(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024163696
(43)【公開日】2024-11-22
(54)【発明の名称】鋼線材の皮削り工具
(51)【国際特許分類】
B21C 1/00 20060101AFI20241115BHJP
B23D 79/12 20060101ALI20241115BHJP
【FI】
B21C1/00 P
B23D79/12 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023079527
(22)【出願日】2023-05-12
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001184
【氏名又は名称】弁理士法人むつきパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】松岡 真司
(72)【発明者】
【氏名】吉見 勇祐
(72)【発明者】
【氏名】光齋 悠矢
【テーマコード(参考)】
3C050
4E096
【Fターム(参考)】
3C050FD15
4E096EA03
4E096EA12
4E096FA18
4E096KA05
4E096KA13
(57)【要約】
【課題】 フェライト系ステンレス鋼線材の製造に適した皮削り工具の提供。
【解決手段】 皮削り工具において、すくい角γが5°~15°の範囲、逃げ角αが1°~10°の範囲にあるとともに、C面取りされて形成された先端のすくい面取り角ηが45°~70°の範囲、かつ、面取り幅ωが0.3~0.8mmの範囲にある。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェライト系ステンレス鋼線材の表面を削り取る皮削り工具であって、
すくい角γが5°~15°の範囲、逃げ角αが1°~10°の範囲にあるとともに、
C面取りされて形成された先端のすくい面取り角ηが45°~70°の範囲、かつ、面取り幅ωが0.3~0.8mmの範囲にあることを特徴とする鋼線材の皮削り工具。
【請求項2】
すくい角γが5°~10°の範囲にあることを特徴とする請求項1記載の鋼線材の皮削り工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、引き抜き加工鋼線材の皮削り工具に関し、特に、フェライト系ステンレス鋼線材の皮削り工具に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼、銅、アルミニウム等の金属線材の製造工程においては、線材表面の疵や酸化膜、異物等を除去するために外皮部分を薄く剥取る「皮削り」が行われる。この皮削りを行うための皮削り装置では、線材の直径よりも若干小さい穴径を有する皮削り工具が備えられており、これに線材を通して引き抜くことで皮削りが行われる。最適な皮削りのためには、皮削り工具の形状を金属線材の性質に合わせて変更することが必要である。
【0003】
例えば、特許文献1では、2相ステンレス鋼からなる線材を製造するための皮削り工具を開示している。一般的に、ステンレス鋼においては、フェライト相は皮削り工具としてのシェービングダイスに付着し易く、一方、オーステナイト相は強靭且つ硬質であり工具摩耗を進行させ切屑切断性に乏しいとされる。また、2相ステンレス鋼では、一般的なステンレス鋼において結晶粒度が大きくなるような焼鈍を与えても、結晶粒度が小さく維持され、硬質であって切削性に乏しい。かかる性質を鑑みて、シェービングダイスの形状について、すくい面ランド角(すくい面取り角)を10~30°、すくい角を10~25°、逃げ角を3~10°、すくい面ランド幅(面取り幅)を0.1~0.5mm、切れ刃半径0.02~0.08mmとすることで、皮削り後の線材(ワイヤ製品)の表面欠陥を顕著に減らすことができて、結果として、疲労耐性を向上させ得るとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記したように、ステンレス鋼におけるフェライト相とオーステナイト相とでは切削性に大きな違いがあり、SUS430をはじめとするフェライト系ステンレス鋼線材の皮削り工程において、オーステナイト系ステンレス鋼線材用や2相ステンレス鋼線材用の皮削り工具を用いると、工具寿命の低下や、工具欠損によるカッターマークや黒皮残り、高負荷による表面肌の荒れなどの問題が顕著に生じた。そこで、フェライト系ステンレス鋼線材用の皮削り工具が求められた。
【0006】
本発明は、以上のような状況に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、SUS430をはじめとするフェライト系ステンレス鋼線材の製造に適した皮削り工具の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼線材の表面を削り取る皮削り工具であって、すくい角γが5°~15°の範囲、逃げ角αが1°~10°の範囲にあるとともに、C面取りされて形成された先端のすくい面取り角ηが45°~70°の範囲、かつ、面取り幅ωが0.3~0.8mmの範囲にあることを特徴とする。
【0008】
かかる特徴によれば、工具先端への被削材の付着を抑制できて、工具寿命を高めるとともに、製品の加工性状を良好にできるのである。
【0009】
上記した発明において、すくい角γが5°~10°の範囲にあることを特徴としてもよい。かかる特徴によれば、工具寿命をより高め、製品の加工性状を良好にできるのである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】引き抜き加工中の線材と皮削り工具の断面図である。
【
図4】数値解析に用いた皮削り工具のモデル形状を示す断面図である。
【
図5】最高温度についての数値解析の結果を示すグラフである。
【
図6】最大応力についての数値解析の結果を示すグラフである。
【
図7】主分力についての数値解析の結果を示すグラフである。
【
図8】(a)実施例及び(b)比較例のチップブレーカ駆動モータの電圧変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明による1つの実施例としての線鋼材の皮削り工具について説明する。
【0012】
図1に示すように、皮削り工具1は、皮削りされる線材10の直径よりも若干小さい径の穴2を有し、線材10を穴2に通して引き抜くことで、線材10の表面を切屑11として削り取ることができる。線材10は、紙面右方向に引き抜かれることで、相対的に、皮削り工具1に紙面左方向の切削方向を与えることになる。
【0013】
図2に示すように、皮削り工具1は、円環状をなすシェービングダイスであり、その内周の切削方法先端側(紙面左側)に刃先3を備える。
【0014】
図3に示すように、刃先3の断面形状は、切削方向側の面であるすくい面と切削方向に垂直な面とのなす角であるすくい角γと、内径側の逃げ面と切削方向とのなす角である逃げ角αと、面取り形状とによって定まる。面取り形状は、C面取りとした場合、切削方向と垂直な面に対する角度であるすくい面取り角ηと、面取りされた幅である面取り幅ωとで定まる。
【0015】
ここで、皮削りされる線材10は、フェライト系ステンレス鋼からなり、他のオーステナイトステンレス鋼や2相ステンレス鋼とは切削性が異なる。例えば、特許文献1では、2相ステンレス鋼においてフェライト相は皮削り工具への付着を生じやすいのに対し、オーステナイト相は切屑切断性に乏しいとされている。そのため、皮削り工具1は、フェライト系ステンレス鋼の線材に対応して、特に温度上昇による被削材の工具への付着、つまり焼付きを抑制できるものとされる。
【0016】
そこで、すくい角γが5°~15°の範囲、逃げ角αが1°~10°の範囲にあるものとする。また、面取りはC面取りとし、これによって形成された先端のすくい面取り角ηが45°~70°の範囲、かつ、面取り幅ωが0.3~0.8mmの範囲にあるものとする。
【0017】
すくい角γは、大きくなることで切屑を切断し易くして切削に伴う切削力やせん断応力を低減する。一方で、切削時の挙動を不安定にして工具を摩耗させやすくする。これらを考慮して、すくい角γは、上記した範囲とした。また、すくい角γは5°~10°の範囲内とすることも、切削時の挙動を安定させて工具寿命を高め得て好ましい。
【0018】
逃げ角αは、特に皮削りされた線材10との摩擦に影響し、これを大きくすると同摩擦を生じる接触圧を低減して発熱を抑制する。一方で、工具として刃先3の摩耗を早める形状としてしまう。これらを考慮して、逃げ角αは、上記した範囲とした。
【0019】
面取り形状としては、C面取りとした。これによってR面取りとするよりも切削時の温度を低下させ得る。
【0020】
また、すくい面取り角ηは、大きくなることで切削時の挙動を安定させ刃先の摩耗を低減し得る。一方で、切屑の切断能力を低下させて切削に伴う切削力やせん断応力を増大させ、温度上昇を招く。他方、後述する数値解析によってすくい面取り角ηを増大させても温度低下させ得る場合もあることが判った。フェライト系ステンレス鋼においては、オーステナイト系ステンレス鋼において問題となる切屑切断性を低下させても、温度を低下させることができれば被削材の付着を抑制できて、工具寿命の向上を得られるものと考えられる。これらを考慮して、すくい面取り角ηは、上記した範囲とした。
【0021】
面取り幅ωは、大きくすることで刃先3を頑丈な形状とすることができる。一方で、切屑の切断能力を低下させて切削に伴う切削力やせん断応力を増大させ、温度上昇を招く。これらを考慮して、面取り幅ωは、上記した範囲とした。
【0022】
なお、これらの数値範囲の選定においては、以下のような数値解析の結果も利用した。
【0023】
図4(a)及び(b)に示すようなモデルを皮削り工具として設定し、切削温度、最大応力、切削抵抗の主分力について数値解析した。解析条件としては、以下の通りである。すくい角10°、逃げ角6°とし、すくい面側の面取り量を0.1mm、0.15mm、0.2mm、0.3mmの4通り、すくい面取り角を15°、30°、45°、60°、75°の5通りとした。なお、面取りはC面取りである。なお、例えば、すくい面側の面取り量を0.3mm、すくい面取り角を60°とした場合、面取り幅ωは0.452mmとなる。また、切削速度を90m/min、切り込み量を0.1mm、加工長さを10mとした。切削される線材の材料としてSUS(登録商標)430、皮削り工具の材料として超硬合金であるUTi20Tをそれぞれ想定した上で、せん断摩擦による摩擦係数を1.0、熱伝達係数を10000kw/m
2Kと仮定した。
【0024】
その結果、
図5(a)に示すように、切削温度の最高温度はすくい面取り角を60°とするときに最も低くなる傾向にあることが判った。上記したように、一般にはすくい面取り角を大きくすると温度上昇を招くが、他の要因と複合することによって、すくい面取り角を増加させても温度を低下させる場合もあるものと考えられる。同図(b)には、R面取りとした場合の面取り量を0.1~0.4mmの4通りとした比較例の解析結果を示すが、C面取りに比べて高温になる傾向にあった。切削温度が高くなると、皮削り工具の摩耗速度を上昇させるため、工具寿命を考慮すると切削温度を低くすることが好ましい。つまり、面取り量やその他の形状にもよるが、面取りはC面取りとし、すくい面取り角を60°とすることが最も好ましいと推察された。
【0025】
次に、
図6(a)に示すように、最大応力は、すくい面取り角を75°としたときに急激に増加する傾向にあることが判った。最大応力の増大は刃先の欠損を生じやすくする。そのため、すくい面取り角は70°以下とすることが好ましいと推察された。なお、同図(b)には、R面取りとした比較例の解析結果を示すが、実施例であるC面取りの場合と大きな差は見られなかった。
【0026】
また、
図7(a)に示すように、主分力は、線材の引き抜き荷重(巻き取り荷重)であり、すくい面取り角を大とするほどその上がり幅も大きくなる傾向にある。特に、すくい面取り角を75°としたときに急激に主分力を増大させている。そこで、すくい面取り角は、同様に70°以下とすることが好ましいと推察された。なお、同図(b)には、R面取りとした比較例の解析結果を示すが、面取り量の増加に伴い主分力が急激に大きくなることが判った。また、面取り角度60°以下においてはC面取りである実施例の方が主分力を低くする傾向にあることも判った。
【0027】
[試作試験]
上記したような皮削り工具を2つ試作し、皮削り加工を行った結果について説明する。
【0028】
試作した実施例としての皮削り工具の刃先の形状としては、すくい角γを7°、逃げ角αを5°、面取り形状をC面取りとし、すくい面取り角ηを60°、すくい面取り量(面取り前の刃先から面取り後のすくい面側の面取り部の端部までの距離となる線分を切削方向に垂直な面に投影した長さ)を0.27mmとした。なお、面取り幅ωは、製造された皮削り工具の形状を測定した上で算出したところ、それぞれ0.464mm、0.447mmであった。なお、皮削り工具の内径は17.21mmとした。なお、比較例として、すくい面取り量0.55mm、逃げ面取り量0.33mmのR面取りを有する従来型の皮削り工具も用いた。
【0029】
このような皮削り工具を用いて、SUS430による表面に黒皮の残存したφ17.60mmの線材の引き抜きによる皮削り加工を行った。切削速度(巻き取り速度)は100mm/minとした。
【0030】
皮削り加工中においては、皮削り工具の上流側に切屑を切断させるチップブレーカとして回転体が備えられており、該回転体に生じる負荷から切屑の切断性を評価できる。かかる切断性は、例えば、電圧値に換算して出力される。
【0031】
図8(a)及び(b)に示すように、上記した電圧値の変動は、(a)の実施例の方が、(b)の比較例に比べて平均値、ばらつきともに小さい傾向にあった。詳細には、実施例の電圧の平均値は2.63V、標準偏差σが0.67Vであった。一方、比較例の電圧の平均値は2.76V,標準偏差σは0.91Vであった。つまり、比較例に対し、実施例の方がより安定して皮削り加工における切断性を得られたものと推測できる。なお、同図には線材の供給側のサプライスタンドと巻き取り側の巻き取りドラムの駆動モータの電圧値の測定結果も併せて示してある。かかる電圧値の変動もそれぞれの回転負荷の変動に対応することになるが、実施例と比較例との間での有意な差は発見されなかった。
【0032】
以上のように、上記した実施例によれば、SUS430をはじめとするフェライト系ステンレス鋼線材の製造に適した皮削り工具とすることができた。
【0033】
以上、本発明の代表的な実施例及びこれに基づく改変例を説明したが、本発明は必ずしもこれらに限定されるものではなく、当業者であれば、本発明の主旨又は添付した特許請求の範囲を逸脱することなく、種々の代替実施例及び改変例を見出すことができるであろう。
【符号の説明】
【0034】
1 皮削り工具
2 穴
10 線材
11 切屑
α 逃げ角
γ すくい角
η すくい面取り角
ω 面取り幅