(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024165475
(43)【公開日】2024-11-28
(54)【発明の名称】ステンレス鋼線、ステンレス鋼部品及びステンレス鋼線用の線材
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20241121BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20241121BHJP
C21D 8/06 20060101ALN20241121BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C21D8/06 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023081710
(22)【出願日】2023-05-17
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】山先 祥太
(72)【発明者】
【氏名】高野 光司
【テーマコード(参考)】
4K032
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA05
4K032AA08
4K032AA09
4K032AA10
4K032AA13
4K032AA14
4K032AA15
4K032AA16
4K032AA17
4K032AA19
4K032AA20
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA24
4K032AA31
4K032AA32
4K032AA33
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
4K032AA39
4K032AA40
4K032BA02
4K032CA02
4K032CB02
4K032CC04
4K032CF03
4K032CG02
(57)【要約】
【課題】超伸線加工を施したままにおいても高強度・高延性を確保し、製網性を確保できるステンレス鋼線、ステンレス鋼部品及びステンレス鋼線用の線材を提供する。
【解決手段】Ni:3.0~10.0%、Cr:17.0~25.0%、N:0.10~0.50%、Cu:0.5~4.0%を含有し、式(a)で示されるA値が-60以下であり、鋼線のオーステナイト相の転位密度が1~100×1015/m2以下であるステンレス鋼線。引張強さが1900~4500MPaであり、破断絞りが10%以上である。最終伸線における総伸線減面率と最終伸線速度を制御することにより、伸線後の焼鈍を行わずに、高強度・高延性を確保し、製網性を確保できるステンレス鋼線を実現する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.01~0.20%、
Si:0.1~4.0%、
Mn:0.1~10.0%、
Ni:3.0~10.0%、
Cr:17.0~25.0%、
Mo:0.1~4.0%、
N :0.10~0.50%、
Cu:0.5~4.0%、
V :0~2.5%、
B :0~0.012%、
Al:0~2.0%、
W :0~2.5%、
Ga:0~0.0500%、
Co:0~2.5%、
Sn:0~2.5%、
Ti:0~1.0%、
Nb:0~2.5%、
Ta:0~2.5%、
Ca:0~0.012%、
Mg:0~0.012%、
Zr:0~0.012%、
REM:0~0.05%、
を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、
下記式(a)で示されるA値が-60以下であり、
ステンレス鋼線のオーステナイト相の転位密度が1×1015/m2~100×1015/m2である、
ステンレス鋼線。
A値=551-462(C+N)-9.2Si―8.1Mn―29(Ni+Cu)-13.7Cr―18.5Mo … (a)
但し、式中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有量(質量%)を意味する。また、式(a)中の元素の含有量が0%である場合は、該当記号箇所には「0」を代入して算出する。
【請求項2】
更に質量%で、
V :0.001~2.5%、
B :0.001~0.012%、
Al:0.001~2.0%、
W :0.05~2.5%、
Ga:0.0004~0.0500%、
Co:0.05~2.5%、
Sn:0.01~2.5%、
Ti:0.01~1.0%、
Nb:0.01~2.5%、
Ta:0.01~2.5%、
Ca:0.0002~0.012%、
Mg:0.0002~0.012%、
Zr:0.0002~0.012%および
REM:0.0002~0.05%から選択される一種以上を含有する、
請求項1に記載のステンレス鋼線。
【請求項3】
引張強さが1900~4500MPaであり、破断絞りが10%以上である請求項1または請求項2に記載のステンレス鋼線。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載のステンレス鋼線を用いた、ステンレス鋼部品。
【請求項5】
質量%で、
C :0.01~0.20%、
Si:0.1~4.0%、
Mn:0.1~10.0%、
Ni:3.0~10.0%、
Cr:17.0~25.0%、
Mo:0.1~4.0%、
N :0.10~0.50%、
Cu:0.5~4.0%、
V :0~2.5%、
B :0~0.012%、
Al:0~2.0%、
W :0~2.5%、
Ga:0~0.0500%、
Co:0~2.5%、
Sn:0~2.5%、
Ti:0~1.0%、
Nb:0~2.5%、
Ta:0~2.5%、
Ca:0~0.012%、
Mg:0~0.012%、
Zr:0~0.012%、
REM:0~0.05%、
を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、
下記式(a)で示されるA値が-60以下である、
ステンレス鋼線用の線材。
A値=551-462(C+N)-9.2Si―8.1Mn―29(Ni+Cu)-13.7Cr―18.5Mo … (a)
但し、式(a)中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有量(質量%)を意味する。また、式(a)中の元素の含有量が0%である場合は、該当記号箇所には「0」を代入して算出する。
【請求項6】
更に質量%で、
Cu:0.01~4.0%、
V :0.001~2.5%、
B :0.001~0.012%、
Al:0.001~2.0%、
W :0.05~2.5%、
Ga:0.0004~0.0500%、
Co:0.05~2.5%、
Sn:0.01~2.5%、
Ti:0.01~1.0%、
Nb:0.01~2.5%、
Ta:0.01~2.5%、
Ca:0.0002~0.012%、
Mg:0.0002~0.012%、
Zr:0.0002~0.012%および
REM:0.0002~0.05%から選択される一種以上を含有する、
請求項5に記載のステンレス鋼線用の線材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼線、ステンレス鋼部品及びステンレス鋼線用の線材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、金網や通信用鉄心、スクリーンメッシュなどに代表されるような、ステンレス鋼細線製品は、SUS304、SUS316を代表とするオーステナイト系ステンレス鋼線材、鋼線を素材として加工・成型された後、延性を確保するために高温熱処理を施し製造されてきた。しかしながら、上記のようなオーステナイト系ステンレス鋼線材から加工、製造されたステンレス鋼細線製品では、細線での高温熱処理時に重量当たりの熱処理時間が増加し、工程の高コスト化、長工期化、高環境負荷となり、また、素材として合金コストも高く、省工程・省合金化が望まれる。
【0003】
特許文献1に記載の発明は、成分組成の調整によってγ安定度を制御し、φ300μm以下まで80%以上の強伸線を施し、伸線加工後の焼鈍を超短時間ストランド焼鈍とすることのできる、高延性細線の安価製造方法である。
【0004】
特許文献2に記載の発明は、Al含有量を低減して真空中で溶解する特殊溶解を施すことにより介在物制御を行い、かつ伸線性のためC>3Nに制御した極細線用の線材であり、極細線まで伸線加工が可能であり、伸線後に焼鈍を施すことで高強度と高延性を付与する線材及び鋼線である。
【0005】
特許文献3に記載の発明は、0.1~0.5%Nを含有するSUS304極細線において、伸線加工と熱処理加工によってオーステナイト組織を所定粒度以上に微細化し、それによって目標とする耐力値と伸び値を実現したものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許4098171号公報
【特許文献2】特許第6491983号公報
【特許文献3】特許4068216号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
熱間の線材圧延後、さらには溶体化処理後の線材について伸線加工を行ったときの最終伸線までの総伸線減面率、予備伸線加工と中間ストランド焼鈍を行う場合には中間ストランド焼鈍後の伸線加工における最終伸線までの総伸線減面率に関して、総伸線減面率が95.0%以上の伸線加工を行う場合、以下「超伸線加工」ともいう。
【0008】
上記の特許文献1~3に記載の発明では、いずれも伸線加工後に熱処理を行うことを前提としたステンレス鋼線材、細線、極細線が対象であり、超伸線加工ままにて高強度・高延性の鋼線を安価に製造する方法、当該鋼線、当該鋼線用の線材の提供は検討されていない。
【0009】
本発明の課題は、高強度・高延性のステンレス鋼線を安価に製造するために、超伸線加工を施したままにおいても高強度・高延性を確保し、製網性を確保できるステンレス鋼線、ステンレス鋼部品及びステンレス鋼線用の線材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
即ち、本発明の要旨とするところは以下のとおりである。
[1]質量%で、
C:0.01~0.20%、Si:0.1~4.0%、Mn:0.1~10.0%、Ni:3.0~10.0%、Cr:17.0~25.0%、Mo:0.1~4.0%、N:0.10~0.50%、Cu:0.5~4.0%、
V:0~2.5%、B:0~0.012%、Al:0~2.0%、W:0~2.5%、Ga:0~0.0500%、Co:0~2.5%、Sn:0~2.5%、Ti:0~1.0%、Nb:0~2.5%、Ta:0~2.5%、Ca:0~0.012%、Mg:0~0.012%、Zr:0~0.012%、REM:0~0.05%、
を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、
下記式(a)で示されるA値が-60以下であり、
ステンレス鋼線のオーステナイト相の転位密度が1×1015/m2~100×1015/m2である、
ステンレス鋼線。
A値=551-462(C+N)-9.2Si―8.1Mn―29(Ni+Cu)-13.7Cr―18.5Mo … (a)
但し、式(a)中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有量(質量%)を意味する。また、式(a)中の元素の含有量が0%である場合は、該当記号箇所には「0」を代入して算出する。
[2]更に質量%で、
V:0.001~2.5%、B:0.001~0.012%、Al:0.001~2.0%、W:0.05~2.5%、Ga:0.0004~0.0500%、Co:0.05~2.5%、Sn:0.01~2.5%、Ti:0.01~1.0%、Nb:0.01~2.5%、Ta:0.01~2.5%、Ca:0.0002~0.012%、Mg:0.0002~0.012%、Zr:0.0002~0.012%およびREM:0.0002~0.05%から選択される一種以上を含有する、
[1]に記載のステンレス鋼線。
[3]引張強さが1900~4500MPaであり、破断絞りが10%以上である[1]または[2]に記載のステンレス鋼線。
【0011】
[4][1]~[3]のいずれか1つに記載のステンレス鋼線を用いたステンレス鋼部品。
【0012】
[5]質量%で、
C:0.01~0.20%、Si:0.1~4.0%、Mn:0.1~10.0%、Ni:3.0~10.0%、Cr:17.0~25.0%、Mo:0.1~4.0%、N:0.10~0.50%、Cu:0.5~4.0%、
V:0~2.5%、B:0~0.012%、Al:0~2.0%、W:0~2.5%、Ga:0~0.0500%、Co:0~2.5%、Sn:0~2.5%、Ti:0~1.0%、Nb:0~2.5%、Ta:0~2.5%、Ca:0~0.012%、Mg:0~0.012%、Zr:0~0.012%、REM:0~0.05%、
を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、
下記式(a)で示されるA値が-60以下である、
ステンレス鋼線用の線材。
A値=551-462(C+N)-9.2Si―8.1Mn―29(Ni+Cu)-13.7Cr―18.5Mo … (a)
但し、式(a)中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有量(質量%)を意味する。また、式(a)中の元素の含有量が0%である場合は、該当記号箇所には「0」を代入して算出する。
[6]更に質量%で、
Cu:0.01~4.0%、V:0.001~2.5%、B:0.001~0.012%、Al:0.001~2.0%、W:0.05~2.5%、Ga:0.0004~0.0500%、Co:0.05~2.5%、Sn:0.01~2.5%、Ti:0.01~1.0%、Nb:0.01~2.5%、Ta:0.01~2.5%、Ca:0.0002~0.012%、Mg:0.0002~0.012%、Zr:0.0002~0.012%およびREM:0.0002~0.05%から選択される一種以上を含有する、
[5]に記載のステンレス鋼線用の線材。
【発明の効果】
【0013】
本発明のステンレス鋼線は、成分組成として、低Niではあるものの式(a)のA値を調整し、CuとNを複合添加するとともに、最終伸線における総伸線減面率と最終伸線速度を制御することにより、伸線後の焼鈍を行わずに、高強度・高延性を確保し、製網性を確保できるステンレス鋼線を実現することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明において、最終伸線を終え伸線後の焼鈍を行わない製品を「ステンレス鋼線」と呼ぶ。また、上記ステンレス鋼線を製造するための素材であって、熱間圧延終了後、あるいはさらに伸線を行った材料を「ステンレス鋼線用の線材」と呼ぶ。
【0015】
《ステンレス鋼線およびステンレス鋼線用の線材の化学成分》
ステンレス鋼線およびステンレス鋼線用の線材の化学成分について説明する。鋼の化学組成についての「%」は質量%を意味する。また、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。なお、「~」の前後に記載される数値に「超」または「未満」が付されている場合の数値範囲は、これら数値を下限値または上限値として含まない範囲を意味する。
【0016】
以下に、先ず、本発明のステンレス鋼線およびステンレス鋼線用の線材の化学成分等の限定理由について説明する。
【0017】
(C:0.01~0.20%)
Cは、伸線後の鋼線の強度を確保するために0.01%以上を添加する。しかしながら、0.20%を超えて添加すると、強度が高すぎ、破断絞りが低下する。そのため、Cの上限を0.20%とする。Cの好ましい範囲は、0.02~0.15%、さらに好ましい範囲は、0.04~0.09%である。
【0018】
(Si:0.1~4.0%)
Siは、脱酸確保、及び強度確保のために0.1%以上添加する。しかしながら、Siを4.0%超えて添加すると、破断絞りが低下するため上限を4.0%とする。Siの好ましい範囲は、0.2~2.0%、さらに好ましい範囲は、0.2~1.0%である。
【0019】
(Mn:0.1~10.0%)
Mnは、オーステナイト安定度確保及び強度確保のため、0.1%以上添加する。しかしながら、Mnを10.0%超添加すると破断絞りが低下するため上限を10.0%とする。Mnの好ましい範囲は、0.5~5.0%、さらに好ましい範囲は、1.0~3.0%である。
【0020】
(Ni:3.0~10.0%)
Niは、オーステナイト安定度確保及び延性確保のために、3.0%以上添加する。しかしながら、10.0%を超えて添加すると合金コストが高くなるとともにステンレス鋼線の強度が下がるため上限を10.0%にする。Niの好ましい範囲は、4.0~9.0%、さらに好ましい範囲は、5.0~8.0%である。
【0021】
(Cr:17.0~25.0%)
Crは、耐食性の確保及びN溶解度確保のために17.0%以上添加する。しかしながら、25.0%を超えて添加すると破断絞りが低下するため上限を25.0%にする。Crの好ましい範囲は、18.0~23.0%、さらに好ましい範囲は、18.5~22.0%である。
【0022】
(Mo:0.1~4.0%)
Moは、ステンレス鋼線の耐食性を向上させるために0.1%以上添加する。しかしながら、4.0%を超えて添加すると合金コストが高くなるとともに破断絞りが低下するため、上限を4.0%にする。Moの好ましい範囲は、0.1~2.0%、さらに好ましい範囲は、0.1~1.0%である。
【0023】
(N:0.10~0.50%)
Nは、強度及び耐食性を確保するために0.10%以上とする。しかしながら、0.50%を超えると逆に強度が低下し、かつ破断絞りが低下するため上限を0.50%にする。Nの好ましい範囲は、0.15~0.40%、さらに好ましい範囲は、0.15~0.30%である。
【0024】
(Cu:0.5~4.0%)
Cuは、延性を確保するとともにオーステナイト安定度を確保するために0.5%以上添加する。しかしながら、4.0%を超えて添加すると逆に熱間加工割れが発生するとともに強度が低下するため上限を4.0%にする。Cuの好ましい範囲は、0.8~3.5%、さらに好ましい範囲は、1.4~3.5%である。
【0025】
本発明のステンレス鋼線は、NとCuを上記のように複合添加することにより、強加工後のオーステナイト相の転位密度を低減させ、また、加工誘起マルテンサイト生成を抑制させ、鋼線の強度・延性バランスの確保を実現することができる。
【0026】
本発明のステンレス鋼線およびステンレス鋼線用の線材は、上記成分を含有し、残部Fe及び不純物であり、さらに選択的に下記成分を含有すると好ましい。
【0027】
(V:0~2.5%)
Vは、強度・延性バランスの向上のために必要に応じて添加する。しかしながら、2.5%を超えて添加すると逆に強度・延性バランスの低下となるため、上限を2.5%にする。好ましくは1.0%以下であり、更に好ましくは0.7%以下とし、更に好ましくは0.5%以下である。V含有量が0.001%以上であれば上記効果を発揮することができる。
【0028】
(B:0~0.012%)
Bは、強度・延性バランスの向上のために必要に応じて添加する。しかしながら、0.012%を超えて添加すると逆に強度・延性バランスの低下となるため、上限を0.012%にする。B含有量が0.001%以上であれば上記効果を発揮することができる。
【0029】
(Al:0~2.0%)
Alは、強度・延性バランスの向上のために必要に応じて添加する。しかしながら、2.0%を超えて添加すると逆に強度・延性バランスの低下となるため、上限を2.0%にする。好ましくは1.0%以下であり、更に好ましくは0.5%以下、更に好ましくは0.05%以下とする。Al含有量が0.001%以上であれば上記効果を発揮することができる。
【0030】
(W:0~2.5%)
Wは、ステンレス鋼線の耐食性を向上させるために必要に応じて添加する。しかしながら、2.5%を超えて添加すると伸線性が劣化するため、上限を2.5%にする。より好ましくは、2.0%以下であり、更に好ましくは1.5%以下である。W含有量が0.05%以上であれば上記効果を発揮することができる。
【0031】
(Ga:0~0.0500%)
Gaは、耐食性のために必要に応じて添加する。しかしながら、0.0500%を超えて添加すると伸線性が劣化するため、上限を0.0500%にする。Ga含有量が0.0004%以上であれば上記効果を発揮することができる。
【0032】
(Co:0~2.5%)
Coは、耐食性のために必要に応じて添加する。しかしながら、2.5%を超えて添加すると伸線性が劣化するため、上限を2.5%にする。より好ましくは、1.0%以下であり、更に好ましくは0.8%以下である。Co含有量が0.05%以上であれば上記効果を発揮することができる。
【0033】
(Sn:0~2.5%)
Snは、耐食性のために必要に応じて添加する。しかしながら、2.5%を超えて添加すると伸線性が劣化するため、上限を2.5%にする。より好ましくは、1.0%以下であり、更に好ましくは0.2%以下である。Sn含有量が0.01%以上であれば上記効果を発揮することができる。
【0034】
(Ti:0~1.0%)
Tiは、強度・延性バランスの向上のために必要に応じて添加する。しかしながら、1.0%を超えて添加すると逆に強度・延性バランスの低下となるため、上限を1.0%にする。好ましくは0.7%以下とし、更に好ましくは0.5%以下である。Ti含有量が0.01%以上であれば上記効果を発揮することができる。
【0035】
(Nb:0~2.5%)
Nbは、強度・延性バランスの向上のために必要に応じて添加する。しかしながら、2.5%を超えて添加すると逆に強度・延性バランスの低下となるため、上限を2.5%にする。好ましくは1.0%以下であり、更に好ましくは0.7%以下とし、更に好ましくは0.5%以下である。Nb含有量が0.01%以上であれば上記効果を発揮することができる。
【0036】
(Ta:0~2.5%)
Taは、強度・延性バランスの向上のために必要に応じて添加する。しかしながら、2.5%を超えて添加すると逆に強度・延性バランスの低下となるため、上限を2.5%にする。好ましくは1.0%以下であり、更に好ましくは0.7%以下とし、更に好ましくは0.5%以下である。Ta含有量が0.01%以上であれば上記効果を発揮することができる。
【0037】
(Ca:0~0.012%)
Caは、脱酸のために必要に応じて添加する。しかしながら、0.012%を超えて添加すると伸線性が劣化するため、上限を0.012%にする。Caは好ましくは0.010%以下であり、更に好ましくは0.005%以下である。Ca含有量が0.0002%以上であれば上記効果を発揮することができる。
【0038】
(Mg:0~0.012%)
Mgは、脱酸のために必要に応じて添加する。しかしながら、0.012%を超えて添加すると伸線性が劣化するため、上限を0.012%にする。好ましくは0.010%以下であり、更に好ましくは0.005%以下である。Mg含有量が0.0002%以上であれば上記効果を発揮することができる。
【0039】
(Zr:0~0.012%)
Zrは、脱酸のために必要に応じて添加する。しかしながら、0.012%を超えて添加すると伸線性が劣化するため、上限を0.012%にする。好ましくは0.010%以下であり、更に好ましくは0.005%以下である。Zr含有量が0.0002%以上であれば上記効果を発揮することができる。
【0040】
(REM:0~0.05%)
REMは、脱酸のために必要に応じて添加する。しかしながら、0.05%を超えて添加すると伸線性が劣化するため、上限を0.05%にする。好ましくは0.010%以下であり、更に好ましくは0.005%以下である。REM含有量が0.0002%以上であれば上記効果を発揮することができる。
【0041】
(A値:-60以下)
下記式(a)で定めるA値は、伸線加工後の加工誘起マルテンサイトの体積分率と成分の関係をそれぞれ調査して得られた指標であり、伸線加工後の鋼線における加工誘起マルテンサイトの過剰発生を防止するために制御する必要がある。
【0042】
A値が-60を上回ると、伸線加工時に加工誘起マルテンサイト相が過剰に生成する。加工誘起マルテンサイト抑制のため、A値を-60以下に限定する。好ましくは-100以下であり、更に好ましくは-150以下である。高合金による高コスト化を防ぐためには、A値の下限を-400とすると好ましい。
A値=551-462(C+N)-9.2Si―8.1Mn―29(Ni+Cu)-13.7Cr―18.5Mo … (a)
但し、式(a)中の元素記号は、当該元素の鋼中における含有量(質量%)を意味する。また、式(a)中の元素の含有量が0%である場合は、該当記号箇所には「0」を代入して算出する。
【0043】
本発明は、Ni含有量上限が10.0%と低Niであるにもかかわらず、A値を上記のように-60以下に制限することにより、伸線加工時における加工誘起マルテンサイト相の過剰な生成を抑制することが可能となる。
【0044】
《ステンレス鋼線の品質》
(オーステナイト相の転位密度:1×1015/m2~100×1015/m2)
オーステナイト相の転位密度が低すぎると強度の確保が困難となるため、その下限を1×1015/m2とする。一方、オーステナイト相の転位密度が高すぎると破断絞りが確保できなくなるため、その上限を100×1015/m2とする。好ましくは3×1015/m2~50×1015/m2、更に好ましくは3×1015/m2~30×1015/m2である。
【0045】
(金属組織)
本発明のステンレス鋼線は、伸線加工ままで伸線加工後に焼鈍を行わないので、ステンレス鋼線の結晶組織は加工組織を呈している。ステンレス鋼線のL断面を研磨・エッチングした後、光学顕微鏡にて結晶粒の展伸具合を観察することで、加工組織であることを確認できる。
【0046】
本発明のステンレス鋼線は、伸線加工ままで伸線加工後に焼鈍を行わない結果として、省工程で強度・延性に優れる品質を実現することができる。
【0047】
本発明のステンレス鋼線の金属組織は、好ましくはオーステナイト相を含有している。例えば、X線回折にてFCCの回折パターンを得るのであれば、オーステナイト相を含有しているということができる。オーステナイト相を含有する点については、先のX線回折や飽和磁化測定として評価することができる。
【0048】
(引張強さ:1900~4500MPa)
本発明のステンレス鋼線は好ましくは、引張強さが1900~4500MPaの範囲である。引張強さを1900MPa以上とすることにより、本発明が課題とする高強度を十分に実現することができる。一方、引張強さが4500MPaを超えると、破断絞りを十分に確保することができない。より好ましくは引張強さが2000~3500MPaである。さらに好ましくは引張強さが2000~3000MPaである。
【0049】
(破断絞り:10%以上)
本発明のステンレス鋼線は好ましくは、破断絞りが10%以上である。破断絞りを10%以上とすることにより、高延性の鋼線を提供することができる。より好ましくは破断絞りが20%以上であり、さらに好ましくは破断絞りが30%以上である。
【0050】
《ステンレス鋼線の製造方法》
次に、本実施形態に係るステンレス鋼線およびステンレス鋼線用の線材の製造方法について説明する。なお、本発明の高強度ステンレス鋼線およびステンレス鋼線用の線材の製造方法は、以下に記載した条件に限るものではないことはもちろんである。
【0051】
上記成分組成を有する鋼を溶製し、所定の径を有する鋳片に鋳造したのち、鋳片に対し熱間の線材圧延を行う。その後は、必要に応じて適宜、溶体化処理、酸洗を行いステンレス鋼線用の線材とする。
【0052】
本実施形態に係るステンレス鋼線は、上述のステンレス鋼線用の線材を冷間で伸線加工することにより得られる。具体的には、伸線加工前の所定の材料を下記の条件で伸線加工してステンレス鋼線を製造する。伸線加工前の所定の材料とは、熱間圧延後の上述の線材または、当該線材について予備伸線加工を行った鋼線に中間ストランド焼鈍を行った材料をいう。
【0053】
(総伸線減面率:95.0~99.98%)
伸線加工における総伸線減面率は、強度を確保するとともに熱処理を省略するために、95%以上とする。95.0%超とすると好ましい。一方、総伸線減面率が大きくなりすぎると、断線率が増大するので、総伸線減面率の上限は99.98%とする。好ましくは96.0~99.98%であり、更に好ましくは99.90~99.98%である。ここで総伸線減面率とは、前記予備伸線加工と中間ストランド焼鈍を行う場合には、中間ストランド焼鈍後の伸線加工における総伸線減面率を意味する。
【0054】
(最終伸線速度:50~1000m/min)
伸線加工における最終伸線速度を、50~1000m/minの範囲とする。伸線加工における最終伸線速度を50m/min以上とすることにより、成分組成におけるCuとNの複合添加と相まって、総伸線減面率が95.0%以上の超伸線加工を行うにもかかわらず、最終伸線後の焼鈍を行うことなく、高強度と高延性の両立を達成することができる。一方、最終伸線速度が1000m/minを超えると断線の頻度が高くなるので、最終伸線速度の上限を1000m/minとする。好ましくは最終伸線速度の範囲を100~1000m/min、さらに好ましくは最終伸線速度の範囲を300~1000m/minとする。
【0055】
(成分組成と製造方法の相乗効果)
本発明は、成分組成においてCuとNの複合添加を行い、さらに最終伸線速度を上記のように50m/min以上の高速伸線とすることにより、総伸線減面率が95.0%以上の伸線加工を行うとともに最終焼鈍を行わないことにより、オーステナイト相の転位密度を前記本発明の好適範囲に制御し、高強度と高延性の両立を達成することができる。最終焼鈍を行わないので、工程の高コスト化、長工期化、高環境負荷を抑制することが可能となる。
【0056】
(ステンレス鋼線の線径)
本発明のステンレス鋼線の線径の範囲としては、0.01~4.0mmの範囲において好適に用いることができる。特に、線径が0.5mm以下の細線、さらには線径が0.1mm以下の極細線においては、最終焼鈍を行わないことによる工程の低コスト化、工期短縮効果、環境負荷の低減効果を大きく享受することができる。
【0057】
《ステンレス鋼部品》
本発明のステンレス鋼線を用いて、ステンレス鋼部品を作ることができる。ステンレス鋼部品としては、金網、ロープ、ばね、通信用鉄芯などが例示される。本発明のステンレス鋼線は、強度・延性に優れるという性質を有しているため、上記各ステンレス鋼部品の素材として好適に用いることができる。
【実施例0058】
以下に本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、以下の実施例で用いた条件に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0059】
表1に実施例の鋼の化学組成(鋼種A~AU)、式(a)のA値を示す。なお、表1中の下線は本発明範囲から外れているものを示す。
【0060】
【0061】
これらの化学組成の鋼は、ステンレス鋼の安価溶製プロセスであるAOD溶製を想定し、100kgの真空溶解炉にて溶解し、φ180mmの鋳片に鋳造した。得られた鋳片を1100℃で200分の加熱後、φ5.5mmまで熱間の線材圧延を行い、1050℃で熱間圧延を終了した。その直後に連続して、溶体化処理として1050℃で3分のインライン熱処理を実施して水冷し、酸洗を行い、ステンレス鋼線用の線材とした。
【0062】
その後、φ0.15mmまで冷間で伸線加工を施し、ステンレス鋼線とした。その際の総伸線減面率は99.93%、最終伸線速度は400m/minとした。伸線加工後の熱処理は行わなかった。
【0063】
そして、上記方法により製造した鋼線について、下記の方法に従って、オーステナイト相の転位密度、引張強さ、破断絞りを評価した。
【0064】
[オーステナイト相の転位密度]
鋼線のオーステナイト相の転位密度は、X線ラインプロファイル解析で測定した。鋼線のL断面(鋼線圧延方向の断面(縦断面))において、X線回折にてCuKα線を用いて測定を行い、(111)、(200)、(220)(311)の半価幅を測定し、得られた半価幅を以下の式(E)(modified Williamson-Hall式)へ代入する。
ΔK=0.9/D+((πM2b2ρ)/2)1/2・K・C1/2+O(K2C) ・・・(E)
なお、式(E)において、Dは結晶子サイズ(nm)、ρは転位密度(m-2),bはバーガースベクトルの大きさ(nm)、Mは転位密度ρと転位の相互作用距離Re(nm)に関する定数であり,Cは転位の平均コントラスト因子である。また、KおよびΔKは、下記の通りである。
K=2sinθ/λ、
ΔK=2βcosθ/λ
上記式において、β、θおよびλは、それぞれ各回折線の半値幅(rad)、ブラッグ反射角(rad)およびX線波長(CuKα=0.15405nm)である。
【0065】
ここで、式(E)の両辺を2乗し,高次項であるO(K2C)を無視し,α=(0.9/D)2、γ=πM2b2ρ/2とすると、式(F)が得られる。
[(ΔK)2-α]/K2=γC ・・・(F)
【0066】
上記式において、
C=Ch00(1-qH2)・・・(G)
である。そして、qは転位の種類とその割合を含むパラメータであり、
H(=(h2k2+h2l2+k2l2)/(h2+k2+l2)2)・・・(H)
は回折線(hkl)の指数h,k,lの関数である。
Ch00=Ce
h00+S(Cs
h00-Ce
h00)・・・(I)
であり、Ce
h00,Cs
h00は100%刃状転位,らせん転位の場合のコントラストファクターであり、弾性定数から求められる定数である。上記のq値を下記のように決定し、以下の関係式(J)から、オーステナイトのらせん転位分率Sを算出することができる。
S=(q-qe)/(qs-qe)・・・式(J)
上記式において、qeとqsはそれぞれ100%刃状転位、らせん転位の場合のq値であり、弾性定数から決まる定数である。
【0067】
q値の決定には式(F)と式(G)を用いる。X軸とY軸の変数をそれぞれH2と(ΔK2-α2)/K2とし、H2に対して直線性が最適となるαを決定し、前記の一次関数での傾きと切片からq=-傾き/切片としてq値を求める。式(J)からS値を求め、式(G)からC値を求める。
【0068】
次に各回折面のプロファイルをフーリエ変換し、式(K)のmodifieid Warren-Averbachの式の関係を得る。Lはフーリエ長である。
【数1】
各フーリエ長さのlnA(L)とK
2Cの関係を二次関数近似し、式(K)の一次項の傾きY(L)と置くと、式(L)の関係が得られる。
【数2】
Y(L)/L
2とlnLの関係の傾き(=πb
2ρ/2)から転位密度を算出する。
【0069】
なお、転位密度の評価について、「オーステナイト相の」と限定した理由は鋼線の強度・延性バランスの確保に必要な因子なためである。また、上記評価によって、オーステナイト相の転位密度を評価することができる。
【0070】
以上の手順でオーステナイト相の転位密度を評価した上で、表2、表3に記載した。転位密度が3×1015/m2以上30×1015/m2未満を「優良」、転位密度が1×1015/m2以上3×1015/m2未満、または30×1015/m2以上100×1015/m2以下を「良」、転位密度が1×1015/m2未満、または100×1015/m2超を「不可」と判断した。
【0071】
[引張強さ]
鋼線の引張強さは、JIS Z 2241の引張試験での引張強さにて評価した。引張強さが2000MPa以上3000MPa未満を◎、1900MPa以上2000MPa未満、または3000MPa以上4500MPa以下を○、1900MPa未満、または4500MPa超を△とし、表2、表3に記載した。
【0072】
[破断絞り]
ステンレス鋼線の破断絞りは、引張試験後の破面部の断面減少率として評価した。破断絞りが30%以上を◎、10%以上30%未満を○、10%未満を△とし、表2、表3に記載した。
【0073】
その評価結果を表2に示す。本発明範囲から外れる項目に下線を付している。
【0074】
【0075】
表2に示すとおり、本発明例1~33の鋼線において、オーステナイト相の転位密度は本発明範囲内であり、引張強さは○または◎であり、破断伸びは○または◎であった。一方、比較例34~47の鋼線は、オーステナイト相の転位密度が目標未達であり、引張強さ、破断伸びがいずれも△であって好適範囲に未達であった。
【0076】
次に、製造条件の影響について調査した。
【0077】
表1に示す鋼種Mを用いて、上記と同様の方法により、種々の径を有するステンレス鋼線材を製造し、伸線前のステンレス鋼線用の線材とした。当該準備したステンレス鋼線用の線材を用い、表3に示す伸線加工条件(総伸線減面率、最終伸線速度)で伸線加工を行い、伸線加工後の熱処理は行わずに、φ0.17mmのステンレス鋼線を作製した。いずれの例においてもステンレス鋼線の最終線径がφ0.17mmとなるように、ステンレス鋼線用の線材の径を調整した。そして、得られた鋼線について、前記と同様の方法で、オーステナイト相の転位密度、引張強さおよび破断絞りを測定し、評価した。評価結果を表3に示す。本発明範囲から外れる項目、本発明の好適な製造条件から外れる数値に下線を付している。
【0078】
【0079】
試験No.48~56に示す本発明例の鋼線は、総伸線減面率、最終伸線速度が本発明の好適範囲内であって、オーステナイト相の転位密度は本発明範囲内であり、引張強さは○または◎であり、破断伸びは○または◎であった。一方、比較例57~60の鋼線のうち、比較例58、60については、伸線中に断線が生じたため、鋼線の品質評価は行わなかった。比較例57、59については、オーステナイト相の転位密度が目標未達であり、引張強さ、破断伸びがいずれも△であって好適範囲に未達であった。