(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024164726
(43)【公開日】2024-11-27
(54)【発明の名称】表面処理金属材の製造方法及び接合体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 26/00 20060101AFI20241120BHJP
B05D 7/14 20060101ALI20241120BHJP
B05D 3/12 20060101ALI20241120BHJP
B05D 7/24 20060101ALI20241120BHJP
C23C 28/00 20060101ALI20241120BHJP
C09D 183/02 20060101ALI20241120BHJP
C09D 183/04 20060101ALI20241120BHJP
C09D 7/61 20180101ALI20241120BHJP
C09D 5/00 20060101ALI20241120BHJP
C09J 5/00 20060101ALI20241120BHJP
C09J 201/00 20060101ALI20241120BHJP
C09J 7/30 20180101ALN20241120BHJP
C09D 201/00 20060101ALN20241120BHJP
【FI】
C23C26/00 A
B05D7/14 P
B05D3/12 B
B05D7/24 302Y
C23C28/00 Z
C09D183/02
C09D183/04
C09D7/61
C09D5/00 D
C09J5/00
C09J201/00
C09J7/30
C09D201/00
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023080412
(22)【出願日】2023-05-15
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】高橋 佑輔
(72)【発明者】
【氏名】勝野 大樹
(72)【発明者】
【氏名】山本 慎太郎
【テーマコード(参考)】
4D075
4J004
4J038
4J040
4K044
【Fターム(参考)】
4D075AB01
4D075AE03
4D075BB04X
4D075BB24Z
4D075BB26Z
4D075BB38Z
4D075BB60Z
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4J004AA13
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4J038DL021
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4J040PA02
4K044AA02
4K044AA03
4K044AA06
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4K044BA21
4K044BB01
4K044BB03
4K044BB11
4K044CA07
4K044CA16
4K044CA31
4K044CA53
4K044CA62
(57)【要約】
【課題】表面に皮膜を形成する工程の前に複雑な前処理工程や前処理溶液が不要であり、これにより、環境への負荷を低減することができるとともに、低コストで容易に表面処理皮膜を形成することができる表面処理金属材の製造方法を提供する。
【解決手段】金属基材1の表面の少なくとも一部にシラン皮膜が設けられた表面処理金属材を製造する製造方法は、金属基材の表面の少なくとも一部の領域Rに、ブラスト処理用の砥粒2を投射するブラスト処理工程と、ブラスト処理を施した金属基材1の表面に、シラン化合物を含有する金属処理用溶液を被着させる被着工程と、金属処理用溶液を被着させた金属基材1を乾燥させ、シラン皮膜を形成する乾燥工程と、を有する。
【選択図】
図1A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基材の表面の少なくとも一部にシラン皮膜が設けられた表面処理金属材を製造する製造方法であって、
前記金属基材の表面の少なくとも一部に、ブラスト処理を施すブラスト処理工程と、
前記ブラスト処理を施した前記金属基材の表面に、シラン化合物を含有する金属処理用溶液を被着させる被着工程と、
前記金属処理用溶液を被着させた前記金属基材を乾燥させ、シラン皮膜を形成する乾燥工程と、を有することを特徴とする表面処理金属材の製造方法。
【請求項2】
前記乾燥工程の後に、洗浄工程を実施しないことを特徴とする、請求項1に記載の表面処理金属材の製造方法。
【請求項3】
前記金属処理用溶液は、0.01質量%以上1質量%以下の含有量でシラン化合物を含有し、
前記シラン化合物は、アルキルシリケート又はそのオリゴマーと、有機シラン化合物の加水分解物又はその重合物と、を含むことを特徴とする、請求項1に記載の表面処理金属材の製造方法。
【請求項4】
前記ブラスト処理工程と前記被着工程との間に、
前記ブラスト処理を施した前記金属基材を水洗する水洗工程を有し、
前記ブラスト処理を施した面に、前記水洗工程における水が付着した状態で、前記被着工程を実施することを特徴とする、請求項1に記載の表面処理金属材の製造方法。
【請求項5】
前記ブラスト処理工程の終了後から、前記被着工程を開始するまでの時間を、8時間以内とすることを特徴とする、請求項1に記載の表面処理金属材の製造方法。
【請求項6】
前記金属処理用溶液の全質量に対して、直径が1nm以上である粒子状の無機化合物の含有量が0.05質量%以下である、請求項1に記載の表面処理金属材の製造方法。
【請求項7】
前記被着工程は、
前記金属処理用溶液を前記金属基材に塗布することにより、前記金属基材の表面に前記金属処理用溶液を被着させる塗布工程と、
前記塗布工程により発生した余剰の金属処理用溶液を回収する回収工程と、を有し、
前記余剰の金属処理用溶液を、他の表面処理金属材の製造時における前記被着工程において再利用することを特徴とする、請求項1に記載の表面処理金属材の製造方法。
【請求項8】
前記被着工程は、
前記金属処理用溶液に前記金属基材を浸漬することにより、前記金属基材の表面に前記金属処理用溶液を被着させる浸漬工程を有することを特徴とする、請求項1に記載の表面処理金属材の製造方法。
【請求項9】
前記シラン皮膜は、その表面に直接、接着剤又は塗料が被着されるものであることを特徴とする、請求項1~8のいずれか1項に記載の表面処理金属材の製造方法。
【請求項10】
前記表面処理金属材は、前記シラン皮膜の表面に接する機能層を有し、
前記機能層は、前記接着剤又は塗料により形成された接着樹脂層又は塗膜であり、
前記乾燥工程の後に、
前記シラン皮膜の表面に前記機能層を形成する機能層形成工程を有することを特徴とする、請求項9に記載の表面処理金属材の製造方法。
【請求項11】
請求項1~8のいずれか1項に記載の製造方法によって製造される表面処理金属材を含む、接合体の製造方法であって、
第1部材と第2部材とを、接着樹脂層を介して接合する接合工程を有し、
前記第1部材及び前記第2部材の少なくとも一方が、前記表面処理金属材であり、
前記接合工程において、前記表面処理金属材の前記シラン皮膜と前記接着樹脂層とを接触させるように配置して、前記第1部材と前記第2部材とを接合することを特徴とする、接合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面処理金属材の製造方法、及び該表面処理金属材を含む接合体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車、船舶及び航空機などの輸送機の分野においては、軽量化の観点から、鋼材と軽量素材(アルミニウム合金やチタン合金、炭素繊維など)のような異種材料間の接合技術として、接着接合が使用される。また溶接工の後継者不足や技術伝承、作業環境改善といった現場課題に対し、生産性や作業性向上の観点からも、溶接代替技術として接着接合が注目されている。
【0003】
一方、接着接合は、長期間使用時の強度信頼性に課題があり、高温、高湿環境や疲労又はクリープなどの応力が複合的に作用する環境では、溶接やボルト締めと比較して強度低下が生じやすいことが知られている。接着接合では、接着剤と被着材である金属との密着性が重要であり、金属材料表面と接着剤の密着性が不十分であると、金属と樹脂との界面に水が浸入する。その結果、金属表面の腐食が進行し、両者の界面から剥離が生じるため、接着強度が著しく低下する。そのため、金属と接着樹脂の密着性を高めることで接着界面への水の浸入を予防し、また、万が一水が浸入しても金属表面が容易に状態変化しないように、金属材料の表面を改質し、接着に適した表面状態に調整する必要がある。
【0004】
上記各課題を解決するため、従来から種々の表面処理技術が提案されている。例えば、特許文献1には、Al-Mg系合金またはAl-Mg-Si系合金からなる基材の表面に、シラン化合物を含有する処理液を、所定の塗布量で塗布する塗布工程を有する、アルミニウム表面処理材料の製造方法が提案されている。また、上記アルミニウム表面処理材料の製造方法は、上記塗布工程の後に、処理液を皮膜とするための乾燥工程と、所定の皮膜量及び元素濃度比を有する皮膜を形成するための水洗工程と、を有し、これにより、接着耐久性が優れた皮膜を形成することができる。
【0005】
また、特許文献2には、アルミニウム合金基材の表面の少なくとも一部に、所定の酸化皮膜を形成する酸化皮膜形成工程と、酸化皮膜の少なくとも一部に、特定の水溶液を塗布する表面処理皮膜形成工程と、を備えるアルミニウム合金材の製造方法が提案されている。上記水溶液は、酸化皮膜のケイ酸塩と有機シラン化合物とを含み、pHが調整されている。これにより、接着強度が低下し難く、接着耐久性に優れ、かつ生産性に優れたアルミニウム合金材を製造することができる。
【0006】
さらに、特許文献3には、アルミニウム材の表面に、接着用下地皮膜として、水分散性シリカ、リン酸、及びシランカップリング剤を含むシリカ含有皮膜が形成されたアルミニウム塗装材が開示されている。上記シリカ含有皮膜は、P含有量とSi含有量との質量比が規定されており、これにより、優れた密着強度及び耐食性能を得ることができる。
【0007】
さらにまた、特許文献4には、水性機能化溶液を、調製されたアルミニウム合金製品上にロールコーティングする工程と、これを乾燥させる工程を有する調整方法が開示されている。上記水性機能化溶液は、第1のモノマー構成成分及び第2のポリマー構成成分を含み、各成分の成分量の関係が調整されている。これにより、接合耐久性を向上させることができる。
【0008】
さらにまた、特許文献5には、Mgを含有するアルミニウム合金からなる基板に対して、エッチング量Eが所定の関係を満たすように、酸エッチング処理を施し、この基板に対して化成処理を施して、Mg、Ti及びZrを含有する無機皮膜を形成する、表面処理アルミニウム合金板の製造方法が記載されている。上記特許文献5に記載の製造方法によると、接着耐久性が優れた表面処理アルミニウム合金板を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2017-197838号公報
【特許文献2】特開2017-203209号公報
【特許文献3】国際公開第2018/207685号
【特許文献4】特開2020-528339号公報
【特許文献5】特許第7084957号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上記特許文献1~5に記載の技術は、表面処理の前処理工程において、材料表面に付着した油分などの汚れを除去するためのアルカリ水溶液による脱脂処理、酸化被膜を除去するための硫酸やフッ酸、硝酸による酸洗処理が必要である。また、特許文献3~5においては、表面処理の工程においても、フッ酸やリン酸を含む酸性の処理液を使用する。このため、処理設備をステンレスなどの高耐食性金属で設計する必要があり、このような高耐食性金属で処理設備を作製した場合であっても、長期間使用すると、これら薬品に侵されて設備が劣化する。
【0011】
さらに、表面処理及び前処理工程において、大量のアルカリ、酸、フッ酸やリン酸を含む廃液が発生するため、これらの産業廃棄物処理が必要となる。さらにまた、アルカリや酸、表面処理液に含まれる各種薬剤は、材料の表面処理に伴って消費され、代わりに母材の金属の溶出に伴って液が劣化する。したがって、定常的に液の状態をモニタリングし、液の状態に応じて処理温度や処理時間を調整するか、薬剤を補給するなど、処理条件の厳密な管理を必要とする。このようなプロセスは、環境面、経済面、生産面の観点から何れも望ましくなく、現代において人類の課題となっている持続可能な社会目標達成のためには、このような有害廃液を多量に発生し、生産性や経済性に不利なプロセスの改善が必要である。
【0012】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、表面に皮膜を形成する工程の前に複雑な前処理工程や前処理溶液が不要であり、これにより、環境への負荷を低減することができるとともに、低コストで容易に表面処理皮膜を形成することができる表面処理金属材の製造方法、及びこの表面処理金属材を含む接合体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の上記目的は、表面処理金属材の製造方法に係る下記[1]の構成により達成される。
【0014】
[1] 金属基材の表面の少なくとも一部にシラン皮膜が設けられた表面処理金属材を製造する製造方法であって、
前記金属基材の表面の少なくとも一部に、ブラスト処理を施すブラスト処理工程と、
前記ブラスト処理を施した前記金属基材の表面に、シラン化合物を含有する金属処理用溶液を被着させる被着工程と、
前記金属処理用溶液を被着させた前記金属基材を乾燥させ、シラン皮膜を形成する乾燥工程と、を有することを特徴とする表面処理金属材の製造方法。
【0015】
また、表面処理金属材の製造方法に係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[2]~[10]に関する。
【0016】
[2] 前記乾燥工程の後に、洗浄工程を実施しないことを特徴とする、[1]に記載の表面処理金属材の製造方法。
【0017】
[3] 前記金属処理用溶液は、0.01質量%以上1質量%以下の含有量でシラン化合物を含有し、
前記シラン化合物は、アルキルシリケート又はそのオリゴマーと、有機シラン化合物の加水分解物又はその重合物と、を含むことを特徴とする、[1]又は[2]に記載の表面処理金属材の製造方法。
【0018】
[4] 前記ブラスト処理工程と前記被着工程との間に、
前記ブラスト処理を施した前記金属基材を水洗する水洗工程を有し、
前記ブラスト処理を施した面に、前記水洗工程における水が付着した状態で、前記被着工程を実施することを特徴とする、[1]~[3]のいずれか1つに記載の表面処理金属材の製造方法。
【0019】
[5] 前記ブラスト処理工程の終了後から、前記被着工程を開始するまでの時間を、8時間以内とすることを特徴とする、[1]~[4]のいずれか1つに記載の表面処理金属材の製造方法。
【0020】
[6] 前記金属処理用溶液の全質量に対して、直径が1nm以上である粒子状の無機化合物の含有量が0.05質量%以下である、[1]~[5]のいずれか1つに記載の表面処理金属材の製造方法。
【0021】
[7] 前記被着工程は、
前記金属処理用溶液を前記金属基材に塗布することにより、前記金属基材の表面に前記金属処理用溶液を被着させる塗布工程と、
前記塗布工程により発生した余剰の金属処理用溶液を回収する回収工程と、を有し、
前記余剰の金属処理用溶液を、他の表面処理金属材の製造時における前記被着工程において再利用することを特徴とする、[1]~[6]のいずれか1つに記載の表面処理金属材の製造方法。
【0022】
[8] 前記被着工程は、
前記金属処理用溶液に前記金属基材を浸漬することにより、前記金属基材の表面に前記金属処理用溶液を被着させる浸漬工程を有することを特徴とする、[1]~[6]のいずれか1つに記載の表面処理金属材の製造方法。
【0023】
[9] 前記シラン皮膜は、その表面に直接、接着剤又は塗料が被着されるものであることを特徴とする、[1]~[8]のいずれか1つに記載の表面処理金属材の製造方法。
【0024】
[10] 前記表面処理金属材は、前記シラン皮膜の表面に接する機能層を有し、
前記機能層は、前記接着剤又は塗料により形成された接着樹脂層又は塗膜であり、
前記乾燥工程の後に、
前記シラン皮膜の表面に前記機能層を形成する機能層形成工程を有することを特徴とする、[9]に記載の表面処理金属材の製造方法。
【0025】
本発明の上記目的は、接合体の製造方法に係る下記[11]の構成により達成される。
【0026】
[11] [1]~[8]のいずれか1つに記載の製造方法によって製造される表面処理金属材を含む、接合体の製造方法であって、
第1部材と第2部材とを、接着樹脂層を介して接合する接合工程を有し、
前記第1部材及び前記第2部材の少なくとも一方が、前記表面処理金属材であり、
前記接合工程において、前記表面処理金属材の前記シラン皮膜と前記接着樹脂層とを接触させるように配置して、前記第1部材と前記第2部材とを接合することを特徴とする、接合体の製造方法。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、表面に皮膜を形成する工程の前に複雑な前処理工程や前処理溶液が不要であり、これにより、環境への負荷を低減することができるとともに、低コストで容易に表面処理皮膜を形成することができる表面処理金属材の製造方法、及びこの表面処理金属材を含む接合体の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1A】
図1Aは、本発明の実施形態に係る表面処理金属材の製造方法を工程順に示す図であり、ブラスト処理工程を示す斜視図である。
【
図1B】
図1Bは、本発明の実施形態に係る表面処理金属材の製造方法を工程順に示す図であり、被着工程を示す斜視図である。
【
図1C】
図1Cは、本発明の実施形態に係る表面処理金属材の製造方法を工程順に示す図であり、乾燥工程を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明者らは、ステンレスやチタンなどの難接着金属材料であっても、接着接合への適用が可能であり、省資源、省エネルギーを実現することができるとともに、低コストで容易に製造することができる表面処理金属材の製造方法について、鋭意研究を行った。その結果、接着樹脂との優れた接着性を有するシラン皮膜を利用し、このシラン皮膜を形成する工程の前処理を簡略化することにより、上記課題を解決することができることを見出した。以下、本発明の実施形態に係る表面処理金属材の製造方法について説明する。
【0030】
[表面処理金属材の製造方法]
本発明の実施形態に係る製造方法により製造される表面処理金属材は、金属基材の表面の少なくとも一部にシラン皮膜が設けられたものである。以下、図面を用いて、各工程について説明する。
図1A~
図1Cは、本発明の実施形態に係る表面処理金属材の製造方法を工程順に示す斜視図である。
【0031】
<ブラスト処理工程>
図1Aに示すように、まず、金属基材1の表面の少なくとも一部の領域Rに、ブラスト処理を施す。具体的には、ブラスト用の砥粒2又は砥粒を含む溶液を、圧縮エアやモータ等を使用して領域Rに高速で投射する。これにより、薬液等を使用することなく、金属基材1の表面に存在している汚染物質、付着物や酸化皮膜を除去し、清浄化することができる。また、ブラスト処理により、領域Rに凹凸形状が形成されるため、次工程で形成するシラン皮膜との接合性を高めることができる。
【0032】
(ブラスト処理の種類)
ブラスト処理工程におけるブラスト処理の種類としては特に限定されず、乾式ブラスト工法を用いても、湿式ブラスト処理工法を用いてもよく、いずれの処理工法を用いても、同様の効果が得られる。例えば、乾式ブラスト工法を用いると、設備が小型であって汎用的であるため、経済的な観点で好ましいが、ブラスト時に発熱するため、金属基材1の表面の酸化皮膜の状態に影響が生じる可能性がある。また、ブラスト後の砥粒が材料表面に残留して、シラン皮膜の形成や接着強度に影響を与える可能性がある。一方、湿式ブラスト工法を用いると、金属基材1の表面への入熱が少なく、砥粒の残留も抑制でき、粉塵対策や、処理の安定性の観点で好ましいが、設備が大型化するため、コストが高くなってしまう可能性がある。したがって、要求される効果に基づいて、いずれの工法を使用するかを選択することができる。
【0033】
本実施形態において、砥粒の種類も特に限定されず、市販の砥粒を使用することができる。砥粒の粒径や砥粒を投射する際の圧力も特に限定されず、一般的に使用される条件で実施することができるが、例えば、粒径は1~1000μm、圧力は0.01~1.0MPaとすることができる。
【0034】
<水洗工程>
上記ブラスト処理工程の後に、ブラスト処理が実施された金属基材1を水洗する水洗工程を有していてもよい。この水洗工程は、後の被着工程において、金属処理用溶液を被着させるまでの間に、大気中から余分な汚染物質が金属基材1に吸着するのを避ける保護効果も期待できる。したがって、可能であれば、水洗工程を実施することが好ましい。また、水洗工程を実施した場合に、後の被着工程を実施するまでの間、水洗工程における水が付着した状態で保持しておくと、表面の汚染を予防することができる点で、より好ましい。
【0035】
<被着工程>
次に、
図1Bに示すように、上記ブラスト処理を施した金属基材1の表面の領域Rに、シラン化合物を含有する金属処理用溶液3を被着させる。被着工程においては、シラン化合物を主体とする主成分が、適切な量で金属基材1の表面に存在するように被着させればよい。したがって、金属基材1の表面に金属処理用溶液3を被着させる方法は、特に限定されず、塗布方式でも浸漬方式でもよい。塗布方式としては、スプレーやシャワー、ロールコート、刷毛による塗布等の方法が挙げられ、金属基材1の形状や処理面積に応じて、適切な被着方法を選択することが好ましい。
【0036】
(被着工程を実施するタイミング)
被着工程を開始するタイミングは、ブラスト処理工程の終了後であれば特に限定されない。ただし、被着工程を開始するまでの間に、ブラスト処理を施した金属基材1の表面が汚染されてしまうと、金属処理用溶液中のシラン化合物と、金属基材1の表面の酸化皮膜との間の化学結合形成が阻害されてしまう。したがって、ブラスト処理工程の終了後から、被着工程を開始するまでの時間は、できるだけ短いことが好ましく、具体的には、8時間以内とすることが好ましく、6時間以内とすることがより好ましい。
【0037】
(塗布工程・回収工程)
上記被着工程は、金属処理用溶液3を金属基材1に塗布することにより、金属基材1の表面に金属処理用溶液3を被着させる塗布工程と、塗布工程により発生した余剰の金属処理用溶液を回収する回収工程と、を有することが好ましい。本実施形態によると、有機ホスホン酸やフッ酸を使用する従来の浸漬型のプロセスとは異なり、金属処理用溶液3中のシラン化合物濃度を減少させずに使用することができるとともに、金属基材1の成分の溶出による液の劣化が抑制される。また、後述するように、本実施形態においては、金属処理用溶液中のシラン化合物の濃度を極めて低くしても、優れた性能を有するシラン皮膜を形成することができる。このため、金属処理用溶液3の交換や厳密な濃度管理の必要がなく、上記回収工程において回収した余剰の金属処理用溶液を、他の表面処理金属材の製造時における被着工程において容易に再利用することができる。
【0038】
したがって、金属処理用溶液3を金属基材1に被着させる方法として、上記塗布工程を利用する場合に、余剰の金属処理用溶液を回収する機構を設けることが好ましい。また、必要最低量の金属処理用溶液3を塗布するように設計にすることも好ましい。このようにすることにより、金属処理用溶液の消費量を極めて少なくすることができ、理論上、廃液の発生しないプロセスを設計することが可能である。
【0039】
(浸漬工程)
上記被着工程は、金属処理用溶液3に金属基材1を浸漬することにより、金属基材1の表面に金属処理用溶液3を被着させる浸漬工程としてもよい。浸漬工程を使用すると、広範囲に金属処理用溶液3を金属基材に被着させることができる。
【0040】
<乾燥工程>
その後、
図1Cに示すように、金属基材1の表面に被着された金属処理用溶液から溶剤を蒸発させ、金属基材1を乾燥させて、シラン化合物と酸化皮膜との反応、及びシラン化合物同士の重合を促進させる。これにより、金属基材1の表面の少なくとも一部(領域R)にシラン皮膜4が形成され、表面処理金属材10を製造することができる。
【0041】
金属基材1を乾燥させる際には、溶剤が蒸発すればシラン皮膜4の形成が完了するため、乾燥温度は特に限定されず、室温であってもよい。ただし、シラン化合物は酸化皮膜や自己重合の際に、脱水縮合により共有結合を形成するため、乾燥温度はできるだけ高いほうがシラン皮膜の接着性能を高めることができる。一方、乾燥温度を高くすると、エネルギー消費が大きくなり、設備やプロセスコストの面では不利になるため、必要とされる接着性能や処理の生産性のレベルに応じて、乾燥温度を適宜選択することが好ましい。例えば、50~100℃程度とすると、生産性とエネルギー消費のバランスが良好となり、好ましい。
【0042】
乾燥方法としては、金属基材1に対して送風する方法を利用すると、乾燥速度や皮膜の均一性の観点でより好ましい。また、表面処理金属材10の製造工程において、金属基材1がある程度の温度に加熱されていると、金属基材1の冷却と溶剤の除去を一度に行えるため、効率がよく経済的である。なお、シラン皮膜4の健全性を高め、金属基材1とシラン皮膜4との接着力を最大化するために、上記被着工程と上記乾燥工程とを、2~3回繰り返して実施することが好ましい。また、被着工程と乾燥工程とを繰り返し実施することにより、耐食性も向上させることができる。
【0043】
<洗浄工程>
本実施形態においては、上記乾燥工程の後、洗浄工程を実施しないことが好ましい。本実施形態においては、後述のとおり、シラン化合物を極めて薄い濃度で含有する金属処理用溶液を使用することができる。このため、洗浄工程を実施することなく、優れた性能を有するシラン皮膜を形成することができる。また、洗浄工程を省略することができると、工程の簡略化を実現することができるとともに、洗浄後の廃液が発生しないため、環境への負荷を低減することができる。
【0044】
<機能層形成工程>
図示は省略するが、本実施形態に係る製造方法により製造される表面処理金属材10の表面には、さらに、機能層が形成されていることが好ましい。機能層としては、接着剤により形成される接着樹脂層や、塗料により形成される塗膜が挙げられる。接着樹脂層を例に挙げると、上記乾燥工程の後に、シラン皮膜4の表面に、不図示の接着樹脂層を形成する。上記のとおり、接着剤との接合性及び耐久性が優れたシラン皮膜の表面上に、接着樹脂層を形成することにより、表面処理金属材10と、同様の表面処理金属材やその他の部材とを接着接合する際の工程を簡略化することができる。また、シラン皮膜4の表面上に直接機能層を形成すると、シラン皮膜4と機能層との間で優れた接着耐久性を得ることができる。
【0045】
接着樹脂層を形成する方法としては特に限定されないが、例えば、予め接着樹脂材料によって作製された接着シートを、金属基材1の表面に貼付してもよいし、接着樹脂材料をシラン皮膜4の表面に噴霧又は塗布する方法を使用してもよい。
【0046】
上記本実施形態に係る表面処理金属材の製造方法においては、ケイ素酸化物を含有する金属処理用溶液を使用して、シラン皮膜を形成している。ケイ素酸化物は水溶液化することで活性化し、ゾル-ゲル化反応によって自己重合することができる。また、金属基材には、自然酸化皮膜が形成されている。このため、金属基材の表面の酸化皮膜上に金属処理用溶液を被着させることで、金属基材の酸化皮膜とケイ素酸化物が反応するとともに、ケイ素酸化物同士も重合する。したがって、金属基材の素材の種類や形状にかかわらず、あらゆる金属基材の表面における所望の領域に、金属基材との接合力が優れたシラン皮膜を形成することができる。
【0047】
また、シラン皮膜は、加工油、プレス油等の機械油や接着剤のような有機化合物との相互溶解性が高いため、接着剤との結合性にも優れている。さらに、シラン皮膜は、加工油、プレス油等の機械油が付着していてもその影響を緩和できるため、塗油による接着耐久性の低下を防ぎ、優れた耐食性を得ることができる。したがって、本実施形態に係る製造方法により得られた表面処理金属材と、他の部材とを接着接合した際に、優れた接合強度を長期間保持することができる。
【0048】
また、従来の表面処理方法においては、例えば、金属基材の表面に対して、アルカリ溶液による脱脂工程、及び酸性溶液による酸化皮膜のエッチング工程等が必要であるとともに、脱脂用のアルカリ溶液や酸エッチング用の酸性溶液の調製が必要であった。また、これらの薬液を使用する処理は、金属基材を前処理するための浸漬浴が必要であり、金属基材が大きいと、設備も大型化するため、大量の薬液が必要であった。さらに、金属基材の種類によって、最適な酸エッチング用の薬液を設計する必要があるとともに、金属基材から金属が溶出するため、薬液の変質が発生し、繰り返し使用できる回数が制限され、また、廃液処理にも費用を要していた。
【0049】
これに対して、上記本実施形態に係る製造方法によると、従来実施していた前処理工程が不要となり、上記ブラスト処理工程を実施するのみで、次の被着工程に移ることができる。また、このブラスト処理は、金属基材の表面のうち、所望の領域Rのみに砥粒を投射することができる。したがって、大型の設備が不要であり、設備投資を抑制することができるとともに、前処理工程が簡略化できる。また、前処理の工程数を著しく減少させることができるため、低コストで容易に表面処理皮膜を形成することができる。さらに、廃液が発生しないため、環境への負荷を低減することもできる。また、ブラスト処理工程により、金属基材1の表面に微細な凹凸が形成されるため、表面処理金属材の表面に形成されるシラン皮膜4と金属基材1との間で、優れた結合性を得ることができる。
【0050】
さらに、上述のとおり、被着工程において余剰の金属処理用溶液を回収する回収工程を有していると、金属処理用溶液の消費量を低減し、廃液の発生を抑制することができる。また、このような回収工程を有する場合に、回収した余剰の金属処理用溶液について、再利用する前に、シラン化合物の濃度を確認すれば、その他の管理が不要である。したがって、表面処理金属材を製造するためのランニングコストを抑制することができ、生産性を高めることができる。
【0051】
以下、本実施形態に係る製造方法において使用される金属基材、金属処理用溶液及び接着樹脂等の材料について、具体例を挙げて説明する。
【0052】
(金属基材)
金属基材としては、金属からなる部材であれば、種類や形状は特に限定されない。金属の種類としては、鋼板、各種めっき鋼板、純アルミニウム又はアルミニウム合金、純チタン又はチタン合金、ステンレス鋼、銅又は銅合金等が挙げられる。特に、アルミニウム合金としては、例えば、Al-Mg系合金、Al-Mg-Si系合金、Al-Zn-Mg系合金、Al-Si系合金、Al-Cu系合金等、公知のものを使用することができる。また、チタン合金としては、例えばαチタン合金、βチタン合金、α+βチタン合金等、公知のものを使用することができる。さらに、ステンレス鋼としては、オーステナイト系ステンレス、フェライト系ステンレス、マルテンサイト系ステンレス、二相系ステンレス等、公知のものを使用することができる。
【0053】
(金属処理用溶液)
金属処理用溶液としては、シラン化合物を含む溶液であればよく、例えば、水が50質量%~99.99質量%であり、有機溶剤が0質量%~50質量%である溶媒を使用することができる。溶液の全質量に対する水の質量は、50質量%~99.95質量%であることがより好ましい。なお、揮発性有機化合物(VOC:Volatile Organic Compounds)の低減や爆発の危険性を下げる観点から、溶媒の主成分は水であることが好ましい。ただし、金属処理用溶液の表面張力を下げて、水濡れ性や塗工性を良好なものにするとともに、乾燥速度を向上させるために、例えば以下の有機溶剤を含んでいてもよい。
【0054】
有機溶剤を使用する場合に、有機溶剤の種類としては、各種アルコールやポリエーテル、例えばメタノールやエタノール、プロピルアルコールやブタノール(異性体含む)、グリコール系溶媒やそのエーテルなど、各種水溶性の溶剤が使用できる。
【0055】
金属処理用溶液は、0.01質量%以上1質量%以下の含有量でシラン化合物を含有し、シラン化合物は、アルキルシリケート又はそのオリゴマーと、有機シラン化合物の加水分解物又はその重合物とを含むことが好ましい。金属処理用溶液全質量に対するシラン化合物の濃度は、0.05質量%以上0.5質量%以下とすることが、より好ましい。なお、シラン化合物の濃度は、金属基材の表面に被着させる金属処理用溶液の被着量等に基づいて、調整することができる。金属処理用溶液に含まれるシラン化合物として、具体的には、0.005質量%以上1質量%未満のアルキルシリケート又はそのオリゴマーと、0.005質量%以上1質量%未満の有機シラン化合物の加水分解物又はその重合物と、を使用することが好ましい。
【0056】
上記のような特定の金属処理用溶液を金属基材の表面の少なくとも一部に塗布すると、基材の表面にアルキルシリケート又はそのオリゴマーが導入されて、金属基材を構成する金属とケイ素との複合酸化皮膜が形成される。そして、その後の乾燥工程において、有機シラン化合物と複合酸化皮膜が化学的に結合した、有機シラン化合物よりなるシラン皮膜が形成される。このようにして、接着剤との結合性が優れているとともに、耐食性にも非常に優れ、高温湿潤環境に曝されても、接着強度が低下し難く、接着耐久性に優れた表面処理金属材を得ることができる。また、上記金属処理用溶液を使用すると、アルキルシリケート又はそのオリゴマーによる表面処理と有機シラン化合物による表面処理を一工程で行うことができるため、接着耐久性に優れた表面処理金属材を、簡略化された工程で製造することができ、設備投資費や製造コストを低減することができる。
【0057】
金属処理用溶液のpHは2以上7以下であることが好ましい。金属処理用溶液のpHが7よりも高いと、アルキルシリケート又はそのオリゴマーが過剰に重合しやすくなり、溶液の保存安定性が低下するおそれがあるので好ましくない。また、アルキルシリケート又はそのオリゴマーの重合が進むと、生成されるシラン皮膜が厚くなり、応力がかかった際にシラン皮膜の内部で破壊が生じ、高い接着強度を得ることができない。したがって、金属処理用溶液のpHは、7以下とすることが好ましく、アルキルシリケートの安定性の観点からは、6以下とすることがより好ましい。
【0058】
一方、金属処理用溶液のpHが2よりも低いと、基材の表面の溶解が激しくなり、シラン皮膜が不均一となるため、安定した接着性能を発揮することが困難となる。したがって、金属処理用溶液のpHは2以上とすることが好ましく、金属酸化被膜との反応性を考慮すると、3以上とすることがより好ましい。なお、金属処理用溶液のpHは、例えば塩酸や硫酸、硝酸、酢酸などの酸を添加すること等により適宜調整することができる。
【0059】
金属処理用溶液中のアルキルシリケート又はそのオリゴマーの濃度は、0.005質量%以上1質量%未満とすることが好ましい。金属処理用溶液中のアルキルシリケート又はそのオリゴマーの濃度が1質量%以上であると、生成されるシラン皮膜が厚くなり、強度が低下するおそれがある。したがって、金属処理用溶液中のアルキルシリケート又はそのオリゴマーの濃度は、1質量%未満とすることが好ましく、0.5質量%未満とすることがより好ましく、0.2質量%未満とすることがさらに好ましい。
【0060】
一方、金属処理用溶液中のアルキルシリケート又はそのオリゴマーの濃度が0.005質量%未満であると、アルキルシリケート又はそのオリゴマーの濃度が低すぎるため、金属基材を構成する金属とケイ素との複合酸化皮膜を十分に形成することができなくなり、十分な接着耐久性が得られなくなるおそれがある。したがって、金属処理用溶液中のアルキルシリケート又はそのオリゴマーの濃度は、0.005質量%以上とすることが好ましく、0.01質量%以上とすることがより好ましく、0.02質量%以上とすることがさらに好ましい。
【0061】
また、金属処理用溶液中の有機シラン化合物の濃度は、0.005質量%以上1質量%未満であることが好ましい。金属処理用溶液中の有機シラン化合物の濃度が1質量%以上であると、生成されるシラン皮膜が厚くなり、強度が低下するおそれがある。また、溶液の安定性も低下する。したがって、金属処理用溶液中の有機シラン化合物の濃度は、1質量%未満とすることが好ましく、0.5質量%未満とすることがより好ましく、0.2質量%未満とすることがさらに好ましい。
【0062】
一方、金属処理用溶液中の有機シラン化合物の濃度が0.005質量%未満であると、有機シラン化合物の濃度が低すぎるため、有機シラン化合物を含む表面処理皮膜を十分に形成することができなくなり、十分な接着耐久性が得られなくなる。したがって、金属処理用溶液中の有機シラン化合物の濃度は、0.005質量%以上とすることが好ましく、0.01質量%以上とすることがより好ましく、0.02質量%以上とすることがさらに好ましい。
【0063】
金属処理用溶液中にシラン化合物として含まれるアルキルシリケート又はそのオリゴマーの質量をXとし、有機シラン化合物の加水分解物又は重合物の質量をYとした場合に、XとYとの比は、4:1~1:4であることが好ましい。また、XとYとの比は、2:1~1:2であることがより好ましい。これらの物質の重合を制御し、金属処理用溶液を安定化させるために、金属処理用溶液は、シラン化合物全質量に対して10質量%以下の酸を含んでいることが好ましい。
【0064】
アルキルシリケート又はそのオリゴマーと、有機シラン化合物の加水分解物又は重合物と、により構成されるシラン皮膜において、十分な接着耐久性を発揮するために、皮膜量を最適な範囲に調整することが好ましい。シラン皮膜の皮膜量が0.1mg/m2未満であると、金属表面を皮膜で十分に覆うことができず、所望の接着耐久性を得ることが困難となる場合がある。一方、シラン皮膜の皮膜量が20mg/m2を超えると、シラン皮膜がかさ高くなるため、シラン皮膜の金属基材に対する密着性が不十分となり、シラン皮膜を起点とした破壊が発生することがあり、所望の接着強度を得ることが困難となる場合がある。したがって、シラン皮膜の皮膜量は0.1mg/m2以上20mg/m2以下とすることが好ましく、0.5mg/m2以上15mg/m2以下とすることがより好ましい。金属処理用溶液中のシラン化合物におけるXとYとの比やその含有量を、上記範囲に設計して金属処理用溶液を調製することにより、シラン皮膜の好ましい皮膜量を達成することができる。
【0065】
金属処理用溶液に含まれるアルキルシリケート又はそのオリゴマーの種類は特に限定されないが、反応後に皮膜の腐食や接着樹脂の劣化の原因となるような副生成物を生じないという観点から、ケイ酸塩やテトラアルコキシオルソシリケート又はそのオリゴマーが好ましい。中でも、中性であり、シラン皮膜を形成した後にアルカリが残存しないという理由から、テトラエチルオルソシリケート(TEOS)又はその重合物(オリゴマー)を使用することが好ましい。なお、重合物には、オリゴマーなどが含まれる。ここで、アルキルシリケート又はそのオリゴマーとしては、1種のみを単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0066】
金属処理用溶液に含まれる有機シラン化合物の種類も特に限定されないが、有機シラン化合物には加水分解可能なトリアルコキシル基を分子内に複数有するシラン化合物、その加水分解物又はその重合体を含んでいてもよい。分子内に加水分解可能なトリアルコキシル基を複数有するシラン化合物は、自己重合により緻密なシロキサン結合を形成するだけでなく、金属酸化物と反応性が高く、化学的に安定な結合を形成するため、シラン皮膜の湿潤耐久性を更に高めることができる。またシラン皮膜は、加工油、プレス油等の機械油や接着剤のような有機化合物との相互溶解性が高く、皮膜に加工油、プレス油等の機械油が付着していてもその影響を緩和できるため、塗油による接着耐久性の低下を防ぐ役割も担う。上記シラン化合物の種類は特に限定されないが、経済性の観点からは、加水分解可能なトリアルコキシシリル基を分子内に2つ有するシラン化合物(ビスシラン化合物)が好ましく、例えば、ビストリアルコキシシリルエタン、ビストリアルコキシシリルベンゼン、ビストリアルコキシシリルヘキサン、ビストリアルコキシシリルプロピルアミン、ビストリアルコキシシリルプロピルテトラスルフィドなどを用いることができる。とりわけ、汎用性、経済性及び水溶液の安定性の観点から、ビストリアルコキシシリルエタンを使用することが好ましく、ビストリエトキシシリルエタン(BTSE)を使用することがさらに好ましい。ここで、有機シラン化合物としては、1種のみを単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0067】
また、有機シラン化合物は、有機樹脂成分と化学結合しうる反応性官能基を有するシランカップリング剤、その加水分解物又はその重合体を含んでいてもよい。例えば、アミノ基、エポキシ基、メタクリル基、ビニル基及びメルカプト基などの反応性官能基をもつシランカップリング剤を単独で使用、もしくはシラン化合物と併用することで、皮膜と樹脂との間に化学結合を形成させ、接着耐久性を更に高めることができる。なおシランカップリング剤の官能基は、前述したものに限定されるものではなく、各種官能基を有するシランカップリング剤を、使用する接着樹脂に応じて適宜選択して使用することができる。シランカップリング剤の好適な具体例としては、例えば、3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、3-(N-アミノエチル)-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-(N-アミノエチル)-アミノプロピルトリエトキシシラン、3-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、3-メルカプトプロピルトリエトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン等が挙げられる。ここで、シランカップリング剤としては、1種のみを単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0068】
本実施形態において、金属処理用溶液が、直径10nm以上の粒子状の無機化合物(以下、単に「粒子状無機化合物」ともいう)を含むと、シラン皮膜を形成した後に、これを取り除く水洗等の追加の工程が必要となる。また、形成されるシラン皮膜が肉厚となり、接着強度及び接着耐久性が低下するおそれがある。したがって、金属処理用溶液は、粒子状無機化合物を実質的に含まないことが好ましい。なお、「金属処理用溶液が粒子状無機化合物を実質的に含まない」とは、粒子状無機化合物を全く含まない態様に限定されるものではなく、粒子状無機化合物を不純物レベルで含有することは許容される。具体的には、金属処理用溶液全量に対して、粒子状無機化合物の含有量が、0.05質量%以下に規制されていることが好ましい。粒子状無機化合物としては、シリカやアルミナといった無機酸化物のゾル等が挙げられる。なお、粒子状無機化合物の直径は、処理液乾燥後の固形分の透過型電子顕微鏡(TEM)による観察や、希釈した処理液を液中パーティクルカウンターより測定される直径を表す。
【0069】
なお、金属処理用溶液は、上記アルキルシリケート又はそのオリゴマー、及び有機シラン化合物以外にも、必要に応じて、安定剤、補助剤等の1つ以上をさらに含んでいてもよい。例えば、安定剤として、ギ酸、酢酸等の炭素数1~4のカルボン酸や、メタノール、エタノール等の炭素数1~4のアルコール等の有機化合物等を含んでいてもよい。
【0070】
なお、金属処理用溶液の調製方法としては、例えば、以下の調製方法が一例として挙げられるが、これに限定されるものではない。まず、エタノール等のアルコールと水の混合液に、有機シラン化合物と、触媒としての少量の酢酸を加え、有機シラン化合物を十分に加水分解させて、有機シラン化合物水溶液とする。次に、同様の手法によりアルキルシリケート又はそのオリゴマーの水溶液を調製し、これら2液を混合した後、所定のシラン化合物濃度となるように水で希釈することにより、金属処理用溶液を調製する。また、アルキルシリケート又はそのオリゴマーは塩基性で重合しやすいため、有機シラン化合物として塩基性の化合物を用いる場合、溶液を混合した際のアルキルシリケート又はそのオリゴマーの過剰な重合を避けるため、有機シラン溶液を予め酢酸等で中和しておいた上で、溶液を調製することが好ましい。
【0071】
(接着樹脂層)
本発明において、接着樹脂層を構成する樹脂としては特に限定されるものではなく、エポキシ系樹脂、ウレタン系樹脂、ニトリル系樹脂、ナイロン系樹脂、アクリル系樹脂など、従来よりチタン又はチタン合金材を接合する際に用いられてきた接着樹脂を用いることができる。また、接着樹脂層の厚さについても特に限定されないが、接着強度向上の観点から、10~500μmとすることが好ましく、50~400μmとすることがより好ましい。
【0072】
[接合体の製造方法]
本実施形態に係る接合体の製造方法は、上記表面処理金属材を含む接合体の製造方法である。具体的に、第1部材と第2部材とを、接着樹脂層を介して接合する接合工程を有し、第1部材及び第2部材の少なくとも一方が、上記表面処理金属材である。また、接合工程において、表面処理金属材のシラン皮膜と接着樹脂層とを接触させるように配置して、第1部材と第2部材とを接合する。
【0073】
第2部材が
図1Cに示す表面処理金属材10である場合に、例えば、シラン皮膜4が形成されている領域Rに、上記接着樹脂層形成工程において説明した方法により接着樹脂層を形成し、この接着樹脂層に接触するように、不図示の第1部材を接合すればよい。接着樹脂層を形成する方法は特に限定されないが、上述のとおり、接着樹脂材料によって作製した接着シートを用いてもよいし、接着樹脂材料をシラン皮膜の表面に噴霧又は塗布する方法を用いてもよい。
【0074】
本実施形態によると、上記のように低コストで容易に製造することができる表面処理金属材を用いるため、接着耐久性に優れた接合体を低コストで容易に製造することができる。本実施形態において、第1部材及び第2部材の一方のみが、[表面処理金属材の製造方法]によって製造された表面処理金属材でもよいし、両方が上記[表面処理金属材の製造方法]によって製造された表面処理金属材でもよい。いずれか一方(第1部材)のみが上記表面処理金属材である場合に、他方の部材(第2部材)として、表面処理されていない金属部材、表面処理されていない樹脂成形体等が挙げられる。表面処理されていない金属部材としては、チタン又はチタン合金部材、アルミニウム又はアルミニウム合金部材、ステンレス鋼部材、銅又は銅合金部材等、種々の金属部材を使用することができる。
【0075】
第1部材及び第2部材の両方が、上記[表面処理金属材の製造方法]によって製造された表面処理金属材である場合に、表面処理金属材を構成する金属基材としては、互いに同一であっても異なっていてもよい。例えば、第1部材及び第2部材のそれぞれに、チタン又はチタン合金材、アルミニウム又はアルミニウム合金材、ステンレス鋼材、銅又は銅合金材等の種々の金属基材を用いた表面処理金属材を使用することができる。
【0076】
また、樹脂成形体としては、例えば、ガラス繊維強化プラスチック(GFRP)、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)、ボロン繊維強化プラスチック(BFRP)、アラミド繊維強化プラスチック(AFRP,KFRP)、ポリエチレン繊維強化プラスチック(DFRP)及びザイロン強化プラスチック(ZFRP)などの各種繊維強化プラスチックにより形成した繊維強化プラスチック成形体を用いることができる。これらの繊維強化プラスチック成形体を用いることにより、一定の強度を維持しつつ、接合体を軽量化することが可能となる。
【0077】
なお、樹脂成形体としては、上記繊維強化プラスチック以外に、ポリプロピレン(PP)、アクリル-ブタジエン-スチレン共重合体(ABS)樹脂、ポリウレタン(PU)、ポリエチレン(PE)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ナイロン6、ナイロン6,6、ポリスチレン(PS)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリアミド(PA)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリフタルアミド(PPA)などの繊維強化されていないエンジニアリングプラスチックを使用することもできる。
【0078】
上述した実施形態では、表面処理金属材に、接合体を製造するための接着樹脂層を形成する例を示したが、本発明においては、上述のとおり、シラン皮膜の少なくとも一部に塗料を被着させて塗膜を形成してもよい。本実施形態に係る製造方法により製造された表面処理金属材においては、金属基材とシラン皮膜との接着性が優れているとともに、シラン皮膜と塗料との接合性も優れているため、塗料の剥離を防止する効果を得ることができる。
【実施例0079】
以下、発明例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することが可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。また、以下の種々の製造条件は一例であり、本実施の形態では、以下の条件に限定されるものではない。
【0080】
[表面処理金属材の製造]
<基材の準備>
まず、種々の金属材料からなる板材を、長手方向の長さが100mm、幅が25mmとなるように切断して、各試験条件につき2枚ずつの金属基材を作製した。金属材料の種類を以下に示す。
アルミニウム合金(JIS規格 A7075):板厚3.8mm
アルミニウム合金(JIS規格 A5052):板厚2mm
純チタン(JIS規格 1種):板厚1.2mm
ステンレス鋼(JIS規格 SUS304):板厚1mm
【0081】
<ブラスト処理工程>
次に、金属基材の評価範囲を長手方向端部から10mm、幅方向25mmと設定し、全ての基材に対して、上記評価範囲に、乾式又は湿式でブラスト処理を行った後、1分間水洗した。ブラスト処理の処理条件は、以下の通りとした。
【0082】
(乾式(ドライ)ブラスト処理条件)
ドライブラスト装置:株式会社ニッサンキ製 ショットブラスト装置(NAB-3K)
研削材:昭和電工株式会社製 砥粒ホワイトモランダム:WA#150
ブラスト圧力:0.7(MPa)
【0083】
(湿式(ウェット)ブラスト処理条件)
ウェットブラスト装置:マコー株式会社製 BABY BlastII(型式:MBBII-25)
研削材:昭和電工株式会社製 砥粒ホワイトモランダム:WA#150、WA#320、
エア圧力:0.12MPa
ガン移動速度10mm/sec
【0084】
<被着工程>
その後、各金属基材を、以下に示す金属処理用溶液に、10秒間室温で浸漬させた後、これを引き上げた。そして、送風乾燥炉内において温度100℃で60秒乾燥させることによりシラン皮膜を作製し、表面処理金属材を得た。各表面処理金属材の製造条件を下記表1に示す。
【0085】
(金属処理溶液)
ビストリエトキシシリルエタン(BTSE) 0.1g
テトラエチルオルソシリケート(TEOS) 0.1g
エタノール 2.0g
酢酸 0.001g
水 97.8g
【0086】
[接合体の製造]
その後、2枚ずつ作成した金属基材を接着剤により接合して、接合体を得た。
図2Aは、接合体の形状を示す側面図であり、
図2Bは、その平面図である。
図2A及び
図2Bに示すように、表面処理金属材31b(第2部材)の表面における上記評価範囲に、接着樹脂層35を形成し、この接着樹脂層35の上に、上記表面処理金属材31bと同一の構成を有する表面処理金属材31a(第1部材)を重ねて配置した。なお、ラップ長は10mmとし、表面処理金属材31aと表面処理金属材31bの端部から10mmの領域のみが重なるように配置した。
【0087】
本実施例においては、表面処理金属材31a、表面処理金属材31bのいずれに対しても、上記評価範囲にシラン皮膜を形成したため、シラン皮膜を形成した10mm×25mmの領域同士を対向させるように、接着樹脂層35を介して配置した。なお、接着樹脂層の材料としては、熱硬化型構造用エポキシ樹脂系接着剤を使用した。また、接着樹脂層35の厚さが250μmとなるように、微量のガラスビーズ(粒径250μm)を上記接着樹脂材料に添加して調節した。上記のように重ね合わせて配置した後、30分間室温で乾燥させ、さらに180℃で30分間加熱し、熱硬化処理を実施した。その後、室温で24時間静置して、接合体を作製した。
【0088】
[接合体の評価]
<劣化試験>
得られた一部の接合体について、接着耐久性を評価するために、劣化試験を実施した。劣化試験は、上記接合体を、40℃の5%NaCl溶液に浸漬するものとした。
【0089】
<引張試験>
得られた接合体に対して、接着性を評価するため、引張試験を実施した。引張条件としては、接合体の両端部を、
図2Aに矢印で示す引張方向に引張速度50mm/minで引っ張り、破断させた。その後、表面処理金属材31a(第1部材)及び表面処理金属材31b(第2部材)について破断面を観察し、表面処理金属材31aと接着樹脂層との間で界面剥離が発生している領域の面積(第1部材の界面剥離面積)、及び表面処理金属材31aと接着樹脂層との接触面の面積(第1部材の接着面積)を測定した。また、同様にして、表面処理金属材31bと接着樹脂層との間で界面剥離が発生している領域の面積(第2部材の界面剥離面積)、及び表面処理金属材31bと接着樹脂層との接触面の面積(第2部材の接着面積)を測定した。そして、下記式(2)により、凝集破壊率を算出した。劣化試験の条件、及び凝集破壊率の算出結果を下記表1に併せて示す。
【0090】
凝集破壊率(%)=100-{(第1部材の界面剥離面積/第1部材の接着面積)×100+(第2部材の界面剥離面積/第2部材の接着面積)×100} ・・・(2)
【0091】
【0092】
上記表1における実施例No.1~実施例No.5に示すように、金属基材の種類にかかわらず、前処理として、ブラスト処理工程を実施するのみでシラン皮膜を形成することができた。したがって、環境への負荷を低減でき、低コストで容易に表面処理金属材を製造することができた。また、形成されたシラン皮膜は、金属基材との接合性が優れており、
接着耐久性にも優れたものとなった。さらに、優れた性能を有するシラン皮膜を形成することができたため、接着樹脂層との接合性が優れており、優れた凝集破壊率を示すことができた。
前記金属処理用溶液の全質量に対して、直径が1nm以上である粒子状の無機化合物の含有量が0.05質量%以下である、請求項1に記載の表面処理金属材の製造方法。