(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024166698
(43)【公開日】2024-11-29
(54)【発明の名称】III族窒化物系半導体発光素子
(51)【国際特許分類】
H01S 5/343 20060101AFI20241122BHJP
H01S 5/22 20060101ALI20241122BHJP
【FI】
H01S5/343 610
H01S5/22
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023082986
(22)【出願日】2023-05-19
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、環境省、革新的な省CO2実現のための部材や素材の社会実装・普及展開加速化事業委託業務、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000005821
【氏名又は名称】パナソニックホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002952
【氏名又は名称】弁理士法人鷲田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】川口 真生
(72)【発明者】
【氏名】大野 啓
(72)【発明者】
【氏名】石橋 明彦
【テーマコード(参考)】
5F173
【Fターム(参考)】
5F173AA08
5F173AB78
5F173AF13
5F173AG17
5F173AH22
5F173AP05
5F173AP32
5F173AP33
5F173AP73
5F173AP76
5F173AP78
5F173AP79
5F173AP94
5F173AR23
(57)【要約】
【課題】投入した電力を効率よく光に変換することが可能なIII族窒化物系半導体発光素子の提供を目的とする。
【解決手段】上記課題を解決するIII族窒化物系半導体発光素子は、基板と、n型クラッド層と、n側光ガイド層と、Inを含む発光層と、p側光ガイド層と、p型クラッド層と、をこの順に有し、前記n側光ガイド層と前記発光層との間に、前記n側光ガイド層から前記発光層に向かってIn組成が増加する組成傾斜層を有し、かつ前記組成傾斜層の最低のIn組成は、前記n側光ガイド層の前記組成傾斜層に接する領域のIn組成より低い。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、n型クラッド層と、n側光ガイド層と、Inを含む発光層と、p側光ガイド層と、p型クラッド層と、をこの順に有し、
前記n側光ガイド層と前記発光層との間に、前記n側光ガイド層から前記発光層に向かってIn組成が増加する組成傾斜層を有し、かつ
前記組成傾斜層の最低のIn組成が、前記n側光ガイド層の前記組成傾斜層に接する領域のIn組成より低い、
III族窒化物系半導体発光素子。
【請求項2】
請求項1に記載のIII族窒化物系半導体発光素子であって、
前記組成傾斜層の膜厚が5nmより厚い、III族窒化物系半導体発光素子。
【請求項3】
請求項2に記載のIII族窒化物系半導体発光素子であって、
前記組成傾斜層の膜厚が10nmより厚い、III族窒化物系半導体発光素子。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載のIII族窒化物系半導体発光素子であって、
前記発光層が、前記組成傾斜層に隣接して配置された障壁層と、前記障壁層に隣接して配置された量子井戸層と、を含み、
前記障壁層の屈折率が、前記n側光ガイド層の屈折率以上である、III族窒化物系半導体発光素子。
【請求項5】
請求項4に記載のIII族窒化物系半導体発光素子であって、
前記障壁層の膜厚が7nmより厚い、III族窒化物系半導体発光素子。
【請求項6】
請求項4に記載のIII族窒化物系半導体発光素子であって、
前記障壁層の膜厚が10nmより厚い、III族窒化物系半導体発光素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、低動作電流を有するGaN系半導体レーザ装置を実現可能なIII族窒化物系半導体発光素子に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体レーザは、小型、安価、高出力などの優れた特徴を有することから、通信、光ディスクなどのIT技術のほか、医療、一部照明など、幅広い技術分野で用いられている。近年では特に、金属、樹脂、複合炭素材(CFRP)といった様々な材料加工用の光源に高出力半導体レーザが用いられている。またとりわけ、複数のレーザ発光点を束ねて高出力化する光合成技術により、数百ワットから数キロワットといった大光出力を有するレーザ加工機システムが開発され、実用に供されている。レーザ加工には、リモート加工、高スループット、低消費電力、プログラマブルなど多数の利点があり、工業製品の生産現場において幅広く用いられている。近年、このようなレーザ加工の半導体光源として、波長1μm程度のGaAs系近赤外レーザの利用が広がっている。これは、GaAs基板上の半導体形成技術およびプロセス技術が十分に成熟していること依拠している。
【0003】
ところで近年、電気自動車(EV)用モータやバッテリーなどの様々な分野で、低電気抵抗、易加工性、高放熱などの優れた特性を有する銅が多用されている。ところが、銅は近赤外レーザ光を反射することから、レーザ加工を試みると、エネルギーが入熱せず、加工が困難である、という課題がある。
【0004】
そこで、銅材料の加工には、銅材料の反射率が低い(吸収率が大きい)、青色波長域(波長405nm~540nm)の光を発するGaN系半導体レーザの適用されている。GaN半導体をレーザ加工に適用する場合、高い光出力(加工エネルギー)が必要とされ、高出力動作が求められる。そして、このような高出力動作を実現するためには、半導体レーザ素子を十分に冷却したり、多量の電流を通電したりする必要がある。つまり、多量の電力が必要であり、環境負荷の観点などから、半導体レーザの低消費電力化がことのほか重要になる。
【0005】
半導体レーザを低消費電力化するためには、投入した電力を効率よく光に変換する必要がある。すなわち、投入したエネルギーのうちレーザ光に変換された割合を示す、電力光変換効率を高めることが重要である。さらに、投入電力を高効率に光に変換することで、光出力を増すことができるだけでなく、余剰エネルギーが熱に変わることを防ぐことも可能となり、発熱に起因する光出力低下や、長期信頼性特性に対する悪影響を低減することも出来る。
【0006】
一般的なpn接合ダイオード型の半導体レーザにおいて、レーザ光を生成するメカニズムは以下の通りである。半導体レーザ素子では、基板上に、n型光閉じ込め層(クラッド層)、n側光ガイド層、発光層、p側光ガイド層、およびp型光閉じ込め層(クラッド層)が少なくとも順番に積層される。ここで、半導体レーザ素子の発光層には、n型クラッド層やn側光ガイド層を介して電子が注入され、p型クラッド層やp側光ガイド層を介して正孔が注入される。そして、これらのうちの一定の割合が、発光層で再結合して発光する。ここで、p型クラッド層側から発光層に向けて流れる正孔のうち、発光層を超えてn側光ガイド層へと拡散するものがある。こういった正孔は、発光層外側のn側光ガイド層で再結合して消滅することから、レーザ発振に寄与しない無効電流になり、消費電力を増加させる一因となる。このような、正孔無効電流を低減する方法として、いくつかの技術が開示されている。例えば、特許文献1では、n側光ガイド層をn型不純物でドーピングしている。これにより、発光層から拡散する正孔から見て、n側光ガイド層にポテンシャル障壁が生起することとなる。このような障壁により、正孔が発光層の側へと反射されて、再び発光層で電子と再結合することから、無効電流を低減することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところが、特許文献1に記載の構成では、発光層で生じたレーザ光が、n型ドーピングされたn側光ガイド層内を伝搬する。n側光ガイド層を伝搬したレーザ光は、n側不純物やその他の不純物によって生じた、過剰な電子によって吸収されてしまい、外部に取り出すことができない。したがって、無効電流を低減しているにも関わらず、光出力が低下してしまうという課題がある。
【0009】
本開示は、上記課題を鑑みてなされたものである。すなわち、投入した電力を効率よく光に変換することが可能なIII族窒化物系半導体発光素子の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らの鋭意検討によって、GaN系半導体レーザに用いるIII族窒化物系半導体発光素子おいて、n側光ガイド層と発光層との間に、低In組成から高In組成へとIn組成が変化する組成傾斜層を設けることで、正孔側のバンド構造(価電子帯)にポテンシャル障壁が生じ、発光層側から拡散する正孔を反射できること、さらに正孔の漏洩が防止され、III族窒化物系半導体発光素子の発光効率が増加すること、が見出された。このような構造では、正孔の漏洩を防止しつつ、n側光ガイド層をドーピングする必要がない、あるいは、ドーピングする場合もごく微量の濃度で十分である。したがって、n型光ガイド層内でのレーザ光の吸収が実質的に生じないという利点がある。
【0011】
すなわち本開示は、基板と、n型クラッド層と、n側光ガイド層と、Inを含む発光層と、p側光ガイド層と、p型クラッド層と、をこの順に有し、前記n側光ガイド層と前記発光層との間に、前記n側光ガイド層から前記発光層に向かってIn組成が増加する組成傾斜層を有し、かつ前記組成傾斜層の最低のIn組成が、前記n側光ガイド層の前記組成傾斜層に接する領域のIn組成より低い、III族窒化物系半導体発光素子を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本開示によれば、投入した電力を効率よく光に変換することが可能なIII族窒化物系半導体発光素子が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1Aは、本開示の一実施形態に係る半導体発光素子の平面図、
図1Bは、
図1AにおけるA-A線における拡大断面図
【
図2】比較例(組成傾斜層なし)における発光層近傍のバンド構造および電子正孔濃度分布図
【
図3】実施形態における発光層近傍のバンド構造および電子正孔濃度分布図
【
図4】実施形態および比較例における非発光再結合の計算結果
【
図5】実施形態における組成傾斜層の膜厚と、正孔に対する価電子帯側ポテンシャル障壁の高さとの相関図
【
図6】実施形態における発光層中の第1障壁層の膜厚変化と発光波長との相関図
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、具体的に本発明の好ましい一実施形態について説明するが、本開示は当該実施形態に限定されない。
【0015】
本実施形態にかかるIII族窒化物系半導体発光素子(以下、単に「半導体発光素子」とも称する)100について、
図1Aおよび
図1Bを参照しながら説明する。
図1Aは、本実施形態の半導体発光素子100の平面図である。
図1Bは、当該半導体発光素子100の
図1AにおけるA-A線での断面図(矢印で示す側からその断面を見たときの図)である。また以下では、n側光ガイド層3や発光層5、p側光ガイド層6などが六方晶III族窒化物系半導体含む場合を例に、本実施形態の半導体発光素子100を説明する。
【0016】
まず、半導体発光素子100の簡単な構成について説明する。
図1Bに示すように、半導体発光素子100は、(0001)面を主面とするn型六方晶GaN基板(基板)1、n-AlGaN層(n型クラッド層)2、n-GaNおよびi-In
x1GaN(x1>0)の積層体であるn側光ガイド層3、In組成がn側光ガイド層3側から発光層5側に向かって増加するi-InGaN層(組成傾斜層)4、InGaN組成障壁層(第1障壁層)、InGaN量子井戸層(量子井戸層)、およびInGaN障壁層(第2障壁層)の積層体で構成される発光層5、i-InGaN層(p側光ガイド層)6、p-Al
0.35GaN層(電子障壁層)7、p-AlGaNおよびGaNの積層体である超格子層(p型クラッド層)8、p-GaN層(p型コンタクト層)9がこの順に積層された構造を有する。
【0017】
また、当該半導体発光素子100は、光導波路20構造を有する。具体的には、p型クラッド層8やp型コンタクト層9の両側に、SiO
2からなる絶縁膜10が配置されている。一方、p型コンタクト層9上には、PdおよびPtの積層体からなるp型電極11、Ti、Pt、およびAuの積層体からなる配線電極12、TiおよびAuの積層体からなるパッド電極13が配置される。また、
図1Aに示すように、光導波路20の一方の端部には、光導波路20内の光を反射するための、誘電体多層膜で構成されたリアコート膜15が配置される。一方、光導波路20の他方の端部には、光を放射するための、誘電体多層膜で構成された、フロントコート膜14が配置される。さらに、基板1のn型クラッド層2と反対側の面には、TiおよびAuの積層体からなるn型電極16が配置される。なお、上記では発光層5が、InGaN組成障壁層(第1障壁層)/InGaN量子井戸層(第1量子井戸層)/およびInGaN障壁層(第2障壁層)の3層で説明したが、発光層5は、障壁層と量子井戸層が繰り返し積層された多重量子井戸構造を有していてもよい。
【0018】
続いて、上記半導体発光素子100の詳細な構成について製造方法と合わせて説明する。ただし、各層の膜厚や組成などは、適宜調整可能である。さらに、下記で説明する層以外に、本開示の目的および効果を損なわない範囲で、他の構成を含んでいてもよい。
【0019】
まず、主面が(0001)面であるn型六方晶GaN基板1上に、有機金属気層成長法(Metalorganic Chemical Vapor Deposition;MOCVD法)によって、n型クラッド層2からp型コンタクト層9までを連続的に成膜する。具体的には、n型のAl0.03GaN層(n型クラッド層2)を3μm程度積層する。成膜のためのガス原料として、本実施形態では、III族原料として、トリメチルガリウム(TMG)、トリメチルインジウム(TMI)、およびトリメチルアルミニウム(TMA)を用い、n型不純物としてシランを用い、V族原料としてアンモニアを用いたが、これら以外を用いてもよい。n-AlGaN層(n型クラッド層2)のSi濃度は1×1018cm-3程度が好ましい。
【0020】
次に、n側光ガイド層3の第1層目として、上記n型クラッド層2と同様の方法で、n-GaN層を250nm程度成膜する。ここで、n-GaN層のSi濃度は1×1018cm-3程度が好ましい。さらに、n側光ガイド層3の残りの層であるi-InGaN層を150nm積層する。
【0021】
次に、n側光ガイド層3側から発光層5にかけて、In組成が増加する組成傾斜層4を成膜する。当該組成傾斜層4では、その最低In組成が、n側光ガイド層3のi-InGaN層より小さければよいが、0%であることがより好ましい。一方、組成傾斜層4内での最高In組成は、組成傾斜層4に隣接する発光層5の障壁層のIn組成と略同じであることが好ましい。またこのとき、組成傾斜層4の中でIn組成が最低となる領域が、n側光ガイド層に近接するように調整し、In組成が最も高い領域が、発光層5の障壁層に近接するように、In組成を調整することが好ましい。本実施形態では、n側光ガイド層3との境界から発光層5との境界にかけて、In組成が0%から3%まで徐々に増加するi-InGaN層(組成傾斜層4)を成膜する。組成傾斜層4の膜厚は、5nmより厚いことが好ましく、7nm以上がより好ましく、10nmより厚いことがさらに好ましく、15nm以上がさらに好ましい。しかしながら、組成傾斜層が厚すぎると、当該箇所の平均屈折率が低下し素子の光学設計に支障を来すことがある。このことから、組成傾斜層4の膜厚は通常、20nm以下が好ましい。
【0022】
組成傾斜層4内でのIn組成変化は、n側光ガイド層3側から、発光層5の第1障壁層にかけて、連続的または断続的に増加してもよい。つまり、膜厚に対するIn組成変化量の二階微分値が正の領域があればよく、一部に負の領域やゼロ領域があってもかまわない。ただし、n側光ガイド層3側から、発光層5の障壁層にかけて連続的に増加することが好ましい。組成傾斜層4内で、そのIn組成を変化させる方法としては、使用するトリメチルインジウム(TMI)ガスの量を調整する方法が挙げられる。そのほかの方法として、成長温度を低下させることによってIn取り込み量を増加させてもよい。
【0023】
次に発光層5の一部としてIn0.03GaN障壁層(第1障壁層)を7nm成膜する。第1障壁層の膜厚は、3nm以上が好ましく、より好ましくは5nm以上であり、さらに好ましくは7nm超であり、特に好ましくは10nm超である。本実施形態では、第1障壁層によって、発光層5の量子井戸層と組成傾斜層4とが離間される。第1障壁層が存在しないと、量子井戸(層)に閉じ込められたキャリア(電子あるいは正孔)が、組成傾斜層4との間で量子結合を果たし、量子化エネルギー変化を通じて発光波長が変化することがある。なお、当該第1障壁層の屈折率は、上述のn側光ガイド層3の屈折率以上であればよいが、半導体発光素子100内部への光閉じ込め効果の観点で、n側光ガイド層3の屈折率より大きいことがより好ましい。次に、In0.18GaN量子井戸層(第1量子井戸層)を約3.0nm成膜する。続いてIn0.03GaN障壁層(第2障壁層)を約10nm成膜する。続いて、InGaN井戸層(第2量子井戸層)を3.0nm成膜する。最後に、In0.03GaN障壁層(第3障壁層)を10nm成長する。ここで、各障壁層(n0.03GaN層)の膜厚が厚いと、発光性再結合によって効率が低下してしまう。そこで、各障壁層の厚みは最大でも40nm程度にとどめることが好ましい。また、上記例では第2障壁層および第3障壁層の膜厚をそれぞれ10nmとしたが、キャリア注入の均一性などの観点から、第1障壁層、第2障壁層、および第3障壁層の膜厚がそれぞれ異なっていてもかまわない。
【0024】
次に、p側光ガイド層6を構成するi-InGaN層、i-GaNまたはi-AlGaN、もしくはこれらの組み合わせからなる層を、0.2μm程度成膜する。ここで、半導体発光素子100内部への光閉じ込めの観点から、発光層5(第3障壁層)の屈折率よりp側光ガイド層6の屈折率が小さいことが好ましく、p型ガイド層6内でも、発光層5側から電子障壁層7側に向かって徐々に屈折率が低下する構成が好ましい。すなわち、p側光ガイド層6を、発光層5に近い側から、InGaN、GaN、AlGaNの順に構成することで、光閉じ込めを増加させることができる。
【0025】
次に、電子障壁層7を構成するp-Al0.35GaN(Mg濃度5×1019cm-3)を5nm成膜する。p-AlGaN層は、たとえばシクロペンタジエニルマグネシウム(Cp2Mg)用いてMg濃度が5×1019cm-3となるようにするとよい。
【0026】
次に、p型クラッド層8を構成するp-Al0.03GaN(Mg濃度を1×1019cm-3)を、600nm成膜する。
さらに、p-GaNコンタクト層9を構成するp-GaN(Mg濃度を1×1020cm-3)を、10nm成膜する。
【0027】
次に、MOCVD法によって作製した窒化物半導体の積層構造体を、リッジストライプ型レーザに加工する。例えば熱CVD法により、p型コンタクト層9の上に、膜厚が0.3μmのSiO2からなるSiO2絶縁膜(図示なし)を成膜する。さらに、フォトリソグラフィ法及びフッ化水素酸を用いるエッチング法により、SiO2絶縁膜を幅16μmのストライプ状に残して他の領域をエッチングする。このとき、六方晶窒化物半導体の自然へき開面(m面)を利用してレーザの端面を形成することを考慮して、ストライプの向きは六方晶GaNのm軸方向に平行とする。
【0028】
次に、誘導結合プラズマ(ICP)エッチング法により、SiO2絶縁膜を除去した領域のp型コンタクト層9およびp型クラッド層8を、SiO2絶縁膜を形成した上部から、0.85μmの深さまでエッチングし、光導波路20を構成するリッジストライプ部を形成する。その後、フッ化水素酸を用いて残っていたSiO2絶縁膜を除去する。そして再度、熱CVD法により、露出したp型クラッド層8上にリッジストライプ部を含む全面にわたって、膜厚が200nmのSiO2からなる絶縁膜10を再度形成する。
【0029】
次に、リソグラフィ法により、絶縁膜10におけるリッジストライプ部(光導波路20)上に、当該リッジストライプ部の頂面に沿って幅が15.5μmの開口部を有するレジストパターン(図示せず)を形成する。続いて、三フッ化メタン(CHF3)ガスを用いた反応性イオンエッチング(Reactive Ion Etching:RIE)により、レジストパターンをマスクとして、リッジストライプ部の頂面のSiO2絶縁膜をエッチングし、リッジストライプ部の上面からp型コンタクト層9を露出させる。
【0030】
次に、例えば電子ビーム(Electron Beam:EB)蒸着法により、少なくともリッジストライプ部の上面から露出したp型コンタクト層9の上に、例えば厚さが40nmのパラジウム(Pd)と厚さが35nmの白金(Pt)とからなるp型電極11を構成する金属積層膜を積層する。その後、レジストパターンをリフトオフ法により除去し、リッジストライプ上部以外の領域の金属積層膜を除去して、p型電極11を形成する。
【0031】
さらに、リソグラフィ法及びリフトオフ法により、リッジストライプ部の上部のp型電極11、およびリッジストライプ部の側面(絶縁膜10)を覆うように、Ti(50nm)/Pt(200nm)/Au(100nm)からなる配線電極12(
図1Aには、点線で示す)を選択的に形成する。当該配線電極12のリッジストライプ部に平行な方向の平面寸法(長さ)は1150μmとし、リッジストライプ部に垂直な方向の平面寸法(幅)は150μmとする。なお、一般的には、1つの積層構造体上に、同様の構成の導波路を複数、行列状に作製する。また、使用時には、これを分割する。このとき、複数の導波路の配線電極12どうしがつながっていると、分割の際に、配線電極12に密着したp型電極11がp型コンタクト層9から剥がれるおそれがある。そこで、積層構造体上に、複数の導波路を形成する場合には、隣接する導波路20の配線電極12が、つながらないように形成することが望ましい。
【0032】
続いて、電解めっき法により、配線電極12の上部に、パッド電極13を構成する厚み10μmのAu層を形成する。このような構成にすると、ワイヤボンディングによるレーザチップの実装が可能となると共に、発光層5における発熱を効果的に放熱させることができるため、半導体発光素子100の信頼性を向上させることができる。
【0033】
次に、パッド電極13まで形成した積層体の裏面(基板1)側を、ダイヤモンドスラリにより研磨して、基板1の厚さが100μm程度になるまで薄膜化する。その後、例えばEB蒸着法により、基板1の表面(光導波路20が形成された面と反対の面)に、n型電極16を構成する、Ti(5nm)/Pt(10nm)/Au(1000nm)の金属積層膜を形成する。
【0034】
また、ウェハ状態の半導体発光素子100を、m軸方向の長さが例えば1200μmとなるようにm面に沿って劈開(1次劈開)する。続いて、たとえば電子サイクロトロン共鳴(ECR)スパッタ法を用いて、レーザ光が出射する劈開面に対してフロントコート膜14を、反対の劈開面に対してリアコート膜15を形成する。ここでフロントコート膜14の材料としては、たとえばSiO2単層膜などの誘電体膜を用いる。また、リアコート膜15の材料としては、例えばZrO2/SiO2積層膜などの誘電体膜を用いる。なお、半導体発光素子100のフロント側(光出射側)の反射率を例えば6%、リア側(光出射側と反対側)を例えば95%とすることで、高効率な半導体発光素子100を構成することができる。また、半導体レーザ(半導体発光素子100)と、半導体レーザ外部のレーザ光軸上に配置した集光レンズなどとを組み合わせて発振させる外部共振光学系を用いる場合は、フロント側反射率は1%以下とすることが好ましい。続いて、1次劈開された半導体発光素子100を、例えばa軸方向の長さが200μmピッチで形成されている光導波路20の間を、a面に沿って劈開(2次劈開)することでレーザチップが完成される。
【0035】
(半導体発光素子の発光効率について)
ここで、上述の半導体発光素子100は、pn接合半導体発光素子であって、特にn側光ガイド層3と発光層5との間に、In組成が徐々に変化する組成傾斜層4を配置した構造である。このような構造とすることにより、価電子帯において、発光層5とn側光ガイド層3との間にポテンシャル障壁を有する層を形成することが可能となる。その結果、正孔のn側光ガイド層3への拡散を防止して、半導体レーザの発光効率を向上させることができる。
【0036】
ここで、
図2(a)に、比較例となる半導体発光素子の伝導帯及び価電子帯のバンド構造の計算結果を示し、
図2(b)には、当該半導体発光素子の電子および正孔濃度の計算結果を示す。当該半導体発光素子は、組成傾斜層4を有さない以外は、上述の半導体発光素子と同様の構造を有する。計算は、各層の分極電荷を考慮してシュレディンガー・ポアソン方程式を解くことで実施した。計算に用いた窒化物系半導体の物性パラメータは、非特許文献1(Nitride Semiconductor Devices,J.Piprek,Jprinciples and Simulation,2007, WILEY-VCH)に示された値を使用した。
図2(a)および(b)中3~6の標記は、
図1Bの半導体発光素子100の各構成の符号に対応する番号であり、それぞれn側光ガイド層3、発光層5、およびp側光ガイド層を示す。なお、
図2(a)および(b)に計算結果示す比較例では、組成傾斜層4が存在しないため表示されていない。また、
図2(a)バンド構造図に示す通り、n側伝導帯から電子、p側価電子帯から正孔が拡散する。両者は、発光層5の量子井戸層(QW)で再結合し一部がレーザ光へ変換される。
【0037】
ここで、p側光ガイド層(InGaN層)6から発光層5に注入される正孔は、価電子帯エネルギー値が小さい領域を通過するとき、ポテンシャル障壁により反射される。
図2(a)の価電子帯側バンド構造(下図)を見ると、p側光ガイド層6と発光層5の間の価電子帯エネルギーの値が最も小さくなっている。つまり、p側光ガイド層6から発光層5に注入された正孔に対する障壁が、発光層5からn側光ガイド層(InGaN層)3にかけて実質的に存在しない。そのため、量子井戸発光層で電子と結合しない正孔はn側光ガイド層3に向けて拡散することになる。このことは、
図2(b)のキャリア濃度のグラフにも表されており、n側光ガイド層3における正孔濃度が、p側光ガイド6のキャリア濃度と同等程度に高い。ここで、発光層5以外の領域で電子と正孔とが空間的に同時に存在すると、非発光性再結合により、両者が徐々に消滅していく。このような消滅は、レーザ発振に寄与せず、エネルギー損失となる。そこで、発光層5からn側光ガイド層3に向かう正孔の濃度を低減する、すなわち、正孔をn側光ガイド層3の近傍で反射するようなポテンシャル障壁を設けることができれば、半導体レーザの動作効率を高めることが期待できる。
【0038】
本実施形態の半導体発光素子の同様の計算結果を
図3示す。
図3(a)には、本実施形態の半導体発光素子の伝導帯及び価電子帯のバンド構造の計算結果を示し、
図3(b)には、当該半導体発光素子の電子および正孔濃度の計算結果を示す。本実施形態では、n側光ガイド層3と発光層5との間に組成傾斜層4を有する点が、上記比較例と異なる。
【0039】
図3(a)下図に示すように、本実施形態の半導体発光素子の伝導帯エネルギーは、組成傾斜層(i-InGaN層)4の領域でマイナス値が大きくなる。これは、組成傾斜層4において、InGaNの分極電荷に起因するバンド曲がりが生じるためである。
図3(a)下図に示す通り、本実施形態の場合、約140meVのポテンシャル障壁が生じる。そのため、p側光ガイド層(InGaN層)6から発光層5に向かい、発光層5を通過した正孔は、このポテンシャル障壁で反射される。その結果、
図3(b)に示すように、n側光ガイド層(InGaN層)5に到達する正孔濃度は、
図2に示す比較例の1/10程度にまで低下する。
【0040】
図4に、本実施形態および比較例における非発光再結合レート(非発光再結合が生じる割合)を計算した結果を示す。n側光ガイド層3における非発光再結合レートを比較すると、図中実線で示す本発明の実施形態の非発光再結合レートが、点線で示す比較例の非発光再結合レートに対して低下していることがわかる。
図3に示す組成傾斜層4によるポテンシャル障壁によって、n側光ガイド層(InGaN層)3に到達する正孔濃度が低下し、非発光性再結合も減少したことが原因である。
【0041】
図5に、本実施形態において、組成傾斜層4の膜厚を変化させたときのポテンシャル障壁の値を計算した結果を示す。
図3に示す組成傾斜層4によるポテンシャル障壁は大きいほうが好ましい。そして、GaN系材料における正孔の有効質量を考慮すると、ポテンシャル障壁は、100meV以上が好ましく、200meV以上が特に有効である。そのため、
図5に示されるように、組成傾斜層4の膜厚は好ましくは5nm超であるといえ、より好ましくは10nm超である。
【0042】
図6に、本開示の実施形態において、発光層5に含まれる第1障壁層(QB)、すなわち組成傾斜層4に隣接する障壁層の膜厚(換言すると、組成傾斜層4の発光層5側端部から最も近い量子井戸層までの距離)を変化させた時の、発光波長を計算した結果を示す。第1障壁層(QB)の膜厚が薄い場合、発光層5中の量子井戸層と組成傾斜層4の電子とが量子結合し、発光波長が変化する。これは、素子設計において意図しない波長変化を生じることがあるほか、多重量子井戸構造を用いる場合、異なる井戸間で違う波長で発光が生じることとなり、半導体発光素子100の発光効率を低下させる原因となる。本実施形態において、発光層5の量子井戸層が一層のみである場合、発光波長は450nmである。多重量子井戸(複数の量子井戸層)を用いる場合、各量子井戸の発光波長差は少なくとも3nm、より好ましくは0.1nm以下にすることが好ましい。さらに、単一量子井戸(単一の量子井戸層)とする場合においても、設計値との乖離は3nm以下、より好ましくは0.1nm以下であることが望まれる。そのため、
図6に示すように、第1障壁層の膜厚は7nm超が好ましく、10nm超がより好ましい。
【0043】
なお、本開示の実施形態のバンド構造を示す
図3(a)傾斜層において、n側光ガイド層3側の伝導帯にプラスのポテンシャルが生じている。このポテンシャルは電子に対して障壁となるため、n側光ガイド層3から発光層5に電子注入する際の電圧上昇を生じる可能性がある。発明者らによる検討によれば、電子の有効質量は正孔に対して軽いため、ポテンシャル障壁による電圧上昇はわずか(0.05V程度)である。さらに、このようなポテンシャル障壁を解消する目的で、組成傾斜層4に、n型不純物をドーピングしてもよい。例えば1×10
18cm
-3のドーピングを実施することで、このようなポテンシャル障壁を実質的に解消することができる。一方、組成傾斜層4はレーザ光がガイドする領域であるから、n型不純物をドーピングする場合には、その濃度は2×10
18cm
-3以下にとどめることが好ましい。
【0044】
(その他)
上記のような半導体発光素子を形成する際の結晶成長法には、MOCVD法の他に、分子ビーム成長(Molecular Beam Epitaxy:MBE)法や、化学ビーム成長(Chemical Beam Epitaxy:CBE)法などの、GaN系青紫色半導体レーザ構造が成長可能な成長方法を用いてもよい。また、AlGaNおよびGaNを積層する場合や、GaNおよびInGaNを積層する場合、これらの界面で、InないしはAlの組成が徐々に変化するように調整してもよい。また、上述の実施形態では、各層がGaN系材料からなる場合について記載したが、組成を変えることで分極を生じる他の材料系、例えばGaAs上に、AlGaAsやInGaAsを積層した構造、InP上に、InGaAsPやAlGaAsPを積層した構造、GaSb上にGaInSbなどを積層した構造であってもかまわない。
【0045】
また、本実施形態において、チップを幅200μmに分割したが、複数の発光素子が連続して形成されたアレイ素子としてもかまわない。
【0046】
本実施形態において、pn接合型半導体レーザについて記載したが、積層方向に電子伝導し、組成が相違する層におけるポテンシャルを有する構造であれば、pn接合型半導体LED、ないしは単極性の電子伝導型量子カスケードレーザであってもかまわない。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本開示のIII族半導体発光素子は、高出力半導体レーザや、通信、光ディスクなどのIT技術、医療、一部照明など、幅広い技術分野に適用可能である。
【符号の説明】
【0048】
1 基板
2 n型クラッド層
3 n側光ガイド層
4 組成傾斜層
5 発光層
6 p側光ガイド層
7 電子障壁層
8 p型クラッド層
9 p型コンタクト層
10 絶縁膜
11 p型電極
12 配線電極
13 パッド電極
14 フロントコート膜
15 リアコート膜
16 n型電極