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特開2024-168870情報処理装置、システム及びプログラム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024168870
(43)【公開日】2024-12-05
(54)【発明の名称】情報処理装置、システム及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   H04B 17/391 20150101AFI20241128BHJP
   G05D 1/43 20240101ALI20241128BHJP
   H04W 16/18 20090101ALI20241128BHJP
   H04W 4/024 20180101ALI20241128BHJP
   H04B 17/318 20150101ALI20241128BHJP
【FI】
H04B17/391
G05D1/02 H
H04W16/18 110
H04W4/024
H04B17/318
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023085891
(22)【出願日】2023-05-25
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2020年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業/先導研究(委託)/リアルタイムクラウドロボティクス技術の研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(74)【代理人】
【識別番号】110001737
【氏名又は名称】弁理士法人スズエ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】内田 大輔
(72)【発明者】
【氏名】平野 竜馬
(72)【発明者】
【氏名】高谷 聡
(72)【発明者】
【氏名】旦代 智哉
【テーマコード(参考)】
5H301
5K067
【Fターム(参考)】
5H301AA01
5H301BB05
5H301BB14
5H301CC03
5H301CC06
5H301CC10
5H301DD05
5H301DD15
5H301GG07
5H301GG08
5K067BB03
5K067EE02
(57)【要約】
【課題】移動体が移動する空間における電波遮蔽に関する環境状態を効率的に把握することが可能な情報処理装置、システム及びプログラムを提供することにある。
【解決手段】実施形態に係る情報処理装置は、電力取得手段と、係数取得手段とを具備する。電力取得手段は、電波である第1信号を受信する移動体の第1位置において当該移動体によって計測された第1受信電力を取得する。計算手段は、取得された第1受信電力と第1位置とは異なる第2位置を含む環境における電波遮蔽状態とを関連づける係数を取得する。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電波である第1信号を受信する移動体の第1位置において当該移動体によって計測された第1受信電力を取得する電力取得手段と、
前記取得された第1受信電力と前記第1位置とは異なる第2位置を含む環境における電波遮蔽状態とを関連づける係数を取得する係数取得手段と
を具備する情報処理装置。
【請求項2】
前記移動体が移動する経路上の複数の位置と前記移動体によって計測された受信電力とが対応づけられた受信電力マップを作成する作成手段を更に具備し、
前記電力取得手段は、前記作成された受信電力マップから前記第1位置において計測された第1受信電力を取得する
請求項1記載の情報処理装置。
【請求項3】
前記第1位置は、前記環境に電波遮蔽体が配置された状態で前記電波を受信可能であり、
前記第2位置は、前記環境に前記電波遮蔽体が配置された状態で前記環境による電波の受信電力が低下する
請求項2記載の情報処理装置。
【請求項4】
前記第2位置を含む環境における電波遮蔽状態は、前記電波遮蔽体の有無を含む請求項3記載の情報処理装置。
【請求項5】
前記電力取得手段は、前記環境に前記電波遮蔽体が配置された第1状態及び前記電波遮蔽体が配置されていない第2状態のそれぞれにおいて前記移動体が前記第1位置で複数回第1受信電力を取得し、
前記係数取得手段は、前記取得された複数の第1受信電力に基づいて前記係数を取得する
請求項4記載の情報処理装置。
【請求項6】
前記係数取得手段は、前記取得された複数の第1受信電力の各々と当該第1受信電力が計測された際の前記第1及び第2状態を示す値とを関連づける係数を取得し、
前記複数の第1受信電力は、リニア値によって表される
請求項5記載の情報処理装置。
【請求項7】
前記電力取得手段は、前記作成された受信電力マップから、予め設定されている複数の参照位置に基づく所定範囲内にある第1位置において計測された第1受信電力を取得する請求項2記載の情報処理装置。
【請求項8】
前記係数取得手段は、PLS(Partial Least Squares)回帰を適用することによって前記係数を取得する請求項1記載の情報処理装置。
【請求項9】
推定手段及び制御手段を更に具備し、
前記電力取得手段は、第3位置において当該移動体によって計測された第2受信電力を取得し、
前記推定手段は、前記取得された係数と前記第2受信電力とを用いて、前記第2位置を含む環境における電波遮蔽状態を推定し、
前記制御手段は、前記推定結果に基づいて、前記移動体を制御する
請求項1記載の情報処理装置。
【請求項10】
前記第1及び第3位置は、前記移動体を制御するための複数の経路のうちの同一の経路上の位置である請求項9記載の情報処理装置。
【請求項11】
前記推定手段は、前記係数と前記第2受信電力とを用いて、前記第2位置と前記第3位置との間における電波遮蔽体の有無を推定する請求項9記載の情報処理装置。
【請求項12】
前記制御手段は、
前記電波遮蔽体があると推定された場合、前記第3位置を含む第1経路を移動するように前記移動体を制御し、
前記電波遮蔽体がないと推定された場合、前記第2位置を含む第2経路を移動するように前記移動体を制御する
請求項11記載の情報処理装置。
【請求項13】
前記制御手段は、前記電波遮蔽体がないと複数回推定された場合に、前記第2経路を移動するように前記移動体を制御する請求項12記載の情報処理装置。
【請求項14】
電波である第1信号を受信する移動体の第1位置において当該移動体によって計測された第1受信電力と、当該第1位置とは異なる第2位置を含む環境における電波遮蔽状態とを関連づける係数を保持する保持手段と、
第3位置において当該移動体によって計測された第2受信電力を取得する電力取得手段と、
前記保持されている係数と前記第2受信電力とを用いて、前記第2位置を含む環境における電波遮蔽状態を推定する推定手段と、
前記推定結果に基づいて、前記移動体を制御する制御手段と
を具備する情報処理装置。
【請求項15】
前記第1及び第3位置は、前記移動体を制御するための複数の経路のうちの同一経路上の位置である請求項14記載の情報処理装置。
【請求項16】
前記推定手段は、前記係数と前記第2受信電力とを用いて、前記第2位置と前記第3位置との間における電波遮蔽体の有無を推定する請求項14記載の情報処理装置。
【請求項17】
前記制御手段は、
前記電波遮蔽体があると推定された場合、前記第3位置を含む第1経路を移動するように前記移動体を制御し、
前記電波遮蔽体がないと推定された場合、前記第2位置を含む第2経路を移動するように前記移動体を制御する
請求項16記載の情報処理装置。
【請求項18】
前記制御手段は、前記電波遮蔽体がないと複数回推定された場合に、前記第2経路を移動するように前記移動体を制御する請求項17記載の情報処理装置。
【請求項19】
請求項1~18のいずれか一項に記載の情報処理装置と、
前記情報処理装置と通信可能に接続される移動体と
を具備するシステム。
【請求項20】
コンピュータに、
電波である第1信号を受信する移動体の第1位置において当該移動体によって計測された第1受信電力を取得するステップと、
前記取得された第1受信電力と前記第1位置とは異なる第2位置を含む環境における電波遮蔽状態とを関連づける係数を取得するステップと
を実行させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、情報処理装置、システム及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年では、例えば無線通信を実行することにより、所定の空間内を移動する移動体(例えば、移動ロボット等)を制御することが知られている。この場合、移動体は、当該移動体を制御するための制御信号に基づいて、例えば当該移動体が移動する空間の地図上に設定されたスタート地点からゴール地点までの経路に沿って移動するように制御される。
【0003】
ところで、上記した制御信号はアンテナから電波で放射されるが、移動体が移動する空間内に当該電波を遮蔽する物体(以下、電波遮蔽体と表記)が配置された場合、当該電波遮蔽体を挟んで当該アンテナと対向する位置(つまり、アンテナから見て電波遮蔽体の裏側の空間)における電波遮蔽に関する状態が悪化し、受信電力が低下する不感地帯が発生する。このような場合には、不感地帯を避けるような経路を選択し、当該経路に沿って移動体を移動させることができる。
【0004】
ここで、上記した電波遮蔽体が取り去られた場合には不感地帯が解消するため、移動体は当該地帯を避けて移動する必要はない。
【0005】
しかしながら、移動体が移動する空間における電波遮蔽に関する状態(例えば、不感地帯の解消等)を効率的に把握することは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2015-115648号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、移動体が移動する空間における電波遮蔽に関する状態を効率的に把握することが可能な情報処理装置、システム及びプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
実施形態に係る情報処理装置は、電力取得手段と、係数取得手段とを具備する。前記電力取得手段は、電波である第1信号を受信する移動体の第1位置において当該移動体によって計測された第1受信電力を取得する。前記係数取得手段は、前記取得された第1受信電力と前記第1位置とは異なる第2位置を含む環境における電波遮蔽状態とを関連づける係数を取得する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】実施形態に適用されるローカル5Gシステムの一例を示す図。
図2】対象空間の一例を示す図。
図3】本実施形態において想定される環境の一例について説明するための図。
図4】対象空間に配置される障害物について説明するための図。
図5】移動体の機能構成の一例を示す図。
図6】情報処理装置の機能構成の一例を示す図。
図7】情報処理装置のシステム構成の一例を示す図。
図8】対象空間の他の例を示す図。
図9】回帰係数を計算するために用いられる受信電力について説明するための図。
図10】学習処理の処理手順の一例を示すフローチャート。
図11】受信電力マップの一例を示す図。
図12】受信電力を取得するための参照位置について説明するための図。
図13】回帰係数の一例を示す図。
図14】クロスバリデーションについて説明するための図。
図15】推定処理の処理手順の一例を示すフローチャート。
図16】推定値の一例を示す図。
図17】電波遮蔽体の有無の推定結果の一例を示す図。
図18】電波遮蔽体の有無の推定結果の他の例を示す図。
図19】電波遮蔽体の有無の推定結果の更に別の例を示す図。
図20】実際の電波遮蔽体の有無と電波遮蔽体の有無の推定結果との関係性に基づく通信状態について説明するための図。
図21】本実施形態の第1変形例に係る情報処理装置の処理手順の一例を示すフローチャート。
図22】本実施形態の第2変形例に係る情報処理装置の処理手順の一例を示すフローチャート。
図23】本実施形態の第2変形例について具体的に説明するための図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を参照して、実施形態について説明する。
本実施形態に係る情報処理装置は、工場または倉庫のような所定の空間(以下、対象空間と表記)内を移動する移動体(移動ロボット)を制御するために用いられる。
【0011】
まず、本実施形態に係る情報処理装置が適用されるシナリオについて説明する。対象空間内の通路に沿って移動体が直線上を移動する場合には、当該移動体に対する制御は簡易なものでよいが、例えば対象空間内に配置されている通路がカーブしているまたは対象空間に配置された物体を避けるような場合には、より高度な制御が必要となる。
【0012】
ところで、このような移動体に対する制御を有線で行う(つまり、移動体を制御するための制御信号を有線で送信する)場合には、移動体が移動することができる範囲が限られる、断線により移動体の制御が不能となる、及び配線作業が煩雑であるといった課題がある。特に、対象空間内を多数の移動体が移動するような場合には、これらの課題が顕著となる。
【0013】
これに対して、移動体に対する制御を無線で行う(つまり、移動体を無線制御する)場合には、上記した課題を解決することができる。このような移動体に対する無線制御には、例えばローカル5Gを利用することができる。ローカル5Gは、例えば企業等が個別に利用することが可能な5Gネットワークであり、高速、低遅延及び多数同時接続を実現することが可能であるため、対象空間内を移動する多数の移動体を無線制御するような環境に有用である。なお、移動体に対する無線制御には、無線LANを利用することも可能である。
【0014】
ここで、上記した移動体は、自律的に動作するものと、外部からの指令(制御信号)に基づいて動作するものとに大別することができる。自律的に動作する移動体は、当該移動体の各々が状況を判別して動作することができるため有用であるが、コストが高く、対象空間内に多数の移動体を配置するような場合に適用することが困難である。これに対して、上記したように外部からの指令に基づいて動作する移動体であれば、多数の移動体を制御する機能を1つの装置(例えば、情報処理装置)に集約することにより、移動体及び情報処理装置を含むシステムのトータルコストを減少させることができる。また、対象空間内を移動する多数の移動体の情報を一括して管理することができるため、当該移動体の管理が比較的容易である。なお、多数の移動体の情報を一括で把握可能であることは、当該移動体全体の動きを最適化するという観点からも利点がある。
【0015】
以下、図1に示すように、基地局側で端末側の制御を行うローカル5Gシステム(セルラシステム)を本実施形態に適用する場合を想定する。
【0016】
図1に示す例では、対象空間内を複数の移動体1が移動するような状況を想定している。複数の移動体1の各々は、無線機を搭載しており、基地局2と通信可能に接続されている。また、基地局2には情報処理装置3が接続されており、情報処理装置3によって生成された移動体1を制御するための制御信号が基地局2(に設置されているアンテナ)から移動体1に送信される。すなわち、移動体1は、基地局2を介して情報処理装置3と通信可能に接続されているといえる。これにより、移動体1は、情報処理装置3において生成された制御信号に基づいて対象空間内を移動することができる。
【0017】
なお、図1においては、移動体1が例えば自律走行搬送ロボット(AMR:Autonomous Mobile Robot)であり、情報処理装置3が例えばモバイルエッジコンピューティング(MEC:Mobile Edge Computing)と称されるサーバ装置である場合を想定している。情報処理装置3は、クラウドコンピューティングサービスを提供するサーバ装置であってもよい。
【0018】
ここで、図2に示す対象空間内を移動するように移動体1が制御される場合を想定する。ここでは、例えば段ボール箱のような荷物を運搬(搬送)するために、対象空間内の通路(例えば、工場または倉庫内に設けられている走行路)1aに沿ってスタート地点1bからゴール地点1cに移動体1が移動するような状況を考える。
【0019】
この場合、スタート地点1bからゴール地点1cに移動するための経路としては、最短経路に相当する経路1dと、最長経路に相当する経路1eと、最短経路及び最長経路に対する中間経路に相当する経路1fとが存在する。
【0020】
上記した図2に示す対象空間によれば、経路1d~1fの中から経路1d(つまり、最短経路)を選択することによって、スタート地点1bからゴール地点1cに効率的に移動するように移動体1を制御することができる。このように移動体1を制御するための制御信号は、例えば基地局2に設置されているアンテナ2aから当該移動体1に放射される。アンテナ2aは、例えば対象空間内に配置されている。なお、ここでは荷物を運搬するために移動体1がスタート地点1bからゴール地点1cに移動するものとして説明したが、このような荷物の運搬は一度だけではなく、移動体1は、スタート地点1bからゴール地点1cに荷物を運搬した後に再度スタート地点1bに戻り、スタート地点1bからゴール地点1cに別の荷物を運搬するような動作を繰り返し行うものとする。また、スタート地点1bからゴール地点1cに荷物を運搬する移動体1は複数であってもよい。
【0021】
ここで、移動体1が移動する対象空間が例えば工場または倉庫である場合には、時間の経過に応じて当該対象空間内の障害物(移動体1が運搬する段ボール箱等)の配置が変わることが想定される。ここでは、上記したように例えば図2に示すスタート地点1bからゴール地点1cまで移動体1が繰り返し荷物を運搬する(例えば、複数の移動体1が定められた経路に沿って順次移動する)状況において、図3の左側に示すように対象空間内に障害物1gが配置された場合を想定する。
【0022】
アンテナ2aから電波で信号(例えば、制御信号等)が放射される場合において、この障害物1gが電波遮蔽体(例えば、金属等の電波を遮蔽する物体が梱包された段ボール箱等)である場合には、当該アンテナ2aから放射される電波が障害物1gで遮蔽されるため、当該障害物1gを挟んでアンテナ2aと対向する空間1hにおける電波遮蔽に関する状態(以下、電波の伝搬環境と表記)が悪化する。これにより、受信電力が低下する不感地帯1hが発生する。
【0023】
図3に示す例において電波の伝搬環境が悪化した空間(つまり、不感地帯)1hは経路1dと重なっている。このため、移動体1が経路1dに沿って移動する場合、当該移動体1は不感地帯1hにおいて制御信号を正常に受信することができない可能性がある。すなわち、上記したように対象空間内に配置された障害物1gは、移動体1の効率的な移動(制御)を妨げる要因となる。
【0024】
このように不感地帯1hが発生した場合には、図3の右側に示すように例えば経路1dを経路1f(中間経路)に変更することにより、当該不感地帯1hを避けるように移動体1を制御することができる。
【0025】
ところで、経路1dから変更された経路1fに沿って複数の移動体1が繰り返し荷物を運搬している(つまり、スタート地点1bからゴール地点1cまでの間を複数の移動体1が繰り返し移動する)状況において、時間が経過することによって対象空間内に配置された障害物1gが取り去られた場合には、不感地帯1hにおける電波の伝搬環境(の悪化)が改善され、当該不感地帯1hが解消する。この場合、不感地帯1hの解消を把握し、移動体1が移動する経路を経路1fから経路1dに再度変更する(つまり、移動体1の適切な経路として経路1dを再度選択する)ことが好ましい。
【0026】
ここで、本実施形態の比較例における不感地帯1hの解消を把握する手法について説明する。
【0027】
まず、経路1fに沿って移動体1が繰り返し荷物を運搬している任意のタイミングで、経路1dに沿って移動するように移動体1が制御され、当該移動体1が不感地帯1hを通過する際にアンテナ2a(基地局2)から同期信号が放射される。移動体1は、アンテナ2aから放射された同期信号を受信することによって当該同期信号の受信電力を計測する。
【0028】
本実施形態の比較例においては、上記したように不感地帯1hにおいて計測された受信電力が閾値以上であれば、当該不感地帯1hが解消していること(つまり、不感地帯1hにおける電波の伝搬環境が改善したこと)を把握することができる。一方、不感地帯1hにおいて計測された受信電力が閾値未満であれば、当該不感地帯1hが解消していないことを把握することができる。
【0029】
しかしながら、不感地帯1hが解消していない(つまり、障害物1gが取り去られていない)状態で移動体1を不感地帯1hに移動させた場合、当該移動体1は、当該不感地帯1hにおいて制御信号を適切に受信することができず、正常に動作しない(例えば、動作が停止してしまう)可能性がある。この場合、移動体1の正常な動作が再開するまでに時間を要することになり、効率的に不感地帯1hの解消を把握することができるとはいえない。更に、不感地帯1hを移動することは、制御信号(つまり、移動速度及び移動方向の変更等の指示)を適切に受信することができないことによる事故等の発生の要因となり得る。
【0030】
また、例えば移動体1から照射されたレーザの反射を利用することによって、上記した不感地帯1hに移動体1を移動させることなく、障害物1gの有無を直接検知することが考えられる。
【0031】
ここで、上記したように移動体1が工場または倉庫のような対象空間内を移動するような状況においては例えば電波遮蔽体を梱包する段ボール箱が高さ方向に複数個重ねられた(つまり、荷積みされた)ような障害物1gが配置される場合があり、当該障害物1gの高さは、当該段ボール箱が取り去られるまたは更に重ねられることによって変化する。このような障害物1gを挟んでアンテナ2aと対向する空間における電波の伝搬環境は、当該障害物1gの高さに依存すると考えられる。具体的には、例えば図4の左側に示すように高さ方向に重ねられている段ボール箱の数が多い障害物1gの場合には当該障害物1gによって不感地帯1hが発生するが、図4の右側に示すように当該障害物1gの段ボール箱の数を減少させた場合には当該障害物1gによる影響が小さくなり、不感地帯1hが解消している可能性がある。
【0032】
しかしながら、上記したように移動体1から照射されるレーザの直進性によれば障害物1gの高さ方向を把握することは困難であり、当該障害物1gの高さ方向を考慮した不感地帯1hの解消を把握することはできない。高さ方向を把握することが可能な仕組みを移動体1に適用することも考えられるが、複数の移動体1を制御するような場合には、システムを構築するコストが高くなる。
【0033】
更に、電波遮蔽体である障害物1gが電波遮蔽体でない障害物に置き換えられた場合には、当該障害物が配置されていたとしても不感地帯1hが解消する場合がある。
【0034】
すなわち、移動体1から照射されたレーザの反射を利用することによって障害物の有無を検知したとしても、当該検知結果に基づいて不感地帯1hの解消を適切に把握することができない場合がある。
【0035】
そこで、本実施形態においては、移動体1が不感地帯を移動することによって正常に動作することができなくなるような事態を回避しながら、当該不感地帯のような対象となる地帯(位置)における電波の伝搬環境を推定することが可能な移動体制御システムについて説明する。本実施形態に係る移動体制御システムは、上記した図1に示すように、移動体1(例えば、AMR)及び基地局2を介して当該移動体1と通信可能に接続される情報処理装置3(例えば、MEC)を備える。
【0036】
まず、図5を参照して、移動体1の機能構成の一例について説明する。図5に示すように、移動体1は、受信部11、制御部12、距離計測部13、受信電力計測部14及び送信部15を含む。
【0037】
受信部11は、移動体1を制御するための制御信号を受信する。受信部11によって受信された制御信号は、制御部12に出力される。また、受信部11は、後述する受信電力を計測するための同期信号を受信する。受信部11によって受信された同期信号は、受信電力計測部14に出力される。なお、制御信号及び同期信号は、基地局2に設置されているアンテナ2aから移動体1に放射される。
【0038】
制御部12は、受信部11から出力された制御信号に基づいて、移動体1を制御する。移動体1は当該移動体1を移動させるための車輪等を備えており、制御部12は、制御信号に従って当該車輪の回転速度及び向き(つまり、移動体1の移動速度及び向き)を制御することにより、移動体1を移動させる。制御部12によって制御された移動体1の移動速度及び向きは、距離計測部13に出力される。
【0039】
距離計測部13は、例えば光距離センサ(LRF:Laser Range Finder)等によって実現され、当該LRFから照射されるレーザ(光)が反射してくるまでの時間(TOF:Time Of Flight)に基づいて、移動体1から当該移動体1の周辺に存在する壁や障害物までの距離を計測する。このように距離計測部13によって計測された距離(を示すLRFスキャンデータ)と制御部12から出力された移動体1の移動速度及び向き(を示すデータ)とは、後述する地図データを作成するためのデータ(以下、地図作成用データと表記)として送信部15に出力される。
【0040】
受信電力計測部14は、受信部11から出力された同期信号に基づいて、当該同期信号の受信電力(電波強度)を計測する。受信電力計測部14によって計測された受信電力を示す受信電力データは、送信部15に送信される。
【0041】
送信部15は、距離計測部13から出力された地図作成用データを情報処理装置3に送信する。また、送信部15は、受信電力計測部14から出力された受信電力データを情報処理装置3に送信する。
【0042】
次に、図6を参照して、情報処理装置3の機能構成の一例について説明する。なお、本実施形態に係る情報処理装置3は、上記した基地局2を介して移動体1側からのデータを取得し、当該移動体1が移動する経路(走行経路)を当該移動体1に指示するように構成されている。
【0043】
なお、本実施形態においては情報処理装置3がMECである場合を想定しているが、当該情報処理装置3は、ネットワークを介して基地局2から遠方に配置されたサーバ装置等として実現されていてもよいし、当該基地局2に直結されたローカルコントローラ等として実現されていてもよい。
【0044】
図6に示すように、情報処理装置3は、処理部31及び格納部32を含む。また、処理部31は、取得部31a、地図データ作成部31b、受信電力マップ作成部31c、計算部31d、推定部31e、制御部31f及び出力部31gを含む。
【0045】
上記した移動体1に含まれる送信部15によって送信された地図作成用データ及び受信電力データは、基地局2(に設置されているアンテナ2a)によって受信される。取得部31aは、基地局2によって受信された地図作成用データ及び受信電力データを、当該基地局2から取得する。取得部31aによって取得された地図作成用データは、地図データ作成部31b及び受信電力マップ作成部31cに出力される。取得部31aによって取得された受信電力データは、受信電力マップ作成部31cに出力される。
【0046】
地図データ作成部31bは、取得部31aから出力された地図作成用データに基づいて、対象空間の地図を示す地図データを作成する。地図データ作成部31bによって作成された地図データは、格納部32に格納される。
【0047】
受信電力マップ作成部31cは、取得部31aから出力された地図作成用データ及び受信電力データに基づいて、対象空間の受信電力マップを作成する。受信電力マップ作成部31cによって作成された受信電力マップは、格納部32に格納される。なお、受信電力マップとは、移動体1が移動した各位置において計測された受信電力が当該位置に割り当てられた(つまり、位置と受信電力とが対応づけられた)ヒートマップ形式のデータである。
【0048】
計算部31dは、格納部32に格納された受信電力マップから所定の位置(以下、第1位置と表記)において計測された受信電力を取得し、当該取得された受信電力と当該受信電力が計測された第1位置とは異なる位置(以下、第2位置と表記)の電波の伝搬環境とを関連づける係数を計算することによって、当該係数を取得する。
【0049】
推定部31eは、格納部32に格納された受信電力マップから所定の位置(以下、第3位置と表記)において計測された受信電力を取得する。上記した計算部31dによって計算された係数は処理部31(推定部31e)において保持されており、推定部31eは、当該係数と受信電力マップから取得された受信電力とを用いて、当該受信電力が計測された第3位置とは異なる位置の電波の伝搬環境(つまり、上記した第2位置を含む環境における電波遮蔽状態)を推定する。
【0050】
ここで、本実施形態において係数を計算するために用いられる受信電力が計測されたタイミングと、電波の伝搬環境を推定するために用いられる受信電力が計測されたタイミングとは異なるものとする。換言すれば、本実施形態において、情報処理装置3(計算部31d及び推定部31e)は、例えば予め第1位置において計測された受信電力(第1受信電力)に基づいて係数を計算しておき、当該係数と新たに第3位置において計測された受信電力(第2受信電力)とを用いて第2位置の電波の伝搬環境を推定するように動作する。
【0051】
なお、上記した第1~第3位置について例えば図3に示す例を用いて説明すると、第1及び第3位置は経路1f上の位置に相当し、第2位置は不感地帯1hに包含される位置に相当する。すなわち、本実施形態において、第1及び第3位置は障害物1g(電波遮蔽体)が配置された状態でアンテナ2aから見通し内となる位置であり、第1及び第3位置はアンテナ2aにより送信された電波を障害物1gによって遮蔽されずに受信可能である。
第2位置は障害物1gが配置された状態で当該障害物1gによって当該アンテナ2aから見通し外となる位置であり、第2位置は当該アンテナ2aにより送信された電波が障害物1gによって遮蔽されて通信が不安定になる(つまり、電波の受信電力が低下する)。以下の説明においては、便宜的に、移動体1によって受信電力が計測される第1及び第3位置を受信電力計測位置、電波の伝搬環境が推定される第2位置を推定対象位置と称する。
【0052】
制御部31fは、格納部32に格納された地図データ及び受信電力マップと推定部31eによる推定結果とに基づいて、移動体1を制御するための制御信号を生成する。制御部31fによって生成された制御信号は、出力部31gに出力される。
【0053】
出力部31gは、制御部31fから出力された制御信号を基地局2に出力する。このように出力部31gから出力された制御信号は、基地局2に設置されているアンテナ2aから移動体1に放射される。
【0054】
図7は、図6に示す情報処理装置3のシステム構成の一例を示す。情報処理装置3は、CPU301、不揮発性メモリ302、RAM303及び通信デバイス304等を備える。
【0055】
CPU301は、情報処理装置3内の様々なコンポーネントの動作を制御するためのプロセッサである。CPU301は、単一のプロセッサであってもよいし、複数のプロセッサで構成されていてもよい。CPU301は、不揮発性メモリ302からRAM303にロードされる様々なプログラムを実行する。これらプログラムは、オペレーティングシステム(OS)及び様々なアプリケーションプログラムを含む。
【0056】
不揮発性メモリ302は、補助記憶装置として用いられる記憶媒体である。RAM303は、主記憶装置として用いられる記憶媒体である。図7においては、不揮発性メモリ302及びRAM303のみが示されているが、情報処理装置3は、例えばHDD(Hard Disk Drive)及びSSD(Solid State Drive)等の他の記憶装置を備えていてもよい。
【0057】
通信デバイス304は、有線通信または無線通信を実行するように構成されたデバイスである。本実施形態に係る情報処理装置3は、上記した基地局2と有線(ケーブル)で接続される場合を想定しているが、当該基地局2とネットワークを介して無線通信を実行するように接続されていてもよい。
【0058】
なお、本実施形態において、図6に示す処理部31は、少なくとも1つのプロセッサによって実現される。プロセッサは、例えば制御装置及び演算装置を含み、アナログまたはデジタル回路等で実現される。プロセッサは、上記したCPU301であってもよいし、汎用目的プロセッサ、マイクロプロセッサ、デジタル信号プロセッサ(DSP)、ASIC、FPGA及びこれらの組み合わせであってもよい。
【0059】
また、処理部31の一部または全ては、CPU301(つまり、情報処理装置3のコンピュータ)に所定のプログラムを実行させること、すなわち、ソフトウェアによって実現され得る。このプログラムは、コンピュータ読み取り可能な記憶媒体に格納して頒布されてもよいし、ネットワークを通じて情報処理装置3にダウンロードされても構わない。なお、処理部31の一部または全ては、専用のハードウェア等によって実現されてもよいし、ソフトウェア及びハードウェアの組み合わせによって実現されてもよい。
【0060】
また、本実施形態において、図6に示す格納部32は、例えば不揮発性メモリ302または他の記憶装置等によって実現される。
【0061】
なお、詳しい説明については省略したが、上記した図5に示す移動体1に含まれる各部11~15の一部または全ては、当該移動体1に備えられるCPU等のプロセッサが所定のプログラムを実行すること(すなわち、ソフトウェア)によって実現されてもよいし、ハードウェアによって実現されてもよいし、ソフトウェア及びハードウェアの組み合わせによって実現されてもよい。
【0062】
ここで、本実施形態においては受信電力が計測されていない推定対象位置の電波の伝搬環境を推定するが、このような推定を実現するための方式(原理)について説明する。
【0063】
以下の説明においては、便宜的に、図8に示す対象空間を移動体1が移動する場合を想定して説明する。具体的には、移動体1(AMR)は、例えば図8に示すように障害物401~403が配置された対象空間を移動するものとする。なお、障害物401及び403は、電波を遮蔽しない(つまり、電波の伝搬環境に影響を与えない)非金属で構成される障害物である。一方、障害物402は、電波を遮蔽する(つまり、電波の伝搬環境に影響を与える)金属のような電波遮蔽体で構成される障害物である。
【0064】
図8に示す対象空間においてスタート地点からゴール地点まで移動体1が移動する経路として、経路400A及び400Bを考える。この場合、経路400Bは移動体1が障害物402によって電波が遮蔽される位置(つまり、不感地帯)を移動する経路であるため、当該移動体1が移動する経路としては経路400Aが選択される。一方、経路400Aよりも経路400Bの方が距離が短いため、障害物402が取り去られた場合には経路400Bが選択されるべきである。
【0065】
このようなシナリオにおいて、移動体1が図8に示す経路400Aを繰り返し(つまり、複数回)移動する場合を想定する。なお、図8においては障害物402(電波遮蔽体)が配置されているが、上記したように移動体1が経路400Aを繰り返し移動している間に、当該障害物402の有無が変化するものとする。
【0066】
ここで、移動体1がX回目の経路400Aを移動しているものとし、当該経路400A上のi番目の位置の受信電力Pを式(1)のようにモデル化する。
【数1】
【0067】
なお、式(1)において、iは経路上の位置を示すインデックス、jは支配的な波を示すインデックスである。この場合、例えばj=1は直接波、j=2は比較的強い反射波、j=3は大地反射波、j=4はその他の多重波等と定義することができる。なお、j=2の比較的強い反射波とは、例えば上記した電波遮蔽体からの反射波等を想定している。
【0068】
また、式(1)におけるPijは、位置iにおける支配的な波jの電力を示す。Cは、支配的な波j(つまり、j番目の波)が存在するか否かを示す。例えば支配的な波jが存在する場合、C=1である。一方、支配的な波jが存在しない場合、C=0である。
【0069】
次に、式(1)のモデルを説明するために、まずは送受信間の伝搬チャネルを直接波と反射波の2波で考える。この場合、以下の式(2)のように、受信側での総受信電界強度Eは、直接波の受信電界強度E及び反射波の受信電界強度Eとの和で表される。
【数2】
【0070】
また、受信側での総受信電力Pは、上記した式(2)の総受信電界強度Eを用いて、以下の式(3)のように表される。
【数3】
【0071】
なお、上記した受信電界強度E及びEは複素数であり、式(3)における「*」は複素共役を表している。
【0072】
更に、複素数である受信電界強度Eを振幅A及び位相θで表すと、式(4)のようになる。
【数4】
【0073】
同様に、複素数である受信電界強度Eを振幅A及び位相θで表すと、式(5)のようになる。
【数5】
【0074】
上記した式(4)によれば、式(3)におけるE は、以下の式(6)のように変形される。
【数6】
【0075】
更に、上記した式(5)によれば、式(3)におけるE は、以下の式(7)のように変形される。
【数7】
【0076】
なお、一般的に5Gやローカル5G等のセルラーの端末で取得される受信電力は、例えばRSRP(Reference Signal Received Power)である。このRSRPは周波数で平均された値であるため、上記した式(3)に示す総受信電力Pの帯域平均を、以下の式(8)のように表す。
【数8】
【0077】
ここで、周波数が単一または狭帯域である場合には、直接波及び反射波のいずれも周波数に対して位相が大きく変化しない。この場合、上記した式(8)の右辺の第2項及び第3項(つまり、ej(θ2-θ1)及びej(θ1-θ2))の平均値がベクトル的に値をもつため、当該式(8)の右辺の第2項及び第3項は非ゼロとなる。一方、周波数が広帯域である場合には、周波数に対して位相が大きく変動する。この場合、ej(θ2-θ1)及びej(θ1-θ2)を足し合わせるとベクトル的に0に近づき、式(8)の右辺の第2項及び第3項を0と近似できる。すなわち、上記した式(8)は、以下の式(9)として扱うことができる。
【数9】
【0078】
ここでは送受信間の伝搬チャネルが2波である場合について説明したが、当該伝搬チャネルが3波である場合について考える。この3波には、例えば直接波、電波遮蔽体からの反射波(比較的強い反射波)及び大地反射波が含まれるものとする。この場合における受信側での総受信電力は、上記した式(3)と同様に、以下の式(10)のように表される。
【数10】
【0079】
式(10)は式(3)に比べて項数が増加するが、伝搬チャネルが2波の場合と同様に考えることができる。具体的には、広帯域の場合は式(10)の右辺の第3項以降(つまり、相互の項)は0と近似される。
【0080】
更に、伝搬チャネルが4波以上である場合において4波目以降が経路長の長い散乱波であるものとすると、その強度は小さく、ランダム性も高いため、当該4波目以降は無視することができると考える。
【0081】
以上によれば、上記した支配的な波jの数がkであるものとして式(1)を展開した以下の式(11)は、式(12)と対応しているということができる。これにより、式(1)のモデルは、理論的に説明可能であるといえる。
【数11】
【0082】
ここで、本実施形態における推定対象位置の電波の伝搬環境は、当該推定対象位置とアンテナ2aとの間における電波遮蔽体の有無によって変化する。換言すれば、推定対象位置の電波の伝搬環境を推定することは、当該推定対象位置とアンテナ2aとの間における電波遮蔽体の有無を推定することを含む。
【0083】
なお、図8において、電波遮蔽体である障害物402が配置されている状態で移動体1が経路400Aを移動するものとすると、当該移動体1は、アンテナ2aから送信された信号(電波)の当該障害物402からの反射波を受信する。一方、電波遮蔽体である障害物402が配置されていない状態で移動体1が経路400Aを移動するものとすると、当該移動体1は、アンテナ2aから送信された信号(電波)の当該障害物402からの反射波を受信しない。すなわち、上記した電波遮蔽体の有無を推定することは、当該電波遮蔽体からの反射波の有無を推定することと同義である。
【0084】
以下、式(1)を起点として、電波遮蔽体からの反射波の有無を推定する方法について説明する。まず、式(1)を行列表現とした以下の式(13)を考える。
【数12】
【0085】
なお、式(13)において、各行は移動体1が移動する経路上の位置(i=1,2,…,n)の各々の要素を表し、各列は支配的な波(j=1,2,…,k)の各々の要素を表している。この式(13)の両辺の左から、移動体1が移動する経路上の各位置における支配的な波毎の電力(つまり、pij)を成分とする行列の逆行列または疑似逆行列を乗算すると、当該式(13)は、以下の式(14)に変形される。なお、疑似逆行列とは、正方行列でない行列の逆行列に相当する。
【数13】
【0086】
更に、式(14)の表記を変更して、式(15)とする。
【数14】
【0087】
ここで、式(15)の1行を抜き出して一般化すると、式(16)が得られる。
【数15】
【0088】
本実施形態において着目すべきは電波遮蔽体からの反射波の有無であり、当該電波遮蔽体からの反射波(支配的な波)を示すインデックスjが2であるものとする。この場合において、Cをyと置き、Pを説明変数xと置く。これによれば、上記した式(16)は、式(17)のように表現される。
【数16】
【0089】
上記した式(17)におけるβ,…,βは、回帰係数であり、電波遮蔽体(からの反射波)の有無が既知である状態において計測された受信電力(説明変数x)に基づいて計算することができる。なお、式(17)において、電波遮蔽体(からの反射波)がある場合はy=1、電波遮蔽体(からの反射波)がない場合はy=0とする。
【0090】
なお、上記した式(16)において、C(直接波)及びC(大地反射波)をyと置いた場合であっても式(17)と同じ式となるため、本実施形態においては、電波遮蔽体からの反射波と関連づける回帰係数β(β,…,β)を計算することが重要となる。
【0091】
この場合、本実施形態においては、図8に示す経路400Aを移動体1がm回移動(m周走行)して各位置の受信電力を計測し、当該計測された受信電力と当該移動時における電波遮蔽体の有無(を示すyの値)とを関連づける場合、上記した式(17)は、以下の式(18)のように表現される。
【数17】
【0092】
また、式(18)を行列化すると、当該式(18)は、以下の式(19)のように表される。
【数18】
【0093】
ここで、式(19)をY=Xβと表現するものとすると、当該式(19)において、Xの行方向にはサンプル数(移動体1が経路を移動した回数)に対応する成分が配置され、列方向には経路上の受信電力計測位置の数に対応する成分が配置されている。
【0094】
このような式(19)において回帰係数βを計算(導出)する場合には、図9に示すように、移動体1が経路をm回移動する間に当該経路上の各位置1~nにおいて計測された受信電力をXに代入する。更に、経路の移動時において既知である電波遮蔽体の有無を示す値(y=1またはy=0)をYに代入する。
【0095】
この場合、例えば式(19)の両辺に左から行列Xの疑似逆行列Xを乗算することによって回帰係数βを計算することは可能であるが、本実施形態において想定しているシナリオでは、電波遮蔽体からの反射波の有無に着目すべきであり、このように計算された回帰係数βが適切であるとはいえない。
【0096】
このため、本実施形態においては、回帰係数βを計算するためにPLS(Partial Least Squares)回帰を適用する。PLS回帰では、上記したXとYの双方を考慮し、XYの固有ベクトルを導出して主成分を抽出する。なお、Xは、行列Xの転置行列である。PLS回帰においては、Yと相関の高い主成分を抜き出すため、特定の反射波(つまり、電波遮蔽体からの反射波)のみに着目する必要がある本実施形態のシナリオに適しているといえる。また、一般に行列Xの各列の間に強い相関(多重共線性)がある場合、回帰係数βが不安定になる。本実施形態のシナリオでは、行列Xの各列が経路上の各位置に対応する成分から構成されるため、電波の伝搬環境によっては当該位置(において計測された受信電力)間の空間相関が高くなる場合がある。しかしながら、PLS回帰では直交する成分、つまり、相関の低い成分を抽出するため、多重共線性の影響によって回帰係数βが不安定になることを回避することができる。
【0097】
ここで、PLS回帰における回帰係数の具体的な計算方法について説明する。まず、行列E及びFを定義し、その初期値にX及びYを代入する。
【0098】
次に、特異値分解によりEF=UsvdΣVsvdとし、Usvd及びVsvdの1列目をそれぞれ列ベクトルw及び列ベクトルcと置く。なお、は転置行列を表す。
【0099】
更に、ww=1、cc=1となるようにw及びcを正規化し、t=Ew及びu=Fcよりt及びuを求める。また、tt=1、uu=1となるようにt及びuを正規化し、p=Et及びq=Ftよりp及びqを求める。これにより、1番目の成分の抽出が完了する。
【0100】
続いて、Eからtp、Fからtqをそれぞれ引いてE及びFを更新し、2番目以降の成分を抽出するために処理を繰り返す。
【0101】
上記したように処理を繰り返すことによって想定する数(例えば、L)の成分が抽出されたものとすると、以下の式(20)のように行列T、W、P及びQを定義する。
【数19】
【0102】
上記した式(19)における回帰係数βは、このように定義された行列T、W、P及びQを用いて、以下の式(21)により計算される。
【数20】
【0103】
なお、本実施形態において移動体1が移動する工場または倉庫の電波の伝搬環境は複雑であり、明確な分類は難しいが、第1主成分が直接波、第2主成分が反射波であるものとすると、当該第1及び第2主成分の寄与度より第3主成分以降は寄与度が低く、ノイズ成分も含むと考えられる。このため、上記したようにPLS回帰で抽出される成分数は2を基本とする。
【0104】
本実施形態においては、以上のように電波遮蔽体の有無が既知である状態(つまり、電波遮蔽体が配置された状態及び当該電波遮蔽体が配置されていない状態)において経路上の各位置において計測された受信電力を用いて回帰係数を計算することができる。なお、本実施形態においてこのように回帰係数を計算(導出)することを学習と称する。
【0105】
本実施形態において移動体制御システムの運用時に電波遮蔽体の有無(電波の伝搬環境)を推定する際には、以下の式(22)のように、学習時に計算された回帰係数(β,…,β)に対して新たに同経路において計測された受信電力(x,…,x)を乗算する。
【数21】
【0106】
上記した式(22)によって計算されたyの値は電波遮蔽体の有無を示す値に相当し、当該yの値に対する閾値判定を行うことにより、電波遮蔽体の有無を推定(類推)することができる。
【0107】
なお、本実施形態における係数は、例えば人工知能(AI:Artificial Intelligence)と称される技術に基づいて、電波遮蔽体の有無が既知である状態において経路上の各位置において計測された受信電力を学習することによって生成された学習済みモデルを用いて取得されてもよい。
【0108】
以下、本実施形態に係る情報処理装置3の動作について説明する。ここでは、上記した回帰係数を計算する際の情報処理装置3の処理(以下、学習処理と表記)及び電波遮蔽体の有無(電波遮蔽に関する環境状態)を推定する際の情報処理装置3の処理(以下、推定処理と表記)について説明する。
【0109】
まず、図10のフローチャートを参照して、上記した学習処理の処理手順の一例について説明する。
【0110】
学習処理においては、回帰係数を計算するための事前処理(準備)として、地図データ及び受信電力マップを作成する処理が実行される(ステップS1)。
【0111】
まず、地図データを作成する処理について説明する。対象空間(環境)がある程度静的な空間である場合、当該対象空間の地図を示す固定の地図データが予め用意されていればよいが、上記した工場または倉庫のような対象空間においては時間に応じて障害物(段ボール箱等の荷物)の配置が変わるため、動的に地図データを作成(更新)する必要がある。
【0112】
この場合、情報処理装置3に含まれる処理部31(制御部31f)は、対象空間内の当該移動体1が移動することができる範囲全体を移動するように当該移動体1を制御するための制御信号を生成する。このように処理部31において生成された制御信号(下りリンク)は、当該処理部31(出力部31g)から基地局2に出力され、当該基地局2から移動体1に送信される。この場合、制御信号は移動体1に含まれる受信部11によって受信され、制御部12は、当該制御信号に基づいて移動体1の移動速度及び向きを制御する。これにより、移動体1は、対象空間内を全体的に移動する。
【0113】
ここで、移動体1に含まれる距離計測部13は、LRF等でTOFを測定することにより、対象空間内を移動する移動体1の周辺に存在する物体(例えば、壁及び障害物等)までの距離を計測する。
【0114】
送信部15は、このように距離計測部13によって計測された距離、制御部12によって制御された移動体1の移動速度及び向きを含む地図作成用データ(上りリンク)を、基地局2を介して情報処理装置3に送信する。なお、地図作成用データは、例えば制御信号に基づいて移動体1が移動する度に(つまり、対象空間内の位置毎に)情報処理装置3に送信される。
【0115】
上記したように移動体1(送信部15)から送信された地図作成用データは、基地局2によって受信され、情報処理装置3に出力される。情報処理装置3に含まれる処理部31(取得部31a)は、基地局2から出力された地図作成用データを取得する。処理部31(地図データ作成部31b)は、取得された地図作成用データに含まれる距離、移動体1の移動速度及び向きに基づいて、対象空間の地図を示す地図データを作成する。このように処理部31によって作成された地図データは、対象空間を形成する壁、移動体1が移動することが可能な通路及び当該対象空間内に配置されている障害物等を表す平面図のような地図を示すデータである。
【0116】
なお、地図データは、例えば障害物等が配置されていない対象空間の初期レイアウト(壁及び通路のみを表す地図データ)を更新することによって作成されても構わない。
【0117】
上記したように処理部31(地図データ作成部31b)によって作成された地図データは、格納部32に格納される。
【0118】
次に、受信電力マップを作成する処理について説明する。この場合、情報処理装置3に含まれる処理部31(制御部31f)は、上記したように格納部32に格納された地図データによって示される地図上の全ての通路を移動するように移動体1を制御するための制御信号を生成する。このように処理部31において生成された制御信号は、当該処理部31(出力部31g)から基地局2に出力され、当該基地局2から移動体1に送信される。これにより、移動体1は、対象空間内を全体的に移動する。
【0119】
ここで、5G(ローカル5G)においては、基地局2から同期信号がブロードキャストされる。移動体1に含まれる受信部11は、このように基地局2からブロードキャストされる同期信号を受信する。
【0120】
受信電力計測部14は、受信部11によって受信された同期信号の受信電力を計測する。なお、本実施形態において計測される受信電力としては例えばRSRP(Reference Signal Received Power)を用いるが、当該受信電力は、例えばRSSI(Received Signal Strength Indicator)、SSS-RSRP(Secondary Synchronization Signal-Reference Signal Received Power)またはPSS-RSRP(Primary Synchronization Signal-Reference Signal Received Power)等であってもよい。
【0121】
また、ここでは基地局2からブロードキャストされる同期信号の受信電力が計測されるものとして説明したが、例えば5G(ローカル5G)ではチャネル情報推定用の参照信号であるCSI-RS(Channel State Information Reference Signal)や復調用の参照信号であるDM-RS(Demodulation Reference Signal)のような複数の参照信号が用意されている。このため、受信電力は、これらの参照信号を利用して計測されてもよい。この場合、周波数、時間及びアンテナのうちの少なくとも1つが異なる複数の参照信号のうちの1つの参照信号の受信電力が計測されてもよいし、当該複数の参照信号の各々の受信電力の平均値が計測されてもよい。
【0122】
送信部15は、このように受信電力計測部14によって計測された受信電力を示す受信電力データを、基地局2を介して情報処理装置3に送信する。なお、受信電力データは、例えば制御信号に基づいて移動体1が移動する度に(対象空間内の地点毎に)情報処理装置3に送信される。
【0123】
更に、ここでは詳しい説明を省略するが、受信電力マップを作成する処理においても移動体1が移動する度に上記した地図作成用データ(移動体1の周辺に存在する物体までの距離、当該移動体1の移動速度及び向き)が移動体1から情報処理装置3に送信される。
【0124】
上記したように移動体1(送信部15)から送信された地図作成用データ及び受信電力データは、基地局2によって受信され、情報処理装置3に出力される。情報処理装置3に含まれる処理部31(取得部31a)は、基地局2から出力された地図作成用データ及び受信電力データを取得する。
【0125】
ここで、処理部31は、地図作成用データに含まれる移動体1の周辺に存在する物体までの距離、当該移動体1の移動速度及び向きに基づいて地図データによって示される地図上における移動体1の位置を取得(把握)することができる。処理部31(受信電力マップ作成部31c)は、このように取得された移動体1の位置及び受信電力データによって示される受信電力をマップ化した受信電力マップ(当該移動体1の各位置における受信電力のヒートマップ)を作成する。具体的には、処理部31は、移動体1が移動することによって各位置で計測された受信電力を当該位置(に対応するピクセル)に割り当てる(つまり、位置と受信電力とを紐づける)ことによって受信電力マップを作成する。このように作成される受信電力マップは、対象空間における電波の伝搬環境を示す電波マップに相当する。なお、情報処理装置3(MEC)側の制御に人が介在する場合には、視覚的に認識しやすい態様の受信電力マップが作成されてもよい。
【0126】
上記したように処理部31(受信電力マップ作成部31c)によって作成された受信電力マップは、格納部32に格納される。
【0127】
なお、受信電力マップを作成する処理においては受信電力データによって示される受信電力を割り当てる位置を取得するために地図作成用データが用いられるが、当該地図作成用データは、上記した格納部32に格納された地図データ(つまり、障害物の配置等)を更新するためにも利用され得る。
【0128】
また、ここでは下りリンクの信号(同期信号)の受信電力に基づいて受信電力マップが作成されるものとして説明したが、一般に無線通信では下りリンクと上りリンクとの間に双対性(対称となる関係性)があるため、受信電力マップは、上りリンクの信号の受信電力に基づいて作成されてもよいし、下りリンクの信号の受信電力及び上りリンクの信号の受信電力をマージした結果に基づいて作成されてもよい。
【0129】
なお、本実施形態においては地図データを作成する処理と受信電力マップを作成する処理とを分けて説明した(つまり、地図データが作成された後に受信電力マップが作成されるものとして説明した)が、地図データ及び受信電力マップは同時に(並行して)作成されてもよい。
【0130】
また、本実施形態においては対象空間における電波(信号)の伝搬環境を把握することができるものであれば、受信電力マップの代わりに、地図上の各位置に信号のスループットまたはビットエラーレートを割り当てたマップが作成されてもよい。
【0131】
更に、例えば対象空間内に配置されている障害物(例えば、電波遮蔽体等)が既知である場合には、事前測定等により把握された障害物の位置等の情報が地図データ及び受信電力マップに登録(保持)されていてもよい。
【0132】
ステップS1の処理が実行されると、情報処理装置3に含まれる処理部31(制御部31f)は、回帰係数を計算するために移動体1が受信電力を計測する受信電力計測位置を含む経路を選択する(ステップS2)。なお、ステップS2において選択される経路に含まれる受信電力計測位置は、電波遮蔽体が配置された場合であってもアンテナ2aから見通し内となる位置(つまり、アンテナ2aとの間に電波遮蔽体が配置されていない位置)である。本実施形態においては、このような受信電力計測位置において計測された受信電力と電波遮蔽体が配置されることによってアンテナ2aから見通し外となる推定対象位置の電波の伝搬環境とを関連づける回帰係数が計算される。
【0133】
なお、ステップS2においては、例えば電波遮蔽体が配置されている位置または当該電波遮蔽体が配置される可能性がある位置に基づいて自動的に経路が選択されてもよいし、移動体制御システムの管理者によって指定された経路が選択されてもよい。
【0134】
具体的には、図8に示す対象空間の場合、ステップS2においては、例えばアンテナ2aから見通し内となる位置を含む経路400Aが選択される。
【0135】
ステップS2の処理が実行されると、処理部31(制御部31f)は、電波遮蔽体の有無が既知である状態で、当該ステップS2において選択された経路を移動するように移動体1を制御する(ステップS3)。ステップS3における移動体1の制御は、処理部31によって生成された移動体1を制御するための制御信号が基地局2に出力され、当該基地局2から当該制御信号が移動体1に送信されることにより実現される。
【0136】
ここで、上記したステップS3の処理が実行された場合には、移動体1はステップS2において選択された経路に沿って移動するが、当該移動体1は、当該移動している間の各位置において計測された受信電力を示す受信電力データを、基地局2を介して情報処理装置3に送信するものとする。
【0137】
この場合、情報処理装置3に含まれる処理部31(取得部31a)は、ステップS2において選択された経路に沿って移動した移動体1から送信された受信電力データを基地局2から取得する(ステップS4)。ステップS4において取得された受信電力データ(つまり、移動体1によって計測された受信電力)は、受信電力マップに割り当てられる(保持される)。
【0138】
次に、移動体1の移動を終了するか否かが判定される(ステップS5)。本実施形態においては、移動体1が同一の経路を複数回移動させる(複数周走行させる)ことによって計測された受信電力を用いて回帰係数を計算する構成であるところ、移動体1がステップS2において選択された経路を予め定められた回数移動した場合、ステップS5において当該移動体1の移動を終了すると判定される。一方、移動体1が経路を予め定められた回数移動していない場合、ステップS5において移動体1の移動を終了しないと判定される。なお、上記したように経路を予め定められた回数移動する移動体1の数は、1つであってもよいし、複数であってもよい。
【0139】
本実施形態においては、電波遮蔽体の有無が既知である状態で移動体1を繰り返し移動させるが、当該電波遮蔽体の有無は、当該移動体1が同一の経路を繰り返し移動している間に変更されることが好ましい。これによれば、電波遮蔽体が配置された状態で計測された受信電力及び当該電波遮蔽体が配置されていない状態で計測された受信電力の双方に基づいて、精度の高い回帰係数を計算することができる。
【0140】
移動体1の移動を終了しないと判定された場合(ステップS5のNO)、ステップS3に戻って処理が繰り返される。
【0141】
一方、移動体1の移動を終了すると判定された場合(ステップS5のYES)、処理部31(計算部31d)は、ステップS4において取得された受信電力データ(つまり、受信電力マップにおいて各位置に割り当てられている受信電力)と推定対象位置の電波の伝搬環境(つまり、電波遮蔽体の有無を示す値)とを関連づける回帰係数を計算する処理を実行する。
【0142】
この場合、処理部31は、移動体1がステップS2において選択された経路を移動することによって計測された受信電力を受信電力マップから取得し、当該経路を移動した際の電波遮蔽体の有無(を示す値)及び当該取得された受信電力を行列化する(ステップS6)。
【0143】
以下、ステップS6の処理について詳細に説明する。まず、本実施形態において上記したように移動体1がステップS2において選択された経路を移動する(つまり、受信電力が計測される)際の電波遮蔽体の有無は既知である。このため、移動体1による経路の移動(周回)毎における電波遮蔽体の有無が上記した式(19)のY(y,…,y)に代入される。具体的には、例えば移動体1の1回目の経路の移動の際に電波遮蔽体が配置されていた場合には、式(19)のYのyに1が代入される。また、例えば移動体1のm回目の移動の際に電波遮蔽体が配置されていなかった場合には、式(19)のYのyに0が代入される。
【0144】
なお、ここでは電波遮蔽体の有無を定量的にy=1及びy=0で表すものとして説明したが、電波遮蔽体がある場合のyの値は、例えば当該電波遮蔽体の電波遮蔽度に応じてy=0.6またはy=0.4のように小数で表してもよい。電波遮蔽体がない場合のyの値についても同様である。
【0145】
また、図11は、受信電力マップの一例を示す。なお、図11は、受信電力マップの一部に相当する。
【0146】
ステップS6においては、図11に示すような受信電力マップから経路400Aを移動する度に各受信電力計測位置において計測された受信電力が取得され、当該取得された受信電力が式(19)のX(x11,…,xmn)に代入される。
【0147】
なお、受信電力マップから取得された受信電力を電力スペクトルのように捉え、当該受信電力をデシベル値からリニア値に変換して、式(19)のXに代入してもよい。
【0148】
また、式(19)のXに代入される受信電力は、受信電力マップに保持されている受信電力の一部であってもよい。具体的には、例えば図8に示す障害物402の近傍において計測された受信電力は電波遮蔽体の影響を受けやすい(つまり、反射波の変化を検知しやすい)と考えられるため、スタート地点からゴール地点までの経路400Aの各位置において計測された受信電力の全てではなく、当該障害物402の近傍(つまり、経路400Aの一部)において計測された受信電力(つまり、電波遮蔽体近傍の受信電力)のみを式(19)のXに代入するようにしてもよい。
【0149】
ステップS6の処理が実行されると、処理部31は、上記したようにY(y,…,y)に既知である電波遮蔽体の有無が代入され、X(x11,…,xmn)に受信電力マップから取得された受信電力が代入された式(19)(以下、学習データと表記)に基づいて、回帰係数β(β,…,β)を計算する(ステップS7)。なお、式(19)は上記した式(1)~(12)の理論に沿っているため、上記した学習データによれば、電波遮蔽体の有無(つまり、推定対象位置の電波の伝搬環境)を推定するための良好な回帰係数を計算することができる。
【0150】
なお、ステップS7において回帰係数を計算する際は、PLS回帰を用いる。上記したようにPLS回帰においては直交する成分(つまり、相関の低い成分)を抽出するため、多重共線性の影響を抑制することができる。
【0151】
上記したようにステップS7において計算された回帰係数は、後述する推定処理に用いるため、処理部31(推定部31e)内に保持される。
【0152】
ところで、ステップS6においては受信電力マップから取得された受信電力が式(19)に代入されるが、当該受信電力は、予め経路上に設定された複数の参照位置に基づいて受信電力マップから取得されてもよい。
【0153】
以下、図12を参照して、上記した参照位置について説明する。図12においては、移動体1が移動する経路上に設定されている複数の参照位置と、1回目の当該経路の移動の際の受信電力計測位置及び2回目の当該経路の移動の際の受信電力計測位置とが示されている。
【0154】
本実施形態においては、図12に示すように、例えば複数の参照位置の各々の近傍(具体的には参照位置に基づいて設定された所定範囲内であり、より具体的には参照位置との距離が所定値以内の位置)において計測された受信電力を式(19)のXに代入するようにしてもよい。
【0155】
具体的には、図12に示す例では、経路上に参照位置601~606が設定されている。この場合、1回目の経路の移動の際に計測された受信電力のうち、参照位置601~606の各々の近傍点において計測された受信電力が式(19)のXに代入される。同様に、2回目の経路の移動の際に計測された受信電力のうち、参照位置601~606の各々の近傍点において計測された受信電力が式(19)のXに代入される。なお、図12においては、式(19)のXに代入される受信電力(つまり、受信電力マップから取得される受信電力)が計測された受信電力計測位置に星印が付されている。
【0156】
図12に示すように、同一の経路を複数回移動する場合であっても、当該移動の度に移動体1が移動(走行)する位置及び受信電力計測位置にはずれが生じるが、上記したように式(19)のXに代入する受信電力を取得(選択)するための参照位置を設定しておくことで、受信電力計測位置が大きく異なる受信電力を用いて回帰係数が計算される(つまり、当該回帰係数の精度が低下する)ことを避けることができる。また、上記した参照位置を利用することによって、式(19)のXに代入される経路の移動(周回)毎の受信電力の数(列方向の成分数)を揃えることができる。
【0157】
なお、上記した複数の参照位置は、均等間隔で設定されていてもよいし、不均等間隔(異なる間隔)で設定されていてもよい。
【0158】
ここで、本実施形態において計算される回帰係数βは、式(19)に示すようにβ,…,βを含む。換言すれば、本実施形態においては、経路上の各位置(受信電力計測位置)に対応する当該回帰係数β(β,…,β)が計算されるということができる。
【0159】
図13は、上記した図8に示す経路400Aの一部において計測された受信電力を含む学習データ(当該受信電力がXに代入された式(19))に対してPLS回帰を適用することによって計算された各位置に対応する回帰係数β(β,…,β)の一例を示す。図13に示す回帰係数βを計算するために用いられる受信電力(学習データに含まれる受信電力)は、電波遮蔽体(障害物402)が配置された状態で計測されているものとする。
【0160】
図13に示す例において、例えば位置i=30~40は図8に示す経路400Aにおける電波遮蔽体の近傍の位置であり、当該位置に対応する回帰係数β(β30~β40)は正の値である。
【0161】
上記したように電波遮蔽体がある場合にy=1、電波遮蔽体がない場合にy=0として回帰係数βが計算される場合には、上記した式(22)におけるyの値が1に近づくように、電波遮蔽体の近傍の位置に対応する回帰係数βは正の値となる。換言すれば、正の値である回帰係数βが計算された位置は、電波遮蔽体に特に近い位置、つまり、電波遮蔽体からの反射波の影響を強く受けている位置であると考えられる。
【0162】
このため、本実施形態においては、例えば回帰係数βが正の値となる位置(電波遮蔽体の近傍であると推定される位置)に基づいて上記した参照位置を設定してもよい。この場合、例えば一旦回帰係数βを計算した後に、当該回帰係数βが正の値となる位置を基準として参照位置を設定し、再度回帰係数βを計算するような処理が実行されればよい。
【0163】
更に、上記した電波遮蔽体の近傍の位置で計測された受信電力を用いたとしても参照位置によっては回帰係数βの精度が変化する可能性がある。このため、本実施形態においては、クロスバリデーションにより参照位置を最適化する構成を採用しても構わない。
【0164】
ここで、クロスバリデーションを本実施形態に適用する場合、上記したステップS6においてYに電波遮蔽体の有無が代入され、Xに受信電力が代入された式(19)(つまり、学習データ)の一部が、当該学習データを用いて計算された回帰係数βを評価するためのテストデータとして利用される。
【0165】
具体的には、図14に示すように、学習データ700を、例えば2回目~m回目の経路の移動における電波遮蔽体の有無及び受信電力を含む学習データ701と、1回目の経路の移動における受信電力を含むテストデータ702とに分割する。このような学習データ701及びテストデータ702の組み合わせを組み合わせ1と称する。
【0166】
同様に、学習データ700を、例えば1回目及び3回目~m回目の経路の移動における電波遮蔽体の有無及び受信電力を含む学習データ701と、2回目の経路の移動における受信電力を含むテストデータ702とに分割する。このような学習データ及びテストデータの組み合わせを組み合わせ2と称する。
【0167】
このように学習データ700において回帰係数βを評価するために利用されるテストデータ702を変えることによって学習データ701及びテストデータ702の複数の組み合わせ1~mを用意することができる。
【0168】
ここで、本実施形態におけるクロスバリデーションにおいては、複数の組み合わせ1~mにおいてテストデータ702に対応する電波遮蔽体の有無(つまり、テストデータ702に含まれる受信電力が計測された際の電波遮蔽体の有無)を正解データとして利用することができる。このため、複数の組み合わせ1~mの各々において、学習データ701を用いて計算された回帰係数βとテストデータ702とを用いて計算されるyの値と正解データとを比較することによって、当該回帰係数β(の推定精度)を評価することができる。
【0169】
したがって、参照位置の候補を複数パラメータとして振り、当該パラメータの各々に対してクロスバリデーションにより推定精度を評価すれば、当該推定精度に応じて参照位置を最適化する(つまり、最適な参照位置を選定する)ことができる。
【0170】
なお、図10に示すステップS2においては1つの経路が選択されるものとして説明したが、当該ステップS2においては複数の経路が選択されてもよい。この場合、ステップS2において選択された複数の経路の各々についてステップS3~S7の処理が実行されることによって、当該経路毎に回帰係数が計算されればよい。
【0171】
次に、図15のフローチャートを参照して、推定処理の処理手順の一例について説明する。
【0172】
推定処理においては、電波遮蔽体の有無を推定するための事前処理(準備)として前述した図10に示すステップS1の処理に相当するステップS11の処理が実行されることによって、地図データ及び受信電力マップが作成される。このように作成された地図データ及び受信電力マップは、格納部32に格納される。
【0173】
なお、上記した図10に示す処理において作成された地図データ及び受信電力マップを推定処理において利用することができる場合には、ステップS11の処理は省略されてもよい。
【0174】
ステップS11の処理が実行されると、移動体制御システムの運用を開始することができる。この場合、情報処理装置3に含まれる処理部(制御部31f)は、格納部32に格納された地図データ及び受信電力マップに基づいて、対象空間内の移動体1が移動する経路を選択する(ステップS12)。
【0175】
ステップS12において、処理部31は、例えば地図データによって示される地図において設定されたスタート地点からゴール地点までの複数の経路の各々に対して当該経路と重なる位置(空間)における受信電力を考慮したコスト計算を行い、当該コスト計算の結果に基づいて当該複数の経路の中から最適な経路を選択する。
【0176】
以下、経路を選択するためのコスト計算について簡単に説明する。まず、処理部31は、受信電力マップを参照して、スタート地点からゴール地点までの複数の経路(最短経路、中間経路及び最長経路等)の各々に対応する各位置(ピクセル)に割り当てられている受信電力を取得する。処理部31は、取得された受信電力を予め用意されている複数の閾値に基づいて、「強」、「中」及び「弱」に分類する。この場合、例えば「強」に対応する値(コスト)を1、「中」に対応する値(コスト)を2、「弱」に対応する値(コスト)を3とし、処理部31は、各経路に対応する各位置に割り当てられている受信電力が分類された結果(「強」、「中」及び「弱」)に対応する値を経路毎に加算することによって各経路のコストを計算する。処理部31は、例えばこのように計算されたコストが最も低い経路を選択する。
【0177】
このようなコスト計算によれば、例えば対象空間に不感地帯(受信電力が低下している地帯)が発生していない場合には最短経路のコストが最も低くなるため、最短経路が選択される。一方、例えば最短経路上に不感地帯が発生している場合には、当該最短経路のコストが増加するため、例えば中間経路が選択される。更に、最短経路及び中間経路上に不感地帯が発生している場合には、例えば最長経路が選択される。
【0178】
なお、例えば時間ダイバーシティ、周波数ダイバーシティまたは空間ダイバーシティを利用することによって不感地帯における受信電力の低下を抑制することが考えられるが、本実施形態においては、より安定した移動体1の稼働(動作)を優先し、不感地帯を避ける経路を選択するものとする。
【0179】
ステップS12の処理が実行されると、処理部31(制御部31f)は、当該ステップS12において選択された経路に沿って移動するように移動体1を制御する(ステップS13)。ステップS13の処理は上記した図10に示すステップS3の処理と同様であるため、ここではその詳しい説明を省略する。
【0180】
ここで、上記したステップS13の処理が実行された場合には、移動体1はステップS12において選択された経路に沿ってスタート地点からゴール地点まで移動するが、当該移動体1は、当該移動している間の各位置において上記した地図作成用データ及び受信電力データを、基地局2を介して情報処理装置3に送信するものとする。
【0181】
この場合、情報処理装置3に含まれる処理部31(取得部31a)は、ステップS12において選択された経路に沿って移動した移動体1から送信された地図作成用データ及び受信電力データを基地局2から取得する(ステップS14)。
【0182】
ステップS14の処理が実行されると、処理部31(地図データ作成部31b)は、当該ステップS14において取得された地図作成用データに基づいて、格納部32に格納されている地図データを更新する(ステップS15)。なお、ステップS14においてはステップS12において選択された経路上の地図作成用データのみが取得されているため、ステップS15においては、地図データによって示される地図のうちの当該経路の周辺部分のみが更新される。
【0183】
更に、処理部31(受信電力マップ作成部31c)は、ステップS14において取得された地図作成用データ及び受信電力データに基づいて、格納部32に格納されている受信電力マップを更新する(ステップS16)。
【0184】
ここで、上記したステップS12において不感地帯を避けるような経路(例えば図8に示す経路400A)が選択されているものとすると、ステップS14においては当該経路上の地図作成用データ及び受信電力データのみが取得されている。このため、ステップS16においては、受信電力マップの不感地帯を避ける経路上の各位置に割り当てられている受信電力のみが更新される。
【0185】
すなわち、上記したステップS16において更新された受信電力マップでは、移動体1が移動していない経路上の不感地帯が解消しているか否かを把握することはできない。
【0186】
なお、不感地帯は例えば電波遮蔽体が取り去られることで解消するが、本実施形態における移動体1は、LRFにより対象空間内に配置されている障害物の有無を検知することができる可能性がある。しかしながら、LRFでは例えば障害物の高さを判別することができないため、例えばLRFにより検知された障害物の高さが低い場合には不感地帯が解消している場合がある。更に、例えばLRFにより検知された障害物が電波遮蔽体でない場合には、当該障害物が検知されたとしても、不感地帯が解消している場合がある。すなわち、LRFでは不感地帯の解消(つまり、移動体1が移動していない位置を含む環境における電波遮蔽に関する状態)を推定することが困難である。
【0187】
そこで、本実施形態において、処理部31(推定部31e)は、上記した学習処理が実行されることによって計算された回帰係数(処理部31において保持されている回帰係数)とステップS12において選択された経路を移動する移動体1によって計測された受信電力とを用いて、当該移動体1が受信電力を計測した受信電力計測位置とは異なる推定対象位置の電波の伝搬環境に影響を与える電波遮蔽体(つまり、アンテナ2aと推定対象位置との間における電波遮蔽体)の有無を推定する(ステップS17)。
【0188】
なお、ステップS12において選択された経路は、上記した図10に示すステップS12において選択された経路(つまり、回帰係数が計算された経路)と同一の経路であるものとする。
【0189】
以下、ステップS17の処理について説明する。ステップS17において、処理部31は、ステップS12において選択された経路を移動することによって当該経路上の位置の各々において計測された受信電力を受信電力マップから取得する。
【0190】
なお、上記したように同一の経路を移動する場合であっても、当該移動の度に移動体1が移動(走行)する位置及び受信電力計測位置にはずれが生じており、当該ずれが生じた状態で回帰係数βが計算されている。このため、上記したようにステップS17の処理が実行される際に受信電力マップから取得される受信電力は、上記した図10に示すステップS6の処理が実行される際に受信電力マップから取得された受信電力が計測された受信電力計測位置に対応する受信電力計測位置において計測されていればよく、当該位置は完全に一致している必要はない。具体的には、図10に示すステップS6の処理が実行される際に複数の参照位置の各々の近傍点において計測されている受信電力が取得されている場合、ステップS17においても同様に、当該複数の参照位置の各々の近傍点において計測されている受信電力が取得されればよい。
【0191】
次に、ステップS17において、処理部31は、当該処理部31に保持されている回帰係数(β,…,β)と上記したように取得された受信電力(x,…,x)とを式(22)に代入することによってyの値(以下、推定値と表記)を計算し、当該計算された推定値に基づいて電波遮蔽体の有無を推定する。
【0192】
ここで、電波遮蔽体の有無は、推定値の閾値に対する大小で推定(決定)することができる。一例として、上記したように電波遮蔽体がある場合をy=1、電波遮蔽体がない場合をy=0として回帰係数が計算されている場合には、閾値として例えば0.5を設定しておく。これによれば、処理部31は、推定値が0.5以上である場合には電波遮蔽体があると推定することができ、当該推定値が0.5未満である場合には電波遮蔽体がないと推定することができる。
【0193】
ステップS17の処理が実行されると、処理部31(制御部31f)は、当該ステップS17における電波遮蔽体の有無の推定結果を格納部32に格納されている受信電力マップに反映する(ステップS18)。具体的には、上記したステップS17において電波遮蔽体がないと推定された場合、ステップS18においては、推定対象位置の電波の伝搬環境が改善している(つまり、当該伝搬環境が良好である)とみなし、当該推定対象位置(つまり、電波遮蔽体が配置された状態で当該電波遮蔽体によってアンテナ2aから見通し外となる位置)に割り当てられている受信電力を増加させるように受信電力マップを更新する処理が実行される。一方、ステップS17において電波遮蔽体があると推定された場合、ステップS18においては、推定対象位置を含む環境における電波遮蔽に関する状態が改善していない(つまり、当該状態が劣悪である)とみなし、受信電力マップの更新は行われない。
【0194】
上記したステップS18の処理が実行されると、ステップS12に戻って処理が繰り返される。これによれば、例えば新たに電波遮蔽物が配置されたことにより移動体1が移動した経路上に不感地帯が発生した場合には、当該不感地帯における受信電力の低下に応じてステップS16において更新された受信電力マップに基づいて、当該不感地帯を避ける経路が選択される。また、上記したステップS12において電波遮蔽体によって発生した不感地帯を避けるような経路が選択されている場合において、ステップS17において電波遮蔽体がない(推定対象位置の電波の伝搬環境が改善している)と推定された場合には、ステップS18において当該推定結果が反映された受信電力マップに基づいて当該推定対象位置を含む経路を選択することができる。一方、ステップS17において電波遮蔽体があると推定された場合には、受信電力マップは更新されず、推定対象位置の受信電力は低い状態のままであるため、上記した推定対象位置を含む経路が選択されることを避けることができる。
【0195】
すなわち、本実施形態において処理部31(制御部31f)は、上記した電波遮蔽に関する状態(電波遮蔽体の有無)の推定結果に基づいて適切な経路を選択して移動体1を制御することが可能となる。
【0196】
なお、図15においては例えば地図データによって示される地図上に設定されたスタート地点からゴール地点までの経路に沿って移動体1が繰り返し移動するような状況を想定しているが、当該図15に示す処理は、例えば予め定められている移動体1の制御(つまり、移動体1による荷物の運搬等)を終了するタイミングで終了されればよい。
【0197】
また、ステップS18においては、電波遮蔽体がないと推定された場合に推定対象位置に割り当てられている受信電力を増加させるように受信電力マップを更新するものとして説明したが、当該推定対象位置に割り当てられている受信電力を削除するようにしてもよい。これによれば、受信電力がない場合にはコストを0とするようなコスト計算を行うことによって、推定対象位置を含む経路が選択されるようにすることができる。
【0198】
更に、図15に示す処理においてはステップS17における電波遮蔽体の有無の推定結果に基づいて受信電力マップが更新されるものとして説明したが、当該推定結果は移動体1の制御(例えば、経路の選択等)に用いられればよい。また、ステップS17における電波遮蔽体の有無の推定結果は、他の処理に利用されてもよいし、外部装置において実行される処理に利用するために情報処理装置3から当該外部装置に出力されてもよい。
【0199】
以下、上記した図8に示す例を用いて、推定処理時における情報処理装置3の動作の具体例について説明する。ここでは、上記した学習処理が既に実行されており、電波遮蔽体である障害物402が配置された状態及び当該障害物402が配置されていない状態において移動体1が図8に示す経路400Aを繰り返し移動することによって計測された受信電力に基づいて回帰係数が計算されているものとする。
【0200】
まず、図8に示す対象空間内で移動体1を移動させることによって地図データ及び受信電力マップが作成される。なお、ここでは電波遮蔽体である障害物402は配置されておらず、対象空間内に不感地帯は発生していない(対象空間内における電波の伝搬環境は良好である)ものとする。
【0201】
次に、上記した地図データ及び受信電力マップに基づいて、移動体1が移動する経路が選択される。ここでは、経路400Aに比べて経路400Bが最短経路であり、当該経路400Bが選択されたものとする。
【0202】
上記したように経路400Bが選択された場合、移動体1は、当該経路400Bに沿ってスタート地点からゴール地点に移動する(荷物を運搬する)ように制御される。
【0203】
なお、移動体1は、経路400Bに沿って移動している間に当該経路400B上の各位置において地図作成用データ及び受信電力データを送信する。この場合、地図データ及び受信電力マップは、移動体1から送信された地図作成用データ及び受信電力データに基づいて更新される。
【0204】
ここで、経路400Bに沿って移動体1が移動している間に障害物402が配置されたものとする。この場合、障害物402を挟んでアンテナ2aと対向する位置(アンテナ2aから見て障害物402の裏側)に不感地帯が発生し、当該位置に対して低下した受信電力を割り当てるように受信電力マップが更新される。
【0205】
このような受信電力マップによれば、移動体1が移動する経路として不感地帯を避ける経路400Aが選択され、移動体1は、当該経路400Aに沿ってスタート地点からゴール地点に移動するように制御される。
【0206】
なお、移動体1は、経路400Aに沿って移動している間に当該経路400A上の各位置において地図作成用データ及び受信電力データを送信する。この場合、地図データ及び受信電力マップは、移動体1から送信された地図作成用データ及び受信電力データに基づいて更新される。
【0207】
ここで、上記したように学習処理時に経路400Aを繰り返し移動することによって計測された受信電力に基づいて計算された回帰係数と、推定処理時(つまり、移動体制御システムの運用時)に経路400Aに沿って移動している間に移動体1によって計測された受信電力とに基づいて、電波遮蔽体(ここでは、障害物402)の有無が推定される。
【0208】
電波遮蔽体があるという推定結果である場合には、当該電波遮蔽体によってアンテナ2aから見通し外となる推定対象位置(つまり、経路400B上の位置)が不感地帯であるとみなし、移動体1が移動していた経路400Aは変更されない(つまり、移動体1は継続して経路400Aに沿って移動するように制御される)。
【0209】
一方、電波遮蔽体がないという推定結果である場合には、推定対象位置は不感地帯でない(当該推定対象位置において発生していた不感地帯が解消した)とみなし、移動体1が移動していた経路400Aは経路400Bに変更される(つまり、移動体1は経路400Bに沿って移動するように制御される)。
【0210】
上記したように本実施形態においては、アンテナ2aから電波で放射された信号(電波である第1信号)を受信する移動体1の受信電力計測位置(第1位置)において当該移動体1によって計測された受信電力(第1受信電力)を取得し、当該取得された受信電力と当該受信電力計測位置とは異なる推定対象位置の電波の伝搬環境(第2位置を含む環境における電波遮蔽状態)とを関連づける係数を計算(取得)する構成により、当該係数を用いて移動体1が移動する対象空間における電波の伝搬環境を効率的に把握することができる。
【0211】
なお、本実施形態においては、移動体1が移動する経路上の複数の位置の各々において当該移動体1によって計測された受信電力が当該位置に割り当てられた受信電力マップが作成され、当該作成された受信電力マップから上記した係数を計算するために用いられる受信電力が取得される。また、本実施形態において、受信電力計測位置は電波遮蔽体が配置された状態でアンテナ2aから見通し内となる位置を含み、推定対象位置は電波遮蔽体が配置された状態で当該電波遮蔽体によって当該アンテナ2aから見通し外となる位置を含む。更に、本実施形態における推定対象位置の電波の伝搬環境は、電波遮蔽体の有無を含む。
【0212】
すなわち、本実施形態においては、上記した構成により、アンテナ2aから見通し内となる位置の受信電力を用いて、アンテナ2aから見通し外となる位置の電波の伝搬環境に影響を与える電波遮蔽体の有無を推定するための係数を計算することが可能となる。
【0213】
なお、本実施形態においては、電波遮蔽体が配置された状態(第1状態)及び当該電波遮蔽体が配置されていない状態(第2状態)において移動体1が同一の経路を複数回移動することによって複数の受信電力が取得され、当該複数の受信電力に基づいて係数が計算される。この場合、複数の受信電力の各々と当該受信電力が計測された際の電波遮蔽物の有無(第1及び第2状態)を示す値とを関連づける係数が計算され、当該係数を計算するための受信電力は例えばリニア値によって表されるものとする。
【0214】
このような構成によれば、同一経路上を移動する移動体1の位置(走行位置)や当該移動体1によって受信電力が計測される位置のずれを考慮した係数を計算することができ、当該係数を用いた電波遮蔽体の有無(電波の伝搬環境)の推定精度を向上させることができる。
【0215】
また、本実施形態において上記した受信電力マップから取得される受信電力は、予め設定されている複数の参照位置の各々に近い受信電力計測位置において計測された受信電力であってもよい。このような参照位置を用いる構成によれば、上記した式(19)に代入されるXの列方向の成分数を揃えることができ、適切な係数を計算することができる。なお、マルチパスリッチな電波の伝搬環境の場合、半波長で空間的な信号の相関が下がる。したがって、説明変数が他の説明変数と相関する多重共線性を防止する観点から、複数の参照位置の間隔を半波長以上に設定するようにしてもよい。
【0216】
更に、電波の伝搬チャネル(伝搬路)の状況によっては空間を離しても空間相関が高くなる(つまり、多重共線性の影響を受ける)場合があるが、本実施形態においては、直交する成分、つまり、相関の低い成分を抽出するPLS回帰を適用して係数を計算する構成により、多重共線性の影響によって当該係数が不安定になることを抑制することができる。
【0217】
更に、本実施形態においては、アンテナ2aから電波で放射された信号(第2信号)を受信する移動体1の受信電力計測位置(第3位置)において当該移動体1によって計測された受信電力(第2受信電力)を取得し、上記したように計算された係数と当該取得された受信電力とを用いて、推定対象位置の電波の伝搬環境(電波遮蔽に関する状態)を推定し、当該推定結果に基づいて移動体1を制御する構成により、不感地帯(電波遮蔽体の裏側の推定対象位置)を移動させることなく、当該推定対象位置の電波の伝搬環境を把握し、適切な経路に沿って移動するように移動体1を制御する(つまり、対象空間内における荷物の搬送効率を向上させる)ことが可能となる。
【0218】
具体的には、本実施形態においては、推定対象位置の電波の伝搬環境として移動体1の受信電力計測位置と当該推定対象位置との間における電波遮蔽体の有無を推定する構成により、受信電力の高い受信電力計測位置を含む経路を移動(走行)しながら、推定対象位置を含む不感地帯の解消等を把握するようなことが可能となる。
【0219】
なお、本実施形態においては、電波遮蔽体があると推定された場合には不感地帯が解消していないとみなし、受信電力計測位置を含む経路(第1経路)を移動するように移動体1を制御することができる(つまり、移動体1が移動する経路は変更されない)。一方、電波遮蔽体がないと推定された場合には不感地帯が解消しているとみなし、推定対象位置を含む経路(第2経路)を移動するように移動体1を制御することができる(つまり、移動体1を移動する経路が変更される)。本実施形態においては、このような構成により、移動体1の稼働の安定性を担保しながら、荷物の搬送効率の向上を図ることが可能となる。
【0220】
また、本実施形態においては上記したように移動の度にずれが生じている受信電力計測位置において計測された受信電力を用いて係数が計算されている(つまり、当該ずれの影響が加味されている係数が計算されている)。このため、係数を計算するために用いられた受信電力が計測された受信電力計測位置(第1位置)及び電波遮蔽体の有無を推定するために用いられた受信電力が計測された受信電力計測位置(第3位置)は、同一の経路上の位置であればよく、互いに完全に一致している必要はない(ずれが生じていてもよい)。
【0221】
更に、本実施形態においては、例えば回帰係数と受信電力計測位置において移動体1によって計測された受信電力とを式(22)に代入することによって計算された推定値(yの値)を閾値(例えば、0.5)と比較することによって電波遮蔽体の有無を推定することができる。
【0222】
ここで、図16は、実測した受信電力(クロスバリデーションにおけるテストデータ)に対して上記したように計算された推定値を示している。図16における電波遮蔽体が配置された状態で計算された推定値の平均値は0.716であり、当該推定値によれば電波遮蔽体があると推定することができる。一方、図16における電波遮蔽体が配置されていない状態で計算された推定値の平均値は0.3538であり、当該推定値によれば電波遮蔽体がないと推定することができる。すなわち、本実施形態においては、回帰係数及び受信電力を用いて計算された推定値に基づいて電波遮蔽体の有無(電波の伝搬環境)を推定することができるといえる。
【0223】
ところで、本実施形態においては電波遮蔽体の有無(推定対象位置の電波の伝搬環境)の推定結果に基づいて移動体1を制御するものとして説明したが、上記した図16に示すように回帰係数及び受信電力を用いて計算される推定値にはばらつきがあり、当該推定値に基づく電波遮蔽体の有無の推定結果には誤りがある可能性がある。
【0224】
ここで、図17図19は、回帰係数と受信電力とを用いた電波遮蔽体の有無の推定結果の一例を示している。図17図19においては、実際に電波遮蔽体が配置されているか否か(つまり、実際の電波遮蔽体の有無)に対応づけて、当該電波遮蔽体の有無が推定された回数をマトリックスで示している。ここでは、約2波長の等間隔で設定された参照位置の近傍点において計測された受信電力を用いて計算された推定値に基づいて電波遮蔽体の有無が推定された場合を想定している。
【0225】
まず、図17は、例えば所定の経路(以下、経路R1と表記)を移動した際の電波遮蔽体の有無の推定結果を示している。図17に示す例では、電波遮蔽体が配置されている状態で経路R1を移動した際に当該電波遮蔽体があると推定された回数が8回であり、当該電波遮蔽体がないと推定された回数が4回であることが示されている。同様に、図17に示す例では、電波遮蔽体が配置されていない状態で経路R1を移動した際に当該電波遮蔽体があると推定された回数が1回であり、当該電波遮蔽体がないと推定された回数が11回であることが示されている。この場合、電波遮蔽体が配置されている状態における電波遮蔽体がないという推定結果及び電波遮蔽体が配置されていない状態における電波遮蔽体があるという推定結果は誤りであり、電波遮蔽体の有無が推定された全24回のうち正しい推定結果が得られたのは19回である。これによれば、図17に示す推定結果の精度(推定精度)は、19/24≒79%であるといえる。
【0226】
また、図18は、上記した経路R1を移動した日とは別の日に当該経路R1とは異なる経路(以下、経路R2と表記)を移動した際の電波遮蔽体の有無の推定結果を示している。図18に示す例では、電波遮蔽体が配置されている状態で経路R2を移動した際に当該電波遮蔽体があると推定された回数が7回であり、当該電波遮蔽体がないと推定された回数が3回であることが示されている。同様に、図18に示す例では、電波遮蔽体が配置されていない状態で経路R2を移動した際に当該電波遮蔽体があると推定された回数が3回であり、当該電波遮蔽体がないと推定された回数が7回であることが示されている。この場合、電波遮蔽体の有無が推定された全20回のうち正しい推定結果が得られたのは14回である。これによれば、図18に示す推定結果の精度(推定精度)は、14/20=70%であるといえる。
【0227】
更に、図19は、上記した参照位置を最適化して経路R1を移動した際の電波遮蔽体の有無の推定結果を示している。図19に示す例では、電波遮蔽体が配置されている状態で経路R1を移動した際に当該電波遮蔽体があると推定された回数が10回であり、当該電波遮蔽体がないと推定された回数が2回であることが示されている。同様に、図19に示す例では、電波遮蔽体が配置されていない状態で経路R1を移動した際に当該電波遮蔽体があると推定された回数が0回であり、当該電波遮蔽体がないと推定された回数が12回であることが示されている。この場合、電波遮蔽体の有無が推定された全24回のうち正しい推定結果が得られたのは22回である。これによれば、図19に示す推定結果の精度(推定精度)は、22/24≒91%であるといえる。
【0228】
ここで、図20を参照して、上記した図8に示す対象空間における実際の電波遮蔽体(障害物402)の有無と電波遮蔽体の有無の推定結果との関係性に基づく通信状態について説明する。
【0229】
図20に示すように、実際に電波遮蔽体がある状態で経路400Aを移動した際に電波遮蔽体があると推定された場合、当該推定結果は正解である。このような推定結果によれば、移動体1は経路400Aを継続して移動することになるため、当該移動体1とアンテナ2aとの間で実行される通信は良好であるといえる。
【0230】
一方、実際に電波遮蔽体がある状態で経路400Aを移動した際に電波遮蔽体がないと推定された場合、当該推定結果は誤りである。このような推定結果によれば移動体1が移動する経路が経路400Aから経路400Bに変更されるが、実際には電波遮蔽体(障害物402)が配置されているため、当該電波遮蔽体の裏側を移動する移動体1とアンテナ2aとの間で実行される通信は劣化する。
【0231】
更に、実際に電波遮蔽体がない状態で経路400Aを移動した際に電波遮蔽体があると推定された場合、当該推定結果は誤りである。このような推定結果によれば、移動体1は経路400Aを継続して移動することになるため、当該移動体1とアンテナ2aとの間で実行される通信は良好であるといえる。
【0232】
一方、実際に電波遮蔽体がない状態で経路400Aを移動することによって電波遮蔽体がないと推定された場合、当該推定結果は正解である。このような推定結果によれば、移動体1が移動する経路が経路400Aから経路400Bに変更される。この場合、実際に電波遮蔽体(障害物402)は配置されていないため、移動体1とアンテナ2aとの間で実行される通信は良好であるといえる。
【0233】
すなわち、実際の電波遮蔽体の有無と電波遮蔽体の有無の推定結果とでは4通りの組み合わせが考えられるが、最低限避けなければいけないケースは限られている。具体的には、例えば実際に電波遮蔽体がない場合に電波遮蔽体があると推定された場合には当該推定結果は誤りであり、実際には電波遮蔽体がないにもかかわらず経路400Aは変更されない。しかしながら、この場合には経路400Bを移動することによる荷物の搬送効率の向上を実現することはできないものの、移動体1とアンテナ2aとの間の良好な通信は維持される。一方、実際に電波遮蔽体がある場合に電波遮蔽体がないと推定された場合には当該推定結果は誤りであり、実際には電波遮蔽体があるにもかかわらず経路400Aは経路400Bに変更される。この場合、経路400Bを移動することによって移動体1が電波遮蔽体の裏側に回ってしまうため、移動体1とアンテナ2aとの間の通信が劣化し、当該移動体1が制御不能となる可能性がある。
【0234】
すなわち、推定結果が誤りである場合であっても良好な通信を維持することができるのであれば当該推定結果は移動体制御システムの運用に大きな影響を与えることはないといえるが、当該推定結果が誤りであり、かつ、通信が劣化する場合には、当該移動体制御システムの運用に影響を与えることになる。このため、本実施形態においては、実際に電波遮蔽体があるにもかかわらず、当該電波遮蔽体がないと推定されるようなケースを避ける必要がある。
【0235】
このため、本実施形態においては、上記した事情を考慮し、例えば受信電力計測位置を含む経路を複数回移動することによって得られる複数の推定結果に基づいて移動体1を制御する(経路を変更する)ような構成(以下、本実施形態の第1変形例と表記)としてもよい。
【0236】
以下、図21のフローチャートを参照して、本実施形態の第1変形例に係る情報処理装置3の処理手順の一例について説明する。
【0237】
なお、図21に示す処理は、上記した図15に示すステップS18の処理の代わりに実行されるものとする。また、上記した図15においてはステップS12~S18の処理が繰り返し実行されるものとして説明したが、当該ステップS17における電波遮蔽体の有無の推定結果(同一の経路を移動した際の過去の推定結果)は例えば処理部31内に保持されているものとする。
【0238】
まず、処理部31(制御部31f)は、ステップS17において電波遮蔽体があると推定されたか否かを判定する(ステップS21)。
【0239】
電波遮蔽体がないと推定されたと判定された場合(ステップS21のNO)、処理部31は、当該処理部31内に保持されている同一の経路を移動した際の過去の推定結果に基づいて、電波遮蔽体がないとの推定結果がX回連続している(つまり、N回連続して電波遮蔽体がないと推定されている)か否かを判定する(ステップS22)。なお、ステップS22において用いられるN(回)は、2以上の数値であればよく、予め設定されているものとする。
【0240】
電波遮蔽体がないとの推定結果がN回連続していると判定された場合(ステップS22のYES)、処理部31は、電波遮蔽体がないという推定結果を受信電力マップに反映することによって当該受信電力マップを更新する(ステップS23)。なお、ステップS23の処理は上記した図15に示すステップS18において説明した受信電力マップを更新する処理と同様であるため、ここではその詳しい説明を省略する。
【0241】
一方、電波遮蔽体がないとの推定結果がN回連続していないと判定された場合(ステップS22のNO)、処理部31は、当該処理部31内に保持されている同一の経路を移動した際の過去の推定結果に基づいて、例えば過去N回分の推定結果のうち電波遮蔽体がないと推定された回数がM回以上であるか否かを判定する(ステップS24)。なお、ステップS24におけるN及びMは、例えばM>N/2の関係性を有するものとするが、M>N/3やM>N/4のような異なる関係性を有していてもよい。また、ステップS24におけるNは、上記したステップS22におけるNと同じ値であってもよいし、異なる値であってもよい。
【0242】
電波遮蔽体がないと推定された回数がM回以上であると判定された場合(ステップS23のYES)、上記したステップS23の処理が実行される。
【0243】
一方、電波遮蔽体があると推定されたと判定された場合(ステップS21のYES)または電波遮蔽体がないと推定された回数がM回以上でない(つまり、M回未満である)と判定された場合(ステップS24のNO)、ステップS23の処理は実行されない(つまり、受信電力マップは更新されない)。
【0244】
ここで、上記した図17に示す例において、実際に電波遮蔽体があるにもかかわらず、当該電波遮蔽体がないと推定されるケース(以下、避けるべきケースと表記)以外の良好な通信を維持することができる確率は、20/24≒83%である。同様に、上記した図18に示す例において、避けるべきケース以外の良好な通信を維持することができる確率は、17/20=85%である。また、上記した図19に示す例において、避けるべきケース以外の良好な通信を維持することができる確率は、22/24≒91%である。
【0245】
このような図17図19に示す例によれば、上記した避けるべきケースが発生する確率は概ね10%~20%程度であるということができる。すなわち、上記した本実施形態において説明したように例えば電波遮蔽体がないと1回推定されたタイミングで経路を変更すると、移動体1が不感地帯を移動することになる(つまり、当該不感地帯で移動体1が制御不能となる)確率が10%~20%程度存在するといえる。
【0246】
これに対して、上記した避けるべきケースが2回連続で発生する確率は1%(10%×10%)~4%(20%×20%)程度であるため、本実施形態の第1変形例においては、上記した図21に説明したように電波遮蔽体がないとの推定結果がN(例えば、2)回連続している場合に受信電力マップを更新する(つまり、経路を変更する)構成を採用することにより、移動体1が不感地帯を移動するような事態を回避することができる。なお、Nは、例えば不感地帯の度合い(不感地帯を移動することによって生じるリスク)等に基づいて決定され得る。
【0247】
また、本実施形態の第1変形例においては、電波遮蔽体がないとの推定結果がN回連続していない場合であっても、多数決の原理に基づいてN回中のM回以上において電波遮蔽体がないと推定されている場合には、当該電波遮蔽体がない蓋然性が高いとみなし、受信電力マップを更新する(つまり、経路を変更する)ようにすることができる。
【0248】
なお、本実施形態の第1変形例は例えば複数回の推定結果に基づいて移動体1を制御する(つまり、電波遮蔽体がないと複数回推定された場合に、推定対象位置を含む経路を移動するように移動体1を制御する)構成であればよく、本実施形態の第1変形例においては、例えば図21に示す処理の一部が変更された処理が実行されても構わない。具体的には、本実施形態の第1変形例は、図21に示すステップS22及びS24のうちの一方の処理のみが実行される構成であってもよい。
【0249】
ここで、上記した本実施形態及び本実施形態の第1変形例においては、電波遮蔽体の有無の推定結果に基づいて移動体1を制御した場合に当該移動体1が不感地帯を移動する可能性がないということはできない。このため、仮に移動体1が不感地帯を移動した場合には、当該不感地帯の存在を利用して回帰係数を更新する構成(以下、本実施形態の第2変形例と表記)としてもよい。
【0250】
以下、図22のフローチャートを参照して、本実施形態の第2変形例に係る情報処理装置3の処理手順の一例について説明する。
【0251】
なお、図22に示す処理は、例えば上記した受信電力計測位置を含む第1経路を移動することによって電波遮蔽体がないと推定された後に、推定対象位置を含む第2経路を移動するように移動体1が制御されている(つまり、移動体1が第2経路を移動している)間に実行される。
【0252】
まず、移動体1は、第2経路を移動している間の各位置において計測された受信電力を示す受信電力データを、基地局2を介して情報処理装置3に送信する。この場合、情報処理装置3に含まれる処理部31(取得部31a)は、第2経路に沿って移動している移動体1から送信された受信電力データを基地局2から取得する。
【0253】
ここで、処理部31(制御部31f)は、上記したように取得された受信電力データに基づいて、移動体1が不感地帯を移動しているか否かを判定する(ステップS31)。ステップS31の処理は、例えば取得された受信電力データによって示される受信電力が過去の受信電力と比較して不感地帯ということができる程度に低下しているか否かに基づいて実行される。
【0254】
移動体1が不感地帯を移動していると判定された場合(ステップS31のYES)、処理部31は、例えば時間ダイバーシティ、周波数ダイバーシティまたは空間ダイバーシティを利用することによって受信電力の低下を抑制しながら、当該不感地帯を通過することができるように移動体1を制御する(ステップS32)。
【0255】
なお、ステップS32においては、不感地帯を移動している移動体1が制御不能になることなく当該不感地帯を通過させることを意図した処理が実行されればよい。具体的には、例えば移動体1の動作モードを受信電力の低下を抑制するための高信頼モードに変更するような処理が実行されてもよいし、基地局2から送信される制御信号を他の移動体が移動体1に中継するような処理が実行されてもよい。
【0256】
ここで、上記したように不感地帯が発生している第2経路を移動体1が移動しているということは、第1経路を移動した際の電波遮蔽体の有無の推定結果(電波遮蔽体がないという推定結果)に誤りがあり、実際には電波遮蔽体が配置されているということができる。これによれば、第1経路を移動してから長時間が経過していない場合には、当該第1経路を移動している際に既に電波遮蔽体が配置されていた可能性が高い。
【0257】
すなわち、上記した第2経路に変更される前に第1経路を移動した移動体1は、電波遮蔽体が配置されている状態で当該第1経路において受信電力を計測していると考えられる。本実施形態の第2変形例においては、上記した電波遮蔽体があるという情報(つまり、電波遮蔽体があることを示す値)と、不感地帯が発生している第2経路を移動する直前に移動体1が移動した第1経路(上の受信電力計測位置)において計測された受信電力とを上記した学習データ(の一部)として例えば格納部32に蓄積する(ステップS33)。
【0258】
本実施形態の第2変形例においては、上記したように例えば推定結果の誤りに起因して不感地帯を移動する度に学習データを蓄積しておくことが可能であり、回帰係数を更新する(再度計算する)ために当該学習データを利用することができる。このような構成によれば、より高い推定精度を実現する回帰係数を得ることができる可能性がある。
【0259】
なお、移動体1が不感地帯を移動していないと判定された場合(ステップS31のNO)、ステップS32及びS33の処理は実行されない。
【0260】
ここで、図23を参照して、本実施形態の第2変形例について具体的に説明する。ここでは、図23に示すように、上記した図8に示す対象空間において移動体1が時刻t1に経路400Aを移動した際に電波遮蔽体がないと推定されたことによって、当該移動体1が時刻t1の後の時刻t2に経路400Aから変更された経路400Bを移動する場合を想定する。
【0261】
この場合において、例えば経路400Bを移動する移動体1によって計測された受信電力が低下している(つまり、経路400B上に不感地帯が発生している)ものとすると、電波遮蔽体(障害物402)が配置されていることを把握することができる。
【0262】
これによれば、経路400Aを移動していた時刻t1の時点でも電波遮蔽体(障害物402)が配置されていたとみなし、当該電波遮蔽体があることを示す値(つまり、y=1)と時刻t1に経路400Aを移動した際に移動体1によって計測された受信電力とを学習データとして利用する。
【0263】
なお、ここでは時刻t1と時刻t2との差が予め定められた値未満である(つまり、時刻t1の時点でも電波遮蔽体が配置されていたとみなすことができる程度に時刻t1と時刻t2との間隔が短い)場合を想定しているが、当該時刻t1と時刻t2との差が予め定められた値以上である場合には、当該時刻t1に経路400Aを移動した際に移動体1によって計測された受信電力は、学習データとして利用されないようにしてもよい。
【0264】
上記した本実施形態の第2変形例においては、電波遮蔽体の有無の推定結果に誤りがある(つまり、移動体1が不感地帯を移動した)場合に、当該推定結果の誤りを回帰係数の更新(精度向上)に利用することが可能となる。換言すれば、本実施形態の第2変形例においては、移動体制御システムを運用中に回帰係数を更新しながら、電波遮蔽体の有無の推定精度の高度化(つまり、経路制御の高精度化)を図ることができる。
【0265】
なお、本実施形態においては図6に示すように処理部31が計算部31d及び推定部31eを含む(つまり、情報処理装置3が係数を計算する機能及び推定対象位置の電波の伝搬環境を推定する機能の両方を有する)ものとして説明したが、本実施形態に係る情報処理装置3は、当該機能の一方のみを有する(つまり、上記した学習処理及び推定処理のうちの一方のみを実行する)ように構成されていても構わない。
【0266】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【0267】
前述した実施形態に関し、更に以下の付記を開示する。
[1]
電波である第1信号を受信する移動体の第1位置において当該移動体によって計測された第1受信電力を取得する電力取得手段と、
前記取得された第1受信電力と前記第1位置とは異なる第2位置を含む環境における電波遮蔽状態とを関連づける係数を取得する係数取得手段と
を具備する情報処理装置。
[2]
前記移動体が移動する経路上の複数の位置と前記移動体によって計測された受信電力とが対応づけられた受信電力マップを作成する作成手段を更に具備し、
前記電力取得手段は、前記作成された受信電力マップから前記第1位置において計測された第1受信電力を取得する
請求項1記載の情報処理装置。
[3]
前記第1位置は、前記環境に電波遮蔽体が配置された状態で前記電波を受信可能であり、
前記第2位置は、前記環境に前記電波遮蔽体が配置された状態で前記環境による電波の受信電力が低下する
[1]または[2]記載の情報処理装置。
[4]
前記第2位置を含む環境における電波遮蔽状態は、前記電波遮蔽体の有無を含む[1]~[3]のいずれか一項に記載の情報処理装置。
[5]
前記電力取得手段は、前記環境に前記電波遮蔽体が配置された第1状態及び前記電波遮蔽体が配置されていない第2状態のそれぞれにおいて前記移動体が前記第1位置で複数回第1受信電力を取得し、
前記係数取得手段は、前記取得された複数の第1受信電力に基づいて前記係数を取得する
[1]~[4]のいずれか一項に記載の情報処理装置。
[6]
前記係数取得手段は、前記取得された複数の第1受信電力の各々と当該第1受信電力が計測された際の前記第1及び第2状態を示す値とを関連づける係数を取得し、
前記複数の第1受信電力は、リニア値によって表される
[5]記載の情報処理装置。
[7]
前記電力取得手段は、前記作成された受信電力マップから、予め設定されている複数の参照位置に基づく所定範囲内にある第1位置において計測された第1受信電力を取得する[2]記載の情報処理装置。
[8]
前記係数取得手段は、PLS(Partial Least Squares)回帰を適用することによって前記係数を取得する[1]~[7]のいずれか一項に記載の情報処理装置。
[9]
推定手段及び制御手段を更に具備し、
前記電力取得手段は、第3位置において当該移動体によって計測された第2受信電力を取得し、
前記推定手段は、前記取得された係数と前記第2受信電力とを用いて、前記第2位置を含む環境における電波遮蔽状態を推定し、
前記制御手段は、前記推定結果に基づいて、前記移動体を制御する
[1]~[8]のいずれか一項に記載の情報処理装置。
[10]
前記第1及び第3位置は、前記移動体を制御するための複数の経路のうちの同一の経路上の位置である[9]記載の情報処理装置。
[11]
前記推定手段は、前記係数と前記第2受信電力とを用いて、前記第2位置と前記第3位置との間における電波遮蔽体の有無を推定する[9]または[10]記載の情報処理装置。
[12]
前記制御手段は、
前記電波遮蔽体があると推定された場合、前記第3位置を含む第1経路を移動するように前記移動体を制御し、
前記電波遮蔽体がないと推定された場合、前記第2位置を含む第2経路を移動するように前記移動体を制御する
[11]記載の情報処理装置。
[13]
前記制御手段は、前記電波遮蔽体がないと複数回推定された場合に、前記第2経路を移動するように前記移動体を制御する[12]記載の情報処理装置。
[14]
電波である第1信号を受信する移動体の第1位置において当該移動体によって計測された第1受信電力と、当該第1位置とは異なる第2位置を含む環境における電波遮蔽状態とを関連づける係数を保持する保持手段と、
第3位置において当該移動体によって計測された第2受信電力を取得する電力取得手段と、
前記保持されている係数と前記第2受信電力とを用いて、前記第2位置を含む環境における電波遮蔽状態を推定する推定手段と、
前記推定結果に基づいて、前記移動体を制御する制御手段と
を具備する情報処理装置。
[15]
前記第1及び第3位置は、前記移動体を制御するための複数の経路のうちの同一経路上の位置である[14]記載の情報処理装置。
[16]
前記推定手段は、前記係数と前記第2受信電力とを用いて、前記第2位置と前記第3位置との間における電波遮蔽体の有無を推定する[14]または[15]記載の情報処理装置。
[17]
前記制御手段は、
前記電波遮蔽体があると推定された場合、前記第3位置を含む第1経路を移動するように前記移動体を制御し、
前記電波遮蔽体がないと推定された場合、前記第2位置を含む第2経路を移動するように前記移動体を制御する
[16]記載の情報処理装置。
[18]
前記制御手段は、前記電波遮蔽体がないと複数回推定された場合に、前記第2経路を移動するように前記移動体を制御する[17]記載の情報処理装置。
[19]
[1]~[18]のいずれか一項に記載の情報処理装置と、
前記情報処理装置と通信可能に接続される移動体と
を具備するシステム。
[20]
コンピュータに、
電波である第1信号を受信する移動体の第1位置において当該移動体によって計測された第1受信電力を取得するステップと、
前記取得された第1受信電力と前記第1位置とは異なる第2位置を含む環境における電波遮蔽状態とを関連づける係数を取得するステップと
を実行させるためのプログラム。
【符号の説明】
【0268】
1…移動体、2…基地局、2a…アンテナ、3…情報処理装置、11…受信部、12…制御部、13…距離計測部、14…受信電力計測部、15…送信部、31…処理部、31a…取得部、31b…地図データ作成部、31c…受信電力マップ作成部、31d…計算部、31e…推定部、31f…制御部、31g…出力部、32…格納部、301…CPU、302…不揮発性メモリ、303…RAM、304…通信デバイス。
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