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特開2024-165458マンガン含有パイロクロア酸化物粉体の製造方法
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  • 特開-マンガン含有パイロクロア酸化物粉体の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024165458
(43)【公開日】2024-11-28
(54)【発明の名称】マンガン含有パイロクロア酸化物粉体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01G 45/00 20060101AFI20241121BHJP
【FI】
C01G45/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023081677
(22)【出願日】2023-05-17
(71)【出願人】
【識別番号】000224798
【氏名又は名称】DOWAホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 王高
(72)【発明者】
【氏名】公文 翔一
【テーマコード(参考)】
4G048
【Fターム(参考)】
4G048AA03
4G048AB02
4G048AC08
4G048AD03
4G048AD06
4G048AE05
4G048AE06
4G048AE07
(57)【要約】
【課題】原料金属塩の仕込み濃度を高めた場合に不純物相の生成が顕著に抑えられるマンガン含有パイロクロア酸化物粉体の製造方法を提供する。
【解決手段】ビスマス含有塩とルテニウム含有塩を水系溶媒に混合する「第1原料混合工程」と、アルカリを添加して液のpHを4.0以下の範囲に調整する「第1pH調整工程」と、マンガン含有塩を混合する「第1原料混合工程」と、アルカリを添加してpHを10.0以上にする「第2pH調整工程」と、液に酸素を供給しながら固体の反応生成物を形成させる「酸化工程」と、前記反応生成物を乾固させて前駆体物質を得る「乾固工程」と、前記前駆体物質を焼成してビスマス-ルテニウム-酸素型パイロクロア酸化物の結晶構造を有する粒子で構成される酸化物粉体を合成する「焼成工程」と、を含むマンガン含有パイロクロア酸化物粉体の製造方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビスマス-ルテニウム-酸素型パイロクロア酸化物を構成するルテニウムの一部がマンガンで置換された「マンガン含有パイロクロア酸化物」の粉体の製造方法であって、
原料物質であるビスマス含有塩およびルテニウム含有塩を水系溶媒に混合してビスマス、ルテニウム含有液を得る「第1原料混合工程」と、
前記第1原料混合工程で得られた液にアルカリを添加することによって液のpHを上昇させ、pHが4.0以下である液を得る「第1pH調整工程」と、
前記第1pH調整工程で得られた液に、原料物質であるマンガン含有塩を混合してビスマス、ルテニウム、マンガン含有液を得る「第2原料混合工程」と、
前記第2原料混合工程で得られた液にアルカリを添加することによってpHが10.0以上である液を得る「第2pH調整工程」と、
前記第2pH調整工程で得られた液に酸素を供給しながら、固体の反応生成物を形成させる「酸化工程」と、
前記反応生成物を回収したのち、乾固させることにより、前駆体物質を得る「乾固工程」と、
前記前駆体物質を焼成することにより、ビスマス-ルテニウム-酸素型パイロクロア酸化物の結晶構造を有する粒子で構成される酸化物粉体を合成する「焼成工程」と、
を含む、マンガン含有パイロクロア酸化物粉体の製造方法。
【請求項2】
前記第1原料混合工程と第2原料混合工程で液に混合する前記原料物質の混合割合を、ルテニウムとマンガンの合計量に対するマンガン量の原子割合を表すMn/(Ru+Mn)原子比が0.05以上0.35以下である混合割合とする、請求項1に記載のマンガン含有パイロクロア酸化物粉体の製造方法。
【請求項3】
前記第1原料混合工程と第2原料混合工程で液に混合する前記原料物質の混合割合を、ルテニウムとマンガンの合計量に対するビスマス量の原子割合を表すBi/(Ru+Mn)原子比が0.700以上0.990以下である混合割合とする、請求項1に記載のマンガン含有パイロクロア酸化物粉体の製造方法。
【請求項4】
前記酸化工程に供する液は、添加したアルカリ水溶液を含めない液状媒体1Lあたりのビスマス含有量が0.3mol/L以上である、請求項1に記載のマンガン含有パイロクロア酸化物粉体の製造方法。
【請求項5】
前記第2pH調整工程において、アルカリの添加所要時間を300秒以内とする、請求項1に記載のマンガン含有パイロクロア酸化物粉体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書では、ビスマス(Bi)-ルテニウム(Ru)-酸素(O)型パイロクロア酸化物の結晶構造を有し、その構成金属元素としてビスマスおよびルテニウム、またはビスマス、ルテニウムおよびマンガン(Mn)を含有するパイロクロア酸化物を「BRO酸化物」と呼ぶ。BRO酸化物のうち、特にマンガンを含有するタイプのパイロクロア酸化物を「MBRO酸化物」と呼ぶ。本発明は、MBRO酸化物粉体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
BRO酸化物は、空気二次電池や水の電気分解による水素製造プロセスなどに用いる正極触媒としての応用が期待される物質である。なかでもマンガンを含有するMBRO酸化物は、BRO酸化物において、主としてルテニウムサイトの一部がマンガンに置き換わった構造を持つとされ、高価なルテニウムを節約することができることから、パイロクロア酸化物触媒を用いた装置の工業的な普及を図る上で有望視されている。
【0003】
特許文献1には、マンガンを含有するMBRO酸化物触媒が記載されている(請求項1)。マンガンの含有により触媒活性向上などの効果が得られるという。そのMBRO酸化物の製造方法として、原料金属塩を所定割合で含む水溶液にNaOH水溶液を添加し、75℃で酸素を通気しながら24時間撹拌する酸化反応により得られた生成物を乾燥させ、600℃で焼成し、蒸留水を用いて吸引濾過したのち乾燥させる手法が開示されている(段落0027、0041)。本明細書では、酸化反応に供するための原料物質含有液(ただし、アルカリ水溶液の添加分は含まない)の液状媒体1Lあたりにおける原料金属の混合量(mol/L)を「仕込み濃度」と言う。特許文献1の開示によると、原料金属塩の仕込み濃度はビスマス、ルテニウムとも概ね0.007mol/L程度である(段落0027)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2020/153401号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
工業的規模でMBRO酸化物を量産する場合には、焼成に供する前駆体物質の元になるビスマス、ルテニウム、マンガン含有物質(主として水酸化物やオキシ水酸化物)を湿式反応プロセスで生成させるための反応槽において、1バッチあたりの原料金属塩の仕込み濃度をできるだけ大きくすることが生産性を確保する上で極めて重要である。例えば、特許文献1に開示されるラボ実験での金属塩の仕込み濃度は0.007mol/L程度であるが、この程度の仕込み濃度で量産現場の反応槽1バッチあたりの生産量を十分に確保しようとすると、必要な溶液量が膨大となり、工業的規模での実施は容易でない。量産現場での生産性を考慮すると、前記のラボ実験の例との対比で、少なくとも10倍程度の仕込み濃度を確保することが望まれ、可能であれば50倍程度以上の仕込み濃度で実施したいところである。
【0006】
原料金属塩の仕込み濃度を高めると、それに伴い、アルカリの添加量も増加させる必要がある。中和を均一に行うためにはアルカリの添加所要時間はできるだけ短くすることが望ましいが、水系溶媒中にアルカリを多量に投入すると中和熱により液温が急上昇し、冷却が追いつかないと突沸が生じるなどの危険な状態となりやすい。それを防ぐためには中和熱の発生速度が装置の冷却能力を上回らないようにアルカリの添加速度を低下させる必要がある。しかしながら発明者らの検討によると、MBRO酸化物の製造においては、アルカリの添加速度を低下させていくと、焼成後のMBRO酸化物はビスマス-マンガン複合酸化物を主体とする不純物相を伴い易くなるという問題が生じた。不純物相の混在は、そのMBRO酸化物を触媒に用いた二次電池等の装置において、性能向上や耐久性向上の取り組みに支障となる恐れがある。
本発明の目的は、原料金属塩の仕込み濃度を高めた場合に不純物相の生成が顕著に抑えられるMBRO酸化物粉体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らの研究によれば、ビスマス含有塩、ルテニウム含有塩およびマンガン含有塩の仕込み濃度を高めた水溶液に、それらのアニオンの全量と反応させるに足るアルカリを、中和熱による過度の発熱を抑制しながら連続的に長時間をかけて添加した場合には、ビスマス、ルテニウムの中和生成物とともに一部のマンガン含有塩が共沈して、マンガンの存在形態が不均質な反応生成物が形成されてしまうものと考えられ、その生成物中のマンガン含有塩が焼成後に不純物相として残留するのではないかと推察された。そこで発明者らは詳細な検討の結果、マンガン含有塩を初期の原料溶液には投入せず、ビスマス含有塩とルテニウム含有塩を混合した水溶液に所定量のアルカリを沸騰しない添加速度で添加し、その後にマンガン含有塩を投入して残りのアルカリを添加するという、2段階の「金属塩混合-アルカリ添加」プロセスを採用することによって、原料金属塩の仕込み濃度を高めた場合でも不純物相の形成を防止したMBRO酸化物の合成が可能になることを見出した。
【0008】
上記目的は、以下の発明によって達成される。
[1]ビスマス-ルテニウム-酸素型パイロクロア酸化物を構成するルテニウムの一部がマンガンで置換された「マンガン含有パイロクロア酸化物」の粉体の製造方法であって、
原料物質であるビスマス含有塩およびルテニウム含有塩を水系溶媒に混合してビスマス、ルテニウム含有液を得る「第1原料混合工程」と、
前記第1原料混合工程で得られた液にアルカリを添加することによって液のpHを上昇させ、pHが4.0以下である液を得る「第1pH調整工程」と、
前記第1pH調整工程で得られた液に、原料物質であるマンガン含有塩を混合してビスマス、ルテニウム、マンガン含有液を得る「第2原料混合工程」と、
前記第2原料混合工程で得られた液にアルカリを添加することによってpHが10.0以上である液を得る「第2pH調整工程」と、
前記第2pH調整工程で得られた液に酸素を供給しながら、固体の反応生成物を形成させる「酸化工程」と、
前記反応生成物を回収したのち、乾固させることにより、前駆体物質を得る「乾固工程」と、
前記前駆体物質を焼成することにより、ビスマス-ルテニウム-酸素型パイロクロア酸化物の結晶構造を有する粒子で構成される酸化物粉体を合成する「焼成工程」と、
を含む、マンガン含有パイロクロア酸化物粉体の製造方法。
[2]前記第1原料混合工程と第2原料混合工程で液に混合する前記原料物質の混合割合を、ルテニウムとマンガンの合計量に対するマンガン量の原子割合を表すMn/(Ru+Mn)原子比が0.05以上0.35以下である混合割合とする、上記[1]に記載のマンガン含有パイロクロア酸化物粉体の製造方法。
[3]前記第1原料混合工程と第2原料混合工程で液に混合する前記原料物質の混合割合を、ルテニウムとマンガンの合計量に対するビスマス量の原子割合を表すBi/(Ru+Mn)原子比が0.700以上0.990以下である混合割合とする、上記[1]または[2]に記載のマンガン含有パイロクロア酸化物粉体の製造方法。
[4]前記酸化工程に供する液は、添加したアルカリ水溶液を含めない液状媒体1Lあたりのビスマス含有量が0.3mol/L以上である、上記[1]~[3]のいずれかに記載のマンガン含有パイロクロア酸化物粉体の製造方法。
[5]前記第2pH調整工程において、アルカリの添加所要時間を300秒以内とする、上記[1]~[4]のいずれかに記載のマンガン含有パイロクロア酸化物粉体の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、マンガンを含有するパイロクロア酸化物粉体の製造において、原料金属塩の仕込み濃度を、ラボ実験で従来一般的に実施されている仕込み濃度よりも大幅に増大させることができ、かつ不純物相の混在を防止することができる。マンガンの含有は高価なルテニウムの節約につながり、不純物相の混在防止は当該粉体を触媒に用いた二次電池等の装置の性能向上に有利となる。したがって本発明は、マンガンを含有するパイロクロア酸化物粉体の工業的普及に資するものである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】各例で得られたMBRO酸化物粉体についてのX線回折パターンを例示した図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[パイロクロア酸化物]
パイロクロア酸化物の代表的な組成式はAで表され、前記xは7あるいはそれに近い値をとる。「ビスマス-ルテニウム-酸素型パイロクロア酸化物」はAサイトがビスマス(Bi)、Bサイトがルテニウム(Ru)であるパイロクロア酸化物を意味する。本発明で対象とするマンガン含有パイロクロア酸化物(MBRO酸化物)は、X線回折パターンにおいて「ビスマス-ルテニウム-酸素型パイロクロア酸化物」の各結晶面からの回折ピークが観測される結晶構造を有する。金属元素としてマンガンを含むMBRO酸化物では、通常、Bサイトを占めるルテニウム原子の一部がマンガン原子に置き換えられた原子配置を呈すると考えられる。また、ビスマス、ルテニウム、マンガン以外の原子が、Aサイトを占めるビスマス原子の一部あるいはBサイトを占めるルテニウム原子やマンガン原子の一部を置き換えたり、侵入型位置に入ったりする原子配置を呈する場合も、本発明の効果を阻害しない限り、許容される。例えば製造過程で液中に導入されることがあるナトリウム(Na)原子は、Aサイトを占めるビスマス原子の一部を置き換えたり、侵入型位置に入ったりして結晶格子中に存在することが考えられる。なお、本発明で対象とするMBRO酸化物はマンガンが結晶格子中に存在するので、純粋な「ビスマス-ルテニウム-酸素型パイロクロア酸化物」に対して結晶面間隔に多少の変動が生じ得る。
【0012】
[MBRO酸化物粉体の製造プロセス]
本発明では、第1原料混合工程、第1pH調整工程、第2原料混合工程、第2pH調整工程、酸化工程、乾固工程、焼成工程を上記の順に含む製造プロセスによってMBRO酸化物粉体を製造する。
【0013】
(原料物質)
原料物質として、ビスマス含有塩(例えば硝酸ビスマス(III)水和物)、ルテニウム含有塩(例えば塩化ルテニウム(III)水和物)、マンガン含有塩(例えば硝酸マンガン(II)水和物)を用意する。従来のMBRO酸化物の製造方法では、これらすべての原料物質を水系溶媒中に混合して初期の原料溶液を作るのが一般的である。しかし、その手法では、原料物質の仕込み濃度を大幅に高めた場合に、不純物相の混在するMBRO酸化物が合成されやすくなることが明らかになった。本発明では、ビスマス含有塩、ルテニウム含有塩、マンガン含有塩のうち、まずビスマス含有塩とルテニウム含有塩を水系溶媒中に混合することによって初期の原料溶液を作り、マンガン含有塩は後の工程で混合するという、多段階の金属塩混合手法を採用する。水系溶媒とは水を主成分とする(すなわち水の質量割合が50%以上である)液状媒体である。
【0014】
使用するビスマス含有塩、ルテニウム含有塩、マンガン含有塩の量的割合は、ビスマス-ルテニウム-酸素型パイロクロア酸化物においてルテニウムの一部がマンガンで置換された組成を有するものが合成される配合割合とする。
【0015】
具体的には、ルテニウムとマンガンの合計量に対するマンガン量の原子割合を表すMn/(Ru+Mn)原子比は0.05以上であることが好ましい。これにより高価なルテニウムを節約する経済的メリットが大きくなる。Mn/(Ru+Mn)原子比は0.20以上であることがより効果的であり、0.25以上であることが更に効果的である。Mn/(Ru+Mn)原子比は0.35以下の範囲で調整することが好ましい。
【0016】
また、ルテニウムとマンガンの合計量に対するビスマス量の原子割合を表すBi/(Ru+Mn)原子比は0.990以下であることが好ましい。ビスマスの原子割合を、ルテニウムとマンガンの合計原子数に対して等量よりもわずかに低減させることによって、特にビスマスを含有する不純物相の混在を防止する効果が高まる。ただし、Bi/(Ru+Mn)原子比を低くしすぎると、余剰となるルテニウムの量が多くなり、逆に経済性を損なう恐れがある。通常、Bi/(Ru+Mn)原子比は0.700以上の範囲で設定すればよく、0.940以上の範囲に管理してもよい。
【0017】
[第1原料混合工程]
原料物質であるビスマス含有塩とルテニウム含有塩を水系溶媒中に混合することによって初期の原料溶液であるビスマス、ルテニウム含有液を作る。この段階では、まだマンガン含有塩は混合しない。ビスマス含有塩、ルテニウム含有塩は水に対する溶解度が小さいため、これらを水に混合すると、その大部分は溶解せずに固体として水中に存在し、スラリー状態の液となる。したがって本発明では、水以外の副成分として分散剤となる有機物質が溶解している水系溶媒を使用することが好ましい。分散剤としては例えば臭化テトラ-n-プロピルアンモニウムを例示することができる。
【0018】
本明細書では、酸化工程に供するための原料物質含有液(ただし、アルカリ水溶液の添加分を含めない)の液状媒体1Lあたりにおける原料物質の混合量(mol/L)を、その原料物質の「仕込み濃度」と呼んでいる。第1原料混合工程での原料物質の混合量は、ビスマスの仕込み濃度、すなわち、後述の酸化工程に供する液(アルカリ水溶液の添加分を含めない)の液状媒体1Lに対する原子数としてのビスマス含有量が、0.3mol/L以上となるように設定することが、生産性の観点から好ましい。ビスマスの仕込み濃度は0.5mol/L以上とすることがより効果的である。原料金属の仕込み濃度が過大になると、反応槽に添加するアルカリの量が多くなり、その際の発熱を抑制するために設備の冷却負荷が増したりアルカリ添加速度に大きな制約が生じたりする。この工程での原料金属の混合量は、ビスマスの仕込み濃度が1.0mol/L以下となるようにすることが好ましく、0.8mol/L以下となるように管理してもよい。分散剤を使用する場合、例えば臭化テトラ-n-プロピルアンモニウムであれば、酸化工程に供するための原料物質含有液(ただし、アルカリ水溶液の添加分を含めない)の液状媒体1Lに対する分散剤濃度は0.05~0.50mol/Lの範囲で調整すればよい。
【0019】
反応槽に水系溶媒を入れ、所定量のビスマス含有塩とルテニウム含有塩を水系溶媒に混合してビスマス、ルテニウム含有液を作る。必要に応じて分散剤も混合する。これを十分に撹拌してスラリーとする。この液(スラリー)は、遊離酸によって、ビスマスの仕込み濃度が0.6mol/L程度であれば、pHが例えば0.5以下といった酸性を呈する。
【0020】
[第1pH調整工程]
第1原料混合工程で得られたビスマス、ルテニウム含有液(スラリー)にアルカリを添加し、液のpHを上昇させる。アルカリとしては例えば水酸化ナトリウムを使用することができる。
第1pH調整工程では、アルカリの添加によって液のpHを上昇させ、pHが4.0以下である液を得る。すなわち、液のpHが4.0を超える前にアルカリの添加を止める必要がある。後に添加するマンガン含有塩は、ビスマス含有塩やルテニウム含有塩とは性質が異なり、pHが中性域近傍より高くなるとイオンに解離した状態(液中に溶解している状態)よりも固体の化合物塩の状態で存在する方が安定となり、塩として析出しやすくなる。検討の結果、この段階でpHが4.0を超えると、マンガン含有塩添加後の第2pH調整工程でアルカリを添加したときにマンガン含有塩の共沈が起きる恐れがある。その場合、最終的に不純物相の残存を防止することが難しくなる。第1pH調整工程では、pHが3.0以下の液を得ることがより好ましく、pHが2.0以下の液を得ることがさらに好ましく、pHが1.0以下の液を得るように管理してもよい。ただし、第2pH調整工程でのアルカリ添加時に突沸を防ぐためには、ビスマスの仕込み濃度が例えば約0.6mol/Lの場合、第1pH調整工程ではpHを0.5以上に管理することが好ましい。反応装置の冷却能力の向上等により第2pH調整工程のアルカリ添加時に突沸を回避できるようであれば、ビスマスの仕込み濃度が約0.6mol/Lの場合、pHを0.5よりも下げることも可能となる。pHの調整は、液のpHを適時測定してモニタリングする方法で行ってもよいし、予め予備実験において把握してある適正なアルカリ量を添加することにより行ってもよい。
【0021】
第1pH調整工程で添加するアルカリの量は、例えば、ビスマスの仕込み濃度が0.4~0.8mol/Lの場合、ビスマス含有塩、ルテニウム含有塩およびマンガン含有塩から供給されるアニオンの全部と反応させるのに必要なアルカリ量の40%以上とすることとが好ましく、50%以上の量としてもよい。
【0022】
(ビスマス含有塩、ルテニウム含有塩、マンガン含有塩から供給されるアニオンの全部と反応させるのに必要なアルカリ量の算出方法の例示)
例えばアルカリとしてNaOHを使用する場合、Bi(NO)・5HO:0.95モル、RuCl・nHO:0.7モル、Mn(NO)・6HO:0.3モルが混合されている液であれば、Naイオン、NOイオン、Clイオンはいずれも1価であるから、ビスマス含有塩、ルテニウム含有塩、マンガン含有塩から供給されるアニオンの全部と反応させるのに必要なアルカリ量は、3×0.95+3×0.7+2×0.3=5.55モルとなる。
【0023】
アルカリを添加する際の液(スラリー)の温度は50~99℃とすることが好ましい。第1pH調整工程でのアルカリ添加は、液を撹拌しながら、反応槽の冷却能力に応じて液温が上記温度範囲を上回らない添加速度で行うことができる。アルカリの添加方法は、断続添加、連続添加の他、反応槽の冷却能力が許容する場合は添加量の全量を一挙に添加する方法を採用することもできる。通常、1時間以内の所要時間でアルカリ添加を終えることができるが、反応槽の冷却能力によっては、それより長時間をかけて添加してもよい。
【0024】
なお、本明細書でいうpHは、JIS Z8802:2011に基づき、測定するpH領域に応じて適切な緩衝液を用いて校正したpH計を使用して測定されるものである。本明細書に記載のpH値は、温度補償電極により補償されたpH計の示す測定値を、液の温度条件下で直接読み取った値である。
後述の実施例では、HORIBA製ポータブルpH・ORP・イオンメータD-73およびpH測定用電極9615S-10Dを用いてpHの測定を行った。
【0025】
[第2原料混合工程]
第1pH調整工程においてpHが前述した所定の範囲に調整された液に、原料物質であるマンガン含有塩を混合し、ビスマス、ルテニウム、マンガン含有液を得る。マンガン含有塩は予め水系溶媒に溶解させた状態で投入してもよい。
【0026】
[第2pH調整工程]
次に液を撹拌しながらアルカリを添加する。アルカリ物質としては第1pH調整工程で使用したものと同種の物質(例えば水酸化ナトリウム)を採用することができる。第2pH調整工程では、アルカリを添加することによって液のpHを10.0以上に調整する。これより低いpHの液を酸化工程に供した場合には、不純物相の生成を顕著に防止する効果が十分に発揮されない恐れがある。pHを11.0以上に調整することがより好ましく、11.5以上に調整することが更に好ましい。
【0027】
第2pH調整工程では加するアルカリの量は、例えば、液中に混合した全ての金属塩(ビスマス含有塩、ルテニウム含有塩、マンガン含有塩)から供給されるアニオンの全部と反応させるのに必要なアルカリ量(上述)から前記第1pH調整工程で添加したアルカリ量を差し引いた量以上とすることが好ましい。すなわち、第1pH調整工程と第2pH調整工程で添加したアルカリ総量と、原料金属塩から供給されるアニオンの全部と反応させるのに必要なアルカリ量との比(以下、これを「対アニオン当量比」と言うことがある。)が1.00以上となるアルカリ添加量を確保することが好ましい。対アニオン当量比が1.02以上となるアルカリ添加量を確保することがより好ましい。ただし、過剰なアルカリ添加は不経済となるため、アルカリ添加量は対アニオン当量比が1.10以下の範囲で設定すればよい。第2pH調整工程では、ビスマス含有塩とルテニウム含有塩の一部は既にアルカリとの反応を終えており、かつマンガン含有塩がイオンとして安定に存在する低pH域(pHが4.0以下)からアルカリの添加が始まるので、液中に存在するマンガンイオンの全部を迅速にアルカリと反応させることができる。そのため、マンガン含有塩としての析出が回避され、原料金属塩から供給されたアニオン成分の全部を水溶性のアルカリ塩として液中に溶解させることができる。
【0028】
第2pH調整工程においても、液温は50~99℃を維持することが好ましい。第2pH調整工程でのアルカリ添加速度は、反応槽の温度調整能力に応じて、できるだけ速くすることが生産性向上につながり好ましい。例えばアルカリの添加所要時間を300秒以内とすることが好ましく、一挙添加(例えば添加所要時間30秒以内)とすることがより好ましい。
【0029】
[酸化工程]
次に、第2pH調整工程で得られた液(スラリー)に酸素を供給しながら撹拌を継続し、固体の反応生成物を形成させる。液温は50~99℃を維持することが好ましい。酸素の供給は、液中への酸素ガスあるいは空気の吹き込み(バブリング)によって行うことができる。酸素供給下での撹拌時間は1~36時間とすることが好ましい。このようにして湿式での酸化反応を進行させ、ビスマス、ルテニウム、およびマンガンを含む固体の反応生成物を形成させる。この反応生成物は上記金属のオキシ水酸化物を主体とするものであると考えられる。
【0030】
[乾固工程]
上記の反応生成物を乾固させる。上記の酸化工程を終えた液(反応液)から液体成分をできるだけ除去する前処理を施したのちに、固形分(反応生成物)を乾固させることが効率的である。その前処理としては、例えば上記反応液を所定時間静置したのち上澄みを除去する手法を適用することができる。静置時間は例えば24時間以上とすることが好ましい。この場合、上澄みの除去量は酸化工程を終えた反応液に対して体積比で70%以上とすることが好ましい。必要に応じて遠心分離装置による反応生成物の沈降促進操作を施してもよい。
【0031】
乾固は、液体成分が付着している反応生成物(固形分)を例えば80~140℃の空気に曝すことによって行うことができる。このようにして前駆体物質が形成される。その後、必要に応じて、解砕処理や、例えば180~250℃程度の温度での追加乾燥処理を施して化学的吸着水を除去することができる。また、焼成工程に供する粉体の粒度分布を例えば篩によって適正化しておくことができる。
【0032】
[焼成工程]
得られた前駆体物質を酸化性ガス雰囲気中で加熱することにより焼成し、ビスマス-ルテニウム-酸素型パイロクロア酸化物の結晶構造を有する粒子で構成される酸化物粉体を合成する。本発明では、マンガンが含まれている前駆体物質を使用するので、マンガンを含有するパイロクロア酸化物(MBRO酸化物)が得られる。また、その前駆体物質は、不要な金属塩の混入が回避できる上述の湿式工程を経て作られたものであるため、本工程では不純物相の存在が極めて少ないMBRO酸化物粉体を得ることができる。焼成温度は400~700℃、焼成時間(上記温度範囲での保持時間)は0.5~3.0時間とすることが好ましい。上記の酸化性ガス雰囲気としては大気圧下の空気が使用できる。
【0033】
焼成によって得られたMBRO酸化物粉体には、必要に応じて解砕処理や、篩を用いた粒度分布調整処理を施すことができる。また、得られた粉体を水中で撹拌したのち固形成分を回収する方法などにより、水溶性付着塩を除去する処理を施すことができる。
以上のようにして、原料物質の仕込み濃度を高めた手法において、不純物相の生成が顕著に抑えられたMBRO酸化物粉体を得ることができる。
【実施例0034】
[対照例1]
ここでは、本発明に従う2段階の「金属塩混合-アルカリ添加」プロセスを適用しなくても不純物相の少ないMBRO酸化物が得られることがわかっている範囲で、原料物質の仕込み濃度を高めた事例を示す。ただし、その仕込み濃度は、従来一般的なラボ実験よりもかなり高い。
【0035】
(酸化工程に供する液の調製)
容積1Lのセパラブルビーカ(旭製作所製)をマントルヒータ(旭製作所製)にセットし、純水150gを添加し撹拌しながら75℃に加熱保持した。撹拌にはアンカー羽根を用い撹拌回転数は300rpmとした。そこに分散剤である臭化テトラ-n-プロピルアンモニウム(富士フイルム和光純薬株式会社製)0.0521モル(14.15g)を50gの純水に溶解したものを撹拌しながら添加した。さらに硝酸ビスマス(III)五水和物(富士フイルム和光純薬株式会社製)0.2083モル(101.5g)、塩化ルテニウム(III)n水和物(田中貴金属工業株式会社製)0.1535モル(34.36g)をそれぞれ200gの純水中に均一に混濁したスラリーを作製し添加した。さらに硝酸マンガン(II)六水和物(富士フイルム和光純薬株式会社製)0.0658モル(18.88g)を純水100gに溶解し添加した。使用した純水の総量は700gである。
【0036】
各物質を投入した後、液温75℃で1時間撹拌を行った。硝酸ビスマス(III)五水和物および塩化ルテニウム(III)n水和物は水に対する溶解度が小さいため、75℃においてもそれらの全量を溶解させることはできず、スラリー状の原料溶液が得られた。撹拌後の原料溶液のpHはおよそ0.3であった。この原料溶液中のBi/(Ru+Mn)原子比は0.950、Mn/(Ru+Mn)原子比は0.30となる。また、原料金属塩の仕込み濃度は、原子数としてのビスマス含有量で0.2976mol/Lとなる。この仕込み濃度は、塩の体積は考慮せず、容積を使用した純水の体積である0.7Lとして算出した。
具体的には、ビスマスの仕込み濃度=ビスマスのモル量0.2083mol/純水の体積0.7L=0.2976mol/Lと求まる。
【0037】
濃度18mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を用意し、上記の原料溶液中に添加した。水酸化ナトリウムの添加量は、硝酸ビスマス(III)五水和物、塩化ルテニウム(III)n水和物、および硝酸マンガン(II)六水和物から供給されるアニオンの全量と反応させるのに必要なナトリウム量に対し原子割合で1.08倍のナトリウム量が供給される添加量とした。ここでは、その水酸化ナトリウムの全量を7.5分かけて添加した。このとき液温は95℃を超えるまで上昇した。このため原料金属塩の仕込み濃度をさらに上げた場合に水酸化ナトリウムを本例と同程度の添加速度で添加すると、液温が100℃を超え突沸の危険が生じると考えられる。
なお、表1にはこのアルカリ添加を便宜上「第1pH調整工程」の欄に示してある(以下の比較例1、2において同じ。)。
【0038】
(酸化工程)
次に、反応槽の液中に純酸素ガスを吹き込みながら、75℃に維持し、18時間撹拌を継続し、固体の反応生成物を形成させた。純酸素ガスの供給速度は、反応槽中の液1Lあたり常温、大気圧のガス体積として約100mL/minとなるようにした。
【0039】
(乾固工程)
上記の撹拌を終えた反応槽中の液(反応生成物が懸濁したスラリー)を5日間静置したのち上澄みを除去し、さらに遠心分離する方法で、最終的に前記の「反応槽中の液」の体積に対し70%以上の量の上澄みを除去し、反応生成物を回収した。回収された反応生成物を、残存する液体成分とともに、120℃の空気中で18時間保持することにより乾固させ、前駆体物質を形成させた。
【0040】
この前駆体物質を粉状にほぐしたのち、200℃の空気中で2時間保持することによりさらに乾燥させ、その後、乳鉢で解砕して焼成に供するための前駆体物質とした。
【0041】
(焼成工程)
上記の前駆体物質を600℃の空気中で1時間保持する方法で焼成し、MBRO酸化物を合成した。
【0042】
合成されたMBRO酸化物に、酸化物100g当たり体積0.5Lの純水中での撹拌、洗浄を施して付着塩の除去を行ったのち、吸引濾過して固形分を回収し、その固形分を120℃の空気中で乾燥させ、MBRO酸化物粉体を得た。
【0043】
(X線回折パターンの測定)
得られたMBRO酸化物粉体について、X線回折装置(Rigaku製、Ultima IV)により、Cu-Kα線、管電圧40kV、管電流40mA、測定ステップ0.02度、スキャン速度0.5度/minの条件でX線回折パターンを測定した。
図1に、本例および後述する各例で得られたMBRO酸化物粉体についてのX線回折パターンをまとめて例示する。X線回折パターンをRIR(Reference Intensity Ratio:参照強度比)法で解析した結果、本例で得られたMBRO酸化物粉体には、ビスマスあるいはマンガンを含有する不純物相は検出されなかった。
【0044】
(SEM-EDXによる組成分析)
得られたMBRO酸化物粉体について、SEM(日本電子株式会社製、FE-SEM JSM-7200F)およびEDX(Oxford Instruments製、X-Max20)により組成分析を行った。その結果、本例で得られたMBRO酸化物粉体のBi/(Ru+Mn)原子比は0.93、Mn/(Ru+Mn)原子比は0.32であった。
表1、表2に、製造条件および結果を示す(以下の各例において同じ。)。
【0045】
[比較例1]
本例は、原料金属塩の仕込み濃度を対照例1よりも大幅に高めた場合において、本発明に従う2段階の「金属塩混合-アルカリ添加」プロセスを適用しなかった例である。
【0046】
(酸化工程に供する液の調製)
容積1Lのセパラブルビーカ(旭製作所製)をマントルヒータ(旭製作所製)にセットし、純水150gを添加し撹拌しながら75℃に加熱保持した。撹拌にはアンカー羽根を用い撹拌回転数は300rpmとした。そこに分散剤である臭化テトラ-n-プロピルアンモニウム(富士フイルム和光純薬株式会社製)0.0521モル(14.15g)を50gの純水に溶解したものを撹拌しながら添加した。さらに硝酸ビスマス(III)五水和物(富士フイルム和光純薬株式会社製)0.4166モル(203.1g)、塩化ルテニウム(III)n水和物(田中貴金属工業株式会社製)0.3070モル(68.72g)をそれぞれ200gの純水中に均一に混濁したスラリーを作製し添加した。さらに硝酸マンガン(II)六水和物(富士フイルム和光純薬株式会社製)0.1316モル(37.77g)を純水100gに溶解し添加した。使用した純水の総量は700gである。
【0047】
各物質を投入した後、液温75℃で1時間撹拌を行った。硝酸ビスマス(III)五水和物および塩化ルテニウム(III)n水和物は水に対する溶解度が小さいため、75℃においてもそれらの全量を溶解させることはできず、スラリー状の原料溶液が得られた。この原料溶液中のBi/(Ru+Mn)原子比は0.950、Mn/(Ru+Mn)原子比は0.30となる。また、原料金属塩の仕込み濃度は、原子数としてのビスマス含有量で0.5952mol/Lとなる。この仕込み濃度は、塩の体積は考慮せず、容積を使用した純水の体積である0.7Lとして算出した。
【0048】
濃度18mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を用意し、上記の原料溶液中に添加した。水酸化ナトリウムの添加量は、硝酸ビスマス(III)五水和物、塩化ルテニウム(III)n水和物、および硝酸マンガン(II)六水和物から供給されるアニオンの全量と反応させるのに必要なナトリウム量に対し原子割合で1.04倍のナトリウム量が供給される添加量とした。ここでは、過度な昇温が生じないよう、その水酸化ナトリウムの全量を30分かけて添加した。温調器により水酸化ナトリウム添加中の液温を概ね75℃に保つことができた。
【0049】
以上のアルカリ添加を終えた反応槽中の液(スラリー)について、対照例1に記載した「酸化工程」以降の工程を対照例1と同様の方法で行い、MBRO酸化物粉体を作製した。得られたMBRO酸化物粉体について、X線回折パターンの測定およびSEM-EDXによる組成分析を対照例1と同様の方法で行った(以下の各例において同じ。)
X線回折測定の結果、本例で得られたMBRO酸化物粉体には、Bi-Ru系酸化物(BiRu11)、およびBi-Mn系酸化物と考えられる不純物相が検出された。RIR法で解析した結果、それらの不純物相の割合は約14質量%であった。また、SEM-EDX分析の結果、Bi/(Ru+Mn)原子比は0.97、Mn/(Ru+Mn)原子比は0.33であった。
【0050】
[比較例2]
本例は、原料金属塩の仕込み濃度を前掲の比較例1よりも更に高めた場合において、本発明に従う2段階の「金属塩混合-アルカリ添加」プロセスを適用しなかった例である。
【0051】
(酸化工程に供する液の調製)
容積1Lのセパラブルビーカ(旭製作所製)をマントルヒータ(旭製作所製)にセットし、純水150gを添加し撹拌しながら75℃に加熱保持した。撹拌にはアンカー羽根を用い撹拌回転数は300rpmとした。そこに分散剤である臭化テトラ-n-プロピルアンモニウム(富士フイルム和光純薬株式会社製)0.0521モル(14.15g)を50gの純水に溶解したものを撹拌しながら添加した。さらに硝酸ビスマス(III)五水和物(富士フイルム和光純薬株式会社製)0.8333モル(406.2g)、塩化ルテニウム(III)n水和物(田中貴金属工業株式会社製)0.6140モル(137.4g)をそれぞれ200gの純水中に均一に混濁したスラリーを作製し添加した。さらに硝酸マンガン(II)六水和物(富士フイルム和光純薬株式会社製)0.2631モル(75.53g)を純水100gに溶解し添加した。使用した純水の総量は700gである。
【0052】
各物質を投入した後、液温75℃で1時間撹拌を行った。硝酸ビスマス(III)五水和物および塩化ルテニウム(III)n水和物は水に対する溶解度が小さいため、75℃においてもそれらの全量を溶解させることはできず、スラリー状の原料溶液が得られた。この原料溶液中のBi/(Ru+Mn)原子比は0.950、Mn/(Ru+Mn)原子比は0.30となる。また、原料金属塩の仕込み濃度は、原子数としてのビスマス含有量で1.190mol/Lとなる。この仕込み濃度は、塩の体積は考慮せず、容積を使用した純水の体積である0.7Lとして算出した。
【0053】
濃度18mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を用意し、上記の原料溶液中に添加した。水酸化ナトリウムの添加量は、硝酸ビスマス(III)五水和物、塩化ルテニウム(III)n水和物、および硝酸マンガン(II)六水和物から供給されるアニオンの全量と反応させるのに必要なナトリウム量に対し原子割合で1.02倍のナトリウム量が供給される添加量とした。ここでは、過度な昇温が生じないよう、その水酸化ナトリウムの全量を180分かけて添加した。温調器により水酸化ナトリウム添加中の液温を概ね75℃に保つことができた。
【0054】
以上のアルカリ添加を終えた反応槽中の液(スラリー)について、対照例1に記載した「酸化工程」以降の工程を対照例1と同様の方法で行い、MBRO酸化物粉体を作製した。
X線回折測定の結果、本例で得られたMBRO酸化物粉体には、Bi-Ru系酸化物(BiRu11)、およびBi-Mn系酸化物と考えられる不純物相が検出された。RIR法で解析した結果、それらの不純物相の割合は約19質量%であった。また、SEM-EDX分析の結果、Bi/(Ru+Mn)原子比は0.83、Mn/(Ru+Mn)原子比は0.40であった。SEM-EDX分析による原子比にはMBRO結晶格子を構成しない不純物相の元素も含まれると考えられ、SEM-EDX分析による組成と原料溶液のそれとの間には大きな乖離が見られた。
【0055】
[比較例3]
本例は、原料金属塩の仕込み濃度を対照例1よりも大幅に高めた場合において、本発明に従う2段階の「金属塩混合-アルカリ添加」プロセスを適用しなかった例である。ただし、アルカリの添加速度をpHが2.0まで上昇した時点で切り替える手法の適用を試みた。
【0056】
(酸化工程に供する液の調製)
容積1Lのセパラブルビーカ(旭製作所製)をマントルヒータ(旭製作所製)にセットし、純水150gを添加し撹拌しながら75℃に加熱保持した。撹拌にはアンカー羽根を用い撹拌回転数は300rpmとした。そこに分散剤である臭化テトラ-n-プロピルアンモニウム(富士フイルム和光純薬株式会社製)0.0521モル(14.15g)を50gの純水に溶解したものを撹拌しながら添加した。さらに硝酸ビスマス(III)五水和物(富士フイルム和光純薬株式会社製)0.4166モル(203.1g)、塩化ルテニウム(III)n水和物(田中貴金属工業株式会社製)0.3070モル(68.72g)をそれぞれ200gの純水中に均一に混濁したスラリーを作製し添加した。さらに硝酸マンガン(II)六水和物(富士フイルム和光純薬株式会社製)0.1316モル(37.77g)を純水100gに溶解し添加した。使用した純水の総量は700gである。
【0057】
各物質を投入した後、液温75℃で1時間撹拌を行った。硝酸ビスマス(III)五水和物および塩化ルテニウム(III)n水和物は水に対する溶解度が小さいため、75℃においてもそれらの全量を溶解させることはできず、スラリー状の原料溶液が得られた。この原料溶液中のBi/(Ru+Mn)原子比は0.950、Mn/(Ru+Mn)原子比は0.30となる。また、原料金属塩の仕込み濃度は、原子数としてのビスマス含有量で0.5952mol/Lとなる。この仕込み濃度は、塩の体積は考慮せず、容積を使用した純水の体積である0.7Lとして算出した。
【0058】
濃度18mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を用意し、上記の原料溶液中に添加した。水酸化ナトリウムの添加総量は、硝酸ビスマス(III)五水和物、塩化ルテニウム(III)n水和物、および硝酸マンガン(II)六水和物から供給されるアニオンの全量と反応させるのに必要なナトリウム量に対し原子割合で1.04倍のナトリウム量が供給される量とした。ここでは、液のpHを適時計測しながら、まずpHが2.0となるまで、過度な昇温が生じないように水酸化ナトリウムを連続的に添加した。その添加所要時間は約30分であった。
【0059】
次いで、残りの水酸化ナトリウムの全量を一挙に添加した。一挙添加の所要時間は数秒程度である。水酸化ナトリウム添加終了後の液のpHは11.5以上であることが確認された。温調器により水酸化ナトリウム添加終了まで液温を95℃以下に保つことができた。
【0060】
水酸化ナトリウムの添加を終えた反応槽中の液(スラリー)について、対照例1に記載した「酸化工程」以降の工程を対照例1と同様の方法で行い、MBRO酸化物粉体を作製した。
X線回折測定の結果、本例で得られたMBRO酸化物粉体には、Bi-Mn系酸化物と考えられる不純物相が検出された。RIR法で解析した結果、その不純物相の割合は約2質量%であった。また、SEM-EDX分析の結果、Bi/(Ru+Mn)原子比は0.93、Mn/(Ru+Mn)原子比は0.34であった。
【0061】
[実施例1]
本例は、原料金属塩の仕込み濃度を対照例1よりも大幅に高めた場合において、本発明に従う2段階の「金属塩混合-アルカリ添加」プロセスを適用した例である。
【0062】
(第1原料混合工程)
容積1Lのセパラブルビーカ(旭製作所製)をマントルヒータ(旭製作所製)にセットし、純水150gを添加し撹拌しながら75℃に加熱保持した。撹拌にはアンカー羽根を用い撹拌回転数は300rpmとした。そこに分散剤である臭化テトラ-n-プロピルアンモニウム(富士フイルム和光純薬株式会社製)0.0521モル(14.15g)を50gの純水に溶解したものを撹拌しながら添加した。さらに硝酸ビスマス(III)五水和物(富士フイルム和光純薬株式会社製)0.4166モル(203.1g)、塩化ルテニウム(III)n水和物(田中貴金属工業株式会社製)0.3070モル(68.72g)をそれぞれ200gの純水中に均一に混濁したスラリーを作製し添加した。各物質を投入した後、液温75℃で1時間撹拌を行った。硝酸ビスマス(III)五水和物および塩化ルテニウム(III)n水和物は水に対する溶解度が小さいため、75℃においてもそれらの全量を溶解させることはできず、スラリー状の原料溶液が得られた。撹拌後の原料溶液のpHはおよそ0.2であった。
【0063】
(第1pH調整工程)
濃度18mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を用意し、上記の原料溶液中に添加した。ここでは、液のpHを適時計測しながら、pHが2.0となるまで、過度な昇温が生じないように水酸化ナトリウムを連続的に添加した。その添加所要時間は約30分であった。この第1pH調整工程で液中に添加したアルカリ量は、添加した前記ビスマス含有塩と前記ルテニウム含有塩、および後に添加するマンガン含有塩から供給されるアニオンの全部と反応させるのに必要なアルカリ量の55%であった。温調器により水酸化ナトリウム添加中の液温を概ね75℃に保つことができた。
【0064】
(第2原料混合工程)
硝酸マンガン(II)六水和物(富士フイルム和光純薬株式会社製)0.1316モル(37.77g)を純水100gに溶解して、硝酸マンガン水溶液を得た。第1pH調整工程を終えてpHが2.0に調整された液に、上記の硝酸マンガン水溶液を混合し、液温75℃で30分撹拌を行った。
【0065】
(第2pH調整工程)
その後、液中に混合した全ての金属塩(前記ビスマス含有塩、前記ルテニウム含有塩、および前記マンガン含有塩)から供給されるアニオンの全部と反応させるのに必要なアルカリ量に対し1.04倍量に相当するアルカリ量から前記第1pH調整工程で添加したアルカリ量を差し引いた量のアルカリを、濃度18mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液によって、液中に一挙に添加した。一挙添加の所要時間は数秒程度である。水酸化ナトリウム添加終了後の液のpHは11.5以上であることが確認された。温調器により水酸化ナトリウム添加終了まで液温を95℃以下に保つことができた。この液(スラリー)中のBi/(Ru+Mn)原子比は0.950、Mn/(Ru+Mn)原子比は0.30となる。また、原料金属塩の仕込み濃度(添加したアルカリ水溶液の分量を除いた液状媒体の総量に対する濃度)は、原子数としてのビスマス含有量で0.595mol/Lとなる。この仕込み濃度は、塩の体積は考慮せず、容積を使用した純水の体積である0.7Lとして算出した。
【0066】
以上の第2pH調整工程を終えた反応槽中の液(スラリー)について、対照例1に記載した「酸化工程」以降の工程を対照例1と同様の方法で行い、MBRO酸化物粉体を作製した。
X線回折測定の結果、本例で得られたMBRO酸化物粉体には、ビスマスあるいはマンガンを含有する不純物相は検出されなかった。また、SEM-EDX分析の結果、Bi/(Ru+Mn)原子比は0.95、Mn/(Ru+Mn)原子比は0.34であった。
本例では、原料金属塩の仕込み濃度を対照例1よりも大幅に引き上げたにもかかわらず、不純物相が検出されないMBRO酸化物粉体が得られた。
【0067】
[実施例2]
本例は、実施例1において、仕込み組成におけるMn/(Ru+Mn)原子比を0.30から0.35に変更したこと、および第1pH調整工程でのアルカリ添加終了時点の液pHを2.0から1.0に変更したことを除き、実施例1と同様の方法でMBRO酸化物粉体の作製および各種測定を行った例である。
【0068】
(第1原料混合工程)
実施例1と同様の条件でスラリー状の原料溶液を得た。
【0069】
(第1pH調整工程)
濃度18mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液を用意し、前記の原料溶液中に添加した。ここでは、液のpHを適時計測しながら、pHが1.0となるまで、過度な昇温が生じないように水酸化ナトリウムを連続的に添加した。その添加所要時間は約30分とした。この第1pH調整工程で液中に添加したアルカリ量は、添加した前記ビスマス含有塩と前記ルテニウム含有塩、および後に添加するマンガン含有塩から供給されるアニオンの全部と反応させるのに必要なアルカリ量の50%であった。温調器により水酸化ナトリウム添加中の液温を概ね75℃に保つことができた。
【0070】
(第2原料混合工程)
硝酸マンガン(II)六水和物(富士フイルム和光純薬株式会社製)0.1535モル(44.06g)を純水100gに溶解して、硝酸マンガン水溶液を得た。第1pH調整工程を終えてpHが1.0に調整された液に、上記の硝酸マンガン水溶液を混合し、液温75℃で30分撹拌を行った。
【0071】
(第2pH調整工程)
その後、液中に混合した全ての金属塩(前記ビスマス含有塩、前記ルテニウム含有塩、および前記マンガン含有塩)から供給されるアニオンの全部と反応させるのに必要なアルカリ量に対し1.04倍量に相当するアルカリ量から前記第1pH調整工程で添加したアルカリ量を差し引いた量のアルカリを、濃度18mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液によって、液中に一挙に添加した。一挙添加の所要時間は数秒程度である。水酸化ナトリウム添加終了後の液のpHは11.5以上であることが確認された。温調器により水酸化ナトリウム添加終了まで液温を95℃以下に保つことができた。この液(スラリー)中のBi/(Ru+Mn)原子比は0.950、Mn/(Ru+Mn)原子比は0.35となる。また、原料金属塩の仕込み濃度(添加したアルカリ水溶液の分量を除いた液状媒体の総量に対する濃度)は、原子数としてのビスマス含有量で0.595mol/Lとなる。この仕込み濃度は、塩の体積は考慮せず、容積を使用した純水の体積である0.7Lとして算出した。
【0072】
以上の第2pH調整工程を終えた反応槽中の液(スラリー)について、対照例1に記載した「酸化工程」以降の工程を対照例1と同様の方法で行い、MBRO酸化物粉体を作製した。
X線回折測定の結果、本例で得られたMBRO酸化物粉体には、ビスマスあるいはマンガンを含有する不純物相は検出されなかった。また、SEM-EDX分析の結果、Bi/(Ru+Mn)原子比は0.88、Mn/(Ru+Mn)原子比は0.39であった。
本例では、Mn/(Ru+Mn)原子比を実施例1よりも引き上げたにもかかわらず、不純物相が検出されないMBRO酸化物粉体が得られた。
【0073】
【表1】
【0074】
【表2】
図1