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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024168515
(43)【公開日】2024-12-05
(54)【発明の名称】駆動力伝達制御装置
(51)【国際特許分類】
   F16D 48/06 20060101AFI20241128BHJP
【FI】
F16D48/06 101Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023085263
(22)【出願日】2023-05-24
(71)【出願人】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110002583
【氏名又は名称】弁理士法人平田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】荒川 久美
(72)【発明者】
【氏名】永山 剛
【テーマコード(参考)】
3J057
【Fターム(参考)】
3J057AA01
3J057BB04
3J057GA64
3J057GB01
3J057GB04
3J057GB36
3J057GE05
3J057GE07
3J057HH01
3J057JJ01
(57)【要約】
【課題】入力側の回転部材と出力側の回転部材との間で伝達される駆動力の精度を向上させることが可能な駆動力伝達制御装置を提供する。
【解決手段】駆動力伝達制御装置8は、電磁コイル53に供給されるコイル電流に応じたトルクの駆動力をハウジング20とインナシャフト23との間で伝達する駆動力伝達装置2と、コイル電流によってハウジング20とインナシャフト23との間で伝達される駆動力を制御する制御装置7とを備える。駆動力伝達装置2は、ハウジング20とインナシャフト23との間に配置されたメインクラッチ3と、コイル電流に応じた押圧力でメインクラッチ3を押圧するメインカム42と、メインカム42をメインクラッチ3側とは反対側に付勢する皿ばね44とを有する。制御装置7は、メインカム42が皿ばね44に向かって押し付けられた状態を維持するようにコイル電流を制御する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に搭載され、電磁コイルに供給されるコイル電流に応じたトルクの駆動力を入力側の回転部材と出力側の回転部材との間で伝達する駆動力伝達装置と、前記コイル電流によって前記入力側の回転部材と前記出力側の回転部材との間で伝達される駆動力を制御する制御装置と、を備え、
前記駆動力伝達装置は、前記入力側の回転部材と前記出力側の回転部材との間に配置された多板クラッチと、前記コイル電流に応じた押圧力で前記多板クラッチを押圧する押圧部材と、前記押圧部材を前記多板クラッチ側とは反対側に付勢する弾性部材と、を有し、
前記制御装置は、前記押圧部材が前記弾性部材に向かって押し付けられた状態を維持するように前記コイル電流を制御する、
駆動力伝達制御装置。
【請求項2】
前記制御装置は、前記車両の走行状態に応じて前記入力側の回転部材から前記出力側の回転部材に伝達すべき駆動力の大きさをトルク指令値として演算するトルク指令値演算手段と、前記電磁コイルに発生する磁界のヒステリシスを考慮して前記トルク指令値に応じた電流指令値を演算する電流指令値演算手段と、前記電流指令値の大きさの電流が前記電磁コイルに供給されるように前記コイル電流を制御する電流制御手段とを有し、
前記電流指令値演算手段は、前記電流指令値が所定値よりも低い場合に、前記電流指令値を増大補正する、
請求項1に記載の駆動力伝達制御装置。
【請求項3】
前記電流指令値演算手段は、電流閾値に応じて定められる継続時間以上の時間にわたって前記電流指令値が前記電流閾値よりも低い状態が継続したとき、前記電流指令値を増大補正する、
請求項2に記載の駆動力伝達制御装置。
【請求項4】
前記電流閾値と前記継続時間とは、前記電流閾値が大きいほど前記継続時間が長い関係にある、
請求項3に記載の駆動力伝達制御装置。
【請求項5】
前記多板クラッチは、潤滑油によって潤滑される複数のクラッチプレートを有し、
前記電流指令値演算手段は、前記潤滑油の温度、及び前記入力側の回転部材と前記出力側の回転部材との回転速度差をさらに考慮した所定の条件を満たすとき、前記電流指令値を増大補正する、
請求項3又は4に記載の駆動力伝達制御装置。
【請求項6】
前記電流指令値演算手段は、前記潤滑油の温度及び前記回転速度差に基づいて定められる係数を、前記電流閾値又は前記継続時間に乗じた値に基づいて、前記電流指令値を増大補正するか否かの判定を行う、
請求項5に記載の駆動力伝達制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、駆動力伝達制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、主駆動輪と補助駆動輪とを備え、主駆動輪のみに駆動源の駆動力が伝達される二輪駆動状態と、駆動源の駆動力が主駆動輪及び補助駆動輪に伝達される四輪駆動状態とを切り替え可能な四輪駆動車には、補助駆動輪に伝達される駆動力を調節可能な駆動力伝達装置が搭載されている。本出願人は、このような駆動力伝達装置に関するものとして、特許文献1に記載のものを提案している。
【0003】
特許文献1に記載の駆動力伝達制御装置は、電磁コイルに供給されるコイル電流に応じたトルクの駆動力を入力側の回転部材と出力側の回転部材との間で伝達する駆動力伝達装置と、駆動力伝達装置を制御する制御装置とを備えている。駆動力伝達装置は、入力側の回転部材であるハウジングと、出力側の回転部材であるインナシャフトと、ハウジングとインナシャフトとの間に配置されたメインクラッチと、コイル電流に応じた押圧力でメインクラッチを押圧する押圧部材としてのメインカムを有するカム機構と、メインカムをメインクラッチから軸方向に離間するように付勢する皿ばねとを備えている。メインクラッチは、潤滑油によって摩擦摺動が潤滑される複数のクラッチプレートを有している。制御装置は、コイル電流を漸次増大させたときと漸次減少させたときとの所定の駆動力を伝達するために必要となる電流値の差を示すヒステリシス値を記憶する記憶部と、トルク指令値を演算するトルク指令値演算手段と、トルク指令値及びヒステリシス値に基づいてコイル電流の目標値である電流指令値を演算する電流指令値演算手段とを有している。電流指令値演算手段は、ヒステリシスの影響を抑制してトルク指令値に応じた大きさの駆動力がハウジングとインナシャフトとの間で伝達されるように電流指令値を演算する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2019-44927号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の駆動力伝達制御装置は、駆動力伝達装置によって伝達される伝達トルクを最小トルク付近まで減少させた後に伝達トルクを増加させる場合、コイル電流をゼロ又はゼロ付近まで減少させた後に増大させる必要があるが、コイル電流が小さい間は、コイル電流に応じた大きさのトルクがハウジングからインナシャフトに伝達されない場合があった。本発明者らは、この課題点の発生原因とその対策について鋭意研究し、本発明をなすに至った。すなわち、本発明の目的は、駆動力伝達装置によって伝達される駆動力の精度を向上させることが可能な駆動力伝達制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記の目的を達成するため、車両に搭載され、電磁コイルに供給されるコイル電流に応じたトルクの駆動力を入力側の回転部材と出力側の回転部材との間で伝達する駆動力伝達装置と、前記コイル電流によって前記入力側の回転部材と前記出力側の回転部材との間で伝達される駆動力を制御する制御装置と、を備え、前記駆動力伝達装置は、前記入力側の回転部材と前記出力側の回転部材との間に配置された多板クラッチと、前記コイル電流に応じた押圧力で前記多板クラッチを押圧する押圧部材と、前記押圧部材を前記多板クラッチ側とは反対側に付勢する弾性部材と、を有し、前記制御装置は、前記押圧部材が前記弾性部材に向かって押し付けられた状態を維持するように前記コイル電流を制御する、駆動力伝達制御装置を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係る駆動力伝達制御装置によれば、駆動力伝達装置によって伝達される駆動力の精度を向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の第1の実施の形態に係る駆動力伝達装置の制御装置が搭載された四輪駆動車の概略の構成例を示す概略構成図である。
図2】駆動力伝達装置2の構成例を示す断面図である。
図3】電磁コイルに供給する電流を0から定格電流まで漸次増大させた後、定格電流から0まで漸次減少させた場合の、コイル電流とハウジング及びインナシャフトの間で伝達される伝達トルクとの関係の一例を示すグラフである。
図4】電流指令値演算手段が電流指令値の下限処理を行う場合のトルク指令値とメインクラッチによって実際に伝達される実トルク、及び電流指令値とコイル電流の実電流値の関係を示すグラフである。
図5】電流指令値演算手段が電流指令値の下限処理を行わない場合のトルク指令値とメインクラッチによって実際に伝達される実トルク、及び電流指令値とコイル電流の実電流値の関係を示す比較例のグラフである。
図6】電流閾値と継続時間との関係の一例を示すグラフである。
図7】トルク指令値演算手段及び電流指令値演算手段が行う処理の具体的な一例を示すフローチャートである。
図8】第2の実施の形態において潤滑油の温度及び回転速度差と係数の関係の一例を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[第1の実施の形態]
本発明の第1の実施の形態について、図1乃至図7を参照して説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、本発明を実施する上での好適な具体例として示すものであり、技術的に好ましい種々の技術的事項を具体的に例示している部分もあるが、本発明の技術的範囲は、この具体的態様に限定されるものではない。
【0010】
図1は、本発明の第1の実施の形態に係る駆動力伝達装置の制御装置が搭載された四輪駆動車の概略の構成例を示す概略構成図である。
【0011】
図1に示すように、四輪駆動車1は、アクセルペダル110の操作量(アクセル開度)に応じた駆動力を発生する駆動源としてのエンジン11と、エンジン11の出力を変速するトランスミッション12と、トランスミッション12で変速されたエンジン11の駆動力が常に伝達される主駆動輪としての左右前輪181,182と、エンジン11の駆動力が四輪駆動車1の走行状態に応じて伝達される補助駆動輪としての左右後輪191,192とを備えている。左右前輪181,182及び左右後輪191,192には、車輪速センサ101~104がそれぞれ対応して配置されている。
【0012】
また、四輪駆動車1には、フロントディファレンシャル13と、プロペラシャフト14と、リヤディファレンシャル15と、リヤディファレンシャル15に駆動力を伝達するピニオンギヤシャフト150と、左右の前輪側のドライブシャフト161,162と、左右の後輪側のドライブシャフト171,172と、プロペラシャフト14とピニオンギヤシャフト150との間に配置された駆動力伝達装置2と、駆動力伝達装置2を制御する制御装置7とが搭載されている。駆動力伝達装置2及び制御装置7は、駆動力伝達制御装置8を構成する。
【0013】
駆動力伝達装置2は、制御装置7から供給される電流に応じた駆動力をプロペラシャフト14からピニオンギヤシャフト150に伝達する。左右後輪191,192には、駆動力伝達装置2を介してエンジン11の駆動力が伝達される。制御装置7は、車輪速センサ101~104によって検出される左右前輪181,182及び左右後輪191,192の回転速度を示す車輪速信号、及びアクセルペダルセンサ105によって検出されるアクセルペダル110の操作量を示すアクセル開度信号を取得可能であり、駆動力伝達装置2に電流を供給することで駆動力伝達装置2を制御する。
【0014】
左右前輪181,182には、エンジン11の駆動力が、トランスミッション12、フロントディファレンシャル13、及び左右の前輪側のドライブシャフト161,162を介して伝達される。フロントディファレンシャル13は、左右の前輪側のドライブシャフト161,162にそれぞれ相対回転不能に連結された一対のサイドギヤ131,131と、一対のサイドギヤ131,131にギヤ軸を直交させて噛合する一対のピニオンギヤ132,132と、一対のピニオンギヤ132,132を支持するピニオンギヤシャフト133と、これらを収容するフロントデフケース134とを有している。
【0015】
フロントデフケース134には、リングギヤ135が固定され、このリングギヤ135がプロペラシャフト14の車両前方側の端部に設けられたピニオンギヤ141に噛み合っている。プロペラシャフト14の車両後方側の端部は、駆動力伝達装置2のハウジング20に連結されている。駆動力伝達装置2は、ハウジング20と相対回転可能に配置されたインナシャフト23を有しており、インナシャフト23にピニオンギヤシャフト150が相対回転不能に連結されている。駆動力伝達装置2の詳細については後述する。
【0016】
リヤディファレンシャル15は、左右の後輪側のドライブシャフト171,172にそれぞれ相対回転不能に連結された一対のサイドギヤ151,151と、一対のサイドギヤ151,151にギヤ軸を直交させて噛合する一対のピニオンギヤ152,152と、一対のピニオンギヤ152,152を支持するピニオンギヤシャフト153と、これらを収容するリヤデフケース154と、リヤデフケース154に固定されてピニオンギヤシャフト150と噛み合うリングギヤ155とを有している。
【0017】
(駆動力伝達装置の構成)
図2は、駆動力伝達装置2の構成例を示す断面図である。図2において、回転軸線Oよりも上側は、制御装置7から供給される電流によって駆動力伝達装置2が作動した状態を示し、回転軸線Oよりも下側は、制御装置7から電流が供給されない駆動力伝達装置2の非作動状態を示している。以下、回転軸線Oに平行な方向を軸方向という。
【0018】
駆動力伝達装置2は、フロントハウジング21及びリヤハウジング22からなるハウジング20と、ハウジング20と同軸上で相対回転可能に支持された筒状のインナシャフト23と、ハウジング20とインナシャフト23との間に配置されたメインクラッチ3と、メインクラッチ3を押圧する押圧力を発生させるカム機構4と、制御装置7から電流の供給を受けてカム機構4を作動させる電磁クラッチ機構5とを有して構成されている。カム機構4及び電磁クラッチ機構5は、制御装置7から供給される電流に応じてメインクラッチ3を押圧する押圧力を発生するアクチュエータ6を構成する。ハウジング20は、本発明の入力側の回転部材の一例であり、インナシャフト23は、本発明の出力側の回転部材の一例である。ハウジング20の内部には、図略の潤滑油が封入されている。
【0019】
フロントハウジング21は、円筒状の筒部21aと、筒部21aの軸方向の一側を閉塞する底部21bとを一体に有する有底円筒状である。筒部21aの開口端部における内面には、雌ねじ部21cが形成されている。フロントハウジング21の底部21bには、プロペラシャフト14(図1参照)が例えば十字継手を介して連結される。また、フロントハウジング21は、軸方向に延びる複数の外側スプライン突起211を筒部21aの内周面に有している。
【0020】
リヤハウジング22は、鉄等の磁性材料からなる第1環状部材221、第1環状部材221の内周側に溶接等により一体に結合されたオーステナイト系ステンレス等の非磁性材料からなる第2環状部材222、及び第2環状部材222の内周側に溶接等により一体に結合された鉄等の磁性材料からなる第3環状部材223からなる。第1環状部材221と第3環状部材223との間には、電磁コイル53を収容する環状の収容空間22aが形成されている。また、第1環状部材221の外周面には、フロントハウジング21の雌ねじ部21cに螺合する雄ねじ部221aが形成されている。
【0021】
インナシャフト23は、玉軸受24及び針状ころ軸受25によってハウジング20の内周側に支持されている。インナシャフト23は、軸方向に延びる複数の内側スプライン突起231を外周面に有している。また、インナシャフト23の一端部における内面には、ピニオンギヤシャフト150(図1参照)の一端部が相対回転不能に嵌合されるスプライン嵌合部232が形成されている。インナシャフト23は、複数の内側スプライン突起231が形成された大径部23aと、スプライン嵌合部232が形成された小径部23bとを一体に有しており、大径部23aと小径部23bとの段差の部分に段差面23cが形成されている。
【0022】
メインクラッチ3は、軸方向に沿って交互に配置された複数のメインアウタクラッチプレート31及び複数のメインインナクラッチプレート32を有する多板クラッチである。これらのクラッチプレートの摩擦摺動は、潤滑油によって潤滑される。メインアウタクラッチプレート31はフロントハウジング21と共に回転し、メインインナクラッチプレート32はインナシャフト23と共に回転する。メインアウタクラッチプレート31は、フロントハウジング21の外側スプライン突起211に係合する複数の係合突起311を外周端部に有している。メインアウタクラッチプレート31は、係合突起311が外側スプライン突起211に係合することにより、フロントハウジング21との相対回転が規制され、かつフロントハウジング21に対して軸方向に移動可能である。
【0023】
メインインナクラッチプレート32は、インナシャフト23の内側スプライン突起231に係合する複数の係合突起321を内周端部に有している。メインインナクラッチプレート32は、係合突起321が内側スプライン突起231に係合することにより、インナシャフト23との相対回転が規制され、かつインナシャフト23に対して軸方向に移動可能である。また、メインインナクラッチプレート32は、金属からなる円盤状の基材331と、基材331の両側面にそれぞれ張り付けられた摩擦材332とを有している。基材331には、摩擦材332が貼着された部分よりも内側に、潤滑油を流通させる複数の油孔333が形成されている。メインインナクラッチプレート32には、摩擦材332との接触面に、潤滑油を流動させる図略の油溝が形成されている。
【0024】
カム機構4は、電磁クラッチ機構5を介してハウジング20の回転力を受けるパイロットカム41と、メインクラッチ3を押圧する押圧部材としてのメインカム42と、パイロットカム41とメインカム42との間に配置された複数の球状のカムボール43とを有して構成されている。メインカム42は、複数のメインインナクラッチプレート32のうち、メインクラッチ3の一端において最もカム機構4側に位置する一つのメインインナクラッチプレート32に向かい合っている。
【0025】
メインカム42は、メインクラッチ3の一端におけるメインインナクラッチプレート32に接触してメインクラッチ3を押圧する環板状の押圧部421と、押圧部421よりもメインカム42の内周側に設けられたカム部422とを一体に有している。メインカム42は、押圧部421の内周端部に形成されたスプライン係合部421aがインナシャフト23の内側スプライン突起231に係合し、インナシャフト23との相対回転が規制されている。また、メインカム42は、インナシャフト23に形成された段差面23cとの間に配置された皿ばね44により、メインクラッチ3から軸方向に離間するように付勢されている。皿ばね44は、メインカム42をメインクラッチ3側とは反対側に付勢する弾性部材である。
【0026】
パイロットカム41は、メインカム42に対して相対回転する回転力を電磁クラッチ機構5から受けるスプライン突起411を外周端部に有している。パイロットカム41とリヤハウジング22の第3環状部材223との間には、スラスト針状ころ軸受45が配置されている。パイロットカム41とメインカム42のカム部422との対向面には、周方向に沿って軸方向の深さが変化する複数のカム溝41a,422aがそれぞれ形成されている。カムボール43は、パイロットカム41のカム溝41aとメインカム42のカム溝422aとの間に配置されている。
【0027】
カム機構4は、パイロットカム41とメインカム42とが相対回転することによりカム推力が発生し、電磁コイル53に供給される電流に応じた押圧力でメインカム42がメインクラッチ3を押圧する。メインクラッチ3は、カム機構4から押圧力を受けてメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32とが摩擦接触し、メインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間に発生する摩擦力によって駆動力を伝達する。
【0028】
電磁クラッチ機構5は、アーマチャ50と、複数のパイロットアウタクラッチプレート51と、複数のパイロットインナクラッチプレート52と、電磁コイル53と、電磁コイル53を保持する磁性材料からなる環状のヨーク54とを有して構成されている。電磁コイル53は、ヨーク54に保持されてリヤハウジング22の収容空間22aに収容されている。ヨーク54は、玉軸受26によってリヤハウジング22の第3環状部材223に支持され、その外周面が第1環状部材221の内周面に対向している。また、ヨーク54の内周面は、第3環状部材223の外周面に対向している。
【0029】
駆動力伝達装置2は、電磁コイル53に供給される電流に応じたトルクの駆動力をハウジング20とインナシャフト23との間で伝達する。電磁コイル53には、電線531を介して制御装置7からコイル電流が供給される。制御装置7は、コイル電流の増減によってハウジング20とインナシャフト23との間で伝達される駆動力を制御する。
【0030】
電磁コイル53に通電されると、図2に示す磁路Gに磁束が発生する。この磁束の通路となるヨーク54、リヤハウジング22の第1環状部材221及び第3環状部材223、複数のパイロットアウタクラッチプレート51及びパイロットインナクラッチプレート52、及びアーマチャ50は、磁路Gを形成する磁路形成部材である。これらの磁路形成部材は、それぞれの材質に固有の保磁力を有し、磁化率がその時点での磁界の強さだけでなく過去の磁化過程に影響を受ける磁気ヒステリシスを有している。
【0031】
複数のパイロットアウタクラッチプレート51及び複数のパイロットインナクラッチプレート52は、鉄等の磁性材料からなる円盤状の部材であり、アーマチャ50とリヤハウジング22との間に、軸方向に沿って交互に配置されている。パイロットアウタクラッチプレート51及びパイロットインナクラッチプレート52には、磁束の短絡を防ぐための複数の円弧状のスリットがリヤハウジング22の第2環状部材222と軸方向に並ぶ位置に形成されている。
【0032】
パイロットアウタクラッチプレート51は、フロントハウジング21の外側スプライン突起211に係合する複数の係合突起511を外周端部に有している。パイロットインナクラッチプレート52は、パイロットカム41のスプライン突起411に係合する複数の係合突起521を内周端部に有している。なお、パイロットアウタクラッチプレート51とパイロットインナクラッチプレート52との摩擦摺動も、メインクラッチ3と同様に、潤滑油によって潤滑される。
【0033】
アーマチャ50は、鉄等の磁性材料からなる環状の部材であり、外周部にはフロントハウジング21の外側スプライン突起211に係合する複数の係合突起501が形成されている。これにより、アーマチャ50は、フロントハウジング21に対して軸方向に移動可能で、かつフロントハウジング21に対する相対回転が規制されている。
【0034】
電磁クラッチ機構5は、電磁コイル53への通電により発生する磁力によってアーマチャ50をヨーク54側に吸引し、このアーマチャ50の移動によってパイロットアウタクラッチプレート51とパイロットインナクラッチプレート52との間に摩擦力を発生させる。パイロットアウタクラッチプレート51及びパイロットインナクラッチプレート52は、アーマチャ50によってリヤハウジング22側に押し付けられて摩擦接触する。
【0035】
駆動力伝達装置2は、電磁クラッチ機構5の作動によりコイル電流に応じた回転力がパイロットカム41に伝達され、パイロットカム41がメインカム42に対して相対回転してカムボール43がカム溝41a,422aを転動する。そして、このカムボール43の転動により、メインカム42にメインクラッチ3を押圧するカム推力が発生し、複数のメインアウタクラッチプレート31と複数のメインインナクラッチプレート32との間に摩擦力が発生する。駆動力伝達装置2は、この摩擦力によってハウジング20とインナシャフト23との間で駆動力を伝達し、ピニオンギヤシャフト150に駆動力を出力する。
【0036】
(制御装置の構成)
図1に示すように、制御装置7は、CPU(演算処理装置)を有する制御部70と、EEPROMあるいはフラッシュメモリ等の不揮発性メモリを有する記憶手段としての記憶部74と、バッテリー等の直流電源の電圧をスイッチングして駆動力伝達装置2の電磁コイル53にコイル電流を供給するスイッチング電源部75とを有している。スイッチング電源部75は、トランジスタ等のスイッチング素子を有し、制御部70から出力されるPWM(Pulse Width Modulation)信号に基づいて直流電圧をスイッチングし、コイル電流を生成する。制御部70は、記憶部74に記憶されたプログラム740をCPUが実行することにより、トルク指令値演算手段71、電流指令値演算手段72、及び電流制御手段73として機能する。
【0037】
記憶部74は、プログラム740の他にI-T特性情報741及びヒステリシス値742を記憶している。本実施の形態では、製造ラインにおける個々の駆動力伝達装置2の組み立て後に測定されたI-T特性情報741及びヒステリシス値742が記憶部74に記憶されている。I-T特性情報741及びヒステリシス値742は、駆動力伝達装置2の製造ラインの最終工程における測定工程で測定され、四輪駆動車1への搭載時にその測定対象である駆動力伝達装置2に組み合わされる制御装置7の記憶部74に記憶される。ただし、これに限らず、予め設定された代表的なI-T特性情報741及びヒステリシス値742を記憶部74に記憶してもよい。
【0038】
I-T特性情報741は、電磁コイル53に供給するコイル電流を漸次増大させたときの電流値と、ハウジング20とインナシャフト23との間で伝達される伝達トルクとの関係を示す特性情報である。ヒステリシス値742は、電磁コイル53に供給するコイル電流を漸次増大させたときにハウジング20とインナシャフト23との間で所定のトルクを伝達するために必要となる電流の電流値と、コイル電流を漸次減少させたときにハウジング20とインナシャフト23との間で当該所定のトルクを伝達するために必要となる電流の電流値との差を示す値である。
【0039】
駆動力伝達装置2は、共通の製造ラインにおいて製造されても、磁路形成部材の寸法誤差や組み付け誤差あるいは材料特性のばらつき等により、I-T特性情報741及びヒステリシス値742が個々に異なる。本実施の形態では、磁路形成部材の寸法誤差や組み付け誤差及び材料特性のばらつき等により、駆動力伝達装置2によって伝達される駆動力が変動してしまうことを抑制し、伝達される駆動力の精度を向上すべく、制御装置7に個々に測定されたI-T特性情報741及びヒステリシス値742を記憶し、これらに基づいて駆動力伝達装置2を制御する。
【0040】
制御部70は、トルク指令値演算手段71として、所定の演算周期(例えば5ms)ごとに、四輪駆動車1の走行状態に応じてハウジング20からインナシャフト23に伝達すべき駆動力(トルク)の目標値であるトルク指令値を演算する。トルク指令値演算手段71は、例えば左右前輪181,182の平均車輪速と左右後輪191,192の平均車輪速との差である前後車輪速差が大きくなったときや、アクセルペダル110の操作量が大きくなったときにトルク指令値を大きくし、四輪駆動車1が一定の車速で走行する定常走行状態ではトルク指令値を小さくする。
【0041】
また、制御部70は、電流指令値演算手段72として、電磁コイル53に発生する磁界のヒステリシスを考慮してトルク指令値に応じた電流指令値を演算する。電流指令値は、電磁コイル53に供給すべき電流の目標値である。また、制御部70は、電流制御手段73として、電流指令値の大きさの電流が電磁コイル53に供給されるようにコイル電流を制御する。より具体的には、コイル電流を検出する電流センサの検出値が電流指令値と一致するように、電流フィードバック制御を行う。
【0042】
図3は、電磁コイル53に供給する電流を0から定格電流まで漸次増大させた後、定格電流から0まで漸次減少させた場合の、コイル電流とハウジング20及びインナシャフト23の間で伝達される伝達トルクとの関係(I-T特性)の一例を示すグラフである。このグラフでは、コイル電流を漸次増大させたときの伝達トルクを示す特性線Lを実線で示し、コイル電流を漸次減少させたときの伝達トルクを示す特性線Lを破線で示している。図3において特性線Lの一部を円Cで囲って示すように、I-T特性には、電磁コイル53に供給する電流を0から徐々に増大させたとき、伝達トルクが引き摺りトルクのまま立ち上がらない不感帯が存在する。ここで、引き摺りトルクとは、複数のメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間の潤滑油の粘性に起因して発生するトルクである。
【0043】
記憶部74には、I-T特性情報741として、コイル電流を漸次増大させたときの電流と伝達トルクとの関係が、図3に示すグラフに黒丸で示す複数の座標点の座標値として記憶されている。制御部70は、電流指令値演算手段72として、これらの座標点を直線補間して電流指令値の演算に用いる。なお、電磁コイル53への通電電流を漸次増大させたときの電流と伝達トルクとの関係をI-T特性情報として記憶して電流指令値の演算に用いるのは、駆動力伝達装置2によって伝達される駆動力(トルク)を増大させるときの駆動力の精度が四輪駆動車1の走行安定性を確保するために特に重要であるためである。
【0044】
図3に示すように、電磁コイル53に供給する電流が徐々に増大していく場合には、電流が徐々に減少していく場合に比較して、ハウジング20とインナシャフト23との間の伝達トルクが小さくなる。換言すれば、ハウジング20とインナシャフト23との間で所望のトルクを伝達するために必要な電流は、電流の増大時において減少時よりも大きくなる。コイル電流と伝達トルクとの関係は、電流の0付近及び定格電流付近を除く中間域で線形であり、四輪駆動車1に駆動力伝達装置2が搭載された状態では、主としてこの中間域で駆動力伝達装置2が使用される。
【0045】
この中間域において図3に示すトルク値Tqのトルクをハウジング20からインナシャフト23に伝達する場合、電磁コイル53に供給することが必要な電流の電流値は、電流増大時にはIであり、電流減少時にはIである。IとIとの差であるヒステリシス電流幅ΔI(=I-I)は、中間域では略一定である。記憶部74には、このヒステリシス電流幅ΔIの大きさを示す値がヒステリシス値742として記憶される。なお、Iは、図3に白丸で示す特性線L上の座標点の座標値として得ることができる。
【0046】
制御部70は、電流指令値演算手段72として、トルク指令値の上昇時にはI-T特性情報741に応じて電流指令値を演算し、トルク指令値の下降時には、I-T特性情報741を参照して得られた値からヒステリシス値742に対応するヒステリシス補正値を差し引いて電流指令値を演算する。ヒステリシス補正値は、例えばヒステリシス電流幅ΔIであるが、潤滑油の推定温度やハウジング20とインナシャフト23との相対回転速度などに応じて設定された係数をヒステリシス値に乗じてヒステリシス補正値としてもよい。
【0047】
これにより、トルク指令値の下降時にも、所望のトルクがハウジング20からインナシャフト23に伝達される。つまり、仮にヒステリシス電流幅ΔIを考慮しない場合には、トルク指令値の下降時においてIの電流値の電流を電磁コイル53に供給した場合、図3に示すTqよりも大きなTqのトルクがハウジング20からインナシャフト23に伝達されてしまうが、ヒステリシス電流幅ΔIを考慮して、I-T特性情報741を参照して得られた値からヒステリシス補正値を差し引いて電流指令値を演算することにより、このような過剰なトルクが伝達されてしまうことを防ぐことができる。
【0048】
ただし、コイル電流を漸次減少させてコイル電流の電流値が不感帯に含まれるような低電流値となった際には、カム機構4において、メインカム42で皿ばね44を圧縮してメインクラッチ3を押圧する程度のカム推力が発生せず、メインカム42がメインクラッチ3から軸方向に離間する場合がある。この場合には、メインクラッチ3のメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間隔が開いてクラッチプレート間に潤滑油が入り込む。そして、その後にコイル電流が増大した際には、メインカム42の押圧力によって皿ばね44を弾性変形させて軸方向に圧縮することによりメインクラッチ3を押圧し、メインクラッチ3のクラッチプレート間の潤滑油を排出した後でなければ、メインクラッチ3によって引き摺りトルク以上の駆動力が伝達されない。
【0049】
そこで、本実施の形態では、メインカム42が皿ばね44に向かって押し付けられ、メインカム42がメインクラッチ3に接した状態を維持するように、制御装置7がコイル電流を制御する。より具体的には、皿ばね44が段差面23c及びメインカム42のカム部422に接触し、かつメインカム42の押圧部421がメインクラッチ3の一端におけるメインインナクラッチプレート32に接触した状態を維持するように、制御装置7がコイル電流を制御する。本実施の形態では、電流指令値演算手段72が電流指令値に下限値を設ける下限処理を行い、メインカム42が皿ばね44から離間し得る状態となったとき、電流指令値を下限値もしくは下限値以上に増大補正する。
【0050】
図4は、電流指令値演算手段72が電流指令値の下限処理を行う場合のトルク指令値とメインクラッチ3によって実際に伝達される実トルク、及び電流指令値とコイル電流の実電流値の関係を示すグラフである。図5は、電流指令値演算手段72が電流指令値の下限処理を行わない場合のトルク指令値とメインクラッチ3によって伝達される実トルク、及び電流指令値とコイル電流の実電流値の関係を示す比較例のグラフである。図4及び図5では、横軸に時間を示し、縦軸に電流及びトルクをそれぞれ示している。
【0051】
電流指令値演算手段72が電流指令値の下限処理を行わない場合には、図5に示すように、時刻T01において実電流値がIを下回ったときにメインカム42がメインクラッチ3を押圧した状態が解除され、実トルクが引き摺りトルクTqに相当する大きさとなる。そして、電流指令値及び実電流値が増加に転じた後には、実トルクが時刻T02まで立ち上がらず、トルク指令値に対して実トルクが大きく遅れて立ち上がる。
【0052】
本実施の形態では、図4に示すように、電流指令値演算手段72が電流指令値の下限値をI01とする下限処理を行う。このI01は、図5のグラフにおけるIよりも大きな値であり、メインカム42が皿ばね44及びメインクラッチ3に向かって押し付けられた状態を維持するために必要となる電流値である。つまり、本実施の形態において、電流指令値演算手段72は、トルク指令値が引き摺りトルクTqよりも小さな値になったとしても、電流指令値を下限値であるI01以上とし、皿ばね44が段差面23cとメインカム42との間に挟まれ、メインカム42の押圧部421がメインクラッチ3に接した状態を継続させる。電流指令値演算手段72が下限処理を行っている間、実トルクは、引き摺りトルクTqよりも大きな値であるTq01となる。
【0053】
なお、電流指令値演算手段72が下限処理を行っているときの電流指令値は、メインカム42が皿ばね44に向かって押し付けられ、メインカム42の押圧部421がメインクラッチ3に接した状態、より具体的にはメインカム42がメインクラッチ3と接触するがメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間の潤滑油を排出するほどの押圧をしていない状態を維持することができる電流値として予め定められた固定値でもよいが、製造ラインにおける個々の駆動力伝達装置2に対して上記の状態を維持することができる電流値を測定し、この測定結果に基づいて設定された値でもよい。また、製造ラインにおける個々の駆動力伝達装置2に対してコイル電流を漸次増大させたときの不感帯の上限となる電流値を測定し、この測定結果の電流値に対して例えば所定値を減算するなどの演算を行って得られた値を用いてもよい。またさらに、トルク指令値に基づいて設定される可変の値であってもよい。
【0054】
図4では、トルク指令値に応じた電流指令値、すなわち電流指令値演算手段72が下限処理を行わない場合の電流指令値を破線で示し、下限処理を行う場合の電流指令値を実線で示している。電流指令値演算手段72は、時刻T11から時刻T12までの間、破線で示す値から実線で示す値まで、電流指令値を増大補正する。電流指令値演算手段72は、トルク指令値が引き摺りトルクTqよりも大きな値となってトルク指令値に応じた電流指令値がI01になったとき、下限処理を停止し、トルク指令値に応じた電流指令値の大きさのコイル電流を電磁コイル53に供給する。これにより、図5に示す場合よりも速やかに実トルクが立ち上がり、四輪駆動車1の走行状態に応じた適切なトルクがハウジング20からインナシャフト23に伝達される。
【0055】
電流指令値演算手段72は、トルク指令値に応じた電流指令値が所定の下限値を下回った場合に下限処理を行うこととしてもよいが、本実施の形態では、電流閾値に応じて定められる継続時間以上の時間にわたって電流指令値が電流閾値よりも低い状態が継続したとき、電流指令値演算手段72が下限処理を行って電流指令値を増大補正し、メインカム42がメインクラッチ3と接触するがメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間の潤滑油を排出するほどの押圧をしていない状態を維持することができる値とする。
【0056】
図6は、電流閾値と継続時間との関係の一例を示すグラフである。電流閾値と継続時間とは、電流閾値が大きいほど継続時間が長い関係にある。具体的には、電流閾値が横軸に示す0からCTの間では縦軸に示す継続時間がDTで一定であり、電流閾値がCTからCTの間では継続時間がDTからDTまで上昇する。また、電流閾値がCTからCTの間では、継続時間がDTからDTまで、より大きな勾配で上昇する。この電流閾値と継続時間との関係は、コイル電流が小さいほどその状態が継続する時間が短くてもメインカム42がメインクラッチ3から離間しやすくなることを踏まえ、例えば実験やシミュレーションの結果に基づいて設定されたものである。
【0057】
図7は、トルク指令値演算手段71及び電流指令値演算手段72が行う処理の具体的な一例を示すフローチャートである。トルク指令値演算手段71は、車輪速センサ101~104やアクセルペダルセンサ105により四輪駆動車1の走行状態に関する情報を取得し(ステップS1)、取得した情報に基づいてトルク指令値を演算する(ステップS2)。電流指令値演算手段72は、I-T特性及び電磁コイル53に発生する磁界のヒステリシスを考慮してトルク指令値に応じた電流指令値を演算する(ステップS3)。また、電流指令値演算手段72は、トルク指令値が所定のトルク閾値より大きい値からこのトルク閾値以下に変化したか否かを判定し(ステップS4)、この判定の結果が肯定的である場合には(ステップS4:Yes)、トルク指令値に応じた電流指令値が電流閾値よりも小さい状態が継続時間以上の時間にわたって継続したか否かを判定する(ステップS5)。この判定の結果が肯定的(Yes)である場合、電流指令値演算手段72は、電流指令値の下限処理を行う(ステップS6)。すなわち、電流指令値を増大補正し、メインカム42が皿ばね44に向かって押し付けられ、メインカム42がメインクラッチ3に接した状態を維持することが可能な値とする。一方、ステップS4又はステップS5の判定の結果が否定的(No)である場合には、ステップS6の下限処理を行わない。なお、ステップS4のトルク閾値は、メインクラッチ3において発生する引き摺りトルクよりも大きく、例えば引き摺りトルクの2倍程度の値である。
【0058】
(第1の実施の形態の効果)
以上説明した第1の実施の形態によれば、メインカム42が皿ばね44に向かって押し付けられてメインクラッチ3に接した状態を維持するように制御装置7がコイル電流を制御するので、伝達トルクを最小トルク付近まで減少させた後に伝達トルクを増加させる場合にも、速やかにメインクラッチ3によって実際に伝達されるトルクをトルク指令値に追従させることができ、駆動力伝達装置2によって伝達される駆動力の精度を向上させることが可能となる。また、第1の実施の形態では、電流閾値に応じて定められる継続時間以上の時間にわたって電流指令値が電流閾値よりも低い状態が継続したとき、電流指令値演算手段72が電流指令値を増大補正するので、電流指令値演算手段72が必要以上の頻度で電流指令値を増大補正することが抑制され、さらに駆動力の精度を向上させることが可能となる。
【0059】
[第2の実施の形態]
次に、本発明の第2の実施の形態について説明する。第2の実施の形態では、第1の実施の形態の構成及び制御内容に加え、電流指令値演算手段72が、潤滑油の温度、及びハウジング20の回転速度とインナシャフト23の回転速度との差である回転速度差をさらに考慮した所定の条件を満たすとき、電流指令値を増大補正する。
【0060】
潤滑油は、低温時には粘性が高くなってメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間から排出されにくくなり、高温時には粘性が低くなってメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間から排出されやすくなる。また、潤滑油は、回転速度差が低いほどメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間から排出されやすく、回転速度差が高いほどメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間から排出されにくくなる。このため、潤滑油の温度及び回転速度差を考慮することにより、電流指令値を増大補正するか否かの判定をより的確に行うことができる。
【0061】
本実施の形態において、電流指令値演算手段72は、潤滑油の温度及び回転速度差に基づいて係数を定め、定めた係数を上記の電流閾値に乗じた値に基づいて、図6に示すフローチャートのステップS5と同様の判定を行う。この判定では、電流閾値に乗じる係数が小さいほど、判定結果が否定的(No)となりやすくなる。
【0062】
図8は、潤滑油の温度及び回転速度差と係数の関係の一例を示す表である。この表において、OT~OTは、潤滑油の温度であり、SD~SDは、ハウジング20とインナシャフト23との回転速度差である。0.8~1.0の数値は係数である。OTは、寒冷地の最低気温に対応する温度であり、OTは、駆動力伝達装置2の負荷が高い状態で四輪駆動車1が長時間走行したときの潤滑油の温度である。OTは、常温であり、OTは、OTとOTとの間の温度である。SD~SDは、SD<SD<SD<SDの関係にある。
【0063】
図8に示すように、電流指令値演算手段72は、潤滑油の温度が所定の温度閾値より高い場合に、潤滑油の温度がこの温度閾値より低い場合よりも係数を大きくする。また、電流指令値演算手段72は、回転速度差が所定の速度閾値より高い場合に、回転速度差がこの速度閾値より低い場合よりも係数を小さくする。これにより、第1の実施の形態よりもさらに電流指令値を増大補正するか否かの判定を的確に行うことができる。
【0064】
また、潤滑油の温度及び回転速度差に基づいて定められた係数を継続時間に乗じた値に基づいて、図6に示すフローチャートのステップS5と同様の判定を行ってもよい。この場合の係数は、潤滑油の温度が所定の温度閾値より高い場合に小さく、回転速度差が大きい場合に大きくするとよい。
【0065】
(付記)
以上、本発明を第1及び第2の実施の形態に基づいて説明したが、これらの実施の形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、第1及び第2の実施の形態の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。また、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で、一部の構成を省略し、あるいは構成を追加もしくは置換して、適宜変形して実施することが可能であると共に、例えば下記のように変形して実施することも可能である。
【0066】
上記の実施の形態では、メインカム42をメインクラッチ3側とは反対側に付勢する弾性部材として皿ばね44を用いた場合について説明したが、これに限らず、皿ばね44に替えて例えばウェーブワッシャやコイルばねを弾性部材として用いてもよい。
【0067】
また、上記の実施の形態では、メインクラッチ3を押圧するアクチュエータ6をカム機構4及び電磁クラッチ機構5によって構成した場合について説明したが、これに限らず、例えば電磁ソレノイドを有する電磁制御弁によって作動油の油圧が調節される油圧式のアクチュエータによってメインクラッチ3を押圧するようにしてもよい。この場合には、電磁ソレノイドの電磁コイルに制御装置からコイル電流が供給され、制御装置が電磁コイルの周辺のヨーク等の磁路形成部材の磁気ヒステリシスを考慮してコイル電流を制御する。
【符号の説明】
【0068】
1…四輪駆動車
2…駆動力伝達装置
3…メインクラッチ(多板クラッチ)
7…制御装置
8…駆動力伝達制御装置
20…ハウジング(入力側の回転部材)
23…インナシャフト(出力側の回転部材)
31…メインアウタクラッチプレート(クラッチプレート)
32…メインインナクラッチプレート(クラッチプレート)
71…トルク指令値演算手段
72…電流指令値演算手段
73…電流制御手段
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8