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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024164499
(43)【公開日】2024-11-27
(54)【発明の名称】電気化学装置
(51)【国際特許分類】
   G02F 1/1506 20190101AFI20241120BHJP
   G02F 1/155 20060101ALI20241120BHJP
   G02F 1/1524 20190101ALI20241120BHJP
   G02F 1/161 20060101ALI20241120BHJP
【FI】
G02F1/1506
G02F1/155
G02F1/1524
G02F1/161
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023080010
(22)【出願日】2023-05-15
(71)【出願人】
【識別番号】000002303
【氏名又は名称】スタンレー電気株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001184
【氏名又は名称】弁理士法人むつきパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 祐紀
【テーマコード(参考)】
2K101
【Fターム(参考)】
2K101AA23
2K101DA12
2K101DB03
2K101DB04
2K101DC04
2K101DC05
2K101DC06
2K101DC37
2K101DC62
2K101DC63
2K101DC64
2K101DC65
2K101EB13
2K101EB15
2K101EB45
2K101EG37
2K101EG52
2K101EJ11
2K101EK03
(57)【要約】      (修正有)
【課題】電気化学装置において金属膜を得られない部分が生じることを解消すること。
【解決手段】第1基板の一面側に設けられた第1電極、第2基板の一面側に設けられた第2電極、前記第1電極と前記第2電極との間に設けられた電解質層、前記電解質層を囲むようにして設けられたシール材、前記第1基板及び前記第2基板のうち少なくとも1つの一面に設けられており、前記シール材の前記電解質層に接する側の端部よりも当該電解質層に近い側へ所定幅で突出した張り出し部位を有する絶縁膜を含み、前記電解質層は、Agを含むエレクトロデポジション材料、Ti、Bi、Cu若しくはSnを含む金属塩を一種以上含有するメディエーター、支持塩並びに溶媒を含む電解液である、電気化学装置である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
各々の一面が対向するように配置された第1基板及び第2基板と、
前記第1基板の一面側に設けられた第1電極と、
前記第2基板の一面側に設けられた第2電極と、
前記第1電極と前記第2電極との間に設けられた電解質層と、
前記電解質層を囲むようにして前記第1基板と前記第2基板との間に設けられたシール材と、
前記第1電極と前記第2電極のうち少なくとも1つの一面に設けられており、前記シール材の前記電解質層に接する側の端部よりも当該電解質層に近い側へ所定幅で突出した張り出し部位を有する絶縁膜と、
を含み、
前記電解質層は、Agを含むエレクトロデポジション材料、Ti、Bi、Cu若しくはSnを含む材料を一種以上含有するメディエーター、支持塩並びに溶媒を含む電解液である、
電気化学装置。
【請求項2】
前記電解質層の前記溶媒の比誘電率が8以下である、
請求項1に記載の電気化学装置。
【請求項3】
前記電解質層の前記溶媒は、エーテル系有機溶剤、炭酸エステル系有機用剤の何れか一種以上を含む、
請求項1に記載の電気化学装置。
【請求項4】
前記エーテル系有機溶剤は、トリエチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテルの何れかである、
請求項3に記載の電気化学装置。
【請求項5】
前記炭酸エステル系有機溶剤は、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、エチルメチルカーボネートの何れかである、
請求項3に記載の電気化学装置。
【請求項6】
前記絶縁膜の前記張り出し部位の幅が3mm以上である、
請求項1に記載の電気化学装置。
【請求項7】
前記絶縁膜は、平面視において枠状に設けられている、
請求項1に記載の電気化学装置。
【請求項8】
前記絶縁膜は、平面視における四隅に円弧状部位を有する、
請求項7に記載の電気化学装置。
【請求項9】
前記シール材は、前記第1電極又は前記第2電極に接する部位を有さずに前記絶縁膜に重なる部位を有するように設けられている、
請求項1に記載の電気化学装置。
【請求項10】
前記シール材は、前記第1電極又は前記第2電極の一面に接する部位を有するとともに前記絶縁膜と重なる部位を有するように設けられている、
請求項1に記載の電気化学装置。
【請求項11】
前記シール材は、前記第1電極又は前記第2電極の一面に接する部位を有するとともに前記絶縁膜の平面視における外縁部と接する部位を有するように設けられている、
請求項1に記載の電気化学装置。
【請求項12】
前記第1電極及び前記第2電極は、それぞれITO膜を用いて構成される、
請求項1に記載の電気化学装置。
【請求項13】
前記シール材は、光硬化型樹脂、熱硬化型樹脂又はガラスフリットを用いて構成されている、
請求項1に記載の電気化学装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、電気化学装置に関する。
【背景技術】
【0002】
対向電極間に電解質液を保持し、電気化学的反応によりAgによるミラー層(金属膜)を電極上に析出/溶解できるエレクトロデポジション型の電気化学装置が知られている(例えば、特許第6738679号公報参照)。本願発明者らの検討によると、この種の電気化学装置において構成材料の組み合わせによっては、繰り返し金属膜の析出と溶解を繰り返した際に、金属膜を溶解して透明状態とするタイミングで金属膜の溶け残りが発生する場合があった。また、金属膜の溶け残りが発生する場合において、特定の構成材料には金属塩の析出、金属膜が得られない部分の発生に至る場合があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第6738679号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示に係る具体的態様は、電気化学装置において金属膜の溶け残りを解消し得る技術を提供することを目的の1つとする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示に係る一態様の電気化学装置は、
各々の一面が対向するように配置された第1基板及び第2基板と、
前記第1基板の一面側に設けられた第1電極と、
前記第2基板の一面側に設けられた第2電極と、
前記第1電極と前記第2電極との間に設けられた電解質層と、
前記電解質層を囲むようにして前記第1基板と前記第2基板との間に設けられたシール材と、
前記第1電極と前記第2電極のうち少なくとも1つの一面に設けられており、前記シール材の前記電解質層に接する側の端部よりも当該電解質層に近い側へ所定幅で突出した張り出し部位を有する絶縁膜と、
を含み、
前記電解質層は、Agを含むエレクトロデポジション材料、Ti、Bi、Cu若しくはSnを含む金属塩を一種以上含有するメディエーター、支持塩並びに溶媒を含む電解液である、
電気化学装置である。
【0006】
上記構成によれば、電気化学装置において金属膜の溶け残りを解消し得る技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1図1(A)は、一実施形態の電気化学装置の構成を説明するための模式的な断面図である。図1(B)は、一実施形態の電気化学装置の構成を説明するための模式的な平面図である。
図2図2(A)及び図2(B)は、それぞれ駆動電圧の波形例を示す図である。
図3図3は、比較例の電気化学装置の構成を説明するための模式的な断面図である。
図4図4は、電解質液への浸漬時間に対するITO膜のシート抵抗の変化を示したグラフである。
図5図5(A)~図5(D)は、比較例の電気化学装置における駆動電圧の繰り返し印加時における経時的な変化を模式的に示す図である。
図6図6(A)は、比較例の電気化学装置においてAgイオンの溶解性が低下するメカニズムを説明するための図である。図6(B)は、実施形態の電気化学装置における動作のメカニズムを説明するための図である。
図7図7は、比較例と実施例の各電気化学装置に対して駆動電圧を繰り返し印加した際の反射率の変化を示すグラフである。
図8図8(A)~図8(C)は、変形例の電気化学装置の構成を説明するための模式的な断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
図1(A)は、一実施形態の電気化学装置の構成を説明するための模式的な断面図である。また、図1(B)は、一実施形態の電気化学装置の構成を説明するための模式的な平面図である。図1(A)に示す断面図は図1(B)に示すa-a線断面に対応している。本実施形態の電気化学装置(エレクトロデポジション装置)は、例えば、透明状態と鏡面状態を切り替え可能なミラーデバイスとして用いられるものである。
【0009】
第1基板11と第2基板12は、互いの一面同士が対向するように配置されている。これらの第1基板11、第2基板12としては、ガラス基板、樹脂基板などの透明基板が用いられる。第1基板11と第2基板12の間には図示しないスペーサーが設けられており、それらスペーサーによって基板間の隙間が数μm~数百μmに保たれている。スペーサーとしては、例えば樹脂を用いて形成された球状、柱状ないし隔壁状のスペーサーを用いることができる。
【0010】
第1電極13は、第1基板11の一面側に設けられている。第2電極14は、第2基板12の一面側に設けられている。これらの第1電極13、第2電極14としては、例えば錫ドープ酸化インジウム膜(ITO膜)、鉛ドープ酸化インジウム膜(IZO膜)、フッ素ドープ酸化錫膜(FTO膜)、アンチモンドープ酸化錫膜(AZO膜)などの透明導電膜を用いることができる。また、ポリピロール、PEDOT(ポリ3,4-エチレンジオキシチオフェン)などの導電性ポリマーや、IrOx、MnOx、CrOx、NiOx、WOx(いずれもxは任意の正の値)の材料を用いて各電極を構成してもよい。
【0011】
第1絶縁膜15は、第1電極13の一面(第2基板12と対向する面)に設けられている。第2絶縁膜16は、第2電極14の一面(第1基板11と対向する面)に設けられている。これら第1絶縁膜15、第2絶縁膜16は、それぞれ図1(B)にその形成範囲が模様で示されるように、平面視において略矩形状であって略環状(枠状)に設けられている。第1絶縁膜15の平面視における内側には第1電極13が露出し、第2絶縁膜16の平面視における内側には第2電極14が露出する。
【0012】
第1絶縁膜15、第2絶縁膜16は、それぞれ平面視における略矩形の四隅それぞれに曲線状部位であるコーナー部20を有している。各コーナー部20は、図示の例では円弧状部位である。各コーナー部20の曲率半径Rは、少なくとも3mm以上とすることが望ましい。すなわち、各コーナー部20の曲率半径Rの下限値は3mmである。曲率半径Rの上限値については電気化学装置のサイズなどに応じて適宜設定すればよい。
【0013】
第1絶縁膜15、第2絶縁膜16は、それぞれ絶縁性を有する無機材料又は有機材料を用いて形成することが可能である。具体的には、無機材料の場合には例えばSiOx、SiNx(いずれもxは任意の正の値)を用いることが可能であり、有機材料の場合には例えばアクリル系樹脂、シロキサン系樹脂などを用いることが可能である。第1絶縁膜15、第2絶縁膜16の膜厚については、例えば10nm以上1000nm以下とすることが好ましく、50nm以上500nm以下とすることがより好ましい。
【0014】
電解質層17は、第1電極13と第2電極14の各一面の間に設けられている。電解質層17は、エレクトロデポジション材料、支持塩、メディエーターを溶媒中に含有する液体状又はゲル状の層である。
【0015】
エレクトロデポジション材料としては、銀(Ag)、ビスマス(Bi)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、カドミウム(Cd)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、錫(Sn)、鉛(Pb)、銅(Cu)からなる群より選択される一種以上の金属元素を含む材料(金属塩)を用いることができる。銀を含む材料としては、例えばAgNO、AgCl、AgClO、AgBrを用いることができ、ビスマスを含む材料としては、例えばBi(NO、BiCl、BiBrなどを用いることができる。エレクトロデポジション材料の濃度は、例えば50mM以上1000mMとすることができ、より好ましくは200mM以上800mM以下とすることができる。
【0016】
支持塩としては、エレクトロデポジション材料の酸化還元反応を促進するものであれば特に限定はなく、例えばリチウム塩(LiCl、LiBr、LiI、LiBF、LiClOなど)、カリウム塩(KCl、KBr、KIなど)、ナトリウム塩(NaCl、NaBr、NaIなど)を用いることができる。支持塩としてリチウム塩を用いる場合であれば、Liとエレクトロデポジション材料の金属元素との濃度比が1:1以上であることが好ましく、1:2以上1:8以下とすることがより好ましい。
【0017】
メディエーターとしては、例えば銅を含む材料を用いることができる。銅を含むメディエーターは、電解質層が呈色する。メディエーターとしてタンタル(Ta)を含む材料を用いることによって電解質層をほぼ無色にすることができる。なお、タンタルのほかにも、モリブデン(Mo)、ニオブ(Nb)などを含むメディエーターを用いても電解質層の透明度を高められる。具体的には、TaCl、MoCl、NbClなどを用いることができる。
【0018】
溶媒としては、エレクトロデポジション材料等を安定的に保持できるものであれば特に限定はなく、例えばN,N-ジメチルアセトアミド、4-ブチロラクトン、ジメチルスルホキシド、テトラヒドロフラン、炭酸プロピレン、アセトニトリルなどを用いることができる。ゲル化剤は必ずしも使用しなくてよい。電解質層をゲル化する場合にはポリマーが溶媒中で安定であれば特に限定はなく、例えばポリビニルアルコール系樹脂、ポリビニルブチラール系樹脂、ポリフッ化ビニリデン系樹脂などを用いることができる。
【0019】
シール材18は、第1基板11と第2基板12の各一面の間において、電解質層17を囲むようにして設けられている。このシール材18は、電解質層17を封止するためのものであり、電解質層17を安定に保持できる材料であれば特に限定はないが、例えば光硬化型樹脂、熱硬化型樹脂、ガラスフリットなどを用いることができる。一例として本実施形態では、紫外線硬化型樹脂によるシール材18が用いられる。
【0020】
図1(A)に例示する構成では、シール材18は、第1絶縁膜15と第2絶縁膜16のそれぞれに接する部位を有し、第1基板11と第2基板12のそれぞれには直接的に接する部位を有しないように設けられている。図示のようにシール材18は、第1絶縁膜15の内側(電解質層17に近い側)の端部から幅L1の範囲内には設けられず、当該幅L1の範囲よりも外側(電解質層17から遠い側)に設けられている。
【0021】
別言すれば、第1絶縁膜15は、シール材18の電解質層17に接する側の端部よりも当該電解質層17に近い側へ幅L1で突出した張り出し部位15aを有するといえる。この張り出し部位15aは、図1(B)に示すように平面視で略矩形状(枠状)に設けられている。
【0022】
同様にシール材18は、第2絶縁膜16の内側(電解質層17に近い側)の端部から一定の幅L2の範囲内には設けられず、当該幅L2の範囲よりも外側(電解質層17から遠い側)に設けられている。
【0023】
別言すれば、第2絶縁膜16は、シール材18の電解質層17に接する側の端部よりも当該電解質層17に近い側へ幅L2で突出した張り出し部位16aを有するといえる。この張り出し部位16aは、図1(B)に示すように平面視で略矩形状(枠状)に設けられている。
【0024】
各張り出し部位15a、16aの幅L1、L2については、それぞれ少なくとも3mm以上とすることが好ましく、10mm程度とすることがより好ましい。なお、幅L1と幅L2は異なる長さであってもよい。
【0025】
本実施形態の電気化学装置はこのような構成を有しており、例えば第1電極13を作用電極とし、第2電極14を対向電極として用いて両者にバイポーラの直流電源を接続して駆動電圧を印加することで動作させることができる。このときの駆動電圧は、第1電極13と第2電極14の間の電位差に等しい。図2(A)又は図2(B)に例示するような波形の駆動電圧を用い、第1期間においては金属が析出する電位差以上の駆動電圧を印加すると第1電極13と第2電極14の間に電流が流れ、作用電極である第1電極13では電解質中に含有される金属イオン(例えばAg)が電極を介して電子(e)を受け取ることで還元され、金属単体(例えばAg)として第1電極13の一面に析出する。このとき、第1電極13の表面が平坦であれば鏡面状態が得られる。なお、第1電極13の表面に微細な凹凸が設けられていれば黒色状態(低反射状態)が得られる。
【0026】
本願発明者は、上記のような電気化学装置において、どのような場合に金属膜が得られない部分が生じ、それによって鏡面状態が良好に得られない現象が生じるのかを詳細に検討した。以下、その内容について説明する。検討に際しては、図3に示すような構成の電気化学装置を比較例として用いた。この比較例の電気化学装置は、上記した本実施形態の電気化学装置と比べ、第1絶縁膜15と第2絶縁膜16が設けられていないという点が構成上の差異である。両者に共通する構成については同符号を付しており、それらについては詳細な説明を省略する。
【0027】
比較例の電気化学装置において、電解質層17に含有させるメディエーターとしてCu、Ge、Ta、Mo、Sn、Nb、Sb、Ti、Biを含む各材料を用いて本願発明者が検証したところ、第1電極13及び第2電極14やシール材18を溶解しないメディエーターはTi、Bi、Cu、Snを含む各材料であった。詳細には、本願発明者は、第1電極13及び第2電極14として用いる透明導電膜の一例としてのITO膜の電解質液に対する溶解性を以下のように検証した。
【0028】
図4は、電解質液への浸漬時間に対するITO膜のシート抵抗の変化を示したグラフである。ここでは、板厚0.7mmのソーダライムガラス基板を用い、その上面にスパッタ成膜によってITO膜を形成した基板を用いた。ITO膜は、膜厚が約365nm、浸漬前のシート抵抗が5Ω/sq.の多結晶膜である。浸漬する電解質液は、溶媒としてN,N-ジメチルアセトアミド、支持塩としてLiBr、エレクトロデポジション材料としてAgBr、メディエーターとしてTa、Mo、Nb、Ti、Bi、Cu、Snを含む各材料及びメディエーターを使用しないブランクを用意した。この電解液を70℃に保持し、そこへ上記したITO膜付きの基板を浸漬させてその経過時間である浸漬時間に対するシート抵抗値の変化を評価した。シート抵抗値については四端子法により計測した。
【0029】
図示のように、メディエーターがTi、Bi、Cu、Snを含む各材料並びにブランクの場合にはシート抵抗値の経時変化がほぼ観察されない。他方で、メディエーターがTa、Mo、Nbを含む各材料の場合にはシート抵抗値の経時変化が観察された。この経時変化はITO膜の溶解によるものと考えられる。この結果から、ITO膜を溶解しないメディエーターはTi、Bi、Cu、Snを含む各材料であると推測される。
【0030】
ここで、溶媒の比誘電率は溶媒の極性を示すパラメーターであり、一般には比誘電率が高いほど溶解性が高くなる。他方、Agイオンは溶媒による溶媒和などの影響を受け、溶媒によって鏡面状態の反射率が変化する。例えば、第1電極および第2電極としてITO膜を用いてメディエーターをSnとした組み合わせの場合、比誘電率が低い溶媒では比較的高い反射率が得られる。このため、このようにITO膜とITO膜を溶解しないメディエーターを含む材料との組み合わせにおいて、反射率の向上を考えると比誘電率の低い溶媒を用いることが好ましいといえる。具体的には、本願発明者の検討によれば比誘電率が8以下の溶媒を用いることが好ましいといえる。
【0031】
一例を挙げると、トリエチレングリコールジメチルエーテル(分子量178.23g/mol、比誘電率7.5)、ジエチレングリコールジメチルエーテル(分子量134.17g/mol、比誘電率7.3)、エチレングリコールジメチルエーテル(分子量90.12g/mol、比誘電率7.2)などを溶媒として好適に用いることができる。それに対して、例えばN,N-ジメチルアセトアミド(分子量87.1g/mol、比誘電率37.8)、γーブチロラクトン(分子量86.1g/mol、比誘電率39.1)、ジメチルスルホキシド(分子量78.13g/mol、比誘電率46.68)、n-メチル2-ピロリドン(分子量99.13g/mol、比誘電率32)といった比誘電率の比較的高いものは反射率向上という観点からは溶媒としてあまり好ましくないといえる。
【0032】
他方で、比誘電率εの比較的に低い溶媒を用いた際には、電解質層17中におけるAgイオンの溶解性が低下することが分かった。
【0033】
図5(A)~図5(D)は、比較例の電気化学装置に駆動電圧を繰り返し印加する試験を実施した際の経時的変化を説明するための図である。なお、電気化学装置は通常の使用時と同様に直立させて試験した。この系では、初期においてAgが溶解していた場合にも、駆動電圧を繰り返しオン/オフする試験を実施した際に、図5(A)に模式的に示すようにシール材18の近傍においてAgの溶け残り部分である残留成分30が発生する。さらに駆動電圧のオンオフを繰り返すと、残留成分30は、自重によって電解質層17の下側領域へ移動する(図5(B)参照)。
【0034】
さらに駆動電圧のオンオフを繰り返すと、電解質層17の内部における図中の上下方向(鉛直方向)において、上側でのAgの濃度が低く下側では高いという濃度勾配が発生する(図5(C)参照)。沈降したAgはメディエーターによりAgへ還元され、メディエーター中のBr濃度が十分に高い場合には[AgBr](x≧2)として溶解するが、沈降によって電解質層17の下側のAgが増えることでBr濃度が相対的に低くなった場合にはAgBrの結晶31として析出する(図5(D)参照)。それにより、鏡面状態とならない部分が発生する。これは、結晶31の析出により、結晶31においては電気化学反応が生じず、電気化学装置の上部においてはAgイオン濃度が薄くなるため鏡面を得るのに十分な還元反応が起こらないためである。
【0035】
図6(A)は、比較例の電気化学装置においてAgイオンの溶解性が低下するメカニズムを説明するための図である。同図ではシール材18近傍の模式的な拡大図が示されている。電気化学装置の製造時においてシール材18を硬化させる際に、シール材18からのアウトガス等の有機成分による汚染部分32がシール材18近傍に発生する。この有機成分についてはシール材18の硬化時に重合に至らなかった単分子成分であると推定される。従って、有機成分は基本的に製造時にのみ発生するものといえ、経時的に発生し続けるものではない。
【0036】
その後、駆動電圧の印加によって第1電極13(作用電極)にAg膜22が析出するが、その際、汚染部分32の内部にもAg粒子33が析出する。駆動電圧をオフにした後には、汚染部分32ではない部分に存在するAg膜22は溶解するが、汚染部分33の内部に存在するAg粒子33の一部が溶解せずに残留する。このようなメカニズムにより、上記した残留成分30が発生すると推測される。
【0037】
ここで、汚染部分32において残留成分30が生じるのは以下の要因が考えられる。
(1)電極酸化速度の低下(その1)
汚染部分32の発生により、汚染部分32を含む領域で電圧低下が生じ、Agの電極酸化によって溶解速度の低下を招く。
(2)電極酸化速度の低下(その2)
汚染部分32の有機成分とAgとの間に結合を生じ、溶解するために必要な電圧が上昇することで溶解速度の低下を招く。
(3)メディエーターによる溶解速度の低下
汚染部分32の内部に入り込んだAgとメディエーターとの距離が遠くなることから、溶解速度の低下を招く。
【0038】
そこで、本実施形態の電気化学装置では、上記した第1絶縁膜15等を設けることで汚染部分32による影響を抑えている。具体的には、図6(B)に示すように、汚染部分32がシール材18近傍に発生したとしても、この汚染部分32が第1絶縁膜15と重畳する位置に留まる。なお、図示を省略するが第2絶縁膜16においても同様である。この汚染部分32の広がる範囲については本願発明者の検討によるとシール材18から3mm程度の範囲であることが分かった。このため、第1絶縁膜15及び第2絶縁膜16のそれぞれの電解質層17側へ突出する張り出し部位15a、16aの距離L1、L2については上記したように少なくとも3mm以上とすることが好ましいといえる。そして、距離L1、L2を10mm程度とすることで汚染部分32を留まらせる効果がより確実に得られる。
【0039】
駆動電圧の印加によって第1電極13(作用電極)にAg膜22を析出させる際には、汚染部分32と第1電極13との間に第1絶縁膜15が存在することから、汚染部分32ではAg粒子33の析出を防ぐことができる。従って、駆動電圧をオフにした後にも、汚染部分32の内部には元々Ag粒子33が析出していないので、残留成分30が発生することがない。以上のようなメカニズムにより、本実施形態の電気化学装置では鏡面状態が得られなくなるという不都合を解消することができる。
【0040】
図7は、比較例と実施例の各電気化学装置に対して駆動電圧を繰り返し印加した際の反射率の変化を示すグラフである。ここでは、実施例として上記した実施形態の各構成を有する電気化学装置のサンプルを作製するとともに比較例の電気化学装置のサンプルも作製、それぞれの反射率の変化を測定した。
【0041】
実施例、比較例ともに、第1電極13及び第2電極14としてスパッタ成膜による膜厚365nmのITO膜を用い、電解質層17を構成する電解液として200mMのAgBr、800mMのLiBr、30mMのSnCl、ジエチレングリコールジメチルエーテルからなる電解液を用い、室温環境下において駆動電圧を繰り返し印加するオンオフ試験を行った。また、第1絶縁膜15及び第2絶縁膜16についてはスパッタ成膜による膜厚200nmのSiO膜とし、各々の電解質層17側へ突出する距離L1、L2についてはいずれも10mmとした。また、駆動電圧(図1(B)参照)については、オン期間(第1期間)の長さを10秒間、その時の電圧(電位差)を2.5Vとし、オフ期間(第2期間)の長さを30秒間、その時の電圧(電位差)を-0.5Vとし、これらを合計した40秒間で1サイクル(オンオフ回数が1回)とした。
【0042】
図示のように、実施例の電気化学装置ではオンオフ回数が10000回に至っても結晶(AgBr結晶31)の析出が生じず、反射率の低下が抑制されることが分かった。一方で、比較例の電気化学装置ではオンオフ回数が200回にて結晶の析出が生じており、反射率についても漸減する傾向が見られた。
【0043】
以上のように、本実施形態によれば、電気化学装置において、オフ時における金属膜の溶け残りを解消し得る。また、金属膜の溶け残りに起因する、金属膜を得られない部分が生じることを解消し得る。
【0044】
なお、本開示は上記した実施形態の内容に限定されるものではなく、本開示の要旨の範囲内において種々に変形して実施をすることが可能である。例えば、第1絶縁膜15及び第2絶縁膜16の構造については上記した実施形態に限定されず、以下に説明するような種々の変形実施例が考えられる。
【0045】
例えば、図8(A)に示す変形例の電気化学装置のように、シール材18は、第1絶縁膜15に重なって接する部位を有するとともに、当該第1絶縁膜15と重なる位置よりも電解質層17から遠い位置において第1基板11の一面と接する部位を有するように設けられていてもよい。同様に、シール材18は、第2絶縁膜16に重なって接する部位を有するとともに、当該第2絶縁膜16と重なる位置よりも電解質層17から遠い位置において第2基板12の一面と接する部位を有するように設けられてもよい。
【0046】
また、図8(B)に示す変形例の電気化学装置のように、絶縁膜は少なくとも一方の基板側に設けられていてもよい。図示の例では第1電極13が作用極として用いられて第2電極14が対向電極として用いられることを想定しているので、作用極側である第1電極13側に第1絶縁膜15が設けられ、第2絶縁膜16が省略されている。なお、同様にして上記した図8(A)に示した変形例においても何れか一方の絶縁膜(例えば第2絶縁膜16)が省略されてもよい。
【0047】
また、図8(C)に示す変形例の電気化学装置にように、シール材18は、第1基板11の一面及び第2基板12の一面のそれぞれに接する部位を有するとともに、絶縁膜の平面視における外縁部と接する部位を有するように設けられていてもよい。図示の例では第1電極13が作用極として用いられて第2電極14が対向電極として用いられることを想定しているので、作用極側である第1電極13側に第1絶縁膜15が設けられ、第2絶縁膜16が省略されている。そして、第1絶縁膜15は、その外縁部、すなわち電解質層17から遠い側の端部においてシール材18と接している。なお、第2絶縁膜16についても省略せずに、図示の第1絶縁膜15と同様の構成にて第2基板12側に設けられてもよい。
【0048】
また、上記した実施形態並びに各変形例において、第1絶縁膜15及び第2絶縁膜16は単層で構成されていてもよいし、複数層で構成されていてもよい。複数層に構成する場合においては各層を異なる材料の絶縁層としてもよい。また、上記した実施形態において、電極はITO膜、電解質層の溶媒は比誘電率8以下の溶媒、メディエーターはTi、Bi、Cu、Snを含む各材料、の材料の組み合わせで、説明したが、本開示はこれら材料の組み合わせに限らない。
【0049】
また、電解質層の溶媒としては、比誘電率8以下の溶媒に限定されず、炭酸エステル系有機溶剤、例えばジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、エチルメチルカーボネートなどを用いてもよい。この場合においても、比誘電率8を超える溶媒と適宜なメディエーターとの組み合わせで構成された電気化学装置における金属膜の溶け残りを解消することができる。
【0050】
本開示は、以下に付記する特徴を有する。
(付記1)
各々の一面が対向するように配置された第1基板及び第2基板と、
前記第1基板の一面側に設けられた第1電極と、
前記第2基板の一面側に設けられた第2電極と、
前記第1電極と前記第2電極との間に設けられた電解質層と、
前記電解質層を囲むようにして前記第1基板と前記第2基板との間に設けられたシール材と、
前記第1電極と前記第2電極のうち少なくとも1つの一面に設けられており、前記シール材の前記電解質層に接する側の端部よりも当該電解質層に近い側へ所定幅で突出した張り出し部位を有する絶縁膜と、
を含み、
前記電解質層は、Agを含むエレクトロデポジション材料、Ti、Bi、Cu若しくはSnを含む材料を一種以上含有するメディエーター、支持塩並びに溶媒を含む電解液である、
電気化学装置。
(付記2)
前記電解質層の前記溶媒の比誘電率が8以下である、
付記1に記載の電気化学装置。
(付記3)
前記電解質層の前記溶媒は、エーテル系有機溶剤、炭酸エステル系有機用剤の何れか一種以上を含む、
付記1に記載の電気化学装置。
(付記4)
前記エーテル系有機溶剤は、トリエチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテルの何れかである、
付記3に記載の電気化学装置。
(付記5)
前記炭酸エステル系有機溶剤は、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、エチルメチルカーボネートの何れかである、
付記3に記載の電気化学装置。
(付記6)
前記絶縁膜の前記張り出し部位の幅が3mm以上である、
付記1~5の何れかに記載の電気化学装置。
(付記7)
前記絶縁膜は、平面視において枠状に設けられている、
付記1~6の何れかに記載の電気化学装置。
(付記8)
前記絶縁膜は、平面視における四隅に円弧状部位を有する、
付記7に記載の電気化学装置。
(付記9)
前記シール材は、前記第1電極又は前記第2電極に接する部位を有さずに前記絶縁膜に重なる部位を有するように設けられている、
付記1~8の何れかに記載の電気化学装置。
(付記10)
前記シール材は、前記第1電極又は前記第2電極の一面に接する部位を有するとともに前記絶縁膜と重なる部位を有するように設けられている、
付記1~8の何れかに記載の電気化学装置。
(付記11)
前記シール材は、前記第1電極又は前記第2電極の一面に接する部位を有するとともに前記絶縁膜の平面視における外縁部と接する部位を有するように設けられている、
付記1~8の何れかに記載の電気化学装置。
(付記12)
前記第1電極及び前記第2電極は、それぞれITO膜を用いて構成される、
付記1~11の何れかに記載の電気化学装置。
(付記13)
前記シール材は、光硬化型樹脂、熱硬化型樹脂又はガラスフリットを用いて構成されている、
付記1~12の何れかに記載の電気化学装置。
【符号の説明】
【0051】
11:第1基板、12:第2基板、13:第1電極、14:第2電極、15:第1絶縁膜、16:第2絶縁膜、17:電解質層、18:シール材
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8