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  • 特開-表面処理金属材、及び接合体 図1
  • 特開-表面処理金属材、及び接合体 図2A
  • 特開-表面処理金属材、及び接合体 図2B
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024164797
(43)【公開日】2024-11-27
(54)【発明の名称】表面処理金属材、及び接合体
(51)【国際特許分類】
   C23C 26/00 20060101AFI20241120BHJP
   B29C 65/48 20060101ALI20241120BHJP
   B32B 15/04 20060101ALI20241120BHJP
【FI】
C23C26/00 A
B29C65/48
B32B15/04 Z
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024020418
(22)【出願日】2024-02-14
(31)【優先権主張番号】P 2023080411
(32)【優先日】2023-05-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】高橋 佑輔
(72)【発明者】
【氏名】山本 慎太郎
(72)【発明者】
【氏名】勝野 大樹
【テーマコード(参考)】
4F100
4F211
4K044
【Fターム(参考)】
4F100AB01A
4F100AB04A
4F100AB10A
4F100AB12A
4F100AB31A
4F100AH02B
4F100AH06B
4F100AK01C
4F100BA02
4F100BA03
4F100CB00C
4F100DD01B
4F100EJ42B
4F100EJ82B
4F100EJ86B
4F100JK02
4F100JK06
4F100JL11C
4F100JN10B
4F100JN30B
4F211AD03
4F211AD34
4F211AG03
4F211TA03
4F211TC02
4F211TD11
4F211TH22
4F211TN41
4K044AA03
4K044AA06
4K044BA21
4K044BB01
4K044BC04
4K044CA53
(57)【要約】
【課題】接着接合に使用され、接着耐久性をより一層向上させることができる表面処理金属材、及びこの表面処理金属材を含む接合体を提供する。
【解決手段】金属基材の表面の少なくとも一部にシラン皮膜が設けられた表面処理金属材であって、シラン皮膜の表面に、入射角が75°である平行偏光を入射して、フーリエ変換式赤外分光法により吸収スペクトルを測定した場合に、1250(cm-1)以上1150(cm-1)以下の波数領域において吸収のピークを有し、シラン皮膜の表面において、任意の3箇所における1mm×1mmの測定範囲について、レーザ顕微鏡により表面粗さを測定した場合に、アスペクト比が0.5以上である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基材の表面の少なくとも一部にシラン皮膜が設けられた表面処理金属材であって、
前記シラン皮膜の表面に、入射角が75°である平行偏光を入射して、フーリエ変換式赤外分光法により吸収スペクトルを測定した場合に、1250(cm-1)以上1150
(cm-1)以下の波数領域において吸収のピークを有し、
前記シラン皮膜の表面において、任意の3箇所における1mm×1mmの測定範囲について、レーザ顕微鏡により表面粗さを測定した場合に、アスペクト比が0.5以上であることを特徴とする、表面処理金属材。
【請求項2】
前記シラン皮膜の表面上に、接着樹脂層を有することを特徴とする、請求項1に記載の表面処理金属材。
【請求項3】
前記吸収のピークにおける吸光度は、0.003以上であることを特徴とする、請求項1に記載の表面処理金属材。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の表面処理金属材を含む接合体であって、
第1部材と第2部材とが、接着樹脂層を介して接合されており、
前記第1部材及び前記第2部材のいずれか一方が、前記表面処理金属材であり、
前記表面処理金属材の前記シラン皮膜と前記接着樹脂層とが接着されていることを特徴とする、接合体。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか1項に記載の表面処理金属材を含む接合体であって、
第1部材と第2部材とが、接着樹脂層を介して接合されており、
記第1部材及び前記第2部材の両方が、それぞれ同一又は異なる金属材料からなる前記金属基材を有する前記表面処理金属材であり、
前記第1部材の前記シラン皮膜と、前記第2部材の前記シラン皮膜とが、前記接着樹脂層により接着されていることを特徴とする、接合体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面処理金属材、及び該表面処理金属材を含む接合体に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車、船舶及び航空機などの輸送機の分野においては、軽量化の観点から、鋼材と軽量素材(アルミニウム合金やチタン合金、炭素繊維など)のような異種材料間の接合技術として、接着接合が使用される。また溶接工の後継者不足や技術伝承、作業環境改善といった現場課題に対し、生産性や作業性向上の観点からも、溶接代替技術として接着接合が注目されている。
【0003】
一方、接着接合は、長期間使用時の強度信頼性に課題があり、高温、高湿環境や疲労又はクリープなどの応力が複合的に作用する環境では、溶接やボルト締めと比較して強度低下が生じやすいことが知られている。接着接合では、接着剤と被着材である金属との密着性が重要であり、金属材料表面と接着剤の密着性が不十分であると、金属と樹脂との界面に水が浸入する。その結果、金属表面の腐食が進行し、両者の界面から剥離が生じるため、接着強度が著しく低下する。そのため、金属と接着樹脂の密着性を高めることで接着界面への水の浸入を予防し、また、万が一水が浸入しても金属表面が容易に状態変化しないように、金属材料の表面を改質し、接着に適した表面状態に調整する必要がある。
【0004】
上記各課題を解決するため、従来から種々の表面処理技術が提案されている。例えば、特許文献1には、テトラアルキルシリケート又はそのモノマー状又はオリゴマー状の加水分解生成物と、シリカゾル等の水和酸化物ゾルを含む水性組成物が開示されている。上記水性組成物でアルミニウム材、鋼材やチタン材等の金属材料を処理することにより、その上に形成される接着剤などの塗膜の初期密着性や密着性の長期安定性を向上させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表平10-510307号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1に記載の表面処理技術を使用した場合であっても、長期の湿潤劣化試験により、接着剤等の樹脂との接着強度が大きく減少してしまう。したがって、要求される接着耐久性を得ることができない。
【0007】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、接着剤等の樹脂との接着強度が優れているとともに、樹脂との接着耐久性をより一層向上させることができる表面処理金属材、及びこの表面処理金属材を含む接合体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の上記目的は、表面処理金属材に係る下記[1]の構成により達成される。
【0009】
[1] 金属基材の表面の少なくとも一部にシラン皮膜が設けられた表面処理金属材であって、
前記シラン皮膜の表面に、入射角が75°である平行偏光を入射して、フーリエ変換式赤外分光法により吸収スペクトルを測定した場合に、1250(cm-1)以上1150(cm-1)以下の波数領域において吸収のピークを有し、
前記シラン皮膜の表面において、任意の3箇所における1mm×1mmの測定範囲について、レーザ顕微鏡により表面粗さを測定した場合に、アスペクト比が0.5以上であることを特徴とする、表面処理金属材。
【0010】
また、表面処理金属材に係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[2]及び[3]に関する。
【0011】
[2] 前記シラン皮膜の表面上に、接着樹脂層を有することを特徴とする、[1]に記載の表面処理金属材。
【0012】
[3] 前記吸収のピークにおける吸光度は、0.003以上であることを特徴とする、
[1]又は[2]に記載の表面処理金属材。
【0013】
本発明の上記目的は、接合体に係る下記[4]及び[5]の構成により達成される。
【0014】
[4] [1]~[3]のいずれか1つに記載の表面処理金属材を含む接合体であって、
第1部材と第2部材とが、接着樹脂層を介して接合されており、
前記第1部材及び前記第2部材のいずれか一方が、前記表面処理金属材であり、
前記表面処理金属材の前記シラン皮膜と前記接着樹脂層とが接着されていることを特徴とする、接合体。
【0015】
[5] [1]~[3]のいずれか1つに記載の表面処理金属材を含む接合体であって、
第1部材と第2部材とが、接着樹脂層を介して接合されており、
記第1部材及び前記第2部材の両方が、それぞれ同一又は異なる金属材料からなる前記金属基材を有する前記表面処理金属材であり、
前記第1部材の前記シラン皮膜と、前記第2部材の前記シラン皮膜とが、前記接着樹脂層により接着されていることを特徴とする、接合体。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、接着剤等の樹脂との接着強度が優れているとともに、樹脂との接着耐久性をより一層向上させることができる表面処理金属材、及びこの表面処理金属材を含む接合体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、縦軸を吸光度とし、横軸を波数とした場合の、吸収スペクトルを示すグラフ図である。
図2A図2Aは、接合体の形状を示す側面図である。
図2B図2Bは、接合体の形状を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者らは、ステンレスやチタンなどの難接着金属材料であっても、樹脂との接着強度及び接着耐久性を高めることができる金属材について鋭意研究を行った。その結果、シラン皮膜の表面における吸収スペクトル及び表面粗さを適切に制御すると、上記課題を解決することができることを見出した。以下、本発明の実施形態に係る表面処理金属材について、詳細に説明する。
【0019】
[表面処理金属材]
本実施形態に係る表面処理金属材は、金属基材の表面の少なくとも一部にシラン皮膜が形成されたものである。以下、金属基材及びシラン皮膜について、さらに詳細に説明する。
【0020】
<金属基材>
金属基材としては、金属からなる部材であれば、種類や形状は特に限定されない。金属の種類としては、鋼板、各種めっき鋼板、純アルミニウム又はアルミニウム合金、純チタン又はチタン合金、ステンレス鋼、銅又は銅合金等が挙げられる。特に、アルミニウム合金としては、例えば、Al-Mg系合金、Al-Mg-Si系合金、Al-Zn-Mg系合金、Al-Si系合金、Al-Cu系合金等、公知のものを使用することができる。また、チタン合金としては、例えばαチタン合金、βチタン合金、α+βチタン合金等、公知のものを使用することができる。さらに、ステンレス鋼としては、オーステナイト系ステンレス、フェライト系ステンレス、マルテンサイト系ステンレス、二相系ステンレス等、公知のものを使用することができる。
【0021】
<シラン皮膜>
シラン皮膜は、上記基材の表面の少なくとも一部に設けられており、具体的には、有機シラン化合物を含む表面処理皮膜である。シラン化合物を含むシラン皮膜は、接着剤との結合性に優れるとともに、優れた耐食性を有するため、シラン皮膜が設けられていることにより、他の部材と接着接合する際に、優れた接合強度を保持することができる。
【0022】
シラン皮膜は、例えば、基材表面にケイ素酸化物を含む水溶液を被着させることにより形成することができる。ケイ素酸化物は水溶液化することで活性化し、ゾル-ゲル化反応による自己重合することができる。また、チタン又はチタン合金からなる基材は、自然酸化皮膜が形成されている。したがって、基材表面の酸化皮膜上にケイ素酸化物水溶液を被着させることで、チタンの酸化皮膜とケイ素酸化物が反応するとともに、ケイ素酸化物同士も重合するため、基材の表面における所望の領域に、基材との接合力が優れたシラン皮膜を形成することができる。
【0023】
また、シラン皮膜は、加工油、プレス油等の機械油や接着剤のような有機化合物との相互溶解性が高いため、接着剤との結合性にも優れている。さらに、シラン皮膜は、加工油、プレス油等の機械油が付着していてもその影響を緩和できるため、塗油による接着耐久性の低下を防ぎ、優れた耐食性を得ることができる。
【0024】
(フーリエ変換式赤外分光法による吸収スペクトル)
金属基材の表面にシラン皮膜が形成されていると、シラン皮膜が形成された領域に、必ずケイ素と酸素の結合が形成される。本実施形態においては、確実にシラン皮膜が形成されているかどうかの指標として、シラン皮膜の表面に、入射角が75°である平行偏光を入射して、フーリエ変換式赤外分光法(FT-IR:Fourier Transform Infrared Spectroscopy)により吸収スペクトルを測定する方法を用いる。
【0025】
図1は、縦軸を吸光度とし、横軸を波数とした場合の、吸収スペクトルを示すグラフ図である。ケイ素と酸素の結合は、1250(cm-1)以上1150(cm-1)以下の波数領域において、図1中に矢印で示す吸収のピークを有する。したがって、上記波数領域において吸収のピークの有無を観測することにより、シラン皮膜の形成の有無を判断することができる。
【0026】
なお、吸収のピークにおける吸光度は、0.003以上であると、シラン皮膜の有無をより確実に判断することができる。したがって、1250(cm-1)以上1150(cm-1)以下の波数領域において吸収のピークを有する場合に、ピークの吸光度は0.003以上であることが好ましい。
【0027】
(表面粗さ)
金属基材の表面形状が一様に(均一に)荒れていると、シラン皮膜を形成するための表面処理時に、金属基材の表面に金属処理用溶液が均一に保持され、その結果、均一な皮膜量でシラン皮膜が形成されて、性能が優れたシラン皮膜を得ることができる。金属基材の表面形状に偏りがあると、一部の箇所、例えば溝が深いところに金属処理用溶液が滞留し、溝の部分のみシラン皮膜が厚くなるため、性能のよいシラン皮膜を得ることができない。また、均一な膜厚でシラン皮膜が形成されていると、接着接合部に応力がかかった際に、界面にかかる応力を均一に分散することができる。このように、単位面積あたりにかかる力を小さくすることで、結果的に接合強度を安定化させることができる。なお、本実施形態に係る表面処理金属材のシラン皮膜の膜厚は、数nmであるため、金属基材の表面形状は、表面処理金属材の表面にも同様に表れる。したがって、本実施形態においては、表面処理金属材の表面における表面粗さで規定する。
【0028】
表面処理金属材の表面粗さは、ISO 25178で規定される面粗さを用いて規定することができる。本実施形態においては、シラン皮膜の表面において、任意の3箇所における1mm×1mmの測定範囲について、レーザ顕微鏡により表面粗さを測定した場合のStr(表面性状のアスペクト比)により、優れた性能を有するシラン皮膜の形成の有無を判断する。Strは0~1の値をとり、0に近い場合は筋目などがあり、表面形状が不均一に荒れていることを示す。一方、Strが1に近い場合は表面形状が方向に依存せず、一様に荒れていることを示すため、本実施形態において、Strは1に近いことが好ましい。
【0029】
アスペクト比が0.5未満であると、金属基材の表面形状の偏りが大きくなり、均一な膜厚のシラン皮膜を形成することができないため、優れた性能を有するシラン皮膜を得ることができない。したがって、上記測定方法により得られるアスペクト比は、0.5以上とし、0.7以上であることが好ましく、0.8以上であることがより好ましい。
【0030】
表面処理金属材の表面を一様に荒らす方法として、例えば、金属基材に対してブラスト処理を実施する方法が挙げられる。具体的には、投射材の種類を選択することにより、アスペクト比Strを調整することができる。
【0031】
上記のように構成された本実施形態に係る表面処理金属材は、金属基材の表面の少なくとも一部にシラン皮膜が設けられたものであり、シラン皮膜の表面の吸光スペクトル及びアスペクト比を規定している。したがって、金属基材との接合性及び耐久性が優れたシラン皮膜を有するものとなる。
【0032】
また、シラン皮膜は、加工油、プレス油等の機械油や接着剤のような有機化合物との相互溶解性が高いため、接着剤との結合性にも優れている。さらに、シラン皮膜は、加工油、プレス油等の機械油が付着していてもその影響を緩和できるため、塗油による接着耐久性の低下を防ぎ、優れた耐食性を得ることができる。したがって、本実施形態に係る製造方法により得られた表面処理金属材と、他の部材とを接着接合した際に、優れた接合強度を長期間保持することができる。
【0033】
<接着樹脂層>
本実施形態に係る表面処理金属材は、さらに、シラン皮膜の表面上に接着樹脂層を有していてもよい。上記のとおり、接着剤との接合性及び耐久性が優れたシラン皮膜の表面上に接着樹脂層を有することにより、本実施形態に係る表面処理金属材と、同様の表面処理金属材やその他の部材とを接着接合する際の工程を簡略化することができる。
【0034】
シラン皮膜の表面の少なくとも一部に接着樹脂層を形成する方法としては、特に限定されないが、例えば、予め接着樹脂材料によって作製された接着シートをシラン皮膜の表面に貼付してもよいし、接着樹脂材料をシラン皮膜の表面に噴霧又は塗布する方法を使用してもよい。
【0035】
本発明において、接着樹脂層を構成する樹脂としては特に限定されるものではなく、エポキシ系樹脂、ウレタン系樹脂、ニトリル系樹脂、ナイロン系樹脂、アクリル系樹脂など、従来よりチタン又はチタン合金材を接合する際に用いられてきた接着樹脂を用いることができる。また、接着樹脂層の厚さについても特に限定されないが、接着強度向上の観点から、10~500μmとすることが好ましく、50~400μmとすることがより好ましい。
【0036】
[表面処理金属材の製造方法]
本実施形態に係る表面処理金属材は、例えば、以下のようにして製造することができる。
【0037】
<ブラスト処理工程>
まず、金属基材の表面の少なくとも一部の領域に、ブラスト処理を施す。具体的には、ブラスト用の砥粒又は砥粒を含む溶液を、圧縮エアやモータ等を使用して領域に高速で投射する。これにより、金属基材の表面に存在している汚染物質、付着物や酸化皮膜を除去し、清浄化するとともに、金属基材の表面領域に凹凸形状が形成され、アスペクト比を調整することができる。
【0038】
(ブラスト処理の種類)
ブラスト処理工程におけるブラスト処理の種類としては特に限定されず、乾式ブラスト工法を用いても、湿式ブラスト処理工法を用いてもよく、いずれの処理工法を用いても、同様の効果が得られる。例えば、乾式ブラスト工法を用いると、設備が小型であって汎用的であるため、経済的な観点で好ましい。また、湿式ブラスト工法を用いると、金属基材1の表面への入熱が少なく、砥粒の残留も抑制でき、粉塵対策や、処理の安定性の観点で好ましい。また、砥粒の種類も特に限定されず、市販の砥粒を使用することができる。
【0039】
<被着工程>
次に、上記ブラスト処理を施した金属基材の表面の領域に、シラン化合物を含有する金属処理用溶液を被着させる。被着工程においては、シラン化合物を主体とする主成分が、適切な量で金属基材の表面に存在するように被着させればよく、スプレーやシャワー、ロールコート、刷毛による塗布や、浸漬処理などが挙げられる。金属処理用溶液の具体的な例については後述する。
【0040】
<乾燥工程>
その後、金属基材の表面に被着された金属処理用溶液から溶剤を蒸発させ、金属基材を乾燥させて、シラン化合物と酸化皮膜との反応、及びシラン化合物同士の重合を促進させる。これにより、金属基材の表面の少なくとも一部にシラン皮膜が形成され、表面処理金属材を製造することができる。乾燥温度は、特に限定されないが、例えば、50~100℃程度とすると、生産性とエネルギー消費のバランスが良好となり、好ましい。なお、シラン皮膜の健全性を高め、基材とシラン皮膜との接着効果を最大化するために、基材の表面に金属処理用溶液を被着させる工程と、基材の表面を乾燥させる工程とを、2~3回繰り返してもよい。
【0041】
<接着樹脂層形成工程>
本実施形態に係る表面処理金属材は、さらに、表面に接着樹脂層を有することが好ましい。具体的には、上記乾燥工程の後に、シラン皮膜の表面に接着樹脂層を形成する。上記のとおり、接着剤との接合性及び耐久性が優れたシラン皮膜の表面上に、接着樹脂層を形成することにより、表面処理金属材と、同様の表面処理金属材やその他の部材とを接着接合する際の工程を簡略化することができる。
【0042】
接着樹脂層を形成する方法としては特に限定されないが、例えば、予め接着樹脂材料によって作製された接着シートを、シラン皮膜の表面に貼付してもよいし、接着樹脂材料をシラン皮膜の表面に噴霧又は塗布する方法を使用してもよい。
【0043】
本発明において、接着樹脂層を構成する樹脂としては特に限定されるものではなく、エポキシ系樹脂、ウレタン系樹脂、ニトリル系樹脂、ナイロン系樹脂、アクリル系樹脂など、従来よりチタン又はチタン合金材を接合する際に用いられてきた接着樹脂を用いることができる。また、接着樹脂層の厚さについても特に限定されないが、接着強度向上の観点から、10~500μmとすることが好ましく、50~400μmとすることがより好ましい。
【0044】
以下、シラン皮膜を形成するための金属処理用溶液について、具体例を挙げて説明する。
【0045】
(金属処理用溶液)
金属処理用溶液としては、シラン化合物を含む溶液であればよく、例えば、水が50質量%~99.99質量%であり、有機溶剤が0質量%~50質量%である溶媒を使用することができる。溶液の全質量に対する水の質量は、50質量%~99.95質量%であることがより好ましい。なお、揮発性有機化合物(VOC:Volatile Organic Compounds)の低減や爆発の危険性を下げる観点から、溶媒の主成分は水であることが好ましい。ただし、金属処理用溶液の表面張力を下げて、水濡れ性や塗工性を良好なものにするとともに、乾燥速度を向上させるために、例えば以下の有機溶剤を含んでいてもよい。
【0046】
有機溶剤を使用する場合に、有機溶剤の種類としては、各種アルコールやポリエーテル、例えばメタノールやエタノール、プロピルアルコールやブタノール(異性体含む)、グリコール系溶媒やそのエーテルなど、各種水溶性の溶剤が使用できる。
【0047】
金属処理用溶液は、0.01質量%以上1質量%以下の含有量でシラン化合物を含有し、シラン化合物としては、アルキルシリケート又はそのオリゴマーと、有機シラン化合物の加水分解物又はその重合物とを含むことが好ましい。金属処理用溶液全質量に対するシラン化合物の濃度は、0.05質量%以上0.5質量%以下とすることが、より好ましい。なお、シラン化合物の濃度は、金属基材の表面に被着させる金属処理用溶液の被着量等に基づいて、調整することができる。金属処理用溶液に含まれるシラン化合物として、具体的には、0.005質量%以上1質量%未満のアルキルシリケート又はそのオリゴマーと、0.005質量%以上1質量%未満の有機シラン化合物の加水分解物又はその重合物と、を使用することが好ましい。
【0048】
上記のような特定の金属処理用溶液を金属基材の表面の少なくとも一部に塗布すると、基材の表面にアルキルシリケート又はそのオリゴマーが導入されて、金属基材を構成する金属とケイ素との複合酸化皮膜が形成される。そして、その後の乾燥工程において、有機シラン化合物と複合酸化皮膜が化学的に結合した、有機シラン化合物よりなるシラン皮膜が形成される。このようにして、接着剤との結合性が優れているとともに、耐食性にも非常に優れ、高温湿潤環境に曝されても、接着強度が低下し難く、接着耐久性に優れた表面処理金属材を得ることができる。また、上記金属処理用溶液を使用すると、アルキルシリケート又はそのオリゴマーによる表面処理と有機シラン化合物による表面処理を一工程で行うことができるため、接着耐久性に優れた表面処理金属材を、簡略化された工程で製造することができ、設備投資費や製造コストを低減することができる。
【0049】
金属処理用溶液のpHは2以上7以下であることが好ましい。金属処理用溶液のpHが7よりも高いと、アルキルシリケート又はそのオリゴマーが過剰に重合しやすくなり、溶液の保存安定性が低下するおそれがあるので好ましくない。また、アルキルシリケート又はそのオリゴマーの重合が進むと、生成される皮膜が厚くなり、応力がかかった際にシラン皮膜の内部で破壊が生じ、高い接着強度を得ることができない。したがって、金属処理用溶液のpHは、7以下とすることが好ましく、アルキルシリケートの安定性の観点からは、6以下とすることがより好ましい。
【0050】
一方、金属処理用溶液のpHが2よりも低いと、基材の表面の溶解が激しくなり、皮膜が不均一となるため、安定した接着性能を発揮することが困難となる。したがって、金属処理用溶液のpHは2以上とすることが好ましく、金属酸化被膜との反応性を考慮すると、3以上とすることがより好ましい。なお、金属処理用溶液のpHは、例えば塩酸や硫酸、硝酸、酢酸などの酸を添加すること等により適宜調整することができる。
【0051】
金属処理用溶液中のアルキルシリケート又はそのオリゴマーの濃度は、0.005質量%以上1質量%未満とすることが好ましい。金属処理用溶液中のアルキルシリケート又はそのオリゴマーの濃度が1質量%以上であると、生成される皮膜が厚くなり、強度が低下するおそれがある。したがって、金属処理用溶液中のアルキルシリケート又はそのオリゴマーの濃度は、1質量%未満とすることが好ましく、0.5質量%未満とすることがより好ましく、0.2質量%未満とすることがさらに好ましい。
【0052】
一方、金属処理用溶液中のアルキルシリケート又はそのオリゴマーの濃度が0.005質量%未満であると、アルキルシリケート又はそのオリゴマーの濃度が低すぎるため、金属基材を構成する金属とケイ素との複合酸化皮膜を十分に形成することができなくなり、十分な接着耐久性が得られなくなるおそれがある。したがって、金属処理用溶液中のアルキルシリケート又はそのオリゴマーの濃度は、0.005質量%以上とすることが好ましく、0.01質量%以上とすることがより好ましく、0.02質量%以上とすることがさらに好ましい。
【0053】
また、金属処理用溶液中の有機シラン化合物の濃度は、0.005質量%以上1質量%未満であることが好ましい。金属処理用溶液中の有機シラン化合物の濃度が1質量%以上であると、生成される皮膜が厚くなり、強度が低下するおそれがある。また、溶液の安定性も低下する。したがって、金属処理用溶液中の有機シラン化合物の濃度は、1質量%未満とすることが好ましく、0.5質量%未満とすることがより好ましく、0.2質量%未満とすることがさらに好ましい。
【0054】
一方、金属処理用溶液中の有機シラン化合物の濃度が0.005質量%未満であると、有機シラン化合物の濃度が低すぎるため、有機シラン化合物を含む表面処理皮膜を十分に形成することができなくなり、十分な接着耐久性が得られなくなる。したがって、金属処理用溶液中の有機シラン化合物の濃度は、0.005質量%以上とすることが好ましく、0.01質量%以上とすることがより好ましく、0.02質量%以上とすることがさらに好ましい。
【0055】
金属処理用溶液中にシラン化合物として含まれるアルキルシリケート又はそのオリゴマーの質量をXとし、有機シラン化合物の加水分解物又は重合物の質量をYとした場合に、XとYとの比は、4:1~1:4であることが好ましい。また、XとYとの比は、2:1~1:2であることがより好ましい。これらの物質の重合を制御し、金属処理用溶液を安定化させるために、金属処理用溶液は、シラン化合物全質量に対して1質量%以下の酸を含んでいることが好ましい。
【0056】
アルキルシリケート又はそのオリゴマーと、有機シラン化合物の加水分解物又は重合物と、により構成されるシラン皮膜において、十分な接着耐久性を発揮するために、皮膜量を最適な範囲に調整することが好ましい。シラン皮膜の皮膜量が0.1mg/m未満であると、金属表面を皮膜で十分に覆うことができず、所望の接着耐久性を得ることが困難となる場合がある。一方、シラン皮膜の皮膜量が20mg/mを超えると、シラン皮膜がかさ高くなるため、シラン皮膜の金属基材に対する密着性が不十分となり、シラン皮膜を起点とした破壊が発生することがあり、所望の接着強度を得ることが困難となる場合がある。したがって、シラン皮膜の皮膜量は0.1mg/m以上20mg/m以下とすることが好ましく、0.5mg/m以上15mg/m以下とすることがより好ましい。金属処理用溶液中のXとYとの比を、上記範囲に設計して金属処理用溶液を調製することにより、シラン皮膜の好ましい皮膜量を達成することができる。
【0057】
金属処理用溶液に含まれるアルキルシリケート又はそのオリゴマーの種類は特に限定されないが、反応後に皮膜の腐食や接着樹脂の劣化の原因となるような副生成物を生じないという観点から、ケイ酸塩やテトラアルコキシオルソシリケート又はそのオリゴマーが好ましい。中でも、中性であり、シラン皮膜を形成した後にアルカリが残存しないという理由から、テトラエチルオルソシリケート(TEOS)又はその重合物(オリゴマー)を使用することが好ましい。なお、重合物には、オリゴマーなどが含まれる。ここで、アルキルシリケート又はそのオリゴマーとしては、1種のみを単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0058】
金属処理用溶液に含まれる有機シラン化合物の種類も特に限定されないが、有機シラン化合物には加水分解可能なトリアルコキシル基を分子内に複数有するシラン化合物、その加水分解物又はその重合体を含んでいてもよい。分子内に加水分解可能なトリアルコキシル基を複数有するシラン化合物は、自己重合により緻密なシロキサン結合を形成するだけでなく、金属酸化物と反応性が高く、化学的に安定な結合を形成するため、シラン皮膜の耐久性を更に高めることができる。またシラン皮膜は、加工油、プレス油等の機械油や接着剤のような有機化合物との相互溶解性が高く、皮膜に加工油、プレス油等の機械油が付着していてもその影響を緩和できるため、塗油による接着耐久性の低下を防ぐ役割も担う。上記シラン化合物の種類は特に限定されないが、経済性の観点からは、加水分解可能なトリアルコキシシリル基を分子内に2つ有するシラン化合物(ビスシラン化合物)が好ましく、例えば、ビストリアルコキシシリルエタン、ビストリアルコキシシリルベンゼン、ビストリアルコキシシリルヘキサン、ビストリアルコキシシリルプロピルアミン、ビストリアルコキシシリルプロピルテトラスルフィドなどを用いることができる。とりわけ、汎用性、経済性及び水溶液の安定性の観点から、ビストリアルコキシシリルエタンを使用することが好ましく、ビストリエトキシシリルエタン(BTSE)を使用することがさらに好ましい。ここで、有機シラン化合物としては、1種のみを単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0059】
また、有機シラン化合物は、有機樹脂成分と化学結合しうる反応性官能基を有するシランカップリング剤、その加水分解物又はその重合体を含んでいてもよい。例えば、アミノ基、エポキシ基、メタクリル基、ビニル基及びメルカプト基などの反応性官能基をもつシランカップリング剤を単独で使用、もしくはシラン化合物と併用することで、皮膜と樹脂との間に化学結合を形成させ、接着耐久性を更に高めることができる。なおシランカップリング剤の官能基は、前述したものに限定されるものではなく、各種官能基を有するシランカップリング剤を、使用する接着樹脂に応じて適宜選択して使用することができる。シランカップリング剤の好適な具体例としては、例えば、3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、3-(N-アミノエチル)-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-(N-アミノエチル)-アミノプロピルトリエトキシシラン、3-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、3-メルカプトプロピルトリエトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン等が挙げられる。ここで、シランカップリング剤としては、1種のみを単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0060】
本実施形態において、金属処理用溶液が、直径10nm以上の粒子状の無機化合物(以下、単に「粒子状無機化合物」ともいう)を含むと、シラン皮膜を形成した後に、これを取り除く水洗等の追加の工程が必要となる。また、形成されるシラン皮膜が肉厚となり、接着強度及び接着耐久性が低下するおそれがある。したがって、金属処理用溶液は、粒子状無機化合物を実質的に含まないことが好ましい。なお、「金属処理用溶液が粒子状無機化合物を実質的に含まない」とは、粒子状無機化合物を全く含まない態様に限定されるものではなく、粒子状無機化合物を不純物レベルで含有することは許容される。具体的には、金属処理用溶液全量に対して、粒子状無機化合物が、0.05質量%以下まで含有されることは許容される。粒子状無機化合物としては、シリカやアルミナといった無機酸化物のゾル等が挙げられる。なお、粒子状無機化合物の直径は、処理液乾燥後の固形分の透過型電子顕微鏡(TEM)による観察や、希釈した処理液を液中パーティクルカウンターより測定される直径を表す。
【0061】
なお、金属処理用溶液は、上記アルキルシリケート又はそのオリゴマー、及び有機シラン化合物以外にも、必要に応じて、安定剤、補助剤等の1つ以上をさらに含んでいてもよい。例えば、安定剤として、ギ酸、酢酸等の炭素数1~4のカルボン酸や、メタノール、エタノール等の炭素数1~4のアルコール等の有機化合物等を含んでいてもよい。
【0062】
なお、金属処理用溶液の調製方法としては、例えば、以下の調製方法が一例として挙げられるが、これに限定されるものではない。まず、エタノール等のアルコールと水の混合液に、有機シラン化合物と、触媒としての少量の酢酸を加え、有機シラン化合物を十分に加水分解させて、有機シラン化合物水溶液とする。次に、同様の手法によりアルキルシリケート又はそのオリゴマーの水溶液を調製し、これら2液を混合した後、所定の濃度となるように水で希釈することにより、金属処理用溶液を調製する。また、アルキルシリケート又はそのオリゴマーは塩基性で重合しやすいため、有機シラン化合物として塩基性の化合物を用いる場合、溶液を混合した際のアルキルシリケート又はそのオリゴマーの過剰な重合を避けるため、有機シラン溶液を予め酢酸等で中和しておいた上で、溶液を調製することが好ましい。
【0063】
[接合体]
本実施形態に係る接合体は、上記表面処理金属材を含む。具体的に、接合体は、第1部材と第2部材とが、接着樹脂層を介して接合されている。なお、第1部材及び第2部材の少なくとも一方が、上記表面処理金属材であればよく、表面処理金属材のシラン皮膜と接着樹脂層とが接着されている。
【0064】
上記のように構成された本実施形態に係る接合体は、高温湿潤環境に曝されても、接着強度が低下し難く、接着耐久性に優れたものとなる。上記のとおり、第1部材及び第2部材のいずれか一方のみが本発明に係る表面処理金属材でもよいし、両方が本発明に係る表面処理金属材でもよい。いずれか一方(第1部材)のみが表面処理金属材である場合に、
他方の部材(第2部材)として、表面処理されていない金属材、表面処理されていない樹脂成形体等が挙げられる。表面処理されていない金属材としては、チタン又はチタン合金材、アルミニウム又はアルミニウム合金材、銅又は銅合金材、ステンレス鋼材の他、種々の金属材を使用することができる。
【0065】
また、樹脂成形体としては、例えば、ガラス繊維強化プラスチック(GFRP)、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)、ボロン繊維強化プラスチック(BFRP)、アラミド繊維強化プラスチック(AFRP,KFRP)、ポリエチレン繊維強化プラスチック(DFRP)及びザイロン強化プラスチック(ZFRP)などの各種繊維強化プラスチックにより形成した繊維強化プラスチック成形体を用いることができる。これらの繊維強化プラスチック成形体を用いることにより、一定の強度を維持しつつ、接合体を軽量化することが可能となる。
【0066】
なお、樹脂成形体は、上記繊維強化プラスチック以外に、ポリプロピレン(PP)、アクリル-ブタジエン-スチレン共重合体(ABS)樹脂、ポリウレタン(PU)、ポリエチレン(PE)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ナイロン6、ナイロン6,6、ポリスチレン(PS)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリアミド(PA)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリフタルアミド(PPA)などの繊維強化されていないエンジニアリングプラスチックを使用することもできる。
【0067】
第1部材及び第2部材の両方が本発明に係る表面処理金属材である場合に、金属基材の種類は、互いに同一であっても異なっていてもよく、種々の組み合わせの金属基材を使用することができる。
【0068】
[接合体の製造方法]
本実施形態に係る接合体は、従来公知の方法により製造することができる。例えば、シラン皮膜が形成されている領域に、公知の方法により接着樹脂層を形成し、この接着樹脂層に接触するように、他の部材を接合すればよい。接着樹脂層を形成する方法は特に限定されないが、上述のとおり、接着樹脂材料によって作製した接着シートを用いてもよいし、接着樹脂材料をシラン皮膜の表面に噴霧又は塗布する方法を用いてもよい。
【0069】
上述した実施形態では、接合体を製造するための接着樹脂層が形成された表面処理金属材の例を示したが、本発明においては上記の例に限定されず、シラン皮膜の少なくとも一部に、塗料による塗膜が形成された表面処理金属であってもよい。塗膜が形成された表面処理金属材においては、ステンレス鋼基材とシラン皮膜との接着性が優れているとともに、シラン皮膜と塗料との接合性も優れているため、塗料の剥離を防止する効果を得ることができる。
【実施例0070】
以下、発明例及び比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することが可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。また、以下の種々の製造条件は一例であり、本実施の形態では、以下の条件に限定されるものではない。
【0071】
[供試材の製造]
<基材の準備>
まず、種々の金属材料からなる板材を、長手方向の長さが100mm、幅が25mmとなるように切断して、各試験条件につき2枚ずつの金属基材を作製した。金属材料の種類を以下に示す。
アルミニウム合金(JIS規格 A7075):板厚3.8mm
アルミニウム合金(JIS規格 A5052):板厚2mm
純チタン(JIS規格 1種):板厚1.2mm
ステンレス鋼(JIS規格 SUS304):板厚1mm
【0072】
<ブラスト処理>
次に、金属基材の評価範囲を長手方向端部から10mm、幅方向25mmと設定し、発明例No.1~5、並びに比較例No.4、9及び10の基材に対して、上記評価範囲に、乾式又は湿式でブラスト処理を行った後、1分間水洗した。ブラスト処理の処理条件は、以下の通りとした。なお、ブラスト処理を実施しなかった比較例No.1~3及び5~8に対しては、アセトンによる洗浄のみを実施した。
【0073】
(乾式(ドライ)ブラスト処理条件)
ドライブラスト装置:株式会社ニッサンキ製 ショットブラスト装置(NAB-3K)
研削材:昭和電工株式会社製 砥粒ホワイトモランダム:WA#150
ブラスト圧力:0.7(MPa)
【0074】
(湿式(ウェット)ブラスト処理条件)
ウェットブラスト装置:マコー株式会社製 BABY BlastII(型式:MBBII-25)
研削材:昭和電工株式会社製 砥粒ホワイトモランダム:WA#150、WA#320
エア圧力:0.12MPa
ガン移動速度10mm/sec
【0075】
<シラン皮膜の形成>
その後、発明例No.1~5及び比較例No.5~8の基材については、以下に示すケイ素化合物1、ケイ素化合物2を含む金属処理用溶液に、10秒間室温で浸漬させた後、これを引き上げた。そして、送風乾燥炉内において温度100℃で60秒乾燥させることによりシラン皮膜を作製し、供試材を得た。
【0076】
(金属処理用溶液)
ケイ素化合物1:ビストリエトキシシリルエタン(BTSE) 0.1g
ケイ素化合物2:テトラエチルオルソシリケート(TEOS) 0.1g
エタノール 2.0g
酢酸 0.001g
水 97.8g
【0077】
[供試材の表面の測定]
<Str(アスペクト比)の測定>
各供試材の表面(シラン皮膜の表面)に対して、任意の3箇所(位置1、位置2、位置3)における1mm×1mmの測定範囲について、レーザ顕微鏡(KEYENCE製 形状解析レーザ顕微鏡VK-X150/160)を用いて、表面粗さを測定した。なお、測定条件としては、対物レンズの倍率を20倍としてアスペクト比を測定し、3箇所の平均値を計算した。
【0078】
<FT-IRによる吸収スペクトルの測定>
各供試材の表面(シラン皮膜の表面)に対して、FT-IR(フーリエ変換式赤外分光光度計:Nicolet社製 Magna-750 spectrometer)を用いて、吸収スペクトルを測定した。具体的には、入射角が75°である平行偏光を入射して、吸収スペクトルを測定し、1250(cm-1)以上1150(cm-1)以下の波数領域における吸収のピークの有無を測定した。ピークを有するものについては、吸光度を測定した。供試材の製造条件、並びにアスペクト比及び吸光度の測定結果を下記表1に示す。
【0079】
[接合試験体の製造]
その後、2枚の供試材を接着剤により接合して、接合試験体(接合体)を得た。図2Aは、接合試験体の形状を示す側面図であり、図2Bは、その平面図である。図2A及び図2Bに示すように、供試材31b(第2部材)の表面における上記評価範囲に、接着樹脂層35を形成し、この接着樹脂層35の上に、上記供試材31bと同一の構成を有する供試材31a(第1部材)を重ねて配置した。なお、ラップ長は10mmとし、供試材31aと供試材31bの端部から10mmの領域のみが重なるように配置した。
【0080】
発明例No.1~5及び比較例No.5~8については、上記評価範囲にシラン皮膜が形成されているため、シラン皮膜が形成されている10mm×25mmの領域同士を対向させるように、接着樹脂層35を介して配置した。なお、接着樹脂層の材料としては、構造用熱硬化型エポキシ樹脂系接着剤を使用した。また、接着樹脂層35の厚さが250μmとなるように、微量のガラスビーズ(粒径250μm)を上記接着樹脂材料に添加して調節した。上記のように重ね合わせて配置した後、30分間室温で乾燥させ、さらに180℃で30分間加熱し、熱硬化処理を実施した。その後、室温で24時間静置して、接合試験体(接合体)を作製した。
【0081】
比較例No.1~3及び5~8については、アセトンによる洗浄を実施した面を対向させるように、接着樹脂層35を介して配置して、上記の方法と同様にして接合試験体を作製した。比較例No.4、9及び10については、ブラスト処理を実施した面を対向させるように、接着樹脂層35を介して配置して、上記の方法と同様にして接合試験体を作製した。
【0082】
[接合試験体の評価]
<劣化試験>
得られた一部の接合試験体について、接着耐久性を評価するために、劣化試験を実施した。劣化試験は、下記表1に示す期間、上記接合試験体を40℃の5%NaCl溶液に浸漬するものとした。
【0083】
<引張試験>
得られた接合試験体に対して、接着性を評価するため、引張試験を実施した。引張条件としては、接合試験体の両端部を、図2Aに矢印で示す引張方向に引張速度50mm/minで引っ張り、破断させた。その後、表面処理金属材31a(第1部材)及び表面処理金属材31b(第2部材)について破断面を観察し、表面処理金属材31aと接着樹脂層との間で界面剥離が発生している領域の面積(第1部材の界面剥離面積)、及び表面処理金属材31aと接着樹脂層との接触面の面積(第1部材の接着面積)を測定した。また、同様にして、表面処理金属材31bと接着樹脂層との間で界面剥離が発生している領域の面積(第2部材の界面剥離面積)、及び表面処理金属材31bと接着樹脂層との接触面の面積(第2部材の接着面積)を測定した。そして、下記式(2)により、凝集破壊率を算出した。劣化試験の条件、及び凝集破壊率の算出結果を下記表1に併せて示す。
【0084】
凝集破壊率(%)=100-{(第1部材の界面剥離面積/第1部材の接着面積)×100+(第2部材の界面剥離面積/第2部材の接着面積)×100} ・・・(2)
【0085】
【表1】
【0086】
上記表1に示すように、発明例No.1~5は、表面にシラン皮膜を有する供試体を用いた例であり、アスペクト比の平均値が本発明で規定する範囲内であるとともに、所定の範囲において吸収のピークを有するため、基材の種類にかかわらず優れた凝集破壊率を示した。また、NaCl溶液への浸漬後であっても、優れた凝集破壊率を示したことから、接着耐久性が優れていることが示された。
【0087】
一方、比較例No.1は、シラン皮膜が形成されておらず、アスペクト比の平均値が本発明で規定する範囲から外れているとともに、所定の範囲において吸収のピークが存在していないため、劣化試験後の凝集破壊率が低い値となった。
比較例No.2は、シラン皮膜が形成されておらず、アスペクト比の平均値が本発明で規定する範囲から外れていたため、劣化試験後の凝集破壊率が低い値となった。
比較例No.3は、シラン皮膜が形成されておらず、所定の範囲において吸収のピークが存在していないため、劣化試験の浸漬を実施していない場合であっても、凝集破壊率が低い値となった。
比較例No.4は、シラン皮膜が形成されておらず、所定の範囲において吸収のピークが存在していないため、劣化試験後の凝集破壊率が低い値となった。
【0088】
比較例No.5、6及び8は、シラン皮膜が形成されており、所定の範囲に吸収のピークを有するが、アスペクト比の平均値が本発明で規定する範囲から外れているため、劣化試験後の凝集破壊率が低い値となった。
比較例No.7は、シラン皮膜が形成されており、所定の範囲に吸収のピークを有するが、アスペクト比の平均値が本発明で規定する範囲から外れているため、劣化試験の浸漬を実施していない場合であっても、凝集破壊率が低い値となった。
比較例No.9及び10は、アスペクト比の平均値が本発明で規定する範囲内であるが、シラン皮膜が形成されておらず、所定の範囲において吸収のピークが存在していないため、劣化試験後の凝集破壊率が低い値となった。
【符号の説明】
【0089】
31a 表面処理金属材(第1部材)
31b 表面処理金属材(第2部材)
35 接着樹脂層
図1
図2A
図2B