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特開2024-16819回転電機のロータ補強スリーブとその加工方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024016819
(43)【公開日】2024-02-07
(54)【発明の名称】回転電機のロータ補強スリーブとその加工方法
(51)【国際特許分類】
   H02K 15/02 20060101AFI20240131BHJP
【FI】
H02K15/02 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023117490
(22)【出願日】2023-07-19
(31)【優先権主張番号】P 2022119042
(32)【優先日】2022-07-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】591002382
【氏名又は名称】株式会社遠藤製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001759
【氏名又は名称】弁理士法人よつ葉国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100093687
【弁理士】
【氏名又は名称】富崎 元成
(74)【代理人】
【識別番号】100168468
【弁理士】
【氏名又は名称】富崎 曜
(72)【発明者】
【氏名】丸山 勝敏
(72)【発明者】
【氏名】八百板 崇
(72)【発明者】
【氏名】池田 裕太
【テーマコード(参考)】
5H615
【Fターム(参考)】
5H615AA01
5H615BB01
5H615BB07
5H615PP01
5H615PP02
5H615PP28
5H615SS03
5H615SS10
5H615SS13
5H615SS24
5H615TT16
(57)【要約】
【課題】肉厚が薄くて機械的強度が強く、しかも生産性が高い、回転電機のロータ補強スリーブとその加工方法である。
【解決手段】補強スリーブを構成する材料は、非磁性体である低炭素のニッケル-クロム-モリブデン-ニオブ合金、及びステレンレス鋼から選択される1種である。円板から深絞り加工でカップ状管状体を成形する。カップ状管状体を棒状のマンドレル10に嵌め込み、外周面にローラー11を押し付けて、スピニング加工により、カップ状管状体を軸方向に長尺化させつつ、薄肉及び素材を加工硬化させる。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
本体である筐体と、
前記筐体に固定された環状のステータと、
前記筐体に回転自在に支持され、前記ステータ内で回転するロータと、
前記ロータの最外周に固定された筒状の補強スリーブと
からなる回転電機において、
前記補強スリーブを構成する材料は、加工硬化された非磁性体であり、かつ加工硬化係数(n)が0.35以上のものである
ことを特徴とする回転電機のロータ補強スリーブ。
【請求項2】
請求項1に記載の回転電機のロータ補強スリーブにおいて、
前記材料は、塑性加工により加工硬化されたとき、引張強度が1,000MPaから1,500MPa、0.2%耐力が900MPaから1,400MPaである
ことを特徴とする回転電機のロータ補強スリーブ。
【請求項3】
請求項2に記載の回転電機のロータ補強スリーブにおいて、
前記材料は、ニッケルの含有量が12%以上のステレンレス鋼、又は低炭素のニッケル-クロム-モリブデン-ニオブ合金である
ことを特徴とする回転電機のロータ補強スリーブ。
【請求項4】
請求項3に記載の回転電機のロータ補強スリーブにおいて、
前記補強スリーブは、外周面に沿って断面形状が凹状の外周溝、又は螺旋溝が形成されている
ことを特徴とする回転電機のロータ補強スリーブ。
【請求項5】
請求項4に記載の回転電機のロータ補強スリーブにおいて、
前記外周溝、又は螺旋溝は、溝幅が0.3mm以上であり、深さは、前記補強スリーブの肉厚の1/2を上限とし、且つ、前記溝幅の2.4倍を上限とする
ことを特徴とする回転電機のロータ補強スリーブ。
【請求項6】
請求項3に記載の回転電機のロータ補強スリーブにおいて、
前記ステンレス鋼はSUS316Lであり、前記低炭素のニッケル-クロム-モリブデン-ニオブ合金は、インコネル625又はインコネル718である
ことを特徴とする回転電機のロータ補強スリーブ。
【請求項7】
請求項1ないし6から選択される1項に記載の回転電機のロータ補強スリーブの加工方法であって、
前記ステレンレス鋼、又は前記低炭素のニッケル-クロム-モリブデン-ニオブ合金である板状の前記材料を絞り加工、又は機械加工により、カップ状管状体を形成する円筒加工工程と、
前記カップ状管状体を内周面に断面が円形の棒状のマンドレルに嵌め込み、前記カップ状管状体の外周面にローラーを押し付けて、前記マンドレル又は前記ローラーを回転させて、前記カップ状管状体を軸方向に長尺化させつつ、薄肉及び前記加工硬化させるスピニング加工工程と、
前記スピニング加工工程後に前記カップ状管状体の端部を切断して管状のスリーブを切断する切断工程と
からなることを特徴とする回転電機のロータ補強スリーブの加工方法。
【請求項8】
請求項7に記載の回転電機のロータ補強スリーブの加工方法であって、
前記円筒絞り加工工程終了後、円筒部の肉厚を均一にするためのしごき加工工程と
からなることを特徴とする回転電機のロータ補強スリーブの加工方法。
【請求項9】
請求項8に記載の回転電機のロータ補強スリーブの加工方法であって、
前記しごき加工工程終了後、前記円筒部の外周面に外周溝、又は螺旋溝を旋削加工により形成する
ことを特徴とする回転電機のロータ補強スリーブの加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
家電製品、電動車両等に搭載される回転電機のロータ補強スリーブとその加工方法に関する。更に詳しくは、永久磁石同期電動機等のロータの外周に補強スリーブを有した回転電機のロータ補強スリーブとその加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
掃除機、エアコンディショナー等の家電製品、電気自動車、ハイブリッドカー等で使用されている永久磁石同期電動機は、ロータに永久磁石が組み込んである。この永久磁石は、機械的なクランプ、又は接着剤等で回転軸に固定されている。ロータが高速回転するとき、永久磁石が割れたり、脱落したりすることもあるので、一般に最外周には環状の非磁性体金属からなる補強スリーブで固定するものが提案されている(例えば、特許文献1)。この補強スリーブの外周面に周溝を設けて誘起渦電流の発生を抑制することも提案されている(例えば、特許文献2)。
【0003】
また、特許文献3には、遊星歯車を内蔵した自動車のスタータ(セルモーター)のステータの外周をカバーし、内周面にギアを形成した筒状のヨークを、円板からスピニング加工する方法が提案されている。特許文献4には、同様に、円板からスピニング加工する回転電機用ロータで、内周面に凸部と凹部を有したヨークをスピニング加工で生産する方法が提案されている。
【0004】
一方、本出願人は、複写機等の定着スリーブを製造する加工方法として、SUS304等の金属薄板を深絞り加工からスピニング加工により、長い筒状の定着スリーブを加工する方法を提案した。この定着スリーブは、肉厚が薄くても機械的な強度が高く、軽量なものとして知られている。また、特許文献6では、永久磁石モータにおいて、ロータの外周に装着した金属管の外周にローラで、断面形状がV字状の凹溝を形成するものが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2015-70786号公報
【特許文献2】特開2001-169486号公報
【特許文献3】特開平10-23709号公報
【特許文献4】特開2002-315277号公報
【特許文献5】特開2016-153890号公報
【特許文献6】特開平9-9540号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載されたスリーブの素材は、非磁性体のインコネル(ニッケル-クロム-モリブデン-ニオブ合金、登録商標)、ハステロイ(Ni合金、登録商標)、Ti合金を用いるものであるが、その製造方法について記載はなく不明である。特許文献3及び4に記載された電動機のヨークは、スピニング加工されるものであるが、内周面にギアを形成するものであり、電動機のロータ用の補強スリーブではなく、求められる肉厚も異なる。特許文献5には、定着スリーブの製造方法が開示されているが、これは電動機のロータ用の補強スリーブではなく、複写機に使用される物であり、両者は求められている機械的な強度、肉厚も異なる。取り分け、高速回転する電動機のロータの補強スリーブは、肉厚が薄くて、高強度のものが求められる。渦電流の発生を抑制するための補強スリーブの外周の凹溝は、抵抗を大きくするために断面形状は、V字状ではなく、U字状が好ましい。しかし、特許文献6に記載されたような、塑性加工であるローラ加工ではU字状の凹溝の形成は難しい。
【0007】
本発明は、以上のような背景により以下の目的を達成するものである。
本発明の目的は、肉厚が薄くて機械的強度が強い、回転電機のロータ補強スリーブとその加工方法を提供することにある。
本発明の他の目的は、生産性が高い、回転電機のロータ補強スリーブとその加工方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明1の回転電機のロータ補強スリーブは、本体である筐体と、前記筐体に固定された環状のステータと、前記筐体に回転自在に支持され、前記ステータ内で回転するロータと、前記ロータの最外周に固定された筒状の補強スリーブとからなる回転電機において、前記補強スリーブを構成する材料は、加工硬化された非磁性体であり、かつ加工硬化係数(n)が0.35以上のものであることを特徴とする。
【0009】
本発明2の回転電機のロータ補強スリーブは、本発明1において、前記材料は、塑性加工により加工硬化されたとき、引張強度が1,000MPaから1,500MPa、0.2%耐力が900MPaから1,400MPaであることを特徴とする。
本発明3の回転電機のロータ補強スリーブは、本発明2において、前記材料は、ニッケルの含有量が12%以上のステレンレス鋼、又は低炭素のニッケル-クロム-モリブデン-ニオブ合金であることを特徴とする。
【0010】
本発明4の回転電機のロータ補強スリーブは、本発明3において、前記補強スリーブは、外周面に沿って断面形状が凹状の外周溝、又は螺旋溝が形成されていることを特徴とする。
本発明5の回転電機のロータ補強スリーブは、本発明4において、前記外周溝、又は螺旋溝は、溝幅が0.3mm以上であり、深さは、前記補強スリーブの肉厚の1/2を上限とし、且つ、前記溝幅の2.4倍を上限とすることを特徴とする。
【0011】
本発明6の回転電機のロータ補強スリーブは、本発明3の回転電機のロータ補強スリーブの加工方法であって、前記ステンレス鋼はSUS316Lであり、前記低炭素のニッケル-クロム-モリブデン-ニオブ合金は、インコネル625又はインコネル718であることを特徴とする。
【0012】
本発明1の回転電機のロータ補強スリーブの加工方法は、本発明1ないし4の回転電機のロータ補強スリーブの加工方法であって、前記ステレンレス鋼、又は前記低炭素のニッケル-クロム-モリブデン-ニオブ合金である板状の前記材料を絞り加工、又は機械加工により、カップ状管状体を形成する円筒加工工程と、前記カップ状管状体を内周面に断面が円形の棒状のマンドレルに嵌め込み、前記カップ状管状体の外周面にローラーを押し付けて、前記マンドレル又は前記ローラーを回転させて、前記カップ状管状体を軸方向に長尺化させつつ、薄肉及び前記加工硬化させるスピニング加工工程と、前記スピニング加工工程後に前記カップ状管状体の端部を切断して管状のスリーブを切断する切断工程とからなることを特徴とする。
【0013】
本発明2の回転電機のロータ補強スリーブの加工方法は、本発明1の回転電機のロータ補強スリーブの加工方法であって、前記円筒絞り加工工程終了後、円筒部の肉厚を均一にするためのしごき加工工程とからなることを特徴とする。
本発明3の回転電機のロータ補強スリーブの加工方法は、本発明2の回転電機のロータ補強スリーブの加工方法であって、前記しごき加工工程終了後、前記円筒部の外周面に外周溝、又は螺旋溝を旋削加工により形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明の回転電機のロータ補強スリーブとその加工方法は、肉厚が薄くて機械的強度が強く、しかも生産性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、円板から深絞り加工の概要を示す説明図であり、図1(a)は深絞り加工によるカップ状管状体の成形工程を示す説明図、図1(b)は深絞り加工で成形されたカップ状管状体を示す斜視図である。
図2図2は、カップ状管状体のスピニング加工の概要を説明する説明図であり、図2(a)は、スピニング加工の概要を示す説明図、図2(b)は、カップ状管状体をスピニング後に、この両端部を切断して補強スリーブとする説明図である。
図3図3は、回転電機のロータに補強スリーブを装着した状態を示す斜視図である。
図4図4は、ロータ補強スリーブ30であり、図4(a)は側面図、図4(b)は図4(a)のb-b断面図、図4(c)は図4(b)の部分拡大図である。
図5図5は、材質がSUS316Lで、溝の深さが0.5mmのロータ補強スリーブの場合、ロータが0~90度の回る間の磁石モータの渦電流損を示すシミュレーションである。
図6図6は、材質がSUS316Lで、溝の深さが1.0mmのロータ補強スリーブの場合、ロータが0~90度の回る間の磁石モータの渦電流損を示すシミュレーションである。
図7図7は、材質がインコネル718で、溝なしのロータ補強スリーブの場合、ロータが0~90度の回る間の磁石モータの渦電流損を示すシミュレーションである。
図8図8は、材質がSUS316Lで、溝なしのロータ補強スリーブの場合、ロータが0~90度の回る間の磁石モータの渦電流損を示すシミュレーションである。
図9図9は、ロータ補強スリーブの他の形状例であり、45度の螺旋溝の場合を示す外観図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[第1の実施の形態]
以下、本発明の第1の実施の形態を図面に基づいて説明する。図1及び2は、本発明の第1の実施の形態の回転電機のロータ補強スリーブの加工方法の製造方法の概要を示す説明図である。図1(a)は深絞り加工によるカップ状管状体の成形工程を示す説明図、図1(b)は深絞り加工で成形されたカップ状管状体を示す斜視図である。図2は、カップ状管状体のスピニング加工の概要を説明する説明図であり、図2(a)は、スピニング加工の概要を示す説明図、図2(b)は、カップ状管状体をスピニング加工後に、この両端部を切断して補強スリーブとする説明図である。非磁性体金属であるSUS316L等の円板状の薄板1を、板状の素材から打抜き加工により円状の円板1を作成する(図示せず。)。この円板1は、スピニング加工の前加工として、深絞り加工を行う。図1(a)に示すように、円板1をポンチ2とダイス3により、深絞り加工を行う。この深絞り加工は、図1(b)に示すような、継目のない底付き容器状のカップ状管状体4の成形法として知られている。
【0017】
プレス成形による深絞り加工は、ポンチ2とダイス3で1回ではなく、寸法が異なるポンチ2とダイス3により、多段階の工程に分けて加工を行う。理由は、加工硬化により割れ、破断等が発生するので、1回のプレス成形による塑性変形量を小さくするためである。また、必要があるときは、焼鈍、溶体化処理等の熱処理を挟みながら成形加工を行うと良い。なお、熱処理温度、熱処理回数、プレス回数は、素材の材質によって異なる。このようにして、円板1を数回に分けて行う深絞り加工により、図1(b)に示すカップ状管状体4を作成する。更に、カップ状管状体4の作成は、素材によっては、深絞り加工ではなく、中実の棒材、又は管材から切削加工によっても作成しても良い。カップ状管状体4は一端が閉じているが、スピニング加工のとき、必要があれば機械的に固定する蓋(底キャップ)を付けて加工しても良い。要するに、スピニング加工前のカップ状管状体4は、深絞り加工によらず切削、研削加工等の機械加工方法、又は両方を併用して作成しても良い。
【0018】
また、素材の材質によっては、深絞り加工後に肉厚を均一にするためにしごき加工を行った後、後述するスピニング加工を行う。図2は、図1の後工程を示し、図2(a)は図1(b)のカップ状管状体4をマンドレル10を使用してスピニング加工を行う工程を示す説明図、図2(b)はスピニング加工が終了したカップ状管状体4の両端を切断して管状のロータ補強スリーブ20を成形する工程を示す説明図である。図2(a)に示すように、スピニング加工機(図示せず)の円柱状のマンドレル10にカップ状管状体4の内周面5を嵌め込み、マンドレル10を回転してカップ状管状体2を回転させる。
【0019】
カップ状管状体4の外周面6に工具であるローラー11、11を押し付け、カップ状管状体4の軸方向にローラー11、11を移動させてスピニング加工を行う。カップ状管状体4は、この軸方向に塑性変形して薄肉部7になり、軸方向に長尺化される。図2(b)に示すように、スピニング加工が終了したカップ状管状体2の両端、又は製品によっては一端部を回転する切断砥石15、15で切断すれば、管状のロータ補強スリーブ20が得られる。ロータ補強スリーブ20は、スピニング加工により薄肉部7が加工硬化され、引張強度、耐力ともに飛躍的に大きくなる。ロータ補強スリーブ20は、薄肉でも必要な機械的な強度を薄肉でも確保できる。従って、図3に示すように、両端部に回転支持軸21を備えた回転電機のロータ22の軽量化が可能になると共に、ロータ22とステータの間隔(隙間)を小さくできるので、電動機の性能の向上にもなる。なお、必要があれば、素材の特性によるがスピニング加工後、低温焼鈍を行うと良い。
【0020】
[第2の実施の形態]
永久磁石モータ等に組み込まれた上記ロータ補強スリーブ20等には、回転して稼働すると渦電流損が発生することが知られている。従って、ロータ補強スリーブ20の素材も絶縁性の高い材料が好ましい。金属の中でもステンレス鋼は、比較的電気を通し難い金属材料であるが導電性があり、渦電流損が発生する。一方、ステンレス鋼は、スピニング加工の素材としては最適であるが、可能な限り渦電流損を少なくする必要がある。図4は、ロータ補強スリーブ30であり、図4(a)は側面図、図4(b)は図4(a)のb-b断面図、図4(c)は図4(b)の部分拡大図である。ロータ補強スリーブ30の外周面に外周溝31が形成されている。この外周溝31は、突っ切りバイト32により断面形状がU字状に旋削加工で形成される。
【実施例0021】
[実施例1]
以下、素材としてオーステナイト系ステンレス鋼(JIS:G4305,ISO:4404-316-03-I)SUS316Lを用いたときのロータ補強スリーブ20の製造方法の実施例1を説明する。表1は、板材(SUS316L)を打ち抜いて、円板1からロータ補強スリーブ20をスピニング加工により製造する工程の概要を示すものである。本例では、製品であるロータ補強スリーブ20のサイズは、概略で外径14mm、内径12mm、全長75mmの寸法を有する加工例である。
【表1】
【0022】
図1(a)に示す板材(SUS316L、t:3.00mm)を打抜き加工で、外径67.5mmの円板1を作成する。この円板1を絞り率(R/r,R:ポンチの外径、r:薄板の外径)52.9%で絞り加工(第1プレス加工)する。同様に、表1に示す内径、外径、絞り率、クリアランス(ポンチとダイス穴の間の隙間)で、第2~4プレス加工(絞り加工)する。この後、1050℃で1時間加熱し、液体窒素(N)で急冷する熱処理(溶体化処理)を行う。なお、オーステナイト系ステンレス鋼は、急冷しても常温でオーステナイトの状態のままの状態になり、炭素量が少ないのでマルテンサイトになって硬化することもなく、炭化不純物のない均一な微細構造を生成できるので、オーステナイトの特徴である耐食性等に優れた鋼になることが知られている。
【0023】
熱処理後(溶体化処理)、表1に示す条件で第5、6プレス加工(絞り加工)する。第6プレス加工(絞り加工)後、上記と同様の条件で熱処理(溶体化処理)を行う。更に、この熱処理(溶体化処理)後にしごき加工を行う(図示せず)。しごき加工は、図1に示したようなカップ状管状体4の肉厚が不均一になるので、この側面を縦方向(管の軸線方向)にしごき、均一の厚さに整えるものであり、軸方向の全長の長さも長くなる。肉厚を均一にするしごき加工が終了した後、表1に示したように、内径、外径になるようにスピニング加工を2工程で行う。このスピニング加工後、製品であるロータ補強スリーブ20の薄肉部7は、引張強度は、素材強度480MPaから1,204MPa、0.2%耐力は、175MPaから1,107MPa、伸びは40%から15.7%、ヤング率は193GPAから193GPaとなった。
【0024】
これらの数値から分かるように、引張強度、耐力が飛躍的に大きくなった。スピニング加工による加工硬化されたものを製品として利用するので、ロータ補強スリーブ20の加工硬化部分を時効処理等の熱処理を行う必要はない。スピニング加工されたロータ補強スリーブ20は、最終加工工程に熱処理がないので、製品寸法に対する熱処理の影響を排除できるので寸法管理が容易である。スピニング加工後のSUS316Lは、加工硬化により後述するインコネル(“INCONEL”(登録商標第298860号))に近い引張り強度と耐力を有するものとなった。スピニング加工等の材料の加工硬化能を表す指標として知られている、本例のSUS316Lの加工硬化係数(n)は、0.37であるが、0.35以上であればスピニング加工により加工硬化を生じる。
【0025】
[実施例2]
以下、素材としてインコネル625(JIS(NCF 625)は、非磁性で組織的にはニッケルとクロムの地にモリブデンとニオブを固溶する固溶強化型合金として知られている。インコネル625は、低炭素のニッケル-クロム-モリブデン-ニオブ合金である。この素材を用いた製造方法の実施例2として説明する。本例では、実施例1と同様の寸法の製品であるロータ補強スリーブ6のサイズは、約外径14mm、内径12mm、全長80mmの寸法を有する加工例である。次に示す表2は、板材(インコネル625)を打ち抜いて、スピニング加工までの製造工程の概要を示すものである。
【表2】
【0026】
基本的な加工工程は、実施例1の素材であるSUS316Lと同様であるが、実施例2のインコネル625の場合、絞り加工の間に熱処理を行う回数が異なる。インコネル718の第1~6プレス加工(絞り加工)後は、プレス加工毎に全て熱処理を行う点で異なる。本例では、実施例1と同様に1050℃で1時間加熱し、液体窒素(N)で急冷する熱処理(溶体化処理)を行った。なお、インコネル625の熱処理は、ステンレス鋼と同様に急冷処理しても炭素量が少ないので硬化することもなく、炭化物不純物のない均一な微細構造を生成できることが知られている。
【0027】
更に、第1~6プレス加工(絞り加工)後に熱処理(溶体化処理)を行い、しごき加工(No.14)を行う。このしごき加工は、実施例1と同様に、肉厚が絞り加工により不均一になるので、この側面を縦方向にしごき、均一の厚さに整えるものである。しごき加工が終了した後、実施例1と同様に、表2に示した寸法の内径、外径になるようにスピニング加工を2工程で行う。この最後のスピニング加工後、引張強度は、690MPaから1,442MPa、0.2%耐力は、275MPaから1,336MPa、伸びは30%から6.73%、ヤング率は207GPAから207GPAとなり、引張強度、耐力が飛躍的に大きくなった。このためにスピニング加工後、時効処理等の熱処理を行う必要はない。最終加工工程に熱処理がないので、製品寸法に対する熱処理の影響を排除できるので寸法管理が容易である。
【0028】
[その他の実施例]
[他の回転電機のロータ補強スリーブの素材]
前述した実施例1のステンレス鋼は、SUS316Lのステンレス鋼であったが、本発明の回転電機のロータ補強スリーブの素材として、このSUS316Lに限定されるものではない。塑性加工によって、磁性化しないニッケルの含有量が12%以上のステレンレス鋼であれば使用できる。また、実施例2のインコネル625を使用したものであったが、低炭素のニッケル-クロム-モリブデン-ニオブ合金であれば、インコネル718(JIS(NCF 718)でも良い。本発明の回転電機のロータ補強スリーブは、非磁性体の金属素材をスピニング加工により加工硬化を利用して、素材の機械的強度を高めるものであるので、加工硬化係数(n)は、実施例1のSUS316Lのステンレス鋼の0.37の加工硬化係数と近い数値のものであれば、実施例2のインコネル625等の他の金属材料でも良い。但し、スピニング加工特性を考慮すると、加工硬化係数(n)は、具体的には0.35、又は、これ以上の加工硬化係数(n)を有する素材が好ましい。
【0029】
[スピニング加工前の塑性加工]
前述した実施例1及び2は、板材を絞り加工によりカップ状管状体4を作成した後、これをスピニング加工して回転電気のロータ補強スリーブを作るものであった。しかし、素材によっては、深絞り加工ではなく、中実の棒材、又は管材から旋削により加工しても良い。旋削加工による作成は、寸法の変換に対応できる、絞り金型が少なくなる、又は必要なくなる等の利点がある。
【0030】
[外周に溝を形成したロータ補強スリーブ]
以下、ロータ補強スリーブの外周に溝を形成したとき、渦電流損の効果をシミュレーションで確認した。具体的には、図4に図示した外周溝31を形成したもの、及び外周溝31がないロータ補強スリーブ30を、永久磁石モータのロータに組み込んだとき、シミュレーションによリ渦電流損の違いを解析した。オームの法則と電気抵抗の式から、電流が通る経路が増加すると抵抗は大きくなり、電流損失は小さくなる。永久磁石モータのロータ補強スリーブ30に流れる渦電流は、主にロータ補強スリーブ30の表皮(外周面)を流れることが知られている。従って、外周溝31の数、深さを大きくすれば、渦電流損を小さくできる。一方、ロータ補強スリーブ30は、永久磁石が高速で回転されたときに、高速回転する永久磁石を移動しないように確実に固定するためのものであるので、一定の強度を保つために回転速度に耐える程度の肉厚が必要である。外周溝31の数、深さを一定以上はできない。このために、外周溝31の深さは、スリーブ厚みの約1/2程度を上限とする必要がある。
【0031】
また、外周溝31の形成ための加工は、突っ切りバイト32による旋削加工による加工である。市販され一般的な突っ切りバイト32の幅は、例えば、0.33mmが限度である。また、旋削による外周溝31の深さは、切粉の排出、強度等を考慮すると、突っ切りバイト32の幅の約2.4倍程度であり、約0.792mmが限度である。以上のように、機械的な強度、機械加工の容易性の観点から、外周溝31の溝幅は、0.30mm以上で、外周溝31の深さは、ロータ補強スリーブ30の1/2以内が好ましい。
【0032】
シミュレーションは、表3に示す仕様の永久磁石モータを、180,000rpm速度で回転させたときの渦電流損を計算したものである。インコネルより導電率が高いステンレス鋼でも、前述した(図4参照)外周溝31の深さ1.00mmを形成したロータ補強スリーブ30の渦電流損は、後述するように、280(W)となり、渦電流損が少ないとされているインコネルより400(W)より低いことが判明した。
【表3】
【0033】
図5は、材質がSUS316Lで、外周溝31の深さが0.5mmのロータ補強スリーブの場合、ロータが0~90度の回る間の磁石モータの渦電流損を示すシミュレーションである。図5の横軸は、ロータの回転角度である。表3に示すように本例ではモータの極数は、2極であるから、機械角360°/1回転は、電気角360°でもある。従って、図5の横軸は、渦電流損の解析計算スタートの開始角度(0°)からロータが90°まで回る角度であり、縦軸はそのロータ角度位置での渦電流損(W)を示す。SUS316Lで外周溝31の深さが0.5mmのロータ補強スリーブの場合、約470Wの渦電流損であることを示している。なお、この渦電流損は、永久磁石モータのシャフト、ロータ補強スリーブ、リング磁石に、夫々発生する渦電流損のトータルを示す線図である。
【0034】
図6は、材質がSUS316Lで外周溝31の深さが1.0mmのロータ補強スリーブの場合、ロータが0~90度の回る間の磁石モータの渦電流損を示すシミュレーションである。SUS316Lで外周溝31の深さが1.0mmのロータ補強スリーブの場合、約280Wである事を示している。言い換えると、SUS316Lの場合、外周溝31の深さが0.5mmのものより、1.0mmのものが、渦電流損が少ないことを示している。図7は、材質がインコネル718で外周溝31がないロータ補強スリーブの場合、約490Wである事を示している。図8は、材質がSUS316Lで外周溝31がないロータ補強スリーブの場合、約700Wである事を示している。以上の結果から、SUS316Lに外周溝31を形成すると、渦電流損減少することが判明した。外周溝31の深さが所定以上あると、渦電流損が少ないとされているインコネルより、SUS316Lでも渦電流損を小さくできることが判明した。
【0035】
以下の表4は、上記シミュレーションに用いたロータ補強スリーブの寸法、渦電流損の結果を示す一覧である。シミュレーションの対象は、材質がステンレス鋼(316L)で、外周溝31の深さが1.0mm、0.5mm、外周溝31なしの3種類と、材質がインコネル(718)の4種類である。夫々その形状、寸法は、図4に示した通りのものである。
【表4】
[ロータ補強スリーブの他の実施の形態]
図9は、ロータ補強スリーブの他の形状例であり、外周溝31の傾斜角が45度の螺旋溝の場合を示す外観図である。前述したロータ補強スリーブ30の外周溝31は、その中心軸線に対して、0°(度)であったが、45°に傾いた雄ネジのように螺旋溝41の例である。螺旋溝41は、転造、又は旋削加工で加工される。この傾斜角度は、0~45°の範囲で形成する。
【産業上の利用可能性】
【0036】
前述した補強スリーブ20,30,40は、永久磁石同期電動機のロータに用いたものであったが、発電機、誘導電動機等の電磁鋼板を用いたロータの外周に装着するものにも適用できる。
【符号の説明】
【0037】
1…円板
2…ポンチ
3…ダイス
4…カップ状管状体
5…内周面
7…薄肉部
10…マンドレル
11…ローラー
15…切断砥石
20,30,40…ロータ補強スリーブ
21…回転支持軸
22…回転電機のロータ
31…外周溝
32…突っ切りバイト
41…螺旋溝
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9