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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024164642
(43)【公開日】2024-11-27
(54)【発明の名称】被膜および軸受
(51)【国際特許分類】
   C23C 16/27 20060101AFI20241120BHJP
   F16C 19/06 20060101ALI20241120BHJP
   F16C 33/62 20060101ALI20241120BHJP
   F16C 33/64 20060101ALI20241120BHJP
   C23C 14/14 20060101ALI20241120BHJP
【FI】
C23C16/27
F16C19/06
F16C33/62
F16C33/64
C23C14/14 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023080269
(22)【出願日】2023-05-15
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100162765
【弁理士】
【氏名又は名称】宇佐美 綾
(72)【発明者】
【氏名】中村 克
(72)【発明者】
【氏名】山本 兼司
【テーマコード(参考)】
3J701
4K029
4K030
【Fターム(参考)】
3J701AA02
3J701AA42
3J701AA52
3J701AA62
3J701BA53
3J701BA54
3J701BA55
3J701BA69
3J701BA70
3J701DA05
3J701EA01
3J701EA03
3J701EA10
3J701EA47
3J701FA11
3J701GA24
3J701XB01
3J701XB03
3J701XB26
3J701XB33
4K029AA02
4K029AA21
4K029BA07
4K029BD04
4K029CA05
4K029CA13
4K029DC03
4K029EA01
4K030AA09
4K030AA10
4K030BA28
4K030CA02
4K030CA11
4K030FA01
4K030GA02
4K030JA01
4K030JA09
4K030JA17
4K030JA18
4K030LA23
(57)【要約】
【課題】鋼材における電食の発生を抑制することができ、且つ鋼材に対する実用的に十分な密着性を有する被膜を提供する。
【解決手段】本発明の被膜は、鋼材用の被膜であって、下地層と、前記下地層の上側に形成される表層と、を有し、下地層はCrからなり、厚さが100nm以上であり、表層はダイヤモンドライクカーボンからなり、塑性変形硬さが12~20GPaである。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材用の被膜であって、
下地層と、前記下地層の上側に形成される表層と、を有し、
前記下地層はCrからなり、厚さが100nm以上であり、
前記表層はダイヤモンドライクカーボンからなり、塑性変形硬さが12~20GPaである、被膜。
【請求項2】
前記表層の厚さが1~10μmである、請求項1に記載の被膜。
【請求項3】
前記下地層の厚さが200nm以下である、請求項1に記載の被膜。
【請求項4】
鋼製の軸受上に形成される、請求項1に記載の被膜。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の被膜が表面の少なくとも一部に形成された、軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材用の被膜およびこの被膜を有する軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、温室効果ガスの発生を抑制するため、自動車等の分野では世界的に駆動装置が内燃機関からモーター等の電動機に移行している。それとともに、電動機用の充電池の充電時間の短縮や、電動機の高出力化のために電動機の駆動電圧の高電圧化が進められている。今後、モーターの駆動電圧の高電圧化が進むと、モーターの回転軸を支持するボールベアリング等の軸受において、いわゆる電食が発生する頻度が高まることが予測される。
【0003】
電食とは、回転中の軸受の内部を電流が通過した際に、軸受の軌道輪と転動体とが接触する部分においてスパークが発生し、接触部において軌道輪および転動体の表面が溶融して損傷する現象である。
【0004】
この電食の発生を抑制する方法としては、軸受に電流が流れないようにする方法と軸受自体が電流を流さないようにする方法がある。軸受に電流が流れないようにする方法としては、アースリング等でバイパスする方法がある。軸受自体が電流を流さないようにする方法としては、転動体にセラミック等の絶縁物を使用する方法や、内輪とともに軌道輪を構成する外輪を絶縁膜で被覆する方法がある。これら以外の方法としては、軸受内部でスパークが発生しないように、軌道輪と転動体との間に導電性が高い潤滑油を注入する方法等もある。
【0005】
軸受に電流が流れないようにする方法として、例えば特許文献1には、軸受の互いに同心に配置された外輪と内輪の少なくとも片方が金属製であり、かつ、絶縁膜で被覆されるコーティング方法において、平均粒径が1μm以上30μm未満の酸化アルミニウム粉末に、平均粒径が2μm以上10μm未満の炭化ケイ素粉末および/または平均粒径が2μm以上10μm未満の窒化アルミニウム粉末を合計2~40質量%となるように添加した混合溶射材を用いて溶射を行ない、前記外輪および/または前記内輪に前記絶縁膜を形成することを特徴とする軸受のコーティング方法が開示されている。
【0006】
特許文献2には、内周面に外輪軌道を形成した金属製の外輪と、この外輪の内側に配置され、外周面に内輪軌道を形成した金属製の内輪と、これら外輪軌道と内輪軌道との間に転動自在に設けられた、それぞれが金属製である複数個の転動体とを備え、絶縁被膜が形成された電食防止用絶縁転がり軸受を製造する方法において、前記外輪の前記外輪軌道を除く表面のうち、少なくとも外周面に、10~70μmの粒径分布に製粒され、アルミナにジルコニアを5質量%以上40質量%以下の割合で含む電融材を溶射して溶射被膜を形成した後、前記溶射被膜の気孔を封孔剤で充填して封孔処理することを特徴とする電食防止用絶縁転がり軸受の製造方法が開示されている。
【0007】
また、特許文献3には、軸電圧が生じるようなモータに使用された場合でも電食が防止できる転がり軸受を、回転精度の低下等が生じない方法で提供することを目的とし、鋼製の外輪の外周面に、表面抵抗が10Ω以上のダイヤモンドライクカーボン(DLC)層が形成されていることを特徴とする転がり軸受が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2017-53481号公報
【特許文献2】特開2015-212576号公報
【特許文献3】特開2006-226500号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1に開示されている絶縁膜および特許文献2に開示されている絶縁被膜は原料を溶射して形成されている。溶射により形成された被膜は、脆く扱いづらいという問題がある。一方、特許文献3に開示されているDLC層は、主にスパッタリングにより形成されたものであり、溶射により形成された被膜に比べて扱いやすい。
【0010】
特許文献3には、実施例としてDLC層の塑性変形硬さと体積抵抗値との関係等については開示されている。しかし、特許文献3では、電食発生の有無の検討に用いられた実施例および比較例のいずれのDLC層についても具体的な厚さや、面積抵抗値、体積抵抗値、スパークによってDLC層か破壊される電圧(以下「絶縁破壊電圧」ともいう。)等の特性については開示されておらず、電食の発生を防止できる具体的な条件は明らかではなかった。また、特許文献3には、被成膜物とDLC層との間にクロム下地層およびクロムカーバイド中間層を設けることが開示されているが、これらの層の果たす役割や電食への影響、具体的な厚さについては開示されていない。
【0011】
さらに、本発明者が検討したところ、電食が発生する条件は、モーターに印加された電圧やモーターおよび軸受の置かれている環境、モーターに接続されたバッテリーの容量等によってばらつきがあり、電食を防止することができるDLC層の厚さや絶縁破壊電圧は具体的には定めることが難しいことがわかった。また、DLC層を軸受の表面に直接設けた場合だけでなく、DLC層と軸受の表面との間に何らかの下地層を有する被膜を設けた場合であっても下地層の種類や厚さによってはDLC層および下地層を含む当該被膜の軸受に対する密着性が実用的に不十分であることがわかった。
【0012】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたものであり、鋼材における電食の発生を抑制することができ、且つ鋼材に対する実用的に十分な密着性を有する被膜を提供することを目的とする。また、このような被膜を有する軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、種々検討した結果、上記目的は、以下の発明により達成されることを見出した。
【0014】
本発明の一局面に係る被膜は、鋼材用の被膜であって、
下地層と、前記下地層の上側に形成される表層と、を有し、
前記下地層はCrからなり、厚さが100nm以上であり、
前記表層はダイヤモンドライクカーボンからなり、塑性変形硬さが12~20GPaである。
【0015】
本発明の他の局面に係る軸受は、上記被膜が表面の少なくとも一部に形成されている。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、鋼材における電食の発生を抑制することができ、且つ鋼材に対する実用的に十分な密着性を有する被膜を提供することができる。また、このような被膜を有する軸受を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、本発明の実施形態に係る被膜の模式図である。
図2図2は、本発明の実施形態に係る軸受の断面図である。
図3図3は、下地層を形成する装置の模式図である。
図4図4は、表層を形成する装置の模式図である。
図5図5は、絶縁破壊電圧の測定に用いた絶縁破壊電圧測定装置の模式図である。
図6図6は、表層の塑性変形硬さと厚さ1μm当たりの絶縁破壊電圧との関係を示すグラフである。
図7図7は、表層の厚さと絶縁破壊電圧との関係を示すグラフである。
図8図8は、下地層の厚さと絶縁破壊電圧との関係を示すグラフである。
図9図9(a)~(d)は、スクラッチ試験後の下地層の状態を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一実施形態に係る被膜および軸受について図面を参照しつつ説明する。
【0019】
〈被膜の構成〉
図1は、本実施形態に係る被膜の模式図である。本実施形態に係る被膜1は、鋼材用の被膜であって、下地層2と、下地層の上側に形成される表層3と、を有し、下地層2はCrからなり、厚さが100nm以上であり、表層3はダイヤモンドライクカーボンからなり、塑性変形硬さが12~20GPaである。被膜1を鋼材の表面に設けることにより、鋼材における電食の発生を抑制することができる。また、被膜1は、鋼材に対して実用的に十分な密着性を有する。
【0020】
被膜1は、鋼材4の表面に形成される。鋼材の用途や化学組成は特に限定されない。被膜1を例えばボールベアリング等の軸受に使用する場合、鋼材としてJIS G 4805:2019(高炭素クロム軸受鋼鋼材)で規定されるSUJ2~SUJ5を使用することができる。
【0021】
下地層2はCr(クロム)からなり、厚さが100nm以上である。下地層2は、鋼材4と表層3との間に配置される。下地層2は、鋼材4および表層3のいずれとも密着性が高い。そのため、本実施形態に係る被膜1は、表層3を直接鋼材4の表面に形成する場合に比べて、鋼材4に対して高い密着性を有する。
【0022】
下地層2の厚さは、100nm以上とする。下地層2の厚さが100nm未満であると、被膜1の十分な密着性が得られない。また、下地層2の厚さは、被膜1の絶縁破壊電圧を高める観点から、200nm以下が好ましく、100nmに近いことがより好ましい。
【0023】
表層3はダイヤモンドライクカーボン(DLC)からなり、塑性変形硬さが12~20GPaである。表層3の塑性変形硬さを12~20GPaとすることにより、表層3の厚さ1μm当たりの絶縁破壊電圧を35V/μm以上とすることができる。本発明者らが検討したところ、表層3の厚さ1μm当たりの絶縁破壊電圧を35V/μm以上とすることにより被膜1を形成した鋼材4における電食の発生を抑制することができることがわかっている。
【0024】
表層3の塑性変形硬さは13GPa以上が好ましい。これにより、被膜1を形成した鋼材4における電食の発生をより抑制することができる。表層3の塑性変形硬さは14GPa以上がより好ましい。これにより、鋼材4における電食の発生をさらに抑制することができる。また、表層3の塑性変形硬さは17GPa以下が好ましい。これにより、鋼材4における電食の発生をより抑制することができる。表層3の塑性変形硬さは15GPa以下がより好ましい。これにより、鋼材4における電食の発生をさらに抑制することができる。
【0025】
また、表層3の塑性変形硬さが不十分である場合、例えば被膜1を形成した軸受を、自動車等の内部に設けられた軸受の支持部材やモーターの回転軸等に組み込む際に表層3が損傷するおそれがある。しかし、本実施形態の表層3の塑性変形硬さは12GPa以上であり、上記SUJ2の塑性変形硬さの8.5GPaよりも硬いため、このような損傷を抑制することができる。
【0026】
本実施形態で、「塑性変形硬さ」とは、測定対象物に所定形状の圧子を規定の荷重をかけて押し当てて測定対象物を塑性変形させた際に、圧子にかけた荷重と圧子の押し込み深さから算出される数値であり、ナノインデンテーション試験によって測定することかできる。
【0027】
表層3の厚さは、被膜1を形成した製品の実際の使用環境に応じて定めればよい。表層3の厚さは1~10μmが好ましい。表層3の厚さが1μm以上であれば、表層3は60V以上の十分な絶縁破壊電圧を有する。表層3は厚いほど表層3および被膜1の絶縁破壊電圧が高くなるため、より厚い方が好ましい。表層3が十分な絶縁破壊電圧を有することにより、被膜1の絶縁性能を向上させ、たとえ鋼材4に電食が発生したとしても被膜1の損傷を抑制することができる。しかし、表層3を厚くするほど、表層3の形成に長時間を要するため、表層3の厚さは10μm以下が好ましい。
【0028】
〈軸受の構成〉
図2は、本実施形態に係る軸受の断面図である。軸受30は、いわゆる転がり軸受であり、具体的にはボールベアリングである。軸受30は、軌道輪を構成する内輪31および外輪33と、軌道輪に挟まれる球状の転動体32と、を有する。軸受30は、自動車等の内部においてモーターの回転軸を支持するために用いられる。軸受30の外輪33の外周面33aは、自動車等の内部に設けられた支持部材(不図示)によって支持される。また、軸受30の内輪31は、内輪31によってモーターの回転軸(不図示)を支持する。
【0029】
本実施形態に係る軸受30は、上記の被膜が表面の少なくとも一部に形成されている。軸受30において、被膜を形成する場所は任意の場所とすることができ、外輪33の表面に形成することが好ましい。外輪33の表面に形成する場合、被膜は外輪33の表面全体に形成してもよい。また、外輪33のうち、外周面33aに被膜を形成してもよい。被膜を少なくとも外輪33の外周面33aに形成することにより、モーターから自動車等の内部の支持部材に流れる漏れ電流を遮断することができ、軌道輪を構成する内輪31および外輪33と、軌道輪に挟まれる球状の転動体32との間で電食が発生するのを抑制することができる。
【0030】
〈被膜の製造方法〉
本実施形態に係る被膜の製造方法について説明する。なお、被膜の製造方法は、以下の方法に限定されるものではない。
【0031】
図3は下地層を形成する装置の模式図であり、図4は表層を形成する装置の模式図である。本実施形態に係る被膜の下地層は、図3に示すアンバランスマグネトロンスパッタ(UBMS)装置10を用いて製造することができる。UBMS装置10は、チャンバー11と、チャンバー11内に配置されたカソード13およびステージ16と、カソード13に接続されたスパッタ電源12と、ステージ16に接続されたバイアス電源15と、を備える。チャンバー11は、プロセスガス18が導入される導入口11aと、排気ガス19が排出される排気口11bを有する。カソード13はカソード13の表面に並んで露出するように配置された複数の磁石13a、13b、13cを有し、カソード13の表面にはCrからなる板状のターゲット14が配置される。ステージ16上には鋼材からなる基板17が配置される。
【0032】
UBMS装置10において、スパッタ電源12およびバイアス電源15に電圧を印加し、プロセスガス18であるAr(アルゴン)ガスを導入すると、Ar原子18aがターゲット14に衝突してCrイオン14aが飛び出し、基板17上にCrイオン14aが吸着され、下地層が形成される。
【0033】
下地層を形成する際の条件は、例えば次のように設定することができる。スパッタ電源12の電力は2kW、バイアス電源15に印加されるバイアス電圧は50V、プロセスガス18(アルゴンガス)のチャンバー11内での圧力は0.6Paとすることができる。これらの値は一例であり、形成する下地層の厚さや基板の大きさ、形状等に応じて変化させることができる。
【0034】
本実施形態に係る被膜の表層は、図4に示すプラズマCVD(Chemical Vapor Deposition、化学気相成長)装置20を用いて形成することができる。プラズマCVD装置20は、チャンバー21と、チャンバー21内に配置された高周波印加電極23およびステージ26と、高周波印加電極23に接続された高周波電源22と、ステージ26に接続されたバイアス電源25と、を備える。チャンバー21は、原料ガス28が導入される導入口21aと、排気ガス29が排出される排気口21bを有する。ステージ26上には下地層27aが形成された基板27が配置される。本実施形態に係るダイヤモンドライクカーボンからなる表層を形成する場合、原料ガス28としてCH(メタン)、C(アセチレン)、C(トルエン)等の炭化水素ガスを使用することができる。
【0035】
プラズマCVD装置20において、高周波電源22およびバイアス電源25に電圧を印加し、原料ガス28を導入すると、原料ガス28がプラズマ化され、プラズマ28aが基板27の下地層27a上に吸着され、ダイヤモンドライクカーボンからなる表層が下地層27a上に形成される。
【0036】
表層を形成する際の条件は、例えば次のように設定することができる。高周波電源22の電源周波数は300kHz、バイアス電源25に印加されるバイアス電圧は600V、原料ガス28のチャンバー21内での圧力は原料ガス28をCHまたはCとした場合には5~10Paとすることができる。これらの値やガス種は一例であり、形成する表層の厚さや基板の大きさ、形状等に応じて変化させることができる。
【0037】
また、表層すなわちダイヤモンドライクカーボンの塑性変形硬さは、チャンバー21内での原料ガス28の圧力やガス種によって制御することができる。具体的には、原料ガス28の圧力を低くすることで表層を硬くすることができる。また、原料ガス28のガス分子を構成する炭素数が多いガス種の方が、炭素数が少ないガス種に比べて圧力の変化に伴うダイヤモンドライクカーボンの塑性変形硬さの変化が大きい。
【0038】
〈開示した技術のまとめ〉
本明細書は、上述したように様々な態様の技術を開示しているが、そのうち主な技術を以下にまとめる。
【0039】
上述したように、本発明の一局面に係る被膜は、鋼材用の被膜であって、下地層と、前記下地層の上側に形成される表層と、を有し、前記下地層はCrからなり、厚さが100nm以上であり、前記表層はダイヤモンドライクカーボンからなり、塑性変形硬さが12~20GPaである。
【0040】
この構成によれば、鋼材における電食の発生を抑制することができ、且つ鋼材に対する実用的に十分な密着性を有する被膜を得ることができる。
【0041】
上記構成の被膜は、前記表層の厚さが1~10μmであることが好ましい。
【0042】
この構成によれば、被膜を十分な絶縁破壊電圧を有するものとすることができ、たとえ電食が発生したとしても被膜の損傷を抑制することができる。
【0043】
上記構成の被膜は、前記下地層の厚さが200nm以下であることが好ましい。
【0044】
この構成によれば、被膜の絶縁破壊電圧を高めることができる。
【0045】
上記構成の被膜は、鋼製の軸受上に形成されてもよい。
【0046】
また、上述したように、本発明の他の局面に係る軸受は、上記被膜が表面の少なくとも一部に形成されている。
【実施例0047】
鋼材の表面に形成した下地層および表層について、厚さ、塑性変形硬さ、絶縁破壊電圧および密着性を測定または評価した。
【0048】
〈使用した試料〉
鋼材の表面に直接ダイヤモンドライクカーボンからなる表層のみを形成した試料(試料A)、鋼材の表面にCrからなる下地層およびダイヤモンドライクカーボンからなる表層を形成した試料(試料B)、鋼材の表面にCrからなる下地層のみを形成した試料(試料C)を作製した。
【0049】
塑性変形硬さの評価には試料Aを使用した。絶縁破壊電圧の評価には試料Aおよび試料Bを使用した。密着性の評価には試料Cを使用した。
【0050】
各試料の鋼材はJIS G 4805:2019で規定されるSUJ2からなる厚さ5mm、直径50mmの鋼板を使用した。
【0051】
試料B、試料Cの下地層は、図3に示すUBMS装置を用いて形成した。下地層の形成条件は以下の通りとした。
【0052】
スパッタ電力: 2kW
バイアス電圧: 50V
プロセスガス: Ar
プロセスガスの圧力:0.6Pa
試料A、試料Bの表層は、図4に示すプラズマCVD装置を用いて形成した。表層の形成条件は以下の通りとした。試料Aの表層は下地層の上に形成した。
【0053】
電源周波数: 300kHz
バイアス電圧: 600V
原料ガス: CH、C
原料ガスの圧力: 5~10Pa
〈各特性の測定、評価方法〉
(厚さの測定方法)
上記試料Aの表層の厚さおよび試料Cの下地層の厚さは、以下の方法で測定した。一部にマスキングを設けた鋼板上に表層または下地層を形成し、マスキングを剥がした。マスキングを剥がした部分と表層または下地層を形成した部分との間に形成される段差の高さを触針式段差計によって測定し、この高さを表層または下地層の厚さとした。
【0054】
上記試料Bの下地層および表層の厚さについては、以下の方法で測定した。2箇所にマスキングを設けた鋼板上にまず下地層を設け、マスキングのうち1つを剥がしてさらに鋼板上および下地層上に表層を設けた。残りのマスキングを剥がした部分と下地層のみを形成した部分および表層のみを形成した部分との間に形成される段差の高さを測定し、この高さを下地層または表層の厚さとした。
【0055】
(塑性変形硬さの測定方法)
塑性変形硬さの測定は、上記試料Aを用い、ナノインデンテーション試験によって実施した。ナノインデンテーション試験機は、株式会社エリオニクス製のものを用いた。圧子は三角錐のバーコビッチ圧子を使用し、荷重は10mNとした。
【0056】
(絶縁破壊電圧の測定方法)
絶縁破壊電圧の測定は、上記試料Aおよび試料Bを用い、JIS C 2110-1:2016(固体電気絶縁材料-絶縁破壊の強さの試験方法-第1部:商用周波数交流電圧印加による試験)に準拠して実施した。
【0057】
図5は、絶縁破壊電圧の測定に用いた絶縁破壊電圧測定装置の模式図である。絶縁破壊電圧測定装置40は、金属板からなるステージ41と、金属球45と、金属棒46を介して金属球45の上部に設けられた錘42と、ステージ41に接続された電極43と、金属棒46に接続された電極44と、を有する。図中の試料Sは、上記試料Aまたは試料Bを使用し、表層が金属球45側となるように、ステージ41と金属球45との間に挟む。ステージ41と金属球45との間に挟まれた試料Sに10V/sの昇圧速度で印加する電圧を上昇させ、電流値が1mAに到達した際の電圧を絶縁破壊電圧と定義した。
【0058】
(密着性の評価方法)
密着性の評価は、上記試料Cを用い、スクラッチ試験により実施した。スクラッチ試験は、具体的には、ステージ上に下地層が上になるように試料Cを載置し、下地層に針を乗せて実施した。針は10mm/minで下地層上を移動させ、針にかかる荷重は1分間で0Nから100Nまで増加させた。下地層が剥離を開始する荷重(以下「剥離開始荷重」という。)および観察された下地層の剥離状態を密着性の評価に用いた。剥離開始荷重は、針によるスクラッチ痕の長さから算出した。
【0059】
〈各特性の測定、評価結果〉
(試料Aの表層の厚さ、塑性変形硬さおよび絶縁破壊電圧)
試料Aについては、原料ガスのガス種および圧力を変えて形成したダイヤモンドライクカーボンからなる表層を鋼板表面に有する複数種類の試料(試料No.A1~A11)を作製した。各試料の作製に使用したガス種、圧力および各特性の測定結果を表1に示す。表層は、被膜における電食の発生を抑制することができる厚さ1μm当たりの絶縁破壊電圧が35V/μm以上の場合を合格とした。
【0060】
【表1】
【0061】
図6は、表1に示す結果から得られた表層の塑性変形硬さと厚さ1μm当たりの絶縁破壊電圧との関係を示すグラフである。表1および図6から、表層の塑性変形硬さが12~20GPaであれば、表層の厚さ1μm当たりの絶縁破壊電圧について合格値である35V/μm以上が得られることがわかった。
【0062】
また、表層の塑性変形硬さを13GPa以上、または17GPa以下とすることにより厚さ1μm当たりの絶縁破壊電圧を60V/μm以上とすることができることがわかった。さらに、表層の塑性変形硬さを14GPa以上、または15GPa以下とすることにより厚さ1μm当たりの絶縁破壊電圧を80V/μm以上とすることができることがわかった。
【0063】
また、CHに比べてCの方がガス圧力の変化による表層の塑性変形硬さの変化が大きいことがわかった。
【0064】
図7は、表1に示す結果から得られた表層の厚さと絶縁破壊電圧との関係を示すグラフである。図7から、表層の塑性変形硬さが13GPa以上17GPa以下である場合、表層の絶縁破壊電圧は、表層の厚さに比例することがわかった。また、図7上に示した測定結果の近似直線から、表層の厚さを1μm以上である場合、絶縁破壊電圧が60V以上となることがわかった。
【0065】
(試料Bの表層および下地層の厚さおよび絶縁破壊電圧)
試料Bについては、鋼板表面に形成されるCrからなる下地層の厚さを変えて複数種類の試料(試料No.B1~B4)を作製した。試料Bの表層は、原料ガスをCとし、原料ガスの圧力を10Paとして形成した。各試料の下地層の厚さ、表層の厚さ、下地層および表層の合計厚さ、下地層および表層を合わせた絶縁破壊電圧、表層の厚さ1μm当たりの絶縁破壊電圧、ならびに下地層および表層の合計の厚さ1μm当たりの絶縁破壊電圧の測定結果を表2に示す。
【0066】
【表2】
【0067】
図8は、表2に示す結果から得られた下地層の厚さと絶縁破壊電圧との関係を示すグラフである。図8から、下地層の厚さが200nm以下の範囲では、下地層が薄いほど、絶縁破壊電圧が高いことがわかった。また、表2から、下地層の厚さが200nm以下の範囲では、合格値を満たす表層の厚さ1μm当たりの絶縁破壊電圧を得ることができること、および下地層が薄いほど、表層の厚さ1μm当たりの絶縁破壊電圧が高いことがわかった。表層および下地層の合計厚さ1μm当たりの絶縁破壊電圧についても同様である。
【0068】
(試料Cの下地層の密着性)
試料Cについては、Crからなる下地層の厚さを変えて複数種類の試料(試料No.C1~C4)を作製した。各試料の下地層の厚さおよび剥離開始荷重の測定結果を表3に示す。また、図9は、スクラッチ試験後の各試料の下地層の状態を示す写真である。図9(a)は試料No.C1、図9(b)は試料No.C2、図9(c)は試料No.C3、図9(d)は試料No.C4の写真である。
【0069】
【表3】
【0070】
表3から、剥離開始荷重には下地層の厚さによる大きな差は生じていないことがわかった。一方、図9(b)~(d)に示す下地層が100nm以上の場合にはスクラッチ痕周辺には大きな剥離は見られないのに対して、図9(a)に示す下地層が100nm未満の場合には楕円Aで囲んだ部分に示すようにスクラッチ痕周辺に大きな鱗状の剥離が顕著に見られた。これらの結果から、鋼材に対する十分な密着性を得るには、下地層の厚さを100nm以上とする必要があることがわかった。
【0071】
試料Bおよび試料Cの測定結果から、下地層の厚さが薄いほど表層の厚さ1μm当たりの絶縁破壊電圧を高くすることができるものの、密着性を考慮すると下地層を100nm以上とする必要があることがわかった。
【符号の説明】
【0072】
1 被膜
2 下地層
3 表層
4 鋼材
30 軸受
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9