(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024016527
(43)【公開日】2024-02-07
(54)【発明の名称】電磁摩擦クラッチ装置
(51)【国際特許分類】
F16D 27/10 20060101AFI20240131BHJP
F16D 27/115 20060101ALI20240131BHJP
【FI】
F16D27/10 Z
F16D27/115 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022118717
(22)【出願日】2022-07-26
(71)【出願人】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110002583
【氏名又は名称】弁理士法人平田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】唐 寛
(57)【要約】
【課題】リターンスプリングとして機能する弾性部材の反力による電力損失を抑制することが可能な電磁摩擦クラッチ装置を提供する。
【解決手段】クラッチ装置1は、同軸上で相対回転可能な第1回転要素2及び第2回転要素3と、第1回転要素2と第2回転要素3との間に配置された複数の摩擦部材40と、複数の摩擦部材40を軸方向に押圧して摩擦力を発生させる押圧部材51と、押圧部材51を移動させる磁力を発生する電磁コイル52とを備える。第1回転要素2は、押圧部材51の押圧力を複数の摩擦部材40を介して受ける押圧力受け部200を有し、複数の摩擦部材40のうち押圧力受け部200に対向する一つの摩擦部材40と押圧力受け部200との間に、押圧部材51の押圧力によって軸方向に圧縮されて反力を発生するリターンスプリング54が配置されている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
同軸上で相対回転可能な第1回転要素及び第2回転要素と、前記第1回転要素と前記第2回転要素との間に配置された複数の摩擦部材と、前記複数の摩擦部材を軸方向に押圧して摩擦力を発生させる押圧部材と、前記押圧部材を移動させる磁力を発生する電磁コイルとを備え、
前記第1回転要素は、前記押圧部材の押圧力を前記複数の摩擦部材を介して受ける押圧力受け部を有し、
前記複数の摩擦部材のうち前記押圧力受け部に対向する摩擦部材と前記押圧力受け部との間に、前記押圧部材の押圧力によって軸方向に圧縮されて反力を発生する弾性部材が配置されている、
電磁摩擦クラッチ装置。
【請求項2】
前記複数の摩擦部材は、前記第1回転要素との相対回転が規制された複数の第1摩擦部材と、前記第2回転要素との相対回転が規制された複数の第2摩擦部材とを含み、前記複数の第1摩擦部材と前記複数の第2摩擦部材とが軸方向に交互に配置されており、
前記複数の第1摩擦部材のうち一つの第1摩擦部材が前記押圧力受け部に対向し、当該一つの第1摩擦部材と前記押圧力受け部との間に前記弾性部材が配置されている、
請求項1に記載の電磁摩擦クラッチ装置。
【請求項3】
前記押圧力受け部は、前記一つの第1摩擦部材が当接する当接面を有すると共に、前記当接面から軸方向に窪んで形成された凹部が形成されており、
前記弾性部材が前記凹部に保持されている、
請求項2に記載の電磁摩擦クラッチ装置。
【請求項4】
前記複数の摩擦部材は、潤滑油によって摩擦摺動が潤滑され、
前記複数の摩擦部材のうち少なくとも何れかの摩擦部材における他の摩擦部材との対向面に、当該他の摩擦部材との間隔を前記潤滑油によって広げる油溝が形成されている、
請求項1乃至3の何れか1項に記載の電磁摩擦クラッチ装置。
【請求項5】
前記複数の第1摩擦部材の間隔を広げる弾性離間部材が、前記複数の第1摩擦部材のそれぞれの間に配置されている、
請求項1乃至3の何れか1項に記載の電磁摩擦クラッチ装置。
【請求項6】
前記電磁コイルの通電時に発生する磁束の磁路に前記複数の摩擦部材が含まれない、
請求項1乃至3の何れか1項に記載の電磁摩擦クラッチ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁摩擦クラッチ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、コイルに発生する磁力によって複数の摩擦部材を摩擦係合させ、トルクを伝達する電磁式の摩擦クラッチ装置が自動車の駆動力伝達等の様々な用途に用いられている。特許文献1に記載のものは、回転不能なハウジングと、ハウジングに対して回転可能に支持された出力軸及び入力軸と、出力軸に連結されたハブの外周面にスプライン嵌合した複数の摩擦板と、入力軸の内周面にスプライン嵌合した複数の相手プレートと、コイルを内蔵したヨークと、入力軸にスプライン嵌合したアーマチュアと、ヨークとアーマチュアとの間に配置されたスラスト軸受と、スラスト軸受とヨークとの間に軸方向に挟まれた皿ばねとを備えている。アーマチュアは、相手プレートと向かい合う押圧面を外周側の端部に有している。コイルの通電時には、アーマチュアが皿ばねを圧縮しながらヨーク側に向かって軸方向に移動し、複数の摩擦板及び相手プレートを押圧して摩擦係合させる。コイルの通電が遮断されると、リターンスプリングとして機能する弾性部材である皿ばねの反力(復元力)によってアーマチュアがヨークから軸方向に離間し、複数の摩擦板と相手プレートとの摩擦係合状態が解除される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のように構成されたクラッチでは、アーマチュアが複数の摩擦板及び相手プレートを押圧する押圧力の大きさが、コイルがアーマチュアに作用させる磁力から皿ばねの反力を差し引いた大きさとなり、入力軸と出力軸との間の伝達トルクが皿ばねの反力によって小さくなってしまう。換言すれば、入力軸から出力軸へのトルク伝達時において、複数の摩擦板及び相手プレートを押圧するための磁力に加え、皿ばねを圧縮するための磁力をコイルに発生させなければならず、皿ばねの反力に応じた電力損失が発生すると共にコイルの発熱量も大きくなってしまう。
【0005】
そこで、本発明は、リターンスプリングとして機能する弾性部材の反力による電力損失を抑制することが可能な電磁摩擦クラッチ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記の目的を達成するため、同軸上で相対回転可能な第1回転要素及び第2回転要素と、前記第1回転要素と前記第2回転要素との間に配置された複数の摩擦部材と、前記複数の摩擦部材を軸方向に押圧して摩擦力を発生させる押圧部材と、前記押圧部材を移動させる磁力を発生する電磁コイルとを備え、前記第1回転要素は、前記押圧部材の押圧力を前記複数の摩擦部材を介して受ける押圧力受け部を有し、前記複数の摩擦部材のうち前記押圧力受け部に対向する摩擦部材と前記押圧力受け部との間に、前記押圧部材の押圧力によって軸方向に圧縮されて反力を発生する弾性部材が配置されている、電磁摩擦クラッチ装置を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係る電磁摩擦クラッチ装置によれば、電磁コイルの通電時に弾性部材の反力が複数の摩擦部材を押圧する押圧力となるため、電磁コイルの通電時における電力損失を抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本発明の第1の実施の形態に係るクラッチ装置を示す断面図である。
【
図2】クラッチ装置の構成部材を回転軸線に沿って分解して示す断面図である。
【
図3】第1回転要素の蓋部材を本体部材の底部側から軸方向に見た構成図である。
【
図4】(a)は、第1摩擦部材を示す平面図であり、(b)は、第2摩擦部材を示す平面図である。
【
図5】第1の実施の形態の変形例に係るクラッチ装置を示す断面図である。
【
図6】本発明の第2の実施の形態に係るクラッチ装置を示す断面図である。
【
図7】(a)は、第1回転要素の蓋部材を本体部材の底部側から軸方向に見た構成図である。(b)は、第1摩擦部材を示す平面図である。(c)は、第2摩擦部材を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[第1の実施の形態]
本発明の実施の形態について、
図1乃至4を参照して説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、本発明を実施する上での好適な具体例として示すものであり、技術的に好ましい種々の技術的事項を具体的に例示している部分もあるが、本発明の技術的範囲は、この具体的態様に限定されるものではない。
【0010】
図1は、本発明の第1の実施の形態に係るクラッチ装置1を示す断面図である。
図1では、回転軸線Oよりも上側にクラッチ装置1の非作動状態を示し、回転軸線Oよりも下側にクラッチ装置1の作動状態を示している。
図2は、クラッチ装置1の主な構成部材のそれぞれを回転軸線Oに沿って分解して示す断面図である。以下、回転軸線Oに平行な方向を軸方向といい、回転軸線Oに垂直な方向を径方向という。
【0011】
クラッチ装置1は、第1回転軸部材11と第2回転軸部材12との間で摩擦力によってトルクを伝達する電磁摩擦クラッチ装置であり、例えば車両の駆動源の駆動力を伝達するために用いられる。
図1では、第2回転軸部材12を仮想線(二点鎖線)で示している。
【0012】
クラッチ装置1は、回転軸線Oを中心として同軸上で相対回転可能な第1回転要素2及び第2回転要素3と、第1回転要素2と第2回転要素3との間に配置された複数の摩擦部材40からなる多板クラッチ4と、多板クラッチ4を軸方向に押圧して摩擦力を発生させる押圧部材51と、押圧部材51を移動させる磁力を発生する電磁コイル52と、電磁コイル52を支持するヨーク53と、第1回転要素2に保持された弾性部材であるリターンスプリング54と、第2回転軸部材12が相対回転不能に嵌合する嵌合穴550が形成された円筒状の嵌合部材55と、第1乃至第3の軸受561~563と、第1乃至第3のシール部材571~573とを備えている。
図1では、回転軸線Oよりも下側に、電磁コイル52に通電されたときに発生する磁束の磁路Mを破線で示している。
【0013】
第1回転要素2は、有底円筒状の本体部材21と、本体部材21の開口を塞ぐように配置された蓋部材22とを有し、本体部材21と蓋部材22とが複数のボルト23によって固定されている。本体部材21は、例えばアルミニウム合金等の非磁性金属からなり、円盤状の底部211と円筒状の円筒部212とを一体に有している。底部211には、第1回転軸部材11が複数のボルト111によって固定されている。円筒部212の内周部には、軸方向に延在する複数のスプライン突起212aからなる内周スプライン嵌合部210が設けられている。
【0014】
図3は、第1回転要素2の蓋部材22を本体部材21の底部211側から軸方向に見た構成図である。蓋部材22は、外側磁性体部221、中間磁性体部222、及び内側磁性体部223と、外側磁性体部221と中間磁性体部222との間に配置されたリング状の外側非磁性体部224と、中間磁性体部222と内側磁性体部223との間に配置されたリング状の内側非磁性体部225とを一体に有している。中間磁性体部222は、略円筒状に形成されており、内側非磁性体部225が外側非磁性体部224よりも第1回転要素2の本体部材21における底部211側に配置されている。
【0015】
外側磁性体部221、中間磁性体部222、及び内側磁性体部223は、例えば鉄系金属等の軟磁性金属からなり、中間磁性体部222の径方向外側に外側磁性体部221が配置され、中間磁性体部222の径方向内側に内側磁性体部223が配置されている。外側非磁性体部224及び内側非磁性体部225は、例えばオーステナイト系ステンレス等の非磁性金属からなる。外側非磁性体部224は、例えば溶接によって外側磁性体部221及び中間磁性体部222に固定され、内側非磁性体部225は、例えば溶接によって中間磁性体部222及び内側磁性体部223に固定されている。
【0016】
本体部材21と蓋部材22との間の収容空間20には、潤滑油Lが封入されている。潤滑油Lは、複数の摩擦部材40の摩擦摺動を潤滑する。収容空間20は、第1乃至第3のシール部材571~573によって封止されている。第1のシール部材571は、本体部材21と嵌合部材55との間に配置され、第2のシール部材572は、蓋部材22と嵌合部材55との間に配置されている。第3のシール部材573は、本体部材21の円筒部212と蓋部材22の外側磁性体部221との間に配置されている。なお、クラッチ装置1の全体を潤滑油が貯留されたオイルパン等の潤滑油貯留部に配置する場合には、第1乃至第3のシール部材571~573を省略してもよい。
【0017】
第2回転要素3は、例えば鉄系金属等の軟磁性金属からなり、円盤状の円盤部31と円筒状の円筒部32とを一体に有している。円盤部31の一部は、電磁コイル52に通電されたときに電磁コイル52の磁力を受ける磁力受け部311となっている。磁力受け部311は、磁路Mの一部を構成し、蓋部材22における内側非磁性体部225及びその周辺部と軸方向に向かい合っている。円盤部31の内周端部には、嵌合部材55にスプライン嵌合する複数のスプライン突起310aからなる内周スプライン嵌合部310が設けられている。
【0018】
嵌合部材55には、第2回転要素3の内周スプライン嵌合部310がスプライン嵌合する外周スプライン嵌合部551が設けられている。外周スプライン嵌合部551は、軸方向に延在する複数のスプライン突起551aからなる。第2回転要素3は、嵌合部材55に対して軸方向に移動可能かつ相対回転不能である。第1回転要素2の蓋部材22から離間する方向への嵌合部材55に対する第2回転要素3の軸方向移動は、外周スプライン嵌合部551に嵌着された止め輪552によって規制されている。
【0019】
嵌合部材55と第1回転要素2との間には、第1の軸受561及び第2の軸受562が配置されている。第1の軸受561は、嵌合部材55と第1回転要素2の本体部材21との間に配置され、第2の軸受562は、嵌合部材55と第1回転要素2の蓋部材22との間に配置されている。第2回転要素3の内周スプライン嵌合部310は、第1の軸受561と第2の軸受562との間で外周スプライン嵌合部551にスプライン嵌合している。本実施の形態では、第1の軸受561及び第2の軸受562が転がり軸受であるが、第1の軸受561及び第2の軸受562が滑り軸受であってもよい。
【0020】
第2回転要素3の円筒部32は、円盤部31の外周端部から蓋部材22に向かって軸方向に延在して形成され、第1回転要素2の本体部材21における円筒部212の内側に配置されている。円筒部32の外周部には、軸方向に延在する複数のスプライン突起320aからなる外周スプライン嵌合部320が設けられている。円筒部32は、蓋部材22の中間磁性体部222の外周を囲むように配置され、円筒部32の内周面32bと中間磁性体部222の外周面222aとの間には、中間磁性体部222から円筒部32への磁束の漏れを抑制するための空間101が形成されている。
【0021】
多板クラッチ4は、第1回転要素2の本体部材21における円筒部212と第2回転要素3の円筒部32との間に配置されている。複数の摩擦部材40は、第1回転要素2との相対回転が規制された複数の第1摩擦部材41と、第2回転要素3との相対回転が規制された複数の第2摩擦部材42とを含んでいる。つまり、摩擦部材40は、第1摩擦部材41及び第2摩擦部材42の総称である。第1摩擦部材41及び第2摩擦部材42は、共に円環板状であり、本実施の形態では、6枚の第1摩擦部材41と、同じく6枚の第2摩擦部材42とが軸方向に交互に配置されている。
【0022】
図4(a)は、第1摩擦部材41を示す平面図であり、
図4(b)は、第2摩擦部材42を示す平面図である。第1摩擦部材41には、第1回転要素2の内周スプライン嵌合部210の複数のスプライン突起212aに係合する複数の係合突起411が外周部に形成されている。また、第1摩擦部材41における第2摩擦部材42との対向面41aには、第2摩擦部材42との間隔を潤滑油Lによって広げる油溝412が形成されている。油溝412は、第2摩擦部材42との間に潤滑油Lを流入させると共に、流入した潤滑油Lの動圧によって第1摩擦部材41と第2摩擦部材42との間を広げる。本実施の形態では、油溝412が格子状に形成されている。
【0023】
第2摩擦部材42には、第2回転要素3の外周スプライン嵌合部320の複数のスプライン突起320aに係合する複数の係合突起421が内周部に形成されている。また、第2摩擦部材42における第1摩擦部材41との対向面42aには、周方向に延びる多数の微細溝422が形成されている。微細溝422は、過剰な油膜の形成を抑制し、油膜の厚さを適正化する機能を有している。
【0024】
なお、本実施の形態では、全ての第1摩擦部材41の両面に油溝412が形成されているが、これに限らず、一部の第1摩擦部材41の両面又は片面に油溝412が形成されていてもよい。また、第2摩擦部材42における第1摩擦部材41との対向面42aに第1摩擦部材41との間隔を潤滑油Lによって広げる油溝を形成し、第1摩擦部材41における第2摩擦部材42との対向面41aに周方向に延びる多数の微細溝を形成してもよい。すなわち、複数の摩擦部材40のうち少なくとも何れかの摩擦部材40における他の摩擦部材40との対向面に、当該他の摩擦部材40との間隔を潤滑油Lによって広げる油溝が形成されていればよい。
【0025】
押圧部材51は、複数の第1摩擦部材41及び複数の第2摩擦部材42と軸方向に並んで配置されている。押圧部材51には、第2回転要素3の外周スプライン嵌合部320の複数のスプライン突起320aに係合する複数の係合突起511が内周部に形成されている。押圧部材51は、複数の第2摩擦部材42のうち1枚の第2摩擦部材42に対向しており、この第2摩擦部材42から離間する方向への第2回転要素3に対する押圧部材51の軸方向移動が、第2回転要素3の円筒部32に固定されたストッパ体33によって規制されている。ストッパ体33は、例えばC字状のスナップリングであり、外周スプライン嵌合部320に嵌着されている。なお、押圧部材51を例えば溶接によって第2回転要素3に固定してもよい。また、押圧部材51を第2回転要素3と一体に成形してもよい。
【0026】
押圧部材51は、電磁コイル52に通電されたとき、第2回転要素3と共に軸方向に移動して、多板クラッチ4を第1回転要素2の蓋部材22に向かって軸方向に押圧する。第1回転要素2は、押圧部材51の押圧力を複数の第1摩擦部材41及び複数の第2摩擦部材42を介して受ける押圧力受け部200を有しており、本実施の形態では、蓋部材22の外側磁性体部221の一部が押圧力受け部200となっている。多板クラッチ4は、電磁コイル52に通電されたときに押圧部材51と押圧力受け部200との間に挟まれて複数の第1摩擦部材41及び複数の第2摩擦部材42とが摩擦接触し、第1回転要素2と第2回転要素3との間でトルクを伝達する。
【0027】
電磁コイル52は、不図示の制御装置から電線520を介して励磁電流が供給される巻線521と、巻線521を封止する樹脂からなる封止材522とを有している。電磁コイル52を支持するヨーク53は、第3の軸受563によって蓋部材22の内側磁性体部223に支持されており、第1回転要素2が回転しても連れ回りしないように回り止めされている。電磁コイル52は、ヨーク53に固定された止め輪531によってヨーク53から抜け止めされている。
【0028】
電磁コイル52の通電時に発生する磁束の磁路Mには、ヨーク53、蓋部材22の中間磁性体部222及び内側磁性体部223、ならびに第2回転要素3の円盤部31の一部である磁力受け部311が含まれる。磁力受け部311とのヨーク53との間には、蓋部材22の中間磁性体部222及び内側磁性体部223の一部、ならびに内側非磁性体部225が介在する。電磁コイル52の通電時には、磁力受け部311がヨーク53側に接近するように第2回転要素3が軸方向に移動して、第2回転要素3の円盤部31と蓋部材22との間隔が狭くなる。本実施の形態では、ヨーク53と磁力受け部311との間に複数の第1摩擦部材41及び複数の第2摩擦部材42が介在せず、多板クラッチ4が磁路Mに含まれないように磁気回路が構成されている。
【0029】
蓋部材22の中間磁性体部222及び内側磁性体部223と第2回転要素3の円盤部31との間には、エアギャップ(空間)102が形成されている。エアギャップ102の軸方向幅は、電磁コイル52に定格値の電流が供給されたときでも0とならず、第2回転要素3の円盤部31と蓋部材22とは非接触である。
【0030】
複数の摩擦部材40のうち押圧力受け部200に対向する摩擦部材40と押圧力受け部200との間には、リターンスプリング54が配置されている。より具体的には、複数の第1摩擦部材41のうち一つの第1摩擦部材41が押圧力受け部200に対向して配置されており、当該一つの第1摩擦部材41と押圧力受け部200との間にリターンスプリング54が配置されている。リターンスプリング54は、押圧部材51の押圧力によって軸方向に圧縮されて反力を発生し、当該一つの第1摩擦部材41を押圧力受け部200から離間する方向に押圧する。
【0031】
本実施の形態では、リターンスプリング54がコイルばねであり、第1摩擦部材41と押圧力受け部200との間に複数のリターンスプリング54が周方向等間隔に配置されている。押圧力受け部200は、押圧力受け部200に対向して配置された一つの第1摩擦部材41が当接する当接面200aを有している。また、押圧力受け部200には、当接面200aから軸方向に窪んで形成された凹部201が形成されている。
【0032】
本実施の形態では、
図3に示すように、押圧力受け部200に四つの凹部201が形成されており、これらの凹部201にそれぞれリターンスプリング54が保持されている。リターンスプリング54の自然長は、凹部201の深さよりも長く、当接面200aに第1摩擦部材41が接していないときには、リターンスプリング54の一部が凹部201から軸方向に突出する。
図3に示すように、複数の凹部201は、複数のリターンスプリング54のそれぞれの中心点を通る回転軸線Oを中心とする円Cの直径が複数の第1摩擦部材41及び複数の第2摩擦部材42の摩擦有効径Dに一致するように、回転軸線Oに対する径方向の位置が決められている。
【0033】
以上のように構成されたクラッチ装置1において、電磁コイル52に通電されると、磁路Mに磁束が発生し、磁力受け部311がヨーク53に接近するように第2回転要素3が押圧部材51と共に第1回転要素2の蓋部材22に向かって軸方向一側に移動して、押圧部材51が複数の第1摩擦部材41及び複数の第2摩擦部材42を第1回転要素2の押圧力受け部200に向かって押圧する。これにより、電磁コイル52に供給される励磁電流の電流値に応じた大きさのトルクが第1回転要素2と第2回転要素3との間で伝達される。リターンスプリング54は、押圧部材51の押圧力によって軸方向に圧縮され、その全体が凹部201に収容されるように収縮する。
【0034】
一方、電磁コイル52の通電が遮断されたときには、リターンスプリング54の反力によって第2回転要素3が押圧部材51と共に第1回転要素2に対して軸方向他側(蓋部材22とは反対側)に移動し、磁力受け部311がヨーク53から離間する。これにより、蓋部材22の中間磁性体部222及び内側磁性体部223と第2回転要素3の円盤部31との間隔が広がり、中間磁性体部222及び内側磁性体部223ならびに磁力受け部311の残留磁気によって多板クラッチ4が押圧されてしまうことによる引きずりトルクが抑制される。また、本実施の形態では、第1摩擦部材41における第2摩擦部材42との対向面41aに油溝412が形成されているので、電磁コイル52の非通電時に第1摩擦部材41と第2摩擦部材42との間に潤滑油Lが導入され、引きずりトルクがさらに小さくなる。
【0035】
(第1の実施の形態の作用及び効果)
本実施の形態に係るクラッチ装置1では、電磁コイル52の通電時にリターンスプリング54が圧縮されて反力を発生し、この反力が複数の第1摩擦部材41及び複数の第2摩擦部材42を押圧する力となる。このため、本実施の形態によれば、上記した従来のクラッチ装置のようにリターンスプリングとして機能する弾性部材の反力によって伝達トルクが小さくなってしまうことがなく、電力損失を抑制することが可能となる。
【0036】
また、本実施の形態によれば、第1回転要素2に保持されたリターンスプリング54が第1回転要素2に対して相対回転不能な一つの第1摩擦部材41を押圧するので、この第1摩擦部材41とリターンスプリング54との間で相対回転が発生せず、リターンスプリング54の摩耗を抑制することができる。
【0037】
また、本実施の形態によれば、第1摩擦部材41が当接する当接面200aから軸方向に窪んで形成された凹部201にリターンスプリング54が保持されているので、第1摩擦部材41が当接面200aに当接した後にさらにリターンスプリング54が圧縮されてしまうことがなく、リターンスプリング54が過度に圧縮されることによる塑性変形等の損傷の発生を防ぐことができる。
【0038】
また、本実施の形態によれば、ヨーク53と磁力受け部311との間に第1摩擦部材41及び第2摩擦部材42が介在しないので、第1摩擦部材41及び第2摩擦部材42に残留磁気が発生せず、第1摩擦部材41及び第2摩擦部材42の残留磁気による引きずりトルクが発生しない。
【0039】
またさらに、本実施の形態では、第1摩擦部材41における第2摩擦部材42との対向面41aに油溝412が形成されているので、第1摩擦部材41と第2摩擦部材42とが潤滑油Lの粘性によって張り付いてしまうことが抑制されると共に、潤滑油Lの動圧によって第1摩擦部材41と第2摩擦部材42との間隔が広がり、引きずりトルクが低減される。
【0040】
[第1の実施の形態の変形例]
図5は、本発明の実施の形態の変形例に係るクラッチ装置1Aの一部を示す断面図である。このクラッチ装置1Aは、多板クラッチ4の周辺部の構成が異なる他は、上記の第1の実施の形態に係るクラッチ装置1と同様に構成されている。
図5では、電磁コイル52が非通電である状態を示している。
【0041】
クラッチ装置1Aは、上記の第1の実施の形態に係るクラッチ装置1におけるコイルばねからなる複数のリターンスプリング54に替えて、円環状の皿ばねからなる単一のリターンスプリング58を有している。リターンスプリング58の中心軸は、第1回転要素2及び第2回転要素3の回転軸線O(
図1参照)と一致している。第1回転要素2の押圧力受け部200には、当接面200aから軸方向に窪んで形成された凹部202が形成されており、この凹部202にリターンスプリング58が保持されている。
【0042】
凹部202は、回転軸線Oを中心とする環状の溝であり、リターンスプリング58は、外径側の端部が凹部202の底面202aに接し、内径側の端部が押圧力受け部200に対向する一つの第1摩擦部材41に接するように配置されている。なお、リターンスプリング58として、ウェーブワッシャ(波形座金)を用いてもよい。
【0043】
また、クラッチ装置1Aは、複数の第1摩擦部材41のそれぞれの間に、複数の第1摩擦部材41の間隔を広げる弾性離間部材としての皿ばね59が配置されている。本変形例では、6枚の第1摩擦部材41の間に5枚の皿ばね59が配置されている。これらの皿ばね59は、電磁コイル52に通電されたときに軸方向に圧縮され、電磁コイル52の通電が遮断されたときに復元して複数の第1摩擦部材41の間隔を広げる。なお、皿ばね59に替えて例えばウェーブワッシャを弾性離間部材として用いてもよい。
【0044】
この変形例では、リターンスプリング58として皿ばねを用いるため、上記の第1の実施の形態のようにコイルばねを用いる場合に比較して、押圧力受け部200に対向して配置された第1摩擦部材41を当接面200aから離間させることができる距離は短くなるが、複数の第1摩擦部材41のそれぞれの間に配置された複数の皿ばね59により、蓋部材22の中間磁性体部222及び内側磁性体部223と第2回転要素3の円盤部31との間隔を十分に広げることができる。また、リターンスプリング58が発生する反力が複数の第1摩擦部材41及び複数の第2摩擦部材42を押圧する力となるので、第1の実施の形態と同様に、電力損失を抑制することが可能となる。
【0045】
[第2の実施の形態]
図6は、本発明の第2の実施の形態に係るクラッチ装置10を示す断面図である。
図6では、回転軸線Oよりも上側にクラッチ装置10の非作動状態を示し、回転軸線Oよりも下側にクラッチ装置10の作動状態を示している。クラッチ装置10は、第1の実施の形態に係るクラッチ装置1と同様、第1回転軸部材11と第2回転軸部材12との間で摩擦力によってトルクを伝達する電磁摩擦クラッチ装置である。
【0046】
クラッチ装置10は、回転軸線Oを中心として同軸上で相対回転可能な第1回転要素6及び第2回転要素7と、第1回転要素6と第2回転要素7との間に配置された複数の摩擦部材80からなる多板クラッチ8と、多板クラッチ8を軸方向に押圧して摩擦力を発生させる押圧部材91と、押圧部材91を移動させる磁力を発生する電磁コイル92と、電磁コイル92を支持するヨーク93と、第1回転要素6に保持された弾性部材である複数のリターンスプリング94と、第1乃至第3の軸受951~953と、第1乃至第3のシール部材961~963とを備えている。本実施の形態では、リターンスプリング94がコイルばねからなる。
【0047】
第1回転要素6は、有底円筒状の本体部材61と、本体部材61の開口を塞ぐように配置された蓋部材62とを有し、本体部材61と蓋部材62とが複数のボルト63によって固定されている。本体部材61は、例えばアルミニウム合金等の非磁性金属からなり、円盤状の底部611と円筒状の円筒部612とを一体に有している。底部611には、第1回転軸部材11が複数のボルト111によって固定されている。円筒部612の内周部には、軸方向に延在する複数のスプライン突起612aからなる内周スプライン嵌合部610が設けられている。
【0048】
蓋部材62は、鉄系金属等の軟磁性金属からなる外側磁性体部621及び内側磁性体部622と、オーステナイト系ステンレス等の非磁性金属からなるリング状の非磁性体部623とを一体に有している。非磁性体部623は、外側磁性体部621と内側磁性体部622との間に配置され、例えば溶接によって外側磁性体部621及び内側磁性体部622に固定されている。本体部材61と蓋部材62との間には、第1乃至第3のシール部材961~963によって潤滑油Lが封入されている。
【0049】
第2回転要素7は、第2回転軸部材12が相対回転不能に嵌合する嵌合穴70が形成された円筒状の部材である。第2回転要素7の外周部には、軸方向に延在する複数のスプライン突起71aからなる内周スプライン嵌合部71が設けられている。第2回転要素7と第1回転要素6の本体部材61との間には、第1の軸受951が配置され、第2回転要素7と第1回転要素6の蓋部材62との間には、第2の軸受952が配置されている。
【0050】
多板クラッチ8は、第1回転要素6の本体部材61における円筒部612と第2回転要素7との間に配置されている。複数の摩擦部材80は、第1回転要素6との相対回転が規制された複数の第1摩擦部材81と、第2回転要素7との相対回転が規制された複数の第2摩擦部材82とを含み、6枚の第1摩擦部材81と同じく6枚の第2摩擦部材82とが軸方向に交互に配置されている。第1摩擦部材81及び第2摩擦部材82は、鉄系金属等の軟磁性金属からなる。
【0051】
押圧部材91は、第1回転要素6の内周スプライン嵌合部610の複数のスプライン突起612aに係合する複数の係合突起911が内周部に形成されており、第1回転要素6に対して軸方向移動可能かつ相対回転不能である。押圧部材91は、複数の第2摩擦部材82のうち1枚の第2摩擦部材82に対向している。
【0052】
電磁コイル92は、巻線921及び封止材922を有し、止め輪931によってヨーク93から抜け止めされている。ヨーク93は、第3の軸受953によって蓋部材62の内側磁性体部622に支持されている。電磁コイル92に通電されたときに発生する磁束の磁路Mには、ヨーク53、蓋部材62の外側磁性体部621及び内側磁性体部622、複数の第1摩擦部材81及び複数の第2摩擦部材82、ならびに押圧部材91が含まれる。
【0053】
図7(a)は、第1回転要素6の蓋部材62を本体部材61の底部611側から軸方向に見た構成図である。
図7(b)は、第1摩擦部材81を示す平面図である。
図7(c)は、第2摩擦部材82を示す平面図である。蓋部材62において、第1摩擦部材81と第2摩擦部材82とが重なる部分と軸方向に並ぶ部位は、押圧部材91の押圧力を複数の第1摩擦部材81及び複数の第2摩擦部材82を介して受ける押圧力受け部800となっている。本実施の形態では、非磁性体部623と、非磁性体部623の外周側にあたる外側磁性体部621の一部と、非磁性体部623の内周側にあたる内側磁性体部622の一部とが、押圧力受け部800となっている。
【0054】
押圧力受け部800は、押圧力受け部800に対向して配置された一つの第1摩擦部材81が当接する当接面800aを有している。また、押圧力受け部800の一部である非磁性体部623には、当接面800aから軸方向に窪んで形成された複数の凹部801が形成されている。複数の凹部801には、それぞれリターンスプリング94が保持されている。電磁コイル92の非通電時には、リターンスプリング94の一部が軸方向に突出する。
【0055】
図7(a)に示すように、複数の凹部801は、複数のリターンスプリング94のそれぞれの中心点を通る回転軸線Oを中心とする円Cの直径が複数の第1摩擦部材81及び複数の第2摩擦部材82の摩擦有効径Dに一致するように、回転軸線Oに対する径方向の位置が決められている。
【0056】
第1摩擦部材81には、第1回転要素6の内周スプライン嵌合部610の複数のスプライン突起612aに係合する複数の係合突起811が外周部に形成されている。第1摩擦部材81における第2摩擦部材82との対向面81aには、第2摩擦部材82との間隔を潤滑油Lによって広げる油溝812が形成されている。また、第1摩擦部材81には、蓋部材62の非磁性体部623と軸方向に並ぶ部位に、回転軸線Oを中心とする周方向に並ぶ複数の円弧状のスリット810が形成されている。複数のスリット810は、第1摩擦部材81における複数のスリット810よりも外周側の部分と内周側の部分との間の磁束の短絡を防止している。
【0057】
第2摩擦部材82には、第2回転要素7の内周スプライン嵌合部71の複数のスプライン突起71aに係合する複数の係合突起821が内周部に形成されている。第2摩擦部材82における第1摩擦部材81との対向面82aには、周方向に延びる多数の微細溝822が形成されている。また、第2摩擦部材82には、蓋部材62の非磁性体部623と軸方向に並ぶ部位に、回転軸線Oを中心とする周方向に並ぶ複数の円弧状のスリット820が形成されている。複数のスリット820は、第2摩擦部材82における複数のスリット820よりも外周側の部分と内周側の部分との間の磁束の短絡を防止している。
【0058】
以上のように構成されたクラッチ装置10において、電磁コイル92に通電されると、磁路Mに磁束が発生し、押圧部材91がヨーク93に接近するように押圧力受け部800に向かって軸方向一側に移動し、押圧部材91が複数の第1摩擦部材81及び複数の第2摩擦部材82を押圧する。これにより、多板クラッチ8が摩擦係合状態となり、電磁コイル92に供給される励磁電流の電流値に応じた大きさのトルクが第1回転要素6と第2回転要素7との間で伝達される。また、電磁コイル92の通電が遮断されたときには、リターンスプリング94の反力によって押圧部材91が第1回転要素6に対して軸方向他側(押圧力受け部800とは反対側)に移動し、多板クラッチ8が解放状態となる。
【0059】
本実施の形態によっても、第1の実施の形態と同様に、リターンスプリング94の反力によって伝達トルクが小さくなってしまうことがなく、電力損失を抑制することが可能となる。また、リターンスプリング94が第1回転要素6に対して相対回転不能な一つの第1摩擦部材81を押圧するので、この第1摩擦部材81とリターンスプリング94との間で相対回転が発生せず、リターンスプリング94の摩耗を抑制することができる。また、第1摩擦部材81が当接面800aに当接した後にさらにリターンスプリング94が圧縮されてしまうことがなく、リターンスプリング94が過度に圧縮されることによる塑性変形等の損傷の発生を防ぐことができる。
【0060】
(付記)
以上、本発明を第1及び第2の実施の形態ならびに変形例に基づいて説明したが、これらの実施の形態や変形例は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態や変形例の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。また、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で、一部の構成を省略し、あるいは構成を追加もしくは置換して、適宜変形して実施することが可能である。またさらに、上記した第1及び第2の実施の形態ならびに変形例の一部の構成を互いに組み合わせることも可能である。
【符号の説明】
【0061】
1,10…クラッチ装置 2…第1回転要素
200…押圧力受け部 40…摩擦部材
51…押圧部材 54,58…リターンスプリング(弾性部材)
59…皿ばね(弾性離間部材) 6…第1回転要素
7…第2回転要素 80…摩擦部材
800…押圧力受け部 91…押圧部材