(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024167983
(43)【公開日】2024-12-05
(54)【発明の名称】セレクタブルクラッチ
(51)【国際特許分類】
F16D 41/08 20060101AFI20241128BHJP
【FI】
F16D41/08 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023084344
(22)【出願日】2023-05-23
(71)【出願人】
【識別番号】000003355
【氏名又は名称】株式会社椿本チエイン
(74)【代理人】
【識別番号】100153497
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 信男
(74)【代理人】
【識別番号】100138254
【弁理士】
【氏名又は名称】澤井 容子
(72)【発明者】
【氏名】榑松 勇二
(57)【要約】
【課題】簡便な構造で、フリクションロスの低減や騒音発生の防止を図りつつ、小型化及び長寿命化を実現可能な噛み合いクラッチを提供する。
【解決手段】セレクタ150を備えたセレクタブルクラッチ100において、内輪110及び外輪120の一方に支持溝部111が形成されると共に他方にポケット部112が形成され、内輪110と外輪120の間に配置されたローラ130をポケット部112に向けて付勢するよう弾性部材150が設けられ、支持溝部111のローラ保持面112及びポケット部112のローラ保持面122が、ローラ130を挟み込んだときにポケット部125に向かう荷重がローラ130に作用する傾斜角度で形成され、ロック状態においてローラ130が支持溝部111、ポケット部112及びセレクタ150によって保持されるよう構成される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
同軸上に相対回転可能に設けられた円筒状の内輪及び円筒状の外輪と、前記内輪と前記外輪との間に配置された複数のローラと、前記ローラを径方向に付勢する弾性部材とを備えたセレクタブルクラッチであって、
前記内輪の外周面及び前記外輪の内周面の一方に、前記ローラを収容可能に構成され周方向に対し傾斜するローラ保持面を有するポケット部が形成される共に、前記内輪の外周面及び前記外輪の内周面の他方に、周方向に対し傾斜するローラ保持面を有する支持溝部が形成され、
前記弾性部材は、前記ローラを前記ポケット部に向けて付勢するよう設けられ、
前記内輪及び前記外輪のうち前記ポケット部が形成された一方と軸方向に前後して前記内輪及び前記外輪と独立して回転可能に配置されたセレクタを備え、前記セレクタは、前記ローラが前記支持溝部に支持された状態において前記ローラに当接するローラ保持面を有し、前記ローラを径方向に移動させることで前記内輪及び前記外輪の相対回転を許容するフリー状態と前記内輪及び前記外輪の相対回転を禁止するロック状態とを切り替え可能に構成され、
前記ポケット部のローラ保持面及び前記支持溝部のローラ保持面は、前記ローラを挟み込んだときに、前記ローラを前記ポケット部に向けて移動させる方向の荷重が作用する傾斜角度で形成され、
ロック状態において前記ローラが前記支持溝部のローラ保持面、前記ポケット部のローラ保持面及び前記セレクタのローラ保持面で保持されるよう構成されていることを特徴とするセレクタブルクラッチ。
【請求項2】
前記ポケット部が前記外輪の内周面に形成されていると共に前記支持溝部が前記内輪の外周面に形成されていることを特徴とする請求項1に記載のセレクタブルクラッチ。
【請求項3】
前記セレクタは、前記ローラが前記ポケット部内に収容されて前記セレクタブルクラッチがフリー状態とされているときに、前記ローラを収容可能に構成されたローラ収容凹部を有し、
前記ローラ収容凹部は、前記セレクタの回転に伴って前記ローラを前記支持溝部に向かって径方向に移動させるよう構成されたガイド面を有することを特徴とする請求項1に記載のセレクタブルクラッチ。
【請求項4】
前記内輪及び前記外輪のうち前記ポケット部が形成された一方には、軸方向に延びるピン部材が設けられ、
前記セレクタには、前記ピン部材が摺動可能に挿入され前記セレクタの可動範囲を規制する回転規制溝部が設けられていることを特徴とする請求項1に記載のセレクタブルクラッチ。
【請求項5】
前記支持溝部の開口縁部がC面取り形状またはR面取り形状となっていることを特徴とする請求項1に記載のセレクタブルクラッチ。
【請求項6】
前記セレクタがロック方向に回転されたときに、圧縮方向に弾性変形可能に設けられた待機スプリングを備えることを特徴とする請求項1に記載のセレクタブルクラッチ。
【請求項7】
前記セレクタを前記内輪及び前記外輪と独立して回転駆動させるセレクタ駆動機構を備え、
前記セレクタ駆動機構は、前記セレクタに連結され前記噛み合いクラッチをフリー状態とするフリー位置と前記噛み合いクラッチをロック状態に保持するロック位置との間で往復動可能な駆動ロッドとを備え、
前記待機スプリングは、前記駆動ロッドが挿通状態で設けられたコイル状スプリングにより構成され、
前記駆動ロッドの可動範囲を規制する位置規制部を備えることを特徴とする請求項6に記載のセレクタブルクラッチ。
【請求項8】
セレクタブルクラッチがロック状態とされたときに、前記セレクタの位置を保持するロック位置保持機能を有することを特徴とする請求項1に記載のセレクタブルクラッチ。
【請求項9】
前記弾性部材は、前記複数のローラの各々に共通のものであることを特徴とする請求項1に記載のセレクタブルクラッチ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外輪及び内輪の正逆両方向の相対的な回転動作を許容するフリー状態と、外輪及び内輪の正逆いずれか一方向または両方向の相対的な回転動作を禁止するロック状態とを切り替え可能に構成されたセレクタブルクラッチに関する。
【背景技術】
【0002】
入力軸側から出力軸側へのトルクを伝達または遮断するクラッチとして、例えば入力軸側と出力軸側とを機械的噛み合いによって連結するラチェット型の噛み合いクラッチが知られている。
【0003】
このようなクラッチとしては、例えば、外輪の内周部に回動可能に設けられたトルク伝達部材である複数の爪部材(ポール)と、内輪の外周部に設けられ爪部材が噛み合う歯部とからなるラチェット機構を備えた構成のものが公知である(例えば特許文献1乃至特許文献4等参照。)。
例えば、特許文献1に記載のラチェット型のクラッチにおいては、スプリングによって径方向内側に付勢された複数の第1の爪部材と、スプリングによって径方向内側に付勢され周方向の向きが第1の爪部材とは異なる複数の第2の爪部材とを備え、第1の爪部材が、内輪の一方の回転をロックすると共に内輪の他方の回転を可能とし、第2の爪部材が、内輪の一方の回転を可能とすると共に内輪の他方の回転をロックするようになっている。
また、内輪の中心軸線方向一方側に隣接して内輪と同軸上に環状の切り替えプレートが配置されており、切り替えプレートを回転させることで、内輪の歯部に対する第1の爪部材および第2の爪部材の噛み合い状態と非噛み合い状態との組み合わせが変更可能となっている。
【0004】
また、ラチェット型のクラッチとしては、例えば、各々平らなクラッチ面を有するポケットプレート及びノッチプレートが、クラッチ面が対向する状態で、相対回転可能に配置され、ポットプレートのクラッチ面に形成された複数の収容凹部の各々にストラットが収容配置されると共に、ノッチプレートのクラッチ面に複数のノッチ(係合凹部)が形成された構成のものも公知である(例えば特許文献5等参照。)。
このラチェット型のクラッチにおいては、収容凹部内に設けられたスプリングによって各ストラットがノッチプレート側に付勢されており、ノッチプレートがポケットプレートに対して係合方向に相対回転すると、ストラットの一部分が係合凹部に係合して動力伝達可能な状態になり、ノッチプレートがポケットプレートに対して係合方向の反対方向に相対回転すると、ストラットと係合凹部との係合が解除されて動力伝達不能な状態になるよう構成されている。
また、ポケットプレートとノッチプレートとの間には、ポケットプレートに対して相対回転可能なセレクトプレートが配置されており、セレクトプレートの相対回転によって動力伝達可能な状態と、動力伝達不能な状態とを切り替えることが可能となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2021-156432号公報
【特許文献2】特開2022-047794号公報
【特許文献3】特開2022-038806号公報
【特許文献4】特開2022-165688号公報
【特許文献5】特開2021-102980号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
而して、フリー状態とロック状態とを切り替え可能に構成されたセレクタブルクラッチにおいては、ロック状態からフリー状態に切り替えるときに、トルク伝達部材に作用する荷重が、トルクが減少するまで残ることとなるため、フリー状態への切り替えが困難である、という問題がある。
また、爪部材やストラットなどのトルク伝達部材はスプリングによってロック方向に付勢された構成とされているため、フリー状態において内輪が外輪に対し相対回転しているときに、ロック状態となるようセレクタが何らかの理由により駆動されると、急激な噛み合いにより衝撃による欠けや破損が生ずるおそれがある。
さらにまた、爪部材を備えたラチェット型のクラッチにおいては、内輪を回転させる構成とする場合に、外輪側に爪部材を設け、内輪側に係合部を設けた構成とすると、セレクタを内輪側に配置する必要があるため、アクチュエータなどの駆動源からセレクタへのアプローチが困難となる。一方、内輪側に爪部材を設け、外輪側に係合部を設けた構成とすると、爪部材も内輪と共に回転することとなり、遠心力の影響を受けることとなる。
さらにまた、爪部材を備えたラチェット型のクラッチにおいては、二方向クラッチとして構成する場合には、対をなす爪部材を対抗して配置することが必要となるため、大型なものとなり易く、高トルク対応が難しい、といった問題や、爪部材はトルクを受ける面が狭く高面圧になり易いため、衝撃による欠けや摩耗などが懸念される、といった問題もある。
【0007】
本発明は、以上のような事情に基づいてなされたものであり、簡便な構造で、フリクションロスの低減や騒音発生の防止を図りつつ、小型化及び長寿命化を実現可能なセレクタブルクラッチを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、同軸上に相対回転可能に設けられた円筒状の内輪及び円筒状の外輪と、前記内輪と前記外輪との間に配置された複数のローラと、前記ローラを径方向に付勢する弾性部材とを備えたセレクタブルクラッチであって、前記内輪の外周面及び前記外輪の内周面の一方に、前記ローラを収容可能に構成され周方向に対し傾斜するローラ保持面を有するポケット部が形成される共に、前記内輪の外周面及び前記外輪の内周面の他方に、周方向に対し傾斜するローラ保持面を有する支持溝部が形成され、前記弾性部材は、前記ローラを前記ポケット部に向けて付勢するよう設けられ、前記内輪及び前記外輪のうち前記ポケット部が形成された一方と軸方向に前後して前記内輪及び前記外輪と独立して回転可能に配置されたセレクタを備え、前記セレクタは、前記ローラが前記支持溝部に支持された状態において前記ローラに当接するローラ保持面を有し、前記ローラを径方向に移動させることで前記内輪及び前記外輪の相対回転を許容するフリー状態と前記内輪及び前記外輪の相対回転を禁止するロック状態とを切り替え可能に構成され、前記ポケット部のローラ保持面及び前記支持溝部のローラ保持面は、前記ローラを挟み込んだときに、前記ローラを前記ポケット部に向けて移動させる方向の荷重が作用する傾斜角度で形成され、ロック状態において前記ローラを前記支持溝部のローラ保持面、前記ポケット部のローラ保持面及び前記セレクタのローラ保持面で保持するよう構成することにより、前記課題を解決するものである。
【発明の効果】
【0009】
本請求項1に係る発明によれば、ロック状態においてローラを支持溝部のローラ保持面、ポケット部のローラ保持面及びセレクタのローラ保持面で保持するよう構成されることで、トルク伝達時におけるワインドアップ(弾性変形)が発生することがなく、噛み合いクラッチを高い剛性を有するものとして構成することが可能となると共に、安定した噛み合いを簡単な構造で実現可能である。
しかも、弾性部材がローラをポケット部に向けて付勢するよう設けられ、ポケット部及び支持溝部の各々のローラ保持面が、ローラを挟み込んだときに、ローラをポケット部に向けて移動させる方向の荷重が作用する傾斜角度で形成されることで、フリー状態においてローラが内輪または外輪から離脱されるため、フリクションロスの低減化及び低騒音化を図ることが可能であり、しかもロック状態からフリー状態への切り替えるときに、トルクが残っていても、セレクタを小さな力で容易に回転させることが可能であるため、セレクタを回転させることで、ローラを支持溝部から離脱させてロック状態を容易に解除することができる。また、ポケット部及び支持溝部の一方または両方における正転方向のローラ保持面及び逆転方向のローラ保持面の傾斜角度を適宜変更することで、正転方向及び逆転方向の両方向においてトルク分担荷重の変更が可能となり、機能安定性の向上を容易に図ることが可能である。
また、小さいスペースに多くのローラを配置することができると共に正転逆転両方向のロックを一つのローラで実現することができるため、小型化を図ることが可能であると共に高いトルクの伝達が可能となる。
さらにまた、噛み合い時においてポケット部のローラ保持面、支持溝部のローラ保持面及びセレクタのローラ保持面でローラを保持することで、トルクを受ける面が多くなってトルクを分散させることができるため、ローラ及び該ローラを挟み込むローラ保持面に作用する面圧を低くすることができる。これにより、衝撃による欠けや摩耗に強い安価な材料で設計可能となると共に、ローラ自体が回転するため、同一個所での噛み合いとはなりにくく耐久性を向上することが可能となり、長寿命化を図ることが可能となる。
【0010】
本請求項2に係る発明によれば、ポケット部が外輪の内周面に形成され、支持溝部が内輪の外周面に形成されることで、内輪を回転させる構成であっても、セレクタを外輪側に配置することが可能であるため、セレクタを回転駆動させる駆動機構のセレクタへのアプローチが容易なものとなる共に、ローラの保持が外輪側で行われるため、遠心力の影響を受けることがない。
【0011】
本請求項3に係る発明によれば、セレクタを回転させることで、ポケット部内に収容されたローラをローラ収容凹部のガイド面の作用によって支持溝部に向かって容易に径方向に移動させることできるので、フリー状態からロック状態への切り替えを容易に行うことが可能であると共に確実なロックを実現可能である。
【0012】
本請求項4に係る発明によれば、ピン部材と回転規制溝部とによりセレクタの可動範囲を規制することで、セレクタのオーバーランニングを防止することが可能となり、フリー状態とロック状態との切り替えを確実に行うことができる。
【0013】
本請求項5に係る発明によれば、支持溝部の開口縁部がC面取り形状またはR面取り形状となっていることで、内輪及び外輪のうち支持溝部が形成された一方が一定の回転速度以上で回転しているときに、セレクタの誤操作または誤作動によりローラが支持溝部側に移動しようとしても、ローラが面取り部によってポケット部側に弾かれるため、内輪と外輪とが噛み合うことを回避することができて高い安全性を得ることができる。
【0014】
本請求項6に係る発明によれば、フリー状態からロック状態に切り替えるときに、ポケット部と支持溝部との位相が合っていない場合には、待機スプリングが圧縮されることでセレクタの回転が阻止されるため、ロック待機状態に維持可能であり、ポケット部と支持溝部との位相が合い次第、待機スプリングによる付勢力が開放されることでセレクタが回転されてロックすることが可能となる。このため、急激な噛み合いにより衝撃による欠けや破損を確実に防止することができ、長寿命化を図ることが可能となると共に高い安全性を確保することが可能となる。
【0015】
本請求項7に係る発明によれば、セレクタ駆動機構における駆動ロッドの可動範囲を規制する位置規制部を備えることで、待機スプリングが過度に圧縮されることによる付勢力によってセレクタの過剰な作動を回避することができ、セレクタのオーバーランニングを一層確実に防止することが可能となる。
【0016】
本請求項8に係る発明によれば、ロック位置保持機能を有することにより、セレクタが振動などにより期せずして回転することを確実に防止することができ、ロック状態を保持することが可能である。
【0017】
本請求項9に係る発明によれば、弾性部材が複数のローラの各々に共通のものであることにより、部品点数を削減することが可能となると共に小型化が容易となる。また、内輪及び外輪のうち支持溝部が形成された一方が一定の回転速度以上で回転しているときに、内輪と外輪とが噛み合わないようにするための付勢力の設定が容易となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の第1実施形態に係るセレクタブルクラッチの一構成例を示す、軸方向前方側から見た平面図である。
【
図2】
図1に示すセレクタブルクラッチにおけるクラッチ機構の構成を示す、回転軸心に沿った一部断面図である。
【
図3】
図1に示すセレクタブルクラッチにおけるクラッチ機構の構成を示す、
図2とは異なる位置における回転軸心に沿った一部断面図である。
【
図4】
図1に示すセレクタブルクラッチにおけるクラッチ機構の要部構成を拡大して示す平面図である。
【
図5】ロック状態においてローラに作用する荷重を示すベクトル図である。
【
図6A】
図1に示すセレクタブルクラッチがフリー状態とされているときの概略図である。
【
図6B】
図1に示すセレクタブルクラッチをフリー状態からロック状態に切り替えるにあたって、駆動ロッドがロック位置に向けて駆動されたときの状態を示す概略図である。
【
図6C】
図1に示すセレクタブルクラッチがロック待機状態にあるときの概略図である。
【
図6D】
図1に示すセレクタブルクラッチがロック状態に切り替えられたときの概略図である。
【
図7】本発明に係るセレクタブルクラッチの他の構成例を示す斜視図である。
【
図8】本発明に係るセレクタブルクラッチのさらに他の構成例を示す、軸方向前方側から見た平面図である。
【
図9】
図8に示すセレクタブルクラッチにおけるセレクタ駆動機構の回転軸心に垂直な断面を概略的に示す図である。
【
図10A】
図8に示すセレクタブルクラッチがロック待機状態にあるときの概略図である。
【
図10B】
図6に示すセレクタブルクラッチがロック状態に切り替えられたときの概略図である。
【
図11】本発明に係るセレクタブルクラッチのさらに他の構成例におけるクラッチ機構の構成を示す側面図である。
【
図13】
図11に示すクラッチ機構の一部を概略的に示す平面図である。
【
図14A】ロック位置保持機構におけるプランジャが作動した状態を概略的に示す図である。
【
図14B】セレクタブルクラッチがロック状態に保持されているときの状態を概略的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<第1実施形態>
このセレクタブルクラッチ100は、
図1及び
図2に示すように、セレクタ150を備えたクラッチ機構101と、セレクタ駆動機構105とを備える。
クラッチ機構101は、同軸上に相対回転可能に設けられた内輪110及び外輪120と、内輪110の外周面と外輪120の内周面との間に配置された複数のローラ130と、複数のローラ130を径方向に付勢する弾性部材140と、内輪110及び外輪120の正逆両方向の相対的な回転動作を許容するフリー状態と内輪110及び外輪120の正逆両方向の相対的な回転動作を禁止するロック状態とを切り替え可能に構成されたセレクタ150とを備える。
図1及び
図2におけるCは回転軸心である。
【0020】
本実施形態においては、
図3にも示すように、内輪110は2段円筒形状をなすよう構成され、小径筒状部111と、小径筒状部111の一端に連続する大径筒状部112とを有する。
外輪120は、円環板状の基体部121と、基体部121の内周縁から軸方向に突出して延びる円筒状の支持壁部122と、基体部121の外周面に設けられた取付部123とを備える。支持壁部122の開口端部には、座ぐり状の凹部が形成されており、弾性部材140が配置可能となっている。
【0021】
内輪110の外周面と外輪120の内周面とは、互いに近接して対向しており、本実施形態においては、
図4にも示すように、内輪110の外周面に、複数の支持溝部115が周方向に所定間隔で形成されていると共に、外輪120の内周面に、複数のローラ130の各々に対応する複数のポケット部125が形成されている。ここで、本実施形態においては、6つのローラ130が周方向に所定間隔で並んだ位置に配置された構成とされているが、支持溝部115は、ローラ130の数より多く形成されている。
内輪110の外周面に支持溝部115が形成され、外輪120の内周面にポケット部125が形成された構成とされることで、内輪110を回転させる構成であっても、セレクタ150を外輪120側に配置することが可能であるため、セレクタ駆動機構105のセレクタ150へのアプローチが容易なものとなっている共に、ローラ130の保持が外輪120側で行われるため、遠心力の影響を受けないようになっている。
【0022】
支持溝部115は、周方向に対し傾斜するローラ保持面116を有し、回転軸方向に延びるよう形成されている。
本実施形態においては、支持溝部115は、ローラ130の周面の一部を受容してローラ130を支持可能な断面形状が例えば円弧状の凹溝により構成され、ローラ保持面116は溝部の側面により構成されている。
支持溝部115の開口縁部は、C面取り形状となっている。
【0023】
ポケット部125は、ローラ130を収容可能に構成され周方向に対し傾斜するローラ保持面126を有する。
本実施形態においては、ポケット部125は、支持壁部122の一端面から回転軸方向に延びるよう形成され断面形状が例えば等脚台形と該等脚台形の2つの等辺に接する円とを結合した形状の凹溝により構成されている。ローラ保持面126は凹溝の側面により構成されている。
本実施形態においては、ポケット部125における正転方向のローラ保持面126及び逆転方向のローラ保持面126の各々の径方向に対する傾斜角度を、互いに同一の大きさとした構成とされているが、角度差を設けて各ローラ保持面を形成した構成とされていてもよい。このような構成によれば、正転方向及び逆転方向の両方向においてトルク分担荷重の変更が可能となり、機能安定性の向上を容易に図ることが可能となる。
【0024】
複数のローラ130の各々は、ポケット部125内に収容された状態において外輪120における基体部121の一端面より軸方向外方に突出する形状に構成され、突出部分の周面に周方向の全周にわたって延びるスプリング装着溝131が形成されている。
複数のローラ130の各々は、
図2に示すように、ポケット部125における軸方向他端側の端壁と、軸方向一端側に設けられた円環板状の止め板180とによって軸方向への移動が規制されている。
【0025】
弾性部材140は、複数のローラ130の各々に共通のものであって、各ローラ130をポケット部125に向けて径方向外方に付勢するようにローラ130のスプリング装着溝131に対し内方側から装着されている。すなわち、弾性部材140は、ローラ130の保持が外輪120側で行われるよう設けられ、セレクタブルクラッチ100がフリー状態を維持するようにローラ130を付勢している。
本実施形態においては、弾性部材140は、環状のガータースプリングにより構成されているが、例えばリボンスプリングなどにより構成されてもよい。
弾性部材140として複数のローラ130の各々に共通のものを用いることで、部品点数の削減が図られていると共に小型化が図られている。また、内輪110が一定の回転速度以上で回転しているときに、内輪110と外輪120とが噛み合わないようにするための付勢力の設定が容易となっている。
【0026】
セレクタ150は、円筒状部材により構成され、ポケット部125が形成された外輪120と軸方向に前後して内輪110及び外輪120と同軸上に配置されている。
セレクタ150は、内輪110及び外輪120と独立して回転可能に設けられており、回転されることでローラ130を径方向に移動させ、セレクタブルクラッチ100をフリー状態とロック状態との間で切り替えることが可能となるように構成されている。本実施形態においては、セレクタブルクラッチ100がフリー状態にあるときに、セレクタ150をロック方向(
図1において反時計方向)に回転させることで、ポケット部121内に収容されたローラ130を支持溝部111に向かって径方向内方に移動させるようになっている。また、セレクタブルクラッチ100がロック状態にあるときに、セレクタ150を反ロック方向(
図1において時計方向)に回転させることで、支持溝部115に支持されたローラ130をポケット部125に向かって径方向外方に移動させるようになっている。
【0027】
セレクタ150の内周面は、ローラ130が支持溝部115に支持された状態においてローラに当接するローラ保持面151を構成している(
図5参照)。
セレクタ150の内周面には、
図4に示すように、ローラ130がポケット部125内に収容されてセレクタブルクラッチ100がフリー状態とされているときに、ローラ130を収容可能に構成されたローラ収容凹部152が形成されている。
ローラ収容凹部152は、セレクタ150のロック方向への回転に伴ってローラ130を支持溝部115に向かって径方向に移動させるよう構成されたテーパー状のガイド面153を有する。
【0028】
このセレクタブルクラッチ100は、セレクタ150の可動範囲を規制する回転規制機構を備えている。
本実施形態においては、回転規制機構は、ポケット部125が形成された外輪120の基体部121の一面において軸方向に延びるよう立設されたピン部材127と、セレクタ150の内周面において周方向に延びるよう形成されピン部材127が摺動可能に挿入される回転規制溝部156とにより構成されている。
【0029】
セレクタ駆動機構105は、
図1に示すように、一方向(
図1において左右方向)に進退可能に駆動される駆動軸161を備えたリニア式のアクチュエータ160と、一端部が駆動軸161に連結されると共に他端部がセレクタ150の外周面に設けられた軸受部155に連結されセレクタブルクラッチ100をフリー状態とするフリー位置とセレクタブルクラッチ100をロック状態に保持するロック位置との間で前記一方向に往復動可能な駆動ロッド165と、駆動ロッド165をロック位置方向に移動させてセレクタ150をロック方向に回転させたときに圧縮方向に弾性変形可能となるよう配置された待機スプリング170とを備える。
本実施形態では、待機スプリング170は、コイル状スプリングからなり、駆動ロッド165が挿通状態で設けられている。
【0030】
アクチュエータ160は、セレクタブルクラッチ100をロック状態としたときに、駆動ロッド165をロック位置に固定してセレクタ150の位置を保持するロック位置保持機能を有する。これにより、セレクタ150が振動などにより期せずして回転することを確実に防止することができ、ロック状態を保持することができるようになっている。
また、このセレクタブルクラッチ100は、駆動ロッド165の可動範囲を規制するロッド位置規制機構を備えている。
本実施形態においては、
図1に示すように、前記一方向におけるロック位置より外方側に位置される外輪120における取付部123に位置規制部124が設けられることで、ロッド位置規制機構が構成されている。
【0031】
而して、上記のセレクタブルクラッチ100においては、支持溝部115のローラ保持面116及びポケット部125のローラ保持面126は、ローラ130を挟み込んだときに、ローラ130をポケット部125に向けて移動させる方向の荷重がローラ130に作用する傾斜角度で形成され、ロック状態においてローラ130を支持溝部115のローラ保持面116、ポケット部125のローラ保持面126及びセレクタ150のローラ保持面151で保持するよう構成されている。
【0032】
具体的に説明すると、
図5に示すように、内輪110及び外輪120の噛み合い時に、ローラ130に作用するローラ荷重がTr[N]であるとすると、ローラ130は、支持溝部115のローラ保持面116から(Tr・sinθ
1 )で示される内輪垂直抗力Tb[N]を受ける。θ
1 は、(90°-θn)で示される角度[°]であり、θnは、ローラ保持面116が径方向に対してなす荷重作用面角度[°]である。
また、ポケット部125は、ローラ130からポケット部125のローラ保持面126に沿った方向に(Tb・cosθ
2 )で示されるローラ保持面126に平行な分力Tc[N]が作用すると共に、ローラ保持面126に対し垂直方向に(Tb・sinθ
2 )で示される垂直抗力Td[N]が作用する。θ
2 は、(90°-(θn-θg))で示される角度[°]であり、θgは、ローラ保持面126が径方向に対してなす角度[°]である。また、ローラ保持面126の摩擦係数をμとすると、ローラ保持面126に対しμ・Tdで示される摩擦力Tf[N]が作用する。
従って、ローラ130には、ポケット部125のローラ保持面126に沿った方向に、ポケット部125に向かう(Tc-μTd)で示される押し出し荷重Nc[N]が作用し、径方向外方には(Nc・cosθ
2 )で示される分力N[N]が作用する。このため、押し出し荷重Ncの分力Nと弾性部材140による付勢力をセレクタ150のローラ保持面151で受けることで内輪110と外輪120とを噛み合わせることができると共に、セレクタ150を反ロック方向に回転させてセレクタ150をローラ130から外すことでロックを解除することができるようになっている。
【0033】
本実施形態に係るセレクタブルクラッチ100においては、駆動ロッド165がフリー位置に位置されてセレクタブルクラッチ100がフリー状態に維持されているときには、
図6Aに示すように、ローラ130は、弾性部材140によって付勢されて外輪120におけるポケット部125内及びセレクタ150におけるローラ収容凹部152内に位置されている。従って、回転する内輪110に対しローラ130が離脱しているため、フリクションロスの低減化及び低騒音化を図ることが可能となっている。
【0034】
セレクタブルクラッチ100をフリー状態からロック状態に切り替えるにあたって、駆動ロッド165をロック位置に向けて駆動させると、
図6Bに示すように、セレクタ150がロック方向に回転してセレクタ150におけるローラ収容凹部152のガイド面153がローラ130に当接する。
このとき、セレクタ駆動機構105が待機スプリング170を備えることで、内輪110の支持溝部115と外輪120のポケット部125との位相が合っていない場合には、
図6Cに示すように、駆動ロッド165がロック位置まで移動される一方で、セレクタ150の回転が阻止されて待機スプリング170が圧縮される。従って、セレクタブルクラッチ100は、ロック待機状態を維持する。
内輪110が一定の回転速度以上で回転しているときには、セレクタ150の誤操作または誤作動によりローラ130が支持溝部115側に移動しようとしても、支持溝部115の開口縁部がC面取り形状となっているため、ローラ130が面取り部によってポケット部125側に弾かれる。これにより、内輪110と外輪120との急激な噛み合いにより衝撃による欠けや破損を確実に防止することができ、長寿命化を図ることが可能となっていると共に高い安全性を確保することが可能となっている。
【0035】
支持溝部115とポケット部125との位相が合うと、
図6Dに示すように、待機スプリング170による付勢力が開放されることでセレクタ150がロック方向に回転し、ローラ130がローラ収容凹部152のガイド面153の作用によって支持溝部115に向かって径方向に移動する。
このとき、ピン部材127と回転規制溝部156とによりセレクタ150の可動範囲が規制されることで、セレクタ150のオーバーランニングを防止することが可能となり、フリー状態とロック状態との切り替えを確実に行うことができるようになっている。
また、セレクタブルクラッチ100がロック待機状態に保持されるときに、駆動ロッド165の可動範囲を規制する位置規制部124を備えることで、待機スプリング170が過度に圧縮されることが防止されるため、待機スプリング170自体が破損することを回避することができると共に待機スプリング170の付勢力の開放によりセレクタ150の過剰な作動を回避することができ、セレクタ150のオーバーランニングを一層確実に防止することが可能となっている。
【0036】
ローラ130が支持溝部115に移動すると、ローラ130を支持溝部115のローラ保持面116とポケット部125のローラ保持面126とで周方向に挟み込むと共にセレクタ150のローラ保持面151がローラ130に当接することで、内輪110と外輪120とが噛み合うようになっている。
このような噛み合い方式であることで、摩擦クラッチのようにトルク伝達時におけるワインドアップ(弾性変形)が発生することがなく、セレクタブルクラッチ100を高い剛性を有するものとして構成することが可能となっていると共に、安定した噛み合いを簡単な構造で実現可能となっている。しかも、噛み合い時におけるローラ130及びローラ保持面116,126,151に作用する面圧を低くすることができるため、衝撃による欠けや摩耗に強い安価な材料で設計可能となると共に、ローラ130自体が回転するため、同一個所での噛み合いとはなりにくく耐久性を向上することが可能となり、長寿命化を図ることが可能となっている。さらにまた、小さいスペースに多くのローラ130を配置することができると共に正逆両方向のロックを一つのローラ130で実現することができるため、小型化が図られていると共に高いトルクの伝達が可能となっている。
【0037】
一方、セレクタブルクラッチ100をロック状態からフリー状態に切り替える際には、駆動ロッド165をロック位置からフリー位置に向けて駆動させることでセレクタ150を反ロック方向に回転させる。このとき、弾性部材140がローラ130をポケット部125に向けて付勢するよう設けられ、ポケット部125のローラ保持面126及び支持溝部115のローラ保持面116がローラ130を挟み込んだときに、ローラ130をポケット部125に向けて移動させる方向の荷重が作用する傾斜角度で形成されていることから、トルクが残っていても、セレクタ150を小さな力で容易に回転させることが可能となっていると共に、セレクタ150のローラ保持面151をローラ130から外すことでローラ130を支持溝部115から離脱させてロック状態を容易に解除することができるようになっている。
【0038】
上記の実施形態においては、セレクタ駆動機構105としていわゆるリニア式アクチュエータを駆動源として備えた構成について説明したが、セレクタ駆動機構105は、
図7に示すように、ロータリー式アクチュエータを駆動源として備えた構成や、
図8に示すように、ウォームギア機構を利用した構成であってもよい。
【0039】
図7に示すセレクタブルクラッチ100におけるクラッチ機構101は、
図1に示すセレクタブルクラッチ100のものと同一の構成を有し、同一の構成部材には同一の符号が付してあり、説明を省略することとする。
【0040】
図7に示すセレクタブルクラッチ100におけるセレクタ駆動機構105は、正転逆転可能に駆動される駆動軸161を備えたロータリー式のアクチュエータ160と、駆動軸161に設けられた回動アーム162と、一端部が回動アーム162に連結されると共に他端部がセレクタ150の外周面に設けられた軸受部155に連結されセレクタブルクラッチ100をフリー状態とするフリー位置とセレクタブルクラッチ100をロック状態に保持するロック位置との間で前記一方向に往復動可能な駆動ロッド165と、駆動ロッド165をロック位置方向に移動させたときに圧縮方向に弾性変形可能となるように配置された待機スプリング170とを備える。
本実施形態では、待機スプリング170は、コイル状スプリングからなり、駆動ロッド165が挿通状態で設けられている。
また、アクチュエータ160は、セレクタブルクラッチ100をロック状態としたときに、駆動ロッド165をロック位置に固定してセレクタ150の位置を保持するロック位置保持機能を有する。これにより、セレクタ150が振動などにより期せずして回転することを確実に防止することができ、ロック状態を保持することができるようになっている。
【0041】
このセレクタブルクラッチ100においては、セレクタブルクラッチ100をフリー状態からロック状態に切り替える際には、駆動軸161を正転方向に回転駆動させて回動アーム162を回動させることで、駆動ロッド165をロック位置に向けて駆動する。このとき、内輪110の支持溝部115と外輪120のポケット部125との位相が合っていない場合には、駆動ロッド165がロック位置まで移動される一方で、セレクタ150の回転が阻止されてスプリング機構170が圧縮される。従って、セレクタブルクラッチ100は、ロック待機状態を維持する。
支持溝部115とポケット部125との位相が合うと、スプリング機構170による付勢力が開放されることでセレクタ150がロック方向に回転し、ローラ130がローラ収容凹部152のガイド面153の作用によって支持溝部115に向かって径方向に移動する。ローラ130が支持溝部115に移動すると、ローラ130を支持溝部115のローラ保持面116とポケット部125のローラ保持面126とで周方向に挟み込むと共にセレクタ150のローラ保持面151がローラ130に当接することで、内輪110と外輪120とが噛み合うようになっている。
【0042】
一方、セレクタブルクラッチ100をロック状態からフリー状態に切り替える際には、駆動軸161を逆転方向に回転駆動させて回動アーム162を回動させることで、駆動ロッド165をフリー位置に向けて駆動する。これにより、セレクタ150を反ロック方向に回転させてセレクタ150のローラ保持面151をローラ130から外すことでローラ130を支持溝部115から離脱させロック状態を解除することができるようになっている。
【0043】
図8に示すセレクタブルクラッチにおけるクラッチ機構101は、セレクタ150の構成が異なる他は、
図1に示すセレクタブルクラッチ100と同一の構成を有し、同一の構成部材には同一の符号が付してあり、説明を省略することとする。
セレクタ150は、外周面にウォーム歯157が形成され、ウォームホイールとして機能するよう構成されている。
【0044】
図8に示すセレクタブルクラッチにおけるセレクタ駆動機構105は、
図9にも示すように、アクチュエータ160と、アクチュエータ160により正転逆転可能に駆動される駆動ロッド165と、駆動ロッド165に対し摺動可能に設けられセレクタ150のウォーム歯157と噛合するウォーム163と、ウォーム163の一端側において駆動ロッド165に設けられたばね受け部材166と、ばね受け部材166の一端側において駆動ロッド165が挿通状態で設けられた待機スプリング170とを備える。
本実施形態においては、アクチュエータ160は、セレクタブルクラッチ100をロック状態としたときに、回転トルクを保持しセレクタ150の位置を保持するロック位置保持機能を有する。これにより、セレクタ150が振動などにより期せずして回転することを確実に防止することができ、ロック状態を保持することができるようになっている。ロック位置保持機能は、ウォームギア機構をセルフロック現象が発生するよう構成することで実現してもよい。
【0045】
本実施形態においては、フリー状態においてウォーム163の他端部が一方の位置規制部124に当接し、ウォーム163が待機スプリング170を圧縮方向に弾性変形させるよう移動したときにばね受け部材166の一端部が他方の位置規制部124に当接することで、ウォーム163の可動範囲を規制している。
【0046】
このセレクタブルクラッチにおいては、セレクタブルクラッチをフリー状態からロック状態に切り替える際には、駆動ロッド165を正転方向に回転駆動してウォーム163を回転させることで、セレクタ150をロック方向に回転させる。このとき、内輪110の支持溝部115と外輪120のポケット部125との位相が合っていない場合には、
図10Aに示すように、セレクタ150の回転が阻止され、ウォーム163及びばね受け部材166が駆動ロッド165に対し移動される。これにより、待機スプリング170が圧縮され、セレクタブルクラッチは、ロック待機状態を維持する。
支持溝部115とポケット部125との位相が合うと、
図10Bに示すように、待機スプリング170による付勢力が開放されることでウォーム163及びばね受け部材166がフリー位置側に移動すると共にセレクタ150がロック方向に回転し、ローラ130がローラ収容凹部152のガイド面153の作用によって支持溝部115に向かって径方向に移動する。ローラ130が支持溝部115に移動すると、ローラ130を支持溝部115のローラ保持面116とポケット部125のローラ保持面126とで周方向に挟み込むと共にセレクタ150のローラ保持面151がローラ130に当接することで、内輪110と外輪120とが噛み合うようになっている。
【0047】
一方、セレクタブルクラッチをロック状態からフリー状態に切り替える際には、駆動ロッド165を逆転方向に回転駆動してウォーム163を回転させることで、セレクタ150を反ロック方向に回転させる。これにより、セレクタ150のローラ保持面151がローラ130から外れる。その結果、ローラ130が、ポケット部125のローラ保持面126及び支持溝部115のローラ支持面116から受けるポケット部125側に向かう荷重、並びに、弾性部材140の付勢力によって、支持溝部115から離脱され、ロック状態を解除することができるようになっている。
【0048】
上記の各実施形態においては、待機スプリングをセレクタ駆動機構に設けた構成について説明したが、クラッチ機構が待機スプリングを備えた構成としてもよい。
図11乃至
図13に示すように、本実施形態のクラッチ機構101は、外輪120、セレクタ150及びセレクタ駆動機構を構成する回転板185がこの順で並ぶよう軸方向に前後して配置された構成とされている。クラッチ機構101は、上記の各実施形態に係るものと基本的には同一の構成を有し、上記の各実施形態に係るものと同一の構成部材については同一の符号を付しており、説明を省略する。
【0049】
セレクタ150の一面には、回転軸心Cと同心上に形成され周方向に延びる複数の待機スプリング配置溝部154を有する。待機スプリング配置溝部154は、ローラ収容凹部152より径方向外方側の位置において周方向に所定間隔で並ぶよう形成されている。
待機スプリング配置溝部154内には、コイル状の待機スプリング170が配置されていると共に、周方向一端部(
図11及び
図12において時計方向側の端部)にピン部材171が配置されている。ピン部材171は回転板185に固定されている。
また、セレクタ150の一面には、周方向に延びる複数のガイド溝部158が形成されており、各ガイド溝部158には、回転板185と外輪120とを連結する連結用ピン部材187が摺動可能に挿通される。
【0050】
回転板185には、連結用ピン部材187が摺動可能に挿通され周方向に延びるピン部材挿通溝部186がセレクタ150のガイド溝部158に対応して形成されている。
このクラッチ機構101においては、セレクタブルクラッチをロック状態としたときにセレクタ150をロック位置に保持するためのロック位置保持機構190が設けられている。
【0051】
ロック位置保持機構190は、径方向外方側に開口するプランジャ穴を有するプランジャ191と、プランジャ穴に収容されプランジャ191を径方向内方側に付勢する付勢手段193と、付勢手段193の軸方向外端部に固定されたばね受け部194とを備える。
プランジャ191は、回転板185の一のガイド溝部158から径方向に延び回転板185の外周面に開口するよう形成されたプランジャ収容孔内に摺動可能に収容され、ばね受け部194が回転板185に固定されることで先端がピン部材挿通溝部186の径方向内方側の周面に当接するよう配置されている。プランジャ191は、ピン部材挿通溝部186内に露出する先端部が円錐状に形成されており、セレクタ150をロック方向に回転させたときに連結用ピン部材187を押圧することでテーパー面の作用により付勢手段193を圧縮させる方向に移動するようになっている。
【0052】
プランジャ191は、
図13に示すように、セレクタブルクラッチがフリー状態に保持されているときには、連結用ピン部材187に対しロック方向(
図13において半時計方向)側に位置されている。内輪110の支持溝部115と外輪120のポケット部125との位相が合った状態でセレクタ150がロック方向に回転すると、
図14Aに示すように、プランジャ191が連結用ピン部材187に乗り上げるよう径方向外方側に移動する。その後、セレクタブルクラッチがロック状態とされると、
図14Bに示すように、プランジャ191が連結用ピン部材187を乗り越えて連結用ピン部材187に対し反ロック方向(時計方向)側に移動する。これにより、セレクタ150が振動などによって期せずして反ロック方向に回転することを確実に防止することができ、ロック状態を機械的に保持することが可能となっている。
【0053】
このクラッチ機構101においては、セレクタブルクラッチをフリー状態からロック状態に切り替えるにあたってセレクタ150をロック方向に回転させたときに、内輪110の支持溝部115と外輪120のポケット部125との位相が合わない場合には、セレクタ150の回転が阻止される一方で、回転板の回転に伴ってピン部材171が待機スプリング170を圧縮する方向に押圧し、セクタブルクラッチはロック待機状態を保持する。内輪110の支持溝部115と外輪120のポケット部125との位相が合い次第、待機スプリング170のばね力が解放されることでセレクタ150がロック方向に回転し、これにより、ローラ130が支持溝部115、ポケット部125及びセレクタ150で保持され、内輪110及び外輪120が噛み合うようになっている。
【0054】
なお、セレクタ駆動機構としては、上記の実施形態に係るセレクタブルクラッチを構成するものと同様に、リニア式またはロータリー式のアクチュエータを備えた構成、あるいは、ウォームギア式のセレクタ駆動機構のいずれのものであってもよい。また、適宜のギア機構により直接的に回転駆動させる構成としてもよい。
また、アクチュエータとして位置保持機能を有するものを用いることで、セレクタブルクラッチがロック位置保持機能を有するものとして構成されてもよい。この場合には、クラッチ機構はロック位置保持機構を有さない構成であってもよい。
【0055】
以上、本発明の実施形態を詳述したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明を逸脱することなく種々の設計変更を行なうことが可能である。
例えば、上記の各実施形態においては、外輪を固定し、内輪を回転させる構成について説明したが、内輪を固定して、外輪を回転させる構成や、内輪及び外輪がともに回転する構成としてもよい。
また、上記の各実施形態においては、内輪の外周面に支持溝部を形成すると共に外輪の内周面にポケット部を形成し、ローラを径方向外方に付勢するよう弾性部材を配置した構成について説明したが、外輪の内周面に支持溝部を形成すると共に内輪の外周面にポケット部を形成し、ローラを径方向内方に付勢するよう弾性部材を配置した構成としてもよい。
さらにまた、上記の各実施形態においては、弾性部材として複数のローラに共通のものを用いた構成について説明したが、複数のローラの各々に対応する複数の弾性部材を設けた構成としてもよい。
さらにまた、上記の各実施形態においては、両方向フリー状態と両方向ロック状態の2つの動作モードを切り替え可能に構成されたセレクタブルクラッチについて説明したが、隣接する2つの支持溝部の各々に支持されるようローラを配置すると共に該2つのローラの各々に対応する第1ポケット部及び第2ポケット部を設け、さらに、該2つのローラのいずれか一方または両方を径方向に移動させることが可能となるようセレクタを構成することで、一方向ロック状態を含む3つ乃至4つの動作モードを切り替え可能に構成されていてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明に係るセレクタブルクラッチは、例えば車両用パーキングロックシステムの構築に極めて有用なものとなる。すなわち、本発明に係るセレクタブルクラッチは、セレクタによるローラの保持を解除しない限りロック状態が解除されることがないことから、例えば車両が停車している路面の状態およびその他の理由によりトルク入力があった場合であっても、ロック状態が解除されることがなく、車両の停止状態を維持することが可能となる。また、セレクタがローラから外れるとロック状態が解除されるため、例えば坂路等によるトルク負荷などにより内輪または外輪に対しトルクが作用していても、ロック状態を容易に解除することが可能となる。
【符号の説明】
【0057】
100 ・・・ セレクタブルクラッチ
101 ・・・ クラッチ機構
105 ・・・ セレクタ駆動機構
110 ・・・ 内輪
111 ・・・ 小径筒状部
112 ・・・ 大径筒状部
115 ・・・ 支持溝部
116 ・・・ ローラ保持面
120 ・・・ 外輪
121 ・・・ 基体部
122 ・・・ 支持壁部
123 ・・・ 取付部
124 ・・・ 位置規制部
125 ・・・ ポケット部
126 ・・・ ローラ保持面
127 ・・・ ピン部材
130 ・・・ ローラ
131 ・・・ スプリング装着溝
140 ・・・ 弾性部材
150 ・・・ セレクタ
151 ・・・ ローラ保持面
152 ・・・ ローラ収容凹部
153 ・・・ ガイド面
154 ・・・ 待機スプリング配置溝部
155 ・・・ 軸受部
156 ・・・ 回転規制溝部
157 ・・・ ウォーム歯
158 ・・・ ガイド溝部
160 ・・・ アクチュエータ
161 ・・・ 駆動軸
162 ・・・ 回動アーム
163 ・・・ ウォーム
165 ・・・ 駆動ロッド
166 ・・・ ばね受け部材
170 ・・・ 待機スプリング
171 ・・・ ピン部材
180 ・・・ 止め板
185 ・・・ 回転板
186 ・・・ ピン部材挿通溝部
187 ・・・ 連結用ピン部材
190 ・・・ ロック位置保持機構
191 ・・・ プランジャ
193 ・・・ 付勢手段
194 ・・・ ばね受け部
C ・・・ 回転軸心