(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024165742
(43)【公開日】2024-11-28
(54)【発明の名称】モータ制御装置およびモータ制御方法
(51)【国際特許分類】
H02P 21/26 20160101AFI20241121BHJP
【FI】
H02P21/26
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023082215
(22)【出願日】2023-05-18
(71)【出願人】
【識別番号】000233273
【氏名又は名称】ミネベアパワーデバイス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】松尾 興祐
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 尚礼
(72)【発明者】
【氏名】李 東昇
(72)【発明者】
【氏名】杉野 友啓
【テーマコード(参考)】
5H505
【Fターム(参考)】
5H505AA09
5H505DD08
5H505EE41
5H505FF00
5H505FF07
5H505GG02
5H505GG04
5H505HA09
5H505HB01
5H505JJ04
5H505LL14
5H505LL22
5H505LL25
5H505LL41
5H505LL60
(57)【要約】
【課題】モータ回転子の位置と速度とをより高精度に算出することができるモータ制御装置およびモータ制御方法を提供すること。
【解決手段】インバータの動作を電圧指令に基づく制御信号により制御することによって、永久磁石同期モータの動作を制御するものであって、永久磁石同期モータの通常運転時にインバータの制御信号を生成する第1の制御部と、永久磁石同期モータの空転時にインバータの制御信号を生成する第2の制御部とを備え、第2の制御部は、永久磁石同期モータが空転状態である場合に、永久磁石同期モータに予め定めた初期値の直流電流を流す電圧指令を出力し、電圧指令と、電圧指令に応じた永久磁石同期モータの電流値とに基づいて、永久磁石同期モータの回転子位置及び回転速度を算出し、算出した回転速度に基づいて永久磁石同期モータの誘起電圧を推定し、推定した誘起電圧より大きくなるように電圧指令を調整する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
直流電力を交流電力に変換して永久磁石同期モータに供給するインバータの動作を電圧指令に基づく制御信号により制御することによって、前記永久磁石同期モータの動作を制御するモータ制御装置であって、
前記永久磁石同期モータの通常運転時に前記インバータの制御信号を生成する第1の制御部と、
前記永久磁石同期モータの空転時に前記インバータの制御信号を生成する第2の制御部とを備え、
前記第2の制御部は、
前記永久磁石同期モータが空転状態である場合に、
前記永久磁石同期モータに予め定めた初期値の直流電流を流す電圧指令を出力し、
前記電圧指令と、前記電圧指令に応じた前記永久磁石同期モータの電流値とに基づいて、前記永久磁石同期モータの回転子位置及び回転速度を算出し、
算出した前記回転速度に基づいて前記永久磁石同期モータの誘起電圧を推定し、
推定した前記誘起電圧より大きくなるように前記電圧指令を調整することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項2】
請求項1記載のモータ制御装置において、
前記第2の制御部は、前記永久磁石同期モータの電機子が備える複数相の内の一相に前記初期値の直流電流を流す電圧指令を出力することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項3】
請求項1記載のモータ制御装置において、
前記初期値の直流電流は、前記永久磁石同期モータの低速運転時に想定される速度を推定可能な電流値であることを特徴とするモータ制御装置。
【請求項4】
請求項1記載のモータ制御装置において、
前記第2の制御部は、
永久磁石同期モータの回転速度と誘起電圧定数とに基づいて、前記誘起電圧を推定し、
前記初期値の直流電流を流す電圧指令と前記誘起電圧との偏差を算出し、
予め定めた補正値と前記偏差との差分を電圧指令補正値として算出し、
前記初期値の直流電流を流す電圧指令に前記電圧指令補正値を加算することで前記電圧指令を調整することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項5】
直流電力を交流電力に変換して永久磁石同期モータに供給するインバータの動作を電圧指令に基づく制御信号により制御することによって、前記永久磁石同期モータの動作を制御するモータ制御方法であって、
前記永久磁石同期モータが空転状態である場合に、前記永久磁石同期モータに予め定めた初期値の直流電流を流す電圧指令を出力する手順と、
前記電圧指令と、前記電圧指令に応じた前記永久磁石同期モータの電流値とに基づいて、前記永久磁石同期モータの回転子位置及び回転速度を算出する手順と、
算出した前記回転速度に基づいて前記永久磁石同期モータの誘起電圧を推定する手順と、
推定した前記誘起電圧より大きくなるように前記電圧指令を調整する手順と
を有することを特徴とするモータ制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ制御装置およびモータ制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
家電製品や産業機器分野においては、直流電力を交流電力に変換するインバータと永久磁石同期モータとから構成されるモータ駆動システムが広く普及している。このような永久磁石同期モータを高効率で駆動するためには、一般的に、モータの回転子位置情報が必要となる。モータの回転子位置は、エンコーダなどの位置検出器を用いることで直接的に検出することができるが、コストや信頼性の面で課題がある。そこで、近年では、位置検出器を用いることなく永久磁石同期モータの回転子位置を検出する位置センサレス制御が提案され、様々な製品に適用されている。
【0003】
一方、永久磁石同期モータの位置センサレス制御における課題の一つとして、回転子が空転している状態から再始動する方法(「フリーラン起動」と称する)に関するものが知られている。例えば、洗濯機などのモータは、負荷の慣性により、起動前に既に回転している場合がある。この場合、空転状態の回転子位置、回転速度および回転方向などの情報が無ければ、モータが停止するまで待つか、或いは、強制的にブレーキ制御をかけて回転を停止させ、停止状態となった後に改めて再起動しなければならないため、再起動までの時間が長くなる。
【0004】
そこで、例えば、特許文献1及び2に記載の従来技術のように、永久磁石同期モータの空転時に発生する誘起電圧に着目し、モータの巻線をインバータによって短絡させて、このときに流れる電流に基づいて回転子の位置などを推定するものが開発されている。
【0005】
特許文献1においては、モータ駆動用インバータを構成するスイッチング素子のうち、三つの上(下)アーム素子を同時にオンにしてモータ巻線に短絡電流を流し、三相のモータ電流の検出情報に基づいて回転子の位置と回転速度を算出している。
【0006】
また、特許文献2においては、モータ駆動用インバータの2相分の異なるアームの素子を同時にオンオフ動作させて、インバータの直流側の母線(シャント)電流を検出し、モータの回転子位置と回転速度を算出している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2015-73361号公報
【特許文献2】特開2018-170928号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記従来技術においては、以下のような問題がある。
【0009】
特許文献1に記載の従来技術においては、インバータが短絡動作時のモータ巻線の短絡電流がモータ誘起電圧と巻線抵抗及びインダクタンスにより決められるため、空転速度によっては、短絡動作時の過電流が発生する恐れがある。
【0010】
特許文献2に記載の従来技術においては、母線(シャント)抵抗に流す電流の検出により、特殊なPWM制御モードと電流検出処理とを用いるため、モータの回転子位置と回転速度を算出する演算が複雑になり、推定結果に誤差が発生しやすい。
【0011】
本発明は上記に鑑みてなされたものであり、モータ回転子の位置と速度とをより高精度に算出することができるモータ制御装置およびモータ制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願は上記課題を解決する手段を複数含んでいるが、その一例を挙げるならば、直流電力を交流電力に変換して永久磁石同期モータに供給するインバータの動作を電圧指令に基づく制御信号により制御することによって、前記永久磁石同期モータの動作を制御するモータ制御装置であって、前記永久磁石同期モータの通常運転時に前記インバータの制御信号を生成する第1の制御部と、前記永久磁石同期モータの空転時に前記インバータの制御信号を生成する第2の制御部とを備え、前記第2の制御部は、前記永久磁石同期モータが空転状態である場合に、前記永久磁石同期モータに予め定めた初期値の直流電流を流す電圧指令を出力し、前記電圧指令と、前記電圧指令に応じた前記永久磁石同期モータの電流値とに基づいて、前記永久磁石同期モータの回転子位置及び回転速度を算出し、算出した前記回転速度に基づいて前記永久磁石同期モータの誘起電圧を推定し、推定した前記誘起電圧より大きくなるように前記電圧指令を調整するものとする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、モータ回転子の位置と速度とをより高精度に算出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】モータ制御システムの全体構成をモータ制御装置及びその関連構成とともに模式的に示す図である。
【
図2】モータ制御装置の処理内容を示す機能ブロック図である。
【
図3】永久磁石同期モータに直流電流を流した際の電流ベクトルを表す説明図である。
【
図4】空転状態推定部の処理内容を示す機能ブロック図である。
【
図5】電圧指令生成部の処理内容を示す機能ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しつつ説明する。以下の説明では、モータ制御装置の制御対象として永久磁石同期モータ(PMSM: Permanent Magnet Synchronous Motor)を例示して説明する。
【0016】
図1は、本実施の形態に係るモータ制御システムの全体構成をモータ制御装置及びその関連構成とともに模式的に示す図である。
【0017】
図1に示すように、モータ制御装置4は、直流電源1からの直流電力を交流電力に変換して駆動対象である永久磁石同期モータ3に供給するインバータ2を制御することによって、永久磁石同期モータ3の動作を制御する制御するものである。モータ制御装置4としては、例えば、マイクロコンピュータやDSP(デジタルシグナルプロセッサ)などの半導体演算装置が用いられる。
【0018】
直流電源1としては、例えば、図示しない商用交流電源などの交流電源から受電した交流電力を直流電力に変換する電力変換装置(例えば、ダイオード整流器や安定化電源など)や電池などが用いられる。
【0019】
インバータ2は、半導体スイッチング素子(IGBTやMOSFETなど)とダイオードが逆並列に接続される二つのアーム回路、言い換えると、上アームと下アームが直列に接続される直列接続回路が、直流電源1の一対の正負端子間に接続されて構成されている。インバータ2は、直列接続回路を出力する交流の相数分備えており、例えば、本実施の形態では3相分の直列接続回路を備えた三相インバータである。インバータ2の上アームおよび下アームは、それぞれ、直流電源1の高電位側および低電位側に接続されている。上アームと下アームの直列接続点は交流端子に接続され、交流端子には永久磁石同期モータ3が接続される。
【0020】
インバータ2の低電位側の母線は、電流検出用のシャント抵抗5を介して直流電源1の負端子に接続されている。シャント抵抗5によって検出される電流検出信号は、増幅器6を介してモータ制御装置4に入力される。増幅器6からモータ制御装置4への出力信号は、モータ制御装置4におけるデジタル演算のために、図示しないサンプリングおよびホールド回路とA/D変換器などによりデジタル信号に変換されている。すなわち、シャント抵抗5と増幅器6とは、インバータ2の低電位側の母線を流れる直流電流を検出して電流検出信号をモータ制御装置4に出力する直流電流検出器を構成している。なお、シャント抵抗5に代えて、電流センサなどの他の電流検出手段を用いても良い。
【0021】
また、インバータ2において、直流電源1の正端子に接続されている高電位側の母線と、直流電源1の負端子に接続されている母線との間には、高電位側と低電位側の母線間の直流電圧を検出して直流電圧検出信号をモータ制御装置4に出力する直流電圧検出器50が設置されている。直流電圧検出器50からモータ制御装置4への出力信号は、直流電流検出器と同様に、デジタル信号に変換されている。
【0022】
なお、本実施の形態においては、後述するように、モータ制御装置4が位置検出器を用いることなく永久磁石同期モータの回転子位置を検出して同期を行う、所謂、位置センサレス制御を実行しており、永久磁石同期モータ3には回転子や回転軸の位置を検出するホール素子などの磁極位置検出手段は設けられていない。
【0023】
図2は、モータ制御装置の処理内容を示す機能ブロック図である。なお、前述のように、モータ制御装置4はマイクロコンピュータやDSPなどの半導体演算装置であり、所定のプログラムを実行することによって各機能を実現している。
【0024】
図2に示すように、モータ制御装置4は、速度制御部7と、d軸電流指令生成部8と、電流制御部9と、電圧指令切替部10と、2相/3相変換部11と、速度・位相推定部13と、電圧指令生成部12と、空転状態推定部14と、3相/2相変換部15と、電流再現演算部16と、制御信号生成部17(PWM制御器)とを備えている。
【0025】
モータ制御装置4は、d-q軸ベクトル制御により、永久磁石同期モータ3に印加する電圧指令を演算し、この電圧指令に基づくインバータ2のPWM(Pulse Width Modulation)制御信号を生成することにより、永久磁石同期モータ3の動作を制御するものである。モータ制御装置4は、永久磁石同期モータ3の通常運転状態での運転制御(通常運転制御)と、空転状態から通常運転状態への移行制御(起動制御)とを行う。
【0026】
<通常運転制御>
まず、通常運転状態での運転制御における各機能ブロックの動作について説明する。
【0027】
電流再現演算部16は、直流電流検出器を構成する増幅器6から出力される電流検出信号ishと、2相/3相変換部11から制御信号生成部17に出力されている三相電圧指令Vu*,Vv*,Vw*とを用いて、インバータ2からの三相モータ電流iu,iv,iwを再現する。シャント抵抗5の電流信号から三相モータ電流を再現する方法は公知のものを用いれば良く、ここでの詳細な説明は省略する。
【0028】
なお、本実施の形態においては、コスト低減のために、電流再現演算部16において、シャント抵抗5によって検出される電流検出信号ishから三相モータ電流iu,iv,iwを再現し、3相/2相変換部15に入力する方式を採用しているが、これに限定するものではない。例えば、シャント抵抗5に代えて、電流センサなどの電流検出手段を用いてインバータ2の出力である交流電流を検出するように構成しても良く、電流検出手段で検出された三相モータ電流iu,iv,iwを3相/2相変換部15に入力するように構成しても良い。
【0029】
3相/2相変換部15は、電流再現演算部16によって再現された三相出力電流iu,iv,iwと、速度・位相推定部13によって推定された位相情報θd_estとに基づいて、α軸電流iαと、β軸電流iβと、dc軸電流idcと、qc軸電流iqcとを下記(式1)および(式2)に基づいて演算する。なお、下記(式1)は、所謂、3相/2相変換を表しており、(式2)は回転座標系への変換を表している。
【0030】
【0031】
【0032】
dc-qc軸は、推定位置情報に基づくベクトル制御系の推定軸、d-q軸はモータ回転子軸であり、ここではd-q軸とdc-qc軸との軸誤差はΔθcと定義する。
【0033】
速度・位相推定部13は、dc軸電流検出値idcおよびqc軸電流検出値iqcと、dc-qc軸の電圧指令Vdc*,Vqc*とを用いて、回転子の位置や回転速度を推定し、位相情報θd_estおよび推定速度ωestとして出力する。なお、速度・位相推定部13における具体的な推定手段は公知のものを用いれば良く、ここでの詳細な説明は省略する。
【0034】
速度制御部7は、外部からの指令に応じてモータ制御装置4内の機能部(図示せず)で生成された速度指令値ω*と、速度・位相推定部13によって推定された推定速度ωestとから演算部25で演算された偏差を0(ゼロ)に近づけるように、すなわち、推定速度ωestを速度指令値ω*に近づけるように、qc軸電流指令値Iqc*を作成する。
【0035】
d軸電流指令生成部8は、三相モータ電流iu,iv,iwを最小化するためのdc軸電流指令値Idc*を生成する。
【0036】
電流制御部9は、d軸電流指令生成部8から与えられるdc軸電流指令値Idc*と、速度制御部7から与えられるqc軸電流指令値Iqc*と、3相/2相変換部15から与えられるdc軸電流検出値idcおよびqc軸電流検出値iqcと、速度指令値ω*およびモータ定数とを用いて、dc軸電圧指令値Vdc*およびqc軸電圧指令値Vqc*を演算して出力する。
【0037】
電圧指令切替部10は、外部からの切替信号に基づいて、電流制御部9によって算出されたdc-qc軸の電圧指令Vdc*,Vqc*と電圧指令生成部12によって算出されたα-β軸の電圧指令Vα*,Vβ*のいずれか一方を2相/3相変換部11に出力する。具体的には、電圧指令切替部10は、通常運転状態である場合の切替信号に基づいて電流制御部9によって算出されたdc-qc軸の電圧指令Vdc*,Vqc*を2相/3相変換部11に出力する。なお、電圧指令切替部10は、空転状態(起動制御)である場合の切替信号に基づいて電圧指令生成部12によって算出されたα-β軸の電圧指令Vα*,Vβ*を2相/3相変換部11に出力する。
【0038】
2相/3相変換部11は、通常運転状態では、電流制御部9によって算出されて電圧指令切替部10を介して入力されたdc-qc軸の電圧指令Vdc*,Vqc*と、速度・位相推定部13からの位相情報θd_estとを用いて、三相電圧指令Vu*,Vv*,Vw*を下記(式3)および(式4)により算出して出力する。なお、下記(式3)は、回転座標系から固定座標系への変換を表しており、(式4)は、所謂、2相/3相変換を表している。
【0039】
【0040】
【0041】
制御信号生成部17は、2相/3相変換部11からの三相電圧指令Vu*,Vv*,Vw*と、直流電圧検出器50からの検出値(直流電圧検出信号)とに基づいて制御信号を生成し、インバータ2に出力する。
【0042】
<起動制御>
続いて、空転状態から通常運転状態への移行制御(起動制御)における各機能ブロックの動作について説明する。なお、起動制御においては、通常運転状態との相違点についてのみ説明する。
【0043】
まず、空転時の位相検出(回転子位置および回転速度の推定)の基本原理について説明する。
【0044】
永久磁石同期モータ3を回転子位置と回転速度情報用いずに空転状態から再始動しようとした場合、永久磁石同期モータ3の回転速度によっては、通常運転制御による起動は難しいことがある。そこで、本実施の形態においては、永久磁石同期モータ3の空転状態において回転子位置と回転速度を算出して、起動制御に用いる。
【0045】
図3は、永久磁石同期モータに直流電流を流した際の電流ベクトルを表す説明図である。
【0046】
図3において、永久磁石同期モータ3が空転していない場合、α軸を基準とする直流電流に応じた電流Iα_DCが永久磁石同期モータ3に流れる。この場合、β軸電流Iβは0(ゼロ)になる。
【0047】
一方、永久磁石同期モータ3が空転している場合(空転状態の場合)、誘起電圧による影響分の電流Ieが電流Iα_DCに加わり、ベクトルとして加算された電流Iαβ(=Iα_DC+Ie)が永久磁石同期モータ3に流れる。つまり、
図3に示すように、永久磁石同期モータ3の空転状態における回転速度や回転方向に応じて電流Iαβの位相角が変化する。
【0048】
そこで、本実施の形態では、永久磁石同期モータ3を流れる電流Iα,Iβが空転状態に応じて変化することを利用して、永久磁石同期モータ3の空転状態における回転速度や回転方向を推定する。
【0049】
なお、本実施の形態においては、三相モータである永久磁石同期モータ3のうちの1相に直流電流を流す場合を例示して説明するが、複数相に直流電流を流してそれぞれについて回転速度や回転方向を推定しても良い。
【0050】
図4は、空転状態推定部の処理内容を示す機能ブロック図である。
【0051】
図4において、空転状態推定部14は、空転状態の永久磁石同期モータ3の回転子位置としての初期位相θd0と回転速度としての初期速度ωe0とを算出し、電圧指令生成部12および速度・位相推定部13に出力する機能部であり、磁束推定部18と、空転位相推定部19と、空転速度推定部20とから構成されている。
【0052】
磁束推定部18は、電圧指令生成部12によって算出されたα-β軸の電圧指令Vα*,Vβ*と3相/2相変換部15で演算したα-β軸のモータ電流iα,iβとを用いて、推定磁束Ψα_est,Ψβ_estを下記(式5)および(式6)により算出し、空転位相推定部19に出力する。なお、(式5)および(式6)において、Rはモータ巻線抵抗値であり、Ψα(0),Ψβ(0)はそれぞれ推定磁束Ψα_est,Ψβ_estの初期値である。
【0053】
【0054】
【0055】
空転位相推定部19は、磁束推定部18で演算した推定磁束Ψα_est,Ψβ_estを用いて、初期位相θd0を下記(式7)により算出し、空転速度推定部20に出力するとともに、速度・位相推定部13に出力する。
【0056】
【0057】
空転速度推定部20は、空転位相推定部19で演算した初期位相θd0を用いて、初期速度ωe0を算出して出力する。具体的には、例えば、所定の制御周期で繰り返し演算される初期位相θd0の前回値θd0_1と今回値θd0_2との差Δθd0(θd0_2-θd0_1)を前回値θd0_1を演算した時刻t1から今回値θd0_2を演算した時刻t2までの時間Δt(=t2-t1)で除することにより、推定速度ωest(=Δθd0/Δt)を算出して出力する。
【0058】
図5は、電圧指令生成部の処理内容を示す機能ブロック図である。
【0059】
図5において、電圧指令生成部12は、空転状態の永久磁石同期モータ3を制御するために必要なα-β軸の電圧指令Vα*,Vβ*を算出し、空転状態推定部14および電圧指令切替部10(言い換えると、2相/3相変換部11)に出力する機能部であり、α軸電圧指令生成部21と、β軸電圧指令生成部22と、電圧指令補正値演算部23とから構成されている。
【0060】
α軸電圧指令生成部21は、例えば、空転状態に想定される永久磁石同期モータ3の最大速度(例えば、低速運転時に想定される速度)を推定可能なα軸電圧指令値を、計算もしくは実験により求めて初期α軸電圧指令値Vα0*として出力する。
【0061】
β軸電圧指令生成部22は、β軸電圧指令値として例えば0(ゼロ)を電圧指令Vβ*に設定し、出力する。
【0062】
電圧指令補正値演算部23は、空転状態推定部14の空転速度推定部20で演算した初期速度ωe0と、α軸電圧指令生成部21の出力である電圧指令Vα0*とを用いて、電圧指令補正値ΔVα*を、例えば、下記(式8)、(式9)および(式10)に基づいて算出する。なお、(式8)において、Keは永久磁石同期モータ3の誘起電圧定数であり、Eestは推定誘起電圧である。また、(式9)において、ΔVVα0_Eは推定誘起電圧Eestと初期α軸電圧指令値Vα0*との偏差である。また、(式10)において、VCОはα軸電圧指令Vα*を推定誘起電圧Eestより大きくするための補正量であり、計算もしくは実験により求めて予め設定される。
【0063】
【0064】
【0065】
【0066】
演算部24では、α軸電圧指令生成部21の出力である電圧指令Vα0*と、電圧指令補正値ΔVα*とを用いて、電圧指令生成部12の出力であるα軸電圧指令Vα*を下記(式11)に基づいて算出する。
【0067】
【0068】
速度・位相推定部13は、空転状態推定部14の空転速度推定部20からの初期速度ωe0と空転位相推定部19からのモータ回転子の初期位相θd0を初期値に設定して、永久磁石同期モータ3の空転状態から通常運転状態への移行制御(起動制御)を行う。
【0069】
電圧指令切替部10は、空転状態(起動制御)である場合の外部からの切替信号に基づいて、電圧指令生成部12によって算出されたα-β軸の電圧指令Vα*,Vβ*を2相/3相変換部11に出力する。
【0070】
速度制御部7は、空転状態(起動制御)では、外部からの指令に応じてモータ制御装置4内の機能部(図示せず)で生成された速度指令値ω*と、速度・位相推定部13からの推定速度ωest(=ωe0(初期値))との偏差を0(ゼロ)に近づけるように、すなわち、推定速度ωestを速度指令値ω*に近づけるように、qc軸電流指令値Iqc*を作成する。
【0071】
2相/3相変換部11は、空転状態(起動制御)では、電圧指令生成部12によって算出されて電圧指令切替部10を介して入力されたα-β軸の電圧指令Vα*,Vβ*と、速度・位相推定部13からの位相情報θd_est(=θd0(初期値))とを用いて、三相電圧指令Vu*,Vv*,Vw*を(式3)および(式4)により算出して出力する。
【0072】
以上のように構成した本実施の形態における効果を説明する。
【0073】
従来技術においては、インバータが短絡動作時のモータ巻線の短絡電流がモータ誘起電圧と巻線抵抗及びインダクタンスにより決められるため、空転速度によっては、短絡動作時の過電流が発生する恐れがある。また、母線(シャント)抵抗に流す電流の検出により、特殊なPWM制御モードと電流検出処理とを用いるため、モータの回転子位置と回転速度を算出する演算が複雑になり、推定結果に誤差が発生しやすい。
【0074】
これに対して、本実施の形態においては、直流電力を交流電力に変換して永久磁石同期モータに供給するインバータの動作を電圧指令に基づく制御信号により制御することによって、前記永久磁石同期モータの動作を制御するモータ制御装置において、前記永久磁石同期モータの通常運転時に前記インバータの制御信号を生成する第1の制御部と、前記永久磁石同期モータの空転時に前記インバータの制御信号を生成する第2の制御部とを備え、前記第2の制御部は、前記永久磁石同期モータが空転状態である場合に、前記永久磁石同期モータに予め定めた初期値の直流電流を流す電圧指令を出力し、前記電圧指令と、前記電圧指令に応じた前記永久磁石同期モータの電流値とに基づいて、前記永久磁石同期モータの回転子位置及び回転速度を算出し、算出した前記回転速度に基づいて前記永久磁石同期モータの誘起電圧を推定し、推定した前記誘起電圧より大きくなるように前記電圧指令を調整するように構成したので、モータ回転子の位置と速度とをより高精度に算出することができる。
【0075】
<付記>
なお、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲内の様々な変形例や組み合わせが含まれる。また、本発明は、上記の実施の形態で説明した全ての構成を備えるものに限定されず、その構成の一部を削除したものも含まれる。
【0076】
例えば、モータ制御装置4において、外乱及びノイズの影響を避けるため、各種計算に用いる値に対して移動平均処理またはローパスフィルタ処理を施してもよい。
【0077】
また、本実施の形態で説明したモータ制御装置4の各構成、機能等は、それらの一部又は全部を、例えば集積回路で設計する等により実現してもよい。また、上記の各構成、機能等は、プロセッサがそれぞれの機能を実現するプログラムを解釈し、実行することによりソフトウェアで実現してもよい。
【符号の説明】
【0078】
1…直流電源、2…インバータ、3…永久磁石同期モータ、4…モータ制御装置、5…シャント抵抗、6…増幅器、7…速度制御部、8…d軸電流指令生成部、9…電流制御部、10…電圧指令切替部、11…2相/3相変換部、12…電圧指令生成部、13…速度・位相推定部、14…空転状態推定部、15…3相/2相変換部、16…電流再現演算部、17…制御信号生成部、18…磁束推定部、19…空転位相推定部、20…空転速度推定部、21…α軸電圧指令生成部、22…β軸電圧指令生成部、23…電圧指令補正値演算部、24,25…演算部、50…直流電圧検出器