(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024167581
(43)【公開日】2024-12-04
(54)【発明の名称】筋線維状組織の製造方法及び筋線維状組織の製造装置
(51)【国際特許分類】
C12N 5/077 20100101AFI20241127BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20241127BHJP
【FI】
C12N5/077
C12M3/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023083759
(22)【出願日】2023-05-22
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】仁宮 一章
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029BB11
4B029CC02
4B029CC08
4B029DG10
4B029GB03
4B065AA90X
4B065AC17
4B065AC20
4B065BC41
4B065BD50
4B065CA41
(57)【要約】
【課題】いわゆる足場タンパク質を使用せず、配向性を有する三次元ウシ筋様組織を製造することのできる、筋線維状組織の製造方法及び筋線維状組織の製造装置を提供する。
【解決手段】線維芽細胞からスフェロイドを製造するスフェロイド製造工程と、前記スフェロイドを凝集させて筋原凝集体を製造する筋原凝集体製造工程と、複数の前記筋原凝集体を互いに隣接させつつ、複数のアンカー部材と隣接させて培養する接着培養工程と、前記筋原凝集体と接着した前記アンカー部材を相互に離間させて前記筋原凝集体に張力を印加する張力印加工程と、を備えた、筋線維状組織の製造方法および筋線維状組織の製造装置である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
線維芽細胞からスフェロイドを製造するスフェロイド製造工程と、
前記スフェロイドを凝集させて筋原凝集体を製造する筋原凝集体製造工程と、
前記筋原凝集体を、複数のアンカー部材と隣接させて培養する接着培養工程と、
前記筋原凝集体と固着した前記アンカー部材を相互に離間させて前記筋原凝集体に張力を印加する張力印加工程と、
を備えた、筋線維状組織の製造方法。
【請求項2】
前記線維芽細胞は、ウシ筋芽細胞を用いる、請求項1に記載の筋線維状組織の製造方法。
【請求項3】
前記張力印加工程は、前記接着培養工程において培養を行いつつ、複数回の前記張力印加工程を行う、請求項1または2に記載の筋線維状組織の製造方法。
【請求項4】
前記アンカー部材は、金属を構成素材とするメッシュ状の板状部材であり、
前記接着培養工程において筋原凝集体と隣接する際は前記筋原凝集体を挟み込むように前記アンカー部材を対向して配置する、請求項1または2に記載の筋線維状組織の製造方法。
【請求項5】
細胞培養容器と、張力印加機構とを備えた筋線維状組織の製造装置であって、
前記細胞培養容器は、金属を構成素材とするメッシュ状の板状部材を含む2以上のアンカー部材を含み、
前記アンカー部材は、線維芽細胞から製造されたスフェロイドが凝集してなる筋原凝集体を挟み込むように設置可能に対抗して配置されてなり、
前記張力印加機構は、前記アンカー部材を相互に離間可能に構成されてなる、筋線維状組織の製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウシ等の細胞を用いて、人工肉の原料となる筋線維状組織を製造する製造方法およびその装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現状、食用肉となるウシなどの畜肉は、ウシなどの家畜を穀物等の飼料を用いてと畜することにより得られている。この製造過程でウシの食用肉を製造する過程では、飼料をウシの胃が反芻することによるメタンガスの排出が地球温暖化の悪化の原因となる、ウシの飼育に必要な土地や水が膨大であるため、森林破壊や水資源問題の原因となるなども指摘されている。これに対して、細胞農業によるウシ培養肉の生産が検討されている。培養肉の製造過程としては、ウシ細胞を穀物等を栄養素とする培地で培養し、培養組織を製造して培養肉とする方法が挙げられる。ウシ細胞培養ではメタンガスの排出がなく、地球温暖化は抑制される。ウシ細胞培養では必要な土地、水が少ないため、森林破壊や水資源問題の抑制となると考えられている。
【0003】
ウシ細胞を用いた培養としては、ウシ筋芽細胞を培養するために、足場タンパク質に細胞を接着させ、培養させる技術が開発されている。足場タンパク質は、ウシの皮、腱などから抽出したコラーゲンなどを用いる。
【0004】
このような技術として、例えば特許文献1では、可食性ゲルのファイバ状マトリクス内に分散した細胞を含む細胞ファイバを用意するステップと、前記細胞を培養するステップと、を含む、細胞培養方法、人工組織の製造方法、薬剤評価方法、および人工組織体が開示されている。この技術では、食用適合性が向上した人工組織を提供する細胞培養方法、人工組織の製造方法、薬剤評価方法、および人工組織体を提供しようとするものである。
【0005】
また、足場材を用いない細胞組織の製造方法として、例えば、特許文献2では、細胞収容容器内に細胞懸濁液を収容する細胞収容工程、及び前記容器内の細胞に圧力を印加する圧力印加工程を含む、三次元細胞集合体の作製方法であって、前記細胞収容工程及び前記圧力印加工程が2回以上反復して行なわれ、2回目以降の細胞収容工程では、細胞収容容器内に収容した細胞へのさらなる細胞の追加が行われる、三次元細胞集合体の作製方法が開示されている。この技術では、細胞を剥離して重ね合わせるという操作を経ずに、簡便な工程で厚みのある細胞集合体を作製することを可能にする手段を提供しようとするものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2023-47343号公報
【特許文献2】特許第6733126号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
足場タンパク質を用いてウシなどの家畜動物の細胞を培養する方法では、コラーゲンなどの足場タンパク質は、該動物から直接に抽出する必要がある。これは、コラーゲンは未だに効率的に合成することができないためである。すなわち、コラーゲンなどの足場タンパク質に頼る食肉培養は、結局ウシの飼育と成分抽出が必要となってしまう。そのため、前記したウシなどの家畜を穀物等の飼料を用いてと畜する工程に必要とされる資源、環境等の問題を根本的に解決することができない。
【0008】
また、特許文献1の技術では、ゲル化可能材料としてアルギン酸ゲルが用いられているが、アルギン酸ゲルはシングルセル同士が融合し三次元組織になるのに邪魔になるため、必ずしも食用肉に用いることのできる配向性を持つ三次元の筋肉組織の製造に適さない面がある。
【0009】
特許文献2の技術では、圧力印加工程は、多孔性の三次元足場材の非共存下で行う方法も開示されている。この方法を用いれば、コラーゲン等の足場タンパク質を必要とせずに細胞を培養することができる。しかしながら、この技術は食用肉に用いることのできる配向性を持つ三次元の筋肉組織の製造のための技術ではなく、細胞に配向性を持たせる方法については開示されていない。特許文献2の技術で足場タンパク質を用いずに培養しても、特に配向性を持たない細胞塊状の組織のみ製造できる。
【0010】
このため、コラーゲン等の足場タンパク質を別途用いず、かつ配向性を持つ三次元の筋肉組織を有効に製造することのできる技術が強く求められている。
本発明は上記のような事情を鑑みてなされたものであり、その目的は、いわゆる足場タンパク質を使用せず、配向性を有する三次元ウシ筋様組織を製造することのできる、筋線維状組織の製造方法及び筋線維状組織の製造装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本発明は以下の態様を有する。
本発明の態様1は、
線維芽細胞からスフェロイドを製造するスフェロイド製造工程と、
前記スフェロイドを凝集させて筋原凝集体を製造する筋原凝集体製造工程と、
前記筋原凝集体を、複数のアンカー部材と隣接させて培養する接着培養工程と、
前記筋原凝集体と固着した前記アンカー部材を相互に離間させて前記筋原凝集体に張力を印加する張力印加工程と、
を備えた、筋線維状組織の製造方法である。
【0012】
本実施形態の態様2は、
前記線維芽細胞は、ウシ筋芽細胞を用いる、態様1に記載の筋線維状組織の製造方法である。
【0013】
本実施形態の態様3は、
前記張力印加工程は、前記接着培養工程において培養を行いつつ、複数回の前記張力印加工程を行う、態様1または2に記載の筋線維状組織の製造方法である。
【0014】
本実施形態の態様4は、
前記アンカー部材は、金属を構成素材とするメッシュ状の板状部材であり、
前記接着培養工程において筋原凝集体と隣接する際は前記筋原凝集体を挟み込むように前記アンカー部材を対向して配置する、態様1または2に記載の筋線維状組織の製造方法である。
【0015】
本実施形態の態様5は、
細胞培養容器と、張力印加機構とを備えた筋線維状組織の製造装置であって、
前記細胞培養容器は、金属を構成素材とするメッシュ状の板状部材を含む2以上のアンカー部材を含み、
前記アンカー部材は、線維芽細胞から製造されたスフェロイドが凝集してなる筋原凝集体を挟み込むように設置可能に対抗して配置されてなり、
前記張力印加機構は、前記アンカー部材を相互に離間可能に構成されてなる、筋線維状組織の製造装置である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、いわゆる足場タンパク質を使用せず、配向性を有する三次元ウシ筋様組織を製造することのできる、筋線維状組織の製造方法及び筋線維状組織の製造装置が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本実施形態の筋線維状組織の製造方法の模式図である。
【
図2】本実施形態の筋線維状組織の製造装置の模式図である。
【
図4】試験例1の接着培養工程と張力印加工程とを示す模式図および同工程を実体顕微鏡で観察した写真図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係る筋線維状組織の製造方法及び筋線維状組織の製造装置について、実施形態を示して説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0019】
(筋線維状組織の製造方法)
図1は、本実施形態の筋線維状組織の製造方法の模式図である。本実施形態の筋線維状組織の製造方法は、線維芽細胞からスフェロイドを製造するスフェロイド製造工程(I)と、前記スフェロイドを凝集させて筋原凝集体を製造する筋原凝集体製造工程(II)と、複数の前記筋原凝集体を互いに隣接させつつ、複数のアンカー部材と隣接させて培養する接着培養工程(III)と、前記筋原凝集体と接着した前記アンカー部材を相互に離間させて前記筋原凝集体に張力を印加する張力印加工程(IV)と、を備える。
【0020】
ここで、本実施形態の筋線維状組織100とは、生物の筋肉組織における、筋細胞が配列した線維に類似した生物組織を含む構造体である。筋線維状組織は、生物の筋線維と同様に、細胞が一方向に配向した三次元構造からなることが好ましい。ここで生物は、主に動物であり、ヒト、ヒト以外の家畜動物、またはマウス等の実験動物が広く含まれる。本実施形態ではウシを用いる。
【0021】
スフェロイド製造工程(I)は、線維芽細胞10からスフェロイド20を製造する。線維芽細胞は、前記生物の筋線維状組織を製造する、その生物を由来とするものであることが好ましい。本実施形態では、線維芽細胞としてウシ筋芽細胞を用いる。
スフェロイドは、細胞同士が凝集し塊となったもの、細胞の凝集塊を広く指す。ここでは、細胞が凝集し径がμm単位となったものを指すとする。具体的には、前記径が1~1000μm、好ましくは前記径が20~200μmである。
【0022】
線維芽細胞からスフェロイドを製造する操作は、線維芽細胞を培養し、凝集させることができる手段であればいかなるものを用いても良い。例えば、線維芽細胞を液体培地内で浮遊培養を行い、凝集するまで行ってもよい。浮遊培養は振盪または回転させつつ行ってもよい。また、一定以上の細胞濃度(培地の容積あたりの細胞数)で懸濁培養を行ってもよい。本実施形態では、ウシ筋芽細胞をスピナーフラスコ内で回転させつつ懸濁培養し、直径80μmほどの均一なウシ筋芽細胞スフェロイドを得る。
【0023】
筋原凝集体製造工程(II)は、前記スフェロイド20を凝集させて筋原凝集体20を製造する。筋原凝集体30は、複数のスフェロイド20が融合した、主にmm単位の大きさの塊であり、筋線維状組織を製造する基盤(筋原基)となる構造である。スフェロイド20を凝集させて筋原凝集体30を製造する手段としては、スフェロイド同士を隣接させて培養を続けると凝集してゆくため、それらが可能な培養手段を適宜用いることができるが、筋原凝集体が後の工程に適した大きさや細胞密度となるような手段を用いることが好ましい。
【0024】
本実施形態では、筋原凝集体の作製用の寒天プレートを準備し、スフェロイドを融合させる。まず、プレート上で寒天溶液をゲル化させる。このとき、24wellプレートなどに1%前後の寒天溶液を注ぎゲル化させると、中央が凹んだ寒天ゲルができる。ここに前記スフェロイドを含む増殖培地を添加し、適切な時間を培養する。本実施形態では24時間ほど静置培養する。スフェロイドは寒天ゲルの中央の凹んだ部分に集まり、互いに凝集して、数mm単位の筋原凝集体となる。図に示した例では、24wellプレート内の寒天ゲルの凹部の形状に沿って、直径2~4mm、厚み0.5~1mm前後の円盤状に近い形状の筋原凝集体30が製造される。
【0025】
接着培養工程(III)では、前記筋原凝集体30を複数のアンカー部材41、42と隣接させて培養する。
【0026】
接着培養工程では、複数の前記筋原凝集体を互いに隣接させつつ、複数のアンカー部材と隣接させて培養することが好ましい。複数の筋原凝集体は、製造する筋線維状組織の規模に応じて2個以上であれば適宜選択でき、2~10個が好ましい。
【0027】
前記アンカー部材は、金属を構成素材とすることが好ましい。また、アンカー部材はメッシュ状の板状部材であることが好ましい。後述するように、アンカー部材が金属を構成素材とすること、また、メッシュ状の板状部材であることで、筋原凝集体をアンカー部材と隣接させて培養した際に、筋原凝集体がアンカー部材と固着しやすい。
【0028】
また、アンカー部材を筋原凝集体と隣接する際は、前記筋原凝集体を挟み込むように前記アンカー部材を対向して配置することが好ましい。後述するように、複数のアンカー部材を対向して配置することで、そのアンカー部材を相互に離間させることで、アンカー部材と固着した筋原凝集体に張力を印加することができる。
【0029】
図に示した例では、筋原凝集体30を2個、前記円盤状の平面部分を隣接させて重ねている。
金属を構成素材とするメッシュ状の複数のアンカー部材41及び42は、筋原凝集体30が2個重なった平面及び底面にそれぞれ配置され、対向して配置されている。図においては上部と下部であるが、後述するように筋原凝集体とその両面に対向しているアンカー部材の方向は重力方向に対して特に限定されない。
アンカー部材41及び42は、筋線維状組織製造機構40に設けられている。具体的には、板状の支持部材44上に略垂直に立設された主に金属からなる支柱43を介して、支持部材44、アンカー部材41及び42のそれぞれの平面部が略平行となるよう設けられている。アンカー部材41及び42は、それぞれ支柱43の長辺方向に沿って移動可能に設けられてなる。
【0030】
接着培養工程では、筋原凝集体と、アンカー部材とが細胞が生育できる状態で培養する。具体的には、筋原凝集体とアンカー部材とが液体培地に浸漬した状態で培養されることが好ましい。図に示した例では、筋線維状組織製造機構40が液体培地の満たされた培養容器(図示せず)内に収容され、液体培地に浸漬されている。培養容器は、筋線維状組織製造機構40を収納できる形状および大きさであれば問わない。図に示した例では、6wellプレート内に、筋線維状組織製造機構40を図の横方向に倒して振盪培養している。
【0031】
接着培養工程は、少なくとも筋原凝集体とアンカー部材とが固着するまでの間、培養する。具体的には、筋原凝集体とアンカー部材とが隣接した状態で培養することで、筋原凝集体に含まれる細胞がアンカー部材の表面に、相互に融合した状態で増殖し、筋原凝集体とアンカー部材とが固着する。または、培養により細胞がアンカー部材に絡みつくように、アンカー部材の表面を包み込むように増殖する。この現象はアンカー部材が線維芽細胞やスフェロイドの大きさに対して一定の小ささである方が見られるため、アンカー部材は細い部位を有することが好ましく、目の細かいメッシュであることが特に好ましい。
また、筋原凝集体が複数設けられている場合は、筋原凝集体が相互に固着するまで培養する。複数の筋原凝集体は、隣接して培養されると相互に固着する。
固着するまでの時間は適宜選択してよいが、目安として12~72時間、好ましくはおよそ48時間、接着培養工程を継続することで、筋原凝集体とアンカー部材、または筋原凝集体が相互に固着する。
【0032】
前記張力印加工程(IV)では、筋原凝集体30と固着した前記アンカー部材41、42を相互に離間させて、筋原凝集体30に張力を印加する。図に示した例では、アンカー部材42を、アンカー部材41に対して支柱43に沿って移動させることでアンカー部材41、42を相互に離間させている。筋原凝集体30はアンカー部材41、42と固着しているので、アンカー部材41、42を相互に離間させると、離間する方向Tに沿って筋原凝集体30に張力が加わる。
【0033】
張力印加工程は、接着培養工程を継続している間に、並行して行ってもよい。また、連続的に行っても、断続的に行っても良い。
張力印加工程は、前記接着培養工程において培養を行いつつ、複数回の前記張力印加工程を行うことが好ましい。張力印加工程を行うと、当初は細胞が張力が印加された方向に引っ張られるが、ついで、培養により増殖した細胞が張力が印加された方向に配向性をもって増殖してゆく。細胞が充分に増殖し、張力が緩和された際に、再度張力印加工程を行う。この操作を繰り返すことで、一方向に配向した細胞からなる筋線維状組織を効率的に製造することができる。
【0034】
ここで、張力を印加せずにスフェロイド10、筋原凝集体20の培養を続け凝集させていくと、筋原凝集体20は細胞数の面では増殖し成長していくが、培養を続けるほど収縮を続け、配向を持たない単なる球状の凝集塊となるため、筋線維状組織100を得ることはできない。
【0035】
張力印加工程は、筋原凝集体とアンカー部材とが充分に固着するまでの工程後で、また、複数の筋原凝集体を用いている場合は筋原凝集体が相互に固着した後で行うことが好ましい。図に示した例では、最初の48時間の振盪培養の工程(III-1)より後である。
【0036】
図に示した例では、接着培養工程(III)と並行して張力印加工程(IV-1)、(IV-2)を行っている。接着培養工程(III)のうち最初の48時間の振盪培養を行う工程(III-1)の後に、1回目の張力印加工程(IV-1)を行っている。張力印加工程(IV-1)は、アンカー部材41,42を2mm離間させ、そのまま維持することにより行っている。その状態で72時間振盪培養を行った後、2回目の張力印加工程(IV-2)を行っている。2回目の張力印加工程(IV-2)は、1回目と同様にアンカー部材41,42を2mm離間させている。
【0037】
張力印加工程の後、適宜培養を続けることで、筋原凝集体が筋線維状組織100となる。この培養は、目安として12~72時間ほど、好ましくは48時間前後行う。筋線維状組織100は、張力を加えられた方向Tに沿って細胞が配向し、生物の筋線維に類似した組織となっている。
【0038】
筋線維状組織100を得た後、分化誘導培地などでさらに培養を行い、筋線維状組織に適切な組織を形成させてもよい(図示せず)。分化誘導培地としては、血清等を含むDMEM培地などを用いることができる。分化誘導培地などによる培養は1日~2週間、好ましくは1週間前後行ってよい。
【0039】
本実施形態では、スフェロイドから製造した筋源凝集体に張力を印加しつつ培養することで、一方向に細胞が配向した、筋線維に類似した組織を製造することができる。また、アンカー部材と筋源凝集体が固着することを利用し、張力を印加して細胞を配向させることができるので、足場タンパク質を必要とせず、生物由来の組織として培養する対象となる生物細胞の他には必要としない。また、培養に要する構造が簡易であり、スケールアップがきわめて容易である。
【0040】
(筋線維状組織の製造装置)
本実施形態の筋線維状組織の製造装置は、細胞培養容器と、張力印加機構とを備えた筋線維状組織の製造装置であって、前記細胞培養容器は、金属を構成素材とするメッシュ状の板状部材を含む2以上のアンカー部材を含み、前記アンカー部材は、線維芽細胞から製造されたスフェロイドが凝集してなる筋原凝集体を挟み込むように設置可能に対向して配置されてなり、前記張力印加機構は、前記アンカー部材を相互に離間可能に構成されてなる。
【0041】
図2に示すように、本実施形態の筋線維状組織の製造装置200は、細胞培養容器50と、前記した筋線維状組織製造機構40とを備えてなる。
細胞培養容器50は、筋線維状組織製造機構40を収納可能に構成されてなり、すなわち、筋線維状組織製造機構40が備えるアンカー部材41、42と、支柱43と、支持部材44とを備えてなる。細胞培養容器50は、線維芽細胞を培養できる培地60を収納可能に構成されている。図に示した例では、培地60は、液体培地であり、筋線維状組織製造機構40が浸漬されるよう設けられている。
図2に示した例では、筋線維状組織製造機構40は、細胞培養容器50内に
図1に示した例とは横倒しになるよう収納されてなるが、筋線維状組織製造機構40は重力方向に対してどのような方向に配置されていてもよい。
図に示した例ではアンカー部材41、42は、線維芽細胞10から製造されたスフェロイド20が凝集してなる筋原凝集体30を挟み込むように設置されている。
【0042】
張力印加機構は、前記アンカー部材を相互に離間可能に構成されてなり、このような構成であれば適宜選択できる。本実施形態では、張力印加機構はアンカー部材41、42を相互に離間させることができる支柱43を指す。
その他に、張力印加機構は、例えばアンカー部材41、42を離間した状態で維持できるストッパ機構(図示せず)や、アンカー部材41、42を支柱に沿って移動させることのできる機構であるモータ、及び/又はその制御装置(図示せず)を備えていてもよい。
【0043】
図に示した例では、細胞培養容器50は、ディッシュ500に設けられた容器の一部である。ディッシュ500は、通常細胞培養に用いられる6ウェルプレートを用いており、細胞培養容器50はディッシュ500のウェルの1である。ディッシュ500を用いることにより、複数のウェルである細胞培養容器50にそれぞれ筋線維状組織製造機構40を設け、効率的に筋線維状組織の製造方法を実施することができる。
【0044】
本実施形態の筋線維状組織の製造装置200は、上述の筋線維状組織の製造方法に好適に用いることができる。
【0045】
(本実施形態の効果)
本実施形態の筋線維状組織の製造方法及び筋線維状組織の製造装置によれば、いわゆる足場タンパク質を使用せず、配向性を有する三次元ウシ筋様組織を製造することができる。
また、アルギン酸ゲルのような他の合成物質からなる足場も必要とせず、それらを含まない前記組織を製造することができる。
【0046】
本実施形態では、コラーゲンやフィブリンといった培養足場となる動物由来の細胞外基質タンパク質を使用せず、ウシ筋芽細胞の凝集塊(スフェロイド)が持つ融合する能力を活用することにより、配向性を有する三次元ウシ筋様組織を作製することができる。第1段階として、「ウシ筋芽細胞を用いたウシ筋原基(筋原凝集体)の作製」を行い、次に、第2段階として、「ウシ筋原基を用いた三次元ウシ筋様組織の作製」を行った。本作製方法の特徴は、特に第二の段階において、ウシ筋原基どうしの融合だけでなく、ウシ筋原基は自作デバイスのステンレスメッシュにも完全に接着する(まとわりつく)現象を見出し、利用している点にある。これにより、培養足場となる動物由来の細胞外基質タンパク質を使用せずに、両端をアンカーで固定し、一方向に張力のかかった配向性を持つ三次元ウシ筋組織を作製できる。
【0047】
前述したように、従来、ウシ培養肉を作製する際には、細胞外基質タンパク質(コラーゲンやフィブリン)の溶液に筋芽細胞を懸濁したうえでゲル化させ、ゲルを足場としてウシ筋芽細胞の三次元培養を行う。ここで、ゲルの両端をアンカーで固定して一定方向に張力を掛けることで、配向性を有するウシ筋線維組織を作製する(Furuhashi, et al., npj Science of Food, 5:6 (2021) やKang. et al., Nat. commun., 12:5059 (2021)など)。しかしながら、動物肉の代替物を製造するために動物由来の細胞外基質タンパク質を使用することは問題がある。また、組換え細胞外基質タンパク質は極めて高額である。細胞外基質タンパク質を用いずに“配向性を有するウシ筋線維からなる三次元筋組織”を作製した報告例は未だない。
【0048】
本発明者らは、コラーゲンやフィブリン等の細胞外基質タンパク質を使用することなく人工肉を製造するため、アンカーとなるタンパク質を用いずに筋組織の培養を試みた。例えば、従来知られる細胞外基質タンパク質を用いない三次元組織作製法として、あらかじめ作製した細胞シートや細胞凝集塊(スフェロイド)をビルディングブロックとして、ビルディングブロック同士をさらに融合させていく方法がある(細胞シートTanaka et al., npj Science of Food 6:41 (2022)、細胞凝集塊TissueByNet社)。
【0049】
しかしながら、細胞シートやスフェロイドが融合するだけでは、両端をアンカーで固定して一定方向に張力をかけることで得られる“配向性を有する筋線維からなる三次元筋組織”を作ることはできない。アンカーがないと、筋組織はひも状を維持できず、細胞自身の張力で丸く縮み、配向した筋線維様の組織が得られない。
【0050】
そこで、ウシ筋芽細胞の凝集塊を出発材料にして、その細胞凝集塊同士をさらに融合させて、細胞外基質タンパク質(コラーゲンなど)を生産させつつ、一方向に張力を掛けながらウシ筋芽細胞の三次元培養を行い、最終的に分化させて、培養肉を作製することを試みた。
【0051】
発明者らは、本実施形態において、コラーゲンやフィブリンといった培養足場となる動物由来の細胞外基質タンパク質を使用せず、ウシ筋芽細胞の凝集塊(スフェロイド)が持つ融合する能力を活用することにより、配向性を有する三次元ウシ筋様組織の作製方法を開発した。特徴としては、ウシ筋原基どうしの融合だけでなく、ウシ筋原基は自作デバイスのステンレスメッシュにも完全に接着する(まとわりつく)現象を見出し、利用している点である。これにより、培養足場となる動物由来の細胞外基質タンパク質を使用せずに、両端をアンカーで固定し、一方向に張力のかかった配向性を持つ三次元ウシ筋様組織を作製することができる。本研究は、ウシに依存することなく、ウシ食肉生産を行うことで、現状の問題である食糧問題(タンパク質の供給)や環境問題(水・土地の枯渇、地球温暖化ガス排出)に対して取り組むものであり、持続可能な発展(SDGs)へ貢献でき、その意義は極めて大きい。
【実施例0052】
以下、実施例を示す。なお、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0053】
(試験例1)
繊維芽細胞として、ウシ畜肉から採取した衛星細胞を培養して得られるウシ筋芽細胞(線維芽細胞、脂肪前駆細胞も含んでいる)を用いた。
【0054】
(第1段階:ウシ筋芽細胞を用いた筋原凝集体の作製)
スフェロイド製造工程:まず、ウシ筋芽細胞シングルセルを凝集させることで、ウシ筋芽細胞スフェロイドを作製した。具体的には、増殖培地20mL(10%ウシ胎児血清FBSおよび5ng/mLbFGFを含むDMEM培地)を添加したスピナーフラスコへ、ウシ筋芽細胞を300×104cells播種し、40rpmで24時間懸濁培養した。この工程で、ウシ筋芽細胞が凝集しスフェロイドとなった。得られたスフェロイド培養液を15mLチューブへ回収し、遠心分離(1000rpm,5min)して上清を除去し、新たな増殖培地を1mL添加、懸濁することで、スフェロイド懸濁液を得た。
【0055】
筋原凝集体製造工程:次に、上記で作製したウシ筋芽細胞スフェロイドを、さらに凝集させることで、ウシ筋原基を作製した。具体的には、24well寒天プレート(1%寒天溶液500μLでコートした24wellプレート)へ、上記のスフェロイド懸濁液を播種し、24時間静置培養した。
well内には中央が凹部となった寒天ゲルが形成されており、この凹部にスフェロイドが集まり、さらに凝集することで筋原凝集体(ウシ筋原基)が製造された。
【0056】
図3に、作成した筋原凝集体の写真図を示した。(a)は本実施例のシングルセルからスフェロイド、筋原基(筋原凝集体)を作製した過程を示した。(b)は、シングルセルを直接前記寒天ゲルに添加し筋原凝集体を作製しようとした過程を示した。
(a)に示すように、写真図からはシングルセルは約10μm、スフェロイドは約80μm、筋原基(筋原凝集体)はおよそ3mmの径を示している。本実施例ではおよそ直径3mmの円盤状の筋原凝集体を作製でき、この筋原凝集体は頑丈でピンセットでの取り扱いも容易であった。後述の工程において張力を印加することが可能と思われた。
これに対して、(b)のようにスフェロイドにかえてシングルセルを直接用いて筋原凝集体製造工程を行い筋原凝集体を製造しようとすると、得られた細胞塊は結合が弱く、脆弱でピンセットでは取り扱いは不可能であり、後述の張力を印加する工程に用いることはできないと思われた。
これらの結果により、シングルセルから一度スフェロイドを形成するスフェロイド製造工程と、スフェロイドを凝集させ筋原凝集体とする筋原凝集体製造工程を経ることで、後述の工程に必要な筋原凝集体を製造できることが示された。
【0057】
(第2段階:筋原凝集体を用いた三次元ウシ筋組織の作製)
接着培養工程:上記で作製した筋原凝集体(ウシ筋原基)を2個、自作デバイス(上述の筋線維状組織製造機構40)内部に重ねて設置し、ステンレスメッシュ(アンカー部材)2個でウシ筋原基を挟みこんだ。ここで、自作デバイスは、ステンレスメッシュ(10mm×10mm(=1cm2)、線径140μm、目開き283μm、開口率44.4%)およびステンレス棒(支柱43)(径300μm、長さ30mm)3本を組み合わせて作成した。
その後、自作デバイスを横に倒して増殖培地を添加した6wellプレート内で振とう培養を行った。
【0058】
張力印加工程:振とう培養開始から48時間目に、1回目にステンレスメッシュの間隔を2mm程広げた。その後、さらに振とう培養を72時間行い、培養開始から120時間目に、2回目にステンレスメッシュの間隔を2mm程広げた。増殖培地で培養を48時間行った後、分化誘導培地(2%ウマ血清を含むDMEM培地)で培養をさらに7日間行った。
【0059】
図4に、接着培養工程(張力印加工程)を示す模式図、および同工程を実体顕微鏡で観察した写真図を示した。
写真図で示すように、0時間の時点でメッシュで筋原凝集体2個を挟み接着培養工程を行い、48時間の時点では筋原凝集体2個は融合し、また筋原凝集体の上下端はメッシュと固着している。48時間の時点で1回目にステンレスメッシュの間隔を2mm広げ、120時間の時点で2回目にステンレスメッシュの間隔を2mm広げ、168時間まで培養を続けている。168時間の時点では、模式図に示すようにメッシュの間隔を広げている(アンカー部材を相互に離間させている)方向Tに沿って細胞が配向し、高さ4mm、径1.5mmの円筒状の、細胞組織状の構造が得られた。すなわち、この工程で筋線維状組織が得られることが示された。
【0060】
(参考例1)
本実施例の準備段階として、ウシ筋芽細胞の細胞凝集塊をもとに作製したウシ筋原基を、複数重ねて、張力は加えずにそのまま培養した。用いた細胞及び培養条件は試験例1と同様であった。
【0061】
図5にこの培養の写真図を示す。(a)は培養開始後10時間、(b)は48時間後である。このウシ筋原基同士は融合していくが、培養とともにどんどん収縮して、48時間後には配向を持たない単なる球状の凝集塊になってしまった。張力を加えずに培養しても、配向性を持つ筋線維状組織を得ることはできなかった。
【0062】
(参考例2)
本実施例の準備段階として、ウシ筋芽細胞の細胞凝集塊をステンレスメッシュに播種し、増殖培地で静置培養した。用いた細胞、ステンレスメッシュ及びその他の培養条件は試験例1と同様であった。
【0063】
図6にこの培養の写真図を示す。(a)は培養開始から1日後、(b)は2日後、(c)は4日後である。
図に示すように、培養と共にメッシュに細胞凝集塊が接着して、培養とともに、細胞がメッシュの穴の隅々まで完全にまとわりついて覆いつくすという現象が見られた。
すなわち、筋原凝集体をメッシュ状のアンカー部材と隣接して培養することで、筋原凝集体がアンカー部材とある程度強固に固着するので、筋原凝集体に張力を加えることが可能な工程に応用できる可能性が示された。
【0064】
本発明者らは、参考例1および2の結果から、ウシ筋原基どうしが融合するだけでなく、ウシ筋原基はステンレスメッシュにも完全に接着する(まとわりつく)という現象を見出した。この現象を利用して、培養足場となる動物由来の細胞外基質タンパク質を使用せずに、両端をアンカーで固定し、一方向に張力のかかった配向性を持つ三次元ウシ筋組織を作製できる。というアイデアに至った。
本発明によれば、いわゆる足場タンパク質を使用せず、配向性を有する三次元ウシ筋様組織を製造することのできる、筋線維状組織の製造方法及び筋線維状組織の製造装置が得られる。