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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024168581
(43)【公開日】2024-12-05
(54)【発明の名称】培養容器
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20241128BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20241128BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C12M1/00 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023085392
(22)【出願日】2023-05-24
(71)【出願人】
【識別番号】000102212
【氏名又は名称】ウシオ電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高橋 誠一郎
【テーマコード(参考)】
4B029
【Fターム(参考)】
4B029AA08
4B029AA27
4B029BB11
4B029CC01
4B029CC02
4B029DF09
4B029DF10
4B029DG10
4B029GB10
(57)【要約】
【課題】、培養容器自体の大型化を抑制しながらも、細胞培養中の雰囲気の湿度低下を抑制することのできる培養容器を提供する。
【解決手段】培養容器は、細胞が培養される第一領域と、第一領域の外側に位置し、底面及び前記底面の周囲を取り囲む側面を含んでなる有底開口空間で形成され、内部に保湿用液体が貯留された第二領域と、第二領域内において、一部分が保湿用液体の液面よりも上方に位置するように保湿用液体に接触して配置された、多孔質構造部を含んでなる液体保持体とを備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞が培養される第一領域と、
前記第一領域の外側に位置し、底面及び前記底面の周囲を取り囲む側面を含んでなる有底開口空間で形成され、内部に保湿用液体が貯留された第二領域と、
前記第二領域内において、一部分が前記保湿用液体の液面よりも上方に位置するように、前記保湿用液体に接触して配置された、多孔質構造部を含んでなる液体保持体とを備えたことを特徴とする、培養容器。
【請求項2】
前記液体保持体は、球状体、錐状体、柱状体、又は多面体を呈し、
前記第二領域内において、前記保湿用液体の液面に平行な方向に複数の前記液体保持体が配置されていることを特徴とする、請求項1に記載の培養容器。
【請求項3】
前記第二領域内において、複数の前記液体保持体が鉛直方向に積み重ねられて配置されていることを特徴とする、請求項2に記載の培養容器。
【請求項4】
前記液体保持体は、
前記第二領域の前記底面に平行な方向に延在する第一構造体と、
前記第一構造体に載置又は連結され、前記第一構造体から鉛直上方に向かって複数の箇所で突出する第二構造体とを有することを特徴とする、請求項1に記載の培養容器。
【請求項5】
前記液体保持体は、前記第二構造体とは反対側で前記第一構造体に連結され、前記第一構造体から鉛直下方に向かって複数の箇所で突出する第三構造体とを有する、請求項4に記載の培養容器。
【請求項6】
前記液体保持体の全体が、前記第二領域の前記底面よりも上方に位置していることを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載の培養容器。
【請求項7】
筐体を有し、
前記第一領域及び前記第二領域はそれぞれ独立して前記筐体に取り付けられており、
前記第一領域及び前記第二領域のうちの少なくとも一方は、前記筐体に対して着脱可能であることを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載の培養容器。
【請求項8】
筐体を有し、
前記第一領域及び前記第二領域は、前記筐体の内側の空間が区画されてなる領域であって、前記筐体に固定されていることを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載の培養容器。
【請求項9】
細胞が培養される予定の第一領域と、
前記第一領域の外側に位置し、底面及び前記底面の周囲を取り囲む側面を含んでなる有底開口空間で形成された第二領域と、
前記第二領域内に保湿用液体を貯留した状態で、一部分が前記保湿用液体の液面よりも上方に位置するように前記第二領域内に配置可能な、多孔質構造部を含んでなる液体保持体とを備えたことを特徴とする、培養容器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の培養に利用される培養容器に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、細胞を培養する3次元空間としてのマイクロ流路を含むデバイス(マイクロ流体デバイス)が提案されている。
【0003】
マイクロ流路は、流路幅及び流路高さがいずれも数μm~数百μmの範囲内の寸法を示す。このような微細な空間に対して、細胞を含む培養液(培地)が注入される。培養液の注入時にはピペット等の器具が用いられることが多い。このため、マイクロ流路に連絡された注入部は、器具を用いて液体の注入が可能な程度に、マイクロ流路の流路幅や流路高さに比べて想定的に寸法が大きい開口で構成される。
【0004】
マイクロ流路は、前記のとおり微小な空間であるため、この流路内に注入される液体も微量である。このため、マイクロ流体デバイスにおいては、注入される液体の体積に対して、液体が存在する面の表面積が大きくなりやすく、液体が蒸発やすいという問題がある。マイクロ流体デバイスに注入された液体の一部が蒸発すると、当該流体の濃度が変化し、細胞の浸透圧の平衡状態や、化学量論的な分析結果に影響を及ぼす懸念がある。
【0005】
下記特許文献1には、かかる観点から、マイクロ流体デバイス本体の周囲に水を入れるための貯水槽を設けた培養容器が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許第5587321号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
マイクロ流体デバイスの湿度環境を維持する観点から、マイクロ流体デバイス自体を、湿度がコントロールされたインキュベータ、培養槽等の閉塞空間に設置して、細胞を培養する方法が考えられる。マイクロ流体デバイスを培養槽内に設置したり、逆に培養槽に設置されたマイクロ流体デバイスを取り出す際に、培養槽の扉が開かれる。培養槽の扉が開かれることで、周囲の雰囲気が入り込み、培養槽内の湿度が低下する。本発明者の研究結果によれば、98%の湿度に保持されていた培養槽の雰囲気の湿度が、扉の開放によって、40%台の湿度にまで低下することが確認された。
【0008】
その後、培養槽の扉が再び閉められると、培養槽内の湿度は所定の値まで復帰する。しかし、培養槽の湿度が所定の値に復帰するためには、ある程度の時間を要する。この結果、マイクロ流体デバイス本体の周囲に設けられた貯水槽内の水だけでなく、マイクロ流体デバイスに注入された培養液も蒸発してしまう。特に、培養槽は、複数の担当者によって共有して利用されることもあり、この場合、培養槽の扉が開かれる頻度が高まる。この結果、培養槽内の湿度が低下する頻度が高くなり、培養液の蒸発量も増大することが想定される。
【0009】
貯水槽の水面の面積を増やせば、貯水槽からの水の蒸発量を増やすことができるが、マイクロ流体デバイスの存在する空間領域も増えるため、湿度が所定の値に戻るまでの速度の改善は限定的である。また、マイクロ流体デバイス自体が大型化するため、集積化が困難となる。
【0010】
本発明は、上記の課題に鑑み、細胞を培養するのに利用される培養容器において、培養容器自体の大型化を抑制しながらも、細胞培養中の雰囲気の湿度低下を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る培養容器は、
細胞が培養される第一領域と、
前記第一領域の外側に位置し、底面及び前記底面の周囲を取り囲む側面を含んでなる有底開口空間で形成され、内部に保湿用液体が貯留された第二領域と、
前記第二領域内において、一部分が前記保湿用液体の液面よりも上方に位置するように、前記保湿用液体に接触して配置された、多孔質構造部を含んでなる液体保持体とを備えたことを特徴とする。
【0012】
本明細書において「多孔質構造部」とは、液体を吸収する機能と、吸収した液体を一時的に保持しつつ経時的に液体を脱離する機能とを有する構造領域を指す。
【0013】
上記培養容器によれば、第二領域内に貯留された保湿用液体の液面からのみならず、第二領域内に配置された液体保持体の表面からも、液体を蒸発させることができる。この結果、仮に雰囲気の湿度が低下した場合に、従来構成よりも湿度の上昇速度が高められる。また、保湿用液体が貯留された領域内に液体保持体を配置すればよいため、培養容器自体の大型化を招きにくい。
【0014】
保湿用液体の液面の高さは、液体保持体の高さの半分以下とするのがより好ましい。このような構成とすることで、露出された液体保持体の表面積を大きく確保できるため、単位時間あたりの蒸発量が増加し、湿度の上昇速度が高まる。
【0015】
前記液体保持体は、球状体、錐状体、柱状体、又は多面体を呈し、
前記第二領域内において、前記保湿用液体の液面に平行な方向に複数の前記液体保持体が配置されているものとしても構わない。
【0016】
一例として、液体保持体が球状体である場合には、直径が2cm以下とすることができる。また、液体保持体がその他の形状である場合、上面から見たときの平面形状の外接円の直径が2cm以下とすることができる。
【0017】
前記第二領域内において、複数の前記液体保持体が鉛直方向に積み重ねられて配置されていても構わない。下段に配置された液体保持体が保持している液体成分が、上段に配置された液体保持体によって吸収された後、保持される。つまり、このような構成とすることで、鉛直方向に液体成分を輸送することができる。また、このような構成とすることで、露出された液体保持体の表面積を大きく確保できるため、単位時間あたりの蒸発量が増加し、湿度の上昇速度が高まる。
【0018】
前記液体保持体は、
前記第二領域の前記底面に平行な方向に延在する第一構造体と、
前記第一構造体に載置又は連結され、前記第一構造体から鉛直上方に向かって複数の箇所で突出する第二構造体とを有するものとしても構わない。
【0019】
前記液体保持体は、前記第二構造体とは反対側で前記第一構造体に連結され、前記第一構造体から鉛直下方に向かって複数の箇所で突出する第三構造体とを有するものとしても構わない
【0020】
前記液体保持体の全体が、前記第二領域の前記底面よりも上方に位置しているものとしても構わない。
【0021】
前記培養容器において、細胞を培養する領域と保湿用液体が貯留する領域とは、1チップ上に実装されていても構わないし、少なくとも一方が独立して着脱可能であっても構わない。
【0022】
すなわち、前記培養容器は、筐体を有し、前記第一領域及び前記第二領域は、前記筐体の内側の空間が区画されてなる領域であって、前記筐体に固定されているものとしても構わない。また、前記培養容器は、筐体を有し、前記第一領域及び前記第二領域はそれぞれ独立して前記筐体に取り付けられており、前記第一領域及び前記第二領域のうちの少なくとも一方は、前記筐体に対して着脱可能としても構わない。
【0023】
また、本発明に係る培養容器は、
細胞が培養される予定の第一領域と、
前記第一領域の外側に位置し、底面及び前記底面の周囲を取り囲む側面を含んでなる有底開口空間で形成された第二領域と、
前記第二領域内に保湿用液体を貯留した状態で、一部分が前記保湿用液体の液面よりも上方に位置するように前記第二領域内に配置可能な、多孔質構造部を含んでなる液体保持体とを備えたことを特徴とする。
【0024】
上記培養容器によれば、第二領域内に保湿用液体と共に液体保持体を配置した状態で、第一領域内で細胞を培養することにより、細胞の培養中に、湿度が急に低下した場合であっても、保湿用液体の液面からのみならず、液体保持体の表面からも蒸発させることができるため、湿度の上昇速度を上げることができる。また、保湿用液体が貯留された領域内に液体保持体を配置すればよいため、培養容器自体の大型化を招くことなく、湿度の上昇速度が高められる。
【発明の効果】
【0025】
本発明の培養容器によれば、容器自体の大型化を招来することなく、細胞培養中の雰囲気の湿度の低下を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】培養容器の一実施形態の構成を模式的に示す平面図である。
図2図1から液体保持体の図示を省略した図面である。
図3】培養容器の第二領域の模式的な断面図である。
図4】第一領域に配置された、細胞培養用の小領域の構造の一例を模式的に示す断面図である。
図5】球形状を呈する液体保持体において、保湿用液体の液面の上方に露出した領域の表面積を求める方法を説明するための図面である。
図6】多数の球体を矩形状の領域内にできるだけ詰め込んだときのモデルを、模式的に示す平面図である。
図7】保湿用液体の液面の水位を横軸とし、水位を変化させたときの露出面の総面積の相対値を縦軸として表記したグラフである。
図8】実験に利用された、培養容器の模式的な平面図である。
図9】実験結果を示すグラフである
図10】別実施形態の培養容器の第二領域の模式的な断面図である。
図11】別実施形態の培養容器の第二領域の模式的な断面図である。
図12】別実施形態の培養容器の第二領域の模式的な断面図である。
図13】別実施形態の培養容器の第二領域の模式的な断面図である。
図14】別実施形態の培養容器の第二領域の模式的な断面図である。
図15】別実施形態の培養容器の第二領域の模式的な断面図である。
図16】別実施形態の培養容器の第二領域の模式的な断面図である。
図17】別実施形態の培養容器の構成を模式的に示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明に係る培養容器の実施形態につき、以下において適宜図面を参照して説明する。なお、以下の各図面は模式的に示されたものであり、図面の寸法比と実際の寸法比とは必ずしも一致しておらず、各図面の間での寸法比も必ずしも一致していない。
【0028】
図1は、培養容器の一実施形態の構成を模式的に示す平面図である。図1に示す培養容器1は、壁体5で囲まれた筐体の内側領域内に、細胞を培養するための第一領域10と、第一領域10の外側において、後述する保湿用液体4(図2参照)が貯留された第二領域20とが配置されている。第一領域10と第二領域20とは、平面視において相互に隣接する位置に配置されている。ただし、これはあくまで一例であり、本発明は、第二領域20が第一領域10の近傍(例えば離間距離が数cm以内)に配置されていれば、第一領域10と第二領域20との間に他の領域が介在している構造を排除しない。
【0029】
図1に示す第一領域10には、細胞を培養するための空間が形成された小領域15が形成されている。また、第二領域20には、保湿用液体4と共に複数の液体保持体3が配置されている。液体保持体3についての説明は後述される。
【0030】
図2は、図1から液体保持体3の図示を省略した図面である。図2に示すように、第二領域20は、底面と、底面を囲むように配置された壁体5からなる側面とを含む、有底開口空間であり、その内側に保湿用液体4が貯留されている。保湿用液体4は、雰囲気の湿度が低下すると蒸発する性質を示す液体であり、典型的には水であるが、水と、細胞の培養に対して影響を生じない物質(例えば、培地を構成する成分等)とが混合された液体であっても構わない。
【0031】
図3は、培養容器1の第二領域20の模式的な断面図である。図3に示す例では、第二領域20内に貯留された保湿用液体4に、複数の液体保持体3が浮くように配置されている。より詳細には、液体保持体3は、その一部分が保湿用液体4の液面4Sよりも上方に露出するように配置されており、また、液体保持体3の一部分は液面4Sよりも下方に位置している。つまり、液体保持体3は、保湿用液体4に接触した状態で配置されている。
【0032】
液体保持体3は、全体又は一部に、多孔質構造部を有する。多孔質構造部は、保湿用液体4を吸収し、且つ、吸収した保湿用液体4を一時的に保持しつつ、経時的に保湿用液体4を放散(蒸発)させることのできる性質を示す材料からなる。つまり、液体保持体3は、液体(ここでは保湿用液体4)を一時的に保持しつつも、経時的に液体を蒸発させることのできる物体である。
【0033】
多孔質構造部の一例は、高分子が架橋して三次元網目状の構造を呈し、液体を吸収して膨潤するが溶解しない、高分子ゲルである。
多孔質構造部の一例は、綿球のように、繊維状の構造物が多数集積されて、内部に空間を有して塊となっている物体である。
多孔質構造部の一例は、セラミックボール、ゼオライト集合体のように、粒状の材料が凝縮している物体である。
多孔質構造部の一例は、スポンジのように、樹脂等からなる基材に孔が多数形成された物体である。
多孔質構造部の一例は、金属等からなる基材の表面にアルマイト処理が施された結果、表面に多数の凹凸構造が形成された領域である。
【0034】
保湿用液体4が貯留されている第二領域20内に液体保持体3が配置されていることで、保湿用液体4は、液体保持体3によってその一部が吸収される。つまり、培養容器1の第二領域20は、露出している保湿用液体4の液面4Sからだけでなく、露出している液体保持体3の外表面からも、保湿用液体4を蒸発させることができる。
【0035】
図4は、図1に示す第一領域10に配置された、小領域15の構造の一例を模式的に示す断面図である。図4に示す例では、底部基板51と上部基板52とが貼り合わされており、上部基板52の一部に貫通孔及び溝部が形成されている。より詳細には、基板(51,52)の面方向に離間した位置に貫通孔(11,12)が形成されており、これらの貫通孔(11,12)を連絡するように、基板(51,52)の面方向に延在した溝部13が形成されている。図4に示す例では、貫通孔11の上部基板52側の開口部11a、及び貫通孔12の上部基板52側の開口部12aは、いずれもテーパ形状を呈しているが、この形状は任意である。
【0036】
細胞を培養する際には、開口部11aから培養液が注入される。注入された培養液は、溝部13に達する。溝部13は、底面が底部基板51で、上面及び側面が上部基板52で囲まれており、微小空間を形成している。この微小空間からなる溝部13内において、細胞が培養される。なお、当然に開口部12aから培養液を注入してもよいが、以下では、説明の煩雑化を避ける観点から、開口部11aから培養液が注入される場合についてのみ説明する。
【0037】
培養液は、典型的にはピペット等の器具を用いて注入される。このため、注入作業の容易性に鑑み、開口部11aはテーパ形状を呈するのが好適である。
【0038】
開口部11aから溝部13に達するように培養液が注入されるため、細胞培養時には、培養液の液面が貫通孔11内で露出し、場合によっては開口部11a近傍に達している。第二領域20が存在しない場合を仮定すると、細胞培養時において雰囲気の湿度が低下すると、培養液が徐々に蒸発してしまう。この結果、培養液に含まれる物質の濃度が変化して、培養中の細胞の環境が変化し、分析結果に影響を及ぼす懸念がある。
【0039】
しかし、本実施形態の培養容器1によれば、保湿用液体4が貯留された第二領域20を含むため、雰囲気の湿度が急に低下した場合であっても、この保湿用液体4の一部が蒸発して湿度を上昇させることができる。特に、第二領域20には、保湿用液体4に接触して配置された液体保持体3が配置されているため、単に保湿用液体4のみが貯留されている場合と比べて、液体を含む領域の露出面積が大幅に上昇している。この結果、保湿用液体4の蒸発速度が高められるため、雰囲気の湿度が急に低下した場合であっても、湿度を急速に上昇させることができる。
【0040】
培養容器1においては、第一領域10内で細胞が培養され、例えば、培養中の細胞の状態の変化が分析される。仮に、第一領域10に近接する第二領域20内に菌が存在すると、第一領域10内で培養中の細胞に影響を及ぼす懸念がある。第二領域20は、上述したように、保湿用液体4や、保湿用液体4が一部吸収された液体保持体3が配置されているため、菌が発生しやすい環境ともいえる。
【0041】
かかる観点から、液体保持体3は、滅菌処理できる材質であるのが好ましい。ここで滅菌処理としては、オートクレーブ滅菌に代表される高圧蒸気滅菌、EOGガスや過酸化水素ガスプラズマを用いたガス滅菌、ガンマ線滅菌、電子線滅菌、又はエックス線滅菌に代表される放射性滅菌、高周波(マイクロ波)滅菌、及び乾熱滅菌からなる群に属する1種以上が挙げられる。
【0042】
液体保持体3を配置したことで、液体を含む領域の露出面積が上昇する点について、簡易モデルを参照して説明する。以下では、説明を容易化する観点で、液体保持体3を球形状と仮定する。
【0043】
図5は、球形状を呈する液体保持体3において、保湿用液体4の液面4Sの上方に露出した領域の表面積を求めるための説明用図面である。図5に示す球体30は、液体保持体3を模擬したモデルである。
【0044】
Z軸上の点C1を中心する半径rの球面は、以下の(1)式で表される。
x2+ y2 + (z-r)2 = r2 ・・・(1)
【0045】
(1)式を展開すると、(2)式を得る。
x2+ y2 = 2zr-z2 ・・・(2)
【0046】
この(2)式は、高さzの平面上における半径 r’(=√(2zr - z2))の円の方程式に対応する。つまり、球面とは、半径 r’ の円を、Z方向に順次移動させながら重ね合わせられることで得られる図形である。
【0047】
以上により、高さzの位置におけるX-Y平面上の円αの面積Sαは、以下の(3)式で表される。
Sα = πr’2 = π(2zr-z2) ・・・(3)
【0048】
球体30を、高さzの位置におけるX-Y平面で切断したときの、原点Oと切断面とで確定される球欠の外側面(球冠)の表面積S1は、以下の(4)式で表される。
S1 = π(z2 + r’2) =π(z2 +2zr - z2) = 2πzr ・・・(4)
【0049】
球体30を、高さzの位置におけるX-Y平面で切断したときの、原点Oとは反対側(X-Y平面よりも+Z側)に位置する球欠の外側面(球冠)の表面積S2は、球体30の表面積から前記(4)式で求めた原点O側の球冠の表面積S1の差分によって算出できる。つまり、表面積S2は以下の(5)式で表される。
S2 = 4πr2 - 2πzr ・・・(5)
【0050】
図6は、球体30を矩形状の領域内にできるだけ詰め込んだときのモデルを、模式的に示す平面図である。
【0051】
図6によれば、球体30を矩形状の領域内にできるだけ詰め込んだ場合、1辺の長さが4r、他の1辺の長さが2√3rの長方形内に、球体30を上面から見たときの円が4個分配置されることが分かる。つまり、1個の球体30が占めるX-Y平面上の面積(底面積)S3 は、下記(6)式で表される。
S3 = (4r×2√3r)/ 4 = 2√3 r2 ・・・(6)
【0052】
高さzの位置よりも上方に存在する表面の面積S4は、(球体1個当たりの底面積)+(高さzより高いところの球冠の面積)-(高さzの平面上に出来る円の面積)によって求めることができる。つまり面積S4は、以下の(7)式で表される。
S4 = 2√3 r2+π(4r2 - 2zr)- π(2zr-z2) ・・・(7)
【0053】
ここで、高さzとは、図3における液面4Sの水位に対応するものである。つまり、このモデルを用いることで、半径1cmの球からなる液体保持体3を第二領域20内において密に1段詰めたときの、第二領域20内の保湿用液体4の液面4Sの水位と、保湿用液体4を蒸発させることのできる露出面の総面積との関係を求めることができる。この関係の算出結果を、図7に示す。
【0054】
図7は、保湿用液体4の液面4Sの水位を横軸とし、水位を変化させたときの露出面の総面積の相対値を縦軸としてグラフ化したものである。このモデルでは、液体保持体3を半径1cmの球で仮定しているため、保湿用液体4の液面4Sの水位を2cmとした場合は液体保持体3が完全に水没した状態を意味する。このときの、露出部分の総表面積を基準値として、この基準値に対する相対値が図7の縦軸に示されている。水位が2cmより増加しても、液体保持体3が保湿用液体4に水没した状態には変わりないので、蒸発させることのできる露出面の面積は、保湿用液体4の液面4Sの面積に対応し、1のままである。
【0055】
図7によれば、保湿用液体4の液面4Sの水位を0.5cmとすると、水没時と比べて露出部分の総表面積が約3倍になることがわかる。すなわち、単に第二領域20内に保湿用液体4を貯留させただけの場合と比べて、液体の蒸発速度が速くなること予想される。
【0056】
この予想を実際に検証するために、本発明者によって以下の実験が行われた。図8は、この実験に利用された、培養容器1の模式的な平面図である。図8に示すように、この実験では、培養容器1として円形の容器が用いられた。より詳細には、モデルとして利用された培養容器1は半径10cmのシャーレであり、壁体5によって、第一領域10と第二領域20とが区画された。第一領域10内に培養デバイスを設置し、このデバイスには500μLの培地(培養液)が注入された。
【0057】
(実施例1)
第二領域20内に、保湿用液体4としての水を貯留すると共に、半径約0.5cm程度の綿球からなる複数の液体保持体3を保湿用液体4の液面4Sに接触させた状態で配置した。保湿用液体4は、液体保持体3の半分の高さに液面4Sが位置するように、液量が調整された。
【0058】
培養容器1を7日間にわたって培養槽内に放置した後、第一領域10内に配置された培養デバイスから培養液を回収し、回収した培養液の量から、7日間での培養液の蒸発量を算出した。
【0059】
(実施例2)
液体保持体3としてハイドロゲルを用いた点を除き、実施例1と共通の方法で、7日間での培養液の蒸発量を算出した。ハイドロゲルは、実施例1で利用された綿球と同じく、半径約0.5cm程度のものが採用された。
【0060】
(比較例1)
液体保持体3を配置しなかった点を除き、実施例1と共通の方法で、7日間での培養液の蒸発量を算出した。なお、比較例1において第二領域20内に注入された保湿用液体4の量は、実施例1及び実施例2の場合と、液面4Sの水位がほぼ同じになるように調整された。
【0061】
(結果)
図9は、この実験の結果を示すグラフである。なお、実施例1、実施例2、及び比較例1のそれぞれについて、サンプル数n=4で実験が行われた。図9は、エラーバーを含んだ態様でグラフ化されている。
【0062】
図9に示すように、第二領域20内に液体保持体3を配置しなかった比較例1では、デバイスに注入した培養液の約14%が蒸発した。一方、第二領域20内に液体保持体3が配置された実施例1及び実施例2は、いずれも培養液の蒸発量を7%以下に抑制できた。特に、実施例1と実施例2を比較すると、液体保持体3として綿球を用いた実施例1の方が、液体保持体3としてハイドロゲルを用いた実施例2よりも、培養液の蒸発を抑制する効果が更に高いことが確認された。
【0063】
この実験の結果からも、第二領域20内に保湿用液体4と共に液体保持体3を配置することで、第一領域10内の培養液の蒸発を抑制する効果が高められることが分かる。また、液体保持体3の材質によって、第一領域10内の培養液の蒸発を抑制する効果の大きさに影響されることが分かる。液体保持体3として綿球を用いた実施例1の方が、液体保持体3としてハイドロゲルを用いた実施例2よりも、培養液の蒸発を抑制する効果がより高くなった理由としては、綿球の方がハイドロゲルよりもポーラス性が高いためであると推察される。言い換えれば、液体保持体3としては、多孔質構造部を有する構成であることが好ましく、且つ、孔部の密度が高いほど、保湿用液体4の蒸発効果が高められるものと推察される。
【0064】
[別実施形態]
以下、培養容器1の別実施形態について説明する。なお、図10図16の各図は、いずれも別実施形態の培養容器1について、第二領域20の断面を図3にならって図示したものである。
【0065】
〈1〉図10に示すように、保湿用液体4の液面4Sの上方に、液体保持体3が2段にわたって積み重ねられていても構わない。この構成によれば、保湿用液体4の液面4Sよりも上方において露出する液体保持体3の表面積が増えるため、保湿用液体4の蒸発速度が更に高まり、培地の蒸発を抑制する効果が高められる。
【0066】
なお、図10では、液体保持体3が2段に積み重ねられているが、3段以上にわたって積み重ねられていても構わない。
【0067】
〈2〉図11図16に示すように、液体保持体3は複数の構造体を有していても構わない。
【0068】
図11に示す例では、液体保持体3は、第二領域20の底面に平行な方向に延在する第一構造体3aと、この第一構造体3aの上面に載置された、球状の第二構造体3bとを備えている。第一構造体3a及び第二構造体3bは、いずれも、多孔質構造部を有する。
【0069】
図12に示す例は、図11の例から、第一構造体3aと第二構造体3bとが一体化されたものに対応する。この場合、第二領域20内には単一の液体保持体3が配置され、この単一の液体保持体3には複数箇所で突出する第二構造体3bが形成されている。ただし、この例において、液体保持体3が複数配置される場合を排除するものではない。
【0070】
図13に示す例は、図12の例から、液体保持体3が、更に第二領域20の底面側(保湿用液体4が貯留されている側)にも突出している場合に対応する。すなわち、この例では、液体保持体3は、第一構造体3aと第二構造体3bに加えて、第二構造体3bとは反対側で第一構造体3aに連結され、第一構造体3aから鉛直下方に向かって複数の箇所で突出する第三構造体3cを有する。
【0071】
この例によれば、液体保持体3と保湿用液体4との接触面積が増加するため、保湿用液体4を液体保持体3側に吸収する速度が高まり、結果として、液体保持体3の露出面を通じて保湿用液体4を蒸発させる速度が高められる。
【0072】
図14に示す例は、図13の例から、第二構造体3b及び第三構造体3cの形状を異ならせたものに対応する。ここでは、液体保持体3の突出部(第二構造体3b及び第三構造体3c)が、錐状体を呈する場合が示されている。
【0073】
第二構造体3b及び第三構造体3cの形状は、球状体や錐状体には限定されず、柱状体であっても構わないし、他の多面体であっても構わない。図3図10図11に示す液体保持体3においても同様に、その形状は球状体には限定されず、錐状体、柱状体、又は他の多面体であっても構わない。
【0074】
図15に示す例は、図13の例から、液体保持体3自体を第二領域20の底面の壁体5に接触させて配置した場合に対応する。図16に示す例は、図15に示す例から、第二構造体3bの形状を異ならせたものに対応する。つまり、本発明において、液体保持体3は、保湿用液体4に浮くように配置されていても構わないし、第二領域20の底面の壁体5に接触するように配置されていても構わない。
【0075】
〈3〉図17に示すように、第二領域20は着脱可能であっても構わない。この場合、培養容器1は、設置用スロット41が設けられ、別に準備された保湿キット42が、設置用スロット41に取り付けられることで、図1に示す培養容器と同様の状態が実現される。保湿キット42には、保湿用液体4及び液体保持体3が配置されており、これが設置用スロット41に取り付けられることで、第二領域20を形成する。
【0076】
なお、図17では、保湿用液体4及び液体保持体3が配置された状態の保湿キット42が、設置用スロット41に取り付けられる場合が模擬されているが、空の保湿キット42を設置用スロット41に取り付けた後に、保湿キット42の内側領域に保湿用液体4及び液体保持体3を設置しても構わない。
【0077】
また、図示は省略するが、培養容器1において、第一領域10が着脱可能であっても構わないし、第一領域10と第二領域20の両者が着脱可能であっても構わない。
【0078】
〈4〉上記各実施形態において、培養容器1には、第一領域10を挟み込むように、2箇所の位置に第二領域20が形成されていたが、第二領域20の設置数や設置位置は任意である。ただし、第一領域10内に配置される培地(培養液)の蒸発を抑制する観点、及び培養容器1のサイズ拡大を抑制する観点からは、第一領域10の隣接位置において、第一領域10を挟み込む又は取り囲むように、第二領域20が配置されるのが好ましい。
【0079】
〈5〉本発明は上記した実施形態に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上述した実施形態は本発明のより良い理解のために詳細に説明したものであり、必ずしも説明の全ての構成を備えるものに限定されるものではない。本発明の範囲は特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0080】
1 :培養容器
3 :液体保持体
3a :第一構造体
3b :第二構造体
3c :第三構造体
4 :保湿用液体
4S :液面
5 :壁体
10 :第一領域
11 :貫通孔
11a :開口部
12 :貫通孔
12a :開口部
13 :溝部
15 :小領域
20 :第二領域
30 :球体
41 :設置用スロット
42 :保湿キット
51 :底部基板
52 :上部基板
図1
図2
図3
図4
図5
図6
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