(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024165774
(43)【公開日】2024-11-28
(54)【発明の名称】動物との触れ合い計測装置、計測表示システム、および計測表示方法
(51)【国際特許分類】
A61B 5/346 20210101AFI20241121BHJP
A61B 5/352 20210101ALI20241121BHJP
A61B 5/28 20210101ALI20241121BHJP
A01K 29/00 20060101ALI20241121BHJP
A61B 5/16 20060101ALI20241121BHJP
【FI】
A61B5/346
A61B5/352 100
A61B5/28
A01K29/00 A
A61B5/16 120
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023082264
(22)【出願日】2023-05-18
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.BLUETOOTH
(71)【出願人】
【識別番号】000005810
【氏名又は名称】マクセル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104547
【弁理士】
【氏名又は名称】栗林 三男
(74)【代理人】
【識別番号】100206612
【弁理士】
【氏名又は名称】新田 修博
(74)【代理人】
【識別番号】100209749
【弁理士】
【氏名又は名称】栗林 和輝
(74)【代理人】
【識別番号】100217755
【弁理士】
【氏名又は名称】三浦 淳史
(72)【発明者】
【氏名】松沼 悟
(72)【発明者】
【氏名】服部 励治
(72)【発明者】
【氏名】重信 圭吾
【テーマコード(参考)】
4C038
4C127
【Fターム(参考)】
4C038PP03
4C038PS01
4C127AA02
4C127GG05
4C127GG10
4C127HH11
(57)【要約】
【課題】動物に関与する人、例えば動物施設の入場者が飼育動物の健康情報を通じてヘルスケアおよびアニマルウェルフェアへの理解を深め、なおかつ、動物と触れ合いながらその触れ合いの指標をも把握できる、動物との触れ合い計測装置、計測表示システム、および計測表示方法を提供する。
【解決手段】本発明の動物との触れ合い計測装置100は、動物および人間の心電信号を計測する計測部60,70と、計測部60,70とから得られる2つの時系列波形である心電波形の類似性を示す相互相関係数を相互相関関数から算出する相互相関関数算出ユニット8と、相互相関係数に基づき、動物と人間との触れ合いの相関度であるシンクロ率を算出するシンクロ率算出ユニット9と、シンクロ率を含むデータを送信する無線通信部10とを有する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
動物の心電信号を計測する動物用計測部と、
前記動物に触れる人間の心電信号を計測する人間用計測部と、
前記動物用計測部と前記人間用計測部とから得られる2つの時系列波形である心電波形の類似性を示す相互相関係数を相互相関関数から算出する相互相関関数算出ユニットと、
前記相互相関係数に基づき、動物と人間との触れ合いの相関度であるシンクロ率を算出するシンクロ率算出ユニットと、
前記シンクロ率を含むデータを送信する無線通信部と、
を有する、動物との触れ合い計測装置。
【請求項2】
前記動物用計測部を構成する導電体から成る第1の心電測定用電極と、前記人間用計測部を構成する導電体から成る第2の心電測定用電極と、前記第1の心電測定用電極と前記第2の心電測定用電極との間に介挿された状態でこれらの電極同士を電気的に絶縁する絶縁体とが一体に形成されて成る複合電極を更に備える、請求項1に記載の触れ合い計測装置。
【請求項3】
前記動物用計測部と前記人間用計測部とからそれぞれ得られる心電信号を心拍変動(HRV)解析して自律神経指標を計算し、該指標を用いたコンピュータによる学習に基づき感情推定を行なって、動物と人間との感情の触れ合いの度合いを示す触れ合い感情度合いを算出するHRV解析・感情推定ユニットを更に備え、
前記無線通信部は、前記シンクロ率に加えて前記触れ合い感情度合いも含むデータを送信する、請求項1または2に記載の触れ合い計測装置。
【請求項4】
動物の心電信号を計測する動物用計測部と、
前記動物に触れる人間の心電信号を計測する人間用計測部と、
前記動物用計測部と前記人間用計測部とから得られる2つの時系列波形である心電波形の類似性を示す相互相関係数を相互相関関数から算出する相互相関関数算出ユニットと、
前記相互相関係数に基づき、動物と人間との触れ合いの相関度であるシンクロ率を算出するシンクロ率算出ユニットと、
前記シンクロ率を含むデータを送信する無線通信部と、
前記無線通信部から送信されるデータを所定の表示形態で表示させるための端末と、
を備える、動物との触れ合い計測表示システム。
【請求項5】
前記動物用計測部を構成する導電体から成る第1の心電測定用電極と、前記人間用計測部を構成する導電体から成る第2の心電測定用電極と、前記第1の心電測定用電極と前記第2の心電測定用電極との間に介挿された状態でこれらの電極同士を電気的に絶縁する絶縁体とが一体に形成されて成る複合電極を更に備える、請求項4に記載の触れ合い計測表示システム。
【請求項6】
前記動物用計測部と前記人間用計測部とからそれぞれ得られる心電信号を心拍変動(HRV)解析して自律神経指標を計算し、該指標を用いたコンピュータによる学習に基づき感情推定を行なって、動物と人間との感情の触れ合いの度合いを示す触れ合い感情度合いを算出するHRV解析・感情推定ユニットを更に備え、
前記無線通信部は、前記シンクロ率に加えて前記触れ合い感情度合いも含むデータを前記端末に送信する、請求項4または5に記載の触れ合い計測表示システム。
【請求項7】
動物の心電信号を動物用計測部により計測するとともに、前記動物に触れる人間の心電信号を人間用計測部により計測する計測ステップと、
前記動物用計測部と前記人間用計測部とから得られる2つの時系列波形である心電波形の類似性を示す相互相関係数を相互相関関数から算出する相互相関関数算出ステップと、
前記相互相関係数に基づき、動物と人間との触れ合いの相関度であるシンクロ率を算出するシンクロ率算出ステップと、
前記シンクロ率を含むデータを無線送信する送信ステップと、
前記送信ステップにより送信されるデータを端末で受信して所定の表示形態で表示させる表示ステップと、
を含む、動物との触れ合い計測表示方法。
【請求項8】
前記計測ステップは、前記動物用計測部を構成する導電体から成る第1の心電測定用電極と、前記人間用計測部を構成する導電体から成る第2の心電測定用電極と、前記第1の心電測定用電極と前記第2の心電測定用電極との間に介挿された状態でこれらの電極同士を電気的に絶縁する絶縁体とが一体に形成されて成る複合電極を用い、人間が自身の手を前記第2の心電測定用電極に当て付けて反対側の前記第1の心電測定用電極を動物の体表に押し付けることによって前記電極と動物および人間の電気的導通を確保して心電信号を計測する、請求項7に記載の触れ合い計測表示方法。
【請求項9】
前記動物用計測部と前記人間用計測部とからそれぞれ得られる心電信号を心拍変動(HRV)解析して自律神経指標を計算し、該指標を用いたコンピュータによる学習に基づき感情推定を行なって、動物と人間との感情の触れ合いの度合いを示す触れ合い感情度合いを算出するHRV解析・感情推定ステップを更に含み、
前記送信ステップは、前記シンクロ率に加えて前記触れ合い感情度合いも含むデータを前記端末に送信する、請求項7または8に記載の触れ合い計測表示方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水族館、動物園など、動物の飼育施設において、人間である来場者と動物とが触れ合いを通して、理解を深めるために、来場者と動物とが心電信号を同時に測定し、相関係数(シンクロ率)を計測するための、動物との触れ合い計測装置、計測表示システム、および計測表示方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、水族館や動物園の数が世界的に増加しており、入場者数も7億人を超えるまでになっている。他方で、飼育動物の入手や取引が制限される傾向にあり、飼育動物をできる限り健康で快適に生活できるようにするというアニマルウェルフェアの考えが欧米を中心に世界的に広まっている。これに伴い、日本においても、飼育動物を健やかに飼育し、健康状態をきちんと観察、管理し、より長く飼育できるようにするヘルスケアに関心が集まるようになってきた。そのため、従来は体温、行動や体表観察、給餌時の観察などであった日々の健康管理から、心電図測定などを使ったより精緻なバイタル観察を導入する動きがある。
【0003】
これらの用途で使われる技術としては、特許文献1に開示されるような簡易迅速に動物の心電を計測できる装置が提案されている。このような動物用の心電計測装置では、飼育動物の日々の健康管理のために、簡単簡便に心電図を計測することが可能である。
【0004】
また、特許文献2では、犬のような飼育動物に装着して、興奮状態や安静状態が分かるような生体情報測定用ハーネスおよび生体情報処理システムが提案されている。このような生体情報測定用ハーネスおよび生体情報処理システムでは、測定された拍動間隔を解析することで、犬の状態を興奮、通常、安静の各状態に判別することが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018-175711号公報
【特許文献2】特開2022-74177号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、アニマルウェルフェアの考えを広めるには、増加する動物施設入場者に、アニマルウェルフェアの概念を理解してもらい、動物のヘルスケアへの関心を持ってもらうための活動も必要とされる。それに伴い、動物の行動や生態に関する展示や講義のほか、独特の生育環境を再現した飼育環境の整備も各地の動物施設で行われている。しかしながら、入場者の動物への理解は今一歩であり、特に、人間と同様に日々健康に暮らす動物の生命活動が実感できない、自分たちと同様に生きているという実感が各種の展示・掲示物だけでは伝わらないという課題があった。
【0007】
また、前述の特許文献1および特許文献2の技術では、個々の動物の健康状態は分かるが、動物施設の入場者が飼育動物と触れ合い、動物のヘルスケアを通じてアニマルウェルフェアへの理解を深めるという当初の目的に到達することはできない。また、最近、各動物園、水族館などで増えている動物との触れ合いの場所では、動物の近くに近づいたり、触ったりすることができるが、実際に動物の生体信号を見たり、健康状態を測るということをする設備がなかった。すなわち、今日に至るまで、生き物として動物をより理解する機会はないに等しかったといえる。
【0008】
本発明は、前記事情に鑑みてなされたものであり、動物に関与する人、例えば動物施設の入場者が飼育動物の健康情報を通じてヘルスケアおよびアニマルウェルフェアへの理解を深め、なおかつ、動物と触れ合いながらその触れ合いの指標をも把握できる、動物との触れ合い計測装置、計測表示システム、および計測表示方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するために、本発明に係る動物との触れ合い計測装置は、
動物の心電信号を計測する動物用計測部と、
前記動物に触れる人間の心電信号を計測する人間用計測部と、
前記動物用計測部と前記人間用計測部とから得られる2つの時系列波形である心電波形の類似性を示す相互相関係数を相互相関関数から算出する相互相関関数算出ユニットと、
前記相互相関係数に基づき、動物と人間との触れ合いの相関度であるシンクロ率を算出するシンクロ率算出ユニットと、
前記シンクロ率を含むデータを送信する無線通信部と、
を有することを特徴とする。
【0010】
上記構成の本発明によれば、一例として、動物施設の入場者である人が飼育動物の健康情報を計測部を使用して測定することにより、ヘルスケアへの理解を深めることができ、なおかつ、自身の健康情報との相関を正確にリアルタイムで測定し、触れ合いの指標であるシンクロ率を計算することができる。具体的には、飼育動物と来場者の心電信号を同時にリアルタイムで明瞭に測定することができ、得られた信号を解析して、来場者と飼育動物の触れ合いの相関度(シンクロ率)を簡単に解析できる。
【0011】
特に、心電計測では、動物用計測部を構成する導電体から成る第1の心電測定用電極と、人間用計測部を構成する導電体から成る第2の心電測定用電極と、第1の心電測定用電極と第2の心電測定用電極との間に介挿された状態でこれらの電極同士を電気的に絶縁する絶縁体とが一体に形成されて成る複合電極(対面電極)を用いることが好ましい。この場合、人間が自身の手を第2の心電測定用電極に当て付けて反対側の第1の心電測定用電極を動物の体表に押し付けることによって電極と動物および人間の電気的導通を確保して心電信号を計測することができる。このような対面電極をNASA誘導(後述する
図3参照)によって動物に接触させれば、動物と人がより親密な触れ合い体験を持つことができる。また、このような対面電極構造によれば、動物用電極である第1の心電測定用電極と人用電極である第2の心電測定用電極とが絶縁体で分離されており、上から人の手で押さえることで、2つの電極の絶縁状態を保ちながら、人の接触状態と動物体表への接触状態を同時に向上することが可能である。これにより、人と動物の心電波形を安定に計測することが可能となる。
【0012】
また、上記構成では、動物および人の心電波形の類似性を示す相互相関係数を算出することで、リアルタイムでシンクロ率を計算することが可能である。また、その計算結果(例えば、シンクロ率のみならず、人間および動物の心拍数や心電波形も含むことが好ましい)を無線通信部によって、スマートフォン等の端末に送れば、端末の画面でリアルタイムにシンクロ率を表示するこもでき、その結果、動物と触れ合いながらシンクロ率等を確認し、動物への親近感を醸成することが可能となる。
【0013】
また、動物と触れ合う人間は、表示されたシンクロ率や心拍数、心電波形等を見ることで、目の前の動物の健康により興味がわき、動物ウェルフェアへの理解を深めることができる。さらに、上記構成に加えて、動物用計測部と人間用計測部とからそれぞれ得られる心電信号を心拍変動(HRV)解析して自律神経指標を計算し、該指標を用いたコンピュータによる学習に基づき感情推定を行なって、動物と人間との感情の触れ合いの度合いを示す触れ合い感情度合いを算出するHRV解析・感情推定ユニットをさらに備えれば、シンクロ率も含めて、動物との触れ合いの相関度(触れ合い感情)をより具体的に端末にハートマーク等の表示形態で示すこともできるため、計測している人間に動物への興味をより喚起し、動物への理解と愛情が芽生えるきっかけを与えることができる。また、端末に表示された心拍数、心電図、シンクロ率、触れ合い感情を記録し、印刷や電子的に配布することにより、入場者の記念にすることもできる。さらには、触れ合い計測装置は、人間の心電波形も表示できるため、仮に来場者が心疾患などを持っていた場合、それらの予兆を触れ合い計測装置の心電波形の結果から見出すことも可能となる。
なお、上記構成において、動物と共に心電計測される人間は、動物施設の入場者に限らず、動物に関与する全ての人間を含む。また、本発明は、上記構成の動物との触れ合い計測装置の特徴を伴う、動物との触れ合い計測表示システム、および計測表示方法も提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、動物に関与する人、例えば動物施設の入場者が飼育動物の健康情報を通じてヘルスケアおよびアニマルウェルフェアへの理解を深め、なおかつ、動物と触れ合いながらその触れ合いの指標をも把握できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の一実施形態に係る人間と飼育動物の心電信号を測定することで触れ合いの相関度(シンクロ率)を解析できる触れ合い計測装置のブロック図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る人間と飼育動物の心電信号を測定するための電極構造の断面図である。
【
図3】人間とイルカの心電信号を計測するときの電極の保持方法を示す概略図である。
【
図4】人間とイルカの心電信号と該信号から計算された相互相関係数であり、(a)は人間の心電信号、(b)はイルカの心電信号、(c)は相互相関関数である。
【
図5】本発明のその他の実施形態に係る人間および飼育動物の心電信号測定と感情推定とから触れ合いの相関度(シンクロ率)および触れ合い感情を解析できる触れ合い計測装置のブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について説明するが、本実施形態は、特にセンシングシステムにおいて信頼性の高いシステムを実現でき、強靭なインフラの開発に貢献するものであり、国連の提唱する持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)の「3.すべての人に健康と福祉を」をターゲットとするものである。
【0017】
本実施形態では、動物との触れ合い計測装置として、動物施設来場者と飼育動物の心電信号を同時に計測して、相互相関係数を解析することによって触れ合いの相関度(シンクロ率)を提示する心電信号計測装置について説明する。しかしながら、本発明の触れ合い計測装置はこのような用途での使用に限定されない。
【0018】
本実施形態に係る計測装置100は、
図1に示されるように、動物の心電信号を計測する動物用計測部60と、動物に触れる人間の心電信号を計測する人間用計測部70とを備える。ここでは、これらの計測部60,70は、人と動物の同時心電計測のための対面電極(マイナス)1、対面電極(プラス)2を有するとともに、動物用フロントエンド3、人用フロントエンド4、バンドパスフィルタ5,6、アナログデジタルコンバータ(ADC)7も含む。また、計測装置100は、動物用計測部60と人間用計測部70とから得られる2つの時系列波形である心電波形の類似性を示す相互相関係数を相互相関関数から算出する相互相関関数算出ユニット8と、相互相関係数に基づき、動物と人間との触れ合いの相関度であるシンクロ率を算出するシンクロ率算出ユニット9と、シンクロ率を含むデータを送信する無線通信部10とを有する。なお、ここでは、無線通信部10が電源部を備えており、計測部60,70、相互相関関数算出ユニット8、シンクロ率算出ユニット9、および無線通信部10の全てが筐体12内に収容されている。
【0019】
対面電極1,2は、
図2の断面図に示されるように、人用の電極21、動物用の電極23が絶縁体22の両側に対面で置かれたような構造を成す複合電極である。具体的には、各対面電極1,2は、動物用計測部60の一部を構成する導電体から成る第1の心電測定用電極23と、人間用計測部70の一部を構成する導電体から成る第2の心電測定用電極21と、第1の心電測定用電極23と第2の心電測定用電極21との間に介挿された状態でこれらの電極21,23同士を電気的に絶縁する絶縁体22とが一体に形成されて成る。また、それぞれの電極21,23からはシールド付きのリード線25,26が延びており、計測装置100の各フロントエンド4,3に接続される。
【0020】
このような対面電極1,2は、
図3に示されるように、動物施設来場者である人の右手24Rと左手24Lで、右手側の対面電極(マイナス)1が動物としてのイルカ31の頭側、左手側の対面電極(プラス)2がイルカ31の尾側に位置されるようにイルカの心臓の位置を挟むような形態でイルカ31の体表31aに押さえ付けられる。これは、心電図測定における電極配置として、典型的なNASA誘導と呼ばれるものと同等である。動物によっては、胸部の心臓を挟んで左右の、I誘導と称される電極配置でも心電を計測可能であるが、イルカ31のような大きな個体では、浮上仰向けの状態で押さえることが困難であるため、NASA誘導が推奨される。
【0021】
電極21,23の材料としては、ステンレス、導電性フォーム、導電性繊維、導電性ゴム、金メッキを施した銅箔などが推奨されるが、耐久性や耐腐食性からステンレスや金メッキを施した銅箔が好ましい。導電性フォームは、金属製材料に比べると、人の手や動物の体表に触れたあと温度が上昇して安定するのに時間がかからないので使い易い。ただし、機械的耐久性は金属製よりも劣る。絶縁体22としては、電気的絶縁材料なら何でもよいが、ABS樹脂やフッ素系樹脂、セラミックなどが耐久性の観点で使い易い。電極21,23は、互いに貼り付けるか、樹脂の場合は一体射出成型によって合体される。また、ガラスエポキシ基板やフレキシブル基板(FPC)の両面に金属メッキの銅箔パターンを形成したものを使ってもよい。リード線25,26としては、1.5mmφ以下の細径同軸ケーブルの芯線を使うのが好ましい。外部導体は、電気的に浮いた状態で、電磁的シールドとして使われる。
【0022】
NASA誘導としては、通常、フロントエンド3,4のプラス極を頭側、マイナス極を尾側にするが、心電のR波が負にでるので、ここではマイナス極を頭側にしている。なお、プラス極とマイナス極の配置は、測定する動物の種類やフロントエンド・アナログ回路によって心電のR波が正になる向きが逆になることもある。フロントエンドとしては、ハムノイズなどの環境ノイズを打ち消すために位相を反転して人体などに戻すフィードバック電極を体表につけて3極で測るものが多いが、ここでは測定のし易さを考えて、フィードバック電極はマイナス極と同極とした。
【0023】
計測部60,70により(計測ステップにおいて)計測されてフロントエンド3,4を出た心電信号であるアナログ信号は、バンドパスフィルタ5,6において周囲電位の変動によるベースラインのゆらぎや、電源系ノイズが除去される。帯域としては、0.5Hz~40Hzを透過帯とするのがよい。
図1には省略したが、バンドパスフィルタ5,6の後にオペアンプを設け、このオペアンプによって信号を増幅してもよい。その場合、アナログ信号の最終的な増幅率は1100倍であってもよい。その後、人の心電波形と動物の心電波形は、2チャンネル・アナログデジタルコンバータ(ADC)7に入り、デジタル信号に変換される。心電信号としては、時間分解能125サンプル/秒~1kサンプル/秒、信号分解能としては、12ビット~16ビットのデジタル信号となる。その後、人と動物の心電信号は、相互相関関数算出ユニット8に入力され、相互相関係数が算出される(相互相関関数算出ステップ)。相互相関係数は以下の相互相関関数から求められる。
【数1】
【0024】
相互相関関数とは、2つの時系列波形である心電波形がどの程度類似しているかを示すものであり、2つの波形の位相ずれ時間Δtの関数となる。人間と動物の心電波形をそれぞれx(t)とy(t+Δt)とするときに、両者間の相関係数をΔtを増加させながら計算する。あるΔtにおける相互相関関数R(Δt)はx(t)とy(t+Δt)とが完全に一致する場合に1となり、すべてのΔtにおいてR(Δt)が0である場合は、x(t)とy(t)との間に類似性が認められないということになる。ここでは、相互相関係数の最大値を百分率にしたものをシンクロ率と定義し、シンクロ率算出ユニット9で算出される(シンクロ率算出ステップ)。
【0025】
このようにして算出されたシンクロ率は、人間と動物の心拍数、心電波形とともに、無線通信部10に送られる。無線通信部10は、Bluetooth Low Energyのようなデジタル機器用近距離無線通信規格、IEEE802規格のローカルエリアネットワーク、またはセルラー方式(携帯電話通信網)の無線通信などで構成することができる。無線通信部10から端末の一例としてのスマートフォン11に過去5秒間の心電波形から計算した平均心拍数、心電波形、シンクロ率などのデータが送られ(送信ステップ)、スマートフォン11のディスプレイ上にすべてのデータがリアルタイムで(例えば、所定の表示形態で)表示される(表示ステップ)。これらが1秒ごとに計算される。ここで、データの受信側であってデータ表示を行う端末(一例としてスマートフォン11)は、計測装置100と共に、動物との触れ合い計測表示システム200を構成する。なお、計測装置100全体の電源部は、アルカリ乾電池、ボタン電池などの一次電池あるいはリチウムイオン二次電池で構成することが好適である。
【0026】
図5には、変形例に係る計測装置100Aが示される。この計測装置100Aは、前述した計測装置100の構成に加え、動物用計測部60と人間用計測部70とからそれぞれ得られる心電信号を心拍変動(HRV)解析して自律神経指標を計算し、該指標を用いたコンピュータによる学習(機械学習やAIを含む)に基づき感情推定を行なって、動物と人間との感情の触れ合いの度合いを示す触れ合い感情度合いを算出するHRV解析・感情推定ユニット51をさらに備えている。この場合、無線通信部10は、前述したシンクロ率(人間と動物の心拍数、心電波形も含む)に加えて前記触れ合い感情度合いも含むデータを送信する。
【0027】
具体的には、HRV解析・感情推定ユニット51は、例えば、計測されたR波間隔(RR間隔)を使って、HRV解析(心拍変動解析)を行い、交感神経・副交感神経の活性度を表す自律神経指標を計算、バエフスキー(Baevsky)ストレス指標などのストレス指標や、それら(ストレス指標等のほか、心電波形自在やHRV解析結果なども含む)を機械学習により活性度と快適度に展開したラッセル(Rusell)の円環モデルによる感情推定を行う(HRV解析・感情推定ステップ)。そして、これに基づき、前述のシンクロ率算出ユニット9に代わるシンクロ率・触れ合い感情算出ユニット50が、シンクロ率とともに、動物と人間の感情推定の結果(HRV解析・感情推定ユニット51による感情推定の結果)の平均値を「触れ合い感情」として算出する。触れ合い感情は、シンクロ率とともに、無線通信部10によりスマートフォン11に送信され、スマートフォン11の画面上に例えば大小のハートマークによって表示される。
【0028】
なお、触れ合い感情度合いの算出は上記の形態に限らない。例えば、HRV解析により得られる自律神経系のパラメータを、活性度および快適度の指標となる経験値などと紐づけして、機械学習やAIなどによって触れ合い感情度合いを導き出すようにしてもよい。
【0029】
以上のような触れ合い計測装置100(100A)によれば、動物用フロントエンド3、バンドパスフィルタ5、人用フロントエンド4、バンドパスフィルタ6を備えることから、対面電極1,2をフロントエンド3,4に接続することによって、動物の心電と人の心電とを同時に最適な計測条件で測定することが可能になる。さらに、対面電極1、2を
図3のようなNASA誘導によって動物に接触させることで、動物と人がより親密な触れ合い体験を持てるようになる。また、
図2に示される対面電極構造によれば、人用電極21と動物用電極23が絶縁体22で分離されており、上から人の手で押さえることで、2つの電極21,23の絶縁状態を保ちながら、人の接触状態と動物体表への接触状態を同時に向上させることが可能となる。これにより、人と動物の心電波形を安定に計測することが可能となる。
【0030】
また、上記構成の計測装置100(100A)においては、測定された人間と動物の心電波形がアナログデジタルコンバータ7によってデジタル化され、相互相関係数を算出することで、リアルタイムにシンクロ率を計算することが可能である。それを無線通信部10によって、スマートフォン11に送り、画面でリアルタイムに表示することで、動物と触れ合いながらシンクロ率を確認し、動物への親近感を醸成することが可能となる。また、表示された心拍数や心電波形を見ることで、目の前の動物の健康により興味がわき、動物ウェルフェアへの理解を深めることができる。
【0031】
さらに、
図5に示されるような、HRV解析・感情推定ユニット51を伴う構成によれば、計測している人間に動物への興味をより喚起し、動物への理解と愛情が芽生えるきっかけを与えることができる。また、スマートフォン11に表示された心拍数、心電図、シンクロ率、触れ合い感情を記録し、印刷や電子的に配布することで、入場者の記念にすることもできる。
【0032】
以下に、上記構成の計測装置100(100A)を用いた具体的な実施例を示す。
(実施例1)
この実施例1において、心電対面電極1,2の人間用電極21および動物用電極23は、ステンレス304製であり、厚さ1mm、直径35mmの円形である。それを100mm角、厚さ10mmのABS樹脂からなる絶縁体プレート22の両面に接着した。人間用電極21、動物用電極23にはそれぞれ人間用電極リード25、動物用電極リード26の芯線が接続されている。電極リード25,26は、最外径1.5mmφの同軸ケーブルであり、外部導体は電気的に浮いており、シールドとして使われる。これらの対面電極1,2を
図3に示されるように人が素手24で保持して、右手24Rでマイナス電極1が頭側、左手24Lでプラス電極2が尾側になるように、心臓の位置を跨ぐ形態で、仰向けで浮上しているバンドウイルカ31に当て付けた。この電極配置はNASA誘導とよばれている。なお、海洋動物の種類によっては、プラス電極2を頭側、マイナス電極1を尾側につながないと心電信号のピークが上向きにならないことがある。その場合は、上記の電極1,2を反対にして持てばよい。
【0033】
また、この実施例1では、動物用、人用のプラス・マイナスのリード線25,26を動物用フロントエンド3、人用のリード線を人用フロントエンド4の入力とした。これら2つのフロントエンド3,4は心電図用の差動アンプであり、コモンモードノイズを取り除きながらmVレベルの微小な心電電位を増幅することが可能である。これらの心電アナログ信号はバンドパスフィルタ5,6に入り、透過域0.5Hz~40Hzで環境ノイズや筋電ノイズを除いた。さらに心電信号は、2チャネルのアナログデジタルコンバータ7に入力し、時間分解能250サンプル/秒、信号分解能14ビットでデジタル化された。そのようにして、観測された人間とイルカ31の心電信号はそれぞれ、
図4(a)、(b)に示されるようになった。これを相互相関関数算出ユニット8により、数1にしたがって相互相関係数を計算し、スプライン近似でスムース化して
図4(c)を得た。その最大値の10秒間計測での平均を百分率にしたものをシンクロ率とした。これらの結果は、心電信号とともにBluetooth Low Energy規格の無線通信部10によってスマートフォン11に送信され、
図1に示されるように、スマートフォ11のディスプレイに表示された。
【0034】
この測定を、イルカの飼育員、イルカが好きな来場者A、B、イルカに興味がない来場者C、Dの5人について行った結果が表1に示されている。シンクロ率はイルカの飼育員で最も高く、次にイルカが好きな来場者となり、イルカに興味がない来場者では低かった。
【表1】
【0035】
(実施例2)
この実施例2でも、
図2のような対面電極1,2を
図3のようにイルカ31に配置し、浮上仰向け状態で心電を人間とともに同時にとることは実施例1と同様である。しかしながら、本実施形態2では、HRV解析・感情推定ユニット51を伴う計測装置100Aが用いられる。具体的には、人間と動物の心電信号を計測し、この信号を、バンドパスフィルタ5,6に透過させた後、アナログデジタルコンバータ7でデジタル化し、それに伴って相互相関係数を計算して、シンクロ率を算出するのは実施例1と同様である。さらに、この実施例2では、デジタル化した人間と動物の心電信号をそれぞれHRV解析して自律神経指標、ストレス指標を出し、ラッセルの円環モデルを応用した機械学習で感情推定を行った。ラッセルの円環モデルは、覚醒度と快適度により、喜、楽、哀、怒の4つの象限に分類させるが、動物と人間の結果の平均値を「触れ合い感情」として、スマートフォン11の画面上にハートマークの大小によって表示した。この「触れ合い感情」はシンクロ率が高いほど高くなることが明らかになった。また高いシンクロ率が表示されると、さらに「触れ合い感情」が上昇することも明らかになった。
【0036】
実験後、当初イルカに興味がなかった来場者C、Dからも触れ合い計測装置を使って、イルカに対面しながら心電を測ったことで、イルカに興味がわき、好きになったとの感想を得た。また、その後に測ったシンクロ率は来場者C、Dともに表1の値より上昇がみられ、イルカへの興味がわいたことでシンクロ率が上昇することが確かめられた。
【0037】
これら2つの実施例1,2では、人間とイルカの心電計測により、シンクロ率、触れ合い感情を算出する例を示したが、もちろん動物としては、イルカ以外の動物でも触れ合い計測をすることが可能である。また、電極を対面電極でなく、2系統の電極とすることで、動物同士でも触れ合い計測が可能になる。もちろん、人間同士でも触れ合い計測をすることが可能である。以上の結果から、この動物との触れ合い計測装置を使って来場者と動物の心電信号の計測に用いた場合、安定的に明瞭な心電信号を得ることができるだけでなく、動物への理解と動物ウェルフェアへの関心が高まるので、国連の提唱する持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)の目標3(すべての人に健康と福祉を)に貢献することができる。
【0038】
なお、本発明は、前述した実施形態に限定されず、その要旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施できる。例えば、本発明において、計測装置の構成や接続形態は前述した実施形態の形態に限定されない。また、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、前述した実施形態の一部または全部を組み合わせてもよく、あるいは、前述した実施形態のうちの1つから構成の一部が省かれてもよい。
【符号の説明】
【0039】
8 相互相関関数演算ユニット
9 シンクロ率演算ユニット
10 無線通信部
11 端末(スマートフォン)
21 第2の心電測定用電極(人間用電極)
22 絶縁体
23 第1の心電測定用電極(動物用電極)
50 シンクロ率・触れ合い感情算出ユニット
51 HRV解析・感情推定ユニット
60 動物用計測部
70 人間用計測部
100,100A 計測装置