(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024166558
(43)【公開日】2024-11-29
(54)【発明の名称】細胞培養膜及び細胞培養方法
(51)【国際特許分類】
C12M 3/04 20060101AFI20241122BHJP
C12N 5/07 20100101ALI20241122BHJP
【FI】
C12M3/04 Z
C12N5/07
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023082736
(22)【出願日】2023-05-19
(71)【出願人】
【識別番号】000241463
【氏名又は名称】豊田合成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100096116
【弁理士】
【氏名又は名称】松原 等
(72)【発明者】
【氏名】高城 誠太郎
(72)【発明者】
【氏名】篠田 康彦
(72)【発明者】
【氏名】岩田 晃輔
(72)【発明者】
【氏名】日野 清香
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA08
4B029AA21
4B029BB11
4B029CC02
4B029DG10
4B029GB09
4B029GB10
4B065AA90X
4B065BC43
4B065BC46
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】貫通孔を含むポリウレタン多孔膜の片面のみに細胞を単層にて培養する際に、貫通孔を通じて細胞が反対側に回り込まないようにする。
【解決手段】樹脂で形成され、少なくとも一方の面において開口する複数の細孔を有し、細孔の少なくとも一部は膜厚方向に貫通する貫通孔である樹脂多孔膜と、樹脂多孔膜のいずれか一方の面に被覆された、細胞が貫通孔を通過するのを抑制する固体の被覆材とを含む細胞培養膜とする。例えば、樹脂はポリウレタンであり、細孔及び貫通孔はすり鉢状である。被覆材は、例えば、糖タンパク質乾固物、タンパク質ゲル、多糖類ゲルである。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂で形成され、少なくとも一方の面において開口する複数の細孔を有し、細孔の少なくとも一部は膜厚方向に貫通する貫通孔である樹脂多孔膜と、樹脂多孔膜のいずれか一方の面に被覆された、細胞が貫通孔を通過するのを抑制する固体の被覆材とを含む細胞培養膜。
【請求項2】
樹脂はポリウレタンであり、細孔及び貫通孔はすり鉢状である請求項1記載の細胞培養膜。
【請求項3】
被覆材は、糖タンパク質乾固物である請求項1又は2記載の細胞培養膜。
【請求項4】
被覆材は、タンパク質ゲルである請求項1又は2記載の細胞培養膜。
【請求項5】
被覆材は、多糖類ゲルである請求項1又は2記載の細胞培養膜。
【請求項6】
樹脂で形成され、少なくとも一方の面において開口する複数の細孔を有し、細孔の少なくとも一部は膜厚方向に貫通する貫通孔である樹脂多孔膜を使用し、
樹脂多孔膜のいずれか一方の面に、細胞が貫通孔を通過するのを抑制する固体の被覆材を被覆して細胞培養膜とし、該細胞培養膜の片面に細胞を単層培養することを特徴とする細胞培養方法。
【請求項7】
樹脂で形成され、少なくとも一方の面において開口する複数の細孔を有し、細孔の少なくとも一部は膜厚方向に貫通する貫通孔である第1及び第2の樹脂多孔膜を使用し、
第1の樹脂多孔膜を細胞培養膜とし、該細胞培養膜の両面に異種の細胞を2層培養するステップと、
第2の樹脂多孔膜のいずれか一方の面に、細胞が貫通孔を通過するのを抑制する固体の被覆材を被覆して細胞培養膜とし、該細胞培養膜の片面に細胞を単層培養するステップとを含むことを特徴とする細胞培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養膜及び細胞培養方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
創薬、再生医療などの種々の分野で、細胞の培養が行われている。通常、細胞培養膜を足場として使用し、その上に栄養素を含む培地を添加して細胞を培養するのが一般的である。
【0003】
本出願人は先に新規な細胞培養膜として、熱硬化性樹脂によって形成され、少なくとも一方の面において開口する複数の細孔を有し、細孔の少なくとも一部は膜厚方向に貫通する貫通孔であることを特徴とする多孔膜を開発し開示した(特許文献1)。その実施例では、熱硬化性樹脂としてポリウレタンを採用した。また、細孔及び貫通孔はすり鉢形状であり、貫通孔の平均孔径は、開口側で5~15μmであるが、貫通した反対側でより小さくなる(例えば3μm前後)。よって、細胞は貫通孔を通過しにくい。
【0004】
このポリウレタン多孔膜によれば、その両面に異なる種類の細胞A,Bを培養して、異種細胞間の相互作用を解析することが可能になる。具体的には、一方の面に細胞Aを播いて細孔を塞ぎ、他方の面に別の細胞Bを播くことで、2層での培養を行う。
【0005】
しかしながら、このポリウレタン多孔膜の片面のみに細胞(細胞A単体又は細胞B単体)を単層にて培養しようとすると、貫通孔を通じて細胞が反対面に回り込むことがある。細胞によっては遊走能や浸潤能があり、細胞が収縮して貫通孔を通過するためである。貫通孔の数が多く径が大きい場合には、この通過も多くなる。よって、このポリウレタン多孔膜では、2層培養の比較としての単層培養を行うことが困難であった。
【0006】
なお、特許文献2には、下層用マイクロ流路チップと上層用マイクロ流路チップを、細胞を通過させないサイズのポアを有するポーラス膜を隔てて積層した2層式流路デバイスが開示され、上層流路にフィブロネクチンをコーティングし、細胞懸濁液を導入することで細胞を播種したときに、下層には細胞が観察されなかったとされている。ポーラス膜の材質は、ポリエチレンテレフタレート、ナイロン、ニトロセルロース、ポリジメチルシロキサン、コラーゲンビトリゲル等である。フィブロネクチンのコーティングは、主に細胞の接着を促進するものと記載されており、細胞が貫通孔を通過するのを抑制するとの記載はなく、フィブロネクチンが液体か固体かも不明である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2017-29092号公報
【特許文献2】特開2020-188723号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明の目的は、貫通孔を含むポリウレタン多孔膜の片面のみに細胞を単層にて培養する際に、貫通孔を通じて細胞が反対側に回り込まないようにすること、そして例えば2層培養の比較としての単層培養を可能にすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
[1]樹脂で形成され、少なくとも一方の面において開口する複数の細孔を有し、細孔の少なくとも一部は膜厚方向に貫通する貫通孔である樹脂多孔膜と、樹脂多孔膜のいずれか一方の面に被覆された、細胞が貫通孔を通過するのを抑制する被覆材とを含む細胞培養膜。
【0010】
[作用]
被覆材は、樹脂多孔膜の貫通孔を適度に埋めて塞ぐことで、樹脂多孔膜の一方の面に播種した細胞が貫通孔を通過して反対面へ回り込むのを抑制する。
被覆材が貫通孔を完全に塞いだものは、細胞の核、仮足ともに回り込まない。
被覆材が貫通孔をある程度塞いだものは、細胞の核は回り込まないが、細胞質部分の仮足は回り込む(頭出しする)ことがある。
【0011】
[2]樹脂はポリウレタンであり、細孔及び貫通孔はすり鉢状である前記[1]記載の細胞培養膜。
ポリウレタンは、弾性および強度が優れ、柔軟であり、細胞培養に適しているだけでなく、後述する方法によりすり鉢状の貫通孔の形成が容易である。
【0012】
[3]前記被覆材は、糖タンパク質乾固物である前記[1]又は[2]記載の細胞培養膜。
細胞接着性、膜への接着性が良いのではがれにくい。
乾固物(半乾燥状態)にすると水分がとんで樹脂多孔膜への接着力が高まる(貫通孔を塞ぐ)。
【0013】
[4]前記被覆材は、タンパク質ゲルである前記[1]又は[2]記載の細胞培養膜。
細胞接着性、膜への接着性が良いのではがれにくい。
ゲル状にして粘着性を持たせることで膜への接着力が高まる。
離水の少ないゲルであるため、離水が膜とゲルとの密着性を弱めることがない。
【0014】
[5]前記被覆材は、多糖類ゲルである前記[1]又は[2]記載の細胞培養膜。
細胞接着性、膜への接着性が良いのではがれにくい。
【0015】
[6]樹脂で形成され、少なくとも一方の面において開口する複数の細孔を有し、細孔の少なくとも一部は膜厚方向に貫通する貫通孔である樹脂多孔膜を使用し、
樹脂多孔膜のいずれか一方の面に、細胞が貫通孔を通過するのを抑制する被覆材を被覆して細胞培養膜とし、該細胞培養膜の片面に細胞を単層培養することを特徴とする細胞培養方法。
【0016】
[7]樹脂で形成され、少なくとも一方の面において開口する複数の細孔を有し、細孔の少なくとも一部は膜厚方向に貫通する貫通孔である第1及び第2の樹脂多孔膜を使用し、
第1の樹脂多孔膜を細胞培養膜とし、該細胞培養膜の両面に異種の細胞を2層培養するステップと、
第2の樹脂多孔膜のいずれか一方の面に、細胞が貫通孔を通過するのを抑制する被覆材を被覆して細胞培養膜とし、該細胞培養膜の片面に細胞を単層培養するステップとを含むことを特徴とする細胞培養方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、貫通孔を含むポリウレタン多孔膜の片面のみに細胞を単層にて培養する際に、貫通孔を通じて細胞が反対側に回り込まないようにすることができ、例えば2層培養の比較としての単層培養を可能にできる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は実施例におけるPU多孔膜を示し、(a)は断面図、(b)はインサートの底面に固定したときの断面図、(c)はインサートとウェルを示す斜視図である。
【
図2】
図2は同膜を用いた試料2の細胞培養膜を示し、(a)は被覆材溶液をのせたときの断面図、(b)は被覆材が乾固物になったときの断面図、(c)は細胞培養時の断面図である。
【
図3】
図3は同膜を被覆した試料6の細胞培養膜を示し、(a)は被覆材溶液をウェル内で肉厚のゲル状に固めたときの断面図、(b)は細胞培養時の断面図である。
【
図4】
図4は同膜を被覆した試料7の細胞培養膜を示し、(a)は被覆材溶液を添加したときの断面図、(b)は細胞培養時の断面図である。
【
図5】
図5は同膜を用いた試料1の(a)はDAPI染色画像、(b)はファロイジン染色画像である。
【
図6】
図6は同膜を被覆した試料2の(a)はDAPI染色画像、(b)はファロイジン染色画像である。
【
図7】
図7は同膜を被覆した試料3の(a)はDAPI染色画像、(b)はファロイジン染色画像である。
【
図8】
図8は同膜を被覆した試料4の(a)はDAPI染色画像、(b)はファロイジン染色画像である。
【
図9】
図9は同膜を被覆した試料5の(a)はDAPI染色画像、(b)はファロイジン染色画像である。
【
図10】
図10は同膜を被覆した試料6の1サンプルの(a)はDAPI染色画像、(b)はファロイジン染色画像である。
【
図11】
図11は同膜を被覆した試料6の別サンプルの(a)はDAPI染色画像、(b)はファロイジン染色画像である。
【
図12】
図12は同膜を被覆した試料7の(a)はDAPI染色画像、(b)はファロイジン染色画像である。
【
図13】
図13は同膜を被覆した試料8の(a)はDAPI染色画像、(b)はファロイジン染色画像である。
【
図14】
図14はPU多孔膜・PC多孔膜を用いた試料1のTEER値の変動を示すグラフ図である。
【
図15】
図15はPU多孔膜・PC多孔膜を被覆した試料2のTEER値の変動を示すグラフ図である。
【
図16】
図16はPU多孔膜・PC多孔膜を被覆した試料3のTEER値の変動を示すグラフ図である。
【
図17】
図17はPU多孔膜・PC多孔膜を被覆した試料4のTEER値の変動を示すグラフ図である。
【
図18】
図18はPU多孔膜・PC多孔膜を被覆した試料5のTEER値の変動を示すグラフ図である。
【
図19】
図19はPU多孔膜・PC多孔膜を被覆した試料6のTEER値の変動を示すグラフ図である。
【
図20】
図20はPU多孔膜・PC多孔膜を被覆した試料7のTEER値の変動を示すグラフ図である。
【
図21】
図21はPU多孔膜・PC多孔膜を被覆した試料8のTEER値の変動を示すグラフ図である。
【
図22】
図22は同試料6の2個のサンプルでばらついたTEER値を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
1.樹脂多孔膜
多孔膜の樹脂材料としては、特に限定されないが、ポリウレタン(PU)のほか、細胞培養容器に用いる一般的なトラックエッチング膜の材料であるポリカーボネート(PC)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリイミド(PI)を例示できる。ポリウレタンは、弾性および強度が優れ、柔軟であり、細胞培養に適しているだけでなく、後述する方法によりすり鉢状の貫通孔の形成が容易である。
【0020】
樹脂多孔膜の厚さは、特に限定されないが、1~20μmが好ましく、5~10μmがより好ましい。
【0021】
2.細孔及び貫通孔
細孔の孔数は、特に限定されないが、1E+04~1E+06/cm2が好ましい。
細孔の開口における平均孔径は、特に限定されないが、0.1~100μmが好ましく、1~30μmがより好ましい。
貫通孔の反対側における平均孔径は、特に限定されないが、0.1~30μmが好ましく、1~10μmがより好ましい。
【0022】
3.被覆材
被覆材は、細胞が貫通孔を通過するのを抑制するものであれば特に限定されないが、上記の糖タンパク質の乾固物、タンパク質ゲル、多糖類ゲル等を例示できる。
糖タンパク質としては、特に限定されないが、フィブロネクチン、アジピン、ムチン、プロテオグリカン、エンタクチン、ビトロネクチン等を例示できる。
タンパク質としては、特に限定されないが、コラーゲン、ゼラチン等を例示できる。
多糖類としては、特に限定されないが、アガロース、ペクチン、カルボキシメチルセルロース、キサンタンガム、ジェランガム、カラギナン等を例示できる。
【実施例0023】
次に、本発明の実施例について図面を参照して説明する。なお、実施例の各部の構造、材料、形状及び寸法は例示であり、発明の趣旨から逸脱しない範囲で適宜変更できる。
【0024】
<1>PU多孔膜を用いた細胞培養膜の試料の作製
PU(ポリウレタン)多孔膜は、特許文献1に記載された実施例の方法で作製した。
すなわち、ポリオールとして、ポリエーテルポリオール(数平均分子量が約4000、水酸基価が37のポリプロピレンエチレンポリオール(PPG))を用い、イソシアネートとして、28.0質量%のイソシアネート基(NCO)を分子末端に含有するジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)のポリオール変成体を用い、架橋剤として、ジエチレングリコール(DEG)を用い、希釈溶剤として、テトラヒドロフラン(THF)を用い、改質剤として超純水(ミリQ水)を用いた。
【0025】
これらの原料から成る未硬化PU原料の層を、スピンコート法によって、成膜用基板であるポリプロピレン(PP)フィルム上に形成した。その後、上記未硬化PU原料の層に対して水蒸気を供給しながらPU原料の層を硬化させることにより、PU多孔膜を作製した。
【0026】
未硬化PU原料の層に対する水蒸気の供給は、以下のようにして行なった。すなわち、密閉容器内に水を入れ、硬化温度(例えば60℃)に設定した恒温槽に配置して、密閉容器内の水の温度が硬化温度に達するまで加温した。そして、密閉容器の蓋体の裏側に、未硬化PUの層を成膜用基板ごと固定して、未硬化PU層が密閉容器内の水に対向するように配置した。その後、密閉容器を恒温槽に戻して、硬化温度における飽和水蒸気に晒された状態で、未硬化PU原料の層の硬化反応を行なった。
【0027】
このようにしてPU多孔膜を作製する際の硬化反応における反応温度、反応時間、およびPU原料の組成から選択される条件を調節することにより、PU多孔膜の形状を制御することが可能になる。具体的には、上記条件を変更することにより、PU多孔膜に形成される細孔の径、細孔の深さ(細孔の少なくとも一部が貫通孔であるか否か)、あるいは細孔の形状等が変化する。ここでは、上記条件を種々に変化させてPU多孔膜を作製し、得られたPU多孔膜の膜厚および平均細孔径を測定すると共に、細孔の形状、および貫通孔の有無について確認した。
【0028】
そして、
図1(a)に示す次のようなPU多孔膜1を選択して各試料に用いた。
・膜厚が4~6μmである。
・PU多孔膜1の一方の面で開口して膜内部で縮径するすり鉢状の細孔2を有する。以下、この一方の面を「細孔開口面」といい、他方の面を「反対面」という。
・細孔2の孔数が5.2E+04~2.3E+05/cm
2である。
・細孔2の総数の10%以上が反対面で縮径し開口する貫通孔2”である。この割合は、PU多孔膜1の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で1000倍に拡大したSEM像の任意に選択した視野内において、観察して求めた値である。
・細孔開口面で観察される細孔2の平均孔径が5~8μmである。この平均孔径は、細孔開口面をSEMで1000倍に拡大したSEM像の任意に選択した視野において、観察される全ての細孔2の最大長(孔に外接する四角形の辺の長さの最大値)を測定し、平均して求めた値である。
・反対面で観察される貫通孔2”の平均孔径が2.52~3.81μmである。この平均孔径は、反対面をSEMで1000倍に拡大したSEM像の任意に選択した視野において、観察される全ての貫通孔2”の最大長(孔に外接する四角形の辺の長さの最大値)を測定し、平均して求めた値である。
【0029】
そして、
図1(b)に示すように、PU多孔膜1を、細孔開口面を下、反対面を上にして、インサート8の底面に固定した。インサート8の内直径は6.6mmである。
図1(c)に示すように、このインサート8はウェル9に挿入される。
(試料1)こうしてインサート8に固定したPU多孔膜1をそのまま細胞培養膜としたもの(被覆材なし)を、試料1とした。
【0030】
次に、インサート8に固定したPU多孔膜に各種の被覆材を被覆して、細胞培養膜の試料2~8を作製した。まず、被覆のために用いた各材料について詳述する。
・フィブロネクチンとして、サーモ フィッシャー サイエンティフィック社の商品名「ヒューマン プラズマ フィブロネクチン」(Human Plasma Fibronectin)を用いた。これは、巨大な糖タンパク質で、細胞接着性分子であり、分子量210~250kDaである。
・コラーゲンとして、新田ゼラチン社の商品名「コラーゲン タイプ1-A」又は「コラーゲン タイプ1-C」を用いた。
・細胞外マトリックス蛋白質として、ニッピ社の商品名「アイマトリックス-511」(iMatrix-511)を用いた。これは、α5鎖、β1鎖、γ1鎖から成るラミニン511の酵素分解断片と同じ配列をもった組み換えタンパク質である。
・アガロースとして、ロンザ社の商品名「シープラクアガロース」(SeaPlaque Agarose)を用いた。これは、低融点の多糖である。
【0031】
・リン酸緩衝生理食塩水(phosphate-buffered saline:以下「PBS」)として、ライフ テクノロジー リミテッド社の品番:10010-023(pH7.4(1X))を用いた。
・基礎培地として、ダルベッコ変法イーグル培地(Dulbecco's Modified Eagle Medium:以下「DMEM」)を用いた。これは、様々な哺乳類細胞の増殖をサポートするために幅広く使用されている基礎培地である。
【0032】
(試料2)被覆材がフィブロネクチン乾固物
「ヒューマン プラズマ フィブロネクチン」をPBSに溶解し、33μg/mLのフィブロネクチン溶液を調製した。
図2(a)に示すように、このフィブロネクチン溶液3を、反転したインサート8のPU多孔膜1の細孔開口面に140μL乗せ、2日間風乾させて、
図2(b)に死すように、細孔開口面にフィブロネクチン乾固物4(但し半乾燥状態)よりなる被覆材を形成して、試料2の細胞培養膜とした。
【0033】
(試料3)被覆材がコラーゲンゲル
「コラーゲン タイプ1-A」に、コラーゲンゲル培養キット(新田ゼラチン社の品番:63800781)のプロトコルに従い、キット付属の各溶液を混合し、ゲル状態のコラーゲンを調製した。
このゲル状態のコラーゲンに、PU多孔膜の下側を約1秒間浸した後、PU多孔膜を反転させて20分間静置し、細孔開口面にコラーゲンゲルよりなる被覆材を形成して(
図2(b)とほぼ同様)、試料3の細胞培養膜とした。
【0034】
(試料4)被覆材がアガロースゲル(0.5%、Dip法)
「シープラクアガロース」をDMEMに溶解し、0.5%アガロース溶液を調製した。
このアガロース溶液に、PU多孔膜の下側を約1秒間浸した後、PU多孔膜を反転させてアガロースがゲル状に固まるまで静置し(Dip法)、細孔開口面にアガロース乾固物よりなる被覆材を形成して(
図2(b)とほぼ同様)、試料4の細胞培養膜とした。
【0035】
(試料5)被覆材がアガロースゲル(2%、Dip法)
「シープラクアガロース」をDMEMに溶解し、2%アガロース溶液を調製した。
このアガロース溶液に、PU多孔膜の下側を約1秒間浸した後、PU多孔膜を反転させてアガロースがゲル状に固まるまで静置し(Dip法)、細孔開口面にアガロースゲルよりなる被覆材を形成した(
図2(b)とほぼ同様)、試料5の細胞培養膜とした。
【0036】
(試料6)被覆材が2%アガロースゲル(2%、ウェル内固化)
「シープラクアガロース」をDMEMに溶解し、2%アガロース溶液を調製した。
図3(a)に示すように、このアガロース溶液5をウェル9に500μL入れ、その中にPU多孔膜1をセットし、
図3(b)に示すように、アガロース溶液5をウェル9内でアガロースゲル6に固めてPU多孔膜1の下面に接着させ、試料6の細胞培養膜とした。
【0037】
(試料7)被覆材がコラーゲン溶液膜
PU多孔膜をPBSで、一晩プレコンディショニング(膜の脱泡処理)した。
「コラーゲン タイプ1-C」を0.02N塩酸で希釈し、200μg/mLのコラーゲン溶液を調製した。
図4(a)に示すように、このコラーゲン溶液7を、PU多孔膜1の上に100μL、下に450μL添加し、30分以上、室温で静置し、
図4(b)に示すように、細胞を播種する直前に吸着しなかった余剰のコラーゲン溶液7を除去し、試料7の細胞培養膜とした。
【0038】
(試料8)被覆材がマトリックス蛋白質溶液膜
PU多孔膜をPBSで、一晩プレコンディショニングした。
「アイマトリックス-511」をPBSに溶解し、5μg/mLのマトリックス蛋白質溶液を調製した。
このマトリックス蛋白質溶液を、PU多孔膜の上に200μL、下に500μL添加し、3時間以上、室温で静置し(
図4(a)とほぼ同様)、細胞を播種する直前に吸着しなかった余剰のマトリックス蛋白質溶液を除去し、試料8の細胞培養膜とした(
図4(b)とほぼ同様)。
【0039】
なお、いずれの試料1~8についても2個以上のサンプルを作製した。
【0040】
<2>PC多孔膜を用いた試料の作製
PC(ポリカーボネート)多孔膜として、コーニング社の商品名「トランズウェル」(Transwell)のポア径3.0μmのものを使用した。
このPC多孔膜をそのまま細胞培養膜としたものを、試料1とした(図示略)。また、このPC多孔膜に、上記<1>PU多孔膜の各試料2~8とそれぞれ同一の被覆材を同一方法で被覆して、細胞培養膜の試料2~8を作製した(図示略)。
【0041】
<3>細胞の単層培養
上記<1><2>の各試料1~8の細胞培養膜の上面(反対面)に、Caco-2細胞10を5×10
4cells播種し、培地11としてDMEMを加え、7日間培養した(
図2(c)、
図3(b)、
図4(b))。培地11は、3日経過後と5日経過後に交換した。Caco-2細胞10は、いずれの試料でも細胞培養膜の上面に広がるように培養されたが、試料によっては細胞培養膜の下面に回り込むことがあった。
【0042】
<4>測定と評価
(ア)細胞の回り込みの観察
培養終了後、1個のサンプルは4',6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(4',6-diamidino-2-phenylindole:以下「DAPI」)を用いて細胞核を染色し、別の1個のサンプルはファロイジン(Phalloidin)を用いて細胞骨格を染色した。染色後、細胞かき取り具にて細胞培養膜の上面の細胞をかき取り、細胞培養膜の下面側より観察することで、細胞培養膜の貫通孔を上側から下側へ通過することによる、細胞の核及び仮足の回り込みの有無を判定した。
ここで、DAPIを用いた染色は、青色蛍光色素が培養細胞内のDNAに結合し青色蛍光を発することで、細胞の核を把握できるようにするものである。ファロイジンを用いた染色は、緑色蛍光色素で標識することによって培養細胞や組織切片の細胞骨格(アクチンフィラメント等)を染色するものである。
【0043】
上記[図面の簡単な説明]のとおり、
図5~
図13にPU多孔膜を用いた試料1~8の染色画像を示す。
図10及び
図11は試料6における2個のサンプルの染色画像である。
図5のとおり、試料1(被覆材なし)では、核及び仮足の回り込みがあった。
図6のとおり、試料2(フィブロネクチン乾固物)では、核の回り込みはなく、仮足の回り込みはわずかにあった。
図7のとおり、試料3(コラーゲンゲル)では、核の回り込みはなく、仮足の回り込みもなかった。
図8のとおり、試料4(アガロースゲル(0.5%、Dip法))では、わずかに核及び仮足の回り込みがあった。
図9のとおり、試料5(アガロースゲル(2%、Dip法))では、わずかに核及び仮足の回り込みがあった。染色中にゲルから剥がれ落ちており、培養期間中に既にゲルが剥がれかけていた可能性があった。
図10のとおり、試料6(アガロースゲル(2%、ウェル内固化))のサンプル2個のうち片方では核及び仮足の回り込みがなかったが、
図11のとおり、他方では核及び仮足の回り込みがわずかにあり、結果にバラツキが見られた。
図12のとおり、試料7(コラーゲン溶液膜)では、核及び仮足の回り込みがあり、その回り込み量は試料1(被覆材なし)よりも多かった。
図13のとおり、試料8(マトリックス蛋白質溶液膜)では、核及び仮足の回り込みがあり、その回り込み量は試料1(被覆材なし)よりも多かった。
以上の細胞の回り込みの判定結果を、表1にまとめて示す。
【0044】
【0045】
PC多孔膜を用いた試料1~8についても、その染色画像(図示略)から観察された細胞の核及び仮足の回り込みは、上記PU多孔膜を用いた試料1~8の結果と概ね同様であった。
【0046】
以上の結果から、PU多孔膜又はPC多孔膜をそのまま用いた被覆材なしの各試料1を比較例として、各試料2~6の被覆材は細胞が貫通孔を通過するのを抑制する固体の被覆材であるということができ、よって各試料2~6の細胞培養膜は本発明の実施例として位置付けられる。
【0047】
他方、各試料7,8の被覆材は細胞が貫通孔を通過するのを抑制する固体の被覆材であるということができず、よって各試料7,8の細胞培養膜は参考例として位置付けられる。
【0048】
(イ)TEER値
培養開始3日目から7日目までは、経上皮電気抵抗(Trans-epithelial electrical resistance:以下「TEER値」)を測定してその変動を調べた。但し、試料6は膜の下層が固体状の培地であり、TEER電極が挿せなかったことから、7日目のみ測定した。TEER値は、細胞単層のバリア機能を非侵襲的かつ継時的に測定可能な指標であり、創薬スクリーニングにおける重要な評価項目のひとつである。
【0049】
上記[図面の簡単な説明]のとおり、
図14~
図21にPU多孔膜又はPC多孔膜を用いた各試料1~8のTEER値の変動を示す。
いずれの方法も、市販の標準的な膜よりも低値または同程度であった。但し、試料6は、測定時にアガロースから剥がして測定した。一部のサンプルでは膜とアガロースを剥がす際に強い力が必要なものがあり、それらのサンプルでは、
図22に示すとおりTEERは低い値であった。500Ω以下と低い値であることから、アガロースを剥がした際に細胞を損傷しリークしたと考えられた。
【0050】
<5>考察
(ア)試料2~6の固体の被覆材が、細胞が貫通孔を通過するのを抑制した一因として、細胞の接触阻害が起きたことが考えられた。すなわち、単層の細胞は増殖する際に、増殖できる空間が埋まると、増殖を停止する性質が知られている。このことから、貫通孔をフィブロネクチン乾固物やコラーゲンゲルといった固体に接触した細胞は、増殖を停止し、反対面への移動を阻まれたと考えられる。
【0051】
(イ)試料2~6の固体の被覆材に対して、試料7,8の液体のまま硬化しない被覆材は、細胞が貫通孔を通過するのを抑制する効果がないことが分かった。試料7,8で試料1よりも回り込み量が増加したのは、液体のまま硬化しない被覆材が、細胞膜上にある受容体(インテグリン)と接着性、増殖性が高いことによるものと考えられる。
【0052】
(ウ)試料4~6のアガロースゲルは固体であるにも拘わらず、少量の核の回り込みがあったことについては、以下のように考えられる。すなわち、アガロースゲルは離水が多いため、膜とゲルの間にゲルからの離水が入り込んで密着性が弱まり、細胞が移動できる空間ができたと考えられる。よって、コラーゲンゲルのような離水の少ない被覆材の方がより好ましいと考えられる。
【0053】
<6>細胞の2層培養と単層培養
第1及び第2の上記実施例に位置付けられるPU多孔膜又はPC多孔膜を使用し、
第1のPU多孔膜又はPC多孔膜を細胞培養膜とし(各試料1が相当する)、該細胞培養膜の両面に異種の細胞を2層培養するステップと、
第2のPU多孔膜又はPC多孔膜のいずれか一方の面に、細胞が貫通孔を通過するのを抑制する固体の被覆材を被覆して細胞培養膜とし(各試料2~6が相当する)、該細胞培養膜の片面に細胞を単層培養するステップとを行うことにより、
同じPU多孔膜又はPC多孔膜をベースにして、2層培養の比較としての単層培養を可能にできる。
【0054】
なお、本発明は前記実施例に限定されるものではなく、発明の趣旨から逸脱しない範囲で適宜変更して具体化することができる。