(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024166986
(43)【公開日】2024-11-29
(54)【発明の名称】車両の制御装置
(51)【国際特許分類】
B60L 7/24 20060101AFI20241122BHJP
B60L 15/20 20060101ALI20241122BHJP
B60T 8/17 20060101ALI20241122BHJP
B60T 8/1761 20060101ALI20241122BHJP
B60T 8/1755 20060101ALI20241122BHJP
【FI】
B60L7/24 D
B60L15/20 Y
B60T8/17 C
B60T8/1761
B60T8/1755 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023083467
(22)【出願日】2023-05-19
(71)【出願人】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001380
【氏名又は名称】弁理士法人東京国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岸 達彦
【テーマコード(参考)】
3D246
5H125
【Fターム(参考)】
3D246AA01
3D246AA05
3D246AA06
3D246AA09
3D246BA08
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3D246GB01
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3D246HC13
3D246JA04
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3D246JB02
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3D246JB22
3D246LA15Z
5H125AA01
5H125AB01
5H125AC12
5H125BA00
5H125CA02
5H125CA08
5H125CA15
5H125CB02
5H125CB07
5H125DD15
5H125DD16
5H125EE44
5H125EE53
5H125EE63
(57)【要約】
【課題】回生ブレーキの有効な活用を通じて電費の向上を図る。
【解決手段】
前輪および後輪の間のトルク配分率を変更するトルク配分率変更手段と、前輪および後輪のうち、電動モータが発電動作を行う回生ブレーキ時に電動モータの回生制動トルクが伝達される制動輪の路面グリップ状態を判定するグリップ状態判定手段と、を備える。制動輪の全部または一部に路面グリップ状態の低下が生じた場合に(S201~S206)、前輪および後輪のうち、路面グリップ状態の低下が生じた制動輪以外の車輪に対するトルク配分率を増大させる(S207)。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
発電動作可能な電動モータを駆動源に備える車両の制御装置であって、
前輪および後輪の間で前記電動モータから伝達されるトルクの配分率であるトルク配分率を変更するトルク配分率変更手段と、
運転者によるブレーキ操作に応じた運転者要求制動トルクを設定する要求制動トルク設定手段と、
前記要求制動トルク設定手段により設定された運転者要求制動トルクをもとに、前記電動モータにその発電動作により生じさせる目標回生制動トルクを設定する目標回生制動トルク設定手段と、
前記目標回生制動トルク設定手段により設定された目標回生制動トルクをもとに、回生ブレーキ時に前記電動モータが行う発電動作を制御する制動時モータ制御手段と、
前記前輪および前記後輪のうち、前記回生ブレーキ時に前記電動モータの回生制動トルクが伝達される制動輪の路面グリップ状態を判定するグリップ状態判定手段と、を備え、
前記トルク配分率変更手段は、前記制動輪の全部または一部に前記路面グリップ状態の低下が生じた場合に、前記前輪および前記後輪のうち、前記路面グリップ状態の低下が生じた制動輪以外の車輪に対する前記トルク配分率を増大させる、車両の制御装置。
【請求項2】
前記トルク配分率変更手段は、
前記前輪か前記後輪かの一方に前記電動モータのトルクが伝達される二輪駆動モードと、前記前輪および前記後輪の双方に前記電動モータのトルクが伝達される四輪駆動モードと、を切替可能に構成され、
前記二輪駆動モードでの前記回生ブレーキ時に、前記制動輪である前記前輪または前記後輪に前記路面グリップ状態の低下が生じた場合に、前記四輪駆動モードに切り替える、請求項1に記載の車両の制御装置。
【請求項3】
車両の減速度を検出する減速度検出手段をさらに備え、
前記グリップ状態判定手段は、前記減速度検出手段により検出された減速度をもとに、前記路面グリップ状態を判定する、請求項1に記載の車両の制御装置。
【請求項4】
前記制動輪のスリップ率である制動スリップ率を検出するスリップ率検出手段をさらに備え、
前記グリップ状態判定手段は、前記スリップ率検出手段により検出された制動スリップ率をもとに、前記路面グリップ状態を判定する、請求項1に記載の車両の制御装置。
【請求項5】
前記グリップ状態判定手段は、アンチロックブレーキシステムの作動をもって前記路面グリップ状態の低下を判定する、請求項1に記載の車両の制御装置。
【請求項6】
前記グリップ状態判定手段は、前記運転者要求制動トルクが前記回生制動トルクの最大値である最大回生制動トルク以下である場合に、前記制動輪のスリップ状態をもとに、前記路面グリップ状態の低下を判定する、請求項1に記載の車両の制御装置。
【請求項7】
前記グリップ状態判定手段は、車両の旋回時における前記制動輪の横滑り状態をもとに、前記路面グリップ状態の低下を判定する、請求項1に記載の車両の制御装置。
【請求項8】
前記トルク配分率変更手段は、前記制動輪の横滑りが大きいときほど、前記制動輪以外の車輪に対する前記トルク配分率を増大させる、請求項7に記載の車両の制御装置。
【請求項9】
前記トルク配分率変更手段は、前記制動輪の横滑りが大きいときほど、前記制動輪以外の車輪に対する前記トルク配分率の変化速度を上昇させる、請求項7または8に記載の車両の制御装置。
【請求項10】
前記トルク配分率変更手段は、前記路面グリップ状態の低下による前記トルク配分率の変更後、前記路面グリップ状態が回復した場合に、前記トルク配分率を調整する、請求項1に記載の車両の制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回生ブレーキを備えた車両の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
二輪駆動モードと四輪駆動モードとを切替可能に構成された車両において、低摩擦路面の道路(以下「低μ路」という場合がある)の駆動走行中に、駆動輪のタイヤにスリップが生じたことを検知した場合に、二輪駆動から四輪駆動に切り替える技術が存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前掲文献1に関連して、ABS(アンチロックブレーキシステム)が作動した場合に、二輪駆動に切り替える技術も存在する。しかし、二輪駆動では駆動輪のロックにより制動スリップ率が100%となるいわゆるスリップ状態には至らないまでも、タイヤの路面グリップ力の低下により充分な回生制動トルクが得られない場合があり、電費向上の観点からは改善の余地がある。
【0005】
このような実情に鑑み、本発明は、回生ブレーキの有効な活用を通じて電費の向上を図ることのできる車両の制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記の課題を解決するため、本発明の一形態に係る車両の制御装置は、発電動作可能な電動モータを駆動源に備える車両の制御装置であって、前輪および後輪の間で前記電動モータから伝達されるトルクの配分率であるトルク配分率を変更するトルク配分率変更手段と、運転者によるブレーキ操作に応じた運転者要求制動トルクを設定する要求制動トルク設定手段と、前記要求制動トルク設定手段により設定された運転者要求制動トルクをもとに、前記電動モータにその発電動作により生じさせる目標回生制動トルクを設定する目標回生制動トルク設定手段と、前記目標回生制動トルク設定手段により設定された目標回生制動トルクをもとに、回生ブレーキ時に前記電動モータが行う発電動作を制御する制動時モータ制御手段と、前記前輪および前記後輪のうち、前記回生ブレーキ時に前記電動モータの回生制動トルクが伝達される制動輪の路面グリップ状態を判定するグリップ状態判定手段と、を備える。前記トルク配分率変更手段は、前記制動輪の全部または一部に前記路面グリップ状態の低下が生じた場合に、前記前輪および前記後輪のうち、前記路面グリップ状態の低下が生じた制動輪以外の車輪に対する前記トルク配分率を増大させる。
【発明の効果】
【0007】
本発明の一形態によれば、回生ブレーキ時に制動輪の全部または一部の路面グリップ状態に低下が生じた場合に、前輪および後輪のうち、路面グリップ状態の低下が生じた制動輪以外の車輪に対するトルク配分率を増大させる。これにより、電動モータに対してより大きな回生制動トルクを作用させ、電動モータを最大回生またはこれに近い状態で作動させることが可能となる。よって、回生ブレーキの有効な活用を通じて電費の向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本発明の一実施形態に係る車両の駆動システムの構成を示す概略図である。
【
図2】同上実施形態に係る駆動システムの制御構成を示す概略図である。
【
図3】同上実施形態に係るブレーキコントローラの内部構成を示す概略図である。
【
図4】同上実施形態に係る駆動モード切替制御の全体的な流れを示すフローチャートである。
【
図5】同上切替制御における四輪駆動モード切替判定処理の内容を示すフローチャートである。
【
図6】ブレーキ操作量に対する目標回生制動トルク、目標摩擦制動トルクおよび運転者要求制動トルクの関係を示す説明図である。
【
図7】車両のアンダーステア量と多板クラッチの締結速度との関係を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に図面を参照して、本発明の実施の形態について説明する。
【0010】
(車両の駆動システムの構成)
図1は、本発明の一実施形態に係る車両の駆動システムSの構成を示す概略図である。
【0011】
本実施形態に係る駆動システムSは、内燃エンジン1および電動モータ2を車両の駆動源とするハイブリッド式の駆動システム(以下「ハイブリッド駆動システム」という)Sである。
【0012】
電動モータ2は、発動機として力行を行うことも発電機として回生を行うことも可能に構成された、いわゆるモータジェネレータである。ハイブリッド駆動システムSは、二次電池であるバッテリ21を備え、電動モータ2は、力行時には、バッテリ21から電力の供給を受けて作動し、トルクを出力する一方、回生時には、発電した電力によりバッテリ21を充電する。
【0013】
車両は、左右一対の前輪Wfa、Wfbと、左右一対の後輪Wra、Wrbと、を備え、内燃エンジン1および電動モータ2の出力トルクを前輪Wfa、Wfbに伝達するとともに、後輪Wra、Wrbに伝達することが可能である。
【0014】
本実施形態では、内燃エンジン1および電動モータ2に対し、前輪Wfa、Wfbについては常にトルクを伝達可能な状態に接続される一方、後輪Wra、Wrbについては選択的にトルクを伝達可能な状態で接続されている。
【0015】
具体的には、内燃エンジン1および電動モータ2とリアディファレンシャル3とを繋ぐ、前後方向に延びる駆動軸4に締結クラッチ5が介装され、締結クラッチ5の締結状態を制御することで、内燃エンジン1および電動モータ2の出力トルクのうち、後輪Wra、Wrbに伝達される割合(以下「トルク配分率」という)を調整することが可能である。適用可能な締結クラッチ5として、電子制御式の多板クラッチを例示することができる。
【0016】
ハイブリッド駆動システムSは、内燃エンジン1および電動モータ2の出力トルクを、前輪Wfa、Wfbおよび後輪Wra、Wrbのうち、前輪Wfa、Wfbのみに伝達させる二輪駆動モードと、前輪Wfa、Wfbおよび後輪Wra、Wrbの双方に伝達させる四輪駆動モードと、を状況に応じて切り替えて、車両を駆動する。
【0017】
後輪Wra、Wrbは、リアディファレンシャル3に対し、左右方向に延びる車輪駆動軸6a、6bを介して接続されている。具体的には、リアディファレンシャル3に対し、右後輪Wraは右側の車輪駆動軸6aを介して、左後輪Wrbは左側の車輪駆動軸6bを介して接続されている。
【0018】
前輪Wfa、Wfbおよび後輪Wra、Wrbは、車両を減速させるための前輪ブレーキ装置7a、7bを備えるとともに、後輪ブレーキ装置8a、8bを備える。前輪ブレーキ装置7a、7bおよび後輪ブレーキ装置8a、8bは、摩擦ブレーキであり、例えば、ディスクブレーキである。ディスクブレーキは、車輪Wfa、Wfb、Wra、Wrbと一体に回転するブレーキディスクをその両側からキャリパにより挟み込むようにして摩擦を生じさせる構成であり、キャリパの駆動が油圧式の倍力装置(以下「ブレーキ作動アクチュエータ」という)71a、71b、81a、81bによることから、油圧ブレーキということもできる。
【0019】
ブレーキ装置7a、7b、8a、8bは、いずれも同一の形式(例えば、ディスクブレーキ)であってもよいが、前輪Wfa、Wfbと後輪Wra、Wrbとで、異なる形式のものを採用することも可能である。例えば、前輪ブレーキ装置7a、7bにディスクブレーキを採用する一方、後輪ブレーキ装置8a、8bにドラムブレーキを採用する。
【0020】
車両を減速させる際にハイブリッド駆動システムSが二輪駆動モードにある場合は、前輪Wfa、Wfbから電動モータ2にトルクが伝達され、前輪Wfa、Wfbのタイヤと路面との間の摩擦力、換言すれば、前輪Wfa、Wfbの路面に対するグリップ力(以下「路面グリップ力」という)に応じた回生制動トルクが電動モータ2に作用する。これに対し、四輪駆動モードにある場合は、前輪Wfa、Wfbおよび後輪Wra、Wrbの双方から電動モータ2にトルクが伝達され、前輪Wfa、Wfbおよび後輪Wra、Wrbの路面グリップ力に応じた回生制動トルクが電動モータ2に作用する。
【0021】
ハイブリッド駆動システムSは、制御システムの要素として、ハイブリッドコントローラ101を備えるとともに、ブレーキコントローラ201および4WDコントローラ301を備える。ハイブリッドコントローラ101は、内燃エンジン1および電動モータ2の動作に加え、バッテリ21の充電および放電を制御する。ブレーキコントローラ201は、ブレーキ装置7a、7b、8a、8bの動作を制御する。4WDコントローラ301は、締結クラッチ5の動作を制御する。
【0022】
(駆動システムの制御構成)
図2は、ハイブリッド駆動システムSの制御構成を示す概略図である。
【0023】
ハイブリッドコントローラ101、ブレーキコントローラ201および4WDコントローラ301は、相互に通信可能に接続されている。本実施形態では、車両の走行状態または運転状態を検出する状態センサとして、運転者によるアクセル操作量APOを検出するアクセルセンサ501、車輪Wfa、Wfb、Wra、Wrbの回転速度である車輪速WSPを検出する車輪速センサ502、運転者によるブレーキ操作量BRKを検出するブレーキセンサ503、車両の前後方向における加速度ACCを検出する加速度センサ504および車両のヨーレートRyを検出するヨーレートセンサ505等が設けられるとともに、4WD選択スイッチ506が設けられる。運転者は、4WD選択スイッチ506の操作により、二輪駆動モードと四輪駆動モードとを自己の選択により切り替えることが可能である。車輪速センサ502は、前輪Wfa、Wfbおよび後輪Wra、Wrb夫々の回転速度WSPを検出するものであり、車輪Wfa、Wfb、Wra、Wrbごとに設置される。アクセル操作量APOは、運転者によるアクセルペダルの踏込量として、ブレーキ操作量BRKは、運転者によるブレーキペダルの踏込量として検出される。これらの各種センサ501~505およびスイッチ506の出力信号は、いずれもブレーキコントローラ201に入力される。
【0024】
ブレーキコントローラ201は、アクセル操作量APOおよびブレーキ操作量BRK等、入力した各種のセンサ情報をもとに、ブレーキ作動アクチュエータ71a、71b、81a、81bを介して前輪ブレーキ装置7a、7bおよび後輪ブレーキ装置8a、8bの動作を制御するとともに、ハイブリッドコントローラ101および4WDコントローラ301に対して制御信号を出力する。
【0025】
(ブレーキコントローラの内部構成)
図3は、ブレーキコントローラ201の内部構成を示す概略図である。
【0026】
要求制動トルク設定部211は、ブレーキセンサ503により検出されたブレーキ操作量BRKをもとに、運転者要求制動トルクTbrk_tを設定する。後に述べるように、運転者要求制動トルクTbrk_tは、電動モータ2による回生制動トルクTbrk_rとブレーキ装置7a、7b、8a、8bによる摩擦制動トルクTbrk_fとの合計トルクである。基本的には、運転者要求制動トルクTbrk_tが比較的小さい緩減速時には回生制動トルクTbrk_rのみによる制動を図り、運転者要求制動トルクTbrk_tが比較的大きい急減速時には回生制動トルクTbrk_rと摩擦制動トルクTbrk_fとの双方による制動を図る。
【0027】
目標回生制動トルク設定部212は、運転者要求制動トルクTbrk_tをもとに、電動モータ2にその発電動作により生じさせる回生制動トルクの目標値である目標回生制動トルクTbrk_rを設定する。ブレーキコントローラ201は、ハイブリッドコントローラ101に対して目標回生制動トルクTbrk_rに応じた指令信号を出力する。ハイブリッドコントローラ101は、目標回生制動トルクTbrk_rをもとに電動モータ2およびバッテリ21の動作を制御し、電動モータ2は、目標回生制動トルクTbrk_rを生じさせる制動動作、つまり、発電動作を行い、バッテリ21は、発電により生じた電力を充電する。
【0028】
制動時モータ制御部213は、運転者要求制動トルクTbrk_tをもとに、ブレーキ装置7a、7b、8a、8bにより生じさせる摩擦制動トルクの目標値である目標摩擦制動トルクTbrk_fを設定する。本実施形態において、目標摩擦制動トルクTbrk_fは、運転者要求制動トルクTbrk_tに対する目標回生制動トルクTbrk_rの不足分として設定する。ブレーキコントローラ201は、目標摩擦制動トルクTbrk_fをもとにブレーキ装置7a、7b、8a、8bの動作を制御し、ブレーキ装置7a、7b、8a、8bは、目標摩擦制動トルクTbrk_fを生じさせるようにブレーキ作動アクチュエータ71a、71b、81a、81bを駆動する。
【0029】
減速度検出部214は、加速度センサ504により検出された加速度ACCをもとに、車両の前後方向における減速度DECを検出する。
【0030】
スリップ率検出部215は、制動輪のスリップ率である制動スリップ率Rslpを検出する。ここで、制動輪とは、前輪Wfa、Wfbおよび後輪Wra、Wrbのうち、電動モータ2が発電動作を行う回生ブレーキ時に電動モータ2の回生制動トルクが伝達される車輪をいい、本実施形態において、二輪駆動モードでは前輪Wfa、Wfbが相当し、四輪駆動モードでは前輪Wfa、Wfbおよび後輪Wra、Wrbの双方が相当する。
【0031】
制動スリップ率Rslpの算出は、適宜の方法によることが可能であり、例えば、対象とする制動輪(例えば、前輪Wfa、Wfb)の車輪速WSPfから求められる車両走行速度(以下「車速」という)VSP1と、それ以外の車輪(例えば、後輪Wra、Wrb)の車輪速WSPrから求められる車速VSP2と、の差分(=VSP1-VSP2)として算出する。これに代え、個々の車輪を対象として、制動輪の角速度ωおよびタイヤ有効半径rから求められる車輪回転距離と車速VSPとの差分の、車速VSPに対する比率(=(V-ω×r)/V)として算出することも可能である。
【0032】
グリップ状態判定部216は、制動輪のグリップ状態を判定する。本実施形態において、制動輪のグリップ状態は、車両の減速度DECの単位時間当たりの変化量である減速度変化量Vdecおよび制動スリップ率Rslpをもとに判定する。全体的な傾向として、減速度変化量Vdecが運転者要求制動トルクTbrk_tに応じた変化量未満であるとき、換言すれば、減速度変化量Vdecが最大回生制動トルクTbrk_rに対して見積もられる予測値に満たない場合や、制動輪にスリップが発生している場合に、制動輪のグリップ状態が低下しており、電動モータ2による回生制動が最大限発揮されていない状態にあると判定する。
【0033】
トルク配分率変更部217は、グリップ状態判定部216の判定結果に応じてトルク配分率を変更する。具体的には、制動輪の全部または一部にグリップ状態の低下が生じた場合に、前輪Wfa、Wfbおよび後輪Wra、Wrbのうち、グリップ状態の低下が生じた制動輪以外の車輪に対するトルク配分率を増大させる。本実施形態では、二輪駆動モードでの回生ブレーキ時に、制動輪である前輪Wfa、Wfbにグリップ状態の低下が生じた場合に、四輪駆動モードに切り替える。
【0034】
(駆動モード切替制御の内容)
図4は、本実施形態に係る駆動モード切替制御の全体的な流れを示すフローチャートである。
図5は、
図4に示すフローチャートのS106で実施される処理(駆動モード切替判定処理)の内容を示すフローチャートである。
【0035】
S101では、アクセル操作量APOおよびブレーキ操作量BRK等、各種のセンサ情報を読み込む。
【0036】
S102では、運転者要求駆動トルクTbrk_tを算出する。
【0037】
S103では、目標回生制動トルクTbrk_rを算出する。
【0038】
S104では、目標摩擦制動トルクTbrk_fを算出する。
【0039】
目標摩擦制動トルクTbrk_fの算出は、運転者要求制動トルクTbrk_tから目標回生制動トルクTbrk_rを減算することによる(Tbrk_f=Tbrk_t-Tbrk_r)。
【0040】
図6は、ブレーキ操作量BRKに対する目標回生制動トルクTbrk_r、目標摩擦制動トルクTbrk_fおよび運転者要求制動トルクTbrk_tの関係を示す説明図である。運転者要求制動トルクTbrk_tは、ブレーキ操作量BRKが大きいときほど、具体的には、運転者がブレーキペダルを深く踏み込んだときほど、大きな値に設定される。
先に述べたように、目標摩擦制動トルクTbrk_fは、目標回生制動トルクTbrk_rの運転者要求制動トルクTbrk_tに対する不足分として設定し、ブレーキ操作量BRKが所定の操作量BRK1以下の範囲Aでは、回生制動トルクのみを生じさせ、所定の操作量BRK1よりも大きい範囲Bでは、回生制動トルクと摩擦制動トルクとの双方を生じさせる。ここで、目標回生制動トルクTbrk_rについて、回生ブレーキによる目標減速度に応じた回生制動トルクの最大値Tbrk1が設定され、所定のブレーキ操作量BRK1のもとで設定される目標回生制動トルクTbrk_rをTbrk1とする。つまり、図示の範囲Bで設定される目標摩擦制動トルクTbrk_fは、運転者要求制動トルクTbrk_tと最大回生制動トルクTbrk1との差分に相当する。
【0041】
S105では、運転者の選択により二輪駆動モードが設定されているか否かを判定する。二輪駆動モードが設定されている場合は、S106へ進み、二輪駆動モードが設定されていない場合、つまり、四輪駆動モードが設定されている場合は、S109へ進む。
【0042】
S106では、
図4のフローチャートに示す手順に従い、四輪駆動モード切替判定を実施する。
【0043】
S107では、四輪駆動モードへの切り替えが判定されたか否かを判定する。四輪駆動モードへの切り替えが判定された場合は、S108へ進み、判定されていない場合、つまり、二輪駆動モードの設定が維持された場合は、S109へ進む。
【0044】
S108では、四輪駆動モードに切り替える。
【0045】
S109では、引き続き二輪駆動モードを設定する。
【0046】
図5に示すフローチャートにおいて、S201では、車両がアンダーステア状態またはアンダーステア傾向にあるか否かを判定する。アンダーステア状態の判定は、ヨーレートセンサ505により検出された車両のヨーレートRyによる。具体的には、車両の舵角θstrに応じた目標ヨーレートRy_trgと実際のヨーレートRyとを比較し、両者の符号(つまり、ヨー角Yawの変化の方向)が一致しかつ実際のヨーレートRyの絶対値が目標ヨーレートRy_trgの絶対値よりも小さい場合に、車両がアンダーステア状態にあると判定する。車両がアンダーステア状態にある場合は、S207へ進み、アンダーステア状態にない、本実施形態では、ニュートラルステア状態にある場合は、S202へ進む。
【0047】
S202では、制動スリップ率Rslpを算出する。
【0048】
S203では、制動スリップ率Rslpが所定の閾値R1以上であるか否かを判定する。制動スリップ率Rslpが閾値R1以上である場合は、S204へ進み、閾値R1未満である場合は、
図4に示すフローチャートに戻る。
【0049】
S204では、運転者要求制動トルクTbrk_tが最大回生制動トルクTbrk1よいも大きいか否かを判定する。運転者要求制動トルクTbrk_tが最大回生制動トルクTbrk1よりも大きい場合は、S205へ進み、最大回生制動トルクTbrk1未満である場合は、S207へ進む。
【0050】
S205では、車両の減速度変化量Vdecを算出する。
【0051】
S206では、減速度変化量Vdecが最大回生トルクTbrk1に応じた所定の閾値V1よりも小さいか否かを判定する。減速度変化量Vdecが閾値V1よりも小さい場合は、S207へ進み、閾値V1以上である場合は、
図4に示すフローチャートに戻る。
【0052】
S207では、四輪駆動モードへの切り替えを判定する。この結果として、
図4に示すフローチャートのS107において、四輪駆動モードへの切り替えが判定されたとして肯定判定がなされ、続くS108において、四輪駆動モードへの切り替えが実施される。
【0053】
S201からS207までの処理により、車両がアンダーステア状態になく、直進路を走行している場合に、運転者要求制動トルクTbrk_tが最大回生制動トルクTbrk1以下である場合は、制動輪にスリップが発生していることをもって路面グリップ状態に低下が生じたものと判定し(S204からS207へ移行)、四輪駆動モードへの切り替えを判定する。これに対し、運転者要求制動トルクTbrk_tが最大回生制動トルクTbrk1よりも大きい場合は、制動輪にスリップが発生していることに加え、車両の減速度変化量Vdecが最大回生制動トルクTbrk_rに応じた閾値V1に達していない場合に路面グリップ状態に低下が生じたものと判定し(S204からS205、S206を経てS207へ移行)、四輪駆動モードへの切り替えを判定する。
【0054】
他方で、車両がアンダーステア状態にある場合は、アンダーステア状態にあるとの判定をもって制動輪の路面グリップ状態に低下が生じたものと判定し(S201からS207へ移行)、四輪駆動モードへの切り替えを判定する。
【0055】
図7は、車両のアンダーステア量Qstrと多板クラッチ5の締結速度Rcltとの関係を示す説明図である。本実施形態では、車両がアンダーステア状態にあり、制動輪に横滑りが生じていることにより四輪駆動モードに切り替える際の多板クラッチ5の締結速度Rcltを、アンダーステア状態ないしアンダーステア傾向を定量化した指標であるアンダーステア量Qstrに応じて設定する。具体的には、アンダーステア量Qstrの増大に対してクラッチ締結速度Rcltを上昇させる。アンダーステア量Qstrは、目標ヨーレートRy_trgと実際のヨーレートRyとの差分として算出することが可能である。
クラッチ締結速度Rcltに代えるかまたはこれに加え、多板クラッチ5の締結力、つまり、後輪Wra、Wrbに対するトルク配分率を、アンダーステア量Qstrが大きいときほど増大させることとしてもよい。
【0056】
S208では、制動輪の路面グリップ力が回復したか、つまり、制動輪のグリップ状態が回復したか否かを判定する。グリップ状態が回復した場合は、S210へ進み、回復していない場合は、S209へ進む。路面グリップ力の回復は、旋回時においてはアンダーステア状態の解消をもって、直進時においては制動スリップ率Rslpが減少しかつ減速度変化量Vdecが増大したことをもって判定することが可能である。
【0057】
S209では、運転者によるブレーキ操作が継続しているか否かを判定する。ブレーキ操作が継続している場合は、四輪駆動モードへの切替判定を維持して
図4に示すフローチャートに戻り、ブレーキ操作が終了した場合、つまり、ブレーキペダルが完全に戻されている場合は、S210へ進む。
【0058】
S210では、路面グリップ力の回復または回生ブレーキの停止により、二輪駆動モードに切り替える。
【0059】
(作用および効果の説明)
車両に備わる前輪Wfa、Wfbおよび後輪Wra、Wrbのうち、電動モータ2が発電動作を行う回生ブレーキ時に電動モータ2のトルク(回生制動トルク)が実際に伝達される車輪を制動輪として、この制動輪の路面グリップ状態を判定する。そして、制動輪の全部または一部に路面グリップ状態の低下が生じた場合に、前輪Wfa、Wfbおよび後輪Wra、Wrbのうち、路面グリップ状態の低下が生じた制動輪以外の車輪に対するトルク配分率を増大させる。例えば、前輪Wfa、Wfbを駆動輪とする二輪駆動モードにおいて、前輪Wfa、Wfbに路面グリップ状態の低下が生じた場合は、四輪駆動モードに切り替えて、後輪Wra、Wrbに対するトルク配分率を増大させる。さらに、前輪Wfa、Wfbおよび後輪Wra、Wrbの双方を駆動輪とする四輪駆動モードにおいて、前輪Wfa、Wfbまたは後輪Wra、Wrbの一方に路面グリップ状態の低下が生じた場合は、他方の車輪(後輪Wra、Wrbまたは前輪Wfa、Wfb)に対するトルク配分率を増大させる。
【0060】
これにより、路面グリップ状態に低下が生じた制動輪以外の車輪を積極的に利用して、電動モータ2に対してより大きな回生制動トルクを生じさせ、電動モータ2を最大回生またはこれに近い状態で作動させることが可能となる。よって、回生ブレーキの有効な活用を通じて電費の向上を図ることが可能となる。
【0061】
車両の減速度DECをもとに、制動輪の路面グリップ状態を適切に判定することが可能となる。
【0062】
具体的には、減速度DECの単位時間当たりの変化量である減速度変化量Vdecと最大回生制動トルクTbrk1に応じた閾値V1との比較により、制動輪の路面グリップ 状態、具体的には、路面に対する制動輪のグリップ力に低下が生じたか否かを容易に判定することが可能となる。
【0063】
制動スリップ率Rslpをもとに、制動輪の路面グリップ状態をより適切に判定することが可能となる。
【0064】
ここで、車両の減速度変化量Vdecが最大回生制動トルクTbrk1に応じた閾値V1以下であることに加え、制動輪がスリップ状態にあることを路面グリップ状態の低下を判定する際の条件とすることで、減速度変化量Vdecの閾値V1に対する不足が回生ブレーキの未達以外の要因、例えば、加速度センサ504に対する誤った入力による場合に、トルク配分率の不要な変更を回避することが可能となる。
【0065】
運転者要求制動トルクTbrk_tが最大回生制動トルクTbrk_r以下である場合に、制動輪のスリップ状態をもとに路面グリップ状態の低下を判定すること、具体的には、減速度DECまたはその変化量Vdecによらず、制動輪にスリップが発生していることをもって路面グリップ状態の低下を判定することで、路面グリップ状態の低下に対してトルク配分率を迅速に変更し、回生ブレーキの有効な活用を図ることが可能となる。
【0066】
車両の旋回時における制動輪の横滑り状態をもとに路面グリップ状態を判定することで、湾曲路を走行する際にも路面グリップ状態の低下を適切に判定可能とし、トルク配分率の変更を通じて電費の向上を図ることが可能となる。制動輪の横滑り状態は、車両のアンダーステア状態またはアンダーステア傾向の評価により、適切に判定することが可能である。
【0067】
車両のアンダーステア量Qstrが大きいときほど、つまり、制動輪である前輪Wfa、Wfbの横滑りが大きいときほど、横滑りが生じた制動輪以外の車輪(つまり、後輪Wra、Wrb)に対するトルク配分率を増大させるとともに、トルク配分率を増大させる際の変化速度、本実施形態では、締結クラッチ5の締結速度Rcltを上昇させることで、回生制動トルクの最大化を図ることが可能となる。他方で、横滑りが比較的小さい場合におけるトルク配分率の不要な増大等により、電費が却って悪化する事態を回避することが可能となる。
【0068】
路面グリップ状態が回復した場合に、トルク配分率を変更前の配分率に復帰させることで、トルク配分率の不要な変更により電費が悪化する事態を抑制することが可能となる。
【0069】
本実施形態では、二輪駆動モードでの回生ブレーキ時に、制動輪である前輪Wfa、Wfbにグリップ状態の低下が生じた場合に、四輪駆動モードに切り替えることとした。これに限らず、四輪駆動モードでの回生ブレーキ時に、制動輪である前輪Wfa、Wfbまたは後輪Wra、Wrbの一方にグリップ状態の低下が生じた場合に、他方の車輪(例えば、前輪Wfa、Wfbにグリップ状態の低下が生じた場合は、後輪Wra、Wrb)に対するトルク配分率を増大させるようにしてもよい。
【0070】
さらに、運転者によるブレーキ操作を運転者がブレーキペダルを踏み込む操作として規定したが、これに限らず、アクセルペダルを戻す操作として規定することも可能である。この場合に、ブレーキ操作量BRKは、アクセルペダルの戻し量として検出し、これをもとに、運転者要求制動トルクTbrk_tを設定することが可能である。
【0071】
さらに、制動スリップ率Rslpを算出し、これが閾値R1以上である場合に、制動輪のグリップ状態の低下を判定したが、これに限らず、アンチロックブレーキシステム(ABS)が備わる車両では、アンチロックブレーキシステムの作動をもってグリップ状態の低下を判定することも可能である。
【0072】
アンチロックブレーキシステムが作動している場合は、ブレーキによるスリップの発生が抑制されることから、アンチロックブレーキシステムの作動をもって路面グリップ状態の低下を判定することで、アンチロックブレーキシステムの作動下にあっても路面グリップ状態の低下を判定可能とし、必要に応じてトルク配分率を変更することが可能となる。
【0073】
車両の横滑りは、アンダーステアに限らず、オーバーステアとして発生する場合もある。この場合は、車両のオーバーステア状態またはオーバーステア傾向を定量化した指標であるオーバーステア量を算出し、オーバーステア量が大きいときほど、つまり、制動輪である後輪Wra、Wrbの横滑りが大きいときほど、横滑りが生じた制動輪以外の車輪(つまり、前輪Wfa、Wfb)に対するトルク配分率を増大させる。さらに、オーバーステア量が大きいときほど、トルク配分率を増大させる際の変化速度を上昇させる。これにより、回生制動トルクの最大化を図る一方、横滑りが比較的小さい場合におけるトルク配分率の不要な増大等による電費の悪化を回避することが可能となる。
【0074】
路面グリップ状態が回復した場合に行うトルク配分率の調整は、トルク配分率を変更前の配分率に復帰させること、例えば、二輪駆動モードから四輪駆動モードへの切り替えにより路面グリップ状態が回復した後、二輪駆動モードに復帰させることに限らず、四輪駆動モードを維持しながら、トルク配分率を変更することであってもよい。具体的には、路面グリップ状態の回復後、路面グリップ状態の低下ないし悪化を抑制可能な範囲で、締結クラッチ、つまり、多板クラッチ5の締結力を低減させる。例えば、車両の直進時においては車両の減速度および制動スリップ率をもとに、旋回時においては制動輪の横滑り状態をもとに、路面グリップ状態を判定し、路面グリップ状態に悪化がないことを確認しながら、締結クラッチ5の締結力を段階的に低減させる。その後、ブレーキペダルが完全に戻され、運転者要求制動トルクTbrk_tが0となるか、アクセルペダルが踏み込まれ、車両が駆動走行へ移行した場合に、二輪駆動モードに復帰させる。
【符号の説明】
【0075】
S…ハイブリッド駆動システム、1…内燃エンジン、2…電動モータ、3…リアディファレンシャル、4…駆動軸、5…締結クラッチ(多板クラッチ)、6a、6b…車輪駆動軸、7a、7b…前輪ブレーキ装置、8a、8b…後輪ブレーキ装置、21…バッテリ、71a、71b、81a、81b…ブレーキ作動アクチュエータ、101…ハイブリッドコントローラ、201…ブレーキコントローラ、301…4WDコントローラ、Wfa、Wfb…前輪、Wra、Wrb…後輪。