(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024168788
(43)【公開日】2024-12-05
(54)【発明の名称】マイクロニードルの製造方法
(51)【国際特許分類】
A61M 37/00 20060101AFI20241128BHJP
【FI】
A61M37/00 505
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023085727
(22)【出願日】2023-05-24
(71)【出願人】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106297
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 克博
(72)【発明者】
【氏名】松元 亮
(72)【発明者】
【氏名】ケヴィン バーテルメス
(72)【発明者】
【氏名】松本 裕子
【テーマコード(参考)】
4C267
【Fターム(参考)】
4C267AA71
4C267BB02
4C267BB03
4C267BB04
4C267BB11
4C267BB12
4C267BB20
4C267BB24
4C267BB31
4C267BB39
4C267BB40
4C267CC01
4C267CC05
4C267GG01
4C267GG21
4C267HH02
4C267HH08
(57)【要約】 (修正有)
【課題】生体における安全性を確保しつつ、型から取り出したマイクロニードルの洗浄を最適化する。
【解決手段】マイクロニードル110の製造方法は、マイクロニードル110の構造に対応するキャビティが形成された型を用意する工程、単量体混合物を含むプレゲル溶液を調製する工程、型の所定の部分にプレゲル溶液を注入する工程、型内でプレゲル溶液中の単量体混合物を重合してゲル組成物を形成する工程、得られた成型体を型から取り出す工程、型から取り出した成型体を洗浄する工程、および洗浄後の成型体を乾燥させる工程を有する。成型体を洗浄する工程は、メタノールと水との混合溶液に前記成型体を浸漬することを含む。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
マイクロニードルの製造方法であって、
ベース部と、前記ベース部に一体的に設けられた少なくとも1つのニードル部とを有する前記マイクロニードルの前記ベース部および前記ニードル部に相当するキャビティが形成された型を用意する工程と、
単量体混合物を含むプレゲル溶液を調製する工程と、
前記型の少なくとも前記ニードルに相当するキャビティの部分に前記プレゲル溶液を注入する工程と、
前記型内で前記プレゲル溶液中の前記単量体混合物を重合してゲル組成物を形成する工程と、
得られた成型体を型から取り出す工程と、
前記型から取り出した成型体を洗浄する工程と、
洗浄後の前記成型体を乾燥させる工程と、
を有し、
前記成型体を洗浄する工程は、メタノールと水との混合溶液に前記成型体を浸漬することを含む、マイクロニードルの製造方法。
【請求項2】
前記混合溶液のメタノール濃度が30体積%~70体積%である、請求項1に記載のマイクロニードルの製造方法。
【請求項3】
前記成型体を洗浄する工程は、前記混合溶液を1回または複数回交換することを含む、請求項1に記載のマイクロニードルの製造方法。
【請求項4】
前記混合溶液の交換1回当たりの前記成型体の浸漬時間は、2時間~24時間である、請求項3に記載のマイクロニードルの製造方法。
【請求項5】
前記単量体混合物は、ゲル化剤、フェニルボロン酸系単量体、ヒドロキシル系単量体および架橋剤を含む、請求項1に記載のマイクロニードルの製造方法。
【請求項6】
前記単量体混合物は、光重合開始剤をさらに含み、
前記ゲル組成物を形成する工程は、光照射により前記単量体混合物を重合することを含む、請求項5に記載のマイクロニードルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロニードルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
薬剤を経皮的に投与するデバイスとしてマイクロニードルが知られている。マイクロニードルは、例えば特許文献1に開示されるように、投与する薬剤を担持した長さが1mm以下の複数のニードルを平板状のベース部上にアレイ状に配列したパッチとして提供され、皮膚表面に貼付することでニードルを経由して薬剤が送達されるように構成される。そのため、マイクロニードルは、低侵襲的に、かつ長時間にわたって連続的に薬剤を投与できるという特徴を有している。
【0003】
また、特許文献1には、マイクロニードルの製造方法として、型を用いたマイクロモールディング技術による方法を開示する。その方法は、ベース部およびニードルに相当するキャビティが形成された型を用意する工程と、型のニードルに相当するキャビティの部分に、単量体混合物を含むプレゲル溶液を注入する工程と、プレゲル溶液中の単量体混合物を重合してゲル組成物を形成する工程と、ゲル組成物を含む前記型内でベース部をゲル組成物と一体に形成する工程と、これによって得られた成型体であるマイクロニードルを前記型から取り出す工程と、を含む。
【0004】
特許文献1に開示されるマイクロニードルは、薬剤の中でも特に、糖尿病の治療のためのインスリンの送達を主な目的としており、単量体混合物は、グルコースと可逆的に結合することができるフェニルボロン酸(PBA)系単量体を含む。単量体混合物の重合によって得られたゲル組成物にインスリンを含有させることによって、グルコース濃度に応じてゲル組成物からのインスリンの放出が制御される。
【0005】
ここで、ゲル組成物を形成する工程において、単量体濃度や架橋密度などのゲル組成を最適化したとしても、100%の確率で重合が起こるわけではないので、型から取り出されたマイクロニードルには、未反応の単量体や高分子化しなかった重合体(本明細書では、これら単量体および高分子化しなかった重合体を総称して「不純物」とも称する)が存在する。そこで、これら不純物を除去するために、マイクロニードルを型から取り出した後、マイクロニードルの洗浄が行われる。マイクロニードルの洗浄には、洗浄液としてメタノールと水の混合溶液である洗浄液が用いられる。洗浄によってゲル組成物中のボロン酸系単量体が混合溶液中に溶出するため、洗浄液のpHを指標に、例えばpH6.4以上になるまで5~7日間の洗浄期間が設定されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、従来は洗浄効果の指標として洗浄液のpHを用いていた。しかし、マイクロニードルは生体に直接適用されるものであることから、生体における安全性が確保されていることが重要である。また、マイクロニードルの生産性を向上させるためには、洗浄を効率よく行なうことも重要である。そこで本発明は、生体における安全性を確保しつつ、型から取り出したマイクロニードルの洗浄を最適化することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様によれば、マイクロニードルの製造方法であって、
ベース部と、前記ベース部に一体的に設けられた少なくとも1つのニードル部とを有する前記マイクロニードルの前記ベース部および前記ニードル部に相当するキャビティが形成された型を用意する工程と、
単量体混合物を含むプレゲル溶液を調製する工程と、
前記型の少なくとも前記ニードルに相当するキャビティの部分に前記プレゲル溶液を注入する工程と、
前記型内で前記プレゲル溶液中の前記単量体混合物を重合してゲル組成物を形成する工程と、
得られた成型体を型から取り出す工程と、
前記型から取り出した成型体を洗浄する工程と、
洗浄後の前記成型体を乾燥させる工程と、
を有し、
前記成型体を洗浄する工程は、メタノールと水との混合溶液に前記成型体を浸漬することを含む、マイクロニードルの製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、生体における安全性を確保しつつ、型から取り出したマイクロニードルの洗浄を最適化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の一実施形態によるマイクロニードルの側面図である。
【
図2】リザーバを有するマイクロニードルの一形態の断面図である。
【
図3】
図1に示すマイクロニードルの製造に用いられる型の一形態の断面図である。
【
図4】実施例における成型体の洗浄効果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<マイクロニードル>
まず、マイクロニードルについて説明する。
図1を参照すると、ベース部100と、複数のニードル110とを有し、皮膚に貼付するパッチとして提供される、本発明の一実施形態によるマイクロニードル10が示されている。ベース部100は、複数のニードル110を支持するシート状の部分である。複数のニードル110がベース部100に支持されることで、複数のニードル110は、ニードルアレイとして構成される。ニードル110は、マイクロニードル10の使用時に皮膚に穿刺される部分であり、鋭利な先端を有する。ベース部100とニードル110とは、別々の材料で作られていてもよいし、同じ材料で作られてもよい。ベース部100とニードル110とが同じ材料で作られている場合、これらは同時に作製することができる。少なくともニードル110は、親水性を有しており、マイクロニードル10の使用前は、薬剤が浸透することによって内部に薬剤を担持している。ニードル110は、皮膚に穿刺される前は皮膚に穿刺されるのに十分な高い力学的強度を有し、かつ、皮膚に穿刺されると直ちに吸水して薬剤を放出する性質を有する。本明細書においては、マイクロニードルのことを「薬剤送達マイクロニードル」とも記載する。
【0012】
[ベース部]
ベース部100は、複数のニードル110を皮膚に穿刺する際に皮膚の弾性力に抗してニードル110が良好に皮膚に穿刺されるように必要な機械的強度を有して構成されていれば、様々な材料で構成することができる。そのような材料としては、ポリマー材料、多孔質構造を有するセラミックス材料および金属材料などが挙げられる。また、ベース部100は、生体適合性を有する材料で構成されることが好ましい。また、一態様において、ベース部は、皮膚に沿って変形できる程度の可撓性を有しているのが好ましい。
【0013】
ベース部100は、ニードル110から放出される薬剤のリザーバを有することができる。リザーバを有することにより、薬剤を長期間(例えば7日間)にわたって放出することができるようになる。長期間にわたる薬剤の放出が可能なマイクロニードルは、血中グルコース濃度に応じて薬剤としてインスリンを投与するインスリン送達マイクロニードルとして好適に用いることができる。
【0014】
リザーバは、例えば、ベース部100を上面が開口した凹状(カップ状)に形成することによって構成することができる。あるいは、ニードル110と同じ材料でベース部100を形成し、薬剤を浸透させたベース部100そのものをリザーバとすることもできる。この場合、ベース部100および複数のニードル110を一体成形により同時に形成することができる。また、いずれの場合でも、ベース部100は、ニードル110からベース部100への薬剤の流通の連続性が阻害されない材料で構成されることが好ましい。リザーバを有するマイクロニードルの構造について詳しくは後述する。
【0015】
ベース部100の平面形状は、円形、楕円形および多角形など任意の形状であってよく、例えば矩形状とすることができる。
【0016】
[ニードル]
ニードル110の長さは、ニードル110を皮膚に穿刺したときにニードル110が角質層に達する十分な長さを有していればよく、限定はされないが、例えば、好ましくは5mm以下、より好ましくは2mm以下、さらに好ましくは1mm以下であってよく、また、好ましくは100μm以上、より好ましくは500μm以上、一態様においてさらに好ましくは1mm以上である。ニードル110の数および配置は任意であってよい。例えば、複数のニードル110を、M×N(M、Nはそれぞれ1~30の整数)のマトリックス状に配列することができる。具体的な配置の一例としては、8mm×8mmの矩形領域中に、10×12本のニードル110が500μmピッチで配置される。別の配置の一例としては、直径12mmの円形領域中に、11×11本のニードル110が1.2mmピッチで配置される。ニードル110の形状は、皮膚に穿刺できる先端を有していれば任意であってよく、好ましくはピラミッド形状とすることができる。
【0017】
ニードル110は、薬剤を担持および放出できるゲル組成物を含有する。特に、マイクロニードル10が、薬剤としてインスリンを送達するマイクロニードルである場合、ゲル組成物として糖応答性ゲルを用いることができる。糖応答性ゲルについては後述する。
【0018】
[リザーバを有するマイクロニードルの構造]
本実施形態の一態様として、リザーバを有するマイクロニードルの構造の一形態について、
図2を参照して説明する。
【0019】
図2に示す形態では、ベース部100を凹状(カップ状)に形成し、ベース部100の開放した上面をシート102で密閉することによって形成された空間でリザーバ101が構成される。シート102の接着には、例えば耐水性の接着剤103を用いることができる。シート102としては特に制限されないが、耐水性および柔軟性の観点から、例えば厚さが0.3mmのシリコーンシートを用いることができる。薬剤は、シリンジ注射によってシート102を介してリザーバ101に充填することができる。
【0020】
<糖応答性ゲル>
次に、糖応答性ゲルについて説明する。本実施形態の糖応答性ゲル(「ゲル組成物」、「ゲル」とも記載)は、以下に記載するような、フェニルボロン酸系単量体がグルコース濃度に依存して構造を変化させるメカニズムを利用するものである。
【0021】
【0022】
水中で解離したフェニルボロン酸(PBA)は糖分子と可逆的に結合し、上記の平衡状態を保っている。グルコース濃度が高くなると、ボロン酸にグルコースが結合してゲルの体積が膨張するが、グルコース濃度が低い場合には収縮する。薬剤送達用デバイスにゲルを充填した状態では、血液と接触したゲル界面でこの反応が生じ、界面でのみゲルが収縮して本発明者らが「スキン層」と呼ぶ脱水収縮層を生じる。本発明の一実施態様に係るインスリン送達デバイスはこの性質をインスリンの放出制御のために利用するものである。
【0023】
本実施形態の糖応答性ゲルは、(A)ゲル化剤、(B)フェニルボロン酸系単量体、(C)ヒドロキシル系単量体、(D)架橋剤、および(E)光重合開始剤を含む混合物の重合反応物を含み、成分(A)~成分(D)に基づく単量体ユニットを含む共重合体である。なお、本明細書において「単量体ユニット」という用語は、単量体に由来する(共)重合体中の構造単位を意味し、「単量体」の文言を「単量体ユニット」の意味で使用することもある。
【0024】
以下に、これら成分(A)~成分(E)について詳細に説明する。
【0025】
<(A)ゲル化剤>
本実施形態の糖応答性ゲルの調製に使用する混合物は、
(A)N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)、N-イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)、N,N-ジメチルアクリルアミド(DMAAm)、およびN,N-ジエチルアクリルアミド(DEAAm)からなる群から選ばれる少なくとも一種を含むゲル化剤(「成分(A)」とも記載)を含む。ゲル化剤は、糖応答性ゲルの主鎖を形成する。
【0026】
ゲル化剤としては、生体適合性を有し、かつゲル化し得る生体適合性材料であればよく、例えば生体適合性のあるアクリルアミド系化合物(アクリルアミド基またはメタクリルアミド基を1個有する化合物)が挙げられる。ゲル化剤としては、N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)、N-イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)、N,N-ジメチルアクリルアミド(DMAAm)、およびN,N-ジエチルアクリルアミド(DEAAm)からなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物を含むのが好ましく、二種以上を含んでもよい。
【0027】
ゲル化剤(成分(A))は、成分(A)~成分(E)の合計に対して、例えば、50mol%以上、60mol%以上、70mol%以上、又は80mol%以上の割合で含まれることができる。また、ゲル化剤は、成分(A)~成分(E)の合計に対して、例えば、90mol%以下、80mol%以下、70mol%以下、60mol%以下の割合で含まれることができる。一実施形態において、成分(A)~成分(E)の合計に対するゲル化剤の濃度は、好ましくは50mol%以上、より好ましくは60mol%以上、さらに好ましくは65mol%以上であり、また、好ましくは90mol%以下、より好ましくは80mol%以下である。
【0028】
<(B)フェニルボロン酸系単量体>
本実施形態の糖応答性ゲルの調製に使用する混合物は、
下記一般式(1):
【0029】
【化2】
[式中、RはH又はCH
3であり、Fは独立に存在し、nが1、2、3又は4のいずれかであり、mは0又は1以上の整数である。]
で表されるフェニルボロン酸系単量体(「成分(B)」、単に「フェニルボロン酸系単量体」、「フェニルボロン酸」とも記載)を含む。
【0030】
上記のフェニルボロン酸系単量体は、フェニル環上の水素が、1~4個のフッ素で置換されたフッ素化フェニルボロン酸基を有し、当該フェニル環にアミド基の炭素が結合した構造を有する。上記構造を有するフェニルボロン酸系単量体は、高い親水性を有しており、またフェニル環がフッ素化されていることにより、pKaを生体レベルの7.4以下に設定し得る。さらに、このフェニルボロン酸系単量体は、生体環境下での糖認識能を獲得するのみならず、不飽和結合により成分(A)のゲル化剤、成分(C)のヒドロキシル系単量体、および成分(D)の架橋剤との共重合が可能となり、グルコース濃度に依存して相変化を生じるゲルとなり得る。
【0031】
フェニルボロン酸系単量体において、フェニル環上の1つの水素がフッ素で置換されている場合、F及びB(OH)2の導入箇所は、オルト、メタ、パラのいずれであってもよい。
【0032】
一般に、mを1以上としたときのフェニルボロン酸系単量体は、mを0としたときのフェニルボロン酸系単量体に比べて、pKaを低くすることができる。mの上限は特に限定されないが、例えば20以下、好ましくは10以下、さらに好ましくは4以下である。
【0033】
上記のフェニルボロン酸系単量体の一例としては、Rが水素であり、nが1、mが2であるフェニルボロン酸系単量体があり、これはフェニルボロン酸系単量体として特に好ましい4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(4-(2-acrylamidoethylcarbamoyl)-3-fluorophenylboronic acid、AmECFPBA)である。
【0034】
一般式(1)で表されるフェニルボロン酸系単量体(成分(B))は、成分(A)~成分(E)の合計に対して、例えば、5mol%以上、10mol%以上、15mol%以上の割合で含まれることができる。また、成分(A)~成分(E)の合計に対して、一般式(1)で表されるフェニルボロン酸系単量体は、例えば、35mol%以下、30mol%以下、25mol%以下、又は20mol%以下の割合で含まれることができる。一実施形態において、成分(A)~成分(E)の合計に対するフェニルボロン酸系単量体の濃度は、例えば、好ましくは5mol%以上、より好ましくは10mol%以上であり、また、好ましくは30mol%以下、より好ましくは25mol%以下である。
【0035】
<(C)ヒドロキシル系単量体>
本実施形態の糖応答性ゲルの調製に使用する混合物は、
(C)下記一般式(2):
【0036】
【化3】
[式中、R
1はH又はCH
3であり、mは0又は1以上の整数であり、R
2はOH、1以上の水酸基で置換された飽和若しくは不飽和のC
1-6アルキル基、1以上の水酸基で置換された飽和若しくは不飽和のC
3-10シクロアルキル基、1以上の水酸基で置換されたNH、O及びSより選ばれる1~4個のヘテロ原子を含有するC
3-12複素環式基、1以上の水酸基で置換されたC
6-12アリール基、単糖基、又は多糖基である。]
で表されるヒドロキシル系単量体(「成分(C)」、単に「ヒドロキシル系単量体」とも記載)を含む。ヒドロキシル系単量体を用いることにより、温度変化に対する耐性が高く、特に低温において薬剤を多量に放出してしまうのを抑制できるゲルを形成できる。
【0037】
上記一般式(2)の単量体は、分子内に水酸基を有している。特定の理論に拘束するものではないが、この水酸基は、ゲルの親水性を高めて、ボロン酸による疎水性を相殺するとともに、ゲル中のボロン酸に作用して、ゲルの過度な膨潤を防ぐ効果を有すると考えられる。mの上限は特に限定されないが、例えば20以下、好ましくは10以下、さらに好ましくは4以下である。
【0038】
上記のヒドロキシル系単量体の一例としては、R1が水素であり、mが1であり、R2がOHである単量体が挙げられ、これはヒドロキシル系単量体として特に好ましいN-ヒドロキシエチルアクリルアミド(N-(Hydroxyethyl)acrylamide、NHEAAm)である。特に、側鎖をメチルの代わりにエチルとすることで、側鎖の回転自由度を高め、分子間(ボロン酸側鎖との)架橋反応の効率を格段に向上させる効果がある。そのため、NHEAAmとすることにより、グルコース濃度に依存して相変化を生じる最適なゲルとなり得る。なお、他のヒドロキシル系単量体の例においては、R2は例えば、カテコール基あるいはグリコリル基等の糖誘導体であってもよい。単糖は例えばグルコースでありうる。
【0039】
一般式(2)で表されるヒドロキシル系単量体(成分(C))は、成分(A)~成分(E)の合計に対して、例えば、8mol%以上、10mol%以上、12mol%以上、13mol%以上、15mol%以上の割合で含まれることができる。また、成分(A)~成分(E)の合計に対する一般式(2)で表されるヒドロキシル系単量体(成分(C))の濃度は、例えば、21mol%以下、20mol%以下、18mol%以下、17mol%以下、16mol%以下、15mol%以下、14mol%以下の割合で含まれることができる。濃度範囲は、上記の上限と下限の任意の組み合わせにより特定されうる。成分(A)~成分(E)の合計に対する成分(C)の好ましい濃度範囲としては、例えば、好ましくは11mol%以上、より好ましくは12mol以上、さらに好ましくは13mol%以上であり、また、好ましくは20mol%以下、より好ましくは18mol%以下、さらに好ましくは16mol%以下、よりさらに好ましくは15mol%以下である。
【0040】
<(D)架橋剤>
本実施形態の糖応答性ゲルの調製に使用する混合物は、(D)架橋剤(「成分(D)」とも記載)を含む。架橋剤としては、生体適合性を有し、モノマーを架橋できる物質であればよく、好ましくは分子内にアクリルアミド基またはメタクリルアミド基を少なくとも2つ有する化合物が挙げられる。架橋剤としては、例えばN,N’-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)、エチレングリコールジメタクリレート(EGDMA)、N,N’-メチレンビスメタクリルアミド(MBMAAm)等が挙げられる。
【0041】
架橋剤(成分(D))は、成分(A)~成分(E)の合計に対して、例えば、1mol%以上、1.5mol%以上、2mol%以上、2.3mol%以上、2.5mol%以上の割合で含まれることができる。また、成分(D)は、成分(A)~成分(E)の合計に対して、5mol%以下、4.5mol%以下、4mol%以下、3.5mol%以下、3mol%以下、2.5mol%以下の割合で含まれることができる。濃度範囲は、上記の上限と下限が組み合わされる。
【0042】
<(E)光重合開始剤>
本実施形態の糖応答性ゲルの調製に使用する混合物は、(E)光重合開始剤(「成分(E)とも記載)を含む。光重合開始剤は、紫外線等の活性光線の照射により、ラジカル、酸、塩基等を発生するものであり、モノマーの種類等に応じて適宜選択でき、光ラジカル重合開始剤を用いることが好ましい。
【0043】
光ラジカル重合開始剤としては、波長405nmよりも短波長の紫外線に対して感度を有するものが好ましく、光源から発せられるエネルギーを十分に活用でき、生産性に優れる観点から、極大吸収波長が300nm~400nmであると好ましく、300nm~380nmであるとより好ましい。光ラジカル重合開始剤としては、特に限定はされないが、例えば、アルキルフェノン系ラジカル重合開始剤、アシルフォスフィンオキサイド系ラジカル重合開始剤、オキシムエステル系ラジカル重合開始剤等が挙げられる。これら光重合開始剤は、単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0044】
アルキルフェノン系光重合開始剤としては、例えば、2,2-ジメトキシ-1,2-ジフェニルエタン-1-オン(IGM Resins社、Omnirad 651)、1-ヒドロキシ-シクロヘキシル-フェニル-ケトン(IGM Resins社、Omnirad 184)、2-ヒドロキシ-2-メチル-1-フェニル-プロパン-1-オン(IGM Resins社、Omnirad 1173)、1-[4-(2-ヒドロキシエトキシ)-フェニル]-2-ヒドロキシ-2-メチル-1-プロパン-1-オン、2-ヒロドキシ-1-{4-[4-(2-ヒドロキシ-2-メチル-プロピオニル)-ベンジル]フェニル}-2-メチル-プロパン-1-オン(IGM Resins社、Omnirad 127)、2-メチル-1-(4-メチルチオフェニル)-2-モルフォリノプロパン-1-オン(IGM Resins社、Omnirad 907)、2-ベンジル-2-ジメチルアミノ-1-(4-モルフォリノフェニル)-ブタノン-1、2-(ジメチルアミノ)-2-[(4-メチルフェニル)メチル]-1-[4-(4-モルホリニル)フェニル]-1-ブタノン(IGM Resins社、Omnirad 379EG)などが挙げられる。
【0045】
アシルフォスフィンオキサイド系光重合開始剤としては、例えば、2,4,6-トリメチルベンゾイル-ジフェニル-フォスフィンオキサイド(IGM Resins社、Omnirad TPO H)、ビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)-フェニルフォスフィンオキサイド(IGM Resins社、Omnirad 819)が挙げられる。
【0046】
オキシムエステル系ラジカル重合開始剤としては、1-[4-(フェニルチオ)フェニル]-1,2-オクタンジオン-2-(O-ベンゾイルオキシム)(商品名:OmniradOXE-01、IGM Resins社製)等が挙げられる。
【0047】
光重合開始剤(成分(E))の含有量は、特に限定はされないが、成分(A)~成分(E)の合計に対して、例えば、好ましくは1mol%以上、より好ましくは2mol%以上であり、また、好ましくは11mol%以下、より好ましくは5mol%以下である。また、重合反応を溶媒中で行う場合は、光重合開始剤の濃度は、例えば、好ましくは1.3(w/v)%以上、より好ましくは1.6(w/v)%以上、さらに好ましくは3.2(w/v)%以上であり、また、好ましくは15.0(w/v)%以下、より好ましくは10(w/v)%以下、さらに好ましくは7(w/v)%以下である。光重合開始剤の含有量が少なすぎると重合が不十分になってしまう場合がある。一方、光重合開始剤の含有量が多すぎるとゲルが不均一化し脆くなってしまう場合がある。
【0048】
糖応答性ゲルの好ましい一実施形態として、例えば、ゲル化剤(主鎖)としてN-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)、フェニルボロン酸系単量体として4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(AmECFPBA)、ヒドロキシル系単量体としてN-ヒドロキシエチルアクリルアミド(HEAAm)、架橋剤としてN,N’-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)、光重合開始剤として2,2-ジメトキシ-1,2-ジフェニルエタン-1-オンを、所定の仕込みモル比で混合した混合物の重合物が挙げられる。本実施形態の糖応答性ゲルのより好ましい態様として、例えば、(NIPMAAm/AmECFPBA/HEAAm/MBAAm/2,2-ジメトキシ-1,2-ジフェニルエタン-1-オン)の仕込みモル比を65~70/10~15/10~15/1~5/1~5に調整した混合物の重合物が挙げられる。一例として68.66/12.11/13.46/2.8/2.94に調整するのが好ましい。
【0049】
本発明の発明者らは、光重合反応により作製する糖応答性ゲルの組成について詳細に検討した。その結果、(成分(A)と成分(B)の合計):成分(C)のモル比を所定の範囲内にし、かつ、成分(D)の架橋剤の濃度を所定の範囲内にする(すなわち架橋密度を所定の範囲内にする)ことにより、温度変化がある場合でも、糖濃度の変化に対する応答性が正確で、かつ、糖濃度が正常値以下のときは薬剤の放出(もれ)の抑制に優れるゲルが得られることを見出した。通常、ヒトを含む哺乳動物の体温はほぼ一定に保たれているが、例えば、薬剤送達デバイスによる治療を開始するにあたって、患者に麻酔を行った後や、体内に薬剤送達デバイスを装着した直後などに、患者の体温が一時的に低下する場合がある。このような場合でも本実施形態の糖応答性ゲルは、糖濃度の変化に対する応答性が正確で、かつ、糖濃度が正常値以下のときは薬剤の放出(もれ)の抑制に優れるものである。
【0050】
本実施形態の糖応答性ゲルを調製するための混合物は、(成分(A)のゲル化剤と成分(B)のフェニルボロン酸系単量体との合計):成分(C)のヒドロキシル系単量体のモル比(「(A+B):Cのモル比」とも記載)が、4.5:1~6.5:1であるのが好ましく、4.8:1~6.3:1であるのがより好ましく、5.0:1~6.3:1であるのがさらに好ましく、5.5:1~6.3:1であるのがよりさらに好ましい。成分(A)と成分(B)との合計量が成分(C)の量に対して小さすぎると、糖濃度が正常値以下のときにも薬剤が放出されてしまったり、糖濃度の変化に正確に応答できなかったりする場合がある。成分(A)と成分(B)との合計量が成分(C)の量に対して大きすぎると、グルコース濃度が高いときに薬剤を放出しにくくなってしまう場合がある。
【0051】
本実施形態の糖応答性ゲルを調製するための混合物において、成分(A)、成分(B)、および成分(C)の合計100mol%に対する成分(D)の架橋剤の割合(「架橋密度」とも記載)が、好ましくは1.5mol%以上、より好ましくは2.0mol%以上、さらに好ましくは2.5mol%以上、よりさらに好ましくは2.8mol%以上であり、また、好ましくは4mol%以下、より好ましくは3.5mol%以下である。架橋密度が小さすぎると成形性および強度に劣るゲルとなってしまう場合があり、一方、架橋密度が大きすぎると、薬剤の放出量が十分でなくなってしまう場合がある。また、架橋密度を上記範囲内にすることにより、糖濃度の変化に対してゲルがより正確に応答できる。
【0052】
糖応答性ゲルは、必要に応じて、シルクフィブロイン、ポリグリセロール等の他の成分を含んでもよく、他の成分と複合体を形成していてもよい。
【0053】
一実施態様において、糖応答性ゲルの調製に使用する混合物の全量100質量%中、成分(A)~成分(E)の合計含有量が、90質量%以上が好ましく、95質量%以上がより好ましく、100質量%であってもよい。
【0054】
<糖応答性ゲルの調製方法>
ゲルは、上記成分(A)~(E)を混合し、光重合反応によりモノマーを共重合させて調製することができる。各成分を混合する順序および手段は特に制限されない。成分の混合は溶媒中で行うのが好ましい。溶媒としては、単量体を可溶な任意の溶媒を用いることができる。そのような溶媒として、例えば、水、アルコール、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF)、テトラヒドロフラン(THF)、イオン液体およびそれらの2種以上の組み合わせが挙げられる。これらの中でも例えば、メタノール水溶液、2-メトキシエタノールを溶媒として好ましく用いることができ、特に2-メトキシエタノールが好ましい。溶媒を用いてゲルを調製する場合、特に限定はされないが、溶液中の成分(A)、(B)、(C)および(D)の合計のモノマー濃度が溶液中1~10Mであるのが好ましく、3~8Mであるのがより好ましい。なお、本明細書において、単位「M」は、「mol/L」を意味する。混合手段としては、例えば超音波分散装置等の公知の装置を用いることができる。混合時の温度は特に限定されず、たとえば室温(好ましくは5~40℃、より好ましくは10~35℃)であってよい。一態様において、成分(A)~成分(D)を混合して得られたモノマー溶液を調製し、重合反応の直前に成分(E)をこれに添加してプレゲル溶液としてもよい。別の一態様においては、組成の異なる2つ以上のモノマー溶液を調製し、所望の組成になるように混合して得られた混合物に、成分(E)を添加してもよい。
【0055】
本実施形態の糖応答性ゲルは、成分(A)~(E)を含むプレゲル溶液に光照射をすることによりモノマーが重合反応することにより得られる。照射する光の具体例としては、可視光、紫外光、赤外光、X線、α線、β線およびγ線からなる群より選択される1種以上の光や活性電子線が挙げられる。中でも、重合反応の進行を制御し易い点や、光重合装置として広範に用いられているものが使用できるという点で、紫外光が好ましい。光源としては、例えば、低圧水銀ランプ、中圧水銀ランプ、高圧水銀ランプ、超高圧水銀ランプ、キセノンランプ、ハロゲンランプ、カーボンアーク灯、タングステンランプ、ガリウムランプ、エキシマレーザー、LED光源、ケミカルランプ、ブラックライトランプ、マイクロウェーブ励起水銀灯、メタルハライドランプ等が挙げられる。
【0056】
紫外光で光重合反応を行う場合、紫外線照射強度は、特に限定はされないが、好ましくは10~3,000mW/cm2、より好ましくは10~1000mW/cm2、さらに好ましくは10~500mW/cm2である。紫外線照射強度は、好ましくは光重合開始剤の活性化に有効な波長領域における強度である。光を照射する時間は、好ましくは0.1秒~10分であり、より好ましくは0.1秒~5分、さらに好ましくは0.1秒~3分、である。このような紫外線照射強度で1回または複数回照射すると、その積算光量は、好ましくは10~3,000mJ/cm2、より好ましくは50~2,000mJ/cm2、さらに好ましくは100~1,000mJ/cm2である。
【0057】
[マイクロニードルの製造]
マイクロニードル10は、型を用いたマイクロモールディング技術を用いて製造することができる。マイクロモールディング技術では、ニードル110はベース部100と一体的に形成することができるので、
図3に示すような、ニードルおよびベース部を合わせた形状で形成されたキャビティ(凹部)201を有する型200とすることが好ましい。型200を構成する材料としては、例えばポリジメチルシロキサン(PDMS)等のシリコーン材料を用いることができる。本実施形態において、型200を構成する材料は、プレゲル溶液中のモノマーを光重合するための光が透過できる材料であるのが好ましい。
【0058】
このような型200を用いることにより、ベース部100およびニードル110を1つの工程で形成することができる。ただし、ベース部100を構成する材料とニードル110を構成する材料が異なる場合は、まず、ニードル110を構成する材料を溶媒に溶解させた溶液(プレゲル溶液)を、型200のニードル110に相当する部分に流し込み、光照射により型200内でプレゲル溶液の単量体を重合させ、これを乾燥させて(溶媒を除去して)ニードル110を形成する。溶液の流し込みおよび乾燥は、複数回に分けて行うこともできる。次いで、ベース部100を構成する材料を溶媒に溶解させた溶液を型200に流し込み、これを乾燥させる。得られた成型体を型200から取り出す。これによって、ベース部100およびニードル110が一体に成型されたマイクロニードル10を得ることができる。
【0059】
別の実施態様として、ニードル110を構成する単量体を含む単量体混合物を溶媒に溶解させた溶液(プレゲル溶液)を、マイクロニードル型200のニードル110に相当するキャビティ201の部分に流し込む(注入する)。マイクロニードル型200に流し込む溶液の量は、少なくともニードル110に相当するキャビティ201の部分が溶液で充填される量である。次いで、ベース部100に相当するシートを、流し込んだ溶液の上からマイクロニードル型200内に挿入する。ベース部100に相当するシートとしては例えば、PE(ポリエチレン)シートが挙げられ、多孔質PEシートであってもよい。溶液とPEシートとが対向する部分において溶液の液面が多孔質体と接するように多孔質体をマイクロニードル型200に挿入する。あるいは、ニードル110と同じ組成のゲル層を有するPEシートを用意し、PEシート上のゲル層部分とニードル110に相当する部分の溶液とが接するようにPEシートを配置してもよい。
【0060】
ニードル110は非常に微細な構造を有するので、ニードル110の形成に際しては、ニードル110の先端部分まで溶液を充填することが重要である。そのため、溶液の充填後に、遠心処理、真空処理、または脱気処理を行ってもよい。
【0061】
上述のとおり、本実施形態のマイクロニードルを構成する糖応答性ゲルは、成分(A)~(E)の光重合反応により形成される。一実施形態において、ニードル110、または、ベース部100およびニードル110の型に流し込んだ溶液(モノマー混合物を含む)を脱気した後、光照射によりモノマー混合物を重合反応させる。光照射の方法は、上記ゲルの調製方法で記載したとおりである。光を照射する方向は特に限定はされないが、例えば、ニードルの先端方向から照射するのが好ましい。
【0062】
型200から取り出した成型体(マイクロニードル10)は、そのままの状態では、成型体は未反応の単量体や高分子化しなかった重合体を含んでいる。そこで、成型体を型200から取り出した後、取り出された成型体を洗浄する。洗浄には、メタノールと水との混合溶液を洗浄液として用いる。洗浄液は、メタノール濃度が40体積%~70体積%であることが好ましい。メタノール濃度が高いほどゲル組成物が膨潤し、洗浄が効率的に進むが、メタノール濃度が高すぎると、ゲル組成物の膨潤による変形が著しく所望のニードル形状が得られなくなる可能性が高くなるとともに、乾燥時にゲル組成物のひび割れリスクが高くなる。一方、メタノール濃度が低すぎると、洗浄効率が低下する。
【0063】
また、洗浄は、例えば、洗浄液が入れられた適宜の容器内で成型体を静置することによって行なうことができる。洗浄の間、洗浄液の交換は必須ではないが、洗浄液を交換することが好ましい。洗浄液を交換することによって、成型体はフレッシュな洗浄液と接する頻度が増え、洗浄効率がより向上し、洗浄時間の短縮化が図られる。洗浄液の交換頻度は、1回でもよいし、複数回(例えば2回、3回、4回、5回、6回、7回、8回、9回)でもよい。洗浄液への成型体の浸漬時間(洗浄液を交換する場合は1回あたりの時間)は、2時間~24時間の範囲で任意に設定でき、例えば、2時間、3時間、5時間、8時間、10時間、12時間、18時間、24時間とすることができる。過度に長い浸漬時間は、洗浄効果の低下を招く。洗浄液の交換頻度および洗浄液への成型体の浸漬時間は、洗浄液のメタノール濃度に応じて決めることができる。メタノール濃度が高い場合は、少ない交換頻度および浸漬時間でよい。
【0064】
<薬剤送達用デバイス>
本発明は、マイクロニードル10に限らず、糖応答性ゲルを含む薬剤送達用デバイス(「薬剤送達デバイス」、または、単に「デバイス」とも記載)に適用可能である。薬剤送達用デバイスは、好ましくはインスリンの送達に使用されるものである。薬剤送達デバイスは、体内埋込型、マイクロニードル型、タブレット型等、任意の形態をとりうる。体内埋込型のデバイスについては、例えば、特開2016-209372号公報及び国際公開パンフレットWO2017/069282号を参照することができる。また、薬剤送達用デバイスは、ゲルタブレットとして体内に埋め込まれてもよい(後述の実施例参照)。ゲルタブレットの形状、大きさは特に限定されない。
【0065】
薬剤送達用デバイスでは、ゲル中に予め薬剤(例えばインスリン)が含まれていてもよい。そのためには、所定濃度の薬剤が含まれた水溶液(例えばリン酸緩衝水溶液)中にゲルを浸すことにより、ゲル内に薬剤を拡散させることができる。次いで、水溶液中から取り出したゲルを、例えば塩酸中に所定時間浸すことで、ゲル本体の表面に薄い脱水収縮層(スキン層と呼ぶ)を形成することにより、薬剤を内包(ローディング)させ、デバイスに充填可能なゲルを得ることができる。
【0066】
糖応答性ゲルでは、フェニルボロン酸系単量体及びヒドロキシル系単量体がゲル化剤及び架橋剤と共重合してゲル本体を形成している。このゲルにインスリンなどの薬剤を拡散させるとともに、ゲル本体の表面を脱水収縮層で取り囲む構成とすることができる。これにより、生理的条件下(例えば、pKa7.4以下、温度35℃~40℃)において、グルコース濃度が高くなると膨張して脱水収縮層が消失し、ゲル内の薬剤(例えばインスリン)を外部へ放出させることができる。一方、グルコース濃度が再び低くなると、膨張していたゲルが収縮して表面全体に再び脱水収縮層(スキン層)が形成され、ゲル内の薬剤(例えばインスリン)が外部へ放出されることを抑制できる。従って、本発明で使用する糖応答性ゲルは、グルコース濃度に応答して薬剤(例えばインスリン)を自律的に放出させることができる。
【0067】
<薬剤>
本実施形態の糖応答性ゲルを用いて送達されうる薬剤としては、タンパク質、ペプチド、核酸、他の高分子ポリマー、低分子化合物などが挙げられるが、これらに限定はされない。薬剤は、疾患の治療剤、予防薬、ワクチン、栄養サプリメントなどであってもよい。特に好ましい薬剤は、インスリンである。様々な天然型インスリンあるいは改変インスリンが市販品の購入あるいは合成により利用可能となっている。インスリンとしては、例えば、ヒューマリン(登録商標)を使用してもよい。ヒューマリン(登録商標)は、イーライリリー社が販売しているヒト(遺伝子組換え)インスリンである。インスリン製剤には、速効型、中間型、持効型を含む各種製剤が開発されており、適宜選択して使用することができる。
【実施例0068】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0069】
<プレゲル溶液の調製>
モノマー溶液の調製に用いた材料(モノマー)は下記のとおりである。
(ゲル化剤(主鎖))NIPAAm:N-イソプロピルアクリルアミド
(フェニルボロン酸)AmECFPBA:4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸
(ヒドロキシル系単量体)NHEAAm:N-ヒドロキシエチルアクリルアミド
(架橋剤)MBAAm:N,N’-メチレンビスアクリルアミド
【0070】
本実施例においては、架橋剤以外のモノマー(ゲル化剤とフェニルボロン酸とヒドロキシル系単量体)の合計濃度が5Mであり、かつ、架橋密度3%であることを「5M3%」と記載し、他の組成についても同様に記載する。「架橋密度」は、ゲル化剤とフェニルボロン酸とヒドロキシル系単量体との総量に対する架橋剤のモル濃度を表す。
【0071】
<モノマー溶液の調製>
5M3%のゲルを製造するためのモノマー溶液として、5M3%モノマー溶液A(「モノマー溶液A」とも記載)および5M3%モノマー溶液B(「モノマー溶液B」とも記載)を調製した。下記の濃度となるように、試薬(モノマー)を、それぞれ溶媒としての2-メトキシエタノールに加えて室温で5分超音波照射することにより溶解させ、モノマー溶液Aおよびモノマー溶液Bを調製した。得られたモノマー溶液AとBは、冷蔵保存した。
【0072】
<架橋密度:3%、5M3%モノマー溶液A>
・(架橋剤)MBAAm:5M×0.03×154.17=23.12mg/mL
・(ゲル化剤)NIPAAm:5M×0.85×113.16=480.93mg/mL
・(フェニルボロン酸系単量体)AmECFPBA:5M×0.15×280=210mg/mL
【0073】
<架橋密度:3%、5M3%モノマー溶液B>
・(架橋剤)MBAAm:5M×0.03×154.17=23.12mg/mL
・(ヒドロキシル系単量体)NHEAAm:5M×115.13=575.65mg/mL
【0074】
マイクロニードル作製時に、上記モノマー溶液Aとモノマー溶液Bを、モノマー溶液A:モノマー溶液B=6:1の混合比(容積比)となるようにそれぞれボルテックスで混合し、これら混合溶液1mLに対し、40mgの光重合開始剤(イルガキュア651(Omnirad 651)、BASFジャパン社製)を加え、超音波10分で完全に溶解させてプレゲル溶液を製造した。モノマー溶液Aとモノマー溶液Bとの混合比は、{(NIPAAm+AmECFPBA):NHEAAm}、すなわち{(ゲル化剤+フェニルボロン酸系単量体):ヒドロキシル系単量体}のモル比に該当する。また、架橋剤の濃度(架橋密度)は、混合したモノマー溶液中のAmECFPBA、NIPAAmおよびNHEAAmの合計に対するMBAAmの割合(モル)を表す。
【0075】
<マイクロニードルの作製>
(ゲル層付PE板の作製)
深さ0.5mm、底面が直径Φ=11mmの円形で、上面が開口した凹状のモールドに注入した165μLのプレゲル溶液の上に、厚み2mm、Φ=11mmのPE(ポリエチレン)板を静かに置き、ただちにUV照射(波長365nm、150mW/cm2で30秒)を行った後、一晩風乾して、ゲル層付PE板を作製した。ゲル層付PE板は、マイクロニードルのベース部に相当する。
【0076】
(マイクロニードルの成型)
あらかじめ50℃に温めておいたシリコーン(ポリジメチルシロキサン(PDMS)製)のマイクロニードルの型のニードルに対応するキャビティの部分に50℃に保温したプレゲル溶液を125μL入れ、水流ポンプにより減圧して気泡を取り除く操作を2回繰り返した。続いて、上記で作製したゲル層付PE板(プレゲル溶液を用いて作製したPE板)を静かに挿入し、針先端部側からUV照射(波長365nm、150mW/cm2、照射時間1分)を行い、モノマーを重合させて、型内のプレゲル溶液をゲル化した。照射数分後、モールドが室温程度に冷めたところで型から静かにマイクロニードルゲルを取り出し、室温で1晩風乾し、PE板とニードルが一体化した成型体を得た。
【0077】
(マイクロニードルの洗浄)
型200から取り出した成型体(マイクロニードル)を洗浄した。洗浄は、次のようにして行なった。まず、洗浄液が入れられた容器内に、成型体を洗浄液に浸漬させた状態で置き、室温にて50時間静置した。洗浄液としては、メタノールと水との混合溶液(メタノール濃度=60体積%)を用いた。また、この静置期間のうち、成型体の浸漬開始から2時間後、および26時間後に洗浄液を交換した。
【0078】
その後さらに、室温にて洗浄液のpHが6以上になるまで成型体を洗浄液に浸漬した。pHの測定はガラス電極法により行なった。測定には、堀場製作所製のpH計F-5(2)およびpH電極9618S-10Dを用いた。洗浄液としては、上記と同じメタノールと水との混合溶液(メタノール濃度=60体積%)を用いた。この浸漬期間中も洗浄液を適宜交換した。
【0079】
洗浄液のpHが6以上になったら、メタノールと水との混合溶液を純水と置換し、成型体を室温にて24時間以上浸漬した。その後、成型体を純水から引き上げて自然乾燥し、マイクロニードルを得た。
【0080】
(洗浄効果の確認)
生体への安全性の確認の観点から、洗浄効果の確認を以下の手順で行なった。
【0081】
上述した洗浄工程において、洗浄液であるメタノールと水との混合溶液の交換の都度、混合溶液を回収した。回収した混合溶液を、エバポレーターを用いて濃縮し、重メタノールに溶解させた。次いで、核磁気共鳴分析装置(ブルカー社製 AVANCE III 400)を用いて混合溶液中の含有物質の解析を行なった。
【0082】
解析の結果、
図4に示すように洗浄開始後2日以降には、未反応のモノマーおよび高分子化しなかったポリマーの含有濃度が顕著に低下することが確認された。
【0083】
また、生体における安全性について、アメリカ食品医薬品局(FDA)の基準によると、アクリルアミドの生体許容量は0.36μg/kg body weight/dayとされており、体重70kgで換算すると25.2μg/dayとなる。このことから、洗浄開始から3日目で安全域に達することが確認された。また、アクリルアミドは神経毒性や発癌性の問題も指摘されているが、神経毒性を予防するための許容量は40μg/kg ody weight/day以下、発癌リスクは2.6μg/kg body weight/day以下とすることが推奨されており、これに関してもずれも問題のないレベルであることが確認できた。
【0084】
本明細書には、本発明の好ましい実施態様を示してあるが、そのような実施態様が単に例示の目的で提供されていることは、当業者には明らかであり、当業者であれば、本発明から逸脱することなく、様々な変形、変更、置換を加えることが可能であろう。本明細書に記載されている発明の様々な代替的実施形態が、本発明を実施する際に使用されうることが理解されるべきである。また、本明細書中において参照している特許及び特許出願書類を含む、全ての刊行物に記載の内容は、その引用によって、本明細書中に明記された内容と同様に取り込まれていると解釈すべきである。