(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024167531
(43)【公開日】2024-12-04
(54)【発明の名称】2重シールドティグ溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 9/29 20060101AFI20241127BHJP
B23K 9/167 20060101ALI20241127BHJP
B23K 9/16 20060101ALI20241127BHJP
【FI】
B23K9/29 L
B23K9/167 A
B23K9/16 L
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023083669
(22)【出願日】2023-05-22
(71)【出願人】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(72)【発明者】
【氏名】今井 雄太
(72)【発明者】
【氏名】中俣 利昭
【テーマコード(参考)】
4E001
【Fターム(参考)】
4E001AA03
4E001BB07
4E001DD02
4E001DD03
4E001LB02
4E001LH06
4E001NA01
(57)【要約】
【課題】2重シールドティグ溶接方法において、電極の突出し長を長くしても溶接状態を安定に維持すること。
【解決手段】インナーガス7を噴出させるインナーノズル4及びアウターガス9を噴出させるアウターノズル5を備えた溶接トーチWTを使用し、インナーノズル4の先端位置から電極1を突出し長Lだけ突出させ、電極1と母材2との間にアーク3を発生させ溶接電流Iwを通電して溶接する2重シールドティグ溶接方法において、溶接電流Iwの設定値Irに応じてインナーガス7の流量Fiを設定し、設定されたインナーガス7の流量Fiを、電極1の突出し長Lに応じて補正する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
インナーガスを噴出させるインナーノズル及びアウターガスを噴出させるアウターノズルを備えた溶接トーチを使用し、
前記インナーノズルの先端位置から電極を突出し長だけ突出させ、
前記電極と母材との間にアークを発生させ溶接電流を通電して溶接する2重シールドティグ溶接方法において、
前記溶接電流の値に応じて前記インナーガスの流量を設定し、
前記溶接電流の値に応じて設定された前記インナーガスの流量を、前記電極の前記突出し長に応じて補正する、
ことを特徴とする2重シールドティグ溶接方法。
【請求項2】
前記アークの硬直性を調整するための調整部を備え、
前記調整部は、前記溶接電流の値及び前記電極の前記突出し長に応じて設定された前記インナーガスの流量を増減させる、
ことを特徴とする請求項1に記載の2重シールドティグ溶接方法。
【請求項3】
前記溶接電流の値及び前記電極の前記突出し長の内の少なくとも一つの条件が変更されたときは、前記調整部による前記インナーガスの流量の増減値を0にリセットする、
ことを特徴とする請求項2に記載の2重シールドティグ溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2重シールドティグ溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
インナーガスを噴出させるインナーノズル及びアウターガスを噴出させるアウターノズルを備えた溶接トーチを使用して溶接する2重シールドティグ溶接方法が慣用されている(例えば、特許文献1参照)。インナーガス及びアウターガスとしては、アルゴン、ヘリウム等の不活性ガスが使用される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
2重シールドティグ溶接方法では、インナーノズルの先端位置から電極を突出し長だけ突出させ、電極と母材との間にアークを発生させて溶接が行われる。通常、電極の突出し長は2~3mm程度である。母材の形状によっては溶接の作業性を良好にするために、電極の突出し長を5~10mm程度まで長くする場合がある。しかし、電極の突出し長を長くすると、溶接状態が不安定になる場合が発生する。
【0005】
そこで、本発明では、電極の突出し長を長くしても溶接状態を安定に維持することができる2重シールドティグ溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した課題を解決するために、請求項1の発明は、
インナーガスを噴出させるインナーノズル及びアウターガスを噴出させるアウターノズルを備えた溶接トーチを使用し、
前記インナーノズルの先端位置から電極を突出し長だけ突出させ、
前記電極と母材との間にアークを発生させ溶接電流を通電して溶接する2重シールドティグ溶接方法において、
前記溶接電流の値に応じて前記インナーガスの流量を設定し、
前記溶接電流の値に応じて設定された前記インナーガスの流量を、前記電極の前記突出し長に応じて補正する、
ことを特徴とする2重シールドティグ溶接方法である。
【0007】
請求項2の発明は、
前記アークの硬直性を調整するための調整部を備え、
前記調整部は、前記溶接電流の値及び前記電極の前記突出し長に応じて設定された前記インナーガスの流量を増減させる、
ことを特徴とする請求項1に記載の2重シールドティグ溶接方法である。
【0008】
請求項3の発明は、
前記溶接電流の値及び前記電極の前記突出し長の内の少なくとも一つの条件が変更されたときは、前記調整部による前記インナーガスの流量の増減値を0にリセットする、
ことを特徴とする請求項2に記載の2重シールドティグ溶接方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る2重シールドティグ溶接方法によれば、電極の突出し長を長くしても溶接状態を安定に維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の実施の形態に係る2重シールドティグ溶接方法を実施するための溶接装置のブロック図である。
【
図2】本発明の実施の形態に係る2重シールドティグ溶接方法を示す
図1の溶接装置における各信号のタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0012】
図1は、本発明の実施の形態に係る2重シールドティグ溶接方法を実施するための溶接装置のブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0013】
溶接トーチWTは、主に電極1、それを取り囲むインナーノズル4及びそれを取り囲むアウターノズル5を備えている。電極1の先端位置は、インナーノズル4の先端位置から予め定めた突出し長l(mm)だけ突出した位置である。電極1には、タングステン電極等が使用される。例えば、インナーノズル4の内径は5mm、であり、アウターノズル5の内径は13mmである。
【0014】
起動スイッチONは、オン状態になるとHighレベルとなり、オフ状態になるとLowレベルになる起動信号Onを出力する。この起動スイッチONは、溶接トーチWTに設けられたトーチスイッチである。また、ロボット制御装置から起動信号Onが出力される場合もある。
【0015】
電流設定回路IRは、予め定めた電流設定信号Irを出力する。
【0016】
突出し長設定回路LRは、電極1の突出し長Lを設定するための突出し長設定信号Lrを出力する。溶接作業者は、突出し長設定信号Lrによって設定された突出し長L[mm]になるように電極1を溶接トーチWTに装着する。突出し長Lの範囲は2~10mm程度である。
【0017】
インナーガス流量設定回路FIRは、上記の電流設定信号Ir[A]、上記の突出し長設定信号Lr[mm]及び後述するアーク硬直性調整信号Hrを入力として、予め定めたインナーガス流量設定関数に入力して算出された値をインナーガス流量設定信号Fir[l/min]として出力する。インナーガス設定関数の例を以下に示す。
Fir=(Ir-75)/50+3.5+(Lr-2)×0.1+Hr (1)式
但し、75≦Ir≦150の範囲であり、Ir<75の場合はIr=75と同一値であり、Ir>150の場合はIr=150と同一値である。また、2≦Lr≦10の範囲であり、Lr<2の場合はLr=2と同一値であり、Lr>10の場合はLr=10と同一値である。
【0018】
インナーガス流量調整器CIは、慣用されているマスフローコントローラであり、上記の起動信号On及び上記のインナーガス流量設定信号Firを入力として、起動信号OnがHighレベルになると、インナーガスボンベ6からのインナーガス7の流量Fiをインナーガス流量設定信号Firによって定まる値に調整して噴出する。
【0019】
アウターガス流量設定回路FORは、上記の電流設定信号Irを入力として、予め定めたアウターガス流量設定関数に入力して算出された値をアウターガス流量設定信号For[l/min]として出力する。アウターガス設定関数の例を以下に示す。
For=(Ir-75)/50+5.5 (2)式
但し、75≦Ir≦150の範囲であり、Ir<75の場合はIr=75と同一値であり、Ir>150の場合はIr=150と同一値である。
【0020】
アウターガス流量調整器COは、慣用されているマスフローコントローラであり、上記の起動信号On及び上記のアウターガス流量設定信号Forを入力として、起動信号OnがHighレベルになると、アウターガスボンベ8からのアウターガス9の流量Foをアウターガス流量設定信号Forによって定まる値に調整して噴出する。
【0021】
インナーノズル4の内側の通路をインナーガス7が流れる。また、インナーノズル4の外側とアウターノズル5の内側の通路をアウターガス9が流れる。インナーガス7及びアウターガス9にはアルゴン、ヘリウム等の不活性ガスが使用される。アーク3は、電極1が負極となり、母材2が正極となって発生する。
【0022】
溶接電源PSは、上記の起動信号On及び上記の電流設定信号Irを入力として、 起動信号OnがHighレベルになると、電極1と母材2との間に高周波高電圧を印加し、アーク3が発生すると電流設定信号Irによって設定された溶接電流Iwの出力を開始し、起動信号OnがLowレベルになると溶接電流Iwの出力を停止する。
【0023】
アーク硬直性調整回路HRは、上記の電流設定信号Ir及び上記の突出し長設定信号Lrを入力として、溶接電源PSのフロントパネルに設けられており、増加ボタンと減少ボタンを備えており、増加ボタンが押されるごとに所定値だけ増加し、減少ボタンが押されるごとに所定値だけ減少する、アーク硬直性調整信号Hrを出力する。アーク硬直性調整信号Hrは、電流設定信号Ir及び突出し長設定信号Lrのいずれかの信号の値が変化したときは0にリセットされる。例えば、所定値は0.1(l/min)である。このときに、増加ボタンが5回おされるとHr=0.5(l/min)となる。その後に、減少ボタンが2回押されるとHr=0.5-0.2=0.3(l/min)となる。
【0024】
以下、溶接電流の値に応じてインナーガス及びアウターガスの流量を設定し、電極1の突出し長Lに応じて設定されたインナーガス及び/又はアウターガスの流量を補正し、さらにアーク硬直性の調整を行った場合の数値例について説明する。
(1)インナーガス流量の設定
突出し長設定信号Lrは2mmであり、アーク硬直性調整信号Hrは初期値の0l/minである場合において、上記の(1)式から電流設定信号Irを入力としてインナーガス流量Fiは
Fi=(Ir-75)/50+3.5+(Lr-2)×0.1+Hrであるので、
Ir=75AのときはFi=3.5(l/min)となり、Ir=150AのときはFi=5.0(l/min)となる。
ここで、突出し長設定信号Lrが10mmに変更されると、インナーガス流量Fiは上記のときよりも0.8(l/min)だけ増加した値となる。さらに、アーク硬直性信号Hrを調整すると、自動設定された上記のインナーガス流量の値を中央値として増減させることができる。
【0025】
(2)アウターガス流量の設定
上記の(2)式から電流設定信号Irを入力としてアウターガス流量Foは
Fo=(Ir-75)/50+5.5であるので、Ir=75AのときはFo=5.5(l/min)となり、Ir=150AのときはFo=7.0(l/min)となる。
【0026】
図2は、本発明の実施の形態に係る2重シールドティグ溶接方法を示す
図1の溶接装置における各信号のタイミングチャートである。同図(A)は電極の突出し長L[mm]の時間変化を示し、同図(B)は溶接電流Iw[A]の時間変化を示し、同図(C)はインナーガス流量Fi[l/min]の時間変化を示し、同図(D)はアウターガス流量Fo[l/min]の時間変化を示す。以下、同図を参照して溶接中の動作について説明する。
【0027】
同図(B)に示すように、時刻t1~t2の期間中は溶接電流Iwを通電し、時刻t2~t3の期間中は溶接電流Iwの通電を停止し、時刻t3~t4の期間中は溶接電流Iwを通電している。同図(A)に示すように、電極の突出し長Lは、時刻t1~t2の期間中は第1突出し長であり、時刻t3~t4の期間中はそれよりも長い第2突出し長に変化している。同図(B)に示すように、溶接電流Iwは、
図1の電流設定信号Irによって設定される。
【0028】
同図(C)に示すように、インナーガス流量Fiは、
図1の電流設定信号Ir及び同図(A)に示す電極の突出し長Lを設定する
図1の突出し長設定信号Lrの値を上述した(1)式に代入して算出される。同図(D)に示すように、アウターガス流量Foは、
図1の電流設定信号Irの値を上述した(2)式に代入して算出される。例えば、電流設定信号Ir=150A、突出し長設定信号Lrの第1突出し長=2mm及び第2突出し長=8mmである場合には、インナーガス流量Fi及びアウターガス流量Foは、以下のように算出される。
1)時刻t1~t2の期間
Fi=(150-75)/50+3.5+(2-2)×0.1=5
Fo=(150-75)/50+5.5=7
2)時刻t3~t4の期間
Fi=(150-75)/50+3.5+(8-2)×0.1=5.6
Foは時刻t1以前と同一値
この結果、同図(C)に示すように、インナーガス流量Fiは、時刻t1~t2の期間中は5l/minとなり、時刻t3~t4の期間中は5.6l/minへと大きくなる。また、同図(D)に示すように、アウターガス流量Foは、全期間中7l/minとなる。
【0029】
以下、本実施の形態の作用効果について説明する。
本実施の形態によれば、溶接電流の値に応じてインナーガスの流量を設定し、溶接電流の値に応じて設定されたインナーガスの流量を、電極の突出し長に応じて補正する。通常、電極の突出し長は2~3mm程度である。母材の形状によっては溶接の作業性を良好にするために、電極の突出し長を5~10mm程度まで長くする場合がある。しかし、電極の突出し長を長くすると、溶接状態が不安定になる場合が発生する。本実施の形態では、溶接電流の値に応じてインナーガスの流量を適正化している。その上で電極の突出し長が長くなるほどインナーガスの流量が大きくなるように補正している。これにより、本実施の形態では、電極の突出し長を長くしても溶接状態を安定に維持することができる。
【0030】
さらに好ましくは、本実施の形態によれば、アークの硬直性を調整するための調整部を備え、調整部は、溶接電流の値及び電極の突出し長に応じて設定されたインナーガスの流量を増減させる。溶接電流及び電極の突出し長に応じてインナーガスの流量を適正化することによって溶接状態を良好にすることができる。その上で、溶接作業者ごとに所望するアークの硬直性は異なっている。溶接作業者によっては、アークの硬直性が強い硬いアークを好む人もいるし、アークの硬直性の弱い柔らかなアークを好む人もいる。そして、アークの硬直性を溶接作業者が所望する状態に調整することができれば、溶接作業性を向上させることができる。本実施の形態では、アークの硬直性を微調整するための調整部を備えており、この調整部によって溶接電流及び電極の突出し長に応じて設定されたインナーガスの流量を増減させることができる。インナーガスの流量を増加させるとアークの硬直性は強くなり、硬いアークとなる。インナーガスの流量を減少させるとアークの硬直性は弱くなり、柔らかなアークとなる。この結果、本実施の形態では、アークの硬直性を溶接作業者が所望する状態に調整することができるので、作業性を向上させることができる。
【0031】
さらに好ましくは、本実施の形態によれば、溶接電流の値及び電極の突出し長の内の少なくとも一つの条件が変更されたときは、調整部によるインナーガスの流量の増減値を0にリセットする。溶接電流の値及び電極の突出し長の組み合わせ条件によって調整部の増減値が同一であってもアークの硬直性の度合いは異なっている。したがって、これらの条件の少なくとも一つが変更されたときは、増減値を0にリセットして、アークの硬直性を一旦標準状態に戻すようにしている。その上で、再び調整部によってアークの硬直性を好みの状態にするようにしている。
【符号の説明】
【0032】
1 電極
2 母材
3 アーク
4 インナーノズル
5 アウターノズル
6 インナーガスボンベ
7 インナーガス
8 アウターガスボンベ
9 アウターガス
CI インナーガス流量調整器
CO アウターガス流量調整器
Fi インナーガス流量
FIR インナーガス流量設定回路
Fir インナーガス流量設定信号
Fo アウターガス流量
FOR アウターガス流量設定回路
For アウターガス流量設定信号
HR アーク硬直性調整回路
Hr アーク硬直性調整信号
IR 電流設定回路
Ir 電流設定信号
Iw 溶接電流
L 電極の突出し長
LR 突出し長設定回路
Lr 突出し長設定信号
ON 起動スイッチ
On 起動信号
PS 溶接電源
WT 溶接トーチ