(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024166743
(43)【公開日】2024-11-29
(54)【発明の名称】半導体装置およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01L 29/78 20060101AFI20241122BHJP
H01L 29/739 20060101ALI20241122BHJP
H01L 29/12 20060101ALI20241122BHJP
H01L 21/336 20060101ALI20241122BHJP
【FI】
H01L29/78 652H
H01L29/78 655B
H01L29/78 652T
H01L29/78 658A
H01L29/78 658H
H01L29/78 653A
H01L29/78 655A
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023083061
(22)【出願日】2023-05-19
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、防衛装備庁 安全保障技術研究推進制度「高性能SiCパワーデバイスを活用した大電力パルス電源小型化のための研究」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110002066
【氏名又は名称】弁理士法人筒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 直樹
(57)【要約】
【課題】オン抵抗の低減とターンオフ損失の低減というトレードオフ関係を改善することができる技術を提供する。
【解決手段】ドリフト領域4の上面側に炭素空孔密度の小さな低炭素空孔密度領域20を形成する一方、ドリフト領域4の下面側に炭素空孔密度の大きな高炭素空孔密度領域30を形成することを前提として、低炭素空孔密度領域20と高炭素空孔密度領域30との間の境界領域40に含まれる等密度線であって、炭素空孔濃度が高炭素空孔密度領域30の炭素空孔密度の1/2の密度に対応する等密度線100の位置が、IGBTをターンオフした際にドリフト領域4に延びる空乏層の端部200よりも深い位置にある。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁ゲートバイポーラトランジスタを含む半導体装置であって、
前記絶縁ゲートバイポーラトランジスタは、第1導電型のドリフト領域を有し、
前記ドリフト領域は、炭化珪素を構成材料に含み、
前記ドリフト領域は、
炭素空孔密度が第1密度である第1領域と、
炭素空孔密度が前記第1密度よりも高い第2密度である第2領域と、
前記第1領域と前記第2領域とに挟まれ、かつ、前記第1領域よりも炭素空孔密度が高く、かつ、前記第2領域よりも炭素空孔密度が低い境界領域と、
を有し、
前記境界領域に含まれる等密度線であって、炭素空孔濃度が前記第2密度の1/2の密度に対応する前記等密度線の位置は、前記絶縁ゲートバイポーラトランジスタをターンオフした際に前記ドリフト領域に延びる空乏層の端部よりも深い位置にある、半導体装置。
【請求項2】
請求項1に記載の半導体装置において、
前記第2密度は、1×1013/cm3以上である、半導体装置。
【請求項3】
請求項1に記載の半導体装置において、
前記第1領域における少数キャリアの寿命は、前記第2領域における少数キャリアの寿命よりも長い、半導体装置。
【請求項4】
請求項1に記載の半導体装置において、
前記絶縁ゲートバイポーラトランジスタをターンオフした際にコレクタとエミッタとの間に印加される電圧をVcc(V)とし、
前記第1領域の厚さをW(cm)とし、
前記第1領域の不純物濃度をNd(1/cm3)とし、
電子の電荷量をq(C)とし、
前記第1領域の誘電率をεs(F/cm)とする場合、
Vcc<{(q・Nd)/(2・εs)}・W2
の関係が成立する、半導体装置。
【請求項5】
請求項1に記載の半導体装置において、
前記ドリフト領域は、
低濃度ドリフト領域と、
前記低濃度ドリフト領域の下層に位置して前記低濃度ドリフト領域と接し、かつ、前記低濃度ドリフト領域よりも不純物濃度の高いバッファ領域と、
を有し、
前記第1領域は、前記低濃度ドリフト領域内に設けられ、
前記第2領域は、前記低濃度ドリフト領域の一部と前記バッファ領域に設けられ、
前記等密度線は、前記低濃度ドリフト領域内に存在し、
前記空乏層の端部は、前記低濃度ドリフト領域内に存在する、半導体装置。
【請求項6】
請求項1に記載の半導体装置において、
前記ドリフト領域は、
低濃度ドリフト領域と、
前記低濃度ドリフト領域の下層に位置して前記低濃度ドリフト領域と接し、かつ、前記低濃度ドリフト領域よりも不純物濃度の高いバッファ領域と、
を有し、
前記第1領域は、前記バッファ領域の一部と前記低濃度ドリフト領域に設けられ、
前記第2領域は、前記バッファ領域内に設けられ、
前記等密度線は、前記バッファ領域内に存在し、
前記空乏層の端部は、前記バッファ領域内に存在する、半導体装置。
【請求項7】
請求項1に記載の半導体装置において、
前記ドリフト領域は、
低濃度ドリフト領域と、
前記低濃度ドリフト領域の下層に位置して前記低濃度ドリフト領域と接し、かつ、前記低濃度ドリフト領域よりも不純物濃度の高い高濃度ドリフト領域と、
前記高濃度ドリフト領域の下層に位置して前記高濃度ドリフト領域と接し、かつ、前記高濃度ドリフト領域よりも不純物濃度の高いバッファ領域と、
を有し、
前記第1領域は、前記高濃度ドリフト領域の一部と前記低濃度ドリフト領域に設けられ、
前記第2領域は、前記高濃度ドリフト領域の一部と前記バッファ領域に設けられ、
前記等密度線は、前記高濃度ドリフト領域内に存在し、
前記空乏層の端部は、前記高濃度ドリフト領域内に存在する、半導体装置。
【請求項8】
請求項1に記載の半導体装置において、
前記絶縁ゲートバイポーラトランジスタは、トレンチゲート型絶縁ゲートバイポーラトランジスタである、半導体装置。
【請求項9】
ターンオフした際に延びる空乏層の端部がドリフト領域の内部に留まる絶縁ゲートバイポーラトランジスタを含む半導体装置の製造方法であって、
(a)炭化珪素を構成材料に含む第1導電型のドリフト領域を形成する工程、
(b)前記ドリフト領域の上面に炭素原子を導入する工程、
(c)前記炭素原子を前記ドリフト領域の内部に拡散する工程、
を備え、
前記(c)工程後において、
前記ドリフト領域は、
炭素空孔密度が第1密度である第1領域と、
炭素空孔密度が前記第1密度よりも高い第2密度である第2領域と、
前記第1領域と前記第2領域とに挟まれ、かつ、前記第1領域よりも炭素空孔密度が高く、かつ、前記第2領域よりも炭素空孔密度が低い境界領域と、
を有し、
前記境界領域に含まれる等密度線であって、炭素空孔濃度が前記第2密度の1/2の密度に対応する前記等密度線の位置は、ターンオフした際に延びる前記空乏層の端部よりも深い位置にある、半導体装置の製造方法。
【請求項10】
請求項9に記載の半導体装置の製造方法において、
前記(b)工程では、前記炭素原子をイオン注入する、半導体装置の製造方法。
【請求項11】
請求項9に記載の半導体装置の製造方法において、
前記(b)工程および前記(c)工程は、熱酸化工程によって実施される、半導体装置の製造方法。
【請求項12】
請求項9に記載の半導体装置の製造方法において、
前記(a)工程で形成される前記ドリフト領域は、炭素空孔密度が1×1013(1/cm3)以上である、半導体装置の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体装置およびその製造方法に関し、例えば、絶縁ゲートバイポーラトランジスタを有する半導体装置およびその製造方法に適用して有効な技術に関する。
【背景技術】
【0002】
パワーエレクトロニクス機器の省エネルギー化のため、炭化珪素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)、ダイアモンドなどのワイドギャップ半導体材料を用いた低損失パワー半導体素子が研究されている。炭化珪素や窒化ガリウムは、絶縁破壊電界強度がシリコン(Si)よりも10倍程度高いため、同じ耐圧のパワー半導体素子の場合、ドリフト領域の膜厚をシリコンの10分の1にすることができる。このようにドリフト領域を薄くすることにより、ドリフト領域での抵抗値を大幅に下げられるため、素子全体のオン抵抗を下げることができる。
【0003】
ワイドギャップ半導体材料の応用先として、ユニポーラ素子であるショットキーバリアダイオード(Schottky Barrier Diode:SBD)やパワーMOSFET(Metal Oxide Field Effect Transistor)、またバイポーラ素子であるpn接合ダイオードや絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(Insulated Gate Bipolar Transistor:IGBT)などがある。特に、炭化珪素を用いたバイポーラ素子は、6.5kVを超える超高耐圧用途において低い導通損失を実現する素子として期待することができる。
【0004】
炭化珪素においては、エピタキシャル結晶層の成長終了状態(アズグロウン状態、アズグロウンはas-grownの意)の材料における少数キャリア寿命がシリコンに比べて大幅に小さい。そのため、バイポーラ素子における伝導度変調効果を向上させてオン動作時の抵抗を低減する目的で、素子製造時にドリフト領域の少数キャリア寿命を増大させる工程を実施することが行われる。一方で、ドリフト領域全体の少数キャリア寿命が大きい場合は、素子がオン状態からオフ状態に切り替わるターンオフ動作時に排出する残留キャリアが多くなるため、ターンオフ損失が大きくなる。そのため、ドリフト領域のうちコレクタ側の少数キャリア寿命のみが局所的に小さい「局所ライフタイム制御構造」により、オン電圧とターンオフ損失を少なくすることができる。
【0005】
特許文献1には、動作電圧印加時にドリフト領域中に形成される空乏層の端部を、少数キャリア寿命が小さい領域内に存在させた素子が記載されている。
【0006】
また、特許文献2においては、炭化珪素エピタキシャル層の内部に少数キャリア寿命を伸長させる領域を形成するときに、炭化珪素エピタキシャル層へイオン注入した炭素原子を拡散および活性化させるためのアニールのアニール温度またはアニール時間を変更することで、炭化珪素エピタキシャル層の注入面からキャリア寿命伸長領域が達する深さを任意に変える方法を用いて、その厚さをエピタキシャル層のそれ以外の領域よりも厚くする方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3622405号公報
【特許文献2】特開2021-19157号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述した特許文献1では、空乏層内に少数キャリア寿命が小さい領域が存在することになる。空乏層では残留キャリアは存在しないため、当該空乏層の少数キャリア寿命が小さくてもターンオン損失抑制には影響がないが、一方で、オン抵抗の増大を引き起こすため、オン抵抗とターンオフ損失のトレードオフ関係の悪化を引き起こす。
【0009】
また、上述した特許文献2ではキャリア寿命伸長領域と空乏層との関係について何らの記載がないため、上述した特許文献1と同様に、オン抵抗とターンオフ損失のトレードオフ関係の悪化を引き起こす可能性がある。
【0010】
以上の課題を鑑み、本発明の目的は、オン抵抗の低減とターンオフ損失の低減というトレードオフ関係を改善することができる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
一実施の形態における半導体装置は、絶縁ゲートバイポーラトランジスタを含む半導体装置であって、絶縁ゲートバイポーラトランジスタは、第1導電型のドリフト領域を有し、ドリフト領域は、炭化珪素を構成材料に含む。ここで、ドリフト領域は、炭素空孔密度が第1密度である第1領域と、炭素空孔密度が第1密度よりも高い第2密度である第2領域と、第1領域と第2領域とに挟まれ、かつ、第1領域よりも炭素空孔密度が高く、かつ、第2領域よりも炭素空孔密度が低い境界領域と、を有する。このとき、境界領域に含まれる等密度線であって、炭素空孔濃度が前記第2密度の1/2の密度に対応する等密度線の位置は、絶縁ゲートバイポーラトランジスタをターンオフした際にドリフト領域に延びる空乏層の端部よりも深い位置にある。
【0012】
一実施の形態における半導体装置の製造方法は、ターンオフした際に延びる空乏層の端部がドリフト領域の内部に留まる絶縁ゲートバイポーラトランジスタを含む半導体装置の製造方法である。ここで、半導体装置の製造方法は、(a)炭化珪素を構成材料に含む第1導電型のドリフト領域を形成する工程、(b)前記ドリフト領域の上面に炭素原子を導入する工程、(c)前記炭素原子を前記ドリフト領域の内部に拡散する工程、を備える。
【0013】
そして、(c)工程後において、ドリフト領域は、炭素空孔密度が第1密度である第1領域と、炭素空孔密度が第1密度よりも高い第2密度である第2領域と、第1領域と第2領域とに挟まれ、かつ、第1領域よりも炭素空孔密度が高く、かつ、第2領域よりも炭素空孔密度が低い境界領域と、を有する。このとき、境界領域に含まれる等密度線であって、炭素空孔濃度が前記第2密度の1/2の密度に対応する等密度線の位置は、ターンオフした際に延びる空乏層の端部よりも深い位置にある。
【発明の効果】
【0014】
一実施の形態によれば、互いにトレードオフの関係にあるオン電圧の低減とターンオフ損失の低減との両立に向けた改善を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】具現化態様におけるIGBTのアクティブセルを示す図である。
【
図2】具現化態様における半導体装置の製造工程を示す図である。
【
図3】
図2に続く半導体装置の製造工程を示す図である。
【
図4】
図3に続く半導体装置の製造工程を示す図である。
【
図5】
図4に続く半導体装置の製造工程を示す図である。
【
図6】
図5に続く半導体装置の製造工程を示す図である。
【
図7】
図6に続く半導体装置の製造工程を示す図である。
【
図9】「局所ライフタイム制御構造」である高炭素空孔密度領域における少数キャリアの寿命を変化させたそれぞれの場合でのターンオフ時における電流および電圧の時間変化のシミュレーション結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
実施の形態を説明するための全図において、同一の部材には原則として同一の符号を付し、その繰り返しの説明は省略する。なお、図面をわかりやすくするために平面図であってもハッチングを付す場合がある。
【0017】
本実施の形態では、ドリフト領域およびエミッタ領域がn型半導体領域から構成され、ボディ領域がp型半導体領域から構成されるn型チャネル構造を有する絶縁ゲートバイポーラトランジスタを含む半導体装置を例に挙げて説明する。ただし、導電型を反転したp型チャネル構造を有する絶縁ゲートバイポーラトランジスタにも本実施の形態における技術的思想を適用できることは言うまでもない。
【0018】
<本発明者による検討>
絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(以下、IGBTと呼ぶ場合がある)では、ゲート電極にしきい値電圧以上のゲート電圧を印加してIGBTをオンすると、コレクタ領域からドリフト領域に少数キャリアである正孔が注入される。これにより、ドリフト領域においては、注入された正孔に引き寄せられるように、エミッタ領域からドリフト領域に多数キャリアである電子が注入される。この結果、ドリフト領域には、伝導度変調現象が生じて、IGBTのオン抵抗が低減される。
【0019】
一方、IGBTでは、ゲート電極にしきい値よりも小さいゲート電圧を印加してIGBTをオンからオフする場合、ドリフト領域に注入されている電子と正孔がすべてドリフト領域の外部に掃き出された後、IGBTがオフする。すなわち、IGBTでは、オフする際、ドリフト領域に注入されている電子と正孔がすべてドリフト領域の外部に掃き出す必要があり、この掃き出しに起因するテイル電流が流れた後、IGBTはオフする。
【0020】
このように動作するIGBTにおいては、少数キャリアである正孔の寿命が長いほどオン抵抗を低減することができる。なぜなら、ドリフト領域に注入された正孔の寿命が長いと、電子を引き寄せるための正孔の数を増加させることができる結果、ドリフト領域に引き寄せられる電子の数が増加することで、オン抵抗が低減されるからである。したがって、IGBTのオン抵抗を低減するためには、正孔の寿命を長くすることが望ましい。
【0021】
一方、IGBTをオフする際には、ターンオフ損失が生じる。このターンオフ損失の原因となるのがテイル電流である。したがって、ターンオフ損失を低減するためには、テイル電流を低減する必要がある。このテイル電流は、ドリフト領域に注入されている電子と正孔をすべてドリフト領域の外部に掃き出す際に生じる電流であり、正孔の寿命が短いほどテイル電流を低減することができる。なぜなら、正孔の寿命が短ければ、ドリフト領域の外部に掃き出す前に消滅する正孔が多くなる結果、ドリフト領域の外部に掃き出す正孔の数が少なくなり、このことは、テイル電流が低減されることを意味するからである。
【0022】
以上のことから、IGBTにおいて、正孔の寿命が長いほどオン抵抗を低減することができる一方、正孔の寿命が短いほどターンオフ損失を低減することができる。すなわち、IGBTにおいて、オン抵抗の低減とターンオフ損失の低減とは、互いにトレードオフの関係にある。そこで、本発明者は、互いにトレードオフの関係にあるオン抵抗の低減とターンオフ損失の低減の両立に向けた改善を検討している。
【0023】
例えば、ドリフト領域は、エピタキシャル成長法を使用することにより形成できるが、炭化珪素を構成材料として使用するIGBTでは、「アズグロウン状態(as-grown)」のドリフト領域における正孔の寿命が、シリコンを構成材料として使用するIGBTよりも大幅に短いことが知られている。したがって、「アズグロウン状態」のドリフト領域をそのまま使用すると、正孔の寿命が短いことから、ターンオフ損失を低減できる一方で、オン抵抗の増加を招く。このため、炭化珪素を構成材料として使用するIGBTでは、「アズグロウン状態」のドリフト領域をそのまま使用することは望ましいとは言えない。
【0024】
この点に関し、炭化珪素を構成材料として使用するドリフト領域には、炭素空孔が存在する。この炭素空孔は、正孔を捕獲するトラップ準位として機能する。このことから、炭素空孔密度が高いドリフト領域では、正孔を捕獲するトラップ準位が多くなるため、正孔の寿命が短くなる。言い換えれば、炭素空孔密度が低いドリフト領域では、正孔を捕獲するトラップ準位が少なくなるため、正孔の寿命が長くなる。
【0025】
以上のことを踏まえると、「アズグロウン状態」のドリフト領域に対して、炭素を導入することにより、導入した炭素で炭素空孔を充填することが考えられる。この場合、正孔を捕獲するトラップ準位として機能する炭素空孔を低減させることができる結果、正孔の寿命を長くすることができる。すなわち、本発明者は、ドリフト領域に対して炭素を導入することにより、正孔の寿命を長くすることを検討している。なぜなら、正孔の寿命を長くすることができれば、IGBTのオン抵抗を低減できるからである。
【0026】
ただし、ドリフト領域の全体にわたって炭素を導入すると、ドリフト領域のすべてにおいて正孔の寿命が長くなるため、ターンオフ損失の増加を招く。したがって、互いにトレードオフの関係にあるオン抵抗の低減とターンオフ損失の低減とのバランスを取るためには、ドリフト領域に炭素を導入する深さを規定することが重要となる。
【0027】
つまり、炭素を導入して炭素空孔密度を低くした低炭素空孔密度領域と、炭素を導入せずに「アズグロウン状態」を維持して炭素空孔密度を高くした高炭素空孔密度領域とをドリフト領域に設けることを前提として、低炭素空孔密度領域と高炭素空孔密度領域との境界領域の深さをどの位置(深さ)に規定するかが重要となる。
【0028】
この点に関し、本発明者は、上述した境界領域の深さを規定するにあたって、互いにトレードオフの関係にあるオン抵抗の低減とターンオフ損失の低減の両立に向けた改善を図るためには、IGBTをオフした際にドリフト領域に延びる空乏層の端部との関係を規定することが重要であることを新規な知見として見出している。
【0029】
例えば、上述した境界領域の深さが、IGBTをオフした際にドリフト領域に延びる空乏層の端部よりも浅い位置に存在する場合を考える。この場合、低炭素空孔密度領域が狭くなることからオン抵抗の低減の観点から不利である。一方、空乏層の内部では、空乏層内電界によって残留キャリアが掃き出されて存在しない。このことから、空乏層内において、正孔の寿命の短い高炭素空孔密度領域があっても、この高炭素空孔密度領域が空乏層内に存在することによってターンオフ損失の改善には影響を及ぼさない。
【0030】
すなわち、互いにトレードオフの関係にあるオン抵抗の低減とターンオフ損失の低減の両立に向けた改善を図る観点からは、境界領域の深さが空乏層の端部よりも浅い位置に存在する構成は妥当であるとはいえない。
【0031】
そこで、本実施の形態では、互いにトレードオフの関係にあるオン抵抗の低減とターンオフ損失の低減の両立に向けた改善を図るために、低炭素空孔密度領域と高炭素空孔密度領域との境界領域の深さを空乏層の端部との関係において適切に規定する工夫を施している。以下では、この工夫を施した本実施の形態における技術的思想を説明する。
【0032】
<実施の形態における基本思想>
本実施の形態における基本思想は、炭化珪素を構成材料として使用したIGBTにおいて、炭素を導入して炭素空孔密度を低くした低炭素空孔密度領域と、炭素を導入せずに「アズグロウン状態」を維持して炭素空孔密度を高くした高炭素空孔密度領域とをドリフト領域に設けることを前提とする。そして、基本思想は、低炭素空孔密度領域と高炭素空孔密度領域との境界領域の位置がIGBTをオフした際にドリフト領域に延びる空乏層の端部よりも深い位置に存在するという思想である。
【0033】
この基本思想によれば、正孔の寿命が長い低炭素空孔密度領域の厚さを厚くすることができるため、IGBTのオン抵抗を低減することができる。一方、基本思想では、空乏層よりも下層に正孔の寿命が短い高炭素空孔密度領域が設けられているので、高炭素空孔密度領域の厚さを調整することにより、テイル電流に起因するターンオフ損失を低減することができる。すなわち、基本思想によれば、境界領域の位置を空乏層の端部よりも深い位置に設けることにより、互いにトレードオフの関係にあるオン抵抗の低減とターンオフ損失の低減の両立に向けた改善を図ることができる。
以下では、基本思想を具現化した具現化態様について説明する。
【0034】
<具現化態様>
<<半導体装置の構成>>
図1は、具現化態様における半導体装置に含まれる「nチャネル型SiC-IGBT」(以下、IGBTと略す場合がある)のアクティブセルを模式的に示す断面図である。
【0035】
図1において、IGBTは、窒素やリンなどのn型不純物(ドナー)を含むn型のドリフト領域4を有し、ドリフト領域4は、炭化珪素を主構成材料に含む。このドリフト領域4は、例えば、バッファ領域3aと低濃度ドリフト領域3bとを有しており、低濃度ドリフト領域3bの下層にバッファ領域3aが形成されている。すなわち、ドリフト領域4は、低濃度ドリフト領域3bと、低濃度ドリフト領域3bの下層に位置して低濃度ドリフト領域3bと接し、かつ、低濃度ドリフト領域3bよりも不純物濃度の高いバッファ領域3aとを有している。バッファ領域3aは必ずしも必要なものではないが、IGBTの耐圧の向上と導通損失の抑制(IGBTのオン抵抗の低減)のために設けられている。
【0036】
バッファ領域3aの下層には、p+型コレクタ領域2が設けられており、このp+型コレクタ領域2の下層には、コレクタ電極1が設けられている。p+型コレクタ領域2は、例えば、アルミニウムやボロンなどのp型不純物を含むp型半導体領域から構成される。
【0037】
次に、低濃度ドリフト領域3bの内部にはアルミニウムやボロンなどを含むp型半導体領域であるボディ領域5が形成されており、ボディ領域5の内部には窒素やリンなどを含むn+型エミッタ領域6が形成されている。ボディ領域5のコンタクト開口部には、ボディ領域5よりも不純物濃度が高いボディコンタクト領域7が形成されている。
【0038】
続いて、n+型エミッタ領域6、ボディ領域5および低濃度ドリフト領域3bを被覆するようにゲート絶縁膜8が形成されており、このゲート絶縁膜8を被覆するようにゲート電極9が設けられている。そして、n+型エミッタ領域6およびボディコンタクト領域7を被覆するようにエミッタ電極10が設けられており、ゲート電極9とエミッタ電極10とを絶縁するために層間絶縁膜11が形成されている。
【0039】
このように構成されているIGBTにおいては、ドリフト領域4が炭化珪素を主構成材料として含む結果、不可避的に炭素空孔が存在する。そして、具現化態様におけるドリフト領域4では、上述した炭素空孔密度に意図的な分布が存在する。
【0040】
言い換えれば、具現化態様におけるドリフト領域4は、炭素空孔密度が第1密度である低炭素空孔密度領域20と、炭素空孔密度が第1密度よりも高い第2密度である高炭素空孔密度領域30と、低炭素空孔密度領域20と高炭素空孔密度領域30とに挟まれ、かつ、低炭素空孔密度領域20よりも炭素空孔密度が高く、かつ、高炭素空孔密度領域30よりも炭素空孔密度が低い境界領域40とを有している。例えば、第1密度は、1×1013/cm3よりも小さく、第2密度は、1×1013/cm3以上である。
【0041】
このとき、具現化態様において、低炭素空孔密度領域20は、低濃度ドリフト領域3b内に設けられている。一方、高炭素空孔密度領域30は、低濃度ドリフト領域3bの一部とバッファ領域3aに設けられている。そして、境界領域40に含まれる等密度線であって、炭素空孔濃度が第2密度の1/2の密度に対応する等密度線100の位置は、IGBTをターンオフした際にドリフト領域4に延びる空乏層の端部200よりも深い位置にある。ここで、具現化態様においては、等密度線100が低濃度ドリフト領域3b内に存在し、空乏層の端部200も、低濃度ドリフト領域3b内に存在している。
【0042】
例えば、
図1の右側に示すグラフには、ドリフト領域4に含まれる炭素空孔密度の深さ方向の分布(点線)と、コレクタ電極1とエミッタ電極10との間に電源電圧を印加した状態でIGBTをターンオフした場合にドリフト領域4に生じる電界の深さ方向の分布(一点鎖線)とが示されている。この
図1の右側に示すグラフから、炭素空孔密度の低い低炭素空孔密度領域20がドリフト領域4の上面側から延びている。そして、低炭素空孔密度領域20の下層に境界領域40を挟んで、炭素空孔密度の高い高炭素空孔密度領域30が形成されている。このとき、境界領域40内において、炭素空孔密度が高炭素空孔密度領域30の炭素空孔密度の1/2となる等密度線100は、ドリフト領域4に生じる電界が「0」となる空乏層の端部200よりも深い位置に存在している。
【0043】
なお、炭素空孔は、少数キャリア(正孔)を捕獲するトラップ準位として機能する。したがって、炭素空孔密度の低い低炭素空孔密度領域20における少数キャリアの寿命は、炭素空孔密度の高い高炭素空孔密度領域30における少数キャリアの寿命よりも長い。このように具現化態様における半導体装置は、ドリフト領域4が互いに少数キャリアの寿命が異なる領域を含むように構成されたIGBTを有している。
【0044】
<<半導体装置の製造方法>>
続いて、具現化態様における半導体装置の製造方法について説明する。
まず、
図2に示すように、炭化珪素からなるn型のバルク基板12を用意する。そして、バルク基板12の上面上にエピタキシャル成長法によりp
+型コレクタ領域2、バッファ領域3aおよび低濃度ドリフト領域3bを順に成長する。
【0045】
ここで、p+型コレクタ領域2の不純物濃度は、例えば、1×1018/cm3以上である。バッファ領域3aの不純物濃度は、低濃度ドリフト領域3bの不純物濃度よりも高い値である。低濃度ドリフト領域3bの不純物濃度は、例えば、5×1015/cm3未満である。エピタキシャル成長法における温度は、例えば、1700℃以上とし、p+型コレクタ領域2、バッファ領域3aおよび低濃度ドリフト領域3bのそれぞれにおける炭素空孔密度が1×1013/cm3以上となるようにエピタキシャル成長が実施される。低濃度ドリフト領域3bの膜厚は、例えば、IGBTの耐圧が6.5kVクラスの場合、50μm以上100μm以下程度である。また、例えば、IGBTの耐圧が20kVクラスの場合、低濃度ドリフト領域3bの膜厚は、180μm以上250μm以下程度である。
【0046】
次に、
図3に示すように、低濃度ドリフト領域3bの上面から炭素原子をイオン注入する。炭素原子の注入量は、例えば、1×10
15/cm
2以上である。その後、
図4に示すように、熱処理によって炭素原子を低濃度ドリフト領域3bの内部に拡散させる。これにより、低濃度ドリフト領域3bの上面から所定の深さまでの領域に存在する炭素空孔に炭素原子を充填することができ、これによって、当該領域における炭素空孔密度を減少させることができる。このときの熱処理の温度(アニールの温度)は、例えば、1300℃以上であり、熱処理の時間は、例えば、60分以上である。
【0047】
このようにして、
図4に示すように、具現化態様においては、炭素空孔密度が第1密度である低炭素空孔密度領域20と、炭素空孔密度が第1密度よりも高い第2密度である高炭素空孔密度領域30と、低炭素空孔密度領域20と高炭素空孔密度領域30とに挟まれ、かつ、低炭素空孔密度領域20よりも炭素空孔密度が高く、かつ、高炭素空孔密度領域30よりも炭素空孔密度が低い境界領域40とが形成される。なお、
図4においては、例えば、境界領域40に含まれる等密度線100であって、炭素空孔濃度が第2密度の1/2の密度に対応する等密度線100が図示されている。
【0048】
続いて、
図5に示すように、低濃度ドリフト領域3bの上面にボディ領域5、n
+型エミッタ領域6およびボディコンタクト領域7のそれぞれを、例えば、フォトレジストをパターニングマスクとしたイオン注入法により形成する。ボディ領域5の不純物濃度は、例えば2×10
16/cm
3から2×10
18/cm
3程度である。n
+型エミッタ領域6およびボディコンタクト領域7のそれぞれは、例えば、不純物濃度が1×10
19/cm
3以上となるように高濃度に導電型不純物を注入することにより形成する。そして、表面に例えば、炭素で構成される保護膜を形成した後、例えば、1700℃から1900℃の熱処理を行うことによって、イオン注入法により導入した導電型不純物を活性化する。
【0049】
次に、例えば、保護膜を酸素プラズマ処理などによって除去した後、例えば、ウェット酸化法、ドライ酸化法あるいはCVD法(Chemical Vapor Deposition)による酸化シリコン膜の成膜などによって、低濃度ドリフト領域3b上にゲート絶縁膜8を形成する。
【0050】
続いて、ゲート電極9は、ゲート絶縁膜8を形成した後、その直上にCVD法によってポリシリコン膜を成膜するか、あるいは、CVD法によってアモルファスシリコン膜を成膜した後に熱処理でアモルファスシリコン膜をポリシリコン膜に変性させるなどの方法で形成する。そして、CVD法によって酸化シリコン膜からなる層間絶縁膜11を形成した後、例えば、ドライエッチング法を使用することにより、層間絶縁膜11にコンタクト部を開口する。これにより、コンタクト部の底部には、n+型エミッタ領域6およびボディコンタクト領域7が層間絶縁膜11から露出する。
【0051】
その後、例えば、スパッタリング法や金属蒸着法を使用することにより、アルミニウム、チタンあるいはニッケルなどの金属膜からなるエミッタ電極10を形成する。エミッタ電極10の一部は、コンタクト部に埋め込まれており、エミッタ電極10は、n+型エミッタ領域6およびボディコンタクト領域7と電気的に接続されている。
【0052】
なお、エミッタ電極10を形成する前に、コンタクト部の底部で露出するn+型エミッタ領域6およびボディコンタクト領域7の上面を覆うシリサイド層を形成してもよい。シリサイド層は、例えば、サリサイド技術を使用することにより形成できる。
【0053】
次に、
図6に示すように、研削工程によりバルク基板12を除去することで、p
+型コレクタ領域2の下面を露出させる。これにより、p
+型コレクタ領域2、バッファ領域3aおよび低濃度ドリフト領域3bからなる半導体基板を取得することができる。
【0054】
なお、ここでは、半導体基板上のゲート電極9などのデバイス構造を形成してからバルク基板12を除去する例について説明したが、バルク基板12上のドリフト領域4(エピタキシャル成長層)が充分な強度を有する場合は、
図2に示すようにドリフト領域4を形成した後にバルク基板12を除去し、その後、ボディ領域5およびゲート電極9などのデバイス構造を形成するようにしてもよい。
【0055】
続いて、
図7に示すように、p
+型コレクタ領域2の下面にコレクタ電極1を形成する。コレクタ電極1は、例えば、スパッタリング法や金属蒸着法を使用することにより、アルミニウム、チタン、ニッケルあるいは金などの金属膜から形成することができる。ここで、コレクタ電極1を形成する前に、p
+型コレクタ領域2の下面を覆うシリサイド層を形成してもよい。シリサイド層は、例えば、レーザーアニール技術により形成できる。
以上のようにして、具現化態様における半導体装置を製造することができる。
【0056】
具現化態様における半導体装置の製造方法をまとめると以下のようになる。すなわち、具現化態様における半導体装置の製造方法は、ターンオフした際に延びる空乏層の端部がドリフト領域4の内部に留まるIGBTを含む半導体装置の製造方法である。このとき、半導体装置の製造方法は、(a)炭化珪素を構成材料に含むn型のドリフト領域4を形成する工程、(b)ドリフト領域4の上面に炭素原子を導入する工程、(c)炭素原子をドリフト領域4の内部に拡散する工程、を備える。
【0057】
そして、(c)工程後の半導体装置が完成した状態において、ドリフト領域4は、炭素空孔密度が第1密度である低炭素空孔密度領域と、炭素空孔密度が第1密度よりも高い第2密度である高炭素空孔密度領域と、低炭素空孔密度領域と高炭素空孔密度領域とに挟まれ、かつ、低炭素空孔密度領域よりも炭素空孔密度が高く、かつ、高炭素空孔密度領域よりも炭素空孔密度が低い境界領域と、を有する。そして、境界領域に含まれる等密度線であって、炭素空孔濃度が前記第2密度の1/2の密度に対応する等密度線の位置は、ターンオフした際に延びる空乏層の端部よりも深い位置にある。
【0058】
<<製法上の変形例>>
次に、製法上の変形例について説明する。
本変形例では、
図2に示すようにp
+型コレクタ領域2、バッファ領域3aおよび低濃度ドリフト領域3bのそれぞれを順に成長した後、
図8に示すように、熱酸化法により酸化シリコン膜50を形成する。この場合、熱酸化処理によって、低濃度ドリフト領域3bの上面側の炭化珪素が分解する。この結果、分解で生成されたシリコンは、二酸化シリコンとして酸化シリコン膜50が形成される一方、分解で生成された炭素は、具現化態様を示す
図3と同様に、低濃度ドリフト領域3bの上面側に原子として存在する。
【0059】
同時に、熱酸化処理によって、この炭素原子を拡散させることで、低濃度ドリフト領域3bの上面から所定の深さまでの領域に存在する炭素空孔に炭素原子が充填される。この結果、当該領域における炭素空孔密度が減少する。熱酸化処理の温度は、例えば、1300℃以上であり、熱酸化処理の時間は、例えば、60分以上である。
【0060】
その後、例えば、フッ酸を使用して酸化シリコン膜50を取り除いた後、上述した具現化態様と同様にデバイス構造(素子構造)を形成する。
【0061】
このような本変形例における半導体装置の製造方法では、炭素原子の生成と、炭素原子の拡散による炭素空孔への充填とを同一の熱酸化工程で実施することができる。さらに、酸化シリコン膜50を除去する工程は、具現化態様においても基板表面の洗浄工程として実施されるため、本変形例では、少ない工程数で半導体装置を製造できる。
【0062】
<<具現化態様における特徴>>
続いて、具現化態様における特徴点について説明する。
具現化態様における特徴点は、例えば、
図1に示すように、ドリフト領域4の上面側に炭素空孔密度の小さな低炭素空孔密度領域20を形成する一方、ドリフト領域4の下面側に炭素空孔密度の大きな高炭素空孔密度領域30を形成することを前提として、低炭素空孔密度領域20と高炭素空孔密度領域30との間の境界領域40に含まれる等密度線であって、炭素空孔濃度が高炭素空孔密度領域30の炭素空孔密度の1/2の密度に対応する等密度線100の位置が、IGBTをターンオフした際にドリフト領域4に延びる空乏層の端部200よりも深い位置にある点にある。
【0063】
ここで、炭素空孔は、炭化珪素における少数キャリアの寿命を小さくする要因として働くため、炭素空孔密度の小さな低炭素空孔密度領域20における少数キャリアの寿命は、炭素空孔密度の大きな高炭素空孔密度領域30よりも大きくなる。
【0064】
したがって、低炭素空孔密度領域20の存在によって、IGBT動作時のオン抵抗を低減することができる。一方、IGBTのターンオフ時には、ドリフト領域4に延びる空乏層内における残留キャリアは存在しないため、低炭素空孔密度領域20が空乏層内にある限りターンオフ損失には影響しない。この結果、具現化態様における特徴点によれば、IGBT動作時のオン抵抗(オン電圧)と、IGBTのターンオフ時におけるターンオフ損失とのトレードオフの関係を改善することができる。
【0065】
例えば、電圧印加時にIGBTに形成される空乏層の深さWd(cm)は、低濃度ドリフト領域3bとボディ領域5との不純物濃度差が大きく、また、炭化珪素のpn接合に生じるビルトイン電圧が電源電圧よりはるかに小さいため、下記の式で表すことができる。
Wd={(2・εs・Vcc)/(q・Nd)}0.5
【0066】
ただし、電源電圧をVcc(V)、低濃度ドリフト領域3bの不純物濃度をNd(1/cm3)、電子の電荷量をq(C)、炭化珪素の誘電率をεs(F/cm)とする。
【0067】
したがって、低炭素空孔密度領域20の厚さをW(cm)として、具現化態様における特徴点(Wd<W)と上述した関係式とを組み合わせると、特徴点を実現する電源電圧Vccは、以下の条件を満たすことになる。
Vcc<{(q・Nd)/(2・εs)}・W2
【0068】
また、高炭素空孔密度領域30は、「局所ライフタイム制御構造」と呼ばれる少数キャリアの寿命が小さな領域として働く。すなわち、具現化態様において、高炭素空孔密度領域30は、「局所ライフタイム制御構造」を構成している。
【0069】
図9は、「局所ライフタイム制御構造」である高炭素空孔密度領域30における少数キャリアの寿命を変化させたそれぞれの場合でのターンオフ時における電流および電圧の時間変化のシミュレーション結果を示すグラフである。
【0070】
高炭素空孔密度領域30における少数キャリアの寿命を低炭素空孔密度領域20と同じとする場合、つまり、「局所ライフタイム制御構造」がない場合、時間経過とともにコレクタ電流が減少していくが、途中で傾きが緩やかとなり、テイル電流が発生している。
【0071】
これに対し、高炭素空孔密度領域30における少数キャリアの寿命を減少させると、破線で示した5μsの場合は、「局所ライフタイム制御構造」がない場合とほとんど同じ波形となるが、一点鎖線で示した2μsの場合や、二点鎖線で示した0.5μsの場合は、テイル電流が減少していることがわかる。
【0072】
すなわち、高炭素空孔密度領域30における少数キャリアの寿命を2μs程度以下とすることにより、「局所ライフタイム制御構造」によるターンオフ損失の低減効果を得ることができる。このためには、高炭素空孔密度領域30の炭素空孔密度が1×1013/cm3以上であればよい。この点に関し、高炭素空孔密度領域30の炭素空孔密度は、エピタキシャル成長層のアズグロウン状態の炭素空孔密度と同一であるため、エピタキシャル成長時に炭素空孔密度が1×1013/cm3以上となるように成長することで、具現化態様における「局所ライフタイム制御構造」を実現することができる。
【0073】
なお、具現化態様では、炭化珪素を半導体材料に用いている。この場合、少数キャリアの寿命を低減させる要因として働く炭素空孔は、炭化珪素の伝導帯から0.63eVという「深い準位」を形成する。これは、シリコンにおける少数キャリアの寿命を低減させる要因として働く結晶欠陥が形成する準位よりも深い。このため、具現化態様によれば、より高温においても「局所ライフタイム制御構造」を維持してターンオフ損失を低減することができる。IGBTは、パワースイッチング素子であり、大電流を通電して使用する。このため、IGBTの動作時には高温となる。したがって、半導体材料に炭化珪素を使用することにより、高温でも「局所ライフタイム制御構造」の効果を得ることができ、これによって、より広い動作範囲を有するIGBTを得ることができる。
【0074】
以上のことから、具現化態様における特徴点によれば、オン抵抗の低減とターンオフ損失の低減というトレードオフを改善することができる。特に、炭化珪素を半導体材料として使用することにより、高温においてもトレードオフの改善効果が得られる。
【0075】
<<構造上の変形例1>>
次に、本変形例1について説明する。
図10は、本変形例1におけるIGBTのアクティブセルを示す断面図である。
本変形例1におけるIGBTと上述した具現化態様におけるIGBTとの異なる点は、
図10に示すように、本変形例1では、炭素空孔濃度が高炭素空孔密度領域30の炭素空孔密度の1/2の密度に対応する等密度線100の位置がバッファ領域3aの内部にあるとともに、空乏層の端部200もバッファ領域3aの内部にある点である。
【0076】
このようなデバイス構造は、具現化態様におけるIGBTの製造工程のうち、
図4に示す炭素原子を注入した後の熱処理(アニール)において、具現化態様よりも熱処理温度や熱処理時間を大きくして、炭素原子をより深くまで拡散させることで実現される。
【0077】
本変形例1では、
図10に示すように、ドリフト領域4は、低濃度ドリフト領域3bと、低濃度ドリフト領域3bの下層に位置して低濃度ドリフト領域3bと接し、かつ、低濃度ドリフト領域3bよりも不純物濃度の高いバッファ領域3aとを有する。
【0078】
このとき、本変形例1においては、低炭素空孔密度領域20が、バッファ領域3aの一部と低濃度ドリフト領域3bに設けられ、高炭素空孔密度領域30が、バッファ領域3a内に設けられ、等密度線100はバッファ領域3a内に存在し、空乏層の端部200もバッファ領域3a内に存在する。
【0079】
このように構成されているIGBTでは、IGBTをターンオフした際にコレクタ電極1とエミッタ電極10との間のドリフト領域4に生じる電界の深さ方向の分布について、不純物濃度が大きいバッファ領域3aではその傾きが急峻となり、電源電圧を大きくしても空乏層の広がりを抑制することができる。このため、電源電圧を大きくしても、等密度線100の位置を空乏層の端部200の深さよりも大きくすることができる。したがって、本変形例1によれば、具現化態様における電源電圧範囲よりも大きい電源電圧範囲において、オン抵抗の低減とターンオフ損失の低減というトレードオフを改善できる。
【0080】
<<構造上の変形例2>>
続いて、本変形例2について説明する。
図11は、本変形例2におけるIGBTのアクティブセルを示す断面図である。
本変形例2におけるIGBTと上述した具現化態様におけるIGBTとの異なる点は、低濃度ドリフト領域3bとバッファ領域3aとの間に、低濃度ドリフト領域3bよりも不純物濃度が大きく、バッファ領域3aよりも不純物濃度が小さな高濃度ドリフト領域3cを設けている点である。さらに異なる点は、
図11に示すように、本変形例2では、炭素空孔濃度が高炭素空孔密度領域30の炭素空孔密度の1/2の密度に対応する等密度線100の位置が高濃度ドリフト領域3cの内部にあるとともに、空乏層の端部200も高濃度ドリフト領域3cの内部にある点である。
【0081】
このようなデバイス構造は、具現化態様におけるIGBTの製造工程のうち、
図2に示すエピタキシャル成長法を使用した低濃度ドリフト領域3bを形成する際、供給する不純物ドーピングの原料ガスを、始めの所定の期間だけ増やすことで実現できる。または、バッファ領域3aを形成した後に高濃度ドリフト領域3cを成長し、その後、低濃度ドリフト領域3bを形成するようにしてもよい。さらには、バルク基板12上のドリフト領域4が充分な強度を有する場合は、
図5に示すようにp
+型コレクタ領域2、バッファ領域3a、低濃度ドリフト領域3bを順に形成した後にバルク基板12を除去し、その後、p
+型コレクタ領域2の下面側(裏面側)から、例えば、窒素やリンなどのn型不純物(ドナー)をイオン注入することにより高濃度ドリフト領域3cを形成してもよい。
【0082】
本変形例2では、
図11に示すように、ドリフト領域4は、低濃度ドリフト領域3bと、低濃度ドリフト領域3bの下層に位置して低濃度ドリフト領域3bと接し、かつ、低濃度ドリフト領域3bよりも不純物濃度の高い高濃度ドリフト領域3cと、高濃度ドリフト領域3cの下層に位置して高濃度ドリフト領域3cと接し、かつ、高濃度ドリフト領域3cよりも不純物濃度の高いバッファ領域3aとを有する。
【0083】
このとき、本変形例2では、低炭素空孔密度領域20が高濃度ドリフト領域3cの一部と低濃度ドリフト領域3bに設けられ、高炭素空孔密度領域30が高濃度ドリフト領域3cの一部とバッファ領域3aに設けられ、等密度線100は高濃度ドリフト領域3c内に存在し、空乏層の端部200も高濃度ドリフト領域3c内に存在する。
【0084】
このように構成されているIGBTでは、IGBTをターンオフした際にコレクタ電極1とエミッタ電極10との間のドリフト領域4に生じる電界の深さ方向の分布について、不純物濃度が大きい高濃度ドリフト領域3cではその傾きが急峻となり、電源電圧を大きくしても空乏層の広がりを抑制することができる。このため、電源電圧を大きくしても、等密度線100の位置を空乏層の端部200の深さよりも大きくすることができる。したがって、本変形例2によれば、具現化態様における電源電圧範囲よりも大きい電源電圧範囲において、オン抵抗の低減とターンオフ損失の低減というトレードオフを改善できる。
【0085】
また、高濃度ドリフト領域3cの不純物濃度がバッファ領域3aも小さいため、上述した変形例1におけるIGBTよりも、空乏層内の電界の傾きが緩やかになる。したがって、IGBTがターンオフした際に空乏層が高濃度ドリフト領域3cに達した後におけるコレクタ電極1とエミッタ電極10との間に印加される電圧の時間変化について、変形例1におけるIGBTよりもその傾きを緩やかにすることができる。この結果、本変形例2によれば、当該電圧の時間変化によるノイズなどの発生を抑制できる利点が得られる。
【0086】
<<構造上の変形例3>>
次に、本変形例3について説明する。
図12は、本変形例3におけるアクティブセルを示す断面図である。
本変形例3におけるIGBTと上述した具現化態様におけるIGBTとの異なる点は、本変形例3では、ゲート電極9にトレンチ構造を採用している点である。具体的に、本変形例3では、
図12に示すように、表面からn
+型エミッタ領域6およびボディ領域5を貫通するトレンチ15が形成されている。そして、本変形例3では、n
+型エミッタ領域6とトレンチ15を被覆するようにゲート絶縁膜8が形成されており、ゲート絶縁膜8を被覆するようにゲート電極9が設けられている。
【0087】
このようなデバイス構造は、具現化態様におけるIGBTの製造工程のうち、ボディ領域5、n+型エミッタ領域6およびボディコンタクト領域7を形成し、イオン注入法によって導入した導電型不純物を活性化した後、例えば、ドライエッチング法によりトレンチ15を形成することにより実現することができる。
【0088】
本変形例3におけるIGBTでは、トレンチゲート構造によりセルピッチを縮小することができるため、単位面積当たりのチャネル密度を向上できる結果、IGBTのオン抵抗を低減することができる。また、チャネルとしてトレンチ15の側面の結晶面を使用するが、炭化珪素においては、トレンチの側面におけるチャネル移動度が大きいため、セルピッチの縮小効果との相乗効果によって、さらなるオン抵抗の低減を図ることができる。
【0089】
以上、本発明者によってなされた発明をその実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0090】
1 コレクタ電極
2 p+型コレクタ領域
3a バッファ領域
3b 低濃度ドリフト領域
3c 高濃度ドリフト領域
4 ドリフト領域
5 ボディ領域
6 n+型エミッタ領域
7 ボディコンタクト領域
8 ゲート絶縁膜
9 ゲート電極
10 エミッタ電極
11 層間絶縁膜
12 バルク基板
15 トレンチ
20 低炭素空孔密度領域
30 高炭素空孔密度領域
40 境界領域
50 酸化シリコン膜
100 等密度線
200 端部