IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ NDFEB株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-ネオジム積層焼結磁石 図1
  • 特開-ネオジム積層焼結磁石 図2
  • 特開-ネオジム積層焼結磁石 図3
  • 特開-ネオジム積層焼結磁石 図4
  • 特開-ネオジム積層焼結磁石 図5
  • 特開-ネオジム積層焼結磁石 図6
  • 特開-ネオジム積層焼結磁石 図7
  • 特開-ネオジム積層焼結磁石 図8
  • 特開-ネオジム積層焼結磁石 図9
  • 特開-ネオジム積層焼結磁石 図10
  • 特開-ネオジム積層焼結磁石 図11
  • 特開-ネオジム積層焼結磁石 図12
  • 特開-ネオジム積層焼結磁石 図13
  • 特開-ネオジム積層焼結磁石 図14
  • 特開-ネオジム積層焼結磁石 図15
  • 特開-ネオジム積層焼結磁石 図16
  • 特開-ネオジム積層焼結磁石 図17
  • 特開-ネオジム積層焼結磁石 図18
  • 特開-ネオジム積層焼結磁石 図19
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024016680
(43)【公開日】2024-02-07
(54)【発明の名称】ネオジム積層焼結磁石
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/057 20060101AFI20240131BHJP
   H01F 41/02 20060101ALI20240131BHJP
   B22F 3/00 20210101ALI20240131BHJP
   B22F 7/06 20060101ALI20240131BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20240131BHJP
【FI】
H01F1/057 170
H01F41/02 G
B22F3/00 F
B22F7/06 D
C22C38/00 303D
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022118976
(22)【出願日】2022-07-26
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、環境省、CO2排出削減対策強化誘導型技術開発・実証事業「EV、FCV駆動モーター用高効率低価格ネオジム鉄ホウ素積層磁石一体製法の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】514193960
【氏名又は名称】NDFEB株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000475
【氏名又は名称】弁理士法人みのり特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐川 眞人
(72)【発明者】
【氏名】溝口 徹彦
【テーマコード(参考)】
4K018
5E040
5E062
【Fターム(参考)】
4K018AA27
4K018BA18
4K018EA01
4K018EA21
4K018JA12
4K018KA45
5E040AA04
5E040BD01
5E040CA01
5E062CD04
5E062CG02
(57)【要約】
【課題】高い磁気特性と優れた高電気抵抗性を有するネオジム積層焼結磁石の提供。
【解決手段】単位ネオジム焼結磁石が複数枚積層され、各単位ネオジム焼結磁石同士が接合層を介して接合されて一体化したものであって、前記接合層が、希土類リッチな領域を含んでおり、かつ、該希土類リッチな領域は電気的絶縁性を有する。この接合層の厚さは1.0μm以上200μm以下であることが好ましい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
単位ネオジム焼結磁石が複数枚積層され、各単位ネオジム焼結磁石同士が接合層を介して接合されて一体化したネオジム積層焼結磁石であって、
前記ネオジム積層焼結磁石の接合層が、希土類リッチな領域を含んでおり、かつ、該希土類リッチな領域が電気的絶縁性を有することを特徴とするネオジム積層焼結磁石。
【請求項2】
前記の接合層の厚さが1.0μm以上200μm以下であることを特徴とする請求項1に記載のネオジム積層焼結磁石。
【請求項3】
前記の希土類リッチな領域が、前記接合層中に連続的および/または断続的に存在していることを特徴とする請求項1又は2に記載のネオジム積層焼結磁石。
【請求項4】
前記接合層中に、50重量%以上のFeを含むFeリッチメタル領域が存在しており、当該Feリッチメタル領域が、前記接合層を介して隣接する単位ネオジム焼結磁石の間を連結していることを特徴とする請求項1又は2に記載のネオジム積層焼結磁石。
【請求項5】
前記ネオジム積層焼結磁石の表面から50μm未満の表層領域の希土類元素の総量の重量%と、表面から50μm以上離れた内部領域の希土類元素の総量の重量%との差が、1重量%未満であることを特徴とする請求項1又は2に記載のネオジム積層焼結磁石。
【請求項6】
前記接合層に存在する希土類リッチな領域中に、重希土類元素としてDy元素、Tb元素の少なくともいずれか一方が存在しており、該重希土類元素が、各単位ネオジム焼結磁石のNdFe14B結晶の粒界相に沿って、各接合層から、隣の接合層側に向かって拡散していることを特徴とする請求項1又は2に記載のネオジム積層焼結磁石。
【請求項7】
CGS単位系で表された最大磁気エネルギー積(BH)max(MGOe)と保磁力iHc(kOe)の和が70以上である磁気特性を有することを特徴とする請求項1又は2に記載のネオジム積層焼結磁石。
【請求項8】
前記接合層と直交するネオジム積層焼結磁石の外側面が、対向する少なくとも一対の外側面もしくは全ての外側面において0.1mm以下の平坦度を有することを特徴とする請求項1又は2に記載のネオジム積層焼結磁石。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はネオジム積層焼結磁石に関する。特に、電気自動車の主機モータなど大型モータや発電機に使用されるネオジム積層焼結磁石に関する。
【背景技術】
【0002】
ネオジム焼結磁石は、1982年に本願発明者らによって発明され(特公昭61-34242)、それまでの高特性永久磁石材料の代表格であったサマリウムコバルト系磁石の磁気特性をはるかに凌駕するばかりでなく、ネオジム(Nd:希土類元素の一種)、鉄及びボロンなど資源的に豊富な原料を主成分とするため廉価であり、理想的な永久磁石材料として着実に市場を拡大してきた。その用途はコンピュータ用HDD(ハード・ディスク・ドライブ)、 磁気ヘッド駆動用モータ(VCM:ボイスコイルモーター) 、高級スピーカ、ヘッドホン、電動補助型自転車、ゴルフカート、永久磁石式磁気共鳴診断装置(MRI)など多岐にわたる。さらに近年ではハイブリッド自動車(HEV)や電気自動車(EV)の主機モータ、省エネルギー・低騒音型大型家電製品(クーラーや冷蔵庫)・エレベーターやその他の産業用モータにおいても急速に実用化が進められている。
【0003】
一般にネオジム焼結磁石は高い磁気特性を有するが、温度特性が良くないという欠点を有する。特に保磁力の温度特性は重要である。家電や産業用モータに使用される場合、コイル電流に起因する温度上昇を避けることはできない。また、モータ電機子から逆磁界が作用するため、温度が上昇して保磁力が小さくなると永久磁石に不可逆減磁が生じる。不可逆減磁を防ぐためには予め保磁力を高くしておくしかない。
【0004】
ネオジム焼結磁石が見出された後、保磁力などの特性改善のため、添加元素(特許第1606420号等)・熱処理(特許第1818977号等)・結晶粒径コントロール(特許第1662257号等)などの効果が明らかにされてきたが、保磁力の向上に最も効果的なのは重希土類元素(Dy,Tb)の添加であった(特許第1802487号)。重希土類元素を多量に用いれば保磁力は確実に増加するが、飽和磁化が低下して最大エネルギー積が低下する。また、Dy,Tbは資源が希少で高価であり、今後とも大きな需要が見込まれているHEV、EVや産業用・家庭用モータをまかなうことは難しい。
【0005】
その後、下記特許文献1等にて、合金組成の中にDy/Tb等を添加するのではなく、焼結体を作製して外部にDy/Tb等の金属や化合物を塗布し、Dy/Tbの重希土類元素を熱処理によって焼結体内部の結晶粒界に拡散させる、粒界拡散法により飽和磁化や最大エネルギー積の低下をほとんど招来することなしに保磁力だけを高める方法が見いだされた。
【0006】
一方、HEV、EV用磁石として、運転中の渦電流発生による損失を低減して、磁石中の発熱を抑えて磁石の温度上昇を低減するため、磁石を分割して積層したネオジム焼結磁石の提案がなされている。この提案の一例では、例えば下記特許文献2において、厚さ5mmのネオジム焼結磁石にDyのフッ化物粉末を塗布して、Ar中、900℃で1時間加熱して粒界拡散処理(GBD処理)を施し、その後、この分割磁石を18個重ねてモータ回転子の磁石挿入孔に挿入してエポキシ樹脂で固めた。このようにして作製した回転子を装着したIPMモータが提案された。
【0007】
今後、自動車の電動化がますます進んでいく中で、主機モータに使うネオジム焼結磁石には、最高の磁気特性を維持したままコストを極限まで下げること、磁石に含まれるDyとTbを資源的に許される極限までその使用量を低減することが望まれている。しかし現状では、EVおよびHEVで使われているネオジム磁石にはDyやTbが一定量含まれており、製造コストの低減も十分ではない。その一つの理由は上述したEVおよびHEV用ネオジム焼結磁石の省Dyおよび省Tbが十分でないからである。
【0008】
さらに、モータ中に使われる鉄心材料であるケイ素鋼板は、モータ運転中に発生する過電流損低減のため、厚さ0.5mm以下で所定形状に打ち抜き積層して使われる。同じモータの中で使われるNd-Fe-B焼結磁石も、薄く打ち抜いて使えれば渦電流損が極限まで低減できて望ましいがそれは不可能である。そこで電気自動車の主機モータに使われるネオジム焼結磁石は上述の公知例(特許文献2)のように、厚さ5mm程度の分割磁石として使用に供される。厚さ5mmの磁石は大きな塊の磁石(ブロック磁石という)から機械加工により切り出すので加工コストと材料歩留り低下によるコストがかかってくる。その上、厚さ5mm程度の積層体では渦電流損低減効果は不十分である。単位ネオジム焼結磁石の厚さを5mmにすると積層しない塊の磁石よりも渦電流損が低減するが、まだ十分に低減されない。単位ネオジム焼結磁石の厚さを5mmの半分以下、すなわち2.5mm以下に薄く加工して積層化した磁石を使えば、モータに発生する渦電流損は大きく低減されることが期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第4450239号公報
【特許文献2】特開2011-78268号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、高い磁気特性と優れた高電気抵抗性を有するネオジム積層焼結磁石を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明のネオジム積層焼結磁石は、単位ネオジム焼結磁石が複数枚積層され、各単位ネオジム焼結磁石同士が接合層を介して接合されて一体化したものであって、
前記ネオジム積層焼結磁石の接合層が、希土類リッチな領域を含んでおり、かつ、該希土類リッチな領域が電気的絶縁性を有することを特徴とするものである。
尚、本明細書においては、積層磁石を形成する1枚ずつの薄板状磁石を単位ネオジム焼結磁石と呼ぶことにする。また、接合とは接着剤等を使用して1枚ずつの単位ネオジム磁石を一体化するいわゆる接着するものではなく、ホットプレス法などにより冶金学的に接合一体化することを意味する。したがって、本発明による接合では接合層には接着剤のような有機物は存在しない。
又、本明細書において「希土類リッチな領域」とは、Nd、Pr、Dy、Tb等の希土類元素の含有量が多く(50重量%以上)存在する領域をいい、酸化物、フッ化物、酸フッ化物、炭化物等の化合物からなる電気的絶縁性を有する接合領域をいう。ここで電気的絶縁性とは、ネオジム焼結磁石の比電気抵抗である1.4x10-6Ω・mよりも少なくとも二桁以上大きい数値とした。比抵抗が二桁以上異なるとそこを流れる電流値は二桁以上小さくなり、渦電流損失を大きく低減できるからである。
なお、本発明のネオジム積層磁石の接合層中に占める「希土類リッチな領域」の割合(体積割合)は20%以上あれば絶縁効果が出てくるが、この希土類リッチな領域が占める割合は好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、できれば90%以上が好ましい。なお、この割合は接合層断面のEDS(エネルギー分散型X線分光法)による元素分析により確認することができる。
【0012】
又、本発明は、上記の特徴を有したネオジム積層焼結磁石において、前記の接合層の厚さが1.0μm以上200μm以下であることを特徴とするものであり、接合層の厚さは1.0μm以上100μm以下が好ましく、1.0μm以上50μm以下がより好ましく、2.0μm以上30μm以下の平均厚みが特に好ましい。接合層厚さの上限を200μmとしたのは、これを超えると焼結磁石部分の実質的体積比率が低下し、残留磁束密度Brがはなはだしく低下するからである。
【0013】
又、本発明は、上記の特徴を有したネオジム積層焼結磁石において、前記の希土類リッチな領域が、前記接合層中に連続的および/または断続的に存在していることを特徴とするものである。即ち、本発明のネオジム積層焼結磁石の接合層は、連続的および/または断続的な希土類リッチな領域を含む相である。
【0014】
又、本発明は、上記の特徴を有したネオジム積層焼結磁石において、前記接合層中に、50重量%以上のFeを含むFeリッチメタル領域が存在しており、当該Feリッチメタル領域が、前記接合層を介して隣接する単位ネオジム焼結磁石の間を連結していることを特徴とするものである。
本明細書において「Feリッチメタル領域」とは、Feが多く(50重量%以上)存在し、Nd、Pr、Dy、Tb等の希土類元素の化合物が実質的に存在していない相をいう。
【0015】
又、本発明は、上記の特徴を有したネオジム積層焼結磁石において、当該ネオジム積層焼結磁石の表面から50μm未満の表層領域の希土類元素の総量(合計量)の重量%と、表面から50μm以上離れた内部領域の希土類元素の総量(合計量)の重量%との差が、1重量%未満であることを特徴とするものである。この重量%の差は、0.8重量%以下が好ましく、0.5重量%以下がより好ましく、0.3重量%以下が特に好ましい。
【0016】
又、本発明は、上記の特徴を有したネオジム積層焼結磁石において、前記接合層に存在する希土類リッチな領域中に、重希土類元素としてDy元素、Tb元素の少なくともいずれか一方が存在しており、該重希土類元素が、各単位ネオジム焼結磁石のNdFe14B結晶の粒界相に沿って、各接合層から、隣の接合層側に向かって拡散(GBD拡散)していることを特徴とするものでもある。
【0017】
又、本発明は、上記の特徴を有したネオジム積層焼結磁石において、CGS単位系で表された最大磁気エネルギー積(BH)max(MGOe)と保磁力iHc(kOe)の和(以下、これをマジックナンバー「MN」と表記することがある)が70以上である磁気特性を有することを特徴とするものでもある。
【0018】
更に、本発明は、上記の特徴を有したネオジム積層焼結磁石であって、前記接合層と直交するネオジム積層焼結磁石の外側面が、対向する少なくとも一対の外側面もしくは全ての外側面において0.1mm以下の平坦度を有することを特徴とするものでもある。
【発明の効果】
【0019】
本発明にかかるネオジム積層焼結磁石は、高い磁気特性と優れた高電気抵抗性を有しており、従来と同程度のコストで製造することができ、世界最高の磁気特性と自動車用途としての十分な電気的絶縁性を有しており、今後爆発的な伸長が期待されるEVやHEV用磁石に適用されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明にかかるネオジム積層焼結磁石の製造方法を示す図である。
図2】単位ネオジム焼結磁石の積層体を型及びパンチと共に装置内部にセットした際の状態を示す図である。
図3】円柱状サンプルのデフォーム試験後の外観を示す写真である。
図4】接合試験に用いたホットプレス装置の外観を示す写真である。
図5】接合試験に使用した装置の断面図である。
図6】接合試験の前後における単位ネオジム焼結磁石の状況を示す写真である。
図7】実施例1にかかるネオジム積層焼結磁石の接合面のSEM写真である。
図8】実施例1にかかるネオジム積層焼結磁石の接合面において希土類化合物等が連続的に分布している部分(希土類リッチな領域)のEDS写真である。
図9】実施例1にかかるネオジム積層焼結磁石の接合面においてFeリッチメタル領域が接合面を跨ぐ形で分布している部位のEDS写真である。
図10】GBDペーストを単位ネオジム焼結磁石表面に塗布するための治具(図10a)、GBDペースト塗布時の様子(図10b)、GBDペースト塗布後の単位ネオジム焼結磁石を積層したカセット(図10c)の写真である。
図11】実施例1および実施例2にかかるネオジム積層焼結磁石の写真である。
図12】比較例1にかかる破損したネオジム積層焼結磁石の写真である。
図13】渦電流損失評価用C型ヨークおよび測定システムの概要を示す図である。
図14】渦電流評価に供するために表面を絶縁テープで覆い磁界発生方向に直交する面にサーチコイルを巻いてある渦電流評価用サンプルの写真である。
図15】C型コイルに評価用サンプルをセットした状態の写真である。
図16】5Arms電流で励磁した時の周波数200Hzまでの渦電流評価結果を示すグラフである。
図17】2Arms電流で励磁した時の周波数500Hzまでの渦電流評価結果を示すグラフである。
図18】実施例3にかかるNPLP法(新プレスレスプロセス:New-PressLess Process)で作製した単位ネオジム焼結磁石を使用して作製したネオジム積層焼結磁石の外観を示す写真である。
図19】実施例7にて作製した凸レンズ形状のネオジム積層焼結磁石の外観を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明者らはまず、高い磁気特性と優れた高電気抵抗性を有するネオジム積層焼結磁石を得るために、ネオジム積層焼結磁石の製造方法についてあるべき姿を考察した。その検討モデルを図1に示す。
最初にネオジム焼結体からなる単位ネオジム焼結磁石の積層体を準備する。ここで単位ネオジム焼結磁石の製造方法としては、より大きな焼結体から切り出す方法や焼結後の姿そのものが単位ネオジム焼結磁石形状になるように製造する方法がある。この積層体を体積が限定された空間、具体的には製品形状に合わせた空間を有する型内部に配置し、高温に加熱しつつ圧力を印加することにより、単位ネオジム焼結磁石間の接合と同時に積層体を加圧方向およびその方向と直交する2方向に型内壁までデフォーム(変形)させる。これにより、製品形状に限定された空間にネオジム積層焼結磁石体を実質100%の割合で占めさせることができるので、残空間が無くこのネオジム積層焼結磁石の磁気特性は通常の同一形状を有する一体型磁石と同じ高い残留磁束密度を実現できる。デフォームできるか否か、接合できるか否か、低融点Ndリッチ相が溶出して型と溶着を起こすか否か等がこの検討モデルの実現可否を決定するが、本発明者らはこの製造方法を確立し、その性能評価でも最高の磁気特性を有するとともに完全ネットシェイプの加工レス・低コスト製品を世に送り出すことを可能にした。
【0022】
第1の見極めポイントは単位ネオジム焼結磁石を高温高圧力下でデフォームできるかどうかである。その理由は、単位ネオジム焼結磁石を構成する主相結晶粒のサイズは一般的には10μm以下で平均5μm前後、その磁石組織中の存在比率は90%以上であり、かつその主相結晶は正方晶NdFe14B型金属間化合物なので、主相自体はほとんど塑性変形を期待できないからである。ただし、第2相たる低融点Ndリッチ相を介した主相の結晶滑りの可能性は存在するが結晶粒径が1μm以上における塑性変形が可能であるとの報告はまだない。これを見極めるために行った実験の模様を図2に示す。また使用した単位ネオジム焼結磁石の成分を表1に示す。
【0023】
【表1】
【0024】
ここで、単位ネオジム焼結磁石の準備は以下の通り行った。まず表1の成分を有するSC合金を用意し、水素解砕後、0.6MPaの高圧窒素ガス雰囲気中でジェットミル粉砕を行った。ジェットミル粉砕装置への原料供給速度を調整し、かつ粉砕後の微粉末の分級条件を変更することにより、平均粒径(D50)の調整は可能であり本実験においては平均粒径3μmの原料粉末を使用した。この粉末をカーボン製モールド中に充填密度3.6g/ccで充填し、4Tのパルス磁界を印加することにより粉末結晶粒のc軸方向を1方向に揃えた後、焼結炉中にセットして10-4Pa以下の真空雰囲気下、985℃の温度で4時間焼結を行って、サイズが約50mmx約70mmx厚み20mm(配向方向)のブロック状磁石を得た。このようにして得られた焼結体を7mmx7mmx7mm(配向方向)の立方体形状に加工し、磁気特性を評価した。
【0025】
その結果、Br=14.1kG、iHc=16.1kOe、(BH)max=47.7MGOe、磁気的配向度Br/4πMs=0.965であった。このブロック磁石からφ15mm、厚さ6mm(配向方向)の円柱形ネオジム焼結磁石を加工により準備した。これを内径φ20mmのカーボン製円筒形型の内部に配置し、上下に型内寸法よりやや小さめのカーボン製パンチを取りつけ、全体を株式会社シンターランド製Spark Plasma Sintering(以下、SPS)装置LABOX-325R(最大加圧力30kN、最大パルス電流出力2.5kA)内に装填した。型の内壁およびパンチとサンプルとの接触面には厚さ0.2mm程度のカーボンシートを挟んだ。ここでSPS処理中の雰囲気はロータリーポンプで到達できる20Pa程度の真空中とした。SPS装置では上下のパンチを通じて型、ワークに大電流を流し、発生するジュール熱により加熱しつつ上下パンチを通じて圧力を印加することにより加工する。本実験では上パンチに開けた穴に熱電対を挿入し、サンプル上部の温度を測定しつつ温度制御を行った。
【0026】
表2に実験条件と得られた結果を、また図3に実験後のサンプル写真を示す。本実験では室温からSPS加工温度までの昇温速度を25℃/分に固定し、加圧力は実験開始の初期加圧力を最大加圧力と同じ10MPaから40MPaまで変化させたときのサンプル厚み方向(圧力印加方向)の変位量を測定した。合わせて、実験終了後におけるサンプル側面からの低融点Ndリッチ相の溶出有無も示した。なお、図3からわかるように本実験のいずれのケースでも焼結体自体にワレやヒビなどの欠陥は見られなかった。
【0027】
【表2】
【0028】
この実験から次のことを明らかにした。まず、ネオジム焼結体はワレ欠けを生じさせることなくデフォーム可能である。そして最高温度が800℃の場合には10MPaの圧力でも7%を超える変位量を達成できる。一方で100℃低い700℃では20MPaの圧力を加えても3.81%の変位しか得られず、さらに30MPa、40MPaと圧力を上げるとともに変位量は4.54%、5.13%と上昇するものの、800℃、10MPaにおける7%超の変位量までは届かない。すなわち、変位量の大きさは圧力よりも温度因子が強く影響することが分かった。また、低融点Ndリッチ相のサンプル側面からの溶出状況については実験No.1とNo.2では液相が溶出したが(図3参照)、温度が700℃と同一である加圧力30MPa以上のNo.3、No.4では溶出は見られなかった。すなわち、低融点Ndリッチ相溶出の有無は温度だけではなく圧力条件も重要な役割を担っており、圧力が高いほど液相の溶出は起こらないという現象を見出すことができた。一般的に、圧力が高いほど液相成分が外に出やすいと考えられるため本結果は想定外であり、現在そのメカニズム解明を行っているところである。いずれにせよ焼結体のデフォーム時に低融点Ndリッチ相の溶出が発生しないということは、デフォームにより焼結体が型の内壁に到達した際に溶出した低融点Ndリッチ液相と型とが反応してサンプルおよび型を破損するリスクを低減できることを意味している。以上より温度と圧力の条件を適切に選択することにより焼結体から低融点Ndリッチ相の溶出を起こさせずにネオジム焼結体をデフォームできる可能性を見出した。
【0029】
次に第2の見極めポイントであるユニット焼結磁石積層体の接合の可否を調査した。図4は、使用したホットプレス実験装置の外観を示す写真であり、また図5は、装置の構成断面図を示す図である。尚、図5の装置の中央に設けられた試料空間はφ15mmx長さ10mmである。
本実験に使用した単位ネオジム焼結磁石は先の実験に使用した焼結体と同一の焼結体ブロックから加工によりφ15mmx厚さ1.5mm(配向方向)のサイズに切り出したものであり、これを8枚積層してその接合可否を調べた。雰囲気はAr雰囲気中、圧力を印加する前に850℃の温度まで加熱し、油圧プレスで40MPaまで印加する実験を行った(図6)。本実験の結果、8枚の単位ネオジム焼結磁石の積層体は強固に接合され一体化した。その接合強度を評価したところ、ブロック状のネオジム焼結磁石と同程度であった。
【0030】
これらの実験結果から上記第1及び第2の見極めポイントを共にクリアすることができ、当初想定した加工レスネオジム積層焼結磁石の実現に目途がたった。
本発明者らは以上の実験により得られた知見を基に本発明を完成させ、本発明のネオジム積層焼結磁石を製造することができた。
【0031】
以下、複数枚の単位ネオジム焼結磁石が積層され、高温下(例えば700~950℃)で接合一体化かつデフォームされた本発明のネオジム積層焼結磁石について説明する。
まず初めに単位ネオジム焼結磁石を準備する。常法に従い、所定の成分となるように作製されたSC合金を粗粉砕、微粉砕、成形、配向、焼結することにより作製するが、本発明においては、単位ネオジム焼結磁石形状よりも大きな形状のネオジム焼結磁石体から切断等の加工により所定の形状サイズにする方法、またより好ましくは本願発明者等によりなされたNPLP法(特許第6280137号)によりその形状サイズの単位ネオジム焼結磁石を焼結上がりの状態で得る方法、の両者を採用することができる。単位ネオジム焼結磁石の厚みは種々選ぶことが可能であり薄ければ薄いほど渦電流損失の低減には有効であるが、生産性、コストの観点からは、加工する場合は材料ロス、加工コストとの関係で、NPLP法の場合は粉末充填性および生産性の観点から、単位ネオジム焼結磁石の厚みは0.5mm以上3mm以下が適切であり、より好ましくは1mm以上2.5mm以下を選択することが望ましい。厚さ0.5mm未満だと製造性が困難となり、厚さ3mm超だと絶縁性が不足するからである。又、ブロック状のネオジム焼結磁石体から切断等の加工を行って単位ネオジム焼結磁石を得る場合も、上記と同様の厚みとすることが好ましい。
【0032】
微粉末の平均粒径(D50)としては保磁力特性の観点から10μm以下、また粉砕性の観点からは1μm以上が好ましいが、より好ましくは5μm以下、2μm以上が適切である。粉末成型後の磁界印加により正方晶系NdFe14B型結晶を主とする微粉末のc軸方位をそろえ焼結体の磁気特性を向上させるが、そのc軸結晶配向度は90%以上でなければならない。90%未満だと磁気特性特に残留磁束密度Brが低下しEV用モータ等に適用する場合に十分な磁力を供給することができないからである。また、この結晶配向された方向は単位ネオジム焼結磁石の主面、すなわちネオジム積層焼結磁石の積層方向と直交する面に平行かつ一方向でなければならない。これにより、ネオジム積層焼結磁石の積層面を跨ぐ方向に発生する渦電流は積層面に形成された電気絶縁性化合物(酸化物、フッ化物、炭化物等)からなる高電気抵抗層により寸断され、渦電流損失を大幅に低減できるからである。
【0033】
次にこのように準備された単位ネオジム焼結磁石を複数枚積層した積層体を構成する。積層体の積層数は単位ネオジム焼結磁石の厚みと最終的な製品寸法との兼ね合いで決定する。例えば、単位ネオジム焼結磁石の厚みが2mm、最終製品の積層方向サイズが30mmの場合には、単純計算により少なくとも15枚の単位ネオジム焼結磁石を積層する必要があるが、加圧方向と直交する2方向への変形を考慮すると16枚あるいは17枚もしくはそれ以上の積層数が必要となる。積層数の決定は、最終製品形状から計算された製品体積を単位ネオジム焼結磁石の体積で割ることにより見出すことができる。
【0034】
単位ネオジム焼結磁石を所定枚数積層する場合に、その積層間に必要に応じてシリコーングリスなどの粘着剤、DyやTb等重希土類元素を含むフッ化物、酸化物や炭化物、LiFやCaFなどのフッ化物、SiOやAl等の酸化物、CaCO等の炭酸塩、Ca(OH)等の水酸化物、BaTiOの磁器粉末等を挿入することは、生産効率の向上や電気絶縁性の向上に有効である。特にDyやTb等の重希土類を含む化合物を挿入することはネオジム積層焼結磁石の磁気特性、特に保磁力の向上にとって極めて有効である。
【0035】
こうして準備した単位ネオジム焼結磁石積層体を、内部が製品の形状サイズに設計された型にセットする。型の材質はカーボン、耐熱合金などが選択可能であり、その表面にはBN等の溶着防止用材料等をコーティングすることも型の寿命向上に有効である。この積層体、型および積層体に上下から圧力を加えるパンチをホットプレス(HP)装置あるいはSpark Plasma Sintering (SPS)装置といった雰囲気制御が可能で、1000℃程度までの高温に加熱しつつ高い圧力を印加することができる装置内にセットする。本発明では主としてSPS装置を使用して検討を行ったが、得られた結果の本質はHP装置でも同様であることは言うまでもない。最適な接合デフォーム条件は原料合金組成によって調整する必要があるが、加熱温度としては700℃以上かつ焼結体の焼結温度以下、加圧力は25MPa以上100MPa未満が好ましい。700℃未満の温度では焼結体のデフォーム速度が遅く接合体にひび割れが発生する等、生産性が伴わない。また焼結温度以上では低融点Ndリッチ相の溶出が顕著で積層体と型との溶着がはなはだしく積層体および型の損耗が激しい上に磁石成分の変化が大きく磁気特性が劣化するからである。加圧力25MPa未満では上記可能性検証段階で明らかになった低融点Ndリッチ相の溶出が発生し型との溶着が発生する、また100MPa以上の場合にはそのような大きな加圧力を印加できる装置が巨大となって量産に不向きだからである。
【0036】
こうして作製したネオジム積層焼結磁石は、接合面に酸化膜やフッ化物膜等が形成され接合層を跨ぐ電流の流れを遮断する。DyあるいはTb等の重希土類元素からなるフッ化物、酸化物を挟んだ場合には接合デフォーム工程後に追加熱処理を施すことで粒界拡散(Grain Boundary Diffusion、以下GBD)を生じさせ、保磁力特性を大幅に向上させることができる。通常の焼結体表面からその内部にGBDさせるのと同様、一般的に良く知られているようにGBD処理温度は800℃以上、950℃未満、またGBD処理時間は5時間から20時間が必要である。GBD処理時の雰囲気は真空中で良い。ここでGBD処理温度が800℃未満の場合には保磁力の向上が十分ではなく、950℃以上の場合にはBr低下を引き起こす。また、熱処理時間が5時間未満の場合には保磁力向上が不十分であり、20時間を超える場合には生産性が悪くなる。
【0037】
本発明にかかるネオジム積層焼結磁石にはその特殊な工程に起因する特徴的な構造が生成している。ここでは以下に示す試験を実施しその組織的特徴を明らかにした。まず、表1に記載の成分を有する焼結体を作製し、そこからφ14.5mm、厚さ1.3mm(配向方向)の円形焼結体を準備し、これらを3枚積み重ねたトータル厚さ3.9mmの積層体を4組構成した。積層体の2つの層間に表3に示す酸化物、フッ化物の混合ペーストを2等分して各層間に塗布した。その際これら粉末を層間に塗布しやすくするよう流動パラフィンを適量混ぜ合せスラリー状にして塗布した。この塗布量は焼結体重量に対してTb量が0.5wt%になるように設定した。試験3においては、Tb:Nd=1:1の元素比となるようにし、又、試験4においてはTbFとTbからのTb量が等量かつその合計が0.5wt%となるように秤量した。
【0038】
【表3】
【0039】
この3層積層体を図2に示した円柱形の型に装填し、上記と同じSPS装置LABOX-325Rを使用して最高温度700℃、加圧力50MPa条件で接合デフォームさせた。3枚の積層体は完全に接合されており、周囲からのNdリッチ相の溶出は観測されず、厚み方向寸法は3.9mmから3.6mmないし3.7mmにまで縮小し変形率6%程度のデフォーム加工であった。この積層一体化焼結体を真空中で890℃、20時間のGBD熱処理を行った後、サンプル厚み方向に垂直に切断し接合面(接合層の断面)を含む断面組織観察を行った。使用した測定装置はHITACHI製SU3500走査型電子顕微鏡(SEM)およびHORIBA製EMAX ENERGY EX-250エネルギー分散型X線分析装置(EDS)である。
【0040】
図7には倍率100倍、500倍、1000倍、2000倍で撮影したSEM組成像を示す。ここでは原子番号が重い元素が多く存在する領域は白く、逆に軽い元素が多い領域は黒くなるので、白っぽい領域は希土類元素を多く含む領域、黒っぽい領域はこれが比較的少ない領域であることがわかる。図7では接合面に沿って白っぽい領域が形成されていることが視認でき、ここには希土類元素が多く存在することがわかる。その厚みの5視野、各視野3点の合計15点で計測した厚みの平均値が、前記の表3に示されている。表3に示されるように、接合面(接合層)厚さの平均値は、DyFやTbF等のフッ化物塗布材が最も薄い4μm弱、TbとNdの酸化物混合材が最も厚い18.5μmであった。
【0041】
次に、試験4で作製したネオジム積層焼結磁石の切断面において倍率1000倍でEDS測定を行って得た元素マッピング結果を図8図9に示す。接合面の大部分の領域(希土類リッチな領域)では図8に示すようにNd、Pr、O、Fが接合面に沿って連続的に存在しており、ここではFeは存在していない。一方、図9が示す領域(接合面の一部に存在するFeリッチメタル領域)ではFeが多く存在し、Nd、Pr、O、Fはほとんど存在しない。すなわち、接合面は形態的には厚みが8.60μmの連続した構造を有しているように見えるが、実は希土類酸化物、希土類フッ化物からなる領域(希土類リッチな領域)とFeリッチな領域から構成されていることが判明した。
以上の観察結果は試験4だけではなく試験1から3においても同様に観測されており、ネオジム積層焼結磁石特有の構造である。すなわち、希土類酸化物やフッ化物は電気抵抗が高いため接合面トータルの電気抵抗率を向上させると同時に、Feリッチな領域が、接合層を介して隣接する単位ネオジム焼結磁石の間を跨ぐようにしてブリッジ状に強固に連結し、ネオジム積層焼結磁石の高強度を担保する役目を担っているとみなすことができる。
【実施例0042】
以下、本発明のネオジム積層焼結磁石の具体的態様について実施例および比較例をもって詳述するが、本発明の内容はこれに限定されるものではない。
[実施例1および実施例2]
【0043】
以下の表4に示す組成のSC合金を作製した。これを水素解砕後、カプリル酸メチルを0.05wt%混合して撹拌機Piccoloを使用し混錬および粗粉砕を行った。粗粉砕後の原料をホソカワミクロン株式会社製ジェットミル装置MJT-LABにて窒素雰囲気下ジェットミル粉砕を行った。粉砕圧力は0.6MPa、分級ローターの回転数を調整することにより平均粒径D50を3μm前後に定めた。こうして得た微粉末原料にラウリン酸メチル0.07wt%を混合して撹拌機Piccoloで混錬し焼結前原料とした。これをカーボン容器に充填密度3.6g/ccで充填後、最大4Tのパルス磁界を複数回印加して粉末粒子を配向させた。この配向体をカーボンモールドごと焼結炉に投入し、真空中で1030℃、4時間の焼結を行いブロック状の焼結体を得た。これから切り出した7mm立方体形状の評価用サンプルを用いて日本電磁測器株式会社製パルスBHトレーサーPBH―1000にて評価した結果、残留磁束密度Br=13.8kG、保磁力iHc=19.9kOeであった。
【0044】
【表4】
【0045】
又、上記ブロック状の焼結体から、目標サイズ15.24mmx4.24mm(配向方向)x1.8mmの単位ネオジム焼結磁石を加工により所定枚数準備した。これとは別に、積層間に塗布する材料を準備した。その成分は表3に示した試験1および試験4である。今回は単位ネオジム積層焼結磁石の積層数を24とした。またこの積層体を装填する型の内形は目標製品サイズ、具体的には、15.5(±0.1)mmx5.0(±0.05)mm(配向方向)に設定し、加圧方向サイズは上下パンチをセットできるように目標製品サイズ以上の長さを確保した。
【0046】
その後、試験1及び試験4用の塗布物質を層間に塗布して2種類の24枚積層体を作製した。それぞれを実施例1および実施例2とする。その作製方法の概要を図10に示す。まず、10a)に示す塗布用の治具を準備する。この治具には単位ネオジム焼結磁石寸法よりも少し小さ目の貫通孔が開いている。この貫通孔の厚みは均一にその穴に塗布材料を充填すれば所定の塗布量になるように設計されている。10b)に示すようにして、貫通孔に沿って塗布材料を充填してヘラで上面をこすり取り計算値の塗布量になるように調整する。その後この治具を取り去り、塗布材料が塗布された単位ネオジム焼結磁石を取り出して重ねていくが、その際に10c)に示されるような積層体保持治具を準備すれば積層体の運搬などに便利である。もちろん、塗布用治具はこれに限られない。要は所定量の塗布材料が塗れてそれを簡単に取り出せて積層出来るようなものであればよい。
【0047】
次にこのようにして準備した実施例1および実施例2それぞれの24枚1組の積層体を上記製品寸法に合わせて作製したSPS用のカーボン製型にセットした。型は、SPS処理後のサンプル取出しを容易にするために割り型構造とした。この割り型に上下パンチを合わせつつ積層体をセットした。割り型を使用するので割り型を保持するためのいわゆるダイも必要である。このようにして組み上げた単位ネオジム焼結磁石積層体、上下パンチ、割り型、ダイを株式会社シンターランド製SPS装置(LABOX-325R)内にセットし、上パンチには温度測定用のK熱電対を取りつけた。SPS装置内をロータリーポンプで真空に引きながら20Pa程度の真空度まで排気した後、上下パンチを介して数百Aの大電流を通電しながら熱電対表示が850℃になるまで加熱した。温度が850℃に到達した後、上下パンチにより単位ネオジム焼結磁石積層体に65MPaの圧力を印加し、接合デフォーム処理を行った。この実験では塗布材料が実施例1と実施例2とで異なる積層体をSPS処理したがSPS加熱加圧条件は同一とした。その結果を図11に、また最終寸法を表5に示す。
【0048】
【表5】
【0049】
このようにこれら二つのネオジム積層焼結磁石の寸法形状はほぼ同じで外見上も全く区別がつかない。加圧方向と平行に存在する対向する2対の外側面(すなわち、積層状態が視認できる2対の外側面)の平坦度を、センサーヘッド径が0.05mmの表面粗さ計で評価したところ、センター値を中心にしてプラスマイナス0.05mmの範囲に入っていることを確認した。これは、積層段階で不可避的に生じる積層ずれがSPS過程により各単位ネオジム焼結磁石が変形により型内面に押し付けられこの積層ずれが修復されたことによるものである。よって、本発明では、外側面に研磨や研削等の機械加工を施さなくても、外側面は平坦である。これにより、ネオジム積層焼結磁石のサイズは型内面で規定される寸法と同寸法となり、その密度はほぼ100%と見積もることができる。このことにより、上記の高いBr特性が得られるわけである。
【0050】
このSPS工程後のネオジム積層焼結磁石には後工程として真空中で890℃、20時間のGBD処理を施した。その結果得られた実施例1および実施例2にかかるネオジム積層焼結磁石の磁気特性を加工レスでそのままのサイズで評価した結果を表6に示す。
この際使用した測定装置は株式会社玉川製作所製の高感度振動試料型磁力計TM-VSM70100-SMS装置であり、超電導磁石コイルにより最大8Tの磁界を印加して特性を評価した。
【0051】
【表6】
【0052】
以上の結果より、本実施例にかかるネオジム積層焼結磁石は非常に高い磁気特性を有すること、実施例1と実施例2とは層間に積層するTb化合物の種類が異なるが、Tb含有量を同一に調整すれば、同等の保磁力が得られることも判明した。
【0053】
[比較例1]
温度条件を945℃、加圧力30MPaに変更した以外は実施例1と同じ条件でSPS処理を行った結果を図12に示す。液相が溶出し割り型との反応が見られるとともに、サンプルの上面および中央部に接合面を跨ぐワレが発生した。これは適切な温度範囲を超えかつ加圧力が低かったために低融点Ndリッチ相が溶出して割り型と接触、反応し、冷却途上でワレが生じた結果である。
【0054】
比較例1は加熱温度、加圧力条件が適切でなく、低融点Ndリッチ粒界相の溶出が顕著であったため、磁石成分が変化している可能性がある。この溶出はネオジム積層焼結磁石内部から型内壁に向かって起こっていることから、ネオジム積層焼結磁石の部位による成分の違いが生じている可能性がある。そこで内壁に近い磁石表面から50μm未満の表層部位と磁石中心部(表面から50μm以上離れた領域)とで成分の違いがあるか否かについて、SEM-EDXの倍率を50倍程度の低倍率で調査した。表7に、実施例1の場合と比較して、主な元素に関する結果を掲載する。
【0055】
【表7】
【0056】
この結果から、比較例1の場合には、表層近くの成分は希土類元素の総量が34wt%程度であるのに対して内部は約30wt%と少なくなっており、その差は約4wt%あることがわかる。念のため実施例1でも同様の分析を行ったが、表層部と内部での、比較例1のような大きな希土類元素の総量の差異は認められなかった(差は0.11wt%)。これはNdリッチ粒界相の溶出を制御した本願発明にかかるネオジム積層焼結磁石の特徴と言える。
【0057】
比較例1にかかるネオジム積層焼結磁石についても取り出し可能な最大サイズ(15.5mmx5.0mmx20.0mm)のサンプルについて真空中で890℃、20時間の追加熱処理を行い磁気特性を取得した。その結果を表8に示す。
【0058】
【表8】
【0059】
表6より実施例にかかるネオジム積層焼結磁石においては非常に高い磁気特性が得られており、保磁力iHcと最大磁気エネルギー積(BH)maxとの総和Magic Number(以下、MNと表記する)は77以上と世界最高の性能が得られた。一方で、低融点Ndリッチ相が溶出して破損された比較例1の試料では、Br特性は高いものの、希土類元素含有量が低下したことに起因すると考えられるiHc特性および角型性が劣化するためにMNは69弱となり(表8)、普通の手法で得られる平凡な磁気特性にとどまった。
【0060】
[実施例3および実施例4]
表1に示す組成AのSC原料を使用し、表3の試験1および試験4の塗布材料を使用して0.5wt%のTb量となるように単位ネオジム焼結磁石の積層体を準備して、SPS条件として加熱温度700℃、SPS加圧力を65MPaとしたこと以外は実施例1および実施例3と同様の条件でネオジム積層焼結磁石を作製した。その磁気特性を表9に示す。
【0061】
【表9】
【0062】
実施例1および実施例2同様、非常に高い磁気特性を示した。その接合面断面観察の結果、それぞれは図8および図9で示した接合面の特徴、すなわち実施例3においては接合層の平均厚みは3.71μm、実施例4では8.60μmであり、かつ、両実施例とも図9で示すFeリッチメタル相領域および、図8及び図9で示す希土類酸化物および希土類フッ化物相が見られた。接合層断面のEDSによる元素分析の結果、実施例3のネオジム積層焼結磁石における接合層中に占める希土類リッチな領域の体積割合は約20%であり、実施例4のネオジム積層焼結磁石における接合層中に占める希土類リッチな領域の体積割合は約80%であった。
この異なる希土類化合物層を有する実施例3および実施例4にかかるネオジム積層焼結磁石について、渦電流損失の測定を行った。その際には表10に示すようにブロック磁石から加工によりほぼ同形状に作製した連続体ネオジム焼結磁石と、単位ネオジム焼結磁石を樹脂接着により積層し、ほぼ同形状に作製した樹脂接着磁石も同時に測定した。これにより、本発明にかかるネオジム積層焼結磁石の渦電流損失の程度を積層していない場合と完全絶縁された樹脂接着の場合とを比較した。
【0063】
【表10】
【0064】
本測定に用いた測定システムを図13に示す。まず、円形断面を有する積層鉄心からなるC型ヨークを準備し、これに積層サンプルをセットする9mmギャップを設けた。このC型ヨークを励磁するコイルをギャップと反対側のヨーク周囲に取付け、測定対象サンプルには図14で示すようにターン数50のサーチコイルをC型ヨークが発生する磁界方向、すなわち配向方向と直交するように設けた。C型ヨークには交流大電流を流すため、図15のように固定して測定を行った。測定結果を図16および図17に示す。
図16には電流値5Aの場合の周波数200Hzまでの渦電流損失の周波数依存性を示す。ここから、まず樹脂接着サンプルの渦電流損失が最も小さく、連続体サンプルが最も大きいという当然の結果が得られた。その上で、接合層の高電気抵抗膜の平均厚みが3.71μmの渦電流損失は連続体の渦電流損失とほぼ同等であること、一方で平均厚みが8.60μmの場合では損失レベルは樹脂接着サンプルと同等であることが判明した。
一方で、図17には、より小さい電流値2Aで、より高い周波数500Hzの場合の結果を示すが、ここでは全体的傾向は図16と同じであるが、平均厚み3.71μmでも連続体サンプルに対して損失の低下が見られることが分かる。一般的に周波数が高くなると磁界が入り込む距離、いわゆるスキンデプスが小さくなるので、高抵抗膜厚みが小さくても磁界分断効果が高まり渦電流損失の低下が顕在化してくると予想される。すなわち、励磁周波数が高くなると高電気抵抗膜厚3.71μmでも渦電流損失低減に効果が出てくると考えられる。
【0065】
[実施例5および実施例6]
本実施例では本発明者らが以前に考案したNPLP法(New-PressLess Process、特許第6280137号、WO2016/047593)により、以下の表11の組成Cを有する単位ネオジム焼結磁石10個を作製し、SPS装置を使用した接合・デフォーム処理試験を実施した。NPLP法により作製した単位ネオジム焼結磁石の重量、サイズ等を表12に示す。
【0066】
【表11】
【0067】
【表12】
【0068】
1個1個の単位ネオジム焼結磁石の重量、サイズは同一ではなく、重量のバラツキもあればサイズも異なっている。しかし、これに表3試験2の塗布材料を層間に塗布しつつ積層し、加熱温度850℃、加圧力60MPaのSPS処理を施すことにより、幅15.91mm、配向方向7.61mm、加圧方向厚さ17.05mmの直方体形状ネオジム積層焼結磁石を作製し、さらにこれに真空中で875℃、16時間のGBD処理を行い磁気特性を評価した(実施例5)。図18に実施例5にかかるネオジム積層焼結磁石の写真を、表13に得られた磁気特性を示す。また、表12と同程度の重量、寸法バラツキを有する10枚の単位ユニット焼結磁石を積層する際に表3の試験5の塗布材料を使用した場合の磁気特性を同じく表13に示す(実施例6)。各実施例における型に押し付けられた対抗面の平坦度は上記と同様の計測方法で評価したところ、最大で0.1mmであり、切断により単位ネオジム積層磁石を準備した場合とほぼ同じであった。
【0069】
【表13】
【0070】
このように、塗布材料としてTb化合物を使用してもDy化合物を使用しても高いBrを有しつつ、保磁力も約20kOe以上、MNも77.8および74.0という世界最高の磁気特性を有するネオジム積層焼結磁石を得た。これにより、単位ネオジム焼結磁石の作製方法は、NPLP法であれ加工であれ、コスト的に優位な方法で準備すれば足り、磁気特性そのものは層間に挟むGBD塗布材料を適切に選択すればよいことがわかる。
【0071】
これまでの実施例で、SPS加工後にGBD処理を実施することで高い保磁力が得られることを示したが、その理由は次の通りである。すなわち、単位ネオジム焼結磁石の積層時の層間にGBD塗布材料を挟むが、その後のSPS処理によるGBD処理工程へのデメリットは観察されていない。むしろ、GBD処理に伴うDyやTbといった重希土類元素の拡散距離が最大で2.5mm程度、すなわち単位ネオジム焼結磁石の厚み程度と短く、製品形状がどのようなサイズでも均一な磁気特性が得られるからである。
【0072】
[実施例7]
前記の組成Bを有する厚さ2mmのレンズ形状単位ネオジム焼結体を準備し、これを22枚積層して試験3の塗布材料を積層間に塗布してSPS試験により得たネオジム積層焼結磁石の写真を図19に示す。
このようにして作製したネオジム積層焼結磁石の、レンズ形状の上下凸長面における平坦度はプラスマイナス0.34mm、レンズ左右短面側の平坦度はプラスマイナス0.09mmであった。すなわち左右短面側(レンズの厚みが薄くなった端部)が先に変形して型内部に突き当たり、そこで変形が止まったと考えられる。このネオジム積層焼結磁石の特性を測定したところ、レンズ形状という複雑な形状の製品でも、磁気特性含めてその他の寸法も問題ないネオジム積層磁石を得ることができることが確認された。
【0073】
尚、本発明では、単位ネオジム焼結磁石の積層体(加圧を行う前の積層物)を型内部の空間に配置した時に当該積層体の周囲にできる隙間、即ち、積層体と型内壁との間の間隙を、加圧によって積層体が変形する際に積層体の全表面が同時に型内壁と接するように各方向の変形率を考慮して単位ネオジム焼結磁石を製造することにより、製品サイズと同等形状の内部空間を有する型を用いてネオジム積層焼結磁石を製造することが有効である。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明のネオジム積層焼結磁石は、高い磁気特性と優れた高電気抵抗性を有しており、各種の家電製品用モータ、産業用モータの他、特にEV(電気自動車)やHEV(ハイブリッド自動車)用磁石として利用できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19