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特開2024-168140インバータのパワーデバイス温度推定装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024168140
(43)【公開日】2024-12-05
(54)【発明の名称】インバータのパワーデバイス温度推定装置
(51)【国際特許分類】
   H02M 7/48 20070101AFI20241128BHJP
   H02M 1/00 20070101ALI20241128BHJP
【FI】
H02M7/48 M
H02M1/00 R ZHV
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023084574
(22)【出願日】2023-05-23
(71)【出願人】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 玄理
【テーマコード(参考)】
5H740
5H770
【Fターム(参考)】
5H740MM08
5H770BA02
5H770DA03
5H770DA41
5H770HA02Z
5H770HA06X
5H770HA06Z
5H770LA04X
5H770LB09
(57)【要約】
【課題】パワーデバイスの温度を精度高く推定できる装置を提供する。
【解決手段】パワーデバイス40が実装されているインバータ10に付設されていて、還流ダイオード42の温度によってパワーデバイス40の温度を推定する装置30である。直列に接続された第1素子及び第2素子で構成された分圧回路を有する分圧部32と、第2素子の分圧に基づいて還流ダイオード42の順方向電圧を検出するダイオード電圧検出部33と、還流ダイオード42の順方向電流を検出するダイオード電流検出部31と、検出された順方向電圧及び順方向電流と特性データとに基づいて還流ダイオード42の温度を推定するダイオード温度推定部34とを備える。第1素子が還流ダイオード42と順並列に配置されたダイオード32aからなり、第2素子が抵抗32bからなることを特徴とする。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スイッチング素子と、当該スイッチング素子と逆並列に接続された還流ダイオードとからなるパワーデバイスが実装されているインバータに付設されていて、前記還流ダイオードの温度によって前記パワーデバイスの温度を推定するパワーデバイス温度推定装置であって、
直列に接続された第1素子及び第2素子で構成されていて、前記還流ダイオードと並列に接続された分圧回路を有する分圧部と、
前記第2素子と並列に接続されていて、当該第2素子の分圧に基づいて前記還流ダイオードの順方向電圧を検出するダイオード電圧検出部と、
前記還流ダイオードの順方向電流を検出するダイオード電流検出部と、
前記還流ダイオードの電圧及び電流と温度に関する特性データを有し、検出された前記順方向電圧及び前記順方向電流と前記特性データとに基づいて前記還流ダイオードの温度を推定するダイオード温度推定部と、
を備え、
前記第1素子が前記還流ダイオードと順並列に配置されたダイオードからなり、前記第2素子が抵抗からなる、パワーデバイス温度推定装置。
【請求項2】
請求項1に記載のパワーデバイス温度推定装置において、
前記ダイオード電圧検出部が、前記第2素子の分圧を増大させるトランス部を有している、パワーデバイス温度推定装置。
【請求項3】
請求項1に記載のパワーデバイス温度推定装置において、
前記ダイオード電圧検出部が、前記第2素子と並列に接続された保護ダイオードを有している、パワーデバイス温度推定装置。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1つに記載のパワーデバイス温度推定装置において、
前記インバータは、前記パワーデバイスを設置した基板と、当該基板に取り付けられた放熱器とを更に実装し、
前記第1素子が、前記基板と別個に配置されるか、前記放熱器に接した状態で前記基板に配置されることにより、当該第1素子の温度が前記順方向電圧の検出に対して許容し得る範囲内に保持されている、パワーデバイス温度推定装置。
【請求項5】
請求項1に記載のパワーデバイス温度推定装置において、
前記ダイオード温度推定部が、前記パワーデバイスの温度を算出する動的熱モデルを更に有し、前記ダイオード温度推定部によって推定される前記パワーデバイスの温度である推定素子温度と、前記動的熱モデルによって算出される前記パワーデバイスの温度である算出素子温度との誤差及びカルマンゲインを算出し、当該誤差及びカルマンゲインを導入することによって前記動的熱モデルを修正し、修正した当該動的熱モデルによる算出値を前記パワーデバイスの温度として採用する、パワーデバイス温度推定装置。
【請求項6】
請求項1に記載のパワーデバイス温度推定装置において、
前記ダイオード温度推定部が、前記パワーデバイスの温度を算出する動的熱モデルと、前記インバータのノイズに関連した特定出力と前記動的熱モデルに対応したゲインとに関するゲイン設定データとを更に有し、前記ダイオード温度推定部によって推定される前記パワーデバイスの温度である推定素子温度と、前記動的熱モデルによって算出される前記パワーデバイスの温度である算出素子温度との誤差を算出するとともに前記ゲイン設定データから前記ゲインを取得し、当該誤差及びゲインを導入することによって前記動的熱モデルを修正し、修正した当該動的熱モデルによる算出値を前記パワーデバイスの温度として採用する、パワーデバイス温度推定装置。
【請求項7】
請求項6記載のパワーデバイス温度推定装置において、
前記特定出力は、前記インバータが出力する電流値であり、前記ゲイン設定データに、当該電流値が大きくなるほど前記ゲインが小さくなるように設定されている、パワーデバイス温度推定装置。
【請求項8】
請求項6記載のパワーデバイス温度推定装置において、
前記特定出力は、前記インバータのキャリア周波数であり、前記ゲイン設定データに、当該キャリア周波数が低くなるほど前記ゲインが小さくなるように設定されている、パワーデバイス温度推定装置。
【請求項9】
請求項5~8のいずれか1つに記載のパワーデバイス温度推定装置において、
前記還流ダイオードの順方向電圧の検出は、前記スイッチング素子がオフとなっている期間に行われ、当該期間の大小に関係なく行われる、パワーデバイス温度推定装置。
【請求項10】
請求項9記載のパワーデバイス温度推定装置において、
予め設定された所定の電気角の範囲内で検出される複数の前記順方向電圧を平均化して得られる値を前記還流ダイオードの温度の推定に用いる、パワーデバイス温度推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
開示する技術は、インバータが備えるパワーデバイスの温度を推定する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の電動化が著しい。それに伴い、自動車に搭載されている駆動モータやこれを制御するインバータの出力も増大する傾向にある。インバータの出力が増大すると、スイッチング素子を含むパワーデバイスが高温になる。それにより、インバータの熱的損傷を防止するために、スイッチング素子の温度を精度高く検知することが求められている。
【0003】
そこで、パワーデバイスが設置されている基板に温度センサを取り付けて、スイッチング素子の温度を検出することが一般に行われている。しかしながらその場合、温度センサがパワーデバイスから離れて位置するために、検出の応答性に欠けるし誤差も大きいという課題があった。
【0004】
それに対し、スイッチング素子と逆並列に接続されている還流ダイオード(フリーホイールダイオード)の温度を検知し、その温度をスイッチング素子の温度とみなす方法が提案されている(例えば特許文献1)。
【0005】
詳細には、還流ダイオードの順方向電流が1Aのときの順方向電圧を、2つの抵抗で構成された抵抗分圧回路を用いて検出し、その検出値と還流ダイオードの電流電圧特性と温度との関係に基づいて還流ダイオードの温度を判定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2016-208770号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1の方法では、分圧された電圧値の検出信号を制御部に出力し、その制御部において還流ダイオードの温度を判定している。一般に、制御部が許容できる電圧は数V程度である。従って、車載インバータのように、数百V等の高電圧が作用するスイッチング素子を対象とする場合には、1/100のレベルで分圧する必要がある。
【0008】
この場合、上述した抵抗分圧回路では、検出対象である還流ダイオードの順方向電圧のうち、温度による変動成分も1/100のレベルで分圧されてしまう。その結果、微小な電圧変化(例えば100μVレベル)を検出することが必要になり、高精度な温度推定が困難になる。
【0009】
そこで、開示する技術では、高電圧が用いられるインバータでも、スイッチング素子の温度を精度高く推定できる装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
開示する技術は、スイッチング素子と、当該スイッチング素子と逆並列に接続された還流ダイオードとからなるパワーデバイスが実装されているインバータに付設されていて、前記還流ダイオードの温度によって前記パワーデバイスの温度を推定するパワーデバイス温度推定装置に関する。
【0011】
前記パワーデバイス温度推定装置は、直列に接続された第1素子及び第2素子で構成されていて、前記還流ダイオードと並列に接続された分圧回路を有する分圧部と、前記第2素子と並列に接続されていて、当該第2素子の分圧に基づいて前記還流ダイオードの順方向電圧を検出するダイオード電圧検出部と、前記還流ダイオードの順方向電流を検出するダイオード電流検出部と、前記還流ダイオードの電圧及び電流と温度に関する特性データを有し、検出された前記順方向電圧及び前記順方向電流と前記特性データとに基づいて前記還流ダイオードの温度を推定するダイオード温度推定部とを備える。そして、前記第1素子が前記還流ダイオードと順並列に配置されたダイオードからなり、前記第2素子が抵抗からなることを特徴とする。
【0012】
すなわち、このパワーデバイス温度推定装置も、特許文献1と同様に、還流ダイオードの順方向電圧からスイッチング素子ないしパワーデバイスの温度を推定する。特許文献1の技術では、2つの抵抗で構成された抵抗分圧回路を用いて還流ダイオードの順方向電圧を検出しているが、このパワーデバイス温度推定装置では、ダイオードと抵抗とで構成された分圧回路を用いて還流ダイオードの順方向電圧を検出する。
【0013】
いわば、その抵抗は、還流ダイオードからそのダイオードの分だけ順方向電圧を小さくしたダイオードと並列に接続されているのと同等の構成となっている。すなわち、この構成の分圧回路によれば、温度変化に伴う順方向電圧の変動量を、分圧されることなく、それ自体を検出できる。従って、微小な電圧変化を検出する必要が無くなるので、温度の推定が容易になり、その推定精度が高まる。
【0014】
前記ダイオード電圧検出部が、前記第2素子の分圧を増大させるトランス部を有している、としてもよい。
【0015】
そうすれば、ダイオード電圧検出部の出力側を、数百Vの高電圧な電力系の回路から独立(絶縁)した状態にできる。従って、分圧部の電力が異常になったとしても、直接、ダイオード電圧検出部の出力側にその影響が及ぶことはない。
【0016】
前記ダイオード電圧検出部が、前記第2素子と並列に接続された保護ダイオードを有している、としてもよい。
【0017】
還流ダイオードの順方向電圧は高いので、分圧回路のダイオード(第1素子)が故障して短絡した場合には、その高電圧が抵抗(第2素子)に作用する。そうした場合、温度推定装置が破損するおそれがある。それに対し、保護ダイオードがあれば、そうした場合でも、これを通じて電流を正極側から負極側に流すことができる。従って、抵抗に異常な高電圧が印加されるのを防止できる。トランス部に異常な大電流が流れるのを防止できる。
【0018】
前記インバータは、前記パワーデバイスを設置した基板と、当該基板に取り付けられた放熱器とを更に実装し、前記第1素子が、前記基板と別個に配置されるか、前記放熱器に接した状態で前記基板に配置されることにより、当該第1素子の温度が前記順方向電圧の検出に対して許容し得る範囲内に保持されている、としてもよい。
【0019】
そうすれば、第1素子を構成しているダイオードの温度変化の影響を無視できるので、分圧の演算が簡略化できる。
【0020】
前記ダイオード温度推定部が、前記パワーデバイスの温度を算出する動的熱モデルを更に有し、前記ダイオード温度推定部によって推定される前記パワーデバイスの温度である推定素子温度と、前記動的熱モデルによって算出される前記パワーデバイスの温度である算出素子温度との誤差及びカルマンゲインを算出し、当該誤差及びカルマンゲインを導入することによって前記動的熱モデルを修正し、修正した当該動的熱モデルによる算出値を前記パワーデバイスの温度として採用する、としてもよい。
【0021】
ダイオード温度推定部によって推定されるパワーデバイスの温度(推定素子温度)は、スイッチングノイズを含む。一方、動的熱モデルはスイッチングの影響を受けないので、算出素子温度はスイッチングノイズを含まない。そこで、公知のカルマンフィルタの手法を用いて、これら推定素子温度と算出素子温度の誤差とカルマンゲインとにより、動的熱モデルを修正し、修正した動的熱モデルによる算出値をパワーデバイスの温度として採用する。
【0022】
そうすれば、動的熱モデルは逐次修正されていき、算出素子温度は真の値に収束するので、ダイオード温度推定部は、スイッチングノイズが低減されたパワーデバイスの温度を推定できるようになる。従って、パワーデバイスの温度の推定精度が向上する。
【0023】
前記ダイオード温度推定部が、前記パワーデバイスの温度を算出する動的熱モデルと、前記インバータのノイズに関連した特定出力と前記動的熱モデルに対応したゲインとに関するゲイン設定データとを更に有し、前記ダイオード温度推定部によって推定される前記パワーデバイスの温度である推定素子温度と、前記動的熱モデルによって算出される前記パワーデバイスの温度である算出素子温度との誤差を算出するとともに前記ゲイン設定データから前記ゲインを取得し、当該誤差及びゲインを導入することによって前記動的熱モデルを修正し、修正した当該動的熱モデルによる算出値を前記パワーデバイスの温度として採用する、としてもよい。
【0024】
カルマンゲインKの算出は演算負荷が大きい。そのため、応答性に遅れが生じるおそれがあるうえに、ハードウエアが大型になる。それに対し、スイッチングノイズの変化を事前に予測し、それによってゲインを変化させるように構成(いわゆるフィードフォワード制御)すれば、カルマンゲインの算出が不要になるので、パワーデバイスの温度の推定精度の向上とともに、演算負荷を低減して高い応答性も実現できる。
【0025】
前記特定出力は、前記インバータが出力する電流値であり、前記ゲイン設定データに、当該電流値が大きくなるほど前記ゲインが小さくなるように設定されている、としてもよいし、前記特定出力は、前記インバータのキャリア周波数であり、前記ゲイン設定データに、当該キャリア周波数が低くなるほど前記ゲインが小さくなるように設定されている、としてもよい。
【0026】
すなわち、インバータが出力する電流が大きくなればスイッチングノイズは大きくなり、インバータが出力する電流が小さくなればスイッチングノイズは小さくなる。また、インバータのキャリア周波数が低くなればスイッチングノイズは大きくなり、インバータのキャリア周波数が高くなればスイッチングノイズは小さくなる。すなわち、インバータが出力する電流値及びインバータのキャリア周波数は、スイッチングノイズの変化と相関がある。
【0027】
従って、これらの変化に応じてゲインを大小に変化させれば、適切なゲインを予測的に取得できる。
【0028】
前記還流ダイオードの順方向電圧の検出は、前記スイッチング素子がオフとなっている期間に行われ、当該期間の大小に関係なく行われる、としてもよい。
【0029】
動的熱モデルの導入により、ノイズの影響を抑制できる。それにより、オフ期間の大小に関係なく、順方向電圧の検出を行うことができる。その結果、順方向電圧を検出するタイミングの制限が無くなるので、パワーデバイスの温度を適切に推定できる。
【0030】
予め設定された所定の電気角の範囲内で検出される複数の前記順方向電圧を平均化して得られる値を前記還流ダイオードの温度の推定に用いる、としてもよい。
【0031】
そうすれば、安定した順方向電圧を取得することが可能になり、温度の推定精度が向上する。また、所定の電気角で検出できる順方向電圧の数は、キャリア周波数に依存しているので、キャリア周波数が高くなれば検出できる順方向電圧の数は多くなる。上述したように、キャリア周波数が高くなれば、スイッチングノイズは小さくなるので、よりいっそう安定した順方向電圧を取得できる。
【発明の効果】
【0032】
開示する技術によれば、高電圧が用いられるインバータでも、スイッチング素子の温度を精度高く推定できる。従って、インバータの熱的損傷を効果的に防止できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】開示する技術を適用した電気自動車を説明するための概略図である。
図2】パワーデバイス温度推定装置の構成を説明するための概略図である。
図3】還流ダイオードの順方向電圧の検出を説明するための概略図である。
図4】電圧温度特性データ及び電流補正データを説明するための概略図である。
図5】パワーデバイスの温度の推定に関するブロック図である。
図6】第1ゲイン設定データの概念図である。
図7】第2ゲイン設定データの概念図である。
図8】パワーデバイスの温度管理制御に関するフローチャートである。
図9図8に続くフローチャートである。
図10】各パワーデバイスのオンオフに関するタイミングチャートを表した概略図である。
図11】電流制限データの概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、開示する技術について説明する。ただし、以下の説明は、本質的に例示に過ぎない。
【0035】
<開示する技術の適用例>
図1に、開示する技術に好適な適用例(電気自動車1)を示す。電気自動車1には、その駆動源として駆動モータ2が搭載されている。駆動モータ2は、永久磁石同期モータであり、インバータ10と電気的に接続されている。インバータ10は、駆動バッテリ4と高電圧配線5を介して接続されている。インバータ10はまた、制御用の低電圧配線6を介して制御装置7と接続されている。
【0036】
駆動バッテリ4は、複数のリチウムイオン電池で構成されている。駆動バッテリ4の定格電圧は例えば300V以上である。駆動バッテリ4は、インバータ10に高電圧な直流電力を供給する。インバータ10は、制御装置7によってPWM制御され、その直流電力を3相の交流電流に変換して駆動モータ2に供給する。それにより、駆動モータ2は回転する。
【0037】
駆動モータ2の後方には、変速機8が連結されている。駆動モータ2によって出力される回転動力は、変速機8で変速された後、プロペラシャフト、デファレンシャルギア、一対の駆動シャフトを介して駆動輪9に伝達される。それにより、電機自動車は走行する。
【0038】
インバータ10には、図1に簡略化して示すように、基板20aと放熱器20bを備えたパワーモジュール20が実装されている。パワーモジュール20には更に、パワーデバイス温度推定装置30が組み付けられている(これについては別途後述)。基板20aの表面には、6個のパワーデバイス40が設置されている。図2に示すように、これらパワーデバイス40の各々は、スイッチング素子41と、このスイッチング素子41と逆並列に接続された還流ダイオード42を含む。
【0039】
基板20aには公知のインバータ回路が設けられている。インバータ回路は、3相の交流で回転する駆動モータ2に、駆動バッテリ4の直流電力を3相(U相,V相,W相)の交流電力に変換して出力する。インバータ回路には、駆動バッテリ4の正極側と接続されている正極側配線11と、駆動バッテリ4の負極側と接続されている負極側配線12とが設けられている。そして、これら正極側配線11及び負極側配線12の間に、各相に対応した3つの回路(ハーフブリッジ回路13)が並列に接続されている。
【0040】
これらハーフブリッジ回路13、13,13の各々に、2つのパワーデバイス40,40が直列に接続されている。そして、これら2つのパワーデバイス40,40の間に、駆動モータ2に交流電力を出力する出力配線14が接続されている。これらハーフブリッジ回路13、13,13よりも入力側の正極側配線11及び負極側配線12の間には、これらハーフブリッジ回路13、13,13と並列に平滑コンデンサ15が接続されている。
【0041】
インバータ10の作動時には、PWM制御により、スイッチング素子41の各々が高速でオンオフされる。それにより、擬似的に交流波形の電流が形成され、その電流がいずれかの相の出力配線14を介して駆動モータ2に流れる。そして、他の相の出力配線14を介して駆動モータ2から負極側配線12に電流が流れる。
【0042】
還流ダイオード42は、対応するスイッチング素子41がオフされた時に発生する瞬間的な逆起電力でスイッチング素子41が損傷するのを防止するために設けられている。従って、対応するスイッチング素子41がオフされた時に、還流ダイオード42には順方向電圧が印加されて順方向電流が流れる。
【0043】
高速でオンオフし、大電流を断続的に遮断するスイッチング素子41は発熱する。そのため、パワーデバイス40を冷却するために、図1に示すように、基板20aの裏面に放熱器20bが取り付けられている。放熱器20bは、図外の冷却装置から循環供給される冷媒によって冷却されるように構成されている。
【0044】
スイッチング素子41は、温度が上限を超えると破損するおそれがある。そのため、スイッチング素子41の温度を検出し、それによってインバータ10の制御を制限することが行われている。しかし、スイッチング素子41の発熱量は、そのオンオフする頻度に応じて大きく変化するし、作動時は常に冷却されていることから、スイッチング素子41の温度は短時間で大きく変化する。従って、スイッチング素子41の温度を精度高く検出してその温度を適切に管理するためには、高い応答性が求められる。
【0045】
例示のパワーデバイス40は、スイッチング素子41及び還流ダイオード42が一体に構成されているMOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor)又はRC-IGBT(Reverse Conducting IGBT)を示している。従って、還流ダイオード42の温度はスイッチング素子41の温度とみなすことができる。
【0046】
パワーデバイス40には、スイッチング素子41と還流ダイオード42とが別体に構成されているタイプもある。この場合でも、同じパワーデバイス40を構成しているスイッチング素子41と還流ダイオード42は、互いに近接した状態で基板20aに配置される。従って、そのタイプでも還流ダイオード42の温度をスイッチング素子41の温度とみなすことができる。
【0047】
すなわち、還流ダイオード42の温度は、同じパワーデバイス40を構成しているスイッチング素子41の温度とみなすことができる。還流ダイオード42及びスイッチング素子41の温度は、そのパワーデバイス40の温度ともいえる。そこで、このインバータ10には、還流ダイオード42の順方向電圧に基づいてパワーデバイス40の温度を高い応答性と精度で推定できるように工夫されたパワーデバイス温度推定装置30が付設されている。
【0048】
<パワーデバイス温度推定装置>
図1に示すように、本実施形態のパワーデバイス温度推定装置30(単に「温度推定装置30」ともいう)は、基板20aから独立した形態で、パワーモジュール20に設けられている。具体的には、温度推定装置30は、基板20aに外付けされた状態で放熱器20bに取り付けられている。なお、温度推定装置30の一部は、基板20aに組み込むことにより、基板20aと一体に構成されていてもよい。
【0049】
図2に示すように、温度推定装置30は、ダイオード電流検出部31、分圧部32、ダイオード電圧検出部33、AD変換器35などで構成されている。分圧部32は、分圧ダイオード32a(第1素子)、分圧抵抗32b(第2素子)などで構成されている。ダイオード電圧検出部33は、保護ダイオード33a、トランス部33bなどで構成されている。
【0050】
この温度推定装置30では、1つのパワーデバイス40を推定対象としている。具体的には、U相の下側アーム13aに配置されたパワーデバイス40を推定対象としている。この場合、パワーモジュール20の構造上、各パワーデバイス40の温度に差が生じる場合には、最も温度が高くなるパワーデバイス40を推定対象とするとよい。
【0051】
また、U,V,Wの相毎やパワーデバイス40毎に分圧部32等を設け、複数のパワーデバイス40を推定対象としてもよい。この場合、構成は複雑になるが、インバータ10の熱的損傷をより精度高く防止できる。
【0052】
(ダイオード電流検出部31)
ダイオード電流検出部31は、推定対象とされるパワーデバイス40に対応して設けられており、その還流ダイオード42に流れる順方向電流を検出する。ダイオード電流検出部31は、電流検知器や電流センサなどの電流値が計測できるものであればよい。
【0053】
ダイオード電流検出部31は、例えば、図2に示すように、推定対象とされるパワーデバイス40の上流側または下流側の配線の所定箇所に設置される。そうして、スイッチング素子41がオフの期間に、還流ダイオード42を流れる電流(順方向電流)を検出する。
【0054】
(分圧部32)
分圧部32は、還流ダイオード42の高い順方向電圧を所定の割合で2つに分ける機能を有している。分圧ダイオード32a(第1素子)と分圧抵抗32b(第2素子)は互い直列に接続された状態で、推定対象とされる還流ダイオード42と並列に接続されている。分圧ダイオード32aは、還流ダイオード42と同じ向きである順並列に配置されている。つまり、スイッチング素子41に対して逆並列となる向きに配置されている。
【0055】
分圧ダイオード32aは、同じ順方向電流で比較した場合、還流ダイオード42よりも順方向電圧が少し低いものが用いられている。分圧抵抗32bの大きさは、分圧ダイオード32aの順方向電圧に対応して選択される。
【0056】
これら分圧ダイオード32a及び分圧抵抗32bは分圧回路を構成しており、この分圧回路を用いて還流ダイオード42の順方向電圧が検出される。すなわち、ダイオード電圧検出部33は、分圧抵抗32bと並列に接続されており、分圧抵抗32bの分圧に基づいて還流ダイオード42の順方向電圧を検出する。
【0057】
従来の分圧回路では、第1素子にも抵抗が用いられている(抵抗分圧回路)。しかし、その場合、対象とするスイッチング素子41に数百V等の高電圧が作用する場合には、1/100のレベルで分圧する必要があり、上述したように、検出対象である還流ダイオード42の順方向電圧のうち、温度変化に伴う変動成分も1/100のレベルで分圧されてしまう。その結果、微小な電圧変化(例えば100μVレベル)を検出することが必要になり、高精度な温度推定が困難になる。
【0058】
それに対し、この分圧部32では、第1素子が分圧ダイオード32aとされている。いわば、分圧抵抗32bは、還流ダイオード42から分圧ダイオード32aの分だけ順方向電圧を小さくしたダイオードと並列に接続されているのと同等の構成となっている。
【0059】
図3の左上図に、分圧部32の回路構成を簡略化して示す。図3の右上図は、ダイオードの順方向電圧Vfと順方向電流ifとの関係を表したグラフである。実線は、還流ダイオード42の順方向電圧Vfdを示している。還流ダイオード42の順方向電圧Vfdは、順方向電流ifが大きくなってもその変化量は比較的小さい。
【0060】
還流ダイオード42の温度が上昇すると、その順方向電圧Vfdは、その温度の上昇量に応じて、仮想線で示すように低くなる方向にシフトし、低下する(ΔVf)。
【0061】
ダイオードは、抵抗と異なり、順方向電流の大きさが異なる場合でも、温度に対する電圧変化量ΔVfは同等なうえに小さい。例えば、パワーデバイス40の場合、その温度上昇に伴う順方向電圧Vfの変化量ΔVfは、その順方向電流が大小に変化しても、-0.1V程度である。
【0062】
図3に示すように、還流ダイオード42に順方向電流if_1が流れて順方向電圧Vf_1が作用している場合を想定する。対応するスイッチング素子41はオフされているので、無視できる。そして、このとき、還流ダイオード42が常温の基準温度から上昇し、順方向電圧がVfdからΔVf変化したとする。そうした場合、分圧抵抗32bの分圧Vrfは、図3で示す式のように、Vf_1-Vfpであり、温度変化を反映すると、Vfd+ΔVf-Vfpとなる。
【0063】
すなわち、この構成の分圧回路によれば、温度変化に伴う順方向電圧Vfの変動量ΔVfを、分圧されることなく、それ自体を検出できる。従って、微小な電圧変化を検出する必要が無くなるので、温度の推定が容易になり、その推定精度が高まる。
【0064】
ちなみに、分圧ダイオード32aが抵抗値R0の抵抗で構成された抵抗分圧回路であった場合、その温度による変動成分は(Rf/R0+Rf)・ΔVfとなる。分圧によって小さくなったこの圧力を検出しなければならない。
【0065】
ここで、分圧ダイオード32aは、基板20aとは別個に配置されており、その温度変化による分圧ダイオード32aの順方向電圧への影響は実質的に無視できるように構成されている(実質的にVfpは一定とみなせる)。
【0066】
すなわち、分圧ダイオード32aの温度は、変化したとしても、還流ダイオード42の順方向電圧Vf_1の検出に対して許容し得る範囲内に保持されている。なお、分圧ダイオード32aを基板20aに配置する場合には、放熱器20bに接した状態で配置し、放熱器20bへの放熱によって上述した許容し得る範囲内に保持できるように構成してもよい。
【0067】
そうすれば、分圧ダイオード32aの温度変化の影響を無視できるので、分圧の演算が簡略化できる。
【0068】
分圧ダイオード32aの温度変化を考慮してその順方向電圧Vfpを検出するようにしてもよい。すなわち、分圧ダイオード32aに温度センサを設置し、それによって分圧ダイオード32aの温度を実測する。分圧ダイオード32aの温度とその電流電圧特性に関するデータ(特定データ)をダイオード温度推定部34に予め記憶しておく。そして、実測した分圧ダイオード32aの温度とその特性データとに基づいて、温度変化を考慮した分圧ダイオード32aの順方向電圧Vfを検出する。
【0069】
(ダイオード電圧検出部33)
ダイオード電圧検出部33は、上述したように、保護ダイオード33a、トランス部33bなどで構成されている。ダイオード電圧検出部33は、インバータ10の回路から絶縁した状態で、分圧抵抗32bの分圧を所定の大きさのアナログ信号として出力する機能を有している。
【0070】
保護ダイオード33aは、還流ダイオード42及び分圧ダイオード32aとは逆向きに配置した状態で、分圧抵抗32bと並列に接続されている。還流ダイオード42の順方向電圧は高いので、分圧ダイオード32aが故障して短絡した場合には、その高電圧が分圧抵抗32bに作用することになる。そうした場合、温度推定装置30が破損するおそれがある。
【0071】
それに対し、このような保護ダイオード33aを設けることで、仮に分圧ダイオード32aが短絡しても、保護ダイオード33aを通じて電流を正極側から負極側に流すことができる。従って、分圧抵抗32bに異常な高電圧が印加されるのを防止できる。そして、トランス部33bに異常な大電流が流れるのを防止できる。従って、温度推定装置30を保護できる。
【0072】
AD変換器35が、トランス部33bを介して分圧部32と接続されている。AD変換器35は、トランス部33bから入力される電圧または電流のアナログ信号をデジタル信号に変換する。AD変換器35とトランス部33bとの間には、負荷抵抗36が並列に接続されている。
【0073】
トランス部33bは、分圧抵抗32bと並列に接続された公知のパルストランスからなり、AD変換器35は、トランス部33bによって分圧部32から分離されている。従って、数百Vの高電圧な電力系の回路からAD変換器35を独立(絶縁)した状態にできる。分圧部32の電力が異常になったとしても、直接、AD変換器35にその影響が及ぶことはない。
【0074】
しかも、保護ダイオード33aにより、トランス部33bに大電流が流れないようになっている。従って、トランス部33bは、大電流に備える必要が無いので、小型化できる。そして、トランス部33bには分圧抵抗32bの分圧に対応した比較的小さな電流しか流れないので、トランス部33bは、比較的小さな巻き数比で、AD変換器35に対して適度な電圧に増大できる。
【0075】
具体的には、AD変換器35が許容できる電圧は、一般に±5V程度である。従って、トランス部33bの二次側の電圧Vadは、その範囲内に納める必要がある。それに対し、トランス部33bは、図3の下図及び式に示すように、分圧抵抗32bと並列に接続されているトランス部33bの一次側巻き数(T1)と、AD変換器35に接続されているトランス部33bの二次側巻き数(T2)との比(巻き数比Tvf:T2/T1)に応じて、その一次側の電圧(つまり分圧抵抗32bの分圧Vrf)を変換して二次側に出力する(Vad=Tvf・Vrf)。
【0076】
トランス部33bの一次側を流れる電流は比較的小さいので、巻き数比Tvfを数倍程度(例えば4倍)に設定することにより、一次側の電圧を増大して二次側に出力できる。そうして、トランス部33bの二次側の電圧を±5V程度の範囲内に納めることができる。従って、分圧抵抗32bの分圧Vrf、ひいては還流ダイオード42の順方向電圧Vfを安定して精度高く検出できる。
【0077】
(ダイオード温度推定部34)
ダイオード温度推定部34は、AD変換器35にオンボードされたICチップ等によって構成されている。すなわち、ダイオード温度推定部34は、機能的な構成としてAD変換器35に設けられている。
【0078】
具体的には、ダイオード温度推定部34は、プロセッサ、メモリなどのAD変換器35に備えられる公知のハードウエアと、そのメモリに実装されるプログラム、データなどのソフトウエアとで構成されている。ダイオード温度推定部34は、これらハードウエアとソフトウエアの協働により、検出される順方向電流if及び順方向電圧Vfを用いて還流ダイオード42の温度を推定する。
【0079】
すなわち、ダイオード温度推定部34は、還流ダイオード42の電流、電圧、及び、温度に関する特性データを有している。具体的には、図4の上側のグラフに実線L1で示すように、ダイオード温度推定部34は、基準となる順方向電流ifにおける還流ダイオード42の順方向電圧Vfとその温度tdとの関係を特定した電圧温度特性データを有している。
【0080】
還流ダイオード42の順方向電圧Vfとその温度tdとの関係は、比較的小さいものではあるが、順方向電流ifの大きさに応じて変化する(図3の右上図参照)。
【0081】
例えば、図4の上側のグラフに仮想線で示すように、順方向電流ifが大きくなると(if+)、それに伴って順方向電圧Vfに対するその温度tdも大きくなる。順方向電流ifが小さくなると(if-)、それに伴って順方向電圧Vfに対するその温度tdも小さくなる。順方向電流ifの変化に対する順方向電圧Vfに対するその温度tdの変化は、順方向電流ifが大きくなるほど大きくなる。
【0082】
従って、ダイオード温度推定部34は更に、図4の下側のグラフに示すように、係る関係に基づいて設定された、順方向電流ifと、上述した電圧温度特性データの補正係数αとの関係を特定した電流補正データを有している。
【0083】
電圧温度特性データ及び電流補正データは、AD変換器35のメモリに記憶されている。なお、特性データの形式は仕様に応じて選択できる。電流補正データに代えて、電流値毎の電圧温度特性データを用いてもよい。
【0084】
ダイオード温度推定部34は、ダイオード電流検出部31で検出される還流ダイオード42の順方向電流ifと、ダイオード電圧検出部33で検出される順方向電圧Vfと、これら特性データとに基づいて、還流ダイオード42の温度tdを推定する。
【0085】
具体的には、検出した順方向電流ifと電流補正データとから補正値αを特定し、その補正値αを用いて、電圧温度特性データをその順方向電流ifに対応したデータに補正する。そうして、検出した順方向電圧Vfと補正した電圧温度特性データとから還流ダイオード42の温度tdを特定する。上述したように、還流ダイオード42の温度tdは、スイッチング素子41の温度でもあり、パワーデバイス40の温度でもある。
【0086】
<ノイズ対策>
上述した順方向電流if及び順方向電圧Vfの検出は、推定対象であるパワーデバイス40のスイッチング素子41がオフとなっている期間(オフ期間)に行われるが、スイッチング素子41は高速でオンオフされるし、オフ期間の大きさも変化する。そのため、その検出はスイッチングに起因したノイズ(スイッチングノイズ)の影響を受け易い。
【0087】
例えば、オフ期間が小さいほどスイッチングノイズの影響を受けるので、大きなオフ期間で検出すればスイッチングノイズの影響を低減できる。しかし、オフ期間を大きくすることは、駆動モータ2を適切に駆動できないおそれがあるし、大きなオフ期間に限って検出すれば、パワーデバイス40の温度を適切に推定できない。
【0088】
一方、小さいオフ期間で検出した順方向電流if及び順方向電圧Vfには大きなスイッチングノイズが重畳するため、パワーデバイス40の温度推定の精度が低下する。すなわち、ダイオード温度推定部34によって推定されるパワーデバイス40の温度(推定素子温度)は、スイッチングノイズを含むため、パワーデバイス40の温度を精度高く推定するためには、その影響を低減させるのが好ましい。
【0089】
そこで、この温度推定装置30では、上述した還流ダイオード42の順方向電圧及び順方向電流の検出と還流ダイオード42の特性データとに基づいたパワーデバイス40の温度推定と、動的熱モデルを用いたパワーデバイス40の温度の算出とを組み合わせることにより、スイッチングノイズの影響を低減して、パワーデバイス40の温度の推定精度が向上できるように工夫されている。
【0090】
図5に、そのパワーデバイス40の温度の推定に関するブロック図を示す。ダイオード温度推定部34は、更に動的熱モデル38を備える。そして、ダイオード温度推定部34は、更にその動的熱モデル38と上述したパワーデバイス40の温度推定とを組み合わせて還流ダイオード42の温度を推定する拡張ソフトウエアを有している。この拡張ソフトウエアは、公知のカルマンフィルタをベースに構成されている。
【0091】
動的熱モデル38は、基板20aや放熱器20bなどのパワーデバイス40の周辺構造と、インバータ10が出力する電流や電圧などのパワーデバイス40の温度変化に寄与する各因子に基づいて、公知の熱流体解析ソフトなどを用いて設計することができる。
【0092】
インバータ10の作動中は、常時、駆動モータ2に電流及び電圧が出力される。それと同時に、放熱器20bに冷媒が循環供給される。動的熱モデル38では、パワーデバイス40の発熱と放熱の双方に影響するこれらの各因子を検出して導入することにより、パワーデバイス40の温度を、動的に算出する。
【0093】
動的熱モデル38は、演算プログラムとしてAD変換器35のメモリに記憶しておけばよい。更に、AD変換器35のメモリに、インバータ10が出力する電流や電圧とパワーデバイス40の発熱量との関係に基づいて設定された発熱マップ、及び、冷媒の流量や温度とパワーデバイス40の放熱量との関係に基づいて設定された放熱マップを記憶し、適宜参照するようにしてもよい。
【0094】
ダイオード温度推定部34は、インバータ10が出力する電流及び電圧(電力)を、その指令値や実測値などから特定する。同時に、放熱器20bに供給される冷媒の流量や温度についても、その指令値や実測値などから特定する。そして、パワーデバイス40の発熱と放熱の双方に影響するこれらの各因子を動的熱モデル38に導入することにより、逐次、パワーデバイス40の温度を算出する。
【0095】
ダイオード温度推定部34は、公知のカルマンフィルタを用いて、動的熱モデル38によって算出されるパワーデバイス40の温度(算出素子温度)と推定素子温度の誤差を算出するとともに、その誤差が最小になる最適なゲインK(カルマンゲインK)を算出する。そして、算出した誤差及びカルマンゲインKを動的熱モデル38に導入し、動的熱モデル38のノイズに関連した修正項を変更する。そうすることによって、ダイオード温度推定部34は、動的熱モデル38を修正する。そうした後、修正した動的熱モデル38によって得られる算出値を、パワーデバイス40の温度として採用する。
【0096】
その結果、動的熱モデル38は逐次修正されていき、算出素子温度は真の値に収束するので、ダイオード温度推定部34は、スイッチングノイズが低減されたパワーデバイス40の温度を推定できるようになる。従って、パワーデバイス40の温度の推定精度が向上する。
【0097】
動的熱モデル38はスイッチングの影響を受けないので、算出素子温度はスイッチングノイズを含まない。対して、上述したように、実測される推定素子温度はスイッチングノイズを含む。従って、これら算出素子温度と推定素子温度の誤差は、動的熱モデル38に起因したモデル誤差とスイッチングノイズに起因したノイズ誤差とからなる。
【0098】
このとき、カルマンフィルタの場合、ノイズ誤差を最小にしながら、モデル誤差を最小にする。具体的には、これら誤差の共分散を算出し、その値が最小となるゲインKを最適なゲインK、つまりカルマンゲインKとする。
【0099】
ただし、この場合、共分散の算出は演算負荷が大きい。そのため、応答性に遅れが生じるおそれがある。ハードウエアが大型になり、AD変換器35に組み込めない場合もあり得る。
【0100】
従って、スイッチングノイズの変化を事前に予測し、それによってゲインKを変化させるように構成してもよい(いわゆるフィードフォワード制御)。そうすれば、カルマンゲインKの算出が不要になるので、パワーデバイス40の温度の推定精度の向上とともに、演算負荷を低減して高い応答性も実現できる。
【0101】
(フィードフォワード制御の組み合わせ)
具体的には、図5に、破線で示すように、インバータ10が出力する電流及び電圧に基づいて、適切なゲインKを予測し、ゲインKの大きさを変化させる。
【0102】
ダイオード温度推定部34は、更に所定のゲイン設定データを備える。そして、上述した拡張ソフトウエアは、このゲイン設定データを用いるように構成されている。ゲイン設定データには、インバータ10のノイズ、つまりスイッチングノイズに関連した特定出力と、動的熱モデル38に対応したゲインK(カルマンゲインKと区別するために、予測的ゲインKともいう)との相関関係に関するデータが設けられている。
【0103】
例えば、インバータ10が出力する電流が大きくなればスイッチングノイズは大きくなり、インバータ10が出力する電流が小さくなればスイッチングノイズは小さくなる。従って、インバータ10が出力する電流値は、スイッチングノイズの変化と相関がある(特定出力に相当)。
【0104】
ダイオード温度推定部34は、図6に示すような、インバータ10が出力する電流値iと予測的ゲインKとの相関関係に関するゲイン設定データ(第1ゲイン設定データ)を備える。第1ゲイン設定データには、インバータ10が出力する電流値iが大きくなるほど予測的ゲインKが小さくなるように設定されている。
【0105】
また、インバータ10のキャリア周波数が低くなればスイッチングノイズは大きくなり、インバータ10のキャリア周波数が高くなればスイッチングノイズは小さくなる。従って、インバータ10のキャリア周波数は、スイッチングノイズの変化と相関がある(特定出力に相当)。
【0106】
ダイオード温度推定部34は、図7に示すような、インバータ10のキャリア周波数frと予測的ゲインKとの相関関係に関するゲイン設定データ(第2ゲイン設定データ)を備える。第2ゲイン設定データには、インバータ10のキャリア周波数frが低くなるほど予測的ゲインKが小さくなるように設定されている。
【0107】
ダイオード温度推定部34はまた、インバータ10が出力する電流値及びキャリア周波数の双方と予測的ゲインKとの相関関係に関するゲイン設定データ(第3ゲイン設定データ)を備えるようにしてもよい。そうすれば、データ量は増加するが、これら特定出力の双方の変化に対応した予測的ゲインKを取得することができる。
【0108】
ダイオード温度推定部34は、インバータ10が出力する電流値やキャリア周波数と、これら第1ゲイン設定データ又は第2ゲイン設定データ(又は第3ゲイン設定データ)とに基づいて、適切なゲインKを予測し、予測的ゲインKを取得する。
【0109】
例えば、インバータ10が出力する電流値が入力されると、ダイオード温度推定部34は、第1ゲイン設定データからその電流値に応じた予測的ゲインKを取得する。それにより、インバータ10が出力する電流値が小さくなれば、それに応じて予測的ゲインKは大きくなり、インバータ10が出力する電流値が大きくなれば、それに応じて予測的ゲインKは小さくなる。
【0110】
同様に、インバータ10のキャリア周波数が入力されると、ダイオード温度推定部34は、第2ゲイン設定データからそのキャリア周波数に応じた予測的ゲインKを取得する。それにより、インバータ10のキャリア周波数が高くなれば、それに応じて予測的ゲインKは大きくなり、インバータ10のキャリア周波数が低くなれば、それに応じて予測的ゲインKは小さくなる。
【0111】
ダイオード温度推定部34は、そうして得られる予測的ゲインKと、推定素子温度と算術素子温度との誤差とを動的熱モデル38に導入し、動的熱モデル38のノイズに関連した修正項を変更する。そうすることによって、ダイオード温度推定部34は、動的熱モデル38を修正する。そうした後、修正した動的熱モデル38によって得られる算出値を、パワーデバイス40の温度として採用する。
【0112】
その結果、動的熱モデル38は逐次修正されていき、算出素子温度は真の値に収束するので、ダイオード温度推定部34は、スイッチングノイズが低減されたパワーデバイス40の温度を推定できるようになる。従って、パワーデバイス40の温度の推定精度が向上する。しかも、カルマンゲインKの算出が不要になるので、演算負荷を低減して高い応答性も実現できる。その結果、ハードウエアを小さくできるので、AD変換器35に容易に組み込むことができる。
【0113】
<温度推定装置30によるパワーデバイス40の温度管理の具体例>
図8及び図9に、ノイズ対策を施した温度推定装置30によるパワーデバイス40の温度管理制御の一例を示す。この温度推定装置30では、上述したフィードフォワード制御の組み合わせによるノイズ対策が施されている。
【0114】
電気自動車1がキーインされて、搭載されている電気機器に電力が投入されると、温度推定装置30は、インバータ10が出力する電流などの関連データの読み込みを開始する(ステップS1)。温度推定装置30は、インバータ10の作動中、つまり車載の電気機器に電力が投入されている間は、常に温度管理制御の処理を実行する(ステップS2でYes)。インバータ10が停止することによって温度推定装置30は温度管理制御の処理を停止する(ステップS2でNo)。
【0115】
温度推定装置30(ダイオード温度推定部34)は、インバータ10が作動して駆動モータ2へ電力が出力されている時には、還流ダイオード42の温度に基づくパワーデバイス40の温度推定処理、動的熱モデル38を用いたパワーデバイス40の温度算出処理、及び、予測的ゲインKの取得処理を、それぞれ併行して実行するのが好ましい。そうすれば、短時間で温度推定できるので、応答性に優れる。
【0116】
(還流ダイオード42の温度に基づくパワーデバイス40の温度推定処理)
還流ダイオード42の温度に基づくパワーデバイス40の温度推定処理においては、温度推定装置30は、最初に、所定期間に検出された順方向電圧Vfを平均化する処理を行う(ステップS3)。具体的には、予め設定された所定の電気角の範囲内で検出される複数の順方向電圧を平均化する。そうして得られる値(Vf平均値)を還流ダイオード42の温度の推定に用いる。
【0117】
図10に、U,V,Wの各相の下側アーム13aに配置されている各パワーデバイス40のオンオフに関するタイミングチャートを示す。ハッチングで示す部分がオン期間であり、その間の部分がオフ期間である。この温度推定装置30では、図2に示すように、U相のパワーデバイス40を推定対象としているので、そのオフ期間(R1やR2)に順方向電圧Vfの検出が行われる。
【0118】
上述したように、順方向電圧Vfの検出は、オフ期間が小さいほどスイッチングノイズの影響を受けるので、大きなオフ期間(例えばR2)で検出すればスイッチングノイズの影響を低減できる。しかし、大きなオフ期間に限って検出するとすれば、そのタイミングが大幅に制限されるので、パワーデバイス40の温度を適切に推定できない。
【0119】
それに対し、この温度推定装置30の場合、上述したノイズ対策により、ノイズの影響を抑制できる。それにより、オフ期間の大小に関係なく、順方向電圧Vfの検出を行うことができる。例えば、オフ期間が最も小さいR1の期間でも順方向電圧Vfの検出を行うことができる。
【0120】
そこで、この温度推定装置30では、予め所定期間、例えば電気角120°(R3の期間)が設定されており、その範囲内で連続する各オフ期間において順方向電圧Vfを検出し、これら順方向電圧Vfを平均化する。そうすることで、安定した順方向電圧Vfを取得することが可能になる。
【0121】
所定の電気角で検出できる順方向電圧Vfの数は、キャリア周波数に依存している。キャリア周波数が高くなれば検出できる順方向電圧Vfの数は多くなる。上述したように、キャリア周波数が高くなればスイッチングノイズは小さくなるので、より安定した順方向電圧Vfを取得できる。
【0122】
温度推定装置30は、検出される順方向電流ifに応じて特性データを補正する(ステップS4)。すなわち、図4に示したように、検出した順方向電流ifと電流補正データとから補正値αを特定し、その補正値αを用いて、電圧温度特性データをその順方向電流ifに対応したデータに補正する。
【0123】
そして、温度推定装置30は、取得したVf平均値と補正した電圧温度特性データとに基づいて、素子温度Tswを推定する(ステップS5)。そうすることによって推定した素子温度Tswを、温度推定装置30は、推定素子温度Tsw1として取得する(ステップS6)。
【0124】
(動的熱モデル38を用いたパワーデバイス40の温度算出処理)
動的熱モデル38を用いたパワーデバイス40の温度算出処理においては、温度推定装置30は、動的熱モデル38を用いて素子温度Tswを算出する(ステップS7)。すなわち、インバータ10が出力する電流及び電圧(電力)を、その指令値や実測値などから特定する。同時に、放熱器20bに供給される冷媒の流量や温度についても、その指令値や実測値などから特定する。そして、パワーデバイス40の発熱と放熱の双方に影響するこれらの各因子を動的熱モデル38に導入する。そうすることにより、温度推定装置30はパワーデバイス40の温度を算出する。
【0125】
そうすることによって推定した素子温度Tswを、温度推定装置30は、算出素子温度Tsw2として取得する(ステップS8)。
【0126】
温度推定装置30は、取得した推定素子温度Tsw1と算出素子温度Tsw2とを減算処理することにより、これらの誤差を算出する(ステップS9)。減算するだけであるので、演算負荷はほとんどない。
【0127】
(予測的ゲインKの取得処理)
温度推定装置30は、インバータ10が出力する電流及び電圧(電力)から、そのノイズに関連した特定出力(電流値、キャリア周波数)に基づいて予測的にゲインKを取得する(ステップS10)。
【0128】
具体的には、インバータ10が出力する電流値が入力されると、ダイオード温度推定部34が、第1ゲイン設定データからその電流値に応じた予測的ゲインKを取得する。または、インバータ10のキャリア周波数が入力されると、ダイオード温度推定部34は、第2ゲイン設定データからそのキャリア周波数に応じた予測的ゲインKを取得する。温度推定装置30は、状況に応じて電流値又はキャリア周波数のいずれか一方に基づいた予測的ゲインKを優先して採用する。
【0129】
なお、ダイオード温度推定部34が第3ゲイン設定データを備える場合には、インバータ10が出力する電流値及びキャリア周波数が入力されると、ダイオード温度推定部34は、第3ゲイン設定データからその電流値及びキャリア周波数に応じた予測的ゲインKを取得する。
【0130】
推定素子温度Tsw1と算出素子温度Tsw2との誤差の算出処理、及び、予測的ゲインKの取得処理が完了すると、図9に示すように、温度推定装置30は、算出した誤差と取得した予測的ゲインKとを動的熱モデル38に導入する(ステップS11)。
【0131】
そうして、上述したように、動的熱モデル38を修正し、修正した動的熱モデル38を用いて素子温度Tswを推定する(ステップS12、S13)。
【0132】
具体的には、予測的ゲインKと誤差を用いて動的熱モデル38のノイズに関連した修正項を変更することによって動的熱モデル38を修正する。そうした後、修正した動的熱モデル38によって得られる算出値を、最終的に推定されたパワーデバイス40の素子温度Tswとして採用する。
【0133】
温度推定装置30は、そうして推定した素子温度Tswが所定の温度Tsを超えているか否かを判定する(ステップS14)。具体的には、温度推定装置30(ダイオード温度推定部34)には、図11に示すような、インバータ10が出力可能な最大電流値と素子温度Tswの温度との関係を示すデータ(電流制限データ)が予め設定されている。
【0134】
そして、温度推定装置30は、その電流制限データを参照し、推定した素子温度Tswが温度Tsを超えていた場合は(ステップS14でYes)、その素子温度Tswに応じて、インバータ10が出力可能な最大電流値を減少させ、その値を超えないように電流を管理する(ステップS15)。
【0135】
推定した素子温度TswがTmax以上である場合には、インバータ10の作動を停止し、インバータ10が電流を出力しないようにする。一方、温度推定装置30は、電流制限データを参照し、推定した素子温度Tswが温度Tsを超えていない場合は(ステップS14でNo)、最大電流値は通常通り(一定値)とし、その値を超えないように電流を管理する。そうして、ステップS2に戻り、素子温度Tswの推定処理を繰り返す。
【0136】
このように、この温度推定装置30であれば、高電圧が用いられるインバータ10でも、スイッチング素子41の温度を精度高く推定できる。従って、この温度推定装置30を用いてスイッチング素子41の温度管理を行うことで、インバータ10の熱的損傷を効果的に防止できるようになる。
【0137】
なお、開示する技術は、上述した実施形態に限定されず、それ以外の種々の構成をも包含する。例えば、実施形態では電気自動車1の適用例を示したが、開示する技術はハイブリッド車にも適用できる。
【符号の説明】
【0138】
1 電気自動車
2 駆動モータ
4 駆動バッテリ
10 インバータ
20 パワーモジュール
20a 基板
20b 放熱器
30 パワーデバイス温度推定装置
31 ダイオード電流検出部
32 分圧部
32a 分圧ダイオード(第1素子)
32b 分圧抵抗(第2素子)
33 ダイオード電圧検出部
33a 保護ダイオード
33b トランス部
34 ダイオード温度推定部
35 AD変換器
36 負荷抵抗
38 動的熱モデル
40 パワーデバイス
41 スイッチング素子
42 還流ダイオード
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11