(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024167067
(43)【公開日】2024-11-29
(54)【発明の名称】酵素センサー
(51)【国際特許分類】
G01N 27/327 20060101AFI20241122BHJP
G01N 27/416 20060101ALI20241122BHJP
【FI】
G01N27/327 353R
G01N27/416 300M
G01N27/416 300G
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024079566
(22)【出願日】2024-05-15
(31)【優先権主張番号】P 2023083361
(32)【優先日】2023-05-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】浅井 光夫
(72)【発明者】
【氏名】一色 信之
(57)【要約】
【課題】一様態において、被測定物質の濃度を経時変化も含めて選択的に高精度で測定可能な酵素センサーを提供することを目的とする。
【解決手段】本開示は、一態様において、被測定物質を含む溶液中の前記被測定物質の濃度を測定するための酵素センサー1であり、前記溶液に各々接しうる作用電極2および基準電極3と、作用電極2に各々固定された酵素および可逆的に酸化還元可能な酸化還元物質と、被測定物質と酵素との反応に起因する酸化還元物質における酸化体と還元体の濃度変化によって生じる基準電極3と作用電極2との間の電位差の時間微分値dV/dtを経時的に出力可能とするdV/dt出力機構9とを含み、前記電位差は、酸化還元物質が被測定物質と酵素との反応により、酸化される場合には貴側にシフトし、還元される場合には卑側にシフトする、酵素センサーに関する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定物質を含む溶液中の前記被測定物質の濃度を測定するための酵素センサーであり、
前記溶液に各々接しうる作用電極および基準電極と、
前記作用電極に各々固定化された酵素および可逆的に酸化還元可能な酸化還元物質と、
前記被測定物質と前記酵素との反応に起因する前記酸化還元物質における酸化体と還元体の濃度変化によって生じる前記基準電極と前記作用電極との間の電位差の時間微分値dV/dtを経時的に出力可能とするdV/dt出力機構とを含み、
前記電位差は、前記酸化還元物質が前記被測定物質と前記酵素との反応により、酸化される場合には貴側にシフトし、還元される場合には卑側にシフトする酵素センサー。
【請求項2】
前記被測定物質と前記酵素との反応によって生成した生成物によって、前記酸化還元物質が酸化又は還元される、請求項1に記載の酵素センサー。
【請求項3】
前記酵素が、前記反応により電子を授受できる酵素である、請求項1に記載の酵素センサー。
【請求項4】
前記時間微分値dV/dtから前記被測定物質の濃度の絶対値を算出するための下記線形関数(i)により、前記時間微分値dV/dtに対応する前記被測定物質の濃度の絶対値を経時的に算出する機構と、を含む、請求項1に記載の酵素センサー。
【数1】
上記線形関数(i)中、Vは前記基準電極と前記作用電極との間の前記電位差、tは時間、C
Mは被測定物質の濃度、Aは比例定数である。
【請求項5】
前記作用電極上に前記酵素と前記酸化還元物質とが固定された酵素修飾電極は、
前記被測定物質と前記酵素との反応により前記酸化還元物質が酸化される場合は還元剤をさらに含み、
前記被測定物質と前記酵素との反応により前記酸化還元物質が還元される場合は酸化剤をさらに含む、請求項1に記載の酵素センサー。
【請求項6】
前記電位差は、前記酸化還元物質が前被測定物質と前記酵素との反応により酸化されて貴側にシフトする、請求項1に記載の酵素センサー。
【請求項7】
前記酵素センサーの電極系は、前記作用電極と対電極からなる二電極系、または、前記作用電極と対電極と参照電極からなる三電極系であり、
前記基準電極は、前記二電極系を構成する前記対電極、または前記三電極系を構成する前記参照電極である、請求項1に記載の酵素センサー。
【請求項8】
前記酸化還元物質は、前記作用電極に接して配置された酸化還元層を構成し、前記酵素は、前記酸化還元層に接して配置された酵素固定化層を構成している、請求項1に記載の酵素センサー。
【請求項9】
前記酸化還元層が導電性炭素材料を含む、請求項1に記載の酵素センサー。
【請求項10】
前記導電性炭素材料がカーボンナノチューブを含む、請求項9に記載の酵素センサー。
【請求項11】
さらに、前記二電極系、前記三電極系のいずれにおいても、前記対電極と前記作用電極との間に所定の電圧を印可して、前記作用電極と前記対電極の間に電流を流すことを可能とする回路を含む、請求項7に記載の酵素センサー。
【請求項12】
算出された前記被測定物質の濃度の絶対値を表示する表示部をさらに含む、請求項4に記載の酵素センサー。
【請求項13】
請求項1から12のいずれかに記載の酵素センサーを用いた被測定物質の測定方法であり、
前記作用電極と前記基準電極の両方に前記被測定物質を含む溶液を接触させること、
前記作用電極と前記基準電極とが電気接続され、且つ、前記作用電極と前記基準電極との間に電圧を印可していない状態で、前記基準電極と前記作用電極の電位差の時間微分値dV/dtを経時的に得ること、
取得された前記時間微分値dV/dtと下記線形関数(i)を用いて前記被測定物質の濃度を算出すること、を含む被測定物質の測定方法。
【数2】
上記線形関数(i)中、Vは前記基準電極と前記作用電極との間の前記電位差、tは時間、C
Mは被測定物質の濃度、Aは比例定数である。
【請求項14】
請求項11に記載の酵素センサーを用いた被測定物質の測定方法であり、
前記酵素センサーの電極系が、前記二電極系である場合は前記作用電極と前記対電極、前記被測定物質を含む溶液を接触させ、前記三電極系である場合は前記作用電極と前記対電極と前記参照電極を、前記被測定物質を含む溶液を接触させること、
前記酵素センサーの電極系が、前記二電極系である場合は前記作用電極と前記対電極が電気接続され、前記三電極系である場合は前記作用電極と前記対電極と前記参照電極が電気接続され、前記作用電極の電位が予め設定された所定の電位に達すると、前記二電極系、前記三電極系のいずれにおいても、前記対電極と前記作用電極との間に所定の電圧を印可して、前記作用電極と前記対電極の間に電流を流し、前記作用電極の電位を測定開始前の値にもどすこと、
前記基準電極と前記作用電極の電位差の時間微分値dV/dtを経時的に得ること、
取得された前記時間微分値dV/dtと下記線形関数(i)を用いて前記被測定物質の濃度を算出すること、を含む被測定物質の測定方法。
【数3】
上記線形関数(i)中、Vは前記基準電極と前記作用電極との間の前記電位差、tは時間、C
Mは被測定物質の濃度、Aは比例定数である。
【請求項15】
被測定物質を含む溶液中の前記被測定物質の濃度を測定するための測定システムであり、
前記測定システムは、酵素センサーと信号処理機構と表示部とを含み、
前記酵素センサーは、
前記溶液に各々接しうる作用電極および基準電極と、
前記作用電極に各々固定された酵素および可逆的に酸化還元可能な酸化還元物質と、
前記被測定物質と前記酵素との反応に起因する前記酸化還元物質における酸化体と還元体の濃度変化によって生じる前記基準電極と前記作用電極との間の電位差を経時的に計測可能とする、計測部とを含み、
前記電位差は、前記酸化還元物質が前記被測定物質と前記酵素との反応により、酸化される場合には貴側にシフトし、還元される場合には卑側にシフトし、
前記信号処理機構は、前記電位差から下記線形関数(i)を用いて前記被測定物質の濃度を算出し、
前記表示部は前記信号処理機構が算出した前記被測定物質の濃度を表示し得る、測定システム。
【数4】
上記線形関数(i)中、Vは前記基準電極と前記作用電極との間の前記電位差、tは時間、C
Mは被測定物質の濃度、Aは比例定数である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、酵素を用いた特定物質(被測定物質)用のセンサーおよびそれを用いた特定物質の濃度の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、健康志向の高まりに伴い、身体の状態をモニターするために、汗、唾液、尿、涙、血液等の生体液中の有機物質を選択的に検出するセンサーのニーズが高まっており、中でも血液採取を行わないような被験者の身体を傷つけない非侵襲的な測定が注目されている。非侵襲測定可能な生体液中では血液中よりも有機物質濃度が低い傾向にあり、そのため、より高感度なセンサーが求められている。この種のセンサーとしては、酵素の高い選択性を利用し、選択的に高感度の有機物質の検出が可能な酵素センサーが有力候補とされている。
【0003】
特許文献1では、酵素反応によって発生するプロトンを、作用電極上のプロトン感応膜で捕捉したときに発生する定常電位ΔV∞を、初期の電位の変化速度から推定して、基質濃度を測定している。特許文献2には、酸化還元物質の酸化還元反応を可逆にするために、作用電極と参照電極の間に外部抵抗を設けることが開示されている。特許文献3では、作用電極と参照電極との間の電位の時間変化から、基質濃度を測定する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭64-88244号公報
【特許文献2】特開2019-158650号公報
【特許文献3】特表2023-553889号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示の酵素センサーでは、pH感応膜上に酵素が固定化された作用電極を含み、電位が経時で定常電位(一定電位)に落ち着くことを利用している。特許文献1に開示の酵素センサーでは、定常電位に落ち着くまでに時間がかかり、測定時間が長くなる問題を回避しており、具体的には、特定の線形関数からΔV∞を推定値として計算し、測定時間を短縮している。しかし、この方法では、測定溶液中の被測定物質の濃度の経時変化を計測することができないという問題点があった。また、イオン感応性電界効果トランジスタ(ISFET)を用いた検出では、酵素反応で発生したプロトンが被測定溶液で緩衝され電位変化が小さくなりやすいために、検出精度が低いといった課題があった。
【0006】
特許文献2では、作用電極上に可逆的に酸化還元可能な酸化還元物質と酵素とを固定化することで酵素の反応を酸化還元物質で媒介し、酸化還元物質の酸化還元電位を電界効果トランジスタなどの増幅器で増幅した信号を測定することにより、被測定物質の濃度の経時変化を測定可能な酵素センサーを作製している。酵素反応に起因して生じる酸化還元物質の反応は、酸化または還元の一方向のみであり、酵素反応が継続する限り、作用電極の電位は上昇または下降をつづけ、一定の電位に落ち着くことがないという不可逆性の問題がある。そこで、この酵素センサーでは、作用電極と参照電極とを外部抵抗で接続することで、電子伝達メディエータである酸化還元物質の自発的な再生反応(酸化あるいは還元反応)を促すことで、上記不可逆性の問題を解決している。しかし、参照電極に電流を流すことで参照電極電位を変化させるので測定精度が低下するという問題、さらには参照電極に電流を流すことにより参照電極が破損する恐れがあるという問題があった。
【0007】
特許文献3では、作用電極と基準電極となる参照電極との間の電位を測定する前に、作用電極と参照電極との間に短時間電位を印加しているために、電位の時間変化と測定する基質濃度の関係が複雑になり、基質濃度を求めるための機構をセンサーに組み込むことが困難であった。
【0008】
本開示は、一様態において、被測定物質を含む溶液中の前記被測定物質の濃度を経時変化も含めて選択的に高精度で測定可能な酵素センサーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示は、一態様において、
被測定物質を含む溶液中の前記被測定物質の濃度を測定するための酵素センサーであり、
前記溶液に各々接しうる作用電極および基準電極と、
前記作用電極に各々固定された酵素および可逆的に酸化還元可能な酸化還元物質と、
前記被測定物質と前記酵素との反応に起因する前記酸化還元物質における酸化体と還元体の濃度変化によって生じる前記基準電極と前記作用電極との間の電位差の時間微分値dV/dtを経時的に出力可能とするdV/dt出力機構とを含み、
前記電位差は、前記酸化還元物質が前記被測定物質と前記酵素との反応により、酸化される場合には貴側にシフトし、還元される場合には卑側にシフトする、酵素センサーに関する。
尚、本開示において「被測定物質の濃度」は、被測定物質の濃度の絶対値のみならず相対値も含み、例えば、被測定物質の濃度の絶対値の算出に使用できる、基質濃度の絶対値と線形関係にある前記時間微分値dV/dtも含む概念である。
【0010】
本開示は、一態様において、本開示の酵素センサーを用いた、被測定物質の測定方法であり、
前記作用電極と前記基準電極の両方に前記被測定物質を含む溶液を接触させること、
前記作用電極と前記基準電極とが電気接続され、且つ、前記作用電極と前記基準電極との間に電圧を印可していない状態で、前記基準電極と前記作用電極の電位差の時間微分値dV/dtを経時的に得ること、
取得された前記時間微分値dV/dtと下記線形関数(i)を用いて前記被測定物質の濃度を算出すること、を含む被測定物質の測定方法に関する。
【数1】
上記線形関数(i)中、Vは前記基準電極と前記作用電極との間の前記電位差、tは時間、C
Mは被測定物質の濃度、Aは比例定数である。
【0011】
本開示は、一態様において、本開示の酵素センサーを用いた、別の被測定物質の測定方法であり、
前記酵素センサーの電極系が、二電極系である場合、前記作用電極と前記対電極(基準電極)を、前記被測定物質を含む溶液を接触させ、三電極系である場合、前記作用電極と前記対電極と参照電極(基準電極)を、前記被測定物質を含む溶液を接触させること、
前記酵素センサーの電極系が、前記二電極系である場合は前記作用電極と前記対電極(基準電極)が電気接続され、前記三電極系である場合は前記作用電極と前記対電極と前記参照電極(基準電極)が電気接続され、前記作用電極の電位が予め設定された所定の電位に達すると、前記二電極系、前記三電極系のいずれにおいても、前記対電極と前記作用電極との間に所定の電圧を印可して、前記作用電極と前記対電極の間に電流を流し、前記作用電極の電位を測定開始前の値にもどすこと、
前記基準電極と前記作用電極の電位差の時間微分値dV/dtを経時的に得ること、
取得された前記時間微分値dV/dtと下記線形関数(i)を用いて前記被測定物質の濃度を算出すること、を含む被測定物質の測定方法に関する。
【数2】
上記線形関数(i)中、Vは前記基準電極と前記作用電極との間の前記電位差、tは時間、C
Mは被測定物質の濃度、Aは比例定数である。
【0012】
本開示は、一態様において、被測定物質を含む溶液中の前記被測定物質の濃度を測定するための測定システムであり、
前記測定システムは、酵素センサーと信号処理機構と表示部とを含み、
前記酵素センサーは、
前記溶液に各々接しうる作用電極および基準電極と、
前記作用電極に各々固定された酵素および可逆的に酸化還元可能な酸化還元物質と、
前記被測定物質と前記酵素との反応に起因する前記酸化還元物質における酸化体と還元体の濃度変化によって生じる前記基準電極と前記作用電極との間の電位差を経時的に計測可能とする、計測部とを含み、
前記電位差は、前記酸化還元物質が前記被測定物質と前記酵素との反応により、酸化される場合には貴側にシフトし、還元される場合には卑側にシフトし、
前記信号処理機構は前記電位差から下記線形関数(i)を用いて前記被測定物質の濃度を算出し、
前記表示部は前記信号処理機構が算出した前記被測定物質の濃度を表示し得る、測定システムに関する。
【数3】
上記線形関数(i)中、Vは前記基準電極と前記作用電極との間の前記電位差、tは時間、C
Mは被測定物質の濃度、Aは比例定数である。
【発明の効果】
【0013】
本開示によれば、前記被測定物質の濃度を経時変化も含めて選択的に高精度で測定可能な酵素センサーを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、本開示の一態様の酵素センサーの模式図である。
【
図2】
図2は、本開示の別の一態様の酵素センサーの模式図である。
【
図3】
図3は、本開示の別の一態様の酵素センサーの模式図である。
【
図4】
図4は、本開示の別の一態様の酵素センサーの模式図である。
【
図5】
図5は、本開示の別の一態様の酵素センサーの模式図である。
【
図6】
図6は、本開示の別の一態様の酵素センサーの模式図である。
【
図7】
図7は、実施例1から実施例7において使用され、基材上に形成された作用電極の平面図である。
【
図8】
図8は、実施例1、実施例4から実施例7で使用した、基質濃度の測定系を説明する模式図である。
【
図9】
図9は、実施例2で使用した基質濃度の測定系を説明する模式図である。
【
図10】
図10は、実施例3で使用した基質濃度の測定系を説明する模式図である。
【
図11】
図11は、実施例1の実験操作で得られた経時で変化する作用電極電位の時間微分値を示したグラフである。
【
図12】
図12は、
図11で得られた作用電極電位の時間微分値と、グルコース濃度との関係を示したグラフである。
【
図13】
図13は、実施例2の実験操作で得られた経時で変化する作用電極の電位を示したグラフである。
【
図14】
図14は、実施例2の実験操作で得られた作用電極電位の時間微分値と、時間との関係を示したグラフである。
【
図15】
図15は、実施例3の実験操作で得られた経時で変化する作用電極電位の時間微分値を示したグラフである。
【
図16】
図16は、
図15で得られた作用電極電位の時間微分値と、グルコース濃度との関係を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本開示の酵素センサーは、一様態において、被測定物質(以下「基質」と称する場合もある。)を含む溶液中の前記被測定物質の濃度を測定するための酵素センサーである。
本開示の酵素センサーは、前記溶液に各々接しうる作用電極および基準電極と、前記作用電極に各々固定された酵素および酸化還元物質と、前記作用電極および前記基準電極に電気的に接続されたdV/dt出力機構と、を含む。
前記dV/dt出力機構は、前記被測定物質と前記酵素との反応に起因する前記酸化還元物質における酸化体と還元体の濃度変化によって生じる前記基準電極と前記作用電極との間の電位差の時間微分値dV/dtを経時的に出力可能とする。そして、本開示の酵素センサーでは、前記酸化還元物質が前記被測定物質と前記酵素との反応により、酸化される場合には前記電位差が貴側にシフトし、還元される場合には前記電位差が卑側にシフトする。このような構成であることにより、本開示の酵素センサーは、下記の理由により、被測定物質の濃度を、経時変化も含めて選択的に高精度で測定できる。
【0016】
上記の通り、特許文献1に開示されているようなpH感応膜上に酵素を固定化するような測定系では、酵素電極の電位は経時で一定電位に落ち着くことが知られている。
しかし、電極上に酸化還元物質と酵素を固定化した測定系では、基質と酵素との反応(酵素反応)によって酸化還元物質が酸化もしくは還元されるが、作用電極電位は上昇または下降しつづけ、一定電位に落ち着くことがない。そのため、基質の濃度の経時的変化をモニタリングすることができない。しかし、酵素と酸化還元物質が電極に固定されていると、基質と酵素の反応により生じた電荷が酸化還元物質を介して電極に速やかに効率よく移動できるようになるため、基質濃度が低く酵素反応による生成物が少ない場合でも、酵素センサーにおいて短時間で十分な信号(電圧)強度が得られ、この信号の時間に対する微分値dV/dtを求めることにより、基質の濃度の経時変化を高精度で測定することができたと考えられる。
【0017】
以下、本開示の酵素センサーの例について図面を用いて説明する。尚、
図1~
図6では、説明の便宜のため、被測定対象(基質)をグルコースとしているが、本開示の酵素センサーのセンシング対象はこれに限定されない。
【0018】
図1に示す本開示の酵素センサー1は、溶液6中に含まれるグルコース濃度を測定する装置である。本開示の酵素センサー1は、酵素および酸化還元物質が固定された作用電極2と、対電極(基準電極)3を含むセンシング部位8と、作用電極2および対電極3に電気的に接続されたdV/dt出力機構9とを含む。作用電極2と対電極3は、各々、被測定物質を含む溶液6と接触し得るが、対電極3と作用電極2は互いに電気的に接触しない配置となっている。酵素は溶液6中に溶出せず、酸化還元物質は溶液6に不溶である。酵素が溶液6中において「溶出せず」とは、酵素が吸着や化学結合により作用電極と結合しているために、作用電極を溶液6に接触させても、実質的に酵素が溶液中に移行しないことを意味する。酸化還元物質が溶液6に「不溶」であるとは、酸化還元物質の溶液に対する溶解度が小さく、作用電極を溶液に接触させたときに、作用電極に固定された酸化還元物質の溶液への溶解による減少量が実質的にゼロであることを意味する。固定された酸化還元物質の溶液への溶解による減少量が実質的にゼロとは、酸化還元物質の溶液への溶解度が100mg/L以下であることを意味する。
図1~
図6において、7は基材である。
【0019】
本開示の酵素センサー1によるグルコース濃度の測定は、作用電極2及び対電極3が溶液6に接しており、作用電極2と対電極(基準電極)3とが電気接続され、且つ、作用電極2及び対電極3に電圧を印加せず、実質的に電流が流れていない状態で行われる。ここで、実質的に電流が流れていない状態とは、リーク電流等の意図しない電流の漏れ出し以外の電流が流れていない状態を意味する。dV/dt出力機構9は、当該状態で、対電極3と作用電極2の間に発生する電位差の時間に対する変化率(以下、前記「電位差の時間に対する変化率」を、「基準電極と作用電極との間の電位差の時間微分値dV/dt」または単に「時間微分値dV/dt」とも言う場合がある。)を出力する。「基準電極と作用電極との間の電位差」は、「OCV」(Open Circuit Voltage)や「自然電位」とも呼ばれ、本願において「作用電極の電位」と呼ぶ場合もある。
【0020】
作用電極2への酸化還元物質および酵素の「固定」は、酸化還元物質および酵素が作用電極2に対して移動しない状態にあることを意味する。酸化還元物質は、好ましくは、作用電極2に対して直接固定される。酵素は作用電極2に対して直接固定されていても良いし、酸化還元物質を介して間接的に固定されていても良い。好ましい態様においては、酸化還元物質は、作用電極2に接して配置された酸化還元層5を構成し、酵素は、酸化還元層に接して配置された酵素固定層4を構成する。また、酵素と酸化還元物質の混合物層を作用電極2上に形成しても良い。
【0021】
次に、例えば、被測定物質(基質)がグルコースである場合を例に挙げて、センシング部位8での動作を説明する。
作用電極2に固定された酵素(グルコースオキシターゼ)が水および酸素の存在下でグルコースと反応することで、グルコースはグルコン酸となり、過酸化水素が生成される。同時に、当該過酸化水素により、電子伝達メディエータとしての酸化還元物質のうち、還元体が酸化体に酸化される。これにより電子伝達メディエータにおける酸化体と還元体の比率に変化が生じ、この変化に応じて対電極3と作用電極2の間の電位差が変化する。
【0022】
本開示の酵素センサー1では、作用電極2上に酸化還元物質と酵素とが固定されているので、基質と酵素の反応により生じた電荷が、酸化還元物質を介して作用電極2に速やかに効率よく移動できる。そのため、基質濃度が低く酵素反応による生成物が少ない場合でも、酵素センサー1において短時間で十分な信号(作用電極の電位)強度が得られ、この信号の時間微分値dV/dtを求めることにより、基質濃度の経時変化を高精度で測定することができる。例えば、基質濃度が数十μM(mol/L)以下でも前記信号を測定することができる。また本開示の酵素センサー1は酵素反応を利用しているので、基質濃度の測定が選択的に行える。
【0023】
後述の通り、本開示の酵素センサーでは基準電極と作用電極との間の電位差の時間微分値dV/dtと基質濃度とが線形関係(一次相関)にあるので、dV/dtの計測データから基質濃度の絶対値を容易に算出することが可能である。本開示の酵素センサー1は、前記dV/dtを経時的に出力できるdV/dt出力機構9を備えるので、基質濃度の絶対値を経時的にモニタリングすることができる。
【0024】
本開示の酵素センサー1では、酵素が溶液6中に溶出せず、酸化還元物質は溶液6に不溶であり、各々、作用電極2に固定されている。そのため、作用電極2と対電極3の間に所定の電圧を印加して作用電極2と対電極3の間に電流を流すことで、適宜、酸化体と還元体の比率を所望の比率にコントロールすることができる。たとえば、酵素反応によって酸化還元物質の酸化体が増加した場合に、酸化体が還元される方向に電流を流すことにより、酸化体を還元して酸化体を減少させることにより、測定開始時の酸化体と還元体の比に戻すことができる。すなわち、本開示の酵素センサー1は、一態様において、繰り返し使用することができる。故に、
図2に示されるように、本開示の酵素センサー1は、一態様において、必要に応じて対電極3と作用電極2の間に所定の電圧を印加して作用電極2と対電極3の間に電流を流すことを可能とする回路10aをさらに含んでいると好ましい。
【0025】
前記時間微分値dV/dtを出力可能とするdV/dt出力機構9は、例えば、微分回路のような電気回路によってdV/dtを信号として直接出力できるものであっても良いし(
図8~
図10参照)、あるいは、基質と酵素との反応に起因する酸化還元物質における酸化体と還元体の濃度変化によって生じる基準電極3と作用電極2の間に発生する電位差の変化を計測する計測器と、当該電位差をA/D変換するA/D変換器と、得られたデジタル信号からdV/dtを演算する演算部を含んだ中央処理部(CPU)等とから構成されたものであってもよい。dV/dt出力機構9は、前記時間微分値dV/dtを出力できるものであれば、どのようなものでもよい。
【0026】
次に、前記時間微分値dV/dtと基質濃度の絶対値とが、比例関係(線形関係)にあることについて説明する。
ここでは、主として、基質と酵素との反応(酵素反応)により酸化還元物質が酸化される場合について説明するが、酸化還元物質が基質と酵素との反応(酵素反応)により還元される場合でも同様に説明される。
【0027】
酵素反応によって基質が酸化されて過酸化水素等の酸化剤が生成し、この酸化剤によって電極中の酸化還元物質が酸化される。このとき酸化還元物質が酸化される速度は、化学反応速度論より、以下の式で表される。
【数4】
式(1)中、C
oは酸化還元物質の酸化体濃度、C
Rは酸化還元物質の還元体濃度、kは反応速度定数、Cは酸化剤濃度、tは時間である。これらの記号の意味は、下記式(2)~(9)及び下記線形関数(i)~(ii)についても同様である。
【0028】
上記式(1)を解くと、式(2)のように酸化還元物質の酸化体および還元体の濃度が得られる。
【数5】
式(2)中、C
0
Oは初期の酸化還元物質の酸化体濃度、C
0
Rは初期の酸化還元物質の還元体濃度である。これらの記号の意味は、下記式(3)~(9)についても同様である。
【0029】
作用電極2と基準電極3との電位差は酸化還元物質を固定化した電極の電位を与えるネルンスト式により式(3)のように表される。
【数6】
式(3)中、Rは気体定数、Tは温度(K)、Fはファラデー定数、nは酸化体1分子の酸化還元反応で移動する電子の数、V
0は酸化還元物質の標準酸化還元電位である。Vは、酸化還元物質の酸化体および還元体の濃度変化にともない変化した作用電極2の電位である。これらの記号の意味は、下記式(4)~(9)及び下記線形関数(i)~(ii)についても同様である。
【0030】
式(3)に式(2)を代入することにより、作用電極2と基準電極3との電位差は式(4)のように求められる。
【数7】
【0031】
式(4)の両辺を時間で微分すると以下の式(5)が得られる。
【数8】
【0032】
式(5)は初期の酸化還元物質の酸化体濃度が還元体濃度よりも十分に大きい場合は右辺の第2項が無視できて下記式(6)のように近似できる。式(6)において作用電極2と基準電極3との電位差の時間微分値dV/dtは酸化剤濃度と線形関係にある。さらに酸化剤は酵素反応によって生成するため、酸化剤が溶液に拡散し電極表面に滞留しないような定常状態にあれば、酸化剤濃度は基質濃度に応じた一定値とみなすことができる。酵素の反応速度は正確にはミカエリスメンテン式で記述されるが、被測定物質(基質)の濃度が高くない範囲では、酵素の反応速度は、被測定物質(基質)の濃度に比例するとみなせる。したがって酵素反応で発生した酸化剤濃度は基質濃度に比例するとみなせるため、式(7)に示すように、作用電極2と基準電極3の電位差の時間微分値dV/dtは基質濃度に比例するとみなせる。ここでCMは被測定物質(基質)の濃度である。
【0033】
【数9】
式(7)において、aは酸化剤濃度と基質濃度の比例定数である。この記号の意味は、下記式(8)~(9)及び下記線形関数(i)~(ii)についても同様である。
【0034】
以上の説明では、溶液中の基質の拡散速度よりも酵素反応速度が遅いことを仮定としている。しかし、基質の拡散速度が酵素反応速度よりも遅い場合にも、基質の拡散速度は基質濃度に比例するので、酸化剤濃度も基質濃度に比例することになり、対電極(基準電極)3と作用電極2の間に発生する電位差の時間に対する変化率が基質の濃度に比例することは同じである。
【0035】
以上の説明から作用電極2と基準電極3との電位差の時間微分値dV/dtが基質濃度に比例することがわかるが、基質濃度をdV/dtから算出する場合は、比例定数Aを用いて式(8)のようにあらわすことができる。
【0036】
【数10】
式(7)に鑑みると式(8)の比例定数Aは下記式(9)に記載の通りであるが、酸化還元物質の反応速度定数kおよび酸化剤濃度と基質濃度の比例定数aを正確に求めることは困難であるため、Aの値は実験的に求めてもよい。
【0037】
【0038】
このように、酵素反応によって酸化還元物質が還元される場合には、式(1)~(9)において、cは酸化還元物質を還元させる物質の濃度となり、酵素反応により還元体濃度が増加することにより作用電極電位2は卑側にシフトする。酵素反応によって酸化還元物質が還元される場合においても酵素反応によって酸化還元物質が酸化される場合と同様の議論により、基準電極3と作用電極2の間に発生する電位差の時間に対する変化率(dV/dt)が基質の濃度に比例することがわかる。
【0039】
本開示の酵素センサーでは、酵素反応によって酸化還元物質が酸化もしくは還元される場合に、基質濃度と作用電極2と基準電極3との電位差の時間微分値(dV/dt)が比例するが、高精度な測定の観点から、酸化還元物質は酵素により直接酸化もしくは還元されるのではなく、酵素反応によって生成した生成物によって酸化もしくは還元される方が好ましい。
【0040】
本開示の酵素センサー1を用いて長時間測定を行うと、例えば、酵素反応により酸化還元物質が酸化される場合には、酵素反応の進行に伴って還元体濃度が非常に少なくなる。その状況下では、電極中の酸化還元物質以外の物質のわずかな酸化の影響が無視できなくなり、電位差の時間微分値dV/dtと基質濃度との比例関係が徐々に損なわれてくる。
図2に示されるように、本開示の酵素センサー1が、必要に応じて作用電極2と対電極(基準電極)3の間に所定の電圧を印加して作用電極2と対電極3の間に電流を流す機構として回路10aを備えていると好ましい。回路10aにおいて酸化体が還元される方向に当該電流を流すことにより酸化体が減少して還元体が増加し、酵素センサー1の繰り返し使用が可能となるからである。一方、酵素反応により酸化還元物質が還元される場合には、還元体が酸化される方向に電流を流せばよい。
【0041】
かかる態様は、例えば、基質と酵素との反応(酵素反応)に起因して酸化還元物質が酸化される場合には、作用電極2の電位が、下記線形関数(ii)が成立する電位よりも少し小さい値を越えると作用電極2と対電極3とが導通状態となり、例えば作用電極2の電位が対電極3のそれと等しくなると非導通状態になるように調整した回路10aをスイッチとして追加することにより行える。基質と酵素との反応(酵素反応)に起因して酸化還元物質が還元される場合には、作用電極2の電位が、下記線形関数(ii)が成立する電位よりも少し大きな値を用いて、同様に行える。
【0042】
【0043】
尚、前記の「少し小さい値」は、例えば、上記線形関数(ii)が成立する電位よりも好ましくは5~10%小さい値であり、前記の「少し大きな値」は、例えば、上記線形関数(ii)が成立する電位よりもより好ましくは5~10%大きい値である。
【0044】
電極表面には電気二重層が存在する。そのため、電流を流して酸化還元物質を還元または酸化する場合に電流を流す時間が短すぎると、上記電気二重層を充電するのみで酸化還元物質が酸化または還元されない。さらには、電気二重層に充電された電荷がその後の作用電極2と基準電極3との電位差の測定に悪影響を及ぼし、特許文献3のように、電位差の時間微分値dV/dtと基質濃度とが比例関係を示さなくなる。
電流を流す時間は、酸化還元物質を十分に還元または酸化する観点から、好ましくは1秒以上、より好ましくは10秒以上、さらに好ましくは20秒以上であり、電流を流すことによる測定時間中断の影響を少なくするために、好ましくは300秒以下、より好ましくは200秒以下、さらに好ましくは100秒以下である。
【0045】
センシング部位8の電極系は、
図1および
図2に示されるように、作用電極2と対電極(基準電極)3とからなる二電極系であってもよいが、
図3に示されるように、三電極系としてもよい。すなわち、本開示の酵素センサー1の電極系は、作用電極2および対電極3とは独立に、被測定物質を含む溶液に接し得る参照電極11をさらに備えた、三電極系としてもよい。この場合、参照電極11が基準電極として機能する。
【0046】
図4に示されるように、本開示の酵素センサー1は、電極系を上記三電極系とし、更に、必要に応じて作用電極2と対電極3の間に所定電圧を印加して電流を流すことができる手段として、例えば回路10bを備えていてもよい。本態様では、必要に応じて作用電極2と対電極3の間に電圧を印加して回路10bに電流を流すことにより、作用電極2に固定された酸化還元物質を酸化または還元できる。そのため、例えば、基質と酵素との反応(酵素反応)によって酸化体が生成される場合には、測定開始前に作用電極2の電位を卑側に偏位させることにより測定開始時の酸化体の比率を下げる等すれば、より長時間の基質の濃度の経時変化を測定することができる。
【0047】
また、電極系を上記三電極系とした場合にも、必要に応じて、例えば、間歇的に、作用電極2と対電極3の間に所定時間、電圧が印加され、作用電極2と対電極3の間に電流が流れるように制御されていると、酵素センサー1の繰り返し使用が可能となり、好ましい。かかる態様は、例えば、基質と酵素との反応(酵素反応)に起因して酸化還元物質が酸化される場合には、作用電極2の電位が、上記線形関数(ii)が成立する電位よりも少し小さい値を越えると導通状態になり、例えば作用電極2の電位が測定開始時の作用電極2の電位と等しくなると非導通状態になるように調整した回路10bをスイッチとして追加することにより実行できる。基質と酵素との反応(酵素反応)に起因して酸化還元物質が還元される場合には、上記線形関数(ii)が成立する電位よりも少し大きな値を用いて、同様に実行できる。
【0048】
尚、前記の「少し小さい値」は、例えば、上記線形関数(ii)が成立する電位よりも好ましくは5~10%小さい値であり、前記の「少し大きな値」は、例えば、上記線形関数(ii)が成立する電位より好ましくは5~10%大きい値である。
【0049】
図5に示すように、本開示の酵素センサー1は、dV/dt出力機構9と信号処理機構16と表示部12とを含む、演算器13を含んでいてもよい。信号処理機構16は、好ましくは、前記時間微分値dV/dtに対応する前記基質の濃度の絶対値を下記線形関数(i)を用いて経時的に算出する機構であるが、前記基質の濃度の相対値を表示する機構であってもよい。表示部12はアナログ表示部でもデジタル表示部でもよい。
【0050】
前記信号処理機構16は、一態様において、記憶部15と中央処理部14を含む。記憶部15は、主記憶部(メモリー)15aと補助記憶部(ストレージ)15bとを含む。主記憶部15aには、時間微分値dV/dtから前記基質の濃度の絶対値を算出するための下記線形関数(i)が格納される。かかる態様では、演算部及び制御部を含むCPU等の中央処理部14により主記憶部15aに格納された上記絶対値を算出するためのプログラムが実行されて、下記線形関数(i)から前記時間微分値dV/dtに対応する基質の濃度の絶対値が経時的に算出される。算出された基質の濃度の絶対値は補助記憶部15bに記録される。また、算出された基質の濃度の絶対値は、制御部による制御により表示部12に表示可能なように、デジタル処理が行われていてもよい。
前記信号処理機構16は、別の一態様において、dV/dt出力機構9が出力した電圧を、例えば抵抗分割等により電圧変換し、それを電圧計(図示せず。)に下記線形関数(i)から算出される前記基質の濃度の絶対値もしくは相対値として表示する構成であってもよい。
前記信号処理機構16は、さらに別の一態様において、前記電圧計(図示せず。)がアナログ電圧計であり、当該アナログ電圧計の目盛を、前記線形関数(i)から算出される基質の濃度で表示した、アナログ的な構成であってもよい。
【数13】
【0051】
尚、
図1~5において、計測部は明記されていないが、
図1~5に示された本開示の酵素センサー1において、dV/dt出力機構9に計測部が含まれていてもよい。
また、
図1~
図5に示された酵素センサー1は、dV/dt出力機構9を含んでいるが、
図6に示されるように、本開示の酵素センサー100は、dV/dt出力機構9に代えて、基準電極と作用電極2の間の電位差(OCV)を経時的に計測可能とする計測部101と、得られた電位差のデジタル情報を外部の情報処理端末102に送信するための通信用インターフェースを含む構成としてもよい。
【0052】
計測部101は、前記作用電極2と前記基準電極3とが電気接続され、且つ、作用電極2及び対電極(基準電極)3に電圧を印加せず、実質的に電流も流していない状態で、基質と酵素との反応に起因する酸化還元物質における酸化体と還元体の濃度変化によって生じる基準電極3と作用電極2の間の電位差(OCV)を経時的に計測可能とする。計測部101により測定される電位差(OCV)は、前記酸化還元物質が基質と酵素との反応により、酸化される場合には貴側にシフトし、還元される場合には卑側にシフトする。計測部101としては、例えば、ポテンショスタットが使用できる。
【0053】
通信用インターフェースは、無線用又は有線用のいずれであってもよい。通信用インターフェースは、本開示の酵素センサーから他のデバイスまたはシステムにデータを転送するための手段を意味し、例えば、無線通信インターフェースの例としては、wi-fi、Blutooth(登録商標)の技術等が挙げられる。
【0054】
情報処理端末102は、前記電位差の時間微分値dV/dtを算出可能とする、例えば、デジタル式電子計算機であり、例えば、演算部及び制御部を含むCPU(中央処理部)とメモリーとストレージとを含む記憶部とを含む信号処理機構と、入力部と、表示部とを含む。
【0055】
前記メモリーには、時間微分値dV/dtを前記基質の濃度の絶対値に換算するための上記線形関数(i)が格納されており、CPUにより、メモリーに格納された基質濃度の絶対値を算出するためのプログラムが実行されて前記時間微分値dV/dtに対応する基質の濃度の絶対値の経時変化が出力される。
【0056】
したがって、本開示は、一態様において、
被測定物質を含む溶液中の前記被測定物質の濃度を測定するための酵素センサーであり、
前記溶液に各々接しうる作用電極および基準電極と、
前記作用電極に各々固定された酵素および可逆的に酸化還元可能な酸化還元物質と、
前記被測定物質と前記酵素との反応に起因する前記酸化還元物質における酸化体と還元体の濃度変化によって生じる前記基準電極と前記作用電極との間の電位差を経時的に計測可能とする、計測部と、
前記電位差の時間微分値dV/dtを算出可能とする外部の情報処理端末に送信するための通信用インターフェースと、を含み、
前記電位差は、前記酸化還元物質が前記被測定物質と前記酵素との反応により、酸化される場合には貴側にシフトし、還元される場合には卑側にシフトする、酵素センサーに関する。
【0057】
また、本開示は、一態様において、
被測定物質を含む溶液中の前記被測定物質の濃度を測定するための測定システムであり、
前記測定システムは、酵素センサーと信号処理機構と表示部とを含み、
前記酵素センサーは、
前記溶液に各々接しうる作用電極および基準電極と、
前記作用電極に各々固定された酵素および可逆的に酸化還元可能な酸化還元物質と、
前記被測定物質と前記酵素との反応に起因する前記酸化還元物質における酸化体と還元体の濃度変化によって生じる前記基準電極と前記作用電極との間の電位差を経時的に計測可能とする、計測部とを含み、
前記電位差は、前記酸化還元物質が前記被測定物質と前記酵素との反応により、酸化される場合には貴側にシフトし、還元される場合には卑側にシフトし、
前記信号処理機構は前記電位差から下記線形関数(i)を用いて前記被測定物質濃度の濃度を算出し、
前記表示部は前記信号処理機構が算出した前記被測定物質の濃度を表示し得る、測定システムに関する。
【数14】
上記線形関数(i)中、Vは前記基準電極と前記作用電極との間の前記電位差、tは時間、C
Mは被測定物質の濃度、Aは比例定数である。
【0058】
dV/dt出力機構9および計測部101は、どのような方法で構成しても、電位差を計測する限り有限の入力インピーダンスを持つため、dV/dt出力機構9または計測部101による負荷効果よって、これらに接続された作用電極2に微小電流(リーク電流)が流れてしまう。基質と酵素との反応(酵素反応)よって酸化還元物質が酸化される場合には、この微小電流により酸化体が還元されてしまい、基質と酵素との反応(酵素反応)によって酸化還元物質が還元される場合には、還元体が酸化されてしまう。この微小電流による酸化体の還元または還元体の酸化が、基質と酵素との反応(酵素反応)によって生成される酸化体または還元体の量に比べて無視できなくなると、測定される作用電極2と基準電極3との電位差について、前記式(1)(化学反応速度論式)および線形関数(i)が成立しなくなる。
【0059】
上記微小電流による酸化体の還元または還元体の酸化が実質的に酵素センサーに影響を与えないためには、dV/dt出力機構9または計測部101の入力インピーダンスを常法に従って十分に高くし、作用電極2に流れる微小電流を十分小さくする必要がある。例えば、オペアンプを用いれば、容易に、dV/dt出力機構9または計測部101の入力インピーダンスを、負荷効果を無視できる程度の大きい値とすることができる。前記入力インピーダンスは、例えば、負荷効果による電流により還元または酸化された酸化還元物質の量が酵素反応により酸化または還元された酸化還元物質の50%以下、好ましくは10%以下となるように設定されるのが好ましい。
【0060】
dV/dt出力機構9または計測部101の入力インピーダンスが十分高いかどうかは、測定中の作用電極の電位が、基質と酵素との反応に起因して酸化還元物質が酸化される場合には貴側にシフトし、基質と酵素との反応に起因して酸化還元物質が還元される場合には卑側にシフトする状況になることで確認できる。
【0061】
以下に、本開示の酵素センサーの各構成について、より詳細に例示する。
【0062】
<センシング部位>
[酸化還元物質]
本開示の酵素センサー1を構成する酸化還元物質としては、電極に電子を伝達できる酸化還元物質であれば特に制限はなく、従来公知のものを使用できる。酸化還元物質としては、例えば、プルシアンブルー、メルドラブルー、テトラチアフルバレン、ハイドロキノンや1,4-ナフトキノン等のキノン類、フェロセン、フェロセン誘導体、フェロシアン化カリウム、フェリシアン化物、オスミウム錯体、p-アミノフェノール等が挙げられる。
【0063】
酸化還元層5は、作用電極2上に酸化還元物質を含む溶液を滴下または塗工した後、乾燥することにより形成できる。前記溶液は、例えば、酸化還元物質が分散媒に分散された分散液である。未固定の酸化還元物質は洗浄により除去されると好ましく、洗浄液としては、例えば、純水や緩衝液を用いることができる。作用電極2上に固定される酸化還元物質の総量は、本開示の酵素センサー1の用途(基質の種類)等に応じて、例えば、所望の測定時間中に、上記線形関数(ii)が成り立つように、適宜決定される。また、溶液に導電材を混合すると酸化還元層5の導電性が高くなり好ましい。酸化還元層5に含まれる前記導電材としては、例えば、導電性炭素材料が挙げられ、なかでも、導電性が良好で、比表面積が大きく作用電極2上への酵素および酸化還元物質の固定が良好に行えるという理由から、好ましくは、カーボンナノチューブ(CNT)である。カーボンナノチューブは、単層カーボンナノチューブ、多層カーボンナノチューブのいずれであってもよい。
【0064】
[還元剤]
酵素反応によって酸化還元物質が酸化される場合、酸化還元物質層5には、酸化還元物質に加えて還元剤が予め含まれていると好ましい。酸化還元物質層に還元剤が予め含まれていると、測定開始時の作用電極の電位をより卑側に設定することができるため、上記線形関数(i)が成り立つ電位の時間微分値dV/dtをより長時間測定することできる。
【0065】
還元剤の種類としては前記酸化還元物質を還元できるものであれば特に制限はなく、従来公知のものを使用できる。還元剤としては、メルカプトプロパンジオール、メルカプトエタノール、メルカプトメタノール、チオフェノールなどのチオール化合物、チオ尿素、アスコルビン酸、シュウ酸、ギ酸、没食子酸、尿酸、水素化アルミニウムリチウム、水素化ホウ素ナトリウム、ヒドラジン等が挙げられる。
【0066】
酸化還元物質層に含まれる還元剤と酸化還元物質のモル比(還元剤/酸化還元物質)は、上記線形関数(i)が成り立つ電位の時間微分値dV/dtを長時間測定できる観点から、好ましくは0.1以上であり、より好ましくは、0.5以上であり、さらに好ましくは0.8以上であり、酸化還元物質の酸化体濃度を還元体濃度より大きくして電位差の時間微分値dV/dtと基質濃度の比例関係を維持する観点から、好ましくは30以下、より好ましくは20以下、さらに好ましくは10以下である。
【0067】
[酸化剤]
酵素反応によって酸化還元物質が還元される場合、酸化還元物質層5には、酸化還元物質に加えて酸化剤が予め含まれていると好ましい。酸化還元物質層に酸化剤が予め含まれていると、測定開始時の作用電極の電位をより貴側に設定することができるため、上記線形関数(i)が成り立つ電位の時間微分値dV/dtをより長時間測定することできる。
【0068】
酸化剤の種類としては前記酸化還元物質を酸化できるものであれば特に制限はなく、従来公知のものを使用できる。酸化剤としては、過酸化水素などの過酸化物や硝酸カリウム、クロム酸等が挙げられる。
【0069】
酸化還元物質層に含まれる酸化剤と酸化還元物質のモル比(酸化剤/酸化還元物質)は、上記線形関数(i)が成り立つ電位の時間微分値dV/dtを長時間測定できる観点から、好ましくは0.1以上であり、より好ましくは0.5以上であり、さらに好ましくは0.8以上であり、酸化還元物質の還元体濃度を酸化体濃度より大きくして電位差の時間微分値dV/dtと基質濃度の比例関係を維持する観点から、好ましくは30以下、より好ましくは20以下、さらに好ましくは10以下である。
【0070】
[酵素]
センシング部位8を構成する酵素としては、反応により電子を授受できる酵素であれば特に制限はなく、センシング対象(基質)に応じて適宜適用されるが、基質と選択的に反応する酵素が好ましい。例えば、血液や尿等にふくまれるグルコースがセンシング対象である場合、酵素としては、グルコースオキシターゼ(GOD)やグルコースデヒドロゲナーゼ(GDH)等が挙げられる。そのほかにも生体液中に含まれるセンシング対象に応じて使用できる酵素として、乳酸オキシダーゼ、乳酸デヒドロゲナーゼ、ウレアーゼ、ウリカーゼ、アミノ酸オキシダーゼ、ビリルビンオキシダーゼ、コレステロールオキシダーゼ、アルコールオキシダーゼ、アルコールデヒドロゲナーゼ等が挙げられる。
【0071】
酵素固定化層4は、例えば、酸化還元層5上に酵素とキトサン等の結着剤とを含む溶液を滴下または塗工した後、乾燥することにより形成できる。上記溶液は、例えば、酵素が溶解された溶液と、結着剤が溶解された溶液との混合液である。未固定の酵素は洗浄により除去されると好ましく、洗浄液としては、例えば、純水や緩衝液を用いることができる。結着剤としては、キトサンの他に、ポリビニルブチラール、セルロースアセテート、ポリビニルアルコール、ポリ-L-リジン、2-メタクリロイルオキシエチルホスホコリン重合体、フィブロイン等を用いることができる。またグルタルアルデヒドなどの架橋剤を用いて酵素同士を共有結合で架橋することで酵素固定層を形成できる。
【0072】
このようにして、作用電極2上に酵素と酸化還元物質とが固定された酵素修飾電極が得られる。作用電極2に固定される酸化還元物質の総量および酵素の総量は、本開示の酵素センサーの用途(基質の種類)等に応じて、例えば、所望の測定時間中に、上記線形関数(ii)が成り立つように、適宜決定される。
【0073】
[作用電極、参照電極、対電極]
本開示の酵素センサー1を構成する作用電極2、対電極3、必要に応じて含まれる参照電極11は、各々、例えば、基材7上に形成された導電層からなる。これらの導電層の材料は、酵素との反応生成物に配慮して選択される。典型的には、金、パラジウム、白金、ロジウム、インジウム又はイリジウム等の金属、炭素材料等が挙げられる。好ましくは金または白金であるが、被測定物質を含む溶液と反応を起こさない導電材料であってもよい。好ましくは、対電極3は白金、作用電極2は金、参照電極11は金にAg/AgCl電極を構成したものである。前記導電層は、例えば、基材7上の任意の位置にこれらの金属を蒸着等して形成される。または、別個に準備した金属薄膜を、基材7に貼り付けて、各種電極としてもよい。また、導電層(電極)は、材料に応じて、真空蒸着、電子線ビーム、スパッタリング、メッキ、CVD、イオンプレーティングコーティング、インクジェット、印刷などの、従来から公知の方法により形成されてもよい。対電極3は、前記基材および導電層を用いずに、金属ワイヤ―や金属板を用いて形成されたものであってもよい。参照電極も、前記基板および導電層を用いずに、ガラス管にAg/AgCl等の基準電極物質を封入したものでもよい。さらに、対電極3とは別に参照電極11を含まない二電極系では、作用電極2の電位の基準を明確化するために、対電極3にAg/AgCl等の基準電位となる電極を用いてもよい。
【0074】
[基材]
上記基材の材料としては、例えば、ポリイミド(PI)樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂、ポリサルフォン樹脂等から構成されるシートであってもよいし、これらからなるフィルム状のフレキシブル材料であってもよい。
【0075】
[被測定物質(基質)の濃度の測定方法]
次に、本開示の酵素センサーを用いた、本開示の被測定物質(センシング対象)の濃度の測定方法(以下「本開示の測定方法」と略称する場合もある。)について説明する。
【0076】
本開示の測定方法は、被測定物質(例えば、生体物質)の濃度を経時的に測定する方法であり、一態様において、少なくとも下記工程(A)および(B)を含む。
本開示の測定方法は、工程(A)および(B)に加えて、さらに工程(C)を含んでいてもよい。
本開示の測定方法では、一態様において、経時的に時間微分値dV/dtを取得するので、下記(A)~(C)はほぼ同時進行する。
(A)作用電極と基準電極の両方に前記被測定物質を含む溶液6を接触させること。
(B)前記作用電極と前記基準電極とが電気接続され、且つ、作用電極及び基準電極に電圧を印加せず、実質的に電流が流れていない状態で、基準電極と作用電極との間の電位差の時間微分値dV/dtを経時的に得ること。
(C)前記時間微分値dV/dtを用いて、下記線形関数(i)から、前記時間微分値dV/dtに対応する前記基質の濃度の絶対値を得ること。
【0077】
【0078】
上記工程(B)で得られた前記時間微分値dV/dtが、上記工程(C)において、各々、基質濃度の絶対値に換算される。ゆえに上記工程(A)~(C)を含む本開示の測定方法によれば、基質濃度の絶対値の経時変化を計測できる。
【0079】
基質濃度の相対変化のみを計測したい場合は、上記工程(C)は行わず、上記工程(B)で得られた時間微分値dV/dtをそのまま使用すればよい。
【0080】
上記(C)は、本開示の酵素センサーによって行ってもよいし、外部の情報処理端末にて行ってもよい。上記(C)が外部の情報処理端末で行われる場合、上記(B)は、当該時間微分値dV/dtを得た後、当該時間微分値dV/dtを外部の情報処理端末に送信することを含む。
【0081】
本開示の測定方法は、所定時間、上記(A)~(C)を実行した後、下記(D)を更に行ってもよい。
(D)作用電極の電位が予め設定された所定の電位に達すると、作用電極と対電極との間に所定の電圧を印加して作用電極と対電極との間に電流を流し、作用電極の電位を測定開始前の値に戻すこと。
上記(D)は、酵素センサーの電極系が、作用電極と対電極とからなる二電極系、又は、作用電極と対電極と参照電極とからなる三電極系のいずれであっても行える。上記(D)は、酵素センサーが、作用電極の電位に応じて作用電極と対電極とが導通状態または非導通状態になるように調整した回路10a,10bをスイッチとして含むことにより実行できる。
【0082】
上記の通り、酵素反応に起因して測定系における還元体の量または酸化体の量が少なくなりすぎると、前記時間微分値dV/dtと基質濃度の相関が悪くなる。本開示の酵素センサーによる前記被測定物質の濃度の連続測定時間は、例えば、最大で上記線形関数(i)が成立する時間である。
前記「予め設定された所定の電位」とは、基質と酵素との酵素反応により酸化還元物質が酸化される場合には、上記線形関数(i)が成立する作用電極2の電位より少し小さい値である。基質と酵素との酵素反応により酸化還元物質が還元される場合には、上記線形関数(i)が成立する作用電極2の電位より少し大きい値である。
【0083】
前記の「少し小さい値」は、例えば、上記線形関数(i)が成立する作用電極2の電位よりも好ましくは5~10%小さい値であり、前記の「少し大きい値」は、例えば上記線形関数(i)が成立する作用電極2の電位より好ましくは5~10%大きい値である。
【0084】
本開示の測定方法に使用される本開示の酵素センサーは、一態様において、基準電極が、三電極系を構成する参照電極である。即ち、本態様では、酵素センサーは、作用電極と対電極と参照電極(基準電極)を含む。作用電極の参照電極(基準電極)に対する電位が所望する酸化体と還元体の比に対応する電位になるように、作用電極と対電極の間に印加する電圧を調整することにより、測定開始前に、酸化還元物質の酸化体と還元体の比を所望の値に設定することができる。これにより、例えば、基質と酵素との反応(酵素反応)によって酸化体が生成される場合には、測定開始前に作用電極の電位を卑側に偏位させることにより測定開始時の酸化体の比率を下げる等すれば、より長時間の基質の濃度の経時変化を測定することができる。
【0085】
本開示の酵素センサーの用途としては、酸化還元酵素の基質特異性という性質を利用できる用途であれば特に制限はなく、例えば、生体試料中の有機物質や体液をセンシング対象とした生体センサーや、環境試料中のウイルスや抗体などをセンシングするバイオセンサーが挙げられる。より具体的には、血液中の糖濃度を計測する血糖値センサーや、尿中の糖濃度を測定する尿糖値センサー、汗中の乳酸濃度を測定する乳酸センサー、食品や下水などに存在するウイルスセンサー等が挙げられる。
【実施例0086】
以下、実施例により本開示をさらに詳細に説明するが、これらは例示的なものであって、本開示はこれら実施例に制限されるものではない。
【0087】
(実施例1)
[作用電極]
メタルマスクを通して、基材(ポリイミドフィルム、厚さ125μm)70の上に、Auを厚さが50nmとなるように真空蒸着して、
図7に示されたパターンの作用電極21を形成した。次に、作用電極21のうちの直径が3mmの円形状部分21aの上に、0.2wt%のカーボンナノチューブ水分散溶液(TUBALL製)と1wt%プルシアンブルー(酸化還元物質、Aldrich製)を含む水溶液とを、体積比率10:1で混合した混合溶液を5μl滴下し、80℃の恒温槽内で10分間乾燥させて、プルシアンブルー含有のカーボンナノチューブ層を、酸化還元層として形成した。
【0088】
次に、1wt%グルコースオキシダーゼ(酵素、Aldrich製)を含むPBS溶液(リン酸緩衝生理食塩水、pH=7.2、ライフテクノロジー製)と1wt%のキトサン(Aldrich製)を含む2wt%酢酸(富士フイルム和光純薬製)溶液を体積比率1:2で混合した混合溶液10μlを、プルシアンブルー含有のカーボンナノチューブ層(酸化還元層)の上に滴下し、25℃で20時間乾燥した。その後、未固定の酵素をPBS溶液で洗浄して除去し、常温で乾燥することで酵素固定層を形成し、酵素と酸化還元物質が作用電極21に固定化された酵素修飾電極を得た。
【0089】
作製した作用電極をグルコース溶液に浸漬した場合には、酵素反応によって生成した過酸化水素によって酸化還元物質(プルシアンブルー)は酸化される。
【0090】
[対電極(基準電極)]
対電極には、銀/塩化銀電極を使用した。
【0091】
[基質濃度の測定方法]
図8の測定系を用いて、下記の通り被測定物質(基質)の濃度の測定を行った。
図8に示されるように、酵素と酸化還元物質が作用電極21に固定化された酵素修飾電極を非反転増幅回路27の非反転入力端子に接続した。対電極22はグランド電位になるように接続した。前記酵素修飾電極と対電極22を10mLのPBS溶液(被測定溶液)に浸漬させ、被測定溶液は撹拌子24を用いて500rpmで攪拌させた。まず、初めに微分回路28によって出力された作用電極21の電位の時間微分値dV/dtの計測を開始した。20秒後に攪拌しているPBS溶液に100mMのD-グルコース溶液を1μL添加することで測定溶液中のグルコース濃度を、10μMに調整した。その後、連続的にグルコース濃度を20μM、40μM、60μM、100μMと変化させたところ、
図11に示すような、各グルコース濃度に対する作用電極21の電位の時間微分値dV/dtを連続的に計測したグラフを得た。
【0092】
[被測定物質の定量]
図11に示された、各グルコース濃度に対する時間微分値dV/dtから、
図12に示されるように、グルコース濃度と時間微分値dV/dtとが比例関係となるプロット(検量線データ)を得た。このプロットは下記線形関数(i)と整合していた。そして、上記の外部の情報処理端末(デジタル式電子計算機)のメモリーに下記線形関数(i)を格納しておき、同じくメモリーに格納され当該線形関数(i)を用いて基質濃度の絶対値を算出するためのプログラムを実行することで、前記時間微分値dV/dtに対応するグルコース濃度を出力できた。
【0093】
【0094】
(実施例2)
[作用電極]
作用電極21(
図9参照)およびそれを含む酵素修飾電極は実施例1と同様にして作製した。
[対電極(基準電極)]
対電極22には銅電極を使用した。
【0095】
[基質濃度の測定方法]
図9の測定系を用いて、下記の通り、被測定物質(基質)の濃度の測定を行った。
図9に示されるように、酵素と酸化還元物質が作用電極21に固定化された酵素修飾電極と対電極22とを、通電を制御するスイッチ25と所定の電位を与える電源26で接続した後、前記酵素修飾電極を非反転増幅回路27の非反転入力端子に接続した。前記酵素修飾電極と対電極22を10mLの30μMのグルコースのPBS溶液(被測定溶液)に浸漬させ、被測定溶液は攪拌子24を用いて500rpmで攪拌させた。その後、下記(1)~(3)を行った。
【0096】
(1)作用電極21と対電極22が通電しないようにスイッチ25を開放した状態で、非反転増幅回路27により作用電極21の電位変化を計測し、経時で電位が貴側に増加する結果を得た。
(2)非反転増幅回路27で計測された作用電極21の電位が0.180Vに到達したら、スイッチ25を閉じて作用電極21と対電極22の間に0.115Vの電圧を10秒間印加して、作用電極21と対電極22を通電し、作用電極21の電位を0.115Vに戻した。
(3)作用電極21の電位が所定の値(0.115V)に戻ったら、直ちに作用電極21と対電極22が通電しないようにスイッチ25を開放した後、再び、非反転増幅回路27により作用電極21の電位変化を計測した。
【0097】
その後上記(2)と(3)を6回繰り返すことで、
図13に示すように、経時で変化する作用電極21の電位を表すグラフを得た。さらに、非反転増幅回路27に接続された微分回路28で作用電極21の電位の時間微分値を計測することで、
図14に示す、経時で変化する作用電極21の電位に対して一定の時間微分値dV/dtを表すグラフを得た。作用電極21と対電極22の間を通電している間は、
図14において、作用電極21の電位の時間微分値dV/dtの計測は停止している。
なお、非反転増幅回路27の非反転入力端子の入力インピーダンスは1MΩ以上であった。
【0098】
(実施例3)
[作用電極]
作用電極29(
図10参照)およびそれを含む酵素修飾電極は実施例1と同様にして作製した。
[対電極]
対電極30には白金電極を使用した。
[参照電極(基準電極)]
参照電極31には銀/塩化銀電極を使用した。
【0099】
[基質濃度の測定方法]
図10は、被測定物質(基質)の濃度の測定系の別の一態様である。
図10に示されるように、参照電極31がグランド電位になるように対電極30の電位を制御する回路34を用いた。所定の電圧を印加して作用電極29と対電極30との通電を制御するスイッチ35と非反転増幅回路37の非反転入力端子に、酵素と酸化還元物質が作用電極29に固定化された酵素修飾電極を接続した。前記酵素修飾電極と対電極30と参照電極31を10mLのPBS溶液に浸漬させた。PBS溶液は攪拌子33を用いて500rpmで攪拌させた後、まず、初めに作用電極29と対電極30とを通電するようにスイッチ35を100秒間閉じた。この時の参照電極31に対する作用電極29の電位を0.015Vとした。次に、作用電極29と対電極30とが通電しないようにスイッチ35を開放した後、微分回路38によって出力された作用電極29の電位の時間微分値dV/dtの計測を開始した。40秒後に攪拌しているPBS溶液に100mMのD-グルコース溶液を1μL添加することで測定溶液中のグルコース濃度を、10μMに調整した後に、連続的にグルコース濃度を30μM、50μM、75μM、100μM、200μMと変化させた。グルコース濃度が100μMのPBS溶液の計測中に作用電極電位が0.08Vに達したために、微分回路38による作用電極電位の時間微分の測定を停止し、作用電極29と対電極30とが通電するようにスイッチ35を80秒間閉じて、作用電極29の電位を0.015Vに戻した。作用電極29の電位が0.015Vに戻ったら、直ちに作用電極29と対電極30とが通電しないようにスイッチ35が開放され、微分回路38による作用電極29の電位の時間微分値dV/dtの計測が再開された。
図15に示すように、各グルコース濃度に対する作用電極29の電位の時間微分値dV/dtが連続的に計測されたグラフを得た。さらにリアルタイムでグルコース濃度が計測可能であることが確認できた。
【0100】
[被測定物質の定量]
図15に示された、各グルコース濃度に対する時間微分値dV/dtから、
図16に示されるように、グルコース濃度と時間微分値dV/dtとが比例関係となるプロット(検量線データ)を得た。このプロットは上記線形関数(i)と整合していた。そして、上記の外部の情報処理端末(デジタル式電子計算機)のメモリーに上記線形関数(i)を格納しておき、同じくメモリーに格納され上記線形関数(i)を用いて基質濃度の絶対値を算出するためのプログラムを実行することで、前記時間微分値dV/dtに対応するグルコース濃度を出力できた。
【0101】
(実施例4)
[作用電極]
作用電極21(
図8参照)およびそれを含む酵素修飾電極は実施例1と同様にして作製した。
[対電極(基準電極)]
対電極22には、銀/塩化銀電極を使用した。
[電極電位の計測と連続測定可能時間の計測]
図8に示されるような測定系を用いて、酵素と酸化還元物質が作用電極21に固定化された酵素修飾電極を非反転増幅回路27の非反転入力端子に接続した。対電極22はグランド電位になるように接続した。前記酵素修飾電極と対電極22を10mLのPBS溶液(被測定溶液)に浸漬させ、被測定溶液は撹拌子24を用いて500rpmで攪拌させた。まず、初めに非反転増幅回路27によって出力された作用電極21の電位を計測したところ、0.015Vであった。次に攪拌しているPBS溶液に100mMのD-グルコース溶液を10μL添加することで測定溶液中のグルコース濃度を、10μMに調整した。その後、前記線形関数(i)が成り立つ電位の時間微分値dV/dtが連続的に測定可能な時間を計測したところ70秒であった。
【0102】
(実施例5)
[作用電極]
作用電極21(
図8参照)は実施例4と同様にして作製した。
作用電極21(
図7参照)のうちの直径が3mmの円形状部分21aの上に、0.2wt%のカーボンナノチューブ水分散溶液(TUBALL製)と、100mMに調整したアスコルビン酸(還元剤、東京化成工業社製)水溶液にプルシアンブルー(酸化還元物質、Aldrich製)を添加して得た水溶液(プルシアンブルーの含有量:1質量%)とを、体積比率10:1で混合した混合溶液を5μl滴下したこと以外は、実施例1と同様にして、酵素修飾電極を作製した。アスコルビン酸とプルシアンブルーのモル比(還元剤/酸化還元物質)は8.6とした。
[対電極(基準電極)]
対電極22には、銀/塩化銀電極を使用した。
[電極電位の計測と連続測定可能時間の計測]
図8に示されるような測定系を用いて、酵素と酸化還元物質が作用電極21に固定化された酵素修飾電極を非反転増幅回路27の非反転入力端子に接続した。対電極22はグランド電位になるように接続した。前記酵素修飾電極と対電極22を10mLのPBS溶液(被測定溶液)に浸漬させ、被測定溶液は撹拌子24を用いて500rpmで攪拌させた。まず、初めに非反転増幅回路27によって出力された作用電極21の電位を計測したところ、―0.05Vであった。次に攪拌しているPBS溶液に100mMのD-グルコース溶液を10μL添加することで測定溶液中のグルコース濃度を、100μMに調整した。その後、前記線形関数(i)が成り立つ電位の時間微分値dV/dtが連続的に測定可能な時間を計測したところ200秒であった。
【0103】
(実施例6)
[作用電極]
作用電極21(
図8参照)は実施例4と同様にして作製した。
作用電極21のうちの直径が3mmの円形状部分21aの上に、0.2wt%のカーボンナノチューブ水分散溶液(TUBALL製)と、50mMに調整した3-メルカプト-1,2-プロパンジオール(還元剤、富士フィルム和光純薬社製)水溶液にプルシアンブルー(酸化還元物質、Aldrich製)を添加して得た水溶液(プルシアンブルーの含有量:1質量%)とを、体積比率10:1で混合した混合溶液を5μl滴下したこと以外は、実施例4と同様にして、作用電極21を含む酵素修飾電極を作製した。3-メルカプト-1,2-プロパンジオールとプルシアンブルーのモル比(還元剤/酸化還元物質)は5.0とした。
[対電極(基準電極)]
対電極22には、銀/塩化銀電極を使用した。
[電極電位の計測と連続測定可能時間の計測]
図8に示されるような測定系を用いて、酵素と酸化還元物質が作用電極21に固定化された酵素修飾電極を非反転増幅回路27の非反転入力端子に接続した。対電極22はグランド電位になるように接続した。前記酵素修飾電極と対電極22を10mLのPBS溶液(被測定溶液)に浸漬させ、被測定溶液は撹拌子24を用いて500rpmで攪拌させた。まず、初めに回路27によって出力された作用電極21の電位を計測したところ、―0.04Vであった。次に攪拌しているPBS溶液に100mMのD-グルコース溶液を10μL添加することで測定溶液中のグルコース濃度を、100μMに調整した。その後、前記線形関数(i)が成り立つ電位の時間微分値dV/dtが連続的に測定可能な時間を計測したところ150秒であった。
【0104】
(実施例7)
[作用電極]
作用電極21(
図8参照)は実施例4と同様にして作製した。
作用電極21のうちの直径が3mmの円形状部分21aの上に、0.2wt%のカーボンナノチューブ水分散溶液(TUBALL製)と、10mMに調整したチオ尿素(還元剤、富士フィルム和光純薬社製)水溶液にプルシアンブルー(酸化還元物質、Aldrich製)を添加して得た水溶液(プルシアンブルーの含有量:1質量%)とを、体積比率10:1で混合した混合溶液を5μl滴下したこと以外は、実施例4と同様にして、作用電極21を含む酵素修飾電極を作製した。チオ尿素とプルシアンブルーのモル比(還元剤/酸化還元物質)は3.0とした。
[対電極(基準電極)]
対電極22には、銀/塩化銀電極を使用した。
[電極電位の計測と連続測定可能時間の計測]
図8に示されるような測定系を用いて、酵素と酸化還元物質が作用電極21に固定化された酵素修飾電極を非反転増幅回路27の非反転入力端子に接続した。対電極22はグランド電位になるように接続した。前記酵素修飾電極と対電極22を10mLのPBS溶液(被測定溶液)に浸漬させ、被測定溶液は撹拌子24を用いて500rpmで攪拌させた。まず、初めに回路27によって出力された作用電極21の電位を計測したところ、―0.02Vであった。次に攪拌しているPBS溶液に100mMのD-グルコース溶液を10μL添加することで測定溶液中のグルコース濃度を、100μMに調整した。その後、前記線形関数(i)が成り立つ電位の時間微分値dV/dtが連続的に測定可能な時間を計測したところ100秒であった。
【0105】
【0106】
実施例4と実施例5~7との比較から分かるように、酸化還元層に予め還元剤が含まれることで、前記線形関数(i)が成り立つ電位の時間微分値dV/dtの連続的測定可能時間を長期化できる。
本開示の酵素センサーによる基質濃度の測定は、作用電極の電位を利用した基質濃度の測定であり、作用電極や被測定物質を含む溶液に電流を流す必要がないため、例えば、基質濃度が低濃度(例えば数十μM)である場合や同時に複数の基質の濃度を測定する場合に有用である。