(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024167942
(43)【公開日】2024-12-05
(54)【発明の名称】表面処理鋼材
(51)【国際特許分類】
C23C 22/36 20060101AFI20241128BHJP
C23C 28/00 20060101ALI20241128BHJP
【FI】
C23C22/36
C23C28/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023084277
(22)【出願日】2023-05-23
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】西田 義勝
(72)【発明者】
【氏名】西原 克浩
(72)【発明者】
【氏名】莊司 浩雅
【テーマコード(参考)】
4K026
4K044
【Fターム(参考)】
4K026AA07
4K026AA12
4K026AA13
4K026AA22
4K026BA03
4K026BA08
4K026CA16
4K026CA23
4K026CA28
4K026CA30
4K026CA37
4K026DA02
4K044AA06
4K044AB02
4K044BA10
4K044BA12
4K044BA17
4K044BA21
4K044BB03
4K044BC04
4K044BC14
4K044CA11
4K044CA16
4K044CA18
4K044CA53
(57)【要約】
【課題】塗装密着性及び導電性に優れた表面処理鋼材を提供すること。
【解決手段】鋼材と、ZnまたはZn合金を含むめっき層と、前記めっき層の表面に形成された化成処理被膜と、を有し、前記化成処理被膜が、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、P及びFと、を含み、前記化成処理被膜の1.2mm×1.2mmの範囲において、顕微FT-IRの反射法で測定ピッチを19μmとして測定したときの、各測定位置での、2750~3000cm-1の吸光度ピークの面積をAc、980~1180cm-1の吸光度ピークの面積をAsi、1500~1700cm-1の吸光度ピークの面積をAhとしたとき、Ac/(Ac+Asi+Ah)の、標準偏差が0.05~0.30であり、平均値が0.20~0.70であり、Ah/(Ac+Asi+Ah)の、標準偏差が0.02~3.00であり、平均値が0.02~0.30である、表面処理鋼材。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材と、
前記鋼材の表面に形成された、ZnまたはZn合金を含むめっき層と、
前記めっき層の表面に形成された化成処理被膜と、
を有し、
前記化成処理被膜が、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、P及びFと、を含み、
前記化成処理被膜の1.2mm×1.2mmの範囲において、顕微FT-IRの反射法で測定ピッチを19μmとして測定したときの、各測定位置での、2750~3000cm-1の吸光度ピークの面積をAc、980~1180cm-1の吸光度ピークの面積をAsi、1500~1700cm-1の吸光度ピークの面積をAhとしたとき、
Ac/(Ac+Asi+Ah)の、標準偏差が0.05~0.30であり、平均値が0.20~0.70であり、
Ah/(Ac+Asi+Ah)の、標準偏差が0.02~3.00であり、平均値が0.02~0.30である、
ことを特徴とする、表面処理鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は表面処理鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼板の表面に亜鉛を主体とするめっき層が形成されためっき鋼板(亜鉛系めっき鋼板)が、自動車や建材、家電製品などの幅広い用途で使用されている。
また、このような亜鉛系めっき鋼板の表面に、耐食性や塗装密着性などを付与する目的で、クロム酸、重クロム酸又はそれらの塩を主成分として含有する処理液によりクロメート処理を施す方法、クロムを含まない金属表面処理剤を用いて処理を行う方法、リン酸塩処理を施す方法、シランカップリング剤単体による処理を施す方法、有機樹脂被膜処理を施す方法、などが一般的に知られており、実用に供されている。
【0003】
主としてシランカップリング剤を使用する技術としては、例えば特許文献1に、金属材表面に、特定の構造のシランカップリング剤2種を特定の質量比で配合して得られる有機ケイ素化合物(W)と、特定のインヒビターとを含有する水系金属表面処理剤を塗布し乾燥することにより、各成分を含有する複合被膜を形成したクロメートフリー表面処理金属材が開示されている。
また、特許文献2には、耐食性、耐熱性、耐指紋性、導電性、塗装性及び加工時の耐黒カス性の各要素に優れたクロメートフリー表面処理を施した表面処理金属材、及び金属材料に優れた耐食性及び耐アルカリ性を付与するために用いるクロムを含まない金属表面処理剤が開示されている。
また、特許文献3には、シランカップリング剤およびPを含んだ金属表面処理剤をめっき鋼板に塗布することで、クロメートフリー表面処理被膜の表面から前記被膜と前記めっき層との界面までの範囲でのPの平均濃度よりもPの濃度が高い、濃化層を有した表面処理鋼材が開示されている。
また、特許文献4には、金属板の少なくとも片面に、上層塗膜(α)が形成されているクロメートフリープレコート金属板であって、前記金属板と前記上層塗膜(α)との間に、(1)分子中にアミノ基を含有するシランカップリング剤(A)と分子中にグリシジル基を含有するシランカップリング剤(B)とを配合し反応させて得られ、構造中に環状シロキサン結合と鎖状シロキサン結合を有し、前記環状シロキサン結合と前記鎖状シロキサン結合の存在割合が、FT-IR反射法による環状シロキサン結合を示す1090~1100cm-1の吸光度(C1)と鎖状シロキサン結合を示す1030~1040cm-1の吸光度(C2)の比〔C1/C2〕で表して0.4~2.5である、有機ケイ素化合物(C)と、ポリウレタン樹脂、フェノール樹脂、及びエポキシ樹脂から選ばれる少なくとも1種のカチオン性有機樹脂(D)とを含む、造膜成分(X)と、(2)チタン化合物及びジルコニウム化合物から選ばれる少なくとも1種の金属化合物(E)とリン酸化合物(J)とフッ素化合物(F)とを含むインヒビター成分(Y)であって、但し、前記金属化合物(E)がフルオロ金属錯化合物(E’)である場合は、前記フッ素化合物(F)を含まなくても良い、インヒビター成分(Y)と、を配合して調整した下地処理剤を塗布し乾燥することにより形成される下地処理層(β)を有することを特徴とする、クロメートフリープレコート金属板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4776458号公報
【特許文献2】特許第5336002号公報
【特許文献3】特開2022-85512号公報
【特許文献4】特許第5933324号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1~3に開示された技術は、耐食性、導電性、塗装性などに優れたクロメートフリー表面処理を施した表面処理鋼板として実用化されている優れた技術である。
しかしながら、近年の顧客ニーズの高度化により、先行技術では実用上において、表面処理材の表面に塗布された塗料との密着性(塗装密着性)の更なる向上が求められる場合がある。すなわち、特許文献1~3に記載された技術では、これまで一般に評価されてきた塗膜形成後の密着性に加えて、高温の水中に塗膜付き表面処理鋼材が浸漬された場合などのより厳しい条件下でも密着性が確保できるような、密着性の更なる向上が求められる。
また、特許文献4では、造膜成分として、有機樹脂を含む必要がある。そのため、耐食性と塗膜密着性とについては優れたとしても、導電性に劣るという課題がある。
【0006】
そのため、本発明は、鋼材の表面に亜鉛または亜鉛合金を含むめっき層を有する亜鉛系めっき鋼材の表面に化成処理被膜を有する表面処理鋼材を前提として、塗装密着性及び導電性に優れた表面処理鋼材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、塗装密着性の向上について検討を行った。その結果、以下の知見を得た。
(a)化成処理被膜の塗装密着性は、化成処理被膜に存在する特定の有機官能基の量や水分量の影響を受ける。
(b)塗装密着性向上に繋がる有機官能基の分布を均一に維持し、かつ、塗膜中の局部的な水分の残存を低減することで、塗装密着性が向上する。
(c)化成処理被膜に存在する特定の有機官能基の量や水分量は、顕微FT-IRの反射法によって測定した吸光度のスペクトルによって評価することができる。
【0008】
本発明は上記の知見に鑑みてなされた。本発明の要旨は以下の通りである。
[1]本発明の一態様に係る表面処理鋼材は、鋼材と、前記鋼材の表面に形成された、ZnまたはZn合金を含むめっき層と、前記めっき層の表面に形成された化成処理被膜と、を有し、前記化成処理被膜が、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、P及びFと、を含み、前記化成処理被膜の1.2mm×1.2mmの範囲において、顕微FT-IRの反射法で測定ピッチを19μmとして測定したときの、各測定位置での、2750~3000cm-1の吸光度ピークの面積をAc、980~1180cm-1の吸光度ピークの面積をAsi、1500~1700cm-1の吸光度ピークの面積をAhとしたとき、Ac/(Ac+Asi+Ah)の、標準偏差が0.05~0.30であり、平均値が0.20~0.70であり、Ah/(Ac+Asi+Ah)の、標準偏差が0.02~3.00であり、平均値が0.02~0.30である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の上記態様によれば、塗装密着性及び導電性に優れた表面処理鋼材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本実施形態に係る表面処理鋼材の断面の例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の一実施形態に係る表面処理鋼材(本実施形態に係る表面処理鋼材)について説明する。
図1に示すように、本実施形態に係る表面処理鋼材1は、鋼材11と、鋼材11の表面に形成されたZnまたはZn合金を含むめっき層12と、めっき層12の表面に形成された化成処理被膜13と、を有する。
図1では、めっき層12及び化成処理被膜13は鋼材11の片面にのみ形成されているが、両面に形成されていてもよい。
また、本実施形態に係る表面処理鋼材1は、化成処理被膜13が、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、P及びFと、を含み、前記化成処理被膜の1.2mm×1.2mmの範囲において、顕微FT-IRの反射法で測定ピッチを19μmとして測定したときの、各測定位置での、2750~3000cm
-1の吸光度ピークの面積をAc、980~1180cm
-1の吸光度ピークの面積をAsi、1500~1700cm
-1の吸光度ピークの面積をAhとしたとき、Ac/(Ac+Asi+Ah)の、標準偏差が0.05~0.30であり、平均値が0.20~0.70であり、Ah/(Ac+Asi+Ah)の、標準偏差が0.02~3.00であり、平均値が0.02~0.30である。
【0012】
以下、鋼材11、めっき層12、被膜13についてそれぞれ説明する。
【0013】
<鋼材>
本実施形態に係る表面処理鋼材1は、めっき層12及び化成処理被膜13によって、優れた塗装密着性が得られる。そのため、鋼材11については、特に限定されない。鋼材11は、適用される製品や要求される強度や板厚等によって決定すればよく、例えば、鋼板であって、JIS G 3193:2019、JIS G 3131:2018、JIS G 3113:2018等に記載された熱延鋼板やJIS G 3141:2021、JIS G 3135:2018等に記載された冷延鋼板を用いることができる。
【0014】
<めっき層>
めっき層12は、ZnまたはZn合金を40質量%以上含むめっき層(亜鉛系めっき層)であれば、化学組成については限定されない。たとえば、JIS G 3313:2021、JIS G 3302:2019、JIS G 3323:2019、JIS G 3317:2019、またはJIS G 3321:2019で規定されているめっきが適用できる。
【0015】
めっき層12の付着量は限定されないが、耐食性向上のため、片面当たり、10g/m2以上であることが好ましい。一方、片面当たりの付着量が200g/m2を超えても耐食性が飽和する上、経済的に不利になる。そのため、付着量は200g/m2以下であることが好ましい。
【0016】
また、めっき層の種類も限定されない。例えば、溶融めっき層であってもよいし、電気めっき層であってもよい。
【0017】
<化成処理被膜>
[シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、P及びFと、を含む]
本実施形態に係る表面処理鋼材1が備える化成処理被膜13は、シランカップリング剤、リン酸化合物、フッ素化合物を含有する処理液(化成処理液)を、亜鉛系めっき層(亜鉛または亜鉛合金を含むめっき層)の上に、所定の条件で塗布し、乾燥させることによって得られる。そのため、本実施形態に係る表面処理鋼材1が備える化成処理被膜13は、造膜成分として、シランカップリング剤に由来するシロキサン結合(Si-O-Si結合:環状シロキサン結合、鎖状シロキサン結合を含む)を有するケイ素化合物を含み、インヒビター成分として、P、Fを含む。P及びFは、インヒビターとして、リン酸化合物及びフッ素化合物の状態で存在していると考えられる。
ケイ素化合物が造膜成分である場合、化成処理被膜の平均Si濃度は例えば10質量%以上となる。また、必要に応じて、化成処理被膜13はZr化合物やV化合物に由来するZrやVを含んでもよい。
本実施形態に係る表面処理鋼材1が備える化成処理被膜13は、実質的に有機樹脂を含まない。
【0018】
化成処理被膜が、P、Fを含むかどうかは、表面処理鋼材を蛍光X線分析装置にて、それぞれP、Fの存在有無を確認する方法で判断する。Zr、V等他の元素が含まれる場合にも同様に分析できる。各元素の検出強度が、被膜の存在しないめっき鋼材で測定した際の3倍以上であれば、当該元素が被膜に含まれていると判断する。
化成処理被膜が、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物を有するかどうかは、後述するFT-IRによって判断できる。
【0019】
[Ac/(Ac+Asi+Ah)の、標準偏差が0.05~0.30であり、平均値が0.20~0.70である]
[Ah/(Ac+Asi+Ah)の、標準偏差が0.02~3.00であり、平均値が0.02~0.30である]
化成処理被膜の塗装密着性は、化成処理被膜に存在する有機官能基量や水分量の影響を受ける。化成処理被膜に有機官能基が多く存在すると塗膜との密着性が向上し、水分が多く残存すると塗装密着性は低下する。すなわち、化成処理被膜中に水分が残存すると、塗膜(塗装)を塗布し、乾燥させた際に、塗膜と化成処理被膜との間に残存水分の蒸発による気泡が発生する。化成処理被膜を有する表面処理鋼材が高温の水に浸漬される環境では、水分子が塗膜中を拡散し、塗膜と化成処理界面にできた気泡内に侵入することにより塗膜と化成処理被膜との界面を広げるため、塗装密着性が低下すると考えられる。
そのため、本実施形態に係る表面処理鋼材では、塗装密着性向上に繋がる有機官能基の分布を均一に維持し、かつ、塗膜中の局部的な水分の残存を低減することで、塗装密着性を向上させる。
具体的には、化成処理被膜が、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、P及びFと、を含むことを前提とし、化成処理被膜の1.2mm×1.2mmの範囲において、顕微FT-IRの反射法で測定ピッチを19μmとして測定したときの、各測定位置での、2750~3000cm-1の吸光度ピークの面積をAc、980~1180cm-1の吸光度ピークの面積をAsi、1500~1700cm-1の吸光度ピークの面積をAhとしたとき、Ac/(Ac+Asi+Ah)の、標準偏差が0.05~0.30であり、平均値が0.20~0.70であり、Ah/(Ac+Asi+Ah)の、標準偏差が0.02~3.00であり、平均値が0.02~0.30である。
ここで、顕微FT-IRの測定において、2750~3000cm-1の吸光度ピークを示すのは、アルキレン基であり、980~1180cm-1の吸光度ピークを示すのは、シロキサン結合であり、1500~1700cm-1の吸光度ピークを示すのは、水分子である。
すなわち、Ac/(Ac+Asi+Ah)及びAh/(Ac+Asi+Ah)の標準偏差と平均値とが所定の範囲にあることは、シロキサン結合を有するSiOx骨格を主体とし、インヒビター成分として、リン酸化合物と、フッ素化合物を有する化成処理被膜において、化成処理被膜の骨格となるSiO結合に対するアルキレン結合の分布が均一であると共に、化成処理被膜中の水分子の分布が均一であることを意味する。この場合、塗膜と化成処理被膜との結合サイトを維持しながら、塗膜と化成処理被膜の間に気泡を生成させる水分子を低減させることができる。
Ac/(Ac+Asi+Ah)の標準偏差が0.30超である場合やAc/(Ac+Asi+Ah)の平均値が0.20未満であると、有機官能基が少ない部分が発生するため塗装密着性が悪くなる。一方で、Ac/(Ac+Asi+Ah)の平均値が0.70超であると、化成処理被膜の乾燥が不十分となり、耐食性が低下する。Ac/(Ac+Asi+Ah)の標準偏差は実際の製造のばらつき等を考慮すると、実質的に0.05未満とはならない。
また、Ah/(Ac+Asi+Ah)の標準偏差については、実質的に0.02未満にはならない。一方、Ah/(Ac+Asi+Ah)の標準偏差が3.00超である場合や、Ah/(Ac+Asi+Ah)の平均値が0.30超である場合は、被膜中の水分が多い箇所が存在し、塗装密着性が低下する。また、Ah/(Ac+Asi+Ah)の平均値が0.02未満であると、被膜の乾燥が過多となり、被膜とめっき層との密着性が低下して塗装密着性が低下する。
【0020】
Ac/(Ac+Asi+Ah)、Ah/(Ac+Asi+Ah)の平均値、標準偏差は、以下の方法で得られる。
Ac、Asi、Ahは、特許第7095547号に記載の試料保持具を備えた顕微FT-IR装置を用いて反射法で測定する。反射法による吸光度の測定は、赤外分光用15倍カセグレンレンズを用いて、化成処理鋼板表面の法線方向から40°傾斜した方向から赤外光を入射して、化成処理被膜表面の法線方向から40°傾斜した方向に反射される赤外光を検出する。この時、1.2mm×1.2mmの測定範囲全面にわたって赤外分光用15倍カセグレンレンズの焦点が外れないように上記試料保持具を用いて化成処理被膜の傾斜を調整する。そして、各点において測定される4000~800cm-1の赤外吸収スペクトルから、上述したアルキレン基、シロキサン結合、水分子に帰属される波数範囲の特定ピークについて吸光度をそれぞれ求める。まず、各点で測定した赤外吸収スペクトルにおいて、アルキレン基は2750cm-1と3000cm-1、シロキサン結合は980cm-1と1180cm-1、水分子は1500cm-1と1700cm-1をそれぞれ結んだ直線をベースラインとする。そして、赤外吸収スペクトルの吸光度からベースラインの吸光度を差し引いた値をそれぞれの波数範囲で積算した値を吸光度とする。
顕微FT-IRの反射法において、測定条件は以下の通りである。
測定面 :化成処理被膜の表面
測定範囲 :1.2mm×1.2mm
測定ピッチ:19μm
分解能 :8cm-1
積算回数 :256回
測定雰囲気:大気
【0021】
上記の測定で得られた各測定点でのAc、Asi、Ahを用いて計算されるAc/(Ac+Asi+Ah)の算術平均を行うことで、Ac/(Ac+Asi+Ah)の平均値が得られる。
また、上記の測定で得られた各測定点でのAc、Asi、Ahを用いて計算されるAc/(Ac+Asi+Ah)の分散の正の平方根を算出することで、Ac/(Ac+Asi+Ah)の標準偏差が得られる。
また、上記の測定で得られた各測定点でのAc、Asi、Ahを用いて計算されるAh/(Ac+Asi+Ah)の算術平均を行うことで、Ah/(Ac+Asi+Ah)の平均値が得られる。
また、上記の測定で得られた各測定点でのAc、Asi、Ahを用いて計算されるAh/(Ac+Asi+Ah)の分散の正の平方根を算出することで、Ah/(Ac+Asi+Ah)の標準偏差が得られる。
【0022】
化成処理被膜13の付着量は、100~2000mg/m2であることが好ましい。付着量が、100mg/m2未満であると、十分な効果が得られない場合がある。一方、付着量が2000mg/m2超であると、膜厚が厚くなりすぎて被膜が剥離するおそれがある。
【0023】
<製造方法>
次に、本実施形態に係る表面処理鋼材の好ましい製造方法について説明する。
本実施形態に係る表面処理鋼材は、製造方法に関わらず上記の特徴を有していればその効果を得ることができるが、以下に示す製造方法であれば、安定して製造できるので好ましい。
【0024】
すなわち、本実施形態に係る表面処理鋼材は、以下の工程を含む製造方法によって製造できる。
(I)鋼板などの鋼材の表面に、ZnまたはZn合金を含むめっき層を形成するめっき工程と、
(II)めっき層を有する鋼材に化成処理液を塗布する塗布工程と、
(III)化成処理液が塗布された鋼材を加熱して乾燥させ、その後冷却することで、化成処理被膜を形成する乾燥-冷却工程。
各工程について、好ましい条件を説明する。
【0025】
[めっき工程]
めっき工程では、鋼板などの鋼材を、ZnまたはZn合金を含むめっき浴に浸漬する(溶融めっきを行う)、または電気めっきを行うことで、表面にめっき層を形成する。めっき層の形成の方法や条件については特に限定されず、十分なめっき密着性が得られるように通常の方法で行えばよい。
また、めっき工程に供する鋼板や、その鋼板の製造方法については限定されない。めっき浴に浸漬する鋼板として、例えば、JIS G 3193:2019やJIS G 3113:2018に記載された熱延鋼板やJIS G 3141:2021やJIS G 3135:2018に記載された冷延鋼板を用いることができる。
めっき浴の組成は、得たいめっき層の化学組成に応じて調整すればよい。
鋼材をめっき浴から引き上げた後は、必要に応じて、ワイピングによって、めっき層の付着量を調整することができる。
【0026】
[塗布工程]
塗布工程では、ZnまたはZn合金を含むめっき層を有する鋼材に、シランカップリング剤、リン酸化合物、フッ素化合物を含む化成処理液(表面処理金属剤)を塗布する。
塗布工程において、表面処理金属剤の塗布方法については限定されない。例えばロールコーター、バーコーター、スプレーなどを用いて塗布することができる。
ただし、鋼材に塗布した表面処理剤に含まれる水分の蒸発を均一にし、尚且つ被膜中の有機分の揮発を抑制するために、塗布時の鋼材の温度(鋼板であれば板温)を40~50℃とする。例えば化成処理液(表面処理金属剤)をロールコーターによって塗布する場合、鋼材がロールコーターに突入するときの鋼材の温度を、40~50℃とする。
塗布時の鋼材の温度が50℃を超えると、表面処理金属剤中の有機分の揮発が進行する結果、アルキレン基の減少が大きくなり、目標の塗装密着性が得られない。また、塗布時の鋼材の温度が40℃未満では、化成処理被膜中の水分の残存が多くなり、目標の塗装密着性が得られない。
【0027】
化成処理液において、シランカップリング剤は、造膜成分として含まれる。シランカップリング剤としては、例えば分子中にアミノ基を一つ含有するシランカップリング剤(X)と、分子中にグリシジル基を一つ含有するシランカップリング剤(Y)とを固形分濃度比(X)/(Y)で0.5~1.7で配合して得られるSi化合物を用いてもよい。
【0028】
化成処理液に含まれるフッ素化合物としては、フッ化水素酸HF、ホウフッ化水素酸BF4H、ケイフッ化水素酸H2SiF6、ジルコンフッ化水素酸H2ZrF6、チタンフッ化水素酸H2TiF6などの化合物を例示することができる。化合物は、1種類または2種類以上の組み合わせであってもよい。この中でも、フッ化水素酸であることがより好ましい。フッ化水素酸を用いる場合、より優れた耐食性や塗装性を得ることができる。
【0029】
化成処理液に含まれるリン酸化合物は、化成処理被膜においてインヒビター成分としてのPとして残存する。このインヒビター成分としてのPによって、化成処理被膜の耐食性が向上する。
本実施形態において、化成処理液が含むリン酸化合物は、特に限定されないが、リン酸、リン酸アンモニウム塩、リン酸カリウム塩、リン酸ナトリウム塩などを例示することができる。この中でも、リン酸であることがより好ましい。リン酸を用いる場合、より優れた耐食性を得ることができる。
【0030】
化成処理液がZr化合物を含む場合、炭酸ジルコニウムアンモニウム、六フッ化ジルコニウム水素酸、六フッ化ジルコニウムアンモニウムなどを例示することが出来る。
また、V化合物を含む場合、2価~5価のバナジウム化合物であればよく、五酸化バナジウムV2O5、メタバナジン酸HVO3、メタバナジン酸アンモニウム、メタバナジン酸ナトリウム、オキシ三塩化バナジウムVOCl3、三酸化バナジウムV2O3、二酸化バナジウムVO2、オキシ硫酸バナジウムVOSO4、バナジウムオキシアセチルアセトネートVO(COCH3CH2COCH3)2、バナジウムアセチルアセトネートV(COCH3CH2COCH3)3、三塩化バナジウムVCl3、リンバナドモリブデン酸などを例示することができる。
【0031】
[乾燥-冷却工程]
乾燥-冷却工程では、化成処理液を塗布した鋼材を加熱して乾燥させ、焼き付ける。また、乾燥後は、室温(例えば20℃)まで冷却する。これにより、めっき層の表面に化成処理被膜が形成される。
本実施形態に係る表面処理鋼材を得る場合、乾燥-冷却工程では、加熱(乾燥)時のPMT(Peak Metal Temperature:鋼材の最高到達温度)を150~180℃とし、化成処理液の塗布からPMTに到達するまでの時間(昇温時間)を10~15秒とし、更にPMT(最高到達温度)に到達した後に表面処理鋼材を室温(20℃)まで冷却する際に要する時間(冷却時間)を5秒以下とする。
PMTが低すぎると、化成処理被膜中の水分や有機物の残存量が多くなり、Ac/(Ac+Asi+Ah)および/またはAh/(Ac+Asi+Ah)の標準偏差が大きくなって塗装密着性が劣化する。
一方、PMTが高すぎるとAc/(Ac+Asi+Ah)および/またはAh/(Ac+Asi+Ah)の標準偏差が小さくなりすぎて、塗装密着性が低下する。
昇温時間が短すぎると、部分的に乾燥が進行する部位が出てAc/(Ac+Asi+Ah)および/またはAh/(Ac+Asi+Ah)の標準偏差が大きくなって塗装密着性が劣化する。昇温時間が長すぎると、化成処理被膜の乾燥が進み過ぎて、Ac/(Ac+Asi+Ah)および/またはAh/(Ac+Asi+Ah)の標準偏差が小さくなりすぎて塗装密着性が低下する。
また、冷却時間が長すぎると、化成処理被膜の乾燥が進み過ぎて、Ac/(Ac+Asi+Ah)および/またはAh/(Ac+Asi+Ah)の標準偏差が小さくなりすぎて塗装密着性が低下する。冷却の際、冷却時間が所定の範囲となれば冷却方法は限定されないが、例えば5℃以下の冷風を、風量100L/秒以上で、表面処理鋼材に吹き付けることで達成できる。
【実施例0032】
表1に示すめっき層組成を有するめっきを有するめっき鋼板(金属板No.1~8)を準備した。めっき層の付着量は、70g/m2とした。金属板No.1は電気めっき、No.2~8は溶融めっきにより作製した。表1中、例えばZn-0.2%Alとは、0.2質量%のAlを含有し、残部がZn及び不純物からなる組成を示しており、Zn-6.0%Al-3.0%Mgとは、6.0質量%のAl、3.0質量%のMgを含有し、残部がZn及び不純物からなる組成を示しており、他も同様である。
めっき鋼板の基材は、JIS G 3141:2021を満足する冷延鋼板を用いた。
【0033】
このめっき鋼板に対し、No.132を除いて、アミノ基を一つ含有するシランカップリング剤(A)として、3-アミノプロピルトリメトキシシラン(A1)または、3-アミノプロピルトリエトキシシラン(A2)と、分子中にグリシジル基を一つ含有するシランカップリング剤(B)として、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシランの配合比率(A)/(B)を、固形分質量比として0.5~2.0(表2の通り)で配合して得られるSi化合物、リン酸由来のPの固形分質量(P)とSi化合物由来のSiの固形分質量(Si)との比(P/S)が0.2となるように配合するリン酸、ふっ素水素酸由来のFの固形分質量(F)とSi化合物由来のSiの固形分質量との比(F/S)が0.075となるように配合するふっ素水素酸、オキシ硫酸バナジウム由来のVの固形分質量(V)とSi化合物由来のSiの固形分質量との比(V/Si)が0.075となるように配合するオキシ硫酸バナジウム、を含む化成処理液を塗布した。
また、No.132ではアミノ基を一つ含有するシランカップリング剤(A)として、3-アミノプロピルトリメトキシシラン(A1)と、分子中にグリシジル基を一つ含有するシランカップリング剤(B)として、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシランとを、配合比率(A)/(B)が固形分質量比として0.5でありその他の組成は前記と同一の処理液に、ポリウレタン樹脂を含有させ、塗布した。
化成処理液の塗布時の板温は、表2に示す通りであった。
【0034】
化成処理液を塗布した後、熱風を、パンチングメタル(複数の貫通孔が存在する鋼板)を通して鋼板に吹き付けて、鋼板を表2の乾燥板温(PMT)まで平均昇温速度8~43℃/秒で加熱した。加熱時間(塗布からPMT到達までの時間)は、表2の通りであった。
その後、パンチングメタルを通して冷風を吹き付けることによって20℃まで冷却した。
これによって、No.101~No.132の表面処理鋼材を得た。
No.132では、No.102と同様の組成の被膜(化成処理被膜)に、さらにNo.102の被膜量の0.25倍の重量のポリウレタン樹脂を含む被膜を有する表面処理鋼材が得られた。
【0035】
【0036】
得られた表面処理鋼材に対し、上述の方法で、化成処理被膜に、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、P及びFとが含まれるかどうか確認した。その結果、いずれの例においても、化成処理被膜に、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、P及びFが含まれていた。
【0037】
また、得られた表面処理鋼材に対し、特許第7095547号に記載の試料保持具を備えた顕微FT-IR装置を用い、上述の要領で、Ac/(Ac+Asi+Ah)並びにAh/(Ac+Asi+Ah)の、標準偏差及び平均値を測定した。
結果を表3に示す。
【0038】
また、以下の方法で、塗装密着性、及び、導電性の評価を行った。結果を表3に示す。
【0039】
<塗装密着性I>
メラミンアルキッド系塗料を、焼付け乾燥後の膜厚が25μmとなるようにバーコートで塗布し、120℃で20分焼付けた後、1mm碁盤目にカットし、残個数割合(残個数/カット数:100個)にて密着性の評価を行った。
<評価基準>
S=100%
AA=95%以上
A=90%以上95%未満
B=90%未満
Sであれば、上記条件での塗装密着性に優れると判断した。
【0040】
<塗装密着性II>
メラミンアルキッド系塗料を焼付け乾燥後の膜厚が25μmとなるようにバーコートで塗布し、120℃で20分焼付けた後、98℃の水中に15分浸漬し、その後、1mm碁盤目にカットし、残個数割合(残個数/カット数:100個)にて密着性の評価を行った。
<評価基準>
S=100%
AA=95%以上
A=90%以上95%未満
B=90%未満
A以上(A、AA、またはS)であれば、上記条件での塗装密着性に優れると判断した。
【0041】
<導電性>
JIS C 2550-4:2011のA法を用いて、10個の接触子電極の合計面積が1000mm2の条件で層間抵抗係数を測定した。
Aであれば十分な導電性を有すると判断した。
(導電性の評価基準)
A =層間抵抗係数が300Ω・mm2未満
B =層間抵抗係数が300Ω・mm2以上
【0042】
【0043】
【0044】
表1~表3の結果から分かるように、本発明例では、Ac/(Ac+Asi+Ah)の標準偏差及び平均値、並びにAh/(Ac+Asi+Ah)の標準偏差及び平均値が本発明範囲にあり、塗装密着性I(塗装直後)だけでなく、塗装密着性II(沸騰水浸漬後)にも優れ、かつ、導電性にも優れていた。
これに対し、比較例では、Ac/(Ac+Asi+Ah)の標準偏差及び平均値並びにAh/(Ac+Asi+Ah)の標準偏差及び平均値のうち、1つ以上が本発明範囲から外れることで、塗装密着性IIに劣っていた。また、化成処理被膜にポリウレタンを含む場合、塗装密着性は優れていたが、導電性に劣っていた。