(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024168105
(43)【公開日】2024-12-05
(54)【発明の名称】内燃機関用ピストン及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
F02F 3/00 20060101AFI20241128BHJP
F02F 3/10 20060101ALI20241128BHJP
C25D 11/04 20060101ALI20241128BHJP
【FI】
F02F3/00 L
F02F3/00 G
F02F3/10
F02F3/00 302Z
C25D11/04 101F
C25D11/04 308
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023084530
(22)【出願日】2023-05-23
(71)【出願人】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100217076
【弁理士】
【氏名又は名称】宅間 邦俊
(74)【代理人】
【識別番号】100169018
【弁理士】
【氏名又は名称】網屋 美湖
(72)【発明者】
【氏名】藤田 昌弘
(72)【発明者】
【氏名】増原 真也
(57)【要約】
【課題】 高強度材をピストン母材に用いても、スカート部とシリンダスリーブとのフリクション低減を図ることができる内燃機関用ピストン及びその製造方法を提供する。
【解決手段】 5.0~20.0質量%のSi、1.3質量%を超えて5.0質量%以下のCu、1.5質量%を超えて3.5質量%以下のNiを含有するアルミニウム合金を母材として形成されたピストン素材30aのスカート部38の外周面にレーザ光51を照射し、シリコンが母材よりも微細に分散した再溶融急冷凝固部ないしシリコン分散層を形成し、このシリコン分散層に交直重畳電解法にて陽極酸化皮膜を形成する。レーザ光の処理速度は2,000~30,000mm/minの範囲とする。陽極酸化皮膜のセルは粒状で、スカート部の外周面に対してランダムな方向に延び、且つランダムな方向に枝分かれした状態で、陽極酸化皮膜内のシリコンの周囲を包囲している構造を有する。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダボアの内周部に対して長手方向に摺動可能に構成される外周部を有するピストン本体と、前記ピストン本体の径方向に互いに対向しており、かつ前記ピストン本体の外周部から前記シリンダボアの底に向かって延びる2つのスカート部とを備え、前記ピストン本体および前記スカート部が5.0~20.0質量%のSi、1.3質量%を超えて5.0質量%以下のCu、及び1.5質量%を超えて3.5質量%以下のNiを含有するアルミニウム合金を母材として形成されたピストン素材を用意する工程と、
前記ピストン素材の前記スカート部の外表面にレーザ光を照射する工程と、
前記レーザ光を照射した前記スカート部の外表面に、交直重畳電解法により陽極酸化皮膜を形成する工程と
を含み、前記レーザ光を照射する工程において、レーザ光の処理速度を2,000~30,000mm/minの範囲とする内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項2】
シリンダボアの内周部に対して長手方向に摺動可能に構成される外周部を有するピストン本体と、前記ピストン本体の径方向に互いに対向しており、かつ前記ピストン本体の外周部から前記シリンダボアの底に向かって延びる2つのスカート部とを備え、前記ピストン本体および前記スカート部が5.0~20.0質量%のSi、1.3質量%を超えて5.0質量%以下のCu、及び1.5質量%を超えて3.5質量%以下のNiを含有するアルミニウム合金を母材として構成されている内燃機関用ピストンであって、
前記スカート部の外表面に位置する、前記アルミニウム合金中のシリコンが前記母材よりも微細に分散しているアルミニウム合金組成のシリコン分散層と、
前記シリコン分散層の表面に位置する陽極酸化皮膜と
を備え、前記陽極酸化皮膜は、そのセルが粒状で、前記スカート部の外表面に対してランダムな方向に延びているとともに、前記セルが、ランダムな方向に枝分かれした状態で、前記陽極酸化皮膜内のシリコンの周囲を包囲している内燃機関用ピストン。
【請求項3】
前記陽極酸化皮膜のビッカース硬さが、300~350HVの範囲である請求項2に記載の内燃機関用ピストン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関用ピストン及びその製造方法に関し、より詳しくは、スカート部に陽極酸化皮膜を備える内燃機関用ピストン及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の車両に設けられるエンジン等の内燃機関において、ピストンは、直線状の長手軸線に沿って延びるシリンダボア内を長手軸線に沿った方向にて往復移動する。このとき、ピストンの外周部はシリンダボアの内周部に対して摺動する。典型的に、ピストンは、シリンダボアの内周部に対して摺動可能である外周部を有するピストン本体と、このピストン本体の外周部からシリンダボアの底側に延びる2つのスカート部とを含んでおり、さらに、ピストンにおいては、シリンダボアの内周部に対するピストンの外周部の摩擦抵抗を低減する処理が施されている。
【0003】
一方、内燃機関用ピストンのトップリング溝の内面に対してであるが、JIS B0671-2に準拠する表面粗さRpkが1.00μm以下である陽極酸化皮膜を形成することで、トップリングとの気密性を向上することができ、ブローバイガス流量および排出微粒子の粒子数を低減することができると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、近年採用が増加している高強度材と呼ばれる、高温域までの機械的特性(疲労強度、引っ張り強さなど)を向上させたアルミニウム合金においては、従来のJIS(日本工業規格)-AC8A(Al-Si-Cu-Ni-Mg系)合金を代表するアルミニウム合金よりも、銅(Cu)やニッケル(Ni)等の添加元素が多く含まれている場合がある。このような高強度材には、従来よりも粒状の粗大な初晶シリコン(Si)が多く析出しており(Si粒径が30~40μm程度)、このような粒状のSiは陽極酸化皮膜の成膜に影響を及ぼし、凹凸の大きな皮膜が形成されやすい。本願発明者は、このような高強度材を用いた場合には、特許文献1に記載されている陽極酸化処理を行っても、陽極酸化皮膜の膜厚10μmのときに表面粗さRa及び表面粗さRpkがともに1.0μmを超える皮膜となってしまうという新たな知見を得た。
【0006】
そこで本発明は、上記の問題点に鑑み、高強度材をピストン母材に用いても、スカート部とシリンダスリーブとのフリクション低減を図ることができる内燃機関用ピストン及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために、本発明は、その一態様として、内燃機関用ピストンの製造方法であって、この製造方法は、シリンダボアの内周部に対して長手方向に摺動可能に構成される外周部を有するピストン本体と、前記ピストン本体の径方向に互いに対向しており、かつ前記ピストン本体の外周部から前記シリンダボアの底に向かって延びる2つのスカート部とを備え、前記ピストン本体および前記スカート部が5.0~20.0質量%のSi、1.3質量%を超えて5.0質量%以下のCu、及び1.5質量%を超えて3.5質量%以下のNiを含有するアルミニウム合金を母材として形成されたピストン素材を用意する工程と、前記ピストン素材の前記スカート部の外表面にレーザ光を照射する工程と、前記レーザ光を照射した前記スカート部の外表面に、交直重畳電解法により陽極酸化皮膜を形成する工程とを含み、前記レーザ光を照射する工程において、レーザ光の処理速度を2,000~30,000mm/minの範囲とする。
【0008】
また、本発明は、別の態様として、内燃機関用ピストンであって、シリンダボアの内周部に対して長手方向に摺動可能に構成される外周部を有するピストン本体と、前記ピストン本体の径方向に互いに対向しており、かつ前記ピストン本体の外周部から前記シリンダボアの底に向かって延びる2つのスカート部とを備え、前記ピストン本体および前記スカート部は5.0~20.0質量%のSi、1.3質量%を超えて5.0質量%以下のCu、及び1.5質量%を超えて3.5質量%以下のNiを含有するアルミニウム合金を母材として構成されており、また、内燃機関用ピストンは、前記スカート部の外表面に位置する、前記アルミニウム合金中のシリコンが前記母材よりも微細に分散しているアルミニウム合金組成のシリコン分散層と、前記シリコン分散層の表面に位置する陽極酸化皮膜とを備え、前記陽極酸化皮膜は、そのセルが粒状で、前記スカート部の外表面に対してランダムな方向に延びているとともに、前記セルが、ランダムな方向に枝分かれした状態で、前記陽極酸化皮膜内のシリコンの周囲を包囲している。
【発明の効果】
【0009】
このように本発明によれば、CuやNiが従来よりも多く含まれるアルミニウム合金を母材としても、レーザ光照射によって母材よりもシリコンが微細に分散したシリコン分散層を形成し、このシリコン分散層に所定の構造を有する陽極酸化皮膜を形成することで、表面粗さRa及び表面粗さRpkがともに1.0μm以下という平滑な表面の陽極酸化皮膜にすることができ、よって、スカート部とシリンダスリーブとのフリクション低減を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】従来のアルミニウム合金を内燃機関用ピストンの母材として用いた場合の金属組織の一例を示す光学顕微鏡写真である。
【
図2】本発明に係る内燃機関用ピストンの母材として使用されるアルミニウム合金(高強度材)を用いた場合の金属組織の一例を示す光学顕微鏡写真である。
【
図3】本発明に係る内燃機関用ピストンの一実施の形態を示す模式図および一部拡大図である。
【
図4】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法の一例を説明するフロー図である。
【
図5】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法におけるレーザ光照射工程の一例を模式的に説明する斜視図である。
【
図6】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法における陽極酸化処理工程の一例を説明する模式図である。
【
図7】実施例1の再溶融急冷凝固部に交直重畳電解法で形成した陽極酸化皮膜を示す走査型電子顕微鏡(SEM)画像である。
【
図8】比較例1の未処理部に交直重畳電解法で形成した陽極酸化皮膜を示すSEM画像である。
【
図9】比較例2の再溶融急冷凝固部に直流電解法で形成した陽極酸化皮膜を示すSEM画像である。
【
図10】比較例3の未処理部に直流電解法で形成した陽極酸化皮膜を示すSEM画像である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、添付図面を参照して、本発明に係る内燃機関用ピストン及びその製造方法の一実施の形態について説明する。なお、図面は、理解のし易さを優先にして描かれており、縮尺通りに描かれたものではない。
【0012】
本実施の形態に係る内燃機関用ピストンは、5.0~20.0質量%のシリコン(Si)、1.3質量%を超えて5.0質量%以下の銅(Cu)、及び1.5質量%を超えて3.5質量%以下のニッケル(Ni)を含有するアルミニウム合金(以下、高強度材ともいう)を母材として形成されており、そのトップリング溝の母材表面に、Siが母材よりも微細に分散しているアルミニウム合金組成のシリコン分散層が形成されており、このシリコン分散層の表面に更に陽極酸化皮膜が形成されている。
【0013】
高強度材において、Siは、初晶シリコンや共晶シリコンとして晶出し、耐熱性及び耐摩耗性を改善する成分である。また、Siは熱膨張率を低下させる。Si含有量が5.0質量%以上であれば、熱膨張率が低く、耐摩耗性や高温域での強度を向上することができ、20.0質量%以下であれば、初晶シリコンが小さくなり、合金の伸びを良好にすることができる。Si含有量は、10.0~13.0質量%がより好ましい。
【0014】
Cuは、室温及び高温域における機械的強度及び耐摩耗性を改善する成分である。Cu含有量が1.3質量%超であれば、強度や耐摩耗性を改善する効果を発現することができ、5.0質量%以下であれば、合金の著しい伸び低下はなく、合金の比重が小さい。一方、5.0質量%を超えると、伸びが著しく低下し、合金の比重が大きくなる。Cu含有量は、2.5~5.0質量%がより好ましい。
【0015】
Niは、主に高温域での強度及び耐摩耗性を向上させ、熱膨張率を低下させる成分であり、Ni含有量が1.5質量%超であれば、その効果が好適に発現し、3.5質量%以下であれば、良好な伸びが得られる。
【0016】
また、本実施の形態では、母材に用いるアルミニウム合金は、上記したSi、Cu、及びNiに加えて、クロム(Cr)、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、リン(P)、鉄(Fe)、マンガン(Mn)及びマグネシウム(Mg)からなる群より選択される少なくとも一以上の元素を含み、残部が実質的にAl及び不可避的不純物からなる合金としてもよい。好ましくは、アルミニウム合金の母材は、上記したSi、Cu、Niの各含有量の範囲に加えて、0.05~0.15質量%のCr、0.05~0.20質量%のTi、0.05~0.30質量%のZr、0.10~0.31質量%のFe、0.05質量%以下のMn及び0.5~1.1質量%のMgを含み、残部が実質的にAl及び不可避的不純物からなる。Si、Cu、Niについては既に説明したので、その他の各成分とその含有量等について説明する。
【0017】
Crは、主に合金中に晶出した金属間化合物、初晶シリコン、針状シリコン等の結晶粒の間にある結晶粒界を強化させ、高温域での強度を向上させる成分であり、Cr含有量が0.05質量%以上であれば、結晶粒界を好適に強化させて高温域での強度を向上させ、0.15質量%以下であれば、良好な靱性及び切削性が得られる。
【0018】
Tiは、主に結晶粒を微細化させて、耐熱性、鋳造性、強度を向上させる成分であり、Ti含有量が0.05~0.20質量%の範囲であれば、その効果が好適に発現する。Ti含有量は、好ましくは0.05~0.15wt%である。
【0019】
Zrは、主に合金中の結晶粒を微細化する効果を有し、耐熱性、鋳造性及び強度の向上に寄与する成分であり、Zr含有量が0.05~0.30質量%の範囲であれば、その効果が好適に発現する。Zr含有量は、好ましくは0.05~0.15wt%である。
【0020】
Feは、主に金属間化合物を晶出し、耐摩耗性及び高温域での強度を向上させる成分である。なお、この金属間化合物の大きさが粗大であると、強度の低下が起こる。Fe含有量が0.10~0.31質量%の範囲であれば、Fe-Mn系金属間化合物の大きさを小さくできる。
【0021】
Mnは、主に金属間化合物を晶出し、耐摩耗性及び高温域での強度を向上させる成分である。なお、この金属間化合物の大きさが粗大であると、強度の低下が起こる。Mn含有量が0.05質量%以下であれば、Fe-Mn系金属間化合物の大きさを小さくできる。Mn含有量の下限値は、全く含有しなくてもよく、又は不純物程度に極少量で含有していてもよく、例えば0.001質量%である。
【0022】
Mgは、主に強度及び靱性を向上させる成分であり、Mg含有量が0.5質量%以上であれば、強度を向上させる効果が発現し、1.1質量%以下であれば、良好な靱性が得られる。
【0023】
このような高強度材と呼ばれるアルミニウム合金を母材として用いてピストン素材を製造すると、従来から使用されているアルミニウム合金を用いて製造した場合よりも、その製造過程で粒状の粗大な初晶シリコンが多く析出してしまう。
図1は、従来のアルミニウム合金を用いた場合のピストン母材の金属組織の光学顕微鏡写真であり、
図2は、本発明で用いる高強度材のアルミニウム合金を用いた場合のピストン母材の金属組織の光学顕微鏡写真である。
図1に示すように、従来のアルミニウム合金10は、マトリックス11中に粒状や針状の初晶シリコン12が多数析出しているが、
図2に示すように、高強度材のアルミニウム合金20のマトリックス21中に析出している粒状の初晶シリコン22よりも顕著に小さいことがわかる。従来から、このような粒状の初晶シリコンは陽極酸化皮膜の成膜に影響を及ぼし、凹凸の大きな皮膜が形成されやすいことが知られているが、高強度材の初晶シリコンの粒径は30~40μm程度と非常に大きく、単に交直重畳電解法を用いても、得られる陽極酸化皮膜の表面粗さRa及び表面粗さRpkがともに1.0μmを超え、スカート部とシリンダスリーブとのフリクション低減を図ることはできない。
【0024】
ここで、陽極酸化皮膜が形成されるスカート部について説明する。
図3に示すように、本発明に係る内燃機関用ピストン30は、シリンダボア(図示省略)の内周部に対して長手方向に摺動可能に構成される外周部を有し、その外周面に、ピストン冠面31側から順に、ピストンリング溝として、トップリング溝33、セカンドリング溝35、オイルリング溝37の3つのリング溝が形成されている。トップリング溝33にはトップリング(図示省略)が嵌め込まれ、セカンドリング溝35にはセカンドリング(図示省略)、オイルリング溝37にはオイルリング(図示省略)が嵌め込まれる。また、ピストン30の外周面に沿って、ピストン冠面31とトップリング溝33との間をトップランド32と呼び、トップリング溝33とセカンドリング溝35との間をセカンドランド34と呼び、セカンドリング溝35とオイルリング溝37との間をサードランド36と呼ぶ。オイルリング溝37以降をスカート部38と呼び、オイルリング溝37までをピストン本体と呼ぶ。スカート部38は、ピストン本体の径方向に互いに対向する2つのスカート部からなる。
【0025】
本実施の形態では、このスカート部38の外周面に、Siが母材よりも微細に分散しているアルミニウム合金組成のシリコン分散層(図示省略)が形成されており、このシリコン分散層の表面に更に陽極酸化皮膜(図示省略)が形成されている。陽極酸化皮膜は、そのセルが粒状でスカート部の表面に対してランダムな方向に延びているとともに、セルはランダムな方向に枝分かれした状態で、陽極酸化皮膜内のシリコンの周囲を包囲している構造を有している。
【0026】
このように高強度材のアルミニウム合金を母材としても、母材よりもシリコンが微細に分散したシリコン分散層を形成し、このシリコン分散層に所定の構造を有する陽極酸化皮膜を形成することで、表面粗さRa及び表面粗さRpkがともに1.0μm以下という平滑な表面の陽極酸化皮膜にすることができ、よって、スカート部38とシリンダスリーブ(図示省略)とのフリクション低減を図ることができる。
【0027】
また、この陽極酸化皮膜は、セル内部の空洞(細孔)と、セルとシリコンとの間に生じる隙間とを有し、この後者の隙間は、シリコン分散層がなく形成した陽極酸化皮膜と比べて、より多数存在しており、隙間の割合が高くなっている。よって、陽極酸化皮膜のビッカース硬さは、シリコン分散層がなく形成した場合と比べて低くなっており、例えば、300~350HVであり、シリコン分散層がなく形成した場合と比較して約100HV小さくなる。また、セルとシリコンとの間の隙間は、すべての陽極酸化皮膜の表面に形成されているものは、すべての陽極酸化皮膜の内部に形成されているものと連通している。これは、交直重畳電解法で形成したセルは、シリコンの周囲では粒状に変化し、シリコンを避けるように形成されていく。ため、本実施形態ではこのシリコンが微細に分散していることから、皮膜の表層から内部まで隙間が連通した陽極酸化皮膜が形成されやすくなるからである。陽極酸化皮膜の表面により多くの隙間が存在することで、オイルの保持性を向上させることができ、また、この隙間により多くの潤滑剤を充填させることができることから、潤滑性を向上させることができる。更に、陽極酸化皮膜の内部により多くの隙間が存在することで、スカート部を介してシリンダ壁面への熱エネルギー流出抑制による冷却損失改善が図れ、燃料消費量を低減させることができる。
【0028】
このようなスカート部38の母材表面にシリコン分散層を介して所定の構造を有する陽極酸化皮膜を備える内燃機関用ピストンの製造方法について、
図4~
図6を参照して説明する。
【0029】
本実施の形態の内燃機関用ピストンの製造方法は、例えば、
図4(A)に示すように、ピストン素材を鋳造する工程S1と、鋳造したピストン素材を機械加工(仕上げ加工も含む)する工程S2と、ピストン素材のスカート部にレーザ光照射を行い、再溶融急冷凝固処理を行う工程S3と、ピストン素材のスカート部の再溶融急冷凝固部に陽極酸化処理を行う工程S4と、陽極酸化皮膜に潤滑剤を含侵させる工程S5を含む。
【0030】
鋳造工程S1では、ピストン素材を上述した高強度材のアルミニウム合金を用いて鋳造する。ピストン素材の鋳造方法は、例えば、ピストン素材の形状の空洞を有した金型に、溶融させたアルミニウム合金(溶湯)を流し込んで鋳造を行う重力鋳造法など一般的な方法を用いることができる。
【0031】
機械加工工程S2は、一般的な内燃機関用ピストンを製造する際に用いられる切削などの工程と同様であるので、ここでの詳しい説明は省略するが、例えば、ピストン外径を粗加工したり、スカート部の外周面に条痕を形成する等の仕上げ加工を行う。
【0032】
再溶融急冷凝固処理工程S3では、
図5に示すように、機械加工後のピストン素材30aのスカート部38の外周面に対して、レーザ装置50からレーザ光51を照射する。レーザ光照射は、高強度材を再溶融するように行う。再溶融された高強度材は急冷凝固される。これにより、ピストン素材30aのスカート部38の外周面の全面に再溶融急冷凝固部40が形成される。この再溶融急冷凝固部40では、母材の高強度材よりもシリコンが微細化し、均一に分散される。
【0033】
再溶融急冷凝固処理工程S3で用いるレーザとしては、TiGレーザや、YAGレーザ、CO2レーザなど様々な種類があるが、いずれのレーザも用いることができる。レーザ光照射前に、スカート部38表面に付着している汚れなどが再溶融急冷凝固部40に入り込まないよう、薬剤による脱脂処理やレーザによる洗浄処理を行っておくことが好ましい。特に、洗浄と再溶融急冷凝固をレーザで行う場合は、1つのレーザ装置で出力条件を変えるだけで続けざまに処理を行うことができるため、より好ましい。
【0034】
レーザ光の照射は、
図5に示すように、レーザ装置50を固定してレーザ装置50からレーザ光51を照射させながら、ピストン素材30aを軸を中心に回転させて、レーザ光51をスカート部38の外周面に螺旋状に照射して再溶融急冷凝固部40を形成してもよいし、逆に、図示省略するが、ピストン素材を固定して、レーザ装置からレーザ光を照射させながら、レーザ装置をピストン素材の周りを回転させて、レーザ光をスカート部の外周面に螺旋状に照射して再溶融急冷凝固部を形成してもよい。装置の構造上、ピストン素材を回転させる仕組みの方が簡潔なため、
図5に示す方法がより好ましい。
【0035】
再溶融急冷凝固処理工程S3では、レーザ光の処理速度を2,000~30,000mm/minの範囲とする。レーザ光の処理速度を2,000mm/min以上とすることで、その後に形成される陽極酸化皮膜の表面粗さRa及び表面粗さRpkをともに1.0μm以下にすることができる。
【0036】
なお、表面粗さRaは、JIS B0601で規格されているように、輪郭曲線の算術平均粗さを表すものである。表面粗さRpkは、粗さ曲線のコア部の上にある突出山部の平均高さの特性に関する指標であり、プラトー構造の表面の特性を評価できる。なお、「プラトー構造」とは、JIS-B0671で定義されており、プラトー部分(平坦部分)と谷部分とで表面が形成されている構造をいう。表面粗さRpkによって、陽極酸化皮膜の表面の凹凸を評価することができる。陽極酸化皮膜の表面粗さRpkを1.0μm以下とすることで、スカート部表面の凹凸が少なく、シリンダスリーブとの接触面積が増え、単位面積あたりにかかる荷重を小さくできる、すなわち、フリクションを低減することができる。
【0037】
一方、処理速度が10,000mm/minを超えても、得られる陽極酸化皮膜の表面粗さはほとんど変わらない上、処理速度が速いほど、より大きな出力が必要となり、設備コストや消費電力の増大を招くことから、処理速度は10,000mm/min以下が好ましい。
【0038】
レーザ光51の出力は、再溶融急冷凝固部40を目的とする深さまで処理されるよう、処理速度に合わせて調整する。よって、処理速度によって変わるものの、例えば、1~15kWとすることが好ましい。
【0039】
なお、
図4(A)に示すプロセスでは、仕上げ加工も含む機械加工工程S2の後に再溶融急冷凝固処理工程S3を行うことから、仕上げ加工によって作製されるスカート部38の条痕などは、形状によっては消失する可能性があるものの、再溶融急冷凝固処理はスカート部38の最表面にだけに施せばよいことから、少ないエネルギーで処理することができる。また、本実施の形態のピストン製造方法は、
図4(B)に示すように、粗加工の機械加工工程S2aの後に再溶融急冷凝固処理工程S3を行い、更に仕上げ加工の機械加工工程S2bを行うこともできるし、
図4(C)に示すように、鋳造工程S1の後に再溶融急冷凝固処理工程S3を行って、その後に仕上げ加工も含む機械加工工程S2を行うこともできる。
【0040】
図4(B)及び
図4(C)に示すプロセスでは、再溶融急冷凝固処理工程S3で、仕上げ加工によって切削される分も含めてスカート部38の表面から深い位置まで処理する必要があるが、その後の仕上げ加工で条痕のような任意の表面形状をスカート部38に付与することができる。なお、
図4(B)及び
図4(C)のプロセスではこのように深い位置まで再溶融急冷凝固させることから、スカート部38の外周面の同じ箇所をレーザ光が何度も照射してしまうと、再溶融急冷凝固部40にクラックが発生し易くなり、そこに形成される陽極酸化皮膜の表面粗さに悪影響を与えるとともに、ピストン自体の耐久性も低下してしまうという問題が生じる。よって、このようなクラックの発生を防ぐため、レーザ光の照射は、レーザ光の照射位置が重ならないようにレーザ光をスカート部38の外周面に螺旋状に照射させることが好ましい。一方、
図4(A)のプロセスでは、機械加工S2の後に再溶融急冷凝固処理工程S3を行うため、再溶融急冷凝固させるのはスカート部38の表層数十μmだけでよく、その場合はクラックが生じにくいため、レーザ光の照射位置が重なっていてもよい。
【0041】
なお、再溶融急冷凝固処理されたアルミニウム合金はシリコンが微細化していることから、処理前の硬さに比べて硬さが向上している。そのため、再溶融急冷凝固処理工程S3後の機械加工に用いる切削工具(バイト)は、従来一般的に用いられている超硬バイトでもよいし、より硬い材質を切削加工するのに適したダイヤモンドバイトやCBN(立方晶窒化ホウ素)バイトでもよい。
【0042】
陽極酸化処理工程S5では、スカート部38の外周面の再溶融急冷凝固部40に陽極酸化皮膜を形成する。陽極酸化皮膜は、再溶融急冷凝固部40中のアルミニウムを酸化して形成される皮膜であり、非晶質の酸化アルミニウム(Al2O3)を主成分とし、優れた耐摩耗性を有する。これにより、スカート部38の外周面は、母材である高強度材の上に、高強度材よりもシリコンが微細化され均一に分布するアルミニウム合金組成の再溶融急冷凝固部40(シリコン分散層ともいう)が形成され、さらにこのシリコン分散層40の上に陽極酸化皮膜が形成された構造となる。
【0043】
なお、陽極酸化皮膜は再溶融急冷凝固部40中のアルミニウムを酸化して形成されることから、陽極酸化処理後の陽極酸化皮膜の表面は、処理前の再溶融急冷凝固部40の表面よりも、陽極酸化皮膜の膜厚の1/2程度、上昇する。すなわち、陽極酸化処理後の再溶融急冷凝固部(シリコン分散層)40の表面(陽極酸化皮膜との界面)は、陽極酸化皮膜の膜厚の1/2程度、下降する。
【0044】
陽極酸化皮膜のセルの状態は、一般には、電解条件により異なる様々な構造を有するが、本実施の形態では、セルが粒状でランダムな方向に枝分かれた状態で、皮膜内の初晶シリコンの周囲を包囲している構造を有する。このような構造は、交直重畳電解法により形成することができる。再溶融急冷凝固部40は、シリコンが微細化されて、均一かつ無数に分散している状態である。高強度材のアルミニウム合金は、通常のアルミニウム合金に比べてシリコンの含有量が多い。陽極酸化皮膜は、上述したように再溶融急冷凝固部40の表面から奥方向へも成長(成膜)していくが、一般的に用いられる直流電解法では、直線状にセルが成長していくことから、無数に存在するシリコンによって成長が阻害されやすく、厚い皮膜を形成しにくく、また、表面粗さが大きい凹凸のある表面の陽極酸化皮膜となる。一方、交直重畳電解法では、シリコンを迂回するような形でセルが成長していくため、厚い膜厚を容易に得ることができるとともに、表面粗さが小さい平滑な表面の陽極酸化皮膜を得ることができる。なお、交直重畳電解法は、負電圧印加時に皮膜が溶解することになるため、負電圧は例えば10V以下が好ましく、正電圧と負電圧を異なる値に設定して電解処理することが特に好ましい。
【0045】
陽極酸化皮膜の膜厚は、耐摩耗性の観点から、5μm以上が好ましく、10μm以上がより好ましい。一方、陽極酸化皮膜の膜厚の上限は、生産性や処理コストを勘案すると、30μm以下が好ましく、25μm以下がより好ましい。
【0046】
陽極酸化処理工程S5で用いる処理液としては、陽極酸化皮膜を形成する従来の電解処理液を広く採用でき、例えば、硫酸(H2SO4)、シュウ酸(H2C2O4)、リン酸(H3PO4)、クロム酸(H2CrO4)等の酸性の処理液、水酸化ナトリウム(NaOH)、リン酸ナトリウム(Na3PO4)、フッ化ナトリウム(NaF)等の塩基性の処理液を使用でき、実用的な観点より硫酸が好ましい。
【0047】
陽極酸化処理工程S5のより具体的な方法について、
図6を参照して説明する。
図6に示すように、ゴム製のマスキング治具60は、ピストン素材30a全体を包み込む円筒形状を有しており、また、ピストン素材30aのスカート部38に対応する箇所に、スカート部開口部61を有している。このマスキング治具60をピストン素材30aに取り付けて、ピストン素材30aをそのスカート部38まで処理液に浸漬させて電解処理することで、スカート部38に陽極酸化皮膜を形成することができる。
【0048】
なお、ピストン素材30aのトップリング溝33の内面や、ピストン冠面31にも陽極酸化皮膜を形成する場合は、
図6に示すように、トップリング溝33までがマスキング治具60から露出するように冠面開口部62をマスキング治具60に設ける。このようなマスキング治具60を用いてピストン素材30a全体を処理液に浸漬することで、スカート部38の外周面とトップリング溝33の内面と、ピストン冠面31の表面とに同時に陽極酸化皮膜を形成することができる。一方、ピストン素材30aのスカート部38の外周面しか陽極酸化処理をしたくない場合は、マスキング治具60を改変して冠面開口部62を設けずにピストン素材30aのピストン冠面31およびトップリング溝33を覆うマスキング治具を取り付ければよい。
【0049】
陽極酸化処理後は、水洗を最低1回行い、ピストン素材30aに付着している処理液を除去することが好ましい。洗浄が不十分な状態では、陽極酸化皮膜中に処理液が残存し、後工程である潤滑剤含浸工程S6にて、影響が生じる可能性がある。水洗に用いる水は、特に限定されないが、イオン交換水や純水など不純物が少ない水が好ましい。
【0050】
陽極酸化皮膜に潤滑剤を含侵させる工程S6では、陽極酸化皮膜が多孔質であることから、潤滑剤を含浸させることができる。特に、再溶融急冷凝固部40に形成した陽極酸化皮膜は、再溶融急冷凝固処理せずに形成した陽極酸化皮膜に比べて、上述したように空隙の割合が高いことから、より多くの潤滑剤を陽極酸化皮膜全体に析出、含浸させることができる。
【0051】
用いる潤滑剤としては、二硫化モリブデンや、テフロン(登録商標)樹脂、潤滑油などの一般的に潤滑剤として使用されているものでよい。含浸させる方法も、用いる潤滑剤に適した方法を広く採用できる。
【実施例0052】
以下、本発明の実施例及び比較例について説明する。なお、本発明は、以下の実施例及び比較例によって限定されるものではない。
【0053】
[実施例1]
表1に示す組成を有するAl-Si-Cu-Ni系のアルミニウム合金(以下、高強度材ともいう)を用いてピストン素材を作製した。そして、このピストン素材を軸を中心に回転させながらスカート部の外周部にレーザ光を螺旋状に照射して、スカート部の表面全面を再溶融急冷凝固した。処理速度は、1,000~30,000mm/minとなるようピストンの回転速度を調整した。また、レーザ出力は、同じ深さまで高強度材が処理されるように、処理速度に合わせて1~15kWの範囲で調整した。
【0054】
【0055】
そして、スカート部の再溶融急冷凝固部に陽極酸化処理を行い、内燃機関用ピストンを作製した。陽極酸化処理は、濃度200g/Lの硫酸処理液を用いて、交直重畳電解法(周波数12kHz、正電圧35V、負電圧2V)にて約10μmの厚さの陽極酸化皮膜を形成した。そして、陽極酸化皮膜の表面粗さRa及び表面粗さRpkを、それぞれJIS B0601及びJIS B0671-2に準拠して表面粗さ計にて測定した。その結果を表2に示す。また、陽極酸化皮膜の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影した。そのSEM画像を
図7に示す。
【0056】
[比較例1]
レーザ光照射による再溶融急冷凝固処理を行わなかった点を除いて、実施例1と同様にして内燃機関用ピストンを作製した。そして、実施例1と同様にスカート部に形成した陽極酸化皮膜の表面粗さRa及び表面粗さRpkを測定した。その結果を表2に示す。また、実施例1と同様に陽極酸化皮膜の断面をSEMで撮影した。そのSEM画像を
図8に示す。
【0057】
【0058】
表2の比較例1に示すように、ピストン素材が高強度材の場合、レーザ光照射による再溶融急冷凝固処理を行わずに陽極酸化処理をすると、得られる陽極酸化皮膜の表面粗さRaは1.2μm、表面粗さRpkは1.7μmとなり、ともに1.0μmを超える値となった。一方、再溶融急冷凝固処理をした後に陽極酸化処理をした実施例1では、表2に示すように、レーザ光照射の処理速度を速くすることで、陽極酸化皮膜の表面粗さRa及び表面粗さRpkの値はともに小さくなっていき、処理速度が2,000mm/min以上のときに表面粗さRa及び表面粗さRpkがともに1.0μm以下となった。
【0059】
また、表2の処理速度9,000mm/min、10,000mm/min及び30,000mm/minの結果を比較すると、処理速度は大きく異なるものの、得られる陽極酸化皮膜の表面粗さの変化量は小さかった。一回のレーザ光照射によって所定の深さまで高強度材を再溶融急冷凝固する必要があることから、処理速度が速いほど、より大きな出力が必要となり、設備コストや消費電力の増大を招く。よって、処理速度は10,000mm/min以下が好ましく、9,000mm/min以下がより好ましい。
【0060】
[比較例2]
陽極酸化処理として交直重畳電解法に替えて直流電解法(電流密度9A/dm
2)で行った点を除いて、実施例1と同様にして内燃機関用ピストンを作製した。そして、実施例1と同様にスカート部に形成した陽極酸化皮膜の断面をSEMで撮影した。そのSEM画像を
図9に示す。
【0061】
[比較例3]
レーザ光照射による再溶融急冷凝固処理を行わなかった点、陽極酸化処理として交直重畳電解法に替えて直流電解法(電流密度2A/dm
2)で行った点を除いて、実施例1と同様にして内燃機関用ピストンを作製した。そして、実施例1と同様にスカート部に形成した陽極酸化皮膜の断面をSEMで撮影した。そのSEM画像を
図9に示す。
【0062】
比較例1~3で作製した陽極酸化皮膜の断面構造は、
図8~
図10に示すように、いずれもセル構造と呼ばれる内部が空洞となっている柱体が並んでいる様子が見られる。一方、再溶融急冷凝固処理後に形成された実施例1の陽極酸化皮膜の断面構造は、
図7に示すように、比較例1~3では見られない空隙Pが多数存在する複雑な構造となっていた。
【0063】
陽極酸化皮膜に存在する空隙は、セル構造由来の細孔と、陽極酸化皮膜とシリコンとの間に生じる隙間の2種類が主に挙げられる。陽極酸化処理にてアルミニウムが酸化アルミへ変化する際に体積が膨張するが、シリコンは変化しないため、陽極酸化皮膜とシリコンとの間で隙間が生じることになる。実施例1では再溶融急冷凝固処理によってシリコンを微細かつ無数に分散させていることから、陽極酸化皮膜とシリコンとの隙間が、再溶融急冷凝固処理をしない場合よりも多数存在することが想定される。
【0064】
そこで、実施例1および比較例1で作製した陽極酸化皮膜の硬さをビッカース硬さ試験機にて測定した。その結果を表3に示す。
【0065】
【0066】
表3に示すように、比較例1よりも実施例1の陽極酸化皮膜の方が、硬さが低い結果が得られた。上述のように、実施例1の陽極酸化皮膜は、従来とは異なる微細構造となっている。比較例1の陽極酸化皮膜よりも硬さが低くなっていることから、再溶融急冷凝固処理後に形成された陽極酸化皮膜中における空隙の割合は、再溶融急冷凝固処理をせずに形成された陽極酸化皮膜よりも高くなっていると推測される。この空隙部分に潤滑剤が充填されることになることから、再溶融急冷凝固処理をしてから形成された陽極酸化皮膜は、より多くの潤滑剤を含有することができる構造であると推測される。