(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024016631
(43)【公開日】2024-02-07
(54)【発明の名称】安定型ヘモグロビンA1cの測定方法及び測定装置
(51)【国際特許分類】
G01N 33/72 20060101AFI20240131BHJP
【FI】
G01N33/72 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022118897
(22)【出願日】2022-07-26
(71)【出願人】
【識別番号】000141897
【氏名又は名称】アークレイ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大沼 直嗣
(72)【発明者】
【氏名】松田 友亨
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045DA48
2G045FB20
2G045JA02
(57)【要約】
【課題】安定型ヘモグロビンA1cの高値化が生じている検体において、より真値に近い安定型ヘモグロビンA1c値を測定できる測定方法を提供する。
【解決手段】陽イオン交換を原理とするヘモグロビンの分離分析法による安定型ヘモグロビンA1cの測定方法であって、前記分離分析法により測定対象の血液検体から分析信号を得る工程、分析信号から安定型ヘモグロビンA1cピークのピーク値であるC値と、安定型ヘモグロビンA1cピークとヘモグロビンA0ピークとの間に現れる特定ピークのピーク値であるX値とを決定する工程、及び、あらかじめ決定された演算式にC値とX値を当て嵌めてC値を低値化したC′値を得ることにより、C値を補正する工程、を含み、前記演算式は、前記分離分析法により安定型ヘモグロビンA1c値が既知の血液検体から得られたC値とX値との間の相関関係に基づいて決定されている。
【選択図】
図10
【特許請求の範囲】
【請求項1】
陽イオン交換を原理とするヘモグロビンの分離分析法による安定型ヘモグロビンA1cの測定方法であって、
前記分離分析法により測定対象の血液検体から分析信号を得る工程、
前記分析信号から安定型ヘモグロビンA1cピークのピーク値であるC値と、前記安定型ヘモグロビンA1cピークとヘモグロビンA0ピークとの間に現れる特定ピークのピーク値であるX値とを決定する工程、及び、
あらかじめ決定された演算式に前記C値と前記X値を当て嵌めて前記C値を低値化したC′値を得ることにより、前記C値を補正する工程、
を含み、
前記演算式は、前記分離分析法により安定型ヘモグロビンA1c値が既知の血液検体から得られたC値とX値との間の相関関係に基づいて決定されている、
安定型ヘモグロビンA1cの測定方法。
【請求項2】
前記演算式が、
Y=A*X
及び、
C′=C-Y
で表される式(式中、Aは、安定型ヘモグロビンA1c値が既知の複数の血液検体から得られた前記X値と、安定型ヘモグロビンA1c値が既知の複数の血液検体から得られた前記C値との間の回帰直線の傾きであり、Xは、測定対象の血液検体から得られた前記X値であり、Cは、測定対象の血液検体から得られた前記C値である)を含む、請求項1に記載の安定型ヘモグロビンA1cの測定方法。
【請求項3】
前記演算式が、
R1=a*X+b
及び
C′=C-C*R1
で表される式(式中、aは、安定型ヘモグロビンA1c値が既知の複数の血液検体から得られた前記X値と、安定型ヘモグロビンA1c値が既知の複数の血液検体から得られた前記C値の経時変動率との間の回帰直線の傾きであり、bは、該回帰直線の切片であり、Xは、測定対象の血液検体から得られた前記X値であり、Cは、測定対象の血液検体から得られた前記C値である)を含む、請求項1に記載の安定型ヘモグロビンA1cの測定方法。
【請求項4】
前記安定型ヘモグロビンA1cピークのピークトップ検出時間を0、及び、前記ヘモグロビンA0ピークのピークトップ検出時間を1としたとき、検出時間0.1以上0.65未満に現れるピークを前記特定ピークとする、請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の安定型ヘモグロビンA1cの測定方法。
【請求項5】
前記補正を行う工程が、前記X値が閾値を超えた場合に実行される、請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の安定型ヘモグロビンA1cの測定方法。
【請求項6】
安定型ヘモグロビンA1c値が既知の血液検体を陽イオン交換を原理とするヘモグロビンの分離分析法に供して、安定型ヘモグロビンA1cピークのピーク値であるC値と、前記安定型ヘモグロビンA1cピークとヘモグロビンA0ピークとの間に現れる特定ピークのピーク値であるX値との間の相関関係に基づいてあらかじめ決定された演算式を記憶する記憶装置、
陽イオン交換を原理とするヘモグロビンの分離分析法に測定対象の血液検体を供して、分析信号を得る分析装置、
前記分析信号から安定型ヘモグロビンA1cピークのピーク値であるC値と、安定型ヘモグロビンA1cピークとヘモグロビンA0ピークとの間に現れる特定ピークのピーク値であるX値とを得る第1演算装置、並びに、
前記C値及び前記X値を前記演算式に当て嵌めて前記C値を低値化したC′値を演算する第2演算装置、
を含んでなる、安定型ヘモグロビンA1cの測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液検体中の安定型ヘモグロビンA1cの測定方法及び測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
血液試料中のヘモグロビンについては、複数のヘモグロビン種があり、正常ヘモグロビン(ヘモグロビンA)の他、異常ヘモグロビンとも称される複数種の変異ヘモグロビン(ヘモグロビンC、ヘモグロビンD、ヘモグロビンE、ヘモグロビンS等)が存在する。ヘモグロビンの測定には、電気泳動(特許文献1)及び液体クロマトグラフィー(特許文献2)が用いられる。
【0003】
陽イオン交換クロマトグラフィーによって異常ヘモグロビンであるヘモグロビンEを含む血液試料を測定した場合、安定型ヘモグロビンA1cピークとヘモグロビンA0ピークとの間にヘモグロビンEピークが検出される。血液試料がヘモグロビンEを含有する場合、安定型ヘモグロビンA1cピーク(ピーク面積)が減少し、その結果、安定型ヘモグロビンA1c値が、正確な安定型ヘモグロビンA1c値よりも低値を示すことが報告されている。したがって、正確な安定型ヘモグロビンA1c値を得るために、ヘモグロビンA1c値を高くする補正が行われる(特許文献3及び4)。
【0004】
また、異常ヘモグロビンであるヘモグロビンC、ヘモグロビンD又はヘモグロビンSを含む血液試料を測定した場合も同様に、正確な安定型ヘモグロビンA1c値を得るために補正が行われる(特許文献5)。すなわち、特許文献5記載の技術では、このような異常ヘモグロビンが含まれる検体のヘモグロビンA1c値を測定する際、これら異常ヘモグロビン成分の一部が、ヘモグロビンAの非糖化成分であるヘモグロビンA0と同時に又はその後に溶出するため、異常ヘモグロビンに対応する顕著なピークを安定型ヘモグロビンA1c値の計算から除外しても、安定型ヘモグロビンA1c値は低値を示してしまうという現象に対して、異常ヘモグロビンの面積値に基づき、ヘモグロビンA1c値を高くするように補正が行われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2019-078599号公報
【特許文献2】特開平9-264889号公報
【特許文献3】特開2012-215470号公報
【特許文献4】特開2016-183871号公報
【特許文献5】特開2017-203677号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の測定装置を利用して、安定型ヘモグロビンA1c値が既知の試料を測定した場合に、真値としてのその安定型ヘモグロビンA1c値よりも実測値が高くなるという現象がしばしば確認される。本発明者らによる検証の結果、陽イオン交換を原理とする分離分析法において経時劣化した検体を用いると、安定型ヘモグロビンA1cの測定値が高値化するという現象が特定された。
【0007】
本開示の実施態様は、たとえば検体が経時劣化のような変質を被っている場合のように、安定型ヘモグロビンA1cの高値化が生じている検体に対して、その高値化の影響を安定型ヘモグロビンA1cの測定値から減じることにより、できるだけ除去してより真値に近い安定型ヘモグロビンA1c値を測定できる測定方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の一態様は、陽イオン交換を原理とするヘモグロビンの分離分析法による安定型ヘモグロビンA1cの測定方法であって、前記分離分析法により測定対象の血液検体から分析信号を得る工程、分析信号から安定型ヘモグロビンA1cピークのピーク値であるC値と、安定型ヘモグロビンA1cピークとヘモグロビンA0ピークとの間に現れる特定ピークのピーク値であるX値とを決定する工程、及び、あらかじめ決定された演算式にC値とX値を当て嵌めてC値を低値化したC′値を得ることにより、C値を補正する工程、を含み、前記演算式は、前記分離分析法により安定型ヘモグロビンA1c値が既知の血液検体から得られたC値とX値との間の相関関係に基づいて決定されている。
【発明の効果】
【0009】
本開示の実施態様によれば、たとえば検体が経時劣化のような変質を被っている場合のように、安定型ヘモグロビンA1cの高値化が生じている検体に対して、その高値化の影響をできるだけ除去して、より真値に近い安定型ヘモグロビンA1c値を測定できる測定方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】検体1について、採血当日(A)及び採血28日後(B)のエレクトロフェログラム。
【
図6】検体1(A)、検体2(B)及び検体3(C)のそれぞれについて、X値と原C値との相関関係を示すグラフ。
【
図7】検体1(A)、検体2(B)及び検体3(C)のそれぞれについて、X値とC′値との相関関係を示すグラフ。
【
図8】検体1(A)、検体2(B)及び検体3(C)のそれぞれについて、C値の経時的変化を示すグラフ。
【
図9】検体1(A)、検体2(B)及び検体3(C)のそれぞれについて、C値の0日目に対する変動率の経時的変化を示すグラフ。
【
図10】C値の経時変動率とX値との相関関係を示すグラフ。
【
図11】検体1(A)、検体2(B)及び検体3(C)のそれぞれについて、C′値の経時的変化を示すグラフ。
【
図12】検体1(A)、検体2(B)及び検体3(C)のそれぞれについて、C′値の0日目に対する変動率の経時的変化を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示における実施形態を、図面を参照しつつ説明する。各図において共通する符号は、特段の説明がなくとも同一の部分を指し示す。なお、本開示における「ピーク値」とは、分析信号としてのエレクトロフェログラムで認められる各ピークの高さ又は面積であり、相対値を用いることができ、絶対値を用いることもできる。この相対値は、エレクトロフェログラムの面積の全体に対する比率であってもよいし、エレクトロフェログラムに占めるヘモグロビンに関するピーク面積の全体に対する比率であってもよいし、あるいは、特定のピーク(たとえば、ヘモグロビンA0ピーク)の面積に対する比率であってもよい。なお、分析信号としては、エレクトロフェログラムのみならずクロマトグラムであってもよい。その場合の「ピーク値」の意義については上記と同様である。
【0012】
また、以下の記述では、ヘモグロビンA0を「HbA0」、及び、安定型ヘモグロビンA1cを「s-HbA1c」と標記する。さらに、ヒト由来の血液検体をキャピラリー電気泳動法に供して観察されるヘモグロビンのエレクトロフェログラムにおいて、HbA0及びs-HbA1cに帰せられるピークをそれぞれ「HbA0ピーク」及び「s-HbA1cピーク」と称する。また、HbA0ピーク及びs-HbA1cピーク並びに後述する「特定ピーク」についてのピーク値をそれぞれ、「HbA0ピーク値」、「s-HbA1cピーク値」及び「特定ピーク値」と称する。
【0013】
図1は、後述する実施例の血液検体のうち、検体1について、採血当日に陽イオン交換を原理とするキャピラリー電気泳動法により測定したヘモグロビンのエレクトロフェログラム(A)及び採血28日後に同様に測定したヘモグロビンのエレクトロフェログラム(B)である。
図1(A)及び
図1(B)では、溶出時間27秒付近のHbA0ピーク50と、溶出時間20秒付近のs-HbA1cピーク60とが観察される。
【0014】
そして、
図1(B)では、s-HbA1cピーク60とHbA0ピーク50との間の溶出時間22.5秒付近に、
図1(A)には認められないピークが出現する。このピークを「特定ピーク70」と称する。特定ピーク70が現れる理由は不明であるが、特定ピーク70は、たとえば、採血当日から日数を経過して経時劣化を被った血液検体のような、変質した血液検体において現れる場合がある。特定ピーク70は、s-HbA1cピーク60のピークトップ検出時間を0とし、また、HbA0ピーク50のピークトップ検出時間を1としたときに、検出時間0を上回り1未満、望ましくは0.01以上0.8未満、より望ましくは0.1以上0.65未満、さらに望ましくは0.2以上0.5未満(
図1(B)では0.41)に現れるピークである。
【0015】
後述の実施例で示すように、陽イオン交換を原理とするキャピラリー電気泳動法で、様々な日数を保管した血液検体のヘモグロビンを測定すると、s-HbA1cピーク値と特定ピーク値との間には正の相関が認められる。
【0016】
以上より、本実施形態のs-HbA1cの測定方法は、陽イオン交換を原理とするヘモグロビンの分離分析法によるものであって、前記分離分析法により測定対象の血液検体から分析信号を得る工程、分析信号からs-HbA1cピークのピーク値であるC値と、s-HbA1cとHbA0ピークとの間に現れる特定ピークのピーク値であるX値とを決定する工程、及び、あらかじめ決定された演算式にC値とX値を当て嵌めてC値を低値化したC′値を得ることにより、C値を補正する工程、を含む。そして、この演算式は、前記分離分析法によりs-HbA1c値が既知の血液検体から得られたC値とX値との間の相関関係に基づいて決定されている。
【0017】
演算式は、たとえば、s-HbA1c値が既知の複数の血液検体から得られたC値とX値との間の回帰直線の傾きであるA値を、測定対象の血液検体から得られたX値に乗じた値であるY値を得る演算段階、及び、Y値を測定対象の血液検体から得られたC値から減じてC′値を得る演算段階を含むものとしてもよい。なお、複数の血液検体の各々についてC値とX値との間の回帰直線を求め、それらの傾きの平均値をA値としてもよい。
【0018】
すなわち、s-HbA1c値が既知の複数の血液検体の各々についてC値とX値とを測定して、複数のC値と対応する複数のX値との間の回帰直線の傾きとして上記A値をあらかじめ求めておく。そして、測定対象の血液検体について、前記した分離分析法により分析信号を得て、C値とX値とを測定する。このC値とX値とは、たとえば、
図2のフローチャートで表される演算式に適用される。
【0019】
具体的には、S10に示す段階において、下記式(1)に示すように、測定対象の血液検体で測定されたX値にA値が乗ぜられた値がY値となる。
【0020】
Y=A*X ・・・(1)
【0021】
このY値は、X値に応じてC値が真値に対して底上げされた分に相当する値と考えられるので、次に、S15に示す段階において、下記式(2)に示すように、測定対象の血液検体で測定されたC値からY値が減じられた値であるC′値が得られることで、C値が低値化される。
【0022】
C′=C-Y ・・・(2)
【0023】
なお、上記式(1)で求められるY値は、C値が真値に対して底上げされた分を過大に見積もっていたり、逆に過小に見積もっている場合がある。そのような場合には、上記式(1)のA値を修正したり、X値を修正したり、若しくはA値とX値との積に任意の値を加減したり、又はこれらのうちの2つ以上を併用したりすることで、Y値を適正な値に修正することとしてもよい。
【0024】
演算式は、上記とは別に、たとえば、s-HbA1c値が既知の血液検体から得られたC値の経時変動率とX値との間の相関関係に、測定対象の血液検体から得られたX値を当て嵌めてC値の変動率であるR1値を得る演算段階、及び、測定対象の血液検体から得られたC値にR1値を乗じて得られた値を、C値から減じてC′値を得る演算段階を含むものとしてもよい。
【0025】
すなわち、s-HbA1c値が既知の複数の血液検体の各々についてC値とX値とを測定しておく。このとき、同一の血液検体について、採血当日から所定日数保管後までの各々についてC値とX値とが測定される。そして、採血当日のC値に対し、所定日数保管後のC値が変動する割合である経時変動率と、これに対応する複数のX値との間の相関関係、たとえば回帰直線をあらかじめ求めておく。ここで、経時変動率がy、X値がxとすると、この回帰直線は下記式(3)のようになる。
【0026】
y=ax+b ・・・(3)
【0027】
ここで、上記式(3)中のaは回帰直線の傾きであり、bは回帰直線の切片である。そして、前記した分離分析法により分析信号を得て、測定対象の血液検体についてC値とX値とを測定する。このC値とX値とは、
図3のフローチャートで表される演算式に適用される。
【0028】
具体的には、S20に示す段階において、下記式(4)に示すように、上記式(3)のxにX値を代入して得られるyがR1値となる。
【0029】
R1=a*X+b ・・・(4)
【0030】
このR1値は、X値に対応するC値の経時変動率である。次に、S25に示す段階において、下記式(5)に示すように、測定対象の血液検体で測定されたC値にこのR1値を乗じた値が、C値から減じられることで、C値が低値化される。
【0031】
C′=C-C*R1 ・・・(5)
【0032】
なお、上記式(4)で求められるR1値は、上記式(5)で行う補正においてC値を過大に低値化したり、逆に低値化が過小である場合がある。そのような場合には、上記式(4)のaの値を修正したり、bの値を修正したり、若しくはX値を修正したり、又はこれらのうちの2つ以上を併用したりすることで、R1値を適正な値に修正することとしてもよい。
【0033】
演算式は、前記分離分析法によりs-HbA1c値が既知の血液検体から得られたC値とX値との間の相関関係に基づいて決定されている相関テーブルを含んでいてもよい。たとえば、測定対象の血液検体で測定されたX値とC値とから、相関テーブルを用いて底上げされた分に相当する値又は割合を求め、その値をC値から減じることでC′値を求めてもよい。あるいは、測定対象の血液検体で測定されたX値とC値とから、相関テーブルを用いて上記式(1)のY値を求め、C値からY値を減じることでC′値を求めてもよい。あるいは、測定対象の血液検体で測定されたX値とC値とから、相関テーブルに基づいて上記式(4)のR1値を求め、C値にR1値を乗じた値をC値から減じることでC′値を求めてもよい。
【0034】
ここで、特定ピークは、s-HbA1cピークのピークトップ検出時間を0、及び、HbA0ピークのピークトップ検出時間を1としたとき、検出時間0を上回り1未満、望ましくは0.01以上0.8未満、より望ましくは0.1以上0.65未満、さらに望ましくは0.2以上0.5未満に現れるピークとすることが望ましい。
【0035】
たとえば、
図1(B)において、s-HbA1cピーク60のピークトップ検出時間である溶出時間20秒の時点を0とし、また、HbA0ピーク50のピークトップ検出時間である溶出時間26.6秒の時点を1としたとき、特定ピーク70のピークトップ検出時間である溶出時間22.7秒の時点は0.41となる。
【0036】
C値の高値化は、特定ピークが現れる際に見られる現象である。すなわち、特定ピークのピーク値であるX値の高値化に伴って、C値は底上げされて高値化する。なお、特定ピークが現れる理由は不明であるが、特定ピークは、たとえば、採血当日から日数を経過して経時劣化を被った血液検体のような、変質した血液検体において現れる場合がある。したがって、劣化していない血液検体に対して不必要にC値の補正を行わないという観点から、補正を行うか否かについてX値の閾値を設けてもよい。そして、X値が閾値(たとえば、全ヘモグロビンに対して5%)を超えた場合に、上記の演算式を用いたC値の補正を行ってもよい。
【0037】
本実施形態のs-HbA1cの測定装置10は、
図4に示すように、s-HbA1c値が既知の血液検体を陽イオン交換を原理とするヘモグロビンの分離分析法に供して、s-HbA1cピークのピーク値であるC値と、s-HbA1cピークとHbA0ピークとの間に現れる特定ピークのピーク値であるX値との間の相関関係に基づいてあらかじめ決定された演算式を記憶する記憶装置150、陽イオン交換を原理とするヘモグロビンの分離分析法に測定対象の血液検体を供して、分析信号を得る分析装置20、分析信号からs-HbA1cピークのピーク値であるC値と、s-HbA1cピークとHbA0ピークとの間に現れる特定ピークのピーク値であるX値とを得る第1演算装置160、並びに、C値及びX値を演算式に当て嵌めてC値を低値化したC′値を演算する第2演算装置170、を含んでなる。
【0038】
分析装置20は、陽イオン交換を原理とするヘモグロビンの分離分析を行う装置であり、たとえば、キャピラリー電気泳動装置又は液体クロマトグラフィー装置がこの分析装置20に充てられる。分析装置20は、ヘモグロビンを陽イオン交換により各成分に分離し、各成分に対応する信号データをたとえばエレクトロフェログラム(キャピラリー電気泳動装置の場合)又はクロマトグラム(液体クロマトグラフィー装置の場合)で出力する。
【0039】
制御装置100は、記憶装置150と、第1演算装置160と、第2演算装置170とを有し、分析装置20を制御するとともに、分析装置20から出力された信号データに基づき、各種の演算を行う。
【0040】
制御装置100は、
図5のハードウェア構成に示すように、CPU(Central Processing Unit)110、ROM(Read Only Memory)120、RAM(Random Access Memory)130及び記憶装置150を有する。各構成は、バス190を介して相互に通信可能に接続されている。
【0041】
CPU110は、中央演算処理ユニットであり、各種プログラムを実行したり、各部を制御したりする。すなわち、CPU110は、ROM120又は記憶装置150からプログラムを読み出し、RAM130を作業領域としてプログラムを実行する。CPU110は、ROM120又は記憶装置150に記録されているプログラムに従って、分析装置20の制御を行う。
【0042】
ROM120は、各種プログラム及び各種データを格納する。RAM130は、作業領域として一時的にプログラム又はデータを記憶する。記憶装置150は、HDD(Hard Disk Drive)、SSD(Solid State Drive)又はフラッシュメモリによるストレージとして構成され、オペレーティングシステムを含む各種プログラム、及び各種データを格納する。本実施形態では、ROM120又は記憶装置150には、制御や演算に関するプログラムや各種データが格納されている。この各種データには、上述した演算式も含まれる。
【0043】
制御装置100は、上記ハードウェア構成のうちCPU110が、前記したプログラムを実行して、まず第1演算装置160として、分析装置20からの分析信号から、C値とX値とを得る。そして、第2演算装置170として、C値及びX値を、記憶装置150に記憶されている演算式に当て嵌めて、C値を低値化したC′値を演算する。
【0044】
なお、上記CPU110がプログラムを読み出して実行するs-HbA1cの測定処理は、CPU110以外の各種のプロセッサが実行してもよい。この場合のプロセッサとしては、FPGA(Field-Programmable Gate Array)等の製造後に回路構成を変更可能なPLD(Programmable Logic Device)及びASIC(Application Specific Integrated Circuit)等の特定の処理を実行させるために専用に設計された回路構成を有するプロセッサである専用電気回路等が例示される。また、s-HbA1cの測定処理を、これらの各種のプロセッサのうちの1つで実行してもよいし、同種又は異種の2つ以上のプロセッサの組み合わせ(たとえば、複数のFPGA又はCPUとFPGAとの組み合わせ等)で実行してもよい。また、これらの各種のプロセッサのハードウェア的な構造は、より具体的には、半導体素子等の回路素子を組み合わせた電気回路である。
【実施例0045】
(1)測定データ
3名の被験者についてそれぞれ、抗凝固剤を含んだ9種類の採血管(下記表1参照)へ静脈血を採取し、全血検体を得た(検体1、検体2及び検体3)。採取当日内に、この検体をキャピラリー電気泳動装置(The Lab 001、アークレイ)を用いて、0日目のC値及びX値を二重測定した。その後、-20℃条件下に検体を保管し、保管から1日後、3日後、7日後、14日後及び28日後の各ポイントでそれぞれC値及びX値を二重測定した。
【0046】
【0047】
(2)第1補正方法
図6は、検体1(A)、検体2(B)及び検体3(C)のそれぞれについて、9種類の採血管で6つの検査ポイントごとに2回の測定を行った、計108組のデータを、横軸をX値、縦軸をC値の測定生値(原C値、単位は‰)としてグラフにプロットしたものである。各グラフ中の破線はX値と原C値との回帰直線である。回帰直線の傾きは、検体1で0.382、検体2で0.348、検体3で0.339であった。また、回帰直線の相関係数は、検体1で0.744、検体2で0.715、検体3で0.637でいずれも正の相関が見られた。
【0048】
そして、上記の傾きの平均値である0.356を、
図2におけるAとして、
図6の測定対象の血液検体から得られたX値に乗じてY値を得て、同じ血液検体から得られたC値からこのY値を減じて低値化して補正したC′値を、X値と対応させて
図6と同様にグラフにプロットしたのが
図7である。各グラフ中の破線はX値とC′値との回帰直線である。回帰直線の傾きは、検体1で-0.072、検体2で-0.103、検体3で-0.106であった。また、回帰直線の相関係数は、検体1で-0.200、検体2で-0.276、検体3で-0.252であった。
【0049】
検体1~検体3のそれぞれの補正前及び補正後の各データを測定生値から国際標準化値に変換した上で、平均値、標準偏差及び変動係数を下記表2に示す。
【0050】
【0051】
上記表2より、原C値からC′値への補正によって、データのばらつきは平準化され、検体の保管によって生ずるX値の高値化に伴うC値の高値化が抑制されることが分かった。
【0052】
(3)第2補正方法
図8は、上記第1補正方法と同じ検体1(A)、検体2(B)及び検体3(C)のそれぞれについての同じ測定データについて、各測定ポイントの二重測定で得られた値の平均値を、横軸を保管日数、縦軸をC値の測定生値から国際標準化値(単位は%)に変換した値として、採血管ごとにプロットしたグラフである。また、
図9は、
図8の各C値から、0日目のC値に対する変動率(経時変動率、単位は%)を算出してこれを縦軸として、保管日数を横軸としてプロットしたものである。ここで、経時変動率(R
2)は、0日目のC値をC
0、n日目のC値をC
nとすると、下記式(6)にて算出される値である。
【0053】
R2=(Cn-C0)/C0*100 ・・・(6)
【0054】
いずれの検体も、採血管の相違にかかわらず、保管日数が経過するにつれてC値(
図8)が上昇し、それに伴いC値の経時変動率(
図9)も上昇していく傾向が明らかであった。
【0055】
図10は、各測定ポイントについて、C値の経時変動率とX値と組み合わせをグラフにプロットして、これらの相関関係を示した散布図である。この散布図から、X値とC値の変動率とは正の相関関係にあることが見て取れる。また、図中の破線は回帰直線を示し、経時変動率をy、X値をxとすると、下記式(7)で表される。なお、この回帰直線の相関係数(r)は0.782であった。
【0056】
y=0.6323x-1.4143 ・・・(7)
【0057】
そして、測定対象の血液検体から得られたX値をxとして上記式(7)に当て嵌めて得られたyの値をR
1値とし、このR
1値をC値に乗じた値を、C値から減じて低値化して補正したC′値を、
図8と同様に保管日数を横軸としてプロットしたものが
図11である。また、
図12は、
図11の各C′値から、0日目のC′値に対する経時変動率を算出してこれを縦軸として、保管日数を横軸としてプロットしたものである。
【0058】
いずれの検体も、採血管の相違にかかわらず、保管日数が経過してもC′値(
図11)の上昇は
図8に比べて抑えられ、C′値の経時変動率(
図12)も平準化していた。
【0059】
検体1~検体3のそれぞれの補正前及び補正後の各データの平均、標準偏差及び変動係数を下記表3に示す。
【0060】
【0061】
上記表3から、補正前に対して補正後では変動係数が小さくなっているため、各測定値の精度が向上したことが分かる。