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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024165821
(43)【公開日】2024-11-28
(54)【発明の名称】回転陽極型X線管
(51)【国際特許分類】
   H01J 35/10 20060101AFI20241121BHJP
   F16C 17/02 20060101ALI20241121BHJP
   F16C 33/24 20060101ALI20241121BHJP
   H05G 1/02 20060101ALI20241121BHJP
【FI】
H01J35/10 N
F16C17/02 Z
F16C33/24 Z
H05G1/02 P
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023082345
(22)【出願日】2023-05-18
(71)【出願人】
【識別番号】503382542
【氏名又は名称】キヤノン電子管デバイス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001737
【氏名又は名称】弁理士法人スズエ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉田 靖史
【テーマコード(参考)】
3J011
4C092
【Fターム(参考)】
3J011AA20
3J011BA02
3J011CA02
3J011DA01
3J011KA02
3J011SB01
3J011SE10
4C092AA01
4C092AB10
4C092AB12
4C092AC17
4C092BD06
(57)【要約】
【課題】回転体の良好な回転を維持することができる回転陽極型X線管を提供する。
【解決手段】電子を放出する陰極と、前記電子を受けてX線を発生する陽極ターゲットと、前記陽極ターゲットに連結され回転軸線に沿って延在する回転体と、前記回転体を回転可能に支持する固定シャフトと、前記回転体と前記固定シャフトとの間に保持されている潤滑剤と、を有しているすべり軸受と、前記陰極及び前記陽極ターゲットを収納し、前記固定シャフトを固定する真空外囲器と、を備え、前記回転体は、前記回転軸線に沿って延在して形成され、前記固定シャフトを囲んで位置している軸受部材を有し、前記固定シャフトは、炭化タングステン系合金で形成され、前記軸受部材は、SKD11で形成されている、回転陽極型X線管。
【選択図】 図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子を放出する陰極と、
前記電子を受けてX線を発生する陽極ターゲットと、
前記陽極ターゲットに連結され回転軸線に沿って延在する回転体と、前記回転体を回転可能に支持する固定シャフトと、前記回転体と前記固定シャフトとの間に保持されている潤滑剤と、を有しているすべり軸受と、
前記陰極及び前記陽極ターゲットを収納し、前記固定シャフトを固定する真空外囲器と、を備え、
前記回転体は、前記回転軸線に沿って延在して形成され、前記固定シャフトを囲んで位置している軸受部材を有し、
前記固定シャフトは、炭化タングステン系合金で形成され、
前記軸受部材は、SKD11で形成されている、
回転陽極型X線管。
【請求項2】
電子を放出する陰極と、
前記電子を受けてX線を発生する陽極ターゲットと、
前記陽極ターゲットに連結され回転軸線に沿って延在する回転体と、前記回転体を回転可能に支持する固定シャフトと、前記回転体と前記固定シャフトとの間に保持されている潤滑剤と、を有しているすべり軸受と、
前記陰極及び前記陽極ターゲットを収納し、前記固定シャフトを固定する真空外囲器と、を備え、
前記回転体は、前記回転軸線に沿って延在して形成され、前記固定シャフトを囲んで位置している軸受部材を有し、
前記固定シャフトは、炭化タングステン系合金で形成され、
前記軸受部材は、モリブデン合金で形成されている、
回転陽極型X線管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、回転陽極型X線管に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、X線を使用して被写体を診断する医療用機器や工業用機器には、X線発生源としてX線管装置が使用されている。X線管装置は、X線CT装置に搭載され、被写体を中心として回転する。X線管装置として、回転陽極型のX線管(以下「回転陽極型X線管」とも称する)を備えた回転陽極型X線管装置が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭60-117531号公報
【特許文献2】特開平06-196112号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本実施形態は、回転体の良好な回転を維持することができる回転陽極型X線管を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
一実施形態に係る回転陽極型X線管は、電子を放出する陰極と、前記電子を受けてX線を発生する陽極ターゲットと、前記陽極ターゲットに連結され回転軸線に沿って延在する回転体と、前記回転体を回転可能に支持する固定シャフトと、前記回転体と前記固定シャフトとの間に保持されている潤滑剤と、を有しているすべり軸受と、前記陰極及び前記陽極ターゲットを収納し、前記固定シャフトを固定する真空外囲器と、を備え、前記回転体は、前記回転軸線に沿って延在して形成され、前記固定シャフトを囲んで位置している軸受部材を有し、前記固定シャフトは、炭化タングステン系合金で形成され、前記軸受部材は、SKD11で形成されている。
【0006】
また、一実施形態に係る回転陽極型X線管は、電子を放出する陰極と、前記電子を受けてX線を発生する陽極ターゲットと、前記陽極ターゲットに連結され回転軸線に沿って延在する回転体と、前記回転体を回転可能に支持する固定シャフトと、前記回転体と前記固定シャフトとの間に保持されている潤滑剤と、を有しているすべり軸受と、前記陰極及び前記陽極ターゲットを収納し、前記固定シャフトを固定する真空外囲器と、を備え、前記回転体は、前記回転軸線に沿って延在して形成され、前記固定シャフトを囲んで位置している軸受部材を有し、前記固定シャフトは、炭化タングステン系合金で形成され、前記軸受部材は、モリブデン合金で形成されている。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1図1は、X線CT装置の外観を示す斜視図である。
図2図2は、図1の線A-Aに沿ったX線CT装置を示す断面図である。
図3図3は、図2に示す回転架台、X線管装置、冷却ユニット、及びX線検出器を示す正面図である。
図4図4は、一実施形態に係るX線管装置を示す断面図である。
図5図5は、図4に示す固定シャフトの一部を示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下に、本発明の実施の形態について、図面を参照しつつ説明する。なお、開示はあくまで一例にすぎず、当業者において、発明の趣旨を保っての適宣変更について容易に想到し得るものについては、当然に本発明の範囲に含有されるものである。また、図面や説明をより明確にするため、実際の様態に比べ、各部の幅、厚さ、形状等について模式的に表される場合があるが、あくまで一例であって、本発明の解釈を限定するものではない。また、本明細書と各図において、既出の図に関して前述したものと同様の要素には、同一の符号を付して、詳細な説明を適宣省略することがある。
以下、図面を参照しながら一実施形態に係る回転陽極型X線管について詳細に説明する。
【0009】
始めに、本発明の実施形態の基本構想について説明する。
X線管は、陰極や陽極ターゲットを備えている。X線は、陰極で発生した電子が陽極ターゲットに衝突する際に生じる制動放射によって得られる。このとき、X線の発生効率は1%程度であり、残りの99%は熱となる。これにより、陽極ターゲットの温度が上昇する。より高出力なX線を得るためにより多くの電子を衝突させた場合、陽極ターゲットの温度上昇も顕著となる。陽極ターゲットの温度を融点以下に抑制し、陽極ターゲットにおける局所的な温度上昇を防止するために、一般に、陽極ターゲットを回転させる回転陽極型X線管が用いられる。回転陽極型X線管は、固定シャフト、回転体、液体金属などを備えている。
【0010】
陽極ターゲットの温度上昇を抑制するためには、回転陽極型X線管から速やかに熱を逃がすことが重要となる。回転陽極型X線管の外へ熱を逃がす方法としては、陽極ターゲットを含む回転体からの放熱(輻射)と、陽極ターゲットの熱を熱伝導により液体金属を介して固定シャフトに通した冷媒まで伝える方法とがある。液体金属が高温になると固体の反応物が生じることで、固定シャフトと回転体との間の隙間が減少し、回転体の安定した回転を阻害する可能性がある。つまり、固定シャフトを速やかに冷媒で冷却し、陽極ターゲットの温度上昇を抑制する必要がある。
【0011】
また、回転陽極型X線管を有するX線管装置は、X線CT装置に搭載される。X線CT装置は、回転架台を備えている。X線管装置は、スキャンのために回転架台とともに高速で公転する。回転架台を回転させると、回転陽極型X線管には遠心力による負荷(荷重)がかかる。このとき、固定シャフトに曲げ変形が生じるが、回転体の安定した回転を保持する必要がある。
さらに、回転架台の公転速度が速い方が時間分解の高い診断画像を構成できるため、X線CT装置において、回転架台の公転の高速化が求められている。つまり、より大きい遠心力による負荷に耐えることができる回転陽極型X線管が求められている。
固定シャフトに遠心力による撓みが発生すると、固定シャフトと回転体と間の隙間が不均一になる。これにより、固定シャフトと回転体と間の隙間が狭い箇所において、回転体が固定シャフトに接触することで焼き付きが生じ、回転体の回転が制限される可能性がある。
【0012】
さらに、液体金属は、回転体の回転時、速度勾配を有している。具体的には、固定シャフトの表面に位置している液体金属は静止し、回転体の表面に位置している液体金属は回転している。回転体が回転している場合、液体金属と回転体表面との間の摩擦、及び液体金属の速度勾配及び液体金属の粘性による摩擦により液体金属の温度が上昇するため、摩擦を低減させることも重要である。
そこで、本発明の実施形態においては、かかる問題を改善するものであり、回転体の良好な回転を維持することができる回転陽極型X線管を得ることができるものである。
【0013】
まず、X線CT装置80の構成について図1乃至図3を参照して説明する。
図1は、X線CT装置80の外観を示す斜視図である。図2は、図1の線A-Aに沿ったX線CT装置80を示す断面図である。図3は、図2に示す回転架台84、X線管装置86、冷却ユニット87、及びX線検出器88を示す正面図である。図1乃至図3に示すように、X線CT装置80は、筐体81、土台部82、固定架台83、回転架台84、ベアリング部材85、X線管装置86、冷却ユニット87、及びX線検出器88を備えている。
【0014】
筐体81は、固定架台83、回転架台84、ベアリング部材85、X線管装置86などを収容している。筐体81は、排気口81a、吸気口81b、及び導入口81cを有している。吸気口81bから取り入れられた外部の空気は、排気口81aから排出される。導入口81cは、被写体を導入するために設けられている。図示しないが、X線CT装置80は、被検体を載せる寝台も備えている。
【0015】
固定架台83は、土台部82に固定されている。回転架台(「ガントリー」とも称する)84は、ベアリング部材85を介して固定架台83に回転可能に支持されている。回転架台84は、回転架台84の中心軸C1を中心に回転可能である。回転架台84は、最外周に位置したリング状のフレーム部84aを有している。
【0016】
X線管装置86、冷却ユニット87、及びX線検出器88は、回転架台84に取り付けられ、回転架台84とともに回転(公転)する。これにより、X線管装置86には、遠心加速度CAが生じる。X線管装置86及び冷却ユニット87は、フレーム部84aの内壁に取り付けられている。X線管装置86は、循環路89を介して冷却ユニット87と熱交換している。X線管装置86は、X線発生器として機能し、X線を放出する。X線検出器88は、X線管装置86から放射され、被検体を透過したX線を検出し、検出したX線を電気信号に変換する。
上記のようにX線CT装置80は構成されている。
【0017】
図4は、一実施形態に係るX線管装置86を示す断面図である。
図4に示すように、X線管装置86は、回転陽極型X線管1、磁界を発生させるコイルとしてのステータコイル2などを備えている。回転陽極型X線管1は、すべり軸受3と、陽極ターゲット50と、陰極60と、真空外囲器70とを備えている。すべり軸受3は、固定シャフト10と、回転体20と、潤滑剤としての液体金属LMとを有している。
【0018】
固定シャフト10は、円筒状に形成され、回転軸線aに沿って延在し、外周面に形成されたラジアル軸受面S11a,S11bと、熱伝達部10aとを有している。固定シャフト10は、回転体20を回転可能に支持している。固定シャフト10は、径大部11、第1径小部12、及び第2径小部13から構成されている。径大部11、第1径小部12、及び第2径小部13は、同軸的に一体に形成されている。
【0019】
以下、図5を参照して固定シャフト10の径大部11の詳細について説明する。図5は、図4に示す固定シャフト10の一部を示す側面図である。
図5に示すように、径大部11は、それぞれ外周面に位置した、ラジアル軸受面S11a、ラジアル軸受面S11b、凹面S11c、凹面S11d、及び凹面S11eを有している。また、径大部11は、一端にスラスト軸受面S11iを有し、他端にスラスト軸受面S11jを有している。ラジアル軸受面S11a及びラジアル軸受面S11bは、それぞれ径大部11の外周面に全周に亘って形成されている。凹面S11c、凹面S11d、及び凹面S11eは、それぞれ径大部11の外周面に全周に亘って形成されている。
【0020】
ラジアル軸受面S11a及びラジアル軸受面S11bは、回転軸線aに沿った方向に間隔を置いて位置している。凹面S11cは、ラジアル軸受面S11aとラジアル軸受面S11bとの間に位置し、ラジアル軸受面S11a及びラジアル軸受面S11bのそれぞれと隣り合っている。凹面S11dは、凹面S11cから向かってラジアル軸受面S11aを超えて位置し、ラジアル軸受面S11aと隣り合っている。凹面S11eは、凹面S11cから向かってラジアル軸受面S11bを超えて位置し、ラジアル軸受面S11bと隣り合っている。
【0021】
ラジアル軸受面S11aは、プレーン面Saと、複数のパターン部Paとを有している。プレーン面Saは、滑らかな外周面を有している。複数のパターン部Paは、プレーン面Saを窪めて形成されている。各々のパターン部Paは、周方向に対して斜線状に延出して配列されている。複数のパターン部Paは、回転軸線aに沿った方向において、間隔を置いて形成されている。なお、複数のパターン部Paは、回転軸線aに沿った方向において、つながっていてもよい。
【0022】
ラジアル軸受面S11bは、プレーン面Sbと、複数のパターン部Pbとを有している。プレーン面Sbは、滑らかな外周面を有している。複数のパターン部Pbは、プレーン面Sbを窪めて形成されている。各々のパターン部Pbは、周方向に対して斜線状に延出して配列されている。複数のパターン部Pbは、回転軸線aに沿った方向において、間隔を置いて形成されている。なお、複数のパターン部Pbは、回転軸線aに沿った方向において、つながっていてもよい。
各々のパターン部Pa及び各々のパターン部Pbは、数十μmの深さを有した溝で形成されている。複数のパターン部Pa及び複数のパターン部Pbは、それぞれへリングボン・パターンを形作っている。このため、ラジアル軸受面S11a,S11bは、それぞれ凹凸面であり、液体金属LMを掻き込むことができ、液体金属LMによる動圧を発生し易くすることができる。
【0023】
凹面S11c,S11d,S11eは、それぞれ滑らかな外周面であり、プレーン面である。凹面S11c、凹面S11d、及び凹面S11eは、ラジアル軸受面S11a及びラジアル軸受面S11bに比べて窪んで形成されている。言い換えると、固定シャフト10において、凹面S11c,S11d,S11eが形成される区間の外径DO2は、ラジアル軸受面S11a,S11bが形成される区間の外径のうち最小の外径DO1より小さい。
【0024】
回転軸線aに垂直な方向において、凹面(凹面S11c,S11d,S11e)と回転体20との間の隙間は、ラジアル軸受面S11a(プレーン面Sa)と回転体20との間の隙間より大きく、ラジアル軸受面S11b(プレーン面Sb)と回転体20との間の隙間より大きい。
凹面S11cと回転体20との間の空間、凹面S11dと回転体20との間の空間、及び凹面S11eと回転体20との間の空間を、液体金属LMを収容するためのリザーバとして機能させることができる。各々のラジアル軸受面S11a,S11bに両隣から液体金属LMを供給できるため、軸受隙間における液体金属LMの枯渇を抑制することができる。
【0025】
図4に示すように、第1径小部12は、径大部11より外径の小さい円筒状に形成され、径大部11の一端から延出して形成されている。第1径小部12は、スラスト軸受面S11iより回転軸線a側に位置している。
第2径小部13は、径大部11より外径の小さい円筒状に形成され、径大部11の他端から延出して形成されている。第2径小部13は、スラスト軸受面S11jより回転軸線a側に位置している。
【0026】
熱伝達部10aは、強制対流にて内部を流れる冷媒に熱を伝達する。冷媒は、例えば、冷却液Lである。水冷又は油冷(絶縁油)にて回転陽極型X線管1の陽極ターゲット50の冷却率を向上させることができる。なお、冷媒は空気であってもよく、空冷にて陽極ターゲット50の冷却率を向上させてもよい。
熱伝達部10aは、回転軸線aに垂直な方向において、少なくとも陽極ターゲット50に対向する領域に位置していることが望ましい。これにより、固定シャフト10のうち、陽極ターゲット50から熱が伝わりやすい箇所を冷却することができる。
なお、固定シャフト10から回転陽極型X線管1の外部に熱を放出する方法は、上記した熱伝達部10aから冷媒への熱伝達に限られず、例えば、第1径小部12の外周面に熱交換器を配置し、上記熱交換器で冷却することで固定シャフト10の内部の熱を放出してもよい。この場合、熱伝達部10a及び冷媒(冷却液L)を無しに回転陽極型X線管1を構成してもよい。
【0027】
回転体20は、陽極ターゲット50に連結され、回転軸線aに沿って延在している。回転体20は、軸受部材21と、第1支持部材22と、第2支持部材23と、筒部24とを有している。
軸受部材21は、回転軸線aに沿って延在し、筒状に形成され、固定シャフト10を囲んで位置している。軸受部材21は、軸受部材本体21aと、凸部21bとを有している。軸受部材本体21aは、全周に亘って均一な内径及び外径を有し、内周面にラジアル軸受面S21を含んでいる。
【0028】
凸部21bは、軸受部材本体21aの両端に回転軸線aから離れる方向に向かって延在して形成されている。凸部21bは、環状の形状を有している。凸部21bは、軸受部材本体21aと連続的に一体に形成されていなくともよく、例えば、溶接やねじによって軸受部材本体21aの外周面に固定されてもよい。
【0029】
ここで、固定シャフト10及び軸受部材21の材料について説明する。
固定シャフト10の材料は、軸受部材21の材料と異なる。また、軸受部材21の材料の比重は、固定シャフト10の材料の比重よりも小さい。固定シャフト10の材料は、炭化タングステン系合金である。炭化タングステン系合金は、例えば、炭化タングステン(WC)とコバルト(Co)との合金である。なお、炭化タングステン系合金は、コバルト(Co)との合金であることに限定されず、例えば、ニッケル(Ni)との合金であってもよい。炭化タングステン系合金において、ヤング率は400乃至600GPaであり、比重は13乃至15g/cmであり、熱伝導率は100乃至120W/mKである。
【0030】
軸受部材21の材料は、JIS(日本工業規格) G 4404に規定される合金工具鋼材であるSKD11、又はモリブデン(Mo)合金である。SKD11において、ヤング率は200GPa程度であり、比重は8g/cm程度であり、熱伝導率は20W/mK程度である。モリブデン合金において、ヤング率は300GPa程度であり、比重は10g/cm程度であり、熱伝導率は100乃至120W/mK程度である。
また、SKD11のビッカース硬度は、200乃至250程度である。モリブデン合金のビッカース硬度は、SKD11のビッカース硬度の2倍程度である。炭化タングステン系合金のビッカース硬度は、SKD11のビッカース硬度の7乃至8倍程度である。
【0031】
上記のことから、炭化タングステン系合金のヤング率は、SKD11のヤング率及びモリブデン合金のヤング率よりも大きい。SKD11の比重及びモリブデン合金の比重は、炭化タングステン合金の比重よりも小さい。炭化タングステン系合金の熱伝導率は、SKD11の熱伝導率よりも大きく、モリブデン合金の熱伝導率と同程度である。炭化タングステン系合金のビッカース硬度は、SKD11のビッカース硬度及びモリブデン合金のビッカース硬度よりも高い。
【0032】
まとめると、固定シャフト10のヤング率は、軸受部材21のヤング率よりも大きい。軸受部材21の比重は、固定シャフト10の比重よりも小さい。軸受部材21の材料がSKD11である場合、固定シャフト10の熱伝導率は、軸受部材21よりも大きい。軸受部材21の材料がモリブデン合金である場合、固定シャフト10の熱伝導率は、軸受部材21と同程度である。固定シャフト10の硬度は、軸受部材21の硬度よりも高い。
【0033】
第1支持部材22は、円環状の形状を有し、軸受部材21の一端に固定されている。第1支持部材22は、鉄(Fe)合金やモリブデン合金などの金属で形成されている。第1支持部材22は、回転軸線aに沿った方向に固定シャフト10のスラスト軸受面S11iと対向したスラスト軸受面S22を含んでいる。スラスト軸受面S22は、第1支持部材22の内周側に位置し、環状の形状を有している。
第1支持部材22と固定シャフト10(第1径小部12)との間の隙間は、回転体20の回転を維持するとともに、液体金属LMの漏洩を抑制できる値に設定されている。以上のことから、上記隙間はわずかであり、第1支持部材22は、ラビリンスシールリング(labyrinth seal ring)として機能するものである。
【0034】
第2支持部材23は、円環状の形状を有し、軸受部材21の他端に固定されている。第2支持部材23は、鉄合金やモリブデン合金などの金属で形成されている。第2支持部材23は、回転軸線aに沿った方向に固定シャフト10のスラスト軸受面S11jと対向したスラスト軸受面S23を含んでいる。スラスト軸受面S23は、第2支持部材23の内周側に位置し、環状の形状を有している。
第2支持部材23と固定シャフト10(第2径小部13)との間の隙間は、回転体20の回転を維持するとともに、液体金属LMの漏洩を抑制できる値に設定されている。以上のことから、上記隙間はわずかであり、第2支持部材23は、ラビリンスシールリングとして機能するものである。
筒部24は、軸受部材21の凸部21bの外周面に接合されている。筒部24は、銅(Cu)又は銅合金などの金属で形成されている。
【0035】
液体金属LMは、固定シャフト10と回転体20との間に保持されている。より詳細には、液体金属LMは、固定シャフト10(径大部11)と、軸受部材21と、第1支持部材22と、第2支持部材23との間の隙間に充填されている。液体金属LMは、ガリウム・インジウム(GaIn)合金やガリウム・インジウム・錫(GaInSn)合金などの材料を利用することができる。回転体20の回転時において、液体金属LMの回転軸線a側の液面は、ラジアル軸受面S11a,S11bより回転軸線a側に位置している。これにより、軸受隙間における液体金属LMの枯渇を抑制することができる。液体金属LMは、固定シャフト10の軸受面及び回転体20の軸受面とともに動圧形のすべり軸受を形成している。
【0036】
陽極ターゲット50は、円環状に形成され、固定シャフト10及び軸受部材21と同軸的に設けられている。陽極ターゲット50は、陽極ターゲット本体51と、陽極ターゲット本体51の外面の一部に設けられたターゲット層52と、を有している。陽極ターゲット本体51は、円環状に形成されている。陽極ターゲット本体51は、軸受部材21の外周を囲み、軸受部材21に固定されている。
陽極ターゲット本体51は、モリブデン、タングステン、又はこれらを用いた合金で形成されている。ターゲット層52を形成する金属の融点は、陽極ターゲット本体51を形成する金属の融点と同一、又は陽極ターゲット本体51を形成する金属の融点より高い。例えば、陽極ターゲット本体51は、モリブデン合金で形成され、ターゲット層52は、タングステン合金で形成されている。
【0037】
陽極ターゲット50は、回転体20とともに回転可能である。ターゲット層52のターゲット面S52に電子が衝突すると、ターゲット面S52に焦点が形成される。これにより、陽極ターゲット50は、焦点からX線を放出する。つまり、陽極ターゲット50は、電子を受けてX線を発生する。
陰極60は、陽極ターゲット50のターゲット層52に間隔を置き、ターゲット層52に対向配置されている。陰極60は、真空外囲器70の内壁に取り付けられている。陰極60は、ターゲット層52に照射する電子を放出する電子放出源としてのフィラメント61を有している。
【0038】
真空外囲器70は、円筒状に形成されている。真空外囲器70は、ガラス、セラミック、及び金属で形成されている。真空外囲器70において、陽極ターゲット50と対向した箇所の外径は、筒部24と対向した箇所の外径より大きい。真空外囲器70は、開口部71,72を有している。真空外囲器70は、密閉され、陽極ターゲット50及び陰極60を収容し、固定シャフト10を固定している。真空外囲器70の内部は、真空状態(減圧状態)に維持されている。
【0039】
真空外囲器70の気密状態を維持するよう、開口部71は固定シャフト10の一端部(第1径小部12)に気密に接合され、開口部72は固定シャフト10の他端部(第2径小部13)に気密に接合されている。真空外囲器70は、固定シャフト10の第1径小部12及び第2径小部13を固定している。すなわち、第1径小部12及び第2径小部13は、軸受の両持ち支持部として機能している。
なお、回転陽極型X線管1は、固定シャフト10の両端が固定される両持ち構造で構成されることに限定されず、固定シャフト10の一端のみが固定される片持ち構造で構成されてもよい。
【0040】
ステータコイル2は、回転体20の外周面、より詳しくは筒部24の外周面に対向して真空外囲器70の外側を囲むように設けられている。ステータコイル2の形状は環状である。ステータコイル2は、筒部24(回転体20)に与える磁界を発生して回転体20及び陽極ターゲット50を回転させる。
上記のように回転陽極型X線管1を備えたX線管装置86が形成されている。
【0041】
以下、上記X線管装置86の動作について説明する。
回転体20を駆動する際、ステータコイル2は、回転体20(特に筒部24)に与える磁界を発生し、回転体20に回転トルクTを与え、回転体20を加速させる。
一方、液体金属LMと軸受部材21のラジアル軸受面S21との間、及び液体金属LM内部において、摩擦が生じている。回転トルクTと上記摩擦による摩擦トルクNとが一致すると、回転体20は、一定の速度(回転数)で回転する。回転体の慣性モーメントをI、角速度をω、時間をt、回転トルクをT、軸受トルクをNとした場合、以下の角運動方程式(F)が成り立つ。
I(dω/dt)=T-N・・・(F)
なお、摩擦トルクNは、角速度ωと比例関係にあり、角速度ωを増加させると増加する。
【0042】
上記摩擦による発熱は、回転トルクTに依存する。つまり、回転トルクTが大きくなるほど、摩擦による発熱も大きくなる。角運動方程式(F)より、回転トルクTは、回転体20の慣性モーメントIに比例する。慣性モーメントIの大きさは質量に比例するため、摩擦による発熱を抑制するためには、回転体20の質量が小さいことが望ましい。言い換えると、回転体20(軸受部材21)の比重が小さいことが望ましい。
【0043】
また、回転体20が回転している場合、軸受部材21には、回転軸線aに直交し、回転軸線aから遠ざかる向きの遠心力が作用する。遠心力が大きくなると軸受部材21の変形量が増加し、固定シャフト10と軸受部材21との間の隙間は、不均一になる。より具体的には、回転軸線aに垂直な方向における固定シャフト10の外周面から軸受部材21の内周面までの距離が、変形前の距離と比較して、長くなったり、短くなったりする。距離が短くなった箇所では、軸受部材21が固定シャフト10に接触して焼き付きが生じる場合がある。遠心力の大きさは質量に比例するため、隙間の不均一を最小限に留めるためには、軸受部材21の質量が小さいことが望ましい。言い換えると、軸受部材21の比重が小さいことが望ましい。
【0044】
また、一般に、軸受部材21の材料が固定シャフト10の材料と同一であり、且つ、軸受部材21が回転している場合、軸受部材21と固定シャフト10とが凝着し、焼き付きが生じやすくなることが知られている。凝着を避けるためには、軸受部材21の材料が、固定シャフト10の材料と異なっていることが望ましい。
【0045】
陰極60に電流が与えることで負の電圧が印加され、陽極ターゲット50に相対的に正の電圧が印加されると、陰極60と陽極ターゲット50との間に電位差が生じる。フィラメント61は、電子を放出する。電子が加速されターゲット面S52に衝突することで、ターゲット面S52に焦点が形成され、焦点は、電子と衝突するときにX線を放出する。陽極ターゲット50に衝突した電子は、X線に変換され、残りは熱エネルギーに変換される。なお、陰極60の電子放出源は、フィラメントに限定されず、例えば、フラットエミッタであってもよい。
【0046】
陽極ターゲット50で発生した熱は、ターゲット面S52から、ターゲット層52の内部、陽極ターゲット本体51、軸受部材21、液体金属LM、固定シャフト10の順に伝わる。固定シャフト10に伝わった熱は、固定シャフト10の熱伝達部10aから冷却液Lに伝わり、冷却液Lとともにすべり軸受3の外部に放出される。液体金属LMは、温度が上昇すると、ラジアル軸受面S11a,S11b,S21と化学反応を起こす。これにより、ラジアル軸受面S11a,S11b,S21に固体の反応物が生成される。液体金属LMからより多くの熱を冷却液Lに伝えるには、固定シャフト10の熱伝導率が大きいことが望ましい。
【0047】
陽極ターゲット50で発生した熱が上述した順番で伝わるため、軸受部材21の温度は、固定シャフト10温度よりも高い。そのため、軸受部材21に生じる熱応力は、固定シャフト10に生じる熱応力よりも大きい。また、一般に、硬度が高い材料ほど靭性(粘り強さ)が低いことが知られている。つまり、軸受部材21の硬度が大きいと、熱応力によって軸受部材21が割れてしまうことが考えられる。上記のことから、熱応力による軸受部材21の割れを防止するためには、軸受部材21の硬度が低いことが望ましい。
【0048】
回転体20の回転速度が所定の回転速度よりも小さいとき、例えば、回転開始時や回転停止時において、回転体20は、固定シャフト10に接触している。固定シャフト10は回転(自転)しないため、固定シャフト10における回転体20との接触箇所は、重力方向Gと、X線管装置86の回転方向RDにおける位置とから決まる。例えば、図3に示すように、X線管装置86が中心軸C1の真上に位置している場合、固定シャフト10の外周面のうち陰極60から一番遠い箇所が、回転体20の内周面と接触する。
つまり、回転体20の回転開始時や回転停止時に、X線管装置86の回転方向RDにおける位置がほぼ一定となるように設定されている場合、固定シャフト10は、ほぼ同一の箇所で回転体20と接触する。なお、軸受部材21における固定シャフト10との接触箇所は、回転体20が回転しているため一定でない。
【0049】
回転開始時や回転停止時における接触により、固定シャフト10の表面に傷が生じる。傷による表面の微小な凹凸に応力が集中すると、表面に亀裂が生じ剥離する。固定シャフト10のうち剥離した部分は、摩耗紛(微小金属片)となり、ラジアル軸受面S21とラジアル軸受面S11aとの間、又はラジアル軸受面S21とラジアル軸受面S11bとの間に移動する場合がある。上述したように、摩耗紛が軸受面(ラジアル軸受面S21,S11a,S11b)の間に移動すると、焼き付きが生じる場合がある。回転開始時や回転停止時に固定シャフト10に傷が生じることを防止するためには、固定シャフト10の硬度が高いことが望ましい。
一方、軸受部材21の硬度が低ければ、固定シャフト10の表面に傷が生じることを抑制できる。つまり、固定シャフト10に傷が生じることを防止するためには、軸受部材21の硬度が低いことが望ましい。
【0050】
X線管装置86は、X線CT装置80の動作状態において、回転架台84とともに公転する。このとき、X線管装置86は、遠心加速度CAを受ける。これにより、X線管装置86には、遠心力による負荷がかかり、固定シャフト10は曲げ変形する。曲げ変形によって固定シャフト10と軸受部材21と間の隙間は、不均一になる。隙間が不均一になると上述のように焼き付きが生じる場合がある。ヤング率が大きいほど曲げ変形しにくくなるため、固定シャフト10の曲げ変形を抑制して、固定シャフト10と軸受部材21との間の隙間における不均一を最小限に留めるためには、固定シャフト10のヤング率が大きいことが望ましい。
【0051】
本実施形態で記載のように、固定シャフト10の材料を炭化タングステン系合金とし、軸受部材21の材料をSKD11又はモリブデン合金とすれば、固定シャフト10の材料及び軸受部材21の材料をSKD11又はモリブデン合金とした場合、固定シャフト10の材料及び軸受部材21の材料を炭化タングステン系合金とした場合、並びに固定シャフト10の材料をSKD11又はモリブデン合金とし、軸受部材21の材料を炭化タングステン系合金とした場合と比較して、より多くの上述した望ましい状態が実現される。
【0052】
以下、本実施形態の効果について説明する。
上記のように構成された回転陽極型X線管によれば、回転陽極型X線管1は、固定シャフト10と軸受部材21とを備えている。固定シャフト10は炭化タングステン系合金で形成され、軸受部材21はSKD11又はモリブデン合金で形成されている。固定シャフト10及び軸受部材21における、比重、ヤング率、硬度、熱伝達率に応じて、回転陽極型X線管1は、以下の効果を得ることができる。
【0053】
軸受部材21の比重が小さいほど、回転トルクTによる発熱を抑制できる。さらに、回転体20の回転によって軸受部材21に作用する遠心力を小さくすることができる。
固定シャフト10のヤング率が大きいほど、X線管装置86の公転による遠心力によって固定シャフト10が変形することを抑制できる。
固定シャフト10の硬度が高いほど、固定シャフト10に傷が生じることを抑制できる。また、軸受部材21の硬度が低いほど、軸受部材21の熱応力による割れを抑制できる。
固定シャフト10の熱伝導率が大きいほど、液体金属LMから多くの熱を逃がすことができ、固体の反応物の生成を抑制することができる。
【0054】
そのため、本実施形態に係る回転陽極型X線管であれば、固定シャフト10の材料及び軸受部材21の材料をSKD11又はモリブデン合金とした場合、固定シャフト10の材料及び軸受部材21の材料を炭化タングステン系合金とした場合、並びに固定シャフト10の材料をSKD11又はモリブデン合金とし、軸受部材21の材料を炭化タングステン系合金とした場合と比較して、上記した効果をより多く得ることができ、回転体20の良好な回転を維持することができる。
【0055】
本発明の実施形態を説明したが、上記実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。上述した新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0056】
1…回転陽極型X線管、3…すべり軸受、10…固定シャフト、20…回転体、21…軸受部材、50…陽極ターゲット、60…陰極、70…真空外囲器、80…X線CT装置
84…回転架台、86…X線管装置、CA…遠心加速度、LM…液体金属、a…回転軸線。
図1
図2
図3
図4
図5