(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024167850
(43)【公開日】2024-12-04
(54)【発明の名称】構造物の免震装置
(51)【国際特許分類】
F16F 15/02 20060101AFI20241127BHJP
F16F 15/04 20060101ALI20241127BHJP
E04H 9/02 20060101ALI20241127BHJP
【FI】
F16F15/02 L
F16F15/02 C
F16F15/04 A
E04H9/02 331Z
E04H9/02 331B
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023084217
(22)【出願日】2023-05-22
(71)【出願人】
【識別番号】303057365
【氏名又は名称】株式会社安藤・間
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114775
【弁理士】
【氏名又は名称】高岡 亮一
(74)【代理人】
【識別番号】100121511
【弁理士】
【氏名又は名称】小田 直
(74)【代理人】
【識別番号】100095566
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 友雄
(74)【代理人】
【識別番号】100179453
【弁理士】
【氏名又は名称】會田 悠介
(74)【代理人】
【識別番号】100208580
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 玲奈
(72)【発明者】
【氏名】加藤 貴司
(72)【発明者】
【氏名】仲村 崇仁
(72)【発明者】
【氏名】五十子 幸樹
(72)【発明者】
【氏名】井上 範夫
【テーマコード(参考)】
2E139
3J048
【Fターム(参考)】
2E139AA01
2E139AC19
2E139BA02
2E139BA12
2E139BA19
2E139CA02
3J048AA02
3J048AC04
3J048BE01
3J048BF00
3J048CB30
3J048EA38
(57)【要約】
【課題】地震時における免震層の応答変位及び構造物の上部構造の応答加速度の双方を良好に抑制できる構造物の免震装置を提供する。
【解決手段】本発明による構造物の免震装置1は、免震層MLに設けられており、両端間の変位差、両端間の速度差及び両端間の加速度差にそれぞれ比例する抵抗力を発生させる第1ばね要素S1、第1粘性要素D1及び第1慣性要素I1と、互いに直列に接続された第2慣性要素I2、第2ばね要素S2及び第2粘性要素D2を有するISD部を備える。これらの4つの力学要素は、互いに並列の関係にあるとともに、上部構造SUと下部構造SLに接続されており、4つの力学要素の諸元(h
p、h
s、κ
p、μ
p)は、免震層MLの動剛性を表す動剛性パラメータ(損失係数)が、互いに異なる所定の第1及び第2振動数においてそれぞれ所定の第1及び第2目標値になるように設定されている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造物の上部構造と下部構造との間の免震層に設けられ、前記下部構造から前記上部構造への地震動の伝達を抑制する構造物の免震装置であって、
両端間の変位差に比例する抵抗力を発生させる第1ばね要素と、
両端間の速度差に比例する抵抗力を発生させる第1粘性要素と、
両端間の加速度差に比例する抵抗力を発生させる第1慣性要素と、
互いに直列に接続された第2慣性要素、第2ばね要素及び第2粘性要素を有するISD部と、を備え、
前記第1ばね要素、前記第1粘性要素、前記第1慣性要素及び前記ISD部は、互いに並列の関係にあるとともに、前記上部構造と前記下部構造に接続されており、
前記第1ばね要素、前記第1粘性要素、前記第1慣性要素及び前記ISD部の諸元は、前記免震層の動剛性を表す動剛性パラメータが、互いに異なる所定の第1振動数及び第2振動数においてそれぞれ所定の第1目標値及び第2目標値になるように設定されていることを特徴とする構造物の免震装置。
【請求項2】
前記動剛性パラメータは、前記免震層の損失係数であることを特徴とする、請求項1に記載の構造物の免震装置。
【請求項3】
互いに直列に接続された第3ばね要素及び第3粘性要素によって構成されたSD部をさらに備え、
当該SD部は、前記第1ばね要素、前記第1粘性要素、前記第1慣性要素及び前記ISD部と並列の関係にあるとともに、前記上部構造と前記下部構造に接続されており、
前記SD部の諸元は、前記第1粘性要素、前記第1慣性要素及び前記ISD部の前記諸元とともに、前記免震層の動剛性パラメータが前記第1及び第2振動数においてそれぞれ前記第1及び第2目標値になるように設定されていることを特徴とする、請求項1又は2に記載の構造物の免震装置。
【請求項4】
前記ISD部は複数の前記ISD部によって構成され、当該複数のISD部の前記諸元は、前記第1ばね要素、前記第1粘性要素及び前記第1慣性要素の前記諸元とともに、前記免震層の動剛性パラメータが前記第1及び第2振動数においてそれぞれ前記第1及び第2目標値になるように設定されていることを特徴とする、請求項1又は2に記載の構造物の免震装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、免震建物などの構造物に設けられ、下部構造から上部構造への地震動の伝達を抑制する構造物の免震装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の構造物の免震装置として、上部構造と下部構造との間の免震層にアイソレータとダンパを併設したタイプのものが知られており、例えば特許文献1に開示されている。このタイプの免震装置では、アイソレータは、積層ゴム支承や、滑り支承、転がり支承などで構成されており、上部構造の鉛直荷重を支持するとともに、地震時、下部構造に対する上部構造の水平方向の変位を許容することで、上部構造の動きを長周期化し、上部構造への振動の伝達を抑制する。一方、ダンパは、オイルダンパなどの流体系ダンパや、摩擦ダンパなどの履歴系ダンパで構成されており、上部構造の変位に対して減衰効果を発揮し、その振動を抑制する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したアイソレータとダンパを併設したタイプの免震装置では一般に、アイソレータの作用により、上部構造の変位が免震層に集中するため、大きな免震クリアランス(動きしろ)が必要になる。このため、都市部などの狭い敷地において、あるいは近年、発生が懸念される大きな地震に対して、必要な免震クリアランスを確保することが困難と判断され、免震化を断念せざるを得ない場合がある。
【0005】
この問題に対応するために、例えば流体系ダンパの数を増やし、免震層の変位を抑制することが考えられる。しかし、その場合、免震層の動剛性 (Dynamic stiffness)は、振動数に応じて変化し、例えば減衰定数は振動数に比例して増加するという特性を有する。また、免震構造の地震応答において、免震層の変位は、構造物の1次固有振動数付近の動剛性との相関性が高いのに対し、上部構造の加速度は、2~3次固有振動数付近の動剛性との相関性が高い。このため、上記のように、流体系ダンパの数を増やし、1次固有振動数付近における減衰定数を、免震層の変位を抑制するように調整できたとしても、2次以上の固有振動数付近では、減衰定数が過大になってしまい、上部構造の加速度を抑制することができない。
【0006】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであり、地震時における免震層の応答変位及び構造物の上部構造の応答加速度の双方を良好に抑制することができる構造物の免震装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この目的を達成するために、請求項1に係る発明は、構造物の上部構造と下部構造との間の免震層に設けられ、下部構造から上部構造への地震動の伝達を抑制する構造物の免震装置であって、両端間の変位差に比例する抵抗力を発生させる第1ばね要素と、両端間の速度差に比例する抵抗力を発生させる第1粘性要素と、両端間の加速度差に比例する抵抗力を発生させる第1慣性要素と、互いに直列に接続された第2慣性要素、第2ばね要素及び第2粘性要素を有するISD部と、を備え、第1ばね要素、第1粘性要素、第1慣性要素及びISD部は、互いに並列の関係にあるとともに、上部構造と下部構造に接続されており、第1ばね要素、第1粘性要素、第1慣性要素及びISD部の諸元は、免震層の動剛性を表す動剛性パラメータが、互いに異なる所定の第1振動数及び第2振動数においてそれぞれ所定の第1目標値及び第2目標値になるように設定されていることを特徴とする。
【0008】
本発明による構造物の免震装置は、構造物の上部構造と下部構造の間の免震層に設けられており、第1ばね要素、第1粘性要素、第1慣性要素及びISD部の計4つの力学要素を備える。ISD部は、第2慣性要素、第2ばね要素及び第2粘性要素が互いに直列に接続されたものである。上記の4つの力学要素は、互いに並列の関係にあるとともに、上部構造と下部構造に接続されている。
【0009】
また、上記の構成において、4つの力学要素の諸元は、免震層の動剛性を表す動剛性パラメータが、互いに異なる所定の第1振動数及び第2振動数においてそれぞれ所定の第1目標値及び第2目標値になるように設定されている。これにより、所定の2つの振動数において、免震層の動剛性パラメータがそれぞれの目標値に調整されることによって、地震時における免震層の応答変位を良好に抑制することができるとともに、従来の場合の減衰定数と異なり、より高い振動数域における動剛性パラメータの過大化が回避されるので、地震時における上部構造の応答加速度を良好に抑制することができる。
【0010】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の構造物の免震装置において、動剛性パラメータは、免震層の損失係数であることを特徴とする。
【0011】
この構成によれば、動剛性パラメータとして免震層の損失係数が用いられ、所定の2つの振動数において、免震層の損失係数がそれぞれの目標値になるように設定される。損失係数は、損失剛性と貯蔵剛性との比として定義され、振動の拡散性や制振性を良好に表すパラメータである。したがって、所定の2つの振動数において、免震層の損失係数がそれぞれの目標値に適切に調整されることによって、上述した請求項1の効果を良好に得ることができる。
【0012】
請求項3に係る発明は、請求項1又は2に記載の構造物の免震装置において、互いに直列に接続された第3ばね要素及び第3粘性要素によって構成されたSD部をさらに備え、SD部は、第1ばね要素、第1粘性要素、第1慣性要素及びISD部と並列の関係にあるとともに、上部構造と下部構造に接続されており、SD部の諸元は、第1粘性要素、第1慣性要素及びISD部の諸元とともに、免震層の動剛性パラメータが第1及び第2振動数においてそれぞれ第1及び第2目標値になるように設定されていることを特徴とする。
【0013】
この構成によれば、構造物の免震装置は、力学要素としてSD部をさらに備える。SD部は、第3ばね要素と第3粘性要素が互いに直列に接続されたものであり、請求項1の4つの力学要素と並列の関係にあるとともに、上部構造と下部構造に接続されている。また、SD部の諸元は、第1粘性要素などの他の力学要素の諸元とともに、所定の2つの振動数において、免震層の動剛性パラメータがそれぞれの目標値になるように設定される。これにより、所定の2つの振動数において、免震層の動剛性パラメータが、SD部の諸元にさらに応じて、それぞれの目標値によりきめ細かく適切に調整されることによって、請求項1の効果をより良好に得ることができる。
【0014】
請求項4に係る発明は、請求項1又は2に記載の構造物の免震装置において、ISD部は複数のISD部によって構成され、複数のISD部のそれぞれの諸元は、第1ばね要素、第1粘性要素及び第1慣性要素の諸元とともに、免震層の動剛性パラメータが第1及び第2振動数においてそれぞれ第1及び第2目標値になるように設定されていることを特徴とする。
【0015】
この構成によれば、ISD部は複数のISD部によって構成されており、複数のISD部のそれぞれの諸元は、第1粘性要素などの他の力学要素の諸元とともに、所定の2つの振動数において、免震層の動剛性パラメータが目標値になるように設定される。これにより、所定の2つの振動数において、免震層の動剛性パラメータが、複数のISD部の各諸元にさらに応じて、それぞれの目標値によりきめ細かく適切に調整されることによって、請求項1の効果をより良好に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の実施形態による免震装置の包括的なモデルを概略的に示す図である。
【
図2】
図1の免震装置の包括モデルを具体化したモデルAを示す図である。
【
図3】モデルAに関連する各種のパラメータを列記した図である。
【
図4】モデルAを対象とする免震設計によって得られた動剛性パラメータである(a)損失剛性比、(b)貯蔵剛性比、及び(c)損失係数を示す図である。
【
図5】モデルAを対象とする応答解析によって得られた、構造物の(a)応答変位、及び(b)応答加速度を示す図である
【
図7】
図1の免震装置の包括モデルを具体化したモデルBを示す図である。
【
図8】モデルBを対象とする免震設計によって得られた動剛性パラメータである(a)損失剛性比、(b)貯蔵剛性比、及び(c)損失係数を示す図である。
【
図9】
図1の免震装置の包括モデルを具体化したモデルCを示す図である。
【
図10】モデルCを対象とする免震設計によって得られた動剛性パラメータである(a)損失剛性比、(b)貯蔵剛性比、及び(c)損失係数を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照しながら、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
図1に示すように、実施形態は、高層建物などの構造物Sを免震対象(主系)とし、構造物Sの上部構造SUと下部構造SLの間の免震層MLに、免震装置1(付加系)としてダンパシステムを設けたものである。
【0018】
図1に示すように、免震装置1のダンパシステムの包括的なモデルは、上部構造SUと下部構造SLの間の免震層MLに、次の(a)~(e)の力学要素を互いに並列に接続したモデルで表される。
(a)主系-付加系ばね要素(S+S1)
(主系免震層ばね要素S+付加系調整ばね要素S1)
(b)付加系粘性要素D1
(c)付加系慣性要素I1
(d)0~N基の付加系SD部(SD)
(粘性要素D3+ばね要素S3:直列接続)
(e)1~M基の付加系ISD部(ISD)
(慣性要素I2+粘性要素D2+ばね要素S2:直列接続)
付加系SD部は、「0~N基」と記されるように、必須ではなく選択的に用いられるものであり、後述する3つの具体的なモデルA~Cの中では、モデルBにおいてのみ用いられる。
【0019】
上記の構成要素のうち、ばね要素は、その両端間の変位差に比例する抵抗力を発生させる力学要素である。例えば、主系免震層ばね要素と付加系調整ばね要素は、積層ゴムや鋼材などで構成されている。粘性要素は、その両端間の速度差に比例する抵抗力を発生させる力学要素であり、例えばオイルダンパなどの粘性ダンパで構成されている。さらに、慣性要素は、その両端間の加速度差に比例する抵抗力を発生させる力学要素であり、例えばマスダンパ(慣性質量ダンパ)で構成されている。
【0020】
以上から、付加系ISD部は、例えば、マスダンパ、粘性ダンパ及び積層ゴムを互いに直列に接続するとともに、上部構造SUと下部構造SLの間に接続することによって実現される。また、付加系SD部は、例えば、粘性ダンパ及び積層ゴムを互いに直列に接続するとともに、上部構造SUと下部構造SLの間に接続することによって実現される。
【0021】
以下、
図1の包括モデルを具体化した免震装置1のダンパシステムの3つのモデルと、各モデルを対象とする免震設計の方法について、説明する。
図2に示すモデルAは、包括モデルにおいて、付加系ISD部を1基、付加系SD部を0基とした(設けない)ものであり、したがって、主系-付加系ばね要素(S+S1)、付加系粘性要素D1、付加系慣性要素I1と、1基の付加系ISD部で構成され、これらの4つの力学要素が、互いに並列の関係で、構造物Sの下部構造SLと上部構造SUの間に接続されている。
【0022】
また、免震設計の方法は、免震層に設けられたモデルAが粘弾性特性を有するものとし、互いに異なる所定の第1円振動数ω1及び第2円振動数ω2においてそれぞれ、動剛性パラメータ(損失剛性比、貯蔵剛性比、損失係数)が所定の第1目標値及び第2目標値になるように、各力学要素の諸元(ばね定数、慣性質量、粘性係数)を設定するものである。このことは、後述するモデルB及びCの設計方法についても同様である。
【0023】
以下、モデルAを対象とする設計方法について、説明する。まず、円振動数をω、主系の上部構造剛体時の1次固有円振動数をω
0とすると、振動数比γ(=ω/ω
0)におけるモデル全体の動剛性(dynamic stiffness) K(γ)は、次式(A-1)で表される。
【数1】
ここで、K
k(γ)、K
c(γ)、K
m(γ)、K
s(γ)はそれぞれ、振動数比γにおける、主系-付加系ばね要素(S+S1)、付加系粘性要素D1、付加系慣性要素I1及び付加系ISD部の動剛性である。
【0024】
式(A-1)から、モデル全体の動剛性K(γ)と主系免震層ばね要素のばね定数kとの比(動剛性比)K(γ)/kは、次式(A-2)になる。
【数2】
式(A-2)の実数部である次式(A-3)を貯蔵剛性比と呼び、式(A-2)の虚数部である次式(A-4)を損失剛性比と呼ぶ。また、式(A-4)において、μ
s=2h
s、κ
s=μ
sとすると、損失剛性比は、次式(A-5)のように書き換えられる。
【数3】
【数4】
【数5】
【0025】
次に、所定の第1及び第2円振動数にそれぞれ対応する所定の第1及び第2振動数比γ
1、γ
2において、式(A-5)で表される損失剛性比が所定の第1及び第2目標値になるように、付加系粘性要素D1の減衰定数h
pと付加系ISD部粘性要素D2の減衰定数h
sを設定する。この関係は、貯蔵剛性比の目標値=1.0とすると、損失剛性比=損失係数が成立することから、式(A-5)の左辺の損失剛性比を、第1及び第2目標値に等しい第1及び第2目標損失係数η
1、η
2に置き換えることによって、次式(A-6)(連立方程式)で表される。したがって、これを解くことによって、付加系粘性要素D1及び付加系ISD部粘性要素D2の減衰定数h
p、h
sが決定される。
【数6】
【0026】
一方、式(A-3)において、μ
s=2h
s、κ
s=μ
sとすると、貯蔵剛性比は、次式(A-7)のように書き換えられる。
【数7】
次に、第1及び第2振動数比γ
1、γ
2において、貯蔵剛性比が所定の目標値(例えば1.0)になるように、付加系調整ばね要素S1のばね定数比κ
pと付加系慣性要素I1の質量比μ
pを設定する。この関係は、式(A-7)から、次式(A-8)(連立方程式)で表される。したがって、これを解くことによって、これらのばね定数比κ
p及び質量比μ
pが決定される。
【数8】
【0027】
そして、例えば10階建ての免震構造を対象構造物Sとし、第1及び第2振動数比γ
1、γ
2における第1及び第2目標損失係数η
1、η
2(損失剛性比の第1及び第2目標値)をそれぞれ0.8に設定し、貯蔵剛性比の目標値を1.0に設定するとともに、上記のようにモデルAの力学要素の諸元(h
p、h
s、κ
p、μ
p)を設定することによって、
図4に示すような動剛性パラメータが得られる。具体的には、損失剛性比は、設定したh
p値、h
s値を式(A-5)に代入することによって、第1及び第2振動数比γ
1、γ
2において目標値(=0.8)になるとともに、全体として、同図(a)に示すような振動数比γの関数で表される。
【0028】
貯蔵剛性比は、決定したκp値、μp値、hs値を式(A-7)に代入することによって、第1及び第2振動数比γ1、γ2において目標値(=1.0)になるとともに、全体として、同図(b)に示すような振動数比γの関数で表される。また、損失係数は、損失剛性比と貯蔵剛性比との比であるので、第1及び第2振動数比γ1、γ2においてそれぞれ第1及び第2目標損失係数η1、η2(=0.8)になるとともに、全体として、同図(c)に示すような振動数比γの関数で表される。
【0029】
次に、上記のように力学要素の諸元を設定したモデルAの免震装置による免震効果を確認するために実施したシミュレーション解析と、その結果について、説明する。このシミュレーション解析は、構造物Sの下部構造SLに所定の地震動を入力したときの構造物Sの応答について、時刻歴応答解析を行ったものである。
【0030】
シミュレーション解析の条件は、以下のとおりである。まず、構造物Sは、1階に免震層ML及び免震装置1を有する10階建ての免震建物である。免震層MLの動剛性パラメータは、
図4に示すものとした。また、入力地震動として、TFEW50K、HCNS50K、L221KBNS及びOS1の計4種類の設計用の地震波を用いた。
【0031】
そして、これらの地震動を構造物Sの下部構造SLに入力したときの構造物Sの各階における加速度、速度及び変位などを算出した。
図5は、これらの中から、各階において得られた最大変位と最大加速度を「変位」及び「加速度」として、地震動ごとに示したものである。また、
図6には、実施形態との比較例として、モデルAによる免震装置1に代えて通常の流体系ダンパシステムを用いた場合に得られる各階の変位及び加速度を示した。この場合における流体系ダンパシステムの減衰定数は、モデルAとの比較を行うため、入力地震動に対する免震層MLの最大変位がモデルAの場合とほぼ同じ40cm程度になるように設定した。
【0032】
図5(a)及び
図6(a)に示されるように、構造物Sの変位は、実施形態と比較例の間でほぼ同じである。具体的には、構造物Sの変位は、地震波OS1の場合に最も大きく、1階の免震層MLにおいて約40cmであり、2階以上では上階に向かうにつれて若干増加する。他の地震波の場合、地震波OS1と比較して、構造物Sの変位は上階に向かって同様の形態で分布するとともに、変位の大きさは全体的に小さい。
【0033】
一方、
図5(b)及び
図6(b)に示されるように、構造物Sの加速度は、実施形態と比較例の間で大きく異なる。例えば、比較例では、構造物Sの加速度は、階数に応じて大きく変化する傾向がある。特にL221KBNS地震波やTFEW50K地震波の場合には、1階付近で150cm/s
2程度まで増大し、10階付近で最大180~200cm/s
2程度まで増大する。これに対し、実施形態では、構造物Sの加速度は、L221KBNS地震波の場合の8~10階の部分を除き、階数にかかわらず、ほぼ一定である。また、この8~10階の部分においても、構造物Sの加速度は、最大140cm/s
2程度である。以上から、実施形態によれば、比較例に対して構造物Sの加速度が大幅に抑制されることが確認された。
【0034】
次に、
図7及び
図8を参照しながら、
図1の包括モデルを具体化した2つ目のモデルであるモデルBと、モデルBを対象とする免震設計の方法について、説明する。
図7に示すように、モデルBは、包括モデルにおいて、付加系SD部及び付加系ISD部を各1基としたものであり、したがって、主系-付加系ばね要素(S+S1)、付加系粘性要素D1、付加系慣性要素I1、1基の付加系SD部と、1基の付加系ISD部で構成され、これらの5つの要素が、互いに並列の関係で、構造物Sの下部構造SLと上部構造SUの間に接続されている。
【0035】
以下、モデルBを対象とする設計方法について、説明する。まず、振動数比γにおけるモデル全体の動剛性K(γ)は、次式(B-1)で表される。
【数9】
ここで、K
as(γ)、K
d(γ)、K
dm(γ)、K
m(γ) K
i(γ)はそれぞれ、振動数比γにおける、主系-付加系ばね要素(S+S1)、付加系粘性要素D1、付加系慣性要素I1、付加系SD部及び付加系ISD部の動剛性である。
【0036】
式(B-1)から、モデル全体の動剛性K(γ)と主系免震層ばね要素のばね定数kとの比(動剛性比)K(γ)/kは、次式(B-2)になる。
【数10】
式(B-2)の実数部である次式(B-3)を貯蔵剛性比と呼び、式(B-2)の虚数部である次式(B-4)を損失剛性比と呼ぶ。
【数11】
【数12】
【0037】
ここで、式(B-4)の損失剛性比を2つに分割する。付加系粘性要素も2つに分割し、その減衰定数h
pは、h
p,Fとh
p,Iの和とする。損失剛性比の第1分割部は、付加系粘性要素第1分割部と付加系SD部により構成され、次式(B-5)で表される。損失剛性比の第2分割部は、付加系粘性要素第2分割部と付加系ISD部により構成され、次式(B-6)で表される。
【数13】
【数14】
【0038】
次に、損失剛性比の第1分割部Im[K
F(γ)/k]と第2分割部Im[K
I(γ)/k]に対して、按分率R
F(0≦R
F≦1)、R
I(=1-R
F)をそれぞれ設定する。そして、式(B-5)においてκ
m=2h
mとするとともに、所定の第1及び第2振動数に対応する所定の第1及び第2振動数比γ
1、γ
2における損失剛性比Im[K
F(γ)/k]がそれぞれ、所定の第1及び第2目標値(第1及び第2目標損失係数η
1、η
2)に按分率R
Fを乗じたR
F×η
1、R
F×η
2になるように、式(B-5)における減衰定数h
p,Fと付加系SD部粘性要素D3の減衰定数h
mを設定する。この関係は、次式(B-7)で表され、これを解くことによって、減衰定数h
p,F、h
mが決定される。
【数15】
【0039】
また、式(B-6)において、κ
s=2h
s、μ
s=κ
sとするとともに、所定の第1及び第2振動数に対応する所定の第1及び第2振動数比γ
1、γ
2における損失剛性比Im[K
I(γ)/k]がそれぞれ、所定の第1及び第2目標値(第1及び第2目標損失係数η
1、η
2)に按分率R
Iを乗じたR
I×η
1、R
I×η
2になるように、式(B-6)における減衰定数h
p,Iと付加系ISD部粘性要素D2の減衰定数h
sを設定する。この関係は、次式(B-8)で表され、これを解くことによって、減衰定数h
p,I、h
sが決定される。
【数16】
【0040】
一方、式(B-3)の貯蔵剛性比は、κ
m=2h
m、μ
s=κ
s、κ
s=2h
sとすると、次式(B-9)のように書き換えられる。
【数17】
次に、第1及び第2振動数比γ
1、γ
2において、式(B-9)で表される貯蔵剛性比が所定の目標値(例えば1.0)になるように、付加系調整ばね要素S1のばね定数比κ
pと付加系慣性要素I1の質量比μ
pを設定する。この関係は、次式(B-10)で表され、これを解くことによって、ばね定数比κ
p及び質量比μ
pが決定される。
【数18】
【0041】
そして、例えば10階建ての免震構造を対象構造物Sとし、第1及び第2振動数比γ
1、γ
2における第1及び第2目標損失係数η
1、η
2(損失剛性比の第1及び第2目標値)をそれぞれ0.8に、按分率R
F及びR
Iをそれぞれ0.5に設定し、貯蔵剛性比の目標値を1.0に設定するとともに、上記のようにモデルBの力学要素の諸元(h
p,F、h
m、h
p,I、h
s、κ
p、μ
p)を設定することによって、
図8に示すような動剛性パラメータが得られる。
図4との比較から明らかなように、この動剛性パラメータは、モデルAの場合の動剛性パラメータとほぼ同じである。具体的には、損失剛性比は、第1及び第2振動数比γ
1、γ
2において目標値(=0.8)になるとともに、全体として、振動数比γの関数で表される。
【0042】
貯蔵剛性比は、第1及び第2振動数比γ1、γ2において目標値(=1.0)になるとともに、全体として、振動数比γの関数で表される。また、損失係数は、損失剛性比と貯蔵剛性比との比であり、第1及び第2振動数比γ1、γ2において目標値(=0.8)になるとともに、全体として、同図(c)に示すような振動数比γの関数で表される。
【0043】
以上のように、モデルAの場合とほぼ同じ動剛性パラメータが得られることから、図示しないが、モデルBの場合においても、
図5と同様の、地震動に対する応答速度や応答加速度を得ることができ、特に構造物Sの加速度を良好に抑制することができる。
【0044】
次に、
図9及び
図10を参照しながら、
図1の包括モデルを具体化した3つ目のモデルであるモデルCと、モデルCを用いた免震設計の方法について、説明する。
図9に示すように、モデルCは、包括モデルにおいて、付加系ISD部を2基、付加系SD部を0基とした(設けない)ものであり、したがって、主系-付加系ばね要素(S+S1)、付加系粘性要素D1、付加系慣性要素I1と、2基の付加系ISD部で構成され、これらの5つの要素が、互いに並列の関係で、構造物Sの下部構造SLと上部構造SUの間に接続されている。
【0045】
以下、モデルCを対象とする設計方法について、説明する。まず、振動数比γにおけるモデル全体の動剛性K(γ)は、次式(C-1)で表される。
【数19】
ここで、K
k(γ)、K
c(γ)、K
m(γ)、K
s(γ)はそれぞれ、振動数比γにおける、主系-付加系ばね要素(S+S1)、付加系粘性要素D1、付加系慣性要素I1及び2基分の付加系ISD部の動剛性である。
【0046】
式(C-1)から、モデル全体の動剛性K(γ)と主系免震層ばね要素のばね定数kとの比(動剛性比)K(γ)/kは、次式(C-2)になる。
【数20】
式(C-2)の実数部である次式(C-3)を貯蔵剛性比と呼び、式(C-2)の虚数部である次式(C-4)を損失剛性比と呼ぶ。また、第1及び第2振動数比γ
1、γ
2において、μ
s,1=2h
s,1/γ
1、κ
s,1=2h
s,1γ
1、μ
s,2=2h
s,2/γ
2、κ
s,2=2h
s,2γ
2とすると、式(C-4)の損失剛性比は、次式(C-5)のように書き換えられる。
【数21】
【数22】
【数23】
【0047】
次に、第1及び第2振動数比γ
1、γ
2と、所定の第3振動数に対応する所定の第3振動数比γ
3において、式(C-5)で表される損失剛性比がそれぞれ、所定の第1~第3目標値(=第1~第3目標損失係数η
1~η
3)になるように、付加系粘性要素D1の減衰定数h
pと1基目及び2基目の付加系ISD部粘性要素D2の減衰定数h
s,1、h
s,2を設定する。この関係は、次式(C-6)で表され、これを解くことによって、減衰定数h
p、h
s,1、h
s,2が決定される。
【数24】
【0048】
一方、第1及び第2振動数比γ
1、γ
2において、μ
s,1=2h
s,1/γ
1、κ
s,1=2h
s,1γ
1、μ
s,2=2h
s,2/γ
2、κ
s,2=2h
s,2γ
2とすると、式(C-3)の貯蔵剛性比は、次式(C-7)のように書き換えられる。
【数25】
次に、第1及び第2振動数比γ
1、γ
2において、式(C-7)で表される貯蔵剛性比が所定の目標値(例えば1.0)になるように、付加系調整ばね要素S1のばね定数比κ
pと付加系慣性要素I1の質量比μ
pを設定する。この関係は、次式(C-8)で表され、これを解くことによって、これらのばね定数比κ
p及び質量比μ
pが決定される。
【数26】
【0049】
そして、例えば10階建ての免震構造を対象構造物Sとし、第1~第3振動数比γ
1~γ
3における第1~第3目標損失係数η
1~η
3(損失剛性比の第1~第3目標値)をそれぞれ0.8に設定し、第1及び第2振動数比γ
1、γ
2における貯蔵剛性比の目標値を1.0に設定するとともに、上記のようにモデルCの力学要素の諸元(h
p、h
s,1、h
s,2、κ
p、μ
p)を設定することによって、
図10に示すような動剛性パラメータが得られる。具体的には、損失剛性比は、設定したh
p値、h
s,1値、h
s,2値を式(C-5)に代入することによって、第1~第3振動数比γ
1~γ
3において目標値(=0.8)になるとともに、全体として、同図(a)に示すような振動数比γの関数で表される。
【0050】
貯蔵剛性比は、決定したκp値、μp値、hs,1値、hs,2値を式(C-7)に代入することによって、第1及び第2振動数比γ1、γ2において目標値(=1.0)になるとともに、全体として、同図(b)に示すような振動数比γの関数で表される。また、損失係数は、損失剛性比と貯蔵剛性比との比であり、第1及び第2振動数比γ1、γ2において目標値(=0.8)になるとともに、全体として、同図(c)に示すような振動数比γの関数で表される。
【0051】
以上のように、モデルA及びモデルBの場合と同様、少なくとも第1及び第2振動数比γ
1、γ
2において、損失係数が第1及び第2目標損失係数η
1、η
2に設定されることから、図示しないが、モデルCの場合においても、
図5と同様の、地震動に対する応答速度や応答加速度を得ることができ、特に構造物Sの加速度を良好に抑制することができる。
【0052】
なお、本発明は、説明した実施形態に限定されることなく、種々の態様で実施することができる。例えば、実施形態では、
図1に示す免震装置1の包括モデルを具体化したモデルとして、付加系ISD部を1基、有する一方、付加系SD部を有しないモデルAと、付加系ISD部及び付加系SD部を各1基、有するモデルBと、付加系ISD部を2基、有する一方、付加系SD部を有しないモデルCの計3種類のモデルを例示するとともに、各モデルについて免震設計の方法を説明している。
【0053】
本発明は、これらのモデルA~モデルCに限らず、
図1の包括モデルの範囲内において他のモデルを設定することが可能である。例えば付加系ISD部を3基以上、設けることや、付加系SD部を2基以上、設けること、両者を組み合わせることが可能である。その場合、3基以上の付加系ISD部の諸元や2基以上の付加系SD部の諸元をそれぞれ、互いに異なる値に設定してもよく、あるいは同一の値に設定してもよい。
【0054】
また、所定の第1及び第2振動数として、
図4などに例示した以外の適当な2つの振動数を採用することが可能である。さらに、損失係数などの動剛性パラメータの第1及び第2目標値についても、例示した以外の適当な値を採用してもよく、また、互いに同じ値とすることも、異なる値とすることも可能である。
【0055】
また、実施形態で示した、ばね要素、粘性要素及び慣性要素を具現化するダンパや装置、部材は、あくまで例示であり、他の適当なダンパなどを採用してもよいことは、もちろんである。さらに、実施形態で示した具体的な各種の数値(例えば応答変位、応答加速度など)もまた例示であり、他の適当な数値を採用してもよい。その他、本発明の趣旨の範囲内で、細部の構成を適宜、変更することが可能である。
【符号の説明】
【0056】
1 免震装置
S 構造物
SU 上部構造
SL 下部構造
ML 免震層
S1 付加系調整ばね要素(第1ばね要素)
D1 付加系粘性要素(第1粘性要素)
I1 付加系慣性要素(第1慣性要素)
ISD 付加系ISD部(ISD部)
I2 付加系ISD部慣性要素(第2慣性要素)
S2 付加系ISD部ばね要素(第2ばね要素)
D2 付加系ISD部粘性要素(第2粘性要素)
SD 付加系SD部(SD部)
S3 付加系SD部ばね要素(第3ばね要素)
D3 付加系SD部粘性要素(第3粘性要素)
γ1 第1振動数比(所定の第1円振動数のω0に対する比)
γ2 第2振動数比(所定の第2円振動数のω0に対する比)
hp 付加系粘性要素の減衰定数(第1粘性要素の諸元)
hs 付加系ISD部粘性要素の減衰定数(ISD部の諸元)
κp 付加系調整ばね要素のばね定数比(第1ばね要素の諸元)
μp 付加系慣性要素の質量比(第1慣性要素の諸元)
hp,F 付加系粘性要素第1分割部の減衰定数(第1粘性要素の按分の諸元)
hp,I 付加系粘性要素第2分割部の減衰定数(第1粘性要素の按分の諸元)
hm 付加系SD部粘性要素の減衰定数(SD部の諸元)
hs,1 1基目の付加系ISD部粘性要素の減衰定数(ISD部の諸元)
hs,2 2基目の付加系ISD部粘性要素の減衰定数(ISD部の諸元)
η1 第1目標損失係数(損失係数の第1目標値)
η2 第2目標損失係数(損失係数の第2目標値)
η3 第3目標損失係数(損失係数の第3目標値)