(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024167516
(43)【公開日】2024-12-04
(54)【発明の名称】剥離寿命を評価するための転がりすべり部材の製造方法、及び転がりすべり部材の剥離寿命の評価方法
(51)【国際特許分類】
G01M 13/04 20190101AFI20241127BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20241127BHJP
F16C 33/62 20060101ALI20241127BHJP
F16C 33/32 20060101ALI20241127BHJP
C21D 9/40 20060101ALN20241127BHJP
【FI】
G01M13/04
F16C19/06
F16C33/62
F16C33/32
C21D9/40 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023083637
(22)【出願日】2023-05-22
(71)【出願人】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110000280
【氏名又は名称】弁理士法人サンクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西坂 寿人
(72)【発明者】
【氏名】尾野 健太郎
【テーマコード(参考)】
2G024
3J701
4K042
【Fターム(参考)】
2G024AC07
2G024BA12
2G024BA21
2G024CA30
2G024DA03
2G024DA09
3J701AA01
3J701BA09
3J701BA10
3J701BA55
3J701BA69
3J701BA70
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3J701XE16
4K042AA22
4K042AA23
4K042BA08
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4K042CA15
4K042DA01
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4K042DC03
4K042DC04
4K042DD02
4K042DD03
4K042DE02
4K042DE06
(57)【要約】
【課題】 剥離寿命の評価の正確性を向上させるための、剥離寿命を評価するための転がりすべり部材の製造方法、及びその製造方法で製造された転がりすべり部材を用いる剥離寿命の評価方法を提供すること。
【解決手段】 転がりすべり部材の鋼材を、少なくとも焼入れ焼戻しして、所定の残留オーステナイト、及び含有水素量を有する第一部材を取得する第一工程と、重水素がチャージされた第二部材を取得する第二工程と、前記第二部材を、所定の転動条件で処理し、前記第二部材に重水素を非拡散性水素として浸入させた転がりすべり部材を取得する第三工程と、を含む、剥離寿命を評価するための転がりすべり部材の製造方法、及び製造された剥離寿命を評価するための転がりすべり部材を用いる剥離寿命の評価方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がりすべり部材の鋼材を、少なくとも焼入れ焼戻しして、前記鋼材の残留オーステナイトが60vol%以下、かつ含有水素量が0.2ppm以下の第一部材を取得する第一工程と、
前記第一部材に重水素をチャージして第二部材を取得する第二工程と、
前記第二部材を、潤滑油中で、2GPa以上5GPa以下の接触楕円中の最大の接触面圧、1000min-1以上1500min-1以下の回転速度、及び3×10^6以上8×10^6以下で転動体が転動する条件で処理し、転がりすべり部材を取得する第三工程と、
を含む、剥離寿命を評価するための転がりすべり部材の製造方法。
【請求項2】
第二工程が、前記第一部材を、0.01mol/L以上1.00mol/L以下の水酸化ナトリウム重水溶液1L当たり、チオシアン酸アンモニウムを0.1g以上10.0g以下で溶解した試験溶液に浸漬し、1A/m2以上100A/m2以下で12時間以上48時間以下の条件で前記試験溶液を電解することで、前記第一部材に重水素をチャージして第二部材を取得する工程である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の製造方法で製造された第一転がりすべり部材と、第二転がりすべり部材とを相対的に転がりすべり接触させた後に、前記第一転がりすべり部材の水素量及び重水素量の少なくとも一方を測定する、転がりすべり部材の剥離寿命の評価方法。
【請求項4】
前記第一転がりすべり部材と、前記第二転がりすべり部材とを相対的に転がりすべり接触させるときに、水素と重水素との合計に対して99.9mol%以上が水素である有機化合物を介在させる、請求項3に記載の評価方法。
【請求項5】
前記第一転がりすべり部材と、前記第二転がりすべり部材とを相対的に転がりすべり接触させるときに、水素と重水素との合計に対して99.9mol%以上が水素である水を介在させる、請求項3に記載の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、剥離寿命を評価するための転がりすべり部材の製造方法、及びその製造方法で製造された転がりすべり部材を用いる、転がりすべり部材の剥離寿命の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受を構成する鋼材中に水素が鋼材中に侵入することによって、白色組織剥離が生じ、転がり軸受の剥離寿命が低下することが知られている。昇温脱離法を用い、転がり軸受に含まれる水素量を測定し、転がり軸受に発生する白色組織剥離と関連づける評価方法が知られている。例えば、特許文献1に、スラスト玉軸受の円板状テストピースに水素チャージを行って人為的に水素を侵入させた後に、転動寿命試験を行い、円板状テストピース中に含有されている常温非拡散性水素の量を測定することによって、水素の量により白色組織破損が発生する可能性を予測する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
昇温脱離法による転がりすべり部材の剥離寿命の評価において、評価前に人為的に水素を鋼材にチャージした転がりすべり部材が、評価サンプルとして用いられる場合、評価前に鋼材にチャージされた水素と、評価中に鋼材に侵入した水素との区別が困難である。
【0005】
本発明は、このような状況を鑑み、剥離寿命の評価の正確性を向上させるための、剥離寿命を評価するための転がりすべり部材の製造方法、及びその製造方法で製造された転がりすべり部材を用いる剥離寿命の評価方法を提供することを目的する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
以下、本発明の実施形態の概要を列記して説明する。
【0007】
(1)本実施形態の剥離寿命を評価するための転がりすべり部材の製造方法は、
転がりすべり部材の鋼材を、少なくとも焼入れ焼戻しして、上記鋼材の残留オーステナイトが60vol%以下、かつ含有水素量が0.2ppm以下の第一部材を取得する第一工程と、
上記第一部材に重水素をチャージして第二部材を取得する第二工程と、
上記第二部材を、潤滑油中で、2GPa以上5GPa以下の接触楕円中の最大の接触面圧、1000min-1以上1500min-1以下の回転速度、及び3×10^6以上8×10^6以下で転動体が転動する条件で処理し、上記剥離寿命を評価するための転がりすべり部材を取得する第三工程と、
を含む。
【0008】
上記(1)の製造方法により取得される剥離寿命を評価するための転がりすべり部材(以下、単に「評価用転がりすべり部材」と称する場合がある)の、昇温脱離法による重水素の測定結果は、製造に用いられる当初の転がりすべり部材の、昇温脱離法による水素の測定結果と、同様の測定結果を示す。すなわち、本製造方法によれば、上記当初の転がりすべり部材に含まれる水素が重水素に適切に置換された、評価用転がりすべり部材を取得することができる。そのため、本製造方法によれば、昇温脱離法による転がりすべり部材の剥離寿命の評価に好適な、評価用の転がりすべり部材を取得することができる。
【0009】
(2)上記(1)の製造方法において、第二工程が、上記第一部材を、0.01mol/L以上1.00mol/L以下の水酸化ナトリウム重水溶液1L当たり、チオシアン酸アンモニウムを0.1g以上10.0g以下で溶解した試験溶液に浸漬し、1A/m2以上100A/m2以下で12時間以上48時間以下の条件で上記試験溶液を電解することで、上記第一部材に重水素をチャージして第二部材を取得する工程である。
【0010】
上記(2)の製造方法によれば、上記第一部材に重水素が好適にチャージされる。
【0011】
(3)本実施形態の転がりすべり部材の剥離寿命の評価方法は、上記(1)又は上記(2)の製造方法で製造された第一転がりすべり部材と、第二転がりすべり部材とを相対的に転がりすべり接触させた後に、上記第一転がりすべり部材の水素量及び重水素量の少なくとも一方を測定する方法である。
【0012】
上記(3)の評価方法は、上記(1)又は上記(2)の製造方法で製造された第一転がりすべり部材を用いて、剥離寿命の評価する方法である。そのため、本評価方法によれば、転がりすべり部材の剥離寿命の評価の正確性が向上する。
【0013】
(4)上記(3)の評価方法において、上記第一転がりすべり部材と、上記第二転がりすべり部材とを相対的に転がりすべり接触させるときに、水素と重水素との合計に対して99.9mol%以上が水素である有機化合物を介在させることが好ましい。
【0014】
上記(4)の評価方法によれば、上記第一転がりすべり部材と、上記第二転がりすべり部材とのすべり接触において介在する、有機化合物中に存在する重水素の、上記第一転がりすべり部材への侵入の影響が抑制される。そのため、本評価方法によれば、転がりすべり部材の剥離寿命の評価の正確性がより向上する。
【0015】
(5)上記(3)又は(4)の評価方法において、上記第一転がりすべり部材と、上記第二転がりすべり部材とを相対的に転がりすべり接触させるときに、水素と重水素との合計に対して99.9mol%以上が水素である水を介在させることが好ましい。
【0016】
上記(5)の評価方法によれば、上記第一転がりすべり部材と、上記第二転がりすべり部材とのすべり接触において介在する、水に存在する重水素の、上記第一転がりすべり部材への侵入の影響が抑制される。そのため、本評価方法によれば、転がりすべり部材の剥離寿命の評価の正確性がより向上する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、剥離寿命の評価の正確性を向上させるための、評価用転がりすべり部材の製造方法、及び評価用転がりすべり部材を用いる剥離寿命の評価方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】実施形態に係る、剥離寿命を評価するための転がりすべり部材の製造方法の手順を示すフローチャートである。
【
図2】第二工程の陰極水素チャージに用いられる、水素チャージ装置の模式図である。
【
図3】第三工程の転動処理に用いられる、転動装置の模式図である。
【
図4】水素チャージ後の焼入れ焼戻し部材と、基部材の昇温脱離法による水素放出曲線を示すグラフである。
【
図5】転動処理後の重水素チャージ部材と、基部材の昇温脱離法による水素放出曲線を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して説明する。
【0020】
<製造方法>
図1は、実施形態に係る、評価用転がりすべり部材の製造方法の手順を示すフローチャートである。評価用転がりすべり部材の製造方法は、焼入れ焼戻し処理を行う第一工程S1、重水素チャージ処理を行う第二工程S2、及び転動処理を行う第三工程S3を有する。
【0021】
[第一工程S1]
第一工程S1は、評価用転がりすべり部材の基となる、転がりすべり部材(以下、単に「基部材」と称する場合がある)に、少なくとも焼入れ焼戻しの処理を行い、鋼材に含まれる残留オーステナイトが60vol%以下、及び含有水素量が0.2ppm以下である、転がりすべり部材(以下、単に「第一部材」と称する場合がある)を取得する工程である。第一工程S1は、残留オーステナイト、及び含有水素量が、上記所定の含有量となる第一部材を取得できれば、焼入れ焼戻し以外の処理を含んでもよい。焼入れ焼戻しより前に焼なまし、焼ならしや、切削加工が行われても良い。焼入れは、サブゼロを含んでも良い。
【0022】
第一工程S1の焼入れ焼戻しの処理は、公知の手法を用いれば良く、特に制限されない。例えば、日本工業規格B6913:1999に準拠した、焼入れ処理、及び焼戻し処理が挙げられる。例えば、基部材がJISSUJ2の場合、基部材は、温度800℃以上900℃以下、及び1時間以上3時間以下で処理後、速やかに油温80℃以下の焼入油中に浸漬して焼入れされる。焼入れ後、基部材は、温度100℃以上220℃以下、及び0.5時間以上2時間以下で焼戻しされる。基部材は、焼入れ焼戻しにより、鋼材に含まれる残留オーステナイトが15vol%以下、及び含有水素量が0.2ppm以下となる、第一部材になる。
【0023】
好ましい第一部材に含まれる残留オーステナイトの量は、60vol%以下、特に5vol%以下である。残留オーステナイトの量が、60vol%以下であれば、第一部材の鋼材の組織は、安定である。残留オーステナイトの量が、5vol%以下であれば、第一部材の鋼材の組織は、さらに安定である。また、好ましい鋼材はJISSUJ2であり、その場合、好ましい残留オーステナイトの量は15vol%以下である。
【0024】
第一部材の含有水素量は、0.2ppm以下、特に0.1ppm以下が好ましい。第一部材の含有水素量が、0.2ppm以下であれば、基部材の鋼材に当初から含まれていた水素(以下、単に「当初水素」と称する場合がある)が、後述の第二工程S2で、拡散される重水素の5分の1以下になる。言い換えれば、取得される評価用転がりすべり部材の鋼材から、当初水素が、十分に除去される。これにより、評価用転がりすべり部材を用いる、剥離寿命の評価において、当初水素の影響が低減される。その結果、評価用転がりすべり部材による、剥離寿命の評価結果の正確性が向上する。含有水素量が、0.1ppm以下であれば、評価用転がりすべり部材に含まれる当初水素が、されに除去される。これにより、評価用転がりすべり部材による、剥離寿命の評価結果の正確性がさらに向上する。
【0025】
第一部材の残留オーステナイトは、公知の手法を用いて測定することができる。第一部材の残留オーステナイトは、例えば、X線回折法により、第一部材の表面のα相(マルテンサイト)とγ相(オーステナイト)との比を算出して求めることができる。また、第一部材の含有水素量は、公知の手法を用いて測定することができる。第一部材の含有水素量は、例えば、昇温脱離法により、第一部材を加熱して脱離してくる水素を測定して求めることができる。
【0026】
第一工程S1の焼入れ焼戻しの処理条件は、基部材を、複数の異なる焼入れ焼戻し条件を含む。それぞれの処理条件で焼入れ焼戻しされた第1部材の残留オーステナイト、及び含有水素量が、事前に測定される。上記の事前測定で、残留オーステナイトが60vol%以下、及び含有水素量が0.2ppm以下となる焼入れ焼戻し条件が把握され、これらの焼入れ焼戻し条件が、第一工程S1の焼入れ焼戻しの処理条件として設定される。
【0027】
[第二工程S2]
第二工程S2は、陰極水素チャージにより、第一部材に重水素をチャージした、第二部材を取得する工程である。より具体的にいうと、チオシアン酸アンモニウムを含む水酸化ナトリウム重水溶液(以下、単に「試験溶液」と称する場合がある)に、陰極となる第一部材と陽極とが浸漬され、重水は、電気分解される。これにより、第一部材が重水素に曝露され、第一部材に重水素がチャージされる。
【0028】
図2は、第二工程S2の陰極水素チャージに用いられる、水素チャージ装置10の模式図である。水素チャージ装置10は、電源11、陽極12、試験溶液槽13、水槽14、及び加熱器15を有する。第一部材20は、陰極として電源11に接続されている。試験溶液槽13は、試験溶液TSを保持する容器である。陽極12及び第一部材20は、試験溶液槽13が保持する試験溶液TSに浸漬される。水槽14は、試験溶液槽13を内部に受け入れ可能な大きさを有する。加熱器15は、水槽14中の水WTを加熱できる。加熱器15により、水槽14中の水WTを加熱することで、試験溶液槽13中の試験溶液TSが、間接的に加熱される。
【0029】
試験溶液TSは、0.01mol/L以上1.00mol/L以下の水酸化ナトリウム重水溶液1L当たり、チオシアン酸アンモニウムを0.1g以上10.0g以下で溶解した溶液である。試験溶液TSにおける、重水中の水酸化ナトリウムの濃度が、0.01mol/L以上であれば、試験溶液TSの電気分解により、第一部材が重水素に十分に曝露される。これにより、第一部材20に重水素が効果的にチャージされる。重水中の水酸化ナトリウムの濃度は、1.00mol/L以下であれば、十分である。水酸化ナトリウム重水溶液1Lに含まれる、チオシアン酸アンモニウムが、0.1g以上であれば、第一部材への重水素のチャージが促進される。これにより、第一部材20に重水素が効果的にチャージされる。チオシアン酸アンモニウムは、10.0g以下であれば、十分である。
【0030】
第二工程S2における電気分解は、1A/m2以上100A/m2以下で12時間以上48時間以下の条件で行われる。電気分解の条件は、電源11により、試験溶液TSに浸漬している陽極12、及び陰極である第一部材20に流れる電流、及び時間を調整することで、設定することができる。電気分解の電流密度が、1A/m2以上であれば、試験溶液TSの電気分解により、第一部材20が重水素に十分に曝露される。これにより、第一部材20に重水素が効果的にチャージされる。電流密度が、100A/m2以下であれば、重水素が第一部材20に過剰にチャージされ、後述の第三工程S3で取得される評価用転がりすべり部材が評価によって、剥離する前に亀裂が発生し、割損が生じることが抑制される。電気分解の時間が、12時間以上であれば、試験溶液TSの電気分解により、第一部材20が重水素に十分に曝露される。これにより、第一部材20に重水素が効果的にチャージされる。電気分解の時間が、48時間以下であれば、上記割損の発生が抑制され、且つ本実施形態の製造方法による、評価用転がりすべり部材の生産性が向上する。
【0031】
[第三工程S3]
第三工程S3は、重水素がチャージされた第二部材を転動処理し、重水素を第二部材に非拡散性水素として侵入させ、評価用転がりすべり部材を取得する工程である。より具体的にいうと、第二部材を、潤滑油中、所定の接触面圧、回転速度、及び転動数となる条件で処理し、第二部材に重水素を侵入させることで、評価用転がりすべり部材が取得される。
【0032】
第三工程S3で使用される潤滑油は、市販の潤滑油を用いれば良く、特に制限されない。潤滑油としては、例えば、マシン油やスピンドル油等が挙げられる。転動処理は、第二部材を用いて作製される転がり軸受を用いて行うことができる。転動処理において作製される転がり軸受は、第二部材が適用されるものであれば良く、特に制限されない。第二部材が適用される転がり軸受として、例えば、玉軸受、ころ軸受、及びスラスト軸受等が挙げられる。転動体は、第二部材が適用される転がり軸受で用いられる転動体であり、例えば、玉、及びころ等が挙げられる。第三工程S3で取得される評価用転がりすべり部材は、第二部材が適用される転がり軸受の転がりすべり部材となる。例えば、転がり軸受が、玉軸受やころ軸受の場合、評価用転がりすべり部材は、内輪又は外輪となる。転がり軸受が、スラスト軸受の場合、評価用転がりすべり部材は、軌道盤となる。
【0033】
図3は、第三工程S3の転動処理に用いられる、転動装置30の模式図である。転動装置30は、第二部材がスラスト軸受の軌道盤の場合に用いられる、転動装置である。転動装置30は、軸31、載置台32、ハウジング33、荷重球34、及び荷重印加部35を有する。転動装置30による、転動処理の対象となるスラスト軸受40は、第一軌道盤(ハウジング軌道盤)41、第二軌道盤(軸軌道盤)42、玉43、及び保持器44を有する。
図3において、第一軌道盤41は、第二部材である(以下、「第二部材41」と称する場合がある)。玉43は、第二部材41の軌道面OPを転動する。第二部材41はハウジング軌道盤に変えて平板でもよい。
【0034】
載置台32は、ハウジング33内に配置されている。載置台32は、第二部材41を嵌め込むための嵌合部32aを有している。軸31は、第二軌道盤42が圧入される圧入部を有している(図示せず)。第二部材41が嵌合部32aに嵌め込まれることで、第二部材41、玉43、及び保持器44が載置台32に載置される。ハウジング33は、第二部材41、玉43、及び保持器44が載置台32に載置された時、少なくとも第二部材41が、潤滑油SO中に位置する量の、潤滑油SOを貯留している。
【0035】
ハウジング33の下面のうち、中心線CLと交わる位置に、凹部33aが形成されている。荷重球34は凹部33aに嵌め込まれている。荷重印加部35は、荷重球34を介して、ハウジング33へ中心線CL方向の荷重を与える。これにより、スラスト軸受40に、荷重が負荷される。なお、荷重印加部35が荷重球34に与える荷重は、錘により調整される(図示せず)。
【0036】
ハウジング33は、荷重印加部35により、
図3において両矢印で示される上下方向に移動可能に構成されている。すなわち、荷重印加部35により、載置台32に載置された第二部材41、玉43、及び保持器44は、上下方向に移動可能である。第二部材41、玉43、及び保持器44が載置台32に載置された後、荷重印加部35を上方向に移動することで、軸31に圧入された第二軌道盤42と、載置台32に載置された玉43とが接触する。これにより、スラスト軸受40が、軸31と載置台32との間に配置された状態となる。
【0037】
軸31は、モータ(図示せず)により、中心線CLを中心に回転する。スラスト軸受40が載置台32に載置された時、スラスト軸受40の第一軌道盤41、及び第二部材41が、中心線CLを中心に回転する位置となるよう、嵌合部32aは、載置台32に形成されている。そのため、第二軌道盤42と軸31とが接触した状態で、軸31を回転させることで、第二軌道盤42が回転する。すなわち、軸31の回転により、第二軌道盤42と第二部材(第一軌道盤)41とは相対回転し、第二部材41は玉43に相対的に転がりすべり接触する。
【0038】
第三工程S3の転動処理において、第二部材41に対する、接触楕円中の最大の接触面圧は、2GPa以上5GPa以下に調整される。接触楕円中の最大の接触面圧は、第二部材41の軌道面OPと玉43との接触面における面圧の最大値である。ここで、上記接触面圧が、2GPa以上であり、5GPa以下であれば、第二部材41の重水素が残留オーステナイトに侵入する。すなわち、重水素が、第二部材41に非拡散性水素として侵入する。
【0039】
第三工程S3の転動処理において、軸31の回転速度は、1000min-1以上1500min-1以下に調整される。ここで、上記回転速度が、1000min-1以上であり、1500min-1以下であれば、第二部材41の重水素が残留オーステナイトに侵入する。
【0040】
第三工程S3の転動処理において、玉43の転動数は、3×10^6以上8×10^6以下に調整される。ここで、上記転動数が、3×10^6以上であり、8×10^6以下であれば、第二部材41の重水素が残留オーステナイトに侵入する。
【0041】
<評価方法>
上述の製造方法で得られた、評価用転がりすべり部材は、基部材に含まれていた水素を重水素に適切に置換されている。そのため、上記評価用転がりすべり部材を用いる、昇温脱離法による転がりすべり部材の剥離寿命の評価は、正確性が向上する。本実施形態における、評価用転がりすべり部材を用いる、昇温脱離法による転がりすべり部材の剥離寿命の評価方法(以下、単に「本評価方法」と称する場合がある)は、上記評価用転がりすべり部材を用いることを除き、公知の剥離寿命の評価方法を適用することができる。
【0042】
本評価方法は、上述の製造方法で製造された評価用転がりすべり部材を有する、転がり軸受を用いる。上述の第三工程S3で処理された後の転がり軸受が、剥離寿命の評価を行うための評価サンプルとして使用される。以下に、上述の第三工程S3で処理された後のスラスト軸受40を、評価サンプルとして使用する場合の、本評価方法が説明される。なお、第三工程S3で処理後のスラスト軸受40の第一軌道盤41は、評価用転がりすべり部材である。
【0043】
本評価方法で用いられる評価装置として、例えば、
図3に示される転動装置30が適用できる。転動装置30を評価装置として適用する場合、第一軌道盤41である評価用転がりすべり部材と、玉43との、相対的な転がりすべり接触の条件が変更できる。そのため、様々な転がりすべり接触の条件下での本評価方法の実施が可能となる。例えば、荷重による剥離寿命の影響は、スラスト軸受40へ負荷される荷重を調整することで評価される。また、水や有機化合物等の介在成分による剥離寿命の影響は、上記介在成分をハウジング33に貯留させることで評価される。さらに、転がり軸受の回転速度や転動体の回転数の影響は、軸31の回転条件を調整することで評価される。
【0044】
本評価方法で用いられる、上述の水や有機化合物は、水素と重水素との合計に対して99.9mol%以上が水素である、水や有機化合物が好ましい。これにより、介在成分である水や有機化合物から評価用転がりすべり部材へ重水素が侵入することの影響が抑制される。そのため、本評価方法により得られる、剥離寿命の評価結果の正確性が向上する。なお、有機化合物として、例えば、グリース等の潤滑剤、及び上記潤滑剤への添加物等が挙げられる。
【実施例0045】
以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明する。一方、本発明の実施形態は、以下の実施例に限定されるものでない。
【0046】
<基部材>
株式会社ジェイテクト製のスラスト軸受である51305のハウジング軌道盤を、転がりすべり部材の基部材として用いた。ハウジング軌道盤は、JISSUJ2で製造された。
【0047】
<昇温脱離法>
昇温脱離ガス分析装置(電子科学株式会社製 製品名IH-TDS1700)を用い、取扱説明書に基づき、加熱温度500℃以下にて放出された水素量及び重水素量が測定された。
【0048】
<焼入れ焼戻し処理>
基部材に対し、日本工業規格B6913:1999に準拠し、焼入れ処理、及び焼戻し処理を行った。焼入れ処理は、真空炉中で温度830℃で0.5時間加熱処理後、速やかに油温80℃の焼入れ油中に浸漬することで行なった。焼戻し処理は、温度180℃で2時間で処理することで行った。上記焼入れ焼戻し処理により得られた部材(以下、単に「焼入れ焼戻し部材」と称する場合がある)は、残留オーステナイトが10vol%であり、含有水素量が0.03ppmであることを確認された。なお、残留オーステナイトは、X線回折法により測定された。含有水素量は、昇温脱離法により測定された。
【0049】
<水素チャージ>
焼入れ焼戻し部材への水素又は重水素のチャージは、焼入れ焼戻し部材を陰極とし、上述の
図2に記載の水素チャージ装置10を用いて行われた。水素をチャージするための試験溶液TSは、0.1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液1L当たり、チオシアン酸アンモニウム1gを溶解した溶液である。重水素をチャージするための試験溶液TSは、0.1mol/Lの水酸化ナトリウム重水溶液1L当たり、チオシアン酸アンモニウム1gを溶解した溶液である。電気分解は、10A/m
2で24時間行われた。
【0050】
<転動処理>
重水素チャージ後の焼入れ焼戻し部材(以下、単に「重水素チャージ部材」と称する場合がある)を軌道盤とするスラスト軸受は、上述の
図3に記載の転動装置30を用い、以下の条件で転動処理された。
(転動処理条件)
接触楕円中の最大の接触面圧:2.7GPa
回転速度:1200min
-1
転動体の転動数:3×10^6
【0051】
<水素チャージ後の転がりすべり部材の昇温脱離法による水素量の測定>
図4は、水素チャージ後の焼入れ焼戻し部材(以下、単に「水素チャージ部材」と称する場合がある)と、基部材の昇温脱離法による水素放出曲線を示すグラフである。水素チャージ部材の含有水素量は、1.40ppmであった。基部材の含有水素量は、0.24ppmであった。また、
図4に示されるように、基部材の水素放出曲線は、非拡散性水素の放出を示す、1つのピークを有している。一方、水素チャージ部材の水素放出曲線は、拡散性水素、及び非拡散性水素の放出を示す、2つのピークを有している。このように、水素チャージ部材と基部材とは、含有水素量、及び水素放出曲線が異なることが明らかとなった。このことから、水素チャージ部材を用いる、昇温脱離法による転がりすべり部材の剥離寿命の評価は、正確性が低下する恐れがあることが示された。
【0052】
<転動処理後の転がりすべり部材の昇温脱離法による水素量の測定>
図5は、転動処理後の重水素チャージ部材(以下、単に「転動処理部材」と称する場合がある)と、基部材の昇温脱離法による水素放出曲線を示すグラフである。転動処理部材の含有重水素量は、0.21ppmであった。基部材の含有水素量は、0.26ppmであった。また、
図5に示されるように、転動処理部材、及び基部材の水素放出曲線は、略同じ非拡散性水素のピークを有していることが分かる。このことから、転動処理部材を用いる、昇温脱離法による転がりすべり部材の剥離寿命の評価は、正確性が向上することが示された。転動処理部材は、本発明の製造方法に基づき製造された部材である。よって、本発明の製造方法で製造される評価用転がりすべり部材を用いることによって、昇温脱離法による剥離寿命の正確な評価が可能となることが示された。