(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024164891
(43)【公開日】2024-11-28
(54)【発明の名称】微小熱伝導率測定装置及び測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 25/18 20060101AFI20241121BHJP
【FI】
G01N25/18 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023080591
(22)【出願日】2023-05-16
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業「熱電材料および熱電モジュールの熱評価技術の開発と応用」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】川本 直幸
(72)【発明者】
【氏名】グェン ユイ ヒウ
(72)【発明者】
【氏名】森 孝雄
(72)【発明者】
【氏名】三留 正則
(72)【発明者】
【氏名】木本 浩司
【テーマコード(参考)】
2G040
【Fターム(参考)】
2G040AB08
2G040BA25
2G040CA02
2G040DA03
2G040EA08
2G040EB02
2G040EC02
2G040FA10
2G040HA16
2G040ZA01
(57)【要約】
【課題】試料厚さや物質の種類の違いによる吸熱量の変化に比較的影響を受けにくい温度波の位相計測を基にした新たなSTEM内熱輸送評価法を提供すること。
【解決手段】試料に接触する熱電対と、前記試料上の加熱点を、所定周波数(f)のパルス状の電子線を用いて、加熱する加熱装置と、前記所定周波数のパルス状の電子線による加熱による前記接触点の温度上昇に応答した前記熱電対の出力を検出して、前記所定周波数による前記加熱点の加熱位置に対応する温度波の位相成分を計測する装置とを設け、前記パルス状の電子線による温度波の位相成分(θ)を用いて、前記加熱点から前記試料上の前記熱電対の接触点までの距離(L)に基づいて、前記加熱点と前記接触点の間の熱拡散率(α)を次式により求めるものである。
α=πf/(θ/L)
2
【選択図】
図2C
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に接触する熱電対と、
前記試料上の少なくとも一つの加熱点を、所定周波数(f)のパルス状の電子線を用いて、加熱する加熱装置と、
前記所定周波数のパルス状の電子線による加熱による前記接触点の温度上昇に応答した前記熱電対の出力を検出して、前記所定周波数による前記加熱点の加熱位置に対応する温度波の位相成分を計測する装置とを備え、
前記パルス状の電子線による温度波の位相成分(θ)を用いて、前記加熱点から前記試料上の前記熱電対の接触点までの距離(L)に基づいて、前記加熱点と前記接触点の間の熱拡散率(α)を次式により求める、微小熱伝導率測定装置。
α=πf/(θ/L)2
【請求項2】
前記試料が透過型電子顕微鏡(TEM)または走査透過電子顕微鏡(STEM)内に収容されてTEM像またはSTEM像を観察可能であるとともに、
前記収束された電子線を前記加熱点に照射する加熱装置は前記TEMまたはSTEMの電子銃である、
請求項1に記載の微小熱伝導率測定装置。
【請求項3】
前記試料上の加熱点は、前記試料上の前記熱電対の接触点までの距離(L)が相違する複数の加熱点である、請求項1に記載の微小熱伝導率測定装置。
【請求項4】
前記所定周波数は、1Hz以上500kHz以下の間で選択された複数の周波数である、請求項1に記載の微小熱伝導率測定装置。
【請求項5】
前記所定周波数(f)のパルス状の電子線は、オンオフのデューティー比が1:9以上9:1以下の間で選択され、パルスのオン時間の幅は100ns以上1sec以下の間で選択されたものである、請求項1に記載の微小熱伝導率測定装置。
【請求項6】
前記熱電対は非磁性体の二種類の材料の針状物の接合体である、請求項2に記載の微小熱伝導率測定装置。
【請求項7】
前記二種類の材料はクロメル及びコンスタンタンである、請求項6に記載の微小熱伝導率測定装置。
【請求項8】
前記針状物の先端の径は100nm以下である、請求項6に記載の微小熱伝導率測定装置。
【請求項9】
前記試料は前記熱電対よりも熱抵抗が高い材料を介して台座に取り付けられる、請求項1から6の何れかに記載の微小熱伝導率測定装置。
【請求項10】
前記温度波の位相成分を計測する装置の計測タイミングは、パルス電子線によりほぼ定常状態に上がりきった温度で小さい振幅を持ちながら温度が振動している状態である、請求項1から6の何れかに記載の微小熱伝導率測定装置。
【請求項11】
さらに、解析用コンピュータを備え、
前記解析用コンピュータによって、前記パルス状の電子線による温度波の位相成分(θ)を用いて、前記加熱点から前記試料上の前記熱電対の接触点までの距離(L)に基づいて、前記加熱点と前記接触点の間の熱拡散率(α)を次式により求める、
請求項1から10の何れかに記載の微小熱伝導率測定装置。
α=πf/(θ/L)2
【請求項12】
試料に熱電対を接触させ、
前記試料上の加熱点を、所定周波数(f)のパルス状の電子線を用いて、加熱し、
前記所定周波数のパルス状の電子線による加熱による前記接触点の昇温に応答した前記熱電対の複数の出力を検出して、前記所定周波数による前記加熱点の加熱位置にそれぞれ対応する温度波の位相成分を測定し、
前記パルス状の電子線による温度波の位相成分(θ)を用いて、前記加熱点から前記試料上の前記熱電対の接触点までの距離(L)に基づいて、前記加熱点と前記接触点の間の熱拡散率(α)を次式により求める微小熱伝導率測定方法。
α=πf/(θ/L)2
【請求項13】
前記試料をTEMまたはSTEM内に収容してそのTEM像またはSTEM像を観察できるようにし、
前記電子線の照射は前記TEMまたはSTEMの電子銃により行う
請求項12に記載の微小熱伝導率測定方法。
【請求項14】
前記試料と前記熱電対との接触を解除した状態で前記熱電対からの前記複数の加熱点の加熱位置に対応する複数の較正出力を検出し、
前記複数の加熱点への前記電子線の照射による二次電子が前記熱電対の前記出力に与える影響を前記複数の較正出力により打ち消す、
請求項12または13に記載の微小熱伝導率測定方法。
【請求項15】
前記試料上の加熱点は、前記試料上の前記熱電対の接触点までの距離(L)が相違する複数の加熱点である、請求項12に記載の微小熱伝導率測定方法。
【請求項16】
前記所定周波数は、1Hz以上500kHz以下の間で選択された複数の周波数である、請求項12に記載の微小熱伝導率測定方法。
【請求項17】
前記所定周波数(f)のパルス状の電子線は、オンオフのデューティー比が1:9以上9:1以下の間で選択され、パルスのオン時間の幅は100ns以上1sec以下の間で選択されたものである、請求項12に記載の微小熱伝導率測定方法。
【請求項18】
前記温度波の位相成分を測定するタイミングは、パルス電子線によりほぼ定常状態に上がりきった温度で小さい振幅を持ちながら温度が振動している状態である、請求項12から17の何れかに記載の微小熱伝導率測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノ・ミクロスケールにおける温度、相対的な熱流および熱抵抗の測定装置に関し、さらに具体的には電子線パルスと微小熱電対を利用した透過電子顕微鏡内ナノスケール熱輸送評価に用いて好適な測定装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、熱電材料などの熱物性制御や精密熱制御用材料・デバイスの開発に向けた新たなナノスケール熱輸送評価法の開発が求められている。本発明者は、電解研磨法で作製したナノ熱電対と電子線照射による局所加熱手法を組み合わせた走査型透過電子顕微鏡(STEM: scanning transmission electron microscope)ベースの熱分析顕微鏡(STAM: STEM-based thermal analytical microscopy)法の開発を進めてきた(特許文献1及び非特許文献1参照)。ここで、電解研磨とは、製品をプラス側にして電解液を介して直流電流を流し、金属表面を溶解させることで研磨効果を得る方法をいう。
STAM法は、電子線照射時のプラズモン励起による温度上昇を利用しており、STEM走査時の各加熱位置に対応した定常状態の温度(熱起電力)を2次元的に記録することで、フーリエの法則に基き、試料内を通過する熱が評価できるという利点がある。
【0003】
他方で、高分子材料薄膜を中心に少量かつ薄い材料の熱拡散率測定に温度波熱分析法が有効であることが知られている(特許文献2及び非特許文献2、3参照)。温度波熱分析法では、振幅で1℃以下の微弱な温度波を試料に与え、その伝搬を解析し、温度振幅減衰から熱伝導率λが、位相遅れ計測からは熱拡散率αが求められる方法である。熱刺激の与え方として、パルス的(フラッシュ法)、ステップ的(熱線法)、交流的(温度波法)、一定昇温(DSC)等が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6164735号 請求項17
【特許文献2】特許第5489789号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】N. Kawamoto et al., Nano Energy, 52 323-328 (2018).
【非特許文献2】森川淳子、橋本壽正、『温度波を用いた熱拡散率・熱伝導率測定』、「ネットワークポリマー」Vol. 34 No. 2(2013)
【非特許文献3】橋本壽正、森川淳子、『フーリエ変換型温度波熱分析法』、熱測定Vol. 27 No. 3, 141-151 (2000)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1及び非特許文献1に示すような、従来の微小熱伝導率測定装置では、温度が上がりきった定常状態での温度を一点一点の加熱点について、ナノ熱電対接触点(固定)にて、2次元的に記録している。従来の微小熱伝導率測定装置を用いて、フーリエの法則に基く熱伝導性の解析を行う場合には、熱伝導率が既知の参照資料と測定試料を直列に配置した試料の作製が必要であると共に、棒状試料であって、できるだけ均一な厚さが必要とされ、試料準備に時間が掛かるという課題があった。
即ち、STAM法では、電子線照射により入力される熱量が、試料厚さの違いや照射される物質のプラズモン平均自由行程等に依存するため、熱輸送評価には、できるだけ試料厚さが均一な試料の作製や解析時の入力熱量の考慮が必要なことなどの課題がある。
【0007】
また、温度波熱分析法は、高分子材料薄膜を中心に少量かつ薄い材料の熱拡散率測定に用いられているが、透過電子顕微鏡内ナノスケール熱輸送評価に適用された例は知られていない。
本発明は、上述する課題を解決するもので、試料厚さや物質の種類の違いによる吸熱量の変化に比較的影響を受けにくい温度波の位相計測を基にした新たなSTEM内熱輸送評価法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
[1]本発明の微小熱伝導率測定装置によれば、例えば
図1に示すように、試料21に接触する熱電対(23、24)と、前記試料上の少なくとも一つの加熱点を、所定周波数(f)のパルス状の電子線を用いて、加熱する加熱装置(10、22)と、前記所定周波数のパルス状の電子線による加熱による前記接触点の温度上昇に応答した前記熱電対の出力を検出して、前記所定周波数による前記加熱点の加熱位置に対応する温度波の位相成分を計測する装置50と、前記パルス状の電子線による温度波の位相成分(θ)を用いて、前記加熱点から前記試料上の前記熱電対の接触点までの距離(L)に基づいて、前記加熱点と前記接触点の間の熱拡散率(α)を次式により求めるものである。
α=πf/(θ/L)
2
【0009】
[2]本発明の微小熱伝導率測定装置[1]において、好ましくは、前記試料が透過型電子顕微鏡(TEM)または走査透過電子顕微鏡(STEM)内に収容されてTEM像またはSTEM像を観察可能であるとともに、前記収束された電子線を前記加熱点に照射する加熱装置は前記TEMまたはSTEMの電子銃であるとよい。
[3]本発明の微小熱伝導率測定装置[1]において、好ましくは、前記試料上の加熱点は、前記試料上の前記熱電対の接触点までの距離(L)が相違する複数の加熱点であるとよい。
[4]前本発明の微小熱伝導率測定装置[1]において、好ましくは、前記所定周波数は、1Hz以上500kHz以下の間で選択された複数の周波数であるとよい。前記所定周波数は、材質や測定区間の長さにより適切な周波数を選択して利用するものである。
[5]本発明の微小熱伝導率測定装置[1]において、好ましくは、前記所定周波数(f)のパルス状の電子線は、オンオフのデューティー比が1:9以上9:1以下の間で選択され、パルスのオン時間の幅は100ns以上1sec以下の間で選択されたものであるとよい。パルスのオン時間の幅は加熱装置の特性で定まり、例えばEDMの場合はパルスのオン時間の最小幅は100nsに定められている。
[6]本発明の微小熱伝導率測定装置[1]において、好ましくは、前記熱電対は非磁性体の二種類の材料の針状物の接合体であるとよい。
[7]本発明の微小熱伝導率測定装置[6]において、好ましくは、前記二種類の材料はクロメル及びコンスタンタンであるとよい。
[8]本発明の微小熱伝導率測定装置[6]において、好ましくは、前記針状物の先端の径は100nm以下であるとよい。
[9]本発明の微小熱伝導率測定装置[1]において、好ましくは、前記試料は前記熱電対よりも熱抵抗が高い材料を介して台座に取り付けられるとよい。
[10]本発明の微小熱伝導率測定装置[1]~[9]において、好ましくは、前記温度波の位相成分を計測する装置の計測タイミングは、パルス電子線によりほぼ定常状態に上がりきった温度で小さい振幅を持ちながら温度が振動している状態であるとよい。
[11]本発明の微小熱伝導率測定装置[1]~[10]において、好ましくは、さらに、解析用コンピュータ60を備え、解析用コンピュータ60によって、前記パルス状の電子線による温度波の位相成分(θ)を用いて、前記加熱点から前記試料上の前記熱電対の接触点までの距離(L)に基づいて、前記加熱点と前記接触点の間の熱拡散率(α)を次式により求めるとよい。
α=πf/(θ/L)2
【0010】
[12]本発明の微小熱伝導率測定方法によれば、例えば
図4に示すように、試料に熱電対を接触させ(S404)、前記試料上の加熱点を、所定周波数(f)のパルス状の電子線を用いて、加熱し(S406)、前記所定周波数のパルス状の電子線による加熱による前記接触点の昇温に応答した前記熱電対の複数の出力を検出して(S408)、前記所定周波数による前記加熱点の加熱位置にそれぞれ対応する温度波の位相成分を測定し(S410)、前記パルス状の電子線による温度波の位相成分(θ)を用いて、前記加熱点から前記試料上の前記熱電対の接触点までの距離(L)に基づいて、前記加熱点と前記接触点の間の熱拡散率(α)を次式により求める(S412)ものである。
α=πf/(θ/L)
2
【0011】
[13]本発明の微小熱伝導率測定方法[12]において、好ましくは、前記試料をTEMまたはSTEM内に収容してそのTEM像またはSTEM像を観察できるようにし(S402)、前記電子線の照射は前記TEMまたはSTEMの電子銃により行うとよい。
[14]本発明の微小熱伝導率測定方法[12]において、好ましくは、前記試料と前記熱電対との接触を解除した状態で前記熱電対からの前記複数の加熱点の加熱位置に対応する複数の較正出力を検出し、前記複数の加熱点への前記電子線の照射による二次電子が前記熱電対の前記出力に与える影響を前記複数の較正出力により打ち消すものであるとよい。
[15]本発明の微小熱伝導率測定方法[12]において、好ましくは、前記試料上の加熱点は、前記試料上の前記熱電対の接触点までの距離(L)が相違する複数の加熱点であるとよい。
[16]本発明の微小熱伝導率測定方法[12]において、好ましくは、前記所定周波数は、1Hz以上500kHz以下の間で選択された複数の周波数であるとよい。
[17]本発明の微小熱伝導率測定方法[12]において、好ましくは、前記所定周波数(f)のパルス状の電子線は、オンオフのデューティー比が1:9以上9:1以下の間で選択され、パルスのオン時間の幅は100ns以上1sec以下の間で選択されたものであるとよい。
[18]本発明の微小熱伝導率測定方法[12]~[17]において、好ましくは、前記温度波の位相成分を測定するタイミングは、パルス電子線によりほぼ定常状態に上がりきった温度で小さい振幅を持ちながら温度が振動している状態であるとよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の微小熱伝導率測定装置及び方法によれば、温度波位相法を用いて熱拡散率(α)を測定しているので、試料は測定したい組成からなる試料のみでよく、従来のように比較参照用の既知特性を有する組成を更に設ける必要がなくなり、試料の準備が簡便になる。
また、温度波位相法を用いて熱拡散率(α)を測定する場合には、試験片試料の形状は棒状試料でたり、測定試料の厚さや種類は気にしなく済むという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の微小熱伝導率測定装置の全体構成図である。
【
図2A】ナノ熱電対を取り付けたTEM用ホルダーの写真。
【
図2B】ナノ熱電対を試料に接触させた状態を示すTEM像
【
図2C】試料の加熱点を電子線によって加熱したときの温度波の伝搬を説明する図。
【
図3A】本発明で利用する温度波法の原理の説明図で、周波数法を示している。
【
図3B】本発明で利用する温度波法の原理の説明図で、加熱位置の距離法を示している。
【
図4】本発明の微小熱伝導率測定方法を説明するフローチャートである。
【
図5】従来装置の熱伝導率の絶対値を求めることができる構成例をモデル化した概念図。
【
図6A】本発明の微小熱伝導率測定装置により熱伝導率の相対値を求めることができる構成例をモデル化した概念図。
【
図6B】熱電対部分のSTEM-HAADF(高角度環状暗視野走査透過型電子顕微鏡、High-angle Annular Dark Field Scanning TEM)による拡大図である。
【
図6C】所定周波数のパルス状の電子線による加熱の説明図で、電子線のオンオフ波形を示している。
【
図7】周波数法による所定周波数のパルス状の電子線による加熱の説明図で、熱電対で測定された温度波波形を示している。
【
図8】周波数法による所定周波数のパルス状の電子線による加熱の説明図で、熱電対で測定された温度波の位相像を示している。
【
図9】温度波の位相遅れθと加熱位置からの距離Lの比により、熱拡散率を評価する関係を示している。
【
図10】(A)は周波数法による所定周波数のパルス状の電子線による加熱の説明図で、熱電対で測定された温度波の振幅像を示している。(B)は温度波の振幅Qと加熱位置からの距離Lとを用いて、温度波の振幅を評価した結果を示している。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本明細書で用いる学術用語の定義を行う。
フーリエの法則とは、伝導伝熱における伝熱量の関係をいい、次式で表される。
【数1】
ここで、q:熱流束[W/m
2]、k:熱伝導度[W/(m・K)]、T:温度[K]、x:物質の厚み[m]である。ここで、伝導伝熱とは、同一物質内、あるいは密接した物体間に温度差がある場合での、物質の移動を伴わない熱エネルギーのみの移動現象をいう。フーリエは、単位断面積あたり、単位時間に流れる熱量つまり熱流束は、温度勾配に比例することを見いだした。
【0015】
熱伝導率とは、熱エネルギーが温度勾配によって伝わる速さを決定する係数であり、具体的には単位断面積あたり、単位時間に流れる熱量つまり熱流束は、温度勾配に比例する場合に、熱流束Jと温度(T)の勾配の関係が、次式(2)で表される場合の係数λをいう。
J=-λgradT (2)
物質中の温度と熱の関係を、ガウスの発散定理を用いて、より一般的に表現すると、次式で表される熱伝導方程式が導かれる。
∂q/∂t=∇2λT (3)
ここで、qは単位体積あたりの熱量であり、物質内で吸発熱がないことを仮定している。熱伝導率λが、位置や時間によらず一定であれば、式(3)は
∂q/∂t=λ∇2T (4)
となる。
【0016】
熱拡散率は、温度が温度勾配のなかを伝わる速さを決定する係数であり、具体的には式(4)において、熱量qを温度Tに変換することにより導かれる熱拡散方程式(式(5))における比例係数αをいう。
∂T/∂t=α∇2T (5)
熱伝導率λと熱拡散率αの関係は、
λ=α・Cp・ρ (6)
として関係付けられ、ρ(密度)、Cp(定圧比熱容量)とともに、熱の四定数とも呼ばれる。測定にあたっては、熱伝導率と、熱拡散率のいずれかを求めて、式(6)を用いて換算することが多い。なお、物質拡散の場合と同様に、拡散距離が長いほど、また熱拡散率が小さいほど、均一化に時間がかかる。
【0017】
温度波とは、試料に熱エネルギーによる微弱な交流刺激を与えて、振幅減衰と位相遅れを測定する方法である。測定法の普及の為に、標準化として、ISO22007-3(位相解析型薄膜用)として2008年にプラスチックの熱伝導分野(TC-61)で認定され、さらにISO-22007-6として振幅解析型も認定された。
交流の温度波の場合に、温度が均一化されるのに必要な距離の目安として、熱拡散長μが次式で定義される。
μ=√2α/ω (7)
【0018】
続いて、本発明の原理を詳細に説明する。
本発明の微小熱伝導率測定装置及び方法は、温度波位相法を用いて熱拡散率(α)を測定するものであり、次の1次元熱伝導方程式を根拠とする。
【数2】
検知する温度波は、次式で与えられる。
【数3】
ここで、α:熱拡散率、Q
0:電子線による吸熱量、f:電子線の周波数である。
【0019】
温度波の振幅と位相の検知のうち、加熱位置間で生じる位相変化Δθは次式で与えられる。
【数4】
【0020】
図1は、本発明の微小熱伝導率測定装置の全体構成図である。
図において、微小熱伝導率測定装置は、透過電子顕微鏡10、温度波生成部20、ロックインアンプ30、信号処理部40、電子ビーム制御および画像処理システム50、解析用コンピュータ60を備えている。
透過電子顕微鏡10は、静電シャッター12、シャッター駆動部13、静電線量変調器(EDM)14、同期信号生成部15、減衰調整ノブ16、制御用ソフトウェア部18を備えている。
温度波生成部20は、
図1に示す透過電子顕微鏡10の電子ビーム照射箇所を拡大したものである。温度波生成部20は、試料21、パルス状の電子線22、コンスタンタンプローブ23、クロメルプローブ24を備えている。詳細は、
図2(A)、(B)を用いて説明する。
ロックインアンプ30では、入力端子に熱電対のコンスタンタンプローブ23、クロメルプローブ24が接続され、参照端子に同期信号生成部15が接続されている。
【0021】
信号処理部40は、増幅回路、フィルター回路、減衰回路が設けられている。
電子ビーム制御および画像処理システム50は、例えばAMETEK社の電子計器事業グループのメンバー企業であるGatan,Inc.より提供されるDigiScan(商標)システムを用いることが出来る。これには、入力端子に信号処理部40で信号処理された電子ビーム制御信号および画像信号が送られ、出力端子に解析用コンピュータ60が接続されている。電子ビーム制御および画像処理システム50は、透過電子顕微鏡10で得られたSTEM像を用いて、所定周波数による加熱点の加熱位置に対応する温度波の位相成分を計測できる。
解析用コンピュータ60は、電子ビーム制御および画像処理システム50で計測された温度波の振幅と位相を入力して、試料21の熱伝導率を演算する。このような演算には、例えばGatan digital micrograph(商標)を用いて、位置情報を除算するスクリプトを実際に組んで、熱拡散率像に変換するものでもよい。また、解析用コンピュータ60を用いるのに代えて、棒状試料の位相像のラインプロファイルをとって、次式により熱拡散率αをエクセル(商標)で計算してもよい。
α=πf/(θ/L)2 (16)
信号処理部40、電子ビーム制御および画像処理システム50、及び解析用コンピュータ60は、当業者に周知の事項、あるいは本明細書及び図面の記載に基づいて当業者が特に創作力を発揮せずに作製できるものであるため、具体的な説明や図示は省略する。
【0022】
静電線量変調器(EDM:Electrostatic Dose Modulator)14は、電子機器とソフトウェア制御を含む、サンプル前の静電偏向器を備えた高速ビームブランキングシステムである。EDMを使用すると、ビームは例えば50ns未満でオンまたはオフに切り替えることができる。このブランキング速度は、従来の静電シャッター12の開閉速度の1万倍~10万倍程度高速であるため、高速露光時間で取得されたデータの明瞭さが即座に向上する。EDMは、イメージング条件に影響を与えることなく電子照射を減衰させることもできるため、TEMおよびSTEMユーザーはサンプルへの線量を非常に制御できる。EDMでは、最先端の電子機器とソフトウェアのアドオンにより、時間線量構造化やSTEM同期などの高度なアプリケーションを利用できる。
【0023】
電子ビーム制御および画像処理システム50は、STEM装置に接続が可能であり、共通のユーザーインターフェイスによって、柔軟にスキャン条件とデジタル化諧調を設定することで実験に適した像の取得が可能である。例えばDigiScan(商標)システムでは、標準で4チャンネルまでの同期入力が可能であり、アナログ入力またはパルス入力であって、最大32k×32kピクセルまでのX、Y方向ピクセル数の設定機能が設けられているが、このチャンネル数やピクセル数に限定されるものではない。1ピクセルあたり50ns~400msの範囲でピクセル滞留時間が設定可能である。「滞留時間」(Dwell time)とは、電子線走査によるSTEM像の取得において、電子線が1画素あたりにとどまる時間をいう。滞留時間は、電子ビームの走査速度の指標である。
滞留時間を1水平ラインスキャンのスキャン・ピクセル数で乗算し、帰線(Flyback)時間を加算すると、1水平ラインスキャンのスキャン時間が得られる。この走査時間に垂直走査(水平走査線)数を乗じると、走査画像1枚の取得時間が算出される。
【0024】
図2Aは、ナノ熱電対を取り付けたTEM用ホルダーの写真、
図2Bは、ナノ熱電対を試料に接触させた状態を示すTEM像である。
特許文献1の段落番号0013~0019に示すように、H
3PO
4水溶液を利用した電解研磨法により作製したCu
55Ni
45(質量%)(コンスタンタン(Constantan:商標))探針とCr
10Ni
90(質量%)(クロメル(Chromel:商標))探針とを組み合わせたコンスタンタン-クロメルナノ熱電対を製作した。これにより、-200℃<T<800℃と稼働温度域を大幅に広げることができた。また、低い熱伝導率、大きな熱起電力、線形の応答性、10
-2Kに達する計測温度の高い分解能、微小な接合部が実現した高い応答性、熱電対の材料が非磁性材料の組み合わせのため透過型電子顕微鏡内などの強磁場空間内への導入が可能になるなど、様々な点で性能を向上させることができた。また、本製造方法では、用途に応じて、他の熱電対材料を利用してナノ熱電対を作製することができる。
【0025】
[ナノ温度計の製造方法]
電解研磨法により、Cu-Ni及びCr-Niの線材を先端径を100nm以下に先鋭化した微小探針をそれぞれ作製した。具体的には、透過電子顕微鏡(TEM)内でピエゾ素子を利用した精密な微小探針の位置制御によりこれらの微小探針の先端部同士を接触させ、探針間に10μA程度の電流を通電させることで、
図2(B)に示すコンスタンタン線材とクロメル線材との接触抵抗が極めて小さい接合部を形成し、ナノ熱電対すなわちナノ温度計を製作した。
このように構成された微小熱伝導率測定装置においては、収束させた電子線を試料21に照射することにより、試料21上のナノスケール領域に熱を印加し、熱の投入場所と投入量がコントロールできる。
【0026】
このようにして作製したナノ熱電対を取り付けてTEM内で対象の試料上の微小領域の温度を測定するためのホルダーの写真を
図2(A)に示す。
図2(A)にはこのホルダー内のナノ熱電対に発生する熱起電力を測定するための電圧計も模式的に示されている。ここで重要なことは、TEM内の試料位置には大きな磁場(たとえば本実施例では2T)が印加されるため、このホルダー材料、就中ナノ熱電対は非磁性材料で構成する必要がある点である。
本実施例ではナノ熱電対材料としてクロメル及びコンスタンタンを使用することにより、この条件を満足している。なお、実施例では複合材料のフィラーとして使用することができるα-Al
2O
3(以下、単にアルミナと称する)を試料として用いるが、これ以外の各種の材料を測定対象の試料とすることも当然可能である。
【0027】
[ナノスケールでの熱の印加と温度計測]
上述のようにナノ熱電対を装着したホルダーをTEM内に収容し、試料に対して
図2(B)に示すようにナノ熱電対の先端部(接合部)を接触させる。
ここでは電子線を熱電対の先端部近傍に照射しており、この電子線のオン/オフに対応してナノ熱電対に発生する熱起電力が変化する。電子線を照射するための電子銃はTEM本来の電子銃をそのまま使用することができる。また、試料上にナノ熱電対を接触させる位置及び収束された電子ビームの照射位置は、TEMを使った観察により、正確に位置決めすることができる。このようにTEM像を参照して照射位置を決めることができるので、熱を印加する位置を事前に決めた上でそのために特化した試料を作製する手法に比べて自由度の高い測定を行うことができる。
【0028】
重要な点として、電子線により熱を印加する場所と温度計測箇所とが空間的に一致している必要がなく、試料上のナノ熱電対の接触部とは異なる任意の点に電子線を照射してよい。これにより、試料上の所望の区間の熱伝導の分析を行うことができる。
【0029】
図2Cは、試料の加熱点を電子線によって加熱したときの温度波の伝搬を説明する図である。
一次元形状の試料21において、試料21の一方の端部に熱電対であるコンスタンタンプローブ23、クロメルプローブ24が接続された位置を起点としてx=0とし、パルス状の電子線22の照射位置の座標をx
0、x
1、x
2とする。このとき、温度波T(x
i、t)(i=0、1、2)に対して、振幅は距離に応じて減衰するが、位相遅れθについて次式が成り立つ。
θ
1=k(x
1-x
0) (11)
θ
2=k(x
2-x
0) (12)
【0030】
図3Aは、本発明で利用する温度波法の原理の説明図で、周波数法(Frequency control)を示しており、(A)はパルス状の電子線による試料の加熱位置と熱電対装着位置、(B)は位相遅れθを示す図で、横軸は周波数の平方根(√f)、縦軸は位相を示している。
図3A中、T
Mは試料の熱電対装着位置を示し、距離Lはパルス状の電子線による試料の加熱位置と熱電対装着位置との距離を示している。位相遅れθは、周波数fの増大と共に、周波数の平方根(√f)の割合で増大する。
【0031】
図3Bは、本発明で利用する温度波法の原理の説明図で、加熱位置の距離法(Heating position control)を示しており、(A)はパルス状の電子線による試料の加熱位置と熱電対装着位置、(B)は位相遅れθを示す図で、横軸は周波数の平方根(√f)、縦軸はパルス状の電子線による試料の加熱位置と熱電対装着位置との距離Lを示している。
図3B(A)中、パルス状の電子線による試料の加熱位置は、試料の熱電対装着位置に近い位置から試料の他方の端部まで移動している。位相遅れθは、パルス状の電子線による試料の加熱位置と熱電対装着位置との距離Lの増大に比例して、増大する。
【0032】
図4は、本発明の微小熱伝導率測定方法を説明するフローチャートである。
まず、試料21をTEMまたはSTEM内に収容して、そのTEM像またはSTEM像を観察できるようにする(S402)。
次に、試料21に熱電対(23、24)を接触させる(S404)。
次に、試料21上の少なくとも一つの加熱点を、所定周波数(f)のパルス状の電子線を用いて、加熱する(S406)。
信号処理部40により、所定周波数のパルス状の電子線による加熱による接触点の昇温に応答した熱電対(23、24)の複数の出力を検出する(S408)。必要に応じて、信号処理部40による熱電対(23、24)の複数の出力信号と、透過電子顕微鏡10の照射する電子線との位置的・時間的関係を電子ビーム制御および画像処理システム50により紐づける。
電子ビーム制御および画像処理システム50により、所定周波数による加熱点の加熱位置にそれぞれ対応する温度波の位相成分を測定する(S410)。
解析用コンピュータ60により、パルス状の電子線による温度波の位相成分(θ)を用いて、加熱点から試料21上の熱電対(23、24)の接触点までの距離(L)に基づいて、加熱点と接触点の間の熱拡散率(α)を次式により求める(S412)。
α=πf/(θ/L)
2
【0033】
好ましくは、一定間隔や必要と判断されるとタイミングで、較正動作を行うことで、本発明の微小熱伝導率測定方法の信頼性を高めることが出来る。較正動作では、試料21と熱電対(23、24)との接触を解除した状態で、熱電対(23、24)からの複数の加熱点の加熱位置に対応する複数の較正出力を検出し、複数の加熱点への電子線22の照射による二次電子が熱電対(23、24)の出力に与える影響を複数の較正出力により打ち消すものである。
【0034】
このように構成された装置された装置の具体例を説明する。
図5において、(A)は従来装置の熱伝導率の絶対値を求めることができる構成例をモデル化した概念図、(B)は電子線照射位置の熱電対先端部からの距離と当該照射による熱電対先端部の温度上昇の関係の折れ線状グラフである。
図5(A)において、試料21は、被測定試料部212、標準材料部214、電子線熱変換部216a、216b、216c、熱抵抗部218、台座部219を有している。
被測定試料部212は、試料の熱伝導率kを測定する部位である。標準材料部214は、既知の熱伝導率kを有する標準材料である。電子線熱変換部216a、216b、216cは、電子線照射時の熱変換率が高く熱投入量が比較的大きい重元素(例えばタングステンW)からなる「同一の試料」で、標準試料部214と被測定試料部212をそれぞれ挟み込むように3か所に区分して設けられている。電子線照射時の吸熱量がどの照射点でも同じになるように、全ての電子線照射点が同一の材料からなるようにすべく、パルス状の電子線22の照射部は電子線熱変換部216a、216b、216cとする。
熱抵抗部218は、熱電対23、24を接触させる端部と反対側の端部を十分に大きな熱抵抗を有する部位で、例えばエポキシ樹脂よりなる。台座部219は、試料21全体を支持するもので、熱抵抗部218を介して電子線熱変換部216a、216b、216c等と熱電対23、24を支えている。
【0035】
このように構成された装置においては、TEM中に設置された試料上の電子線熱変換部216a、216b、216c上の点に電子ビームを照射することにより、当該点に熱が与えられ温度が上昇する。これによりできた温度勾配により熱流が発生する。
図5(A)では電子線照射点から左側と右側の両方に熱流が生起する可能性がある。しかし、右側へ向かっての熱流は試料21を台座部219に接着するための熱抵抗部218(エポキシ樹脂)の低い熱伝導率(つまり、高い熱抵抗)によりほぼ阻止され、熱流の大部分は
図5の左側へ向かい、最終的には左端の熱電対23、24に到達し、この位置に温度変化を引き起こす。
電子線熱変換部216a、216b、216cを設けることで、被測定試料部212が電子線照射時に熱変換しにくい軽元素からなる試料の熱伝導率測定にも対応できる。被測定試料部212は、電子線にとってより透明な材料ともいえる炭素などの軽元素でできたカーボンナノチューブ、グラフェン、エポキシ樹脂等であったとしても、直接に電子線を照射していないので、直接電子線を照射した場合に生ずる、熱の吸収率があまり良くない為、十分な熱量が投入できないという課題を克服できる。
【0036】
図5(A)に示す構成において、電子線照射点(1)~(6)のうちで、(2)及び(3)は熱流の向きに関して被測定試料部212の上流側及び下流側の測定試料近傍に定められる。また、(4)及び(5)は同じく熱流の向きに関して標準材料部214のそれぞれ上流側及び下流側近傍に定められる。この構成に対してこれまでに説明した態様で電子線照射を行って左端部分の温度変化を熱電対で測定することにより、
図5(B)に示すグラフが得られる。ここで電子線は全てタングステンでできた部分に照射されるため、各照射によって試料に吸収された熱量は同じである。また、測定試料中及び標準材料中の熱流経路長はTEMによる観察等で測定できる。従って、このグラフ上で(2)と(3)との間のグラフの線分の傾きであるΔT試料/Δx試料、及び(4)と(5)との間のグラフの線分の傾きであるΔT標準材料/Δx標準材料が計算できる。
【0037】
ここにおいて、標準材料の既知の熱伝導率kを使って、試料の熱伝導率kを以下のように表すことができる。
k標準材料=αk試料 (13)
ここで、
α=(ΔT試料/Δx試料)/(ΔT標準材料/Δx標準材料) (14)
αを表す分数式の分子および分母は上で述べたように計算できることから、試料の熱伝導率k試料も、その絶対値を計算することができる。
【0038】
このようにして、熱伝導率が既知の標準材料の利用により、電子線照射時の発熱エネルギーを見積もることによって、絶対値の見積もりも可能になる。即ち、熱流が既知の熱伝導率を有する材料(標準材料部214)を通過するようにするため、熱流の通過経路中に電子線熱変換部216a、216b、216cで挟まれた標準材料部214を設ける。
【0039】
また、上記の説明中における被測定試料部212を挟む電子線熱変換部216a、216b、216cの当該使用環境下での熱伝導率が既知である場合には、標準材料部214を電子線熱変換部216a、216b、216cと同じ材料とすることができる。このように標準材料部214にも電子線熱変換部216a、216b、216cと同じ材料を使用した場合には、
図5(A)の(3)より左側の構造は電子線熱変換部216a、216b、216cと同一材料だけでできた一体の構造に単純化される。上述の熱伝導率の絶対値の計算式もこれに合わせて修正することができる。
【0040】
図6Aは、本発明の微小熱伝導率測定装置により熱伝導率の相対値を求めることができる構成例をモデル化した概念図である。試料21を非常に細い、あるいは非常に薄い形状に形成する(例えば、上述したように、FIB(Focused Ion Beam:集束イオンビーム)を用いて500nm以下の厚さに加工する)し、台座部219で支持することで、試料内部に不均一性が存在しないように構成されている。
図6Aに示すように構成することで、
図5を用いて説明した一次元熱流モデルが成立する。即ち、熱電対を接触させる端部と反対側の端部を十分に大きな熱抵抗を有する手段(例えばエポキシ樹脂、あるいは真空などでもよい)で熱絶縁するだけではなく、熱流がほぼ一次元的に流れるようにするため、それ以外の方向の熱流の経路が実質的に存在しない(
図5(A)で言えば経路の途中で上下方向などに熱流が漏洩しない)ように、熱抵抗の大きな材料や真空等で周囲を取り囲むことが必要である。さらには、試料内部も熱流が一次元方向に流れること(つまり、試料内部が熱伝導率で見たとき、一次元構造になっていて、試料内部で熱流が予測できない態様で蛇行したり迂回したりしないようになっていること)条件を充足している。
【0041】
なお、一次元熱流モデルが成立する別の態様として、試料内部に熱伝導率が異なる領域が混在している場合であっても、混在のパターンが測定の分解能との比較で十分に一様に分布していたり、あるいは熱伝導率が他の領域よりも十分に大きいために熱流の大部分が通る領域に着目した場合に、このような領域が実質的に一様な一次元の熱流の経路を提供するなどの場合には、この最後の条件は実質的に満足されているとみなすことができる。
【0042】
図6Bは、熱電対部分のSTEM-HAADF(高角度環状暗視野走査透過型電子顕微鏡、High-angle Annular Dark Field Scanning TEM)による拡大図である。試料21の端部には、熱電対であるコンスタンタンプローブ23、クロメルプローブ24が接続されている。
図6Cは、所定周波数のパルス状の電子線による加熱の説明図で、電子線のオンオフ波形を示している。ここでは、周波数333Hzで、オンオフ波形のデューティー比は1:1の50%となっている。なお、所定周波数は、333Hzに限定されるものではなく、試料21の材質や測定区間の長さLにより適切な周波数葉fを選択して利用するものであり、例えば1Hz以上500kHz以下の間で選択された複数の周波数であるとよい。
また、所定周波数(f)のパルス状の電子線は、オンオフのデューティー比が1:1に限定されるものではなく、例えば1:9以上9:1以下の間で選択され、パルスのオン時間の幅は100ns以上1sec以下の間で選択されたものであるとよい。パルスのオン時間の幅は加熱装置の特性で定まり、例えばEDMの場合はパルスのオン時間の最小幅は100nsに定められている。
【0043】
図7は、周波数法による所定周波数のパルス状の電子線による加熱の説明図で、熱電対で測定された温度波波形を示している。ここでは、周波数として1kHz、5kHz、10kHz、20kHzの場合を示している。
周波数fが増加するほど、位相遅延θが増加する。信号/ノイズ比は、周波数fの増加とともに減少した。ここで、位相遅延θは次式で与えられる。
θ=L√(πf/α) (15)
ここで、Lは加熱位置から熱電対までの距離、αは熱拡散率である。
【0044】
図8は、周波数法による所定周波数のパルス状の電子線による加熱の説明図で、熱電対で測定された温度波の位相像を示している。ここでは、周波数として5kHz、10kHz、20kHzの場合を示すと共に、参照用としてパルス状の電子線による加熱の無い状態での試料のSTEM像を示している。ここで、位相遅れθは濃淡で表している。
図8に示すように、サンプルの熱拡散率を定量的に調査するために、ラインプロファイルが取得された。ラインプロファイルは、グラフの位相遅れθの距離Lに対する傾きの情報を提供している。即ち、照射するパルス電子ビームの周波数ごとに、θとLの比を同定した。
ここで、5kHzの場合は、加熱点での位相遅れθは39°であり、熱電対近傍の試料端での位相遅れθは18.5°であった。10kHzの場合は、加熱点での位相遅れθは54.5°であり、熱電対近傍の試料端での位相遅れθは24°であった。20kHzの場合は、加熱点での位相遅れθは68°であり、熱電対近傍の試料端での位相遅れθは25.5°であった。
【0045】
図9は、温度波の位相遅れθと加熱位置からの距離Lの比により、熱拡散率αを評価する関係を示している。ここで、熱拡散率αは、式(15)を変形した次式で与えられる。
α=πf/(θ/L)
2 (16)
5kHzの場合は、回帰式がy=0.0474x-0.3666であり、θ/L=0.0474で、相関係数R(correlation coefficient)の二乗R
2は0.9975と両変数x,yの高い相関を示している。10kHzの場合は、回帰式がy=0.0688x-0.5183であり、θ/L=0.0688で、相関係数R(correlation coefficient)の二乗R
2は0.9987と両変数x,yの高い相関を示している。20kHzの場合は、回帰式がy=0.0953x-0.7280であり、θ/L=0.0953で、相関係数R(correlation coefficient)の二乗R
2は0.9977と両変数x,yの高い相関を示している。
この結果、熱拡散率α(m
2/s)は、5kHzで6.99x10
-6、10kHzで6.64x10
-6、20kHzで6.92x10
-6と概ね等しい値を示している。
【0046】
図10(A)は、周波数法による所定周波数のパルス状の電子線による加熱の説明図で、熱電対で測定された温度波の振幅像を示している。ここで、5kHzの場合における温度波の振幅は、加熱点が熱電対の装着位置の場合は8.0μVであり、試料先端の場合は6.0μVであり、熱電対の装着位置と試料先端の中間位置の場合は6.7μVであった。10kHzの場合における温度波の振幅は、加熱点が熱電対の装着位置の場合は6.1μVであり、試料先端の場合は3.9μVであり、熱電対の装着位置と試料先端の中間位置の場合は4.6μVであった。20kHzの場合における温度波の振幅は、加熱点が熱電対の装着位置の場合は4.0μVであり、試料先端の場合は2.3μVであり、熱電対の装着位置と試料先端の中間位置の場合は3.1μVであった。
ここで、温度波の振幅T(x)は次式で与えられる。
【数5】
ここで、Q
0は加熱点で与えられる熱量であり、pは運動量[kg・m/s]、パルス状の電子線の場合はビーム径r
0と電子線の波長Λ[m]である。
【0047】
図10(B)は、温度波の振幅Qと加熱位置からの距離Lとを用いて、温度波の振幅を評価した結果を示している。熱電対の装着位置から加熱位置からの距離Lが0μmから6μmの範囲で、周波数として5kHz、10kHz、20kHzの場合について、理論値と実測値を比較した。5kHz、Lが0μmの場合が、温度波の振幅が最大値となり、理論値で0.14K、実測値で0.13Kとなっている。周波数の低下と共に、温度波の振幅が小さくなり、20kHz、Lが8μmの場合が、温度波の振幅が最小値となり、理論値で0.035K、実測値で0.04Kとなっている。
【0048】
以上説明したように、本発明の微小熱伝導率測定装置及び方法によれば、電子線の照射等によるナノスケールでの熱の印加方法とナノスケールの空間分解能の温度計測とを組み合わせて、熱拡散率を測定するものであり、当業者に自明な範囲において、各種の変形実施例が想到し得る。例えば、本発明の微小熱伝導率測定装置及び方法と、微細構造評価・元素分析法(EDS、EELS)、電磁場観察、電気輸送計測、応力計測などの従来の電子顕微鏡法と組み合わせて、熱拡散率の測定と同時に電磁気的な性質や元素分析を行うことも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0049】
また、本発明の微小熱伝導率測定装置及び方法によれば、材料内の空孔、結晶粒界、接触界面における熱抵抗の評価への応用や、絶縁体、半導体、金属、ナノワイヤ、ナノチューブ、粒子、熱伝導性フィラー、複合放熱材料等の熱輸送測定・比熱測定に適用できる。
【符号の説明】
【0050】
10 透過電子顕微鏡(STEM)
12 静電シャッター
14 静電線量変調器(EDM)
20 温度波生成部
21 試料
22 パルス状の電子線
23 コンスタンタンプローブ(熱電対)
24 クロメルプローブ(熱電対)
30 ロックインアンプ
40 信号処理部
50 電子ビーム制御および画像処理システム(DigiScan)
60 解析用コンピュータ