(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024166690
(43)【公開日】2024-11-29
(54)【発明の名称】呼吸パターン判定方法および呼吸パターン判定装置
(51)【国際特許分類】
A61B 5/08 20060101AFI20241122BHJP
A61B 5/113 20060101ALI20241122BHJP
A61B 5/11 20060101ALI20241122BHJP
【FI】
A61B5/08
A61B5/113
A61B5/11
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023082978
(22)【出願日】2023-05-19
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年5月20日の第39回日本呼吸器外科学会学術集会で公開 令和4年6月9日の第31回日本コンピュータ外科学会大会で公開 令和4年11月11日のFrontiers of CAS Symposium2022で公開
(71)【出願人】
【識別番号】000004075
【氏名又は名称】ヤマハ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100159499
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 義典
(74)【代理人】
【識別番号】100120329
【弁理士】
【氏名又は名称】天野 一規
(72)【発明者】
【氏名】和田 洋平
(72)【発明者】
【氏名】谷高 幸司
(72)【発明者】
【氏名】飯塚 茜
(72)【発明者】
【氏名】小林 正嗣
(72)【発明者】
【氏名】大久保 憲一
(72)【発明者】
【氏名】中島 義和
【テーマコード(参考)】
4C038
【Fターム(参考)】
4C038SS00
4C038SV01
4C038SX07
4C038VA04
4C038VB33
4C038VB40
(57)【要約】
【課題】本開示は、呼吸に基づく肺の膨縮から呼吸状態を詳細に把握し、呼吸状態の分類が可能となる呼吸パターン判定方法の提供を目的とする。
【解決手段】本開示の呼吸パターン判定方法は、肺の膨縮の時間変動値を計測する計測ステップS1と、前記時間変動値のウェーブレット変換によりウェーブレットスペクトルを得る変換ステップS2と、前記ウェーブレットスペクトルに基づいて周期的呼吸パターンを判定する判定ステップS3とを備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
肺の膨縮の時間変動値を計測する計測ステップと、
前記時間変動値のウェーブレット変換によりウェーブレットスペクトルを得る変換ステップと、
前記ウェーブレットスペクトルに基づいて周期的呼吸パターンを判定する判定ステップと
を備える呼吸パターン判定方法。
【請求項2】
周期的呼吸パターンの判定に、ウェーブレットスペクトルのピーク周波数の時間変化を用いる請求項1または請求項2に記載の呼吸パターン判定方法。
【請求項3】
前記判定ステップが、
前記ウェーブレットスペクトルを一定の時間間隔で複数の領域に分割する時間領域分割ステップと、
前記複数の領域間での前記ウェーブレットスペクトルの類似度を算出する類似度算出ステップと
を有し、
周期的呼吸パターンの判定に、前記類似度を用いる請求項1または請求項2に記載の呼吸パターン判定方法。
【請求項4】
前記類似度が、相関係数である請求項3に記載の呼吸パターン判定方法。
【請求項5】
前記計測ステップでの肺の膨縮の時間変化の計測に、生体表面に設置され、肺の膨縮に応じた生体表面の伸縮を検出可能な歪センサ素子を用いる請求項1または請求項2に記載の呼吸パターン判定方法。
【請求項6】
異常呼吸相の判定に用いられる請求項1または請求項2に記載の呼吸パターン判定方法。
【請求項7】
肺の膨縮の時間変動値を計測する計測部と、
前記時間変動値のウェーブレット変換によりウェーブレットスペクトルを得る変換部と、
前記ウェーブレットスペクトルに基づいて周期的呼吸パターンを判定する判定部と
を備える呼吸パターン判定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、呼吸パターン判定方法および呼吸パターン判定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
呼吸に基づく肺の膨縮を検出することで、呼吸に伴う種々の生体活動の知見を得られる場合がある。例えば肺の膨縮から片側の肺の切除手術後に発生する異常呼吸相の合併症を早期に発見することができる。生体表面の膨縮を検出可能なセンサユニットとして、長手方向に伸縮する糸状または帯状の複数の歪センサ素子を用いたものが公知である(特開2020-151294号公報参照)。
【0003】
前記センサユニットは、少なくとも一対の前記歪センサ素子の中心軸同士が交差するように保持部材に保持されており、被検者に負担の少ない簡易な方法で生体表面の動きを容易に検出することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記センサユニットを用いた異常呼吸相の発見は、例えば以下の手順で行われる。まず、前記センサユニットの検出信号から経過時間と周波数の変位との時間-変位曲線を求める。次に、この時間-変位曲線の包絡線を取得し、所定時間単位で前記包絡線をフーリエ変換等によって変換することで単位時間毎の周波数特性を求める。この周波数特性から異常呼吸相の有無を判定する。
【0006】
前記手順では異常呼吸相の有無は判定できるものの、どのような異常呼吸が生じているのかを判別することは難しい。一般には抽出されるのは異常呼吸相が疑わしいケースであり、最終的には熟練した医師の判断を必要とする場合が多い。
【0007】
本開示は、このような事情に基づいてなされたものであり、呼吸に基づく肺の膨縮から呼吸状態を詳細に把握し、呼吸状態の分類が可能となる呼吸パターン判定方法および呼吸パターン判定装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)本開示の一態様に係る呼吸パターン判定方法は、肺の膨縮の時間変動値を計測する計測ステップと、前記時間変動値のウェーブレット変換によりウェーブレットスペクトルを得る変換ステップと、前記ウェーブレットスペクトルに基づいて周期的呼吸パターンを判定する判定ステップとを備える。
【0009】
(2)前記(1)の呼吸パターン判定方法において、周期的呼吸パターンの判定に、ウェーブレットスペクトルのピーク周波数の時間変化を用いるとよい。
【0010】
(3)前記(1)または(2)の呼吸パターン判定方法において、前記判定ステップが、前記ウェーブレットスペクトルを一定の時間間隔で複数の領域に分割する時間領域分割ステップと、前記複数の領域間での前記ウェーブレットスペクトルの類似度を算出する類似度算出ステップとを有し、周期的呼吸パターンの判定に、前記類似度を用いるとよい。
【0011】
(4)前記(3)の呼吸パターン判定方法において、前記類似度が、相関係数であるとよい。
【0012】
(5)前記(1)から(4)のいずれかの呼吸パターン判定方法において、前記計測ステップでの肺の膨縮の時間変化の計測に、生体表面に設置され、肺の膨縮に応じた生体表面の伸縮を検出可能な歪センサ素子を用いるとよい。
【0013】
(6)前記(1)から(5)のいずれかの呼吸パターン判定方法が、異常呼吸相の判定に用いられるとよい。
【0014】
(7)本開示の別の一態様に係る呼吸パターン判定装置は、肺の膨縮の時間変動値を計測する計測部と、前記時間変動値のウェーブレット変換によりウェーブレットスペクトルを得る変換部と、前記ウェーブレットスペクトルに基づいて周期的呼吸パターンを判定する判定部とを備える。
【発明の効果】
【0015】
本開示の呼吸パターン判定方法および呼吸パターン判定装置は、呼吸波形の時間経過による周波数変化に着目し、その繰り返しパターンを抽出することで、呼吸パターンを詳細に分類できるため、呼吸状態を詳細に把握することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、本開示の一実施形態に係る呼吸パターン判定方法のフローを示すフロー図である。
【
図2】
図2は、
図1の呼吸パターン判定方法に用いられ、本開示の一実施形態に係る呼吸パターン判定装置を示す模式的構成図である。
【
図3】
図3は、
図2のセンサユニットを示す模式的平面図(外面図)である。
【
図4】
図4は、
図2のセンサユニットを生体に取り付けた状態を示す模式図である。
【
図5】
図5は、
図2の計測部で得られる時間変動曲線の一例を示すグラフである。
【
図6】
図6は、
図2の変換部で得られるウェーブレットスペクトルを説明するグラフである。
【
図7】
図7は、
図1の判定ステップのフローを示すフロー図である。
【
図8】
図8は、
図7の時間領域分割ステップを説明するための説明図である。
【
図9】
図9は、
図7のパターン抽出ステップを説明するための説明図である。
【
図10】
図10は、
図1の呼吸パターン判定方法により判定される呼吸パターンの例である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、適宜図面を参照しつつ、本開示の実施の形態を詳説する。なお、本明細書に記載の数値については、記載された上限値と下限値との一方のみを採用すること、あるいは上限値と下限値を任意に組み合わせることが可能である。
【0018】
図1に示す呼吸パターン判定方法は、計測ステップS1と、変換ステップS2と、判定ステップS3とを備える。当該呼吸パターン判定方法は、
図2に示す呼吸パターン判定装置1を用いて行うことができる。
【0019】
当該呼吸パターン判定装置1は、センサユニット10と、計測部20と、変換部30と、判定部40と、表示部50とを備える。計測部20、変換部30および判定部40は、その一部または全部がCPU、ROM、RAM、大容量記憶装置等を有するコンピュータで構成される。なお、ここでいう「コンピュータ」には、計算機サーバ、パーソナルコンピュータに加え、マイコンボードのような組み込みシステムも含む。当該呼吸パターン判定装置1は、必ずしも多大な演算を必要とはしないため、軽量なアプリケーションであるマイコンボードで実現することも可能である。
【0020】
当該呼吸パターン判定方法および当該呼吸パターン判定装置1は、異常呼吸相の判定に好適に用いられる。当該呼吸パターン判定方法を用いることで、例えば片側の肺の切除手術後に発生する異常呼吸相の合併症などを発見し、その患者の病態を詳細に把握することができる。以下、異常呼吸相の判定を例にとり説明を続けるが、当該呼吸パターン判定方法が異常呼吸相の判定に限定されることを意味するものではない。
【0021】
以下、当該呼吸パターン判定方法の各ステップを、当該呼吸パターン判定装置1の対応する部分とともに説明する。
【0022】
<計測ステップ>
計測ステップS1では、肺の膨縮の時間変動値を計測する。この計測ステップS1は、当該呼吸パターン判定装置1のセンサユニット10を用いて計測部20で行われる。すなわち、計測部20は、肺の膨縮の時間変動値を計測する。
【0023】
(センサユニット)
センサユニット10は、生体表面に設置される歪センサ素子11を有する。当該呼吸パターン判定方法では、計測ステップS1での肺の膨縮の時間変化の計測に、肺の膨縮に応じた生体表面の伸縮を検出可能な歪センサ素子11を用いる。具体的には、センサユニット10は、
図3に示すように、長手方向に伸縮する糸状または帯状の一対の歪センサ素子11と、この一対の歪センサ素子11に接続され、これらの歪センサ素子11の生体表面に対する位置関係を定める保持部材12とを備える。一対の歪センサ素子11の中心軸M同士は交差している。なお、「帯状」とは、厚さに対して幅の大きい長尺状を意味し、厚さおよび幅が部分的に異なる構成を含む。
【0024】
センサユニット10は、歪センサ素子11の両端の抵抗値を測定することで、生体の動作に応じて変化する生体表面の伸縮を検出可能に構成されている。センサユニット10は、一対の歪センサ素子11が生体表面の伸縮に対応して長手方向に伸縮するので、被検者Xの生体表面を圧迫し難い。そのため、センサユニット10は、被検者Xに違和感および不快感を与え難く、被検者Xの生体表面の自然な動きを検出することができる。
【0025】
歪センサ素子11は、それぞれ直線状に配置される。歪センサ素子11は、両端部で保持部材12に固定される。歪センサ素子11の両端部は、金属製の支持部材を介して保持部材12に固定されてもよく、接着剤等によって直接的に保持部材12に固定されてもよい。
【0026】
歪センサ素子11は、長手方向に伸縮性を有し、伸縮に応じて電気的特性が変化するものであればよく、伸縮により電気抵抗が変化する歪抵抗素子が好適に用いられる。中でも、歪センサ素子11としては、カーボンナノチューブ(以下、「CNT」ともいう)を用いたCNT歪センサが特に好適に用いられる。
【0027】
図4に示すように、一対の歪センサ素子11は、使用状態で生体の胸部表面に配置される。一対の歪センサ素子11は、左右の胸郭の動きを独立して検出可能であり、互いに離間して左右対称に配置される。一対の歪センサ素子11は、上方から下方に向けて対向方向外側に傾斜して配置される。一対の歪センサ素子11は、胸郭の最も大きく変形する領域の伸縮を検出できるよう第6肋骨と第8肋骨とを横断するように配置されることが好ましい。
【0028】
一対の歪センサ素子11の中心軸M同士のなす角度α(
図3参照)の下限としては、30°が好ましく、50°がより好ましく、70°がさらに好ましい。一方、前記なす角度αの上限としては、120°が好ましく、100°がより好ましく、90°がさらに好ましい。前記なす角度αが前記範囲外であると、一対の歪センサ素子11の長手方向を被検者Xの胸郭が最も大きく変形する方向に沿って配置し難くなるおそれがある。
【0029】
保持部材12は、例えば伸縮性を有する布帛13と、この布帛13に積層される粘着部14および補強部材15とで構成することができる。
【0030】
布帛13は、生体表面を被覆可能に構成される。布帛13の外面(生体表面に対向する側と反対側の面)には一対の歪センサ素子11が配置される。粘着部14は、布帛13を生体表面に貼着可能に構成されている。補強部材15は、平面視で歪センサ素子11の端部に配置される。布帛13への補強部材15の固定方法は、接着剤による接合とすることができる。補強部材15が織物を含む場合には縫い付けをしてもよい。なお、補強部材15は、布帛13の内面および外面のいずれの面に積層されていてもよい。
【0031】
(計測部)
計測部20は、例えば一対の歪センサ素子11による検出信号を電気信号に変換するA/Dコンバータで構成することができる。前記A/Dコンバータは、一対の歪センサ素子11の両端側の抵抗値を電気信号に変換可能である。また、前記A/Dコンバータは、前記コンピュータにより制御され、電気信号を取得する。
【0032】
肺の膨縮に応じた生体表面の伸縮に伴う歪センサ素子11の伸縮は、歪センサ素子11の両端側の抵抗値に変化をもたらすから、このA/Dコンバータにより得られる電気信号(例えば電圧)は、歪センサ素子11の伸縮を表す。従って、この電気信号の強度を継続的に計測することで、歪センサ素子11の伸縮の時間変動値(例えば
図5)を計測することができる。
【0033】
当該呼吸パターン判定方法では、後述するように呼吸波形の繰り返しパターンを抽出し、その呼吸パターンに変化が生じた場合に例えば被検者Xの状態に変化が生じたことを判定可能とする(詳細は後述)。したがって、当該呼吸パターン判定方法は、少なくとも2つの呼吸パターンが含まれ得る時間変動値を必要とする。一般に呼吸パターンは、40秒以上120秒以下の周期で繰り返されることが多いことが分かっているので、前記時間変動値の計測時間の下限としては、80秒が好ましく、260秒がより好ましい。一方、2つ以上の呼吸パターンが含まれ得る限り、前記時間変動値の計測時間の上限は特に限定されず、例えば肺の切除手術後の被検者Xであれば、その健康が回復するまでの期間について常時連続的に取得してもよい。また、直近の呼吸波形の繰り返しパターンの重要性が高いため、例えばデータの保存容量を削減する観点から、一定時間以上経過している古いデータは削除する等の処理を行ってもよい。
【0034】
<変換ステップ>
変換ステップS2では、前記時間変動値のウェーブレット変換によりウェーブレットスペクトルを得る。この変換ステップS2は、当該呼吸パターン判定装置1の変換部30で行われる。すなわち、変換部30は、前記時間変動値のウェーブレット変換によりウェーブレットスペクトルを得る。
【0035】
ウェーブレット変換は、信号の周波数解析の1手法である。周波数解析として代表的なフーリエ変換では時間に関する情報が失われてしまうのに対し、ウェーブレット変換では時間の情報を残せるため、時間と周波数とに関する情報を同時に抽出することができる。すなわち、ウェーブレット変換を行うことで、例えば
図6に示すように、ある時間(
図6横軸)のある周波数(
図6の縦軸)に対する強度(
図6では波の高さで表現)が分かる。当該呼吸パターン判定装置1では、ウェーブレット変換手法として、正規化複素ウェーブレット変換(NCWT)を好適に用いることができる。
【0036】
変換部30は、ハイパスフィルタを含むとよい。すなわち一定周波数未満の周波数成分はウェーブレット変換しないことが好ましい。本来は、歪センサ素子11の伸縮が同じであれば、同じ伸縮信号が得られるはずであるが、わずかに低周波数で揺らぎが生じる場合がある。また、例えば被検者Xが横向きになると下側の歪センサ素子11は伸び易く、上側の歪センサ素子11は縮み易い等、被検者Xの所作により、歪センサ素子11の伸縮の傾向が変わる場合がある。ハイパスフィルタにより、この揺らぎや伸縮傾向の変化に起因する成分を除去することができるので、当該呼吸パターン判定装置1の判定精度を高めることができる。
【0037】
ウェーブレット変換は、一定の周波数範囲に対して行われる。前記周波数範囲としては、0.1Hz以上0.8Hz以下が好ましく、0.05Hz以上1Hz以下がより好ましい。異常呼吸相の呼吸パターンの変化は、前記周波数範囲内のウェーブレットスペクトルの変化に現れ易い。このため、前記周波数範囲内のウェーブレット変換を行うと、少ないデータ量で得られる効果を大きくすることができる。また、前記周波数の下限以上の周波数についてウェーブレット変換を行うと、上述の歪センサ素子11の揺らぎや伸縮傾向の変化に起因する成分の影響を受けにくく、当該呼吸パターン判定装置1の判定精度を高められる。また、前記周波数の1周期内に呼吸動作の1回分が含まれ易くなるため、この観点からも当該呼吸パターン判定装置1の判定精度を高められる。加えて、前記周波数の上限以下の周波数についてウェーブレット変換を行うと、他の生体信号の混入を抑止し易くなるため、当該呼吸パターン判定装置1の判定精度を高められる。さらに、前記周波数範囲を広いレンジとする方が当該呼吸パターン判定装置1の判定精度が高くなる。このため、広いレンジの観点からは、前記周波数範囲として0.1Hz以上1Hz以下あるいは0.05Hz以上0.8Hz以下を選択してもよい。
【0038】
<判定ステップ>
判定ステップS3では、前記ウェーブレットスペクトルに基づいて周期的呼吸パターンを判定する。この判定ステップS3は、当該呼吸パターン判定装置1の判定部40で行われる。すなわち、判定部40は、前記ウェーブレットスペクトルに基づいて周期的呼吸パターンを判定する。
【0039】
判定ステップS3は、
図7に示すように、最大値抽出ステップS31と、時間領域分割ステップS32と、類似度算出ステップS33と、パターン抽出ステップS34とを有する。
【0040】
(最大値抽出ステップ)
当該呼吸パターン判定方法では、周期的呼吸パターンの判定に、ウェーブレットスペクトルのピーク周波数の時間変化を用いる。このため、最大値抽出ステップS31では、変換ステップS2で得られたウェーブレットスペクトルから各時刻におけるピーク周波数を抽出する。周期的呼吸パターンの判定に、ウェーブレットスペクトルのピーク周波数の時間変化を用いることで、呼吸状態をより正確に分類することができる。
【0041】
ピーク周波数は、ある時間におけるウェーブレットスペクトルの強度が最大となる周波数である。
図6は、ウェーブレットスペクトルを模式的に示しており、各時間におけるウェーブレットスペクトルを表している。例えば最大値Pは最も右にあるウェーブレットスペクトルのピーク周波数を示している。ピーク周波数は、時間ごとに規定されるので、時間に依存した量として抽出される。
【0042】
例えば複数のピークが検出される、あるいはピークが存在しない等の理由により、有意なピーク周波数の時間変化が抽出されない場合がある。このような場合は、周期的呼吸パターンは存在しないと判定される(このパターンを「パターン1」とする)。パターン1と判定される要因は、被検者Xの呼吸そのものが異常である場合もあり得るが、例えば歪センサ素子11が被検者Xから外れている場合などの計測環境の問題が考えられる。
【0043】
パターン1と判定された場合は、以下の処理は行わず、判定を終了する。
【0044】
(時間領域分割ステップ)
時間領域分割ステップS32では、前記ウェーブレットスペクトルを一定の時間間隔で複数の領域に分割する。
【0045】
当該呼吸パターン判定方法では、ウェーブレットスペクトルのうちピーク周波数の時間変化を用いて判定する。例えば
図8に示すピーク周波数の時間変化が得られている場合、これを例えば30秒間隔で複数の領域R1~R6に分割する(
図8参照)。なお、この30秒間隔は例示に過ぎず、後述するように時間間隔を変化させて複数の相関係数を抽出するので、任意の値から始めることが可能である。
【0046】
時間領域分割ステップS32で分割するウェーブレットスペクトルの範囲は、直近の一定時間内のものとするとよい。直近の一定時間内のものを判定することで、被検者Xの最新の状態が判定できる。また、被検者Xに突発的に発生する異常状態も見逃すことなく判定できるようになる。上記一定時間としては、少なくとも2つの呼吸パターンが含まれ得る80秒以上とするとよい。
【0047】
(類似度算出ステップ)
類似度算出ステップS33では、複数の領域R1~R6間での前記ウェーブレットスペクトルの類似度を算出する。
【0048】
前記類似度としては、複数の領域R1~R6間の前記ウェーブレットスペクトルが類似性を有するか否かを判定できる指標であれば、特に限定されないが、相関係数を用いるとよい。相関係数を用いることで、容易かつ精度よく類似度を判断することができる。以下、類似度が相関係数である場合を例にとり説明を続ける。
【0049】
相関係数の算出方法には公知の方法を用いることができる。また、複数の領域R1~R6に対しては、例えば全ての2領域の組み合わせでの相関係数の平均値を算出してもよいし、隣接する2領域の相関係数の平均値を算出してもよく、他の方法で算出してもよい。
【0050】
時間領域分割ステップS32で設定した時間間隔に対して1つの相関係数が算出される。そこで、時間領域分割ステップS32の時間間隔を変化させて、時間間隔をパラメータとして、複数の相関係数を算出する。つまり、時間領域分割ステップS32および相関係数算出ステップS33は、繰り返し行われる。繰り返し行うことで、
図9に示すような結果が算出される。
【0051】
(パターン抽出ステップ)
パターン抽出ステップS34では、周期的呼吸パターンの判定を行う。当該呼吸パターン判定方法では、周期的呼吸パターンの判定に前記類似度(この場合において相関係数)を用いる。周期的呼吸パターンの判定に前記類似度を用いることで、呼吸パターンに周期性が有るか否かの判定および周期性がある場合には同時に1周期の呼吸パターンの抽出を効率的に行える。
【0052】
具体的には、相関係数が最大となる時間間隔を求める。
図9に示す例では、時間間隔が63秒の場合に相関係数が最大となっている。この時間間隔で改めて前記ウェーブレットスペクトルを一定の時間間隔で複数の領域に分割し、例えば複数の領域間で対応する時間での前記ウェーブレットスペクトルの平均値を取得すれば、周期的呼吸パターンを得ることができる。
【0053】
図10のパターン2として、ウェーブレットスペクトルのピーク周波数の時間変化と、得られる周期的呼吸パターンの例を3例示す。このようにウェーブレットスペクトルにより異なる周期的呼吸パターンが求められる。
【0054】
この3例は、実際に得られたピーク周波数の時間変化と、周期的呼吸パターンであり、典型的に見られるパターンの一部である。さらに詳説すると、パターン2の上段は、周期内においてピーク周波数(グラフの縦軸)が常に変化するパターンである。具体的には、パターン2の上段では、ピーク周波数は周期の前半で上昇し、後半で下降する三角波状を示している。パターン2の中段は、2つの周波数との間を一定時間間隔で往復する方形波状である。パターン2の下段は、特定の周波数から低位(解析の下限である0.05Hz付近)の周波数まで減衰し、その後再び特定の周波数まで回復している。いわば、のこぎり波状である。このようにパターン2は、周期的挙動を示すという点では共通するものの、その1周期の変化は様々で特有のパターンを有する。そして、この特有のパターンは、被検者Xの状態に依存して表れるものと考えられる。
【0055】
ここで、相関係数が最大となる時間間隔が算出されない、すなわち相関係数に極大となる部分が存在せず、時間間隔によらず、ほぼ一定値をとる場合が想定される。この場合として、相関係数が高い値(1に近い値で、例えば0.5超)で一定となっている場合(パターン3)と、低い値(例えば0.5以下)で一定となっている場合(パターン4)とが生じ得る。
【0056】
パターン3に属する場合は、ピーク周波数が時間によらずほぼ一定であると考えられる。この場合、時間間隔によらず必ず相関が取れることになる(
図10のパターン3参照)。このパターンは、一般に正常呼吸時に観測される。
【0057】
パターン4に属する場合は、ピーク周波数の変化がランダムに発生している場合であると考えられ、呼吸パターンに周期性がない(
図10のパターン4参照)。このパターンは、一般に異常呼吸時に観測される。
【0058】
(表示部)
判定部40で判定された周期的呼吸パターンは、例えば表示部50で表示される。
【0059】
表示部50は、例えば液晶ディスプレイで構成される。表示部50は、前記周期的呼吸パターンに加えて、計測部20で得られる時間変動値、変換部30で得られるウェーブレットスペクトル、判定部40で得られるピーク周波数の時間変化等の情報を表示してもよい。これらの表示は、前記コンピュータにより制御される。
【0060】
図10に改めて当該呼吸パターン判定方法および当該呼吸パターン判定装置1により判定される周期的呼吸パターンの類型をまとめる。パターン1の場合、ピーク周波数の時間変化が抽出されないため、例えば歪センサ素子11が被検者Xから外れている場合などの計測環境の問題が発生していると考えられる。パターン3の場合、正常呼吸であると判断でき、パターン2またはパターン4の場合、異常呼吸が発生していると判断される。異常呼吸は、呼吸に周期性が観測されないパターン4と、周期的呼吸パターンが観測されるパターン2に分けられる。
【0061】
パターン2では、周期的呼吸パターンとして、それぞれ固有のパターンが判定されるから、特にパターン2の周期的呼吸パターンを見ることで、被検者Xの重篤度や臨床状態を判断できる。このため、表示部50に代えて、あるいは表示部50と共に、異常呼吸パターンが発現したことを音声等で知らせる警報器を備えてもよい。前記警報器の動作についても前記コンピュータにより制御される。
【0062】
なお、観測された周期的呼吸パターンが、パターン2のどの固有パターンに当てはまるかを判断するためには、機械学習など既知のパターンマッチングの手法を用いればよい。
【0063】
<利点>
本開示の呼吸パターン判定方法および呼吸パターン判定装置1は、呼吸波形の時間経過による周波数変化に着目し、その繰り返しパターンを抽出することで、呼吸パターンを詳細に分類できるため、呼吸状態を詳細に把握することができる。
【0064】
[その他の実施形態]
前記実施形態は、本開示の構成を限定するものではない。従って、前記実施形態は、本明細書の記載および技術常識に基づいて前記実施形態各部の構成要素の省略、置換または追加が可能であり、それらは全て本開示の範囲に属するものと解釈されるべきである。
【0065】
前記実施形態では、呼吸パターン判定方法および呼吸パターン判定装置が異常呼吸相の判定に用いられる場合を説明したが、本開示の呼吸パターン判定方法および呼吸パターン判定装置は、得られた呼吸波形に対して、周期性があるか否かおよび周期性がある場合にどのような呼吸パターンであるかを判定することで知見を得られる種々の生体活動に応用することができる。
【0066】
このような生体活動としては、例えば管弦楽吹奏を挙げることができる。管弦楽器を吹奏する際の呼吸パターンの周期性の有無や周期性のパターンから奏者固有の特徴や心理状態等を抽出することで、奏者の技量の向上等に役立てることも可能である。
【0067】
前記実施形態では、肺の膨縮を検出する一対の歪センサ素子が、互いに離間して左右対称に配置される場合を説明したが、歪みセンサ素子の設置はこの方法に限定されるものではない。例えば歪みセンサ素子を胸部を取り巻くように1周させ、肺の膨縮に伴う胸囲の変動を検出してもよい。
【0068】
前記実施形態では、歪センサ素子が保持部材を介して生体表面に設置される場合を説明したが、歪みセンサ素子は生体に直接貼り付けてもよい。
【0069】
また、肺の膨縮の検出手段は歪みセンサ素子に限定されるものではない。例えばカメラ等により胸部の移動を撮影し画像解析により検出してもよい。
【0070】
前記実施形態では、判定ステップが平均化ステップを有する場合を説明したが、平均化ステップは省略可能である。つまり、変換ステップで得られるウェーブレットスペクトルをそのまま利用する場合も本発明の意図するところである。
【0071】
前記実施形態では、周期的呼吸パターンの判定にウェーブレットスペクトルのピーク周波数の時間変化を用いる場合を説明したが、周期的呼吸パターンの判定に用いる量は、ウェーブレットスペクトルのピーク周波数の時間変化に限定されるものではない。例えば周期的呼吸パターンの判定に、ウェーブレットスペクトルの強度を用いてもよい。
【0072】
前記実施形態では、判定ステップが時間領域分割ステップと類似度算出ステップとを有する場合を説明し、類似度として相関係数を例にとり説明したが、相関係数の算出には他の方法を用いることもできる。また、周期的呼吸パターンを判定する方法は、相関係数ひいては類似度を用いるものに限定されるものではない。
【0073】
前記実施形態の判定ステップが、最初に平均化ステップを有してもよい。この平均化ステップでは、時間軸および周波数軸に対して2次元的に分割された領域単位でのウェーブレットスペクトルの平均化を行う。つまり、周波数軸方向についてウェーブレット変換を行った周波数範囲をn分割し、時間軸方向についてウェーブレット変換を行った時間範囲をm分割したn×mの領域それぞれについて、ウェーブレットスペクトルの強度の平均値を求める。このような平均化を行うことで、繰り返しパターンの抽出の容易化を図ることができる。
【0074】
各領域の平均化処理を行うにあたっては、領域内の任意の位置のウェーブレットスペクトルの強度を必要とするが、ウェーブレットスペクトルが離散的に求められている場合にあっては、直近の離散値を代表値として平均化処理を行ってもよく、あるいは近傍の複数の離散値からの補間処理により代表値を算出してもよい。
【0075】
時間範囲の分割数mは、1領域の時間幅によって決まるが、1領域の時間幅の下限としては、1秒が好ましく、2秒がより好ましい。一方、1領域の時間幅の上限としては、5秒が好ましく、4秒がより好ましい。1領域の時間幅を前記下限以上とすることで、ウェーブレットスペクトルに重畳しているノイズ成分を除去できるので、後述する類似度算出ステップS33で算出される類似度の精度を高められる。逆に、1領域の時間幅を前記上限以下とすることで、ウェーブレットスペクトルの特徴が消失することを防止できる。
【産業上の利用可能性】
【0076】
以上説明したように、本開示の呼吸パターン判定方法および呼吸パターン判定装置は、呼吸波形の時間経過による周波数変化に着目し、その繰り返しパターンを抽出することで、呼吸パターンを詳細に分類できるため、呼吸状態を詳細に把握することができる。
【符号の説明】
【0077】
1 呼吸パターン判定装置
10 センサユニット
11 歪センサ素子
12 保持部材
13 布帛
14 粘着部
15 補強部材
20 計測部
30 変換部
40 判定部
50 表示部
M 中心軸
X 被検者
P 最大値