(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024163764
(43)【公開日】2024-11-22
(54)【発明の名称】異常検知モデルと異常識別モデルの出力に応じたモデルの更新プログラムおよびシステム
(51)【国際特許分類】
G05B 23/02 20060101AFI20241115BHJP
【FI】
G05B23/02 301Y
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023079635
(22)【出願日】2023-05-12
(71)【出願人】
【識別番号】391021684
【氏名又は名称】菱洋エレクトロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】亀岡 瑶
(72)【発明者】
【氏名】菊田 敦
(72)【発明者】
【氏名】池田 彬
(72)【発明者】
【氏名】深田 俊明
【テーマコード(参考)】
3C223
【Fターム(参考)】
3C223AA15
3C223BA01
3C223CC01
3C223EB02
3C223EB03
3C223FF13
3C223FF22
3C223FF24
3C223FF26
3C223FF35
3C223FF45
3C223GG01
3C223HH02
3C223HH22
(57)【要約】 (修正有)
【課題】現場に過度の属人的な負担を掛けることなく、発生当時には未観測である異常に対する手当ても可能としつつ、長期運用系の監視を自動化できる手法の提供。
【解決手段】対象を監視するためのシステムであって、前記対象から発生する振動信号を得るように構成されるセンサーと、センサーからの入力を取得し格納する記憶手段と、記憶手段に格納される、複数種の機械学習モデルと、判断手段とを含み、複数種の機械学習モデルが、異常検知モデルと、異常識別モデルとを含み、判断手段が、センサーからの入力に基づいて、異常検知モデルを用いた第一の判断と、異常識別モデルを用いた第二の判断を別に行い、第一の判断の結果と第二の判断の結果の異同を識別するように構成され、かつ、結果の異同に基づいて、異常検知モデルおよび/もしくは異常識別モデルを更新させるように構成されることを特徴とするシステム。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象を監視するためのシステムであって、
前記対象から発生する振動信号を得るように構成されるセンサーと、
前記センサーからの入力を取得し格納するように構成される、記憶手段と、
前記記憶手段に格納されるように構成される、複数種の機械学習モデルと、
判断手段と
を含み、
前記複数種の機械学習モデルが、
前記対象に関係する正常な振動に係る時系列データを学習するように構成される異常検知モデルと、
前記対象に関係する異常な振動に係る時系列データを学習するように構成される異常識別モデルと
を含み、
前記判断手段が、
前記対象から発生する振動信号を承けた前記センサーからの入力に基づいて、前記異常検知モデルを用いた第一の判断と、前記異常識別モデルを用いた第二の判断を別に行い、前記第一の判断の結果と前記第二の判断の結果の異同を識別するように構成され、かつ、
前記第一の判断の結果と前記第二の判断の結果の異同に基づいて、前記異常検知モデルおよび/もしくは前記異常識別モデルを更新させるように構成される
ことを特徴とする、システム。
【請求項2】
前記判断手段により、前記第一の判断の結果と前記第二の判断の結果が異なると識別された場合に、その判断結果を得ることになった発生振動の状況に関するデータを取得する手段
をさらに含む、請求項1に記載のシステム。
【請求項3】
前記発生振動の状況に関するデータを提示するように構成される表示手段
をさらに含む、請求項2に記載のシステム。
【請求項4】
前記判断手段が、
前記第一の判断が前記対象が異常であると判断する結果であり、かつ前記第二の判断が前記対象が正常であると判断する結果である場合において、前記異常識別モデルを更新させる
ことを特徴とする、請求項1に記載のシステム。
【請求項5】
前記判断手段が、
前記第一の判断が前記対象が異常であると判断する結果であり、かつ前記第二の判断が前記対象が正常であると判断する結果である場合において、前記対象から発生していた振動信号に基づいた新たな異常識別モデルを作成する
ことを特徴とする、請求項4に記載のシステム。
【請求項6】
対象からの発生振動を取得するように構成されるセンサーにネットワークを介して結合可能な、プロセッサを有するコンピュータにより実行可能な命令を含んだプログラムであって、
前記命令が前記プロセッサに実行されることにより、
入出力インターフェイスにより、前記対象からの発生振動に係る入力を取得することと、
記憶手段により、複数種の機械学習モデルを格納し、ここで前記複数種の機械学習モデルが少なくとも、
前記対象に関係する正常な振動に係る時系列データを学習するように構成される異常検知モデルと、
前記対象に関係する異常な振動に係る時系列データを学習するように構成される異常識別モデルと
を含むことと、
判断手段により、前記対象からの発生振動に係る入力に基づいて、前記異常検知モデルを用いた第一の判断を行うことと、
判断手段により、前記対象からの発生振動に係る入力に基づいて、前記異常識別モデルを用いた第二の判断を行うことと、
判断手段により、前記第一の判断の結果と前記第二の判断の結果の異同を識別することと、
判断手段により、前記第一の判断の結果と前記第二の判断の結果の異同に基づいて、前記異常検知モデルおよび/もしくは前記異常識別モデルを更新させることと
を行うように構成される
ことを特徴とする、プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異常検知モデルと異常識別モデルの出力に応じ、当該モデルのいずれかを更新するためのプログラムおよびシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
鉄道車両、工作機械設備、サーバなどといった長期間にわたる運用が想定されている系(本明細書では総称して「長期運用系」とも呼ぶ)では、その構成部品の経時劣化を監視することで故障を予防する保守点検が重要となる。こうした監視を自動化する試みは従来より多々なされてきている。
【0003】
機械学習モデルを用いて監視を自動化しようとする場合、実際の現場では様々な事例(異常事象)が発生しうるため、あらゆる事例を想定してそれに合った教師データをあらかじめ用意するというのは凡そ現実的ではない。このため、教師無し学習を行うことで未知の事例に対応しようとする手法が提案されている。
【0004】
例えば特許文献1では、正常データからなる訓練データに基づいて潜在変数モデルと同時確率モデルとを学習させる技術が開示されている。当該従来技術では、潜在変数モデルと同時確率モデルに基づいて、取得されたセンサデータの尤度を測定し、当該センサデータが正常であるか又は異常であるかを判定し、センサが出力するセンサデータに基づいて潜在変数モデルと同時確率モデルとを学習することを特徴とするシステムが開示されている。これにより、新しい機械や未知の故障の場合でも、高度な専門知識または豊富な経験を必要とせずに、効率的にセンサの選択を行えると謳われている。
【0005】
特許文献1の技術では、正常データからなる訓練データに基づいて学習させたモデルから得られた復元データと、入力した異常検出対象のデータを比較して、そのずれから異常を検出することが特徴とされている。しかしながら一般に長期運用系では、たとえ同一の系であったとしても、その系が新品に近いのか、あるいは長年使用されてきているものかによって、発生しうる異常事象の内容と頻度が大きく異なってくることが知られている。すると長期運用系の実際の現場ではどのようなモデルを用意するべきなのかが状況ごとに異なってくるため、特許文献1の技術では対応しきれないという問題がある。
【0006】
また特許文献2には、入力画像から正常画像を再構成する再構成手段と、前記入力画像と前記再構成手段により再構成された画像とにおける異常クラスの判断根拠を出力する出力手段と、前記入力画像と前記再構成された画像との差分と、前記出力手段により出力された異常クラスの判断根拠とに基づき、前記入力画像における異常箇所を検出する検出手段と、を備える情報処理システムが開示されている。これにより、より高い精度で異常箇所を検知できると謳われている。
【0007】
しかしながら、長期運用系の監視を画像によって行うのが現実的ではない現場も多々ある。例えば鉄道車両の台車のような環境では、振動が激しく不規則であり、入射光も十分ではないので凡そ画像検査には不向きである。また特許文献2では、発生当時には未観測である異常が発生した場合や、異常の検出に誤りがあった場合にどのような手当てをするのかについては特に言及されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2020-119605号公報
【特許文献2】特開2022-090761号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述した従来技術の課題に鑑みて、現場に過度の属人的な負担を掛けることなく、発生当時には未観測である異常に対する手当ても可能としつつ、長期運用系の監視を自動化できるような新たな技術が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
すなわち本発明では下記の態様を提供できる。
【0011】
態様1.
対象を監視するためのシステムであって、
前記対象から発生する振動信号を得るように構成されるセンサーと、
前記センサーからの入力を取得し格納するように構成される、記憶手段と、
前記記憶手段に格納されるように構成される、複数種の機械学習モデルと、
判断手段と
を含み、
前記複数種の機械学習モデルが、
前記対象に関係する正常な振動に係る時系列データを学習するように構成される異常検知モデルと、
前記対象に関係する異常な振動に係る時系列データを学習するように構成される異常識別モデルと
を含み、
前記判断手段が、
前記対象から発生する振動信号を承けた前記センサーからの入力に基づいて、前記異常検知モデルを用いた第一の判断と、前記異常識別モデルを用いた第二の判断を別に行い、前記第一の判断の結果と前記第二の判断の結果の異同を識別するように構成され、かつ、
前記第一の判断の結果と前記第二の判断の結果の異同に基づいて、前記異常検知モデルおよび/もしくは前記異常識別モデルを更新させるように構成される
ことを特徴とする、システム。
【0012】
態様2.
前記判断手段により、前記第一の判断の結果と前記第二の判断の結果が異なると識別された場合に、その判断結果を得ることになった発生振動の状況に関するデータを取得する手段
をさらに含む、態様1に記載のシステム。
【0013】
態様3.
前記発生振動の状況に関するデータを提示するように構成される表示手段
をさらに含む、態様2に記載のシステム。
【0014】
態様4.
前記判断手段が、
前記第一の判断が前記対象が異常であると判断する結果であり、かつ前記第二の判断が前記対象が正常であると判断する結果である場合において、前記異常識別モデルを更新させる
ことを特徴とする、態様1~3のいずれかに記載のシステム。
【0015】
態様5.
前記判断手段が、
前記第一の判断が前記対象が異常であると判断する結果であり、かつ前記第二の判断が前記対象が正常であると判断する結果である場合において、前記対象から発生していた振動信号に基づいた新たな異常識別モデルを作成する
ことを特徴とする、態様1~4のいずれかに記載のシステム。
【0016】
態様6.
対象からの発生振動を取得するように構成されるセンサーにネットワークを介して結合可能な、プロセッサを有するコンピュータにより実行可能な命令を含んだプログラムであって、
前記命令が前記プロセッサに実行されることにより、
入出力インターフェイスにより、前記対象からの発生振動に係る入力を取得することと、
記憶手段により、複数種の機械学習モデルを格納し、ここで前記複数種の機械学習モデルが少なくとも、
前記対象に関係する正常な振動に係る時系列データを学習するように構成される異常検知モデルと、
前記対象に関係する異常な振動に係る時系列データを学習するように構成される異常識別モデルと
を含むことと、
判断手段により、前記対象からの発生振動に係る入力に基づいて、前記異常検知モデルを用いた第一の判断を行うことと、
判断手段により、前記対象からの発生振動に係る入力に基づいて、前記異常識別モデルを用いた第二の判断を行うことと、
判断手段により、前記第一の判断の結果と前記第二の判断の結果の異同を識別することと、
判断手段により、前記第一の判断の結果と前記第二の判断の結果の異同に基づいて、前記異常検知モデルおよび/もしくは前記異常識別モデルを更新させることと
を行うように構成される
ことを特徴とする、プログラム。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、長期運用系の発生振動に基づく監視を自動化でき、しかも発生当時には未観測であった異常の発生も識別でき、その結果として異常の識別の分解能を向上させられるという効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の或る実施形態に係るシステムの構成例を示す。
【
図2】本発明の或る実施形態に係る表示手段の例を示す。
【
図3】本発明の或る実施形態に係る表示手段の例を示す。
【
図4】本発明の或る実施形態に係るプログラムによる処理のフローチャート例を示す。
【
図5】本発明の別の実施形態に係るプログラムによる処理のフローチャート例を示す。
【
図6】本発明の実施例に係る、機械学習モデルの出力の経時変化例を示す。
【
図7】本発明の実施例に係る、機械学習モデルの出力の経時変化例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明では、長期運用系の監視をするためのシステムまたはプログラムを提供できる。そうした長期運用系としては例えば、鉄道などの車両、工作機械設備、サーバ、もしくは家屋・河川・道路・要衝などの定点観測装置を含んだ系が挙げられるが、本発明はそれらに限定はされず、種々の系に適用可能である。本発明に係るシステムは、無線および/もしくは有線のネットワークを含んだシステムであってよく、一基もしくは複数基のハードウェアまたはハードウェアとソフトウェアの組み合わせであってよい。
【0020】
本明細書において異常(異常な振動)とは、監視対象である長期運用系に異常(もしくは故障)が起きたことを反映する、もしくはこれから異常が起こる予兆を反映する発生振動のことを意味する。本明細書においては、機械学習モデルの種類として「異常検知モデル」と「異常識別モデル」とを区別する。本発明では、この異常検知モデルと異常識別モデルとを組み合わせてそれぞれへ同一の入力を行い、それぞれの出力を照合することに基づく、異常検知モデルまたは異常識別モデルまたはその両方を更新できるところに特色を有する。なお本明細書において機械学習モデルの「更新」とは、当該モデルに何らかの修正を加えることを指し、例えばモデルにフィードバックデータを与えて学習(再学習)させること、モデルの個数を増減させること、モデルを差し替えること、といった行為が含まれうる。異常検知モデルまたは異常識別モデルの個数はそれぞれ単数でもよく、任意の複数であってもよい。
【0021】
異常検知モデルとは、異常が発生したことの検出、および/または異常が発生する予兆の検出をするための機械学習モデルであって、監視対象における異常(故障)またはその予兆を解析するための手段と考えてよい。異常検知モデルは、監視対象となる長期運用系もしくはそれと類似する系の、正常稼動時の発生振動に基づく時系列データを入力し学習させるように構成される。ここで正常稼動とは、或る程度長期の期間に系を稼動させた際に不具合・故障が認められなかった状態のことをいう。或る実施形態においては、監視対象とする系を稼動させて、正常稼動をしていた期間中に音響センサー(音波センサー、AEセンサーを含む)などのセンサーにより取得したデータから入力データを作成できる。別の実施形態においては、監視対象とする系と類似する系(例えば、同型機の新品)を稼動させて、正常稼動をする期間中にセンサーにより取得したデータから入力データを作成できる。また別の実施形態においては、長期運用系の稼動当初には異常検知モデルが未学習の状態であって、稼動中に随時異常検知モデルが学習を進めていき、本発明の構成を追って完成させるようにしてもよい。
【0022】
異常検知モデルへの入力データの生成にあたって抽出できる特徴量としては、音波センサーにより取得できる音波の周波数、振幅、波長(すなわち、一般的に言う音響データ)のほか、AE(Acoustic Emission)センサーもしくは加速度センサーにより取得できる振動の程度、またはそれらを時系列にプロットしたときの曲線の傾き、微分値といったものが挙げられる。或る実施形態では、そうした特徴量として、振動に関するデータと組み合わせて、その他の種類のセンサー(熱センサー、光センサーなど)からの取得データを使用してもよい。
【0023】
なお本発明に係るシステムにおいて、対象から振動に係る時系列データを得るためのセンサー(例えばマイクなどを用いてよい)を使用するのは、下記の理由による。一般的に画像・動画のデータは音声データなどの振動に関するデータよりもサイズが大きく、その処理には高性能なコンピュータや大容量の通信帯域がどうしても必要になってくる。特に鉄道車両のような移動体に関する長期運用系や、工場内の限られたスペースに設けられた長期運用系では、十分な電源や通信環境の確保は容易でないことも多々あり、取り扱いの面から振動に関するセンサーを用いることが望ましい。
【0024】
異常検知モデルに学習させる手法としては、入力と出力を一致させるように学習させることにより、異常な出力を検出しやすくできるアルゴリズムが好ましく、ニューラルネットワークを用いたAutoEncoder(AE)法、またはその派生手法(積層AE法、変分AE(VAE)法、畳み込みAE(CAE)法、sparse AE法、saturating AE法など)の使用が好ましい。
【0025】
異常識別モデルとは、監視対象から異常な振動が発生する原因を推定するための機械学習モデルであって、監視対象において異常・故障にまでは至らないが違和感がある状態を解析するための手段と考えてもよい。ここで言う推定には、複数種類のありうる原因についてのそれぞれの確率もしくは尤度の出力をすることも含まれうる。異常識別モデルは、監視対象となる長期運用系もしくはそれと類似する系の、異常発生時の発生音に基づくデータを入力し学習させるように構成される。或る実施形態においては、監視対象とする系を稼動させながら音響センサーや加速度センサーなどのセンサーによりデータを継続的に取得し、異常発生時の記録から入力データ(教師データ)を作成できる。別の実施形態においては、監視対象とする系と類似する系(例えば、既知の箇所が経年劣化していることがわかっている同型機)を稼動させて、センサーにより取得したデータから入力データを作成してもよい。すなわち、既知の異常が起きているときの発生音に係るデータを、教師データとして設定できるということである。その入力データの生成にあたって抽出できる特徴量としては、上記の異常検知モデルのためのものと同様に選択できる。
【0026】
異常識別モデルに学習させる手法としては、最尤推定のために確率過程モデルを使用する教師あり学習のアルゴリズムが好ましく、ニューラルネットワークを用いたマルコフ決定過程モデルを使用するアルゴリズムがより好ましく、特には隠れマルコフモデル(HMM)を使用するものが好ましい。
【0027】
図1は、本発明の基本原理を説明するための概念図である。監視対象の系 99 から、一基以上のセンサー 110 が振動に関する時系列データを取得し、インターフェイス 180 を介して記憶手段 120 にそのデータを保存する。記憶手段 120 には異常検知モデル 130 および異常識別モデル 140 が含まれており、当該データがそれぞれのモデルに入力される。なお記憶手段 120 はこれら以外の機械学習モデルをさらに含んでいてもよい。異常検知モデル 130 および異常識別モデル 140 のそれぞれの出力は、判断手段 150 へと送信される。判断手段 150 はそれぞれの出力に基づいて、異常な振動(例えば異音)が発生しているかどうかについての判断をそれぞれ行う。
【0028】
判断手段 150 による各モデルの出力に基づく判断手法は任意であるが、例えば下記のようなパラメータを用いたものであってよい。
【0029】
真陽性率(True Positive Rate、TPR)または偽陽性率(False Positive Rate、FPR):
同じ信号に対してN回の評価を行い、CMV(その音である確信の度合)がCMT(所定の閾値)を超えた回数を数え、TPR(入力音のCMVがCMTを上回った割合)またはFPR(入力音のCMVがCMTを上回らなかった割合)を算出する。TPRまたはFPRが所定の水準に達したか否かによって異常の有無を判断する。
【0030】
平均値(mean):
同じ信号に対してN回の評価を行い、各CMVの平均値を算出し、その値が所定の水準に達したか否かによって異常の有無を判断する。
【0031】
標準偏差(SD):
同じ信号に対してN回の評価を行い、各CMVの標準偏差を算出し、その値が所定の水準に達したか否かによって異常の有無を判断する。
【0032】
変動係数(CV):
上記の標準偏差を平均値で割った値として変動係数を算出し、その値が所定の水準に達したか否かによって異常の有無を判断する。
【0033】
そして判断手段 150 において、異常検知モデル 130 の出力による判断と、異常識別モデル 140 の出力による判断が、一致するか否かを確認する。一致した場合(異常な振動が発生している、または異常な振動が発生していない)には、それぞれ系 99 が正常であるかまたは異常であると決定できる。一方、判断が不一致であった場合には、その判断の基になった時系列データを確認し、確認された時系列データに基づいていずれかのモデルまたは両方のモデルを更新(例えばそのデータによるフィードバック学習)をさせることができる。当該フィードバックにおいてはさらに、対応する他のセンサーデータ(気温、湿度、気圧等)を当該時系列データと組み合わせて使用してもよい。また、状況データ取得手段 160 が得たその時系列データに付随する時刻や日付、運行情報、天候、操作者名などといった状況データを、当該時系列データと組み合わせてフィードバック学習に用いてもよい。
【0034】
表示手段 170 は、判断の不一致が起きた基となった時系列データおよび必要であればそれに関連する他のデータを、ユーザーに対して提示可能な手段である。例えば表示手段 170 は、ハードウェア(ディスプレイ、スピーカー等)であってもよいし、あるいはそうしたハードウェアとソフトウェア(CUI、GUI等の表示をするプログラム)の組み合わせであってもよい。
【0035】
或る実施形態では、判断の不一致が起きた場合において、どちらのモデルが判断を誤ったのかを決定し、判断を誤ったモデルに対してのみ上記のようなフィードバック学習をさせるようにしてもよい。そうした決定は例えば、判断の不一致があったがまだ系 99 は実際には故障していないという際に、継続してセンサー 110 または別の監視手段(例えば状況データ取得手段 160 )が系 99 を或る期間にわたって追加監視を行い、その期間内に系 99 が実際に故障するかどうかを確認することによって実施可能である。
【0036】
異常検知モデル 130 が正しい判断をし、異常識別モデル 140 は誤判断をしたと確認できる場合は、おおまかに下記の二つの場合がある。
A1. 系 99 は実際に異常を起こす傾向になっており、異常検知モデル 130 はその異常に基づく振動を正しく検知したが、異常識別モデル 140 にとってはその異常が未知であったので識別できなかったという場合。
A2. 系 99 は異常を起こす傾向にはなっておらず、異常検知モデル 130 はそのとおり系 99 は正常であると正しく判断したが、異常識別モデル 140 は誤って系 99 が異常を起こすと判断したという場合。
【0037】
A1、A2いずれの場合であっても、異常識別モデル 140 が判断を誤ったそのデータに基づいて、異常識別モデル 140 の更新を行わせることができる(そうした更新は、不図示の何らかの更新手段により行わせるようにできる)。例えば、当該データおよび必要に応じて当該データが得られた状況(日時、天候、気温など)についてのデータ(状況データ)を、異常識別モデル 140 へフィードバックして学習を行わせてもよい。あるいはそのようなデータにより学習させた新たな異常識別モデル 140 を生成し、それを元の異常識別モデル 140 と差し替えたり、それを元の異常識別モデル 140 と並列に稼動させたりしてもよい。
【0038】
異常検知モデル 130 が誤った判断をし、異常識別モデル 140 は正しい判断をしたと確認できる場合は、おおまかに下記の二つの場合がある。
B1. 系 99 は実際に異常を起こす傾向になっており、異常検知モデル 130 はその異常に基づく振動を検知できなかったが、異常識別モデル 140 はその異常な振動を正しく識別できたという場合。
B2. 系 99 は異常を起こす傾向にはなっておらず、異常検知モデル 130 は誤って系 99 は異常であると判断したが、異常識別モデル 140 は系 99 が正常であると正しく判断したという場合。
【0039】
B1、B2いずれの場合であっても、異常検知モデル 130 が判断を誤ったそのデータに基づいて、異常検知モデル 130 の更新を行わせてよい。例えば上記と同様に、異常検知モデル 130 へのフィードバックを行って学習させたり、当該モデルの差し替えや追加を行ってもよい。
【0040】
別の実施形態では、双方のモデルを更新させてもよい。こうした判断の詳細についてはさらに後述する。
【0041】
図2は、表示手段 170 のソフトウェア的な実装(GUI)の例を示す。異常を確認したい日時や時刻を入力すると、その時刻等の近傍の該当音声ファイルが列挙される。Soundアイコンを押下するとその音声ファイルを音としてコンピュータから出力でき、またSpectrumアイコンを押下すると視覚的なスペクトル表示としてコンピュータから出力できるようになっている。またModelチェックボックスは、チェックを入れた音声ファイルに基づいて新たな機械学習モデルを生成するためのものであり、Modelingボタンを押下することで生成を行えるようになっている。
【0042】
図3は、上記のように新たに生成した機械学習モデルを確認するためのGUI例である。新たな機械学習モデルに評価ファイルとして任意の音声ファイルを入力したシミュレーション結果を提示できるようになっている。ユーザーは、その結果に基づいて、その新たな機械学習モデルを本発明に係るシステムにさらに含めることが可能である(
図3の場合は「異常音3モデル」として表示)。すなわち、本システムの記憶手段 120 は、異常検知モデル 130 および異常識別モデル 140 以外の機械学習モデルをさらに有することができる。機械学習モデルが三個以上である場合(または上記の機械学習モデルのいずれかが複数個存在する場合)にも、上記の記載を敷衍し、判断手段 150 の動作を設定可能なことが理解できるであろう。
【0043】
或る実施形態では、上記のようなGUIなどのユーザーインターフェイスがさらに、ユーザーからの入力を受け付ける手段を有していてもよい。そうした入力としては例えば、対象とする長期運用系についてのデータ(例えば鉄道車両に関する系であれば、その車両が走行する線路の種別や、走行する地域の気象情報など)が挙げられる。本システムではそうした入力に基づき、異常検知モデル 130 および異常識別モデル 140 の候補となる複数のモデルの中から、適切と考えられる一種以上を提案(サジェスト)するようにしてもよい。
【0044】
本発明の或る実施形態では、ネットワークに接続可能なサーバも提供できる。当該サーバは、複数種の機械学習モデルを格納する記憶手段(例えば上述の記憶手段 120 であってよい)と、ネットワークを介して外部のセンサー(例えば上述したセンサー 110 であってよい)と接続する通信手段とを含む。当該サーバはセンサーおよび通信手段を介して、外部の長期運用系からの発生振動に係る入力データを取得できる。
【0045】
或る実施形態では、上述したような検出装置およびサーバと、当該検出装置とサーバを接続するように構成されるネットワークとを含むシステムを提供することもできる。
【0046】
或る実施形態では、対象の系からの発生音を取得するように構成されるセンサーにネットワークを介して結合可能な、プロセッサを有するコンピュータ(ローカルであってもよいしリモートであってもよい)により実行可能な命令を含んだプログラムを提供できる。当該プログラムが含む命令がプロセッサに実行されることで、入出力インターフェイスにより対象の系からの発生振動に係る入力を取得することができ、上述したような機械学習モデルを用いた判断処理を行うことができる。
【0047】
図4は、本発明の或る実施形態に係るプログラムによる処理のフローチャートの例である。まずステップ 402 として対象からの発生振動に係る時系列データを(ネットワークを介して結合する外部のセンサーなどから)取得する。そしてステップ 404 では対象に関係する正常な振動に係る時系列データを学習するように構成される異常検知モデルを用いて、その対象が異常であるか否かの判断を行う。またステップ 406 では対象に関係する異常な振動に係る時系列データを学習するように構成される異常識別モデルを用いて、その対象から異常な振動が発生しているか否かの判断を行う。なおこの例ではステップ 404 とステップ 406 は並列に記載されているが、本発明はそれには限定されず、処理を直列に行ってもよい。
【0048】
そしてステップ 408 では、異常検知モデルと異常識別モデルの判断の異同を確認する。この例では、判断が異常なしで一致している場合には何もせずに再び発生音の入力取得 402 に戻る。別の例では、後述するようにモデルの何らかの更新を行ってもよい。判断が一致しなければステップ 410 へと進む。
【0049】
ステップ 410 では、異常検知モデルと異常識別モデルの判断が異常ありで一致しているかを確認する。異常ありで一致していれば、ステップ 412 にて対象を実際に確認する(例えば動作を停めて、内部の確認を行うなど)よう、システムがユーザーに促す通知を行うことができる。判断が一致しなければステップ 414 へと進んで一連の処理を終えてよい。
【0050】
ステップ 414 では、いずれかのモデルを更新し、あらためて判断が一致するかを確認することができる。または、モデルを更新した上でステップ 412 に進んで対象を確認するよう通知を発し、ユーザーに促してもよい。別の例では、ステップ 412 からステップ 414 へ進んで一連の処理を終えてもよい。対象に異常がないことが確認できた場合(いずれかのモデルの誤認識であると判断できた場合)には、再び発生振動の入力取得 402 に戻ってよい。
【0051】
図5は、本発明の別の実施形態に係るプログラムによる処理のフローチャートの例である。まず
図4の例と同様に、ステップ 502 で対象からの発生振動に係る時系列データを取得し、ステップ 504 およびステップ 506 でそれぞれ対象に関係する正常な振動または異常な振動に係る時系列データを学習するように構成される異常検知モデルまたは異常識別モデルを用いて、その対象から異常な振動が発生したかどうかの判断を行う。その後にステップ 508 において、異常検知モデルが対象に異常ありと判断し、かつ異常識別モデルが対象に異常なしと判断したかどうかを確認する。否であれば処理はステップ 502 に戻ってよい。是であればステップ 510 へ進み、異常識別モデルを更新し、その後にステップ 502 に戻ってよい。このような構成を採るのは、ステップ 510 へ進むような場合においてはその発生時点では未観測である異常が対象の長期運用系に発生していると推定される蓋然性が高いときに有用である。
【0052】
図5に示すフローのさらなる変形例として、ステップ 510 において、その判断の基になった際の振動信号(例えば音響データや加速度データに係る或る期間に亘る時系列データ)を用いて新たな異常識別モデルを生成してもよい。こうして生成した新たな異常識別モデルを、従前から存在していた異常識別モデルと併存させる(個数が増えた異常識別モデルによる処理を行う)ようにしてもよい。あるいはこうして生成した新たな異常識別モデルを、従前から存在していた異常識別モデルと差し替えるようにしてもよい(元々複数個の異常識別モデルが存在していた場合、そのうちのいずれかと差し替えるようにしてもよいし、全数を差し替えてもよい)。
【0053】
なお上述したフローチャートにおいてループをしている処理はあくまで例示であり、別の例では最初のステップへのループに代えて処理を終了させてもかまわない。
【0054】
或る実施形態では、上述したプログラムを格納するコンピュータ可読媒体(SSD、HDD、光学メディアなど)を提供することもできる。
【実施例0055】
以下、鉄道車両の台車が有するダンパーを監視対象の系に設定した実施例について説明していく。一例として、「ダンパーの変形」という異常に関する音データを教師データとして学習させた異常(異音)識別モデルαと、「稼働部にゴム片が詰まる」という異常に関する音データを教師データとして学習させた異常(異音)識別モデルβが本システムに装備されている場合を考える。
図6にはβに関係する既知の異常が発生した際の各モデルの出力(スコア)の遷移の例を示した。また
図7には、未知の異常が発生した際の各モデルの出力の遷移の例を示した。
図6、7では画面手前から奥に向かって時間軸を設けており(紙面では斜め)、縦軸は異常度スコアを示す。
【0056】
事例1:
異音検知モデルの出力が閾値を超えた
異音識別モデルの出力が閾値を超えていない
ダンパーには実際に異常が確認された
この事例では、ダンパーが異常を起こし、正常音から逸脱した音が発生してそれを異音検知モデルが観測したが、それが異音識別モデルにとっては未知の異常音であったために異音識別モデルは反応できなかったという場合(1a)と、既知の異常音の発生であったにもかかわらず、異音識別モデルが適切な反応ができなかったという場合(1b)が想定される。
【0057】
場合(1a)として、ダンパーに「摺動部のオイル不足」という新たな異常が発生していたことが確認されたとすると、その異常音に係るデータを教師データとして、新たな異音識別モデルγを生成し、本システムに組み込むことが可能である。場合(1b)として、新たな異常は確認されなかったという場合には、異音識別モデルαと異音識別モデルβを破棄し、再学習させた異音識別モデルを生成し本システム中に差し替えることができる。
【0058】
事例2:
異音検知モデルの出力が閾値を超えた
異音識別モデルの出力が閾値を超えていない
ダンパーには異常が確認されなかった
この事例では、ダンパーが未知の異常を起こし、正常音から逸脱した音が発生してそれを異音検知モデルが観測したが、まったく未知であるために異音識別モデルα、βともに反応できなかったという場合(2a)と、異音検知モデルが誤認識を起こしたという場合(2b)が想定される。
【0059】
場合(2a)として、ダンパーにこれまで知られていなかった類の異常がある可能性が示唆され、さらなる調査(別のセンサーを用いた精査など)を促すことができる。場合(2b)として、異音検知モデルの再学習を行って本システムの再構成を促すことができる。
【0060】
事例3:
異音検知モデルの出力が閾値を超えた
異音識別モデルの出力が閾値を超えた
ダンパーには異常が確認された
この事例では、ダンパーが既知の異常を起こし、それが正しく検出されたという場合(3a)と、異常があることは検出されたがそれが実際には推定された類の異常ではなかったという場合(3b)が想定される。このような異常の種類の確認を促すよう、本システムはユーザーへ通知を行うことが可能であり、例えばGUI上に何らかのメッセージやアラート音を出力することでユーザーへ確認を促すようにしてもよい(下記の例でも同様である)。
【0061】
場合(3a)として、実際にダンパーが変形していて異音識別モデルαが反応していれば、そのまま本システムの運用を継続するのが好ましいと考えられる。場合(3b)として、実際にはダンパーは稼動部にゴム片を詰まらせていて変形はしていなかったというときには、異音の原因推定を最適化すべきであると判断できる。この際には、異音識別モデルαが反応すべき異常音と異音識別モデルβが反応すべき異常音との特徴量の差、または異音識別モデルαが反応すべき異常音と正常音との特徴量の差を加味した上で、各異音識別モデルの再学習を促すようにできる。
【0062】
事例4:
異音検知モデルの出力が閾値を超えていない
異音識別モデルの出力が閾値を超えていない
ダンパーには異常が確認された
これは例えば、地下鉄車両でのデータに基づいた学習をしていたモデルを、地上線車両にそのまま適用してしまい、天候や気温の影響を過小評価していたようなケースが考えられる。この事例では、どちらのモデルにも再学習が必要であると判断でき、必要であれば他のセンサーからのデータも利用しての再学習を促せる。
【0063】
事例5:
異音検知モデルの出力が閾値を超えた
異音識別モデルの出力が閾値を超えた
ダンパーには異常が確認されなかった
上記事例4と同様に、各モデルの再学習を促すことができる。このようなことが起きるのは、カーブの少ない路線の車両でのデータに基づいた学習をしていたモデルを、カーブの多い路線の車両にそのまま適用していたようなケースが考えられる。事例4と比べ、過学習が起きている蓋然性も高いと想定されるので、それにも留意した再学習・モデル再構成を示唆可能である。
【0064】
事例6:
異音検知モデルの出力が閾値を超えていない
異音識別モデルの出力が閾値を超えていない
ダンパーには異常が確認されなかった
この場合は特に問題なく本システムが動作していると考えられる。
【0065】
事例7:
異音検知モデルの出力が閾値を超えていない
異音識別モデルの出力が閾値を超えた
ダンパーには異常が確認された
この場合は、異音検知モデルが検知洩れを起こしていると考えられる。例えば車両に外部から飛来した異物が衝突したといったような、瞬間的な事象に基づいた突発的な不具合・故障であると、こうしたケースがありうる。この場合には、急性的な異常音に重みをつけて学習させる異音検知モデルを別途作成して本システムに組み込むよう本システムが示唆できる。
【0066】
事例8:
異音検知モデルの出力が閾値を超えていない
異音識別モデルの出力が閾値を超えた
ダンパーには異常が確認されなかった
この場合は、異音識別モデルが誤認識を起こしていると考えられる。例えば正常音と異常音βの特徴量が類似してしまっているようなときに、こうしたケースがありうる。この場合には、正常音と異常音βの特徴量に差がつくようにして異音識別モデルを再学習させるといった対策を促せる。
【0067】
以上述べたように、本発明に係るシステムでは、種々の状況に柔軟に対応して機械学習モデルの更新(例えば最適化、再学習)を継続的に行うことができ、精度向上を常に指向できるという顕著な効果を奏するものである。