(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024165893
(43)【公開日】2024-11-28
(54)【発明の名称】皮膜の形成方法および皮膜が形成された部材
(51)【国際特許分類】
C23C 22/72 20060101AFI20241121BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20241121BHJP
C22C 38/18 20060101ALI20241121BHJP
C23C 22/82 20060101ALI20241121BHJP
C23C 28/04 20060101ALI20241121BHJP
【FI】
C23C22/72
C22C38/00 301H
C22C38/00 302E
C22C38/18
C23C22/82
C23C28/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023082471
(22)【出願日】2023-05-18
(71)【出願人】
【識別番号】000109875
【氏名又は名称】トーカロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100121728
【弁理士】
【氏名又は名称】井関 勝守
(74)【代理人】
【識別番号】100165803
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 修平
(72)【発明者】
【氏名】田中 慎也
(72)【発明者】
【氏名】熊川 雅也
(72)【発明者】
【氏名】西野 創一郎
【テーマコード(参考)】
4K026
4K044
【Fターム(参考)】
4K026AA02
4K026AA04
4K026AA22
4K026BA01
4K026BA12
4K026BB03
4K026BB09
4K026CA18
4K026DA03
4K026EB11
4K044AA02
4K044BA18
4K044BC06
4K044CA12
(57)【要約】
【課題】本発明は、硬度が高く、耐凝着性に優れ、かつ靭性に優れる皮膜の形成方法および当該方法により皮膜を形成した部材を提供することを目的とする。
【解決手段】クロムを含有する炭素鋼材からなる基材を、バナジウムを含む溶融塩浴に浸漬することで、前記基材上に、バナジウム炭化物を主成分とし、鉄およびクロムの少なくとも一つを含有する炭化物層を形成する工程と、前記炭化物層に対して窒化処理を行う工程とを含み、前記窒化処理を行う工程は、前記炭化物層中の鉄、クロム、およびバナジウムの少なくとも一つと窒素とが反応し形成された窒化物を含有する窒化物層を前記炭化物層上に形成する工程である、皮膜の形成方法である。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロムを含有する炭素鋼材からなる基材を、バナジウムを含む溶融塩浴に浸漬することで、前記基材上に、バナジウム炭化物を主成分とし、鉄およびクロムの少なくとも一つを含有する炭化物層を形成する工程と、
前記炭化物層に対して窒化処理を行う工程とを含み、
前記窒化処理を行う工程は、前記炭化物層中の鉄、クロム、およびバナジウムの少なくとも一つと窒素とが反応し形成された窒化物を含有する窒化物層を前記炭化物層上に形成する工程である、
皮膜の形成方法。
【請求項2】
前記クロムを含有する炭素鋼材は、鉄を75wt%~95wt%含有し、クロムを3wt%~20wt%含有する、請求項1に記載の皮膜の形成方法。
【請求項3】
クロムを含有する炭素鋼材からなる基材と、
前記基材上に形成されたバナジウム炭化物を主成分とする炭化物層と、
前記炭化物層上に形成された鉄、クロム、およびバナジウムの少なくとも一つの窒化物を含有する窒化物層と、を有し、
前記窒化物層の膜厚は、10nm以上で且つ400nm以下である、部材。
【請求項4】
前記炭化物層の膜厚は、1μm以上で且つ20μm以下である、請求項3に記載の部材。
【請求項5】
前記窒化物層は、鉄を5at%~30at%含有する、請求項3に記載の部材。
【請求項6】
前記窒化物層は、クロムを5at%~30at%含有する、請求項3に記載の部材。
【請求項7】
前記窒化物層は、バナジウムを10at%~60at%含有する、請求項3に記載の部材。
【請求項8】
前記窒化物層は、鉄、クロム、およびバナジウムの少なくとも一つの窒化物の量が前記炭化物層に近づくにつれて漸減する、請求項3に記載の部材。
【請求項9】
前記窒化物層は、バナジウム炭化物の量が前記炭化物層に近づくにつれて漸増する、請求項3に記載の部材。
【請求項10】
前記部材はプレス金型である、請求項3~9のいずれか1項に記載の部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膜の形成方法および皮膜が形成された部材に関する。
【背景技術】
【0002】
プレス成形に用いる金型(以下、「プレス金型」と記載する)は、被加工材の成型時に、その成型面が被加工材と高荷重で接触し、摺動するため、繰り返し使用していくうちに摩耗が発生する。そのため、プレス金型を長持ちさせるために、成型面には耐摩耗性の高い皮膜を形成することが一般的である。
【0003】
従来のプレス金型の成型面に形成される皮膜としては、溶融した硼砂中に塩化バナジウムを添加し拡散した処理剤浴内に炭素工具鋼被処理材を浸漬し形成したバナジウム炭化物からなる被覆層が挙げられる(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、近年、被加工材の高強度化に伴い、プレス時における面圧を高くする要求が増えており、金型への負荷がより一層高まっている。本発明者らが検討したところでは、特許文献1のようなバナジウム炭化物からなる被覆層の場合、高面圧下における耐摩耗性が十分ではなく、プレス時に被覆層と被加工材とが互いに摺動した際に、被覆層表面に凝着が発生し、凝着部分における面圧が更に高くなることで被覆層が剥離するおそれがある。
【0006】
本発明は、前記問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、硬度が高く、耐凝着性に優れ、かつ靭性に優れる皮膜の形成方法およびそのような皮膜が形成された部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の皮膜の形成方法は、以下の工程(a)および工程(b)を有することを特徴とする。
(a)クロムを含有する炭素鋼材からなる基材を、バナジウムを含む溶融塩浴に浸漬することで、前記基材上に、バナジウム炭化物を主成分とし、鉄およびクロムの少なくとも一つを含有する炭化物層を形成する工程、
(b)前記炭化物層に対して窒化処理を行う工程。
前記窒化処理を行う工程は、前記炭化物層中の鉄、クロム、およびバナジウムの少なくとも一つと窒素とが反応し形成された窒化物を含有する窒化物層を前記炭化物層上に形成する工程である。
【0008】
本発明の皮膜の形成方法のより詳細な特徴の例としては、次の(1)が挙げられる。
(1)前記クロムを含有する炭素鋼材は、鉄を75wt%~95wt%含有し、クロムを3wt%~20wt%含有する。
【0009】
本発明の部材は、クロムを含有する炭素鋼材からなる基材と、前記基材上に形成されたバナジウム炭化物を主成分とする炭化物層と、前記炭化物層上に形成された鉄、クロム、およびバナジウムの少なくとも一つの窒化物を含有する窒化物層と、を有し、前記窒化物層の膜厚は10nm以上で且つ400nm以下とすることを特徴とする。
【0010】
本発明の部材のより詳細な特徴の例としては、次の(2)~(8)が挙げられる。
(2)前記炭化物層の膜厚は、1μm以上で且つ20μm以下である。
(3)前記窒化物層は、鉄を5at%~30at%含有する。
(4)前記窒化物層は、クロムを5at%~30at%含有する。
(5)前記窒化物層は、バナジウムを10at%~60at%含有する。
(6)前記窒化物層は、鉄、クロム、およびバナジウムの少なくとも一つの窒化物の量が前記炭化物層に近づくにつれて漸減する。
(7)前記窒化物層は、バナジウム炭化物の量が前記炭化物層に近づくにつれて漸増する。
(8)前記部材はプレス金型である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、硬度が高く、耐凝着性に優れ、かつ靭性に優れる皮膜の形成方法および皮膜が形成された部材を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は本発明の一実施形態に係る皮膜の形成を説明するための模式図である。
【
図2】
図2(a)は本発明の一実施形態の炭化物層を形成する工程(a)の一例を示す概要図である。
図2(b)は炭化物層の形成過程を示す概要図である。
【
図3】
図3は実施例1に係る部材の皮膜の縦断面を示す写真である。
【
図4】
図4は実施例1に係る部材の表層部の成分分析の結果を示すグラフである。
【
図5】
図5は実施例1、比較例1および比較例2に係る部材の表面の動摩擦係数を示すグラフである。
【
図6】
図6(a)は実施例1に係る部材の摩擦摩耗試験後の皮膜表面を示す写真であり、
図6(b)は比較例2に係る部材の摩擦摩耗試験後の皮膜表面を示す写真である。
【
図7】
図7(a)は実施例1に係る部材のプレス試験後の表面を示す写真であり、
図7(b)は比較例2に係る部材のプレス試験後の表面を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[皮膜の形成方法]
以下に、本発明に係る皮膜の形成方法の一実施形態について、図面を参照しつつ説明する。
図1は下記実施形態による皮膜の形成を説明するための模式図である。また、
図2(a)は炭化物層を形成する工程(a)の一例を示す概要図であり、
図2(b)は炭化物層の形成過程を示す概要図である。
【0014】
まず、
図1に示すように、本実施形態に係る皮膜の形成方法の工程(a)では、塩浴法によってクロムを含有する炭素鋼材からなる基材2上に炭化物層3を形成する。塩浴法は、加熱して溶融状態とした硼砂(Na
2B
4O
7)を主剤とする溶融塩浴中に鋼材を浸漬させ、その後冷却することによって、鋼材表面に金属炭化物の皮膜を形成する方法である。具体的には、
図2(a)に示すように、発熱体7を用いて予熱してある浴槽5中のバナジウムを含む溶融塩浴6にクロムを含有する炭素鋼材からなる基材2を浸漬させ、その後冷却することで基材2の表面上にバナジウム炭化物を主成分とする炭化物層3を形成する。なお、本明細書において主成分とは、全成分の中で最も質量比が高い成分のことを指す。続いて、
図2(b)を参照しつつ、クロムを含有する炭素鋼材からなる基材2上にバナジウム炭化物が形成される過程を更に詳細に説明する。
図2(b)の溶融塩浴6の一例として、炭化物形成用のバナジウム化合物として五酸化バナジウム(V
2O
5)を用い、還元材として金属アルミニウム(Al)を添加し、1000℃に加熱された硼砂含有溶融塩浴を用いる例で説明する。この溶融塩浴6では、五酸化バナジウムおよび金属アルミニウムの両方ともが溶融状態となって存在し、金属アルミニウムの還元反応によって、以下の式(1)で表されるように、微細な金属バナジウム(V)の粒子が溶融塩浴6中に析出する。
3V
2O
5+10Al→6V+5Al
2O
3 (1)
このような反応が進行する溶融塩浴6中にクロムを含有する炭素鋼材からなる基材2を浸漬すると、基材2の表面には、上記式(1)で発生した微細な金属バナジウム粒子の一部が物理的に接触して付着する。その後、基材2の表面に付着した微細な金属バナジウム粒子が、炭素鋼材の基材2に含まれている炭素(C)と以下の式(2)に示すように優先的に結合し、基材2の表面上にバナジウム炭化物(VC)が形成され、皮膜(「VC皮膜」とも記載する)として覆われる。
溶融塩浴中の金属V粒子+基材中のC→炭化バナジウム(VC) (2)
また、クロムを含有する炭素鋼材からなる基材2に対して、上記のような塩浴法による処理を行うと、形成される炭化物層3は、主成分としてバナジウム炭化物が含まれる他、炭素鋼材に起因する鉄(Fe)およびクロム(Cr)もごく微量含まれる。炭化物層3は、さらに金属バナジウム(V)を微量含んでいてもよい。
【0015】
工程(a)により形成した炭化物層3は、主成分として炭化バナジウムを含むため、硬度が高い。
【0016】
溶融塩浴6は、上述した例に限定されるものではなく、適宜成分を変更することができる。例えば、溶融塩浴6に用いる還元剤として、金属アルミニウムのかわりに炭化ホウ素(B4C)を用いるものであってもよい。
【0017】
塩浴法において用いる条件は、適宜設定することができ、例えば約1000℃まで加熱した溶融塩浴6に基材2を8時間以上浸漬し、その後基材2を取り出して冷却する条件によって行うことができる。溶融塩浴6を備える浴槽5を加熱するために用いる発熱体7の種類は、特に限定されるものではなく、公知のものを使用することができる。
【0018】
クロムを含有する炭素鋼材からなる基材2は、鉄およびクロムを任意の含有量で含む炭素鋼材、好ましくは鉄を75wt%~95wt%含有し、クロムを3wt%~20wt%含有する炭素鋼材を用いることができる。このような組成範囲を満たす炭素鋼材を用いて、上記の方法で炭化物層3を形成すると、炭化物層3中に、後述する10nm~400nmの厚さの窒化物層を形成するのに適した量の鉄およびクロムを含ませることができる。クロムを含有する炭素鋼材からなる基材2としては、例えばSKD11、SKD61、SKH51、およびSUS440などが挙げられる。
【0019】
次に、
図1に示すように、工程(b)では、基材2上に形成した炭化物層3に対して窒化処理を行うことで、炭化物層3の上部に鉄窒化物、クロム窒化物、およびバナジウム窒化物の少なくとも一つを含有する皮膜として窒化物層4を形成する。なお、窒化物層4の形成においては、炭化物層3中に含まれる鉄およびクロムを利用するものであってよい。このようにすると、炭化物層3中に含まれる鉄およびクロムが窒化物層4の形成によって消費される結果、炭化物層3中の炭化バナジウムの純度が高くなり、炭化物層3の靭性が向上する。具体的に、窒化処理は炭化物層3を有する基材2を加熱したうえで、炭化物層3の表面に窒素を成分として含有するガスを接触させ、炭化物層3に含まれる鉄、クロム、およびバナジウムと該窒素とを結合させることで窒化物を生成する処理であり、このようにして炭化物層3上に10nm~400nmの厚さの窒化物層4を形成する。
【0020】
工程(b)の窒化処理は、例えばイオン窒化、好ましくはラジカル窒化によって行うことができ、また、ガス窒化によって行うこともできるが、これらに限定されるものではない。
【0021】
イオン窒化は、減圧窒化雰囲気中でのグロー放電を用いて被処理材の表面に窒化物層を形成する窒化方法である。本実施形態において、イオン窒化において用いる条件は、特に限定されるものではなく、適宜設定することができる。また、ラジカル窒化は、イオン窒化の一種であり、被処理材を300℃~650℃の温度に維持し、アンモニア(NH3)ガスと水素(H2)ガスを用いて、被処理材の表面に対して0.001mA/cm2~2.0mA/cm2の電流密度のグロー放電を行い、被処理材の表面をイオン窒化する方法である。本実施形態において、ラジカル窒化において用いる条件も、特に限定されるものではなく、適宜設定することができる。
【0022】
ガス窒化は、窒素系ガスの雰囲気下において、加熱状態で被処理材を保持し窒化する方法である。本実施形態において、ガス窒化において用いる条件は、特に限定されるものではなく、適宜設定することができる。
【0023】
本明細書において窒化物層は、窒化物が主成分として含まれる層を指す。窒化物層4は、鉄、クロム、およびバナジウムの少なくとも一つの窒化物、すなわち、鉄窒化物、クロム窒化物、およびバナジウム窒化物の少なくとも一つを含み、好ましくは、これらの窒化物が主成分として含まれる。
【0024】
窒化物層4に含まれる鉄窒化物としては、例えば一窒化二鉄(Fe2N)および一窒化四鉄(Fe4N)など、一般的に知られる鉄窒化物が挙げられる。
【0025】
窒化物層4に含まれるクロム窒化物としては、例えば一窒化クロム(CrN)および窒化ニクロム(Cr2N)など、一般的に知られるクロム窒化物が挙げられる。
【0026】
窒化物層4に含まれるバナジウム窒化物としては、例えば窒化バナジウム(VN)など、一般的に知られるバナジウム窒化物が挙げられる。
【0027】
窒化物層4は、その形成過程において混入する不可避成分を含有するものであってもよく、また、その性能に影響が出ない程度において該不可避成分を含有する変質層(図示せず)を含んでいても構わない。変質層に含まれる不可避成分は、特に限定されないが、酸素(O)または炭素(C)を含有する化合物などが挙げられる。
【0028】
窒化物層4は、鉄、クロム、およびバナジウムの少なくとも一つと窒素とが反応した窒化物を含有するため、硬度が高く、かつ動摩擦係数が低い性質を有する。特に、上記の方法によって形成された窒化物層4は、炭化物層3の上にごく薄い膜厚で形成されることとなり、それにより、皮膜に高い面圧がかかった際の摩耗を抑制でき、凝着に起因する皮膜剥離や横割れを抑制できる。好ましくは、窒化物層4の膜厚は、炭化物層3の膜厚の1/100以下である。
【0029】
窒化物層4は炭化物層3に比べて硬度が高く、炭化物層3はクロムを含有する炭素鋼材からなる基材2よりも硬度が高い。このように、基材2から窒化物層4に向かうにつれ硬さに勾配ができることで、皮膜の耐久性を向上することが可能となり、皮膜剥離や横割れを抑制できる。
【0030】
上記工程(a)および工程(b)により、基材2上に形成した炭化物層3および窒化物層4からなる皮膜は、硬度が高く、耐凝着性に優れ、かつ靭性に優れる。このため、本実施形態に係る方法によって基材2上に該皮膜を形成した部材1は、使用時において高負荷がかかるプレス金型として好適である。
【0031】
[部材]
以下に、本発明に係る皮膜が形成された部材1の一実施形態について説明する。
【0032】
図1に示すように、本実施形態に係る部材1は、クロムを含有する炭素鋼材からなる基材2と、該基材2上に設けられ、バナジウム炭化物を主成分とする皮膜としての炭化物層3と、該炭化物層3上に鉄、クロム、およびバナジウムの少なくとも一つの窒化物を含有する皮膜としての窒化物層4と、を有する。
【0033】
部材1に用いられる基材2は、皮膜の形成方法において上述したものと同様のものを用いることができる。
【0034】
部材1の炭化物層3は、皮膜の形成方法において上述したものと同様にすることができる。炭化物層3の膜厚は、窒化物層4の膜厚よりも大きければ特に限定されるものではなく、炭化物層3の性能に影響が出ない程度において適宜変更することができるが、好ましくは1μm~20μmであり、より好ましくは3μm~15μmである。
【0035】
部材1の窒化物層4は、皮膜の形成方法において上述したものと同様にすることができる。窒化物層4の膜厚は、好ましくは10nm~400nmであり、より好ましくは15nm~200nmである。窒化物層4の硬度を高くし、耐摩耗性および耐久性を確保する観点からは、下限値は10nmとすることが好ましい。また、窒化物層4の耐衝撃性を確保する観点からは、上限値は400nmとすることが好ましい。窒化物層4は、窒化物を主成分とする限りにおいて特に限定されるものではないが、鉄を5at%~30at%含有するか、クロムを5at%~30at%含有するか、またはバナジウムを10at%~60at%含有することが好ましい。窒化物層4に含まれる各成分の含有量が上記範囲を満たすことで、該窒化物層4の硬度が高くなり、かつ優れた耐凝着性が得られやすくなる。また、窒化物層4は、炭化物層3に近づくにつれて、鉄、クロム、及びバナジウムの少なくとも一つの窒化物の量が漸減することが好ましい。さらに、窒化物層4は、炭化物層3に近づくにつれて、バナジウム炭化物の量が漸増することが好ましい。炭化物層3に近づくにつれてバナジウム炭化物の量が漸増することで、下地である炭化物層3との密着が良好となり、かつ、窒化物層4と炭化物層3との間の硬さ勾配が緩やかになるため、炭化物層3および窒化物層4からなる皮膜剥離と横割れの発生を抑制可能となる。
【0036】
部材1の用途は限定されないが、金型、特にプレス金型であることが好ましい。本実施形態の部材1は、耐摩耗性および耐凝着性に優れるため、使用時に高負荷のかかるプレス金型として好適である。
【0037】
部材1の製造方法は、例えば上述した皮膜の形成方法を適用して、最初にクロムを含有する炭素鋼材からなる基材2上に炭化物層3を形成し、続いて炭化物層3の最表面を窒化処理することで窒化物層4を形成して製造することができるが、これに限定されるものではない。
【実施例0038】
以下に、本発明を適用した実施例および比較例について説明する。ただし、本実施例は、あくまで本発明の例示であり、発明の範囲を限定するものではない。
【0039】
実施例1
基材としてSKD11を用意し、五酸化バナジウムおよび金属アルミニウムを添加して1000℃に加熱した無水硼砂の溶融塩浴にSKD11を約8時間浸漬した。その後、SKD11を溶融塩浴から取り出して冷却を行い、SKD11の表面に炭化物層を形成する工程を行った。次に、SKD11の炭化物層に対してガス温度を490℃、使用ガスをアンモニアガス(NH3)、処理時間を6時間とするラジカル窒化処理を行い、炭化物層の最表層に窒化物層を形成する工程を行った。このような工程により実施例1の部材の作製を行った。
【0040】
比較例1
基材としてSKD11を用意し、部材として用いた。
【0041】
比較例2
窒化処理を行わなかった点以外は、実施例1と同様にして部材の作製を行った。
【0042】
作製した部材は、以下の方法および条件により評価を行った。
【0043】
[縦断面の顕微鏡写真]
実施例1の部材を縦断面が見えるように切断し、走査電子顕微鏡SU8020(株式会社日立ハイテクノロジーズ)を用いて、実施例1の部材の縦断面の写真を撮影した。
【0044】
[XPS]
Quantera SXM(アルバック・ファイ株式会社)を用いて、X線光電子分光法(XPS)により、実施例1の部材の表層部の成分分析を行った。
【0045】
[硬度]
ナノインデンター(株式会社エリオニクス)を用いて、押し込み荷重を50mN、負荷保持時間を5秒とする硬度測定により実施例1および比較例2の部材の硬度HITを測定した後、ビッカース硬度HVへの換算を行った。
【0046】
[平均摩擦係数]
摩耗摩擦試験機(新東科学株式会社)を用いて、荷重を100gf、回転速度を100rpm、および相手材をJSC1180Yとするボールオンディスク試験により実施例1および比較例1、2の部材の表面の平均摩擦係数を測定した。
【0047】
[動摩擦係数]
金型を模したエッジ試験片とフラット試験片を作製し、これらの間に被加工材(JSC1180Y)を挟み込み、抑え力を16kNまたは18kN、および速度を200mm/minに設定して、被加工材を100mm引き抜いたときの実施例1および比較例1、2の部材の表面の動摩擦係数を、オートグラフ(株式会社島津製作所)を用いて測定した。また、試験後の実施例1および比較例2の部材の皮膜表面の写真撮影を行った。
【0048】
[靭性]
ナノインデンター(株式会社エリオニクス)を用いて、押し込み荷重を50mNとする圧子の押し込み過程における荷重-変位線図を作成し、該荷重-変位線図から実施例1および比較例2の部材の皮膜の塑性変形能(靭性)を計算した。
【0049】
[プレス試験]
デジタル電動サーボプレス機(最大荷重1500kN)(株式会社アマダプレスシステム)を用いて、実施例1および比較例2の部材に対して加圧力を100kNとするプレス試験を行い、プレス試験後の実施例1および比較例2の部材の皮膜表面の写真撮影を行った。
【0050】
以上のようにして、実施例1および比較例1、2の方法で部材を作製し、各評価試験を行った。以下の表1は実施例1および比較例1、2の部材のビッカース硬度、ならびに実施例1および比較例1、2の部材の平均摩擦係数の評価結果をまとめた表である。表2は、実施例1および比較例2の部材の皮膜における靭性の評価結果をまとめた表であり、「皮膜表面」は炭化物層の最表面付近、「皮膜中央」は炭化物層の中央付近、「皮膜-基材界面」は炭化物層と基材の界面付近をそれぞれ表している。
図3は実施例1の部材の縦断面を示す写真であり、写真中の右下のサイズバーの長さは5μmである。
図4は実施例1の部材のXPSによる成分分析の結果を示すグラフであり、横軸をスパッタ深さ(nm)(SiO
2換算)、縦軸を原子濃度(at%)としている。
図5は実施例1および比較例1、2の部材の表面の動摩擦係数の評価結果をまとめた棒グラフであり、横軸を抑え力(kN)、縦軸を平均動摩擦係数としている。
図6(a)は実施例1の部材に対して上記試験を行った後の皮膜表面を示す写真であり、
図6(b)は比較例2の部材に対して上記試験を行った後の皮膜表面を示す写真である。
図7(a)は実施例1の部材に対してプレス試験を行った後の皮膜表面を示す写真であり、
図7(b)は比較例2の部材に対してプレス試験を行った後の皮膜表面を示す写真である。
【0051】
【0052】
【0053】
図3から分かるように、実施例1の部材では基材2上に炭化物層3と窒化物層4からなる皮膜が形成できていた。また、炭化物層3の膜厚が約7.3μmであることが確認された。一方、比較例1では基材2をそのまま用いているため、炭化物層3と窒化物層4のいずれも形成されていない。また、比較例2では基材2上に炭化物層3のみからなる皮膜が形成されている。
【0054】
図4から分かるように、実施例1の部材の窒化物層は、鉄(Fe)を14at%含有し、クロム(Cr)を8at%含有し、および窒素(N)を33at%含有する。これらの鉄およびクロムは窒素と結合した状態にあると考えられ、それぞれ鉄窒化物およびクロム窒化物として窒化物層中に含まれているものと推定した。さらに、実施例1の部材の窒化物層は、バナジウム(V)を34at%含有しており、一部はバナジウムが窒素と結合したバナジウム窒化物として窒化物層中に含まれているものと推定した。また、
図4の結果から、実施例1の部材の皮膜では、窒化物層が最表層から深さ25nmの位置まで存在することが確認された。加えて、
図4から分かるように、実施例1の部材の炭化物層は、バナジウム(V)を54at%含有し、炭素(C)を42at%含有する。このバナジウムは炭素と結合した状態にあると考えられ、バナジウム炭化物が主成分として含まれているものと推定した。
【0055】
表1から分かるように、実施例1の部材の表面硬さは、比較例1および比較例2の部材の表面硬さよりも大きい。また、実施例1の部材の表面の平均摩擦係数は、比較例1および比較例2の部材の表面の平均摩擦係数よりも低い。これらの結果から、実施例1の部材は、比較例1、2の部材よりも硬度が高く、かつ耐凝着性が良好であることが確認された。
【0056】
図5から分かるように、抑え力16kNとしたときの平均動摩擦係数は、実施例1の部材において最も低く、比較例1および2の部材は同程度である。また、抑え力を18kNとしたときの平均動摩擦係数は、実施例1の部材において最も低く、次いで比較例2の部材が低く、比較例1の部材において最も高い。このように、実施例1の部材の表面において動摩擦係数が低いのは、ごく薄い膜厚の窒化物層の存在に起因するものと考えられる。動摩擦係数が低いほど、部材に高い面圧がかかったときの相手材の凝着発生を低減できるため、プレス金型向けの皮膜として好適である。実際に、
図6(a)から分かるように、実施例1の部材では上記試験後の皮膜において凝着物はほとんど見られない。一方、
図6(b)から分かるように、比較例2の部材では上記試験後の皮膜において凝着物が多く見られる。以上の結果から、実施例1の部材は、比較例1、2の部材よりも表面の動摩擦係数が低く、耐凝着性が良好であることが確認された。
【0057】
表2から分かるように、実施例1の皮膜の靭性は比較例2の皮膜の靭性よりも高い。特に、実施例1の皮膜は、どの深さ位置(「皮膜表面」、「皮膜中央」、および「皮膜-基材界面」)においても靭性が良好であることが確認された。また、
図7(a)は実施例1の皮膜に対してプレス試験を500回行った後の写真を示したものであるが、目立った傷などの損傷はほとんど見られない。一方、
図7(b)は比較例2の皮膜に対してプレス試験を200回行った後の写真を示したものであるが、プレス試験100~200回目で皮膜剥離と多数の横割れが発生することが確認された。これらの結果から、実施例1の皮膜は比較例2の皮膜と比べて靭性が良好であることが確認された。
【0058】
以上の結果から、実施例1の方法によって、クロムを含有する炭素鋼材からなる基材上に硬度が高く、耐凝着性に優れ、かつ靭性に優れる皮膜を形成できることが確認された。また、実施例1の方法によってクロムを含有する炭素鋼材からなる基材上に炭化物層と窒化物層からなる皮膜を有する部材を提供できることが確認された。
本発明は、硬度が高く、耐凝着性に優れ、かつ靭性に優れる皮膜の形成方法および皮膜が形成された部材を提供できるため、自動車などの産業分野において幅広く利用することができる。