(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024165150
(43)【公開日】2024-11-28
(54)【発明の名称】SARS-CoV-2中和抗体
(51)【国際特許分類】
C12N 15/13 20060101AFI20241121BHJP
C07K 16/10 20060101ALI20241121BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20241121BHJP
A61P 31/14 20060101ALI20241121BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20241121BHJP
【FI】
C12N15/13 ZNA
C07K16/10
A61K39/395 N
A61P31/14
A61P43/00 121
A61K39/395 S
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023081056
(22)【出願日】2023-05-16
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】516255448
【氏名又は名称】株式会社Epsilon Molecular Engineering
(71)【出願人】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松村 佑太
(72)【発明者】
【氏名】河野 響
(72)【発明者】
【氏名】西口 大貴
(72)【発明者】
【氏名】正木 秀和
(72)【発明者】
【氏名】戸高 玲子
(72)【発明者】
【氏名】芳賀 慧
(72)【発明者】
【氏名】片山 和彦
【テーマコード(参考)】
4C085
4H045
【Fターム(参考)】
4C085AA14
4C085AA16
4C085BB31
4C085CC23
4C085DD62
4H045AA11
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA40
4H045DA76
4H045EA29
4H045FA74
4H045GA26
(57)【要約】
【課題】SARS-CoV-2及びその変異株に対して幅広く結合活性及び中和活性を示すシングルドメイン抗体及びその利用法を提供する。
【解決手段】下記(a)又は(b)で示されるエピトープに結合する抗SARS-CoV-2モノクローナル抗体。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列の33番目のチロシンから43番目のシステインまでの領域又はこれに相当するアミノ酸領域に含まれるエピトープ、及び配列番号1で示されるアミノ酸配列の124番目のアスパラギン酸から137番目のロイシンまでの領域又はこれに相当するアミノ酸領域に含まれるエピトープ
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列の51番目のチロシンから56番目のフェニルアラニンまでのアミノ酸領域又はこれに相当するアミノ酸領域に含まれるエピトープ及び178番目のグリシンから194番目のバリンまでの領域又はこれに相当する領域に含まれるエピトープ
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)又は(b)で示されるエピトープに結合する抗SARS-CoV-2モノクローナル抗体。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列の33番目のチロシンから43番目のシステインまでの領域又はこれに相当するアミノ酸領域に含まれるエピトープ、及び配列番号1で示されるアミノ酸配列の124番目のアスパラギン酸から137番目のロイシンまでの領域又はこれに相当するアミノ酸領域に含まれるエピトープ
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列の51番目のチロシンから56番目のフェニルアラニンまでのアミノ酸領域又はこれに相当するアミノ酸領域に含まれるエピトープ及び178番目のグリシンから194番目のバリンまでの領域又はこれに相当する領域に含まれるエピトープ
【請求項2】
前記(a)で示されるエピトープに結合する抗体が、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるCDR1と、配列番号3で示されるアミノ酸配列からなるCDR2と、配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるCDR3を含む構造ドメインを1つ以上有する、請求項1に記載の抗体。
【請求項3】
前記(b)で示されるエピトープに結合する抗体が、配列番号5で示されるアミノ酸配列からなるCDR1と、配列番号6で示されるアミノ酸配列からなるCDR2と、配列番号7で示されるアミノ酸配列からなるCDR3を含む構造ドメインを1つ以上有する、請求項1に記載の抗体。
【請求項4】
単一ドメイン抗体、少なくとも1つの当該単一ドメイン抗体を含む単一ドメイン抗体多量体、又は少なくとも1つの当該単一ドメイン抗体と他の分子を連結させた抗体のいずれかである、請求項1~3のいずれか1項に記載の抗体。
【請求項5】
前記単一ドメイン抗体がヒト化された特徴を有する、請求項4に記載の抗体。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項記載の抗体をコードする核酸。
【請求項7】
請求項1~5のいずれか1項記載の抗体を含む、SARS-CoV-2感染症の治療薬。
【請求項8】
前記(a)で示されるエピトープに結合する抗体と前記(b)で示されるエピトープに結合する抗体を組み合わせてなる、SARS-CoV-2感染症の治療薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はSARS-CoV-2を中和する抗体に関する。
【背景技術】
【0002】
SARS-CoV-2(Severe acute respiratory syndrome coronavirus 2)は、SARS-CoVやMERS-CoVと同様ベータコロナウイルス属に属し、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因となるSARS関連コロナウイルスである。2019年に中国湖北省武漢市付近で発生が初めて確認され、その後、COVID-19の世界的流行を引き起こしている。
【0003】
SARS-CoV-2は、一般的なコロナウイルスと同様に、4つの構造タンパク質、16の非構造タンパク質(nsp1-16)、及びいくつかの付属タンパク質をコードする大きなポジティブセンスRNAゲノムを有している。構造タンパク質は、スパイクタンパク質、ヌクレオカプシド、膜タンパク質、エンベロープタンパク質から成り、スパイクタンパク質は、受容体結合を担うN末端のS1サブユニットと膜融合を担うC末端のS2サブユニットから構成される。S1サブユニットはさらに、N末端ドメイン(NTD)、受容体結合ドメイン(RBD)、サブドメイン1(SD1)、サブドメイン2(SD2)に分割されている。S2サブユニットは、さらに、融合ペプチド(FP)、ヘプタドリピート1(HR1)及びヘプタドリピート2(HR2)に分割されていることが知られている(非特許文献1参照)。
【0004】
SARS-CoVと同様に、SARS-CoV-2は、そのスパイクタンパク質を介して宿主細胞受容体アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)と結合して細胞内に侵入する。受容体との結合は、スパイク蛋白質の構造変化を引き金とし、活性化状態へと変化させる。活性化されたスパイクは、S1/S2部位でプロテアーゼ(SARS-CoV及びSARS-CoV-2ではTMPRSS2)によって切断され、S1サブユニットが放出され、S2サブユニット上のFPが露出する。FPは標的細胞膜に挿入され、HR1とHR2がリフォールドして融合後のコンフォメーションを形成し、標的細胞とのウイルス膜融合を促進することが知られている(非特許文献2参照)。
【0005】
低温電子顕微鏡や結晶解析によるSARS-CoV-2三量体スパイクのプレフュージョンコンフォメーションやSARS-CoV-2スパイクRBDと完全長ヒトACE2の構造解析が進んでおり、ACE2への結合様式の解明やヒトACE2とのより強い接触を形成するRBD上の重要な変異点の知見、更には、SARS-CoVとSARS-CoV-2のRBDを標的とする交差反応性抗体の同定に向けたエピトープの洞察が提供されている。さらに、SARS-CoV-2スパイク蛋白質の糖鎖解析から、SARS-CoV-2スパイク蛋白質は、SARS-CoV同様に多くのグリコシル化部位を有しており、その中でもSARS-CoVには無い、ユニークなグリコシル化部位も報告されており、この様な特異な糖鎖がエピトープのマスキングを介した免疫回避を促進する可能性があることも報告されている(非特許文献3参照)。
【0006】
SARS-CoV-2のスパイクタンパク質は、宿主細胞にウイルスが侵入する際に不可欠な役割を果たしており、中和抗体の主要な標的となる。コロナウイルスS1サブユニットの機能性と高い免疫原性のため、これまでにコロナウイルスに対して特徴づけられたほとんどの中和抗体は、S1サブユニット、特にRBDを標的としていることが報告されている。また、以前のSARS及びMERSの感染の流行中にもいくつかの中和抗体が開発され、コロナウイルス感染症の治療での使用の可能性が証明されている。
しかし、SARS-CoV RBDに特異的な多くの既知の中和抗体(S230、m396、80Rなど)は、1μMまでの濃度でもSARS-CoV-2に結合せず、一方で、単一のB細胞の選別によってSARS-CoV-2感染者から単離されたモノクローナル抗体はいずれも、SARS-CoVのRBDと交差反応を示さないことが報告されている。この様に、多くの既存の中和抗体は交差反応性に乏しいが、SARS-CoVとSARS-CoV-2の両方に中和活性を示す47D11やS309といったIgG抗体やシングルドメイン抗体としてVHH-72-Fc等が存在することも報告されている(非特許文献3参照)。現在までに、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質を標的とした中和抗体薬が世界各国で承認されている。
【0007】
COVID-19はその発生から3年以上経った2023年2月現在においても完全な収束には至らず、その原因の1つはSARS-CoV-2変異株の出現によるものである。SARS-CoV-2変異株では、スパイクタンパク質のアミノ酸配列に様々な変異(アミノ酸の置換、欠損又は挿入)が生じており、従来のウイルス株と比較しての感染力や抗原性の変化が確認されている。国立感染症研究ではこうしたSARS-CoV-2の変異のリスクを分析し、その評価に応じて、変異株を「懸念される変異株(VOC)」と「注目すべき変異株(VOI)」と定めている。これまでに、SARS-CoV-2変異株が世界各地で出現しており、現在ではVOCの1つであるオミクロン株が世界的な流行株として広まっている。さらに、承認されている中和抗体薬の中にはVOCの1つであるオミクロン株に対する中和活性が低下することが報告されている(非特許文献4参照)。そのため、SARS-CoV-2変異株の流行を抑制するためには、既存の変異株だけでなく将来的に出現する新規変異株に対しても有効な中和抗体の開発が重要である。
【0008】
免疫応答における抗体は、生体が感染によって抗原と接触した後、比較的感染初期に患者の血中で増加するイムノグロブリンM(以下、「IgM」と略すことがある)と、その後に増加するIgG等があることが知られている。ここで、一般的なIgは軽鎖と重鎖とで構成されているが、ラクダ科の動物は、軽鎖を含まない重鎖抗体を産生することが知られている。また、重鎖抗体の可変領域を含む単一のドメインは、天然のシングルドメインであり、それ自身でも抗体として機能する。このため、「単一ドメイン抗体」(以下、「VHH」と略すことがある。)と呼ばれている。
ウイルスの立体構造エピトープが、例えば、酵素ポケットのような穴状の構造や、ドメイン間の割目の構造部分を含む場合、従来のIgGではその大きさからこうしたエピトープに結合することができなかった。これに対し、上記のVHHは、その分子量がIgG抗体の10分の1と小さいため、上記のような構造のエピトープにも結合することができ、多くの糖鎖で修飾されたウイルス粒子の表面等にも結合できるため、標的分子になり得る分子の幅が広くなる。
【0009】
さらに、VHHは耐酸性や耐熱性にも優れており、IgGとは異なって培養細胞で産生させる必要がなく、微生物等で生産することができる。このため、量産しやすく、精製も容易であるという利点がある。さらに、VHHは1本鎖のペプチドで構成されているため、蛋白質工学の技術又は化学修飾等の技術を用いて機能の改変がしやすく、抗体薬物複合体(ADC)を作製しやすいという特徴を有することが知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Neutralizing nanobodies bind SARS-CoV-2 spike RBD and block interaction with ACE2. Nat Struct Mol Biol. 2021;28:326.
【非特許文献2】Development of multi-specific humanized llama antibodies blocking SARS-CoV-2/ACE2 interaction with high affinity and avidity. Emerging Microbes & Infections 2020;9;1034-1036
【非特許文献3】Structural Basis for Potent Neutralization of Betacoronaviruses by Single-Domain Camelid Antibodies. Cell 2020;181:1004-1015.
【非特許文献4】Efficacy of Antibodies and Antiviral Drugs against Omicron BA.2.12.1, BA.4, and BA.5 Subvariants. N Engl J Med. 2022;387:468-470.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、SARS-CoV-2及びその変異株に対して幅広く結合活性及び中和活性を示すシングルドメイン抗体及びその利用法を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らはSARS-CoV-2に結合する単一ドメイン抗体を得るべく検討した結果、SARS-CoV-2の構造タンパク質であるスパイクタンパク質の受容体結合ドメイン内のエピトープに結合し、当該ウイルス及びその変異株に対して幅広く中和活性を示すモノクローナル抗体を得ることに成功した。
【0013】
すなわち、本発明は以下の1)~4)に係るものである。
1)下記(a)又は(b)で示されるエピトープに結合する抗SARS-CoV-2モノクローナル抗体。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列の33番目のチロシンから43番目のシステインまでの領域又はこれに相当するアミノ酸領域に含まれるエピトープ及び配列番号1で示されるアミノ酸配列の124番目のアスパラギン酸から137番目のロイシンまでの領域又はこれに相当するアミノ酸領域に含まれるエピトープ
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列の51番目のチロシンから56番目のフェニルアラニンまでのアミノ酸領域又はこれに相当するアミノ酸領域に含まれるエピトープ及び178番目のグリシンから194番目のバリンまでの領域又はこれに相当する領域に含まれるエピトープ
2)1)の抗体をコードする核酸。
3)1)の抗体を含む、SARS-CoV-2感染症の治療薬。
4)前記(a)で示されるエピトープに結合する抗体と前記(b)で示されるエピトープに結合する抗体を組み合わせてなる、SARS-CoV-2感染症の治療薬。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、SARS-CoV-2及びその変異株に対して幅広く反応するSARS-CoV-2抗体を提供することができる。本発明の抗体は、SARS-CoV-2及びその変異株に対して優れた結合活性及び中和活性を有することから、SARS-CoV-2感染症、すなわち急性呼吸器疾患(COVID-19)の治療薬として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】バイオレイヤー干渉法によるコリネ菌培養上清中VHHの結合活性測定。
【
図2】枯草菌により生産されたVHHの精製後のSDS-PAGE画像。
【
図3】表面プラズモン共鳴法によるHisタグ付きVM793の結合活性測定。
【
図4】表面プラズモン共鳴法によるHisタグ付きVM800の結合活性測定。
【
図5】表面プラズモン共鳴法によるVM793の結合活性測定。
【
図6】表面プラズモン共鳴法によるVM800の結合活性測定。
【
図7】VM793及びVM800のSARS-CoV-2変異株に対する中和活性測定。
【
図8】VM793・VM800カクテルのSARS-CoV-2に対する中和活性測定。
【
図9】水素/重水素交換質量分析によるVM793のSARS-CoV-2変異株のRBDに対する結合部位解析。
【
図10】水素/重水素交換質量分析によるVM800のSARS-CoV-2変異株のRBDに対する結合部位解析。
【
図11】VM793のSARS-CoV-2のRBDに対する結合部位。四角で囲われたアミノ酸領域が結合部位を含むアミノ酸領域である。
【
図12】VM800のSARS-CoV-2のRBDに対する結合部位。四角で囲われたアミノ酸領域が結合部位を含むアミノ酸領域である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
SARS-CoV-2は、急性呼吸器疾患(COVID-19)の原因となる、SARS関連コロナウイルスであり、そのウイルスゲノムは29,903塩基程度の一本鎖プラス鎖RNAウイルスである。SARS-CoV-2の構造タンパク質の一つであるスパイクタンパク質は、受容体結合を担うN末端のS1サブユニットと膜融合を担うC末端のS2サブユニットから構成される。S1サブユニットはさらに、N末端ドメイン(NTD)、受容体結合ドメイン(RBD)、サブドメイン1(SD1)、サブドメイン2(SD2)に分割されている(前記非特許文献1)。
【0017】
本発明の抗SARS-CoV-2モノクローナル抗体(以下、「本発明の抗体」と称する)は、スパイクタンパク質の受容体結合ドメイン(RBD)内に存在するエピトープに結合する抗体であり、当該エピトープは下記(a)又は(b)で示される領域に含まれる。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列の33番目のチロシンから43番目のシステインまでの領域又はこれに相当する領域に含まれるエピトープ、及び配列番号1で示されるアミノ酸配列の124番目のアスパラギン酸から137番目のロイシンまでの領域又はこれに相当するアミノ酸領域
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列の51番目のチロシンから56番目のフェニルアラニンまでのアミノ酸領域又はこれに相当する領域に含まれるエピトープ、及び178番目のグリシンから194番目のバリンまでの領域又はこれに相当する領域
【0018】
ここで、配列番号1で示されるアミノ酸配列は、SARS-CoV-2 RBD変異株(Delta株)のスパイクタンパク質の受容体結合ドメイン(RBD)のアミノ酸配列を指す。
また、「エピトープ」とは、抗体への特異的結合が可能な抗原決定基を意味する。
上記(a)で示される、「配列番号1で示されるアミノ酸配列の33番目のチロシンから43番目のシステインまでの領域又はこれに相当する領域」、「配列番号1で示されるアミノ酸配列の124番目のアスパラギン酸から137番目のロイシンまでの領域又はこれに相当する領域アミノ酸領」、上記(b)で示される、「配列番号1で示されるアミノ酸配列の51番目のチロシンから56番目のフェニルアラニンまでのアミノ酸領域又はこれに相当する領域」、「178番目のグリシンから194番目のバリンまでの領域又はこれに相当する領域」における「これに相当する領域」とは、例えば、SARS-CoV-2 delta株のRBDのアミノ酸配列をもとに、遺伝子情報処理ソフトウェアGENATYXを用いてSARS-CoV-2及びそのRBD変異株とのアライメントをとった場合に、配列番号1で示されるアミノ酸配列の当該領域(33番目~43番目、124番目~137番目、51番目~56番目、178番目~194番目)に対応する領域を意味する(
図11及び
図12参照)。相同する領域は、三次元構造中で同じ領域に存在すると考えられ、SARS-CoV-2のRBDについて同様のエピトープを有するものと推定できる。
【0019】
なお、当該エピトープに対する結合能は、当業者に公知の方法により評価できる。具体的には、後述する実施例に示すように、表面プラズモン共鳴法により、平衡乖離定数KDを求めることにより評価できる。また、例えばELISA法、イムノクロマト法、等温滴定カロリメトリー法、バイオレイヤー干渉法等を用いた方法によっても評価できる。
【0020】
上記(a)で示されるエピトープに結合する抗体としては、具体的には、GSIFSIYDMG(配列番号2)で示されるアミノ酸配列からなるCDR1、AISWSGSATY(配列番号3)で示されるアミノ酸配列からなるCDR2、及びRASYQDDLGHNVRDY(配列番号4)で示されるアミノ酸配列からなるCDR3を含む構造ドメインを1つ以上有する抗SARS-CoV-2抗体が挙げられる。
また、上記(b)で示されるエピトープに結合する抗体としては、具体的には、GRTFSTYAVG(配列番号5)で示されるアミノ酸配列からなるCDR1、DITSGGSTN(配列番号6)で示されるアミノ酸配列からなるCDR2、及びGYKGVWGRSVDY(配列番号7)で示されるアミノ酸配列からなるCDR3を含む構造ドメインを1つ以上有する抗SARS-CoV-2抗体が挙げられる。
【0021】
ここで、CDR(Complementarity Determining Region;相補性決定領域)とは、配列可変な抗原認識部位又はランダム配列領域を含み、超可変領域とも云われる。上記抗体の構造ドメインにおいて、3つのCDRは、N末端側からCDR1、CDR2、CDR3の順で存在する。
【0022】
上記配列番号2~7で示されるアミノ酸配列からなるCDRに変異が導入されていても、SARS-CoV-2に対する結合能を有している限り、本発明の抗体のCDRに包含される。
【0023】
本発明の抗体の構造ドメインは、CDR1、CDR2、CDR3の両端にフレームワーク領域を有するものであってもよい。フレームワーク領域とは、抗体分子の可変領域において相補性決定領域を除く領域であり、保存性の高い領域を指す。すなわち、本発明の構造ドメインは、一態様として、第1フレームワーク領域(FR1)、CDR1、第2フレームワーク領域(FR2)、CDR2、第3フレームワーク領域(FR3)、CDR3及び第4フレームワーク領域(FR4)をこの順に有するものが挙げられる。
構造ドメインにおけるフレームワーク領域のアミノ酸配列としては以下のものが挙げられる。
FR1:配列番号8で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
FR2:配列番号9で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列、配列番号13で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
FR3:配列番号10で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列、配列番号14で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
FR4:配列番号11で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
【0024】
配列番号8~11、13~14で示されるアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるフレームワーク領域としては、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、より好ましくは97%以上、より好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるフレームワーク領域が挙げられる。
【0025】
ここで、アミノ酸配列の同一性とは、2つのアミノ酸配列をアラインメントしたときに両方の配列において同一のアミノ酸残基が存在する位置の数の全長アミノ酸残基数に対する割合(%)をいう。配列の同一性は、例えばNational Center for
Biotechnology Information(NCBI)のBLAST(Basic Local Alignment Search Toolを用いて解析を行なうことにより算出できる。
【0026】
本発明の抗体のうち、FR1-CDR1-FR2-CDR2-FR3-CDR3-FR4がこの順で連結され、CDR1が配列番号2で示されるアミノ酸配列、CDR2が配列番号3で示されるアミノ酸配列、CDR3が配列番号4で示されるアミノ酸配列であり、FR1が配列番号8で示されるアミノ酸配列、FR2が配列番号9で示されるアミノ酸配列、FR3が配列番号10で示されるアミノ酸配列、FR4が配列番号11で示されるアミノ酸配列である構造ドメイン(配列番号12)を有する抗体は、後述する実施例において、cDNAディスプレイ法によるスクリーニングにより得られた、SARS-CoV-2に反応性の高いクローン(VM793)であり、好適な抗SARS-CoV-2抗体である。
また、本発明の抗体のうち、FR1-CDR1-FR2-CDR2-FR3-CDR3-FR4がこの順で連結され、CDR1が配列番号5で示されるアミノ酸配列、CDR2が配列番号6で示されるアミノ酸配列、CDR3が配列番号7で示されるアミノ酸配列であり、FR1が配列番号8で示されるアミノ酸配列、FR2が配列番号13で示されるアミノ酸配列、FR3が配列番号14で示されるアミノ酸配列、FR4が配列番号11で示されるアミノ酸配列である構造ドメイン(配列番号15)を有する抗体は、後述する実施例において、cDNAディスプレイ法によるスクリーニングにより得られた、SARS-CoV-2に反応性の高いクローン(VM800)であり、好適な抗SARS-CoV-2抗体である。
【0027】
本発明の抗体は、上記の構造ドメインを少なくとも1つ有するものであればその形態は限定されず、単一ドメイン抗体(ナノボディーとも呼ばれる)や、少なくとも1つの当該単一ドメイン抗体が複数結合した多量体(例えば二量体)であり得る。多量体には、本発明の構造ドメインが複数連結した多量体の他、当該構造ドメインの1又は複数と、他の分子(当該構造ドメインとは抗原特異性の異なる他の構造ドメインの1又は複数)が連結した多量体が含まれる。
単一ドメイン抗体は、単一の可変領域(抗原結合ドメイン)で抗原に特異的に結合する性質を有する抗体を指す。単一ドメイン抗体には,可変領域が重鎖の可変領域のみからなる抗体(重鎖単一ドメイン抗体)、可変領域が軽鎖の可変領域のみからなる抗体(軽鎖単一ドメイン抗体)が含まれる。ラクダ科動物(例えば、ラクダ、ラマ、アルパカなど)で同定された重鎖抗体であるVHH、軟骨魚類(例えばサメ)由来の重鎖抗体であるVNAR等が単一ドメイン抗体の一種として知られており、本発明においてはVHHが好ましい。
また、本発明の抗体はヒト化されていてもよい。ヒト化された抗体は、ヒトに投与することが可能であるため、医薬として応用することができる。
【0028】
本発明の抗体の作製方法は特に限定されず、当該技術分野における公知技術により容易に作製することができる。例えば、ペプチド固相合成法とネイティブ・ケミカル・リゲーション(Native Chemical Ligation;NCL)法を組み合わせて作製することや遺伝子工学的に作製することができるが、本発明の抗体をコードする核酸を適当なベクターに組み込んで、これを宿主細胞に導入し、組換え抗体として産生させる方法が好ましい。
【0029】
組換え抗体として産生において使用される宿主細胞としては、例えば、大腸菌、枯草菌、カビ、動物細胞、植物細胞、バキュロウイルス/昆虫細胞または酵母細胞等が挙げられる。抗体を発現させるための発現用ベクターは、各種宿主細胞に適したベクターを用いることができる。発現ベクターとしては、例えば、pBR322、pBR325、pUC12、pUC13等の大腸菌由来のベクター;pUB110、pTP5、pC194等の枯草菌由来のベクター;pHY300PLK等の大腸菌と枯草菌で共用することができるシャトルベクター;pSH19、pSH15等の酵母由来ベクター;λファージ等のバクテリオファージ;アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、レンチウイルス、ワクシニアウイルス、バキュロウイルス等のウイルス;及びこれらを改変したベクター等を用いることができる。
これらの発現ベクターは、各々のベクターに適した、複製開始点、選択マーカー及びプロモーターを有しており、必要に応じて、エンハンサー、転写集結配列(ターミネーター)、リボソーム結合部位及びポリアデニル化シグナル等を有していてもよい。さらに、発現ベクターには、発現したポリペプチドの精製を容易にするため、FLAGタグ、Hisタグ、HAタグ及びGSTタグなどを融合させて発現させるための塩基配列が挿入されていてもよい。
【0030】
発現させた本発明の抗体を培養菌体または培養細胞から抽出する際には、培養後、公知の方法で菌体または培養細胞を集め、これを適当な緩衝液に懸濁し、超音波、リゾチーム及び/または凍結融解などによって菌体または細胞を破壊したのち、遠心分離や濾過により、可溶性抽出液を取得する。得られた抽出液から、公知の分離・精製法を適切に組み合わせて目的の抗体を取得することができる。
公知の分離、精製法としては、塩析や溶媒沈澱法などの溶解度を利用する方法、透析法、限外ろ過法、ゲルろ過法、SDS-PAGE等の主として分子量の差を利用する方法、イオン交換クロマトグラフィーなどの電荷の差を利用する方法、アフィニティークロマトグラフィーなどの特異的親和性を利用する方法、逆相高速液体クロマトグラフィーなどの疎水性の差を利用する方法または等電点電気泳動法などの等電点の差を利用する方法などが用いられる。
【0031】
本発明の抗体は、SARS-CoV-2に結合することから、これを、SARS-CoV-2を含有するか、または含有する可能性のある被験試料と接触させることによって、当該試料中にSARS-CoV-2が存在すること、あるいは存在しないことを確認できる。
具体的には、本発明の抗体を用いたSARS-CoV-2の検出は、本発明の抗体と、被験試料とを接触させ、本発明の抗体と前記被験試料中のSARS-CoV-2との結合体を形成させる工程と、前記結合体中のSARS-CoV-2を検出する工程、を備えてなる。
また、本発明の抗体は、血清中のウイルス特異的抗体の検出において、固定化した被験試料(血清)中に含まれる抗SARS-CoV-2抗体(例えば血清抗体)に対して、SARS-CoV-2抗原の一部を添加して結合させ、当該結合体状態にあるSARS-CoV-2抗原の存在を確認する抗体として使用することもできる。
【0032】
被験試料としては、気管スワブ、鼻腔拭い液、咽頭拭い液、鼻腔洗浄液、鼻腔吸引液、鼻汁鼻かみ液、唾液、痰、血液、血清、尿、糞便、組織、細胞、組織又は細胞の破砕物等の生体試料の他、ウイルスが付着している可能性のある固体表面、例えばドアノブ、便器等から採取された試料が挙げられる。抗体は固相に固定されていてもよく、固相に固定されていなくてもよい。
上記の結合体中のSARS-CoV-2を検出する工程は、例えば、上記の結合体に、結合体中の本発明の抗体とは異なるエピトープを認識する、抗SARS-CoV-2抗体を反応させることにより行うことができる。或いは、ホモジニアスアッセイにより、液相中で上記の結合体中のSARS-CoV-2を検出してもよい。
【0033】
また、本発明の抗体は、SARS-CoV-2検出用キットの構成成分となり得る。当該キットは、SARS-CoV-2感染症(COVID-19)の診断薬として、またSARS-CoV-2感染症治療薬の開発用のツールとして使用可能である。
当該検出キットは、本発明の抗SARS-CoV-2抗体の他、検出に必要な試薬及び器具、例えば抗体、固相担体、緩衝液、酵素反応停止液、マイクロプレートリーダー等を含むことができる。
当該検出キットにおいて、本発明の抗体は固相に固定されていてもよい。固相としては、例えば、ビーズ、膜、反応容器の側面や底面、スライドガラス等の板状基板、イムノプレート等のウェル基板等が挙げられ、本発明の抗体が直接的又は間接的に固定される。
【0034】
また、本発明の抗体は、SARS-CoV-2のS1サブユニットの受容体結合ドメインに結合し、ウイルスの細胞への感染を阻害する、すなわち中和活性を有する。したがって、本発明の抗体は、哺乳動物に投与し、SARS-CoV-2感染症の予防又は治療するための医薬として利用することが可能である。本発明の抗体を当該医薬として用いる場合は、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号3で示されるアミノ酸配列からなるCDR2及び配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるCDR3を含む構造ドメインを1つ以上有する抗体、好ましくは配列番号12で示されるアミノ酸配列からなる構造ドメインを有する抗体(VM793)を用いるのが好ましく、これと配列番号5で示されるアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号6で示されるアミノ酸配列からなるCDR2及び配列番号7で示されるアミノ酸配列からなるCDR3を含む構造ドメインを1つ以上有する抗体、好ましくは配列番号15で示されるアミノ酸配列からなる構造ドメインを有する抗体(VM800)を組み合わせて、抗体カクテルとして用いるのがより好ましい。
哺乳動物としては、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、ネコ、イヌ、サル、ウシ、ウマ、ブタ等があげられるが、ヒトが好ましい。
【0035】
本発明の抗体を医薬として用いる場合には、その態様は、経口、非経口のいずれでもよく、適宜、周知の薬学的に許容可能な無毒性の担体、希釈剤と組み合わせて用いることができる。非経口投与としては、典型的には注射剤が挙げられるが、噴霧剤等と共に吸入による投与も可能である。
【0036】
斯かる医薬において、その組成物中における本発明の抗体の含有量は適宜調整できる。
また、斯かる医薬は、本発明の抗体として、有効量を1週間に1~数回程度の間隔で、SARS-CoV-2感染症の予防又は治療が必要な対象、例えば患者に投与することにより適用することができる。この場合の投与方法としては、好適には静脈注射、点滴等が挙げられる。
【0037】
本発明においては上述した実施形態に関し、さらに以下の態様が開示される。
<1>下記(a)又は(b)で示されるエピトープに結合する抗SARS-CoV-2モノクローナル抗体。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列の33番目のチロシンから43番目のシステインまでの領域又はこれに相当するアミノ酸領域に含まれるエピトープ、及び配列番号1で示されるアミノ酸配列の124番目のアスパラギン酸から137番目のロイシンまでの領域又はこれに相当するアミノ酸領域に含まれるエピトープ
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列の51番目のチロシンから56番目のフェニルアラニンまでのアミノ酸領域又はこれに相当するアミノ酸領域に含まれるエピトープ及び178番目のグリシンから194番目のバリンまでの領域又はこれに相当する領域に含まれるエピトープ
<2>前記(a)で示されるエピトープに結合する抗体が、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるCDR1と、配列番号3で示されるアミノ酸配列からなるCDR2と、配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるCDR3を含む構造ドメインを1つ以上有する、<1>に記載の抗体。
<3>前記(b)で示されるエピトープに結合する抗体が、配列番号5で示されるアミノ酸配列からなるCDR1と、配列番号6で示されるアミノ酸配列からなるCDR2と、配列番号7で示されるアミノ酸配列からなるCDR3を含む構造ドメインを1つ以上有する、<1>に記載の抗体。
<4>単一ドメイン抗体、少なくとも1つの当該単一ドメイン抗体を含む単一ドメイン抗体多量体、又は少なくとも1つの当該単一ドメイン抗体と他の分子を連結させた抗体のいずれかである、<1>~<3>のいずれかに記載の抗体。
<5>前記単一ドメイン抗体がヒト化された特徴を有する、<4>に記載の抗体。
<6><1>~<5>のいずれかの抗体をコードする核酸。
<7><1>~<5>のいずれかの抗体を含む、SARS-CoV-2感染症の治療薬。
<8>前記(a)で示されるエピトープに結合する抗体と前記(b)で示されるエピトープに結合する抗体を組み合わせてなる、SARS-CoV-2感染症の治療薬。
【0038】
<9>単一ドメイン抗体がVHH抗体である、<4>又は<5>記載の抗体。
<10>構造ドメインが、第1フレームワーク領域(FR1)、CDR1、第2フレームワーク領域(FR2)、CDR2、第3フレームワーク領域(FR3)、CDR3及び第4フレームワーク領域(FR4)をこの順に有するものである、<2>又は<3>の抗体。
<11>FR1~FR4が以下のアミノ酸配列からなる、<10>の抗体。
FR1:配列番号8で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
FR2:配列番号9で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列、配列番号13で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
FR3:配列番号10で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列、配列番号14で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
FR4:配列番号11で示されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列
<12>FR1-CDR1-FR2-CDR2-FR3-CDR3-FR4がこの順で連結され、CDR1が配列番号2で示されるアミノ酸配列、CDR2が配列番号3で示されるアミノ酸配列、CDR3が配列番号4で示されるアミノ酸配列であり、FR1が配列番号8で示されるアミノ酸配列、FR2が配列番号9で示されるアミノ酸配列、FR3が配列番号10で示されるアミノ酸配列、FR4が配列番号11で示されるアミノ酸配列である構造ドメイン(配列番号12)を有する、<11>の抗体。
<13>FR1-CDR1-FR2-CDR2-FR3-CDR3-FR4がこの順で連結され、CDR1が配列番号5で示されるアミノ酸配列、CDR2が配列番号6で示されるアミノ酸配列、CDR3が配列番号7で示されるアミノ酸配列であり、FR1が配列番号8で示されるアミノ酸配列、FR2が配列番号13で示されるアミノ酸配列、FR3が配列番号14で示されるアミノ酸配列、FR4が配列番号11で示されるアミノ酸配列である構造ドメイン(配列番号15)を有する、<11>の抗体。
【実施例0039】
(実施例1)VHHのスクリーニング
1-1.スクリーニングの標的分子
標的分子として、Biotinylated SARS-CoV-2 S protein、His、Avitagtm、Super stable trimer(ACROBiosystems)、SARS-CoV2 Spike RBD(L452R、T478K) Fc tag(ACROBiosystems)、Biotinylated SARS-CoV-2 Spike RBD、His、Avitagtm(B.1.1.529/Omicron)(ACROBiosystems)を用いた。
【0040】
1-2.人工ヒト化VHH提示cDNA displayの合成
1-2-(1)mRNA-リンカー連結体の合成
ヒト化人工VHHサブライブラリ(PharmalogicalTM DNA library)(Epsilon Molecular Engineering)を鋳型として、T7 RiboMAX Express Large Scale RNA Production System(Promega)を用いて37℃、30分間転写反応を行った。転写反応後、RQ1 RNase-free DNase(Promega)を加えて37℃、15分間反応させ、RNAclean XP(Beckman Coulter)を用いてRNAを精製した。RNA濃度をNanoPad DS-11(Denovix)を用いて測定後、終濃度が200mM NaCl、 50 mM Tris-HCl(pH7.5)、1μM mRNA、1μM cnvK linkerになるように試薬を混合した。本混合液を(s1)90℃、1分、(s2)70℃、1分、(s3)4℃ のプログラムで熱処理した後、UVP closslinker cl-3000を用いて総エネルギー量が406mJ/cm2となるまで254nmのUVを照射し、mRNA-リンカー連結体を得た。
【0041】
1-2-(2)cDNA displayディスプレイ分子の合成
上記方法で得られた各サブライブラリのmRNA-リンカー連結体を混合した後、600μLのmRNA-リンカー連結体から1.6mLの無細胞翻訳液(Purefrex 1.0)(Gene Frontier)を調製し、37度、30分間インキュベートした。次いで、1MのMgCl2及び3MのKClをそれぞれ最終濃度75mM、900mMとなるように加え、37℃で1時間インキュベートした。次いで、0.5M EDTA(pH 8.0)を最終濃度70mMになるように加えて、4℃で5分間インキュベートし、mRNA display溶液(全量3.2mL)を得た。得られたmRNA display溶液を1.92 mLのDynabeads Streptavidin MyOne C1 (Thermo Scientific)を用いて、添付のプロトコルに従って精製した。mRNAディスプレイ固定化ビーズに対して、320μLの5xRT Buffer(Nippon GENE)、64μLの25mM dNTPs、32μLのReverse Transcriptase(200U/mL、Nippon GENE)、及び1184μLの超純水から成る逆転写反応溶液を加え、42℃にて1時間反応した。
上記反応物を、RNaseT1(Thermo Fisher Scientific)を含む500μLの溶出バッファーでビーズから溶出させ、その後、400μLのHis-Magセファロース(Cytiva)を用いてcDNA displayを精製し、50μLのHis-Mag溶出液で溶出し、人工ヒト化VHH提示cDNA display分子(cDNA-リンカー-ペプチド連結体)を得た。
【0042】
1-3.抗SARS-CoV-2 VHH抗体のスクリーニング
1-3-(1)SARS-CoV-2 Sタンパク質に対するセレクション
200μg/mLのBiotinylated SARS-CoV-2 S protein, His,Avitagtm, Super stable trimer(以下、SAR―S-CoV-2 S trimerとよぶ)35μLを15μLのPBSで希釈し、1μMのSARS-CoV2 S trimer溶液とした。本溶液50μLに、mRNA-リンカー連結体600pmolスケールから上記の方法より調製した人工ヒト化VHH提示cDNA display溶液47μL、10% Tween 20 0.5μL、5mg/mL Heparin溶液 2.5μLを順次加え、4℃で30分間インキュベートした。次に、このcDNA display混合液を120μLの磁性ビーズ(DynabeadsMyone streptavidin C1)(ベリタス)に加え、4℃で30分間転倒混和し、上清を除去後、磁性ビーズをPBS-Tで3回洗浄し、溶出操作後、溶出液からAMpure XP(Beckman Coulter)を用いてcDNA displayを回収した。
【0043】
1-3-(2)抗SARS-CoV-2 Sタンパク質結合DNAライブラリの調製
上記で得られたcDNA display回収サンプルをPCRに供した。cnvK NewYtag for polyA(配列番号16)と PL_T7pro(配列番号17)をプライマーとし、PrimeSTAR Max(タカラバイオ)によりアニーリング温度60℃、伸長反応35秒の条件でPCRを行った。得られたPCR産物をAMpure XP(Beckman Coulter)を用いて当該製品の使用説明書に従って精製し、抗SARS-CoV-2 Sタンパク質結合DNAライブラリとした。
【0044】
1-3-(3)SARS-CoV-2 RBD delta変異株(L452R、T478K)のビオチン化
5.9μMのSARS-CoV2 Spike RBD(L452R、T478K)Fc tag(ACROBiosystems)溶液100μLに、それぞれ1mMビオチン化試薬(EZ-LinkTMSulfo-NHS-PEG12-Biotin、Thermo Fisher Scientific)を11.8μL加え、室温で1時間反応させた。ZebaTM Spin Desalting Columns、7K MWCO、0.5 mL(Thermo Fisher Scientific)を説明書に従いPBSに置換し、反応液を加え1500xg、2分間遠心することで反応液のBufferをPBSに置換して、未反応のビオチン化試薬を除去し、各Biotinylated SARS-CoV-2 RBD delta変異株を得た。
【0045】
1-3-(4)抗SARS-CoV-2 RBD変異株VHH抗体スクリーニング(ラウンド1)
上記1-3-(2)で得られた抗SARS-CoV-2 Sタンパク質結合DNAライブラリを鋳型として、上記1-2-(1)と同様の方法にてmRNA-リンカー連結体を得た後、Delta変異株、Omicron変異株に対して、それぞれ20μLのmRNA-リンカー連結体から上記1-2-(2)と同様の方法にてcDNA display溶液を調製した。PBSで希釈した各cDNA display溶液47μLに、500nMのBiotinylated SARS-CoV-2 RBD変異株溶液50μL、10% Tween 0.5μL、5mg/mL Heparin溶液 2.5μLを順次加え、4℃で1時間インキュベートした。次に、このcDNA display混合液を40μLの磁性ビーズ(DynabeadsMyone streptavidin C1)(ベリタス)に加え、4℃で30分間転倒混和し、上清を除去後、磁性ビーズをPBS-Tで3回洗浄し、溶出操作後、溶出液からAMpure XP(Beckman Coulter)を用いてcDNA displayを回収した。本回収サンプルを上記3-2と同様の方法にてPCRに供した。
【0046】
1-3-(5)抗SARS-CoV-2 RBD変異株VHH抗体スクリーニング(ラウンド2及び3)
上記1-3-(4)で得られた各変異株のPCR産物を鋳型として、上記3-4と同様の方法にてcDNA display溶液を調製した。PBSで希釈した各cDNA display溶液44.5μLに、200nMのBiotinylated SARS-CoV-2 RBD変異株溶液50μL、10% Tween 0.5μL、10mg/mL BSA 溶液 5μLを順次加え、4℃で1時間インキュベートした。次に、このcDNA display混合液を20μLの磁性ビーズ(DynabeadsMyone streptavidin C1)(ベリタス)に加え、4℃で30分間転倒混和し、上清を除去後、磁性ビーズをPBS-Tで3回洗浄し、溶出操作後、溶出液からAMpure XP(Beckman Coulter)を用いてcDNA displayを回収した。回収したcDNA display溶液から、PCR増幅を経て、本操作を更に1回実施し、抗SARS-CoV-2 RBD変異株(delta&omicron)VHH抗体DNAライブラリを得た。
【0047】
(実施例2)抗SARS-CoV-2 RBD変異株(delta&omicron)VHH抗体DNAライブラリからの陽性クローンの同定
2-1.VHH発現プラスミドライブラリの作成
上記のスクリーニングによって選抜したVHHをコードするDNAライブラリを、VHH発現用のプラスミドベクターにクローニングした。まず、スクリーニングによって取得したDNAライブラリに対して、制限酵素処理するための配列をPCRにより付加し、PCR産物を得た。反応液は、25μLのPrimeSTAR MAX、1μLのスクリーニング産物、それぞれ10pmolのPL_VHH_SfiI-NcoI_FW(配列番号18)及び PL_VHH_BamHI-NotI_RV(配列番号19)を超純水で50μLに調整した。PCRプログラムは、アニーリング温度を55℃、伸長時間を15秒でPCR反応を25サイクル行った。このPCR産物とC.glutamicum発現プラスミドベクターとを、制限酵素BamHIを用いて、37℃にて1時間処理し、その後、制限酵素SfiIを用いて、50℃にて1時間処理した。InsertDNAとなるPCR産物由来の反応液をAMPureXPで精製し、プラスミドベクター由来の反応産物は1%アガロースゲルで100V、30分電気泳動に供して切り出し精製を行った。精製したプラスミドベクターDNAを脱リン酸化酵素Fast AP Thermosensitive Alkaline Phosphatase(Thermo Fisher Scientific)を用いて、37℃にて1時間脱リン酸化反応させた。その後、Insert DNAとプラスミドベクターDNAとのモル比が1:10になるように混合し、Ligation high(東洋紡)を用いて、16℃にて一晩でライゲーション反応を行い、選抜VHHライブラリが導入されたプラスミドライブラリを取得した。
【0048】
2-2.コリネ菌を用いた選抜済みVHHを含む培養上清の取得
電気穿孔法により各プラスミドライブラリをCorynebacterium glutamicumへ導入し、形質転換体とした。得られた形質転換体をCM2G培地に植菌し、30℃にて一晩培養を行った。その後、前記培養液をVHH発現用培地PM1S培地に継代し、25℃にて72時間培養を行って、培養上清中にVHHの分泌発現を行った。培養上清の回収は3000xgの遠心操作により行い、さらに0.22μmのフィルター処理により上清から菌体を除去した。
【0049】
2-3.バイオレイヤー干渉法によるsingle point binding assay
Octet RED384(Fortebio)を用いて、上記で産生したVHHクローンをHis1Kセンサーチップに固相化して各ターゲット分子に対する結合活性を測定した。リガンドとしてSARS-CoV-2 Spike RBD(L452R、T478K)、Fc Tag(Acro Biosystems)の濃度を200nMに調製し、70μLの測定液を384ウェルプレートに添加して各標的分子の結合を測定した。測定前にDip and Read
TM His1K Biosensors(Fortebio)の先端を200μLのPBS-T(0.05% Tween20、pH 7.4)に10分間浸漬させて、センサーチップを水和させた。ラン測定毎の測定順の条件は以下の通りとした。
1)Baselinestep:PBS-T中で30秒間の測定。
2)Loadingstep:PBS-Tで50倍希釈したVHHで60秒間の測定。
3)Baselinestep:PBS-T中で30秒間の測定。
4)Associationstep:PBS-Tで希釈し調製した各ターゲット分子で100秒間の測定。
5)Dissociationstep:PBS-T中で100秒間の測定。
6)Regeneration step:Glycine-HCl(pH 2.2)中で5秒間測定、PBS-T中で30秒間の測定。この工程を3回繰り返す。得られたデータはOctetソフトウェアバージョン(1.2.1.5)(Molecular Devices)を用いて処理した。解析の結果を
図1に示す。Binding Responseが0.1nm以上の値を示したものを陽性クローンとすることにより、VM793及びVM800を陽性クローンとして選抜した。
【0050】
2-4.陽性クローンをコードする塩基配列の解析
2-3にて選抜した陽性クローンについて各VHH遺伝子の塩基配列を特定した。各陽性クローンである形質転換体を37℃にて一晩培養を行い、この培養液についてコロニーPCRを行った。得られたPCR産物に10unitsのExonuclease I(E.coli)(New England Biolabs)及び0.5 unitsのShrimp Alkaline Phosphatase(rSAP)(New England Biolabs)を加え、37℃で45分反応させた後、80℃で15分反応させて失活させた。各反応液を用いてDNAのシーケンス解析をEurofins genomicsに外注した。その結果、VM793及びVM800をコードする塩基配列はそれぞれ(配列番号20)及び(配列番号21)であることがわかった。また、VM793及びVM800をコードするアミノ酸配列はそれぞれ(配列番号12)及び(配列番号15)であることがわかった。当該アミノ酸配列において、VM793では1~25番がFR1、26~35番がCDR1、36~49番がFR2、50~59番がCDR2、60~98番がFR3、99~113番がCDR3、114~124番がFR4であり、VM800では1~25番がFR1、26~35番がCDR1、36~49番がFR2、50~58番がCDR2、59~97番がFR3、98~109番がCDR3、110~120番がFR4である。
【0051】
(実施例3)プロテアーゼ欠損組換え枯草菌を用いたVM793及びVM800の生産
3-1. VHH発現用プラスミドの構築
pHY300PLKをベースとして作製された組換え プラスミドpHY-S237(特開2014-158430)をテンプレートとし、5’-GATCCCCGGGAATTCCTGTTATAAAAAAAGG-3’(配列番号22)と5’-ATGATGTTAAGAAAGAAAACAAAGCAG-3’(配列番号23)のプライマーセットとPrimeSTAR Max DNAポリメラーゼ(TaKaRa)を用いたPCRによりプラスミド配列を増幅した。Bacillus subtilis 168株のゲノムをテンプレートとし、5’-GAATTCCCGGGGATCTAAGAAAAGTGATTCTGGGAGAG-3’(配列番号24)と5’-CTTTCTTAACATCATAGTAGTTCACCACCTTTTCCC-3’(配列番号25)のプライマーセットを用いたPCRによりspoVG遺伝子由来のプロモーターDNAを増幅した。得られたプロモーターDNAを、In-Fusion HD Cloning Kit(Takara)を用いてプラスミド配列に組み込み、spoVGプロモーターと連結されたVHH発現用プラスミドを構築した。
【0052】
3-2.Hisタグ付きVM793及びVM800生産用プラスミドの設計
VH793(配列番号12)及びVM800(配列番号15)のC末端にGS+Hisタグ(配列番号26)が付与されたものをHisタグ付きVM793(配列番号27)及びHisタグ付きVM800(配列番号28)としてアミノ酸配列を設計した。枯草菌による生産のために、Hisタグ付きVH793塩基配列(配列番号29)及びHisタグ付きVH800塩基配列(配列番号30)をGenescript社のGenPlusクローニングによって3-1で構築したVHH発現用プラスミドの配列番号31と配列番号32の間に組み込む形で合成した。
【0053】
3-3.VM793及びVM800生産用プラスミドの設計
上記3-2にて作製されたHisタグ付きVM793発現用プラスミド及びHisタグ付きVM800発現用プラスミドを鋳型DNAとして、VM793発現用プラスミド及びVM800発現用プラスミドをそれぞれ作製した。VM793発現用プラスミドはHisタグ付きVM793発現用プラスミドを鋳型として5’-GTGACAGTCTCTTCATAATCTATTAAACTAGTTATAGGGTTATC-3’(配列番号33)と5’-TGAAGAGACTGTCACCAACG-3’(配列番号34)のプライマーセットとPrimeSTAR Max DNAポリメラーゼ(TaKaRa)を用いたPCRによりプラスミド配列を増幅し、得られたPCR産物を3-4に示す方法で枯草菌に形質転換することで作製した。VM800発現用プラスミドはHisタグ付きVM800発現用プラスミドを鋳型として5’-GTGACAGTCTCTTCATAATCTATTAAACTAGTTATAGGGTTATC-3’(配列番号33)と5’-TGAAGAGACTGTCACCAACG-3’(配列番号34)のプライマーセットとPrimeSTAR Max DNAポリメラーゼ(TaKaRa)を用いたPCRによりプラスミド配列を増幅し、得られたPCR産物を3-4に示す方法で枯草菌に形質転換することで作製した。
【0054】
3-4.組換え枯草菌の作製
Bacillus subtilis 168株(以下、168株という)から、特許第4485341号に記載されている方法に従って、細胞外プロテアーゼ遺伝子(epr、wprA、mpr、nprB、bpr、nprE、vpr、aprE、aprX)の欠損株を作製した。また、特許第4336082に記載されている方法に従い、上記9種の細胞外プロテアーゼ遺伝子を全て欠損している枯草菌株Dpr9から、胞子形成に関与するsigF遺伝子を欠損させた。得られた細胞外プロテアーゼ多重欠損株をDpr9ΔsigFと記載する。
Dpr9ΔsigFへのプラスミド又はPCR産物の導入は以下に示すプロトプラスト法によって行った。1mLのLB液体培地にグリセロールストックしたDpr9ΔsigFを植菌し、30℃、210rpmで一晩振とう培養した。翌日、新たな1mLのLB液体培地にこの培養液を10μL植菌し、37℃、210rpmで約2時間振とう培養した。この培養液を1.5mLチューブに回収し、1,2000rpmで5分間遠心し、上清を除去したペレットを4mg/mLのLysozyme(SIGMA)を含む500μLのSMMP(0.5Mシュークロース、20mMマレイン酸二ナトリウム、20mM塩化マグネシウム6水塩、35%(w/v)Antibiotic medium 3(Difco))に懸濁し、37℃で1時間インキュベートした。次いで、3,500rpmで10分間遠心し、上清を除去したペレットを400μLのSMMPに懸濁した。この懸濁液33μLを各種プラスミドと混合し、さらに40%PEGを100μL添加してボルテックスした。この液に350μLのSMMPを加えて転倒混和し、30℃、210rpmで1時間振とうした後、DM3寒天培地プレートに全量塗布し、30℃で2~3日間インキュベートした。
【0055】
3-5.VHH産生
3-4で作製した組換え枯草菌を1mLの50ppmテトラサイクリンを含むLB培地に植菌し、32℃で一晩往復振とうし、前培養液とした。Dpr9ΔsigFは、前培養液をひだ付き三角フラスコに入れた20mLの2×L-mal培地に1%接種し、30℃で72時間振とう培養した。培養終了時に1mLの培養液をマイクロチューブにて4℃、15,000rpm、5分間遠心し、上清を回収した。Hisタグ付きVHHについてはNi-NTAアガロースビーズ(富士フィルム和光純薬)を、その他のVHHはAmsphereTM A3(JSR Life Sciences)を用い、キットのプロトコルに従って精製した。
【0056】
2μLの精製した各VHHの水溶液(共に1mg/mL)、5μLのNuPAGE(商標)LDS Sample Buffer(4×)(Thermo Fisher Scientific)、2μLのNuPAGE(商標)Sample Reducing Agent (10×)(Thermo Fisher Scientific)、4.11μLのH
2Oを混合し、100℃で加熱した。その後、10μLのサンプル溶液をゲルのウェルにアプライした。分子量マーカーとして、5μLのNovex(商標)Sharp Pre-stained Protein Standard(Thermo Fisher Scientific)もゲルのウェルにアプライした。ゲルはNuPAGE(商標)10%,Bis-Tris,1.0mm,Mini Protein Gel,12-well(Thermo Fisher Scientific)を用いた。泳動用緩衝液にはNuPAGE(商標)MES SDS Running Buffer (20×)(Thermo Fisher Scientific)を水で20倍希釈して調製した緩衝液を用いた。XCell SureLock(商標)ミニセル電気泳動システム(Thermo Fisher Scientific)を泳動槽として用い、PowerEase(商標)90W Power Supply(Thermo Fisher Scientific)に接続して200Vの電圧で40分間電気泳動を行った。その後、ゲルをGelCode(商標)Blue Stain Reagent(Thermo Fisher Scientific)を用いて染色し、目的タンパク質のバンドの有無を確認した。その結果、いずれのVHHも高純度に生産できたことが明らかになった(
図2)。
【0057】
(実施例4)表面プラズモン共鳴法によるVHHの結合活性の評価
4-1.Hisタグ付きVM793の結合活性の評価
Biacore 8K(Cytiva)を用いて、Hisタグ付きVM793のDelta型及びオミクロン型(B.1.1.529型)のRBDへの結合活性を評価した。Biotin capture kit、Series S(Cytiva)を用いて、Aviタグ付きDelta型RBD[Acrobiosystem,Biotinylated SARS-CoV-2 Spike RBD (L452R, T478K)、His、Avitag(商標) (MALS verified)]、Aviタグ付きB.1.1.529型RBD[Biotinylated SARS-CoV-2 Spike RBD, His、Avitag(商標)(B.1.1.529/Omicron)(MALS verified)]をリガンドとしてセンサーチップ(Series S、Sensor Chip CAP)(Cytiva)に固定化した。その後、アナライトとしてHisタグ付きVM793を流し、Single-cycle kineticsモードで両者の結合活性を測定した。ランニング緩衝液にはHBS-EP+ Buffer(Cytiva)を用いた。詳細な測定順序は以下の通りである。まずはRBDのセンサーチップへの固定化を行った。流速を2μL/minに設定し、キットに付属のBiotin CAPture reagentを300秒間流した。その後、ランニング緩衝液で0.5μg/mLに希釈したRBDを流速2μL/minで180秒間流して、センサーチップへの固定化を行った。次に、結合活性の測定を行った。流速を30μL/minに設定し、ランニング緩衝液で適当な濃度に希釈したVHHをContact Timeを180秒、Dissociation Timeを600秒に設定して流すことで、RBDとVHHの相互作用を測定した。最後に、センサーチップ表面の再生を行った。流速を10μL/minに設定し、350mM EDTA溶液(pH8.0)を60秒間添加することでセンサーチップに固定化されたRBDを溶離した。測定終了後にBiacore Insight Evaluation Evaluation Software(Cytiva)を用いて、1:1 binding modelによる解析を行った。
【0058】
結果を
図3及び表1に示す。Hisタグ付きVM793はDelta型及びB.1.1.529型のRBDに対して、良好な結合活性を示すことが明らかになった。
【0059】
【0060】
4-2.Hisタグ付きVM800の結合活性の評価
上記の4-1の方法に従い、Hisタグ付きVM800のDelta型及びオミクロン型(B.1.1.529型)のRBDへの結合活性を評価した。結果を
図4及び表2に示すが、いずれのRBDに対しても良好な結合活性を示すことが明らかになった。
【0061】
【0062】
4-3.VM793の結合活性の評価
上記の4-1の方法に従い、Wuhan型[Acrobiosystem社,Biotinylated SARS-CoV-2 Spike RBD,His,Avitag(商標)(MALS verified)]、Delta型[Acrobiosystem,Biotinylated SARS-CoV-2 Spike RBD(L452R,T478K),His,Avitag(商標)(MALS verified)]、B.1.1.529型[Biotinylated SARS-CoV-2 Spike RBD,His,Avitag(商標) B.1.1.529/Omicron)(MALS verified)]、BA.4/5型[Acrobiosystem,Biotinylated SARS-CoV-2 Spike RBD, His,Avitag(商標)(BA.4&BA.5/Omicron)(MALS verified)],BA.2.75型[Acrobiosystem,Biotinylated SARS-CoV-2 Spike RBD,His,Avitag(商標)(BA.2.75/Omicron)(MALS verified)]のRBDに対して、VM793の結合活性を評価した。結果を
図5及び表3に示すが、VM793はいずれの変異株に対しても非常に良好な結合活性を示した。つまり、VM793が様々な変異株に幅広く結合活性を有することが明らかになった。
【0063】
【0064】
4-4.表面プラズモン共鳴法によるVM800の結合活性の評価
上記の4-1の方法に従い、Wuhan型、Delta型、B.1.1.529型、BA.4/5型、BA.2.75型のRBDに対して、VM800の結合活性を評価した結果を
図6及び表4に示す。VM800はWuhan型及びDelta型に対して良好な結合活性を示した。一方で、B.1.1.529型への結合活性はやや低下傾向にあり、BA.4/5型及びBA.2.75型への結合は検出されなかった。
【0065】
【0066】
(実施例5)培養細胞を用いたVHHのSARS-CoV-2中和活性の評価
5-1.ヒトACE2(Angiotensin-Converting Enzyme 2)導入293T細胞の構築
レンチウイルスベクターを用いて、293T細胞(ATCC)にヒトACE2を導入し、ハイグロマイシン(ナカライ)で選択培養を行い、定常的にヒトACE2を発現させた。これにより作製された培養細胞を293T/ACE2細胞と呼ぶ。
【0067】
VM793及びVM800を供試した。各VHHは100μg/mLまたは33.3μg/mLを最高濃度とし、3倍希釈系列を作製した。各濃度のVHHは1ウェルあたり100μLになるようにU底96ウェルプレート(ビオラモ)に分注した。供試したウイルス株を表5に示す。各ウイルス株は培養細胞への感染時にMOI(Multiplicity of Infection)=5(RNAコピー)になるように調整した。100μLの調整した各ウイルス液を100μLのVHH液と混合し、37℃で2時間反応させた後、4℃で16時間インキュベートした。
【0068】
【0069】
100%のコンフルエントになるように培養された293T/ACE2細胞は、1ウェルあたり100uLの2%Fetal Bovine Serum(FBS)含有培地(ダルベッコ変法イーグル培地;ナカライ)に置換した。100uLのウイルス-VHH混合液を293T/ACE2細胞に添加し、37℃、5%CO2存在下で48時間培養した。
【0070】
48時間後に293T/ACE2細胞の培養上清中のウイルス量(RNAコピー数)をqPCRで測定した。定量PCRにはSARS-CoV-2 Detection Kit(Toyobo)を用いた。培養上清3μLを前処理液3μLと混合し、そのうちの3μLをRT―PCR反応液(反応液15μL、酵素液2.5μL、プライマー・プローブ液2.5μL)に加えて、LightCycler(登録商標)96にて定量PCRを行った。反応条件は、逆転写反応42度・5分、プレ変性95度・10秒、サイクル反応[変性95℃・1秒、会合50℃・3秒、伸長55℃・10秒]45サイクルで検出を行った。
【0071】
培養上清中に含まれるSARS-CoV-2のRNAコピー数をもとに、VM793及びVM800の各SARS-CoV-2変異株に対する細胞への感染阻害率(
図7)及び50%阻害濃度(IC
50)(表6、表7)を算出した。その結果、VM793はDelta株、BA.1.18株、BA.2株、BA.5.2.1株、BQ.1株に対して良好な中和活性を示すことが確認された。また、VM800に関してはDelta株、BA.1.18株に対して良好な中和活性を示すことが確認された。
【0072】
【0073】
【0074】
(実施例6)培養細胞を用いたVHHカクテルのSARS-CoV-2中和活性の評価
実施例5に記載の方法に従って、VM793及びVM800を混合した際のSARS-CoV-2に対する中和活性を評価した。ウイルス株としてはVM793及びVM800が中和活性を示すことが確認されたKUH003株を用いた。VM793及びVM800の混合は両VHH濃度を33μg/mLに調製した後、等量混合し、総VHH量を66μg/mLになるように行った。VM793及びVM800を混合したものをVM793・VM800カクテルと呼ぶ。
【0075】
培養上清中に含まれるSARS-CoV-2のRNAコピー数をもとに、VM793、VM800、VM793・VM800カクテルの各SARS-CoV-2変異株に対する細胞への感染阻害率(
図8)及びIC
50(表8)を算出した。その結果、VM793、VM800を混合することにより、SARS-CoV-2に対する細胞への感染阻害率が相乗的に向上することが確認された。
【0076】
【0077】
(実施例7)SARS-CoV-2 RBDに対するVHHの結合部位解析
VM793、VM800のSARS-CoV-2 RBD変異株(delta株)における結合部位を決定するために、自動 HDX2システム (LEAP Technologies) を使用して水素/重水素交換質量分析 (HDX-MS)を実施した。抗原として、SARS-CoV-2 Spike RBD(L452R,T478K),His Tag(MALS verified)(Acro Biosystems)を用いた。当該抗原のアミノ酸配列は配列番号1で示されるアミノ酸配列のC末端にリンカーを介したHisタグ(配列番号35)が付与された配列番号36である。自動HDX2システムは、超高速液体クロマトグラフィー(Water、nano Acquity UPLC)質量分析計(Waters、Synapt XS)、LEAP PAL(Trajan Automation、NC)から構成した。各評価サンプルのタンパク質の最終濃度は25μMに設定した。リファレンス及び重水素サンプルは、3μLの各評価サンプルを57μLの軽水バッファー(10mM リン酸カリウム、pH7.0)及び重水バッファー(10mM リン酸カリウム, pD 7.0)でそれぞれ希釈することで調製した。重水素交換温度及び時間は、20℃で、0.5分、1分、10分、60分、240分の5種類のタイムポイントを使用した。希釈後、タンパク質サンプルを50μLの氷冷クエンチバッファー(100mM リン酸カリウム、4M 塩酸グアニジン、200mM TCEP, pH2.3、0℃)でクエンチした。90 μLのクエンチサンプルをHDXモジュールに注入し、70μL/minの流速で3分間オンラインペプシンカラム(Waters Enzymate BEH pepsin)にてタンパク質消化を行った後、ペプチド断片をトラップカラム(Waters、Acquity BEH C18 Vanguard 1.7μm)にてトラップした。その後、ペプチドを0.1%ギ酸含有超純水/アセトニトリル系による17分間のグラジエント条件(アセトニトリルとして5~95%)にて分析カラム(Waters、Acquity BEH C18:1.7μm)を使用して精製し、Waters Synapt XSにエレクトロスプレー後、質量/電荷 (m/z) の取得ウィンドウを50-2000に設定してペプチド断片の質量を検出した。ロックマス補正は、500f/mol のGluFib(785.8426 m/z, Sigma-Aldrich)の間欠注入にて実施した。SARS-CoV―2 RBD delta株のMSE解析からペプチドを同定し、ProteinLynx Global Serverソフトウェア(Waters)を使用してデータを解析した。その後、PLGSで同定されたペプチドをDynamX 3.0 software(Waters)で使用した。各ペプチドの重水素取り込みは、重水素化サンプルと未重水素化サンプルの質量エンベロープのセントロイドを比較することによって計算した。HDXデータは、すべてのHDX時点において、RBDとVHHの遊離状態と複合状態の2つの状態間の同一ペプチドの重水素取り込み量の差を計算し、合計することで解析した。両タンパク質状態の同一ペプチドで比較したため、HDXデータ解析では逆交換補正係数は適用しなかった。
【0078】
その結果、VM793とSARS-CoV-2 RBD変異株の重水素取り込みは、遊離及び抗原-抗体結合状態で一般的に観察される124のペプチドについて観測された。このうち重水素交換度の算出に至ったペプチドは48本であり、RBDのペプチド配列の 95.4%をカバーした。VM793の結合による重水素取り込みの有意な減少は、配列番号1で示されるRBDのアミノ酸配列の33番目のチロシンから43番目のシステインまでのアミノ酸領域と、124番目のアスパラギン酸から137番目のロイシンまでの領域にて観察された(
図9)。そのため、RBDにおける当該領域がVM793の結合部位を含むアミノ酸配列であることがわかった。即ち、VM793はRBDに対して既知のSARS-CoV-2中和抗体とは異なる結合部位を示すことがわかった。
VM800とSARS-CoV-2 RBD変異株の重水素取り込みは、遊離及び抗原-抗体結合状態で一般的に観察される217のペプチドについて観測された。このうち、重水素交換度の算出に至ったペプチドは45本であり、RBDペプチドの 81.4%をカバーした。VM800の結合による重水素取り込みの有意な減少は、配列番号1で示されるRBDのアミノ酸配列の51番目のチロシンから56番目のフェニルアラニンまでのアミノ酸領域と、178番目のグリシンから194番目のバリンまでの領域にて観察された(
図10)。そのため、RBDにおける当該領域がVM800の結合部位を含むアミノ酸配列の領域であることがわかった。
【0079】
SARS-CoV-2のRBDのアミノ酸配列(QHR63250.2)をもとに、SARS-CoV-2変異株(Delta株、BA1株、BA2.75株、BA4/5株)において代表的な変異を反映させたアミノ酸配列を作製し、ClustalWによるアライメントを行った。当該アライメント結果に対して、VM793の結合領域(
図11)を示す。Wuhan株、Delta株、BA1株、BA2.75株、BA4/5株のRBDに対して良好な結合活性を示すVM793は、RBD上における独立した2ヵ所のアミノ酸領域(配列番号1の33番目のチロシンから43番目のシステインまでのアミノ酸領域と、124番目のアスパラギン酸から137番目のロイシンまでのアミノ酸領域)に結合部位を有する。このうち、配列番号1の33番目のチロシンから43番目のシステインまでのアミノ酸領域にはアミノ酸配列の変異が認められず、このことがSARS-CoV-2の様々な変異株に結合活性を維持している理由であることが考えられた。また、配列番号1の124番目のアスパラギン酸から137番目のロイシンまでのアミノ酸領域では、変異株毎に特徴的なアミノ酸配列の変異が認められるが、結合活性(表3)及び中和活性(表6)の結果より、当該領域において認められるアミノ酸変異はVM793の結合様式に大きな影響を与えておらず、VM793が当該アミノ酸領域に結合部位をもつことが、SARS-CoV-2の様々な変異株に結合活性及び中和活性を維持している理由であることが考えられた。
【0080】
当該アライメント結果に対して、VM800の結合領域(
図12)を示す。Wuhan株、Delta株に対して良好な結合活性を示すVM800は、RBD上における独立した2ヵ所のアミノ酸領域(配列番号1の51番目のチロシンから56番目のフェニルアラニンまでのアミノ酸領域と、178番目のグリシンから194番目のバリンアミノ酸領域)に結合部位を有する。即ち、VM800はRBDに対してVM793とは異なる結合部位を示すことがわかり、このことがVM793・VM800カクテルのSARS-CoV-2中和活性がVM793またはVM800を単独で用いた場合よりも相乗的に向上する理由であると考えられた。