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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024167776
(43)【公開日】2024-12-04
(54)【発明の名称】モータ制御装置
(51)【国際特許分類】
   H02P 21/05 20060101AFI20241127BHJP
   H02P 27/06 20060101ALI20241127BHJP
【FI】
H02P21/05
H02P27/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023084092
(22)【出願日】2023-05-22
(71)【出願人】
【識別番号】509186579
【氏名又は名称】日立Astemo株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001829
【氏名又は名称】弁理士法人開知
(72)【発明者】
【氏名】武田 広大
(72)【発明者】
【氏名】初瀬 渉
(72)【発明者】
【氏名】谷口 峻
(72)【発明者】
【氏名】原 崇文
【テーマコード(参考)】
5H505
【Fターム(参考)】
5H505BB04
5H505DD03
5H505DD08
5H505EE41
5H505GG02
5H505GG04
5H505HA09
5H505HA10
5H505HB01
5H505JJ03
5H505JJ04
5H505JJ17
5H505JJ23
5H505JJ24
5H505LL01
5H505LL22
5H505LL41
(57)【要約】
【課題】トルクリプルの抑制精度を向上することができるモータ制御装置を提供する。
【解決手段】モータ制御装置1は、モータ5をインバータ4により駆動する。モータ制御装置1は、プロセッサを備える。プロセッサ(高調波磁束指令値演算部8)は、電流指令値i*dq(dq軸電流指令値2)とモータの電気角θとに基づき、高調波磁束指令値φ*dqhを演算する。プロセッサ(FF電圧演算部9)は、モータの電気角速度ωと高調波磁束指令値φ*dqhに基づき、モータの抵抗Rによる電圧降下に対応する成分を含むフィードフォワード電圧指令値を示すFF電圧指令値v*dqhを演算する。プロセッサ(電圧指令重畳部10)は、電圧指令値v*dqにFF電圧指令値v*dqhを重畳する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータをインバータにより駆動するモータ制御装置であって、
トルク指令値あるいは電流指令値と前記モータの電気角とに基づき、高調波磁束指令値を演算し、
前記モータの電気角速度と前記高調波磁束指令値に基づき、前記モータの抵抗による電圧降下に対応する成分を含むフィードフォワード電圧指令値を示すFF電圧指令値を演算し、
電圧指令値に前記FF電圧指令値を重畳するプロセッサを備えるモータ制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載のモータ制御装置であって、
前記プロセッサは、
前記電流指令値と計測電流値とから前記電圧指令値を演算する
ことを特徴とするモータ制御装置。
【請求項3】
請求項1に記載のモータ制御装置であって、
前記プロセッサは、
前記電流指令値から変換された第1の磁束指令値と、計測電流値から変換された計測磁束値とに基づき、前記電圧指令値を演算する
ことを特徴とするモータ制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載のモータ制御装置であって、
前記プロセッサは、
前記第1の磁束指令値に前記高調波磁束指令値が重畳された第2の磁束指令値と、前記計測磁束値とから前記電圧指令値を演算する
ことを特徴とするモータ制御装置。
【請求項5】
請求項1に記載のモータ制御装置であって、
前記モータの抵抗R、d軸のインダクタンスLd、q軸のインダクタンスLq、d軸とq軸の間の干渉インダクタンスLdq、Lqd、d軸の磁石磁束の高調波成分Kedh、q軸の磁石磁束の高調波成分Keqh、d軸の高調波磁束指令値φ*dh、q軸の高調波磁束指令値φ*qh、電気角速度ωに対し、
前記プロセッサは、
次の式(1)から前記FF電圧指令値v*dqhを演算する
【数1】
ことを特徴とするモータ制御装置。
【請求項6】
請求項5に記載のモータ制御装置であって、
前記プロセッサは、
式(1)の第1項が第2項と第3項の和の1/10より小さいという条件を満たす場合、式(1)の第1項を0とみなして、前記FF電圧指令値を演算する
ことを特徴とするモータ制御装置。
【請求項7】
請求項6に記載のモータ制御装置であって、
前記プロセッサは、
前記モータの回転数、前記トルク指令値、前記電流指令値、前記電気角速度のうち少なくとも1つを用いて、前記条件を満たすか判定する
ことを特徴とするモータ制御装置。
【請求項8】
請求項1に記載のモータ制御装置であって、
前記プロセッサは、
磁束ベースのモータ逆モデルを用いて、前記FF電圧指令値を演算する
ことを特徴とするモータ制御装置。
【請求項9】
請求項8に記載のモータ制御装置であって、
前記プロセッサは、
動的インダクタンスのテーブルを用いず、4つの静的インダクタンスのテーブルと2つの誘起電圧定数のテーブルを用いて、前記FF電圧指令値を演算する
ことを特徴とするモータ制御装置。
【請求項10】
請求項5に記載のモータ制御装置であって、
前記プロセッサは、
式(1)の第1項によって前記モータの抵抗による電圧降下に対応する成分を演算する
ことを特徴とするモータ制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車などの積載スペースが限られるアプリケーションで利用するためモータの高出力密度化が進行している。これにより磁気飽和が発生する領域でモータを利用することが増えている。磁気飽和領域では、トルクリプルが増え振動や騒音を誘発するため、特にトルクリプル抑制制御が必要とされている。
【0003】
トルクリプル抑制制御では、発生するトルクリプルと逆位相のトルクを発生させる電流高調波を流すことが行われる。一般的に電流高調波の実現手段は低回転と高回転領域で異なる。低回転領域では、電流指令値に高調波電流指令値を重畳することで、電流FB(フィードバック)により電流高調波を実現する。しかし、高調波の周波数が電流FBの帯域を超える高回転領域では正確な高調波電流が流せない。
【0004】
そこで、高調波電流指令値からインバータの必要出力電圧を直接計算し、高調波電流をモータに流す。このとき、高調波電流指令値から必要な電圧指令を計算するにはモータの逆モデルが必要であり、高調波電流の実現精度は、モータの逆モデルの精度によって決まる。例えば、特許文献1で用いられる逆モデルはモータのインダクタンスと抵抗、誘起電圧の影響を考慮し、高調波電流指令値から電圧指令値を求めており、磁気飽和の影響がない条件では十分な精度が得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第5574790号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
磁気飽和領域で欲しい電流高調波を高精度に実現するために必要なモータ逆モデルは、多くの記憶領域や計算回数を必要とする。
【0007】
本発明の目的は、トルクリプルの抑制精度を向上することができるモータ制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明は、モータをインバータにより駆動するモータ制御装置であって、トルク指令値あるいは電流指令値と前記モータの電気角とに基づき、高調波磁束指令値を演算し、前記モータの電気角速度と前記高調波磁束指令値に基づき、前記モータの抵抗による電圧降下に対応する成分を含むフィードフォワード電圧指令値を示すFF電圧指令値を演算し、電圧指令値に前記FF電圧指令値を重畳するプロセッサを備える。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、トルクリプルの抑制精度を向上することができる。上記した以外の課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の実施例1に係るモータ制御装置の概略ブロック図である。
図2】電流から磁束への変換を説明する図である。
図3】本発明の実施例2に係るモータ制御装置の概略ブロック図である。
図4】回転数に応じて支配的な項が変化することを示した模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を用いて、本発明の実施例1~4に係るモータ制御装置の構成について説明する。なお、各図において、同一符号は同一部分を示す。
【0012】
(実施例1)
図1は、本発明の実施例1であるモータ制御装置の構成を示す機能ブロック図である。
【0013】
以下の記載において、「dq軸」という記載は、「d軸およびq軸」を表す。また、以下に記載する添え字付きのパラメータX(「i」や「v」など)については、特に断らない限り、「Xdq」は「ベクトル量(Xd、Xq)」を表し、「Xuvw」は「ベクトル量(Xu、Xv、Xw)」を表す。ここで、「uvw」は、交流の三相すなわち「U相、V相およびW相」を表す。
【0014】
モータ制御装置1は、モータ5に交流電力を供給するインバータ4のスイッチングを制御することにより、モータ5の速度やトルクを制御する。
【0015】
本実施例において、モータ制御装置1は、マイクロコンピュータなどの演算処理装置、ゲートドライバ等によって構成される。演算処理装置は、プロセッサ、メモリ、入出力回路等を備え、所定のプログラムを実行することにより、各部として機能する。
【0016】
本実施例において、インバータ4は、IGBTやMOSFETのような半導体スイッチング素子から構成される三相フルブリッジ回路を主回路とする三相インバータである。
【0017】
本実施例において、モータ5としては、回転機である三相交流同期モータ、例えば、永久磁石同期モータが適用される。
【0018】
モータ5としては、同期機に限らず、誘導機が適用されてもよい。また、モータ5としては、回転機に限らず、リニアモータが適用されてもよい。なお、モータ5は、発電機能を有してもよい。
【0019】
図1に示すように、モータ制御装置1は、dq軸電流指令値2(i*dq)と、電圧指令演算部3と、電気角検出部6と、電気角速度演算部7(電気角速度計算部)と、高調波磁束指令値演算部8と、FF電圧演算部9と、電圧指令重畳部10と、電圧指令値dq/三相軸変換器11と、計測電流三相/dq軸変換器12と、を備える。
【0020】
dq軸電流指令値2は、与えられたトルク指令のトルクをモータから出力するために必要なdq軸電流として計算される。一般的には電流あたりのトルク出力が最大(MTPA)になるように決定されるが、任意の電流に対して本発明は有効である。
【0021】
電圧指令演算部3は、dq軸電流検出値idqとdq軸電流指令値i*dqとの差分に応じて、idqがi*dqに一致するように、電圧指令値v*dqを生成する。
【0022】
本実施例においては、電圧指令演算部3は、公知の構成を有している。例えば、電圧指令演算部3は、PI演算によりdq軸電圧指令値を作成するdq軸電流制御器などから構成される。なお、PI演算に代えて、公知の電圧方程式を用いて、dq軸電圧指令値を作成してもよい。
【0023】
電気角検出部6は、モータ5が備える回転センサ(図示せず)からの回転位置信号に基づき、電気角θを計算して出力する。回転センサは、モータ5の回転子の機械角(θ)に応じて回転位置信号を出力するが、電気角検出部6は、モータ5の極対数(p)、並びに、θとθとpとの関係(θ=p・θ)を用いて、θを計算する。
【0024】
回転センサとしては、機械角レゾルバ、ホールセンサ、ロータリエンコーダなどが適用できる。また、一般な位置センサレス制御の手法により電流や電圧から電気角を推定する構成としても良い。
【0025】
電気角速度演算部7は、電気角検出部6(電気角計算部)と同様にモータ5が備える回転センサ(図示せず)からの回転位置信号に基づき、電気角速度ωを計算して出力する。電気角速度演算部7は、モータ5の極対数(p)、電気角θと機械角θとpとの関係(θ=p・θ)およびθとωの関係(ω=dθ/dt)用いて、ωを計算する。なお、電気角速度演算部7は、電気角検出部6の出力するθを微分してωを計算する微分器によって構成されてもよい。
【0026】
高調波磁束指令値演算部8は、i*dqと、電気角θから高調波磁束指令値φ*dqhを計算し出力する。φ*dqhは、i*dqと高調波電流指令i*dqhを用いて式(2)から計算しても良いし、あらかじめモータ5に入力されるi*dqとθに対応する値として記憶しても良い。また、i*dqの代わりにトルク指令値とθ引数として記憶しても良い。トルク指令を引数にすることでトルク指令と電流指令が1対1で対応しているMTPA条件などではテーブルのサイズを削減できる。
【0027】
【数1】
【0028】
【数2】
【0029】
ただし、式(2)のfdは事前の解析や試験などで求めた電流と磁束の関係で、例えば図2のようにdq軸の電流に依存する関数である。
【0030】
FF電圧演算部9は、高調波磁束指令値φ*dqhと、電気角速度ωから式(1)に基づきFF電圧v*dqhを計算し出力する。ただし、式(1)のLdqとLqdはdq軸間の干渉インダクタンスを、KedhとKeqhは磁石磁束のうちd軸、q軸の高調波成分を示す。
【0031】
モータの定数によっては影響の小さい定数を無視することが可能である。例えば、LdqやLqdは一般にLdやLqに比べ十分小さいため無視できることが多い。
【0032】
ここで、式(1)により磁気飽和の影響を考慮でき、FF電圧指令の生成精度が向上することを説明する。磁気飽和を考慮したモータの逆モデルは式(3)となる。
【0033】
【数3】
【0034】
ただし、インダクタンスを表すLの添字の最後にtがつく変数は動的インダクタンス、つかない変数は静的インダクタンスを意味する。静的インダクタンスは、dq軸電流とdq軸磁束の比で決まる値であり、動的インダクタンスは、基準となる電流近傍での磁束の変化比率を指している。磁気飽和がない条件では動的インダクタンスと静的インダクタンスは一致するが、磁気飽和がある場合は動的インダクタンスと静的インダクタンスが一致せず電圧指令の誤差として現れる。本発明では静的・動的インダクタンスを考慮することでこの誤差を抑制し磁気飽和領域での精度を改善する。式(3)を用いて電流から電圧を求める場合、8つのインダクタンステーブルと2つの誘起電圧定数テーブル(インダクタンステーブルはdq軸電流値に対する2次元マップとなる。)が必要であり記憶容量や計算負荷が増加する。そこで、式(4)で定義される磁束と動的インダクタンスとの関係式(5)を用いる。
【0035】
【数4】
【0036】
【数5】
【0037】
式(4)と式(5)を用いて式(3)を変形し、高調波成分だけを取り出すと式(1)が得られる。式(1)と式(3)を見比べると磁束に基づき電圧を計算することで動的インダクタンスのテーブルが不要になる。これにより、高調波電流指令値からFF電圧指令値を計算する場合に比べ少ない変数とテーブル探索回数(計算負荷)で高精度にFF電圧指令値を計算可能としている。
【0038】
電圧指令重畳部10は、電圧指令演算部3から出力された電圧指令値v*dqにFF電圧演算部9から計算されたFF電圧指令値v*dqhを重畳した電圧指令値v**dqを出力する。
【0039】
電圧指令値dq/三相軸変換器11は、電圧指令重畳部10から出力された電圧指令値v**dqをθに応じて三相電圧に変換しインバータ4のスイッチングを制御する信号を生成する。θの代わりに電圧指令値が実際にインバータに反映されるまでにかかる遅延を補償したθecを用いても良い。
【0040】
計測電流三相/dq軸変換器12は、電流センサが検出した三相電流をθに応じてdq軸電流idqに変換する。θの代わりに電流検出遅延を考慮したθedを用いても良い。
【0041】
実施例1の主な特徴は、次のようにまとめることもできる。
【0042】
モータ制御装置1は、モータ5をインバータ4により駆動する。モータ制御装置1は、プロセッサを備える。プロセッサ(高調波磁束指令値演算部8)は、図1に示すように、電流指令値i*dq(dq軸電流指令値2)とモータの電気角θとに基づき、高調波磁束指令値φ*dqhを演算する。プロセッサ(FF電圧演算部9)は、モータの電気角速度ωと高調波磁束指令値φ*dqhに基づき、モータの抵抗R(巻線抵抗)による電圧降下に対応する成分を含むフィードフォワード電圧指令値を示すFF電圧指令値v*dqhを演算する。プロセッサ(電圧指令重畳部10)は、電圧指令値v*dqにFF電圧指令値v*dqhを重畳する。
【0043】
FF電圧指令値がモータの抵抗Rによる電圧降下に対応する成分を含むことで、FF電圧指令値の精度が向上する。その結果、トルクリプルの抑制精度を向上することができる。
【0044】
プロセッサ(電圧指令演算部3)は、電流指令値i*dq(dq軸電流指令値2)と計測電流値(dq軸電流idq)とから電圧指令値v*dqを演算する。
【0045】
本実施例では、計測電流値が電流指令値に一致するようにフィードバック制御することで、インバータ4からモータ5に供給される三相電流が制御される。
【0046】
モータの抵抗R、d軸のインダクタンスLd、q軸のインダクタンスLq、d軸とq軸の間の干渉インダクタンスLdq、Lqd、d軸の磁石磁束の高調波成分Kedh、q軸の磁石磁束の高調波成分Keqh、d軸の高調波磁束指令値φ*dh、q軸の高調波磁束指令値φ*qh、電気角速度ωに対し、プロセッサ(FF電圧演算部9)は、式(1)からFF電圧指令値v*dqhを演算する。なお、式(1)のsはラプラス演算子である。
【0047】
式(1)からFF電圧指令値を演算することで、磁気飽和が発生する高トルク領域でもFF電圧指令値の精度が向上する。また、使用されるモータ定数が減ることで、モータ定数のテーブルを検索する回数が減少する。その結果、計算資源を節約することができる。
【0048】
すなわち、プロセッサ(FF電圧演算部9)は、磁束ベースのモータ逆モデルを用いて、FF電圧指令値を演算する。
【0049】
磁束ベースのモータ逆モデルを用いることで、FF電圧指令値の演算に使用されるモータ定数を少なくすることができる。
【0050】
プロセッサ(FF電圧演算部9)は、動的インダクタンスLdt、Lqt、Ldqt、Lqdtのテーブルを用いず、4つの静的インダクタンス(d軸のインダクタンスLd、q軸のインダクタンスLq、d軸とq軸の間の干渉インダクタンスLdq、Lqd)のテーブルと2つの誘起電圧定数(d軸の磁石磁束の高調波成分Kedh、q軸の磁石磁束の高調波成分Keqh)のテーブルを用いて、FF電圧指令値v*dqhを演算する。
【0051】
動的インダクタンスLdt、Lqt、Ldqt、Lqdtのテーブルを検索する必要がないことで、FF電圧指令値の演算を高速化することができる。また、計算資源を節約することができる。
【0052】
プロセッサ(FF電圧演算部9)は、式(1)の第1項によってモータの抵抗R(巻線抵抗)による電圧降下に対応する成分を演算する。
【0053】
これにより、低速の領域と、低速かつ低トルクの領域において、FF電圧指令値の精度が向上する。
【0054】
(実施例2)
図3に示した本実施例のブロック図を用いて実施例1との差分を説明する。本実施例は、トルク指令値20にもとづき電流指令値計算部21から電流指令値(dq軸電流指令値2)を計算し、電流指令値を磁束指令値に変換する変換器100と計測電流を計測磁束値に変換する変換器101を備え、高調波磁束指令値を変換器100の磁束指令値の出力に加算し第2の磁束指令値φ**dqを計算する。さらに、電圧指令演算部3は、第2の磁束指令値と磁束計測値から電圧指令値v*dqを計算する。高調波磁束指令値演算部8は、あらかじめトルク指令値に対応した高調波電流指令値から式(2)により求めた高調波磁束指令値φ*dqhを記録し、制御時はトルク指令値から直接高調波磁束指令値を出力する。本構成において、変換器100と変換器101は同一の関数としても良いし、テーブルの場合は指令値と計測値とで必要な精度に応じて異なる分解能をもつテーブルを利用しても良い。
【0055】
実施例2の作用を実施例1と比較して説明する。第2の磁束指令値φ**dqを用いることでFBループによりFF電圧指令で重畳した電流高調波が抑制されることを回避できる。さらに、電圧指令演算部3の入力物理量を変換器100により磁束に変換することで高調波電流を求める必要がなくなる。したがって、高調波磁束指令値φ*dqhのみを記録するだけで済み記憶容量と探索回数を削減できる。もちろん、変換器100を用いない構成をとり、電流指令値に高調波電流指令値を重畳し、FF電圧指令は高調波磁束指令値から計算してもFB(フィードバック)とFF(フィードフォワード)の干渉を抑制することは可能である。
【0056】
実施例2の主な特徴は、次のようにまとめることもできる。
【0057】
モータ制御装置1は、モータ5をインバータ4により駆動する。モータ制御装置1は、プロセッサを備える。プロセッサ(高調波磁束指令値演算部8)は、図3に示すように、トルク指令値20(τ*)とモータの電気角θとに基づき、高調波磁束指令値φ*dqhを演算する。プロセッサ(FF電圧演算部9)は、モータの電気角速度ωと高調波磁束指令値φ*dqhに基づき、モータの抵抗R(巻線抵抗)による電圧降下に対応する成分を含むフィードフォワード電圧指令値を示すFF電圧指令値v*dqhを演算する。プロセッサ(電圧指令重畳部10)は、電圧指令値v*dqにFF電圧指令値v*dqhを重畳する。
【0058】
FF電圧指令値がモータの抵抗Rによる電圧降下に対応する成分を含むことで、FF電圧指令値の精度が向上する。その結果、トルクリプルの抑制精度を向上することができる。
【0059】
プロセッサ(電圧指令演算部3)は、電流指令値i*dq(dq軸電流指令値2)から変換された第1の磁束指令値φ*dqと、計測電流値(dq軸電流idq)から変換された計測磁束値φdqに基づき、電圧指令値v*dqを演算する。
【0060】
例えば、計測磁束値が第1の磁束指令値に一致するようにフィードバック制御することで、インバータ4からモータ5に供給される三相電流を制御してもよい。ただし、フィードバック制御によりFF電圧指令で重畳した電流高調波が抑制される。
【0061】
そこで、プロセッサ(電圧指令演算部3)は、図3に示すように、第1の磁束指令値φ*dqに高調波磁束指令値φ*dqhが重畳された第2の磁束指令値φ**dqと、計測磁束値φdqとから電圧指令値v*dqを演算する。
【0062】
本実施例では、計測磁束値が第2の磁束指令値に一致するようにフィードバック制御することで、フィードバック制御とフィードフォワード制御の干渉を抑制することができる。
【0063】
(実施例3)
本実施例は、実施例2のように事前に磁束指令値を計算し記録する高調波磁束指令値演算部をもち、高調波磁束指令値を電気角の次数ごとの振幅と位相で保存する構成をとる。式(1)には磁束指令値の微分が含まれる。次数ごとに分離されていない磁束指令値の場合、微分の計算に起因する遅延が発生する。一方、次数ごとに分離されている高調波磁束指令値では微分演算を解析的に実行できるため遅延が発生しない。例えば、φ*dqh=sin(nωT)とすると式(1)の第2項は式(6)のように計算できる。ただし、Tは時間である。
【0064】
【数6】
【0065】
複数の次数を制御する場合は、それぞれの次数ごとに式(1)を計算し、それぞれの値を合計し、v*dqhを求める。
【0066】
(実施例4)
本実施例は、FF電圧演算部9で利用する式(1)を動作条件により切り替えることを特徴とする。本実施例は、前述したいずれの実施例のFF電圧演算部9として適用できる。
【0067】
式(1)の右辺第1項と第2項と第3項のオーダーを比較すると、図4のように回転速度が上がるにつれて第2項の微分の影響が大きくなり、ある速度以上で第1項の影響がほとんど現れなくなる。本実施例では、第1項が第2項と第3項の和の10分の1未満になる回転速度では、式(7)によりFF電圧を計算する。これにより、全速度域で精度を維持したまま必要に応じて高速域の計算量を削減可能である。
【0068】
【数7】
【0069】
また、式(1)の各項は高調波磁束指令値φ*dqhを含むため、φ*dqhの係数を比較することでおおよそのオーダーを把握可能になる。具体的には、一般にLd、Lq<<Ldq、Lqdであることを踏まえると、第1項の係数はR/LdまたはR/Lqで決まる。第2項は、φ*dqhの微分であり、一般にφ*dqhはトルクリプルの特性から電気角速度ωの6n倍となる。したがって、第2項と第3項の係数の和は10ω程度のオーダーとなる。
【0070】
以上の簡易係数の検討からR/Lと10ωの比からおおよその切り替え回転数が決められる。また、切り替え回転数が電流値に依存することも明らかとなる。なぜならば、Lは磁気飽和が発生すると小さくなり、R/Lが大きくなるためである。したがって、式(1)と式(7)の切り替えは回転速度だけでなくトルク指令値や電流値の大きさによっても決まる構成としても良い。また、R/LdとR/Lqは突極性のあるモータでは大きさが異なるため、d軸電圧v*dhとq軸電圧v*qhごとに異なる回転数や電流値によって式(1)と式(7)を切り替える構成としても良い。また、実施例3と組み合わせて、次数ごとに式(7)と式(1)のいずれを使うかを決めても良い。
【0071】
実施例4の主な特徴は、次のようにまとめることもできる。
【0072】
プロセッサ(FF電圧演算部9、図1、3)は、式(1)の第1項が第2項と第3項の和の1/10より小さいという条件を満たす場合、式(1)の第1項を0とみなして、FF電圧指令値v*dqhを演算する。換言すれば、この条件を満たす場合、プロセッサ(FF電圧演算部9)は、式(7)からFF電圧指令値v*dqhを演算する。
【0073】
式(1)の第1項を計算しないことで、計算資源を節約することができる。
【0074】
詳細には、プロセッサ(FF電圧演算部9、図1、3)は、モータの回転数、トルク指令値、電流指令値、電気角速度(電気角周波数)のうち少なくとも1つを用いて、上記の条件を満たすか判定する。例えば、モータの回転数、トルク指令値、電流指令値、電気角速度(電気角周波数)のうち使用するパラメータが前記条件を満たす範囲を予め計算し(又は予め記憶し)、使用するすべてのパラメータがこの範囲に含まれる場合に、プロセッサ(FF電圧演算部9)は、式(1)の第1項を0とみなして、FF電圧指令値v*dqhを演算する。
【0075】
モータの回転数、トルク指令値、電流指令値、電気角速度(電気角周波数)のうち少なくとも1つを用いることで、容易に上記の条件を満たすか判定することができる。
【0076】
なお、本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上述した実施例は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【0077】
また、上記の各構成、機能等は、それらの一部又は全部を、例えば集積回路で設計する等によりハードウェアで実現してもよい。
【0078】
本発明の実施例は、以下の態様であってもよい。
【0079】
(A1).モータをインバータにより駆動するモータ制御装置であって、トルク指令値あるいは電流指令値と前記モータの電気角とに基づき、高調波磁束指令値を演算する高調波磁束指令値演算部と、回転数と前記高調波磁束指令値に基づき、抵抗による電圧降下を考慮してFF電圧指令値を演算するFF電圧演算部と、電圧指令値を演算する電圧指令演算部と、を備え、前記電圧指令値に前記FF電圧指令値を重畳するモータ制御装置。
【0080】
(A2).(A1)に記載のモータ制御装置であって、前記電圧指令演算部は、電流指令値と計測電流値とから前記電圧指令値を演算するモータ制御装置。
【0081】
(A3).(A1)に記載のモータ制御装置であって、前記電圧指令演算部は、前記電流指令値と前記計測電流値を磁束に変換した磁束指令値と計測磁束値から前記電圧指令値を演算するモータ制御装置。
【0082】
(A4).(A3)に記載のモータ制御装置であって、前記電圧指令演算部は、前記磁束指令値に前記高調波磁束指令値を重畳した第2の磁束指令値と前記計測磁束値から前記電圧指令値を演算するモータ制御装置。
【0083】
(A5).(A1)に記載のモータ制御装置であって、前記FF電圧演算部は、式(1)によりFF電圧指令値を演算するモータ制御装置。
【0084】
(A6).(A5)に記載のモータ制御装置であって、前記FF電圧演算部は、式(1)の第1項の実効値が第2項と第3項のそれに比べ1/10より小さくなる条件では、式(7)によりFF電圧指令値を演算するモータ制御装置。
【0085】
(A7).(A6)に記載のモータ制御装置であって、前記条件は、回転数、トルク、電流値、電気角周波数のうち少なくとも1つを用いているモータ制御装置。
【0086】
(A1)-(A7)によれば、必要な変数や計算回数の増加を抑制しつつ広範なトルク指令と回転数に対して高精度にトルクリプルを抑制できる。
【符号の説明】
【0087】
1…モータ制御装置、2…dq軸電流指令値、3…電圧指令演算部、4…インバータ、5…モータ、6…電気角検出部、7…電気角速度演算部、8…高調波磁束指令値演算部、9…FF電圧演算部、20…トルク指令値、21…電流指令値計算部、100…変換器
図1
図2
図3
図4