得られる近似直線(線分)が破断限界関数(破断限界線)となる。なお、破断限界線の縦軸との切片は、その材料(鋼材)の加工硬化指数(n値)に相当する。
【0028】
更に、試験片の板厚を1.2mm、および2.0mmにして、板厚1.4mmの場合と同様に、引張荷重と曲げ変形を同時に負荷する試験とFEM解析から、破断時の曲げ外側最大主ひずみと板厚方向ひずみ勾配の関係、すなわち破断限界線を取得した。ひずみ勾配-最大主ひずみ平面における破断限界線の傾き(破断限界勾配)を調査したところ、
図2に示すように、板厚が厚くなると破断限界勾配が大きくなり、板厚に対してほぼ線形(一次関数)に変化する関係であることが分かった。
図1に破断限界線の概念図を示す。板厚と破断限界勾配の関係を示したものが
図2である。なお、曲げ破断に達するとき、同一鋼種であれば、曲げ外側最大主ひずみは板厚が変化してもほぼ同値となるのでVDA曲げ試験で得られた限界曲げ最大主ひずみはほぼ同値になる。即ち、曲げ外側最大主ひずみが最大となる、破断限界関数(破断限界線)の上限値となる。
【0029】
板厚と破断限界勾配の関係は次のようにして求めることができる。まず、ひずみ勾配-最大主ひずみ平面において、試験片に引張荷重と曲げ変形を同時に負荷する試験とFEM解析により求められる破断時の曲げ外側最大主ひずみと板厚方向ひずみ勾配をプロッする。次に、試験片の板厚ごとに、縦軸の切片となるn値の点を通り、プロットした点とから近似される直線を求める。そして、その求めた直線の傾きが、その板厚の時の破断限界勾配である。板厚ごとに、破断限界勾配を求めればよい。近似直線を求める方法は特に限定しない。例えば最小二乗法により求めることができる。
【0030】
[加工硬化指数(n値)による補正]
次に590MPa級、980MPa級、及び1500MPa級といった、鋼種の異なる鋼板、即ち、n値の違いによる影響について調査した。同一板厚で、n値が0.18、0.12、0.07となる鋼材を用いて、同様の引張荷重と曲げ変形を同時に負荷する試験とFEM解析から、破断時の曲げ外側最大主ひずみと板厚方向ひずみ勾配を求め、破断限界線を得た。そして、ひずみ勾配-最大主ひずみ平面での破断限界線の勾配を求め、
図3に示すように破断限界勾配とn値の関係を得た。その結果、破断限界勾配はn値によっても若干変動することが分かった。n値と限界破断勾配の関係は線形関係にあると仮定でき、以下の式1で破断限界勾配を補正するとよいことを見出した。
図3に示すように、n値の増加にともない、僅かに破断限界勾配は減少することが分かった。そのため、破断限界線を求めた際に使用した試験片の鋼材を基準鋼材とし、そのn値を基準n値(n
0)とした時、評価する鋼材のn値を用いて破断限界勾配を以下の式1を用いて補正するとよい。
【0031】
補正後の破断限界勾配=k×基準鋼材での破断限界勾配 ・・・・式1
ただし、k=(a・n+b)/(a・n0+b)である。a、bは、破断限界勾配とn値の関係を示す近似式(破断限界勾配=a×n値+b)での定数であり、実験データを用いて、例えば最小二乗近似することで求められる。
【0032】
n値による破断限界勾配への影響は、板厚による影響に比べ小さいので、破断限界勾配は主に板厚で決まるものと考えてもよい。しかし、このn値による補正をすることにより、破断限界線の精度が向上するため、破断判定の精度が上がる。
【0033】
[要素ごとの曲げ外側最大主ひずみと板厚方向ひずみ勾配を求めるステップ]
部材の変形を有限要素法(FEM)により解析し、要素ごとの最大主ひずみを求める方法は、特に限定しない。通常の部材の変形解析での手法を用いることができる。例えば、特に詳細に解析したい部分や、破断が見込まれる部分の要素サイズを小さくすることなどが考えられる。また、要素の分割方法なども特に限定されないので、適宜決定すればよい。要素サイズを小さくし、要素数を多くすると、計算精度は向上するものの、計算時間が増大する。反対に要素サイズを粗くし、要素数を減らすと、計算時間は短縮されるものの、計算精度は低下する。自動車車体の衝突変形解析などのような局所的な応力解析を行う場合は、応力が集中すると見込まれる部分や曲げ変形が加わる部位、破断すると思われる部位などに相当する部分の要素サイズはできるだけ小さい方が望ましい。
【0034】
[破断判定ステップ]
FEMによる部材の変形解析により、要素ごとの最大主ひずみと、その要素が該当する部分の板厚方向の最大主ひずみの勾配(板厚方向ひずみ勾配)が得られる。得られた曲げ外側最大主ひずみと板厚方向ひずみ勾配を、上記方法で求めた破断限界関数(破断限界線)と対比し、当該要素に相当する部分が破断したかどうかを判定することができる。特に、部材の曲げ外側表層に相当する要素での最大主ひずみ(曲げ外側最大主ひずみ)とその要素での板厚方向ひずみ勾配から、破断限界関数(破断限界線)とを対比して判定することができる。判定の基準(クライテリア)や判定の方法は特に限定しない。
【0035】
例えば、FEMによる部材の変形解析により得られた板厚方向ひずみ勾配を、破断限界関数(破断限界線)に当てはめて、複合破断すると予測される曲げ外側最大主ひずみ(予測破断最大主ひずみ)を求める。求めた予測破断最大主ひずみと、FEMの変形解析で求めた曲げ外側最大主ひずみを比較することで、その要素に相当する部分が破断するかどうかを判定することができる。より具体的には、FEM変形解析で求めた曲げ外側最大主ひずみが、破断限界関数(破断限界線)で求めた曲げ外側最大主ひずみ(予測破断主ひずみ)より大きい時に、その要素に相当する部分が破断すると判定することができる。
【0036】
[FEMの要素サイズによる補正]
FEMでの変形解析で用いた要素サイズによる破断限界線への影響を調査した。その結果、要素サイズにより、破断限界線が取り得る上限値と下限値を要素サイズで定まる値に修正した破断限界線を用いることで破断の判定精度を上げることができる。
【0037】
一般に、引張ひずみが加わり破断が発生する部位では局部くびれの発生を伴う。有限要素法においては、用いる要素サイズによってこの局部くびれ部の算出されるひずみが異なる。要素サイズが粗いほど、局部くびれ部の変形状態を正しく計算できず、なまされた値となる。つまり、要素サイズが粗いほど、算出されるひずみの値は小さくなることが知られている。そのため、要素サイズが異なると、同じ部材をモデル化したとしても、同じ引張の境界条件を与えたタイミングで破断を検知するには、破断限界線も要素サイズに応じて修正する必要がある。本発明者が、種々の要素によるモデルでFEM解析したところ、要素サイズを変化させた場合であってもひずみ破断限界勾配はほとんど変化しないが、破断限界線の上下限値が少しではあるが変化することを確認した。
図5にFEM解析における要素サイズが破断限界線の上限値、下限値に及ぼす影響を模式的に示す。
【0038】
破断限界線の下限値は引張試験(平面ひずみ引張)の引張破断時の限界ひずみ(引張限界ひずみ)に相当するため、以下に示す要素サイズと引張限界ひずみの関係を用いて、評価対象モデルの要素サイズに応じた、引張限界ひずみを下限値として定めることができる。即ち、引張限界ひずみは、要素サイズと、鋼板の引張強度、スイフト係数K、n値および板厚で変化することが知られているため、例えば、以下近似式で算出することができる。結論としては、くびれなどの影響から破断に至る限界曲げ最大主ひずみはn値よりも大きくなるので破断限界線の下限値は増加し、要素サイズが小さいほど増加することが分かった。
ε*=k1・M-K2
ただし、
ε*:引張限界ひずみ、
M:要素サイズ
K1:引張強度の関数
K2:引張強度、スイフト係数K、n値、板厚の関数
【0039】
破断限界線の上限値は、評価対象材料の限界VDA曲げ角度における曲げ外側最大主ひずみに相当する。従って、以下に示す要素サイズと限界VDA曲げ角度時の曲げ外側最大主ひずみの関係を用いて、評価対象モデルの要素サイズに応じた、限界VDA曲げ角度時の曲げ外側最大主ひずみを上限値として定めることができる。
【0040】
まず、破断時(限界VDA曲げ角度取得時)の曲げ外側最大主ひずみは、鋼種によらず、限界VDA曲げ角度と板厚の関数で表すことができる。例えば特許文献3に、以下の式が提案されている。
εs=d・ln(α)+e
εs:破断時の曲げ外側最大主ひずみ
α:限界VDA曲げ角度
d、e :板厚tの関数で表される係数。例えば板厚tの多項式で表すことができる。
【0041】
次に、FEM解析における曲げ外側最大主ひずみは、要素サイズと板厚と、上記した破断時の曲げ外側最大主ひずみの関数で表すことができる。例えば、以下の式が提案されている(特許文献3)
εc=aMb+c
εc:要素サイズに対応した曲げ外側表層最大主ひずみ
M:要素サイズ
a、b、c:上記εc(破断時の曲げ外側最大主ひずみ)と板厚tの関数で表される係数である。例えば、板厚tとεcからなる一次式で表すことができる。
【0042】
詳細な計算は省略するが、結論として、要素サイズが小さいほど破断限界線の最大値は限界曲げ最大主ひずみに近付き、要素サイズが大きくなるほど破断限界線の最大値は低下することが分かった。
【0043】
[ひずみを応力に変換した破断判定]
一般に、ひずみを前提とする破断限界線は比例負荷、つまり単一方向に曲げ変形が進展する場合を前提としており、変形途中で曲げられる方向が変化した場合や、曲げ戻された場合は、破断限界も変化し、破断限界が一意に定まらないことが知られている。これに対して、自動車の衝突変形を考えた場合、自動車部材は、一般的にプレス成形で形成されており、プレス成形時に受けたひずみの方向に対して、衝突時に加わるひずみは別方向である可能性が高く、成形時に加わるひずみも考慮した場合、衝突時においては変形経路の変化が生じており、ひずみを前提とする破断限界線を用いた場合は、十分な精度で破断を予測できない場合がある。
【0044】
応力は加工硬化の結果を反映して増加する値であり、変形途中で変形経路の変化があったとしてもひずみの蓄積に応じて増加する値であり、破断限界は一意に定まることが知られている。また、一般的な、ひずみ増分方向が偏差応力の方向と一致するという、ひずみ増分理論を用いて、ひずみを応力に変換することができる。つまり、破断限界関数(破断限界線)を求める過程における、ひずみを用いた各値を応力に変換した上で、応力を前提とする破断限界関数(破断限界線)を定めることができる。それと共に、FEMによる変形解析により各要素の状態を取得する過程においても、ひずみを応力に置き換え、曲げ外側表層の最大主応力を取得すると共に、板厚方向の主応力の勾配を取得し、前記応力で置き換えた破断限界関数(破断限界線)と比較して、衝突変形における前記部材で破断が生じるか否かを判定することができる。応力に換算して破断を予測する場合、変形経路の変化が生じた場合においても、精度良く破断を予測することが可能となる。
【0045】
具体的には、上記説明したひずみから導いた指標を応力に置き換えて、主応力に関する以下の指標を得て、破断判定する。即ち、上記説明した引張荷重と曲げ変形を同時に負荷する試験により、
・主応力による破断限界勾配と板厚の関係を取得し、
・引張試験(平面ひずみ場)での引張破断時の引張限界応力を把握し、
・破断限界勾配と板厚との関係を求め、
・主応力-応力勾配平面において、縦軸切片を引張限界応力として破断限界勾配を傾きとする破断限界線を求める。
【0046】
次にFEM変形解析により、注目する要素の最大主応力と板厚方向の主応力勾配を求め、板厚に応じた破断限界線と求めた主応力勾配から得られる予測破断主応力と、FEM解析で求めた主応力を比較して、当該要素が破断するかどうかを判定することができる。
【0047】
即ち、引張限界ひずみ、限界曲げ最大主ひずみ、破断限界勾配を、引張限界応力、限界曲げ最大主応力、破断限界応力勾配に変換して求め、前記部材の要素ごとに曲げ外側表層での最大主応力と板厚方向の最大主応力の勾配である板厚方向応力勾配を求め、部材が破断したかどうかを判定することができる。
【0048】
さらに、
・主応力による破断限界勾配とn値の関係、
・要素サイズと平面ひずみ引張限界応力の関係、
・要素サイズと限界VDA曲げ角度字の曲げ外側表面最大主応力の関係、
を用いて、上記破断するかどうかの判定の精度を上げることができる。
【0049】
[判定結果を出力するステップ]
破断判定ステップで出された結論、即ち部材が破断したかどうかの判定結果を出力する。出力方法は特に限定しない。例えば、FEMによる部材の変形解析において、破断した部材の部位に破断したことがわかるように出力するとよい。この場合、FEMを組み込んだ解析装置へ破断したという情報を送信することにより、破断判定結果を出力したことになる。
【0050】
[破断判定装置]
次に、本発明に係る部材の破断判定装置について、その一実施形態を例にして説明する。本実施形態は、上記した部材の破断判定方法の実施形態を装置により実行するものであり、その内容は上記の部材の破断判定方法と同じである。従って、詳細な説明は上記部材の破断判定方法に準拠するものとし、装置的な特徴を中心に説明する。
【0051】
図9は、上記実施形態に係る破断判定装置を示す図である。破断判定装置1は、通信部11と、記憶部12と、入力部13と、出力部14と、処理部20とを有する。通信部11、記憶部12、入力部13、出力部14および処理部20は、バス15を介して互いに接続される。破断判定装置1は、部材を構成する鋼材の特性値やVDA曲げ試験から破断限界関数(破断限界断線)を作成すると共に、FEMによる自動車車体構造等の衝突変形シミュレーションを実行する。破断判定装置1は、生成した破断限界関数(破断限界線)に基づいて、衝突変形シミュレーションにより出力される要素のそれぞれの曲げ外側最大主ひずみと板厚方向ひずみ勾配から、要素のそれぞれが破断するか否かを判定する。一例では、破断判定装置1は、FEMによるシミュレーションが実行可能なコンピュータである。
【0052】
通信部11は、イーサネット(登録商標)などの有線の通信インターフェース回路を有する。通信部11は、例えばLANを介して不図示のサーバ等と通信を行う。
【0053】
記憶部12は、例えば、半導体記憶装置、磁気テープ装置、磁気ディスク装置、又は光ディスク装置のうちの少なくとも一つを備える。記憶部12は、処理部20での処理に用いられるオペレーティングシステムプログラム、ドライバプログラム、アプリケーションプログラム、データ等を記憶する。例えば、記憶部12は、アプリケーションプログラムとして、要素のそれぞれの破断を判定する破断判定処理を実行するための破断判定処理プログラムを記憶する。
【0054】
さらに、記憶部12は、アプリケーションプログラムとして、FEMを用いた衝突変形シミュレーションを実行するための衝突変形シミュレーションプログラム等を記憶する。破断判定処理プログラムおよび衝突変形シミュレーションプログラム等は、例えばCD-ROM、DVD-ROM等のコンピュータ読み取り可能な可搬型記録媒体から、公知のセットアッププログラム等を用いて記憶部12にインストールされてもよい。
【0055】
また、記憶部12は、破断判定処理及び衝突変形シミュレーションで使用される種々のデータを記憶する。例えば、記憶部12は、破断判定処理及び衝突変形シミュレーションで使用される衝突情報などの入力情報120を記憶する。
【0056】
入力情報120は、鋼材の材料特性及び板厚、並びにFEMによる衝突変形シミュレーションにおける要素の大きさを示す要素サイズ、さらには解析対象となる部材の形状情報(各部板厚を含む)、部材各部を構成する鋼材情報、部材の要素分割に関する情報などを含む。鋼材の材料特性は、引張強度、ヤング率、ポアソン比、密度、n値等を含む。また、鋼材をVDA曲げ試験した際に得られたVDA曲げ角度などのVDA曲げ試験情報も含む。
【0057】
また、破断限界関数生成部で生成した破断限界関数(破断限界線)に関する情報も、一時的に記憶部に記憶される。また、他の例では、n値による破断限界関数(破断限界線)の補正係数や、要素サイズによる補正係数など、破断限界関数(破断限界線)の補正に関する情報を含む。
【0058】
さらに、FEMによる衝突変形シミュレーションの入力データも記憶部12に記憶される。さらに、記憶部12は、所定の処理に係る一時的なデータを一時的に記憶してもよい。
【0059】
入力部13は、データの入力が可能であればどのようなデバイスでもよく、例えば、タッチパネル、キーボード等である。作業者は、入力部13を用いて、文字、数字、記号等を入力することができる。入力部13は、作業者により操作されると、その操作に対応する信号を生成する。そして、生成された信号は、作業者の指示として、処理部20に供給される。
【0060】
出力部14は、映像や画像等の表示が可能であればどのようなデバイスでもよく、例えば、液晶ディスプレイ又は有機EL(Electro-Luminescence)ディスプレイ等である。出力部14は、処理部20から供給された映像データに応じた映像や、画像データに応じた画像等を表示する。また、出力部14は、紙などの表示媒体に、映像、画像又は文字等を印刷する出力装置であってもよい。
【0061】
処理部20は、一又は複数個のプロセッサ及びその周辺回路を有する。処理部20は、破断判定装置1の全体的な動作を統括的に制御するものであり、例えば、CPUである。処理部20は、記憶部12に記憶されているプログラム(ドライバプログラム、オペレーティングシステムプログラム、アプリケーションプログラム等)に基づいて処理を実行する。また、処理部20は、複数のプログラム(アプリケーションプログラム等)を並列に実行できる。
【0062】
処理部20は、情報取得部21と、破断限界関数生成部22と、部材シミュレーション実行部23と、破断判定部24と、判定結果出力部25とを有する。これらの各部は、処理部20が備えるプロセッサで実行されるプログラムにより実現される機能モジュールである。あるいは、これらの各部は、ファームウェアとして破断判定装置1に実装されてもよい。
【0063】
破断限界関数生成部22は、上記破断判定方法で説明した破断限界生成ステップでの機能を破断判定装置中で実現するものである。
【0064】
部材シミュレーション実行部23は、上記破断判定方法で説明した曲げ外側最大主ひずみと前記板厚方向ひずみ勾配を求めるステップでの機能を破断判定装置中で実現するものである。
【0065】
破断判定部24は、上記破断判定方法で説明した部材が破断しているかどうかを判定するステップでの機能を破断判定装置中で実現するものである。
【0066】
判定結果出力部25、上記破断判定方法で説明した判定結果を出力するステップでの機能を破断判定装置中で実現するものである。
【0067】
これら破断限界関数生成部22、部材シミュレーション実行部23、破断判定部24、判定結果出力部25が本破断判定装置中で実現する機能については、上記破断判定方法にて説明しているので、ここでの説明は割愛する。
【0068】
情報取得部21は、破断限界関数生成部22と、部材シミュレーション実行部23と、破断判定部24と、判定結果出力部25がそれぞれの機能を実現するにあたり、必要な情報や、生成した情報を記憶部12、入力部13、出力部14と情報(データ)をやりとりする機能を破断判定装置中で実現するものである。
【0069】
[破断判定プログラム]
本発明に係る部材の破断判定プログラムの一実施形態は、上記した部材の破断判定方法の実施形態を上記破断判定装置の処理部により、破断判定装置の各要素と協働して実行させるためのものであり、その内容は上記の部材の破断判定方法と同じである。従って、詳細な説明は上記部材の破断判定方法、および破断判定装置に準拠するものである。
【実施例0070】
本発明の実施例を説明する。
図4に示す引張荷重と曲げ変形を同時に負荷する試験装置101において、パンチ先端半径R115が4mmのパンチ114を用いて、板厚1.4mm(n値=0.12)の980MPa級鋼板でできた試験片102に対して、破断するまで両端に引張荷重116を加える実験を行った。その結果、
図6に示すように26.1kNの引張荷重116で破断が発生した。
【0071】
これに対して、上記引張荷重と曲げ変形を同時に負荷する試験をFEMによる変形解析で再現した。材料特性は実験に用いた980MPa級鋼板の特性を定義し、メッシュサイズ1mmでモデル化し、上記試験に合わせてFEM解析モデルを構築した。
【0072】
また、これらのデータとVDA曲げ試験で得たデータなどから前述した方法により、板厚方向ひずみ勾配を横軸に曲げ外側最大主ひずみを縦軸にした平面(ひずみ勾配-最大主ひずみ平面)において、980MPa級鋼板の破断限界線を予め求めた。
【0073】
FEMによる変形解析において、試験片の曲げ頂部の要素の板厚方向ひずみ勾配と曲げ外側最大主ひずみを取得し、逐次980MPa級鋼板の破断限界線と対比し、破断限界線を超えるタイミングにおける引張荷重を求めたところ27.1kNであった。即ち、実験による破断時の引張荷重26.1kNに対し、本発明によるFEM解析での破断時の引張荷重は27.1kNとなり、極めて近い結果を予測できることが確認できた。
【0074】
一方で、比較例として従来手法の一つである、板厚方向のひずみ勾配を考慮せずに、ただ単に曲げ外側最大主ひずみが引張限界ひずみ(即ちn値=0.12)に達するタイミングで破断すると予測した場合についても検証した。この場合は、実験よりも早期に破断すると予測され、その時の引張荷重は19.9kNであった。
【0075】
また、同じく従来手法の一つである、板厚方向のひずみ勾配は考慮せずに、ただ単に曲げ外側最大主ひずみが、VDA曲げ試験で得られる限界曲げ最大主ひずみに達するタイミングで破断すると予測した場合についても検証した。この場合は、実験よりも遅く破断すると予測され、その時の引張荷重は30.1kNであった。
【0076】
従来手法に従ったいずれの従来手法でも、実験で得られた破断時の引張荷重との差が大きく、実験結果を精度よく予測することができなかった。この結果を
図6に示す。
【0077】
次に、同様の試験を、板厚が2.0mmの980MPa級鋼板(n値=0.12)で行った場合の結果を
図7に示す。実験で求められた破断時の引張荷重34.2kNに対し、本発明によるFEM解析では33.9kNであった。比較例として従来手法である引張限界ひずみで判断した場合は27.8kN、限界曲げ最大主ひずみで判断した場合は40.9kNとなった。本発明に係るFEM解析を適用することにより精度が大きく改善されることが確認された。
【0078】
さらに、同様の試験を板厚が1.4mmの1500MPa級鋼板(引張強度1500MPa以上1650MPa以下の鋼板を意味する。)(n値=0.07)で行った場合の結果を
図8に示す。実験で求められた破断時の引張荷重29.8kNに対し、本発明によるFEM解析では29.9kNであった。比較例として従来手法である引張限界ひずみで判断した場合は28.8kN、限界曲げ最大主ひずみで判断した場合は38.9kNとなった。本発明に係るFEM解析を適用することにより精度が大きく改善されることが確認された。
【0079】
これらの結果から、本発明を適用することで、実験破断荷重を精度良く予測できることが確認できた。