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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024016492
(43)【公開日】2024-02-07
(54)【発明の名称】視認性評価システム
(51)【国際特許分類】
   G06F 30/20 20200101AFI20240131BHJP
   G06F 30/15 20200101ALI20240131BHJP
   G06F 111/18 20200101ALN20240131BHJP
【FI】
G06F30/20
G06F30/15
G06F111:18
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022118652
(22)【出願日】2022-07-26
(71)【出願人】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】305027401
【氏名又は名称】東京都公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100217076
【弁理士】
【氏名又は名称】宅間 邦俊
(74)【代理人】
【識別番号】100169018
【弁理士】
【氏名又は名称】網屋 美湖
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 拓真
(72)【発明者】
【氏名】堀田 英則
(72)【発明者】
【氏名】長谷 和徳
(72)【発明者】
【氏名】児玉 一真
【テーマコード(参考)】
5B146
【Fターム(参考)】
5B146AA05
5B146DC04
5B146DJ11
(57)【要約】      (修正有)
【課題】3DCADによる製品設計における視認性評価において、設計要素に対する確認動作シミュレーションの状況への適合性を高め、視認性評価の質的向上を図る。
【解決手段】視認性評価システムは、オブジェクト及びその視認目標点が定義された仮想3D空間において視認目標点に対する確認動作のシミュレーションを行う生体力学モデルと、生体力学モデルの視線における視野画像において視認目標点に対する視認度を算出する視野判断モデルと、生体力学モデルと視野判断モデルを連成させる統括制御部と、を備える。生体力学モデルの負担度は、筋骨格モデルにおける身体負荷と、眼球運動モデルにおける眼球負荷とから算出され、眼球負荷の眼球角度に応じた負荷成分は所定の遷移角度付近から急増する特性を持ち、視認目標点から眼球角度が与えられることで、眼球運動または眼球・頭部協調運動が生起されるように構成される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
3DCADによるオブジェクトのための視認性評価システムであって、
前記オブジェクトおよびその視認目標点が定義された仮想3D空間において前記視認目標点に対する確認動作のシミュレーションを行うための生体力学モデルと、
前記生体力学モデルの視線における視野画像において前記視認目標点に対する視認度を算出するための視野判断モデルと、
前記生体力学モデルの負担度が最小かつ前記視認度が最大となる条件で前記生体力学モデルと前記視野判断モデルを連成させる統括制御部と、
を備え、前記負担度と前記視認度に基づいて易視認性を算出するように構成され、
前記生体力学モデルは、筋骨格モデルと、前記筋骨格モデルにおける頭部運動に連成して眼球姿勢を決定する眼球運動モデルとを含み、前記負担度は、前記筋骨格モデルにおける身体負荷と、前記眼球運動モデルにおける眼球負荷とから算出され、
前記眼球負荷は、前記眼球姿勢を表す眼球角度に応じた負荷成分を含み、該負荷成分は所定の遷移角度付近から急増する負荷特性が設定されており、前記視認目標点によって前記眼球角度が与えられることで、眼球運動または眼球・頭部協調運動が生起されるように構成されている、視認性評価システム。
【請求項2】
前記遷移角度を与える係数を選択的に設定できるように構成されている、請求項1記載の視認性評価システム。
【請求項3】
前記眼球負荷(Leye)は、前記眼球姿勢を表す眼球角度θeye、前記眼球運動の角速度ベクトルωeye、係数k11,k12,k13として、
式:Leye=k11||ωeye||+exp(k12(θeye-k13))
によって算出され、係数k13を選択的に設定することで、前記遷移角度が与えられるように構成されている、請求項1記載の視認性評価システム。
【請求項4】
前記統括制御部は、前記負担度とともに、前記生体力学モデルに設定される基準姿勢からの乖離度とを算出し、前記負担度に前記乖離度を乗算した合目的的負担度が最小かつ前記視認度が最大となる条件で前記生体力学モデルと前記視野判断モデルを連成させるように構成されている、請求項1~3記載の視認性評価システム。
【請求項5】
前記オブジェクトは、前記仮想3D空間として定義された車両の運転席前方に配設されるインストルメントパネルの3DCADデータであり、前記生体力学モデルは、前記運転席に着座して前方を正視する着座姿勢が前記基準姿勢として定義され、前記乖離度の算出基準となる基準部位は、前記生体力学モデルの胸部または頭部に設定され、前記生体力学モデルおよび前記視野判断モデルは、前記インストルメントパネルに設置された前記視認目標点に対する確認動作のシミュレーションを行うように適合されている、請求項4記載の視認性評価システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体力学モデルを利用した3DCADの視認性評価システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、3DCADによる製品設計において、視認性など視覚的効果に関する評価と、操作性や取り扱い易さなど実用上の効果に関する評価は、別々に行われてきた。しかも、試験者による評価は、主観による影響を排除できず、定量的な評価を得ることが困難であった。
【0003】
そこで、本発明者らは、仮想3D空間に定義される視認目標点に対する確認動作のシミュレーションを生体力学モデルによって行い、その生体力学モデルの姿勢を人体モデルに反映し、生体力学モデルの視線に対応する人体モデルの視野画像から視認目標点に対する視認度を算出するとともに、確認動作に要する生体力学モデルの負担度を算出し、負担度の積算値と視認度の最終値から易視認性を評価する視認性評価システムを創出した(特許文献1~3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2020-42734号公報
【特許文献2】特開2020-107278号公報
【特許文献3】特開2020-107279号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この視認性評価システムでは、生体力学モデルに摂動を与え、最小負担度かつ最大視認度となる挙動にて姿勢を生成する操作により、人間が行う確認動作を自律的にシミュレートする構成を基本としている。この生体力学モデルは、筋骨格モデルの頭部運動に連成して眼球姿勢を決定する眼球運動モデルを含み、眼球運動モデルから眼球に出力される角速度を運動負荷として身体運動負荷に加えることで、眼球運動と身体運動の連成運動を生成するようにしている。
【0006】
ところで、眼球は外眼筋の収縮によって眼球運動を実現しており、運動が大きくなるほど負担も大きくなるため、頭部運動が惹起される。このような眼球・頭部協調運動は、眼球運動負荷を身体運動負荷に加算するのみでは、摂動段階において現実にはありえない状態が含まれる可能性があり、さらなる再現性向上や計算負荷削減の余地があるという知見が得られた。
【0007】
本発明は、上記のような実状に鑑みてなされたものであって、その目的は、3DCADによる製品設計における視認性評価において、設計要素に対する確認動作シミュレーションの状況への適合性を高め、視認性評価の質的向上を図ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明は、
3DCADによるオブジェクトのための視認性評価システムであって、
前記オブジェクトおよびその視認目標点が定義された仮想3D空間において前記視認目標点に対する確認動作のシミュレーションを行うための生体力学モデルと、
前記生体力学モデルの視線における視野画像において前記視認目標点に対する視認度を算出するための視野判断モデルと、
前記生体力学モデルの負担度が最小かつ前記視認度が最大となる条件で前記生体力学モデルと前記視野判断モデルを連成させる統括制御部と、
を備え、前記負担度と前記視認度に基づいて易視認性を算出するように構成され、
前記生体力学モデルは、筋骨格モデルと、前記筋骨格モデルにおける頭部運動に連成して眼球姿勢を決定する眼球運動モデルとを含み、前記負担度は、前記筋骨格モデルにおける身体負荷と、前記眼球運動モデルにおける眼球負荷とから算出され、
前記眼球負荷は、前記眼球姿勢を表す眼球角度に応じた負荷成分を含み、該負荷成分は所定の遷移角度付近から急増する負荷特性が設定されており、前記視認目標点によって前記眼球角度が与えられることで、眼球運動ないしは眼球・頭部協調運動が生起されるように構成されている、視認性評価システムにある。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る視認性評価システムは、上記のように、眼球負荷に眼球角度に応じた負荷成分を含み、該負荷成分に所定の遷移角度付近から急増する負荷特性が設定されている構成により、(i)遷移角度以内の小さい眼球角度で捉えることができる視認目標に対しては、負担度が最小かつ視認度が最大となる条件によって頭部運動が抑制され、眼球運動主体の視認動作が生成され、(ii)遷移角度よりも大きい眼球角度を必要とする視認目標に対しては、負担度が最小かつ視認度が最大となる条件によって頭部運動(さらには身体運動)を伴う視認動作への移行が自律的に生起され、眼球運動ないし眼球・頭部協調運動のみの確認動作から身体運動を伴う確認動作に至るまで、確認動作のシミュレーションの状況への適合性向上と、それに伴う視認性評価の質的向上に有利である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明実施形態に係る視認性評価システムを示すブロック図である。
図2】本発明実施形態に係る視認性評価システムによるシミュレーションを示す模式的な側面図である。
図3】本発明実施形態に係る視認性評価システムにおける生体力学モデルと視野判断モデルのデータ受け渡しによる連成を示す模式的な平面図である。
図4】本発明実施形態に係る視認性評価システムで使用するデータ構成を示すER図である。
図5】本発明実施形態に係る視認性評価システムの処理を示すフローチャートである。
図6】本発明実施形態に係る視認性評価システムの処理を生体力学モデルと視野判断モデルに分けて記載したフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0012】
1.評価システムの概要
図1は、本発明実施形態に係る視認性評価システム1を示すブロック図である。本実施形態の評価システム1は、車両のコクピット前部に配設されるインストルメントパネルの3DCADデータを評価対象データ2とし、図2および図3に示すように、生体力学モデル10を利用して視認目標点20を視認するための確認動作のシミュレーションを行い、その容易性を含めた視認性を評価するものである。
【0013】
評価システム1は、生体力学モデル10と視野判断モデル50を含み、それぞれの動作のためのプログラムも別に存在する。それぞれのプログラムおよびデータ、各プログラムを統括的に作動させるオペレーションプログラムは、不図示のコンピュータの外部記憶装置などに格納されており、メインメモリ(RAM)に読み込まれ、CPUにより演算処理が実行されることで評価システムとして機能するように構成されている。
【0014】
生体力学モデル10は、筋骨格モデル3と眼球運動モデル4から構成されており、これらを統合することで、視野判断を行うための身体運動および眼球運動を生成するとともに、それらに要する負担度13を算出し、各運動の結果として得られる眼球5の姿勢データを、視野判断モデル50におけるカメラ55に反映することで、視認目標点20に対する視認度15を算出し、最終的に評価部17において、負担度13と視認度15に基づいて、確認動作の容易性を含めた見やすさ(易視認性)を評価する。
【0015】
視野判断モデル50で算出される視認度15は、生体力学モデル10の統括制御部11にフィードバックされ、負担度13とともに視認目的関数16の最小化計算を通じて、生体力学モデル10の確認動作を最適化する運動規範ポテンシャルの一部となる。このように、生体力学モデル10と視野判断モデル50は、独立して動作しながら、相互間でデータを共有または授受することで連成し、生体力学モデル10における負担度13の最小化と、視野判断モデル50における視認度15の最大化を同時に達成するシミュレーションを行えるようになっている。
【0016】
すなわち、2つのモデルは、生体力学モデル10における負担度13を最小化するための最適動作が、視野判断モデル50における視認度15の向上をもたらし、視野判断モデル50における視認度15の向上が生体力学モデル10における負担度13を最小化する最適動作をもたらすという連成関係にある。
【0017】
特に、眼球運動モデル4における眼球負荷は、眼球姿勢を表す眼球角度に応じた負荷成分を含み、この負荷成分は所定の遷移角度付近から急増する負荷特性が設定されている。この負荷特性によって、眼球運動ないしは眼球・頭部協調運動が惹起される確認動作の自律的なシミュレーションが可能になる。
【0018】
また、眼球運動から眼球・頭部協調運動への切替わりが定式化されることで、現実にありえない運動状態が予め除外され、計算負荷を削減できる。
【0019】
2つのモデル間で、データを共有または授受する形態は、図4に示すようなデータベース8へのアクセスによって行われるが、それ以外に、データ通信やファイル操作によるデータファイルの受け渡しなど、任意の形態で実施可能である。
【0020】
データベース8は、個々のシミュレーション(試行)における条件や結果などを格納するシミュレーションデータ80、個々のシミュレーション(試行)における各挙動プロセスのデータを格納する挙動データ81、および、各挙動プロセスを取得するために仮想的に実施された摂動プロセスのデータを格納する摂動データ82を含み、各データテーブルの主キー(PK)と対応するデータテーブルの外部キー(FK)との間に1対多のリレーションが設定されたリレーショナルデータベースとして構成されている。
【0021】
シミュレーションデータ80には、各シミュレーション(試行)の入力条件などが格納される。例えば、図示例では、シミュレーションを実施するコクピットのCADデータに対応する支持構造情報(シート6における第1支持点(ヒップポイント;HP)、ハンドル7における第2支持点(左右の把持点;座標(x,y,z))、シミュレートする人物の体格設定情報(身長,体重)、評価対象CADデータ(名称、識別コード)、視認目標点座標(座標(x,y,z))などが入力され、シミュレーションプロセスの結果としての易視認性評価やレンダリング情報などが格納される。
【0022】
なお、図示を省略するが、基本的に、支持構造情報(コクピットCADデータ)、体格設定情報、評価対象CADデータなどの基礎情報やレンダリングデータは、それぞれ、別のデータテーブルに登録され、識別コード(外部キー)に設定されるリレーションによって参照されるようにする。また、データファイルの受け渡しによりシミュレーションを実施する場合には、シミュレーションデータ80、挙動データ81、および、摂動データ82に相当する適宜形式のデータファイルを構成し、データの追加更新を行う。各挙動プロセスにおける挙動データ81が取得された後に、それに要した摂動データ82を保持しない設定とすることもできる。
【0023】
挙動データ81と摂動データ82について、後に詳述するように、生体力学モデル10における筋骨格モデル3および眼球運動モデル4の動作は、最適な挙動を決定するために状態変数の数だけ仮想的に動作させ負担度B、乖離度D、視認度R、および、視認目的関数Foを算出する摂動プロセスと、視認目的関数Foを最小化する条件で単位時間だけ実際に動作させる挙動プロセスを繰り返すことにより実施される。
【0024】
したがって、先ず、挙動データ81における挙動No(ID)が自動採番などにより割当てられ、次いで、当該挙動Noに関して、摂動データ82に状態変数分の摂動Noが割当てられ、それぞれの状態変数毎に筋骨格モデル3および眼球運動モデル4の摂動が実施される。各摂動の結果として得られた骨格リンク姿勢、眼球姿勢、負担度B、乖離度Dが摂動データ82に格納され、眼球姿勢が視野判断モデル50のカメラ55に反映され、その視野画像から算出された視認度Rが摂動データ82に格納される。
【0025】
次いで、負担度B、乖離度D、および、視認度Rに基づいて算出される視認目的関数Foが最小化される条件が挙動データ81に格納され、それに従って挙動プロセスが実施され、骨格リンク姿勢および眼球姿勢がキーフレーム情報として登録される。これらのキーフレーム情報が集積されることで確認動作に対応する視野画像の3DCG動画(および任意に設定される視点から見た3DCG動画)を生成可能となる。また、挙動プロセスの実施とともに、それ以前の挙動プロセスで取得された視認目的関数Foが更新され、挙動データ81に格納される。この視認目的関数Foがシミュレーションにおける最終的な易視認性評価の基礎情報となる。
【0026】
2.視野判断モデルの詳細
視野判断モデル50は、3D座標系(仮想データ空間)に、視認目標点20を有する評価対象データ2、生体力学モデル(筋骨格モデル3、眼球運動モデル4)に対応する人体モデル53、および、カメラ55を定義し、生体力学モデルで生成される身体運動および眼球運動(身体姿勢および眼球姿勢)を、人体モデル53およびカメラ55に反映し、その状態における視認目標点20の視認度を取得するものである。
【0027】
このカメラ55は、3D座標系に設定される視点(ヒトの眼に相当)であり、カメラ画像がヒト(人体モデル53)の視界となる。人体モデル53の姿勢を時々刻々とキーフレームに登録することによって、最終的に動画を作成することができる。外部視点を設定すれば、視覚的に身体挙動を観察することもできる。
【0028】
以下、視野判断モデル50による視認度算出プロセスについて説明する。なお、プロセスは全てプログラムによって自動で行われる。3Dデータ空間での画像処理を基本としているため、汎用の3DCGアプリケーションを用いることもできる。
【0029】
先述したように、本実施形態の評価システム1は、車両のコクピット前部に配設されるインストルメントパネルの3DCADデータを評価対象データ2とし、図2および図3に示すように、ドライバに相当する生体力学モデル3を利用して視認目標点20を視認するための確認動作のシミュレーションを行い、その容易性を含めた視認性を評価するものであり、視野判断モデル50は、確認動作(摂動および挙動)の各時点における視認目標点20に対する視認度を算出する。
【0030】
ヒトは水平方向に約200°の視野角を有しているが、認知行動に一定の影響を及ぼし有効に情報を活用できる視野範囲は中心視から2°程度であるため、眼球運動によって視野範囲内に視認目標点20を捉える必要があり、さらに、眼球の最大運動範囲は約55°であるが、大きな眼球運動は負担が大きいため、サッカードと呼ばれる眼球の反射運動は15°以下であり、これ以上の視点移動が必要となる場合、眼球のみならず頭部も積極的に運動する。
【0031】
したがって、視認目標点20が視野角の範囲内に設定される場合でも眼球運動や眼球・頭部協調運動を始めとする身体運動を伴う確認動作が惹起されることになる。視認目標点20が視野角の範囲外にある場合でも、視認目標点20の位置に対する知識を事前に得ていれば、その方向に向けて確認行動が惹起される。
【0032】
図示例では、視認目標点20として、インストルメントパネル2の右側下部にあるスイッチを想定している。このスイッチは、ハンドル7で隠れる位置にあり、シート6に着座したドライバ(3)の視点(5)から直接視認することが困難であり、図3に示すように、右横方向への上体移動と頭部回転を伴う確認動作によって徐々に視認可能となる。
【0033】
このように初期位置において直接視認できない場合を含む視認目標点20に対する視認度を求めるために、視認目標点20を放射状に拡大した立体としてグラデーション球21が定義されている。これにより、少なくとも部分的にグラデーション球21が視野画像に入ることで視認度を算出可能となる。
【0034】
さらに、グラデーション球21の中心部、すなわち視認目標点20の近傍と周辺部とで視認度の重み付けを行うために、グラデーション球21の中心からの距離に応じて特定のピクセル情報のみを漸減させる。本実施形態では、赤色の強さ(輝度)を示すR値を特定のピクセル情報としており、グラデーション球21は、中心側では赤色が濃くなり、周辺側では赤色が薄くなるような、径方向のグラデーションを有している。
【0035】
視野判断モデル50で使用するピクセル情報は、赤(R)、緑(G)、青(B)の三原色に透過度のアルファチャンネル(A)を加えた「RGBA」カラーモデルをベースとしている。RBGAは、それぞれ0~1.0の数値であり、[R,B,G,A]で表す。視認目標点20に設置したグラデーション球21は、中心のR値=1.0(最大)~表面のR値=0(最小)の間でR値が漸減しており、G値およびB値は0、全体が透明な球体をベースとするためA値は1.0であり、したがって、グラデーション球21のRGBAは、
[R,G,B,A]=[0~1.0,0,0,1.0]
の範囲で表されることになる。
【0036】
視野判断モデル50における視認度算出に際しては、グラデーション球21以外のソリッド(評価対象データ2、ハンドル7、シート6、人物モデル53など)は全て黒色かつ不透明(光源を反射しない、[R,G,B,A]=[0,0,0,0])とすることで、カメラ55の視野画像には、黒色のソリッド(ハンドル7など)で部分的に隠れたグラデーション球21のみが見える状態となっている。
【0037】
この状態において、カメラ55の視野画像の全ピクセルのR値の合計をとることによって、赤色のグラデーション球21がどの程度見えているかを数値化することができ、それに基づいて視認目標点20の視認度を判断することができる。
【0038】
この視認度(R値合計)は、グラデーション球21を用いているため、視認目標点20が直接見えていない場合まで拡張して数値化でき、直接的に見えない状態から見える状態に近づいている状況を視認度の向上として取得できるので、確認動作を含めた見やすさ(易視認性)の評価に最適であるとともに、後に詳述するように、生体力学モデル10にフィードバックされ、生体力学モデル3の運動(確認動作)を方向付けする運動規範ポテンシャルに反映される点でも有意義である。
【0039】
なお、視野判断モデル50で使用するグラデーション球21の特定ピクセル情報としては、赤色以外の緑色や青色の輝度を用いることもでき、さらに、輝度以外の情報を用いることもできる。例えば、透明なグラデーション球の内部に中心からの距離に応じた密度で赤色のドットを定義してR値の合計をとることもできる。
【0040】
3.生体力学モデルの詳細
生体力学モデル10は、筋骨格モデル3と眼球運動モデル4から構成されており、基本的に筋骨格モデル3において身体運動が生成され、身体運動に連成して眼球運動が惹起される。そこで、先ず、筋骨格モデル3において視認目標点20の確認動作のための身体運動を生成する流れを説明する。
【0041】
3.1 筋骨格モデル(身体力学モデル)
筋骨格モデル3は、ヒトの体節を3次元の剛体リンクに対応させた剛体リンクモデルであり、全身で17~20リンク、39~43関節自由度を有している。
【0042】
すなわち、筋骨格モデル3は、頭部31、頸椎32、胸部(胸椎)33、腰椎、骨盤35、左右脚部36を構成する大腿、下腿、足部36c、左右の鎖骨、左右腕部37を構成する上腕、前腕、手部から構成されている。例えば、上腕と前腕の間の肘関節の曲げは1自由度、前腕と手部37dの間の手首関節は、前後および内外の曲げと捩じりの3自由度を有している。
【0043】
実施例では、身体各節の質量や慣性モーメントなどの身体パラメータの値は、一般的な成人男性を想定したものを標準とし、入力データ(シミュレーションデータ)における身長、体重などのデータに基づき、身体パラメータをスケーリングする。また、各関節には関節軟部組織などの関節構造に起因する受動抵抗が作用する。
【0044】
3.2 運動代表点の定義
筋骨格モデル3は、様々な身体運動を再現するうえで生体力学的に妥当であり、かつ、簡便で計算コストが低く抑えられていることが好ましい。そこで、身体各部位に運動代表点を設定し、各運動代表点の運動軌道を定義できるようにしている。実施形態では、着座姿勢での視認目標点20の確認動作のための身体運動であることから、頭部31の眼球座標(左右の眼球5の中間座標または頭部31の中心座標でもよい)と胸部33(基準部位でもある)の2点を運動代表点prep(3自由度)として定義し、頚部32の運動代表角qrep(3自由度)として定義することで、合計9変数で身体運動を規定した。
【0045】
運動代表点の3次元位置は空間座標系によって記述され、身体運動は、運動代表点の初期位置から目標(終端)位置への移動として定義される。この座標位置は、他の運動代表点を基準とした相対的な座標値として定義することもできる。例えば、頭部31の中心座標を運動代表点とした場合、この点の移動として確認動作を定義することができ、この運動代表点を基準に眼球座標を定義することもできる。
【0046】
3.3 準静的な運動規範ポテンシャルによる姿勢生成
身体運動を規定する運動代表点および運動代表角の9変数に対して筋骨格モデル3の関節自由度は冗長である。この冗長に存在する関節角度を自律的かつ生理学的に妥当になるように定めるため、以下のように、準静的な運動規範ポテンシャルによる逆モデルベースの力学計算アルゴリズムを用いる。
【0047】
先ず、離散時間における1時点の各関節の関節角度qを状態変数とし、角速度、角加速度、外力に基づき、身体の筋骨格モデル3の運動方程式に対する逆動力学計算により、その姿勢および運動を実現する仮想関節駆動トルクnvを次式のように規定する。
【数1】
ここで、dinv(・)は逆動力学計算を行うための関数、fextは筋骨格モデル3に作用する外力を示し、筋骨格モデル3とシート6などの力学環境との接触力であり、関節変位および関節変位速度の関数として求められる。
【0048】
次に、現時点の関節角度qが決まれば、それによって定まる筋骨格モデル3上に規定された運動代表点位置prep(q)と、設定情報として取得される視認目標点位置と後述の最適化計算によって定められる目標運動代表点位置pserとの差異の大きさを運動代表点に対する運動規範ポテンシャルUΔp、同様に現時点の筋骨格モデル3上の運動代表角qrep(q)と目標運動代表角qserとの差異を運動代表角に対する運動規範ポテンシャルUΔqとすると、運動規範ポテンシャルUΔpおよび運動規範ポテンシャルUΔqは以下のようになる。
【数2】
【0049】
これらの運動規範ポテンシャルに加え、式(3.1)の逆動力学計算による仮想関節トルクnvの二乗和で規定される身体運動負荷に対する運動規範ポテンシャルを考慮し、これらの重み付き線形和として総合運動規範ポテンシャルU(q)を規定する。
【数3】
ここで、k1、k2、k3は重み係数である。この総合運動規範ポテンシャルを解析的に求めることは困難であるため、関節角度qを状態変数として、これに摂動Δqを与えた際のポテンシャルU(q+Δq)を求め、差分により近似的な運動規範ポテンシャルの勾配∇Uを求める。
【数4】
【0050】
先の逆動力学計算による仮想的関節駆動トルクnvに、上記運動規範ポテンシャルの勾配∇Uの影響を付加することで、実際の関節駆動トルクnrealは次式のようになる。
【数5】
ここで、k4、k5は重み係数である。このように運動規範ポテンシャルの勾配∇Uを考慮することで、身体運動負荷と、運動代表点の現在位置と目標位置との差異の両者を減少させる姿勢を生成する。
【0051】
3.4 順動力学計算による身体運動生成
上述したような運動規範ポテンシャルによって求まる関節駆動トルクnrealに加えて、順動力学計算を行うことで、与えられた運動代表点位置に対応した身体運動を生成する。ここでは、関節駆動トルクに相当する状態変数vを仮定し、それによる運動規範ポテンシャルUfwd(v)を定義し、これを減少させるダイナミクスを次式のように定義する。
【数6】
ここで、n(q)は逆動力学計算による関節駆動トルク、k6,k7は係数である。
【0052】
運動規範ポテンシャルUfwdは、順動力学計算により以下のようにして求める。先ず、関節駆動トルク相当の状態変数vが与えられると、現時点(時刻t)での加速度を次式のように推定できる。
【数7】
【0053】
ここで、Mは慣性行列、hはコリオリ力、fextは外力である。この加速度から、時刻t+Δtの身体の運動変位と速度を、次式のような時間積分により推定できる。
【数8】
【0054】
これらより、時刻t+Δtにおける運動代表点の速度と位置を、次式のように推定できる。
【数9】
【0055】
上記f1,f2は身体構造の順運動学計算により関節変位・速度から運動代表点位置・速度を求める関数である。運動規範ポテンシャルUfwdは、順動力学計算により得られる予測運動代表点位置Ppreと目標運動代表点位置Pserとの差異によって次式のように定義される。A2,A3は重み係数行列である。
【数10】
【0056】
上式で定義される運動規範ポテンシャルUfwdは、眼球運動との連成は考慮されていない。身体運動と眼球運動との連成は、後述の視認目的関数Foを最小化する最適化計算によって実現される。
【0057】
3.5 眼球運動モデル
眼球は外眼筋と呼ばれる6種類の筋肉の収縮によって眼球運動を実現しており、運動が大きくなるほど外眼筋は疲労し、ヒトは目に負担を感じる。そこで、眼球の負担度を、眼球運動における眼球角速度と眼球姿勢に基づいて以下のように定義する。
【数11】
ここで、ωeyeは眼球角速度ベクトル、θeyeは眼球姿勢、k11,k12,k13は係数である。視認性評価のための眼球運動モデル4であるため、中心視による視認を前提とし、視線は筋骨格モデル3の力学計算で求まる眼球5の位置と視認目標点20の位置を結ぶベクトル(ノルム)と眼球姿勢θeyeで定義される。
【0058】
眼球姿勢θeyeは目標点視認時の視線と眼球5の中立姿勢の内積の角度であり、実施形態において、中立姿勢は基準姿勢に対応している。したがって、中立姿勢(基準姿勢)を初期姿勢としてシミュレーションが開始されると、視認目標点20の空間座標が取得されることで、視認目標点20に視線を向けようとする眼球運動が生起される。
【0059】
これは視野範囲に視認目標が補足されることに伴う反射系の運動としてではなく、ヒトが視認行動を行う場合に、視認目標点の位置に対する知識を事前に得ていれば、脳がその方向に視線を向けるように指令を出し、眼球運動が生起され、眼球角度に応じた負担および/または視認度不足を解消すべく頭部運動(さらには身体運動)が生起されるように、能動的な眼球運動として定義される。
【0060】
しかも、上式(3.14)において、眼球姿勢(眼球角度)の依存項が定義されることによって、眼球負荷は、眼球角度θeyeが係数k13によって与えられる所定の遷移角度付近までは比較的緩やかな増加に過ぎないが、遷移角度より大きい領域では指数関数的に急増する負荷特性が設定されている。
【0061】
そのため、(i)視認目標点が基準姿勢での視線の近傍にある場合は、身体運動や頭部運動を伴わない眼球運動(眼球姿勢θeye)のみで最大視認度Rが得られ、運動代表点の移動なしに確認動作が終了する。しかし、(ii)視認目標点が基準姿勢での視線に対して遷移角度よりも大きい領域にある場合は、増大した眼球負荷(Leye)よりも、頭部回転により減少した眼球負荷と頭部運動負荷(頚部負荷)の和の方が小さくなるので、後述の最小化計算により眼球・頭部協調運動に遷移するようになっている。
【0062】
上記のような眼球・頭部協調運動への遷移に係る眼球運動の負荷特性は、停車中のような静的環境と、運転中のような走行環境とで異なり、眼球の負担度もこれらの環境に応じて変化する。具体的に、静的環境下では、眼球運動の目標点水平角度が10°を超えると頭部運動が生起し、頭部角度(頸部の回転角度)が眼球角度よりも大きくなる(眼球角度の2倍程度となる)のに対し、走行環境下では、眼球運動が優先され、目標点水平角度30°程度までは積極的な頭部運動は起こらない。
【0063】
そこで、上式(3.14)において、眼球運動の負荷特性(遷移角度)を与える係数k13に、静的環境下ではθeye=10°(0.17rad)、走行環境下ではθeye=30°(0.56rad)から眼球負荷が急激に増加するように異なる値を設定することにより、視認環境を考慮したシミュレーションおよび視認性評価を行えるようになる。
【0064】
例えば、車両のコクピットに設置される設計要素には、運転中に周囲の安全を確認するための後写鏡のように走行環境で使用されるものや、駐停車中にエンジンを始動するためのスタートスイッチのように静的環境のみで使用されるものなど、限定した状況でしか使用されないものが混在しているが、係数(または式自体)を切り替えるだけで、静的環境を想定したシミュレーションと走行環境を想定したシミュレーションでの視認性評価を選択的に実行できる。
【0065】
さらに、眼球の中立姿勢については、仰俯角ゼロの幾何学的な中立姿勢とは別に、視界情報によらず眼球負荷が最小、すなわち、外眼筋の収縮がなく眼球が運動していない姿勢を眼球の中立姿勢に設定できるようにした。眼球の中立姿勢が頭部座標系(31a)に対して上下方向にどの程度傾いているか、被験者による検証実験を行ったところ、静的環境下の着座姿勢では、頭部座標系に対して5~10°の俯角を有する下向きであることが確認された。したがって、上述した走行環境下と静的環境下での眼球運動の水平角度特性に加えて、眼球の上下方向の中立姿勢の特性を考慮することで、それぞれの視認環境を反映したシミュレーションおよび視認性評価を行うことができる。
【0066】
3.6 視認動作の最適化
先述したように、筋骨格モデル3(剛体リンクモデル)の身体運動は、確認動作において中心的な役割を果たす頭部31と胸部33の運動代表点と頚部32の運動代表角を変数として確認動作および眼球座標を定義し、関節角度qを状態変数として摂動Δqを与え、関節駆動トルクを求めることで、準静的運動姿勢を生成し、さらに順動力学計算による運動規範ポテンシャルUfwdにより単位時間Δt後の運動代表点位置と運動代表角を算出するが、眼球運動との連成は考慮されていない。
【0067】
そこで、視認動作において、基準姿勢からの乖離度Dを考慮して、眼球負荷と身体負荷を含む身体運動の負担度Bと視野判断モデルから出力される視認度Rの関係を規定する視認目的関数Foを下式のように定義することで、これを最小化する身体運動と眼球運動を算出する最適化計算によって身体運動と眼球運動を連成させ、最適な視認動作が生成されるようにした。
【数12】
ここで、Leyeは眼球負荷、Lneckは頸部で生じる力学的負荷、Lbodyは頸部以外の身体の力学的負荷、Rは視認度、k14,k15,k16,k17は重み付け係数、Cposは基準姿勢からの基準部位の変位(距離)であり、基準姿勢からの乖離度D(1+k14pos)は、基準姿勢からの変位Cposがゼロの最小の場合に1となるように調整されている。
【0068】
眼球負荷Leyeは先述の式(3.14)で与えられ、頸部負荷Lneckと身体負荷Lbodyは次式により与えられる。
【数13】
ここで、ξは各身体部位に対応した番号で、頸部負荷Lneckでは頸部32、 身体負荷Lbody では頸部32以外の身体部位に対応し、nξは関節駆動トルク、τξは関節受動抵抗であり、筋活動による身体への負担は筋肉の発揮力に相当する関節駆動トルクの二乗和平方根で算出される。また、関節可動域制限近くの関節角度では関節受動抵抗による反作用が生じ、これも関節への負荷になるので、同様に関節受動抵抗の二乗和平方根も追加されているが、基準姿勢からの乖離度Dを最小化する前提では、関節角度の変化は比較的小さい範囲に留まると推定できる。また、乖離度Dを別途考慮しないモデルでは、関節受動抵抗は、負担度の最小化計算によって関節運動が相対的に小さい範囲に保持され、基準姿勢の保持に寄与する要素となるので、追加されることが好ましい。
【0069】
基準姿勢からの乖離度D(1+k14pos)は、逆数をとれば基準姿勢の保持指標であり、着座姿勢での視認動作を対象とする場合、胸部33を基準部位とすることで基準姿勢の保持度合いを好適に反映させることができる。基準部位の変位Cposは、胸部33の現在位置ppre、初期位置pintとして次式で与えられる。
【数14】
【0070】
胸部33に設定した基準部位の変位Cposがゼロの場合は、視認動作が眼球運動のみによって行われるか、眼球運動と頭部回旋運動によって行われる場合ということになり、頭部31を傾動すれば変位Cposは有意な値となる。したがって、基準部位を頭部31に設定することもできる。
【0071】
なお、着座姿勢以外でも、例えば起立姿勢での視認動作を対象とする場合においても、胸部33や頭部31を基準部位として乖離度Dを考慮することで基準姿勢の保持度合いをシミュレーションに反映させることができる。
【0072】
先述の式(3.14)で、眼球負荷Leyeに眼球姿勢θeyeが考慮されることで、例えば、視野角内に視認目標点20が設定される場合でも、眼球運動のみでは大きな眼球角度が必要となるような場合には、視認目的関数Foの最小化を通じて、眼球負荷の増大を避けて頭部運動に代替される眼球・頭部協調運動の特性が再現されることになる。
【0073】
しかも、先述の式(3.15)で、基本姿勢からの乖離度Dが考慮されることで、基本姿勢が可及的に保持されるように、先ず眼球運動が惹起され、眼球・頭部協調運動から身体運動に移行していく自然な確認動作が自律的に再現され、シミュレーションの状況への適合性向上と、それに伴う視認性評価の質的向上が期待できる。
【0074】
特に、乖離度Dは、基準部位の変位Cposがゼロの最小の場合に1となるように調整されているので、基本姿勢が維持される眼球運動ないし眼球・頭部協調運動による確認動作から身体運動を伴う確認動作による易視認性を連続的に評価するうえで有利である。
【0075】
一方、先述したように、眼球運動から眼球・頭部協調運動への遷移に係る負荷特性が設定されたことで、式(3.15)における負担度Bに相当する眼球負荷、頚部負荷(頭部運動負荷)、身体負荷の最小化計算のみでも、眼球運動から眼球・頭部協調運動への遷移を再現でき、可及的に基本姿勢が保持されるような確認動作を実現できる。
【0076】
また、視認動作の初期段階、眼球運動から眼球・頭部協調運動に遷移する段階では、眼球負荷と頭部回旋に伴う頚部負荷が主体となり、眼球・頭部協調運動で視認度が向上しない場合に身体運動が惹起されるものとして、可及的に基本姿勢が保持されるような確認動作を定義することもできる。
【0077】
例えば、図3において、生体力学モデル10の初期姿勢(基準姿勢、中立姿勢)が生成され、その視線5aと視認目標点20との偏差から、眼球運動ないしは眼球・頭部協調運動が生起されるような運動規範ポテンシャルが獲得される。ここで、負担度Bの最小化条件から運動代表点の移動ゼロ(身体負荷ゼロ)にて、視認度Rを最大化する確認動作として、図中5bで示されるような眼球運動が生起され、眼球角度θbが遷移角度より大きい場合に眼球負荷が過大になることで、最小化条件によって眼球・頭部協調運動に遷移し、頭部回旋運動(頚部回旋運動)が生起され、図中5cで示されるように、眼球負荷が頭部運動負荷に置き換えられるように負担度Bが最小化される。しかし、依然として視認度Rは向上しない場合に、視認度R最大かつ負担度B最小となる条件で身体運動が生成されることになる。
【0078】
4.視認性評価システムの処理フロー
以上述べたように、本発明に係る評価システム1は、生体力学モデル10を利用して評価対象データ2における視認目標点20の確認動作のシミュレーションを行い、確認動作の容易性(負担度)と基準姿勢の保持度合いを考慮した視認性を評価するものであり、図5は、実施形態に係る評価システム1の処理フローを示すフローチャートである。
【0079】
また、先述したように、評価システム1は、独立して動作しながら連成する生体力学モデル10と視野判断モデル50から構成されており、図6は、実施形態に係る評価システム1の処理フローを、生体力学モデル10における処理(確認動作シミュレーション)と視野判断モデル50における処理(視認性判断)に分けて記載している。また、図3に、図6の処理の一部の符号を併記し、生体力学モデル10と視野判断モデル50におけるデータの受け渡しを示す。
【0080】
図5において100番台で示された各ステップの符号の下2桁は、図6において200番台および300番台で示された各ステップの符号の下2桁に対応しており、以下、図5図6を併用して評価システム1の処理フローについて説明する。
【0081】
視認性評価に際しては、先ず、評価システム1を構成するコンピュータが起動し、シミュレーションを統括するメインプログラム(1)とデータベース8が起動している状態で、生体力学モデル10および視野判断モデル50が起動される(ステップ100,200,300)。
【0082】
次いで、シミュレーションデータ80の入力情報に従って、所定の評価対象データ2が視野判断モデル50の3Dデータ空間に読み込まれ、評価対象データ2の視認目標点20が生体力学モデル10に取得される(ステップ101,201,301)。
【0083】
次いで、視野判断モデル50において、評価対象データ2の視認目標点20にグラデーション球21が設定される(ステップ102,302)。グラデーション球21自体のデータは予め視野判断モデル50に用意されており、グラデーション球21の中心座標が視認目標点20に設定される。
【0084】
次いで、シミュレーションデータ80から姿勢情報が読み込まれ、生体力学モデル10の筋骨格モデル3および眼球運動モデル4に初期姿勢(基準姿勢)が生成され、視野判断モデル50の人体モデル53に初期姿勢が反映されるとともに、カメラ55の初期位置が取得される(ステップ103,203,303)。この状態でカメラ55より視野画像が取得され、視認度の初期値R0が算出される。
【0085】
以上のような準備を経て、摂動/挙動プロセスに移行すると、先ず、運動生成モジュール12において、逆動力学計算ルーチンおよび順動力学計算ルーチンのそれぞれの状態変数が算出される(ステップ110,210,310)。
【0086】
次に、逆動力学計算によって関節駆動トルクが算定され、さらに、順動力学計算によって加速度を時間積分して単位時間後の姿勢が推定される。このようにして生体力学モデル10に摂動を与え、得られた姿勢情報(骨格リンク姿勢、眼球姿勢、何れもクォータニオン)、眼球負荷、および、身体力学系へ作用させる関節駆動トルク(頚部負荷、他の身体負荷)が負担度Bとして取得され、基準部位33の変位量が基準姿勢からの乖離度Dとして取得され、状態変数と共に摂動データ82に格納される(ステップ111,211)。
【0087】
さらに、上記摂動により得られた姿勢情報は視野判断モデル50の人体モデル53およびカメラ55に反映され(図6、ステップ311)、カメラ55に取得された視野画像のR値の合計として視認度Rが算出され(ステップ112,312)、摂動データ82に格納される。
【0088】
上記のような摂動プロセスが状態変数の数だけ繰り返され、全ての状態変数の摂動が与えられると(ステップ113,213)、挙動プロセスに移行する。
【0089】
先ず、摂動プロセスにおいて負担度B、乖離度D、および視認度Rが取得された各状態変数の中から、視認目的関数Foを最小化(合目的的負担度B・D最小かつ視認度R最大)する状態変数が算出され、対応する関節駆動トルクが決定される(ステップ120,220)。
【0090】
次いで、決定された状態変数および関節駆動トルクによって生体力学モデル10(筋骨格モデル3および眼球運動モデル4)が実際に駆動され、挙動による姿勢が生成され、挙動データ81に姿勢情報(骨格リンク姿勢、眼球姿勢、何れもクォータニオン)が格納される(ステップ121,221)。
【0091】
さらに、上記挙動による姿勢情報が視野判断モデル50の人体モデル53およびカメラ55に反映され(図6、ステップ321)、カメラ55に取得された視野画像のR値の合計として視認度Rが算出され(ステップ122,322)、挙動データ81に格納される。また、人体モデル53の姿勢情報がキーフレームに登録される(図6、ステップ324)。
【0092】
これと並行してデータベース8において、当該挙動プロセスを含めた負担度Bの積算値が算出され、上記視認度Rを参照して、負担度B(積算値)を考慮した易視認性が算出される(ステップ222)。
【0093】
次いで、視認度Rが予め設定した閾値と比較され(ステップ130,230,330)、閾値に到達していないと判断された場合は、上述したような摂動/挙動プロセスが繰り返される。
【0094】
視認度Rが予め設定した閾値以上となった場合は、生体力学モデル10によるシミュレーションは終了され、当該視認度Rと、最終挙動プロセスにおいて算出された負担度B(積算値)を考慮した易視認性評価が、当該シミュレーション(試行No)における結果として、シミュレーションデータ80に記録される(図6、ステップ231)。
【0095】
同時に、視野判断モデル50では、最終挙動プロセスまでに登録されたキーフレーム(実施例では0.1秒間隔、10fps)のデータに基づいてレンダリングが実行され、評価映像が作成される(図6、ステップ331)。
【0096】
なお、レンダリングに際しては、キーフレーム間の身体運動は動画作成機能により補間される。また、評価対象データ2(インストルメントパネル)や人体モデル53の表面情報が反映されるようにするか、または、グレースケールなどにして視認目標点20の位置が明確になるようにしても良い。カメラ55(人体モデル53)による視野映像のほかに、人体モデル53の斜後上方など適宜位置に設定した外部視点からの映像を作成できる。
【0097】
上記実施形態の摂動プロセス(ステップ111~112、211、311~312)において、生体力学モデル10に得られた姿勢情報を1回の摂動ごとに視野判断モデル50の人体モデル53およびカメラ55に反映し、視野画像から視認度Rを算出する代わりに、生体力学モデル10にて全ての(または一部の)状態変数分の姿勢情報を取得してから視野判断モデル50に一括して転送し、視野画像取得および視認度R算出を行うようにすることもできる。
【0098】
また、上記実施形態の摂動プロセス(ステップ111~112、211、311~312)では、生体力学モデル10に状態変数の数だけ摂動が与えられる場合について述べたが、状態変数よりも少ない複数回の摂動を与えることによって、視認目的関数Foを最小化する状態変数を推定し、挙動のための関節駆動トルクを決定することもできる。
【0099】
また、上記実施形態では、視認度Rが予め設定した閾値以上となるまで摂動/挙動プロセスが反復される場合について述べたが、摂動/挙動プロセスの反復回数(または反復時間)に上限を設け、予め設定した所定回数(所定時間)に達した時点で生体力学モデル10によるシミュレーションが終了するようにすることもできる。
【0100】
一方、摂動/挙動プロセスの反復による視認度Rの向上により、運動生成モジュール12に算出される関節駆動トルクが漸減し、加速度が漸減することにより、何れかの状態値(またはその変化率)が設定以下になった時点で、生体力学モデル10による確認動作が自律的に収束したと見做してもよい。
【0101】
また、上記ステップ100(200)において、1つの視野判断モデル50に対して複数の生体力学モデル10を起動(多重起動)し、ステップ111(211)で、それぞれの生体力学モデル10に状態変数を割り当てて摂動および負担度Bの算出(および基準姿勢からの乖離度Dの算出)を並列計算により実行するようにしても良い。視野判断モデル50に比較して生体力学モデル10は計算負荷が大きいので、並列計算により処理時間の短縮とリソースの平準化に有利である。
【0102】
上記実施形態では、生体力学モデル10において、初期姿勢から1つの視認目標点20の確認動作をシミュレートする場合を示したが、複数の視認目標点を順に確認する動作をシミュレートして総合的な視認性を評価することもできる。
【0103】
以上、本発明の実施形態について述べたが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想に基づいてさらに各種の変形および変更が可能である。
【0104】
例えば、上記実施形態では、車両のインストルメントパネルを評価対象データ2とし、その右側下部にあるスイッチを視認目標点20とする場合について述べたが、本発明はこれに限定されるものではなく、視認目標点は他の位置であっても良いし、インストルメントパネル以外を評価対象データとすることもできる。また、着座姿勢以外の起立姿勢や歩行姿勢、車両乗降時の視認目標点の確認動作など、確認動作を伴って視認することが想定される様々な物品の易視認性評価や設計支援に応用できる。
【符号の説明】
【0105】
1 評価システム
2 評価対象データ(インストルメントパネル)
3 筋骨格モデル(身体モデル)
4 眼球運動モデル
5 眼球
6 支持構造(シート)
7 支持構造(ハンドル)
8 データベース
10 生体力学モデル
11 統括制御部
12 運動生成モジュール
13 負担度
14 乖離度
15 視認度
16 視認目的関数
17 易視認性総合評価部
20 視認目標点
21 グラデーション球
30 身体
31 頭部
32 頸部
33 胸部(基準部位)
50 視野判断モデル
53 人体モデル
55 カメラ(視点)
図1
図2
図3
図4
図5
図6