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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024168882
(43)【公開日】2024-12-05
(54)【発明の名称】有価物回収方法
(51)【国際特許分類】
   C25C 1/20 20060101AFI20241128BHJP
   C25C 7/00 20060101ALI20241128BHJP
   C22B 11/00 20060101ALI20241128BHJP
   C22B 7/00 20060101ALI20241128BHJP
【FI】
C25C1/20
C25C7/00 301
C22B11/00 101
C22B7/00 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023085912
(22)【出願日】2023-05-25
(71)【出願人】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(71)【出願人】
【識別番号】317015294
【氏名又は名称】東芝エネルギーシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001092
【氏名又は名称】弁理士法人サクラ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金村 祥平
(72)【発明者】
【氏名】柳生 基茂
(72)【発明者】
【氏名】大森 孝
【テーマコード(参考)】
4K001
4K058
【Fターム(参考)】
4K001AA41
4K001BA22
4K001DB15
4K001DB21
4K058AA23
4K058BA19
4K058BA20
4K058FA02
4K058FA05
4K058FA23
4K058FB03
4K058FC04
4K058FC12
4K058FC21
(57)【要約】
【課題】有価物を効率的に回収する。
【解決手段】有価物回収方法は、電気化学デバイスから有価物を回収する方法である。電気化学デバイスは、貴金属の酸化物からなる触媒を有する。方法は、酸化物を還元する工程と、貴金属と錯体を形成できるイオン種および化学種からなる群より選ばれる少なくとも一つを含む溶液を供給し、触媒を有する対象物に溶液を接触させる工程と、溶液に接触する対象物に電圧を印加し、電圧の極性を周期的に反転させて電解反応を行うことにより、還元された貴金属をイオンとして溶液に溶解させる工程と、を具備する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気化学デバイスから有価物を回収する方法であって、
前記電気化学デバイスは、貴金属の酸化物からなる触媒を有し、
前記方法は、
前記酸化物を還元する工程と、
前記貴金属と錯体を形成できるイオン種および化学種からなる群より選ばれる少なくとも一つを含む溶液を供給し、前記触媒を有する対象物に前記溶液を接触させる工程と、
前記溶液に接触する前記対象物に電圧を印加し、前記電圧の極性を周期的に反転させて電解反応を行うことにより、還元された前記貴金属をイオンとして前記溶液に溶解させる工程と、
を具備する、有価物回収方法。
【請求項2】
前記酸化物を還元する工程は、
還元剤を含む溶液を供給して前記対象物に前記還元剤を接触させる第1の方法、
還元性ガスを供給して前記対象物に前記還元性ガスを接触させる第2の方法、または、
電解液を前記対象物に接触させ、前記対象物に電圧を印加し、前記電圧の極性を反転することなく電解反応を行う第3の方法
により行われる、請求項1に記載の有価物回収方法。
【請求項3】
電気化学デバイスから有価物を回収する方法であって、
前記電気化学デバイスは、貴金属の酸化物からなる触媒を有し、
前記方法は、
前記貴金属と錯体を形成できるイオン種および化学種からなる群より選ばれる少なくとも一つを含む溶液を供給し、前記触媒を有する対象物に前記溶液を接触させる工程と、
前記溶液に接触する前記対象物に電圧を印加し、前記電圧の極性を周期的に反転させて電解反応を行うことにより、前記酸化物を還元するとともに還元された前記貴金属をイオンとして前記溶液に溶解させる工程と、
を具備し、
前記貴金属を溶解させる工程は、前記電圧の極性を負から開始することにより行われ、
各周期において、前記電圧の極性が負である時間は、前記電圧の極性が正である時間よりも長い、有価物回収方法。
【請求項4】
前記溶液を前記対象物に供給する工程および前記貴金属を溶解させる工程は、前記電気化学デバイスから前記対象物を取り外し、取り外した前記対象物を有価物回収装置に取り付けた後に行われる、請求項1または請求項3に記載の有価物回収方法。
【請求項5】
前記溶液を供給する工程の前に前記酸化物を還元する工程を有しない、請求項3に記載の有価物回収方法。
【請求項6】
前記対象物は、酸化物触媒を有する電極である、請求項1または請求項3に記載の有価物回収方法。
【請求項7】
前記電気化学デバイスは、PEM型水電解装置である、請求項1または請求項3に記載の有価物回収方法。
【請求項8】
前記触媒は、電解質または溶質の電解反応を促す、請求項1または請求項3に記載の有価物回収方法。
【請求項9】
前記貴金属の酸化物は、酸化イリジウム、酸化ルテニウム、酸化ロジウム、酸化パラジウム、酸化白金、酸化金、および酸化レニウムからなる群より選ばれる少なくとも一つを含む酸化物である、請求項1または請求項3に記載の有価物回収方法。
【請求項10】
前記溶液は、塩酸を含む、請求項1または請求項3に記載の有価物回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、有価物回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
世界的なカーボンニュートラル社会への移行が進むにつれ、化石エネルギーの代替として水素が着目されつつある。現在考えられている水素利用方法の一つとして、水素と酸素を電気化学的に反応させ電気エネルギーを得る燃料電池がある。燃料電池のうち、電解質に固体高分子膜を用い且つ100℃以下の温度で運転させる固体高分子形燃料電池(PEFC)は、家庭用燃料電池コージェネレーションシステム(商品名:エネファーム(登録商標))として2009年に発売が開始されている。また、PEFCは、燃料電池自動車(FCV)やフォークリフトやバス、トラックといった移動体にも搭載され始めており、PEFCの需要は今後さらに増加することが見込まれる。
【0003】
これと同時に、PEFCで使用する多量の水素を水の電気分解で製造する技術開発も行われている。この水電解には種々の方法があるが、数百度の水蒸気を原料とする高温水蒸気電解と、室温付近で運転する固体高分子電解質膜(Polymer Electrolyte Membrane:PEM)型水電解が主に開発されている。PEM型水電解装置は、高温運転が不要であることや、水電解装置の構成がPEFCに似ているためセル開発が進めやすい、といった特徴があり、世界各国でメガワット規模のPEM型水電解装置が導入されている。
【0004】
PEM型水電解装置は、PEFCと同様の部品で構成されており、電解質膜、電極触媒、ガス拡散層(GDL)から構成される膜電極接合体(MEA)で水の電気分解反応が進行する。電気分解反応時のエネルギーを削減する目的で、電極触媒には通常、水素発生反応、酸素発生反応が起きやすい貴金属元素が用いられる。現在、水素発生反応が起きるカソードは白金を用いて形成され、酸素発生反応が起きるアノードはイリジウムを含む触媒が用いて形成されている。
【0005】
水素社会化にとってカーボンニュートラル社会を実現するためには、PEFCやPEM型水電解装置の導入が必然的に増えることとなり、これら機器に用いられる貴金属元素等の有価物の確保が必須となる。貴金属元素の確保手段としては、新たな鉱山の開発、採掘技術の開発、リサイクル技術の開発が挙げられる。しかし、我が国は、白金、ルテニウム、イリジウム等の貴金属元素の大部分を海外に依存して確保しており、鉱山開発や採掘技術開発だけでは、紛争や資源争奪といった状況には対応できない。このため、既に世の中に出回った機器から貴金属元素を回収する技術開発が重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第1626036号公報
【特許文献2】特許第6652518号公報
【特許文献3】特許第6652454号公報
【特許文献4】特許第6109769号公報
【特許文献5】特開昭63-270421号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、有価物を効率的に回収することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
実施形態の有価物回収方法は、電気化学デバイスから有価物を回収する方法である。電気化学デバイスは、貴金属の酸化物からなる触媒を有する。方法は、酸化物を還元する工程と、貴金属と錯体を形成できるイオン種および化学種からなる群より選ばれる少なくとも一つを含む溶液を供給し、触媒を有する対象物に溶液を接触させる工程と、溶液に接触する対象物に電圧を印加し、電圧の極性を周期的に反転させて電解反応を行うことにより、還元された貴金属をイオンとして溶液に溶解させる工程と、を具備する。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る有価物回収方法によれば、有価物を効率的に回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】有価物回収方法の第1の例を説明するためのフローチャートである。
図2】有価物を回収する対象物の例を示す模式図である。
図3】有価物回収方法の第1の例の変形例を説明するためのフローチャートである。
図4】電解溶解工程S3の第1の例を説明するためのフローチャートである。
図5】電解溶解工程S3の第2の例を説明するためのフローチャートである。
図6】貴金属回収方法の原理の例を説明するための模式図である。
図7】実施形態の有価物回収方法の原理を説明するための模式図である。
図8】式(1)~式(3)についての25~100℃での標準反応自由エネルギーを示す図である。
図9】式(4)、式(5)についての25~100℃での標準反応自由エネルギーを示す図である。
図10】有価物回収方法の第2の例を説明するためのフローチャートである。
図11】有価物回収方法の第2の例の原理を説明するための模式図である。
図12】MEAを有する電気化学デバイスの構成例を示す模式図である。
図13】有価物回収装置の構成例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、実施形態について、図面を参照して説明する。以下に示す各実施形態において、実質的に同一の構成部位には同一の符号を付し、その説明を一部省略する場合がある。図面は模式的なものであり、厚さと平面寸法との関係、各部の厚さの比率等は現実のものとは異なる場合がある。
【0012】
なお、本明細書において、「接続する」とは、特に指定する場合を除き、直接的に接続することだけでなく、間接的に接続することも含む場合もある。
【0013】
実施形態の一態様は、水電解装置等の電気化学デバイスに用いられる触媒に含まれる貴金属を回収する方法(有価物回収方法)である。触媒は、電気化学デバイスによる酸化反応や還元反応等の電解反応、電解質または溶質の電解反応を促進させる機能を有する。有価物回収方法の例について以下に説明する。
【0014】
(有価物回収方法の第1の例)
図1は、有価物回収方法の第1の例を説明するためのフローチャートである。有価物回収方法の第1の例は、酸化物還元工程S1と、溶液供給工程S2と、電解溶解工程S3と、を有する。酸化物還元工程S1、溶液供給工程S2、および電解溶解工程S3は、例えば順に行われる。
【0015】
図2は、有価物を含む対象物の例を示す模式図である。対象物の例は、MEA等を含む。MEAは、アノード101と、カソード102と、アノード101とカソード102との間の電解質膜103と、を有する。アノード101、カソード102、電解質膜103は、互いに積層される。MEAは、例えばPEM型水電解装置等の電気化学デバイスに用いられる。アノード101、カソード102は、アノード触媒、カソード触媒等の触媒をそれぞれ有する。触媒は、例えば有価物である貴金属からなる。貴金属の例は、白金(Pt)、イリジウム(Ir)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、白金(Pt)、金(Au)、レニウム(Re)等を含む。触媒は、上記貴金属を少なくとも一種類含む酸化物を含んでいてもよい。対象物は、MEAに限定されない。
【0016】
酸化物還元工程S1は、貴金属の酸化物を還元することを含む。貴金属の酸化物は、例えば、電気化学デバイスの触媒に用いられ、例えばアノード101の触媒(アノード触媒)に用いられる。貴金属の酸化物の例は、酸化イリジウム(IrO)、酸化ルテニウム(RuO)、酸化ロジウム、酸化パラジウム、酸化白金、酸化金、酸化レニウム等を含む。
【0017】
酸化物還元工程S1は、例えば、定電流電解や、定電位電解・定電圧電解等の電気化学的方法や、還元剤を用いる化学的方法を用いて貴金属の酸化物を還元することにより行うことができる。なお、酸化物還元工程S1は、図3に示すように、溶液供給工程S2の後であって、電解溶解工程S3の前に行われてもよい。
【0018】
溶液供給工程S2は、貴金属と錯体を形成できるイオン種および化学種の少なくとも一つを含む溶液を供給し、対象物(例えば酸化物触媒を有する電極等)に溶液を接触させることを含む。溶液は、例えば塩酸(HCl)を含む。
【0019】
電解溶解工程S3は、溶液に接触する対象物に電圧を印加し、電圧の極性を周期的に反転させて電解反応を行うことを含む。換言すると、電解溶解工程S3は、対象物に正電圧と負電圧とを交互に印加して酸化反応と還元反応とを交互に行うことを含む。電圧の値は、例えば外部の電源を用いて適宜設定できる。電解溶解工程S3により、還元された上記貴金属をイオンとして上記溶液に溶解させることができる。溶液に溶解された貴金属は、その後溶液から分離することにより回収可能である。
【0020】
図4は、電解溶解工程S3の第1の例を説明するためのフローチャートである。電解溶解工程S3の第1の例は、正電圧印加工程S3-1と、負電圧印加工程S3-2と、を有し、正電圧印加工程S3-1により正電圧の印加から開始した後に、負電圧印加工程S3-2により印加する電圧を負電圧に変更する。換言すると、電解溶解工程S3の第1の例は、対象物に印加する電圧の極性を正から開始し、その後負に変更する。これを所定の時間が経過するまで繰り返し行う。
【0021】
図5は、電解溶解工程S3の第2の例を説明するためのフローチャートである。電解溶解工程S3の第2の例は、正電圧印加工程S3-1と、負電圧印加工程S3-2と、を有し、負電圧印加工程S3-2により負電圧の印加から開始した後に、正電圧印加工程S3-1により印加する電圧を正電圧に変更する。換言すると、電解溶解工程S3の第2の例は、対象物に印加する電圧の極性を負から開始し、その後正に変更する。これを所定の時間が経過するまで繰り返し行う。
【0022】
次に、実施形態の有価物回収方法の原理について以下に説明する。まず、従来の貴金属回収方法例について説明する。PEFCから貴金属を回収する方法としては、一般的に焼却炉等の施設で廃棄物を焼却後、灰に含まれる貴金属成分を王水等の強酸化性溶液で溶解し、分離回収する方法が知られている。また、より簡便かつ環境負荷が小さい方法としては、電気分解を用いて燃料電池から貴金属を溶解して回収する方法も開発されており、燃料電池のリサイクル技術の開発は今後さらに進むと予想される。
【0023】
図6は、貴金属回収方法の原理の一例を説明するための模式図である。なお、図6では、白金触媒の例を示すが、これに限定されず、他の貴金属であってもよい。
【0024】
PEFCでは、アノード触媒およびカソード触媒の主成分が共に金属白金であり、電解時に印加する電圧の極性を周期的に反転させることにより、アノード触媒、カソード触媒を同時溶解する技術が知られている。しかしながら、PEM型水電解装置では、アノードに酸化イリジウム、カソードに白金が用いられ、触媒の主成分がアノードとカソードとの間で異なるため、アノード触媒とカソード触媒とを同時に溶解させることができない。PEM型水電解装置では、金属触媒(Pt)の溶解だけでなく金属酸化物触媒(IrO)も溶解する必要がある。
【0025】
酸化イリジウムを溶解する方法としては、食塩電解のアノードとして使用される寸法安定性電極の触媒成分である酸化イリジウムを王水を用いて溶解する方法が知られている。この方法は、白金族酸化物をヒドラジンなどで金属に還元した後に、王水を用いて溶解することができる。しかし、王水を用いるために中和操作が必要となる問題や、硝酸性窒素の処理が必要となる問題がある。また、上記方法は、王水を用いてもルテニウムやイリジウム等の難溶解性金属を完全に溶解できず、最終的には物理的な剥離で回収する必要がある。
【0026】
白金触媒を溶解するためには、白金触媒と錯体を形成できる成分を含む溶液を供給し、白金触媒に電圧を印加し、電圧の極性を周期的に反転させることにより、図6に示すように、白金触媒の表面に形成された白金酸化膜を負電圧による還元処理により白金に転換後、露出した白金を正電圧による酸化処理により溶解させることが考えられる。酸化処理時には白金の溶解だけでなく白金酸化膜の形成も同時進行するため、白金酸化膜で白金が覆われると溶解反応が止まる。再度負電圧による還元処理を行うことにより白金酸化膜が除去されるため、還元、酸化を交互に行うことにより通常は溶解しない白金を溶解できる。すなわち、この方法は、表面に薄い酸化物が形成された貴金属を溶解することができる。一方、PEM型水電解装置のアノード触媒に用いられている酸化イリジウムは、触媒全体が酸化物であるため、白金触媒と同じ方法では溶解反応が進まない。
【0027】
図7は、実施形態の有価物回収方法の原理を説明するための模式図である。なお、図7では、酸化イリジウム触媒の例を示すが、これに限定されず、他の貴金属酸化物であってもよい。白金触媒と同様の方法で溶解するためには、酸化イリジウムを金属イリジウムに予め還元することが効果的である。そこで、実施形態の有価物回収方法では、図7に示すように、例えば酸化物還元工程S1により酸化イリジウムを還元して金属イリジウムに変換し、その後、電圧の極性を周期的に反転させて酸化反応と還元反応とを繰り返し行うことにより、カソード触媒に貴金属の酸化物を用いる場合であっても貴金属を溶液に溶解させて回収することができる。さらに、カソード触媒に用いられる白金等の貴金属もアノード触媒に用いられる貴金属と同一工程により溶液に溶解させて回収できる。
【0028】
酸化物還元工程S1は、例えば、還元剤を含む溶液を供給して対象物に還元剤を接触させる方法、還元性ガスを供給して対象物に還元性ガスを接触させる方法、または、電解液を対象物に接触させ、対象物に電圧を印加し、電圧の極性を反転することなく電解反応を行う方法等の化学的方法により、行うこともできる。電解液は、貴金属と錯体を形成できるイオン種および化学種の少なくとも一つを含んでいてもよい。
【0029】
還元性ガスは、図1に示すように、溶液供給工程S2の前に酸化物還元工程S1を行うことにより対象物に供給してもよく、図3に示すように、溶液供給工程S2の後であって、電解溶解工程S3の前に、酸化物還元工程S1を行うことにより対象物に供給してもよい。
【0030】
例えばIrOを還元する場合、還元剤を有する溶液を用いた化学的方法では、例えばシュウ酸や過酸化水素、2価鉄を含む化合物(例えば硫酸第一鉄)を含む溶液を貴金属酸化物に接触させることで、例えばIrOをIrに還元できる。このときの反応は、それぞれ式(1)、(2)、(3)により表される。
IrO+2(COOH)=Ir+4CO+2HO・・・(1)
IrO+2H=Ir+2HO+2O・・・(2)
IrO+4FeSO+2HSO=Ir+2Fe(SO+2HO・・・(3)
【0031】
図8は、式(1)~式(3)についての25~100℃での標準反応自由エネルギーを示す図である。図8から明らかなように、これらの還元剤を用いる場合、25~100℃までの温度範囲で標準反応自由エネルギーがマイナスの値であり、IrOから金属Irへの還元反応が自発的に進行することがわかる。
【0032】
例えばIrOを還元する場合、還元性ガスとしては水素(H)ガスや一酸化炭素(CO)ガスがあり、HおよびCOによるIrO還元反応は、それぞれ式(4)、式(5)により表される。
IrO+2H=Ir+2HO・・・(4)
IrO+2CO=Ir+2CO・・・(5)
【0033】
図9は、式(4)、式(5)についての25~100℃での標準反応自由エネルギーを示す図である。図9から明らかなように、これらの還元性ガスを用いる場合、25~100℃までの温度範囲で標準反応自由エネルギーがマイナスの値であり、IrOから金属Irへの還元反応が自発的に進行することがわかる。
【0034】
例えばIrOを還元する場合、電解反応による電気化学的方法では、式(6)により表される反応によりIrOを金属Irに還元可能である。
IrO+4H+4e=Ir+2HO Eo=0.926Vvs.SHE・・・(6)
【0035】
この反応の標準電極電位は0.926Vvs.SHEであるため、例えばpH=0の酸性溶液を用いる場合は、0.926Vvs.SHEよりも卑な電位となるように電圧を印加してIrOを電解すれば金属Irへの転換が可能となる。pH=0以外の場合、Nernstの式の変形により、25℃での電極電位とpHの関係は、式(7)により表すことができる。
E=0.926-0.059pH・・・(7)
【0036】
この式を用いれば、pH=7のときはE=0.512Vvs.SHE、pH=14のときはE=0.098Vvs.SHEと計算でき、溶液のpHに応じた電極電位よりも卑な電位となるように対象物に電圧を印加してIrOを電解すればよい。なお、用いる溶液には、酸化物還元工程S1専用の溶液を用いてもよいし、電解溶解工程S3で用いる溶液を用いてもよい。
【0037】
以上のように、有価物回収方法の第1の例は、電解溶解工程S3と異なる酸化物還元工程S1を設けることにより、貴金属の酸化物を触媒に用いる場合であっても、酸化物を還元することにより高い効率で有価物を回収できる。また、有価物回収方法の第1の例は、電解溶解工程S3における極性反転を簡易な印加条件で行うことができるため、極性反転の操作性を高めることができる。
【0038】
(有価物回収方法の第2の例)
図10は、有価物回収方法の第2の例を説明するためのフローチャートである。有価物回収方法の第2の例は、溶液供給工程S2と、電解溶解工程S3と、を有し、溶液供給工程S2の前および電解溶解工程S3の前に酸化物還元工程S1を有しない。溶液供給工程S2、および電解溶解工程S3は、例えば順に行われる。なお、第2の例の第1の例と同じ部分については、第1の例を適宜組み合わせることができる。
【0039】
溶液供給工程S2は、貴金属と錯体を形成できるイオン種および化学種の少なくとも一つを含む溶液を供給し、対象物に溶液を接触させることを含む。溶液供給工程S2のその他の説明は、有価物回収方法の第1の例における溶液供給工程S2の説明を適宜援用できる。
【0040】
電解溶解工程S3は、溶液に接触する対象物に電圧を印加し、電圧の極性を周期的に反転させて電解反応を行うことを含む。換言すると、電解溶解工程S3は、対象物に正電圧と負電圧とを交互に印加して電解反応を行うことを含む。
【0041】
電解溶解工程S3は、正電圧印加工程S3-1と、負電圧印加工程S3-2と、を有し、電圧の極性を負から開始する、すなわち、負電圧印加工程S3-2により負電圧の印加から開始した後に、正電圧印加工程S3-1により印加する電圧を正電圧に変更する。これを所定の時間が経過するまで繰り返し行う。各周期において、電圧の極性が負である時間は、電圧の極性が正である時間よりも長い。各極性を維持する時間は、対象物に応じて適宜設定される。
【0042】
図11は、有価物回収方法の第2の例の原理を説明するための模式図である。なお、図11では、酸化イリジウム触媒の例を示すが、これに限定されず、他の貴金属酸化物(酸化ロジウム、酸化パラジウム、酸化白金、酸化金、酸化レニウムのうち少なくとも一種類を含む酸化物)であってもよい。電解溶解工程S3により、印加する電圧の極性を周期的に反転して還元処理(負電圧印加)と酸化処理(正電圧印加)を行う。
【0043】
白金溶解時には、表面に薄く存在する白金酸化物の被膜を除去できればよいため、白金酸化膜の除去に要する時間は短くてよく、正電圧印加から開始しても負電圧印加から開始しても大きな影響はない。
【0044】
しかし、酸化イリジウムの場合、全体が酸化物のため、酸化物還元工程S1を省くためには、必ず負電圧印加工程S3-2から開始しなければならない。このとき、酸化物をしっかりと金属に還元するために、負電圧印加時間が正電圧印加時間よりも長い、または負電圧印加時の電気量が正電圧印加時の電気量よりも多くなることが好ましい。時間と電気量のどちらを優先して考えるかについては、個々の電極での電流効率や反応速度に依存するので、その都度最適なものを選択すればよい。こうすることで、図11に示すようにIrO表面の所定の厚さを有する領域を還元処理で金属Irに転換でき、酸化処理で溶解できる。表面の金属Irが溶解すると中心に残存するIrOが露出するため、それを還元処理で金属Irに転換し、再度溶解できる。
【0045】
Ptなどの金属触媒と異なり、PEM型水電解装置に用いられるIrOは全体が酸化物である。このため、電解溶解を行うためには、一度金属Irに転換する必要がある。金属Irへの転換は、酸化物還元工程S1で実施してもよいが、電解溶解工程S3の条件を調整して実施してもよい。触媒の全てが酸化物であるため、電圧印加は負電圧から始める必要がある。負電圧印加時にはIrOは上記式(6)により表される反応により金属Irに還元される。
【0046】
このときに流れる電流をI、電解時間をt、式(6)についての電流効率をε、電気量をQ、ファラデー定数をFとすると、還元反応で生成するIrの物質量Mは、ファラデーの法則により式(8)で表される。
【0047】
この式より、生成する金属Irの物質量は電流、電解時間、電流効率に比例する。Ir酸化膜の除去ではなく、触媒そのものの還元が必要なため物質量Mを大きくしなければならない。このためには、負電圧印加時間を正電圧印加時間よりも長くする(tを大きくする)、電気量Qを正電圧印加時の電気量を多くすればよい。
【0048】
以上のように、有価物回収方法の第2の例は、貴金属の酸化物を触媒に用いる場合であっても、酸化物を還元することにより高い効率で有価物を回収できる。また、有価物回収方法の第2の例は、酸化物還元工程S1を設けないため、例えば簡略な構成を有する電気化学デバイスを用いて有価物を回収できる。
【0049】
次に、有価物回収方法の第1の例および第2の例を行うことが可能な電気化学デバイスの例について以下に説明する。
【0050】
(電気化学デバイスの第1の構成例)
図12は、PEM型水電解装置の構成例を示す模式図である。PEM型水電解装置は、電気化学セルユニット1と、電源2と、アノード溶液供給ライン3と、カソード溶液供給ライン4と、を有する。
【0051】
電気化学セルユニット1は、アノード室11と、カソード室12と、隔膜13と、電極端子14と、電極端子15と、を有する。
【0052】
アノード室11は、図2に示すアノード101を有する。アノード101は、例えば、水を酸化して水素イオンと酸素を生成できる。アノード101は、アノード触媒を有する。アノード触媒の例は、酸化イリジウム(IrO)、酸化ルテニウム(RuO)が挙げられる。これらの触媒材料は、複数含有されていてもよい。PEM型水電解装置の場合、アノード触媒は、例えば水の酸化反応を促進させる。
【0053】
カソード室12は、図2に示すカソード102を有する。カソード102は、例えば水素イオンを還元して水素を生成できる。カソード102は、カソード触媒を有する。カソード触媒の例は、例えば白金(Pt)が挙げられる。
【0054】
隔膜13は、アノード室11とカソード室12との間に設けられる。隔膜13は、アノード室11とカソード室12とを区切る。隔膜13は、アノード101とカソード102との間に設けられた、図2に示す電解質膜103を有する。電解質膜103の例は、スルフォン酸基を有するフッ素系高分子材料を含む電解質膜が挙げられる。
【0055】
電極端子14は、アノード101に電気的に接続される。電極端子14は、例えば配線を介して電源2に接続される。
【0056】
電極端子15は、カソード102に電気的に接続される。電極端子15は、例えば配線を介して電源2に接続される。
【0057】
電源2は、電極端子14および電極端子15を介してMEAに電圧を印加できる。電源2は、MEAに印加する電圧の極性を正電圧と負電圧に周期的に切り替えることができる。MEAに印加する電圧の極性は、例えば電源2と電極端子14および電極端子15との間にリレー回路を設け、リレー回路により切り替えられてもよい。
【0058】
アノード溶液供給ライン3は、アノード流路30と、タンク31と、ポンプ32と、を有し、アノード溶液がアノード流路30を循環するように構成される。アノード溶液供給ライン3は、アノード流路30を介してアノード室11の入口と出口とを接続する。タンク31は、アノード流路30の途中に設けられ、アノード溶液を収容できる。ポンプ32は、アノード流路30の途中、例えばタンク31の後段に設けられ、アノード流路30の圧力やアノード流路30に流れる流体の流量を制御できる。還元性ガスを供給して酸化物を還元する場合、アノード溶液の代わりに上記ガスを例えば図示しないガス供給源からアノード流路30を介してアノード室11に供給し、アノード流路30を介して排出してもよい。
【0059】
カソード溶液供給ライン4は、カソード流路40と、タンク41と、ポンプ42と、を有し、カソード溶液がカソード流路40を循環するように構成される。カソード溶液供給ライン4は、カソード流路40を介してカソード室12の入口と出口とを接続する。タンク41は、カソード流路40の途中に設けられ、カソード溶液を収容できる。ポンプ42は、カソード流路40の途中、例えばタンク41の後段に設けられ、カソード流路40の圧力やカソード流路40に流れる流体の流量を制御できる。
【0060】
アノード溶液およびカソード溶液は、イリジウムや白金等の貴金属と錯体を形成できるイオン種および化学種の少なくとも一つをそれぞれ含む。アノード溶液およびカソード溶液は、例えば塩酸を含む。
【0061】
以上のように、電気化学デバイスの第1の構成例は、PEM型水電解装置であって、MEAをPEM型水電解装置から取り外すことなく、有価物回収方法の第1の例または第2の例を行うことができる。これにより、アノード触媒およびカソード触媒に用いられる白金、イリジウム等の貴金属を同一工程により回収できる。これにより、例えば、PEM型水電解装置の破壊・分別後に有価物を回収する場合よりも容易に有価物を回収できる。
【0062】
(電気化学デバイスの第2の構成例)
図13は、有価物回収装置の構成例を示す模式図である。有価物回収装置5は、液槽50と、MEA51と、対極52と、参照極53と、を有する。
【0063】
液槽50は、電解質溶液6を収容できる。電解質溶液6は、貴金属と錯体を形成できるイオン種および化学種の少なくとも一つを含む溶液を供給し、対象物に溶液を接触させることを含む。溶液は、例えば塩酸を含む。液槽50は、導入口と導出口とを有し、溶液供給工程S2により導入口を介して溶液を液槽50に供給し、導出口を介して液槽50から溶液を排出してもよい。還元性ガスを供給して酸化物を還元する場合、溶液の代わりに上記ガスを導入口を介して供給し、導出口を介して排出してもよい。
【0064】
MEA51は、他の電気化学デバイスから取り外され、液槽50内に取り付けられて配置される。MEA51は、液槽50に収容される電解質溶液6に浸漬可能である。他の電気化学デバイスの例は、例えば図12に示すPEM型水電解装置を含む。
【0065】
対極52は、液槽50内に配置される。対極52は、液槽50に収容される電解質溶液6に浸漬可能である。対極52は、電解質溶液6に不溶であって、かつ導電性の材料から作られる。対極52の例は、炭素電極等を含む。また、対極52としてMEA51と異なるMEAを用い、2つのMEA間に電圧を印加してもよい。
【0066】
参照極53は、液槽50内に配置される。参照極53は、液槽50に収容される電解質溶液6に浸漬可能である。参照極53は、MEA51に印加される電圧を測定するために設けられる。参照極53の例は、標準水素電極等を含む。
【0067】
MEA51、対極52、および参照極53のそれぞれは、電源7に電気的に接続される。電源7は、MEA51、対極52に電圧を印加できる。電源7は、有価物回収装置5の内部に設けられてもよく、外部に設けられてもよい。電源7は、MEA51のアノード101およびカソード102に印加する電圧の極性を正電圧と負電圧に周期的に切り替えることができる。アノード101およびカソード102に印加する電圧の極性は、例えば電源7とMEA51、対極52との間にリレー回路を設け、リレー回路により切り替えられてもよい。電源7のその他の説明は、電源2の説明を適宜援用できる。
【0068】
以上のように、電気化学デバイスの第2の構成例は、有価物を回収するための専用の有価物回収装置であって、別の電気化学デバイスから取り外されたMEAを取り付け、有価物回収方法の第1の例または第2の例を行うことにより、アノード触媒およびカソード触媒に用いられる白金やイリジウム等の貴金属を同一工程により回収できる。これにより、容易に有価物を回収できる。
【0069】
以上、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0070】
1…電気化学セルユニット、2…電源、3…アノード溶液供給ライン、4…カソード溶液供給ライン、5…有価物回収装置、6…電解質溶液、7…電源、11…アノード室、12…カソード室、13…隔膜、14…電極端子、15…電極端子、30…アノード流路、31…タンク、32…ポンプ、40…カソード流路、41…タンク、42…ポンプ、50…液槽、51…MEA、52…対極、53…参照極、101…アノード、102…カソード、103…電解質膜、S1…酸化物還元工程、S2…溶液供給工程、S3…電解溶解工程、S3-1…正電圧印加工程、S3-2…負電圧印加工程。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13