(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024168147
(43)【公開日】2024-12-05
(54)【発明の名称】浸窒処理部品およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 8/50 20060101AFI20241128BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20241128BHJP
C21D 1/10 20060101ALN20241128BHJP
C21D 9/32 20060101ALN20241128BHJP
【FI】
C23C8/50
C21D1/06 A
C21D1/10 A
C21D9/32 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023084583
(22)【出願日】2023-05-23
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】阿部 和裕
(72)【発明者】
【氏名】波東 久光
(72)【発明者】
【氏名】中村 圭吾
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA18
4K042BA04
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA15
4K042DA01
4K042DB01
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC04
(57)【要約】
【課題】鉄鋼材料に対する表面処理において、従来のガス浸炭処理による浸炭層の形成よりもCO
2ガス排出量を低減しながら、従来の浸窒層が形成された部品よりも耐クラック性に優れる浸窒処理部品およびその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る浸窒処理部品は、鉄鋼材料を基材とし、前記基材の表層領域に硬化層となじみ層とを有し、前記硬化層は平均厚さが10μm以上100μm以下で窒素濃度が0.05質量%以上5質量%以下の層であり、前記なじみ層は、前記硬化層の外層側に形成され、平均厚さが5μm以上50μm以下で酸化鉄を含む層であることを特徴とする。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄鋼材料を基材とする浸窒処理部品であって、
前記浸窒処理部品は、前記基材の表層領域に硬化層となじみ層とを有し、
前記硬化層は平均厚さが10μm以上100μm以下で窒素濃度が0.05質量%以上5質量%以下の層であり、
前記なじみ層は、前記硬化層の外層側に形成され、平均厚さが5μm以上50μm以下で酸化鉄を含む層であることを特徴とする浸窒処理部品。
【請求項2】
請求項1に記載の浸窒処理部品において、
前記硬化層のビッカース硬さが680 Hv以上であり、
前記なじみ層のビッカース硬さが500 Hv以下であることを特徴とする浸窒処理部品。
【請求項3】
請求項1に記載の浸窒処理部品において、
前記基材がマルテンサイト組織を有することを特徴とする浸窒処理部品。
【請求項4】
請求項2に記載の浸窒処理部品において、
前記基材がマルテンサイト組織を有することを特徴とする浸窒処理部品。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれか一項に記載の浸窒処理部品の製造方法であって、
所望の形状を有する前記基材を用意する基材用意工程と、
前記基材の前記表層領域に前記硬化層と前記なじみ層とを形成する硬化層・なじみ層形成工程と、
前記硬化層および前記なじみ層を形成した基材にマルテンサイト組織を形成する焼入れ工程とを有し、
前記硬化層・なじみ層形成工程は、
トリアジン環を有する化合物および/または窒素炭素間の二重結合を有する化合物の水溶液からなる表面処理水溶液を用意する工程と、
前記表面処理水溶液の中に前記基材を浸漬し、該基材を高周波誘導加熱法によって加熱して該基材の表層領域に窒素を侵入させると共に該基材の鉄成分を酸化させる浸窒・酸化素工程とを有する、
ことを特徴とする浸窒処理部品の製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載の浸窒処理部品の製造方法において、
前記浸窒・酸化素工程における前記高周波誘導加熱法による加熱は、前記基材の表面の温度が700℃以上950℃以下になるように入力制御することを特徴とする浸窒処理部品の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の浸窒処理部品の製造方法において、
前記焼入れ工程は、高周波誘導加熱法による加熱を含み、当該高周波誘導加熱法によって前記基材の表面の温度が800℃以上1100℃以下でありかつ前記浸窒・酸化素工程よりも高い温度になるように入力制御することを特徴とする浸窒処理部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浸窒処理を施した金属部品に関し、特に鉄鋼材料に浸窒処理を施した部品およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
動力伝達装置における歯車・ギア等の摺動/転動部品は、機械的負荷を繰り返し受ける過酷な環境下で使用される部品であり、耐摩耗性が非常に重要な機械的特性のうちの一つである。摺動/転動部品は、通常、鉄鋼材料を基材とし、耐摩耗性を確保するための表面処理として浸炭処理がしばしば施される。
【0003】
鉄鋼材料に対する浸炭処理は、CO2、H2、CH4等を主成分とするガスによって行うガス浸炭が現在主流である。しかしながら、現在のガス浸炭処理は、大量のCO2ガスを排出するため、昨今のCO2ガス排出削減に対して不都合である。そこで、CO2ガス排出を低減可能な代替えの表面処理技術が求められている。
【0004】
そのような要求に対して、例えば特許文献1(特開2017-137547)には、鉄鋼材料からなるワークに窒素を浸透拡散させる浸窒処理方法であって、前記ワークに対し電流浸透深さが2 mm以上になる周波数で誘導加熱を行うことと、前記ワークの表面に窒化ガスを吹き付けることと、を含むことを特徴とする浸窒処理方法、が開示されている。
【0005】
特許文献1によると、窒化ガスから分解した窒素におけるワーク内部への拡散速度を維持しつつ、ワーク表面での窒化ガスの分解を抑制することができ、その結果、浸窒処理時間を短縮することが可能になるとされている。また、特許文献1に直接的に記載されていないが、浸炭処理でないことから排出されるCO2ガス量の削減が期待できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述したように、昨今は工業製品の製造においてCO2ガスの排出量削減が強く求められている。鉄鋼材料に対する従来の浸炭処理を、特許文献1に開示されているような浸窒処理に変更することで、表面処理で排出されるCO2ガス量を低減できることが期待できる。
【0008】
一方、従来の浸窒処理で形成される浸窒層は、硬さが浸炭層よりも大きくなり易く耐摩耗性の観点で有利であるが、鉄鋼材料中の窒素の拡散係数が炭素の拡散係数よりも小さいことから、形成される層の厚さが浸炭層よりも薄くなり易いとされている。そのため、摺動/転動部品に対する機械的な繰り返し負荷において、従来の浸窒層は、予期せぬ異物等が挟まると応力集中によってクラックが入り易く、摩耗とは異なる要因によって摺動/転動部品の耐久性が低下するという別の問題が生じる。
【0009】
本発明は、上記のような要求・問題を解決するためになされたものであり、その目的は、鉄鋼材料に対する表面処理において、従来のガス浸炭処理による浸炭層の形成よりもCO2ガス排出量を低減しながら、従来の浸窒層が形成された部品よりも耐クラック性に優れる浸窒処理部品およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(I)本発明の一態様は、鉄鋼材料を基材とする浸窒処理部品であって、
前記浸窒処理部品は、前記基材の表層領域に硬化層となじみ層とを有し、
前記硬化層は平均厚さが10μm以上100μm以下で窒素濃度が0.05質量%以上5質量%以下の層であり、
前記なじみ層は、前記硬化層の外層側に形成され、平均厚さが5μm以上50μm以下で酸化鉄を含む層であることを特徴とする浸窒処理部品、を提供するものである。
【0011】
本発明は、上記の浸窒処理部品(I)において、以下のような改良や変更を自由に組み合わせながら加えることができる。
(i)前記硬化層のビッカース硬さが680 Hv以上であり、前記なじみ層のビッカース硬さが500 Hv以下である。
(ii)前記基材がマルテンサイト組織を有する。
【0012】
(II)本発明の他の一態様は、上記の浸窒処理部品の製造方法であって、
所望の形状を有する前記基材を用意する基材用意工程と、
前記基材の前記表層領域に前記硬化層と前記なじみ層とを形成する硬化層・なじみ層形成工程と、
前記硬化層および前記なじみ層を形成した基材にマルテンサイト組織を形成する焼入れ工程とを有し、
前記硬化層・なじみ層形成工程は、
トリアジン環を有する化合物および/または窒素炭素間の二重結合を有する化合物の水溶液からなる表面処理水溶液を用意する表面処理水溶液用意素工程と、
前記表面処理水溶液の中に前記基材を浸漬し、該基材を高周波誘導加熱法によって加熱して該基材の表層領域に窒素を侵入させると共に該基材の鉄成分を酸化させる浸窒・酸化素工程とを有する、
ことを特徴とする浸窒処理部品の製造方法、を提供するものである。
【0013】
本発明は、上記の浸窒処理部品の製造方法(II)において、以下のような改良や変更を自由に組み合わせながら加えることができる。
(iii)前記浸窒・酸化素工程における前記高周波誘導加熱法による加熱は、前記基材の表面の温度が700℃以上950℃以下になるように入力制御する。
(iv)前記焼入れ工程は、高周波誘導加熱法による加熱を含み、当該高周波誘導加熱法によって前記基材の表面の温度が800℃以上1100℃以下でありかつ前記浸窒・酸化素工程よりも高い温度になるように入力制御する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、鉄鋼材料に対する表面処理において、従来のガス浸炭処理による浸炭層の形成よりもCO2ガス排出量を低減しながら、従来の浸窒層が形成された部品よりも耐クラック性に優れる浸窒処理部品およびその製造方法を提供することができる。なお、上述した以外の課題、構成および効果については、下述する実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明に係る浸窒処理部品を製造する方法の一例を示す工程図である。
【
図2】実施例1の表面のX線回折測定結果の一例を示すチャートである。
【
図3】実施例1の表層領域の断面の二次電子顕微鏡像の一例である。
【
図4】実施例1における表面からの深さ方向距離と窒素濃度との関係の一例を示すグラフである。
【
図5】実施例1における表面からの深さ方向距離とビッカース硬さとの関係の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
前述したように、従来の浸窒処理で形成される浸窒層で硬化した浸窒処理部品は、応力集中が生じた際に浸窒層にクラックが入り易いという弱点がある。本発明者等は、硬化層形成におけるCO2ガス排出量を低減しながら、浸窒処理部品での耐クラック性の弱点克服を目指して、鋭意研究を行った。
【0017】
その結果、所定の表面処理水溶液の中に被処理基材を浸漬し、該基材を高周波誘導加熱で熱することにより、該基材の表層領域に硬化層を形成すると共に該硬化層の外層側になじみ層を形成できることを見出した。本発明は、当該知見に基づいて完成されたものである。
【0018】
以下、本発明に係る実施形態について、図面を参照しながら製造手順に沿って具体的に説明する。ただし、本発明はここで取り上げた実施形態に限定されることはなく、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、公知技術と適宜組み合わせたり公知技術に基づいて改良したりすることが可能である。
【0019】
[浸窒処理部品の製造方法]
図1は、本発明に係る浸窒処理部品を製造する方法の一例を示す工程図である。
図1に示したように、本発明の浸窒処理部品の製造方法は、概略的に、基材用意工程S1と硬化層・なじみ層形成工程S2と焼入れ工程S3とを有する。本製造方法は、硬化層・なじみ層形成工程S2に最大の特徴がある。
【0020】
以下、各工程をより具体的に説明する。
【0021】
基材用意工程S1は、鉄鋼材料からなって所望の形状を有する基材を用意する工程である。素材となる鉄鋼材料に特段の限定はなく、摺動/転動部品の素材として従前から利用されている鉄鋼材料を適宜利用できる。例えば、鉄を主成分とし、炭素を0.02~2.14質量%で含み、他の合金元素を合計5質量%以下で含む低合金鋼を好適に利用できる。また、素材を所望形状に成形する方法にも特段の限定はなく、従前の方法を適宜利用できる。例えば、鍛造法や粉末冶金法などを好適に利用できる。
【0022】
硬化層・なじみ層形成工程S2は、工程S1で用意した基材の表層領域に、硬化層となじみ層とを形成する工程であり、所定の表面処理水溶液を用意する表面処理水溶液用意素工程S2aと、表面処理水溶液の中に基材を浸漬した状態で該基材を加熱して該基材に窒素を侵入させると共に該基材の鉄成分を酸化させる浸窒・酸化素工程S2bとを有する。
【0023】
表面処理水溶液は、トリアジン環を有する化合物および/または窒素炭素間の二重結合を有する化合物の水溶液が好ましい。当該表面処理水溶液の溶質濃度は、0.1質量%以上で、室温での飽和濃度以下が好ましい。トリアジン環を有する化合物としては、例えばトリアジンやメラミンを好適に利用できる。窒素炭素間の二重結合を有する化合物としては、例えばグアニジンやビグアニドを好適に利用できる。
【0024】
浸窒・酸化素工程S2bにおける基材加熱方法に特段の限定はないが、例えは、高周波誘導加熱法を好適に利用できる。高周波誘導加熱法による加熱は、当該基材の表面の温度が700℃以上950℃以下になるように入力制御することが好ましい。これにより、基材の表層領域に窒素を侵入させると共に該基材の鉄成分を酸化させて硬化層となじみ層とを形成することができる。
【0025】
なお、本発明では、水溶液中で加熱した場合の基材の表面温度を、高周波誘導加熱法による加熱温度とみなす。また、熱処理中に基材が水溶液から露出しないように制御することが好ましい(例えば、必要に応じて水溶液を追加投入してもよい)。
【0026】
硬化層の厚さ、硬化層中の窒素濃度、およびなじみ層の厚さは、加熱温度および加熱保持時間の調整によって制御することができる。本発明においては、硬化層は平均厚さが10μm以上100μm以下で窒素濃度が0.05質量%以上5質量%以下の層が好ましく、なじみ層は平均厚さが5μm以上50μm以下で酸化鉄を含む層が好ましい。
【0027】
耐摩耗性の観点から、硬化層のビッカース硬さは680 Hv以上が好ましく、700 Hv以上がより好ましい。一方、耐クラック性の観点から、なじみ層のビッカース硬さは500 Hv以下が好ましく、450 Hv以下がより好ましい。
【0028】
焼入れ工程S3は、硬化層およびなじみ層を形成した基材にマルテンサイト組織を形成する工程である。焼入れ方法に特段の限定はなく、従前の方法を適宜利用できる。作業効率の観点から、素工程S2bと同様に高周波誘導加熱法を利用することは好ましい。高周波誘導加熱法による加熱は、当該基材の表面の温度が800℃以上1100℃以下でありかつ素工程S2bよりも高い温度になるように入力制御することが好ましい。
【0029】
なお、素工程S2bと工程S3との間では、基材の温度を一旦下げてもよいし、基材の温度を下げずに素工程S2bに引き続いて昇温してもよい。また、工程S3では、基材が表面処理水溶液の中に浸漬していない状態でもよい。
【実施例0030】
以下、種々の実験により本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実験に記載された構成・構造に限定されるものではない。
【0031】
[実験1]
(実施例1の作製)
はじめに、基材として、市販のアルミニウムクロムモリブデン鋼ロッド(JIS規格:SACM645、直径22 mm×長さ40 mm)を用意した(基材用意工程)。
【0032】
つぎに、メラミン水溶液(濃度0.3質量%)からなる表面処理水溶液を用意した(表面処理水溶液用意素工程)。
【0033】
本番の浸窒・酸化素工程に先立って、基材表面に熱電対を取り付けたダミー試料を用いて、水溶液中での高周波誘導加熱法による基材加熱温度の制御曲線を作成した。
【0034】
用意した表面処理水溶液の中に上記基材を浸漬し、作成した制御曲線に基づいて高周波誘導加熱法で該基材を加熱した。高周波の入力は、加熱温度が780℃になるように制御し、5分間保持した(浸窒・酸化素工程)。該温度で5分間保持した後、加熱温度が900℃になるように制御して1分間保持し、高周波の入力を切って該基材を冷却した(焼入れ工程)。これにより、実施例1の試料を作製した。
【0035】
[実験2]
(実施例1の性状調査)
実験1で作製した実施例1の性状調査を行った。
【0036】
X線回折(XRD)装置(株式会社リガク製、型式Ultima III)を用いて、実施例1の表面のXRD測定を行った。
図2は、実施例1の表面のXRD測定結果の一例を示すチャートである。
図2に示したように、酸化鉄(FeO、Fe
2O
3、Fe
3O
4)の回折ピークが検出され、酸化鉄を含む層が形成されていることが確認される。また、体心立方構造(BCC)の回折ピークが検出されることから、基材母相がマルテンサイト相になっていることが確認される。
【0037】
電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)装置(日本電子株式会社製、型式JXA-8530F)を用いて、実施例1の表層領域の断面の微細組織観察および窒素濃度分析を行った。また、マイクロビーカース硬度計(株式会社マツザワ製、型式AMT-X)を用いて、断面におけるビッカース硬さを測定した。
【0038】
図3は、実施例1の表層領域の断面の二次電子顕微鏡(SEM)像の一例である。
図4は、実施例1における表面からの深さ方向距離と窒素濃度との関係の一例を示すグラフである。
図5は、実施例1における表面からの深さ方向距離とビッカース硬さとの関係の一例を示すグラフである。
【0039】
図3からは、マルテンサイト組織を有する基材の表層領域(厚さ約75μm)に二種類の層(図中では、厚さ約50μmで相対的に白い/明るい層、厚さ約25μmで相対的に黒い/暗い層)が形成されていることが確認される。なお、埋込樹脂と実施例1との間の黒い領域は空隙である。
【0040】
図4からは、表層領域(厚さ約75μm)は、窒素濃度が内部の基材に比して高く、表面から深さ方向に進むにつれて徐々に減少していることが確認される。これは、窒素原子が基材の表面から侵入・拡散していることを表している。
【0041】
図5からは、ビッカース硬さが内部の基材に比して高い領域が存在し、当該硬い領域の外層側にビッカース硬さが低い領域が存在することが確認される。
【0042】
図2~5の結果を統合して考えると、実施例1は、マルテンサイト組織を有する基材の表層領域に、基材よりも窒素濃度が高くビッカース硬さが高い硬化層が形成され、その外層側に酸化鉄を含みビッカース硬さが低いなじみ層が形成されていると言える。また、実施例1は、浸窒・酸化素工程での処理時間が短いことから、排出されるCO
2ガス量を低減することができる。
【0043】
[実験3]
(実施例2~3および比較例1~2の作製と性状調査)
基材として、実験1と同じSACM645ロッドを用意し、表面処理水溶液として、トリアジン水溶液(濃度0.3質量%)、グアニジン水溶液(濃度0.3質量%)、アンモニア水溶液(濃度5質量%)、メラミン水溶液(濃度0.3質量%)を用意した。つぎに、各種表面処理水溶液を用い、高周波誘導加熱の加熱温度や保持時間を調整して浸窒・酸化素工程を行った。焼入れ工程は実験1と同様に行って実施例2~3および比較例1~2の試料を作製した。
【0044】
得られた各試料に対して、実験2と同様の性状調査を行った。所望の硬化層(試料表面から40μmの位置における窒素濃度が0.05質量%以上)および所望のなじみ層(試料表面に酸化鉄を含む層が形成され、ビッカース硬さが500 Hv以下)の両方が形成されたものを「合格」と判定し、硬化層およびなじみ層のいずれか一方が要求を満たさなかったものを「不合格」と判定した。結果を表1に示す。
【0045】
【0046】
表1に示したように、実施例2~3において、表面処理水溶液としてトリアジン水溶液やグアニジン水溶液を用いても所望の硬化層および所望のなじみ層が形成されることが確認された。一方、比較例1では、表面処理水溶液としてアンモニア水溶液を用いたところ、所望の硬化層が形成されず「不合格」と判定された。比較例2では、加熱温度を500℃としたところ、所望の硬化層が形成されず「不合格」と判定された。
【0047】
上述したように、実施例1~3は、マルテンサイト組織を有する基材の表層領域に、基材よりも窒素濃度が高くビッカース硬さが高い硬化層が形成され、その外層側に酸化鉄を含みビッカース硬さが低いなじみ層が形成されていることが確認された。このことから、本発明に係る浸窒処理部品は、摺動/転動部品として適用した際に予期せぬ異物等が挟まったとしても、硬化層の外層側になじみ層が形成されていることから、異物等による応力集中を抑制・緩和することができ、耐クラック性を確保することができる。また、本発明に係る浸窒処理部品は、浸窒処理時間が短いことから表面処理で排出されるCO2ガス量を低減することができる。
【0048】
上述した実施形態や実験は、本発明の理解を助けるために説明したものであり、本発明は、記載した具体的な構成のみに限定されるものではない。例えば、実施形態の構成の一部を当業者の技術常識の構成に置き換えることが可能であり、また、実施形態の構成に当業者の技術常識の構成を加えることも可能である。すなわち、本発明は、本明細書の実施形態や実験の構成の一部について、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、削除・他の構成に置換・他の構成の追加をすることが可能である。