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特開2024-165766異種金属体の熱処理方法及び熱間鍛造金型
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024165766
(43)【公開日】2024-11-28
(54)【発明の名称】異種金属体の熱処理方法及び熱間鍛造金型
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/00 20060101AFI20241121BHJP
   B21J 13/02 20060101ALI20241121BHJP
   B21D 37/20 20060101ALI20241121BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20241121BHJP
   C22F 1/10 20060101ALN20241121BHJP
【FI】
C21D9/00 M
B21J13/02 A
B21J13/02 L
B21D37/20 Z
C22F1/00 602
C22F1/00 630B
C22F1/00 630C
C22F1/00 630D
C22F1/00 631B
C22F1/00 640A
C22F1/00 650A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/10 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023082248
(22)【出願日】2023-05-18
(71)【出願人】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001379
【氏名又は名称】弁理士法人大島特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 利享
(72)【発明者】
【氏名】根本 直也
(72)【発明者】
【氏名】松本 安哲
(72)【発明者】
【氏名】加藤 祐亮
(72)【発明者】
【氏名】永井 浩行
【テーマコード(参考)】
4E050
4E087
4K042
【Fターム(参考)】
4E050JA01
4E050JA02
4E050JB08
4E050JB10
4E050JC02
4E050JD05
4E087AA09
4E087CA11
4E087EC01
4E087ED07
4E087HA31
4E087HA32
4K042AA24
4K042AA25
4K042BA02
4K042BA03
4K042BA14
4K042CA15
4K042DA01
4K042DA02
4K042DA03
4K042DB07
4K042DC02
4K042DC03
4K042DD02
4K042DD05
4K042DE02
4K042DE03
(57)【要約】
【課題】異種金属体に含まれる金属材料の特性が適切に発揮されるようにする。
【解決手段】熱間工具鋼からなる第1金属体16に析出硬化型耐熱鋼からなる第2金属体17が接合されてなる異種金属体の熱処理方法は、異種金属体を、熱間工具鋼の粗粒化温度より低い第1所定温度T1に加熱して第2金属体を溶体化させた後、急冷して第2金属体17を析出硬化させる固溶化工程、固溶化工程の後、異種金属体を析出硬化型耐熱鋼の時効温度に加熱して時効温度を保持する時効工程、時効工程に連続して、異種金属体を析出硬化型耐熱鋼の溶体化温度より低い第2所定温度T2に加熱した後に冷却し、第1金属体16を焼入れする焼入れ工程、及び、異種金属体を熱間工具鋼の焼戻し温度に加熱する焼戻し工程を含む。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱間工具鋼からなる第1金属体に析出硬化型耐熱鋼からなる第2金属体が接合されてなる異種金属体の熱処理方法であって、
前記異種金属体を前記熱間工具鋼の粗粒化温度より低く且つ前記析出硬化型耐熱鋼の溶体化温度より高い第1所定温度に加熱し、前記第2金属体を溶体化させた後、前記異種金属体を急冷し、前記第2金属体を析出硬化させる固溶化工程と、
前記固溶化工程の後、前記異種金属体を前記析出硬化型耐熱鋼の時効温度に加熱し、所定時間に亘って前記時効温度を保持して前記第2金属体を時効処理する時効工程と、
前記時効工程に連続して、前記異種金属体を、前記時効温度よりも高い前記熱間工具鋼の焼入れ温度以上且つ前記析出硬化型耐熱鋼の前記溶体化温度より低い第2所定温度に加熱した後、前記異種金属体を冷却し、前記第1金属体を焼入れする焼入れ工程と、
前記焼入れ工程の後、前記異種金属体を、前記焼入れ温度よりも低い前記熱間工具鋼の焼戻し温度に加熱する焼戻し工程と、を含む、熱処理方法。
【請求項2】
前記焼入れ工程において前記第1金属体を焼入れする際の前記第2所定温度が950℃以上且つ1100℃より低い温度範囲にあり、
前記析出硬化型耐熱鋼が、950℃より低い温度で溶体化せず、1100℃より低い温度で溶体化する析出硬化型Ni基合金である、請求項1記載の熱処理方法。
【請求項3】
前記固溶化工程における前記第1所定温度が1000℃より高く且つ1100℃より低い、請求項2記載の熱処理方法。
【請求項4】
前記焼入れ工程において、前記第2所定温度を保持する時間は、前記第1金属体の大きさに応じ、前記第1金属体の全体を前記第2所定温度にするのに必要と推定される推定最短時間であり、前記推定最短時間の経過後、直ちに前記異種金属体が冷却される、請求項1~3のいずれか1項記載の熱処理方法。
【請求項5】
前記固溶化工程において前記第2金属体が水冷により冷却される、請求項1~3のいずれか1項に記載の熱処理方法。
【請求項6】
前記焼入れ工程において前記異種金属体が空冷により冷却される、請求項1~3のいずれか1項に記載の熱処理方法。
【請求項7】
前記焼戻し工程の後の前記第1金属体及び前記第2金属体のそれぞれの硬さがHRC38以上且つ47以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の熱処理方法。
【請求項8】
前記熱間工具鋼はSKD61であり、前記析出硬化型耐熱鋼はNCF750である、請求項1~3のいずれか1項に記載の熱処理方法。
【請求項9】
請求項1に記載の熱処理方法によって熱処理された前記異種金属体によって形成される下型及び上型を備えた熱間鍛造金型であって、
前記下型及び前記上型は、それぞれの割面に凹設されたキャビティと、前記割面間に生じるバリを抑制するために、前記キャビティの外側に形成された傾斜面とを有し、
前記下型及び前記上型の金型本体のそれぞれが前記第1金属体により形成され、
前記下型及び前記上型の前記傾斜面のそれぞれが前記第2金属体により形成されている、熱間鍛造金型。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱間工具鋼からなる第1金属体に析出硬化型耐熱鋼からなる第2金属体が接合されてなる異種金属体の熱処理方法、及び、この方法を用いて製造された熱間鍛造金型に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、廃棄物の発生防止、削減、再生利用及び再利用により、廃棄物の発生の大幅な削減に向けた取り組みが活発化している。この実現に向けて、金属材料の再利用に関する研究開発が行われている。
【0003】
従来、内燃機関のクランクシャフトは熱間鍛造によって成形されている。熱間鍛造は、高温に熱して変形抵抗を低下させた構造材に、金型により高圧荷重を繰り返し加えることによって金型の形状を転写して成形する加工法である。金型は高温且つ高圧下で構造材と繰り返し摺動するため、金型の寿命は短い。金型の寿命が短いと、金属表面の機械加工による再生が必要になるだけでなく、金型の製作費用が嵩む。また、金型を交換するために製造ラインの稼働停止が必要になることや、摩耗による各種条件の調整が必要になる等、様々なロスが発生する。
【0004】
摺動による摩耗を抑制して長寿化を図るために、金型を複合金属で製造することが考えられる。特許文献1には、高温耐摩耗性を重視した合金によって構成される第1肉盛層と、高温強度を重視した合金によって構成される第2肉盛層とを備えた熱間鍛造用複合金型が開示されている。この金型は、鍛造品となる粗材からのフラッシュ(バリ)の流動を促進させるフラッシュ流動促進領域と、粗材からのフラッシュの流動を抑制するフラッシュ流動抑制領域とを備える。フラッシュ流動促進領域には高温耐摩耗性を重視した第1肉盛層が肉盛され、フラッシュ流動抑制領域には高温強度を重視した第2肉盛層が肉盛される。
【0005】
また、特許文献2には、析出硬化型耐熱合金からなる第1金属材(インコネル718)と、非析出硬化型合金からなる第2金属材(3Cr-Mo-V鋼)とを接合処理した場合の熱処理方法が開示されている。この熱処理方法では、接合に伴う熱影響による第1金属材の硬度低下域及び熱影響による第2金属材の硬度上昇域のそれぞれの硬度を回復させる。具体的には、まず、第1金属材の固溶化(溶体化)熱処理条件と第2金属材の焼入れ処理条件とが重複する範囲(900~1200℃/0.1h以上)で1次熱処理が行われる。これにより、接合によって硬度が低下した第1金属材の領域の硬度が高硬度側に回復される。その後、第1金属材の時効処理条件と第2金属材の焼戻し処理条件とが重複する範囲(470~850℃/0.1h以上)で2次熱処理が行われる。これにより、接合によって硬度が上昇した第2金属材の領域の硬度が低硬度側に回復される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11-347678号公報
【特許文献2】特開平10-298663号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1の技術では、肉盛溶接により接合された第1肉盛層及び第1肉盛層について接合後の熱処理が行われていないため、これら金属材料の特性が十分に発揮されない。また、特許文献2の技術は、第1金属材の固溶化(溶体化)熱処理条件と第2金属材の焼入れ処理条件とが重複しない場合や、第1金属材の時効処理条件と第2金属材の焼戻し処理条件とが重複しない場合に、適用することができない。熱処理条件が重複する場合でも、2つの金属材料に対して同時に熱処理が行われるため、両金属に最適な条件で熱処理を行うことができない。このように異種金属材料を含む異種金属体に関する技術においては、各金属材料の特性を適切に発揮させることに関して改善の余地がある。
【0008】
本発明は、以上の背景に鑑み、異種金属体に含まれる金属材料の特性が適切に発揮されるようにすることを課題とする。そして、延いては熱間鍛造金型の寿命を延ばし、廃棄物の発生の大幅な削減に寄与するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために本発明のある態様は、熱間工具鋼からなる第1金属体(16)に析出硬化型耐熱鋼からなる第2金属体(17)が接合されてなる異種金属体(2、3)の熱処理方法であって、前記異種金属体を前記熱間工具鋼の粗粒化温度(例えば、1100℃)より低く且つ前記析出硬化型耐熱鋼の溶体化温度(例えば、965℃)より高い第1所定温度(T1)に加熱し、前記第2金属体を溶体化させた後、前記異種金属体を急冷し、前記第2金属体を析出硬化させる固溶化工程と、前記固溶化工程の後、前記異種金属体を前記析出硬化型耐熱鋼の時効温度に加熱し、所定時間に亘って前記時効温度を保持して前記第2金属体を時効処理する時効工程と、前記時効工程に連続して、前記異種金属体を、前記時効温度よりも高い前記熱間工具鋼の焼入れ温度以上且つ前記析出硬化型耐熱鋼の前記溶体化温度より低い第2所定温度(T2)に加熱した後、前記異種金属体を冷却し、前記第1金属体を焼入れする焼入れ工程と、前記焼入れ工程の後、前記異種金属体を、前記焼入れ温度よりも低い前記熱間工具鋼の焼戻し温度に加熱する焼戻し工程と、を含む。
【0010】
この態様によれば、固溶化工程において熱間工具鋼を粗粒化させずに第2金属体を溶体化でき、時効工程において第2金属体を時効硬化させることができる。また、時効工程に連続する焼入れ工程において第2金属体を溶体化させずに第1金属体を焼入れし、焼戻し工程において第1金属体を焼戻しすることができる。これらの工程により、異種金属体に含まれる熱間工具鋼及び析出硬化型耐熱鋼の特性が適切に発揮される。
【0011】
上記の態様において、前記焼入れ工程において前記第1金属体を焼入れする際の前記第2所定温度が950℃以上且つ1100℃より低い温度範囲にあり、前記析出硬化型耐熱鋼が、950℃より低い温度で溶体化せず、1100℃より低い温度(例えば、1040℃)で溶体化する析出硬化型Ni基合金であるとよい。
【0012】
この態様によれば、第1金属体を粗粒化させることなく焼入れすることができ、析出硬化型Ni基合金を含む異種金属体に含まれる熱間工具鋼及び析出硬化型耐熱鋼の特性を適切に発揮させることができる。
【0013】
上記の態様において、前記固溶化工程における前記第1所定温度が1000℃より高く且つ1100℃より低いとよい。
【0014】
この態様によれば、固溶化工程において第2金属体を確実に溶体化させることができる、或いは、溶体化温度が高く、容体化に水冷のような急冷が必要になる耐熱性及び耐摩耗性が高い析出硬化型耐熱鋼を採用することができる。これにより異種金属体の耐久性が向上する。
【0015】
上記の態様において、前記焼入れ工程において、前記第2所定温度を保持する時間は、前記第1金属体の大きさに応じ、前記第1金属体の全体を前記第2所定温度にするのに必要と推定される推定最短時間であり、前記推定最短時間の経過後、直ちに前記異種金属体が冷却されるとよい。
【0016】
この態様によれば、析出硬化型耐熱鋼からなる第2金属体を過時効にすることなく第1金属体を焼入れすることができる。
【0017】
上記の態様において、前記固溶化工程において前記第2金属体が水冷により冷却されるとよい。
【0018】
この態様によれば、析出硬化型耐熱鋼の溶質原子を確実に析出させて第2金属体を硬化させることができる。なお、第1金属体は冷却によって焼入れされるが、時効工程において時効温度に加熱、維持されることによって焼なましされる。
【0019】
上記の態様において、前記焼入れ工程において前記異種金属体が空冷により冷却されるとよい。
【0020】
熱間工具鋼からなる第1金属体を水冷によって冷却すると、熱応力によって第1金属体にひび割れが生じる虞がある。この態様によれば、ひび割れが生じさせずに第1金属体を焼入れすることができる。
【0021】
上記の態様において、前記焼戻し工程の後の前記第1金属体及び前記第2金属体のそれぞれの硬さがHRC38以上且つ47以下であるとよい。
【0022】
この態様によれば、第1金属体及び第2金属体が熱間鍛造金型に適した硬さにすることができる。
【0023】
上記の態様において、前記熱間工具鋼はSKD61であり、前記析出硬化型耐熱鋼はNCF750であるとよい。
【0024】
この態様によれば、SKD61及びNCF750を用いてそれらの特性が適切に発揮される異種金属体を製造することができる。
【0025】
また上記課題を解決するために本発明のある態様は、上記の熱処理方法によって熱処理された前記異種金属体によって形成される下型(2)及び上型(3)を備えた熱間鍛造金型(1)であって、前記下型及び前記上型は、それぞれの割面(6、7)に凹設されたキャビティ(8、9)と、前記割面間に生じるバリ(5)を抑制するために、前記キャビティの外側に形成された傾斜面(12、13)とを有し、前記下型及び前記上型の金型本体のそれぞれが前記第1金属体により形成され、前記下型及び前記上型の前記傾斜面のそれぞれが前記第2金属体により形成されている。
【0026】
この態様によれば、高い耐熱性及び耐摩耗性を有する第2金属体がバリ抑制部として機能する傾斜面に設けられることで、熱間鍛造金型の寿命が延びる。また、析出硬化型耐熱鋼は熱間工具鋼に比べて非常に高価であるが、析出硬化型耐熱鋼からなる第2金属体が上型及び下型に局部的に設けられるため、熱間鍛造金型の材料コストの上昇が抑制される。
【発明の効果】
【0027】
以上の態様によれば、異種金属体に含まれる金属材料の特性を適切に発揮させることができる。これにより、熱間鍛造金型の寿命を延ばすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】実施形態に係る熱間鍛造金型の断面図
図2】(A)熱間工具鋼及び(B)析出硬化型耐熱鋼の一般的な熱処理工程を示すタイムチャート
図3】実施形態に係る異種金属体の熱処理工程を示すタイムチャート
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0030】
図1は、実施形態に係る熱間鍛造金型1の断面図である。図1に示すように、熱間鍛造金型1は、複合金型である鍛造型を構成する下型2及び上型3を備える。熱間鍛造金型1は、高温に加熱された炭素鋼系の素材を潰し処理して得られた粗成形品4を、熱間で粗加工成形する荒地成形型である。熱間鍛造金型1は、プロペラシャフトのような単純な形状を有する軸部品ではなく、複雑な形状を有する異形部品の荒地鍛造品を成形するために用いられる。本実施形態では、熱間鍛造金型1は内燃機関のクランクシャフトの荒地鍛造品を成形するものである。なお、熱間鍛造金型1によって成形された荒地鍛造品は、必要であれば2回目の粗加工成形処理を経た後、仕上げ処理、トリミング処理等を経て最終成形品に成形される。
【0031】
下型2は水平に延在する上向きの割面6を有し、上型3はそれに対応する下向きの割面7を有する。下型2の割面6及び上型3の割面7のそれぞれには、クランクシャフトの荒地鍛造品の輪郭に対応するキャビティ8、9が凹設されている。キャビティ8、9近傍の割面6、7の部分は、粗成形品4の一部が両キャビティ8、9間から側方へ流れ出てバリ5(フラッシュ)となる際に、高い圧力を加えられたバリ5が摺動するフラッシュランド10、11である。下型2及び上型3のフラッシュランド10、11は、高いに平行且つ水平に延在している。
【0032】
両フラッシュランド10、11の外側には、フラッシュランド10、11に対して傾斜する互いに平行な傾斜面12、13が設けられている。傾斜面12、13は外側に向けて下方に傾斜している。鍛造時、これらの傾斜面12、13は、フラッシュランド10、11によって高圧に把持された状態でフラッシュランド10、11間を摺動するバリ5の広がりを抑制する。これにより、キャビティ8、9に粗成形品4が充填されることが促進される。即ち、傾斜面12、13は割面6、7のフラッシュランド10、11間に生じるバリ5を抑制するバリ抑制部である。
【0033】
下型2及び上型3はそれぞれ、異種金属によって形成された異種金属体である。具体的には、下型2及び上型3は、その大部分を構成する熱間工具鋼からなる第1金属体16と、第1金属体16の接合された硬化型耐熱鋼からなる第2金属体17とを備えている。第1金属体16は下型2及び上型3の金型本体をなす。
【0034】
第2金属体17は、下型2及び上型3の割面6、7のうち、フラッシュランド10、11の外側部分及び傾斜面12、13を形成するように、第1金属体16の上に肉盛溶接によって肉薄に形成されている。他の実施形態では第2金属体17は、板状に形成されて溶接又はレーザ溶接等の融接法によって第1金属体16に接合されてもよい。第2金属体17はフラッシュランド10、11の内側部分には設けられないため、第2金属体17をクランクシャフトの粗成形品4に輪郭に沿った複雑な形状にする必要がない。
【0035】
第2金属体17は熱間工具鋼からなることにより、第1金属体16に比べてより高い耐熱性及び耐摩耗性を有する。このように第2金属体17がバリ抑制部として機能する傾斜面12、13に設けられることで、熱間鍛造金型1の寿命が延びる。また、析出硬化型耐熱鋼は熱間工具鋼に比べて非常に高価であるが、析出硬化型耐熱鋼からなる第2金属体17が下型2及び上型3に局部的に設けられるため、熱間鍛造金型1の材料コストの上昇が抑制される。
【0036】
第1金属体16は、熱間工具鋼の中でも耐熱性及び耐摩耗性が高く、優れた靭性を有する金属材料(第1金属材料)からなるとよく、本実施形態ではSKD61から形成されている。SKD61は、JIS G 4404:2015 合金工具鋼鋼材に規定された、熱間金型用の合金鋼である。JISにはSKD61の熱処理温度や冷却方法、硬さ等が規定されている。SKD61の焼入れは1020℃、空冷と規定され、SKD61の焼戻しは550℃空冷と規定されている。ただし、SKD61の焼入れ温度及び焼戻し温度はこれらに限定されず、第1金属体16の用途に合わせた適切な硬度、靭性等の特性を発揮するように、適宜な温度に設定されてよい。
【0037】
図2は、(A)熱間工具鋼及び(B)析出硬化型耐熱鋼の一般的な熱処理工程を示すタイムチャートである。図2(A)に示すように、熱間工具鋼であるSKD61は例えば、1020℃に加熱された後に空冷で冷却されることによって焼入れされ(焼入れ工程)、その後、650℃に加熱されることによって焼戻しされる(焼戻し工程)。
【0038】
JIS G 4404において、SKD61の焼入焼戻し硬さはHV(ビッカース硬さ)513と規定されている。なお、HV513はHRC(ロックウェルCスケール硬さ)50に換算され得る。また、SKD61の焼なまし温度は820~870℃、焼なまし硬さはHBW(HBWはブリネル硬さ(10mm球荷重29.4kN))229以下と規定されている。
【0039】
SKD61の組織が粗粒化する粗粒化温度は1100℃であり、焼入れの際にSKD61を1100℃以上に加熱すると、SKD61の組織が粗粒化し、焼入焼戻し後の靭性が低くなる。つまり、SKD61からなる第1金属体16は脆くなり、高圧を発生する鍛造金型本体に適さなくなる。そのため、SKD61の焼入れは1100℃よりも低い温度で行う必要がある。
【0040】
一方、SKD61はJISに規定された1020℃まで加熱しなくとも、所定の焼入れ温度以上に加熱すれば、焼入焼戻し後に所定の硬度が得られることを発明者等は実験により確認した。ここで、所定の硬度は、異形部品の荒地鍛造のために十分な硬さであるHRC38以上であってよく、HRC41以上であるとより好ましい。具体的には、SKD61を950℃以上に加熱することにより、焼入焼戻し後のSKD61の硬さがHRC38以上、より詳しくはHRC41以上になることを、発明者らは実験により確認した。
【0041】
つまり、焼入れの際には、SKD61を950℃の焼入れ温度以上且つ1100℃の粗粒化温度よりも低い温度に加熱するのがよい。なお、本実施形態の場合、後述するようにNCF750は965℃で溶体化するため、焼入れの際には、SKD61を950℃以上且つ965℃より低い温度に加熱するのがよい。
【0042】
第2金属体17は、第1金属体16の金属材料よりも、耐熱性及び耐摩耗性が高く、優れた靭性を有する金属材料(第2金属材料)からなるとよく、本実施形態ではNCF750から形成されている。NCF750は、JIS G 4901 耐食耐熱超合金棒、4902 耐食耐熱超合金板:2019に規定された超合金鋼である。
【0043】
またJIS G 4902の付属書A(参考)には、NCF750の熱処理条件の例が記載されている。NCF750の固溶化熱処理として、(S1)1135~1165℃急冷、及び、(S2)965~995℃急冷が記載されている。また、NCF750の時効処理として、(H1)S1固溶化処理後、800~830℃に24時間保持し、室温まで空冷、690~720℃に20時間保持後急冷が記載されている。更に、時効処理として、(H2)S2固溶化熱処理後、720℃~740℃に8時間保持、610~630℃まで炉冷し、更にその温度で時効後空冷、総時効時間18時間が記載されている。ただし、NCF750の固溶化処理温度及び時効処理はこれらに限定されず、第2金属体17の用途に合わせた適切な硬度、靭性等の特性を発揮するように、適宜な温度に設定されてよい。
【0044】
NCF750規格の金属材料としては、大同特殊鋼株式会社のDSALOY(登録商標)X-750や、Special Metal社製のInconel(登録商標)X750等がある。これらは析出硬化型Ni基合金である。第2金属体17は、NCF750から形成される代わりに、NCF750と同様にNi基合金であって高温耐摩耗性及び耐食性に優れた大同特殊鋼株式会社のDSA760から形成されてもよい。
【0045】
図2(B)に示すように、析出硬化型耐熱鋼であるNCF750は、上記(H1)に準じて熱処理される。例えば、NCF750は、1150℃に加熱された後に水冷(W/C)により急冷されることによって固溶化処理され(溶体化工程)、その後、850℃に加熱されて16時間保持されることによって時効処理される(時効工程)。
【0046】
JIS G 4902には、NCF750の硬さは、熱処理ごとに規定されている(適用厚さは0.6mmを超え6mm以下)。固溶化熱処理(S1)又は(S2)のみの場合、NCF750の硬さは、HBW321以下、HRC35以下、HV335以下と規定されている。固溶化熱処理後時効処理(H1)の場合、NCF750の硬さは、HBW262以上、HRC26以上、HV270以上と規定されている。固溶化熱処理後時効処理(H2)の場合、NCF750の硬さは、HBW302~363、HRC32~40、HV313~382と規定されている。
【0047】
本実施形態では、NCF750は上記のように異形部品の荒地鍛造金型に用いられる。そのため、NCF750の硬度は、HRC38以上であるとよく、HRC41以上であるとより好ましい。
【0048】
次に、このように構成される熱間鍛造金型1の製造方法について説明する。なお、下型2及び上型3は共に異種金属体からなり、それらの製造方法は同じである。以下では、それらを異種金属体と称して説明する。
【0049】
まず、金型本体をなす第1金属体16に第2金属体17を接合する。接合が後述の熱処理の前に行われるため、接合方法は熱を伴うものであってよい。上記のように第2金属体17は、肉盛溶接、溶接及びレーザ溶接等によって第1金属体16に接合されてよい。これにより、熱間工具鋼からなる第1金属体16に析出硬化型耐熱鋼からなる第2金属体17を接合してなる異種金属体が得られる。
【0050】
次に、異種金属体の熱処理を行う。図3は実施形態に係る異種金属体の熱処理工程を示すタイムチャートである。図3に示すように、最初に異種金属体を炉中に配置して1040℃に加熱し、第2金属体17を溶体化させた後、異種金属体を水冷により急冷し、第2金属体17を析出硬化させる(固溶化工程)。この1040℃は、SKD61の粗粒化温度である1100℃より低く且つNCF750の溶体化温度より高い第1所定温度T1である。上記のようにJISに記載されたNCF750の固溶化熱処理の最低温度は(S2)の965℃であり、1040℃はこれに比べて高く、(S2)の1035℃よりも高い。
【0051】
第1所定温度T1は、好ましくは、1000℃より高く且つ1100℃より低い温度である。これにより、固溶化工程において第2金属体17が確実に溶体化する。或いは、NCF750に比べて溶体化温度が高く、容体化に水冷のような急冷が必要になる耐熱性及び耐摩耗性がより高い他の析出硬化型耐熱鋼を用いることができる。これにより異種金属体の耐久性が向上する。
【0052】
固溶化工程において異種金属体、具体的には第2金属体17が水冷により冷却されることにより、NCF750の溶質原子が確実に析出して第2金属体17が硬化する。なお、第1金属体16は冷却によって焼入れされるが、後述の時効工程において時効温度に加熱され、所定時間に亘って維持されることによって焼なましされる。
【0053】
固溶化工程の後、異種金属体を850℃に加熱し、16時間に亘って850℃を保持して第2金属体17を時効処理する(時効工程)。この850℃は、NCF750の時効温度域内の温度であればよい。上記のようにJIS G 4902には、720~830℃の時効温度域が記載されている。本発明者らは、時効温度を850℃にしても第2金属体17が所期の特性を発揮する(第2金属体17の硬さがHRC38以上、より好ましくはHRC41以上になる)ことを確認した。また、時効処理の保持時間も、第2金属体17が所期の特性を発揮する適切な所定時間に設定されてよい。
【0054】
時効工程に連続して、即ち冷却することなく、異種金属体を950℃に加熱した後、異種金属体を空冷により冷却し、第1金属体16を焼入れする(焼入れ工程)。この950℃は、NCF750の時効温度よりも高く、SKD61が焼入れされる焼入れ温度(上記のように、焼入焼戻し後のSKD61の硬さがHRC38以上、より詳しくはHRC41以上になる温度)以上の第2所定温度T2である。またこの第2所定温度T2(950℃)は、NCF750の溶体化温度より低い必要がある。JIS G 4902に記載されるNCF750の溶体化温度の最低値は965であり、950℃はこれよりも低く、NCF750を溶体化させないこと、即ち950℃がNCF750の溶体化温度より低いことを本発明者らは確認した。
【0055】
焼入れ工程の後、異種金属体を550℃に加熱して焼戻しする(焼戻し工程)。この550℃は、SKD61の焼入れ温度よりも低いSKD61の焼戻し温度である。その後、異種金属体を冷却することにより、異種金属体、即ち下型2又は上型3の製造が完了する。
【0056】
下型2又は上型3はこのようにして製造され、焼戻し工程の後の第1金属体16及び第2金属体17のそれぞれの硬さはHRC38以上且つ47以下であり、熱間鍛造金型1に適した硬さになる。焼戻し工程の後の第1金属体16及び第2金属体17のそれぞれの硬さは、好ましくはHRC41以上且つ43以下である。
【0057】
このように熱処理方法は、異種金属体を、1040℃に加熱した後に急冷する固溶化工程、850℃に加熱して維持する時効工程、時効工程に連続して950℃に加熱した後に冷却する焼入れ工程、及び、550℃に加熱する焼戻し工程を含む。これにより、固溶化工程においてSKD61が粗粒化せずに第2金属体17が溶体化し、時効工程において第2金属体17が時効硬化される。また、時効工程に連続する焼入れ工程において第2金属体17が溶体化せずに第1金属体16が焼入れされ、焼戻し工程において第1金属体16が焼戻しされる。これらの工程により、異種金属体に含まれる熱間工具鋼及び析出硬化型耐熱鋼の特性が適切に発揮される。
【0058】
このように、焼入れ工程において第1金属体16を焼入れする際の第2所定温度T2が950℃以上且つ1100℃より低い温度範囲にあることにより、SKD61からなる第1金属体16が粗粒化することなく焼入れされる。また、第2金属体17をなすNCF750(析出硬化型耐熱鋼)が、焼入れ温度である950℃より低い温度で溶体化せず、1100℃より低い温度で溶体化する析出硬化型Ni基合金であるため、異種金属体に含まれる熱間工具鋼及び析出硬化型耐熱鋼の特性が適切に発揮される。
【0059】
焼入れ工程において、異種金属体の950℃(第2所定温度T2)を保持する時間は、第1金属体16の大きさに応じ、第1金属体16の全体を950℃にするのに必要と推定される推定最短時間であり、推定最短時間の経過後、直ちに異種金属体を冷却する。これにより、NCF750(析出硬化型耐熱鋼)からなる第2金属体17が過時効にならずに、第1金属体16が焼入れされる。
【0060】
焼入れ工程において熱間工具鋼からなる第1金属体16を水冷によって冷却すると、熱応力によって第1金属体16にひび割れが生じる虞がある。本実施形態では、異種金属体が空冷により冷却されることにより、ひび割れが生じることなく第1金属体16が焼入れされる。
【0061】
また、第1金属体16の熱間工具鋼としてSKD61が用いられ、第2金属体17の析出硬化型耐熱鋼としてNCF750が用いられることにより、それらの特性が適切に発揮される異種金属体が製造される。
【0062】
以上で具体的な実施形態の説明を終えるが、本発明は上記実施形態や変形例に限定されることなく、幅広く変形実施することができる。例えば、熱間鍛造金型1の形状はこれに限定されない。また、異種金属体は熱間鍛造金型1以外の金型や金型以外の工具に用いられてもよい。この他、各部材や部位の具体的構成や配置、数量、素材、各工程の具体的手順、温度、時間など、本発明の趣旨を逸脱しない範囲であれば適宜変更することができる。また、上記実施形態に示した各構成要素は全てが必須ではなく、適宜選択することができる。
【符号の説明】
【0063】
1 :熱間鍛造金型
2 :下型
3 :上型
4 :粗成形品
5 :バリ
6 :割面
7 :割面
8 :キャビティ
9 :キャビティ
10 :フラッシュランド
11 :フラッシュランド
12 :傾斜面
13 :傾斜面
16 :第1金属体
17 :第2金属体
T1 :第1所定温度
T2 :第2所定温度
図1
図2
図3