(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024167888
(43)【公開日】2024-12-04
(54)【発明の名称】ポリエステル繊維製品、およびポリエステル繊維製品の染色方法
(51)【国際特許分類】
D06B 19/00 20060101AFI20241127BHJP
D01F 6/62 20060101ALI20241127BHJP
【FI】
D06B19/00 A
D01F6/62 302
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024076764
(22)【出願日】2024-05-09
(31)【優先権主張番号】P 2023083606
(32)【優先日】2023-05-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000184687
【氏名又は名称】小松マテーレ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109210
【弁理士】
【氏名又は名称】新居 広守
(74)【代理人】
【識別番号】100131417
【弁理士】
【氏名又は名称】道坂 伸一
(72)【発明者】
【氏名】小川 直人
(72)【発明者】
【氏名】竹内 信弘
【テーマコード(参考)】
3B154
4L035
【Fターム(参考)】
3B154AA07
3B154BA07
3B154BB12
3B154BB19
3B154DA13
4L035AA05
4L035BB31
(57)【要約】
【課題】染色ムラを抑制しつつ、染色の際に使用する水やエネルギー量を少なくでき、かつ実用上十分な強度を有するポリエステル繊維製品およびポリエステル繊維製品の染色方法を提供する。
【解決手段】表面の結晶化度が、中心部の結晶化度よりも4%以上20%以下だけ低いポリエステル糸と、分散染料とを含むポリエステル繊維製品が提供される。また、ポリエステル繊維製品にレーザーを照射して、表面の結晶化度が、中心部の結晶化度よりも4%以上20%以下だけ低くするレーザー前処理工程と、前記レーザー前処理工程の後に分散染料を印刷する印刷工程と、を含むポリエステル繊維製品の染色方法が提供される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面の結晶化度が、中心部の結晶化度よりも4%以上20%以下だけ低いポリエステル糸と、分散染料とを含むポリエステル繊維製品。
【請求項2】
ポリエステル糸で構成されたポリエステル繊維製品にレーザーを照射して、前記ポリエステル糸における表面の結晶化度を中心部の結晶化度よりも4%以上20%以下だけ低くするレーザー前処理工程と、前記レーザー前処理工程の後に前記ポリエステル繊維製品に分散染料を印刷する印刷工程と、を含むポリエステル繊維製品の染色方法。
【請求項3】
前記印刷が、インクジェット方式である、請求項2に記載のポリエステル繊維製品の染色方法。
【請求項4】
前記印刷工程の後に湿熱処理工程を含む、請求項2または3に記載のポリエステル繊維製品の染色方法。
【請求項5】
前記レーザーが炭酸ガスレーザーであり、前記レーザーのフルエンスが25J/cm2以上150J/cm2以下である、請求項2または3に記載のポリエステル繊維製品の染色方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステル繊維製品、およびポリエステル繊維製品の染色方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えばテレフタル酸とエチレングリコールとを縮合重合させて得られるポリエチレンテレフタレートのような、主鎖にカルボン酸エステル基を繰り返し有するポリエステル樹脂は、糸、紐、織物、編物、不織布などの繊維製品に加工されてポリエステル繊維製品として広く使用されている。
【0003】
ポリエステル繊維は、優れた強度及び伸度をもっており、汎用合成繊維の中では耐熱性が高く、特に汎用性に富んでいる。このため、ポリエステル繊維製品は、シャツやパンツなどの下着、ブラウスやセーターなどの中衣、コートやアノラックなどの外衣、カーテンや椅子張りなどの家具、バッグやシーツなどの生活用品など、様々なものに用いられている。
【0004】
従来、このようなポリエステル繊維製品を着色するための染色方法として、糸等の繊維製品を分散染料を含む水分散液に浸漬し、当該水分散液を130℃~135℃の高温で加熱し処理することにより、ポリエステル繊維を構成する分子鎖と分子鎖との間に分散染料を吸尽(染着)させる方法が知られている。
【0005】
しかしながら、従来の染色方法は、使用する水の量を少なくしたり、処理温度を低くしたりすると、染色ムラが発生しやすくなる。そのため従来の方法では染色時に大量の水が必要で、かつ130℃以上の高温高圧の熱処理が必要であることから、大量のエネルギーと時間とが必要とされる課題がある。
【0006】
そこで、ポリエステル樹脂を改質することで染色時の温度を低下させる技術が提案されている。例えば、ポリエステルの重合成分としてスルホイソフタル酸等を用い、ポリエステルにスルホ基を導入してカチオン染料により水の沸点以下の温度(常圧)にて染色できるようにしたポリエステル繊維、または、ポリステルにポリオキシアルキレン基を導入して分散染料により低温で染色できるようにしたポリエステル繊維、あるいはこれらを組み合わせたもの等が知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、スルホ基の導入など化学修飾されたポリエステル繊維は、糸の強度が化学修飾されていない一般的なポリエステル繊維からなる糸に比べて弱いという課題がある。また、化学修飾されたポリエステル繊維は、一般的なポリエステル繊維に比べてポリエステル樹脂の製造コストが高いので、汎用的に使用することが難しいという課題もある。
【0009】
そこで、本発明では、染色ムラを抑制しつつ、染色の際に使用する水やエネルギー量を少なくでき、かつ実用上十分な強度を有するポリエステル繊維製品およびポリエステル繊維製品の染色方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明にかかるポリエステル繊維製品は以下の構成を有する。
【0011】
(1)表面の結晶化度が、中心部の結晶化度よりも4%以上20%以下だけ低いポリエステル糸と、分散染料とを含むポリエステル繊維製品。
【0012】
また、本発明にかかるポリエステル繊維製品の染色方法は以下の構成を有する。
【0013】
(2)ポリエステル繊維製品にレーザーを照射して、表面の結晶化度が、中心部の結晶化度よりも4%以上20%以下だけ低くするレーザー前処理工程と、前記レーザー前処理工程の後に分散染料を印刷する印刷工程と、を含むポリエステル繊維製品の染色方法。
【0014】
(3)前記印刷が、インクジェット方式である、(2)に記載のポリエステル繊維製品の染色方法。
【0015】
(4)前記印刷工程の後に湿熱処理工程を含む、(2)または(3)に記載のポリエステル繊維製品の染色方法。
【0016】
(5)前記レーザーが炭酸ガスレーザーであり、前記レーザーのフルエンスが25J/cm2以上150J/cm2以下である、(2)~(4)のいずれかに記載のポリエステル繊維製品の染色方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、染色ムラを抑制しつつ、染色の際に使用する水やエネルギー量を少なくでき、かつ実用上十分な強度を有するポリエステル繊維製品およびポリエステル繊維製品の染色方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、いずれも本発明の一具体例を示すものである。また、本発明は、以下の態様のみに限定されるものではなく、本発明の精神と実施の範囲において多くの変形が可能である。
【0019】
<ポリエステル繊維製品>
本実施の形態にかかるポリエステル繊維製品は、表面の結晶化度が、中心部の結晶化度よりも4%以上20%以下だけ低いポリエステル糸と、分散染料とを含むポリエステル繊維製品である。
【0020】
本実施の形態にかかるポリエステル繊維の素材としては、主鎖にカルボン酸エステル基を繰り返し有する高分子(ポリエステル樹脂)であれば特に限定されず、例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンサクシネートやポリ乳酸などが挙げられる。熱による加工のしやすさや、汎用性の高さ、リサイクルのしやすさといった観点から、ポリエステル繊維の素材としてはPETであることが好ましい。なお、分子中にスルホ基やオキシアルキレン基などを導入する染色性向上のための化学修飾を行ってもよいが、糸の強度、洗濯堅牢度、昇華堅牢度などが低下するおそれがある。本実施の形態のポリエステル繊維の素材は、特に化学修飾されていないポリエステル樹脂であっても十分に適用できるため、特に化学修飾されていないポリエステル樹脂を用いることが好ましい。
【0021】
本実施の形態にかかるポリエステル繊維製品とは、前記ポリエステル繊維の素材からなる糸(ポリエステル糸)、さらに前記糸から構成される紐、および織物、編物、不織布などの布地、さらに前記布地を用いた衣服、鞄、カーテン、布団カバーなどの縫製品、加えて前記糸を衣服などの特定の三次元形状に編みたてた無縫製ニット製品なども含む。
【0022】
本実施の形態にかかるポリエステル繊維製品を構成するポリエステル糸は、長繊維及び短繊維のいずれであってもよく、モノフィラメントおよびマルチフィラメントのいずれであってもよい。汎用性の観点から、ポリエステル糸は、長繊維マルチフィラメントであることが好ましい。
【0023】
また、ポリエステル糸は、特に限定されるものではないが、繊度が10dtex~200dtexで、フィラメント数が1本~300本のものが用いられる。
【0024】
本実施の形態にかかるポリエステル繊維製品は、表面の結晶化度が、中心部の結晶化度よりも4%以上20%以下だけ低いポリエステル糸を含む。
【0025】
分散染料でポリエステル繊維製品を染色した際、ポリエステル糸の表面に分散染料が付着している形態ではなく、ポリエステル樹脂の分子鎖と分子鎖との間に分散染料が挟み込まれて保持される形態(吸尽)で分散染料が存在するようにすれば、ポリエステル繊維製品の各種堅牢度を高められる。ポリエステル糸に分散染料が効率よく吸尽されるためには、ポリエステル樹脂の結晶状態がルーズである、つまり結晶化度が低いことが好ましい。一方、ポリエステル樹脂の結晶化度は、繊維としての機械的強度に関わるため、ある程度以上結晶化度が高い必要がある。
【0026】
一般的にポリエステル糸は、ポリエステル樹脂を溶融紡糸工程で糸状に加工し、引き続いての延伸工程や仮撚り工程などによって機械的強度を向上させているものが多い。得られたポリエステル糸は、ほぼ結晶状態が均一な状態で存在し、その結晶化度は必要とされる機械強度などに合わせて、例えばPET繊維からなる糸であれば25%~45%程度に制御されているものが多い。
【0027】
このようなポリエステル糸を、実用上十分な強度を確保しつつ分散染料の吸尽効率を向上させるために、ポリエステル糸の中心部の結晶化度はそのままに、そのポリエステル糸の表面の結晶化度を低下させればよい。以上の観点から、本実施の形態にかかるポリエステル繊維製品に含まれるポリエステル糸は、表面の結晶化度が、中心部の結晶化度よりも4%以上20%以下だけ低いものを用いる。前記結晶化度の差の下限は6%以上が好ましく、8%以上がより好ましい。また、前記結晶化度の差の上限は18%以下が好ましく、16%以下がより好ましい。なお、本願における「中心部」とは、ポリエステル糸を円柱とみなした際に、円柱の中心から半径の1/2の領域内の円柱部分を指し、「表面」とは、ポリエステル糸の中心部以外の領域を指すものとする。
【0028】
ポリエステル糸の表面の結晶化度を低下させる方法は、ポリエステル樹脂のガラス転移温度以上、融点または結晶化温度以下に加熱した後に急冷することができれば特に限定されないが、ポリエステル糸の表面にだけ熱エネルギーを集中させ、表面と中心部との結晶化度に差をつけやすく、かつ特段の急冷手段を必要としないレーザー照射処理であることが好ましい。
【0029】
なお、ポリエステル糸全体の結晶化度は、広角X線散乱測定で得られた散乱プロファイルの積分値から求めるXRD法、示差走査熱量測定で得られた融解熱量から求めるDSC法、赤外分光スペクトルの特定波長の吸光度比から求めるIR法などにより求められる。例えば、PET繊維の場合においては、DSC法を用いて、240℃~260℃で発生する融解熱量を、(冷結晶化が発生する場合は、結晶化熱量を差し引いたうえで)完全結晶の融解熱量140J/gで除することにより求められる。また、PET繊維からなるポリエステル糸の表面の結晶化度は、ATR法を用いたIR測定を行い、結晶を構成するトランス体由来の吸収である973cm-1におけるピーク吸光度と、結晶化構造に依存しない793cm-1におけるピーク吸光度との強度比A973/A793を求め、さらに0.3を掛けることで求められる。以上より、ポリエステル糸の中心部の結晶化度は下記(式1)で求められ、ポリエステル糸の中心部の結晶化度と、ポリエステル糸の表面の結晶化度の差は、下記(式2)で求められる。なお、(式1)および(式2)において、「糸」は、ポリエステル糸のことである。
【0030】
(糸の中心部の結晶化度)=4×(糸全体の結晶化度)-3×(糸の表面の結晶化度)・・・(式1)
(糸の中心部の結晶化度と糸の表面の結晶化度の差)=4×{(糸全体の結晶化度)-(糸の表面の結晶化度)}・・・(式2)
【0031】
また、本実施の形態にかかるポリエステル繊維製品は、本発明の目的を逸脱しない範囲で、綿、麻、羊毛などの天然繊維やナイロン、アクリルなどの合成繊維、レーヨンなどの再生繊維、アセテートなどの半合成繊維と組み合わされてもよい。つまり、本実施の形態にかかるポリエステル繊維製品を構成する糸には、ポリエステル糸以外の糸が含まれていてもよい。また、一部が通常のポリエステル繊維製品であり、一部が前記結晶状態となっているポリエステル繊維製品であれば、色の濃淡を意図的に付与することや、柄や文字などの意匠を付与することができる。ただし、染色ムラを抑制しつつ使用する水やエネルギー量を少なくできる本発明の効果が得られやすいとの観点からは、本実施の形態に用いられる繊維製品は、構成する糸全体について、前記結晶状態となっているポリエステル繊維製品を用いるのが好ましい。
【0032】
本実施の形態にかかるポリエステル繊維製品は、前記ポリエステル糸と、分散染料とを含むポリエステル繊維製品である。一般的なポリエステル繊維製品は、分散染料を含む水分散液に浸漬し、当該水分散液を130℃~135℃の高温で加熱し処理することにより染色される。一方、本実施の形態にかかるポリエステル繊維製品は、前記結晶状態のポリエステル糸に分散染料が効率よく吸尽されるため、特に印刷法で染色しても染色ムラが抑制され、染色の際に使用する水やエネルギー量を少なくできる。さらに、実用上十分な強度を有するポリエステル繊維製品が得られる。
【0033】
<ポリエステル繊維製品の染色方法>
次に、本実施の形態にかかるポリエステル繊維製品の染色方法について説明する。
【0034】
本実施の形態にかかるポリエステル繊維製品の染色方法は、ポリエステル糸で構成されたポリエステル繊維製品にレーザーを照射して、ポリエステル糸における表面の結晶化度を中心部の結晶化度よりも4%以上20%以下だけ低くするレーザー前処理工程と、前記レーザー前処理工程の後にポリエステル繊維製品に分散染料を印刷する印刷工程と、を含むポリエステル繊維製品の染色方法である。
【0035】
本実施の形態にかかるポリエステル繊維製品の染色方法は、ポリエステル糸で構成されたポリエステル繊維製品にレーザーを照射するレーザー前処理工程を含む。ポリエステル繊維製品にレーザーを照射することにより、少なくともポリエステル糸についてはポリエステル糸の表面にだけ熱エネルギーが集中的に与えられ、ポリエステル糸の表面に存在するポリエステル分子のみがミクロブラウン運動によって非晶化し、さらにレーザー照射をやめるだけで急冷され過冷却液体として固化する。以上の作用によって、ポリエステル糸における表面の結晶化度と中心部の結晶化度とに差をつけることができる。
【0036】
レーザー前処理工程に用いられるレーザーとしては、ポリエステル糸の表面のみを集中的に加熱できるものであれば、用いる媒質や発振方式について特に限定されない。用いられるレーザーの波長としては、大気中での減衰が少なく、かつポリエステル樹脂を効率よく加熱できる赤外線を用いたレーザーであることが好ましく、中でも比較的低価格で出力が大きく、9.2~10.8μm程度の波長の遠赤外線を発振できる炭酸ガスレーザーを用いることが好ましい。
【0037】
炭酸ガスレーザーを用いる場合、レーザーのフルエンスは25J/cm2以上150J/cm2以下であることが好ましい。ポリエステル繊維製品に照射する炭酸ガスレーザーのフルエンスが25J/cm2以上150J/cm2以下であることにより、ポリエステル糸における表面の結晶化度を中心部の結晶化度よりも4%以上20%以下だけ低い結晶状態に改質しやすい。炭酸ガスレーザーのフルエンスの下限値としては35J/cm2以上が好ましく、45J/cm2以上がより好ましい。炭酸ガスレーザーのフルエンスの上限値としては100J/cm2以下が好ましく、75J/cm2以下がより好ましい。
【0038】
レーザー前処理工程は、ポリエステル糸に対してレーザー照射を行い、処理されたポリエステル糸をさらに紐や、織物などの布状、または衣服などの特定の三次元形状に組織してもよいし、あらかじめ紐や布状、特定の三次元形状に組織した後にレーザー照射処理を行ってもよい。また、レーザー前処理を行ったポリエステル糸と、レーザー前処理を行っていないポリエステル糸とを組み合わせて組織してもよいし、組織されたポリエステル繊維製品の一部分にだけレーザー前処理を行ってもよい。一部分にだけレーザー前処理が行われたポリエステル糸を含むポリエステル繊維製品であれば、色の濃淡を意図的に付与することや、柄や文字などの意匠を付与することができる。ただし、染色ムラを抑制しつつ使用する水やエネルギー量を少なくできる本発明の効果が得られやすいとの観点からは、本実施の形態に用いられるポリエステル繊維製品の染色方法は、構成する糸全体について、レーザー前処理を行うことが好ましい。構成する糸全体にレーザー前処理を行う場合においては、レーザー前処理が簡便かつ均一に実施できるとの観点から、糸や紐などの線状、または織物や編物などの面状のポリエステル繊維製品にレーザー前処理を行い、その後に縫製や編たてなどで衣服などの特定の三次元形状に組織するのがよい。
【0039】
本実施の形態にかかるポリエステル繊維製品の染色方法は、前記レーザー前処理工程の後に、ポリエステル繊維製品に分散染料を印刷する工程を含む。一般的にポリエステル繊維製品は、分散染料を含む水分散液に浸漬し、当該水分散液を130℃~135℃の高温で加熱し処理することにより染色されるが、本実施の形態にかかるポリエステル繊維製品は、ポリエステル繊維製品の表面に分散染料を与える印刷法で染色しても染色ムラが抑制されたポリエステル繊維製品が得られるため、染色の際に使用する水やエネルギー量を少なくすることができる。
【0040】
印刷に用いられる分散染料の色素としては、特に限定されるものではなく、例えば、カラーインデックス名として「Disperse」が付与されているものが用いられる。
【0041】
前記色素は、水などの媒質と、媒質に色素を分散させる分散剤、ポリエステル糸に浸透させやすくする浸透剤、ポリエステル糸に固着させる糊剤など適宜の助剤と混合した分散染料として用いられる。なお、後述するインクジェット方式を用いた印刷を行う場合には、染料が吐出ノズルに詰まってしまう不具合発生を抑制するため、分散染料のpHは5.5以上9.5以下がよく、分散染料の電気伝導率は60S/m以下がよく、色素の平均粒子径(D50)は350nm以下がよい。
【0042】
前記レーザー前処理が施されたポリエステル繊維製品に対して前記分散染料を印刷する具体的な印刷方式としては、特に限定されないが、例えば、スクリーン方式、ロータリー方式、フレキソ方式、グラビア方式、オフセット方式、熱転写方式、インクジェット方式などが用いられる。中でも、必要な分だけ分散染料を対象に吐出する方式で染料の残がほぼ発生せず、また、色素の割合が高く助剤の量が低く配合された分散染料であっても染色ムラが抑制されたポリエステル繊維製品が得られやすいとの観点から、印刷方式としてはインクジェット方式を用いることが好ましい。
【0043】
レーザー前処理工程から次の印刷工程までの間に熱処理などでポリエステル糸の結晶状態が変化しにくいとの観点から、レーザー前処理工程と印刷工程との間には、別の工程を含まないことが好ましい。
【0044】
本実施の形態にかかるポリエステル繊維製品の染色方法は、前記印刷工程の後に湿熱処理工程を行うことが好ましい。この湿熱処理工程では、印刷により分散染料を与えられたポリエステル繊維製品を湿熱処理する。湿熱処理工程を行うことにより、分散染料が一層強固に吸尽され、分散染料の染着効率や各種堅牢度を向上させることができる。具体的な湿熱処理の方法は、特に限定されないが、例えば、105℃~150℃の蒸気が満たされたチャンバー内に導入する方法や、160℃~190℃の生蒸気または乾燥蒸気を吹き付ける方法などが挙げられる。開放系でも高温で処理できること、ポリエステル繊維製品に与える水分量を制御しやすいことから、乾燥蒸気を吹き付ける方法であることが好ましい。
【0045】
さらにポリエステル繊維製品の堅牢度を向上させるため、染着しなかった色素や分散染料中の助剤を洗い落とす洗浄工程を含んでいてもよい。洗浄工程としては、ポリエステル繊維から余分な薬剤を除去できる条件であれば特に限定されないが、例えば、冷水、温水、または適宜の界面活性剤や還元剤などからなるソーピング剤を含む浴中で、分散染料が印刷されたポリエステル繊維製品を処理すればよい。
【0046】
以上説明したように、本実施の形態にかかるポリエステル繊維製品の染色方法であれば、ポリエステル繊維製品の表面に分散染料を与える印刷法で染色しても染色ムラが抑制されたポリエステル繊維製品が得られるため、染色の際に使用する水やエネルギー量を少なくすることができる。
【0047】
また、前記染色加工されたポリエステル繊維製品については、公知の方法により、乾燥、仕上げセット、撥水加工、吸水加工、防炎加工、抗菌防臭加工、制菌加工、SR加工、消臭加工、紫外線遮蔽加工、赤外線遮蔽加工などの機能性加工を施してもよい。
【0048】
また、前記染色加工されたポリエステル繊維製品については、カレンダー加工、エンボス加工、別途の柄や文字などの印刷といった意匠性を付与する加工を施してもよい。
【0049】
さらに、布状のポリエステル繊維製品の場合には、同一または別途の布地と積層して厚みや表裏の表情感を変えたり、ウレタン樹脂やアクリル樹脂などからなる樹脂膜を、公知の方法で前記染色加工された布状のポリエステル繊維製品に積層し、防水性布帛としたりしてもよい。
【実施例0050】
以下、実施例および比較例を挙げて本実施の形態にかかるポリエステル繊維製品、およびポリエステル繊維製品の染色方法について詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例によって限定されるものではない。なお、以下の実施例及び比較例における各種物性は、次の方法で測定した。
【0051】
(1)ポリエステル糸の結晶化度
まず、ポリエステル糸全体の結晶化度をDSC法により求めた。DSC測定器としては、DSC8500(PerkinElmer社製)を用い、常温から280℃まで昇温速度5℃/minの条件で測定し、DSCプロファイルを得た。得られたプロファイルから、240℃~260℃で発生する融解熱量(J/g)、および冷結晶化が発生する場合は結晶化熱量を求め、前記融解熱量から前記結晶化熱量を差し引いた値を140J/gで除することで、ポリエステル糸全体の結晶化度を求めた。
【0052】
続いて、ポリエステル糸の表面の結晶化度をIR法により求めた。IR分光の測定器としては、IRPrestige-21(島津製作所製)を用い、プリズムにゲルマニウムを使用し、入射角45°のATR法で、4000~700cm-1の範囲を32回積分してIRスペクトルを得た。得られたスペクトルのうち973cm-1におけるピーク吸光度と、793cm-1におけるピーク吸光度の強度比を求め、さらに0.3を掛けることで、ポリエステル糸の表面の結晶化度を求めた。
【0053】
前記得られたポリエステル糸全体の結晶化度と、ポリエステル糸の表面の結晶化度との値から、ポリエステル糸の中心部の結晶化度とポリエステル糸の表面の結晶化度の差を、下記(式3)により求めた。(式3)において、「糸」は、ポリエステル糸のことである。
【0054】
(糸の中心部の結晶化度と糸の表面の結晶化度の差)=4×{(糸全体の結晶化度)-(糸の表面の結晶化度)}・・・(式3)
【0055】
(2)染まりやすさ
染色後の織物のK/S値により染まりやすさを評価した。測色器としては、KURABO COLOR-7x(倉敷紡績株式会社製)を用い、D65光源を使用し、380nm~720nm、視野角2°の範囲で反射スペクトルを得た。得られたスペクトル中の最大吸収波長での反射率をRとし、下記(式4)によりK/S値を用いた。K/S値が大きい方が濃く染まっていることを表す。
【0056】
K/S=(1-R)2/2R・・・(式4)
【0057】
(3)洗濯堅牢度
染色後の織物に対して、JIS L0844(2011) 洗濯に対する染色堅牢度試験 A法 A-2号に準じて試験を行った。なお、添付白布はポリエステルと綿を用い、汚染の評価は、汚染がひどい方の添付白布にて級判定を行った。
【0058】
(4)引裂強さ
JIS L1096(2020) 引裂強さ D法(ペンジュラム法)に準じて織物の経方向、緯方向それぞれ3回ずつ試験を行い、それぞれの平均値を引裂強さとした。
【0059】
(実施例1)
<ポリエステル織物>
実施例1では、ポリエステル繊維製品としてポリエステル織物を準備した。具体的には、仮撚加工された、繊度:経糸・緯糸とも22デシテックス/20フィラメントのポリエチレンテレフタレート製のポリエステル糸を用いて織られたポリエステル織物を準備した。
【0060】
<レーザー前処理>
ガルバノ式炭酸ガスレーザー加工機である SEI INFINITY 3350(コムネット株式会社製)を用い、前記ポリエステル織物の全面にフルエンスが25J/cm2の条件で炭酸ガスレーザーを照射した。レーザー前処理直後のポリエステル糸の中心部の結晶化度とポリエステル糸の表面の結晶化度の差を表1に記載した。
【0061】
<インク>
粉砕した赤色のアントラキノン系分散染料の色素を分級して平均粒子径(D50)を300nmとし、分散剤を用いて色素を水に分散させ、色素を7wt%含む赤色インクを作製した。同様に、黄色のアントラキノン系分散染料の色素を用いた黄色インク、青色のアントラキノン系分散染料の色素を用いた青色インクを作製した。各インクのpHは7.0~7.6で、各インクの電気伝導率は45~54S/mであった。
【0062】
<インクジェット印刷>
前記インクをノズル1つからの吐出量10pL、解像度600×600dpiで前記レーザー前処理をしたポリエステル織物に吐出し、続けて120℃で乾燥した。
【0063】
<後処理>
前記インクジェット印刷されたポリエステル織物を、ソーピング剤を含むソーピング浴、続けて水浴で洗浄し、さらに乾燥することで、全面を分散染料により無地でカーキ色にインクジェット印刷(染色)されたポリエステル織物が得られた。得られたポリエステル織物の各種評価結果を表1に記載した。
【0064】
(実施例2)
<湿熱処理>
実施例2では、インクジェット印刷工程と、後処理工程との間に、170℃の乾燥蒸気を吹き付けて湿熱処理を行ったこと以外は実施例1と同様にして、染色されたポリエステル織物を得た。得られたポリエステル織物の各種評価結果を表1に記載した。
【0065】
(実施例3、4)
実施例3、4では、炭酸ガスレーザーのフルエンスを50J/cm2としたこと以外は実施例1、および実施例2と同様にして染色された2つのポリエステル織物を得た。得られた2つのポリエステル織物を実施例3、4として各種評価結果を表1に記載した。
【0066】
(実施例5、6)
実施例5、6では、炭酸ガスレーザーのフルエンスを150J/cm2としたこと以外は実施例1、および実施例2と同様にして染色された2つのポリエステル織物を得た。得られた2つのポリエステル織物を実施例5、6として各種評価結果を表1に記載した。
【0067】
(比較例1)
比較例1では、レーザー前処理工程を省略したこと以外は実施例2と同様にして染色されたポリエステル織物を得た。得られたポリエステル織物の各種評価結果を表1に記載した。
【0068】
(比較例2)
比較例2では、炭酸ガスレーザーのフルエンスを200J/cm2としたこと以外は実施例2と同様にして染色されたポリエステル織物を得た。得られたポリエステル織物の各種評価結果を表1に記載した。
【0069】
【0070】
(実施例7、8)
実施例7、8では、ポリエステル繊維製品として、仮撚加工された、繊度:経糸・緯糸とも83デシテックス/36フィラメントのポリエチレンテレフタレート製の糸を用いて織られたポリエステル織物を用いたこと以外は、実施例1、および実施例2と同様にして染色された2つのポリエステル織物を得た。得られた2つのポリエステル織物を実施例7、8として各種評価結果を表2に記載した。
【0071】
(実施例9、10)
実施例9、10では、炭酸ガスレーザーのフルエンスを75J/cm2としたこと以外は実施例7、および実施例8と同様にして染色された2つのポリエステル織物を得た。得られた2つのポリエステル織物を実施例9、10として各種評価結果を表2に記載した。
【0072】
(実施例11、12)
実施例11、12では、炭酸ガスレーザーのフルエンスを150J/cm2としたこと以外は実施例7、および実施例8と同様にして染色された2つのポリエステル織物を得た。得られた2つのポリエステル織物を実施例11、12として各種評価結果を表2に記載した。
【0073】
(比較例3)
比較例3では、レーザー前処理工程を省略したこと以外は実施例8と同様にして染色されたポリエステル織物を得た。得られたポリエステル織物の各種評価結果を表2に記載した。
【0074】
(比較例4)
比較例4では、炭酸ガスレーザーのフルエンスを200J/cm2としたこと以外は実施例8と同様にして染色されたポリエステル織物を得た。得られたポリエステル織物の各種評価結果を表2に記載した。
【0075】