(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024167402
(43)【公開日】2024-12-03
(54)【発明の名称】衛生陶器
(51)【国際特許分類】
C04B 41/89 20060101AFI20241126BHJP
C09D 201/02 20060101ALI20241126BHJP
【FI】
C04B41/89 Z
C09D201/02
【審査請求】有
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024153474
(22)【出願日】2024-09-05
(62)【分割の表示】P 2023004529の分割
【原出願日】2023-01-16
(31)【優先権主張番号】P 2022005027
(32)【優先日】2022-01-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2022126663
(32)【優先日】2022-08-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000010087
【氏名又は名称】TOTO株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094640
【弁理士】
【氏名又は名称】紺野 昭男
(74)【代理人】
【識別番号】100103447
【弁理士】
【氏名又は名称】井波 実
(74)【代理人】
【識別番号】100111730
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 武泰
(74)【代理人】
【識別番号】100180873
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 慶政
(72)【発明者】
【氏名】内藤 磨男
(72)【発明者】
【氏名】早川 信
(72)【発明者】
【氏名】山本 政宏
(72)【発明者】
【氏名】土方 亮二郎
(57)【要約】 (修正有)
【課題】良好な防汚性と高い耐久性とを兼ね備えた衛生陶器の提供。
【解決手段】衛生陶器用の素地1と、素地の表面に設けられた釉薬層2とを備えてなる衛生陶器であって、釉薬層は、その表面の算術平均線粗さRaが0.03μm以上2.5μm以下であり、衛生陶器の表面は、パーフルオロポリエーテル鎖3を含み、衛生陶器の表面のX線光電子分光法(XPS)測定によるスペクトルのピーク分離によって得られる、パーフルオロポリエーテル鎖のC-F結合を有する全ての炭素原子の数に対する、パーフルオロポリエーテル鎖における酸素原子の数の割合が0.1以上1.0以下であり、パーフルオロポリエーテル鎖におけるC-F結合を有する全ての炭素原子の数に対する、パーフルオロポリエーテル鎖におけるCF
3結合を有する炭素原子の数の割合が20at%以下であることを特徴とする衛生陶器。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
衛生陶器用の素地と、当該素地の表面に設けられた釉薬層とを備えてなる衛生陶器であって、
前記釉薬層は、その表面の算術平均線粗さRaが0.03μm以上2.5μm以下であり、
前記衛生陶器の表面は、パーフルオロポリエーテル鎖を含み、
前記衛生陶器の表面をX線光電子分光法(XPS)測定することによって得られるスペクトルのピーク分離によって得られる、前記パーフルオロポリエーテル鎖におけるC-F結合を有する全ての炭素原子の数に対する前記パーフルオロポリエーテル鎖における酸素原子の数の割合が0.1以上1.0以下であり、
前記ピーク分離によって得られる、前記パーフルオロポリエーテル鎖におけるC-F結合を有する全ての炭素原子の数に対する前記パーフルオロポリエーテル鎖におけるCF3結合を有する炭素原子の数の割合が20at%以下であることを特徴とする衛生陶器。
【請求項2】
前記釉薬層は、その表面の算術平均線粗さRaが0.03μm以上1.5μm以下である、請求項1に記載の衛生陶器。
【請求項3】
前記釉薬層は、その表面の算術平均線粗さRaが0.03μm以上1.0μm以下である、請求項2に記載の衛生陶器。
【請求項4】
前記ピーク分離によって得られる、前記パーフルオロポリエーテル鎖におけるC-F結合を有する全ての炭素原子の数に対する前記パーフルオロポリエーテル鎖における酸素原子の数の割合が0.2以上1.0以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の衛生陶器。
【請求項5】
前記ピーク分離によって得られる、前記パーフルオロポリエーテル鎖におけるC-F結合を有する全ての炭素原子の数に対する前記パーフルオロポリエーテル鎖における酸素原子の数の割合が0.4以上1.0以下である、請求項4に記載の衛生陶器。
【請求項6】
XPSの深さ方向分析で得られるプロファイルにおいて、前記衛生陶器の表面のXPS測定点を始点とし、この始点におけるフッ素原子のピーク面積(As)に対する、ある測定点におけるフッ素原子のピーク面積(Aa)とその1点前の測定点におけるフッ素原子のピーク面積(Ab)との差の絶対値の割合が1.0at%以下となった終点までのスパッタ時間が60秒以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の衛生陶器。
【請求項7】
XPSの深さ方向分析で得られるプロファイルにおいて、前記衛生陶器の表面のXPS測定点を始点とし、この始点におけるフッ素原子のピーク面積(As)に対する、ある測定点におけるフッ素原子のピーク面積(Aa)とその1点前の測定点におけるフッ素原子のピーク面積(Ab)との差の絶対値の割合が1.0at%以下となった終点までのスパッタ時間が60秒以下である、請求項4に記載の衛生陶器。
【請求項8】
XPSの深さ方向分析で得られるプロファイルにおいて、前記衛生陶器の表面のXPS測定点を始点とし、この始点におけるフッ素原子のピーク面積(As)に対する、ある測定点におけるフッ素原子のピーク面積(Aa)とその1点前の測定点におけるフッ素原子のピーク面積(Ab)との差の絶対値の割合が1.0at%以下となった終点までのスパッタ時間が60秒以下である、請求項5に記載の衛生陶器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水がかかり得る環境で使用される、良好な防汚性と高い耐久性とを兼ね備えた衛生陶器に関する。
【背景技術】
【0002】
水まわりで用いられる部材(いわゆる、水まわり部材)は、水が存在する環境下で用いられる。よって、水まわり部材の表面には水が付着しやすい。この表面に付着した水が乾燥することで、水まわり部材の表面に、水道水に含まれる成分であるシリカやカルシウムを含んだ水垢が形成される。また、水まわり部材の表面には、タンパク質や皮脂、カビ等の微生物、金属石鹸などの汚れも付着しやすい。水まわり部材の表面への水垢等の汚れの付着を防止し、また汚れの除去性を高めるために、保護層で被覆するなどして部材表面を改質する技術が知られている。
【0003】
しかしながら、水まわり部材に保護層を設けることで部材表面に着色したり、保護層の傷つき・剥離などにより部材の外観が損なわれたりすることが問題であった。この問題を解決するため、従来から、水まわり部材と化学結合する単分子膜が利用されている。単分子膜は視認できない薄い層であるため、単分子膜を設けることにより、部材の外観を損なうことなく単分子膜の機能を付与することができる。また、単分子膜は水まわり部材と化学結合するため、膜の耐久性も向上する。例えば、フルオロアルキルシラン化合物を含む単分子膜は、部材表面を保護すると共に、防汚効果も有することが知られている。例えば、特開2005-206455号公報(特許文献1)には、タイルの表面にフルオロアルキルシラン化合物を含む膜を形成することで、耐摩耗性を有する防汚性窯業製品が得られることが記載されている。
【0004】
一方、水まわり部材の表面に全く汚れを付着させないことは困難であり、汚れは清掃によって除去される。例えば、衛生陶器においては、その表面の平滑性を上げて汚れを除去し易くすることが試みられている。しかし、汚れが固着することによりその表面が粗化し、表面の親水性が低下してしまうことがある。このような固着した汚れを容易に除去できる衛生陶器が依然求められている。固着した汚れや水垢を除去する場合、強アルカリ性や強酸性の洗剤を使用したり、拭き取るのに必要な力が強くなったり、拭き取り回数が多くなったりする。つまり、水まわり部材は高負荷の使用環境におかれる。その為、上記したフルオロアルキルシラン化合物を含む単分子膜のような薄膜は早期に機能喪失してしまうことがある。そこで近年では、フルオロアルキルシラン化合物と比較して水まわり部材との密着性や耐久性に優れたパーフルオロポリエーテル鎖を含有する化合物を部材表面に適用する技術が提案されている。
【0005】
例えば、特開2011-021088号公報(特許文献2)には、釉薬層を有する衛生陶器の表面に、パーフルオロポリエーテルからなる主剤と、特定平均分子量のアルカンを含む溶媒とを含む防汚塗料を塗布して防汚層を形成することが記載されている。特許文献2によれば、パーフルオロポリエーテルにはCF3側鎖が含まれ(段落0013-0014)、このパーフルオロポリエーテルと特定平均分子量のアルカンを含む防汚塗料を塗布することで平滑性に優れた防汚層を形成する(段落0016)とされている。
【0006】
また、特開2021-113323号公報(特許文献3)には、化学強化ガラスの表面に、パーフルオロポリエーテル基含有化合物を含む表面処理剤を塗布することにより、良好な摩擦耐久性を有する硬化層が形成されることが記載されている。具体的には、パーフルオロポリエーテル基に含まれる-(OC6F12)a-(OC5F10)b-(OC4F8)c-(OC3F6)d-(OC2F4)e-(OCF2)f-において、e/f比は0.9以上であることが必須であり、これにより硬化層の撥水撥油性が高くなる。一方で、e/f比が低くなり過ぎると、硬化層の潤滑性(表面滑り性)が低減し、e/f比が高くなり過ぎると、硬化層の動摩擦係数が高くなり、十分な摩擦耐久性が得られないことが記載されている(段落0039)。より具体的には、e/f比は1.0以上であることが好ましく(段落0039)、[実施例]において、e/f比がそれぞれ1.08、1.03、1.08であるパーフルオロポリエーテル基含有化合物を含む実施例1、2、3の表面処理剤を塗布して形成された硬化層は、耐消しゴム摩擦性試験において良好な結果を示したことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005-206455号公報
【特許文献2】特開2011-021088号公報
【特許文献3】特開2021-113323号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは、一般に高い耐久性を有するとされているパーフルオロポリエーテル鎖を表面に含む衛生陶器の中にも、高負荷の環境下で使用した場合、機能喪失してしまうものがあることを確認した。そして、今般、良好な防汚性とより高い耐久性、とりわけ耐摺動性とを兼ね備えた衛生陶器の新規な構成を見出した。すなわち、衛生陶器固有の凹凸表面が特定のパーフルオロポリエーテル鎖を備えることで、汚れの付着を効果的に防止でき、また一般に高負荷の環境下での清掃が必要とされるような汚れであっても、容易に、すなわち小さい清掃負荷で除去できることを見出した。さらに、汚れを除去する際の清掃負荷に対して高い耐久性、とりわけ耐摺動性を有する衛生陶器が得られることを見出した。本発明は、これらの知見に基づくものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明による衛生陶器は、
衛生陶器用の素地と、当該素地の表面に設けられた釉薬層とを備えてなり、
前記釉薬層は、その表面の算術平均線粗さRaが0.03μm以上2.5μm以下であり、
前記衛生陶器の表面は、パーフルオロポリエーテル鎖を含み、
前記衛生陶器の表面をX線光電子分光法(XPS)測定することによって得られるスペクトルのピーク分離によって得られる、前記パーフルオロポリエーテル鎖におけるC-F結合を有する全ての炭素原子の数に対する前記パーフルオロポリエーテル鎖における酸素原子の数の割合が0.1以上1.0以下であり、
前記ピーク分離によって得られる、前記パーフルオロポリエーテル鎖におけるC-F結合を有する全ての炭素原子の数に対する前記パーフルオロポリエーテル鎖におけるCF3結合を有する炭素原子の数の割合が20at%以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、特定の表面粗さを有する釉薬層表面に特定のパーフルオロポリエーテル鎖を備えることにより、高負荷の環境下(汚れを除去する際に、強アルカリ性や強酸性の洗剤を使用したり、強い力で拭き取ったり、拭き取り回数が多くなるなどの環境下)で使用されたとしても、摺動力に対する優れた耐久性を有するため、良好な防汚性を維持可能な衛生陶器が提供される。加えて、本発明によれば、衛生陶器固有の性質(例えば、質感、光沢性、硬度など)を活かした美しい外観を維持したまま、上述した良好な防汚性と高い耐久性とを兼ね備えた衛生陶器が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明による衛生陶器の一例を示す模式図とその拡大図である。
【
図2】衛生陶器表面に負荷をかける前後の当該表面の模式図である。
【
図3】処理液aを用いて作製した衛生陶器表面のXPSスペクトルおよびピーク分離の結果を示す図である。
【
図4】処理液bを用いて作製した衛生陶器表面のXPSスペクトルおよびピーク分離の結果を示す図である。
【
図5】処理液cを用いて作製した衛生陶器表面のXPSスペクトルおよびピーク分離の結果を示す図である。
【
図6】処理液dを用いて作製した衛生陶器表面のXPSスペクトルおよびピーク分離の結果を示す図である。
【
図7】処理液eを用いて作製した衛生陶器表面のXPSスペクトルおよびピーク分離の結果を示す図である。
【
図8】処理液fを用いて作製した衛生陶器表面のXPSスペクトルおよびピーク分離の結果を示す図である。
【
図9】処理液gを用いて作製した衛生陶器表面のXPSスペクトルおよびピーク分離の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
衛生陶器
本発明において、「衛生陶器」とは、バスルーム、トイレ空間、化粧室、洗面所、または台所などで用いられる陶器製品を意味する。具体的には、大便器、小便器、便器のサナ、便器タンク、洗面器、手洗い器などを意味する。
【0013】
図1Aは、本発明による衛生陶器の断面構造を表した模式図であり、
図1Bは、
図1Aの丸で囲んだ部分の拡大図である。本発明による衛生陶器10は、
図1Aに示すように、衛生陶器用の素地1と釉薬層2とを備える。衛生陶器10は、釉薬層2の表面にパーフルオロポリエーテル鎖3を含む。
【0014】
衛生陶器用の素地
本発明において、衛生陶器用の素地1は特に限定されず、衛生陶器10に使用される公知の衛生陶器用の素地を利用できる。衛生陶器用の素地1は、珪砂、長石、石灰石、粘土などを原料として調製し成形し焼成することにより得られた、従来知られた衛生陶器用の素地であってよい。
【0015】
本発明の一つの態様において、釉薬層2と衛生陶器用の素地1との間に、衛生陶器用の素地1とは性状の異なる他の素地からなる中間層が設けられていてもよい。このことにより、製造時の焼成過程において陶器素地から釉薬層2に浸入する気泡を抑制することができ、外観に優れるだけでなく、清掃性に優れた釉薬層2を形成することができる。
【0016】
釉薬層
本発明において、釉薬層2の表面の算術平均線粗さRaは、0.03μm以上2.5μm以下である。好ましくは、釉薬層2の表面の算術平均線粗さRaは、0.03μm以上1.5μm以下である。より好ましくは、釉薬層2の表面の算術平均線粗さRaは、0.03μm以上1.0μm以下である。算術平均線粗さRaは、JIS-B0633(2001年)の「7.触針式表面粗さ測定機による評価の方式及び手順」に準拠して、JIS-B0651(2001年)に準拠した触針式表面粗さ測定装置を用いて得られる。本発明において、釉薬層2の表面の算術平均線粗さRaは、衛生陶器10の表面の算術平均線粗さRaと同じであると考えられる。したがって、衛生陶器10の表面の算術平均線粗さRaを測定することにより、釉薬層2の算術平均線粗さRaを求めることが可能である。この理由は、衛生陶器10の表面に含まれるパーフルオロポリエーテル鎖3は、釉薬層2の表面の粗さに影響を与えない程度の高さを有するためである。具体的には、パーフルオロポリエーテル鎖3は、20nm以下の高さを有することが好ましい。本発明において、釉薬層2は、その表面が上記のRaを満たす限り、当業者が一般的に釉薬層と理解する組成を備えるものであってよい。本発明の一つの態様によれば、釉薬層2は、酸化物に換算して下記表1に記載される組成を備える。
【0017】
【0018】
本発明のさらに一つの態様によれば、釉薬層2は、上記表1に記載される成分の外、Fe2O3、TiO2、BaO、B2O3、Li2O、Sb2O3、CuO、MnO、NiO、CoO、MoO3、SnO2、PbOなどを含んでもいてもよい。また、釉薬層2には粒子が含まれていてもよい。粒子には、釉薬原料中に含まれる結晶質粒子や焼成によって析出される結晶質粒子が含まれる。粒子の材質としては、ジルコン、石英、ジオプサイド、アノーサイトなどがある。
【0019】
本発明において、釉薬層2の色は、釉薬層2の組成が表1の範囲内であれば特に限定されるものではない。釉薬層2の色として、例えば、ホワイト、ブラック、アイボリー、ピンク、グレー、ブラウン、ベージュ、グリーン、レッド、ブルーなどが挙げられる。
【0020】
本発明において、釉薬層2の表面の算術平均線粗さRa(0.03μm以上2.5μm以下)は、釉薬層2の表面を加工してRaが上記範囲を満たすものであってもよいし、衛生陶器用の素地1の表面を加工し、これによりその上の釉薬層2のRaが上記範囲を満たすものであってもよい。
【0021】
本発明において、釉薬層2の表面にプライマー層を設けても良い。プライマー層を設けることにより、釉薬層の表面にパーフルオロポリエーテル鎖を高密度に形成することが可能である。プライマー層は、釉薬層2の表面のRaに影響を与えないものであることが好ましく、その厚みは、ナノオーダーであることが好ましい。具体的には、20nm以下であり、10nm以下であることがさらに好ましい。プライマー層は、その表面に存在する水酸基により生成されるSiO2、TiO2、Al2O3等の金属酸化物を含む層であることが好ましい。
【0022】
衛生陶器の製造
本発明において、衛生陶器10は、例えば、まず、衛生陶器用の素地1の上に釉薬層2を形成し、次いで、釉薬層2の表面にパーフルオロポリエーテル鎖3を含む化合物を含む処理液を適用することにより製造することができる。具体的には、以下の方法により製造することができる。
【0023】
先ず、衛生陶器用の素地1となる成形体を用意する。これは、珪砂、長石、石灰石、粘土などを原料として調製した、従来知られた衛生陶器用の泥漿を、石膏等の型で鋳込み成形してなる。成形体は乾燥させた後、以下に説明するように、施釉される。
【0024】
釉薬層2を形成する釉薬の原料は、釉薬層2の表面の算術平均線粗さRaを0.03μm以上2.5μm以下とすることができる限り特に限定されないが、例えば上記表1に記載された釉薬層の組成を実現できるものであってよい。また、釉薬原料として、珪砂、長石、石灰石等の天然鉱物粒子の混合物、コバルト化合物、鉄化合物等の顔料、珪酸ジルコニウム、酸化錫等の乳濁剤などを使用してもよい。本発明の一つの態様において、釉薬原料の組成は、例えば、長石が10wt%~30wt%、珪砂が15wt%~40wt%、炭酸カルシウムが10wt%~25wt%、コランダム、タルク、ドロマイト、亜鉛華が、それぞれ10wt%以下、乳濁剤および顔料が合計15wt%以下のものであってよい。釉薬は、例えば、上記したような釉薬原料を高温で溶融した後、急冷してガラス化させることで得ることができる。
【0025】
上記した釉薬を、乾燥した成形体に塗布し、その後乾燥、焼成して、衛生陶器用の素地1の上に釉薬層2を形成する。焼成温度は、例えば釉薬が軟化する1000℃以上1300℃以下の温度とすることができる。
【0026】
形成された釉薬層2の表面に対し、Raが前述の範囲を満たす範囲において、必要に応じ、表面処理を行っても良い。例えば、ブラスト処理やエッチング処理を行っても良い。ブラスト処理では、使用するメディアの材質/形状/粒度、単位面積あたりの加工時間、乾式か湿式か、などを制御することによってRaが前述の範囲を満たす釉薬層2の表面を得ることができる。エッチング処理では、フォトマスクのパターンや、エッチング液の濃度/種類/温度/攪拌の有無、などを制御することによってRaが前述の範囲を満たす釉薬層2の表面を得ることができる。これにより、表面の艶感を向上させたり、光沢性を下げマット調にしたりすることができる。
【0027】
形成された釉薬層2の表面は、Raが前述の範囲を満たす範囲において、微小領域における微細粗さを有していてもよい。例えば、走査型プローブ顕微鏡(SPM)を用いて観察したときの、5.0μm×5.0μmの視野角における算術平均面粗さSaは0.03μm以下であることが好ましい。釉薬層2の表面の算術平均面粗さSaは、JIS-B0681―2(2018年)に準拠して、JIS-B0681―6(2014年)に記載の三次元測定機を用いて得られる。このような微細粗さSaが存在する釉薬層2の表面に備わるパーフルオロポリエーテル鎖3の可撓性が高い場合、当該鎖3はRaが前述の範囲を満たす範囲の表面形状に追従できるだけでなく、微小領域における微細粗さを有する表面形状にも追従することができ、耐摺動性、さらには洗剤等に含まれるアルカリ成分に対する耐性(以下、耐アルカリ性という。)により優れた衛生陶器が得られると考えられる。また、微細領域における微細粗さの存在によって撥水性がより向上され、より優れた防汚性を得ることができることも考えられる。
【0028】
本発明にあっては、上記した衛生陶器用の素地、釉薬層の製造方法の他、例えば特開2021-134133号公報、特開2020-147492号公報、WO99/61392号公報等に記載された衛生陶器用の素地、釉薬層の製造方法を利用することができる。本明細書において、上記公報を参照することにより、これらに記載された衛生陶器用の素地、釉薬層の製造方法は、本発明において使用することができる衛生陶器用の素地、釉薬層の製造方法として、本明細書の記載の中に取り込まれる。
【0029】
次いで、衛生陶器用の素地1上に形成された釉薬層2の表面に、後述するパーフルオロポリエーテル鎖3を含む化合物を含む処理液を適用する。パーフルオロポリエーテル鎖3を含む化合物を含む処理液の適用方法は、公知の方法を用いることができる。例えば、パーフルオロポリエーテル鎖3を含む化合物を含む処理液を、ディッピング処理、スピンコート、ワイピング、真空蒸着、スプレーガン等を用いて塗布することにより適用することができる。パーフルオロポリエーテル鎖3を含む化合物を含む処理液を釉薬層2の表面に塗布した後、乾燥、必要に応じ養生を行い、その後、場合により、好ましくは、各衛生陶器の表面を中性洗剤とスポンジを用いて洗浄し、その後超純水にて十分にすすぎ洗いを行い、釉薬層2の表面にパーフルオロポリエーテル鎖3を含む衛生陶器10を得ることができる。
【0030】
本発明において、釉薬層2の表面にパーフルオロポリエーテル鎖3を含む化合物を含む処理液を塗布する前に、表面に存在する汚れを除去し、表面の水酸基を活性化させる前処理を行ってもよい。表面の水酸基を活性化させる前処理として、アルカリ溶液を用いた超音波洗浄や、金属微粒子を用いた粒子研磨等を用いることができる。
【0031】
本発明において、釉薬層2の表面にプライマー層を形成し、必要に応じて前処理を行った後、パーフルオロポリエーテル鎖3を含む化合物を含む処理液を塗布しても良い。プライマー層は、例えば、ゾルゲル法や物理蒸着法(PVD)、化学蒸着法(CVD)等によって形成することができる。
【0032】
パーフルオロポリエーテル鎖3を含む化合物を含む処理液としては、本発明の衛生陶器を作製可能なものであれば何でも使用可能である。パーフルオロポリエーテル鎖3を含む化合物として、CF
2O、C
2F
4O、C
3F
6O、C
4F
8Oなどの繰り返し単位である各エーテル結合が1つ以上ランダムに結合された鎖を含む化合物が挙げられる。パーフルオロポリエーテル鎖3を含む化合物の具体的な例として、下記の式1に示す構造を含む化合物が挙げられる。
【化1】
ここで、p,q,r,sは繰り返し単位の数、すなわち0以上の整数であり、p,q,r,sの和は3~200であり、式中の各繰り返し単位がランダムに結合した鎖でもよく、各繰り返し単位からなるそれぞれの高分子鎖同士が結合した鎖でもよい。R
f1はフッ素原子、またはフッ素原子が単結合した炭素原子を含む炭素原子数が1以上の有機基を表し、R
f2はフッ素原子が単結合した炭素原子を含む炭素原子数が1以上の有機基を表す。
【0033】
さらに具体的なパーフルオロポリエーテル鎖3を含む化合物として、下記の式2~6に示す構造を含む化合物が挙げられる。
【化2】
(式中、l:m:n=23.2:22.3:0.4(平均値)であり、式中の繰り返し単位はランダムに配列している。)
【化3】
(式中、lの平均値は22.9である。)、
【化4】
(式中、lの平均値は23.2である。)、
【化5】
(式中、lの平均値は18である。)、
【化6】
(式中、lの平均値は23.4である。)。
【0034】
パーフルオロポリエーテル鎖3を含む化合物は、パーフルオロポリエーテル鎖3と少なくとも1つのSi原子を含む化合物であることが好ましい。パーフルオロポリエーテル鎖3と少なくとも1つの反応性シリル基とが結合している化合物であることがさらに好ましい。これにより、釉薬層2の表面とパーフルオロポリエーテル鎖3とが結合しやすくなる。反応性シリル基のSi原子は、パーフルオロポリエーテル鎖3の片末端で結合していてもよく、両末端と結合していてもよいが、片末端に結合していることが好ましい。反応性シリル基は、Si原子にフッ素原子を含まない有機基と、水酸基または加水分解可能な基とが結合した官能基である。加水分解可能な基は、具体的にはアルコキシ基、ハロゲノ基等であり、より具体的には、-OCH3、-OCH2CH3、-OCOCH3、-Cl等である。
【0035】
処理液に用いる溶媒は、パーフルオロポリエーテル鎖3と混合可能なものであれば何でもよく、例えば、フッ素系溶媒、ヘキサン、鎖状エーテル化合物、環状エーテル化合物などが挙げられる。
【0036】
パーフルオロポリエーテル鎖
本発明による衛生陶器10の表面は、パーフルオロポリエーテル鎖3を含む。パーフルオロポリエーテル鎖3は、フッ素原子が結合した炭素原子と、当該炭素原子が酸素原子を介して結合したエーテル結合を繰り返し構造中に含む鎖であり、例えば、-[(CF2)x-O]-(xは、自然数)で表される繰り返し単位を含む。具体的には、(CF2)-O、(C2F4)-O、(C3F6)-O、(C4F8)-Oなどの繰り返し単位である各エーテル結合が1つ以上ランダムに結合された鎖である。本発明において、繰り返し単位の合計数が大きい方が好ましいが、200以下であることがより好ましい。
【0037】
衛生陶器10の表面にパーフルオロポリエーテル鎖3が含まれることは、例えば以下の分析方法により特定することができる。
【0038】
衛生陶器10の表面にパーフルオロポリエーテル鎖3が含まれることは、X線光電子分光法(XPS)および飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF―SIMS)により特定することができる。
【0039】
まず、X線光電子分光法(XPS)により衛生陶器の表面を評価し、C1s及びF1sのスペクトルを得る。このスペクトルにおいて、F1sにおけるC-F結合を有するフッ素原子のピーク(ピーク位置:687eV~690eV)が得られ、かつC1sにおけるC-F結合を有する炭素原子のピーク(ピーク位置:289eV~297eV)が得られることで、衛生陶器の表面にC-F結合を含むことが分かる。C-F結合を含む化合物の例として、パーフルオロポリエーテル鎖含有化合物やフルオロアルキルシラン化合物などが考えられる。なお、XPS測定は、後述の「XPS測定条件」を用いた「XPSスペクトルの取得」により測定する。
【0040】
その後、TOF-SIMSにより衛生陶器の表面を評価する。TOF―SIMS装置として、TOF.SIMS5(ION―TOF社)を用いることができる。TOF―SIMSは、一次イオン源から照射されるパルス状の一次イオンを試料表面に照射した際に試料表面から発生する二次イオンを検出する分析手法である。発生する二次イオンの種類や検出感度は、試料表面における組成や化学構造によって異なる。試料表面における各種二次イオンの分布を可視化することによって、試料表面における組成や化学構造の分布を推定することができる。
【0041】
以下の測定条件を用いてTOF-SIMSにより衛生陶器の表面を評価することにより、横軸:質量数(m/z、つまり、質量mを電荷zで割った値)、縦軸:二次イオン強度(カウント数)とした二次イオンマススペクトルを得ることができる。
[TOF―SIMS測定条件]
一次イオン源:Bi3+
一次イオン加速電圧:30keV
一次イオン電流値:0.2pA(at 10kHz)
一次イオンパンチング:あり
測定範囲:500μm×500μm
サイクルタイム:400μs
ピクセル数:128×128pixels
真空度:9-8hPa
二次イオン:Negative Ion
中和銃:あり
【0042】
XPSによって得られるC1sおよびF1sのピークから、衛生陶器10の表面がC-F結合を含むか否かが分かる。XPSによって衛生陶器の表面がC-F結合を含むと分かった場合、これを基に、TOF-SIMSで上記の測定条件を用いて得られる二次イオンマススペクトルから、衛生陶器10の表面がパーフルオロポリエーテル鎖3を含むことを確認することが可能である。具体的には、TOF-SIMSで得られる二次イオンマススペクトルのm/zが数百以上の高質量側において、等質量間隔で周期的に現れるフラグメントが存在する場合、その質量間隔から繰り返し単位の分子式を推測することができる。繰り返し単位が複数存在する場合についても同様に推測することができる。XPSによって得られるC-F結合の存在、およびTOF-SIMSによって得られる精密質量と同位体の一致度から、繰り返し単位の分子式がCxFyOz(x、y、zは1以上の整数、ただし、y=2x)と同定されるものが存在する場合、その繰り返し単位がパーフルオロエーテルを含むことが分かる。また、等質量間隔で周期的に現れるフラグメントから、繰り返し単位の合計数が少なくとも何個以上あるかが分かる。以上のTOF―SIMS分析によって、繰り返し単位がパーフルオロエーテルを含み、繰り返し単位の合計数が少なくとも3個以上であるとき、衛生陶器10の表面がパーフルオロポリエーテル鎖3を含むことが分かる。
【0043】
パーフルオロポリエーテル鎖3は、Si原子を介して釉薬層と結合していることが好ましい。パーフルオロポリエーテル鎖3は、複数のSi原子を介して釉薬層と結合していることがより好ましい。これにより、パーフルオロポリエーテル鎖3と釉薬層2との密着力が向上する。Si原子は、パーフルオロポリエーテル鎖3の末端と結合していることが好ましい。パーフルオロポリエーテル鎖3の末端にSi原子が結合していることがより好ましい。パーフルオロポリエーテル鎖3の両末端にSi原子が結合していてもよいが、パーフルオロポリエーテル鎖3の片末端にSi原子が結合していることがより好ましい。パーフルオロポリエーテル鎖3と結合するSi原子は、原料に含まれるパーフルオロポリエーテル鎖3と結合していた反応性シリル基由来であっても、釉薬層の表面を活性化することで生じたSi原子でも良い。
【0044】
反応性シリル基に含まれる水酸基または加水分解可能な基は、釉薬層2との結合点として機能することが好ましい。つまり、反応性シリル基に含まれる水酸基、または加水分解可能な基が加水分解することによって得られる水酸基、もしくは水酸基に含まれる水素原子は、釉薬層2の表面に存在する官能基(水素原子または水酸基など)と脱水縮合する。これにより、パーフルオロポリエーテル鎖3は釉薬層2の表面と結合することが可能となる。パーフルオロポリエーテル鎖3は、Si原子を介して釉薬層2と結合していることが好ましい。本発明において、反応性シリル基は、水酸基または加水分解可能な基を多く含むことが好ましい。これにより、パーフルオロポリエーテル鎖3と釉薬層2との密着力が向上する。
【0045】
パーフルオロポリエーテル鎖3がSi原子を介して釉薬層2と結合していることは、例えば、表面増強ラマン分光法(SERS)、19Si-NMRおよび赤外分光法(IR)などの方法により特定することが可能である。
【0046】
パーフルオロポリエーテル鎖における、炭素原子の数に対する酸素原子の数の割合
本発明において、衛生陶器の表面をX線光電子分光法(XPS)測定することによって得られるスペクトルのピーク分離によって得られる、パーフルオロポリエーテル鎖3における、C-F結合を有する全ての炭素原子の数に対する酸素原子の数の割合(以下、「O/C比」という)は、0.1以上である。O/C比は、高い方が、パーフルオロポリエーテル鎖3の可撓性が高くなるため好ましい。具体的には、O/C比は、0.2以上であることが好ましく、0.3以上であることがさらに好ましく、0.4以上であることがさらにより好ましい。これにより、パーフルオロポリエーテル鎖3は優れた可撓性を有する。その理由として下記が考えられるが、本発明はこれに限られるものではない。パーフルオロポリエーテル鎖3は、フッ素原子と酸素原子と炭素原子とを含み、炭素原子にフッ素原子と酸素原子が結合していると考えられる。一般に、炭素原子と結合する原子は正四面体構造の頂点に位置するため、炭素単結合を軸に自由回転することができる。そのため、無数の立体配座を取ることができる。パーフルオロポリエーテル鎖のようにエーテル結合を含む場合、エーテル結合の酸素原子と結合する2つの炭素原子間において、間に位置する酸素原子の存在によって相互作用は働きにくくなり、ねじれの位置によるエネルギー的な差は殆どない。その為、エーテル結合を含む有機鎖は炭素-酸素単結合を軸に比較的自由に回転することができる。例えば、エーテル結合を多く有するパーフルオロポリエーテル鎖は、エーテル結合を持たないフルオルアルキルシラン化合物などと比較して、その形状は自由度高く変化する。即ち、可撓性に優れると考えられる。そして、パーフルオロポリエーテル鎖3が有する優れた可撓性により、本発明による衛生陶器は高い耐久性、とりわけ耐摺動性を備えることができる。O/C比の算出方法は後述する。
【0047】
本発明において、O/C比が高いと、パーフルオロポリエーテル鎖3はより可撓性に優れると考えられるため、O/C比は数値として高い方が好ましいが、可撓性が高すぎるとパーフルオロポリエーテル鎖が横に倒れやすくなることでパーフルオロポリエーテル鎖の高さが低くなる。これにより、繰り返し使用による負荷によって膜損耗した場所から釉薬層表面への水やアルカリ成分の到達確率が高くなることで、水垢の固着や膜損耗が起こりやすくなる。その為、可撓性の指標であるO/C比は1.0以下が好ましく、0.9以下であることがより好ましく、0.8以下であることがさらにより好ましい。
【0048】
パーフルオロポリエーテル鎖における、C-F結合を有する全ての炭素原子の数に対するCF
3
結合を有する炭素原子の数の割合
本発明において、衛生陶器の表面をX線光電子分光法(XPS)測定することによって得られるスペクトルのピーク分離によって得られる、パーフルオロポリエーテル鎖3における、C-F結合を有する全ての炭素原子の数に対するCF3結合を有する炭素原子の数の割合(以下、「CF3結合を有する炭素原子の数の割合」ともいう)は、20at%以下である。CF3結合を有する炭素原子数の割合が20at%以下であることにより、パーフルオロポリエーテル鎖3の優れた可撓性が維持されると考えられる。換言すると、CF3結合を有する炭素原子数の割合が20at%を超えると、パーフルオロポリエーテル鎖3の可撓性は低下すると考えられる。理由としては、CF3結合を有する炭素原子数の割合が20at%を超えると、側鎖にパーフルオロアルキル鎖が含まれる可能性が高くなる。これにより、立体障害が生じやすくなることで、主鎖であるパーフルオロポリエーテル鎖中に含まれるエーテル結合の回転自由度が低下し、可撓性が低下することが考えられる。
【0049】
本発明による衛生陶器は、固有の凹凸形状を有する釉薬層の表面に、上述の特定のパーフルオロポリエーテル鎖3を含むことにより、下記の効果を有すると考えられる。
【0050】
本発明の衛生陶器は、上述の特定のパーフルオロポリエーテル鎖3が高い可撓性を備えることにより、パーフルオロポリエーテル鎖3が釉薬層2の表面の固有の凹凸形状に追従することができる。したがって、高負荷の環境下で使用した場合であっても、耐摺動性に優れるため、長期にわたって防汚性を発揮することができる。
図2Aは、本発明の衛生陶器の一例の表面にスポンジ等により負荷をかけた時とその後の断面図である。衛生陶器表面に付着した汚れを除去する際に、スポンジ等により衛生陶器表面にかけられる負荷は下方向および横方向(左右方向)にかけられると考えられる。本発明の衛生陶器10は、可撓性の高い表面構造によって、パーフルオロポリエーテル鎖3と釉薬層2との結合部にかかる負荷の力を分散するまたは逃すことができるという特異的な作用効果を発揮する。このため、パーフルオロポリエーテル鎖3の損耗を抑制(軽減)し、耐摺動性の機能を長期間維持することが可能となる。特に、横方向にかけられた力が凹凸形状の凸部に集約された場合において、パーフルオロポリエーテル鎖3は、その優れた可撓性を最大限に発揮することができる。また、パーフルオロポリエーテル鎖3が膜を形成している態様にあっては、可撓性はより増強されたものとなり、膜の損耗がより抑制され、耐摺動性の機能はより長期間維持される。
【0051】
上記のとおり、本発明の衛生陶器は、固有の凹凸形状を有する釉薬層2の表面に特定のパーフルオロポリエーテル鎖3が含まれることにより、その可撓性が最大限に活かされる。その結果、本発明の衛生陶器は優れた耐摺動性を発揮することができる。
【0052】
本発明の衛生陶器は、上述の特定のパーフルオロポリエーテル鎖3が高い可撓性を備えることにより、パーフルオロポリエーテル鎖3が釉薬層2の表面の固有の凹凸形状に追従することができる。これは、本発明の衛生陶器が耐摺動性に優れるだけでなく、耐アルカリ性にも優れることを示す。通常、釉薬層の表面に備えられたある種の塗膜自体が耐アルカリ性を有する場合であっても、釉薬層にアルカリ成分が浸透すると釉薬層が溶け出し、結果として釉薬層表面に備わっている塗膜ごと消失してしまう。しかし、高い可撓性を備えたパーフルオロポリエーテル鎖3が釉薬層表面に備わることで、釉薬層の凹凸形状にパーフルオロポリエーテル鎖3が追従し、表面の被覆性が向上する。これにより、釉薬層にアルカリ成分が浸透するのを防ぐことが可能となり、耐アルカリ性の機能はより長期間維持される。
【0053】
一方、
図2Bは、CF
3結合を有する炭素原子の数の割合が20at%を超え、O/C比が0.1よりも小さい、つまり可撓性が低いパーフルオロポリエーテル鎖を含む衛生陶器の断面図を示す。
図2Bに示すように、凹凸形状を有する釉薬層の表面上のパーフルオロポリエーテル鎖は、特に横方向にかけられる力に耐えることができずパーフルオロポリエーテル鎖は損耗し、耐摺動性を備えることはできないと考えられる。
【0054】
本発明の衛生陶器は、傾斜のある衛生陶器表面に液体が存在する場合、上述の特定のパーフルオロポリエーテル鎖3が高い可撓性を備えることにより、液体の滑落性が向上する。そのため、傾斜のある衛生陶器表面の液残りを少なくすることができると考えられる。また、上述の特定のパーフルオロポリエーテル鎖3が高い可撓性を備えることにより、衛生陶器表面に存在する液体はティッシュペーパーや布巾などの吸水性がある用品へ移動しやすくなる。そのため、衛生陶器表面に付着する液体を吸水性がある用品で拭取った際の拭き残りも少なくすることができると考えられる。
【0055】
本発明の衛生陶器は、傾斜のある衛生陶器表面に、水にも油性有機溶剤等にも溶解しないような固体が存在する場合、上述の特定のパーフルオロポリエーテル鎖3が高い可撓性を備えることにより、固体の滑落性が向上する。これにより、外力を加えていない状態であっても、水平方向に対して数度程の傾斜角を有する衛生陶器表面に存在する固体を滑り落ちやすくすることができると考えられる。また、擦る等の機械力がなければ除去ができない程度に固体が衛生陶器表面に強く付着している場合であっても、特定のパーフルオロポリエーテル鎖3が備える高い可撓性に因り固体の滑落性が向上するため、特定のパーフルオロポリエーテル鎖を含んでいない衛生陶器表面に固体が強く付着している場合に比べ、例えば、遥かに小さい機械力で固体を除去することができると考えられる。つまり、表面に特定のパーフルオロポリエーテル鎖3を含む本発明の衛生陶器によれば、効率的な機械力を作用させながら、固体を除去することができると考えられる。
【0056】
パーフルオロポリエーテル鎖における、炭素原子と酸素原子の合計数に対するフッ素原子の数の割合
本発明において、衛生陶器の表面をX線光電子分光法(XPS)測定することによって得られるスペクトルのピーク分離によって得られる、パーフルオロポリエーテル鎖3における、C-F結合を有する全ての炭素原子とそれに結合される酸素原子の合計数に対するC-F結合を有する全てのフッ素原子の数の割合(以下、「F/(C+O)比」という)は、1.1以上1.7以下であることが好ましい。F/(C+O)比は、1.1以上1.5以下であることがさらに好ましい。これにより、パーフルオロポリエーテル鎖3は優れた可撓性と優れた撥水性を有する。その理由として下記が考えられるが、本発明はこれに限られるものではない。パーフルオロポリエーテル鎖は、フッ素原子と酸素原子と炭素原子とを含み、炭素原子にフッ素原子と酸素原子が結合していると考えられる。一般に、炭素原子と結合する原子は正四面体構造の頂点に位置するため、炭素単結合を軸に自由回転することができる。そのため、無数の立体配座を取ることができる。パーフルオロポリエーテル鎖のようにエーテル結合を含む場合、エーテル結合の酸素原子と結合する2つの炭素原子間において、間に位置する酸素原子の存在によって相互作用は働きにくくなり、ねじれの位置によるエネルギー的な差は殆どない。その為、エーテル結合を含む有機鎖は炭素-酸素単結合を軸に比較的自由に回転することができる。例えば、エーテル結合を多く有するパーフルオロポリエーテル鎖は、エーテル結合を持たないフルオルアルキル鎖などと比較して、その形状は自由度高く変化する。即ち、可撓性に優れると考えられる。また、パーフルオロポリエーテル鎖中に含まれるフッ素原子の数の割合が多いほど、衛生陶器表面の表面エネルギーは小さくなる。即ち、撥水性に優れると考えられる。F/(C+O)比は、炭素原子数を一定として見れば、フッ素原子と酸素原子の存在割合を示している。したがって、F/(C+O)比の値が大きいほどフッ素原子の割合が多い、即ち撥水性に優れることを意味し、逆にF/(C+O)比の値が小さいほど酸素原子の割合が多い、即ち可撓性に優れることを意味する。例えば、パーフルオロポリエーテル鎖3中に存在する酸素原子の割合が多い場合はその分フッ素原子の割合は小さくなる為、可撓性は高くなるが逆に撥水性は低下する。このように、パーフルオロポリエーテル鎖の撥水性と可撓性は互いにトレードオフの関係となっており、高耐久で防汚性の高い衛生陶器とするためにはこの撥水性と可撓性のバランスが重要であるといえる。したがって、パーフルオロポリエーテル鎖3が有する優れた撥水性と可撓性により、本発明による衛生陶器は高い防汚性と長期の耐久性、とりわけ耐摺動性を備えることができる。F/(C+O)比の算出方法は後述する。
【0057】
本発明において、パーフルオロポリエーテル鎖3として、一般に下記の式7で表されるものが好ましい。
【化7】
ここで、p,q,r,sは繰り返し単位の数、すなわち0以上の整数であり、p,q,r,sの和は3~200であり、式中の各繰り返し単位がランダムに結合した鎖でもよく、各繰り返し単位からなるそれぞれの高分子鎖同士が結合した鎖でもよい。R
f1及びR
f2はそれぞれ水素原子がフッ素原子に置換された、炭素原子を含む有機鎖を表す。また、繰り返し単位については直鎖形状のみで構成されているものや側鎖形状を含むものなどが存在するが、直鎖状のものが好ましい。
【0058】
パーフルオロポリエーテル鎖3として、さらに好ましくは、例えば下記の式8~12で表されるパーフルオロポリエーテル鎖が挙げられる。
【化8】
(式中、l:m:n=23.2:22.3:0.4(平均値)であり、式中の繰り返し単位はランダムに配列している。)、
【化9】
(式中、lの平均値は22.9である。)、
【化10】
(式中、lの平均値は23.2である。)、
【化11】
(式中、lの平均値は18である。)、
【化12】
(式中、lの平均値は23.4である。)。
【0059】
衛生陶器の表面のXPSによる測定方法
本発明において、O/C比、CF3結合を有する炭素原子の数の割合、およびF/(C+O)比は、衛生陶器の表面をX線光電子分光法(XPS)により測定することにより得られる。なお、XPS測定する前に、衛生陶器の表面を中性洗剤とスポンジを用いて洗浄し、その後超純水にて十分にすすぎ洗いを行うことが好ましい。
【0060】
<XPSスペクトルの取得>
XPS装置として、K-ALPHA(thermo scientific製)を用い、以下のXPS測定条件でXPS測定することによりC1s、F1s、O1sのスペクトルを得ることができる。複数のサンプルを纏めて測定する場合は、X線照射によるC―F結合の分解を回避するため、各サンプルを少なくとも1cm以上離した状態でXPS測定を行うことが好ましい。
なお、XPSは、軟X線を試料表面に照射し、試料表面のイオン化に伴い放出される光電子を補足してエネルギー分析を行う手法であり、得られるスペクトルは各電子軌道から放出される光電子ピークを示すため、得られる光電子ピークは元素記号と電子軌道で表記する(例:炭素の1s軌道から得られた光電子ピークを「C1s」と表記する)。
【0061】
[XPS測定条件]
X線条件:単色化AlKα線、30W、12kV
分析領域:200μmφ
中和銃条件:0.1V、200μA
光電子取り出し角:90°
Time Per Step:50ms
Sweep:5回
Pass energy:55eV
分析元素(エネルギー範囲、ステップサイズ):
C1s(278-308eV、0.01eV)、F1s(679-699eV、0.03eV)、O1s(523-543eV、0.03eV)
不活性ガス種:Ar
スパッタ電圧:200V
スパッタ範囲:2mm×2mm
スパッタサイクル:1秒
【0062】
衛生陶器の表面のXPS測定によって得られたスペクトルにおいて、パーフルオロポリエーテル鎖3に含まれる炭素原子の結合状態の種類(以下、「炭素原子の結合種類」または単に「結合種類」と略称することもある)を特定する。パーフルオロポリエーテル鎖に含まれる炭素原子の結合種類は、下記表2に示す(1)~(5)の5通りである。表2には、結合種類(1)~(5)のC1sの各結合エネルギーを示す。ただし、結合種類(1)のC1sの結合エネルギー値は、NIST Standard Reference Database 20, Version 4.1(https://srdata.nist.gov/xps/)に記載の文献値を用いる。上述のデータベースに記載のC1sの結合エネルギー値は、C-C結合のC1sの結合エネルギー値を284.8eVとしてシフトセットアップされている。したがって、本XPS測定の条件と揃えるために、結合種類(1)を含む有機化合物のC1sの結合エネルギー値は、その有機化合物に含まれるF1sの結合エネルギー値を本XPS測定条件と同じ条件である688.5eVを用いて補正する。例えば、結合種類(1)は、NISTデータベースにおいて試薬FOMBLIN Yに含まれている結合であり、C1sの結合エネルギー値は295.2eVと記載されている。ここで、FONBLIN YのF1sの結合エネルギー値は689.1eVであるため、このF1sの結合エネルギー文献値を688.5eVに補正する。つまり、このF1sの結合エネルギー値を0.6eVだけ低エネルギー側にシフトさせ、補正する。これに伴い、C1sの結合エネルギー値についても0.6eVだけ低エネルギー側にシフトさせ、補正することにより、結合種類(1)のC1sの結合エネルギー値は294.6eVと得られる。この値を結合種類(1)のC1sの結合エネルギー値として用いる。
【0063】
【0064】
XPSでは、対象とする原子(「中心原子」ともいう)とその周囲に存在する原子(「隣接原子」ともいう)との結合状態によって中心原子から得られる光電子の結合エネルギーが大きく変わる(つまり、ケミカルシフトする)ことが知られている。したがって、結合種類(1)~(5)のC1sの結合エネルギーから、得られたXPSのスペクトルにおいて、どのピークがどの結合種類に対応しているのかを特定すること、つまり、ピーク分離が可能となる。
【0065】
ケミカルシフトの1つの要因として、隣接原子の電気陰性度の違いが挙げられる。電気陰性度が高い隣接原子が中心原子の周囲に多く存在するほど、中心原子(本発明においては、炭素原子)と隣接原子(本発明においては、フッ素原子、酸素原子、炭素原子)との間で電荷の偏りが生じる。その結果、中心原子から得られる光電子の結合エネルギー(本発明においては、C1sの結合エネルギー)が高い側にシフトする。パーフルオロポリエーテル鎖の構成原子は、電気陰性度が高い順に、フッ素原子、酸素原子、炭素原子であるため、中心原子である炭素原子の周囲にフッ素原子が多く存在するほど結合種類のC1sの結合エネルギーは高くなる。また、C1sの結合エネルギーは、隣接原子が酸素原子、炭素原子である場合の順に低くなる。この前提に立ち、結合種類(1)~(5)をC1sの結合エネルギーの高い順に並べると、(1)>(2)>(3)>(4)>(5)となる。結合種類(1)~(5)はいずれもカーボンなどのバンド帯(285eV付近)よりも高いC1sの結合エネルギー領域(289eV~298eV)にスペクトルが出現する。
【0066】
得られたXPSのスペクトルにおいて、まず、C1sのスペクトルに対するカリウムに由来するピークの影響を確認する。衛生陶器用の素地および/または釉薬層がカリウムを含む場合、一般に296.8±1.0eVの領域でK2p1/2のピークが存在し得る。ただし、釉薬層の表面に存在するパーフルオロポリエーテル鎖の高さによっては、衛生陶器用の素地および/または釉薬層がカリウムを含む場合であっても、296.8±1.0eVの領域にK2p1/2のピークが見られないこともある。この場合は、C1sのスペクトルに対しカリウムに由来するピークの影響はないものとして下記に説明するピーク分離を行うことができる。
【0067】
C1sのスペクトルの296.8±1.0eVの領域でK2p1/2のピークが確認される場合、C1sのスペクトルにカリウムの影響があるものとして以下を考慮する。C1sのスペクトルに影響するカリウム由来のピークとして、K2p1/2とK2p3/2の2種類の電子軌道に由来するものがある。一般に、K2p3/2のピークはK2p1/2に対して2.8eV低い光電子の結合エネルギー値を持ち、そのピーク面積はK2p1/2の2倍である。K2p3/2のピークは294.0±1.0eVの位置に存在するが、これは表2に記載の結合種類(2)および(3)のパーフルオロポリエーテル鎖に由来するピークと被る。その為、ピーク形状からK2p3/2のピークの存在を確認することは困難である。ただし、K2p1/2のピークはパーフルオロポリエーテル鎖に由来するピークと離れた光電子の結合エネルギー領域で単一ピークとして検出される。したがって、K2p1/2のピークの存在が確認された場合は、K2p3/2のピークが存在するものと判断し、K2p1/2の結合エネルギーおよびそのピーク面積から、K2p3/2の結合エネルギーおよびそのピーク面積を算出することが可能である。算出されたK2p3/2のピークがC1sスペクトル中に存在するものとし、C1sスペクトルのピーク分離をする際にこのピーク面積を考慮し、カリウムに由来するピークの影響を除したピーク分離を行う。したがって、C1sのスペクトルにカリウムに由来するピークの影響がある場合においても、パーフルオロポリエーテル鎖に含まれる各結合種類の組成比の算出が可能である。
【0068】
<ピーク分離>
得られたスペクトルは、データ解析ソフトウェアAvantage(Version5、Thermo Scientific社製)を用いてピーク分離する。ピーク分離とは、得られたスペクトルの全体波形において、検出したピークによって波形分離し、得られたそれぞれの波形に対応する結合状態を特定することである。このピーク分離により、同一元素(本発明においては、炭素原子)でありながら、パーフルオロポリエーテル鎖に含まれる異なる結合状態の割合の算出が可能となる。ピーク分離の方法の詳細を以下に説明する。まず、得られたF1sのスペクトルにおいて、炭素原子と結合するフッ素原子に由来するピークのF1sの結合エネルギーが688.5eVとなるように、測定したC1s、F1s、O1sの結合エネルギー範囲全体におけるピーク位置を補正する。その状態で、C1sのスペクトル中に存在する結合種類(1)~(5)の光電子スペクトルについて、ピーク分離を行う。以下、C1sのピーク分離の具体的な方法について示す。まず、C1sの測定範囲における278eV(開始点)~300eV(終了点)の範囲において、shirley法によってピークのバックグラウンドを除去する。ただし、開始点と終了点については、各点を中央値とする±0.25eVの範囲の強度の平均値をその点におけるバックグラウンド強度とする。例えば、C1sの開始点278eVにおいては、中央値である278eVの±0.25eVの範囲、つまり277.75eV~278.25eVの範囲における強度の平均値を開始点のバックグラウンド強度とする。その後、C1sの結合エネルギーにおける285eVのピークをC-C結合またはC-H結合、C1sの結合エネルギーにおける286eVのピークをC-O結合、表2に記載の結合種類(1)~(5)のC1sの結合エネルギーのピークを各結合種類、C1sの結合エネルギーにおける296.8±1.0eVのピークをK2p1/2としてそれぞれ帰属させ、ピークを追加する。その他、ソフトウェア上で提案されるピークについても必要に応じて追加する。追加するピークは、ピーク形状がGauss-Lorentz分布に従うものとする。その後、下記のピークのフィッティング条件を用いてフィッティングを行うことで、各結合種類のスペクトルを得る。フィッティング結果が下記のフィッティング完了判断基準に満たない場合、画面に表示される二次微分スペクトル中の正の極大値の中で最大値を取るC1sの結合エネルギーの位置に1つピークを追加し、再度下記のピークのフィッティング条件を用いてフィッティングを行う。この操作を、下記のフィッティング完了判断基準を満たすまで行い、一度フィッティングを終える。続いて、296.8±1.0eVの範囲でK2p1/2のピークが確認される場合、以下の手順によってカリウムのピークによる影響を除く。まず、上記のフィッティングを行うことによって定められたK2p1/2の結合エネルギー、ピーク高さおよび半値幅(FWHM)の各数値をソフトウェア上で指定する。このとき、K2p3/2の結合エネルギーはK2p1/2の結合エネルギーより2.8eV小さい値とし、K2p3/2の半値幅はK2p1/2と等しいとしてソフトウェア上で数値を指定する。さらにK2p3/2のピーク面積がK2p1/2のピーク面積の1.95~2.05倍となるようにソフトウェア上でピーク高さを調整する。その後、再び下記のピークのフィッティング条件を用いてフィッティングを行うことで、カリウムのピークを考慮した各結合種類のスペクトルを得る。以上より、XPSのピーク分離を完了する。
[ピークのフィッティング条件]
Fitting Algorithm:Powell
Maximum Iterations:500
Convergence:1e-05
Gauss-Lorentz Mix:Product
[フィッティング完了判断基準]
Normalised Chi Square≦10.0
【0069】
<パーフルオロポリエーテル鎖に含まれる炭素原子の結合種類の組成比の算出>
XPSのピーク分離により特定された結合種類(1)~(5)のスペクトルからデータ解析ソフトウェアAvantage(Version5、Thermo Scientific社製)を用いて結合種類(1)~(5)の組成比を算出する。
ピーク分離を行って得られた各結合種類(1)~(5)のスペクトルのピーク面積強度(Area Intensity)の合計に対する、各結合種類(1)~(5)のピーク面積強度の割合を、各結合種類(1)~(5)のパーフルオロポリエーテル鎖における組成比と定義し、at%単位で算出する。
【0070】
<O/C比の算出>
ピーク分離によって得られた結合種類(1)~(5)の組成比から、パーフルオロポリエーテル鎖に含まれるO/C比を得る。算出された結合種類(1)~(5)の組成比からは直接的にパーフルオロポリエーテル鎖に含まれる炭素原子数および酸素原子数それぞれを求めることはできないため、O/C比を下記方法で算出する。パーフルオロポリエーテル鎖に含まれる炭素原子数を100であると仮定し、結合種類(1)~(5)それぞれの炭素原子の組成比もそのまま炭素原子の数として考える。結合種類(1)~(5)それぞれに結合している原子の種類は固定されている為、パーフルオロポリエーテル鎖における炭素原子数を100としたときの酸素原子数を求めることができる。これにより、O/C比を求めることができる。
【0071】
例えば、上記式(a)で表される化合物中のパーフルオロポリエーテル鎖に含まれる結合種類として、(2)、(4)、および(5)が検出され、それぞれの組成比が34.0at%、56.0at%、および10.0at%であった場合、下記条件:
・ 中心原子の炭素原子にCが結合している場合、このCは炭素原子数にカウントしない
・ 中心原子の炭素原子にOが結合している場合、このOは1/2個としてカウントする
に従って、炭素原子の数は、結合種類(2)についての34.0個と、結合種類(4)についての56.0個、結合種類(5)についての10.0個との合計100個とされ、また酸素原子の数は、結合種類(2)についての34.0×2×1/2個と、結合種類(4)についての56.0×1×1/2個、そして結合種類(5)についての10.0×0×1/2との合計62.0個とされる。したがって、O/C比は0.62と算出される。この算出されたO/C比の小数点第2位を四捨五入することにより、本発明のO/C比を求める。
【0072】
<F/(C+O)比の算出>
ピーク分離によって得られた結合種類(1)~(5)の組成比から、パーフルオロポリエーテル鎖に含まれるF/(C+O)比を得る。算出された結合種類(1)~(5)の組成比からは直接的にパーフルオロポリエーテル鎖に含まれる炭素原子数、酸素原子数、およびフッ素原子数それぞれを求めることはできないため、F/(C+O)比を下記方法で算出する。パーフルオロポリエーテル鎖に含まれる炭素原子数を100であると仮定し、結合種類(1)~(5)それぞれの炭素原子の組成比もそのまま炭素原子の数として考える。結合種類(1)~(5)それぞれに結合している原子の種類は固定されている為、パーフルオロポリエーテル鎖における炭素原子数を100としたときの酸素原子数およびフッ素原子数を求めることができる。これにより、F/(C+O)比を求めることができる。
【0073】
例えば、上記式(a)で表される化合物中のパーフルオロポリエーテル鎖に含まれる結合種類として、(2)、(4)、および(5)が検出され、それぞれの組成比が34.0at%、56.0at%、および10.0at%であった場合、下記条件:
・ 中心原子の炭素原子にCが結合している場合、このCは炭素原子数にカウントしない
・ 中心原子の炭素原子にOが結合している場合、このOは1/2個としてカウントする
・ 中心原子の炭素原子にFが結合している場合、このFは1個としてカウントする
に従って、炭素原子の数は、結合種類(2)についての34.0個と、結合種類(4)についての56.0個、結合種類(5)についての10.0個との合計100個とされ、また酸素原子の数は、結合種類(2)についての34.0×2×1/2個と、結合種類(4)についての56.0×1×1/2個、そして結合種類(5)についての10.0×0×1/2との合計62.0個とされる。また、フッ素原子の数は、結合種類(2)についての34.0×2×1個と、結合種類(4)についての56.0×2×1個、そして結合種類(5)についての10.0×2×1個との合計200.0個とされる。したがって、F/(C+O)比は1.23と算出される。この算出されたF/(C+O)比の小数点第2位を四捨五入することにより、本発明のF/(C+O)比を求める。
【0074】
<C-F結合を有する炭素原子の数に対するCF3結合を有する炭素原子の数の割合の算出>
本発明において、ピーク分離によって得られた結合種類(3)の組成比が高い、つまり20at%を超える場合、パーフルオロポリエーテル鎖が結合種類(3)を有していることを意味する。これは、パーフルオロポリエーテル主鎖が側鎖(-CF3)を有している可能性が高いことを意味する。
【0075】
衛生陶器の表面のXPSの深さ方向分析によるスパッタ時間
本発明において、後記するXPSの深さ方向分析で得られるプロファイルにおいて、衛生陶器表面のXPS測定点を始点とし、この始点におけるフッ素原子のピーク面積(As)に対する、ある測定点におけるフッ素原子のピーク面積(Aa)とその1点前の測定点におけるフッ素原子のピーク面積(Ab)との差の絶対値の割合が1.0at%以下となった終点までのスパッタ時間が60秒以下であることが好ましい。本発明において、釉薬層の表面に含まれるパーフルオロポリエーテル鎖3の高さは、衛生陶器の表面のXPSの深さ方向分析によるスパッタ時間を指標として特定することができる。
【0076】
衛生陶器の表面のXPSの深さ方向分析によるスパッタ時間は、XPS測定とArイオンを使用したスパッタリングとの併用による深さ方向分析によって確認することができる。このXPS測定とArイオンを使用したスパッタリングとの併用による深さ方向分析を「XPSの深さ方向分析」と表す。XPSの深さ方向分析では、まず、中性洗剤で衛生陶器表面を洗浄後、超純水ですすぎ、エアブローで水分を飛ばす。複数のサンプルを纏めて測定する場合は、X線照射によるC―F結合の分解を回避するため、各サンプルを少なくとも1cm以上離した状態でXPS測定を行うことが好ましい。その後、衛生陶器表面のXPS測定を行い、その後、Arイオンを使用したスパッタリングとXPS測定を交互に繰り返す。XPS測定の条件は、上述の「XPS測定条件」を用いることができる。スパッタリング時の条件(以下、「スパッタリング条件」とも言う)は、下記条件を用いることができる。XPS測定は、スパッタリング条件の「スパッタサイクル」ごとに行う。XPSの深さ方向分析により、スペクトル情報を得る。
【0077】
[スパッタリング条件]
不活性ガス種:Ar
スパッタ電圧:200V
スパッタ範囲:2mm×2mm
スパッタサイクル:1秒
なお、スパッタ電圧とはArイオン銃に印加する電圧、スパッタ範囲とはスパッタリングにより削る表面の範囲を指す。また、スパッタサイクルとは深さ方向の一測定ごとにArガスを連続して照射した時間を指し、スパッタサイクルの総和をスパッタ時間とする。
【0078】
XPSの深さ方向分析で得られるプロファイルにおいて、衛生陶器表面(つまり、パーフルオロポリエーテル鎖)のXPS測定点を始点とし、この始点におけるフッ素原子のピーク面積(As)に対する、ある測定点におけるフッ素原子のピーク面積(Aa)とその1点前の測定点におけるフッ素原子のピーク面積(Ab)との差の絶対値の割合が1.0at%以下となった点を終点とする。
終点:|Ab-Aa|/As≦0.01
【0079】
上述の始点から終点までのスパッタ時間を、パーフルオロポリエーテル鎖の高さの指標とすることができる。
【0080】
本発明において、始点から終点までのスパッタ時間が60秒以内であることが好ましく、30秒以内であることがより好ましく、20秒以内であることがさらにより好ましい。また、スパッタ時間の下限値は5秒以上であることが好ましい。スパッタ時間の好適な範囲は、上記の上限値と下限値とを適宜組み合わせたものであってよい。
【0081】
本発明による衛生陶器は、釉薬層2の表面に多数のパーフルオロポリエーテル鎖3が膜状または層状に形成されたものであることが好ましい。パーフルオロポリエーテル鎖3を含む膜は、好ましくは薄膜である。パーフルオロポリエーテル鎖3が膜状または層状に形成されたものである場合、上述のXPSの深さ方向分析で得られるプロファイルにおいて、衛生陶器表面のXPS測定点を始点とし、この始点におけるフッ素原子のピーク面積(As)に対する、ある測定点におけるフッ素原子のピーク面積(Aa)とその1点前の測定点におけるフッ素原子のピーク面積(Ab)との差の絶対値の割合が1.0at%以下となった終点までのスパッタ時間は、膜または層の厚みの指標とすることができる。
【0082】
パーフルオロポリエーテル鎖3が膜状または層状の場合、その高さは1nm以上10nm以下であることが好ましく、1nm以上5nm以下であることがより好ましい。
【0083】
本発明の衛生陶器の表面に含まれるパーフルオロポリエーテル鎖は、2種類以上のパーフルオロポリエーテル鎖を含んでいてもよく、単一種類のパーフルオロポリエーテル鎖を含んでいても良い。
【0084】
本発明の衛生陶器の表面は、パーフルオロポリエーテル鎖だけでなくフルオロアルキル鎖を含んでいてもよいが、十分な耐久性を得るためには、その含有率は少ない方が好ましい。具体的には、衛生陶器の表面に含まれるパーフルオロポリエーテル鎖やフルオロアルキル鎖などのフッ素系有機鎖全体に対するフルオロアルキル鎖の含有率は50at%未満が好ましく、30at%以下がより好ましく、10at%以下がさらにより好ましい。
【実施例0085】
以下の実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0086】
1.衛生陶器の作製
1-1.衛生陶器用の素地、および釉薬層の作製
<衛生陶器用の素地の作製>
珪砂、長石、石灰石、粘土などを原料として調製した衛生陶器用の泥漿を、石膏型で鋳込み成形し、成形体を得た。この成形体を乾燥させた。なお、乾燥させた成形体を後記の焼成工程において焼成したものが「衛生陶器用の素地」である。
【0087】
<釉薬の調製>
酸化物に換算して以下の表3に記載される組成を備える複数の釉薬原料を用意した。各釉薬原料600g、水400gおよびアルミナボール1kgを、容積2リットルの陶器製ポット中に入れ、ボールミルにより約65時間粉砕して、釉薬を得た。
【0088】
【0089】
乾燥させた成形体上に、釉薬をスプレーコーティング法により塗布し、1100~1200℃で焼成することにより、釉薬層が形成された衛生陶器用の素地を作製した。得られた釉薬層の表面を必要に応じて加工し、下記表4に示す算術平均線粗さRaを有する基材A~Fを作製した。算術平均線粗さRaは、JIS-B0633(2001年)の「7.触針式表面粗さ測定機による評価の方式及び手順」に準拠して、JIS-B0651(2001年)に準拠した触針式表面粗さ測定装置を用いて測定した。なお、各釉薬層の色は主に顔料による。基材Aは、表3の組成からなる釉薬を衛生陶器用の素地に塗布した後、表3の組成のうちZrO2と顔料を除いた組成からなる釉薬を塗布し、焼成することで釉薬層を形成したものである。基材Bは、表3の組成からなる釉薬を衛生陶器用の素地に塗布し、焼成することで釉薬層を形成したものである。基材Cは、基材Aに対して研磨材として非球形のアルミナ粒子を用い、研磨材の粒径範囲を1μm~100μmから選択し、圧縮空気の供給圧力、投射距離、投射角度、投射時間を適宜選択してウェットブラスト処理することによって得たものである。基材Dは、表3の組成のうちアルカリ土類金属酸化物の添加量を1~10wt%過剰にした釉薬を衛生陶器用の素地に塗布し、焼成することで釉薬層を形成したものである。基材Eは、基材Aに対して粒度#150(中心粒径63~106μm)の研磨材:フジランダムA(株式会社不二製作所製)を用い、コンプレッサー圧力0.6MPa、ノズル径5mmの条件下で乾式ブラスト処理を行って得たものである。基材Fは、基材Aに対して粒度#150(中心粒径63~106μm)の研磨材:フジランダムA(株式会社不二製作所製)を用い、コンプレッサー圧力0.3MPa、ノズル径5mmの条件下で乾式ブラスト処理を行って得たものである。
【0090】
【0091】
1-2.前処理
釉薬層の表面に存在する汚れを除去し、表面に存在する水酸基を活性化するため、後述する前処理1または2を行った。
【0092】
<前処理1>
まず、中性洗剤(製品名:クリーンエース、アズワン製)を市販のスポンジiに含ませて釉薬層表面を洗浄した。次いで、セリア粉(Treibacher Industrie AG社製)を釉薬層表面に少量振りかけて、市販のスポンジiiで洗浄した。次いで、釉薬層表面に流水を当てながら、市販のスポンジiiiで残存しているセリア粉を除去し、さらに超純水を当てて洗浄した(スポンジi、ii、iiiは異なるものであり、それぞれ分けて使用した)。
その後、アルカリ性洗剤(製品名:セミクリーン、横浜油脂工業製)の濃度を、イオン交換水で5wt%に調整した、アルカリ性洗剤入り水溶液に釉薬層を浸漬させ、5分間超音波洗浄した。次いで、釉薬層表面に超純水を当ててアルカリ性洗剤を除去した。さらに、釉薬層を超純水に浸漬させ、5分間超音波洗浄した。次いで、釉薬層表面に超純水を再度当てて、エアダスターで水分を除去した。
【0093】
<前処理2>
まず、中性洗剤(製品名:クリーンエース、アズワン製)を市販のスポンジiに含ませて釉薬層表面を洗浄した。次いで、釉薬層表面に流水を当てて中性洗剤を除去した。
その後、アルカリ性洗剤(製品名:セミクリーン、横浜油脂工業製)の濃度を、イオン交換水で5wt%に調整した、アルカリ性洗剤入り水溶液に釉薬層を浸漬させ、5分間超音波洗浄した。次いで、釉薬層表面に超純水を当ててアルカリ性洗剤を除去した。さらに、釉薬層を超純水に浸漬させ、5分間超音波洗浄した。次いで、釉薬層表面に超純水を再度当てて、エアダスターで水分を除去した。
【0094】
1-3.パーフルオロポリエーテル鎖の形成
<試薬の調製>
パーフルオロポリエーテル鎖を含む化合物またはフルオロアルキル鎖を含む化合物を含む下記試薬a~gを調製した。なお、試薬a~gすべてにおいて、フッ素が結合した炭素原子を含む部分構造を明記している。各試薬に含まれる有効成分の構造式において、XSiは、Si原子を少なくとも一つ含み、Si原子にフッ素原子を含まない有機基と、水酸基または加水分解可能な基とが結合したものを意味する。加水分解可能な基とは、アルコキシ基、ハロゲノ基を意味する。具体的には、-OCH3、-OCH2CH3、-Clである。
【0095】
試薬a:下記成分からなり、式(a)で表されるパーフルオロポリエーテル鎖を含む化合物を有効成分とする試薬
【化13】
(式中、l:m:n=23.2:22.3:0.4(平均値)であり、X
Siは、Si原子を平均3.0個含み、Si原子にフッ素原子を含まない有機基と、水酸基または加水分解可能な基とが結合したものを意味する。加水分解可能な基とは、アルコキシ基、ハロゲノ基を意味する。具体的には、-OCH
3、-OCH
2CH
3、-Clである。なお、式中の繰り返し単位はランダムに配列している。これらの値はNMRにより試薬aを液分析して求めた。パーフルオロポリエーテル鎖の数平均分子量は、
19F-NMRの結果から、またX
Siの存在は
1H-NMRおよび
29Si-NMRの検出スペクトルから確認した。)
【0096】
(成分)
・フルオロアルキルエーテル(CAS No.163702-06-4) 30-40%
・フルオロアルキルエーテル(CAS No.163702-06-5) 40-50%
・式(a)のパーフルオロポリエーテル鎖を含む化合物(有効成分)10-20%
【0097】
試薬b:下記成分からなり、式(b)で表されるパーフルオロポリエーテル鎖を含む化合物を有効成分とする試薬
【化14】
(式中、lの平均値は22.9である。X
SiはSi原子を平均2.0個含む以外は式(a)のX
Siと同様である。これらの値はNMRにより試薬bを液分析して求めた。パーフルオロポリエーテル鎖の数平均分子量は、
19F-NMRの結果から、またX
Siの存在は
1H-NMRおよび
29Si-NMRの検出スペクトルから確認した。)
【0098】
(成分)
・エチルノナフルオロブチルエーテル(CAS No.163702-05-4) 25-35%
・エチルノナフルオロイソブチルエーテル(CAS No.163702-06-5) 45-55%
・式(b)のパーフルオロポリエーテル鎖を含む化合物(有効成分)15-25%
【0099】
試薬c:下記成分からなり、式(c)で表されるパーフルオロポリエーテル鎖を含む化合物を有効成分とする試薬
【化15】
(式中、lの平均値は23.2である。X
SiはSi原子を平均3.7個含む以外は式(a)のX
Siと同様である。これらの値はNMRにより試薬cを液分析して求めた。パーフルオロポリエーテル鎖の数平均分子量は、
19F-NMRの結果から、またX
Siの存在は
1H-NMRおよび
29Si-NMRの検出スペクトルから確認した。)
【0100】
(成分)
・エチルノナフルオロブチルエーテル(CAS No.163702-05-4) 25-35%
・エチルノナフルオロイソブチルエーテル(CAS No.163702-06-5) 45-55%
・式(c)のパーフルオロポリエーテル鎖を含む化合物(有効成分)15-25%
【0101】
試薬d:下記成分からなり、式(d)で表されるパーフルオロポリエーテル鎖を含む化合物を有効成分とする試薬
【化16】
(式中、lの平均値は18であり、この値はNMRにより試薬dを液分析して求めた。パーフルオロポリエーテル鎖の数平均分子量は、
19F-NMRの結果から確認した。また、X
SiはSi原子を平均5.0個含む以外は式(a)のX
Siと同様である。)
【0102】
(成分)
・1,1,1,2,2,3,3,4,4,5,5,6,6-トリデカフルオロオクタン(CAS No.80793-17-5)
99.5%以上
・式(d)のパーフルオロポリエーテル鎖含有シラン化合物(有効成分)0.5%未満
【0103】
試薬e:下記成分からなり、式(e)で表されるパーフルオロポリエーテル鎖を含む化合物を有効成分とする試薬
【化17】
(式中、lの平均値は23.4であり、この値はNMRにより試薬eを液分析して求めた。パーフルオロポリエーテル鎖の数平均分子量は、
19F-NMRの結果から確認した。また、X
SiはSi原子を平均3.0個含む以外は式(a)のX
Siと同様である。)
【0104】
(成分)
・エチルノナフルオロブチルエーテル(CAS No.163702-05-4) 25-35%
・エチルノナフルオロイソブチルエーテル(CAS No.163702-06-5) 45-55%
・式(e)のパーフルオロポリエーテル鎖を含む化合物(有効成分)15-25%
【0105】
試薬f:下記成分からなり、式(f)で表されるパーフルオロポリエーテル鎖(CF
3側鎖を含む)を含む化合物を有効成分とする試薬
【化18】
(式中、X
SiはSi原子を平均1.0個含む以外は式(a)のX
Siと同様である。)
【0106】
(成分)
・フルオロアルキルエーテル 80-85%
・式(f)のパーフルオロポリエーテル鎖(CF3側鎖を含む)を含む化合物(有効成分) 15-20%
【0107】
試薬g:式(g)で表されるフルオロアルキル鎖を含む化合物を有効成分とする試薬
【化19】
(式中、X
SiはSi原子を平均1.0個含む以外は式(a)のX
Siと同様である。)
【0108】
(成分)
・式(g)のフルオロアルキル鎖を含む化合物(有効成分,CAS No.83048-65-1)>98.0%
【0109】
<処理液の調製>
フッ素溶媒(製品名:NOVEC7200、スリーエム製)30gに、試薬aを206μL滴下し、軽く攪拌し、試薬aの有効成分の濃度が約0.1wt%である処理液aを得た。同様の方法により、試薬b、c、e、f、gを含む処理液b、c、e、f、gを得た。試薬dは、有効成分の濃度が0.1wt%であったため、フッ素溶媒による希釈はせずに、試薬dをそのまま処理液dとして用いた。
【0110】
<処理液の適用>
前処理1をした基材Aの表面に、スプレーガンを用いて圧力0.04MPaで処理液aを塗布し、30秒間静置し、120℃の乾燥炉で30分間熱乾燥を行った。その後、温度80℃、湿度80%に設定した恒温恒湿槽で3時間、室温大気圧下で17時間の養生を行い、実施例1の衛生陶器を得た。
同様の方法にて、下記表7に示す前処理を行った基材A~Fおよび各処理液を用いて、実施例2~15および比較例1~10の衛生陶器を得た。
【0111】
2.分析・評価
上記のとおり作製した衛生陶器(実施例1~15、比較例1~10)について、以下の分析・評価を行った。
【0112】
2-1.XPS分析
実施例1~5および比較例1~2の衛生陶器について、各衛生陶器の表面をX線光電子分光法(XPS)により測定した。なお、測定前に、各衛生陶器の表面を中性洗剤とスポンジを用いて洗浄し、その後超純水にて十分にすすぎ洗いを行った。
【0113】
XPS装置として、K-ALPHA(thermo scientific製)を用い、各衛生陶器の表面について、以下の「XPS測定条件」にて測定を行い、C1s、F1s、O1sのスペクトルを得た。なお、処理液による処理方法が同じであれば、形成される化合物の構造も同一であることは自明であり、本分析結果は前処理の方法に因らない化合物自体の構造を示す分析結果として解釈することができる。
【0114】
[XPS測定条件]
X線条件:単色化AlKα線、30W、12kV
分析領域:200μmφ
中和銃条件:0.1V、200μA
光電子取り出し角:90°
Time Per Step:50ms
Sweep:5回
Pass energy:55eV
分析元素(エネルギー範囲、ステップサイズ):
C1s(278-308eV、0.01eV)、F1s(679-699eV、0.03eV)、O1s(523-543eV、0.03eV)
不活性ガス種:Ar
スパッタ電圧:200V
スパッタ範囲:2mm×2mm
スパッタサイクル:1秒
【0115】
各衛生陶器の表面に含まれるパーフルオロポリエーテル鎖またはフルオロアルキル鎖に含まれる炭素原子の結合状態の種類(以下、単に「結合種類」と略称する)は、下記表5に示す(1)~(7)の7つである。結合種類(1)~(7)それぞれのC1sの結合エネルギーを下記表5に示す。ただし、*がついている結合種類(以下「結合種類*」とする)のC1sの結合エネルギー値は、NIST Standard Reference Database 20, Version 4.1に記載の文献値に対し下記の補正を行った値を用いた。上記のデータベースに記載のC1sの結合エネルギー値は、C-C結合のC1sの結合エネルギー値を284.8eVとしてシフトセットアップがされている。したがって、本XPS測定の条件と揃えるために、結合種類*を含む有機化合物のC1sの結合エネルギー値を、その有機化合物に含まれるF1sの結合エネルギー値を本XPS測定条件と同じ条件である688.5eVを用いて補正した。
【0116】
【0117】
<ピーク分離>
得られたスペクトルについて、データ解析ソフトウェアAvantage(Version5、Thermo Scientific社製)を用いてピーク分離した。
まず、得られたF1sのスペクトルにおいて、炭素原子と結合するフッ素原子に由来するピークのF1sの結合エネルギーが688.5eVとなるように、測定したC1s、F1s、O1sの結合エネルギー範囲全体におけるピーク位置を補正した。その状態で、C1sのスペクトル中に存在する結合種類(1)~(7)の光電子スペクトルについて、ピーク分離を行った。以下、C1sのピーク分離の具体的な方法について示す。まず、C1sの測定範囲における278eV(開始点)~300eV(終了点)の範囲において、shirley法によってピークのバックグラウンドを除去した。ただし、開始点と終了点については、各点を中央値とする±0.25eVの範囲の強度の平均値をその点におけるバックグラウンド強度とした。例えば、C1sの開始点278eVにおいては、中央値である278eVの±0.25eVの範囲、つまり277.75eV~278.25eVの範囲における強度の平均値を開始点のバックグラウンド強度とした。その後、C1sの結合エネルギーにおける285eVのピークをC-C結合またはC-H結合、C1sの結合エネルギーにおける286eVのピークをC-O結合、表5に記載の結合種類(1)~(7)のC1sの結合エネルギーのピークを各結合種類、C1sの結合エネルギーにおける296.8±1.0eVのピークをK2p1/2としてそれぞれ帰属させ、ピークを追加した。その他、ソフトウェア上で提案されるピークについても必要に応じて追加した。追加したピークは、ピーク形状がGauss-Lorentz分布に従うものとした。その後、下記のピークのフィッティング条件を用いてフィッティングを行うことで、各結合種類のスペクトルを得た。フィッティング結果が下記のフィッティング完了判断基準に満たない場合、画面に表示される二次微分スペクトル中の正の極大値の中で最大値を取るC1sの結合エネルギーの位置に1つピークを追加し、再度下記のピークのフィッティング条件を用いてフィッティングを行った。この操作を、下記のフィッティング完了判断基準を満たすまで行い、一度フィッティングを終えた。続いて、296.8±1.0eVの範囲でK2p1/2のピークが確認された処理液a、b、d、e、f、gについて、以下の手順によってカリウムのピークによる影響を除いた。まず、上記のフィッティングを行うことによって定められたK2p1/2の結合エネルギー、ピーク高さおよび半値幅(FWHM)の各数値をソフトウェア上で指定した。このとき、K2p3/2の結合エネルギーはK2p1/2の結合エネルギーより2.8eV小さい値とし、K2p3/2の半値幅はK2p1/2と等しいとしてソフトウェア上で数値を指定した。さらにK2p3/2のピーク面積がK2p1/2のピーク面積の1.95~2.05倍となるようにソフトウェア上でピーク高さを調整した。その後、再び下記のピークのフィッティング条件を用いてフィッティングを行うことで、カリウムのピークを考慮した各結合種類のスペクトルを得た。以上より、XPSのピーク分離を完了した。
[ピークのフィッティング条件]
Fitting Algorithm:Powell
Maximum Iterations:500
Convergence:1e-05
Gauss-Lorentz Mix:Product
[フィッティング完了判断基準]
Normalised Chi Square≦10.0
【0118】
各衛生陶器の表面のXPSスペクトルおよびピーク分離した結果を
図3~9に示す。
【0119】
<パーフルオロポリエーテル鎖またはフルオロアルキル鎖に含まれる炭素原子の結合種類の組成比の算出>
ピーク分離により特定された結合種類(1)~(7)のスペクトルから、データ解析ソフトウェアAvantage(Version5、Thermo Scientific社製)を用いて結合種類(1)~(7)の組成比を算出した。具体的には、XPS測定・ピーク分離して得られた結合種類(1)~(7)のスペクトル全てのピーク面積強度の合計に対する、各結合種類(1)~(7)のスペクトルのピーク面積強度の割合を、各結合種類(1)~(7)のパーフルオロポリエーテル鎖またはフルオロアルキル鎖における組成比と定義し、at%単位で算出した。結果を表6に示す。
【0120】
【0121】
<C-F結合を有する炭素原子の数に対するCF
3
結合を有する炭素原子の数の割合の算出>
パーフルオロポリエーテル鎖における結合種類(3)の組成比を算出した。得られた結果を下記表7に示す。
【0122】
<O/C比の算出>
ピーク分離によって得られた結合種類(1)~(7)の組成比から、既に説明した手法を用いて、パーフルオロポリエーテル鎖またはフルオロアルキル鎖のO/C比を算出した。結果を下記表7に示す。
【0123】
<F/(C+O)比の算出>
ピーク分離によって得られた結合種類(1)~(7)の組成比から、既に説明した手法を用いて、パーフルオロポリエーテル鎖またはフルオロアルキル鎖のF/(C+O)比を算出した。結果を下記表7に示す。
【0124】
2-2.衛生陶器の表面のXPSの深さ方向分析によるスパッタ時間の確認
衛生陶器の表面について、XPSの深さ方向分析を行った。衛生陶器表面のXPS測定後、前述の「XPS測定条件」と「スパッタリング条件」とを用い、Arイオンを使用したスパッタリングとXPS測定を交互に繰り返した。XPS測定は、スパッタリング条件の「スパッタサイクル」ごとに行った。XPSの深さ方向分析により、スペクトル情報を得た。各衛生陶器の表面のXPS測定点を始点とし、この始点におけるフッ素原子のピーク面積(As)に対する、ある測定点におけるフッ素原子のピーク面積(Aa)とその1点前の測定点におけるフッ素原子のピーク面積(Ab)との差の絶対値の割合が1.0at%以下となった点を終点とし、上記始点から終点までのスパッタ時間を求めた。結果を表7に示す。
【0125】
2-3.水垢清掃性評価
各衛生陶器について、下記の耐久試験1または耐久試験2の後、水垢清掃性評価を行った。
【0126】
耐久試験1:摺動試験
衛生陶器表面にイオン交換水を1~2mL滴下し、スポンジ(スコッチブライト(登録商標)ハイブリッド貼り合わせスポンジ、スリーエムジャパン製)の不織布部分を荷重50g/cm2で表面に押し当て、その状態からスポンジを20000回往復させた。
【0127】
耐久試験2:アルカリ浸漬後摺動試験
40℃に維持したアルカリ性洗浄剤(カビキラー、ジョンソン株式会社製)に各衛生陶器を16時間浸漬した。その後、衛生陶器を取り出し、流水を当て、次いで超純水を当ててエアダスターで水分を飛ばした。次いで、上述の耐久試験1(摺動試験)を行った。
【0128】
耐久試験3:アルカリ浸漬後摺動試験
25℃に維持したアルカリ性洗浄剤(カビキラー、ジョンソン株式会社製)に各衛生陶器を1.6時間浸漬した。その後、各衛生陶器を取り出し、流水を当て、次いで超純水を当ててエアダスターで水分を飛ばした。次いで、各衛生陶器表面にイオン交換水を1~2mL滴下し、スポンジ(スコッチブライト(登録商標)ハイブリッド貼り合わせスポンジ、スリーエムジャパン製)の不織布部分を荷重50g/cm2で表面に押し当て、その状態からスポンジを6000回往復させた。
【0129】
水垢清掃性評価
水100mL中にシリカ(Si)を9.0~10.0mg含み、ナトリウム(Na)、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)をそれぞれ1.0~2.0mg含み、カリウムを0~1.0mg含む市販の水をイオン交換水で5.5倍に希釈し、試験水を作製した。この試験水200μLを耐久試験1後の衛生陶器表面、耐久試験2後の衛生陶器表面、または耐久試験3後の衛生陶器表面に滴下し、大気圧下で温度25℃、湿度70%に設定した恒温恒湿槽内で16時間乾燥させることで表面に水垢を形成させた。
【0130】
浴室用スポンジ(スコッチブライト(登録商標)バスシャイン抗菌スポンジ(特殊研磨粒子付き)、スリーエムジャパン製)にイオン交換水を含ませ、さらにスポンジ表面に浴室用洗剤(バスマジックリン泡立ちスプレー、花王製)をワンプッシュ(約1mL噴霧)して、洗剤を泡立たせたものを準備した。水垢を形成させた衛生陶器表面にこのスポンジ表面を荷重200g/cm2で押し当て、5往復摺動させた。
【0131】
摺動後、衛生陶器表面の水垢が完全に除去できているか目視で確認した。完全に除去できている場合は○、少しでも水垢が残っている場合は×と判断した。結果を下記表7に示す。
【0132】
前記ピーク分離によって得られる、前記パーフルオロポリエーテル鎖におけるC-F結合を有する全ての炭素原子の数に対する前記パーフルオロポリエーテル鎖における酸素原子の数の割合が0.2以上1.0以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の衛生陶器。
前記ピーク分離によって得られる、前記パーフルオロポリエーテル鎖におけるC-F結合を有する全ての炭素原子の数に対する前記パーフルオロポリエーテル鎖における酸素原子の数の割合が0.4以上1.0以下である、請求項4に記載の衛生陶器。