(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024016451
(43)【公開日】2024-02-07
(54)【発明の名称】がん治療法の有効性を評価するための方法、キット、構造物及び使用
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20240131BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20240131BHJP
【FI】
C12Q1/02
G01N33/48 P
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022118584
(22)【出願日】2022-07-26
(71)【出願人】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(71)【出願人】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】井川 和代
(72)【発明者】
【氏名】泉 健次
(72)【発明者】
【氏名】羽賀 健太
(72)【発明者】
【氏名】内藤 絵里子
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
【Fターム(参考)】
2G045AA26
2G045BB20
2G045BB24
2G045CA25
2G045CB01
2G045CB02
2G045CB09
2G045CB13
2G045CB26
2G045FB03
4B063QA01
4B063QA19
4B063QQ08
4B063QR77
4B063QS11
4B063QS36
4B063QS39
(57)【要約】
【課題】がん治癒経過を評価するシステムを提供する。
【解決手段】放射線療法を含むがん治療法の有効性を評価するための方法であって、ヒトがん細胞とヒト正常細胞を含む細胞培養体に放射線を照射すること、がん細胞と正常細胞の放射線照射による影響を評価することを含む、方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射線療法を含むがん治療法の有効性を評価するための方法であって、ヒトがん細胞とヒト正常細胞を含む細胞培養体に放射線を照射すること、がん細胞と正常細胞の放射線照射による影響を評価することを含む、方法。
【請求項2】
前記細胞培養体は、ヒトがん細胞層を上層、ヒト正常細胞層を下層とする細胞積層体である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記細胞培養体は、ヒトがん細胞がヒト正常細胞組織に浸潤した形態である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記ヒト正常細胞は、ヒトがん細胞が由来する組織のヒト正常細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記ヒト正常細胞は、ヒト線維芽細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記がん細胞はヒト口腔がん細胞であり、前記ヒト正常細胞はヒト口腔粘膜上皮角化細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記細胞培養体にさらにがん化学療法剤を適用し、放射線療法とがん化学療法を含む集学的治療の有効性を評価する、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
放射線療法とがん化学療法の間隔が3~4日である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
放射線療法の線量が2Gyeq ~80Gyeqである、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記ヒトがん細胞層ががん患者由来のがん細胞を含み、がん患者に応じた治療法を選択するために前記評価を行う、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
細胞培養体、培養液及び前記細胞培養体と前記培養液を収容した容器を含むがん治療法の評価を行うためのキットであって、前記細胞培養体は、ヒトがん細胞とヒト正常細胞を含み、前記がん治療法が放射線療法を含むキット。
【請求項12】
前記細胞培養体が、上層のヒトがん細胞層と下層のヒト正常細胞層を含む積層体である、請求項11に記載のキット。
【請求項13】
前記細胞培養体は、ヒトがん細胞がヒト正常細胞組織に浸潤した形態である、請求項11に記載のキット。
【請求項14】
前記ヒト正常細胞は、ヒトがん細胞が由来する組織のヒト正常細胞である、請求項11に記載のキット。
【請求項15】
前記ヒト正常細胞は、ヒト線維芽細胞である、請求項11に記載のキット。
【請求項16】
前記ヒト正常細胞層は培養液中に存在し、前記ヒトがん細胞層の一部または全部は培養液の液面の上に存在する、請求項11に記載のキット。
【請求項17】
前記ヒトがん細胞層ががん患者由来のがん細胞を含む、請求項11に記載のキット。
【請求項18】
前記がん細胞と前記正常細胞がヒト由来である、請求項11に記載のキット。
【請求項19】
細胞培養体と培養液を容器に収容してなる放射線療法を含むがん治療法の有効性を評価するための構造物。
【請求項20】
細胞培養体と培養液を容器に収容してなる構造物の放射線療法を含むがん治療法の有効性を評価するための使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、がん治療法の有効性を評価するための方法、キット、構造物及び使用に関する。
【背景技術】
【0002】
治療効果の評価として、例えば癌の場合は、担癌マウスモデルにおける腫瘍縮小効果で判断することが一般的である。特に2009 年よりEU では、動物実験が行われた化粧品に関しては原則禁止になっており、動物試験に代わる評価方法に期待が高まり、近年ではヒト細胞を用いた三次元培養モデル(特許文献1)が注目されている。特に、皮膚に関しては2014 年以降、三次元培養皮膚モデルを用いた食品や化粧品成分の評価(Advances in Skin & Wound Care, 2020)を報告している。口腔粘膜については、正常口腔粘膜3 次元モデルが歯磨き粉に対する毒性試験として用いられている(2011 SkinEthic, L'Oreal, Institut for In VitroSciences)。
【0003】
がん治療のおいては、手術療法・放射線療法・化学療法が三大治療として知られている。進行がんに対しては局所治療である手術の後に再発予防のため放射線療法や化学療法を組み合わせた集学的治療が行われることが多い。また、手術の前に化学放射線療法で癌を縮小させて手術を行うことで、切除範囲を小さくできるため治療後の早期社会復帰を可能とする治療法が選択される。
【0004】
集学的治療法の最適化のために疾患、治療の組み合わせ、治療のタイミングごとの動物試験を行うことは動物愛護の問題などから困難である。特に、放射線治療においては、放射線施設における動物試験数の制限、動物の放射化の問題、さらにマウスなどの小動物とヒトでは、サイズや細胞が異なることなどから、新規放射線治療の動物試験のみならず、特に放射線治療の組み合わせを前向きに評価することは難しい。従って、ヒト治療データをもとに化学放射線療法や放射線療法の組み合わせを検討することが多く、新規薬剤や新規放射線療法の組み合わせの検討にはかなりの時間を要してきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明によれば、がんの集学的治療法を迅速に評価できる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下のがん治療法の有効性を評価するための方法、キット、構造物及び使用を提供するものである。
〔1〕放射線療法を含むがん治療法の有効性を評価するための方法であって、ヒトがん細胞とヒト正常細胞を含む細胞培養体に放射線を照射すること、がん細胞と正常細胞の放射線照射による影響を評価することを含む、方法。
〔2〕前記細胞培養体は、ヒトがん細胞層を上層、ヒト正常細胞層を下層とする細胞積層体である、〔1〕に記載の方法。
〔3〕前記細胞培養体は、ヒトがん細胞がヒト正常細胞組織に浸潤した形態である、〔1〕に記載の方法。
〔4〕前記ヒト正常細胞は、ヒトがん細胞が由来する組織のヒト正常細胞である、〔1〕に記載の方法。
〔5〕前記ヒト正常細胞は、ヒト線維芽細胞である、〔1〕に記載の方法。
〔6〕前記がん細胞はヒト口腔がん細胞であり、前記ヒト正常細胞はヒト口腔粘膜上皮角化細胞である、〔1〕に記載の方法。
〔7〕前記細胞培養体にさらにがん化学療法剤を適用し、放射線療法とがん化学療法を含む集学的治療の有効性を評価する、〔1〕に記載の方法。
〔8〕放射線療法とがん化学療法の間隔が3~4日である、〔7〕に記載の方法。
〔9〕放射線療法の線量が2Gyeq ~80Gyeqである、〔1〕に記載の方法。
〔10〕前記ヒトがん細胞層ががん患者由来のがん細胞を含み、がん患者に応じた治療法を選択するために前記評価を行う、〔1〕に記載の方法。
〔11〕細胞培養体、培養液及び前記細胞培養体と前記培養液を収容した容器を含むがん治療法の評価を行うためのキットであって、前記細胞培養体は、ヒトがん細胞とヒト正常細胞を含み、前記がん治療法が放射線療法を含むキット。
〔12〕前記細胞培養体が、上層のヒトがん細胞層と下層のヒト正常細胞層を含む積層体である、〔11〕に記載のキット。
〔13〕前記細胞培養体は、ヒトがん細胞がヒト正常細胞組織に浸潤した形態である、〔11〕に記載のキット。
〔14〕前記ヒト正常細胞は、ヒトがん細胞が由来する組織のヒト正常細胞である、〔11〕に記載のキット。
〔15〕前記ヒト正常細胞は、ヒト線維芽細胞である、〔11〕に記載のキット。
〔16〕前記ヒト正常細胞層は培養液中に存在し、前記ヒトがん細胞層の一部または全部は培養液の液面の上に存在する、〔11〕に記載のキット。
〔17〕前記ヒトがん細胞層ががん患者由来のがん細胞を含む、〔11〕に記載のキット。
〔18〕前記がん細胞と前記正常細胞がヒト由来である、〔11〕に記載のキット。
〔19〕細胞培養体と培養液を容器に収容してなる放射線療法を含むがん治療法の有効性を評価するための構造物。
〔20〕細胞培養体と培養液を容器に収容してなる構造物の放射線療法を含むがん治療法の有効性を評価するための使用。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、以下のような格別の効果が奏せられる。
・患者さん一人ひとりにあわせた最も効果的な個別化治療の提案
・集学的治療法(例:術前ホウ素中性子捕捉療法と手術など)のデータ構築
・個別化がん化学療法レジメンの作成
・希少疾患に対する治療効果の評価
・集学的治療による費用対効果が算出可能
・集学的治療による延命効果の算出が可能
・デジタル診断が可能
・遠隔医療が可能
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施例1のDay1、Day7、Day14のHE染色結果を示す顕微鏡写真。
【
図2】実施例1のDay8、Day10、Day14のHE染色及び免疫染色(Ki67)結果を示す顕微鏡写真。
【
図3】実施例2において、がん細胞培養開始後7日目にX線10Gy照射又は非照射(コントロール)し、14日後のHE染色結果を示す顕微鏡写真。
【
図4】実施例3において、口腔がん3次元in vitroモデル(HSC4)培養開始後7日目に炭素線(重粒子線)10Gyeq照射又は非照射(コントロール)し、照射1日後及び7日後のHE染色結果を示す顕微鏡写真。
【
図5】実施例4において、Day7に中性子照射(線量:20Gyeq)を行い、Day14にHE染色を行った結果を示す。
【
図6】実施例5において、7日後シスプラチン10mg/m
2投与後3日後にX線20Gy照射、14日目にHE染色した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明に使用するヒトがん細胞としては、胃がん、食道がん、大腸がん、結腸がん、直腸がん、膵臓がん、乳がん、卵巣がん、前立腺がん、扁平上皮細胞がん、基底細胞がん、腺がん、骨髄がん、腎細胞がん、尿管がん、肝がん、胆管がん、子宮頚がん、子宮内膜がん、精巣がん、小細胞肺がん、非小細胞肺がん、膀胱がん、上皮がん、頭蓋咽頭がん、喉頭がん、舌がん、繊維肉腫、粘膜肉腫、脂肪肉腫、軟骨肉腫、骨原性肉腫、脊索腫、血管肉腫、リンパ管肉腫、リンパ管内皮肉腫、滑膜腫、中皮腫、ユーイング腫瘍、平滑筋肉腫、横紋筋肉腫、精上皮腫、ウィルムス腫瘍、神経膠腫、星状細胞腫、骨髄芽種、髄膜腫、黒色腫、神経芽細胞腫、髄芽腫、網膜芽細胞腫、悪性リンパ腫などのヒト由来の細胞が挙げられる。ヒトがん細胞は、患者由来のヒトがん細胞を用いてもよく、ヒトがん細胞株を用いてもよい。患者由来のヒトがん細胞を用いることで、特定の患者のがん治療に適した方法を見出すことができる。ヒトがん細胞株の例としては、ヒト乳がん細胞株としてHBC-4、BSY-1、BSY-2、MCF-7、MCF-7/ADR RES、HS578T、MDA-MB-231、MDA-MB-435、MDA-N、BT-549、T47D、ヒト子宮頸がん細胞株としてHeLa、ヒト肺がん細胞株としてA549、EKVX、HOP-62、HOP-92、NCI-H23、NCI-H226、NCI-H322M、NCI-H460、NCI-H522、DMS273、DMS114、ヒト大腸がん細胞株としてCaco-2、COLO-205、HCC-2998、HCT-15、HCT-116、HT-29、KM-12、SW-620、WiDr、ヒト前立腺がん細胞株としてDU-145、PC-3、LNCaP、ヒト中枢神経系がん細胞株としてU251、SF-295、SF-539、SF-268、SNB-75、SNB-78、SNB-19、ヒト卵巣がん細胞株としてOVCAR-3、OVCAR-4、OVCAR-5、OVCAR-8、SK-OV-3、IGROV-1、ヒト腎がん細胞株としてRXF-631L、ACHN、UO-31、SN-12C、A498、CAKI-1、RXF-393L、786-0、TK-10、ヒト胃がん細胞株としてMKN45、MKN28、St-4、MKN-1、MKN-7、MKN-74、皮膚がん細胞株としてLOX-IMVI、LOX、MALME-3M、SK-MEL-2、SK-MEL-5、SK-MEL-28、UACC-62、UACC-257、M14、ヒト白血病細胞株としてCCRF-CRM、K562、MOLT-4、HL-60TB、RPMI8226、SR、UT7/TPO、Jurkat、ヒト上皮様癌細胞株として、A431、ヒトメラノーマ細胞株としてA375、ヒト骨肉腫細胞株として、MNNG/HOS、ヒト膵臓癌細胞株として、MIAPaCa-2等、さらに他のがん細胞株としてHEK293(ヒト胎児腎細胞)等が挙げられる。
【0011】
ヒト正常細胞としては、線維芽細胞、平滑筋細胞、骨格筋細胞、ケラチノサイト、脂肪細胞、間葉細胞、上皮細胞、表皮細胞、内皮細胞、血管内皮細胞、肝実質細胞、神経系細胞、グリア細胞、星状膠細胞、心臓細胞、食道細胞、メラニン細胞等が含まれる。当該体細胞は、例えば皮膚、腎臓、脾臓、副腎、肝臓、肺、卵巣、膵臓、子宮、胃、結腸、小腸、大腸、膀胱、前立腺、精巣、胸腺、筋肉、結合組織、骨、軟骨、血管組織、血液(臍帯血を含む)、骨髄、心臓、眼、脳または神経組織などの任意の組織から採取される細胞が含まれる。
【0012】
ヒト正常細胞層は、例えばハイドロゲルと正常細胞を混合することにより作成することができる。ヒトがん細胞層は、ハイドロゲルを用いて層状に形成してもよいが、がん細胞は1層で形成しても培養を継続することで増殖するので、ハイドロゲルを使用しなくてもがん細胞層を作製することができる。
【0013】
ヒトがん細胞とヒト正常細胞を、必要に応じてハイドロゲルとともに混合して容器に播種するか、あるいは、ヒト正常細胞層上にヒトがん細胞を播種した場合であって、ヒトがん細胞がヒト正常細胞層に浸潤した場合には、ヒトがん細胞とヒト正常細胞が混在することになり、細胞培養体においてヒト正常細胞層とヒトがん細胞層は明確な分離はない。細胞培養体は、ヒトがん細胞層とヒト正常細胞層が明確に分離した積層体の形態と、ヒトがん細胞とヒト正常細胞が一部または全体的に混在、あるいは、がん細胞が正常細胞内に浸潤した形態のいずれであってもよい。 ハイドロゲルとしては、コラーゲン、ゼラチン、ヒアルロナート、ヒアルロナン、フィブリン、アルギナート、アガロース、キトサン、キチン、セルロース、ペクチン、デンプン、ラミニン、フィブリノーゲン/トロンビン、フィブリリン、エラスチン、ガム、セルロース、寒天、グルテン、カゼイン、アルブミン、ビトロネクチン、テネイシン、エンタクチン/ニドジェン、糖タンパク質、グリコサミノグリカン、ポリ(アクリル酸)およびその誘導体、ポリ(エチレンオキシド)およびその共重合体、ポリ(ビニルアルコール)、ポリホスファゼン、マトリゲルなどが挙げられ、これらは1種単独で、あるいは2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0014】
本発明の1つの好ましい実施形態において、ヒト正常細胞は、ヒトがん細胞と同じ由来である。例えばヒトがん細胞がヒト口腔がん細胞である場合、前記ヒト正常細胞はヒト口腔がん細胞が由来するヒト口腔粘膜上皮角化細胞である。このように、ヒト正常細胞とヒトがん細胞が同じ組織由来である場合、ヒト正常細胞は株化されていない初代培養細胞を用いることになり、増殖能や分化能といった細胞生物学的特性が癌細胞と大きく異なることから、癌細胞との対比、違いが明確な細胞同士の共存を可能として、限りなくin vivo環境に類似している点で好ましい。
【0015】
本発明の他の1つの好ましい実施形態において、ヒト正常細胞は、ヒト線維芽細胞である。ヒト正常細胞がヒト線維芽細胞である場合、ヒト正常細胞は株化されていない初代培養細胞を用いることになり、二種類の細胞が隣接して存在することで、線維芽細胞と癌細胞間でおこる細胞生物学的相互作用(上皮間葉相互作用)が限りなくin vivo環境に類似している点で好ましい。
【0016】
正常細胞及びがん細胞は、容器中で層状に形成されるのが好ましい。
【0017】
本発明の1つの好ましい実施形態において、正常細胞層とがん細胞層を積層した積層体を用いる。好ましい積層体は上層にがん細胞層を含み、下層に正常細胞層を含む。上層にがん細胞層を含み、下層に正常細胞層を含む細胞積層体を培養すると、がん細胞の増殖によりがん細胞層の割合が高くなり、さらに培養を続けると(例えば10日間~20日間)、ほとんどががん細胞になり得る。したがって、上記のような積層体を用いる場合、集学的治療は、培養の初期(例えば0日目~10日目)に行うことが好ましい。放射線治療で大きな癌を模倣する場合には、11日目以降に集学的治療を行ってもよい。
【0018】
本発明で有効性が評価されるがん治療法としては、放射線療法、化学療法、温熱療法、免疫療法などの集学的療法が挙げられ、放射線療法、化学療法が好ましい。免疫療法を行う場合、キラーT細胞などのがん細胞を死滅させることができる免疫細胞をがん細胞に共存させておくことができる。
【0019】
有効性が評価されるがん治療法は放射線療法を必ず含み、放射線療法のみであってもよく、放射線療法と少なくとも1種の他のがん治療法を組み合わせてもよい。放射線療法は1種の放射線を用いて行ってもよく2種以上の放射線を同時に或いは間隔をあけて照射してもよい。がんの化学療法を行う場合、化学療法剤は1種のみを用いてもよく、2種以上の化学療法剤を併用してもよい。また、化学療法剤は、がん細胞層に対し1回のみの適用であってもよく、2回以上を一定の間隔をあけてがん細胞層に適用してもよい。
【0020】
がん治療として放射線療法と化学療法を組み合わせて行う場合、化学療法後に放射線療法を行ってもよく、放射線療法後に化学療法を行ってもよい。放射線療法と化学療法の間隔は、特に限定されないが、例えば3~4日である。放射線量は、例えば約100Gyeq以下、好ましくは約2Gyeq ~約80Gyeqが挙げられる。
【0021】
放射線療法に用いられる放射線の種類としては、X線、ガンマ線、陽子線、重粒子線、中性子線などが挙げられ、中性子線が好ましい。
【0022】
化学療法の場合、化学療法剤を培養液中に添加して行うことができる。化学療法剤を所定の間隔でがん細胞に適用する場合、化学療法剤を含まない培地と交換後に、再度化学療法剤を培地に加えることで、繰り返し化学療法剤をがん細胞に適用することができる。化学療法剤は、複数の濃度で細胞に適用することができる。
【0023】
細胞培養用の容器としては、公知の容器が使用され得、特に限定されないが、例えばシャーレ、フラスコ、プレート、培養インサート、ウェルなどが挙げられる。容器の材質としては、ガラス、ポリスチレンなどのプラスチックが挙げられる。容器の表面は、プラズマ処理、コロナ放電処理、酸化剤処理、親水物質コーティング処理などの細胞接着性を向上させる処理を行うことができる。市販の容器としては、6 Well ThinCertTMPlate(Greiner Item-No. 657110)、ポリスチレン-ブタジエン-コポリマー(本体)、ポリスチレン(フタ)などが挙げられる。
【0024】
培養液としては、細胞の生存増殖に必要な成分(無機塩、炭水化物、ホルモン、必須アミノ酸、非必須アミノ酸、ビタミン)等を含む基本培地であればよい。前記基本培地としては、例えば、DMEM、MEM、RPMI-1640、BME、DMEM/F-12、Glasgow MEM等が挙げられ、これらに限定されない。また、前記培地はさらに血清、又は、成長因子を含んでいてもよい。前記血清としては、例えば、FBS/FCS、NCS、CS、HS等が挙げられ、これらに限定されない。前記成長因子としては、例えば、上皮成長因子(EGF)、酸性繊維芽細胞成長因子(aFGF)、塩基性繊維芽細胞成長因子(bFGF)、インスリン様成長因子-1(IGF-1)、マクロファージ由来成長因子(MDGF)、血小板由来成長因子(PDGF)、腫瘍血管新生因子(TAF)等が挙げられる。これらの成長因子を単独で含んでいてもよく、複数組み合わせて含んでいてもよい。培地に含まれ得るホルモンとしては、例えば、インシュリン、グルカゴン、トリヨードチロニン、副腎皮質ホルモン等が挙げられる。これらのホルモンを単独で含んでいてもよく、複数組み合わせて含んでいてもよい。培地に含まれ得る抗生物質としては、例えば、ゲンタマイシン、アンフォテリシン、アンピシリン、ミノマイシン、カナマイシン、ペニシリン、ストレプトマイシン、ゲンタシン、タイロシン、オーレオマイシン等、通常の哺乳動物細胞の培養に用いられるものが挙げられる。これらの抗生物質を単独で含んでいてもよく、複数組み合わせて含んでいてもよい。
【0025】
がん治療法の有効性の評価は、放射線療法単独、あるいは放射線療法と他のがん治療法を組み合わせて癌細胞及び正常細胞に適用した後に、がん細胞と正常細胞の状態を免疫染色、光学顕微鏡観察、細胞死、細胞機能障害に対する陽性細胞数カウントによる定量評価により行うことができる。がん治療法の有効性の評価は、非侵襲的に癌細胞の間質(土台)への”浸潤”を画像評価することにより行ってもよい。
【0026】
免疫染色法は、一次抗体を標識して抗原の検出を行なう直接法と、非標識の一次抗体に対して標識した二次抗体を反応させ抗原の検出を行なう間接法に大別され、直接法と間接法のいずれでもよい。抗体に結合させる標識物質は特に限定されず、一般的な免疫染色において使用されている標識物質と同様のものを用いることができる。具体例としては、酵素、蛍光色素、金粒子、放射性物質などが挙げられる。酵素としては、アルカリホスファターゼ、ペルオキシダーゼ(セイヨウワサビペルオキシダーゼ等)、βガラクトシダーゼ等、公知のものを用いることができる。酵素を標識物質として用いる場合、該酵素に対応した発色基質、蛍光基質又は発光基質等の基質を該酵素と反応させ、その結果発生する発色、蛍光、発光等のシグナルを検出すればよい。本発明では、シグナル検出の簡便さ等の観点から、酵素標識及び発色基質を用いることが好ましい。発色は光学顕微鏡により容易に観察できる。酵素標識としてペルオキシダーゼを用いる場合、発色基質としてはDAB(3,3'-ジアミノベンジジン、茶褐色に発色)、AEC(アミノ-9-エチルカルボゾール、赤色に発色)等を用いることができる。酵素標識としてアルカリホスファターゼを用いる場合、発色基質としてはNF(ニューフクシン、赤色に発色)、FR(ファーストレッド、赤色に発色)等を用いることができる。後染色にはヘマトキシリン(核を青色に染色)やメチルグリーン(核を青緑色に染色)等の色素を使用することができる。
【0027】
前記評価を複数の治療法について行うことで、最も適切な治療法を選択することができる。
【実施例0028】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明する。
【0029】
実施例1
口腔癌3次元in vitroモデル作製方法
1モデルにつき5.0×105個の正常口腔粘膜線維芽細胞(OF)*1を4mLのコラーゲンゲル作成用試薬*2に組み込んでコラーゲンを作成し、インサート(Greiner Bio、Roskilde、Denmark)に播種した。培地はDMEM培地*3を使用し(1モデルにつき22ml;インサート内2ml, インサート外20ml)、2日間インキュベートした(5% CO2, 37℃)。
2日後に200μLマイクロピペットチップを用いてモデルをインサートの壁面から剥離し、自発的にゲルを収縮させた。その後は3日に一回の培地交換を行った。
5日後、1モデルにつき5.0×105個のヒト口腔扁平上皮癌株*4をモデル上面に播種し、さらに7日間液相培養した。その後インサート内に培地は入れず、インサート外の培地量を18mlに減らし、モデルを気相―液相培養し、その状態で7日間培養した。
計21日間で完成した3次元in vitroモデルを、4%パラホルムアルデヒドを用いて固定し、パラフィン包埋した。
【0030】
*1:正常口腔粘膜線維芽細胞(OF)はインフォームドコンセントを得られた新潟大学医歯学総合病院口腔外科を受診された患者さんから、小手術時に採取した口腔粘膜組織から単離、培養した。(新潟大学倫理委員会承認番号2015-5018)
初代(p0)培養細胞は、採取した口腔粘膜組織の結合組織部分を細切し、60mmdish(CORNING, NY, USA)に入れ、組織片培養を開始した。DMEM培地*3を3日ごとに供給した。細胞が80%コンフルエントに達したら、細胞を別の培養容器に継代培養し、P2~P5のOFを使用した。
*2:Cell matrix TypeI-A, DME(10倍濃縮培地), Buffer(再構成用緩衝液)を混合し作成した。(新田ゼラチン, 大阪, 日本)
*3:ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM; (DMEM; Thermo Fisher Scientific, Waltham, MA, USA)に10%胎児ウシ血清(FBS; Gibco, Brazil)、ゲンタマイシン(5.0μg/mL)、およびアンホテリシンB(0.375μg/mL; Thermo Fisher Scientific)を混合して使用した。
*4:ヒト口腔扁平上皮癌株(HSC-3,HSC-4; JCRB細胞バンク, 大阪, 日本)は購入した。癌細胞解凍後、OFと同様のDMEM培地を使用し、2日に一回の頻度で培地交換、適宜継代培養して使用した。
【0031】
HE染色(Hematoxylin-Eosin staining)プロトコール
パラフィン切片を3,5μmの厚さで作成し最低24時間、45℃のホットプレート上で乾燥させる。
染色当日、スライドガラスを65℃オーブンに入れて、20-30分温める。
I. 脱パラフィン
(1) レモゾール 7分×3
(2) 100%EtOH 2分×2
(3) 80%EtOH 2分
(4) 70%EtOH 2分
(5) 流水水洗 5-8分
(6) DW浸漬 1分以上
II. ヘマトキシリン染色
(7) ヘマトキシリン 3-4分
(8) 流水水洗 8-10分
(9) DW浸漬 1分以上
III. エオジン染色
(10) 0.1%エオジン 2-4分
(11) DW浸漬 2分
IV. 脱水
(12) 70%EtOH 20秒
(13) 80%EtOH 20秒
(14) 90%EtOH 20秒
(15) 100%EtOH 20秒×2
(16) レモゾール 5分×3
V. 封入
ソフトマウントにて封入。
【0032】
免疫染色(immunostaining)プロトコール
パラフィン切片を3,5μmの厚さで作成し最低48時間、45℃のホットプレート上で乾燥させる。
脱パラ前にスライドガラスを65℃オーブンに入れて、30分-1時間温める。
【0033】
*1日目
脱パラフィン
(1) レモゾール 7分×3
(2) 100%EtOH 2分×2
(3) 80%EtOH 2分
(4) 70%EtOH 2分
(5) DW浸漬 10分
【0034】
ペルオキシダーゼブロック
30%H2O2(500μl)+MtOH(49.5ml)=total 50ml作成する。
【0035】
30%H2O2は、必ず直前に入れること
保水槽にDWを入れてスライドを並べ、1000μlずつ上に垂らしていく。
*ちゃんと浸っているか確認
30分室温で放置した後、流水で5分
【0036】
抗原賦活化(抗体によってクエン酸バッファor TEバッファ使い分ける)
あらかじめ作っておいたクエン酸バッファor TEバッファにスライドを入れて、オートクレーブで121℃ 10分開始。終わってもすぐに出さず、ゆっくりクールダウンする。(オートクレーブ入れて冷やすまで1.5時間~2時間くらい)冷めたら染色用バットに移して流水5分。
TEバッファ(賦活化の力が強い)
×10Tris-EDTA Buffer(-30°フリーザーの隣の冷蔵庫の一番下段)を10倍希釈して使用。
Ex) ×10Tris-EDTA Buffer 40ml+ DW 360ml= total 400ml
【0037】
ブロッキング
ブロワーの中でPAPペンで切片上の組織を囲んだら、乾燥しないようMilkPBS垂らしておく。5回ほどwash。
濃MilkPBSを1サンプル1000μlずつ、囲んだサンプル上に垂らしていく。
30分インキュベータに入れて待機。終わってもwashしない。
【0038】
一次抗体反応(直前に作成)*氷必要
抗体によって1:100希釈だったり、1:200希釈だったりなので、確認する。
例えばKi67(1:100)、14枚スライドであれば1260μl必要(1スライド90μl)
Ki67 12.6μl:MilkPBS 1260μl
エッペンチューブにMilkPBSを入れておき、氷上で抗体を入れてvortexで混ぜる。(大元の抗体はvortex禁) ブロッキングを吸った切片の上に90μlずつ滴下し、4℃冷蔵庫でオーバーナイト。
Ki67(1:100)
LAT1(1:1000)
Caspase3(1:200)
【0039】
*2日目
Wash
一次抗体をMilkPBSでwash×5回(最後は染色バットで5分)
【0040】
二次抗体反応
切片上に目薬のように滴下して室温で1.5時間待機。
(一次抗体の種類によって、二次抗体がMouse or Rabbit決まっている。)
MilkPBSでwash×5回(最後はバットで5分)
Ki67(Mouse or Rabbit), LAT1(Rabbit), caspase3(Rabbit)
【0041】
DAB発色
(DABは発がん性物質のため注意、必ずグローブ使用し、飛び散った部分は10%次亜塩素酸のハイターで拭く。)
エッペンチューブにSubstrate1ml+DAB chromogen1滴の割合で作成し、vortexで混ぜる。
切片上に90μlずつ乗せてタイマースタート。顕微鏡で観察して発色あればDWでストップ。
Ki67は30分、caspase3, LAT1は60分待機。
流水で5分洗う。
【0042】
対比染色(ヘマトキシリン)
新しいものであれば5-10秒、古ければ1分ほど。1枚試して染まり具合を確認する。
流水で10分。
【0043】
脱水と封入
(1) 100%EtOH 3分×3(最後のEtOHは必ず新しいものを使う)
(2) レモゾール 5分×3
(3) ソフトマウントで封入。
【0044】
実施例2
実施例1で得られた口腔癌3次元in vitroモデルを14日間培養し、Day1、Day7、Day14にHE染色を行った(
図1)。また、Day8、Day10、Day14にHE染色及び免疫染色(抗体としてKi67を使用)を行った(
図2)。さらにDay7においてX線照射(線量:10Gy)又は非照射(コントロール)を行い、14日後のHE染色結果を
図3に示す。
【0045】
実施例3
実施例1で得られた口腔癌3次元in vitroモデル(HSC4)7日目に炭素線(重粒子線)照射(線量:10Gyeq)し、照射1日後と7日後にHE染色を行った(
図4)。
【0046】
実施例4
実施例1で得られた口腔癌3次元in vitroモデルの培養液にボロノフェニルアラニンを25ppmの濃度で添加(Boron)又は不添加(Non boron)し、Day7に中性子照射(線量:20Gyeq)を行い、Day14にHE染色を行った結果を
図5に示す。
【0047】
実施例5
抗がん剤とX線との評価
実施例1で得られた口腔癌3次元in vitroモデル(HSC4)にし、7日後シスプラチン10mg/m
2投与後3日後にX線20Gy照射、14日目にHE染色した結果を
図5に示す。